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2006/02/01のBlog
[ 05:29 ]
[ 管弦楽曲 ]
今日から如月・・・・・・・・・。
昨日の雨で、少し気温が上昇したかもしれません。
暖かい朝を迎えています。梅のつぼみも膨らんできました。
もう少しで「春」です。
さて、今日はきらびやかな管弦楽曲を。
ムソルグスキー(ラヴェル編)の「展覧会の絵」。
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮シカゴ響の演奏。1976年4月録音のDG盤。
ジュリーニにはベルリン・フィルとの再録音盤がCBSソニーにあるが、両者を聴いてみて、シカゴ盤の瑞々しさが気に入っている。BPO盤も良いのだが、長らくシカゴ盤を聴いてきたせいかもしれない。
ジュリーニの指揮で聴くと、「展覧会の絵」がとても格調高くなる。
テンポは遅く、じっくりと進みながら、その中で伸びやかな歌が展開する。
知的で、かつ気品があって、やや取り澄ました表情で・・・・・そして背筋が伸びて颯爽とした演奏になる。
(ジュリーニの演奏は、聴き手に微笑みながら近寄ってくる~バーンスタインのような~ことはないと思う。どちらかというと、澄まし顔の演奏だろうと思うが、その品格が素晴らしいとボクはいつも思う)
しかも、細かなところまで配慮が行き届いていて、常に旋律線は綺麗だし、アンサンブルは鉄壁のシカゴ響。
冒頭のトランペット・ソロはもちろん、名手アドルフ・ハーセスハーセスだろう。巧いの何のって、もう惚れ惚れするしかない。しかも音がデカイ。雄大なスケールで朗々と響く冒頭部分、ココを聴くだけで、この演奏の虜になってしまう。
全体的に金管が非常に巧い。
ホルンもトロンボーンもよく響く。
金管を大きめの音量で録音しているのだろうか、よく分からないが、実によく鳴っている。
(同じくジュリーニ/シカゴのシューベルト「グレート」でも、そのことをボクは感じた。ジュリーニの指示なのかもしれない)
金管がよく揃っていると、ここまでパワーが発揮されるのかとも思う。凄まじい音量。
ラストの「キエフの大門」など、圧倒的な迫力、雄大なスケールで鳴り渡る。
気分良く聴いていると、妻から「今日はいつになくうるさい」と苦情が。
なるほど、音がデカイわけだ。
もっとも、音がデカイだけじゃないのがジュリーニ。
ピアニシモのデリカシー、ニュアンスの多彩さ、哀愁漂う旋律の歌わせ方など、聴きどころが一杯。
1970年代半ば、ジュリーニ全盛期(とボクは思う)の演奏。
この頃、シューベルト・ドヴォルザーク・マーラーの「第9」交響曲を次々にDGに録音したが、これがすべて心に残る名演奏でありました。
この「展覧会の絵」も、いまだに同曲演奏盤の中で屈指の名盤と思います。
昨日の雨で、少し気温が上昇したかもしれません。
暖かい朝を迎えています。梅のつぼみも膨らんできました。
もう少しで「春」です。
さて、今日はきらびやかな管弦楽曲を。
ムソルグスキー(ラヴェル編)の「展覧会の絵」。
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮シカゴ響の演奏。1976年4月録音のDG盤。
ジュリーニにはベルリン・フィルとの再録音盤がCBSソニーにあるが、両者を聴いてみて、シカゴ盤の瑞々しさが気に入っている。BPO盤も良いのだが、長らくシカゴ盤を聴いてきたせいかもしれない。
ジュリーニの指揮で聴くと、「展覧会の絵」がとても格調高くなる。
テンポは遅く、じっくりと進みながら、その中で伸びやかな歌が展開する。
知的で、かつ気品があって、やや取り澄ました表情で・・・・・そして背筋が伸びて颯爽とした演奏になる。
(ジュリーニの演奏は、聴き手に微笑みながら近寄ってくる~バーンスタインのような~ことはないと思う。どちらかというと、澄まし顔の演奏だろうと思うが、その品格が素晴らしいとボクはいつも思う)
しかも、細かなところまで配慮が行き届いていて、常に旋律線は綺麗だし、アンサンブルは鉄壁のシカゴ響。
冒頭のトランペット・ソロはもちろん、名手アドルフ・ハーセスハーセスだろう。巧いの何のって、もう惚れ惚れするしかない。しかも音がデカイ。雄大なスケールで朗々と響く冒頭部分、ココを聴くだけで、この演奏の虜になってしまう。
全体的に金管が非常に巧い。
ホルンもトロンボーンもよく響く。
金管を大きめの音量で録音しているのだろうか、よく分からないが、実によく鳴っている。
(同じくジュリーニ/シカゴのシューベルト「グレート」でも、そのことをボクは感じた。ジュリーニの指示なのかもしれない)
金管がよく揃っていると、ここまでパワーが発揮されるのかとも思う。凄まじい音量。
ラストの「キエフの大門」など、圧倒的な迫力、雄大なスケールで鳴り渡る。
気分良く聴いていると、妻から「今日はいつになくうるさい」と苦情が。
なるほど、音がデカイわけだ。
もっとも、音がデカイだけじゃないのがジュリーニ。
ピアニシモのデリカシー、ニュアンスの多彩さ、哀愁漂う旋律の歌わせ方など、聴きどころが一杯。
1970年代半ば、ジュリーニ全盛期(とボクは思う)の演奏。
この頃、シューベルト・ドヴォルザーク・マーラーの「第9」交響曲を次々にDGに録音したが、これがすべて心に残る名演奏でありました。
この「展覧会の絵」も、いまだに同曲演奏盤の中で屈指の名盤と思います。
2006/01/31のBlog
[ 05:51 ]
[ ジョギング ]
iPodを買いました。30GBのもの。
売れているんでしょうな、殆ど定価販売のようですね。
近くの電器屋(量販店)には60GBのがなくて(本当はそっちが欲しかったのだが)、仕方ないので30GBで我慢。
この冬、膝を痛めてジョギングが不如意。しばらくサボっております。
再開しなくちゃと思いつつ、寒いしなぁ、足も痛いしなぁと・・・ズルズル来ておりました。
心機一転、散歩・ウォーキング用にiPodを買って(それにしては散財だな)、春に向けて体力増進を期しているわけであります^^。
さて、その使用感。印象。
すでにソフトiTunesはダウンロードしてあったので、どんどんCDを読み込ませていったのだが、これが噂通り速くて実に簡単。
さすがアップル、ユーザーの身になって操作できるソフトだと感心しました。
(マイクロソフトだと、こうはいかないんじゃないか?)
容量も30GBで十分。音楽だけなら、ナンボでも入る感じ。週末にガンガンiPodに入れたのだがまだまだ余裕あり。容量の半分にもならない。当分間に合いそう。
音もそこそこ聴ける。圧縮しているわけだから、かなりヒドイ音になっているんじゃないかと思っていたが、いやいやどうして、結構聴ける。
付属のヘッドフォン(イヤフォン)で聴いているのだが、不満はないなぁ。
もう少し高価なヘッドフォンに替えたら、もっと良くなりそうではある。
何より、シャッフルが面白い。
クラシック音楽だけでなく、J-POPやポピュラー音楽も入っているので、まさに玉石混淆なのだが、次は何が始まるのかワクワクしてしまう。
我ながら単純な脳細胞で、恥ずかしい(^^ゞ。
ウォーキング中、とにかく退屈しない。面白い。
例えば、今朝のシャッフル。
オフコース「メインストリートを突っ走れ」 → モーツァルトのピアノ協奏曲第20番第2楽章 → ビートルズ「ペニーレイン」 → ベルリオーズの幻想交響曲「断頭台への行進」 → 石川さゆり「天城越え」 → ブルックナーの交響曲「ロマンティック」終楽章・・・。
いやはや気持ちよく1時間ほど散歩できました。
朝5時半、四国伊予路は真っ暗でありますが、iPodを友として、体力増進に努めようと思います。
春にはジョギング復活といけるように。
iPod、カーステレオでも聴けます。カセットテープのようなアダプターをつけると再生できます。まずまずの音で(所詮クルマの中ですから)聴けます。
オーディオテクニカ製で2000円程度。
クルマでもシャッフルで遊べそうです(^^ゞ。
PS とりぷるさんのブログで勉強しています。
どうぞ、皆さん、ここをご参照ください。
※とりぷるさんのブログ
Beautiful Sunset
売れているんでしょうな、殆ど定価販売のようですね。
近くの電器屋(量販店)には60GBのがなくて(本当はそっちが欲しかったのだが)、仕方ないので30GBで我慢。
この冬、膝を痛めてジョギングが不如意。しばらくサボっております。
再開しなくちゃと思いつつ、寒いしなぁ、足も痛いしなぁと・・・ズルズル来ておりました。
心機一転、散歩・ウォーキング用にiPodを買って(それにしては散財だな)、春に向けて体力増進を期しているわけであります^^。
さて、その使用感。印象。
すでにソフトiTunesはダウンロードしてあったので、どんどんCDを読み込ませていったのだが、これが噂通り速くて実に簡単。
さすがアップル、ユーザーの身になって操作できるソフトだと感心しました。
(マイクロソフトだと、こうはいかないんじゃないか?)
