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クラシック音楽のひとりごと
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2006/02/13のBlog
トリノ・オリンピック開幕。

スピード・スケートや女子フィギア・スケートなど有望な競技もあるそうで、マスコミ記事もなかなか賑わっております。
オジサン的に言わせてもらえば、フィギアの可愛らしい女の子たちには是非頑張って欲しいものですな。ウチにはとうとう娘が生まれませんでしたので、安藤美姫さんなど、娘に欲しいと思ったりします(真央ちゃんでもいいのだが・・・・ガハハ(^^ゞ)。


イタリアでのオリンピック、では、今日はチャイコフスキーの「イタリア奇想曲」を。

シャルル・デュトワ指揮モントリオール響の演奏。1985年10月録音のDECCA盤。
デュトワ/モントリオールSOのコンビによるチャイコフスキー5枚組からの1枚。カップリングは交響曲第4番と1812年。

このイタリア奇想曲は、イタリア的な陽気な民謡旋律は次々に現れて、大変楽しい曲。輝かしく明るい響きが心地よい活気ある音楽。
チャイコフスキーというと、哀愁を含んだ旋律と重厚なオーケストレーション、と思うのだが、このイタリア奇想曲は、ちょいと毛色が違う。チャイコフスキー的(北方的とでもいうか)な憂愁ではなく、南国的・軽快な熱狂と言いたい音楽が展開する。

響きの明るさなら、デュトワ/モントリオールが最も得意とするところ。
主題となる各旋律のメドレーを、表情豊かに描き分けて、リズムもよく弾んで実に快適。
オーケストレーションは、さすがチャイコフスキー、非常に色彩的なのだが、その色彩感にさらに隈取りを加えて、色をクッキリと引き立たせる腕前は、デュトワの独壇場か。光り輝くような色彩感は、全くデュトワならではと思う。

モントリオール響の響きは、軽く明るい、よく云われるように「フランス的なオケ」なのだが、アンサンブルは緊密。フランスのオケにつきものの、やや緩めのアンサンブルではない。各奏者の技術は最高だし、合奏もピシッと決まっているので、心地よいことこの上ない。

カッコイイのは、第2部以降。コルネットやホルンの響きが素晴らしい。録音も良い。ふくよかで明るく爽快に響く。ヴァイオリン群のテクニックもさすが。相当速いパッセージなのに、一糸乱れぬ見事さ。しかもリズムがスマートにシェイプされて、心が浮き立ってくる。快感。

いつもながらDECCAの録音が素晴らしい。クッキリと鮮やかにオーケストラが展開する。
細部までよく聞こえるし、響きが混濁しない。
デュトワ/モントリオール響の録音は、残響も綺麗で実に聴きやすい。

20年前の録音になったが、今も最高レベルの録音と思います。
2006/02/12のBlog
ベートーヴェンの交響曲第6番ヘ長調「田園」。

ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響曲楽団の演奏。
1958年1月録音のCBSソニー原盤。
50年近く前の録音になってしまったが、今も変わらず<決定盤>との評価が高い。


休日になると、ベートーヴェンの「田園」が聴きたくなる。特に午前中、朝食のあと。

ゆっくりアンプのスイッチを入れて、CDプレーヤーのトレイを引き出す。
(昔は、LPとスタイラスをサッとクリーニングし、レコードをターンテーブルに載せるのが儀式だった)。
さて、今日は誰の「田園」を聴こうかななどと考えながら、レコード棚を眺めるのは、ある意味非常に幸せなことなんだろうなと思う。

「田園」を聴くと幸福になる。

初めの2つの楽章が幸福な気分に包まれているし、終楽章など神への感謝、永遠の浄福のような趣があるから。
第2楽章まで聴くこともあるし、終楽章だけ聴くこともある。
そのたびに、ああ、ベートーヴェンは何と美しい音楽を書いたのかと感動する。

今日聴いたワルター盤は、昔からの定番。
1981年だったか、CD発売直前だったと思う、ソニーがワルター/コロンビア響の録音当時のミキサーだったジョン・マックルーアを引っ張り出してリミックス、ワルターの遺産と称して1500円盤(まとまったワルターのシリーズとしては初めての廉価盤だった)で発売したのを購入したのが、この「田園」を聴いた最初だったと思う。

あれから25年、光陰矢のごとし。しかし、この「田園」を聴く感動は今も変わらない。

第1楽章の颯爽としたテンポ、その中からこぼれてくるワルター独特の優しさ、暖かさ。コロンビア響の音色がまた艶やかで暖かい。響きが少し薄いのは残念だが(これは録音のせいかもしれない)、優美な表情は忘れがたい。

