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2006/01/20のBlog
[ 05:29 ]
[ 管弦楽曲 ]
厳寒再来。
寒いですよ・・・・・伊予路の最高気温は、予想では3度。
大雪になるんじゃないかと・・・・・ブルブル寒い・・・。
寒い日に、部屋の暖房を効かせて、出来ればストーブに手をかざしながらのんびり聴きたい曲があります。
今日はそんなクラシック音楽。
チャイコフスキーのバレエ組曲「くるみ割り人形」作品71a。
冬の日にのんびり聴くのが好きなんですが、小学校の給食の時間にもよく放送されていました。昔々の話です。
埼玉の田舎の小学校では、昔のことなので、昼の時間にクラシック音楽を放送しておりました。「金婚式」とか「金と銀」とか、「ピーターと狼」、スッペの序曲などもありましたな。「くるみ割り人形」もそうした音楽の一つでした。
だから、これは、ボクが最も早く知ったクラシック音楽と云えるかもしれません。
今日は、小澤征爾の指揮ボストン交響楽団の演奏で。
1990年12月、ボストンのシンフォニー・ホールでの録音。DGの廉価盤。
小沢の精妙で中庸、しなやかな指揮はいつものとおり。そしてボストンの練り絹のようなストリングスも相変わらずの美しさ。特に弦の弱音が美しいのが、このオケの特徴。強奏でもしなやかな靱さが心地よい。輝かしいとか、鮮烈な、という音ではないのだが、味わい深い音色なので、何度聴いても飽きない良さがある。噛めば噛むほど味が出る・・・・スルメのような味わいと云うべきだろうか・・・・。
「小序曲」のヴァイオリンの音色が美しい。「行進曲」では金管の抑え気味の音が奥ゆかしくて好ましい。上品で端麗。涼やかで甘い音色が実にエエなぁ。
実はこの「くるみ割り人形」、聴いていて面白いのは木管の響き、音色、そして音の重なり方。
チャイコフスキーは、よく聴いていると実に凝った書き方をしていると思う。木管だけ聴いていても全く楽しい。
だから、「こんぺい糖の精の踊り」や「アラビアの踊り」でのファゴットやクラリネット、「あし笛の踊り」のフルートなど、聴きどころ満載。弱音が美しいボストンの弦に乗って響く木管群は、渋い大人の音楽だ。
小沢もよく心得ていて、「ボストンは弦だけじゃねえぞ」とでも言いたいか、精妙な指揮ぶり。特に弱音部でのデリカケートな演奏は、巧いもんだぁと思う。
ラスト「花のワルツ」は、素晴らしいストリングス。ここでも小沢は中庸にして精妙。激することなく、優美なワルツを聴かせてくれる。
1990年の録音なので、エエ音してます。もちろん現役レベルの水準。もう少し高音の伸びがあってもイイかなと思うが、この渋さがボストンの響きかもしれませんな。
寒いですよ・・・・・伊予路の最高気温は、予想では3度。
大雪になるんじゃないかと・・・・・ブルブル寒い・・・。
寒い日に、部屋の暖房を効かせて、出来ればストーブに手をかざしながらのんびり聴きたい曲があります。
今日はそんなクラシック音楽。
チャイコフスキーのバレエ組曲「くるみ割り人形」作品71a。
冬の日にのんびり聴くのが好きなんですが、小学校の給食の時間にもよく放送されていました。昔々の話です。
埼玉の田舎の小学校では、昔のことなので、昼の時間にクラシック音楽を放送しておりました。「金婚式」とか「金と銀」とか、「ピーターと狼」、スッペの序曲などもありましたな。「くるみ割り人形」もそうした音楽の一つでした。
だから、これは、ボクが最も早く知ったクラシック音楽と云えるかもしれません。
今日は、小澤征爾の指揮ボストン交響楽団の演奏で。
1990年12月、ボストンのシンフォニー・ホールでの録音。DGの廉価盤。
小沢の精妙で中庸、しなやかな指揮はいつものとおり。そしてボストンの練り絹のようなストリングスも相変わらずの美しさ。特に弦の弱音が美しいのが、このオケの特徴。強奏でもしなやかな靱さが心地よい。輝かしいとか、鮮烈な、という音ではないのだが、味わい深い音色なので、何度聴いても飽きない良さがある。噛めば噛むほど味が出る・・・・スルメのような味わいと云うべきだろうか・・・・。
「小序曲」のヴァイオリンの音色が美しい。「行進曲」では金管の抑え気味の音が奥ゆかしくて好ましい。上品で端麗。涼やかで甘い音色が実にエエなぁ。
実はこの「くるみ割り人形」、聴いていて面白いのは木管の響き、音色、そして音の重なり方。
チャイコフスキーは、よく聴いていると実に凝った書き方をしていると思う。木管だけ聴いていても全く楽しい。
だから、「こんぺい糖の精の踊り」や「アラビアの踊り」でのファゴットやクラリネット、「あし笛の踊り」のフルートなど、聴きどころ満載。弱音が美しいボストンの弦に乗って響く木管群は、渋い大人の音楽だ。
小沢もよく心得ていて、「ボストンは弦だけじゃねえぞ」とでも言いたいか、精妙な指揮ぶり。特に弱音部でのデリカケートな演奏は、巧いもんだぁと思う。
ラスト「花のワルツ」は、素晴らしいストリングス。ここでも小沢は中庸にして精妙。激することなく、優美なワルツを聴かせてくれる。
1990年の録音なので、エエ音してます。もちろん現役レベルの水準。もう少し高音の伸びがあってもイイかなと思うが、この渋さがボストンの響きかもしれませんな。
2006/01/19のBlog
[ 04:58 ]
[ 交響曲 ]
一転、寒い一日。仕事もちょいとしんどいことが増えて、辛いところ。
まあ、なるようにしかならんわい・・・・・と腹をくくって、やっていくしかないですな。
さて、今日はベートーヴェンの交響曲第8番ヘ長調。
取り出したCDは、クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルの演奏。
2000年3月、ベルリンのフィルハーモニーでの録音。
アバドとしては2度目のベートーヴェン全集からの1枚。1度目はウィーン・フィルとのDG盤だった。
交響曲第8番については、1960年代のデビュー盤でDECCAに録音しているので、これが3回目ということになる。
ウィーン・フィル、ウィーン・フィルと来て、ベルリン・フィル。さすがエリートのアバドとはいえ、華麗なる録音歴だわなぁ・・・・。
「バッカスの饗宴」のような交響曲第8番。
リズムの爆発、諧謔、皮肉、喧噪、阿鼻叫喚・・・・・時にそんな印象を受ける交響曲。
ボクはお酒が飲めないので(これまで、それでだいぶ苦労してきたのだが)、呑兵衛の気持ちが分からないのだが、大作曲家が酩酊したらこんな音楽になるのだろうかと、以前はよく思ったものだ。
初めて聴いたときは「これが運命や田園、合唱を作曲したあのベートーヴェンの作品か?」と思ったものっだ。
今まで沢山の第8番を聴いてきたが、今日のアバドの新盤はちょっと独特。
酔っぱらっていないんです。少々飲んでいるんだけれど(だから酒に強いのかなと思わせるほど)、やや醒めた感じで演奏している第8番。
ほろ酔い程度の酔い方・・・・いや、ほろ酔いと言うほど甘口の響きではない。非常に峻厳な響きで聴き手に迫ってくる演奏。
オケの人数は少なめだと思う。特に弦楽器は刈りこんでいる。
だから響きが軽めで明るくなる。もちろん、響きが薄くなるようなことはないのだが、非常にフットワークの軽いベルリン・フィルになっている。
演奏は、ベーレンライター版に依っていて、テンポは速い。かなり速い。
でもベルリン・フィルの響きが充実しているので、高速に聞こえないのが面白い。
それよりも響きの明るさ、透明度が素晴らしい。
特に第1楽章と第4楽章は、爽快で最も透明なベートーヴェンが聴けると思う。
アバドとくれば、「歌」だ。ところが、この全集ではウィーン・フィルと録った1度目の全集ほど歌ってくれない。歌を抑え気味にしても、響きの透明度・爽快さを追求したのではないかと思わせるほど、歌ってくれない・・・・やや残念。
でも第2楽章と、第3楽章のトリオの部分では、アバドらしい、しなやかな歌を聴かせてくれる。このしなやかさ、瑞々しさ・・・・・やはりアバドはアバドだわなぁ・・・。
録音は、2000年なのだからもっと鮮烈かと思いきや、そんなに良い録音には思えませんでした。
あ、それからですね。これ、ケースが素晴らしいです。
紙ジャケットで見開きの薄いケース。
これならふつうのCDの半分の厚み。増殖するCDに悩むボクにはとても有り難い。
こういうCDを沢山出して欲しいですね。
まあ、なるようにしかならんわい・・・・・と腹をくくって、やっていくしかないですな。
さて、今日はベートーヴェンの交響曲第8番ヘ長調。
取り出したCDは、クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルの演奏。
2000年3月、ベルリンのフィルハーモニーでの録音。
アバドとしては2度目のベートーヴェン全集からの1枚。1度目はウィーン・フィルとのDG盤だった。
交響曲第8番については、1960年代のデビュー盤でDECCAに録音しているので、これが3回目ということになる。
ウィーン・フィル、ウィーン・フィルと来て、ベルリン・フィル。さすがエリートのアバドとはいえ、華麗なる録音歴だわなぁ・・・・。
「バッカスの饗宴」のような交響曲第8番。
リズムの爆発、諧謔、皮肉、喧噪、阿鼻叫喚・・・・・時にそんな印象を受ける交響曲。
ボクはお酒が飲めないので(これまで、それでだいぶ苦労してきたのだが)、呑兵衛の気持ちが分からないのだが、大作曲家が酩酊したらこんな音楽になるのだろうかと、以前はよく思ったものだ。
初めて聴いたときは「これが運命や田園、合唱を作曲したあのベートーヴェンの作品か?」と思ったものっだ。
今まで沢山の第8番を聴いてきたが、今日のアバドの新盤はちょっと独特。
酔っぱらっていないんです。少々飲んでいるんだけれど(だから酒に強いのかなと思わせるほど)、やや醒めた感じで演奏している第8番。
ほろ酔い程度の酔い方・・・・いや、ほろ酔いと言うほど甘口の響きではない。非常に峻厳な響きで聴き手に迫ってくる演奏。
オケの人数は少なめだと思う。特に弦楽器は刈りこんでいる。
だから響きが軽めで明るくなる。もちろん、響きが薄くなるようなことはないのだが、非常にフットワークの軽いベルリン・フィルになっている。
演奏は、ベーレンライター版に依っていて、テンポは速い。かなり速い。
でもベルリン・フィルの響きが充実しているので、高速に聞こえないのが面白い。
それよりも響きの明るさ、透明度が素晴らしい。
特に第1楽章と第4楽章は、爽快で最も透明なベートーヴェンが聴けると思う。
アバドとくれば、「歌」だ。ところが、この全集ではウィーン・フィルと録った1度目の全集ほど歌ってくれない。歌を抑え気味にしても、響きの透明度・爽快さを追求したのではないかと思わせるほど、歌ってくれない・・・・やや残念。
でも第2楽章と、第3楽章のトリオの部分では、アバドらしい、しなやかな歌を聴かせてくれる。このしなやかさ、瑞々しさ・・・・・やはりアバドはアバドだわなぁ・・・。
録音は、2000年なのだからもっと鮮烈かと思いきや、そんなに良い録音には思えませんでした。
あ、それからですね。これ、ケースが素晴らしいです。
紙ジャケットで見開きの薄いケース。
これならふつうのCDの半分の厚み。増殖するCDに悩むボクにはとても有り難い。
こういうCDを沢山出して欲しいですね。
2006/01/18のBlog
[ 05:26 ]
[ 管弦楽曲 ]
午後からの陽射しが柔らかく、気温もだいぶ上がりました。
3月くらいに陽気でした・・・・・。
いやはや、昼メシのあと、眠かったこと!