容量も30GBで十分。音楽だけなら、ナンボでも入る感じ。週末にガンガンiPodに入れたのだがまだまだ余裕あり。容量の半分にもならない。当分間に合いそう。
音もそこそこ聴ける。圧縮しているわけだから、かなりヒドイ音になっているんじゃないかと思っていたが、いやいやどうして、結構聴ける。
付属のヘッドフォン(イヤフォン)で聴いているのだが、不満はないなぁ。
もう少し高価なヘッドフォンに替えたら、もっと良くなりそうではある。
何より、シャッフルが面白い。
クラシック音楽だけでなく、J-POPやポピュラー音楽も入っているので、まさに玉石混淆なのだが、次は何が始まるのかワクワクしてしまう。
我ながら単純な脳細胞で、恥ずかしい(^^ゞ。
ウォーキング中、とにかく退屈しない。面白い。
例えば、今朝のシャッフル。
オフコース「メインストリートを突っ走れ」 → モーツァルトのピアノ協奏曲第20番第2楽章 → ビートルズ「ペニーレイン」 → ベルリオーズの幻想交響曲「断頭台への行進」 → 石川さゆり「天城越え」 → ブルックナーの交響曲「ロマンティック」終楽章・・・。
いやはや気持ちよく1時間ほど散歩できました。
朝5時半、四国伊予路は真っ暗でありますが、iPodを友として、体力増進に努めようと思います。
春にはジョギング復活といけるように。
iPod、カーステレオでも聴けます。カセットテープのようなアダプターをつけると再生できます。まずまずの音で(所詮クルマの中ですから)聴けます。
オーディオテクニカ製で2000円程度。
クルマでもシャッフルで遊べそうです(^^ゞ。
PS とりぷるさんのブログで勉強しています。
どうぞ、皆さん、ここをご参照ください。
※とりぷるさんのブログ
Beautiful Sunset
2006/01/30のBlog
[ 09:35 ]
[ 近況や季節の話題 ]
丘さんから、バトンを頂戴しておりました。
「お酒バトン」だそうです。
あらあら、ボクは下戸です。酒が呑めません。
やれやれ、どうしたものかと思いつつ書いております(^^ゞ。
1:パソコンもしくは本棚に入ってる『酒』は?
本棚にはCDが沢山入っています。『酒』はありません。
酔っぱらったような演奏のCDは何枚かあります・・・(笑)。ストコフスキーのレコードなんか、とても面白いです。
バッカスの饗宴のような演奏もあります。カルロス・クライバーのベートーヴェンの第7交響曲(VPOとのDG盤)など、何度聴いても凄いなと思います。
HMVのサイトを見ると、ライヴ盤も出たようですね。録音はエエんでしょうか?
(「田園」並みだったら買わんぞい)
2:今、妄想してる『酒』は?
お酒が飲めたらエエなと妄想することがあります。
やはりね、仕事してますといろいろありますのでね、つきあいでも呑めればエエんでしょうが・・・・なかなか・・・・・(^^ゞ
3:最初に出逢った『酒』は?
これは子供の頃に口にしていると思います。日本酒です。
親父が呑兵衛です。さすがに70歳を過ぎてからは、大酒を控えているようですが、一升は軽く呑める人だったですから(晩酌も毎日)。
休日には朝から呑んでました。ということは、一日中、酔っぱらっているわけですな(^^ゞ。
ですから、ボクはその息子ですので、子供の頃には、多分飲まされていると思います(^^ゞ。
4:特別な思い入れのある『酒』は??
「剣菱」。
親父が好きな酒です。いつも褒めてます。本当に美味いそうです。
この名を聞くと、故郷を思い出します。
ボクには味が分かりません。哀しいことです。
5:回す人を5人
(バトンを廻す人、丘さんがすべて挙げてしまっておられるので、ボクで止まってしまってスミマセン。他の方に頑張っていただきましょう^^)
「お酒バトン」だそうです。
あらあら、ボクは下戸です。酒が呑めません。
やれやれ、どうしたものかと思いつつ書いております(^^ゞ。
1:パソコンもしくは本棚に入ってる『酒』は?
本棚にはCDが沢山入っています。『酒』はありません。
酔っぱらったような演奏のCDは何枚かあります・・・(笑)。ストコフスキーのレコードなんか、とても面白いです。
バッカスの饗宴のような演奏もあります。カルロス・クライバーのベートーヴェンの第7交響曲(VPOとのDG盤)など、何度聴いても凄いなと思います。
HMVのサイトを見ると、ライヴ盤も出たようですね。録音はエエんでしょうか?
(「田園」並みだったら買わんぞい)
2:今、妄想してる『酒』は?
お酒が飲めたらエエなと妄想することがあります。
やはりね、仕事してますといろいろありますのでね、つきあいでも呑めればエエんでしょうが・・・・なかなか・・・・・(^^ゞ
3:最初に出逢った『酒』は?
これは子供の頃に口にしていると思います。日本酒です。
親父が呑兵衛です。さすがに70歳を過ぎてからは、大酒を控えているようですが、一升は軽く呑める人だったですから(晩酌も毎日)。
休日には朝から呑んでました。ということは、一日中、酔っぱらっているわけですな(^^ゞ。
ですから、ボクはその息子ですので、子供の頃には、多分飲まされていると思います(^^ゞ。
4:特別な思い入れのある『酒』は??
「剣菱」。
親父が好きな酒です。いつも褒めてます。本当に美味いそうです。
この名を聞くと、故郷を思い出します。
ボクには味が分かりません。哀しいことです。
5:回す人を5人
(バトンを廻す人、丘さんがすべて挙げてしまっておられるので、ボクで止まってしまってスミマセン。他の方に頑張っていただきましょう^^)
2006/01/29のBlog
[ 05:18 ]
[ 交響曲 ]
フリッツ・ヴンダーリッヒの絶唱!
