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2006/03/04のBlog
[ 04:55 ]
[ 交響曲 ]
今日は大曲です。
ブルックナーの交響曲第8番ハ短調。
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮ウィーン・フィルの演奏。楽譜は、1890年のノヴァーク版を使用。
1984年5月、ウィーンのムジークフェラインザールでの録音。DG原盤。
これは、ジュリーニがウィーン・フィルと初めて共演した交響曲のレコード(CD)だったはず。CD番号はF66G50119~20。2枚組で定価6600円という、今から思えば超高値盤。日本発売は1985年、日本語の解説書はついているが、CDそのものは輸入盤仕様だった、懐かしいCD。
そして、ジャケット写真が素晴らしい。
この自信と決意とに満ちた表情。背景もイイ。
当時ボクはブルックナーの交響曲について、4番の「ロマンティック」くらいしか知らず、他の曲は長いだけとしか思えなかったのだが、このジュリーニ盤を聴いて感動感銘、ブルックナーの偉大さに触れて、ただ、涙・涙・涙。
特に第3楽章!
「至高のアダージョ」・・・・・と、クサイ文句を云ってしまいたくなるほど、しかしこの楽章は凄かった。
ジュリーニはスゴかった。
この楽章にかける時間は、約30分。遅い、ホンマに遅い。
滔々と美しい旋律が流れるアダージョ。
このCDでは、第3楽章16分あたりで弦楽合奏にホルンがかぶってくるところ、20分30秒ころ、24分ころの弦楽セクションが歌うところ。ゾクゾクッとしてくる感動。何か偉大なものに触れてしまったような感動。
第1楽章から、全編にわたってゆったりとしたテンポで、ジュリーニらしく「歌」に溢れたブルックナーになっている。旋律を重視しながら、曲のフォルムが腰砕けにならない、粛々として、また堂々とした威容。太古の昔から悠久と流れてきた大河のような演奏とでも云おうか。
第2楽章など、スケールが大きすぎて、あたりを振り払ってしまうような威厳もある。そして、弦楽セクションが歌う部分での優しさ・暖かさ・甘さ。これ、まさにジュリーニ。
終楽章にいたっては、もう曲の威容がすべて現れて、高峰に登り詰めたような快感がある。
ブルックナーの交響曲には神がいる・・・・と、ひと様が云うのをよく聞きますが、この第3楽章を聴くと、確かに、ああ、これがヨーロッパ人が観る神なのかと思えてきます。
ボクはキリスト教のことはよく分かりません。四国は八十八カ所で有名なところ、我が家も弘法大師よろしく真言宗です。「南無大師遍照金剛」は得意ですが、キリスト教には無縁の輩です。
でも、このブルックナーを聴くと、何か大きなもの、崇高なもの、遙か遠くに存在しているもの、どこかで我々を見ている何か・・・そんなものを感じたりします。
ジュリーニのおかげで、ブルックナーの世界に入ることが出来ました。
それでも入り口程度なんでしょうが、シューリヒトやハイティンク、ブロムシュテット、ヴァント、ヨッフム、クナッパーツブッシュ、マタチッチ・・・・・いろいろな指揮者のブルックナーを楽しむこと出来るようになったのは、このCDのおかげであります。
「ブルックナーは長いだけ、よく分からんなぁ」なんて、若いころ言っておりましたが、いやいや、このCDで、ヨーロッパの「神」(と一応言っておきますが)の端っこのそのまた端っこに触れることが出来たかもしれません。
今や廉価盤になって2枚で2000円。
ユニヴァーサルの回し者ではありませんし、自分の好みを「エエぞエエぞ」と大声で押しつけるのも気が引けるんですが・・・・・・、このジュリーニ盤はお勧めであります。
ブルックナーの交響曲第8番ハ短調。
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮ウィーン・フィルの演奏。楽譜は、1890年のノヴァーク版を使用。
1984年5月、ウィーンのムジークフェラインザールでの録音。DG原盤。
これは、ジュリーニがウィーン・フィルと初めて共演した交響曲のレコード(CD)だったはず。CD番号はF66G50119~20。2枚組で定価6600円という、今から思えば超高値盤。日本発売は1985年、日本語の解説書はついているが、CDそのものは輸入盤仕様だった、懐かしいCD。
そして、ジャケット写真が素晴らしい。
この自信と決意とに満ちた表情。背景もイイ。
当時ボクはブルックナーの交響曲について、4番の「ロマンティック」くらいしか知らず、他の曲は長いだけとしか思えなかったのだが、このジュリーニ盤を聴いて感動感銘、ブルックナーの偉大さに触れて、ただ、涙・涙・涙。
特に第3楽章!
「至高のアダージョ」・・・・・と、クサイ文句を云ってしまいたくなるほど、しかしこの楽章は凄かった。
ジュリーニはスゴかった。
この楽章にかける時間は、約30分。遅い、ホンマに遅い。
滔々と美しい旋律が流れるアダージョ。
このCDでは、第3楽章16分あたりで弦楽合奏にホルンがかぶってくるところ、20分30秒ころ、24分ころの弦楽セクションが歌うところ。ゾクゾクッとしてくる感動。何か偉大なものに触れてしまったような感動。
第1楽章から、全編にわたってゆったりとしたテンポで、ジュリーニらしく「歌」に溢れたブルックナーになっている。旋律を重視しながら、曲のフォルムが腰砕けにならない、粛々として、また堂々とした威容。太古の昔から悠久と流れてきた大河のような演奏とでも云おうか。
第2楽章など、スケールが大きすぎて、あたりを振り払ってしまうような威厳もある。そして、弦楽セクションが歌う部分での優しさ・暖かさ・甘さ。これ、まさにジュリーニ。
終楽章にいたっては、もう曲の威容がすべて現れて、高峰に登り詰めたような快感がある。
ブルックナーの交響曲には神がいる・・・・と、ひと様が云うのをよく聞きますが、この第3楽章を聴くと、確かに、ああ、これがヨーロッパ人が観る神なのかと思えてきます。
ボクはキリスト教のことはよく分かりません。四国は八十八カ所で有名なところ、我が家も弘法大師よろしく真言宗です。「南無大師遍照金剛」は得意ですが、キリスト教には無縁の輩です。
でも、このブルックナーを聴くと、何か大きなもの、崇高なもの、遙か遠くに存在しているもの、どこかで我々を見ている何か・・・そんなものを感じたりします。
ジュリーニのおかげで、ブルックナーの世界に入ることが出来ました。
それでも入り口程度なんでしょうが、シューリヒトやハイティンク、ブロムシュテット、ヴァント、ヨッフム、クナッパーツブッシュ、マタチッチ・・・・・いろいろな指揮者のブルックナーを楽しむこと出来るようになったのは、このCDのおかげであります。
「ブルックナーは長いだけ、よく分からんなぁ」なんて、若いころ言っておりましたが、いやいや、このCDで、ヨーロッパの「神」(と一応言っておきますが)の端っこのそのまた端っこに触れることが出来たかもしれません。
今や廉価盤になって2枚で2000円。
ユニヴァーサルの回し者ではありませんし、自分の好みを「エエぞエエぞ」と大声で押しつけるのも気が引けるんですが・・・・・・、このジュリーニ盤はお勧めであります。
2006/03/03のBlog
[ 05:09 ]
[ 協奏曲 ]
前日の雨で、今日の暖かさを期待していたのに・・・・真冬に逆戻り。
寒い、寒い。寒い一日。
陽光は春なのに風は冷たく気温は低い・・・・・いまだ春遠し。
さて、今日はチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品35。
相も変わらず、懐かしいLPを取り出しました。
チョン・キョンファのヴァイオリン独奏、シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団の演奏。
1981年7月、モントリオールでの録音。もう25年前の録音になってしまった。DECCA原盤。
チョン・キョンファにとっては2度目のチャイコフスキー録音。1970年代初頭に、プレヴィン/LSOと録音していた。
さて、第1楽章アレグロ・モデラート。
デュトワ/モントリオールの響きが、いつもながら素晴らしい。ふくよかで暖かく、抜けるようなストリングス。たっぷりと余裕を持って吹き抜ける金管群。これほど安定して、しかもイイ音で聴かせてくれる序奏部はあまりないのではないか。ヴァイオリンが登場する前に、すでに心地よくなってしまうフォルティシモ。ホンマにエエ音。しかもよく揃ったアンサンブル。こんなバックで弾けたら、さぞやソリストも幸せだろう。
そして、チョン・キョンファのヴァイオリンがようやく登場。
その音!
