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クラシック音楽のひとりごと
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2006/02/05のBlog
立春であります。春であります。
しかし、四国伊予路は厳しい冷え込みでした。全国的に寒かったようです。

松山では椿神社(正式名称は伊予豆比古命神社)で「椿まつり」が行われています。毎年、寒さが一番厳しい頃に開かれる祭りなのですが、大勢の参拝客で賑わいます。
この椿さんが終わると伊予路に春が来るんです。
寒気の中で、しかし陽射しは春の陽光でした。

さあ、春。

そこで、今日、取り出したのは「春」。
ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ長調作品24「春」です。

ヴァイオリンはイツァーク・パールマン、ピアノはヴラディーミル・アシュケナージ。
1974年6月、ロンドンでのDECCA録音。まだ若い頃のパールマンとアシュケナージの黄金デュオが奏でる春の旋律に身を浸そうと・・・・(^-^)。

このソナタは、1800年頃の作曲。イ短調のVnソナタ(作品23)とセットでウィーン在住のフライズ・モリツ公爵に献呈たもの。
この時、ベートーヴェンは30歳。
若々しい情熱と希望と勇気とに満ちていた頃の作曲家を象徴するような、彼の作品の中でも、夢見るような美しい旋律が印象的なソナタであり、言わば青春の音楽でもあります。
まさに春にふさわしい名曲。

演奏も、若々しく颯爽としていて気持ちいい。
可愛らしい、優美な旋律が第1楽章から鮮やかに歌われてゆく。

パールマンのヴァイオリンがとにかく美音。流麗で柔らかく、高音部などふるいつきたくなるような魅力に溢れている。そして、弱音での繊細さ。
羽毛で頬を撫でられるような錯覚に陥る。優しくフワッと、気持ちよいことこの上ない。フォルティシモからピアニシモまで、ダイナミックレンジは広いし、しかもどの音も濁らないのだから、凄いテクニックだなぁと思う。
徹底して美しい音色で勝負している感じ。
(まあ、「春」だから、精神性だの神秘性だのはあまり関係ないか?)

アシュケナージのピアノも、パールマンに合わせて優美で繊細。
いつもの、透明なクリスタルガラスのような青白い音色ではなく、頬にうっすらと紅を差したような、やや上気したような音色。薄いピンク色の音。
そして、柔らかく美しい。

ひょっとしたら、録音の加減で、こういう音色になったのかもしれないが、それにしても綺麗なピアノだ。
(ヴァイオリン・ソナタは、クラシック音楽の録音の中で最も難しいジャンルだと、以前レコ芸で読んだことがある。鍵盤楽器と弦楽器、両者ともを美しく録ろうとするのは無理なのだと書いてあった)。

フォルティシモでも威圧感などはなく、しっかりと剛毅な響きをつくりだすところもイイ。

パールマンとアシュケナージ、両者のアンサンブルも見事。緊密と言うより、お互いの気持ちを尊重し合いながら仲良く合わせている感じがする。和気藹々といった雰囲気の演奏。
ベートーヴェンのソナタだから、ヴァイオリンとピアノが対等に拮抗するところもあって良いんじゃないかと思うのだが・・・・・、まあ、せっかくの立春、こういう楽しい演奏もエエなぁと思いつつ楽しみました。

30年以上前の録音なので、現代の室内楽録音に比べると少し古ぼけてきた感は否めませんが、この流麗で美音の洪水、この二人でなくてはなかなかこうはイキマセンな。
名盤だと思います。
2006/02/04のBlog
節分を迎えて、伊予路では急に気温が下がりました。
梅の開花も遅れそうとのこと・・・・。

我が家では年中行事は欠かしません。きちんと豆まきをしました。
倹約家の妻は「恵方巻き」を作って(スーパーやコンビニでは、どこも380円で揃えていたようだが)、南南東に向かってガブっ。尤も、「恵方巻き」は、年中行事と云うより、売れ行き不振挽回のために海苔業者が仕組んだ商法らしいのだが。バレンタイン・デーなどと同じようなものかな・・・・。

今日は、ハイドンの交響曲第94番ト長調「驚愕」。
コリン・デイヴィス指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1981年11月、コンセルトヘボウでの録音。フィリップスのデジタル初期の録音になる。
デイヴィスによるハイドンのザロモン・セットからの1枚で、フィリップス・スーパー・ベスト100シリーズからのもの。