クレンペラーの「大地の歌」が素晴らしいのは、指揮者の偉大さはもちろんだが、ヴンダーリッヒの歌唱に依るところが大きいとボクは思う・・・・。
本当に綺麗な声。どこまでも伸びるテノール。若者の瑞々しさや、若者特有の危うさなどがヴンダーリッヒの歌唱からはこぼれてくる。
そして、マーラーらしい、そこはかとなく漂う憂愁・・・・。
第1楽章の「現世の悲しみを歌う酒宴の歌」など、胸が張り裂けんばかりの歌。雄大なスケールの管弦楽に支えられて、ヴンダーリッヒの、天空に突き抜けるような高音が響き渡る。そして、「生は暗く、死もまた暗い」の部分での、ゾッとするような迫力。沈潜するような迫力。
第3楽章の「青春の歌」。マーラーの東洋趣味が表出された旋律もイイが、若者の夢を語るヴンダーリッヒの歌が、やはり素晴らしい。ユーモア、微笑み、憧れ・・・・・いろいろなものが沢山詰まっている。
第5楽章「春の日を酔いて暮らす」では、弾むような歌唱もエエし、クレッシェンドしてゆく部分での声の美しさ、フワッと漂うような美しさがたまらない。
ヴンダーリッヒは、この録音後の966年9月、階段から落ちる事故で亡くなってしまった。享年36歳。夭折。素晴らしい歌手だった。「大地の歌」は彼のベスト・パフォーマンスだったのではないか・・・・・。
もちろん、アルトのルートヴィッヒも十分に美しい。
ただ、ルートヴィッヒの歌唱なら、後年のカラヤン盤の方が綺麗だと思う。
・・・・しかし、第6楽章の「告別」はやはり絶品。これ、棒がクレンペラーだからですな。
クレンペラーの指揮については、もう最高のマーラーであって、このスケール、巨人の歩みを思わせるゆったりとしたテンポは、クレンペラー独自のもの。
表面が冷たい(クレンペラーのマーラーは決して優しい風貌ではない)のだが、ジワジワとマーラーの心情が伝わってくるような演奏。絶品であります。
このCD、40年も前の録音なのに、非常に素晴らしい音。「今のEMIはいったい何なんや?」と言いたいくらい、イイ音してます。
以下は、このCDのデータであります。
マーラーの交響曲「大地の歌」。
メゾ・ソプラノはクリスタ・ルートヴィッヒ、テノールがフリッツ・ヴンダーリッヒ、オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管(ニュー・フィルハーモニア管と名称変更)の演奏。
録音は1964年2月と1966年7月。キングスウェイ・ホールとアビー・ロード・スタジオにて。EMI原盤。
クレンペラーの「大地の歌」が素晴らしいのは、指揮者の偉大さはもちろんだが、ヴンダーリッヒの歌唱に依るところが大きいとボクは思う・・・・。
本当に綺麗な声。どこまでも伸びるテノール。若者の瑞々しさや、若者特有の危うさなどがヴンダーリッヒの歌唱からはこぼれてくる。
そして、マーラーらしい、そこはかとなく漂う憂愁・・・・。
第1楽章の「現世の悲しみを歌う酒宴の歌」など、胸が張り裂けんばかりの歌。雄大なスケールの管弦楽に支えられて、ヴンダーリッヒの、天空に突き抜けるような高音が響き渡る。そして、「生は暗く、死もまた暗い」の部分での、ゾッとするような迫力。沈潜するような迫力。
第3楽章の「青春の歌」。マーラーの東洋趣味が表出された旋律もイイが、若者の夢を語るヴンダーリッヒの歌が、やはり素晴らしい。ユーモア、微笑み、憧れ・・・・・いろいろなものが沢山詰まっている。
第5楽章「春の日を酔いて暮らす」では、弾むような歌唱もエエし、クレッシェンドしてゆく部分での声の美しさ、フワッと漂うような美しさがたまらない。
ヴンダーリッヒは、この録音後の966年9月、階段から落ちる事故で亡くなってしまった。享年36歳。夭折。素晴らしい歌手だった。「大地の歌」は彼のベスト・パフォーマンスだったのではないか・・・・・。
もちろん、アルトのルートヴィッヒも十分に美しい。
ただ、ルートヴィッヒの歌唱なら、後年のカラヤン盤の方が綺麗だと思う。
・・・・しかし、第6楽章の「告別」はやはり絶品。これ、棒がクレンペラーだからですな。
クレンペラーの指揮については、もう最高のマーラーであって、このスケール、巨人の歩みを思わせるゆったりとしたテンポは、クレンペラー独自のもの。
表面が冷たい(クレンペラーのマーラーは決して優しい風貌ではない)のだが、ジワジワとマーラーの心情が伝わってくるような演奏。絶品であります。
このCD、40年も前の録音なのに、非常に素晴らしい音。「今のEMIはいったい何なんや?」と言いたいくらい、イイ音してます。
以下は、このCDのデータであります。
マーラーの交響曲「大地の歌」。
メゾ・ソプラノはクリスタ・ルートヴィッヒ、テノールがフリッツ・ヴンダーリッヒ、オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管(ニュー・フィルハーモニア管と名称変更)の演奏。
録音は1964年2月と1966年7月。キングスウェイ・ホールとアビー・ロード・スタジオにて。EMI原盤。
2006/01/28のBlog
[ 03:49 ]
[ 協奏曲 ]
ショパンのピアノ協奏曲第2番ヘ短調作品21。
この曲の第2楽章ラルゲットの美しさは、比類がないものだと思う。
クラシック音楽を聴き始めた学生の頃から、この思いは変わらない。
これぞショパンと言いたくなるような、綺麗な旋律。
哀愁・憧れ・感傷・・・多感な青年の、もろもろの感情が詰まった音楽だと思う。
ピアノ・ソロも美しく書かれているし、バックの管弦楽の響きも夢のように美しく、そして、この曲を聴くたびに、ボクは自分の若い頃を思い出す・・・・。
今日取り出したCDは、クリスティアン・ツィマーマンのピアノ、カルロ・マリア・ジュリーニ指揮ロサンゼルス・フィルの演奏。1979年11月、ロスのオーディトリアムでの録音。
ツィマーマンがショパン・コンクールの優勝してから4年後、メジャー・デビューして間もなくの演奏。
お目当ての第2楽章ラルゲット!・・・これとにかく素晴らしい。
一音一音が、本当に大切に弾かれているのが分かる。丁寧に想いを込めて、揺れ動く青春の感情を、じっくりと歌い上げてゆく。
ツィマーマンのピアノがことのほか綺麗。クリスタル・ガラスのように硬質で透きとおった音色。美しく冷たいんだが、澄ましたような音ではなく、イヤミにならない。タッチも刻一刻と変化して、ニュアンスに富んでいる。
まだ蒼い青年期の美しさ、といった感じのピアノ。
若いからこそ響かせることが出来た音色・・・・・ああ抽象的(^^ゞ。ただ、この感情が揺らめくような演奏は(テンポや音色、時にルバートもそうだが)、若くなくちゃ出来ないだろう・・・・。今のツィマーマンでは、こうは弾けないんじゃないか。
ポーランド祝祭管を弾き振りした2枚組は話題になったが、貫禄がありすぎる感じ。
1979年当時の、ツィマーマン24歳だからこそ出来た「青臭さ」が、ボクにはイイ。
ジュリーニのバックは、堂々として豊麗。よく歌っているし、ロスPOの団員たちが丁寧に優美に演奏している。ホルンの音色など、奥ゆかしくて実に良い。
カップリングは、ピアノ協奏曲第1番。
これも素晴らしい青春のメロディ。
CD時代になって、ショパンのピアノ協奏曲が2曲1枚で聴けるようになったのは嬉しかった(昔は2曲でLP2枚が普通だった)・・・・そんな思い出の1枚でもあります。
この曲の第2楽章ラルゲットの美しさは、比類がないものだと思う。
クラシック音楽を聴き始めた学生の頃から、この思いは変わらない。
これぞショパンと言いたくなるような、綺麗な旋律。
哀愁・憧れ・感傷・・・多感な青年の、もろもろの感情が詰まった音楽だと思う。
ピアノ・ソロも美しく書かれているし、バックの管弦楽の響きも夢のように美しく、そして、この曲を聴くたびに、ボクは自分の若い頃を思い出す・・・・。
今日取り出したCDは、クリスティアン・ツィマーマンのピアノ、カルロ・マリア・ジュリーニ指揮ロサンゼルス・フィルの演奏。1979年11月、ロスのオーディトリアムでの録音。
ツィマーマンがショパン・コンクールの優勝してから4年後、メジャー・デビューして間もなくの演奏。
お目当ての第2楽章ラルゲット!・・・これとにかく素晴らしい。
一音一音が、本当に大切に弾かれているのが分かる。丁寧に想いを込めて、揺れ動く青春の感情を、じっくりと歌い上げてゆく。
ツィマーマンのピアノがことのほか綺麗。クリスタル・ガラスのように硬質で透きとおった音色。美しく冷たいんだが、澄ましたような音ではなく、イヤミにならない。タッチも刻一刻と変化して、ニュアンスに富んでいる。