第2楽章の木管の表情も同様、優しさに満ちてほんのりと暖かい。微笑みながら演奏している様子が伝わるし、何よりワルターとともに演奏できる喜びに満ちている。木管の会話、それに絡むストリングスの何としなやかなこと。その爽やかさ、しなやかさ・・・・これが最晩年の老人の指揮する音楽か、と思う。

第3楽章の舞曲は快速で快感、4楽章の嵐の描写はダイナミック。

そして、感謝・慰謝の終楽章がやってくる。いつまでも続いて欲しい、終わって欲しくないと思わせる感動的な歌が部屋一杯に響く。テンポも中庸、ややテヌート気味に引っ張るところなど全く綺麗。
終曲ラスト5分の美しさは、他の演奏からではちょっと聴けない、奇跡的美しさ・・・・と云ったら褒め過ぎかな。でも「最高の田園」がここにはありますな。


休日の「田園」。
ああ、リフレッシュ。クラシック音楽は、ホンマ素晴らしいと思います。
何度救われたか分かりません。
2006/02/11のBlog
元巨人軍監督の藤田元司さんが亡くなりました。
当地、伊予西条は藤田さんの故郷。出身は隣町の新居浜ですが、西条高校での大活躍が、のちの藤田さんの球歴の原点でした。
当時はノーコンの剛球投手。「四球を4つ出す前に、三振を3つ取れば零点や」というピッチャーだったそうです。(と、西条のオールド・ファンたる父は言っております)
地元の愛媛新聞は、その訃報に大きく記事を割いております。愛媛や西条の野球熱を支えた野球人の一人でありました。僕等夫婦の結婚披露宴には主賓でおいで下さいました。増上寺での葬儀、地元からも多数参列します。西条の野球を支えた方々が弔辞を読まれます。・・・・・ご冥福をお祈りします。


さて、クラシック音楽のブログは、やはりクラシック音楽の話題を。

今日は、ストラヴィンスキーのバレエ「春の祭典」。

コリン・デイヴィス指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
(買い直したCDでは、ロイヤル・コンセルトヘボウ管の表記になっている)。
1976年11月15日、コンセルトヘボウでの録音。データを見る限り、わずか1日のテイクのようだが、ホンマかいな(この演奏は、後半部でライヴのように白熱するのだが、このことが要因になっているのかもしれない・・・)。

1978年度「レコードアカデミー賞」を受賞した名盤中の名盤。
長いことLPで愛聴してきた。

超優秀録音!
素晴らしい録音であって、このLPを聴いてから、ボクはフィリップスの録音陣のレベルの高さを実感したし、以後、全幅の信頼を置くようになった。
本拠地のコンセルトヘボウということもあるのだろうが、オケの奥行き、残響、各楽器の定位、コンサートホールの中央S席で聴いているような臨場感・・・・・・、もう完璧に近い、スゴイ録音。アナログ録音最盛期の最高レベルの録音。
(DGやEMIやCBSソニーと比較して、フィリップス録音はボクと非常に相性が良いのだろうと思います。ボクはフィリップスのような録音が好きなのであります)

演奏も極上。
アンサンブルは緊密このうえない。というより、合わせている感じがないのに、合ってしまうような演奏・・・・とでも云おうか。
管楽器のレベルの高さ。例の冒頭のファゴットのハイトーン。詰まったような、しかし甘い音が柔らかさをたたえつつ響くところなど、危うさの微塵もなく、安定した、いかにもコンセルトヘボウ管の音。
テンポは中庸。速過ぎず遅すぎず、ちょうど良い。

第1部はスタイリッシュに仕上がっている(打楽器などは強烈だが、荒々しく野卑な感じはしない)のだが、第2部からはグイグイ盛り上がって、ストラヴィンスキーらしい熱狂が聴ける。ただ、アンサンブルが素晴らしいので、荒れ狂うような演奏にはならない。ティンパニなどはそれでも迫力十分だし、金管の咆吼も、超優秀録音のおかげで、大変リアル。

聴き終わったときの満足感が、他の「ハルサイ」と違います。
素晴らしい名演。感動します。

ジャケットは、フィリップス・スーパー1000シリーズのCDのもの。
LP初出時と同じジャケットであります。
(ボクが聴いているLPは、デイヴィスのストラヴィンスキー三部作の3枚組廉価盤ボックスであります。昔はこんなセットがよくボーナス・シーズンに出ましたね)