濡れたような色気のある音。自信に満ちた音。
この音色を聴いた瞬間から、チョン・キョンファの世界に引き込まれてゆく。
低音は豊麗で、引き締まっている。そこから高音に一気に駆け上がるパッセージの、鮮やかさ、スピード感。
高音ではチョン・キョンファの情熱のたぎりが聴ける。感情のおもむくままに、ヴァイオリンと同化してゆく・・・スゴイなぁ・・・。
第1楽章に約18分をかける。この協奏曲の半分を占める長さが、あっという間に終わってしまう。ソロもすごけりゃ、オケもメチャクチャに巧い。
第2楽章アンダンテ。静謐なカンツォネッタ。チョン・キョンファのヴァイオリンは、一転、内面に沈潜してゆく。抒情的に奏でるヴァイオリン。ルバートを適度に用いながら、内へ内へと、思い入れたっぷりに弾き込んでゆく。音色も、第1楽章より締まった感じ。緊張感を持った弾きっぷり。
アタッカで続く終楽章フィナーレは、ヴァイオリンのアクロバティックなパッセージが何度も炸裂。目眩くような音楽だが、チョン・キョンファは余裕たっぷり。しなやかな動きで、オケと会話しながら壮烈な盛り上がりを作ってゆく。
速い。ぐんぐん速くなってゆく終曲が見事。
録音から25年。
月日が経つのは早いものです。このLPにワクワクしたのが四半世紀前になるとは。
これからも聴き続けたい、ボクにとっての名盤であります。
寒い、寒い。寒い一日。
陽光は春なのに風は冷たく気温は低い・・・・・いまだ春遠し。
さて、今日はチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品35。
相も変わらず、懐かしいLPを取り出しました。
チョン・キョンファのヴァイオリン独奏、シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団の演奏。
1981年7月、モントリオールでの録音。もう25年前の録音になってしまった。DECCA原盤。
チョン・キョンファにとっては2度目のチャイコフスキー録音。1970年代初頭に、プレヴィン/LSOと録音していた。
さて、第1楽章アレグロ・モデラート。
デュトワ/モントリオールの響きが、いつもながら素晴らしい。ふくよかで暖かく、抜けるようなストリングス。たっぷりと余裕を持って吹き抜ける金管群。これほど安定して、しかもイイ音で聴かせてくれる序奏部はあまりないのではないか。ヴァイオリンが登場する前に、すでに心地よくなってしまうフォルティシモ。ホンマにエエ音。しかもよく揃ったアンサンブル。こんなバックで弾けたら、さぞやソリストも幸せだろう。
そして、チョン・キョンファのヴァイオリンがようやく登場。
その音!
濡れたような色気のある音。自信に満ちた音。
この音色を聴いた瞬間から、チョン・キョンファの世界に引き込まれてゆく。
低音は豊麗で、引き締まっている。そこから高音に一気に駆け上がるパッセージの、鮮やかさ、スピード感。
高音ではチョン・キョンファの情熱のたぎりが聴ける。感情のおもむくままに、ヴァイオリンと同化してゆく・・・スゴイなぁ・・・。
第1楽章に約18分をかける。この協奏曲の半分を占める長さが、あっという間に終わってしまう。ソロもすごけりゃ、オケもメチャクチャに巧い。
第2楽章アンダンテ。静謐なカンツォネッタ。チョン・キョンファのヴァイオリンは、一転、内面に沈潜してゆく。抒情的に奏でるヴァイオリン。ルバートを適度に用いながら、内へ内へと、思い入れたっぷりに弾き込んでゆく。音色も、第1楽章より締まった感じ。緊張感を持った弾きっぷり。
アタッカで続く終楽章フィナーレは、ヴァイオリンのアクロバティックなパッセージが何度も炸裂。目眩くような音楽だが、チョン・キョンファは余裕たっぷり。しなやかな動きで、オケと会話しながら壮烈な盛り上がりを作ってゆく。
速い。ぐんぐん速くなってゆく終曲が見事。
録音から25年。
月日が経つのは早いものです。このLPにワクワクしたのが四半世紀前になるとは。
これからも聴き続けたい、ボクにとっての名盤であります。
2006/03/02のBlog
[ 04:25 ]
[ 交響曲 ]
今日も一日中、雨がしとしと降りました。
ここのところ、よく降ります。底冷えするような日です。
これが「春の雨」であればいいんですが。暖かくなるのはもう少し先かな。
さて、今日はブルックナーの交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」。
ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団の演奏。1967年10月録音、CBS原盤。
昨日と同じく、これも懐かしいLP。
ボクが初めて買った、そして初めて聴いた「ロマンティック」であります。
CBSソニーが発売した「オーマンディ音の饗宴1300」シリーズの1枚で、タイトル名通り1300円の廉価盤。レコード番号はSOCT20。
埼玉県は西武池袋線・狭山ヶ丘駅前のサヤマ・レコードで購入。
このレコード店はもうとっくになくなっているのだが、当時は小さなレコード・ショップでもそこそこクラシック音楽を置いてあって、あれこれとレコード選びが楽しめたものだった。
(駅前には、そう、小さな駅でも、レコード屋がだいたいあって、こじんまりと経営していたものだったが、今はどうなんだろう。そこそこ乗降客がいる都会でも、経営は厳しいのかしら?)
ジャケットは廉価盤にしては豪華な金色。オーマンディ/フィラデルフィアのゴージャスなサウンドを象徴するかのようなデザインだった。尤も、シリーズすべて同じデザイン(真ん中に楽団の写真)であったが・・・。
今聴いてみると、いかにもオーマンディ/フィラデルフィアのコンビ、颯爽としたテンポで、流麗でゴージャス、綺麗に仕上げた「ロマンティック」になっている。
第1楽章、冒頭からフィラデルフィア管の豊かでグラマラスな響きが耳に飛び込んでくる。カンバスに原色の絵の具を塗りたくったような、一つひとつの音が美しく輝いている。実に豊麗な色彩。R・コルサコフの「シェエラザード」を聴いているかのような、豪華な響き。ある意味では屈託ないサウンドが響き渡る。
ステレオの前に座って、右奥のトランペットの響きが明るく気持ちよい。中央のホルンは深々として甘い響き。どちらも、健康的な響きだ。
オーマンディの指揮は、各楽器のテクニックを信頼して、自主性を尊重している感じ。テンポやや速めで、推進力に富んでいる。
第2楽章、弱音器つきのヴァイオリンの響きが美しい。木管のアンサンブルも緊密で、鼻から抜けるような、これまた明るく甘い響きが印象的。フィラデルフィアの管楽器は非常に巧い。とにかく音色が素晴らしい。
第3楽章でも金管の合奏がイイ。冒頭のホルンのアンサンブルにトランペットが絡んでくるところなど、最高の聴きもの。あまりの巧さに、しばし呆然。
中間部のトリオでの木管アンサンブルもスゴイ。
終楽章は、テンポは中庸、大家の風格。堂々たる終曲で、ここでも管楽器が巧い。
全体的には金管・木管の巧さ、響きの豪華さ、音色の甘さ(ほとんど快感だなぁ)が素晴らしい演奏。弦楽器群もイイ音を出しているのに、管楽器の音色が美しいのでそちらに耳を奪われます。
ブルックナーの交響曲を聴いた、というより、出来の良い管弦楽曲を、素晴らしいオケで聴いたという印象が残ります。
それだけ、オケの響きが原色的で鮮やかだということでしょう。
録音はまずまず。ホールトーンも十分だし、楽器の定位も良い。
CBSにしては良い方の部類に入る録音だと思う。
我が家のステレオ、CBS録音との相性がイマイチのことが多く、特にセル/クリーヴランドの再生が苦手のようでありまして・・・・・。
ここのところ、よく降ります。底冷えするような日です。
これが「春の雨」であればいいんですが。暖かくなるのはもう少し先かな。
さて、今日はブルックナーの交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」。
ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団の演奏。1967年10月録音、CBS原盤。
昨日と同じく、これも懐かしいLP。
ボクが初めて買った、そして初めて聴いた「ロマンティック」であります。
CBSソニーが発売した「オーマンディ音の饗宴1300」シリーズの1枚で、タイトル名通り1300円の廉価盤。レコード番号はSOCT20。
埼玉県は西武池袋線・狭山ヶ丘駅前のサヤマ・レコードで購入。
このレコード店はもうとっくになくなっているのだが、当時は小さなレコード・ショップでもそこそこクラシック音楽を置いてあって、あれこれとレコード選びが楽しめたものだった。
(駅前には、そう、小さな駅でも、レコード屋がだいたいあって、こじんまりと経営していたものだったが、今はどうなんだろう。そこそこ乗降客がいる都会でも、経営は厳しいのかしら?)