まだ蒼い青年期の美しさ、といった感じのピアノ。
若いからこそ響かせることが出来た音色・・・・・ああ抽象的(^^ゞ。ただ、この感情が揺らめくような演奏は(テンポや音色、時にルバートもそうだが)、若くなくちゃ出来ないだろう・・・・。今のツィマーマンでは、こうは弾けないんじゃないか。
ポーランド祝祭管を弾き振りした2枚組は話題になったが、貫禄がありすぎる感じ。
1979年当時の、ツィマーマン24歳だからこそ出来た「青臭さ」が、ボクにはイイ。
ジュリーニのバックは、堂々として豊麗。よく歌っているし、ロスPOの団員たちが丁寧に優美に演奏している。ホルンの音色など、奥ゆかしくて実に良い。
カップリングは、ピアノ協奏曲第1番。
これも素晴らしい青春のメロディ。
CD時代になって、ショパンのピアノ協奏曲が2曲1枚で聴けるようになったのは嬉しかった(昔は2曲でLP2枚が普通だった)・・・・そんな思い出の1枚でもあります。
2006/01/27のBlog
[ 05:08 ]
[ 管弦楽曲 ]
今日はモーツァルトの誕生日です。
(そしてボクら夫婦の結婚記念日です・・・・・(^^ゞ。今年で21年になりました)
特に今年は生誕250周年という、モーツァルト・イヤー。
EMIが出したクラシックベスト100シリーズや漫画「のだめカンタービレ」が結構売れているらしいので、世はクラシック・ブームなのでしょう。
そういえば、先日、はNHKの「クローズアップ現代」でモーツァルトが取り上げられてもいました。
この一年は、モーツァルト・ブームで湧くかもしれませんね。
15年前も、モーツァルト・イヤーでした。没後200年だったですな。
レコード各社が競って、モーツァルトのCDを編集・再発してましたっけ・・・・・・・。バブル経済の名残の頃でした。
今日のCDはその中の1枚。モーツァルトのセレナード集。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏を集めたもの。
録音年代はさまざまだが、すべて1980年代、カラヤン最晩年のデジタル録音。
演奏は、まさにカラヤンチックとでも云おうか。
音楽に厚みがあって快速・流麗なモーツァルト。
レガート奏法が炸裂した、優美きわまりないモーツァルト。
曲目は全部で3曲。
1 セレナード第13番ト長調K.525「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」
2 セレナード第6番ニ長調K.239「セレナータ・ノットゥルナ」
3 ディベルティメント第15番変ロ長調K.287
カラヤンのモーツァルトはいろいろな批評があって、「だらしないレガート奏法」とか「オケが厚すぎてもたれる」とか、どちらかというとあまり芳しくなかったように思う。当時はアンチ・カラヤンも多かったから仕方ないか。
ところが、今聴き直してみると、リズムは結構キビキビしていて、実に心地よい。カラヤンの年齢を考えると、これは凄いことなんじゃないか。
カラヤンは昔からカラヤンで、死ぬまでカラヤン、最後までカラヤンだったのだ・・・・・。
レガートは美しさの極み。弦楽器の滑らかな響きに、頬を撫でられるような快感がある。スケールも十分。オケの厚みが気持ちよい。モーツァルトだから小編成って訳でもないだろうし、第一ベルリン・フィルの音色が非常に綺麗。これを聴くのは快感。
「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」は颯爽としているし、合奏は見事なもんだと思う。
「セレナータ・ノットゥルナ」はソロ・ヴァイオリンを受け持つコンサート・マスターのトマス・ブランディスが素晴らしい。ヴィブラートを聴かせたヴァイオリンの音色は、セクシーでさえある。コントラバスのライナー・ツェペリッツの低音も実に締まりが良い。
そして、ディベルティメントK.287の第4楽章アダージョ!
最高にゴージャスな弦楽アンサンブルが聴ける。
ああ、贅沢なひととき。
この響き、今のBPOからは聴けないような気がします。
さて、妻はクラシックを全く聴きませんが、今夜は二人してモーツァルトを聴こうと思います。
(そしてボクら夫婦の結婚記念日です・・・・・(^^ゞ。今年で21年になりました)
特に今年は生誕250周年という、モーツァルト・イヤー。
EMIが出したクラシックベスト100シリーズや漫画「のだめカンタービレ」が結構売れているらしいので、世はクラシック・ブームなのでしょう。
そういえば、先日、はNHKの「クローズアップ現代」でモーツァルトが取り上げられてもいました。
この一年は、モーツァルト・ブームで湧くかもしれませんね。
15年前も、モーツァルト・イヤーでした。没後200年だったですな。
レコード各社が競って、モーツァルトのCDを編集・再発してましたっけ・・・・・・・。バブル経済の名残の頃でした。
今日のCDはその中の1枚。モーツァルトのセレナード集。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏を集めたもの。
録音年代はさまざまだが、すべて1980年代、カラヤン最晩年のデジタル録音。
演奏は、まさにカラヤンチックとでも云おうか。
音楽に厚みがあって快速・流麗なモーツァルト。
レガート奏法が炸裂した、優美きわまりないモーツァルト。
曲目は全部で3曲。
1 セレナード第13番ト長調K.525「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」
2 セレナード第6番ニ長調K.239「セレナータ・ノットゥルナ」
3 ディベルティメント第15番変ロ長調K.287
カラヤンのモーツァルトはいろいろな批評があって、「だらしないレガート奏法」とか「オケが厚すぎてもたれる」とか、どちらかというとあまり芳しくなかったように思う。当時はアンチ・カラヤンも多かったから仕方ないか。
ところが、今聴き直してみると、リズムは結構キビキビしていて、実に心地よい。カラヤンの年齢を考えると、これは凄いことなんじゃないか。
カラヤンは昔からカラヤンで、死ぬまでカラヤン、最後までカラヤンだったのだ・・・・・。
レガートは美しさの極み。弦楽器の滑らかな響きに、頬を撫でられるような快感がある。スケールも十分。オケの厚みが気持ちよい。モーツァルトだから小編成って訳でもないだろうし、第一ベルリン・フィルの音色が非常に綺麗。これを聴くのは快感。
「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」は颯爽としているし、合奏は見事なもんだと思う。
「セレナータ・ノットゥルナ」はソロ・ヴァイオリンを受け持つコンサート・マスターのトマス・ブランディスが素晴らしい。ヴィブラートを聴かせたヴァイオリンの音色は、セクシーでさえある。コントラバスのライナー・ツェペリッツの低音も実に締まりが良い。
そして、ディベルティメントK.287の第4楽章アダージョ!
最高にゴージャスな弦楽アンサンブルが聴ける。
ああ、贅沢なひととき。
この響き、今のBPOからは聴けないような気がします。
さて、妻はクラシックを全く聴きませんが、今夜は二人してモーツァルトを聴こうと思います。
2006/01/26のBlog
[ 05:52 ]
[ 交響曲 ]
日中は陽射しが明るく、暖かい冬の日でありました。
寒さもあと少しかなと思っていたら、2月の長期予報はまた寒いらしい・・・・・やれやれ。
ここのところ、暖冬続きだったが、どうもこの冬はずっと寒いらしいですな(^^ゞ。
さて、連日のベートーヴェンです。
今日は交響曲第5番 Op.67「運命」。
オットー・クレンペラー指揮ウィーン・フィルの演奏。Testamentレーベルから出ている「クレンペラー&ウィーン・フィルBOX」(8枚組)からの1枚で、1968年5月26日の演奏会のライブ録音。
40年近く前のライヴなので、ハッキリ言って音は貧しい。鑑賞に堪えないというほどではないが、もう少し高音の伸びがあってもイイかなと思う。反面、低音は豊かで、ズシンと来るところがある。
演奏は、もうクレンペラー的と云うしかない、巨大な演奏。
悠揚迫らぬテンポ、息の深いフレージング。
巨人がズシンズシンと足音を響かせながら、ゆったりと歩みを進めてゆく・・・・・そんな感じの演奏。