ついつい、デスクでウトウト・・・・・南に面した窓際にデスクがあるんですから(ん?窓際族かワシは・?)、全くたまりません・・・(^^ゞ
で、今日は、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」を聴こうと・・・・。
取り出したCDは、ジャン・マルティノン指揮フランス国立放送管弦楽団の演奏。1973年1月、パリのサル・ワグラムでの録音。
EMIの輸入盤では「クリスマス・ボックス」と称して激安バーゲン価格の箱物が沢山出ている。このマルティノンによる「ドビュッシー・ラヴェル管弦楽曲集」もそのひとつ。このフランスの芳香に満ちた名盤が、8枚組で3500円程度で買えてしまうのだから、いったい世の中はどうなっているのかと思う・・・・・・が、この恩恵にあずかれる幸福はホンマに有り難い。
ドビュッシーはあまり得意な作曲家ではないのだが、この「牧神の午後への前奏曲」だけは別格。
初めて聴いたときには、今まで聴いてきたクラシック音楽とは全く違う、別世界の音楽に聞こえたものだ。独特の和声、繊細で優美な響き、漂うような旋律。それまでべートーヴェンやバッハ、モーツァルト、シューベルトばかり聴いていたボクには、十分ショッキングな音楽だった。「これ、クラシック音楽かいな?」・・・・。
その「響き」・・・・。
管楽器がとにかく違う。
甘く切なく鼻にかかる音色。そして淡い光りが射し込んでくるようなデリケートな音。
ちょっとおきゃんなパリ娘・・・・・でもあるまいが、ドイツ・オーストリー系の音楽ではまず耳に出来ない音色。
フルートの漂うような繊細さ。ホルンが背後から柔らかくかぶってくる。
クラリネットは甘く、腰をくねらせるようにエロティックな響き。
これらがからみつく響きの美しさ、「ああ、これがフランスというものか」と昔々思ったものだった。
弦楽器の繊細さも、言葉を失うほど。静かに奏でる部分などはため息が出る。
強奏で崩れないのもイイ。
マルティノンの指揮は、ラテン的な色彩に満ちたもの。しかも上品で端正。
素敵な(でも豪勢ではないな)ファッションに身を包み、オシャレで、しかも背筋がよく伸びた紳士の音楽。
どこにも無理がなく、媚びたところもなく、淡々とドビュッシーの天才を伝えてくれる。
アンサンブルは、少々縦の線が不揃いで、おやっと思わせるところがあるが(特に後半)。でも、故意にアンサンブルを乱して独特の響きを作りだしているんじゃないかと思えるほど、音楽全体は見事なものだ。
こういう響き、こういう音楽作り・・・・・マルティノンは素晴らしい指揮者でありました。
3月くらいに陽気でした・・・・・。
いやはや、昼メシのあと、眠かったこと!
ついつい、デスクでウトウト・・・・・南に面した窓際にデスクがあるんですから(ん?窓際族かワシは・?)、全くたまりません・・・(^^ゞ
で、今日は、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」を聴こうと・・・・。
取り出したCDは、ジャン・マルティノン指揮フランス国立放送管弦楽団の演奏。1973年1月、パリのサル・ワグラムでの録音。
EMIの輸入盤では「クリスマス・ボックス」と称して激安バーゲン価格の箱物が沢山出ている。このマルティノンによる「ドビュッシー・ラヴェル管弦楽曲集」もそのひとつ。このフランスの芳香に満ちた名盤が、8枚組で3500円程度で買えてしまうのだから、いったい世の中はどうなっているのかと思う・・・・・・が、この恩恵にあずかれる幸福はホンマに有り難い。
ドビュッシーはあまり得意な作曲家ではないのだが、この「牧神の午後への前奏曲」だけは別格。
初めて聴いたときには、今まで聴いてきたクラシック音楽とは全く違う、別世界の音楽に聞こえたものだ。独特の和声、繊細で優美な響き、漂うような旋律。それまでべートーヴェンやバッハ、モーツァルト、シューベルトばかり聴いていたボクには、十分ショッキングな音楽だった。「これ、クラシック音楽かいな?」・・・・。
その「響き」・・・・。
管楽器がとにかく違う。
甘く切なく鼻にかかる音色。そして淡い光りが射し込んでくるようなデリケートな音。
ちょっとおきゃんなパリ娘・・・・・でもあるまいが、ドイツ・オーストリー系の音楽ではまず耳に出来ない音色。
フルートの漂うような繊細さ。ホルンが背後から柔らかくかぶってくる。
クラリネットは甘く、腰をくねらせるようにエロティックな響き。
これらがからみつく響きの美しさ、「ああ、これがフランスというものか」と昔々思ったものだった。
弦楽器の繊細さも、言葉を失うほど。静かに奏でる部分などはため息が出る。
強奏で崩れないのもイイ。
マルティノンの指揮は、ラテン的な色彩に満ちたもの。しかも上品で端正。
素敵な(でも豪勢ではないな)ファッションに身を包み、オシャレで、しかも背筋がよく伸びた紳士の音楽。
どこにも無理がなく、媚びたところもなく、淡々とドビュッシーの天才を伝えてくれる。
アンサンブルは、少々縦の線が不揃いで、おやっと思わせるところがあるが(特に後半)。でも、故意にアンサンブルを乱して独特の響きを作りだしているんじゃないかと思えるほど、音楽全体は見事なものだ。
こういう響き、こういう音楽作り・・・・・マルティノンは素晴らしい指揮者でありました。
2006/01/17のBlog
[ 04:48 ]
[ 協奏曲 ]
夕方から雨です。
昨日までの暖かさとうって変わって、寒い一日でした。
ただ、いつもの四国の冬の寒さ・・・・です。
こちらが寒さに慣れたのか、猛烈な寒気が弱くなったのか、ようやく「四国の冬」になったなという感じです。
こんな雨の日にはラフマニノフを聴きたい・・・・。
で、取り出したのは、ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番ニ短調作品30。
ピアノはヴラディーミル・アシュケナージ、ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。1985年8月、コンセルトヘボウでの録音。DECCA原盤。
アシュケナージにとっては4度目の録音になるという。よほど好きなのだろう。
第1楽章アレグロ・マ・ノン・タント。オケの序奏のすぐあとにピアノが憂愁の主題を奏でる。今日のように、冬のどんよりと曇った空を思わせる、愁いを含んだような(少し涙ぐんだような)音楽。アシュケナージのピアノがとても綺麗。いつもの、アシュケナージ独特のクリスタルでやや冷たく輝く音色が、素晴らしい。タッチはやや軽め。ズシンと重厚に響く、いかにもロシア風の演奏もあるのだが、アシュケナージのは繊細で爽やかな音色。
ラフマニノフはロシア人だが、活躍したのはアメリカ。この3番協奏曲も、調べてみると「自分を評価してくれたアメリカのために」作曲したという。
暗く重く、腹にこたえるようなピアノより、アシュケナージの輝く音色で聴くのがイイように思うのだが、さて・・・・。
第2楽章は間奏曲。ピアノがもの悲しい主題を歌って、変奏曲のように表情を変えてゆく。抒情的な部分では、アシュケナージのデリケートな音色が特に似合う。
バックも好演。
管楽器の音色がもの悲しい。オーボエやホルンのソロが、何と寂しく感傷的に響くことか。それにかぶってくるチェロの深々とした音色や、その上を優しくなぞるヴァイオリンの艶やかな音色も素晴らしい。さすがはハイティンクと言いたい。
第3楽章フィナーレはアラ・ブレーヴェ。第2楽章の終わりから半休止で行進曲風の音楽がグイッと入ってくる。
アシュケナージのピアニズムはますます好調で、オケと豪快に対峙して、全くひけを取らない立派さ。テクニックのことはよく分からないが、これだけ指が回るのだから(しかも一つひとつの音が粒立っているのだから)、最高レベルの技術なのだろうと思う。
音色も透明度が高く瑞々しいし、高音は輝くばかりに鮮やか。聴いていてクラクラするようなピアノ。
この辺り、全くアシュケナージならではの演奏ぶり。
さらに、オケの優秀さ!