ジャケットは廉価盤にしては豪華な金色。オーマンディ/フィラデルフィアのゴージャスなサウンドを象徴するかのようなデザインだった。尤も、シリーズすべて同じデザイン(真ん中に楽団の写真)であったが・・・。
今聴いてみると、いかにもオーマンディ/フィラデルフィアのコンビ、颯爽としたテンポで、流麗でゴージャス、綺麗に仕上げた「ロマンティック」になっている。
第1楽章、冒頭からフィラデルフィア管の豊かでグラマラスな響きが耳に飛び込んでくる。カンバスに原色の絵の具を塗りたくったような、一つひとつの音が美しく輝いている。実に豊麗な色彩。R・コルサコフの「シェエラザード」を聴いているかのような、豪華な響き。ある意味では屈託ないサウンドが響き渡る。
ステレオの前に座って、右奥のトランペットの響きが明るく気持ちよい。中央のホルンは深々として甘い響き。どちらも、健康的な響きだ。
オーマンディの指揮は、各楽器のテクニックを信頼して、自主性を尊重している感じ。テンポやや速めで、推進力に富んでいる。
第2楽章、弱音器つきのヴァイオリンの響きが美しい。木管のアンサンブルも緊密で、鼻から抜けるような、これまた明るく甘い響きが印象的。フィラデルフィアの管楽器は非常に巧い。とにかく音色が素晴らしい。
第3楽章でも金管の合奏がイイ。冒頭のホルンのアンサンブルにトランペットが絡んでくるところなど、最高の聴きもの。あまりの巧さに、しばし呆然。
中間部のトリオでの木管アンサンブルもスゴイ。
終楽章は、テンポは中庸、大家の風格。堂々たる終曲で、ここでも管楽器が巧い。
全体的には金管・木管の巧さ、響きの豪華さ、音色の甘さ(ほとんど快感だなぁ)が素晴らしい演奏。弦楽器群もイイ音を出しているのに、管楽器の音色が美しいのでそちらに耳を奪われます。
ブルックナーの交響曲を聴いた、というより、出来の良い管弦楽曲を、素晴らしいオケで聴いたという印象が残ります。
それだけ、オケの響きが原色的で鮮やかだということでしょう。
録音はまずまず。ホールトーンも十分だし、楽器の定位も良い。
CBSにしては良い方の部類に入る録音だと思う。
我が家のステレオ、CBS録音との相性がイマイチのことが多く、特にセル/クリーヴランドの再生が苦手のようでありまして・・・・・。
2006/03/01のBlog
[ 03:47 ]
[ 交響曲 ]
今日は懐かしい演奏であります。
マーラーの交響曲第2番ハ短調「復活」。
ズービン・メータ指揮ウィーン・フィルの演奏。
ソプラノはイレアナ・コトルバス、アルトはクリスタ・ルートヴィヒ。合唱はウィーン国立歌劇場合唱団。
1975年2月、ウィーンのソフィエンザールでの録音。DECCA原盤。
長い間、キング・レコード発売の2枚組のLPで聴いてきたが、先日、中古盤屋で1枚もののCDを見つけたので購入。
「DECCA Legends シリーズ」のもので、96kHz 24-bit リマスタリングということで、随分音が良くなっているらしい。
「あれ以上音が良くなるのか?」と、思わずボクは購入したのであります。
(CDジャケット裏のデザインは、LP初出当時のものです。それを画像に用いています。)
メータ/VPO盤の「復活」はLP時代から素晴らしい録音で有名だった。そもそも、メータのレコードはどれもが優秀録音。ロサンゼルスPOと録音したストラヴィンスキーやR・シュトラウス、ホルストの「惑星」は見事としか云いようがない音の饗宴だった。おそらく、演奏効果の高いオーケストラ曲を選んで録音したのだろうが、メータは、そんな大規模な管弦楽曲を振るのが実に巧かった。
この「復活」も、実にメータらしく、バトンが非常に冴えている。
オケのすべての楽器が実によく鳴る。
聴かせどころでは、音量が上がって聴き手にグッと迫ってくる。
しかも、音楽の造形が崩れず、常にしっかりした骨格を保っている。
繊細極まるピアニシモ。本当に美しく、ため息が出るような弱音。
デュナーミクが非常に大きく、オーディオ的効果バツグン。
メータの音楽は、マッチョで恰幅が良く、いい意味で健康的、屈託がない。
小さなことにコセコセとこだわらず、音楽そのものを大づかみに、迫力を持って聴き手に提示する・・・・そんな指揮者だと思う。
1960年代から1980年代の間、家庭にステレオが普及して、一時オーディオ・ブームが湧き起こったが、この普及・ブームの時とメータの録音量・メータの活躍が一致しているようで面白い。
オーディオ・ブームが去ると、メータの活躍の知らせ(録音)が滞るようになったのは、メータの演奏がオーディオ的だったからか、と思ったりする。
コトルバスのソプラノはとても美しい(少し声が弱いような気もするが)。
ルートヴィッヒは貫禄の歌唱。この人のマーラーは、「はずれ」がない。
ウィーン国立歌劇場合唱団の声の迫力も素晴らしい。DECCAの録音がイイので迫真的な大合唱になっている。
ああ、それにしても、素晴らしい「復活」。
懐かしい「復活」。
オケは最高のウィーン・フィル、迫力があって、音色は色彩的で輝くように鮮烈。
しかも、推進力が十分で、音のパノラマを観ているような感じさえする。
そして、感動の終楽章。明るく希望に満ちた終曲。
メータの振る終楽章で、何度勇気づけられたことか。
これは思い出の「復活」でもあります。
マーラーの交響曲第2番ハ短調「復活」。
ズービン・メータ指揮ウィーン・フィルの演奏。
ソプラノはイレアナ・コトルバス、アルトはクリスタ・ルートヴィヒ。合唱はウィーン国立歌劇場合唱団。
1975年2月、ウィーンのソフィエンザールでの録音。DECCA原盤。
長い間、キング・レコード発売の2枚組のLPで聴いてきたが、先日、中古盤屋で1枚もののCDを見つけたので購入。
「DECCA Legends シリーズ」のもので、96kHz 24-bit リマスタリングということで、随分音が良くなっているらしい。
「あれ以上音が良くなるのか?」と、思わずボクは購入したのであります。
(CDジャケット裏のデザインは、LP初出当時のものです。それを画像に用いています。)
メータ/VPO盤の「復活」はLP時代から素晴らしい録音で有名だった。そもそも、メータのレコードはどれもが優秀録音。ロサンゼルスPOと録音したストラヴィンスキーやR・シュトラウス、ホルストの「惑星」は見事としか云いようがない音の饗宴だった。おそらく、演奏効果の高いオーケストラ曲を選んで録音したのだろうが、メータは、そんな大規模な管弦楽曲を振るのが実に巧かった。
この「復活」も、実にメータらしく、バトンが非常に冴えている。
オケのすべての楽器が実によく鳴る。
聴かせどころでは、音量が上がって聴き手にグッと迫ってくる。
しかも、音楽の造形が崩れず、常にしっかりした骨格を保っている。
繊細極まるピアニシモ。本当に美しく、ため息が出るような弱音。
デュナーミクが非常に大きく、オーディオ的効果バツグン。
メータの音楽は、マッチョで恰幅が良く、いい意味で健康的、屈託がない。
小さなことにコセコセとこだわらず、音楽そのものを大づかみに、迫力を持って聴き手に提示する・・・・そんな指揮者だと思う。
1960年代から1980年代の間、家庭にステレオが普及して、一時オーディオ・ブームが湧き起こったが、この普及・ブームの時とメータの録音量・メータの活躍が一致しているようで面白い。
オーディオ・ブームが去ると、メータの活躍の知らせ(録音)が滞るようになったのは、メータの演奏がオーディオ的だったからか、と思ったりする。
コトルバスのソプラノはとても美しい(少し声が弱いような気もするが)。
ルートヴィッヒは貫禄の歌唱。この人のマーラーは、「はずれ」がない。
ウィーン国立歌劇場合唱団の声の迫力も素晴らしい。DECCAの録音がイイので迫真的な大合唱になっている。
ああ、それにしても、素晴らしい「復活」。
懐かしい「復活」。
オケは最高のウィーン・フィル、迫力があって、音色は色彩的で輝くように鮮烈。
しかも、推進力が十分で、音のパノラマを観ているような感じさえする。
そして、感動の終楽章。明るく希望に満ちた終曲。
メータの振る終楽章で、何度勇気づけられたことか。
これは思い出の「復活」でもあります。
2006/02/28のBlog
[ 05:36 ]
[ 協奏曲 ]
バロック音楽をあまり聴きません・・・・・。
昔、FM放送の早朝番組「バロック音楽をあなたに」などをよく聴いていたものなんですが、CDやレコードはあまり持っていないんです。
マルワレコードの閉店半額セールで、DENONのクレスト1000シリーズをだいぶ買い込みました(クレスト500ですなぁ・・・)。その中に結構、バロックものがありまして、さあ、これから聴き込んでみようと思っています。
今日はその中の1枚。
ヴィヴァルディのバスーン協奏曲集。
ミラン・トゥルコヴィッチのバスーン独奏、イタリア合奏団の演奏。
1990年8月、イタリアのパドヴァ市郊外のコンターリニ宮での録音。
DENONのクレスト1000シリーズからの1枚。
ヴィヴァルディはバスーン協奏曲を36曲も書いたという(知らなかった・・・・(^^ゞ)、そして、これらはヴェネツィアの女子慈善院のために書かれたらしい。
CDのジャケットが美しい。これ、実はジャケット買いの1枚でもあります。
カナレットの「ヴェネツィア、昇天節の日のサン=マルコの船着場」という絵。
(カナレットは18世紀のヴェネツィアの写実画を書いた画家らしい)
買って正解。
演奏も素晴らしく、録音がまたよかった。
トゥルコヴィッチのバスーンがとにかく素晴らしい。
低音が深みがあって落ち着いた響き。男らしく慎ましい音色がイイし、包み込むよう暖かさと柔らかさに富んでいて、このソロを聴いているだけで気持ちよくなる。
高音は一転して華やかで軽やか。明るい音色がチャーミング。おきゃんなお転婆娘が転げ回っているような、おしゃべりに興じているような感じ。
イタリア合奏団の演奏は、軽やかで艶やかな弦楽の音色がたまらない。
そして、コンターリニ宮での録音!