そういえば、1980年前後には、「ハルサイ」ブームがありました。
DGではアバド/ロンドン響、DECCAにはメータ/ロスPO、ドラティ/デトロイトSO、CBSソニーにはブーレーズ/クリーヴランド管、EMIにはムーティ/フィラデルフィア管、フィリップスに小沢/ボストン響・・・まだまだあったような気がしますが、どれも個性的で録音もまず優秀でありました。
あの熱気、懐かしいですな・・・・・(と言うより、ボク自身に熱気があったのかな?(^^ゞ・・・・)
2006/02/10のBlog
職場に植えている紅梅はまだ咲きません。
つぼみはかなり膨らんで今にも咲きそうなんですが、今年はかなり遅れているようです。
伊予路には今日も雪が舞いました。「舞う」で済んでいるのがまだ南国でありまして、「積もる」地域の方々はホンマに大変な冬であることでしょう。


さて、今日はJ・S・バッハのブランデンブルク協奏曲第5番ニ長調BWV1050。

演奏はネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管。1980年のフィリップス録音で、マリナーとしては2度目の録音になる。

チェンバロ協奏曲とも云うべきこの5番の演奏、ソリストも豪華絢爛。
ヴァイオリン独奏はヘンリク・シェリング、フルートはジャン・ピエール・ランパル。そしてチェンバロはジョージ・マルコム。
いやはや、そうそうたるメンバー。

ヴァイオリンのシェリングが中央やや左側、フルートのランパルが右手に位置して、中央の右手前方にマルコムのチェンバロが座っている。

アカデミー室内管のアンサンブルは、いつも通り洗練されていて、爽快な演奏を展開する。マリナーの指揮もキビキビとして気持ちよいもの。

ソロがそのバックを得て、生き生きとプレイを楽しんでいる。
なんとなく、ジャズの名プレーヤーの即興演奏を楽しんでいるような臨場感。
古楽器の演奏になれてしまった今の耳で聴くと、かえってこれが新鮮。

大家のインター・プレイが炸裂して、マリナーの指揮もそれを楽しんでいるようだ。

第1楽章の終盤、マルコムのソロが最高だ。水際だった演奏を楽しめる。装飾音を適度に交えながら、何と生き生きとしていることか。快速演奏を楽しんでいる感じがする。目を閉じて聴いていると、シェリングやランパルが目配せしながら、マルコムのソロを見守っている感じが伝わってくる・・・・。

ランパルのフルートが歌ってくれるのが第2楽章。素敵な音色で、ゆっくりと哀愁に富んだ旋律を響き渡らせる。よく伸びたフルート・ソロ、残響音の素晴らしさ。

負けじとシェリングが美音で応じるのがまた実にイイ。シェリングのヴァイオリンはやや太めの音でじっくりと会話する。
マルコムのチェンバロと、ランパルのフルートと、シェリングのヴァイオリンと・・・緊密な会話とともに三者三様の音色が十分に楽しめる第2楽章となった。

第3楽章はワクワク、ドキドキ、胸はずむ終曲。ソロの3人はさらに乗ってくるし、バックのアカデミー室内管もサッパリ・スッキリとした演奏を展開する。

バックはあっさり系、ソロは重量級の面白い取り合わせでありました。
でも、それでも「バッハ」になってしまうのだから、やはり「音楽の父」であります。
いや、面白く聴けました。
楽しい演奏はエエもんです。
2006/02/09のBlog
今日は、クラシックのCDをめぐる哀しい話です。

また、近所の馴染みのショップが閉店します。
「マルワレコード」。

この店は、新居浜・西条で真面目にクラシック音楽を扱ってくれる数少ないレコード・ショップでした。しかし、この3月末で、新居浜店・西条店とも店を閉めるそうです。
2月1日から「閉店バーゲン」が始まりました。

クラシック音楽どころか、他のジャンルのCDの売り上げも激減しているそうです。
売れ筋のCDは限られているし、そもそも若者がCDを買わなくなってきているらしいし(レンタルで済ませているのか、あるいはケータイなどに金がかかりすぎて、余裕がないのか。そういえば、若い士は本も読まなくなっているそうじゃないか)、郊外型の大型書店でもCDを売るようになっているし(クラシック音楽などお義理で置いているとしか思えないほど貧相だが)、・・・・・など、諸般の理由が重なったらしいのだが、何とも寂しいことではある。

