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2006/01/12のBlog
[ 05:52 ]
[ 交響曲 ]
Doblogがまた重くなっています。
今朝もサーバーの障害が起こっていたようです。メンテするスタッフも大変だなぁ・・・。
このDoblog、昨秋だったか非常に重かったので、多くの住人が引っ越して他のブログに移ったとも言われていますが・・・・・。
今は人口の少ないブログサービスになってしまっているのかもしれません・・・・。
(その方が軽くてイイのかも・・・・・・?・・・(^^ゞ・・・・)
さて、今日はレオポルド・モーツァルトの「おもちゃの交響曲」。
(一応、分類は「交響曲」でいいのかな・・・・・・?)
本来の名は「カッサチオ ト長調」と云うらしい。昔は小学校の音楽の時間、これはハイドンの作曲であると勉強したものだが、今はL・モーツァルトということになっている。
懐かしい音楽。小学校の音楽鑑賞で聴いたり、給食の時間には決まってこの「おもちゃの交響曲」が流れていたりしたものだった。
今日はネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管の演奏で聴いてみた。ジャケットも色鮮やかで楽しいし、このCD、カップリングが良い。モーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークとパッヘルベルのカノンも入っている。
1984~85年、ロンドンのセント・ジョンズ教会での録音。フィリップス盤。
教会での録音なので残響成分がとても豊かで、柔らかいストリングスに全身が包まれるような快感がある。
しかもフィリップスの録音陣。各楽器もクリアだし、溶け合いも見事に捉えている。もう20年も前の録音なのに、現在の最高水準をゆくんじゃなかろうか。我が家ではホンマにエエ音してます。
さて、「おもちゃの交響曲」。
「カッサチオ ト長調」は全部で7楽章あるのだが、そのうちの第3、第4、第7楽章がいわゆる「おもちゃの交響曲」になる。
子供が使うおもちゃの笛、太鼓、ラッパなどが下品なくらいにジャンジャン・ピューピュー鳴らして、面白いことこの上ない。
そのおもちゃのやりたい放題のバックで、アカデミー室内管か、実に真摯に演奏している。爽快で滑らか、ストリングスの響きはホンマに気持ちいい音だし、アンサンブルも綺麗。アンサンブルを乱しているのは(これは故意に乱しているのだが)、おもちゃたちだけ。
でも、楽団員みんなが楽しそう。
マリナーもニコニコしながら棒を振っているのが目に見えるよう。
おもちゃの協奏曲のような趣もある。アカデミー室内管が楽しく伴奏しているような演奏。いやぁ愉快やなぁ。
カップリングの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」もマリナー/アカデミー室内管らしい爽快な演奏。録音も極上。
さらにパッヘルベルのカノンも面白い。カノン - ジーグ - カノン という順番で演奏しており、カノンの途中にジーグが入ってくる新鮮な試み。結構楽しめました。
今朝もサーバーの障害が起こっていたようです。メンテするスタッフも大変だなぁ・・・。
このDoblog、昨秋だったか非常に重かったので、多くの住人が引っ越して他のブログに移ったとも言われていますが・・・・・。
今は人口の少ないブログサービスになってしまっているのかもしれません・・・・。
(その方が軽くてイイのかも・・・・・・?・・・(^^ゞ・・・・)
さて、今日はレオポルド・モーツァルトの「おもちゃの交響曲」。
(一応、分類は「交響曲」でいいのかな・・・・・・?)
本来の名は「カッサチオ ト長調」と云うらしい。昔は小学校の音楽の時間、これはハイドンの作曲であると勉強したものだが、今はL・モーツァルトということになっている。
懐かしい音楽。小学校の音楽鑑賞で聴いたり、給食の時間には決まってこの「おもちゃの交響曲」が流れていたりしたものだった。
今日はネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管の演奏で聴いてみた。ジャケットも色鮮やかで楽しいし、このCD、カップリングが良い。モーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークとパッヘルベルのカノンも入っている。
1984~85年、ロンドンのセント・ジョンズ教会での録音。フィリップス盤。
教会での録音なので残響成分がとても豊かで、柔らかいストリングスに全身が包まれるような快感がある。
しかもフィリップスの録音陣。各楽器もクリアだし、溶け合いも見事に捉えている。もう20年も前の録音なのに、現在の最高水準をゆくんじゃなかろうか。我が家ではホンマにエエ音してます。
さて、「おもちゃの交響曲」。
「カッサチオ ト長調」は全部で7楽章あるのだが、そのうちの第3、第4、第7楽章がいわゆる「おもちゃの交響曲」になる。
子供が使うおもちゃの笛、太鼓、ラッパなどが下品なくらいにジャンジャン・ピューピュー鳴らして、面白いことこの上ない。
そのおもちゃのやりたい放題のバックで、アカデミー室内管か、実に真摯に演奏している。爽快で滑らか、ストリングスの響きはホンマに気持ちいい音だし、アンサンブルも綺麗。アンサンブルを乱しているのは(これは故意に乱しているのだが)、おもちゃたちだけ。
でも、楽団員みんなが楽しそう。
マリナーもニコニコしながら棒を振っているのが目に見えるよう。
おもちゃの協奏曲のような趣もある。アカデミー室内管が楽しく伴奏しているような演奏。いやぁ愉快やなぁ。
カップリングの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」もマリナー/アカデミー室内管らしい爽快な演奏。録音も極上。
さらにパッヘルベルのカノンも面白い。カノン - ジーグ - カノン という順番で演奏しており、カノンの途中にジーグが入ってくる新鮮な試み。結構楽しめました。
2006/01/11のBlog
[ 05:06 ]
[ 管弦楽曲 ]
小雪まじりの寒さ。ホンマに寒さが続きます。大寒波です。
どんよりと雲に覆われて、風も強く荒涼たる冬の風景が広がります。
四国でこれだから、北国の人々の寒さはいかばかりか。
2月になれば少しは寒気が緩むかな。あと1カ月、辛抱辛抱。
寒い風景を見ていたら、シベリウスのCDを取り出していた・・・・・・・・。
今日はシベリウスの管弦楽曲集を。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏。1976年9~12月、ベルリン・フィルハーモニーでの録音。EMI。artリマスターになって格段に音が向上したと思う。
カラヤンはシベリウスを得意にしていた。
でもそれはベルグルンドやバルビローリのような、作曲家への共感に基づいた得意さではなく、よく出来ている管弦楽曲を指揮する者として、どのようにオケの威力を発揮させるか、という点に関心があって、その楽曲を料理するのがべらぼうに巧い職人のような得意さ・・・・・・だった。
評論などでも「すごいけれどニセモノ」のような表現が随分あったように思う。
しかし、ボクが実際に耳にするこのCDの素晴らしさはどうだ・・・・・。
まず「フィンランディア」。
冒頭、金管の咆吼の逞しさ。ゴージャスで華麗、豪華絢爛、豪壮雄大、もうこんなにスケールの大きい「フィンランディア」はそうは聴けない。「フィンランディア」は、ロシアの圧政に対するフィンランド人の怒り、闘争心がよく現れている曲だが、楽曲そのものにある豪華な部分をカラヤンがすくい取って、目の前にさらけ出したような演奏になっている。テンポをグッと落としたり、ふとタメをつくったり、演出も自在で、面白い。渋いシベリウスも良いが(というか、渋くて味わい深いシベリウスの方が本筋なんだろうが)、カラヤンの「フィンランディア」、現代オーケストラ音楽として最高のパフォーマンスだと思う。ベルリン・フィルが本当に巧い。
つづいて交響詩「伝説」作品9。
シベリウス初期の名品。初めから最後まで、一貫して主題があちこちに登場する。コントラバスやチェロ、ティンパニがつくり出すベルリン・フィルの安定した低音に乗って、ヴァイオリン群が非常にデリケートな響きをつくり出す。木管や金管も最高に巧い。この作品はクレルヴォ交響曲を書いた直後、シベリウスがカヤヌスに国民的音楽をと依頼されたもの。一種、若書きの要素がある作品だが、その辺りを振らせると、さすが巧者カラヤン。18分を飽きさせずに聴かせてくれる。
そして「トゥオネラの白鳥」!