素晴らしい。奥行き、定位、臨場感とも文句なし。音色も全体的に華やかで明るくなる。惜しむらくは、残響が良いので、バスーンの細かなパッセージが響きすぎてしまう。
マイクのセッティングがややオフ・マイクのせいもあるのだろう、トゥルコヴィッチの指の動きが少し聴き取りにくい・・・・なんて云ったら欲が深すぎかな(^^ゞ
全部で5曲を収録している。いずれも初めて聴く協奏曲で、とても楽しかった。
(1)バスーン協奏曲 ホ短調 RV484,FVIII-6/
(2)変ロ長調 RV501,FVIII-1「夜」/
(3)ハ短調 RV480,FVIII-14/
(4)イ短調 RV498,FVIII-2/
(5)ハ長調 RV478,FVIII-3
昔、FM放送の早朝番組「バロック音楽をあなたに」などをよく聴いていたものなんですが、CDやレコードはあまり持っていないんです。
マルワレコードの閉店半額セールで、DENONのクレスト1000シリーズをだいぶ買い込みました(クレスト500ですなぁ・・・)。その中に結構、バロックものがありまして、さあ、これから聴き込んでみようと思っています。
今日はその中の1枚。
ヴィヴァルディのバスーン協奏曲集。
ミラン・トゥルコヴィッチのバスーン独奏、イタリア合奏団の演奏。
1990年8月、イタリアのパドヴァ市郊外のコンターリニ宮での録音。
DENONのクレスト1000シリーズからの1枚。
ヴィヴァルディはバスーン協奏曲を36曲も書いたという(知らなかった・・・・(^^ゞ)、そして、これらはヴェネツィアの女子慈善院のために書かれたらしい。
CDのジャケットが美しい。これ、実はジャケット買いの1枚でもあります。
カナレットの「ヴェネツィア、昇天節の日のサン=マルコの船着場」という絵。
(カナレットは18世紀のヴェネツィアの写実画を書いた画家らしい)
買って正解。
演奏も素晴らしく、録音がまたよかった。
トゥルコヴィッチのバスーンがとにかく素晴らしい。
低音が深みがあって落ち着いた響き。男らしく慎ましい音色がイイし、包み込むよう暖かさと柔らかさに富んでいて、このソロを聴いているだけで気持ちよくなる。
高音は一転して華やかで軽やか。明るい音色がチャーミング。おきゃんなお転婆娘が転げ回っているような、おしゃべりに興じているような感じ。
イタリア合奏団の演奏は、軽やかで艶やかな弦楽の音色がたまらない。
そして、コンターリニ宮での録音!
素晴らしい。奥行き、定位、臨場感とも文句なし。音色も全体的に華やかで明るくなる。惜しむらくは、残響が良いので、バスーンの細かなパッセージが響きすぎてしまう。
マイクのセッティングがややオフ・マイクのせいもあるのだろう、トゥルコヴィッチの指の動きが少し聴き取りにくい・・・・なんて云ったら欲が深すぎかな(^^ゞ
全部で5曲を収録している。いずれも初めて聴く協奏曲で、とても楽しかった。
(1)バスーン協奏曲 ホ短調 RV484,FVIII-6/
(2)変ロ長調 RV501,FVIII-1「夜」/
(3)ハ短調 RV480,FVIII-14/
(4)イ短調 RV498,FVIII-2/
(5)ハ長調 RV478,FVIII-3
2006/02/27のBlog
[ 05:54 ]
[ 声楽曲・オペラ ]
春の雨。
しとしと降ったあとは、伊予路に春風が吹きました。
気温も上昇して、一枚脱いでも大丈夫な陽気。
ああ、ようやく春が来たかな・・・・。
今日は、フォーレのレクイエム作品48。
コリン・デイヴィス指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。ソプラノはルチア・ポップ、バスはサイモン・エステス、合唱はライプツィヒ放送合唱団。
1984年11月、ドレスデンの聖ルカ教会での録音。フィリップス原盤。
ボクはフォーレのレクイエムが大好きです。
特に、「ああ、イエスよ(ピエ・イエズス)」が好きです。永遠の浄福のような音楽。よくも、こんなに美しい音楽をフォーレは書いたもんです。
今日のCDは、その「ああ、イエスよ」を、ルチア・ポップの声で聴きたくて購入したもの。
演奏者をよく見てみると、フォーレのご当地・フランスとは全く関係のない面々によるものになっている。誰もフランス系がおらんぞ。
デイヴィスはイギリス、ポップは出身がチェコで活躍しているのは主としてドイツ・オーストリア、エステスはアメリカ、オケと合唱はバリバリのドイツ(当時は東ドイツ!)。
という訳なので、フランス的な繊細さとは少し違った演奏になっているかもしれない。
さて、お目当てのポップの歌唱が、いつも通り、最高に素晴らしい。
「ああ、イエスよ」の遅さ。非常にゆっくりしたテンポで、抒情的に歌い上げてゆく。たっぷり、ゆったりとした歌唱。ポップのクールで透明度の高い声は、いつ聴いても最高だなぁと思う。この声が、教会全体に広がって徐々に消えてゆくときの美しさは、至高の美。弱音器をつけた弦も、清楚なオルガンも好演。ああ、永遠の安息。
エステスの声が、大変美しい。「奉献唱」は深みがあって真摯な歌唱、好感が持てる。少しオペラティックかなと思うが、声の良さは素晴らしい。「リベラ・メ」では、逞しすぎる歌唱になってしまったが、合唱もかなりダイナミック、ドラマティックなので、デイヴィスのフォーレ解釈が、その方向なのだろう。
「サンクトゥス」の合唱が巧い。フォーレのレクイエム中、最も美しい合唱曲。ハープの分散和音が印象的。ソプラノ合唱と男声合唱が互いに、掛け合うように歌うところは特に美しい。
デイヴィスの指揮はメリハリを利かせたドラマティックな感じ。ドレスデン・シュターツカペレの演奏は、楽器がよく融け合って綺麗。
聖ルカ教会での録音がこれまた素晴らしい。ピアニシモが特に綺麗。
教会の天井に向かって合唱が伸びてゆく様子がまた綺麗。天井の高さが見えるような感じ。
合唱の定位良し、解像度良し、声も左右一杯に拡大して気持ちよい。
このCD、フォーレのレクイエムとしてはやや異質なんでしょうが、録音が良いのとオケ・合唱の美しさで、よく取り出します。
もちろん、ポップのソロが最高なんですが。
しとしと降ったあとは、伊予路に春風が吹きました。
気温も上昇して、一枚脱いでも大丈夫な陽気。
ああ、ようやく春が来たかな・・・・。
今日は、フォーレのレクイエム作品48。
コリン・デイヴィス指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。ソプラノはルチア・ポップ、バスはサイモン・エステス、合唱はライプツィヒ放送合唱団。
1984年11月、ドレスデンの聖ルカ教会での録音。フィリップス原盤。
ボクはフォーレのレクイエムが大好きです。
特に、「ああ、イエスよ(ピエ・イエズス)」が好きです。永遠の浄福のような音楽。よくも、こんなに美しい音楽をフォーレは書いたもんです。
今日のCDは、その「ああ、イエスよ」を、ルチア・ポップの声で聴きたくて購入したもの。
演奏者をよく見てみると、フォーレのご当地・フランスとは全く関係のない面々によるものになっている。誰もフランス系がおらんぞ。
デイヴィスはイギリス、ポップは出身がチェコで活躍しているのは主としてドイツ・オーストリア、エステスはアメリカ、オケと合唱はバリバリのドイツ(当時は東ドイツ!)。
という訳なので、フランス的な繊細さとは少し違った演奏になっているかもしれない。
さて、お目当てのポップの歌唱が、いつも通り、最高に素晴らしい。
「ああ、イエスよ」の遅さ。非常にゆっくりしたテンポで、抒情的に歌い上げてゆく。たっぷり、ゆったりとした歌唱。ポップのクールで透明度の高い声は、いつ聴いても最高だなぁと思う。この声が、教会全体に広がって徐々に消えてゆくときの美しさは、至高の美。弱音器をつけた弦も、清楚なオルガンも好演。ああ、永遠の安息。
エステスの声が、大変美しい。「奉献唱」は深みがあって真摯な歌唱、好感が持てる。少しオペラティックかなと思うが、声の良さは素晴らしい。「リベラ・メ」では、逞しすぎる歌唱になってしまったが、合唱もかなりダイナミック、ドラマティックなので、デイヴィスのフォーレ解釈が、その方向なのだろう。
「サンクトゥス」の合唱が巧い。フォーレのレクイエム中、最も美しい合唱曲。ハープの分散和音が印象的。ソプラノ合唱と男声合唱が互いに、掛け合うように歌うところは特に美しい。
デイヴィスの指揮はメリハリを利かせたドラマティックな感じ。ドレスデン・シュターツカペレの演奏は、楽器がよく融け合って綺麗。
聖ルカ教会での録音がこれまた素晴らしい。ピアニシモが特に綺麗。
教会の天井に向かって合唱が伸びてゆく様子がまた綺麗。天井の高さが見えるような感じ。
合唱の定位良し、解像度良し、声も左右一杯に拡大して気持ちよい。
このCD、フォーレのレクイエムとしてはやや異質なんでしょうが、録音が良いのとオケ・合唱の美しさで、よく取り出します。
もちろん、ポップのソロが最高なんですが。
2006/02/26のBlog
[ 04:19 ]
[ 交響曲 ]
伊予路はだいぶ春めいてきましたが、まだ冬の名残があります。
気温も上がったり下がったり、「三寒四温」でしょうか。
もう雪は降らないでしょうが、3月上旬にはまた冷え込むのかな。
さて、今日はチャイコフスキーでも。
交響曲第6番ロ短調 作品74「悲愴」。
エフゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団。
1960年11月、レニングラード・フィルが西側に出てきたときに、ウィーンで録音したもの。DG原盤。
もう、40年以上、定盤中の定盤になっている、名演奏。
久しぶりに取り出して聴いてみたが、いやはや、初めて聴いたときの感動そのまま、またもや完璧に圧倒された。
何というアンサンブル!