第1楽章の冒頭から、コンセルトヘボウ管独特の、ほの暗く、しかし暖かい響きが聴ける。ストリングスの柔らかい音色の中に、いつまでも身を浸していたいと思う。デイヴィスの採るテンポは颯爽として快適。スマートで、端正な音楽づくりはいつも通り。古典派らしく、あまりゴテゴテせずにスッキリとしており、心地よく曲が進んでゆく。

第2楽章のアンダンテ。最も有名な楽章。ここでもデイヴィスの指揮は清潔で、格調高く、安心して聴いていられる。テンポも中庸。「ビックリ」のフォルティシモのところでも、極端に音量の変化を要求していないのは、英国紳士の品の良いたしなみか。ティンパニの一撃も上品に感じてしまう。
それよりも、デイヴィスが巧いなぁと思うのは、変奏曲形式のこの楽章を、じっくりと、聴き手に飽きさせずに描き分けてゆくところ。コンセルトヘボウ管のふくよかな響きを生かしながら、それぞれの性格を表出してゆくのは見事だなと思う。

第3楽章はハイドンらしいメヌエット。少しテンポは速めだが、もともと原曲がそういう指定のようだ。木管の響きも柔らかく、チェロやヴィオラの低音楽器の響きも充実している。ピアニシモから徐々に音がスーッと消えてゆく美しさは、このホールならではだと思う。

終楽章はロンド・ソナタ形式のフィナーレ。アレグロのテンポが快適。弦楽器のアンサンブルが実に美しい。ヴィオラの刻みが克明で、しっかり内声部を支えているのもよく分かる。ラスト直前のティンパニもふっくらとした音で好ましい。ああ、いいオケやなぁとしみじみ思う。

デイヴィスのハイドン・シリーズは、1970年代から1980年代初期にかけて次々にリリースされて賞賛を受けていたと思います。このハイドンの成功で、彼はフィリップスの看板指揮者になっていったのではないかと思います。
今聴いても、コンセルトヘボウ管の響きを前面に出して、スッキリと聴かせてくれる名演。このCDでは、「時計」、「軍隊」との組み合わせ。この2曲も実にエエです。

このハイドンとドヴォルザークの後期交響曲集は、デイヴィスとコンセルトヘボウ管の名演として思い出に残ります。あ、ストラヴィンスキーもあったか。

2006/02/03のBlog
ここ数日、伊予路では暖かい日が続いております。
デスクワーク中の、特に日中はほのぼのとして、ウトウトしてしまいそうなくらい(^^ゞ。
少しずつ、春の足音が聞こえております・・・・・・。

さて、今日はブラームス作曲(編曲)のハンガリー舞曲を。

ふだんはオーケストラ版で聴くのが好きなのだが、今日はピアノ連弾版、ラベック姉妹の演奏で聴いた。
1981年、パリの録音。ラベック姉妹が、確かラプソディ・イン・ブルーでデビューして間もなくのものだったと思う。当時、フィリップスが盛んに広告を出していたことを覚えている。姉妹の容姿に釣られて、そのデビュー盤をジャケット買いしてしまった・・・・・いや、ホンマに美人だった・・・・・(^^ゞ
このCDは、昨年、フィリップス・スーパー・ベスト100シリーズで再発された1000円の廉価盤。


音はやや細身で、もう少しファイト!といった感じなのだが、概して聴きやすい。コロコロと転がるようなピアノの音色が美しい。高音部はもう少し冴えてもいいかなとも思うが、2台のピアノをクッキリと捉えるのは難しいのだろう。

連弾の技術は、最高レベル。
ハッとするようなスリリングな場面もあれば、じっくり歌わせる演奏もあり、なかなかラベック姉妹もやるもんだわいと思いつつ、楽しめた。

スピーカー右手に位置する姉のカティアが、左側の妹をよくリードしているなぁと感じる。妹のマリエルは、低音部を担当することが多いのだが、時に慎ましく、時に奔放で面白い。
ピアノ・デュオは、二人のピアニストの息が合ったり、微妙にずれたりするところが面白いのだが、カティアとマリエルは姉妹だけに、呼吸が揃う。少しずれても、意識的にずらしているような感じ。