ハイティンク率いるコンセルトヘボウ管が、実に暖かく、堅実に、美しさの限りにアシュケナージを支えている。
録音も優秀。DECCAらしい、鮮烈な音。
フィリップス録音のコンセルトヘボウ管の、あの渋くくすんだ暖かい音色とはまた違って、鮮やかな色彩感が味わえます。
名録音と云えるでしょう。
昨日までの暖かさとうって変わって、寒い一日でした。
ただ、いつもの四国の冬の寒さ・・・・です。
こちらが寒さに慣れたのか、猛烈な寒気が弱くなったのか、ようやく「四国の冬」になったなという感じです。
こんな雨の日にはラフマニノフを聴きたい・・・・。
で、取り出したのは、ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番ニ短調作品30。
ピアノはヴラディーミル・アシュケナージ、ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。1985年8月、コンセルトヘボウでの録音。DECCA原盤。
アシュケナージにとっては4度目の録音になるという。よほど好きなのだろう。
第1楽章アレグロ・マ・ノン・タント。オケの序奏のすぐあとにピアノが憂愁の主題を奏でる。今日のように、冬のどんよりと曇った空を思わせる、愁いを含んだような(少し涙ぐんだような)音楽。アシュケナージのピアノがとても綺麗。いつもの、アシュケナージ独特のクリスタルでやや冷たく輝く音色が、素晴らしい。タッチはやや軽め。ズシンと重厚に響く、いかにもロシア風の演奏もあるのだが、アシュケナージのは繊細で爽やかな音色。
ラフマニノフはロシア人だが、活躍したのはアメリカ。この3番協奏曲も、調べてみると「自分を評価してくれたアメリカのために」作曲したという。
暗く重く、腹にこたえるようなピアノより、アシュケナージの輝く音色で聴くのがイイように思うのだが、さて・・・・。
第2楽章は間奏曲。ピアノがもの悲しい主題を歌って、変奏曲のように表情を変えてゆく。抒情的な部分では、アシュケナージのデリケートな音色が特に似合う。
バックも好演。
管楽器の音色がもの悲しい。オーボエやホルンのソロが、何と寂しく感傷的に響くことか。それにかぶってくるチェロの深々とした音色や、その上を優しくなぞるヴァイオリンの艶やかな音色も素晴らしい。さすがはハイティンクと言いたい。
第3楽章フィナーレはアラ・ブレーヴェ。第2楽章の終わりから半休止で行進曲風の音楽がグイッと入ってくる。
アシュケナージのピアニズムはますます好調で、オケと豪快に対峙して、全くひけを取らない立派さ。テクニックのことはよく分からないが、これだけ指が回るのだから(しかも一つひとつの音が粒立っているのだから)、最高レベルの技術なのだろうと思う。
音色も透明度が高く瑞々しいし、高音は輝くばかりに鮮やか。聴いていてクラクラするようなピアノ。
この辺り、全くアシュケナージならではの演奏ぶり。
さらに、オケの優秀さ!
ハイティンク率いるコンセルトヘボウ管が、実に暖かく、堅実に、美しさの限りにアシュケナージを支えている。
録音も優秀。DECCAらしい、鮮烈な音。
フィリップス録音のコンセルトヘボウ管の、あの渋くくすんだ暖かい音色とはまた違って、鮮やかな色彩感が味わえます。
名録音と云えるでしょう。
2006/01/16のBlog
[ 06:30 ]
[ 交響曲 ]
今日は大曲であります。
マーラーの交響曲第7番ホ短調「夜の歌」。
ガリー・ベルティーニの指揮、ケルン放送交響楽団の演奏。1990年2月、ケルンでのライヴ録音。
先日訪れた御茶ノ水のディスクユニオンでは、ベルティーニによる5番までのマーラー選集がゴロゴロ売り出されていた。5枚組で3500円といったところ。
考えることはみんな同じか。きっと、我慢できずに買ってしまったんだろうなぁと思いつつ。ボクも同様であります。
とうとう買ってしまいました。ベルティーニのマーラー全集。HMVの通販でポイント使うと6000円なので・・・・・。
職場の同僚が急かすんです。「オマエ、早く買って、5番までのをワシに回せや。ダブリ買い、構わんがな。ワシがもらってやるんじゃけん、エエ供養になるよ」
そうやなぁ・・・先日コイツにCDもろたばかりやしなぁ・・・・・じゃ、買おうか。
・・・・なんて、理由などどうでもエエんです。どうせ買うんだから。
で、買って正解(^^)v。音が素晴らしく良くなってます。楽器は左右一杯に広がって、ステージの奥までクリアに聞こえます。もともとEMIにしては好録音だったんですが、リマスタリングが良いのか、音がさらに鮮やかに艶っぽくなってます。
そう。ベルティーニはボクにとっては耽美的指揮者。これほど、美しいマーラーを聴かせてくれる指揮者はそうはいない。(といって、マーラーの「毒」が無いというわけではない。ただ、ベルティーニにかかると、その「毒」さえも美しく聴かされてしまうような感じがする)。
そういうベルティーニの芸術を、この録音の良さは十分に伝えていると思う。
演奏は隅々まで血が通い、神経が行き届いた、まさに美しさの限りと云えるもの。
第1楽章冒頭のテナー・ホルンの甘い響きが素晴らしい。それに絡んでくる木管群のエロティックな響き。アンサンブルの揃い方も半端じゃない。これだけ揃わないと美しく聞こえないぞと言わんばかり。
第2楽章。木管群が闇に蠢く妖しい鳥になって「夜の歌」を囀る。打楽器の音色さえ美しく、しかも妖しい。
この楽章は、様々な楽器がソロのように次々に現れてくるのだが、その響き・音色が、実に練れたものになっている。ついつい耳をそばだてて聴いてしまう。万華鏡のように変わる楽想、そしてそれぞれの楽器特有の響き・・・・これぞマーラーだよなと思いつつ、これをオケから十分に引き出すベルティーニの凄さ。さすがだ。
第3楽章スケルツォは、2つの「夜曲」に挟まれたコワイ楽章。妖怪が跋扈するような音楽だが、ベルティーニの指揮は克明。細かなところまできっちりと演奏させている。ファゴットやクラリネットなど、目立たないところできちんと吹いているし、チェロやコンバスが、ずっとモゾモゾ弾いているのがまた妖しく美しい。
第4楽章の「夜曲」。たっぷりと妖艶に微笑むヴァイオリンの音色、ホルンの遠くで甘く秘かに吹く音色、マンドリンのひそひそ話の音色・・・素晴らしい録音もあって、実にその音がこちらの耳によく届く。ベルティーニが意識的にそう弾かせてるんだろうなぁ・・・・・。最後までスッキリとクリアな響きだ。
終楽章は、これ、いつ聴いても違和感がある。こちらが「夜の歌」と構えているせいかもしれないが、どう見たって(聴いたって)旭日昇天の音楽。ちっとも暗くない、太陽が煌々と輝く音楽。もう割り切って聴いているが、マーラーに慣れるまではこの違和感がたまらなくイヤでありましたな。でも、この終楽章こそ分裂症気味のマーラーそのもの。
ベルティーニ/ケルン放送響は、この巨大で妙ちくりんな終楽章を、前楽章までと同様、克明に、しかも美音でもって演奏してゆく。
まさに充実の79分。
ああ、この全集でまたマーラーが楽しめそうです。
マーラーの交響曲第7番ホ短調「夜の歌」。
ガリー・ベルティーニの指揮、ケルン放送交響楽団の演奏。1990年2月、ケルンでのライヴ録音。
先日訪れた御茶ノ水のディスクユニオンでは、ベルティーニによる5番までのマーラー選集がゴロゴロ売り出されていた。5枚組で3500円といったところ。
考えることはみんな同じか。きっと、我慢できずに買ってしまったんだろうなぁと思いつつ。ボクも同様であります。
とうとう買ってしまいました。ベルティーニのマーラー全集。HMVの通販でポイント使うと6000円なので・・・・・。
職場の同僚が急かすんです。「オマエ、早く買って、5番までのをワシに回せや。ダブリ買い、構わんがな。ワシがもらってやるんじゃけん、エエ供養になるよ」
そうやなぁ・・・先日コイツにCDもろたばかりやしなぁ・・・・・じゃ、買おうか。
・・・・なんて、理由などどうでもエエんです。どうせ買うんだから。
で、買って正解(^^)v。音が素晴らしく良くなってます。楽器は左右一杯に広がって、ステージの奥までクリアに聞こえます。もともとEMIにしては好録音だったんですが、リマスタリングが良いのか、音がさらに鮮やかに艶っぽくなってます。
そう。ベルティーニはボクにとっては耽美的指揮者。これほど、美しいマーラーを聴かせてくれる指揮者はそうはいない。(といって、マーラーの「毒」が無いというわけではない。ただ、ベルティーニにかかると、その「毒」さえも美しく聴かされてしまうような感じがする)。
そういうベルティーニの芸術を、この録音の良さは十分に伝えていると思う。
演奏は隅々まで血が通い、神経が行き届いた、まさに美しさの限りと云えるもの。
第1楽章冒頭のテナー・ホルンの甘い響きが素晴らしい。それに絡んでくる木管群のエロティックな響き。アンサンブルの揃い方も半端じゃない。これだけ揃わないと美しく聞こえないぞと言わんばかり。
第2楽章。木管群が闇に蠢く妖しい鳥になって「夜の歌」を囀る。打楽器の音色さえ美しく、しかも妖しい。
この楽章は、様々な楽器がソロのように次々に現れてくるのだが、その響き・音色が、実に練れたものになっている。ついつい耳をそばだてて聴いてしまう。万華鏡のように変わる楽想、そしてそれぞれの楽器特有の響き・・・・これぞマーラーだよなと思いつつ、これをオケから十分に引き出すベルティーニの凄さ。さすがだ。
第3楽章スケルツォは、2つの「夜曲」に挟まれたコワイ楽章。妖怪が跋扈するような音楽だが、ベルティーニの指揮は克明。細かなところまできっちりと演奏させている。ファゴットやクラリネットなど、目立たないところできちんと吹いているし、チェロやコンバスが、ずっとモゾモゾ弾いているのがまた妖しく美しい。