凄まじい、驚異的、鉄壁・・・・思い当たる言葉が浮かんでこない(^^ゞ
異常なまでの集中力を持った演奏であって、指揮者の尋常ならざる統率力が、聴き手に迫ってくる。
そして、それと同じだけの緊張感を聴き手に強いる演奏でもある・・・・。
いやぁ疲れた。
第1楽章からレニングラード・フィルのパワー全開。特に展開部の迫力。数多の「悲愴」の中で最も激烈な音楽がここにある。
金管の凄まじいまでの咆吼。音がデカイだけでなく、それを楽々と吹ききってしまうテクニック。
弦楽器群の悲鳴に近い音色もスゴイ。でも音は研ぎ澄まされてとても綺麗。しかも揃いすぎるくらいに揃っている(ボウイングが綺麗に揃った様子、観てみたかった・・・・きっと壮観だろうなぁ・・・・)
第2楽章の優美な旋律さえ、悲愴感漂う。本来メロディアスで微笑んだような部分でさえ、厳しく張りつめたような迫力がある。ムラヴィンスキーの凄さはこういったところにあるのかもしれない。
第3楽章の迫力も圧倒的。弦も管も、気持ちいいくらい鳴りまくっている。しかも、それが一糸乱れぬ揃い方なのだから、もはや何をか言わんや。
終楽章の弦楽器の響きも痛切。特にヴァイオリンが揃いすぎて、響きが「細い」。響きが薄いのではない(十分に厚い響きだ)。「細い」。音も大きいし音色も輝かしい、しかもアンサンブルが完璧なので、ヴァイオリン群が細身に聞こえる。だから、さらに悲愴感が高まる・・・・。
45年以上も前の録音なのに、素晴らしい響き。
DGの録音は、可もなく不可もなし・・・というものが多いのだが(我が家ではそう感じるのであります)、このチャイコフスキー後期交響曲集は別格。
スゴイ録音であります。
今も現役で十分通用します。
まさに名演奏の名録音。
今後とも聴き続けていきたい名盤であります。
気温も上がったり下がったり、「三寒四温」でしょうか。
もう雪は降らないでしょうが、3月上旬にはまた冷え込むのかな。
さて、今日はチャイコフスキーでも。
交響曲第6番ロ短調 作品74「悲愴」。
エフゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団。
1960年11月、レニングラード・フィルが西側に出てきたときに、ウィーンで録音したもの。DG原盤。
もう、40年以上、定盤中の定盤になっている、名演奏。
久しぶりに取り出して聴いてみたが、いやはや、初めて聴いたときの感動そのまま、またもや完璧に圧倒された。
何というアンサンブル!
凄まじい、驚異的、鉄壁・・・・思い当たる言葉が浮かんでこない(^^ゞ
異常なまでの集中力を持った演奏であって、指揮者の尋常ならざる統率力が、聴き手に迫ってくる。
そして、それと同じだけの緊張感を聴き手に強いる演奏でもある・・・・。
いやぁ疲れた。
第1楽章からレニングラード・フィルのパワー全開。特に展開部の迫力。数多の「悲愴」の中で最も激烈な音楽がここにある。
金管の凄まじいまでの咆吼。音がデカイだけでなく、それを楽々と吹ききってしまうテクニック。
弦楽器群の悲鳴に近い音色もスゴイ。でも音は研ぎ澄まされてとても綺麗。しかも揃いすぎるくらいに揃っている(ボウイングが綺麗に揃った様子、観てみたかった・・・・きっと壮観だろうなぁ・・・・)
第2楽章の優美な旋律さえ、悲愴感漂う。本来メロディアスで微笑んだような部分でさえ、厳しく張りつめたような迫力がある。ムラヴィンスキーの凄さはこういったところにあるのかもしれない。
第3楽章の迫力も圧倒的。弦も管も、気持ちいいくらい鳴りまくっている。しかも、それが一糸乱れぬ揃い方なのだから、もはや何をか言わんや。
終楽章の弦楽器の響きも痛切。特にヴァイオリンが揃いすぎて、響きが「細い」。響きが薄いのではない(十分に厚い響きだ)。「細い」。音も大きいし音色も輝かしい、しかもアンサンブルが完璧なので、ヴァイオリン群が細身に聞こえる。だから、さらに悲愴感が高まる・・・・。
45年以上も前の録音なのに、素晴らしい響き。
DGの録音は、可もなく不可もなし・・・というものが多いのだが(我が家ではそう感じるのであります)、このチャイコフスキー後期交響曲集は別格。
スゴイ録音であります。
今も現役で十分通用します。
まさに名演奏の名録音。
今後とも聴き続けていきたい名盤であります。
[ 03:55 ]
[ クラシック音楽その他 ]
yurikamome122さんから「楽器バトン」をいただきました。
では、書いてみます。
************
Q1:あなたのやっている(やっていた)楽器と楽器歴を教えてください。
ギターをしていました。
ボクら40代の中年は、ほとんどの者がギターを経験しているんじゃないでしょうか。
髪を伸ばして、ベルボトムを穿いて、白いギターを抱えていると、女の子にモテる・・・・・そう錯覚していた時代であります。いや、懐かしい・・・と言うか恥ずかしい。
初めて買ってもらったのは安物のガット・ギター、中学1年のころです。でも時代はフォーク全盛期、当然の如くフォークギターになり、大学入学にはウェスタン・ギターへ・・・・都合3台になります。御茶ノ水の下倉楽器まで買いに行ったのを思い出します。
今は弾きません。いえ、弾けません。腕もなくしましたし、そもそもギターが家にありません。
Q2:あなたがその楽器を始めたきっかけはなんですか?