第1楽章冒頭からして、スケール雄大。あの「ジャ・ジャ・ジャ・ジャーン」が大きく弧を描いてゆったりと響く。ふつうは、どんどん畳み込んでゆくところでも、クレンペラーは決して急がない。
古典的というべきなのか、これぞ19世紀的というべきなのか。
しかし、クレンペラーのテンポで聴くと、この交響曲が、実に巨大で宇宙的な広がりを持った音楽なのだということが分かる。
第2楽章も素晴らしい。いろいろな楽器がよく鳴っている。録音は貧しいのに、オケの面々が、どんなことをしているのかよく分かる音楽づくり。くっきりと楽器を響かせているのだろう。
木管群の音色が味わい深い。録音のせいか(高音が少し弱い)、ウィーン・フィルの音色が、実にしみじみとした音色。鮮烈な輝きというより深みを感じさせる。
オケは両翼配置、中央部の低音がことのほか重厚に響く。
第3楽章から終曲までも、テンポは一貫して変わらない。かえって遅くなってゆくような気さえする。もう、巨大と云うしかない指揮ぶり。オケもよくついているが、最後の方ではかなりアンサンブルが乱れている。
でも、そんな乱れを吹き飛ばす壮大な盛り上がり。しかも、造形は要塞のように堅固で、またクールなところもある。第3楽章などゾクッとする気品さえ漂うのだから、クレンペラーはやはり凄いなと思う。
ウィーン・フィルが、重厚で落ち着きある音色で、素晴らしいです。
輝くばかりの弦楽、という現代的な音ではないんですが、深々として逞しく、ああ、イイ音楽を聴いたなと実感させられます。
寒さもあと少しかなと思っていたら、2月の長期予報はまた寒いらしい・・・・・やれやれ。
ここのところ、暖冬続きだったが、どうもこの冬はずっと寒いらしいですな(^^ゞ。
さて、連日のベートーヴェンです。
今日は交響曲第5番 Op.67「運命」。
オットー・クレンペラー指揮ウィーン・フィルの演奏。Testamentレーベルから出ている「クレンペラー&ウィーン・フィルBOX」(8枚組)からの1枚で、1968年5月26日の演奏会のライブ録音。
40年近く前のライヴなので、ハッキリ言って音は貧しい。鑑賞に堪えないというほどではないが、もう少し高音の伸びがあってもイイかなと思う。反面、低音は豊かで、ズシンと来るところがある。
演奏は、もうクレンペラー的と云うしかない、巨大な演奏。
悠揚迫らぬテンポ、息の深いフレージング。
巨人がズシンズシンと足音を響かせながら、ゆったりと歩みを進めてゆく・・・・・そんな感じの演奏。
第1楽章冒頭からして、スケール雄大。あの「ジャ・ジャ・ジャ・ジャーン」が大きく弧を描いてゆったりと響く。ふつうは、どんどん畳み込んでゆくところでも、クレンペラーは決して急がない。
古典的というべきなのか、これぞ19世紀的というべきなのか。
しかし、クレンペラーのテンポで聴くと、この交響曲が、実に巨大で宇宙的な広がりを持った音楽なのだということが分かる。
第2楽章も素晴らしい。いろいろな楽器がよく鳴っている。録音は貧しいのに、オケの面々が、どんなことをしているのかよく分かる音楽づくり。くっきりと楽器を響かせているのだろう。
木管群の音色が味わい深い。録音のせいか(高音が少し弱い)、ウィーン・フィルの音色が、実にしみじみとした音色。鮮烈な輝きというより深みを感じさせる。
オケは両翼配置、中央部の低音がことのほか重厚に響く。
第3楽章から終曲までも、テンポは一貫して変わらない。かえって遅くなってゆくような気さえする。もう、巨大と云うしかない指揮ぶり。オケもよくついているが、最後の方ではかなりアンサンブルが乱れている。
でも、そんな乱れを吹き飛ばす壮大な盛り上がり。しかも、造形は要塞のように堅固で、またクールなところもある。第3楽章などゾクッとする気品さえ漂うのだから、クレンペラーはやはり凄いなと思う。
ウィーン・フィルが、重厚で落ち着きある音色で、素晴らしいです。
輝くばかりの弦楽、という現代的な音ではないんですが、深々として逞しく、ああ、イイ音楽を聴いたなと実感させられます。
2006/01/25のBlog
[ 04:39 ]
[ 交響曲 ]
Doblogのメンテナンスは、予告の時間通り終了。
少し軽くなったような気がします。
他のブログに比べて機能は少ないようですが、サクサク閲覧できるのはエエことです。
この調子で、軽いブログであって欲しいんです。
さて、今日はベートーヴェンの交響曲第2番ニ長調作品36を。
クラウディオ・アバド指揮ウィーン・フィルの演奏で。
1987年2月、ムジークフェラインザールでの録音。アバド/VPOの全集からの1枚。
ベートーヴェンの9つの交響曲、最もよく聴くのが「田園」、そして7番・「英雄」・「合唱」・「運命」あたり。1・2・4・8番はそれに比べると聴く回数が少なく、特に8番は最も少ないかな。
中年を過ぎて、ベートーヴェン若書きの交響曲をよく聴くようになった。1・2番あたりは最近の好みで、色々取り出しては聴いてみる。
特に第2番の、覇気に満ちた曲想、胸がすくようなスカッとしたオーケストレーションは聴いていて面白い。とても元気が出るなぁ。
この交響曲第2番は、しかしベートーヴェンが不幸な境遇にあったときに作曲されたものだったらしい。
聴覚の異常に見舞われ、月光ソナタを捧げた女性への失恋もあって(ジュリエッタ・グィチャルディ?)、例のハイリゲンシュタットの遺書になる・・・・。
まさに失意の日々だったのだが、この曲にはその影が微塵もない。
青春の輝きというか、春風駘蕩というか、清新の気に溢れた歌が聴ける。
これは、青年のロマンだろう。
アバドとウィーン・フィルは、その青年の憧れと歌とに満ちたこの交響曲を、全く輝かしいものに仕上げてゆく。
造形は古典的、リズム感が良く、ソロ楽器の受け渡しやフレージングは実にしなやか。元気ハツラツ、フレッシュな若者の音楽になっている。
弦がとにかく素晴らしい。ヴァイオリンの音色が鮮やかで、特に高音部はとてもしなやかで色気さえ漂う。若い女性の青みがかったセクシーさとでも云おうか(^^ゞ。
金管がまた良い。ホルンの響きがよく伸びて、朗々と歌うところなど、これぞウィーン・フィルと言いたいところ。
木管も負けてはいない。フルートやオーボエはウィーン・フィルの名手たちのテクニックが素晴らしい。特にイイのがクラリネット。第1楽章第2主題では、美しい音色でしみじみ聴かせてくれる。
アバドのベートーヴェン全集は、最近のベルリン・フィル盤も面白かったんです。
が、やはりオケのしなやかな魅力では旧盤の方が良いかな。
それに、ボク自身がまだベーレンライター版よりも古いスタイルの方が性に合うので、アバドについては旧盤に軍配を上げましょうか。
録音もエエです。ステージ奥の方に余韻が消えてゆく様が見えます。
これ、とっても綺麗(^-^)。
少し軽くなったような気がします。
他のブログに比べて機能は少ないようですが、サクサク閲覧できるのはエエことです。
この調子で、軽いブログであって欲しいんです。
さて、今日はベートーヴェンの交響曲第2番ニ長調作品36を。
クラウディオ・アバド指揮ウィーン・フィルの演奏で。
1987年2月、ムジークフェラインザールでの録音。アバド/VPOの全集からの1枚。
ベートーヴェンの9つの交響曲、最もよく聴くのが「田園」、そして7番・「英雄」・「合唱」・「運命」あたり。1・2・4・8番はそれに比べると聴く回数が少なく、特に8番は最も少ないかな。
中年を過ぎて、ベートーヴェン若書きの交響曲をよく聴くようになった。1・2番あたりは最近の好みで、色々取り出しては聴いてみる。
特に第2番の、覇気に満ちた曲想、胸がすくようなスカッとしたオーケストレーションは聴いていて面白い。とても元気が出るなぁ。
この交響曲第2番は、しかしベートーヴェンが不幸な境遇にあったときに作曲されたものだったらしい。
聴覚の異常に見舞われ、月光ソナタを捧げた女性への失恋もあって(ジュリエッタ・グィチャルディ?)、例のハイリゲンシュタットの遺書になる・・・・。
まさに失意の日々だったのだが、この曲にはその影が微塵もない。
青春の輝きというか、春風駘蕩というか、清新の気に溢れた歌が聴ける。
これは、青年のロマンだろう。
アバドとウィーン・フィルは、その青年の憧れと歌とに満ちたこの交響曲を、全く輝かしいものに仕上げてゆく。
造形は古典的、リズム感が良く、ソロ楽器の受け渡しやフレージングは実にしなやか。元気ハツラツ、フレッシュな若者の音楽になっている。
弦がとにかく素晴らしい。ヴァイオリンの音色が鮮やかで、特に高音部はとてもしなやかで色気さえ漂う。若い女性の青みがかったセクシーさとでも云おうか(^^ゞ。