第4楽章の「夜曲」。たっぷりと妖艶に微笑むヴァイオリンの音色、ホルンの遠くで甘く秘かに吹く音色、マンドリンのひそひそ話の音色・・・素晴らしい録音もあって、実にその音がこちらの耳によく届く。ベルティーニが意識的にそう弾かせてるんだろうなぁ・・・・・。最後までスッキリとクリアな響きだ。
終楽章は、これ、いつ聴いても違和感がある。こちらが「夜の歌」と構えているせいかもしれないが、どう見たって(聴いたって)旭日昇天の音楽。ちっとも暗くない、太陽が煌々と輝く音楽。もう割り切って聴いているが、マーラーに慣れるまではこの違和感がたまらなくイヤでありましたな。でも、この終楽章こそ分裂症気味のマーラーそのもの。
ベルティーニ/ケルン放送響は、この巨大で妙ちくりんな終楽章を、前楽章までと同様、克明に、しかも美音でもって演奏してゆく。
まさに充実の79分。
ああ、この全集でまたマーラーが楽しめそうです。
2006/01/15のBlog
[ 05:13 ]
[ 管弦楽曲 ]
息子のパソコンのHDが一杯になってしまい(12Gだと、今はすぐに一杯になるなぁ・・・)、40GのHDと換装したのはエエんですが、環境移行が上手くいかずに結局「更地」にして、OSからセットアップ・・・・いやはや大変だった・・・・・・。
でも本音は楽しかった・・・・・(^^ゞ。久しぶりのクリーン・インストールだったので、気持ちよかったですなぁ。
息子のパソコン、マザーはASUSのP2Bという440BX系の懐かしい物で、今や勤続7年。この間、CPUだのメモリだの種々のボードだの、いろいろ加えてもまだまだ現役でがんばれそう。偉いもんです。
こんなことをしている間に、のんびりと聴いたのはラヴェルであります。
「亡き王女のためのパヴァーヌ」。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニーの演奏。
1985年12月から翌年2月にかけて、ベルリンのフィルハーモニーでのの録音。カップリングはドビュッシーの「海」や「牧神」、ラヴェルの「ダフニスとクロエ」第2組曲など。いわゆるフランス管弦楽曲集のDG盤。
ラヴェルの管弦楽作品としては比較的小さな曲。
fl2、ob1、cl2、fg2、hrn2、hp1、そして弦5部の簡素なオーケストラ編制。
さて、この演奏、冒頭からホルンの響きが深々として心地よい。
2本のホルンが絡む味わいは絶妙で、カラヤンの耽美的な個性を味わえるし、それを具現するBPOの技量もスゴイ。ピチカートで品良く支える低弦の奥ゆかしさ。ハープの、これも上品さ。たまらん。
カラヤンの採るテンポはかなり遅い。精妙に、情感豊かに描こうとする。この遅さが、実は心地よい。涙を誘うようなテンポ。執拗に絡んでくるレガート。
カラヤン嫌いは、こういうところが好かんのだろうなと、思う。
ボクは好き。「亡き王女のためのパヴァーヌ」だもの、そういう感情で聴きたい。
もちろん、ラヴェル自身は、死んだ人を送るとか、そんな意味は別になく作曲したピアノ曲なわけで、あまりの思い入れは禁物なのだろうが・・・。
でも、この3つの主題の旋律の美しさは格別だろう。
第2主題のオーボエは甘く哀愁漂う響き。綺麗なメロディ。
歌わせたら抜群のこの楽器を、ここに持ってくるラヴェルのオーケストレーションはスゴイ。そして、その抒情的旋律を衒いもなくポンと聴き手に示すカラヤンもまた巧い。
ファゴットがオーボエにまとわりついてくる、その響きはエロティックでさえある。
第3主題のフルートの響きが痛切。それに重なる弦の厚みも上品で、全く美しい。漸強漸弱の間合いがまた素晴らしく息を呑むような美麗さ。もう少し弦が軽くてもイイかなと思うが、これもまたBPOの音色だからなぁ(無い物ねだりをしちゃイカンな・・(^^ゞ)。
終曲に向かうと、その弦が軽みを帯びてくる。それにかすかに重なるハープがまたデリケート。囁くように重なってくる。
そして管弦楽が最後にスーッと消えてゆく、その美しさ。
こういう演奏を聴くと、カラヤンはやはりすごい指揮者だったなぁと思います。
ほんの7分の小品。
でも、カラヤンで聴くと、かけがえのない作品に思えてきますな。
でも本音は楽しかった・・・・・(^^ゞ。久しぶりのクリーン・インストールだったので、気持ちよかったですなぁ。
息子のパソコン、マザーはASUSのP2Bという440BX系の懐かしい物で、今や勤続7年。この間、CPUだのメモリだの種々のボードだの、いろいろ加えてもまだまだ現役でがんばれそう。偉いもんです。
こんなことをしている間に、のんびりと聴いたのはラヴェルであります。
「亡き王女のためのパヴァーヌ」。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニーの演奏。
1985年12月から翌年2月にかけて、ベルリンのフィルハーモニーでのの録音。カップリングはドビュッシーの「海」や「牧神」、ラヴェルの「ダフニスとクロエ」第2組曲など。いわゆるフランス管弦楽曲集のDG盤。
ラヴェルの管弦楽作品としては比較的小さな曲。
fl2、ob1、cl2、fg2、hrn2、hp1、そして弦5部の簡素なオーケストラ編制。
さて、この演奏、冒頭からホルンの響きが深々として心地よい。
2本のホルンが絡む味わいは絶妙で、カラヤンの耽美的な個性を味わえるし、それを具現するBPOの技量もスゴイ。ピチカートで品良く支える低弦の奥ゆかしさ。ハープの、これも上品さ。たまらん。
カラヤンの採るテンポはかなり遅い。精妙に、情感豊かに描こうとする。この遅さが、実は心地よい。涙を誘うようなテンポ。執拗に絡んでくるレガート。
カラヤン嫌いは、こういうところが好かんのだろうなと、思う。
ボクは好き。「亡き王女のためのパヴァーヌ」だもの、そういう感情で聴きたい。
もちろん、ラヴェル自身は、死んだ人を送るとか、そんな意味は別になく作曲したピアノ曲なわけで、あまりの思い入れは禁物なのだろうが・・・。
でも、この3つの主題の旋律の美しさは格別だろう。
第2主題のオーボエは甘く哀愁漂う響き。綺麗なメロディ。
歌わせたら抜群のこの楽器を、ここに持ってくるラヴェルのオーケストレーションはスゴイ。そして、その抒情的旋律を衒いもなくポンと聴き手に示すカラヤンもまた巧い。
ファゴットがオーボエにまとわりついてくる、その響きはエロティックでさえある。
第3主題のフルートの響きが痛切。それに重なる弦の厚みも上品で、全く美しい。漸強漸弱の間合いがまた素晴らしく息を呑むような美麗さ。もう少し弦が軽くてもイイかなと思うが、これもまたBPOの音色だからなぁ(無い物ねだりをしちゃイカンな・・(^^ゞ)。
終曲に向かうと、その弦が軽みを帯びてくる。それにかすかに重なるハープがまたデリケート。囁くように重なってくる。
そして管弦楽が最後にスーッと消えてゆく、その美しさ。
こういう演奏を聴くと、カラヤンはやはりすごい指揮者だったなぁと思います。
ほんの7分の小品。
でも、カラヤンで聴くと、かけがえのない作品に思えてきますな。
2006/01/14のBlog
[ 06:01 ]
[ 交響曲 ]
やや気温が上昇して、久しぶりの雨です。
寒波が緩んでの雨なので、春の雨のよう・・・・・まだ少し早いかな。
職場の梅の花のつぼみ、開花にはもう少し時間がかかりそうです。
今日は大曲。
ブルックナーの交響曲第5番変ロ長調。拙ブログで取り上げるのは初めてです。
セルジウ・チェリビダッケ指揮シュトゥットガルト放送交響楽団の演奏。1981年11月26日の実演をライヴ録音。DGによる8枚組からの1枚。スコアはハース版らしい。
1980年代初頭のライヴなので音質はこんなものかな。もう少し個々の楽器の鮮度が欲しいなと思うし、ステージの奥行きがやや不足している感もある。でも、全体的なバランスは上々と思う。
演奏は、もう巨大雄大圧倒的であって、そのスケール感は曰く言いがたい。しかも、細部の仕上げも実に繊細、神経が行き届いていて、この長大な交響曲を飽きさせずに聴かせてくれる。
ブルックナーの交響曲第5番は、とにかく長いので時々ウンザリしてしまう。第3楽章あたりで疲れ切ってしまうこともままある・・・・(ブルックナーの交響曲は、他の曲でも、スケルツォで退屈してしまうことが多い(^^ゞ・・・)
だが、チェリビダッケの演奏で聴くと、最後まで、「おぉ?」と耳をそばだてる部分も多いし、フレージングがゆったりしているので、ソファに沈み込んで、巨大な音楽の大河に身を浸せたままでいられる。これぞ、巨匠の芸というべきか。
長大なブルックナーは、長大だからこそ良いのだと巨匠に言われているみたい。
第1楽章からして、ゆったりと大変遅い。先が思いやられるほどの遅さだが、スケールの大きさは比類がない。
オケも好演。金管は「もう少しファイト!」という感じだが、全体的にはよく頑張っている。この城塞のような交響曲、その大伽藍を堂々と演奏している。特に弦の音色が渋く、動きもデリケートで好感が持てる。全体に見通しが良く、響きに透明感があるのは心地よいものだ。
絶品は第2楽章。このアダージョに23分もかけてゆく。ひっそりと、城塞の外の荒涼たる風景を歌っているような演奏と思いきや、だんだん内面的になって、作曲者の心象を表現し始めるような・・・・・そんな演奏。フレージングがゆったりとしてホンマに気持ちエエなぁ。
中盤以降の弦のトゥッティの見事なこと。もう美しさの限り。チェリビダッケは練習がキツイというが、このあたり何度もさらったんだろうなぁと思わせられる。この弦楽合奏の美麗さは、ちょっと他の演奏では聴けないんじゃないか?