全体的に、ブラームスの憂愁やハンガリー・ジプシーの哀愁などを感じさせつつ、洗練されたピアノが響いてゆく。時々響くカツンという音には、おきゃんなパリ娘のような雰囲気が出ていて楽しい。尤も、ラベック姉妹はフランスでもスペインとの国境近くの出身らしいが。


ブラームスのハンガリー舞曲集は、もともとピアノ連弾用に書かれ、のちにピアノ独奏用、管弦楽曲に編曲されたという。連弾用は家庭での演奏が前提であったらしいので、このラベック姉妹の演奏はまさに理想的なのかもしれないな。

さて、管弦楽版では誰の演奏で聴こうかな・・・・?
アバド盤・・・・しか持っていないかな・・・・探してみましょう(^-^)。
2006/02/02のBlog
ここのところ、四国は雨です。霧も発生してます。
気温はやや高め。一時の猛烈な寒気はなくなりました。
春の予感・・・・・・・かな?(いや、2月はまだまだ寒いはず・・・・・・(^^ゞ)


今日は、モーツァルトの交響曲第40番ト短調K.550です。

演奏はクラウディオ・アバド指揮ロンドン交響楽団。1980年1月、セント・ジョンズ・スミス・スクウェアでの録音。
発売当時は、アバド初のモーツァルトの交響曲として話題になったもの。
ジャケット写真のアバドが若い。当時47歳。決意を秘めた表情が何ともカッコイイ。
思えば、アバドはこの後ウィーン国立歌劇場を手中に収め、さらにカラヤン没後のベルリン・フィルハーモニーまでわがものにしてゆく・・・・・。

カップリングの「ジュピター」はすでにエントリーしたが、そこでも書いたように、全体的に見通しの良い設計で、もたれない演奏。聴いたあとの爽快感が実に心地よい。

出だしの第1楽章は、ゆったりとした入り方。スッキリ爽やかな冒頭。アバドらしく、旋律をよく歌わせている。ただ、歌、カンタービレに流れることなく、落ち着いた感じがする。抑制が利いているのだろう。「泣き」のモーツァルトではない。
しっとりとした弦の音色がとてもイイ。ロンドン響って、こんなに良いオケだったかな・・・。

第2楽章アンダンテはしみじみとした歌が聴ける。ヴァイオリンはもちろんだが、ヴィオラやチェロなどの比較的地味な楽器がよく歌っていて面白い。アバドはやはりイタリアの指揮者やなぁ。ただ、ここでも落ち着きというか抑制がかかるのがアバドなのであって、だらしなさがない。気品ある演奏と言うべきかな。

第3楽章のメヌエットは緊張感に満ちた素晴らしい演奏。グイグイと聴き手に迫ってくる、いわば切迫感がある。中間部でのホルンが綺麗。ふっくらとした音色も良いのだが、その歌が格調高いんだなぁ。低音を支えるヴィオラやチェロがここでも際だっていて、、迫力を増幅させている。

終楽章のアレグロ・アッサイ。第3楽章までが落ち着いた中庸のテンポだったのに対して、この楽章ではさすがアバドも我慢が出来なかったのか(アバドのことだから計算尽くだとは思うが)、どんどん加速してゆく。その速度感が心地よい。そして、すべての楽器がよく鳴っている。モーツァルトの交響曲というと、ヴァイオリンが旋律を歌って特に目立つのだが、アバドの指揮で聴くと、内声部がとてもよく分かる(聞こえる)。ヴィオラの「刻み」など、はっきり聴き手に伝わる。録音のせいではなく、これこそアバドの個性なのだと思う。


「哀しみのシンフォニー」という愛称でこの交響曲を知りました。
確かに、「迸る哀しみ」を感じさせる名曲だと思います。

アバドの指揮で聴くと、その哀しみが、内側からジワジワ湧いてくるような気がします。上っ面の哀しみではなく、もっと本質的なものがにじみ出してくるような・・・・。

アナログ最後期の、非常に素晴らしい録音であります。
ふくよかで柔らかく、しかも鮮明。
この音を聴いていると、あれからCD録音は進歩したんかいな、と思ってしまいます。
2006/02/01のBlog
今日から如月・・・・・・・・・。
昨日の雨で、少し気温が上昇したかもしれません。
暖かい朝を迎えています。梅のつぼみも膨らんできました。
もう少しで「春」です。