金管がまた良い。ホルンの響きがよく伸びて、朗々と歌うところなど、これぞウィーン・フィルと言いたいところ。
木管も負けてはいない。フルートやオーボエはウィーン・フィルの名手たちのテクニックが素晴らしい。特にイイのがクラリネット。第1楽章第2主題では、美しい音色でしみじみ聴かせてくれる。
アバドのベートーヴェン全集は、最近のベルリン・フィル盤も面白かったんです。
が、やはりオケのしなやかな魅力では旧盤の方が良いかな。
それに、ボク自身がまだベーレンライター版よりも古いスタイルの方が性に合うので、アバドについては旧盤に軍配を上げましょうか。
録音もエエです。ステージ奥の方に余韻が消えてゆく様が見えます。
これ、とっても綺麗(^-^)。
2006/01/24のBlog
[ 04:39 ]
[ 管弦楽曲 ]
今日はDoblogのメンテナンスの日です。
14時から18時まで閲覧等が出来なくなる模様です。
お読みいただいている皆様にはご迷惑をおかけします。
さて、今日は勇壮な管弦楽曲を。
R・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」作品40。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏。Vnソロはコンサート・マスターのレオン・シュピーラー。
1985年2月、ベルリンのフィルハーモニーでの録音。DG盤。
カラヤンとしては実に3回目の録音。1回目は1958年(DG)、2回目は1974年(EMI)、そしてこの演奏。オーケストラはいずれもベルリン・フィル。1・2回目のVnソロはコンマスのミシェル・シュヴァルベだった。
1回目の録音は未聴だが、2回目のEMI盤はレコードでよく聴いていた。ゴージャスで豪壮華麗、絢爛たるオーケストラ絵巻とでも言いたくなるような、ものの見事な演奏で、カラヤンこそ最高のR・シュトラウス指揮者だとボクは確信したものだ。
この3回目の演奏でも、その印象は変わらない。
ただ、この録音の時、思えばカラヤンの晩年であった。
そのせいか、音楽の作り方に強引な盛り上げやあざとい演出が消えて、カラヤンがオケの面々に任せて自発性を尊重しているようなフシがある。
天下の銘器、ベルリン・フィルのソロはどの楽器もメチャクチャ上手い。
トゥッティの厚みたるや、まさにR・シュトラウス。雄渾で強靱、骨太なのに艶やか、エロスの香りさえ漂うマスの響き。
冒頭のチェロやコンバスからして、もうドイツの重厚さ。この部分では、カラヤンにしては珍しく感情的な思い入れが感じられる(カラヤンは、純音楽的な指揮者で、そう感情的になる指揮者ではなかったと思うので)。
ソロ・ヴァイオリンのレオン・シュピーラーはやや細身の音で、細かなところまで弾き込んでゆく感じ。少々神経質なところも感じるのだが、細部までこだわる繊細さでは、シュヴァルベより上じゃなかろうか。
このシュピーラーのソロが縦横に活躍する「英雄の伴侶」の部分が、最も聴きものなのかもしれない。
後半部では、金管の強烈で逞しい響きが気持ちよい。スポーツ的な快感さえ感じる。スカッとする演奏。
スケールはますます雄大になり、ベルリン・フィルの圧倒的合奏力で、ものすごい盛り上がりを見せる。重厚で輝かしいオケの音、やはり世界最高のオーケストラと云うべきか。
ここまでゴージャスな演奏、そうは思い当たらない。こってりと脂のよく乗ったステーキで満腹になってしまいました・・・・そんな感じ。
カラヤン/ベルリン・フィル・・・・スゴイです。
さて、今日のメンテナンス・・・・・。
前回のメンテナンスでかなり軽くなりましたので、今回も期待しています。
その前のメンテナンスで、アダルトTBをシャットアウトしてくれるようになりました。
これは良かった。毎日毎日、「~待ってます」だの「お願い、見てね」だの、たまらんかったからなぁ・・・・。ええ加減にせえよ・・・・・という気分でありました。
だから、今回も期待してます。
このブログサービスは、数あるサービスの中で、マイナーな方だと思うんですがね。大手と比較して、ここは人口も少ないんじゃないかと思います。
でも、頑張ってね、Doblogさん。
今さら引っ越すのも面倒ですので。。。(^^ゞ
14時から18時まで閲覧等が出来なくなる模様です。
お読みいただいている皆様にはご迷惑をおかけします。
さて、今日は勇壮な管弦楽曲を。
R・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」作品40。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏。Vnソロはコンサート・マスターのレオン・シュピーラー。
1985年2月、ベルリンのフィルハーモニーでの録音。DG盤。
カラヤンとしては実に3回目の録音。1回目は1958年(DG)、2回目は1974年(EMI)、そしてこの演奏。オーケストラはいずれもベルリン・フィル。1・2回目のVnソロはコンマスのミシェル・シュヴァルベだった。
1回目の録音は未聴だが、2回目のEMI盤はレコードでよく聴いていた。ゴージャスで豪壮華麗、絢爛たるオーケストラ絵巻とでも言いたくなるような、ものの見事な演奏で、カラヤンこそ最高のR・シュトラウス指揮者だとボクは確信したものだ。
この3回目の演奏でも、その印象は変わらない。
ただ、この録音の時、思えばカラヤンの晩年であった。
そのせいか、音楽の作り方に強引な盛り上げやあざとい演出が消えて、カラヤンがオケの面々に任せて自発性を尊重しているようなフシがある。
天下の銘器、ベルリン・フィルのソロはどの楽器もメチャクチャ上手い。
トゥッティの厚みたるや、まさにR・シュトラウス。雄渾で強靱、骨太なのに艶やか、エロスの香りさえ漂うマスの響き。
冒頭のチェロやコンバスからして、もうドイツの重厚さ。この部分では、カラヤンにしては珍しく感情的な思い入れが感じられる(カラヤンは、純音楽的な指揮者で、そう感情的になる指揮者ではなかったと思うので)。
ソロ・ヴァイオリンのレオン・シュピーラーはやや細身の音で、細かなところまで弾き込んでゆく感じ。少々神経質なところも感じるのだが、細部までこだわる繊細さでは、シュヴァルベより上じゃなかろうか。
このシュピーラーのソロが縦横に活躍する「英雄の伴侶」の部分が、最も聴きものなのかもしれない。
後半部では、金管の強烈で逞しい響きが気持ちよい。スポーツ的な快感さえ感じる。スカッとする演奏。
スケールはますます雄大になり、ベルリン・フィルの圧倒的合奏力で、ものすごい盛り上がりを見せる。重厚で輝かしいオケの音、やはり世界最高のオーケストラと云うべきか。
ここまでゴージャスな演奏、そうは思い当たらない。こってりと脂のよく乗ったステーキで満腹になってしまいました・・・・そんな感じ。
カラヤン/ベルリン・フィル・・・・スゴイです。
さて、今日のメンテナンス・・・・・。
前回のメンテナンスでかなり軽くなりましたので、今回も期待しています。
その前のメンテナンスで、アダルトTBをシャットアウトしてくれるようになりました。
これは良かった。毎日毎日、「~待ってます」だの「お願い、見てね」だの、たまらんかったからなぁ・・・・。ええ加減にせえよ・・・・・という気分でありました。
だから、今回も期待してます。
このブログサービスは、数あるサービスの中で、マイナーな方だと思うんですがね。大手と比較して、ここは人口も少ないんじゃないかと思います。
でも、頑張ってね、Doblogさん。
今さら引っ越すのも面倒ですので。。。(^^ゞ
2006/01/23のBlog
[ 05:35 ]
[ 交響曲 ]
忙しいですな。
せめて休日くらい、肉体も精神ものんびりしたいもんです。
四国の週末、土曜は大変な寒さでしたが、日曜日は陽射しが暖かかったですな。
さて、シベリウスの交響曲を今日も聴いています。
交響曲第1番ホ短調作品39。
パーヴォ・ベルグルンド指揮ヘルシンキ・フィルの演奏。1986年5月、ヘルシンキ文化ホールでの録音。
ベルグルンド2度目のシベリウス全集からの1枚。彼はボーンマス響と1回目を、ヨーロッパ室内管と3度目の全集を録音している、まさにシベリウスのスペシャリスト。
ボーンマス響との演奏は聴いたことがないのだが、交響曲第1番に関しては、ヨーロッパ室内管と録音した純度の高い、研ぎ澄まされた演奏よりも、今日エントリーする2度目のヘルシンキ・フィル盤の方が、オケの厚みがあって良いんじゃないかと思っている。