コーラングレは、ゲルハルト・シュテンプニク。この気品のある音色、柔らかく、やや鼻にかかったような艶のある音色がたまらない。窓の外の寒々とした風景に溶け込んでゆくような音色。
その背景で響くヴァイオリンの音色がこれまた素晴らしい。デリカシーに満ちて、銀色の光りを放っている。何という繊細な響き、そしてそれをつくり出すカラヤンの棒は魔法か。
EMIの録音なのであまり期待していなかったところ(^^ゞ、artリマスターで非常によい音に仕上がっております。EMIもなかなかやるじゃない。
どんよりと雲に覆われて、風も強く荒涼たる冬の風景が広がります。
四国でこれだから、北国の人々の寒さはいかばかりか。
2月になれば少しは寒気が緩むかな。あと1カ月、辛抱辛抱。
寒い風景を見ていたら、シベリウスのCDを取り出していた・・・・・・・・。
今日はシベリウスの管弦楽曲集を。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏。1976年9~12月、ベルリン・フィルハーモニーでの録音。EMI。artリマスターになって格段に音が向上したと思う。
カラヤンはシベリウスを得意にしていた。
でもそれはベルグルンドやバルビローリのような、作曲家への共感に基づいた得意さではなく、よく出来ている管弦楽曲を指揮する者として、どのようにオケの威力を発揮させるか、という点に関心があって、その楽曲を料理するのがべらぼうに巧い職人のような得意さ・・・・・・だった。
評論などでも「すごいけれどニセモノ」のような表現が随分あったように思う。
しかし、ボクが実際に耳にするこのCDの素晴らしさはどうだ・・・・・。
まず「フィンランディア」。
冒頭、金管の咆吼の逞しさ。ゴージャスで華麗、豪華絢爛、豪壮雄大、もうこんなにスケールの大きい「フィンランディア」はそうは聴けない。「フィンランディア」は、ロシアの圧政に対するフィンランド人の怒り、闘争心がよく現れている曲だが、楽曲そのものにある豪華な部分をカラヤンがすくい取って、目の前にさらけ出したような演奏になっている。テンポをグッと落としたり、ふとタメをつくったり、演出も自在で、面白い。渋いシベリウスも良いが(というか、渋くて味わい深いシベリウスの方が本筋なんだろうが)、カラヤンの「フィンランディア」、現代オーケストラ音楽として最高のパフォーマンスだと思う。ベルリン・フィルが本当に巧い。
つづいて交響詩「伝説」作品9。
シベリウス初期の名品。初めから最後まで、一貫して主題があちこちに登場する。コントラバスやチェロ、ティンパニがつくり出すベルリン・フィルの安定した低音に乗って、ヴァイオリン群が非常にデリケートな響きをつくり出す。木管や金管も最高に巧い。この作品はクレルヴォ交響曲を書いた直後、シベリウスがカヤヌスに国民的音楽をと依頼されたもの。一種、若書きの要素がある作品だが、その辺りを振らせると、さすが巧者カラヤン。18分を飽きさせずに聴かせてくれる。
そして「トゥオネラの白鳥」!
コーラングレは、ゲルハルト・シュテンプニク。この気品のある音色、柔らかく、やや鼻にかかったような艶のある音色がたまらない。窓の外の寒々とした風景に溶け込んでゆくような音色。
その背景で響くヴァイオリンの音色がこれまた素晴らしい。デリカシーに満ちて、銀色の光りを放っている。何という繊細な響き、そしてそれをつくり出すカラヤンの棒は魔法か。
EMIの録音なのであまり期待していなかったところ(^^ゞ、artリマスターで非常によい音に仕上がっております。EMIもなかなかやるじゃない。
2006/01/10のBlog
[ 05:57 ]
[ 交響曲 ]
日中は穏やかな3連休でありました。
子供たちは3学期の準備をしております。ああ、いよいよ始業式なんですね。
ボクは部屋の整理を。特に積みっぱなしのCDを何とかしないと・・・・・。
結局東京では、石丸電気、ディスク・ユニオン、ショップ2軒どまり
昔は秋葉原にも何軒か中古屋があったのだが、殆ど見かけなかった。
石丸電気のソフト館(って云うのだったかな)では、輸入盤の箱物が少々安くなっていたので、いくつか購入。でも食指が動くというものはあまり多くなかったかな。お客さんもパラパラ。
20数年前のLP全盛時代には、年末年始に(夏のボーナスシーズンにも)「キズ物バーゲン」がしばしばあって、特設会場は開場時刻前から長蛇の列が出来て熱気ムンムンだったものだが・・・・。我こそ先んぜん、と血眼になっていたマニアたちが懐かしい。
御茶ノ水のディスク・ユニオンは、2年半ぶりに訪れてみたが、値付けは少し高くなったかなという印象。陳列・在庫ともおそらくあの界隈最高だと思うのだが、値段は以前より高くなっているように思う。
世は「何とか100」シリーズだの(例の6枚組3,000円の)、「のだめカンタービレ」だので、クラシック音楽のブームが来ているようだ。そこでお客さんが増えて、需要増で価格上昇したかとも思ったが、客の入りは大したことはない・・・・。
好きなオーケストラ物を中心に何枚か(家人に言わせると「何枚も」(^^ゞ)抱え込んで、店をあとにした。
さて、今日はそのディスク・ユニオンで購入した「ロマンティック」を。
チェリビダッケの箱物で、現品叩き売りで購入したもの。
ブルックナーの交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」。
セルジウ・チェリビダッケの指揮、スウェーデン放送交響楽団の演奏。録音は1969年3月24日、ベルリン・フィルハーモニーでのライヴ。(因縁のカラヤンの本拠だ!)
ノヴァーク版を使用しているとクレジットにある。演奏時間は長大、69分。
第1楽章冒頭のホルンがゆったりとしてふくよか。技術は一杯一杯か。この冒頭は、ホルン奏者が実演で最も緊張するソロ・パートの一つだそうだが、確かに必死で吹いているのが伝わってくる。チェリビダッケの指揮は、後年の特徴ようにとてつもなく遅いということはないが、数多ある「ロマンティック」演奏の中では遅い部類になるだろう。
ただその遅さによって、細部を非常に美しく聴かせることに成功していると思う。
第2楽章のアンダンテ。わびしさ・静謐さが、チェリビダッケの棒から紡ぎ出されてくる。スウェーデン放送響もよく頑張っていると思うが、オーケストラの魅力としては今一歩かな。チェリビダッケ独特のゆったりと強弱が盛り上がったり減衰したりするあたりは、よく表出して健闘。
第3楽章スケルツォ。狩りのリズムとして聴いてきたのだが、少し重め。綺麗なのだが、愉悦感がもう少し欲しい感じ。金管も木管も頑張っている。実演なのに立派なもんです。
終楽章、チェリビダッケの彫琢はますます深まる。出てくる音楽が、ホンマに美しい。ブルックナーってもっとゴツゴツしているんじゃないかと思いつつ、こういう演奏もエエわいなぁと納得させられてしまう。
指揮者の巧さか、こちらの主体性のなさか・・・・でもこんな綺麗なブルックナーはあまり聴けない・・・(ムーティ/BPOのが綺麗だったな・・)
チェリビダッケのうなり声が随所に聴ける。やや甲高い、キュンキュンとしたうなり声(^^ゞ。かなり邪魔だが、ライヴなので致し方なし。
1969年の、しかもライブなのに録音水準は高い。十分に満足できました。
子供たちは3学期の準備をしております。ああ、いよいよ始業式なんですね。
ボクは部屋の整理を。特に積みっぱなしのCDを何とかしないと・・・・・。
結局東京では、石丸電気、ディスク・ユニオン、ショップ2軒どまり
昔は秋葉原にも何軒か中古屋があったのだが、殆ど見かけなかった。
石丸電気のソフト館(って云うのだったかな)では、輸入盤の箱物が少々安くなっていたので、いくつか購入。でも食指が動くというものはあまり多くなかったかな。お客さんもパラパラ。
20数年前のLP全盛時代には、年末年始に(夏のボーナスシーズンにも)「キズ物バーゲン」がしばしばあって、特設会場は開場時刻前から長蛇の列が出来て熱気ムンムンだったものだが・・・・。我こそ先んぜん、と血眼になっていたマニアたちが懐かしい。
御茶ノ水のディスク・ユニオンは、2年半ぶりに訪れてみたが、値付けは少し高くなったかなという印象。陳列・在庫ともおそらくあの界隈最高だと思うのだが、値段は以前より高くなっているように思う。
世は「何とか100」シリーズだの(例の6枚組3,000円の)、「のだめカンタービレ」だので、クラシック音楽のブームが来ているようだ。そこでお客さんが増えて、需要増で価格上昇したかとも思ったが、客の入りは大したことはない・・・・。
好きなオーケストラ物を中心に何枚か(家人に言わせると「何枚も」(^^ゞ)抱え込んで、店をあとにした。
さて、今日はそのディスク・ユニオンで購入した「ロマンティック」を。
チェリビダッケの箱物で、現品叩き売りで購入したもの。
ブルックナーの交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」。
セルジウ・チェリビダッケの指揮、スウェーデン放送交響楽団の演奏。録音は1969年3月24日、ベルリン・フィルハーモニーでのライヴ。(因縁のカラヤンの本拠だ!)