さて、今日はきらびやかな管弦楽曲を。
ムソルグスキー(ラヴェル編)の「展覧会の絵」。

カルロ・マリア・ジュリーニ指揮シカゴ響の演奏。1976年4月録音のDG盤。
ジュリーニにはベルリン・フィルとの再録音盤がCBSソニーにあるが、両者を聴いてみて、シカゴ盤の瑞々しさが気に入っている。BPO盤も良いのだが、長らくシカゴ盤を聴いてきたせいかもしれない。

ジュリーニの指揮で聴くと、「展覧会の絵」がとても格調高くなる。

テンポは遅く、じっくりと進みながら、その中で伸びやかな歌が展開する。
知的で、かつ気品があって、やや取り澄ました表情で・・・・・そして背筋が伸びて颯爽とした演奏になる。
(ジュリーニの演奏は、聴き手に微笑みながら近寄ってくる~バーンスタインのような~ことはないと思う。どちらかというと、澄まし顔の演奏だろうと思うが、その品格が素晴らしいとボクはいつも思う)

しかも、細かなところまで配慮が行き届いていて、常に旋律線は綺麗だし、アンサンブルは鉄壁のシカゴ響。

冒頭のトランペット・ソロはもちろん、名手アドルフ・ハーセスハーセスだろう。巧いの何のって、もう惚れ惚れするしかない。しかも音がデカイ。雄大なスケールで朗々と響く冒頭部分、ココを聴くだけで、この演奏の虜になってしまう。

全体的に金管が非常に巧い。
ホルンもトロンボーンもよく響く。
金管を大きめの音量で録音しているのだろうか、よく分からないが、実によく鳴っている。
(同じくジュリーニ/シカゴのシューベルト「グレート」でも、そのことをボクは感じた。ジュリーニの指示なのかもしれない)
金管がよく揃っていると、ここまでパワーが発揮されるのかとも思う。凄まじい音量。

ラストの「キエフの大門」など、圧倒的な迫力、雄大なスケールで鳴り渡る。
気分良く聴いていると、妻から「今日はいつになくうるさい」と苦情が。
なるほど、音がデカイわけだ。

もっとも、音がデカイだけじゃないのがジュリーニ。
ピアニシモのデリカシー、ニュアンスの多彩さ、哀愁漂う旋律の歌わせ方など、聴きどころが一杯。

1970年代半ば、ジュリーニ全盛期(とボクは思う)の演奏。
この頃、シューベルト・ドヴォルザーク・マーラーの「第9」交響曲を次々にDGに録音したが、これがすべて心に残る名演奏でありました。
この「展覧会の絵」も、いまだに同曲演奏盤の中で屈指の名盤と思います。
2006/01/31のBlog
iPodを買いました。30GBのもの。
売れているんでしょうな、殆ど定価販売のようですね。
近くの電器屋(量販店)には60GBのがなくて(本当はそっちが欲しかったのだが)、仕方ないので30GBで我慢。
この冬、膝を痛めてジョギングが不如意。しばらくサボっております。
再開しなくちゃと思いつつ、寒いしなぁ、足も痛いしなぁと・・・ズルズル来ておりました。
心機一転、散歩・ウォーキング用にiPodを買って(それにしては散財だな)、春に向けて体力増進を期しているわけであります^^。


さて、その使用感。印象。

すでにソフトiTunesはダウンロードしてあったので、どんどんCDを読み込ませていったのだが、これが噂通り速くて実に簡単。
さすがアップル、ユーザーの身になって操作できるソフトだと感心しました。
(マイクロソフトだと、こうはいかないんじゃないか?)
容量も30GBで十分。音楽だけなら、ナンボでも入る感じ。週末にガンガンiPodに入れたのだがまだまだ余裕あり。容量の半分にもならない。当分間に合いそう。

音もそこそこ聴ける。圧縮しているわけだから、かなりヒドイ音になっているんじゃないかと思っていたが、いやいやどうして、結構聴ける。
付属のヘッドフォン(イヤフォン)で聴いているのだが、不満はないなぁ。
もう少し高価なヘッドフォンに替えたら、もっと良くなりそうではある。