あぁ、もう少し買ってあげれば良かったなぁ。でも、国内盤は高いしなぁ・・・・・輸入盤のあの廉価を知ってしまうと、国内盤はよう買わんなぁ。

マルワレコードのバーゲンでは、せめて罪滅ぼしをと、沢山買ってしまおうと思っております。


今日のCDは、その大量購入の1枚。
エリー・アメリングのシューベルト歌曲集。
ソプラノはエリー・アメリング、ピアノ伴奏はダルトン・ボールドウィン、ルドルフ・ヤンセン。

ふくよかで優しい声の持ち主、アメリングは、いつ聴いても素晴らしい。
このCDは録音も素晴らしく、目の前でアメリングが歌ってくれるようだ。
ボールドウィンのピアノが中央やや左に、アメリングがやや右に定位する。ピアノの音色もアメリングの声に合わせているかのように、暖かく優しい音色で録られている。

いずれ名曲揃いなのだが、特に素晴らしいのは(好きなこともあるのだが)、「ます」、「夕映えの中で」、「野ばら」、「ロザムンデのロマンス」、「糸を紡ぐグレートヒェン」、「アヴェ・マリア」、「音楽に寄せて」、「春へのあこがれ」、「子守歌」。


「アヴェ・マリア」や「音楽に寄せて」など、しみじみと泣けます。
ああ、エエ歌やなぁ。涙出ます。

シューベルトの名曲をこれだけ網羅して、1000円。
(バーゲンだから500円!)
値段のことを云いたくはないが、しかし、この名演がこんな価格で購入できることこそボクらリスナーの幸福であり、CDショップの不幸なのかもしれません・・・・。

マルワレコード、軍資金を貯めて、また買いに行きます。

2006/02/08のBlog
氷雨でした。冷え込みました。
なかなか気温は上がりません。
困ったもんです。

さて、今日は懐かしいLPを取り出してみた。

ドヴォルザークの交響曲第9番ホ短調「新世界より」。
カルロ・、マリア・ジュリーニ指揮シカゴ響の演奏。1977年4月、シカゴのオーケストラ・ホールでの録音。DG盤。
ジュリーニは、のちにコンセルトヘボウ管とCBSソニーに「新世界」を録音しているので、これは旧録音になる。

1970年代後半、ジュリーニ絶頂期の録音。炸裂するシカゴ響の名人芸が聴きものだし、ジュリーニがいよいよ巨匠風の演奏を展開しはじめる頃の演奏でもある。

スケール雄大で、テンポは遅く、じっくりとドヴォルザークの旋律を歌い上げる。
ジュリーニらしい、旋律を引き伸ばした歌。

第2楽章、イングリッシュ・ホルンの切々とした歌。
弱音器をつけたヴァイオリンが、静かに、しかし緊張感を持って奏でる歌。響きの透明さを失わずに、しかし歌を忘れないアンサンブルが素晴らしい。

第1楽章の冒頭のゆったりとしたテンポ。
悠揚迫らぬテンポの中から、徐々にドヴォルザークが作り上げた最高のシンフォニーが姿を現してくる・・・・・その生成の響きが何とも素晴らしく、見事な造形だと思う。
しかも、気品があって格調高い・・・・。ジュリーニが「巨匠」であることを示すものだと思う。

第3楽章の木管の掛け合い、弦楽器の掛け合いも見事だし、ティンパニの強打も迫力満点。ティンパニの響きの素晴らしいこと!

終楽章の壮大な盛り上がりも見事。オケが抜群に巧い。アンサンブルは完璧だし、木管・金管とも安定度抜群。そして、ジュリーニの指揮で聴くシカゴ響の弦楽アンサンブルの優秀さ、繊細な響きがまた美しいこと。
金管の咆吼は、いつものシカゴらしく気分爽快。どれだけ大音量で吹いても、崩れないのだから、やはりシカゴは世界最強か。
ショルティの棒で響くゴージャスで剛毅なシカゴ響とはまた違う、柔らかく繊細な響きも聴ける。