ノヴァーク版を使用しているとクレジットにある。演奏時間は長大、69分。
第1楽章冒頭のホルンがゆったりとしてふくよか。技術は一杯一杯か。この冒頭は、ホルン奏者が実演で最も緊張するソロ・パートの一つだそうだが、確かに必死で吹いているのが伝わってくる。チェリビダッケの指揮は、後年の特徴ようにとてつもなく遅いということはないが、数多ある「ロマンティック」演奏の中では遅い部類になるだろう。
ただその遅さによって、細部を非常に美しく聴かせることに成功していると思う。
第2楽章のアンダンテ。わびしさ・静謐さが、チェリビダッケの棒から紡ぎ出されてくる。スウェーデン放送響もよく頑張っていると思うが、オーケストラの魅力としては今一歩かな。チェリビダッケ独特のゆったりと強弱が盛り上がったり減衰したりするあたりは、よく表出して健闘。
第3楽章スケルツォ。狩りのリズムとして聴いてきたのだが、少し重め。綺麗なのだが、愉悦感がもう少し欲しい感じ。金管も木管も頑張っている。実演なのに立派なもんです。
終楽章、チェリビダッケの彫琢はますます深まる。出てくる音楽が、ホンマに美しい。ブルックナーってもっとゴツゴツしているんじゃないかと思いつつ、こういう演奏もエエわいなぁと納得させられてしまう。
指揮者の巧さか、こちらの主体性のなさか・・・・でもこんな綺麗なブルックナーはあまり聴けない・・・(ムーティ/BPOのが綺麗だったな・・)
チェリビダッケのうなり声が随所に聴ける。やや甲高い、キュンキュンとしたうなり声(^^ゞ。かなり邪魔だが、ライヴなので致し方なし。
1969年の、しかもライブなのに録音水準は高い。十分に満足できました。
2006/01/09のBlog
[ 06:06 ]
[ 管弦楽曲 ]
穏やかな休日。寒さも少し緩んで日中は、だいぶ暖かくなりました。
四国瀬戸内の冬の日は、こんなもんだわいなぁ・・・。今年の寒さは異常ぞい・・・
と思っていたら、昼過ぎより長男は成人式であります。
大学入学の時につくったスーツを着込んで、総合体育館に向かいました。
さて・・・・そういえば、新年になってウィンナ・ワルツを聴いていなかった・・・・。
アカンアカン、やはり、ウィンナ・ワルツを聴かにゃ、気分が出んぞい。
成人式の祝いにもなるし、何か取り出してみようと・・・・・(^-^)。
そこで今日は、ウィンナ・ワルツ名曲集を。
カール・ベーム指揮ウィーン・フィルの「シュトラウス・コンサート」。
曲目は、もう名曲のオンパレード。ワクワクしてくる。
1 ワルツ《美しく青きドナウ》作品314
2 トリッチ・トラッチ・ポルカ 作品214
3 皇帝円舞曲 作品437
4 ポルカ《雷鳴と電光》作品324
5 ワルツ《南国のばら》作品388
6 ピチカート・ポルカ
7 アンネン・ポルカ作品117
8 常動曲 作品257
録音は1971~72年、ウィーンのおそらくムジークフェラインザール。
ベームのウィンナ・ワルツは珍しい録音だと思う。他にはあまり見かけない。
「ユックリズム」
1曲目の「美しく青きドナウ」から、ベームらしい演奏。
「ユックリズム」の権化、ややゴツゴツした響きなのだが安定感抜群。この安定感(カラヤンなら対照的に流麗感なのだが)こそ、ベームの持ち味だろう。
そして、その遅いテンポの中から匂うようなオーケストラの魅力が立ちのぼってくる。録音はもう30年前だから随分古ぼけてきているんだが、それでもなお薫り立つウィーン・フィルの響き。弦も管も素晴らしい、ああ、エエ正月やなぁ。
スゴイのは「皇帝円舞曲」。堂々としたワルツで、貫禄十分なのだが、とりわけ最後の部分、チェロやフルートのソロのところが遅い!もう止まってしまいそう。その止まってしまいそうなテンポで深々と響く、チェロの音色の素晴らしさ。フルートのたゆたうような哀感。
さて、ベームがそこまで意識して音楽をつくったかどうかは分からないが(ベームは抒情的な指揮者ではなかったと思うから)、出てくる音楽は絶品。じっくり腰を落として演奏させていたら、情感豊かになってしまった・・・という感じの音楽。
ボクにとっての最高のカイザー・ワルツであります。
「南国のばら」もゆっくりでよろしい。
今年の冬は特に寒いので、ああ春の陽光が待ち遠しい・・・聴いていてそんな気分になる。ヴァイオリンの高音がチャーミング。突き抜けるようにキュッと響く高音は、ウィーン・フィルならではの美音と思う。木管や金管も実に楽しそう。謹厳実直ベーム翁の棒とは思えない柔らかさが、ミスマッチのようで面白い。
ピチカート・ポルカ、アンネン・ポルカ、そして常動曲も爽快に聴けた。
オケの音がもうたまらなく魅惑的。綺麗。美人。理想的。
というわけでベームのシュトラウス・コンサート、すべてが名演というわけではないのだが、味わい深いワルツ集でありました。
四国瀬戸内の冬の日は、こんなもんだわいなぁ・・・。今年の寒さは異常ぞい・・・
と思っていたら、昼過ぎより長男は成人式であります。
大学入学の時につくったスーツを着込んで、総合体育館に向かいました。
さて・・・・そういえば、新年になってウィンナ・ワルツを聴いていなかった・・・・。
アカンアカン、やはり、ウィンナ・ワルツを聴かにゃ、気分が出んぞい。
成人式の祝いにもなるし、何か取り出してみようと・・・・・(^-^)。
そこで今日は、ウィンナ・ワルツ名曲集を。
カール・ベーム指揮ウィーン・フィルの「シュトラウス・コンサート」。
曲目は、もう名曲のオンパレード。ワクワクしてくる。
1 ワルツ《美しく青きドナウ》作品314
2 トリッチ・トラッチ・ポルカ 作品214
3 皇帝円舞曲 作品437
4 ポルカ《雷鳴と電光》作品324
5 ワルツ《南国のばら》作品388
6 ピチカート・ポルカ
7 アンネン・ポルカ作品117
8 常動曲 作品257
録音は1971~72年、ウィーンのおそらくムジークフェラインザール。
ベームのウィンナ・ワルツは珍しい録音だと思う。他にはあまり見かけない。
「ユックリズム」
1曲目の「美しく青きドナウ」から、ベームらしい演奏。
「ユックリズム」の権化、ややゴツゴツした響きなのだが安定感抜群。この安定感(カラヤンなら対照的に流麗感なのだが)こそ、ベームの持ち味だろう。
そして、その遅いテンポの中から匂うようなオーケストラの魅力が立ちのぼってくる。録音はもう30年前だから随分古ぼけてきているんだが、それでもなお薫り立つウィーン・フィルの響き。弦も管も素晴らしい、ああ、エエ正月やなぁ。
スゴイのは「皇帝円舞曲」。堂々としたワルツで、貫禄十分なのだが、とりわけ最後の部分、チェロやフルートのソロのところが遅い!もう止まってしまいそう。その止まってしまいそうなテンポで深々と響く、チェロの音色の素晴らしさ。フルートのたゆたうような哀感。
さて、ベームがそこまで意識して音楽をつくったかどうかは分からないが(ベームは抒情的な指揮者ではなかったと思うから)、出てくる音楽は絶品。じっくり腰を落として演奏させていたら、情感豊かになってしまった・・・という感じの音楽。
ボクにとっての最高のカイザー・ワルツであります。
「南国のばら」もゆっくりでよろしい。
今年の冬は特に寒いので、ああ春の陽光が待ち遠しい・・・聴いていてそんな気分になる。ヴァイオリンの高音がチャーミング。突き抜けるようにキュッと響く高音は、ウィーン・フィルならではの美音と思う。木管や金管も実に楽しそう。謹厳実直ベーム翁の棒とは思えない柔らかさが、ミスマッチのようで面白い。
ピチカート・ポルカ、アンネン・ポルカ、そして常動曲も爽快に聴けた。
オケの音がもうたまらなく魅惑的。綺麗。美人。理想的。
というわけでベームのシュトラウス・コンサート、すべてが名演というわけではないのだが、味わい深いワルツ集でありました。
2006/01/08のBlog
[ 04:27 ]
[ 交響曲 ]
ようやく初詣を済ませました。地元の伊曾乃神社であります。
おみくじは「大吉」。あらまぁ、年に一度しかおみくじなど引かないが、「大吉」は久しぶり・・・・記憶にないぞ・・・まぁ春から縁起が良いということで(^-^)。
さて、今日はドヴォルザークの交響曲第9番ホ短調作品95「新世界から」。
フェレンツ・フリッチャイ指揮ベルリン・フィルの演奏。
1959年10月、ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。この時、フリッチャイ45歳にして、しかも晩年。彼は1963年49歳で白血病で世を去った。
第1楽章の冒頭から、堂々とした開始。物々しささえ感じさせる音楽づくり。そして、重心の低いドイツ風のサウンド!
当時のベルリン・フィルはこんな重厚な音を出していたんだと再確認させられる響き。
テンポもよく揺れる。伸びたり縮んだり、指揮者の思いが込められているようなテンポ。ベルリン・フィルもよくついていっているなぁと思う。ライヴのようなノリ。
ボクは、「新世界」では、例えばショルティ/シカゴのようなイン・テンポの演奏が気に入っているので、フリッチャイの揺らぎには面食らったが、なに、演奏にどっぷり浸かってしまうと、これが結構面白い。弦のうねりが最高。
第2楽章も思い入れが感じられる演奏。と云っても、くどくてベタつくような感傷的な演奏ではなく、男性的な逞しさと、男だからこそ備わる背中に漂う哀愁・・・そんな感じのラルゴ。イングリッシュ・ホルンの名旋律が、これほど格調高く響く演奏もそうはないんじゃないかな。フルートの響きも清潔そのもの(これ、オーレル・ニコレですかね?)。後半ではコントラバスのピチカートがまた表情豊か。ピチカートで想いを伝えられる指揮者、フリッチャイはスゴイ。
第3楽章が管楽器が大活躍。木管は中央で味わい深い響き。リズムが快く弾む。左手で朗々と鳴るホルンも良い。音が深い。惜しいのは右奥のトランペット。録音のせいか、音が薄っぺらくて軽い。何となくトランペットだけ浮いてしまったかな。
この楽章はあまりテンポが揺れず、浮き立つスケルツォが聴けた。
第4楽章、大団円に向かってフリッチャイはさらにオケを叱咤する。金管が咆吼し、弦楽器は弓を叩きつけるような強靱な響きをつくり出す。ためというか、抉りというか、そこかしこでテンポが揺れて、その遅早が意味深く思われてくる。こうとしか演奏できないという切迫感があるのは、フリッチャイの余命が少ないからか。指揮者自身、そう永くないことを感じていたからだろうか。
コーダに向かうスピードはメチャクチャ速く、アンサンブルが乱れている。でも圧倒的迫力。情熱的。
フリッチャイはハンガリーの指揮者。でも、このドヴォルザークはちっともボヘミア的じゃありません。ドイツ風の重厚さに、フリッチャイの感性の燦めきが加わった、いわば剛毅で普遍的な演奏になっていると思います。
いやはや感動しました。
こういう演奏に出逢える幸福、有り難いもんです。
おみくじは「大吉」。あらまぁ、年に一度しかおみくじなど引かないが、「大吉」は久しぶり・・・・記憶にないぞ・・・まぁ春から縁起が良いということで(^-^)。
さて、今日はドヴォルザークの交響曲第9番ホ短調作品95「新世界から」。
フェレンツ・フリッチャイ指揮ベルリン・フィルの演奏。
1959年10月、ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。この時、フリッチャイ45歳にして、しかも晩年。彼は1963年49歳で白血病で世を去った。
第1楽章の冒頭から、堂々とした開始。物々しささえ感じさせる音楽づくり。そして、重心の低いドイツ風のサウンド!