それに、ロマンの味わいを残しているこの交響曲らしさが出ているんじゃないかと思う。
シベリウスの交響曲第1番は、19世紀末に書かれた作品で、作曲家は当時34歳。チャイコフスキーの影響が強いと云われているが、すでにシベリウスらしさは出ていると思う。
もちろん国民楽派に共通する、独特の民族臭があるのだが、それもこの交響曲の魅力だろうと思う。
昨日聴いたバルビローリに比べると、ベルグルンドの演奏は、豪快でかつ緻密。
交響曲として、立派な演奏であります。
第1楽章アンダンテ・マ・ノン・トロッポ~アレグロ・エネルジーコ。冒頭から、ストリングスの響きが引き締まって、非常にクール。冷涼な響きをたたえて、いかにもシベリウス的。さすがベルグルンド、ボクは単細胞なので、もう最初からすっかりベルグルンドの棒に魅せられてしまう。フィンランドの自然の風景が刻々と変化してゆく、そのさまを描き出したような演奏。
情景描写のようでいて、実は作曲家の心象風景のような・・・・そんな感じ。
第2楽章アンダンテ。ここでもヘルシンキ・フィルの音色は派手ではないが、エネルギー感は充実していて、厚みがある。響きは通してクール。冒頭の木管群の掛け合いは、北欧の自然描写か、帝政ロシア圧政下のフィンランド人の嘆きか。響きが冷たいので、その声が一層悲痛に響く。
第3楽章はスケルツォ。ティンパニの強調が勇壮な音楽をつくり出す。行進曲風の音楽が、空々しく響かないのはさすがベルグルンド。
それにしても、ティンパニの音はイイ。ずしっと腹にこたえたり、ステージの奥の方でオケ全体をグッと支えたり、素晴らしい奏者だと思う。
金管もここでは解放されて、爽快な響き。
第4楽章のフィナーレはクワジ・ウナ・ファンタジア。「幻想曲風に」と指定されている。リズムや旋律が、ややチャイコフスキー的。楽器の扱いも似ている感じ・・・・と素人考えだが、そう思う。ただ、息の長い旋律が出てくると、ああ、やはりシベリウス。この響きは、後年のシベリウスそのものだなぁと思う。
ベルグルンドの棒の冴えはもちろん、ヘルシンキ・フィルもいよいよ好演。あまり録音がないが(というより、我が家にはほとんどシベリウスしかないのだが)、大変巧いオケだなと思います。
せめて休日くらい、肉体も精神ものんびりしたいもんです。
四国の週末、土曜は大変な寒さでしたが、日曜日は陽射しが暖かかったですな。
さて、シベリウスの交響曲を今日も聴いています。
交響曲第1番ホ短調作品39。
パーヴォ・ベルグルンド指揮ヘルシンキ・フィルの演奏。1986年5月、ヘルシンキ文化ホールでの録音。
ベルグルンド2度目のシベリウス全集からの1枚。彼はボーンマス響と1回目を、ヨーロッパ室内管と3度目の全集を録音している、まさにシベリウスのスペシャリスト。
ボーンマス響との演奏は聴いたことがないのだが、交響曲第1番に関しては、ヨーロッパ室内管と録音した純度の高い、研ぎ澄まされた演奏よりも、今日エントリーする2度目のヘルシンキ・フィル盤の方が、オケの厚みがあって良いんじゃないかと思っている。
それに、ロマンの味わいを残しているこの交響曲らしさが出ているんじゃないかと思う。
シベリウスの交響曲第1番は、19世紀末に書かれた作品で、作曲家は当時34歳。チャイコフスキーの影響が強いと云われているが、すでにシベリウスらしさは出ていると思う。
もちろん国民楽派に共通する、独特の民族臭があるのだが、それもこの交響曲の魅力だろうと思う。
昨日聴いたバルビローリに比べると、ベルグルンドの演奏は、豪快でかつ緻密。
交響曲として、立派な演奏であります。
第1楽章アンダンテ・マ・ノン・トロッポ~アレグロ・エネルジーコ。冒頭から、ストリングスの響きが引き締まって、非常にクール。冷涼な響きをたたえて、いかにもシベリウス的。さすがベルグルンド、ボクは単細胞なので、もう最初からすっかりベルグルンドの棒に魅せられてしまう。フィンランドの自然の風景が刻々と変化してゆく、そのさまを描き出したような演奏。
情景描写のようでいて、実は作曲家の心象風景のような・・・・そんな感じ。
第2楽章アンダンテ。ここでもヘルシンキ・フィルの音色は派手ではないが、エネルギー感は充実していて、厚みがある。響きは通してクール。冒頭の木管群の掛け合いは、北欧の自然描写か、帝政ロシア圧政下のフィンランド人の嘆きか。響きが冷たいので、その声が一層悲痛に響く。
第3楽章はスケルツォ。ティンパニの強調が勇壮な音楽をつくり出す。行進曲風の音楽が、空々しく響かないのはさすがベルグルンド。
それにしても、ティンパニの音はイイ。ずしっと腹にこたえたり、ステージの奥の方でオケ全体をグッと支えたり、素晴らしい奏者だと思う。
金管もここでは解放されて、爽快な響き。
第4楽章のフィナーレはクワジ・ウナ・ファンタジア。「幻想曲風に」と指定されている。リズムや旋律が、ややチャイコフスキー的。楽器の扱いも似ている感じ・・・・と素人考えだが、そう思う。ただ、息の長い旋律が出てくると、ああ、やはりシベリウス。この響きは、後年のシベリウスそのものだなぁと思う。
ベルグルンドの棒の冴えはもちろん、ヘルシンキ・フィルもいよいよ好演。あまり録音がないが(というより、我が家にはほとんどシベリウスしかないのだが)、大変巧いオケだなと思います。
2006/01/22のBlog
[ 03:05 ]
[ 交響曲 ]
ああ、寒いですね・・・・・。って、毎日こればかりですが(^^ゞ。
寒い日にはシベリウスです。
部屋を暖かくして聴きましょう。
で、今日はシベリウスの交響曲第3番ハ長調op.52。
ジョン・バルビローリ指揮ハレ管弦楽団の演奏。1969年5月、キングズウェイ・ホールでの録音。
バルビローリが1966~70年にかけて録音したシベリウス交響曲全集からの1枚。この輸入盤全集には管弦楽曲集も収められているのがイイ。
バルビローリの音楽は、いつも戸惑い、立ち止まり、ためらう。
このシベリウス全集も、作曲家への愛情や深い共感に満ちているとともに、バルビローリの個性が加わって、素晴らしい演奏になっている。
滋味深く、柔らかく、一瞬一瞬に聴くべきものがある演奏・・・・。
第1楽章アレグロ・モデラートの歩みの遅さ。ちっともアレグロではなく、じっくりと音を積み重ねてゆく感じ。時にもたれるような遅さの中に、バルビローリの音楽の、良い意味での「甘ったるさ」を感じる。
ホルンの響きがあまりヒロイックにならず、柔らかい甘さをたたえて優しく響くのは、バルビローリならでは。
他の演奏だと、ちょいとキツイ感じになるのに、バルビローリの演奏は、優しいまなざしに貫かれている。そこを好きになると、もうバルビローリ節のとりこになってしまう。
第2楽章アンダンテ・コン・モート。この交響曲の最も美しいところ。いや、シベリウスの交響曲の中で最も抒情的な楽章かもしれない。
この美しい旋律に満ちた楽章、バルビローリは、泣くように音楽をつくってゆく。歌う、と云うよりは、すすり泣くような感じ。ためらいがちに、伏し目がちに、ヒソヒソと身の上話を進めてゆくように感じるのは、おかしな聴き方かな・・・・(^^ゞ。
木管の重なり方、対話は涙目の会話。
そして、背後で秘かに響く低音楽器。まるで、悲しみの通奏低音のよう。
ああ、何とシベリウスは抒情的作曲家だったのか。
本来、シベリウスはそうではないだろうに、バルビローリで聴くと、抒情になる。
終楽章は機智にに溢れた軽快なフィナーレ。最後にコラールの主題が現れて堂々としたクライマックスをつくってゆく。
ハレ管は全編健闘しているが、アンサンブルはすこし荒い感じ。でも、懸命さは伝わってくる。バルビローリに必死に奉仕する演奏ぶりで、これはこれで美しいと思う。
バルビローリの演奏は、終曲にしては若干重いかなと思うが、暖かい表情と説得力は素晴らしい。
イイ演奏でした。
バルビローリが振るシベリウスは、他の指揮者と全然違います。
とにかく、寒くない。かえって暖かい。
愛情一杯のシベリウスも、こんな寒い日にはエエもんです。
録音はEMIなので、こんなものかなという水準であります。
寒い日にはシベリウスです。
部屋を暖かくして聴きましょう。
で、今日はシベリウスの交響曲第3番ハ長調op.52。
ジョン・バルビローリ指揮ハレ管弦楽団の演奏。1969年5月、キングズウェイ・ホールでの録音。
バルビローリが1966~70年にかけて録音したシベリウス交響曲全集からの1枚。この輸入盤全集には管弦楽曲集も収められているのがイイ。