何より、シャッフルが面白い。
クラシック音楽だけでなく、J-POPやポピュラー音楽も入っているので、まさに玉石混淆なのだが、次は何が始まるのかワクワクしてしまう。
我ながら単純な脳細胞で、恥ずかしい(^^ゞ。
ウォーキング中、とにかく退屈しない。面白い。

例えば、今朝のシャッフル。
オフコース「メインストリートを突っ走れ」 → モーツァルトのピアノ協奏曲第20番第2楽章 → ビートルズ「ペニーレイン」 → ベルリオーズの幻想交響曲「断頭台への行進」 → 石川さゆり「天城越え」 → ブルックナーの交響曲「ロマンティック」終楽章・・・。

いやはや気持ちよく1時間ほど散歩できました。

朝5時半、四国伊予路は真っ暗でありますが、iPodを友として、体力増進に努めようと思います。
春にはジョギング復活といけるように。


iPod、カーステレオでも聴けます。カセットテープのようなアダプターをつけると再生できます。まずまずの音で(所詮クルマの中ですから)聴けます。
オーディオテクニカ製で2000円程度。
クルマでもシャッフルで遊べそうです(^^ゞ。

PS とりぷるさんのブログで勉強しています。
どうぞ、皆さん、ここをご参照ください。


※とりぷるさんのブログ
Beautiful Sunset



2006/01/30のBlog
丘さんから、バトンを頂戴しておりました。

「お酒バトン」だそうです。
あらあら、ボクは下戸です。酒が呑めません。
やれやれ、どうしたものかと思いつつ書いております(^^ゞ。

1:パソコンもしくは本棚に入ってる『酒』は?

本棚にはCDが沢山入っています。『酒』はありません。
酔っぱらったような演奏のCDは何枚かあります・・・(笑)。ストコフスキーのレコードなんか、とても面白いです。
バッカスの饗宴のような演奏もあります。カルロス・クライバーのベートーヴェンの第7交響曲(VPOとのDG盤)など、何度聴いても凄いなと思います。
HMVのサイトを見ると、ライヴ盤も出たようですね。録音はエエんでしょうか?
(「田園」並みだったら買わんぞい)


2:今、妄想してる『酒』は?

お酒が飲めたらエエなと妄想することがあります。
やはりね、仕事してますといろいろありますのでね、つきあいでも呑めればエエんでしょうが・・・・なかなか・・・・・(^^ゞ


3:最初に出逢った『酒』は?

これは子供の頃に口にしていると思います。日本酒です。
親父が呑兵衛です。さすがに70歳を過ぎてからは、大酒を控えているようですが、一升は軽く呑める人だったですから(晩酌も毎日)。
休日には朝から呑んでました。ということは、一日中、酔っぱらっているわけですな(^^ゞ。
ですから、ボクはその息子ですので、子供の頃には、多分飲まされていると思います(^^ゞ。


4:特別な思い入れのある『酒』は??

「剣菱」。
親父が好きな酒です。いつも褒めてます。本当に美味いそうです。
この名を聞くと、故郷を思い出します。

ボクには味が分かりません。哀しいことです。


5:回す人を5人 
(バトンを廻す人、丘さんがすべて挙げてしまっておられるので、ボクで止まってしまってスミマセン。他の方に頑張っていただきましょう^^)
2006/01/29のBlog
フリッツ・ヴンダーリッヒの絶唱!

クレンペラーの「大地の歌」が素晴らしいのは、指揮者の偉大さはもちろんだが、ヴンダーリッヒの歌唱に依るところが大きいとボクは思う・・・・。

本当に綺麗な声。どこまでも伸びるテノール。若者の瑞々しさや、若者特有の危うさなどがヴンダーリッヒの歌唱からはこぼれてくる。
そして、マーラーらしい、そこはかとなく漂う憂愁・・・・。

第1楽章の「現世の悲しみを歌う酒宴の歌」など、胸が張り裂けんばかりの歌。雄大なスケールの管弦楽に支えられて、ヴンダーリッヒの、天空に突き抜けるような高音が響き渡る。そして、「生は暗く、死もまた暗い」の部分での、ゾッとするような迫力。沈潜するような迫力。

第3楽章の「青春の歌」。マーラーの東洋趣味が表出された旋律もイイが、若者の夢を語るヴンダーリッヒの歌が、やはり素晴らしい。ユーモア、微笑み、憧れ・・・・・いろいろなものが沢山詰まっている。