当時のベルリン・フィルはこんな重厚な音を出していたんだと再確認させられる響き。
テンポもよく揺れる。伸びたり縮んだり、指揮者の思いが込められているようなテンポ。ベルリン・フィルもよくついていっているなぁと思う。ライヴのようなノリ。
ボクは、「新世界」では、例えばショルティ/シカゴのようなイン・テンポの演奏が気に入っているので、フリッチャイの揺らぎには面食らったが、なに、演奏にどっぷり浸かってしまうと、これが結構面白い。弦のうねりが最高。
第2楽章も思い入れが感じられる演奏。と云っても、くどくてベタつくような感傷的な演奏ではなく、男性的な逞しさと、男だからこそ備わる背中に漂う哀愁・・・そんな感じのラルゴ。イングリッシュ・ホルンの名旋律が、これほど格調高く響く演奏もそうはないんじゃないかな。フルートの響きも清潔そのもの(これ、オーレル・ニコレですかね?)。後半ではコントラバスのピチカートがまた表情豊か。ピチカートで想いを伝えられる指揮者、フリッチャイはスゴイ。
第3楽章が管楽器が大活躍。木管は中央で味わい深い響き。リズムが快く弾む。左手で朗々と鳴るホルンも良い。音が深い。惜しいのは右奥のトランペット。録音のせいか、音が薄っぺらくて軽い。何となくトランペットだけ浮いてしまったかな。
この楽章はあまりテンポが揺れず、浮き立つスケルツォが聴けた。
第4楽章、大団円に向かってフリッチャイはさらにオケを叱咤する。金管が咆吼し、弦楽器は弓を叩きつけるような強靱な響きをつくり出す。ためというか、抉りというか、そこかしこでテンポが揺れて、その遅早が意味深く思われてくる。こうとしか演奏できないという切迫感があるのは、フリッチャイの余命が少ないからか。指揮者自身、そう永くないことを感じていたからだろうか。
コーダに向かうスピードはメチャクチャ速く、アンサンブルが乱れている。でも圧倒的迫力。情熱的。
フリッチャイはハンガリーの指揮者。でも、このドヴォルザークはちっともボヘミア的じゃありません。ドイツ風の重厚さに、フリッチャイの感性の燦めきが加わった、いわば剛毅で普遍的な演奏になっていると思います。
いやはや感動しました。
こういう演奏に出逢える幸福、有り難いもんです。
2006/01/07のBlog
[ 05:28 ]
[ 管弦楽曲 ]
いつも駄文をお読みいただき恐縮です。今日も駄文です。読み飛ばしてください。
年明けは少し暖かい日が続いたのだが、またも大寒波襲来。四国伊予路でも小雪が舞っています。石鎚山も真っ白になりました。まだまだ寒くなりそうな週末であります。
「寒い日にはチャイコフスキーだわなぁ」と単純な発想で、今日はスラヴ行進曲を取り出しました。これは思い出深い曲でありまして、ボクが唯一「指揮」なるものを行ったクラシック音楽なのであります。
もう20年も昔のこと、友人が某高校の音楽教師をしており、その高校の吹奏楽部の顧問をしていたんです。その高校がコンクールで演奏した「スラヴ行進曲」を、高校地元でリラックスしながら発表する機会がありまして、「じゃあオマエ、そんなにクラシック音楽が好きなら一度振ってみろ」と。・・・・・もう嬉しくて、必死に練習したもんです(^^ゞ。
もちろん、練習はすべて友人がしておいてくれて、つまり吹奏楽部員たちは指揮者を見なくても演奏できるわけであります。しかし丁寧にも、友人は指揮棒とスコアを貸してくれて(振り方もろくに知らず、もちろんオタマジャクシは読めもせず・・・・何となく曲の推移は分かったが・・・(^^ゞ)、ボクは本番に備えたわけですが、残念ながら、無惨にも当日は失敗。
吹奏楽部員がどんどん前に行っちゃう。「もっと、ゆっくりだよぉ」こちらは合図するし、部員たちも分かっているんだが、なかなかテンポが遅くならない・・・ボクも部員たちも当惑しているうちに、さらに前のめりになって、コーダの部分では壮烈なアッチェランド!みんなヒーヒー言いながら吹いてる。顔なんか真っ赤。ボクは大汗。
後にも先にも、「指揮」はこれだけの経験ですがね、いやはや難しいもんです(ド素人が当たり前か・・・・・)。指揮者ってのは偉いんだわなぁと思い直しました。
でも、今にして思うと、あれはやはり快感だったんじゃないかと・・・・(^-^)。
もう一つ効用。大して興味もなかった「スラヴ行進曲」、あれから大好きになりました。同曲異演盤、あれからわがCD棚に加速度的に増えました・・・・(^^ゞ。
さてさて、そういう訳で、今日はチャイコフスキーのスラヴ行進曲。
ベルナルド・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1961年9月録音のフィリップス盤、ということはハイティンクがコンセルトヘボウ管の常任に就任して間もない頃の録音。
1972年頃の録音というデータもあるんだが(レコ芸のイヤー・ブックなどではそう書いてる)、ボクの持つ輸入盤のクレジットは1961年。他のカップリング曲は1972年録音とある。さてどちらなんだろう?
コンセルトヘボウ管のチャイコフスキーは、ほの暗い弦楽器の音と、同じく、ややくすみ加減の管楽器の音が見事に融合して、何とも言えない魅力を放っている。ハイティンクが1970年代後半に録音したチャイコフスキー交響曲全集など、今もって最も愛聴しているボクにとっての名盤だ。
コンセルトヘボウ管の音は、チャイコフスキーに合うんじゃないだろうか。
冒頭からハイティンクらしい几帳面な音楽作り。実直というか、マジメというか、ハイティンクの個性は今も昔も変わらない。
序盤は、コンセルトヘボウ管にしては珍しく、ややアンサンブルが乱れるところがあり(こういうのを「縦の線が揃わない」と云うのかな?)、ハイティンクの棒もやや不安定なのではないかと思わせる。
中盤からは、堅牢で正統的、がっしりとした音楽が進んでゆく。ヘボウ管も俄然好調、音が生き生きと響き始める。やや暗いのだが、渋く落ち着いた弦楽器群の音色が実に心地よい。フルートの軽やかな響き(でも鮮やかなピカピカということはないのが、このオケだ)がまたイイ。
テンポは中庸、急ぎすぎることもないが、もたれるようなこともない。ただ、行進曲として実際に歩くには少し速いのではないかな。
終盤の壮麗なオケの爆発。満を持していたと言わんばかりの、大合奏が痛快。ホルンもトロンボーンも、ふくよかに、時には音を割って迫力満点。トランペットの高音がこれまた綺麗でかつ剛毅。コーダでは速度が増して華麗な終曲を迎える。
今から40年も前の録音だが、十分に美しい。
ホールの響きが特に美しい。このホールこそ、コンセルトヘボウ管の音の源泉なのだなぁ。
ハイティンクのスラヴ行進曲、録音はこの1回だけだったか。中盤以降はとても美しい音で迫力もあって好ましい演奏でありました。
ただ、コーダの圧倒的スピードと迫力、阿鼻叫喚は、ボクの指揮の方が上かも・・・・(笑)。
年明けは少し暖かい日が続いたのだが、またも大寒波襲来。四国伊予路でも小雪が舞っています。石鎚山も真っ白になりました。まだまだ寒くなりそうな週末であります。
「寒い日にはチャイコフスキーだわなぁ」と単純な発想で、今日はスラヴ行進曲を取り出しました。これは思い出深い曲でありまして、ボクが唯一「指揮」なるものを行ったクラシック音楽なのであります。
もう20年も昔のこと、友人が某高校の音楽教師をしており、その高校の吹奏楽部の顧問をしていたんです。その高校がコンクールで演奏した「スラヴ行進曲」を、高校地元でリラックスしながら発表する機会がありまして、「じゃあオマエ、そんなにクラシック音楽が好きなら一度振ってみろ」と。・・・・・もう嬉しくて、必死に練習したもんです(^^ゞ。
もちろん、練習はすべて友人がしておいてくれて、つまり吹奏楽部員たちは指揮者を見なくても演奏できるわけであります。しかし丁寧にも、友人は指揮棒とスコアを貸してくれて(振り方もろくに知らず、もちろんオタマジャクシは読めもせず・・・・何となく曲の推移は分かったが・・・(^^ゞ)、ボクは本番に備えたわけですが、残念ながら、無惨にも当日は失敗。
吹奏楽部員がどんどん前に行っちゃう。「もっと、ゆっくりだよぉ」こちらは合図するし、部員たちも分かっているんだが、なかなかテンポが遅くならない・・・ボクも部員たちも当惑しているうちに、さらに前のめりになって、コーダの部分では壮烈なアッチェランド!みんなヒーヒー言いながら吹いてる。顔なんか真っ赤。ボクは大汗。
後にも先にも、「指揮」はこれだけの経験ですがね、いやはや難しいもんです(ド素人が当たり前か・・・・・)。指揮者ってのは偉いんだわなぁと思い直しました。
でも、今にして思うと、あれはやはり快感だったんじゃないかと・・・・(^-^)。
もう一つ効用。大して興味もなかった「スラヴ行進曲」、あれから大好きになりました。同曲異演盤、あれからわがCD棚に加速度的に増えました・・・・(^^ゞ。
さてさて、そういう訳で、今日はチャイコフスキーのスラヴ行進曲。
ベルナルド・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1961年9月録音のフィリップス盤、ということはハイティンクがコンセルトヘボウ管の常任に就任して間もない頃の録音。
1972年頃の録音というデータもあるんだが(レコ芸のイヤー・ブックなどではそう書いてる)、ボクの持つ輸入盤のクレジットは1961年。他のカップリング曲は1972年録音とある。さてどちらなんだろう?