ジュリーニ/シカゴ響の「新世界」。
おそらく、考えられる最高の「新世界」がここにあります。
指揮者よし、オケよし、録音も(アナログ最盛期で)よし。

録音から30年近く経過してなお、新鮮さを失わない、素晴らしい演奏だと思います。
2006/02/07のBlog
何が「春」なもんですか。
真冬に逆戻りです。

四国は雪でした。午後には、降りしきる雪で窓の外は真っ白であります。
積もりはしませんでしたが、いやはや寒い日でありました。

さて、こんな日は部屋を暖めて、LPでも聴こう・・・・・と取り出したのは、ブラームスの交響曲第2番ニ長調作品73。
ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響の演奏。1983年の4月から5月にかけてミュンヘンのヘルクレスザールで行われた。ブラームス生誕150年記念演奏会のライヴ・レコーディング。LP4枚組の1枚。
当時は西ドイツの新興レーベルであった「オルフェオ」から発売されて、話題になった全集だった。カートン・ボックスの裏面には、独テルデック社によるDMM(ダイレクト・メタル・マスタリング)のシールが貼ってある。懐かしいLPである。

クーベリックのブラームス全集は、1950年代中頃にウィーン・フィルとの録音があるので、これが2度目になると思う。
この全集は、60歳代後半から録音が減りつつあったクーベリックの一気の録音だったので歓迎されたと思う。ただ、演奏評は芳しくなかったかもしれない(あまり記憶がない)。

ブラームスの交響曲第2番といえば、彼の「田園交響曲」とも云えるくらい、素朴な味わいが魅力。クーベリックは、この交響曲の田舎っぽいところ、草の匂いのするところを、しみじみと表出して見事だと思う。

第1楽章のストリングスの音色、慎ましくあまり派手にならないのがイイ。ライヴ特有のホール・トーンも美しい。アナログ・レコードの暖かさか、ヘルクレスザールの残響が全く美しい。
ヴァイオリンは例によって両翼配置、楽器の分離より、全体の響き・融け合いを楽しむ録音になっている。背後で響く金管のコクのある響きも実に良い。ホルンなど、得も言われぬ響き。

第2楽章や第3楽章では木管の響きが綺麗。フルートやオーボエのこだまするような音。決して洗練されていない(だから田舎っぽく、草むらの自然さがある)のがイイ。ややくすんだ音色で音楽をつくってゆく感じ。どちらかというと、室内楽的な構築だと思う。

終楽章になると、さすがに音楽が白熱してくる。徐々にテンポが上がって(アッチェランド気味)、終曲は大きく盛り上がってゆく。金管が時々音を外すのはご愛敬、それもライヴらしくて、聴いていて楽しい。それまでの3楽章のアンサンブルが見事だったので、終楽章の乱れが耳についてしまうが、キズってほどのこともなし。
い。

クーベリックのブラームスは、洗練されすぎていないのがエエようです。素朴な味わいと滋味豊かな響き。大人の音楽とでも云いましょうかね。
手兵のバイエルン放送響の巧さが目立ちます。
作為のない、自然な音楽であります。
そんなに燃え上がっていないのも、このブラームスの2番にはふさわしいようで・・・・。
2006/02/06のBlog
暦の上では春というものの、まだまだ寒いですなぁ。
梅の香がようやく漂いはじめたんですが・・・・・気温は低いです。

さあ、「春」の曲でも思ったんですが、冬の景色が残っていますしねぇ・・・。

なんて考えつつ、取り出したのはシューマンの交響曲第1番変ロ長調作品38「春」。
この交響曲は大好き。というか、ボクはシューマンの交響曲が好きで、ついつい交響曲全集を買ってしまう・・(^^ゞ。2枚組で安いこともあるんだが・・・。

今日の演奏は、ベルナルド・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管。
1983年2月、アムステルダムでの録音。ハイティンク/ACOのシューマン全集からの1枚。

シューマンなら、ウィーン・フィルやベルリン・フィルの演奏もイイし、シノーポリやサヴァリッシュが振ったドレスデン・シュターツカペレの演奏も溌剌として素晴らしい。
けれど、今日はまだ寒い春先・・・・。
こんな日には、コンセルトヘボウ管の、ややくすんだ、ほの暗い音色が似合うと思って取り出してみた。


第1楽章の立派な開始。堂々としているが、重厚すぎることはなく、これから始まる若々しいシンフォニーの開始を、クッキリと提示してゆく。
金管の響きが優しく上品。野卑な響きにならず、慎ましく端正な音色を保ってゆくのは、コンセルトヘボウ管のオケの持ち味であるとともに、ハイティンクの個性でもあるだろう。

第2楽章の、ライン川がゆっくりと流れるような、オケ全体から醸し出される柔らかさ。弦の優しく落ち着いた渋い音色が、この流れにピッタリしている。
フワッと流麗な演奏になっているのはハイティンクの指示だろう。途中、中央のやや奥で響く木管群がデリケートで美しい。