第5楽章「春の日を酔いて暮らす」では、弾むような歌唱もエエし、クレッシェンドしてゆく部分での声の美しさ、フワッと漂うような美しさがたまらない。

ヴンダーリッヒは、この録音後の966年9月、階段から落ちる事故で亡くなってしまった。享年36歳。夭折。素晴らしい歌手だった。「大地の歌」は彼のベスト・パフォーマンスだったのではないか・・・・・。


もちろん、アルトのルートヴィッヒも十分に美しい。
ただ、ルートヴィッヒの歌唱なら、後年のカラヤン盤の方が綺麗だと思う。
・・・・しかし、第6楽章の「告別」はやはり絶品。これ、棒がクレンペラーだからですな。

クレンペラーの指揮については、もう最高のマーラーであって、このスケール、巨人の歩みを思わせるゆったりとしたテンポは、クレンペラー独自のもの。
表面が冷たい(クレンペラーのマーラーは決して優しい風貌ではない)のだが、ジワジワとマーラーの心情が伝わってくるような演奏。絶品であります。

このCD、40年も前の録音なのに、非常に素晴らしい音。「今のEMIはいったい何なんや?」と言いたいくらい、イイ音してます。

以下は、このCDのデータであります。

マーラーの交響曲「大地の歌」。
メゾ・ソプラノはクリスタ・ルートヴィッヒ、テノールがフリッツ・ヴンダーリッヒ、オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管(ニュー・フィルハーモニア管と名称変更)の演奏。
録音は1964年2月と1966年7月。キングスウェイ・ホールとアビー・ロード・スタジオにて。EMI原盤。
2006/01/28のBlog
ショパンのピアノ協奏曲第2番ヘ短調作品21。
この曲の第2楽章ラルゲットの美しさは、比類がないものだと思う。

クラシック音楽を聴き始めた学生の頃から、この思いは変わらない。
これぞショパンと言いたくなるような、綺麗な旋律。

哀愁・憧れ・感傷・・・多感な青年の、もろもろの感情が詰まった音楽だと思う。
ピアノ・ソロも美しく書かれているし、バックの管弦楽の響きも夢のように美しく、そして、この曲を聴くたびに、ボクは自分の若い頃を思い出す・・・・。

今日取り出したCDは、クリスティアン・ツィマーマンのピアノ、カルロ・マリア・ジュリーニ指揮ロサンゼルス・フィルの演奏。1979年11月、ロスのオーディトリアムでの録音。
ツィマーマンがショパン・コンクールの優勝してから4年後、メジャー・デビューして間もなくの演奏。

お目当ての第2楽章ラルゲット!・・・これとにかく素晴らしい。
一音一音が、本当に大切に弾かれているのが分かる。丁寧に想いを込めて、揺れ動く青春の感情を、じっくりと歌い上げてゆく。

ツィマーマンのピアノがことのほか綺麗。クリスタル・ガラスのように硬質で透きとおった音色。美しく冷たいんだが、澄ましたような音ではなく、イヤミにならない。タッチも刻一刻と変化して、ニュアンスに富んでいる。

まだ蒼い青年期の美しさ、といった感じのピアノ。
若いからこそ響かせることが出来た音色・・・・・ああ抽象的(^^ゞ。ただ、この感情が揺らめくような演奏は(テンポや音色、時にルバートもそうだが)、若くなくちゃ出来ないだろう・・・・。今のツィマーマンでは、こうは弾けないんじゃないか。

ポーランド祝祭管を弾き振りした2枚組は話題になったが、貫禄がありすぎる感じ。
1979年当時の、ツィマーマン24歳だからこそ出来た「青臭さ」が、ボクにはイイ。

ジュリーニのバックは、堂々として豊麗。よく歌っているし、ロスPOの団員たちが丁寧に優美に演奏している。ホルンの音色など、奥ゆかしくて実に良い。

カップリングは、ピアノ協奏曲第1番。
これも素晴らしい青春のメロディ。
CD時代になって、ショパンのピアノ協奏曲が2曲1枚で聴けるようになったのは嬉しかった(昔は2曲でLP2枚が普通だった)・・・・そんな思い出の1枚でもあります。