第3楽章はちょっと持て余し気味(持て余しているのはボクです(^^ゞ)
そして終楽章。この第5は、ベートーヴェンの第9のようなフィナーレ交響曲。
全く見事な終楽章。コラールとフーガと、壮大な二重フーガをチェリビダッケは最大級のスケールで演奏させる。オケの響きは最後まで清澄、殆ど混濁しないのは立派。よく練習したんだろうなぁ・・・・。
もう一度、第2楽章のアダージョを聴き直したくらい。
この演奏は、もう少し録音が良ければ・・・・無い物ねだりでありますな。
チェリビダッケ、その有名さだけボクの中では先行していた指揮者でありますが、こうしてじっくり聴いてみると、やはり端倪すべからざる人です。
寒波が緩んでの雨なので、春の雨のよう・・・・・まだ少し早いかな。
職場の梅の花のつぼみ、開花にはもう少し時間がかかりそうです。
今日は大曲。
ブルックナーの交響曲第5番変ロ長調。拙ブログで取り上げるのは初めてです。
セルジウ・チェリビダッケ指揮シュトゥットガルト放送交響楽団の演奏。1981年11月26日の実演をライヴ録音。DGによる8枚組からの1枚。スコアはハース版らしい。
1980年代初頭のライヴなので音質はこんなものかな。もう少し個々の楽器の鮮度が欲しいなと思うし、ステージの奥行きがやや不足している感もある。でも、全体的なバランスは上々と思う。
演奏は、もう巨大雄大圧倒的であって、そのスケール感は曰く言いがたい。しかも、細部の仕上げも実に繊細、神経が行き届いていて、この長大な交響曲を飽きさせずに聴かせてくれる。
ブルックナーの交響曲第5番は、とにかく長いので時々ウンザリしてしまう。第3楽章あたりで疲れ切ってしまうこともままある・・・・(ブルックナーの交響曲は、他の曲でも、スケルツォで退屈してしまうことが多い(^^ゞ・・・)
だが、チェリビダッケの演奏で聴くと、最後まで、「おぉ?」と耳をそばだてる部分も多いし、フレージングがゆったりしているので、ソファに沈み込んで、巨大な音楽の大河に身を浸せたままでいられる。これぞ、巨匠の芸というべきか。
長大なブルックナーは、長大だからこそ良いのだと巨匠に言われているみたい。
第1楽章からして、ゆったりと大変遅い。先が思いやられるほどの遅さだが、スケールの大きさは比類がない。
オケも好演。金管は「もう少しファイト!」という感じだが、全体的にはよく頑張っている。この城塞のような交響曲、その大伽藍を堂々と演奏している。特に弦の音色が渋く、動きもデリケートで好感が持てる。全体に見通しが良く、響きに透明感があるのは心地よいものだ。
絶品は第2楽章。このアダージョに23分もかけてゆく。ひっそりと、城塞の外の荒涼たる風景を歌っているような演奏と思いきや、だんだん内面的になって、作曲者の心象を表現し始めるような・・・・・そんな演奏。フレージングがゆったりとしてホンマに気持ちエエなぁ。
中盤以降の弦のトゥッティの見事なこと。もう美しさの限り。チェリビダッケは練習がキツイというが、このあたり何度もさらったんだろうなぁと思わせられる。この弦楽合奏の美麗さは、ちょっと他の演奏では聴けないんじゃないか?
第3楽章はちょっと持て余し気味(持て余しているのはボクです(^^ゞ)
そして終楽章。この第5は、ベートーヴェンの第9のようなフィナーレ交響曲。
全く見事な終楽章。コラールとフーガと、壮大な二重フーガをチェリビダッケは最大級のスケールで演奏させる。オケの響きは最後まで清澄、殆ど混濁しないのは立派。よく練習したんだろうなぁ・・・・。
もう一度、第2楽章のアダージョを聴き直したくらい。
この演奏は、もう少し録音が良ければ・・・・無い物ねだりでありますな。
チェリビダッケ、その有名さだけボクの中では先行していた指揮者でありますが、こうしてじっくり聴いてみると、やはり端倪すべからざる人です。
2006/01/13のBlog
[ 05:38 ]
[ 管弦楽曲 ]
暖かい冬の日でした。
四国の冬はこんな日が多いんです。ポカポカとした日中は、つい居眠りをしてしまうような・・・・・。今年の寒波はキツイので、このホンワカしか日は、懐かしい感じがしますな。
さて、ほのぼのとした日にふさわしく・・・・今日はモーツァルトのセレナードを。
第10番変ロ長調K.361(370a)「グラン・パルティータ」。
ニコラウス・アーノンクールの指揮、演奏はウィーン・モーツァルト管弦合奏団 。1983年9月、テルデック・スタジオでの録音。原盤はTELDEC。
「グラン・パルティータ」は「13管楽器のためのセレナード」が本来の言い方なのだが、アーノンクール盤は12人の管楽器とコントラバスによる演奏。
ふだんコントラバスを含む演奏はあまり聴いたことがないので響きが新鮮。右スピーカーの手前でコントラバス奏者がモゾモゾと(こう書いては可哀想なのだが、確かにモゾッとした感じで)弾いているのが分かる。
第1楽章、冒頭はラルゴ。テンポはやや速めかなと思うが、いたって「ふつう」の始まり方。というのは指揮がアーノンクールだから。「何か、やらかしてくれるのでは」と期待して聴き始めたので、見事な空振り。堂々とした古典音楽の開始になっている。
途中からモルト・アレグロに速まるのだが、響きは典雅で穏やか。実にウィーン・スタイルで美しい。華やかさもある。
第2楽章のメヌエットも同様。合奏はさすがに巧い。部屋中に幸福なモーツァルトが流れてゆく・・・・。
と思っていたら第3楽章からは、アーノンクールらしさがビンビン出てくる。
速い、速い。とにかく速い。これアダージョだぞ?ええ?・・・・と云っているうちにサッサと流れていってしまう。
このアダージョは、大ヒットした映画「アマデウス」で、サリエリに「神の声」と賞賛させた音楽。観ていてゾクッとするほど映画でのこの楽章の使用は見事だった・・・・。
だから、情緒たっぷりにやってくれる演奏が好きなのだが、アーノンクールはそんなこと気にもとめない(映画制作前の録音だから当たり前なのだが)。スカッと爽快に仕上げてしまう。思い入れなど、一切なし。音楽の美しさだけ。
第4楽章のメヌエットもアーノンクール風。ホルンの音を割った演奏など、「グラン・パルティータ」ではあまり聴いたことがなかった。音楽は一気に溌剌で新鮮な感じに舞い上がる。第2楽章までの雅やかな演奏が嘘のよう。若者、青春の音楽になっているし、野心的な響きさえ漂ってくる。
そういえば、この作品はモーツァルトがウィーンに定住してからの第1作だったか?・・・・・若々しさと同時に、モーツァルトの野心が見えてくるのは当然か。
第5楽章の ロマンツェでは典雅がまた戻ってくる。アーノンクールは百面相か。
面白いのは第6楽章の変奏曲。野卑な響きあり、穏やかでマイルドな響きあり、抒情的な旋律を歌うところもあれば、コロコロと春の野を転がるような快感がつたわってくるところもある。一気にフィナーレまで聴けてしまう。
録音良好、大音量でも崩れない見事なもの。
それにしてもアーノンクールは変幻自在。面白い指揮者やなぁ。
(でも今や風格十分の大指揮者なんですよねぇ・・・・)
四国の冬はこんな日が多いんです。ポカポカとした日中は、つい居眠りをしてしまうような・・・・・。今年の寒波はキツイので、このホンワカしか日は、懐かしい感じがしますな。
さて、ほのぼのとした日にふさわしく・・・・今日はモーツァルトのセレナードを。
第10番変ロ長調K.361(370a)「グラン・パルティータ」。
ニコラウス・アーノンクールの指揮、演奏はウィーン・モーツァルト管弦合奏団 。1983年9月、テルデック・スタジオでの録音。原盤はTELDEC。
「グラン・パルティータ」は「13管楽器のためのセレナード」が本来の言い方なのだが、アーノンクール盤は12人の管楽器とコントラバスによる演奏。
ふだんコントラバスを含む演奏はあまり聴いたことがないので響きが新鮮。右スピーカーの手前でコントラバス奏者がモゾモゾと(こう書いては可哀想なのだが、確かにモゾッとした感じで)弾いているのが分かる。
第1楽章、冒頭はラルゴ。テンポはやや速めかなと思うが、いたって「ふつう」の始まり方。というのは指揮がアーノンクールだから。「何か、やらかしてくれるのでは」と期待して聴き始めたので、見事な空振り。堂々とした古典音楽の開始になっている。
途中からモルト・アレグロに速まるのだが、響きは典雅で穏やか。実にウィーン・スタイルで美しい。華やかさもある。
第2楽章のメヌエットも同様。合奏はさすがに巧い。部屋中に幸福なモーツァルトが流れてゆく・・・・。
と思っていたら第3楽章からは、アーノンクールらしさがビンビン出てくる。
速い、速い。とにかく速い。これアダージョだぞ?ええ?・・・・と云っているうちにサッサと流れていってしまう。
このアダージョは、大ヒットした映画「アマデウス」で、サリエリに「神の声」と賞賛させた音楽。観ていてゾクッとするほど映画でのこの楽章の使用は見事だった・・・・。
だから、情緒たっぷりにやってくれる演奏が好きなのだが、アーノンクールはそんなこと気にもとめない(映画制作前の録音だから当たり前なのだが)。スカッと爽快に仕上げてしまう。思い入れなど、一切なし。音楽の美しさだけ。
第4楽章のメヌエットもアーノンクール風。ホルンの音を割った演奏など、「グラン・パルティータ」ではあまり聴いたことがなかった。音楽は一気に溌剌で新鮮な感じに舞い上がる。第2楽章までの雅やかな演奏が嘘のよう。若者、青春の音楽になっているし、野心的な響きさえ漂ってくる。