第3楽章スケルツォはモルト・ヴィヴァーチェ。少しリズムが重いが、コンセルトヘボウ管はよく鳴っていると思う。ブレンドされた響きが聴いていて実に気持ち良い。このまま、この響きの中でまどろんでしまいたいくらい。木管のひなびた味わいもまた興趣をそそる。

活気に満ちた終楽章。ヴァイオリンの刻みがしっかりしていて、職人的。テンポはいつものハイティンク、中庸、速過ぎも遅すぎもしない。しっかり歩みを進めてゆく。
推進力よりも、楽譜を克明に忠実に音化してゆくことに心を砕いている感じがする。いつもハイティンクは誠実だわなぁ。

録音はフィリップスらしく残響音が十分で、ホンマに心地よい録音。
コンセルトヘボウ管の、柔らかくやや暗めの音色が、実に美しく録られております。
極上ですな。
2006/02/05のBlog
立春であります。春であります。
しかし、四国伊予路は厳しい冷え込みでした。全国的に寒かったようです。

松山では椿神社(正式名称は伊予豆比古命神社)で「椿まつり」が行われています。毎年、寒さが一番厳しい頃に開かれる祭りなのですが、大勢の参拝客で賑わいます。
この椿さんが終わると伊予路に春が来るんです。
寒気の中で、しかし陽射しは春の陽光でした。

さあ、春。

そこで、今日、取り出したのは「春」。
ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ長調作品24「春」です。

ヴァイオリンはイツァーク・パールマン、ピアノはヴラディーミル・アシュケナージ。
1974年6月、ロンドンでのDECCA録音。まだ若い頃のパールマンとアシュケナージの黄金デュオが奏でる春の旋律に身を浸そうと・・・・(^-^)。

このソナタは、1800年頃の作曲。イ短調のVnソナタ(作品23)とセットでウィーン在住のフライズ・モリツ公爵に献呈たもの。
この時、ベートーヴェンは30歳。
若々しい情熱と希望と勇気とに満ちていた頃の作曲家を象徴するような、彼の作品の中でも、夢見るような美しい旋律が印象的なソナタであり、言わば青春の音楽でもあります。
まさに春にふさわしい名曲。

演奏も、若々しく颯爽としていて気持ちいい。
可愛らしい、優美な旋律が第1楽章から鮮やかに歌われてゆく。

パールマンのヴァイオリンがとにかく美音。流麗で柔らかく、高音部などふるいつきたくなるような魅力に溢れている。そして、弱音での繊細さ。
羽毛で頬を撫でられるような錯覚に陥る。優しくフワッと、気持ちよいことこの上ない。フォルティシモからピアニシモまで、ダイナミックレンジは広いし、しかもどの音も濁らないのだから、凄いテクニックだなぁと思う。
徹底して美しい音色で勝負している感じ。
(まあ、「春」だから、精神性だの神秘性だのはあまり関係ないか?)

アシュケナージのピアノも、パールマンに合わせて優美で繊細。
いつもの、透明なクリスタルガラスのような青白い音色ではなく、頬にうっすらと紅を差したような、やや上気したような音色。薄いピンク色の音。
そして、柔らかく美しい。

ひょっとしたら、録音の加減で、こういう音色になったのかもしれないが、それにしても綺麗なピアノだ。
(ヴァイオリン・ソナタは、クラシック音楽の録音の中で最も難しいジャンルだと、以前レコ芸で読んだことがある。鍵盤楽器と弦楽器、両者ともを美しく録ろうとするのは無理なのだと書いてあった)。

フォルティシモでも威圧感などはなく、しっかりと剛毅な響きをつくりだすところもイイ。

パールマンとアシュケナージ、両者のアンサンブルも見事。緊密と言うより、お互いの気持ちを尊重し合いながら仲良く合わせている感じがする。和気藹々といった雰囲気の演奏。
ベートーヴェンのソナタだから、ヴァイオリンとピアノが対等に拮抗するところもあって良いんじゃないかと思うのだが・・・・・、まあ、せっかくの立春、こういう楽しい演奏もエエなぁと思いつつ楽しみました。

30年以上前の録音なので、現代の室内楽録音に比べると少し古ぼけてきた感は否めませんが、この流麗で美音の洪水、この二人でなくてはなかなかこうはイキマセンな。
名盤だと思います。
2006/02/04のBlog
節分を迎えて、伊予路では急に気温が下がりました。
梅の開花も遅れそうとのこと・・・・。