コンセルトヘボウ管のチャイコフスキーは、ほの暗い弦楽器の音と、同じく、ややくすみ加減の管楽器の音が見事に融合して、何とも言えない魅力を放っている。ハイティンクが1970年代後半に録音したチャイコフスキー交響曲全集など、今もって最も愛聴しているボクにとっての名盤だ。
コンセルトヘボウ管の音は、チャイコフスキーに合うんじゃないだろうか。
冒頭からハイティンクらしい几帳面な音楽作り。実直というか、マジメというか、ハイティンクの個性は今も昔も変わらない。
序盤は、コンセルトヘボウ管にしては珍しく、ややアンサンブルが乱れるところがあり(こういうのを「縦の線が揃わない」と云うのかな?)、ハイティンクの棒もやや不安定なのではないかと思わせる。
中盤からは、堅牢で正統的、がっしりとした音楽が進んでゆく。ヘボウ管も俄然好調、音が生き生きと響き始める。やや暗いのだが、渋く落ち着いた弦楽器群の音色が実に心地よい。フルートの軽やかな響き(でも鮮やかなピカピカということはないのが、このオケだ)がまたイイ。
テンポは中庸、急ぎすぎることもないが、もたれるようなこともない。ただ、行進曲として実際に歩くには少し速いのではないかな。
終盤の壮麗なオケの爆発。満を持していたと言わんばかりの、大合奏が痛快。ホルンもトロンボーンも、ふくよかに、時には音を割って迫力満点。トランペットの高音がこれまた綺麗でかつ剛毅。コーダでは速度が増して華麗な終曲を迎える。
今から40年も前の録音だが、十分に美しい。
ホールの響きが特に美しい。このホールこそ、コンセルトヘボウ管の音の源泉なのだなぁ。
ハイティンクのスラヴ行進曲、録音はこの1回だけだったか。中盤以降はとても美しい音で迫力もあって好ましい演奏でありました。
ただ、コーダの圧倒的スピードと迫力、阿鼻叫喚は、ボクの指揮の方が上かも・・・・(笑)。
2006/01/06のBlog
[ 05:16 ]
[ 声楽曲・オペラ ]
四国への帰路、子供の都合で立ち寄った渋谷で、HMVを発見。
2時間ほど別行動して店内を物色しました。
クラシック売り場は5階。広々として静かで落ち着くフロア、商品も見やすかったですな。
値段は高いのもあれば、「おお?」と驚くほど激安なCDもあり、なかなか楽しめました。店内ではクレンペラーのライヴの新譜かしら、ベートーヴェンの第4交響曲が流れており、ややノイズが多いのはライブだから仕方がないわいのぉ・・・などと思いつつCDの物色を続けていたのです。そこへ、次のCDが流れてボクの耳は釘付けになりました。
女声ヴォーカルのCD、メゾ・ソプラノだろうか、まあ何とも言えず新鮮で透きとおる声。音楽はポピュラー系(アレンジはクラシック風)なのだが、初々しいというか若々しいというか、耳に染みこんでくるようなエエ声。
レジまで行って確認すると、歌手名はキャサリン・ジェンキンス。
タイトルは<ジェンキンス/「リヴィング・ア・ドリーム」>
」
知らんなぁ・・・・。ジャケットを見る限り、若そうだけれど、さてどんな歌手なんだろうねと思いつつ(ついでに化粧が少々ケバイぞと思いつつ(^^ゞ・・・)、CD物色に戻ると、今度はホルストのジュピターの旋律が、素晴らしいヴォーカルつきで。
いや全く素晴らしい。「蒼い声」とでも云うべきか。青リンゴのような爽やかな声。
きっとこの人若いんだろうと思っていたら、25歳という。イギリスのウェールズ出身で2004年に23歳でデビューというから、なるほど、日本でもデビュー間もない訳ね。
音域はそう広くないメゾ。でも声がイイ。この年齢でしか出ないだろう声。
蒼く透きとおる、綺麗な女声(美しい女性でもあります)なのだが、声質は暖色系ではなくどちらかというとクール、寒色系。
もちろん、冷ややかではないのだが、柔らかく聴き手を包み込んでホッとさせるような声質ではなく、地下水の自然の冷たさが染みとおってくるような感じの声。プレーン・ヨーグルトのような混じりっ気のない味わい。
ホルストの次に流れてくるのはプッチーニの「ある晴れた日に」。
これもきっと、若いからこそ出るような声。
もう少しトシを取ると成熟して味わいも増すだろうし、テクニックも増すのだろう。
今のところ、技術云々という段階ではなく、直球でグングン押してくる感じで歌っているように思える。
でも、この声は今しか聴けないんじゃなかろうか。
などと思いをめぐらせているうちに、ボクはこのCDを買ってしまっておりました。
まんまとHMVに乗せられてしまったというか・・・・。
しかし、まあ、店内にかかっているCDをつい買ってしまうとは、何となく情けないというか、ミーハーのような自分(「ような」ではなく、実際ミーハーなんですがね)にあきれてしまいますが、これもお正月、松の内ということでエエでしょう。
曲目はこんな感じであります。
1 L'Amore Sei Tu (I will always love you)
2 Holst: I vow to thee, my country
3 ある晴れた日に(「蝶々夫人」より)
4 Canto della terra
5 Music of the night
6 誰も寝てはならぬ(「トゥーランドット」より)
7「ニュー・シネマ・パラダイス」のテーマ
8 さようなら、ふるさとの家よ(「ワリー」より)
9 アメイジング・グレイス
10 David of the white rock
11 All things bright and beautiful
12 あなたの声に心が開く(「サムソンとデリラ」より)
13 Over the Rainbow(「オズの魔法使い」より)
14 Torna a Surriento
15 Don't stand on my grave and weep
16 We'll meet again
マイクが近いのか、人工的なエコーをかけすぎているのか、クラシック音楽に慣れている自分の耳には、チョイと妙な録音でありますが、とても新鮮ではあります。
声質が良いので許せる範囲ですな。
管弦楽は控えめに、でもなかなか上質に響きます。
これ「声楽曲」というよりは、ライト・クラシック系、イージー・リスニングのジャンルになるんでしょうかね。
でも、ジェンキンスはきっと今が旬。後年、オペラの大歌手になることは想像できませんが、今の年齢でしかできない録音として貴重なCDかと思いました。
2時間ほど別行動して店内を物色しました。
クラシック売り場は5階。広々として静かで落ち着くフロア、商品も見やすかったですな。
値段は高いのもあれば、「おお?」と驚くほど激安なCDもあり、なかなか楽しめました。店内ではクレンペラーのライヴの新譜かしら、ベートーヴェンの第4交響曲が流れており、ややノイズが多いのはライブだから仕方がないわいのぉ・・・などと思いつつCDの物色を続けていたのです。そこへ、次のCDが流れてボクの耳は釘付けになりました。
女声ヴォーカルのCD、メゾ・ソプラノだろうか、まあ何とも言えず新鮮で透きとおる声。音楽はポピュラー系(アレンジはクラシック風)なのだが、初々しいというか若々しいというか、耳に染みこんでくるようなエエ声。
レジまで行って確認すると、歌手名はキャサリン・ジェンキンス。
タイトルは<ジェンキンス/「リヴィング・ア・ドリーム」>
」
知らんなぁ・・・・。ジャケットを見る限り、若そうだけれど、さてどんな歌手なんだろうねと思いつつ(ついでに化粧が少々ケバイぞと思いつつ(^^ゞ・・・)、CD物色に戻ると、今度はホルストのジュピターの旋律が、素晴らしいヴォーカルつきで。
いや全く素晴らしい。「蒼い声」とでも云うべきか。青リンゴのような爽やかな声。
きっとこの人若いんだろうと思っていたら、25歳という。イギリスのウェールズ出身で2004年に23歳でデビューというから、なるほど、日本でもデビュー間もない訳ね。
音域はそう広くないメゾ。でも声がイイ。この年齢でしか出ないだろう声。
蒼く透きとおる、綺麗な女声(美しい女性でもあります)なのだが、声質は暖色系ではなくどちらかというとクール、寒色系。
もちろん、冷ややかではないのだが、柔らかく聴き手を包み込んでホッとさせるような声質ではなく、地下水の自然の冷たさが染みとおってくるような感じの声。プレーン・ヨーグルトのような混じりっ気のない味わい。
ホルストの次に流れてくるのはプッチーニの「ある晴れた日に」。
これもきっと、若いからこそ出るような声。
もう少しトシを取ると成熟して味わいも増すだろうし、テクニックも増すのだろう。
今のところ、技術云々という段階ではなく、直球でグングン押してくる感じで歌っているように思える。
でも、この声は今しか聴けないんじゃなかろうか。
などと思いをめぐらせているうちに、ボクはこのCDを買ってしまっておりました。
まんまとHMVに乗せられてしまったというか・・・・。
しかし、まあ、店内にかかっているCDをつい買ってしまうとは、何となく情けないというか、ミーハーのような自分(「ような」ではなく、実際ミーハーなんですがね)にあきれてしまいますが、これもお正月、松の内ということでエエでしょう。
曲目はこんな感じであります。
1 L'Amore Sei Tu (I will always love you)
2 Holst: I vow to thee, my country