そういえば、この作品はモーツァルトがウィーンに定住してからの第1作だったか?・・・・・若々しさと同時に、モーツァルトの野心が見えてくるのは当然か。
第5楽章の ロマンツェでは典雅がまた戻ってくる。アーノンクールは百面相か。
面白いのは第6楽章の変奏曲。野卑な響きあり、穏やかでマイルドな響きあり、抒情的な旋律を歌うところもあれば、コロコロと春の野を転がるような快感がつたわってくるところもある。一気にフィナーレまで聴けてしまう。
録音良好、大音量でも崩れない見事なもの。
それにしてもアーノンクールは変幻自在。面白い指揮者やなぁ。
(でも今や風格十分の大指揮者なんですよねぇ・・・・)
2006/01/12のBlog
[ 05:52 ]
[ 交響曲 ]
Doblogがまた重くなっています。
今朝もサーバーの障害が起こっていたようです。メンテするスタッフも大変だなぁ・・・。
このDoblog、昨秋だったか非常に重かったので、多くの住人が引っ越して他のブログに移ったとも言われていますが・・・・・。
今は人口の少ないブログサービスになってしまっているのかもしれません・・・・。
(その方が軽くてイイのかも・・・・・・?・・・(^^ゞ・・・・)
さて、今日はレオポルド・モーツァルトの「おもちゃの交響曲」。
(一応、分類は「交響曲」でいいのかな・・・・・・?)
本来の名は「カッサチオ ト長調」と云うらしい。昔は小学校の音楽の時間、これはハイドンの作曲であると勉強したものだが、今はL・モーツァルトということになっている。
懐かしい音楽。小学校の音楽鑑賞で聴いたり、給食の時間には決まってこの「おもちゃの交響曲」が流れていたりしたものだった。
今日はネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管の演奏で聴いてみた。ジャケットも色鮮やかで楽しいし、このCD、カップリングが良い。モーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークとパッヘルベルのカノンも入っている。
1984~85年、ロンドンのセント・ジョンズ教会での録音。フィリップス盤。
教会での録音なので残響成分がとても豊かで、柔らかいストリングスに全身が包まれるような快感がある。
しかもフィリップスの録音陣。各楽器もクリアだし、溶け合いも見事に捉えている。もう20年も前の録音なのに、現在の最高水準をゆくんじゃなかろうか。我が家ではホンマにエエ音してます。
さて、「おもちゃの交響曲」。
「カッサチオ ト長調」は全部で7楽章あるのだが、そのうちの第3、第4、第7楽章がいわゆる「おもちゃの交響曲」になる。
子供が使うおもちゃの笛、太鼓、ラッパなどが下品なくらいにジャンジャン・ピューピュー鳴らして、面白いことこの上ない。
そのおもちゃのやりたい放題のバックで、アカデミー室内管か、実に真摯に演奏している。爽快で滑らか、ストリングスの響きはホンマに気持ちいい音だし、アンサンブルも綺麗。アンサンブルを乱しているのは(これは故意に乱しているのだが)、おもちゃたちだけ。
でも、楽団員みんなが楽しそう。
マリナーもニコニコしながら棒を振っているのが目に見えるよう。
おもちゃの協奏曲のような趣もある。アカデミー室内管が楽しく伴奏しているような演奏。いやぁ愉快やなぁ。
カップリングの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」もマリナー/アカデミー室内管らしい爽快な演奏。録音も極上。
さらにパッヘルベルのカノンも面白い。カノン - ジーグ - カノン という順番で演奏しており、カノンの途中にジーグが入ってくる新鮮な試み。結構楽しめました。
今朝もサーバーの障害が起こっていたようです。メンテするスタッフも大変だなぁ・・・。
このDoblog、昨秋だったか非常に重かったので、多くの住人が引っ越して他のブログに移ったとも言われていますが・・・・・。
今は人口の少ないブログサービスになってしまっているのかもしれません・・・・。
(その方が軽くてイイのかも・・・・・・?・・・(^^ゞ・・・・)
さて、今日はレオポルド・モーツァルトの「おもちゃの交響曲」。
(一応、分類は「交響曲」でいいのかな・・・・・・?)
本来の名は「カッサチオ ト長調」と云うらしい。昔は小学校の音楽の時間、これはハイドンの作曲であると勉強したものだが、今はL・モーツァルトということになっている。
懐かしい音楽。小学校の音楽鑑賞で聴いたり、給食の時間には決まってこの「おもちゃの交響曲」が流れていたりしたものだった。
今日はネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管の演奏で聴いてみた。ジャケットも色鮮やかで楽しいし、このCD、カップリングが良い。モーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークとパッヘルベルのカノンも入っている。
1984~85年、ロンドンのセント・ジョンズ教会での録音。フィリップス盤。
教会での録音なので残響成分がとても豊かで、柔らかいストリングスに全身が包まれるような快感がある。
しかもフィリップスの録音陣。各楽器もクリアだし、溶け合いも見事に捉えている。もう20年も前の録音なのに、現在の最高水準をゆくんじゃなかろうか。我が家ではホンマにエエ音してます。
さて、「おもちゃの交響曲」。
「カッサチオ ト長調」は全部で7楽章あるのだが、そのうちの第3、第4、第7楽章がいわゆる「おもちゃの交響曲」になる。
子供が使うおもちゃの笛、太鼓、ラッパなどが下品なくらいにジャンジャン・ピューピュー鳴らして、面白いことこの上ない。
そのおもちゃのやりたい放題のバックで、アカデミー室内管か、実に真摯に演奏している。爽快で滑らか、ストリングスの響きはホンマに気持ちいい音だし、アンサンブルも綺麗。アンサンブルを乱しているのは(これは故意に乱しているのだが)、おもちゃたちだけ。
でも、楽団員みんなが楽しそう。
マリナーもニコニコしながら棒を振っているのが目に見えるよう。
おもちゃの協奏曲のような趣もある。アカデミー室内管が楽しく伴奏しているような演奏。いやぁ愉快やなぁ。
カップリングの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」もマリナー/アカデミー室内管らしい爽快な演奏。録音も極上。
さらにパッヘルベルのカノンも面白い。カノン - ジーグ - カノン という順番で演奏しており、カノンの途中にジーグが入ってくる新鮮な試み。結構楽しめました。
2006/01/11のBlog
[ 05:06 ]
[ 管弦楽曲 ]
小雪まじりの寒さ。ホンマに寒さが続きます。大寒波です。
どんよりと雲に覆われて、風も強く荒涼たる冬の風景が広がります。
四国でこれだから、北国の人々の寒さはいかばかりか。
2月になれば少しは寒気が緩むかな。あと1カ月、辛抱辛抱。
寒い風景を見ていたら、シベリウスのCDを取り出していた・・・・・・・・。
今日はシベリウスの管弦楽曲集を。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏。1976年9~12月、ベルリン・フィルハーモニーでの録音。EMI。artリマスターになって格段に音が向上したと思う。
カラヤンはシベリウスを得意にしていた。
でもそれはベルグルンドやバルビローリのような、作曲家への共感に基づいた得意さではなく、よく出来ている管弦楽曲を指揮する者として、どのようにオケの威力を発揮させるか、という点に関心があって、その楽曲を料理するのがべらぼうに巧い職人のような得意さ・・・・・・だった。
評論などでも「すごいけれどニセモノ」のような表現が随分あったように思う。
しかし、ボクが実際に耳にするこのCDの素晴らしさはどうだ・・・・・。
まず「フィンランディア」。
冒頭、金管の咆吼の逞しさ。ゴージャスで華麗、豪華絢爛、豪壮雄大、もうこんなにスケールの大きい「フィンランディア」はそうは聴けない。「フィンランディア」は、ロシアの圧政に対するフィンランド人の怒り、闘争心がよく現れている曲だが、楽曲そのものにある豪華な部分をカラヤンがすくい取って、目の前にさらけ出したような演奏になっている。テンポをグッと落としたり、ふとタメをつくったり、演出も自在で、面白い。渋いシベリウスも良いが(というか、渋くて味わい深いシベリウスの方が本筋なんだろうが)、カラヤンの「フィンランディア」、現代オーケストラ音楽として最高のパフォーマンスだと思う。ベルリン・フィルが本当に巧い。
つづいて交響詩「伝説」作品9。
シベリウス初期の名品。初めから最後まで、一貫して主題があちこちに登場する。コントラバスやチェロ、ティンパニがつくり出すベルリン・フィルの安定した低音に乗って、ヴァイオリン群が非常にデリケートな響きをつくり出す。木管や金管も最高に巧い。この作品はクレルヴォ交響曲を書いた直後、シベリウスがカヤヌスに国民的音楽をと依頼されたもの。一種、若書きの要素がある作品だが、その辺りを振らせると、さすが巧者カラヤン。18分を飽きさせずに聴かせてくれる。
そして「トゥオネラの白鳥」!