Q1に書いたように、「髪を伸ばして、ベルボトムを穿いて、白いギターを抱えていると、女の子にモテる」であります。
というのは置いておいて・・・・(^^ゞ
本当は、当時ブームだった吉田拓郎、かぐや姫、井上陽水、小椋佳など、いわゆる「弾き語り」をしたかったんです。
5歳上の兄が好きだったので、強く影響されました。
Q3:もっとも影響を受けたミュージシャンは誰ですか?(複数回答可)
ギターでは、伊勢正三、長谷川きよし、石川鷹彦、鈴木康博。
クラシック音楽のブログですので、クラシックでいきますと・・・・・
作曲家ではモーツァルト、ベートーヴェン。この2人は絶対。いつもCDを買ってしまいます。他にマーラーとブルックナー。CDが増殖中です。
演奏家では、ヘルベルト・フォン・カラヤン、レナード・バーンスタイン、オトマール・スウィトナー、ベルナルト・ハイティンク、フリードリヒ・グルダ、ウラディーミル・アシュケナージ・・・・かな。我が家に、これらの演奏家のCDが沢山ありますので。
Q4:あなたが楽器を演奏していてよかったなぁと思ったときのことを教えてください。
カラオケでのレパートリーが多いですぞ(笑)。
それに、そこでついハモっちゃう。ハモれちゃう。これ、喜んでくれる人が結構います。オヤジですなぁ(^^ゞ。
Q5:もし生まれ変わったらどんな楽器をやってみたいですか?
ピアノです。
昭和30年代生まれのボクは「現代っ子」になるんですが、それでも、どの家庭でもピアノを習わせることが出来るほど、日本は裕福ではなかったのだと思います。
埼玉の草深い田舎に生まれ、音楽的な環境といえば、酔っぱらいの親父が歌う三波春夫でありまして、クラシック音楽など別の世界のことでした。
今、こうしてクラシック音楽を聴くのを楽しんでいると、「ああ、ピアノが弾けたならなぁ」と思うことが多いですね。
Q6:あなたのメイン楽器パートでソロを弾く(吹く)ときの手癖は?
ギターの話です。3フィンガーの時、つい薬指が出ちゃうんです。
Q7:楽器の目標
今はありません。
Q8:回す人
yuhotoさん
narkejpさん
Niklaus Vogelさん
お三方に回すようなのですが、すみませんがお願いできないでしょうか。
どうぞ、スルーしていただいても構いません。
初めてバトンなるものを回してみるんですが。
申し訳ありません。
では、書いてみます。
************
Q1:あなたのやっている(やっていた)楽器と楽器歴を教えてください。
ギターをしていました。
ボクら40代の中年は、ほとんどの者がギターを経験しているんじゃないでしょうか。
髪を伸ばして、ベルボトムを穿いて、白いギターを抱えていると、女の子にモテる・・・・・そう錯覚していた時代であります。いや、懐かしい・・・と言うか恥ずかしい。
初めて買ってもらったのは安物のガット・ギター、中学1年のころです。でも時代はフォーク全盛期、当然の如くフォークギターになり、大学入学にはウェスタン・ギターへ・・・・都合3台になります。御茶ノ水の下倉楽器まで買いに行ったのを思い出します。
今は弾きません。いえ、弾けません。腕もなくしましたし、そもそもギターが家にありません。
Q2:あなたがその楽器を始めたきっかけはなんですか?
Q1に書いたように、「髪を伸ばして、ベルボトムを穿いて、白いギターを抱えていると、女の子にモテる」であります。
というのは置いておいて・・・・(^^ゞ
本当は、当時ブームだった吉田拓郎、かぐや姫、井上陽水、小椋佳など、いわゆる「弾き語り」をしたかったんです。
5歳上の兄が好きだったので、強く影響されました。
Q3:もっとも影響を受けたミュージシャンは誰ですか?(複数回答可)
ギターでは、伊勢正三、長谷川きよし、石川鷹彦、鈴木康博。
クラシック音楽のブログですので、クラシックでいきますと・・・・・
作曲家ではモーツァルト、ベートーヴェン。この2人は絶対。いつもCDを買ってしまいます。他にマーラーとブルックナー。CDが増殖中です。
演奏家では、ヘルベルト・フォン・カラヤン、レナード・バーンスタイン、オトマール・スウィトナー、ベルナルト・ハイティンク、フリードリヒ・グルダ、ウラディーミル・アシュケナージ・・・・かな。我が家に、これらの演奏家のCDが沢山ありますので。
Q4:あなたが楽器を演奏していてよかったなぁと思ったときのことを教えてください。
カラオケでのレパートリーが多いですぞ(笑)。
それに、そこでついハモっちゃう。ハモれちゃう。これ、喜んでくれる人が結構います。オヤジですなぁ(^^ゞ。
Q5:もし生まれ変わったらどんな楽器をやってみたいですか?
ピアノです。
昭和30年代生まれのボクは「現代っ子」になるんですが、それでも、どの家庭でもピアノを習わせることが出来るほど、日本は裕福ではなかったのだと思います。
埼玉の草深い田舎に生まれ、音楽的な環境といえば、酔っぱらいの親父が歌う三波春夫でありまして、クラシック音楽など別の世界のことでした。
今、こうしてクラシック音楽を聴くのを楽しんでいると、「ああ、ピアノが弾けたならなぁ」と思うことが多いですね。
Q6:あなたのメイン楽器パートでソロを弾く(吹く)ときの手癖は?
ギターの話です。3フィンガーの時、つい薬指が出ちゃうんです。
Q7:楽器の目標
今はありません。
Q8:回す人
yuhotoさん
narkejpさん
Niklaus Vogelさん
お三方に回すようなのですが、すみませんがお願いできないでしょうか。
どうぞ、スルーしていただいても構いません。
初めてバトンなるものを回してみるんですが。
申し訳ありません。
2006/02/25のBlog
[ 02:27 ]
[ 声楽曲・オペラ ]
今日はプッチーニのオペラ「トゥーランドット」(抜粋盤)です。
「誰も寝てはならぬ」です。
そして、今日はお祝いです。
荒川静香選手、おめでとう。感動的な金メダルでした。
(深夜から早朝のテレビ放送だったので、文字通り「誰も寝てはならぬ」だったんじゃないだろうか?・・・・(^^ゞ・・・)
いやはや、完璧なフリー演技でした。美しかった。自信に満ちて、輝いておりました。
最後までミスなく滑り終えてくれよと、祈るように見てしまいました。
刈屋富士雄アナウンサーの、フィギア・スケートらしい品の良い冷静な実況も良かった。
他の競技のように絶叫しないのがイイんです。
あれで、かえってあの場の観客の昂奮が、伝わってきました。
そして、「トリノのオリンピックの女神は荒川静香にキスをしました! 日本の荒川静香、金メダル!」。素晴らしい実況。
選曲もエエぞ。ボクの大好きなプッチーニ。
「トゥーランドット」の美しく、そして情熱的に盛り上がる音楽。
まさに、「クールビューティー」!
今日一日、さすがにニュースは荒川選手の報道で埋め尽くされていました。
(村主さんの、儚さ・哀しさ・壊れてしまいそうな美しさ・・・あの哀愁を帯びた表情も含めて、素晴らしい演技だったことも忘れちゃイケマセンが・・・って、ボクは村主さんのファンでもあるんですが・・・(^^ゞ・・・)
で、お祝いに「トゥーランドット」(抜粋盤)を聴きました。
特に「誰も寝てはならぬ」。
歌唱はルチアーノ・パヴァロッティ。ボクの聴く限り、最高のカラフ。
ただひたすら情熱的に、トゥーランドットに愛を捧げる男を、パヴァロッティが熱唱する。
そして、リューの切ない歌唱、「氷のような姫君の心も」・・・。
「クール・ビューティ」荒川選手にふさわしい美しい音楽のオン・パレード。
ズービン・メータの指揮、ジョン・オールディス合唱団、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏。
共演は、ジョーン・サザーランド(トゥーランドット)、モンセラート・カバリエ(リュー)、ニコライ・ギャウロフ他。1972年の録音でDECCA原盤。
CDはグレート・コンポーザー・シリーズからのもの。
「蝶々夫人」(抜粋盤)とのカップリング。
あ、「蝶々夫人」は安藤美姫選手の音楽でした・・・・。
彼女にはバンクーバーで頑張ってもらいましょう。
いやぁ、ホンマに良かった、良かった。
パヴァロッティのアリア、もう一度聴きましょう(^-^)。
「誰も寝てはならぬ」です。
そして、今日はお祝いです。
荒川静香選手、おめでとう。感動的な金メダルでした。
(深夜から早朝のテレビ放送だったので、文字通り「誰も寝てはならぬ」だったんじゃないだろうか?・・・・(^^ゞ・・・)
いやはや、完璧なフリー演技でした。美しかった。自信に満ちて、輝いておりました。
最後までミスなく滑り終えてくれよと、祈るように見てしまいました。
刈屋富士雄アナウンサーの、フィギア・スケートらしい品の良い冷静な実況も良かった。
他の競技のように絶叫しないのがイイんです。
あれで、かえってあの場の観客の昂奮が、伝わってきました。
そして、「トリノのオリンピックの女神は荒川静香にキスをしました! 日本の荒川静香、金メダル!」。素晴らしい実況。
選曲もエエぞ。ボクの大好きなプッチーニ。
「トゥーランドット」の美しく、そして情熱的に盛り上がる音楽。
まさに、「クールビューティー」!