3 ある晴れた日に(「蝶々夫人」より)
4 Canto della terra
5 Music of the night
6 誰も寝てはならぬ(「トゥーランドット」より)
7「ニュー・シネマ・パラダイス」のテーマ
8 さようなら、ふるさとの家よ(「ワリー」より)
9 アメイジング・グレイス
10 David of the white rock
11 All things bright and beautiful
12 あなたの声に心が開く(「サムソンとデリラ」より)
13 Over the Rainbow(「オズの魔法使い」より)
14 Torna a Surriento
15 Don't stand on my grave and weep
16 We'll meet again
マイクが近いのか、人工的なエコーをかけすぎているのか、クラシック音楽に慣れている自分の耳には、チョイと妙な録音でありますが、とても新鮮ではあります。
声質が良いので許せる範囲ですな。
管弦楽は控えめに、でもなかなか上質に響きます。
これ「声楽曲」というよりは、ライト・クラシック系、イージー・リスニングのジャンルになるんでしょうかね。
でも、ジェンキンスはきっと今が旬。後年、オペラの大歌手になることは想像できませんが、今の年齢でしかできない録音として貴重なCDかと思いました。
2006/01/05のBlog
[ 05:22 ]
[ 器楽曲 ]
昨晩、愛媛に帰ってきました。四国はやはり暖かいです。
いや全く埼玉は寒かった・・・・久しぶりの関東、東京は寒いところでした・・・・。
CDは御茶ノ水のディスク・ユニオンでそこそこの収穫。良い帰郷でありました。
さて、自宅に帰って年賀状の整理などしながら取り出したのは・・・・
J・S・バッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻BWV846~869。
ピアノ独奏はフリードリヒ・グルダ。1972年4月、MPSによる録音。現在はフィリップスDUOシリーズで発売されている廉価盤の2枚組。
グルダのピアノはいつも自然体。しなやかで、柔軟な感性のピアノ。
もったいぶって構えたところがない。だから、グルダの弾くクラシック音楽は分かりやすく、面白いのだ。
クラシック音楽を面白く聴くには、少し知識が要るなぁと思う。
レコードやCDについている解説を読んで理解するには、少々の知識(経験かな)が要るように思う。
今思えばそんなに難しいことはないのだが(だって、いまだにボクはド素人だし、音楽理論なんて分からんし、楽譜には縁もなし、楽器も弾けんし・・・用語もよく分からないのがあって・・・・・)、聴き始めるときにはチョイと敷居が高く感じられたものだ。
結局、敷居がどうのこうのより、クラシック音楽そのものが楽しく感動的だったので、その感動の源泉を知りたいと思い、本を読んでいるうちに少々のことは身に付いてしまった訳なのだが、そんなボクにとって、グルダの演奏はとても新鮮で分かりやすかったし、実に親しみやすかった。
偉大なピアニストなのに、彼のレコードを聴いていると、向こうからこちらにニコニコしながら寄ってくる感じの演奏。「やあ」と声をかけながら微笑みかけてくれるようなピアノ。
他のクラシックのピアニストは、周囲のことなどお構いなし、自分の世界に没入して感動的な音楽を作り出すのだが(だから素晴らしいんだろうが)、グルダにはそんな肩の力が入っていない、柔らかな雰囲気をたたえながら、「さあ一緒に楽しもう」とでも云っているかのような演奏になる。
技術は完璧、余裕さえある。演奏は即興的で、装飾音も沢山あるし、時間の進行とともに音楽の表情が次々に変化してゆく、その面白さ。
ジャズを弾くピアニストでもある・・・・といって、どこがジャズ的なのかは分からないが、敢えて云えば、それは、もったいぶらないところ、構えたりしないところ、伝統などにあまりこだわっていないように見えるところ・・・・だろうか。
音色はとても綺麗。ウィーンのベーゼンドルファーだろう、しっとりとして濡れたようなツヤのある音色がたまらない。
今日聴くバッハ「平均律」は教科書のような音楽なのだが、グルダで聴くと、とても面白く、素直な気持ちで聴ける。
第1番ハ長調など、いつ聴いても素晴らしいと思う。
素直でしなやかで、とらわれのない澄みきった音楽。
エエなぁ・・・・・。
ステレオに正対して2時間ぶっ通しで聴き続けるほどの根性はボクにはないんですが、このCDを流しっぱなしでいることがよくあるんです。
いや全く埼玉は寒かった・・・・久しぶりの関東、東京は寒いところでした・・・・。
CDは御茶ノ水のディスク・ユニオンでそこそこの収穫。良い帰郷でありました。
さて、自宅に帰って年賀状の整理などしながら取り出したのは・・・・
J・S・バッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻BWV846~869。
ピアノ独奏はフリードリヒ・グルダ。1972年4月、MPSによる録音。現在はフィリップスDUOシリーズで発売されている廉価盤の2枚組。
グルダのピアノはいつも自然体。しなやかで、柔軟な感性のピアノ。
もったいぶって構えたところがない。だから、グルダの弾くクラシック音楽は分かりやすく、面白いのだ。
クラシック音楽を面白く聴くには、少し知識が要るなぁと思う。
レコードやCDについている解説を読んで理解するには、少々の知識(経験かな)が要るように思う。
今思えばそんなに難しいことはないのだが(だって、いまだにボクはド素人だし、音楽理論なんて分からんし、楽譜には縁もなし、楽器も弾けんし・・・用語もよく分からないのがあって・・・・・)、聴き始めるときにはチョイと敷居が高く感じられたものだ。
結局、敷居がどうのこうのより、クラシック音楽そのものが楽しく感動的だったので、その感動の源泉を知りたいと思い、本を読んでいるうちに少々のことは身に付いてしまった訳なのだが、そんなボクにとって、グルダの演奏はとても新鮮で分かりやすかったし、実に親しみやすかった。
偉大なピアニストなのに、彼のレコードを聴いていると、向こうからこちらにニコニコしながら寄ってくる感じの演奏。「やあ」と声をかけながら微笑みかけてくれるようなピアノ。
他のクラシックのピアニストは、周囲のことなどお構いなし、自分の世界に没入して感動的な音楽を作り出すのだが(だから素晴らしいんだろうが)、グルダにはそんな肩の力が入っていない、柔らかな雰囲気をたたえながら、「さあ一緒に楽しもう」とでも云っているかのような演奏になる。
技術は完璧、余裕さえある。演奏は即興的で、装飾音も沢山あるし、時間の進行とともに音楽の表情が次々に変化してゆく、その面白さ。
ジャズを弾くピアニストでもある・・・・といって、どこがジャズ的なのかは分からないが、敢えて云えば、それは、もったいぶらないところ、構えたりしないところ、伝統などにあまりこだわっていないように見えるところ・・・・だろうか。
音色はとても綺麗。ウィーンのベーゼンドルファーだろう、しっとりとして濡れたようなツヤのある音色がたまらない。
今日聴くバッハ「平均律」は教科書のような音楽なのだが、グルダで聴くと、とても面白く、素直な気持ちで聴ける。
第1番ハ長調など、いつ聴いても素晴らしいと思う。
素直でしなやかで、とらわれのない澄みきった音楽。
エエなぁ・・・・・。
ステレオに正対して2時間ぶっ通しで聴き続けるほどの根性はボクにはないんですが、このCDを流しっぱなしでいることがよくあるんです。
2006/01/01のBlog
[ 05:44 ]
[ 協奏曲 ]
皆様、あけましておめでとうございます。
本年も「クラシック音楽のひとりごと」をどうぞよろしくお願い申し上げます。
穏やかな新年を迎えました。
2006年元旦、今から埼玉に帰ります。久しぶりの帰省であります。
1月4日まで、Doblogはお休みです。
連れは長男と次男。さあ、どこのショップに「買い出し」に行こうかな・・・・・・。
まずは御茶ノ水のディスク・ユニオンあたりから・・・・・元旦から営業しているのは電話で確認済みなんです・・・・グフフ・・・・楽しみ(^-^)。
元旦の早朝、聴いているのはもちろんモーツァルトです。
フルート協奏曲第1番ト長調K.313。
イレーナ・グラフェナウアーのフルート独奏、ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管の演奏。1988年1月、ロンドンでのフィリップス録音。カップリングはフルートとハープのための協奏曲などのフルート作品。
グラフェナウアーは、1977年からこの録音の前年まで、バイエルン放送交響楽団に在籍して首席フルート奏者として活躍していた。クーベリックのモーツァルトやブルックナーから聞こえるソロ・フルートは彼女の音。昔のユーゴスラヴィア(セルビア・モンテネグロ)の出身(・・師匠はオーレル・ニコレだったかな)。
さて、フルート協奏曲第1番。
第1楽章はアレグロ・マエストーソ。柔らかく暖かく躍動する管弦楽の序奏が素晴らしい。。マリナーの指揮は的確そのもの。リズムをシェイプして、音色も実に柔らかい。