コーラングレは、ゲルハルト・シュテンプニク。この気品のある音色、柔らかく、やや鼻にかかったような艶のある音色がたまらない。窓の外の寒々とした風景に溶け込んでゆくような音色。
その背景で響くヴァイオリンの音色がこれまた素晴らしい。デリカシーに満ちて、銀色の光りを放っている。何という繊細な響き、そしてそれをつくり出すカラヤンの棒は魔法か。
EMIの録音なのであまり期待していなかったところ(^^ゞ、artリマスターで非常によい音に仕上がっております。EMIもなかなかやるじゃない。
どんよりと雲に覆われて、風も強く荒涼たる冬の風景が広がります。
四国でこれだから、北国の人々の寒さはいかばかりか。
2月になれば少しは寒気が緩むかな。あと1カ月、辛抱辛抱。
寒い風景を見ていたら、シベリウスのCDを取り出していた・・・・・・・・。
今日はシベリウスの管弦楽曲集を。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏。1976年9~12月、ベルリン・フィルハーモニーでの録音。EMI。artリマスターになって格段に音が向上したと思う。
カラヤンはシベリウスを得意にしていた。
でもそれはベルグルンドやバルビローリのような、作曲家への共感に基づいた得意さではなく、よく出来ている管弦楽曲を指揮する者として、どのようにオケの威力を発揮させるか、という点に関心があって、その楽曲を料理するのがべらぼうに巧い職人のような得意さ・・・・・・だった。
評論などでも「すごいけれどニセモノ」のような表現が随分あったように思う。
しかし、ボクが実際に耳にするこのCDの素晴らしさはどうだ・・・・・。
まず「フィンランディア」。
冒頭、金管の咆吼の逞しさ。ゴージャスで華麗、豪華絢爛、豪壮雄大、もうこんなにスケールの大きい「フィンランディア」はそうは聴けない。「フィンランディア」は、ロシアの圧政に対するフィンランド人の怒り、闘争心がよく現れている曲だが、楽曲そのものにある豪華な部分をカラヤンがすくい取って、目の前にさらけ出したような演奏になっている。テンポをグッと落としたり、ふとタメをつくったり、演出も自在で、面白い。渋いシベリウスも良いが(というか、渋くて味わい深いシベリウスの方が本筋なんだろうが)、カラヤンの「フィンランディア」、現代オーケストラ音楽として最高のパフォーマンスだと思う。ベルリン・フィルが本当に巧い。
つづいて交響詩「伝説」作品9。
シベリウス初期の名品。初めから最後まで、一貫して主題があちこちに登場する。コントラバスやチェロ、ティンパニがつくり出すベルリン・フィルの安定した低音に乗って、ヴァイオリン群が非常にデリケートな響きをつくり出す。木管や金管も最高に巧い。この作品はクレルヴォ交響曲を書いた直後、シベリウスがカヤヌスに国民的音楽をと依頼されたもの。一種、若書きの要素がある作品だが、その辺りを振らせると、さすが巧者カラヤン。18分を飽きさせずに聴かせてくれる。
そして「トゥオネラの白鳥」!
コーラングレは、ゲルハルト・シュテンプニク。この気品のある音色、柔らかく、やや鼻にかかったような艶のある音色がたまらない。窓の外の寒々とした風景に溶け込んでゆくような音色。
その背景で響くヴァイオリンの音色がこれまた素晴らしい。デリカシーに満ちて、銀色の光りを放っている。何という繊細な響き、そしてそれをつくり出すカラヤンの棒は魔法か。
EMIの録音なのであまり期待していなかったところ(^^ゞ、artリマスターで非常によい音に仕上がっております。EMIもなかなかやるじゃない。
2006/01/10のBlog
[ 05:57 ]
[ 交響曲 ]
日中は穏やかな3連休でありました。
子供たちは3学期の準備をしております。ああ、いよいよ始業式なんですね。
ボクは部屋の整理を。特に積みっぱなしのCDを何とかしないと・・・・・。
結局東京では、石丸電気、ディスク・ユニオン、ショップ2軒どまり
昔は秋葉原にも何軒か中古屋があったのだが、殆ど見かけなかった。
石丸電気のソフト館(って云うのだったかな)では、輸入盤の箱物が少々安くなっていたので、いくつか購入。でも食指が動くというものはあまり多くなかったかな。お客さんもパラパラ。
20数年前のLP全盛時代には、年末年始に(夏のボーナスシーズンにも)「キズ物バーゲン」がしばしばあって、特設会場は開場時刻前から長蛇の列が出来て熱気ムンムンだったものだが・・・・。我こそ先んぜん、と血眼になっていたマニアたちが懐かしい。
御茶ノ水のディスク・ユニオンは、2年半ぶりに訪れてみたが、値付けは少し高くなったかなという印象。陳列・在庫ともおそらくあの界隈最高だと思うのだが、値段は以前より高くなっているように思う。
世は「何とか100」シリーズだの(例の6枚組3,000円の)、「のだめカンタービレ」だので、クラシック音楽のブームが来ているようだ。そこでお客さんが増えて、需要増で価格上昇したかとも思ったが、客の入りは大したことはない・・・・。
好きなオーケストラ物を中心に何枚か(家人に言わせると「何枚も」(^^ゞ)抱え込んで、店をあとにした。
さて、今日はそのディスク・ユニオンで購入した「ロマンティック」を。
チェリビダッケの箱物で、現品叩き売りで購入したもの。
ブルックナーの交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」。
セルジウ・チェリビダッケの指揮、スウェーデン放送交響楽団の演奏。録音は1969年3月24日、ベルリン・フィルハーモニーでのライヴ。(因縁のカラヤンの本拠だ!)
ノヴァーク版を使用しているとクレジットにある。演奏時間は長大、69分。
第1楽章冒頭のホルンがゆったりとしてふくよか。技術は一杯一杯か。この冒頭は、ホルン奏者が実演で最も緊張するソロ・パートの一つだそうだが、確かに必死で吹いているのが伝わってくる。チェリビダッケの指揮は、後年の特徴ようにとてつもなく遅いということはないが、数多ある「ロマンティック」演奏の中では遅い部類になるだろう。
ただその遅さによって、細部を非常に美しく聴かせることに成功していると思う。
第2楽章のアンダンテ。わびしさ・静謐さが、チェリビダッケの棒から紡ぎ出されてくる。スウェーデン放送響もよく頑張っていると思うが、オーケストラの魅力としては今一歩かな。チェリビダッケ独特のゆったりと強弱が盛り上がったり減衰したりするあたりは、よく表出して健闘。
第3楽章スケルツォ。狩りのリズムとして聴いてきたのだが、少し重め。綺麗なのだが、愉悦感がもう少し欲しい感じ。金管も木管も頑張っている。実演なのに立派なもんです。
終楽章、チェリビダッケの彫琢はますます深まる。出てくる音楽が、ホンマに美しい。ブルックナーってもっとゴツゴツしているんじゃないかと思いつつ、こういう演奏もエエわいなぁと納得させられてしまう。
指揮者の巧さか、こちらの主体性のなさか・・・・でもこんな綺麗なブルックナーはあまり聴けない・・・(ムーティ/BPOのが綺麗だったな・・)
チェリビダッケのうなり声が随所に聴ける。やや甲高い、キュンキュンとしたうなり声(^^ゞ。かなり邪魔だが、ライヴなので致し方なし。
1969年の、しかもライブなのに録音水準は高い。十分に満足できました。
子供たちは3学期の準備をしております。ああ、いよいよ始業式なんですね。
ボクは部屋の整理を。特に積みっぱなしのCDを何とかしないと・・・・・。
結局東京では、石丸電気、ディスク・ユニオン、ショップ2軒どまり
昔は秋葉原にも何軒か中古屋があったのだが、殆ど見かけなかった。
石丸電気のソフト館(って云うのだったかな)では、輸入盤の箱物が少々安くなっていたので、いくつか購入。でも食指が動くというものはあまり多くなかったかな。お客さんもパラパラ。
20数年前のLP全盛時代には、年末年始に(夏のボーナスシーズンにも)「キズ物バーゲン」がしばしばあって、特設会場は開場時刻前から長蛇の列が出来て熱気ムンムンだったものだが・・・・。我こそ先んぜん、と血眼になっていたマニアたちが懐かしい。
御茶ノ水のディスク・ユニオンは、2年半ぶりに訪れてみたが、値付けは少し高くなったかなという印象。陳列・在庫ともおそらくあの界隈最高だと思うのだが、値段は以前より高くなっているように思う。
世は「何とか100」シリーズだの(例の6枚組3,000円の)、「のだめカンタービレ」だので、クラシック音楽のブームが来ているようだ。そこでお客さんが増えて、需要増で価格上昇したかとも思ったが、客の入りは大したことはない・・・・。
好きなオーケストラ物を中心に何枚か(家人に言わせると「何枚も」(^^ゞ)抱え込んで、店をあとにした。
さて、今日はそのディスク・ユニオンで購入した「ロマンティック」を。
チェリビダッケの箱物で、現品叩き売りで購入したもの。
ブルックナーの交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」。
セルジウ・チェリビダッケの指揮、スウェーデン放送交響楽団の演奏。録音は1969年3月24日、ベルリン・フィルハーモニーでのライヴ。(因縁のカラヤンの本拠だ!)