我が家では年中行事は欠かしません。きちんと豆まきをしました。
倹約家の妻は「恵方巻き」を作って(スーパーやコンビニでは、どこも380円で揃えていたようだが)、南南東に向かってガブっ。尤も、「恵方巻き」は、年中行事と云うより、売れ行き不振挽回のために海苔業者が仕組んだ商法らしいのだが。バレンタイン・デーなどと同じようなものかな・・・・。

今日は、ハイドンの交響曲第94番ト長調「驚愕」。
コリン・デイヴィス指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1981年11月、コンセルトヘボウでの録音。フィリップスのデジタル初期の録音になる。
デイヴィスによるハイドンのザロモン・セットからの1枚で、フィリップス・スーパー・ベスト100シリーズからのもの。

第1楽章の冒頭から、コンセルトヘボウ管独特の、ほの暗く、しかし暖かい響きが聴ける。ストリングスの柔らかい音色の中に、いつまでも身を浸していたいと思う。デイヴィスの採るテンポは颯爽として快適。スマートで、端正な音楽づくりはいつも通り。古典派らしく、あまりゴテゴテせずにスッキリとしており、心地よく曲が進んでゆく。

第2楽章のアンダンテ。最も有名な楽章。ここでもデイヴィスの指揮は清潔で、格調高く、安心して聴いていられる。テンポも中庸。「ビックリ」のフォルティシモのところでも、極端に音量の変化を要求していないのは、英国紳士の品の良いたしなみか。ティンパニの一撃も上品に感じてしまう。
それよりも、デイヴィスが巧いなぁと思うのは、変奏曲形式のこの楽章を、じっくりと、聴き手に飽きさせずに描き分けてゆくところ。コンセルトヘボウ管のふくよかな響きを生かしながら、それぞれの性格を表出してゆくのは見事だなと思う。

第3楽章はハイドンらしいメヌエット。少しテンポは速めだが、もともと原曲がそういう指定のようだ。木管の響きも柔らかく、チェロやヴィオラの低音楽器の響きも充実している。ピアニシモから徐々に音がスーッと消えてゆく美しさは、このホールならではだと思う。

終楽章はロンド・ソナタ形式のフィナーレ。アレグロのテンポが快適。弦楽器のアンサンブルが実に美しい。ヴィオラの刻みが克明で、しっかり内声部を支えているのもよく分かる。ラスト直前のティンパニもふっくらとした音で好ましい。ああ、いいオケやなぁとしみじみ思う。

デイヴィスのハイドン・シリーズは、1970年代から1980年代初期にかけて次々にリリースされて賞賛を受けていたと思います。このハイドンの成功で、彼はフィリップスの看板指揮者になっていったのではないかと思います。
今聴いても、コンセルトヘボウ管の響きを前面に出して、スッキリと聴かせてくれる名演。このCDでは、「時計」、「軍隊」との組み合わせ。この2曲も実にエエです。

このハイドンとドヴォルザークの後期交響曲集は、デイヴィスとコンセルトヘボウ管の名演として思い出に残ります。あ、ストラヴィンスキーもあったか。

2006/02/03のBlog
ここ数日、伊予路では暖かい日が続いております。
デスクワーク中の、特に日中はほのぼのとして、ウトウトしてしまいそうなくらい(^^ゞ。
少しずつ、春の足音が聞こえております・・・・・・。

さて、今日はブラームス作曲(編曲)のハンガリー舞曲を。

ふだんはオーケストラ版で聴くのが好きなのだが、今日はピアノ連弾版、ラベック姉妹の演奏で聴いた。
1981年、パリの録音。ラベック姉妹が、確かラプソディ・イン・ブルーでデビューして間もなくのものだったと思う。当時、フィリップスが盛んに広告を出していたことを覚えている。姉妹の容姿に釣られて、そのデビュー盤をジャケット買いしてしまった・・・・・いや、ホンマに美人だった・・・・・(^^ゞ
このCDは、昨年、フィリップス・スーパー・ベスト100シリーズで再発された1000円の廉価盤。


音はやや細身で、もう少しファイト!といった感じなのだが、概して聴きやすい。コロコロと転がるようなピアノの音色が美しい。高音部はもう少し冴えてもいいかなとも思うが、2台のピアノをクッキリと捉えるのは難しいのだろう。