グラフェナウェアーのフルートは清楚な音色で可憐ささえ漂わせる。フレージングもまことに自然。高音の透きとおった清涼感が素晴らしいし、実に輝かしい。もっと素晴らしいのは低音の柔らかさ。フワッと漂うような浮遊感と、暖かく包み込むような優しさが、たまらなく心地よい。
カデンツァは自由闊達。寂しげな表情や明るく微笑むところもあって、いかにもモーツァルト。ここでは高音の音色が冴え渡る。
第2楽章はアダージョ・マ・ノン・トロッポ。バックのアカデミー室内管がいい。慎ましく穏やかな感情表現で、ソロのフルートを美しく支える。弱音器をつけた弦楽器の音色はため息が出るほど綺麗。グラフェナウアーのフルートもこれに呼応するかのように優しい表情でオケと会話してゆく。流れるようなレガートも良いし、伸びやかな音色で歌うのもイイ。ピアニシモの響きがまたデリカシーに富んでいて、ニュアンス多彩。
終楽章デンポ・デ・メヌエット。ロンド形式のフィナーレ。テンポはちょうど良い感じ。速すぎず遅すぎず、聴いていて心地よいテンポ。グラフェナウアーのフルートは闊達で、飛翔感がある。爽やかな音色は全編を通して変わらない。マリナー/アカデミー室内管の支えも見事で、一体となってこの名品を締めくくってゆく。
ああ、爽やかな音楽。
今年また、どなたにも良い年でありますように。
もちろんボクもボクの家族にもボクの周囲の人たちにも。
では行って参ります。1月5日にまた(^-^)。
本年も「クラシック音楽のひとりごと」をどうぞよろしくお願い申し上げます。
穏やかな新年を迎えました。
2006年元旦、今から埼玉に帰ります。久しぶりの帰省であります。
1月4日まで、Doblogはお休みです。
連れは長男と次男。さあ、どこのショップに「買い出し」に行こうかな・・・・・・。
まずは御茶ノ水のディスク・ユニオンあたりから・・・・・元旦から営業しているのは電話で確認済みなんです・・・・グフフ・・・・楽しみ(^-^)。
元旦の早朝、聴いているのはもちろんモーツァルトです。
フルート協奏曲第1番ト長調K.313。
イレーナ・グラフェナウアーのフルート独奏、ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管の演奏。1988年1月、ロンドンでのフィリップス録音。カップリングはフルートとハープのための協奏曲などのフルート作品。
グラフェナウアーは、1977年からこの録音の前年まで、バイエルン放送交響楽団に在籍して首席フルート奏者として活躍していた。クーベリックのモーツァルトやブルックナーから聞こえるソロ・フルートは彼女の音。昔のユーゴスラヴィア(セルビア・モンテネグロ)の出身(・・師匠はオーレル・ニコレだったかな)。
さて、フルート協奏曲第1番。
第1楽章はアレグロ・マエストーソ。柔らかく暖かく躍動する管弦楽の序奏が素晴らしい。。マリナーの指揮は的確そのもの。リズムをシェイプして、音色も実に柔らかい。
グラフェナウェアーのフルートは清楚な音色で可憐ささえ漂わせる。フレージングもまことに自然。高音の透きとおった清涼感が素晴らしいし、実に輝かしい。もっと素晴らしいのは低音の柔らかさ。フワッと漂うような浮遊感と、暖かく包み込むような優しさが、たまらなく心地よい。
カデンツァは自由闊達。寂しげな表情や明るく微笑むところもあって、いかにもモーツァルト。ここでは高音の音色が冴え渡る。
第2楽章はアダージョ・マ・ノン・トロッポ。バックのアカデミー室内管がいい。慎ましく穏やかな感情表現で、ソロのフルートを美しく支える。弱音器をつけた弦楽器の音色はため息が出るほど綺麗。グラフェナウアーのフルートもこれに呼応するかのように優しい表情でオケと会話してゆく。流れるようなレガートも良いし、伸びやかな音色で歌うのもイイ。ピアニシモの響きがまたデリカシーに富んでいて、ニュアンス多彩。
終楽章デンポ・デ・メヌエット。ロンド形式のフィナーレ。テンポはちょうど良い感じ。速すぎず遅すぎず、聴いていて心地よいテンポ。グラフェナウアーのフルートは闊達で、飛翔感がある。爽やかな音色は全編を通して変わらない。マリナー/アカデミー室内管の支えも見事で、一体となってこの名品を締めくくってゆく。
ああ、爽やかな音楽。
今年また、どなたにも良い年でありますように。
もちろんボクもボクの家族にもボクの周囲の人たちにも。
では行って参ります。1月5日にまた(^-^)。
2005/12/31のBlog
[ 06:45 ]
[ 交響曲 ]
年末の大掃除で、家中の窓拭きであります。いやはや大変でした。
しかし、ピカピカになりました。
柔らかい陽射しの、四国の冬らしい穏やかな天気。
我が家の前に広がる田んぼは、金色に輝いております。
こういう日には「田園」を聴きたい。
で、交響曲第6番ヘ長調「田園」。
ベルナルド・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1986年4月、コンセルトヘボウでのフィリップス録音。
このベートーヴェン全集を最後に、ハイティンクは長年のパートナーであったコンセルトヘボウ管を離れたのだった。
ベートーヴェンの「田園」は作曲家自身の書いたプログラムに沿って聴いてゆくと、「田園の到着したときの爽やかな気分」から「神への収穫の感謝」まで連れて行ってくれる。途中、様々な鳥のさえずりや民謡風の踊りを楽しんだり、猛烈な嵐にドキドキしたり、感情が揺れ動くものの、ラストには、感動的な歌が待っている。人間として周囲のものに生かされていること、多くの人に世話になって幸福に生きられていること・・・諸々の思いが終楽章からこぼれてくる。
ホンマ、いつ聴いても素晴らしい。まこと、聴き手を幸福にさせる音楽であって、こういう音楽を知ることが出来ただけでも、クラシック音楽を聴いてきて良かったなぁと素直に思ってしまう。
第1楽章の冒頭、じっくり落ち着いたテンポから、あっという間にハイティンク/コンセルトヘボウ管の世界に連れ去られる。
この音、この響き!何という、ふくよかで暖かく、包み込むような優しい音!
弦楽器の高音が、さやさやと優しい風になって吹き渡り、低音は重厚に迫力があってしかも暖かく包み込むような音色。
まさに「田園に着いたときの晴れやかな気分」だなぁ。何も変わったことしているわけではなく、ふつうの演奏。爆発もしないし、演出もない。でも、ジワジワと感動が寄せてくるような演奏。
第2楽章も、ハイティンクの指揮は何の変哲もない。でも、「何にもしていない」のではなく、木管を繊細に歌わせたり、第2ヴァイオリンを優しく細かく刻ませて、「おっ?」というところもある。でも、基本は正調で清澄。正統的。テンポなんて殆ど揺れず、遅くも速くもない。中庸そのもの。木管の響きもホンマに渋い。輝かしくなく、ややくぐもったような響きなのだが、これがたまらない。
第3楽章の舞曲、第4楽章の嵐など、迫力も十分。録音水準は、名にし負うフィリップス、素晴らしくホール・トーンが美しい。だから、フォルティシモでガンガンとオケを鳴らしても、フワッとホールが包み込んでしまう、そんな大音量。
終楽章の感謝の歌も、テンポはふつうの速さ。遅くもなければ、そっけないわけでもない。「中庸」という言葉しか見あたらないのは我ながら情けないが、演奏は実に素晴らしい。素直に、周囲のものに感謝できる「田園」はそうはないよなぁ。冬の陽射しをのんびりと窓越しに浴びて、ほんわか温まりながらベートーヴェンに感謝しましょう。
そう、多謝深謝感謝であります。
大晦日であります。
2月からブログを書き続けた1年でありました。
沢山のコメントやトラック・バックを頂戴した方々、お世話になりました。有り難うございました。
来年もよろしくお願い申し上げます。
(いつまで続くか分かりませんが(^^ゞ・・・・・)
しかし、ピカピカになりました。
柔らかい陽射しの、四国の冬らしい穏やかな天気。
我が家の前に広がる田んぼは、金色に輝いております。
こういう日には「田園」を聴きたい。
で、交響曲第6番ヘ長調「田園」。
ベルナルド・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1986年4月、コンセルトヘボウでのフィリップス録音。
このベートーヴェン全集を最後に、ハイティンクは長年のパートナーであったコンセルトヘボウ管を離れたのだった。
ベートーヴェンの「田園」は作曲家自身の書いたプログラムに沿って聴いてゆくと、「田園の到着したときの爽やかな気分」から「神への収穫の感謝」まで連れて行ってくれる。途中、様々な鳥のさえずりや民謡風の踊りを楽しんだり、猛烈な嵐にドキドキしたり、感情が揺れ動くものの、ラストには、感動的な歌が待っている。人間として周囲のものに生かされていること、多くの人に世話になって幸福に生きられていること・・・諸々の思いが終楽章からこぼれてくる。
ホンマ、いつ聴いても素晴らしい。まこと、聴き手を幸福にさせる音楽であって、こういう音楽を知ることが出来ただけでも、クラシック音楽を聴いてきて良かったなぁと素直に思ってしまう。
第1楽章の冒頭、じっくり落ち着いたテンポから、あっという間にハイティンク/コンセルトヘボウ管の世界に連れ去られる。
この音、この響き!何という、ふくよかで暖かく、包み込むような優しい音!