ノヴァーク版を使用しているとクレジットにある。演奏時間は長大、69分。
第1楽章冒頭のホルンがゆったりとしてふくよか。技術は一杯一杯か。この冒頭は、ホルン奏者が実演で最も緊張するソロ・パートの一つだそうだが、確かに必死で吹いているのが伝わってくる。チェリビダッケの指揮は、後年の特徴ようにとてつもなく遅いということはないが、数多ある「ロマンティック」演奏の中では遅い部類になるだろう。
ただその遅さによって、細部を非常に美しく聴かせることに成功していると思う。
第2楽章のアンダンテ。わびしさ・静謐さが、チェリビダッケの棒から紡ぎ出されてくる。スウェーデン放送響もよく頑張っていると思うが、オーケストラの魅力としては今一歩かな。チェリビダッケ独特のゆったりと強弱が盛り上がったり減衰したりするあたりは、よく表出して健闘。
第3楽章スケルツォ。狩りのリズムとして聴いてきたのだが、少し重め。綺麗なのだが、愉悦感がもう少し欲しい感じ。金管も木管も頑張っている。実演なのに立派なもんです。
終楽章、チェリビダッケの彫琢はますます深まる。出てくる音楽が、ホンマに美しい。ブルックナーってもっとゴツゴツしているんじゃないかと思いつつ、こういう演奏もエエわいなぁと納得させられてしまう。
指揮者の巧さか、こちらの主体性のなさか・・・・でもこんな綺麗なブルックナーはあまり聴けない・・・(ムーティ/BPOのが綺麗だったな・・)
チェリビダッケのうなり声が随所に聴ける。やや甲高い、キュンキュンとしたうなり声(^^ゞ。かなり邪魔だが、ライヴなので致し方なし。
1969年の、しかもライブなのに録音水準は高い。十分に満足できました。
2006/01/09のBlog
[ 06:06 ]
[ 管弦楽曲 ]
穏やかな休日。寒さも少し緩んで日中は、だいぶ暖かくなりました。
四国瀬戸内の冬の日は、こんなもんだわいなぁ・・・。今年の寒さは異常ぞい・・・
と思っていたら、昼過ぎより長男は成人式であります。
大学入学の時につくったスーツを着込んで、総合体育館に向かいました。
さて・・・・そういえば、新年になってウィンナ・ワルツを聴いていなかった・・・・。
アカンアカン、やはり、ウィンナ・ワルツを聴かにゃ、気分が出んぞい。
成人式の祝いにもなるし、何か取り出してみようと・・・・・(^-^)。
そこで今日は、ウィンナ・ワルツ名曲集を。
カール・ベーム指揮ウィーン・フィルの「シュトラウス・コンサート」。
曲目は、もう名曲のオンパレード。ワクワクしてくる。
1 ワルツ《美しく青きドナウ》作品314
2 トリッチ・トラッチ・ポルカ 作品214
3 皇帝円舞曲 作品437
4 ポルカ《雷鳴と電光》作品324
5 ワルツ《南国のばら》作品388
6 ピチカート・ポルカ
7 アンネン・ポルカ作品117
8 常動曲 作品257
録音は1971~72年、ウィーンのおそらくムジークフェラインザール。
ベームのウィンナ・ワルツは珍しい録音だと思う。他にはあまり見かけない。
「ユックリズム」
1曲目の「美しく青きドナウ」から、ベームらしい演奏。
「ユックリズム」の権化、ややゴツゴツした響きなのだが安定感抜群。この安定感(カラヤンなら対照的に流麗感なのだが)こそ、ベームの持ち味だろう。
そして、その遅いテンポの中から匂うようなオーケストラの魅力が立ちのぼってくる。録音はもう30年前だから随分古ぼけてきているんだが、それでもなお薫り立つウィーン・フィルの響き。弦も管も素晴らしい、ああ、エエ正月やなぁ。
スゴイのは「皇帝円舞曲」。堂々としたワルツで、貫禄十分なのだが、とりわけ最後の部分、チェロやフルートのソロのところが遅い!もう止まってしまいそう。その止まってしまいそうなテンポで深々と響く、チェロの音色の素晴らしさ。フルートのたゆたうような哀感。
さて、ベームがそこまで意識して音楽をつくったかどうかは分からないが(ベームは抒情的な指揮者ではなかったと思うから)、出てくる音楽は絶品。じっくり腰を落として演奏させていたら、情感豊かになってしまった・・・という感じの音楽。
ボクにとっての最高のカイザー・ワルツであります。
「南国のばら」もゆっくりでよろしい。
今年の冬は特に寒いので、ああ春の陽光が待ち遠しい・・・聴いていてそんな気分になる。ヴァイオリンの高音がチャーミング。突き抜けるようにキュッと響く高音は、ウィーン・フィルならではの美音と思う。木管や金管も実に楽しそう。謹厳実直ベーム翁の棒とは思えない柔らかさが、ミスマッチのようで面白い。
ピチカート・ポルカ、アンネン・ポルカ、そして常動曲も爽快に聴けた。
オケの音がもうたまらなく魅惑的。綺麗。美人。理想的。
というわけでベームのシュトラウス・コンサート、すべてが名演というわけではないのだが、味わい深いワルツ集でありました。
四国瀬戸内の冬の日は、こんなもんだわいなぁ・・・。今年の寒さは異常ぞい・・・
と思っていたら、昼過ぎより長男は成人式であります。
大学入学の時につくったスーツを着込んで、総合体育館に向かいました。
さて・・・・そういえば、新年になってウィンナ・ワルツを聴いていなかった・・・・。
アカンアカン、やはり、ウィンナ・ワルツを聴かにゃ、気分が出んぞい。
成人式の祝いにもなるし、何か取り出してみようと・・・・・(^-^)。
そこで今日は、ウィンナ・ワルツ名曲集を。
カール・ベーム指揮ウィーン・フィルの「シュトラウス・コンサート」。
曲目は、もう名曲のオンパレード。ワクワクしてくる。
1 ワルツ《美しく青きドナウ》作品314
2 トリッチ・トラッチ・ポルカ 作品214
3 皇帝円舞曲 作品437
4 ポルカ《雷鳴と電光》作品324
5 ワルツ《南国のばら》作品388
6 ピチカート・ポルカ
7 アンネン・ポルカ作品117
8 常動曲 作品257
録音は1971~72年、ウィーンのおそらくムジークフェラインザール。
ベームのウィンナ・ワルツは珍しい録音だと思う。他にはあまり見かけない。
「ユックリズム」
1曲目の「美しく青きドナウ」から、ベームらしい演奏。
「ユックリズム」の権化、ややゴツゴツした響きなのだが安定感抜群。この安定感(カラヤンなら対照的に流麗感なのだが)こそ、ベームの持ち味だろう。
そして、その遅いテンポの中から匂うようなオーケストラの魅力が立ちのぼってくる。録音はもう30年前だから随分古ぼけてきているんだが、それでもなお薫り立つウィーン・フィルの響き。弦も管も素晴らしい、ああ、エエ正月やなぁ。
スゴイのは「皇帝円舞曲」。堂々としたワルツで、貫禄十分なのだが、とりわけ最後の部分、チェロやフルートのソロのところが遅い!もう止まってしまいそう。その止まってしまいそうなテンポで深々と響く、チェロの音色の素晴らしさ。フルートのたゆたうような哀感。
さて、ベームがそこまで意識して音楽をつくったかどうかは分からないが(ベームは抒情的な指揮者ではなかったと思うから)、出てくる音楽は絶品。じっくり腰を落として演奏させていたら、情感豊かになってしまった・・・という感じの音楽。
ボクにとっての最高のカイザー・ワルツであります。
「南国のばら」もゆっくりでよろしい。
今年の冬は特に寒いので、ああ春の陽光が待ち遠しい・・・聴いていてそんな気分になる。ヴァイオリンの高音がチャーミング。突き抜けるようにキュッと響く高音は、ウィーン・フィルならではの美音と思う。木管や金管も実に楽しそう。謹厳実直ベーム翁の棒とは思えない柔らかさが、ミスマッチのようで面白い。
ピチカート・ポルカ、アンネン・ポルカ、そして常動曲も爽快に聴けた。
オケの音がもうたまらなく魅惑的。綺麗。美人。理想的。
というわけでベームのシュトラウス・コンサート、すべてが名演というわけではないのだが、味わい深いワルツ集でありました。