今日一日、さすがにニュースは荒川選手の報道で埋め尽くされていました。
(村主さんの、儚さ・哀しさ・壊れてしまいそうな美しさ・・・あの哀愁を帯びた表情も含めて、素晴らしい演技だったことも忘れちゃイケマセンが・・・って、ボクは村主さんのファンでもあるんですが・・・(^^ゞ・・・)
で、お祝いに「トゥーランドット」(抜粋盤)を聴きました。
特に「誰も寝てはならぬ」。
歌唱はルチアーノ・パヴァロッティ。ボクの聴く限り、最高のカラフ。
ただひたすら情熱的に、トゥーランドットに愛を捧げる男を、パヴァロッティが熱唱する。
そして、リューの切ない歌唱、「氷のような姫君の心も」・・・。
「クール・ビューティ」荒川選手にふさわしい美しい音楽のオン・パレード。
ズービン・メータの指揮、ジョン・オールディス合唱団、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏。
共演は、ジョーン・サザーランド(トゥーランドット)、モンセラート・カバリエ(リュー)、ニコライ・ギャウロフ他。1972年の録音でDECCA原盤。
CDはグレート・コンポーザー・シリーズからのもの。
「蝶々夫人」(抜粋盤)とのカップリング。
あ、「蝶々夫人」は安藤美姫選手の音楽でした・・・・。
彼女にはバンクーバーで頑張ってもらいましょう。
いやぁ、ホンマに良かった、良かった。
パヴァロッティのアリア、もう一度聴きましょう(^-^)。
2006/02/24のBlog
[ 05:19 ]
[ 協奏曲 ]
暖かい一日でありました。
春の陽射し。日中のポカポカ陽気は気持ちよかったですな。
さて、今日はモーツァルトのピアノ協奏曲第19番ヘ長調K459。
アンネローゼ・シュミットのピアノ独奏、クルト・マズア指揮ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏。録音は1970年~77年頃(だと思う)、ベルリン・クラシックスから出た輸入廉価盤のCD10枚組全集より。
HMVの通販で3000円弱だった。なんという激安、廉価・・・・・・。
この春、国内盤も再発されるようだが、5000円程度の値付けだという。DENONが販売権を持っているはずなのだが、輸入盤がこれだけ安いと国内メーカーも大変だろう。
ボクにとって、CD激安時代はたいへん有り難いことなのだが、先々のことを考えると、複雑な気持ちではありますな。
モーツァルトのピアノ協奏曲は20番以降ばかり聴いてきたので、19番以前の作品はあまり馴染みではなかった。
LPでは、バレンボイム(弾き振り)/イギリス室内管やブレンデル/マリナー/アカデミー室内管の演奏をポツポツ聴いてきたが、好みはやはり20番以降。
ペライアの全集もとても良かったが、やはり20番以降を取り出すことが多かった。
だから、19番以前のピアノ協奏曲が、実は、楽しさ、愉悦感、微笑み、幸福、暖かさ・・・・で一杯なことを知ること出来たのは、このシュミット盤のおかげかもしれない。
シュミットは、華やかさを抑え気味にして、しっとりと弾いてゆく。落ち着いた響きがとても味わい深い。
これが、かえってモーツァルトのピアノ協奏曲が持つ、幸福感や輝き、晴朗な美しさを表出しているように思う。
第1楽章のカデンツァなど、軽めのタッチで、繊細に弾いてゆく。ニュアンスに富んでいるのだが、派手にならない慎ましさ。音色も、どちらかというと暖かく優しい音色。色で云うと、ピンクを少し含んだ白。桜色のようなピアノ。
ほのぼのとして、柔らかく、春の霞のような、桜花で山元が霞んでいるような風情。
第2楽章、第3楽章も実に安定。しっとりとした(少し色気もある)ピアノは変わらない。そうそう個性的ではないものの、無個性的な味わいが、モーツァルトのピアノ協奏曲の本質的な素晴らしさを伝えてくれるような気がする。
ドレスデン・フィルの音がなかなかエエなぁ。
録音データはよく分からないのだが、ドレスデンのルカ教会(ルカ・スタジオと言われるくらい音響効果バツグンの教会)ではなかろうか。残響が綺麗で、オケ全体の響きがとても柔らかい。(時々硬いところもあるが、まずは上出来・・・・・)
1970年代のアナログ録音、隅々までよく聞こえる録音ではないものの、フワッとしたアナログ的な良さ、微温的な品の良さがある。
マズアの指揮も立派なもの。あまり手管を加えている様子はなく、しっかりとシュミットのピアノを支えている。
アンネローゼ・シュミットは、1973年に来日して(当時37歳くらい)、美人ピアニストとして日本でもすぐに人気が出たそうな。
ボクは、このモーツァルトのピアノ協奏曲全集でしか知りませんが、味わい深い(きっと何度聴いても飽きないだろうな)モーツァルトだと思います。
春の陽射し。日中のポカポカ陽気は気持ちよかったですな。
さて、今日はモーツァルトのピアノ協奏曲第19番ヘ長調K459。
アンネローゼ・シュミットのピアノ独奏、クルト・マズア指揮ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏。録音は1970年~77年頃(だと思う)、ベルリン・クラシックスから出た輸入廉価盤のCD10枚組全集より。
HMVの通販で3000円弱だった。なんという激安、廉価・・・・・・。
この春、国内盤も再発されるようだが、5000円程度の値付けだという。DENONが販売権を持っているはずなのだが、輸入盤がこれだけ安いと国内メーカーも大変だろう。
ボクにとって、CD激安時代はたいへん有り難いことなのだが、先々のことを考えると、複雑な気持ちではありますな。
モーツァルトのピアノ協奏曲は20番以降ばかり聴いてきたので、19番以前の作品はあまり馴染みではなかった。
LPでは、バレンボイム(弾き振り)/イギリス室内管やブレンデル/マリナー/アカデミー室内管の演奏をポツポツ聴いてきたが、好みはやはり20番以降。
ペライアの全集もとても良かったが、やはり20番以降を取り出すことが多かった。
だから、19番以前のピアノ協奏曲が、実は、楽しさ、愉悦感、微笑み、幸福、暖かさ・・・・で一杯なことを知ること出来たのは、このシュミット盤のおかげかもしれない。
シュミットは、華やかさを抑え気味にして、しっとりと弾いてゆく。落ち着いた響きがとても味わい深い。
これが、かえってモーツァルトのピアノ協奏曲が持つ、幸福感や輝き、晴朗な美しさを表出しているように思う。
第1楽章のカデンツァなど、軽めのタッチで、繊細に弾いてゆく。ニュアンスに富んでいるのだが、派手にならない慎ましさ。音色も、どちらかというと暖かく優しい音色。色で云うと、ピンクを少し含んだ白。桜色のようなピアノ。
ほのぼのとして、柔らかく、春の霞のような、桜花で山元が霞んでいるような風情。
第2楽章、第3楽章も実に安定。しっとりとした(少し色気もある)ピアノは変わらない。そうそう個性的ではないものの、無個性的な味わいが、モーツァルトのピアノ協奏曲の本質的な素晴らしさを伝えてくれるような気がする。
ドレスデン・フィルの音がなかなかエエなぁ。
録音データはよく分からないのだが、ドレスデンのルカ教会(ルカ・スタジオと言われるくらい音響効果バツグンの教会)ではなかろうか。残響が綺麗で、オケ全体の響きがとても柔らかい。(時々硬いところもあるが、まずは上出来・・・・・)
1970年代のアナログ録音、隅々までよく聞こえる録音ではないものの、フワッとしたアナログ的な良さ、微温的な品の良さがある。
マズアの指揮も立派なもの。あまり手管を加えている様子はなく、しっかりとシュミットのピアノを支えている。
アンネローゼ・シュミットは、1973年に来日して(当時37歳くらい)、美人ピアニストとして日本でもすぐに人気が出たそうな。
ボクは、このモーツァルトのピアノ協奏曲全集でしか知りませんが、味わい深い(きっと何度聴いても飽きないだろうな)モーツァルトだと思います。
2006/02/23のBlog
[ 04:28 ]
[ 協奏曲 ]
2月からジョギングを復活。
風邪気味だったことを理由に2カ月ほどサボっていたら、体重が増えて増えて・・・・こりゃイケマセン。
iPodを聴きながらウォーキング、shuffleをつけてジョギング。
徐々に体重が戻りつつあるものの、まだまだアカンぞ。メシを減らしてどんどん走らにゃ。
だいたい、ソファにふんぞり返ってクラシック音楽ばかり聴いていたのがイカン・・・・(^^ゞ。
しかし、こればかりはやめられません。