2006/01/27のBlog
今日はモーツァルトの誕生日です。
(そしてボクら夫婦の結婚記念日です・・・・・(^^ゞ。今年で21年になりました)

特に今年は生誕250周年という、モーツァルト・イヤー。

EMIが出したクラシックベスト100シリーズや漫画「のだめカンタービレ」が結構売れているらしいので、世はクラシック・ブームなのでしょう。
そういえば、先日、はNHKの「クローズアップ現代」でモーツァルトが取り上げられてもいました。
この一年は、モーツァルト・ブームで湧くかもしれませんね。

15年前も、モーツァルト・イヤーでした。没後200年だったですな。
レコード各社が競って、モーツァルトのCDを編集・再発してましたっけ・・・・・・・。バブル経済の名残の頃でした。


今日のCDはその中の1枚。モーツァルトのセレナード集。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏を集めたもの。
録音年代はさまざまだが、すべて1980年代、カラヤン最晩年のデジタル録音。

演奏は、まさにカラヤンチックとでも云おうか。
音楽に厚みがあって快速・流麗なモーツァルト。
レガート奏法が炸裂した、優美きわまりないモーツァルト。

曲目は全部で3曲。

1 セレナード第13番ト長調K.525「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」
2 セレナード第6番ニ長調K.239「セレナータ・ノットゥルナ」
3 ディベルティメント第15番変ロ長調K.287

カラヤンのモーツァルトはいろいろな批評があって、「だらしないレガート奏法」とか「オケが厚すぎてもたれる」とか、どちらかというとあまり芳しくなかったように思う。当時はアンチ・カラヤンも多かったから仕方ないか。

ところが、今聴き直してみると、リズムは結構キビキビしていて、実に心地よい。カラヤンの年齢を考えると、これは凄いことなんじゃないか。
カラヤンは昔からカラヤンで、死ぬまでカラヤン、最後までカラヤンだったのだ・・・・・。
レガートは美しさの極み。弦楽器の滑らかな響きに、頬を撫でられるような快感がある。スケールも十分。オケの厚みが気持ちよい。モーツァルトだから小編成って訳でもないだろうし、第一ベルリン・フィルの音色が非常に綺麗。これを聴くのは快感。

「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」は颯爽としているし、合奏は見事なもんだと思う。
「セレナータ・ノットゥルナ」はソロ・ヴァイオリンを受け持つコンサート・マスターのトマス・ブランディスが素晴らしい。ヴィブラートを聴かせたヴァイオリンの音色は、セクシーでさえある。コントラバスのライナー・ツェペリッツの低音も実に締まりが良い。
そして、ディベルティメントK.287の第4楽章アダージョ!
最高にゴージャスな弦楽アンサンブルが聴ける。


ああ、贅沢なひととき。
この響き、今のBPOからは聴けないような気がします。

さて、妻はクラシックを全く聴きませんが、今夜は二人してモーツァルトを聴こうと思います。
2006/01/26のBlog
日中は陽射しが明るく、暖かい冬の日でありました。
寒さもあと少しかなと思っていたら、2月の長期予報はまた寒いらしい・・・・・やれやれ。
ここのところ、暖冬続きだったが、どうもこの冬はずっと寒いらしいですな(^^ゞ。

さて、連日のベートーヴェンです。

今日は交響曲第5番 Op.67「運命」。
オットー・クレンペラー指揮ウィーン・フィルの演奏。Testamentレーベルから出ている「クレンペラー&ウィーン・フィルBOX」(8枚組)からの1枚で、1968年5月26日の演奏会のライブ録音。

40年近く前のライヴなので、ハッキリ言って音は貧しい。鑑賞に堪えないというほどではないが、もう少し高音の伸びがあってもイイかなと思う。反面、低音は豊かで、ズシンと来るところがある。

演奏は、もうクレンペラー的と云うしかない、巨大な演奏。
悠揚迫らぬテンポ、息の深いフレージング。
巨人がズシンズシンと足音を響かせながら、ゆったりと歩みを進めてゆく・・・・・そんな感じの演奏。

第1楽章冒頭からして、スケール雄大。あの「ジャ・ジャ・ジャ・ジャーン」が大きく弧を描いてゆったりと響く。ふつうは、どんどん畳み込んでゆくところでも、クレンペラーは決して急がない。
古典的というべきなのか、これぞ19世紀的というべきなのか。
しかし、クレンペラーのテンポで聴くと、この交響曲が、実に巨大で宇宙的な広がりを持った音楽なのだということが分かる。