連弾の技術は、最高レベル。
ハッとするようなスリリングな場面もあれば、じっくり歌わせる演奏もあり、なかなかラベック姉妹もやるもんだわいと思いつつ、楽しめた。

スピーカー右手に位置する姉のカティアが、左側の妹をよくリードしているなぁと感じる。妹のマリエルは、低音部を担当することが多いのだが、時に慎ましく、時に奔放で面白い。
ピアノ・デュオは、二人のピアニストの息が合ったり、微妙にずれたりするところが面白いのだが、カティアとマリエルは姉妹だけに、呼吸が揃う。少しずれても、意識的にずらしているような感じ。

全体的に、ブラームスの憂愁やハンガリー・ジプシーの哀愁などを感じさせつつ、洗練されたピアノが響いてゆく。時々響くカツンという音には、おきゃんなパリ娘のような雰囲気が出ていて楽しい。尤も、ラベック姉妹はフランスでもスペインとの国境近くの出身らしいが。


ブラームスのハンガリー舞曲集は、もともとピアノ連弾用に書かれ、のちにピアノ独奏用、管弦楽曲に編曲されたという。連弾用は家庭での演奏が前提であったらしいので、このラベック姉妹の演奏はまさに理想的なのかもしれないな。

さて、管弦楽版では誰の演奏で聴こうかな・・・・?
アバド盤・・・・しか持っていないかな・・・・探してみましょう(^-^)。
2006/02/02のBlog
ここのところ、四国は雨です。霧も発生してます。
気温はやや高め。一時の猛烈な寒気はなくなりました。
春の予感・・・・・・・かな?(いや、2月はまだまだ寒いはず・・・・・・(^^ゞ)


今日は、モーツァルトの交響曲第40番ト短調K.550です。

演奏はクラウディオ・アバド指揮ロンドン交響楽団。1980年1月、セント・ジョンズ・スミス・スクウェアでの録音。
発売当時は、アバド初のモーツァルトの交響曲として話題になったもの。
ジャケット写真のアバドが若い。当時47歳。決意を秘めた表情が何ともカッコイイ。
思えば、アバドはこの後ウィーン国立歌劇場を手中に収め、さらにカラヤン没後のベルリン・フィルハーモニーまでわがものにしてゆく・・・・・。

カップリングの「ジュピター」はすでにエントリーしたが、そこでも書いたように、全体的に見通しの良い設計で、もたれない演奏。聴いたあとの爽快感が実に心地よい。

出だしの第1楽章は、ゆったりとした入り方。スッキリ爽やかな冒頭。アバドらしく、旋律をよく歌わせている。ただ、歌、カンタービレに流れることなく、落ち着いた感じがする。抑制が利いているのだろう。「泣き」のモーツァルトではない。
しっとりとした弦の音色がとてもイイ。ロンドン響って、こんなに良いオケだったかな・・・。

第2楽章アンダンテはしみじみとした歌が聴ける。ヴァイオリンはもちろんだが、ヴィオラやチェロなどの比較的地味な楽器がよく歌っていて面白い。アバドはやはりイタリアの指揮者やなぁ。ただ、ここでも落ち着きというか抑制がかかるのがアバドなのであって、だらしなさがない。気品ある演奏と言うべきかな。

第3楽章のメヌエットは緊張感に満ちた素晴らしい演奏。グイグイと聴き手に迫ってくる、いわば切迫感がある。中間部でのホルンが綺麗。ふっくらとした音色も良いのだが、その歌が格調高いんだなぁ。低音を支えるヴィオラやチェロがここでも際だっていて、、迫力を増幅させている。

終楽章のアレグロ・アッサイ。第3楽章までが落ち着いた中庸のテンポだったのに対して、この楽章ではさすがアバドも我慢が出来なかったのか(アバドのことだから計算尽くだとは思うが)、どんどん加速してゆく。その速度感が心地よい。そして、すべての楽器がよく鳴っている。モーツァルトの交響曲というと、ヴァイオリンが旋律を歌って特に目立つのだが、アバドの指揮で聴くと、内声部がとてもよく分かる(聞こえる)。ヴィオラの「刻み」など、はっきり聴き手に伝わる。録音のせいではなく、これこそアバドの個性なのだと思う。


「哀しみのシンフォニー」という愛称でこの交響曲を知りました。
確かに、「迸る哀しみ」を感じさせる名曲だと思います。

アバドの指揮で聴くと、その哀しみが、内側からジワジワ湧いてくるような気がします。上っ面の哀しみではなく、もっと本質的なものがにじみ出してくるような・・・・。

アナログ最後期の、非常に素晴らしい録音であります。
ふくよかで柔らかく、しかも鮮明。
この音を聴いていると、あれからCD録音は進歩したんかいな、と思ってしまいます。