バルビローリの音楽は、いつも戸惑い、立ち止まり、ためらう。
このシベリウス全集も、作曲家への愛情や深い共感に満ちているとともに、バルビローリの個性が加わって、素晴らしい演奏になっている。
滋味深く、柔らかく、一瞬一瞬に聴くべきものがある演奏・・・・。
第1楽章アレグロ・モデラートの歩みの遅さ。ちっともアレグロではなく、じっくりと音を積み重ねてゆく感じ。時にもたれるような遅さの中に、バルビローリの音楽の、良い意味での「甘ったるさ」を感じる。
ホルンの響きがあまりヒロイックにならず、柔らかい甘さをたたえて優しく響くのは、バルビローリならでは。
他の演奏だと、ちょいとキツイ感じになるのに、バルビローリの演奏は、優しいまなざしに貫かれている。そこを好きになると、もうバルビローリ節のとりこになってしまう。
第2楽章アンダンテ・コン・モート。この交響曲の最も美しいところ。いや、シベリウスの交響曲の中で最も抒情的な楽章かもしれない。
この美しい旋律に満ちた楽章、バルビローリは、泣くように音楽をつくってゆく。歌う、と云うよりは、すすり泣くような感じ。ためらいがちに、伏し目がちに、ヒソヒソと身の上話を進めてゆくように感じるのは、おかしな聴き方かな・・・・(^^ゞ。
木管の重なり方、対話は涙目の会話。
そして、背後で秘かに響く低音楽器。まるで、悲しみの通奏低音のよう。
ああ、何とシベリウスは抒情的作曲家だったのか。
本来、シベリウスはそうではないだろうに、バルビローリで聴くと、抒情になる。
終楽章は機智にに溢れた軽快なフィナーレ。最後にコラールの主題が現れて堂々としたクライマックスをつくってゆく。
ハレ管は全編健闘しているが、アンサンブルはすこし荒い感じ。でも、懸命さは伝わってくる。バルビローリに必死に奉仕する演奏ぶりで、これはこれで美しいと思う。
バルビローリの演奏は、終曲にしては若干重いかなと思うが、暖かい表情と説得力は素晴らしい。
イイ演奏でした。
バルビローリが振るシベリウスは、他の指揮者と全然違います。
とにかく、寒くない。かえって暖かい。
愛情一杯のシベリウスも、こんな寒い日にはエエもんです。
録音はEMIなので、こんなものかなという水準であります。
2006/01/21のBlog
[ 03:57 ]
[ 協奏曲 ]
二十四節気、「大寒」です。
これから2月上旬まで最も寒い時期です。
ホンマに寒い。「大寒」とは、昔の人は、よく言ったもんです。
「節分」までもう一息・・・・節分過ぎれば、四国はぬくくなります。
さて、今日はモーツァルトのピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466。
アルフレート・ブレンデルのピアノ、ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管の演奏。1973年6月、ロンドンでの録音。
今年はモーツァルト・イヤー。生誕250年を記念してのCDが各レーベルから出始めた。このCDは、フィリップスのモーツァルト全集のピアノ協奏曲編(12枚組)からの1枚。
ブレンデルの演奏はLPで愛聴してきたが、この際だからと中古屋で見つけて購入してしまった(^^ゞ。ヘブラーやコープマン、ラベック姉妹の演奏も若干含まれている。
モーツァルトのピアノ協奏曲第20番といえば、彼の協奏曲の中で珍しい短調の作品。モーツァルトの短調作品は、デモーニッシュな音楽が多い。24番のピアノ協奏曲も、交響曲で云えば25番や40番もそうだし、弦楽五重奏の短調作品も独特だ。
第1楽章アレグロ。オケの序奏を経て、やや速めのテンポでブレンデルは弾きはじめる。気迫十分の滑り出し。モーツァルトの暗い感情を表出するようなピアノの動き。そして、いつもの知的なブレンデルとは違って、即興的な感じがする演奏になっている。
もちろん、そこはブレンデルだから、荒々しくなることはなく、逞しい中にも繊細な表情が随所に見える。
カデンツァはブレンデル自身の作品。鮮やかなピアニズムを聴かせてくれるし、味わいも深く素晴らしい。
第2楽章はロマンツェ。ブレンデルの演奏は、特に音色が美しく、決して派手にならない奥ゆかしいもの。穏やかで、静謐な感情が流れてゆく。しかし、この楽章は長調の緩徐楽章なのに、淋しさがまとわりつくような感じになる。
その揺れる動く感情、そこはかとなく漂う寂寥感を、ブレンデルのピアノは上品に描き出して止まない。
ああ、良いピアノだな。
マリナーの演奏も、ブレンデルにそっと寄り添って見事なもの。
そして、この楽章中間部の激烈な表情は、また静謐さとは対照的。激しい感情の吐露が聴ける。ここではオケも痛切な響きを作り出して名演。
終楽章ロンドはアレグロ・アッサイ。オケもピアノも速めのテンポで、モーツァルトの抑えきれない感情の高まりを描いてゆく。
ブレンデルのピアノは細かな動きのところまでよく神経が通ったデリケートなもの。ホンマにいつ聴いても美しく端正だと思う。
音色も、ベージュがかったような白さ。暖かみのある音色で好ましい。これはフィリップス録音の美しさなのかもしれないが・・・・。
ブレンデルが手管の限りを尽くして美しく仕上げているのに大して、マリナーはやや強引なところがある終楽章。チョイと惜しかったかな・・・・。
これからゆっくり、ブレンデルのピアノで、モーツァルトを聴き直していこうと思います。20番台はもちろん大好きなんですが、10番台も勉強しなくちゃね。
これから2月上旬まで最も寒い時期です。
ホンマに寒い。「大寒」とは、昔の人は、よく言ったもんです。
「節分」までもう一息・・・・節分過ぎれば、四国はぬくくなります。
さて、今日はモーツァルトのピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466。
アルフレート・ブレンデルのピアノ、ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管の演奏。1973年6月、ロンドンでの録音。
今年はモーツァルト・イヤー。生誕250年を記念してのCDが各レーベルから出始めた。このCDは、フィリップスのモーツァルト全集のピアノ協奏曲編(12枚組)からの1枚。
ブレンデルの演奏はLPで愛聴してきたが、この際だからと中古屋で見つけて購入してしまった(^^ゞ。ヘブラーやコープマン、ラベック姉妹の演奏も若干含まれている。
モーツァルトのピアノ協奏曲第20番といえば、彼の協奏曲の中で珍しい短調の作品。モーツァルトの短調作品は、デモーニッシュな音楽が多い。24番のピアノ協奏曲も、交響曲で云えば25番や40番もそうだし、弦楽五重奏の短調作品も独特だ。
第1楽章アレグロ。オケの序奏を経て、やや速めのテンポでブレンデルは弾きはじめる。気迫十分の滑り出し。モーツァルトの暗い感情を表出するようなピアノの動き。そして、いつもの知的なブレンデルとは違って、即興的な感じがする演奏になっている。
もちろん、そこはブレンデルだから、荒々しくなることはなく、逞しい中にも繊細な表情が随所に見える。
カデンツァはブレンデル自身の作品。鮮やかなピアニズムを聴かせてくれるし、味わいも深く素晴らしい。
第2楽章はロマンツェ。ブレンデルの演奏は、特に音色が美しく、決して派手にならない奥ゆかしいもの。穏やかで、静謐な感情が流れてゆく。しかし、この楽章は長調の緩徐楽章なのに、淋しさがまとわりつくような感じになる。
その揺れる動く感情、そこはかとなく漂う寂寥感を、ブレンデルのピアノは上品に描き出して止まない。
ああ、良いピアノだな。
マリナーの演奏も、ブレンデルにそっと寄り添って見事なもの。
そして、この楽章中間部の激烈な表情は、また静謐さとは対照的。激しい感情の吐露が聴ける。ここではオケも痛切な響きを作り出して名演。
終楽章ロンドはアレグロ・アッサイ。オケもピアノも速めのテンポで、モーツァルトの抑えきれない感情の高まりを描いてゆく。
ブレンデルのピアノは細かな動きのところまでよく神経が通ったデリケートなもの。ホンマにいつ聴いても美しく端正だと思う。
音色も、ベージュがかったような白さ。暖かみのある音色で好ましい。これはフィリップス録音の美しさなのかもしれないが・・・・。
ブレンデルが手管の限りを尽くして美しく仕上げているのに大して、マリナーはやや強引なところがある終楽章。チョイと惜しかったかな・・・・。
これからゆっくり、ブレンデルのピアノで、モーツァルトを聴き直していこうと思います。20番台はもちろん大好きなんですが、10番台も勉強しなくちゃね。