第2楽章も素晴らしい。いろいろな楽器がよく鳴っている。録音は貧しいのに、オケの面々が、どんなことをしているのかよく分かる音楽づくり。くっきりと楽器を響かせているのだろう。
木管群の音色が味わい深い。録音のせいか(高音が少し弱い)、ウィーン・フィルの音色が、実にしみじみとした音色。鮮烈な輝きというより深みを感じさせる。
オケは両翼配置、中央部の低音がことのほか重厚に響く。

第3楽章から終曲までも、テンポは一貫して変わらない。かえって遅くなってゆくような気さえする。もう、巨大と云うしかない指揮ぶり。オケもよくついているが、最後の方ではかなりアンサンブルが乱れている。
でも、そんな乱れを吹き飛ばす壮大な盛り上がり。しかも、造形は要塞のように堅固で、またクールなところもある。第3楽章などゾクッとする気品さえ漂うのだから、クレンペラーはやはり凄いなと思う。


ウィーン・フィルが、重厚で落ち着きある音色で、素晴らしいです。
輝くばかりの弦楽、という現代的な音ではないんですが、深々として逞しく、ああ、イイ音楽を聴いたなと実感させられます。
2006/01/25のBlog
Doblogのメンテナンスは、予告の時間通り終了。
少し軽くなったような気がします。
他のブログに比べて機能は少ないようですが、サクサク閲覧できるのはエエことです。
この調子で、軽いブログであって欲しいんです。

さて、今日はベートーヴェンの交響曲第2番ニ長調作品36を。

クラウディオ・アバド指揮ウィーン・フィルの演奏で。
1987年2月、ムジークフェラインザールでの録音。アバド/VPOの全集からの1枚。

ベートーヴェンの9つの交響曲、最もよく聴くのが「田園」、そして7番・「英雄」・「合唱」・「運命」あたり。1・2・4・8番はそれに比べると聴く回数が少なく、特に8番は最も少ないかな。
中年を過ぎて、ベートーヴェン若書きの交響曲をよく聴くようになった。1・2番あたりは最近の好みで、色々取り出しては聴いてみる。
特に第2番の、覇気に満ちた曲想、胸がすくようなスカッとしたオーケストレーションは聴いていて面白い。とても元気が出るなぁ。

この交響曲第2番は、しかしベートーヴェンが不幸な境遇にあったときに作曲されたものだったらしい。
聴覚の異常に見舞われ、月光ソナタを捧げた女性への失恋もあって(ジュリエッタ・グィチャルディ?)、例のハイリゲンシュタットの遺書になる・・・・。

まさに失意の日々だったのだが、この曲にはその影が微塵もない。
青春の輝きというか、春風駘蕩というか、清新の気に溢れた歌が聴ける。
これは、青年のロマンだろう。

アバドとウィーン・フィルは、その青年の憧れと歌とに満ちたこの交響曲を、全く輝かしいものに仕上げてゆく。
造形は古典的、リズム感が良く、ソロ楽器の受け渡しやフレージングは実にしなやか。元気ハツラツ、フレッシュな若者の音楽になっている。

弦がとにかく素晴らしい。ヴァイオリンの音色が鮮やかで、特に高音部はとてもしなやかで色気さえ漂う。若い女性の青みがかったセクシーさとでも云おうか(^^ゞ。

金管がまた良い。ホルンの響きがよく伸びて、朗々と歌うところなど、これぞウィーン・フィルと言いたいところ。
木管も負けてはいない。フルートやオーボエはウィーン・フィルの名手たちのテクニックが素晴らしい。特にイイのがクラリネット。第1楽章第2主題では、美しい音色でしみじみ聴かせてくれる。

アバドのベートーヴェン全集は、最近のベルリン・フィル盤も面白かったんです。
が、やはりオケのしなやかな魅力では旧盤の方が良いかな。
それに、ボク自身がまだベーレンライター版よりも古いスタイルの方が性に合うので、アバドについては旧盤に軍配を上げましょうか。

録音もエエです。ステージ奥の方に余韻が消えてゆく様が見えます。
これ、とっても綺麗(^-^)。