弦楽器の高音が、さやさやと優しい風になって吹き渡り、低音は重厚に迫力があってしかも暖かく包み込むような音色。
まさに「田園に着いたときの晴れやかな気分」だなぁ。何も変わったことしているわけではなく、ふつうの演奏。爆発もしないし、演出もない。でも、ジワジワと感動が寄せてくるような演奏。
第2楽章も、ハイティンクの指揮は何の変哲もない。でも、「何にもしていない」のではなく、木管を繊細に歌わせたり、第2ヴァイオリンを優しく細かく刻ませて、「おっ?」というところもある。でも、基本は正調で清澄。正統的。テンポなんて殆ど揺れず、遅くも速くもない。中庸そのもの。木管の響きもホンマに渋い。輝かしくなく、ややくぐもったような響きなのだが、これがたまらない。
第3楽章の舞曲、第4楽章の嵐など、迫力も十分。録音水準は、名にし負うフィリップス、素晴らしくホール・トーンが美しい。だから、フォルティシモでガンガンとオケを鳴らしても、フワッとホールが包み込んでしまう、そんな大音量。
終楽章の感謝の歌も、テンポはふつうの速さ。遅くもなければ、そっけないわけでもない。「中庸」という言葉しか見あたらないのは我ながら情けないが、演奏は実に素晴らしい。素直に、周囲のものに感謝できる「田園」はそうはないよなぁ。冬の陽射しをのんびりと窓越しに浴びて、ほんわか温まりながらベートーヴェンに感謝しましょう。
そう、多謝深謝感謝であります。
大晦日であります。
2月からブログを書き続けた1年でありました。
沢山のコメントやトラック・バックを頂戴した方々、お世話になりました。有り難うございました。
来年もよろしくお願い申し上げます。
(いつまで続くか分かりませんが(^^ゞ・・・・・)
2005/12/30のBlog
[ 04:53 ]
[ 交響曲 ]
今年はスウィトナーのCDを沢山聴きました。
懐かしさもありまして、ホンマに沢山買いました。
スウィトナーは、独墺系交響曲の「全集魔」。
ベートーヴェン、シューベルト、ブラームス、シューマンは揃っているし、モーツァルトもめぼしい交響曲は殆ど録音している。
ブルックナーやマーラーもそこそこあるし、ドヴォルザークの全集だってある。
本来はモーツァルト指揮者なのだろう、「コシ・ファン・トゥッテ」や「魔笛」が素朴なのだが品の良い味わいがあって素敵だった。
ドレスデン・シュターツカペレやベルリン・シュターツカペレなど、主として東ドイツで活躍していたが、東西ドイツ統一以後、1990年代に入ると急速にその名が消えていった。今や全くその活動を聞かなくなったが、もう引退したのかな?(生きてますよねえ?)。
今年83歳になるはず。まぁ、おおかたのレパートリーはレコーディングしてしまったのだろうが、どこで隠遁生活してるのかな。
輸入盤のボックス物が激安だったこともあって、沢山購入してしまった。
DENONの再発売全集物も国内盤としては激安だったので(1枚800円はなかなかであるな)、これもGET。ダブリ買いも何のその、心の中の我が悪魔の囁きに従ったのでありますな。
「ここまで安ければどうってことないぞい。1枚3500円の時代を考えれば夢のようではないかい。」
「CDは欲しいときが買い時じゃがや。今、買わんかったら、なくなってしまうぞい」
ドヴォルザーク(ブラームスはダブリ買い)の箱物や、マーラー・ブルックナーの箱物はベルリン・シュターツカペレ。
ベートーヴェンとシューベルトはDENONの国内物でオケはこれもSKB。
モーツァルトの箱物は、ドレスデン・シュターツカペレ。
ついでにシューマンの2枚はクレスト1000シリーズで。
行く年を惜しみつつ、さあ、スウィトナーのCDを聴きましょう。
シューベルトの交響曲第9番ハ長調「グレート」。
(8番という表記もありますが、取りあえず昔ながらの9番で・・・・・)
オトマール・スウィトナー指揮ベルリン・シュターツカペレの演奏。
1984年9月、東ベルリン(当時)のキリスト教会での録音。DENON原盤。
(このジャケット、元々持っていたCDであります。箱物購入でダブってます。ガハハ)
演奏はスウィトナーらしく、キビキビと小回りが利くセダン車のような演奏。
トヨタのカローラ。大衆車、誰にも運転しやすく、平均的に分相応の車・・・・のような演奏。
第1楽章の序奏部など素っ気ない感じさえするが、スケール雄大に造形することを避けているのかもしれない。シューベルトの時代、そんなに大げさな演奏はなかったんじゃないかと云っているかのよう。(のちに出てくる古楽器団体はその解答を出しているが、スウィトナーの録音は、その「事始め」以前の演奏だ)。
しかし、全編に満ちるシューベルトの歌は素晴らしい。ちっとも素っ気なくない、十分にその歌を歌わせて、精気溢れる演奏になっている。
しかも格調高く、いかにも正統的。繰り返しもきちんとしている。
「グレート」好きにはこの繰り返しがたまらない。だって、シューベルトの美しい旋律は、何度繰り返して聴いても飽きないんだもの。その点でもスウィトナー盤はgood。
(「グレート嫌い」な人は、この目立たないスウィトナー盤なんて買わないでしょう?)
DENONの録音も素晴らしい。
個々の楽器が美しいだけでなく、ステージ一杯に楽団員が広がって奥行きも十分に深い。
教会での録音、しかもマイクはいつものB&Kマイク。出来るだけマイクの本数を減らして、妙なミキシングをせずに臨場感を高めていく録音。
これが20年も経過した録音か?
(DENONの録音の秀抜さ、あの意気込みはどこへ行った?)
年末大掃除進行中です。窓ふきに神棚のお掃除、注連飾りの準備、雨樋の清掃・・・・・あ、洗車もしなくちゃ。
息子どもをこきつかって、せっせとこなしましょうかいねぇ。
ボクらを差配する妻は、おせち料理に邁進中。
恒例の我が家の年末の風景であります。
懐かしさもありまして、ホンマに沢山買いました。
スウィトナーは、独墺系交響曲の「全集魔」。
ベートーヴェン、シューベルト、ブラームス、シューマンは揃っているし、モーツァルトもめぼしい交響曲は殆ど録音している。
ブルックナーやマーラーもそこそこあるし、ドヴォルザークの全集だってある。
本来はモーツァルト指揮者なのだろう、「コシ・ファン・トゥッテ」や「魔笛」が素朴なのだが品の良い味わいがあって素敵だった。
ドレスデン・シュターツカペレやベルリン・シュターツカペレなど、主として東ドイツで活躍していたが、東西ドイツ統一以後、1990年代に入ると急速にその名が消えていった。今や全くその活動を聞かなくなったが、もう引退したのかな?(生きてますよねえ?)。
今年83歳になるはず。まぁ、おおかたのレパートリーはレコーディングしてしまったのだろうが、どこで隠遁生活してるのかな。
輸入盤のボックス物が激安だったこともあって、沢山購入してしまった。
DENONの再発売全集物も国内盤としては激安だったので(1枚800円はなかなかであるな)、これもGET。ダブリ買いも何のその、心の中の我が悪魔の囁きに従ったのでありますな。
「ここまで安ければどうってことないぞい。1枚3500円の時代を考えれば夢のようではないかい。」
「CDは欲しいときが買い時じゃがや。今、買わんかったら、なくなってしまうぞい」
ドヴォルザーク(ブラームスはダブリ買い)の箱物や、マーラー・ブルックナーの箱物はベルリン・シュターツカペレ。
ベートーヴェンとシューベルトはDENONの国内物でオケはこれもSKB。
モーツァルトの箱物は、ドレスデン・シュターツカペレ。
ついでにシューマンの2枚はクレスト1000シリーズで。
行く年を惜しみつつ、さあ、スウィトナーのCDを聴きましょう。
シューベルトの交響曲第9番ハ長調「グレート」。
(8番という表記もありますが、取りあえず昔ながらの9番で・・・・・)
オトマール・スウィトナー指揮ベルリン・シュターツカペレの演奏。
1984年9月、東ベルリン(当時)のキリスト教会での録音。DENON原盤。
(このジャケット、元々持っていたCDであります。箱物購入でダブってます。ガハハ)
演奏はスウィトナーらしく、キビキビと小回りが利くセダン車のような演奏。
トヨタのカローラ。大衆車、誰にも運転しやすく、平均的に分相応の車・・・・のような演奏。
第1楽章の序奏部など素っ気ない感じさえするが、スケール雄大に造形することを避けているのかもしれない。シューベルトの時代、そんなに大げさな演奏はなかったんじゃないかと云っているかのよう。(のちに出てくる古楽器団体はその解答を出しているが、スウィトナーの録音は、その「事始め」以前の演奏だ)。
しかし、全編に満ちるシューベルトの歌は素晴らしい。ちっとも素っ気なくない、十分にその歌を歌わせて、精気溢れる演奏になっている。
しかも格調高く、いかにも正統的。繰り返しもきちんとしている。
「グレート」好きにはこの繰り返しがたまらない。だって、シューベルトの美しい旋律は、何度繰り返して聴いても飽きないんだもの。その点でもスウィトナー盤はgood。
(「グレート嫌い」な人は、この目立たないスウィトナー盤なんて買わないでしょう?)
DENONの録音も素晴らしい。
個々の楽器が美しいだけでなく、ステージ一杯に楽団員が広がって奥行きも十分に深い。
教会での録音、しかもマイクはいつものB&Kマイク。出来るだけマイクの本数を減らして、妙なミキシングをせずに臨場感を高めていく録音。
これが20年も経過した録音か?
(DENONの録音の秀抜さ、あの意気込みはどこへ行った?)
年末大掃除進行中です。窓ふきに神棚のお掃除、注連飾りの準備、雨樋の清掃・・・・・あ、洗車もしなくちゃ。
息子どもをこきつかって、せっせとこなしましょうかいねぇ。
ボクらを差配する妻は、おせち料理に邁進中。
恒例の我が家の年末の風景であります。
2005/12/29のBlog
[ 05:25 ]
[ 交響曲 ]