さて、今日はブラームスのピアノ協奏曲第2番変ロ長調作品83。
春先の寒さ、明るい陽光が欲しい時には、こんな曲がエエです。
アルフレート・ブレンデルのピアノ独奏、ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1973年12月、コンセルトヘボウでの録音。原盤はフィリップス。このCDは、同朋舎のグレート・コンポーザー・シリーズのもの。よく、古本屋で見つける廉価CDです。
第1楽章アレグロ・ノン・トロッポ。冒頭のホルンは、いつ聴いても素晴らしい。特に、コンセルトヘボウ管のホルンは深みがあってイイ。それに乗ってくるブレンデルのピアノは荘重。響きも充実している。序奏部では音を短く切って(スタッカートになるのかな?)、ブツブツした感じになっている。他の演奏の序奏部は流麗なものが多いで、ちょいと特徴的。
展開部からは、澱みのない素晴らしいピアニズムが聴ける。
ブレンデルのピアノはいつも通り、本当に綺麗。彼ほど音の綺麗なピアニストはそういないのではないか、と思わせるほど。澄みきった音色は、上質の青磁を想像させる。
第2楽章アレグロ・アッパショナート。ブラームスのロマンが聴ける楽章。暖かくもほの暗いコンセルトヘボウ管の音、いつも書いているのだが、何とも云えず心地よい。そのオケと一体となって、ブレンデルのピアノが疾走する。ブラームスってあんな難しい顔をして(晩年のしんねりむっつりの顔が印象的な作曲家だが)、ああ、こんなにロマンティックな音楽を書いたのか・・・・・と実感できる演奏。
この楽章後半に出てくるピアノ・ソロの短いパッセージは、ブラームスが書いた最も美しい旋律。このメロディを、ブレンデルは研ぎ澄まされた音色でたっぷり歌ってくれる。最高。
第3楽章アンダンテ-ピウ・アダージョ。冒頭、チェロの素敵な旋律。そのあとの、ブレンデルの弱音がまた美しい。ため息のようなピアニシモ。ここでは、ブレンデルは詩人のようなピアニスト。
終楽章は一転、陽光の降り注ぐ音楽。この音楽こそ、ブラームスのイタリア旅行の産物。アッケラカンとした音楽。
ブレンデルのピアノはよく弾んでいくのだが、節度ある演奏という感じ。(前の3つの楽章での演奏が素晴らしいので、この楽章は、平凡な感じがしてしまう(^^ゞ)
ハイティンク/コンセルトヘボウのバックは絶好調。素晴らしいアンサンブルで、この大曲の終曲を満喫させてくれる。
30年前の録音。しかし、さすがフィリップス、奥行きも左右への広がりも十分で、落ち着きのあるコンセルトヘボウ管の音を、的確に捉えていると思います。
何よりブレンデルのピアノがきれい!
最新録音にひけを取りません。
風邪気味だったことを理由に2カ月ほどサボっていたら、体重が増えて増えて・・・・こりゃイケマセン。
iPodを聴きながらウォーキング、shuffleをつけてジョギング。
徐々に体重が戻りつつあるものの、まだまだアカンぞ。メシを減らしてどんどん走らにゃ。
だいたい、ソファにふんぞり返ってクラシック音楽ばかり聴いていたのがイカン・・・・(^^ゞ。
しかし、こればかりはやめられません。
さて、今日はブラームスのピアノ協奏曲第2番変ロ長調作品83。
春先の寒さ、明るい陽光が欲しい時には、こんな曲がエエです。
アルフレート・ブレンデルのピアノ独奏、ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1973年12月、コンセルトヘボウでの録音。原盤はフィリップス。このCDは、同朋舎のグレート・コンポーザー・シリーズのもの。よく、古本屋で見つける廉価CDです。
第1楽章アレグロ・ノン・トロッポ。冒頭のホルンは、いつ聴いても素晴らしい。特に、コンセルトヘボウ管のホルンは深みがあってイイ。それに乗ってくるブレンデルのピアノは荘重。響きも充実している。序奏部では音を短く切って(スタッカートになるのかな?)、ブツブツした感じになっている。他の演奏の序奏部は流麗なものが多いで、ちょいと特徴的。
展開部からは、澱みのない素晴らしいピアニズムが聴ける。
ブレンデルのピアノはいつも通り、本当に綺麗。彼ほど音の綺麗なピアニストはそういないのではないか、と思わせるほど。澄みきった音色は、上質の青磁を想像させる。
第2楽章アレグロ・アッパショナート。ブラームスのロマンが聴ける楽章。暖かくもほの暗いコンセルトヘボウ管の音、いつも書いているのだが、何とも云えず心地よい。そのオケと一体となって、ブレンデルのピアノが疾走する。ブラームスってあんな難しい顔をして(晩年のしんねりむっつりの顔が印象的な作曲家だが)、ああ、こんなにロマンティックな音楽を書いたのか・・・・・と実感できる演奏。
この楽章後半に出てくるピアノ・ソロの短いパッセージは、ブラームスが書いた最も美しい旋律。このメロディを、ブレンデルは研ぎ澄まされた音色でたっぷり歌ってくれる。最高。
第3楽章アンダンテ-ピウ・アダージョ。冒頭、チェロの素敵な旋律。そのあとの、ブレンデルの弱音がまた美しい。ため息のようなピアニシモ。ここでは、ブレンデルは詩人のようなピアニスト。
終楽章は一転、陽光の降り注ぐ音楽。この音楽こそ、ブラームスのイタリア旅行の産物。アッケラカンとした音楽。
ブレンデルのピアノはよく弾んでいくのだが、節度ある演奏という感じ。(前の3つの楽章での演奏が素晴らしいので、この楽章は、平凡な感じがしてしまう(^^ゞ)
ハイティンク/コンセルトヘボウのバックは絶好調。素晴らしいアンサンブルで、この大曲の終曲を満喫させてくれる。
30年前の録音。しかし、さすがフィリップス、奥行きも左右への広がりも十分で、落ち着きのあるコンセルトヘボウ管の音を、的確に捉えていると思います。
何よりブレンデルのピアノがきれい!
最新録音にひけを取りません。
2006/02/22のBlog
[ 04:33 ]
[ 交響曲 ]
我が家のネット環境はNTTのフレッツADSLなんですが、この数日速度が低下しているようです。今までは5Mbpsくらい出ていた速度が、2Mbpsになっています。何が原因なのか良く分からんのですが、(まあ、そんなに支障がないんですが)、速いものが遅くなると、やはり気になるもんです。
「光に」しようかなと、思案中です。電話代が安くなると云いますしね。
1月中旬まで盛んに「タダで工事するから、光にせんか?」とセールス電話がかかったのに、この頃、全く電話がなくなった。。。。すげなく断ったからでしょうが、今思えば勿体なかったか(^^ゞ・・・・。
さて今日はモーツァルトの交響曲第38番ニ長調K.504「プラハ」。
ニコラウス・アーノンクール指揮ヨーロッパ室内管弦楽団の演奏。
1993年、グラーツでのライヴ録音。テルデック原盤。
表現意欲満々の演奏。
昔ながらの、例えば、ワルターとかベームとか、バーンスタインとか、まあ多くの昔からある「プラハ」と全然違う。
全く新しい「プラハ」。バロック的、古楽器的なモーツァルトであり、「プラハ」だと思うのだが、楽器は現代の楽器。機能集団で非常に巧いというヨーロッパ室内管の演奏だが、楽団の技術以上に、新鮮な、爽快な、そして意欲十分な演奏に聞こえる。
オリジナル楽器の演奏なら、ブリュッヘンとかガーディナーとか、色々あるのだろうけれど(ボクはあまり聴いたことがないのだが)、きっと響きはバロック的な新鮮さになるのだろうが、アーノンクールの演奏は現代楽器なのに、斬新な響きが聴ける。
アーノンクールだから、この程度のことはするだろうなと思いつつ、その予感を遙かに上回る素晴らしい演奏と思う。
第1楽章の序奏部、アーノンクールにしてはゆっくりだわい、と思っていたらどんどん加速してゆく面白さ。
ティンパニの強打がやけに耳につく。強烈なアクセントで面白い。
表情づけも、独特。表面的にはクールで古典的なのだが、強弱のつけ方はアクが強いほど濃厚で、アクセントを強調してゆく。
フレージングも、やや変わっている。呼吸が浅めで、何かに急かされているような切迫感がある。
「プラハ」=「ドン・ジョヴァンニ」に通じる緊張感を孕んでいるように思う。
第2楽章アンダンテは、一転して優美さを漂わせるものの、時々ハッとする暗い影のような響きが出てくる。アーノンクールの、このあたりは手管だろうか。
終楽章の展開部のフーガがスゴイ、やはりここでも迫力があって、響きが強い。
第1楽章でもそうだったのだが、「プラハ」は、モーツァルトの書いたフーガの中でも、特に強靱な意志を感じさせるように思う。「ジュピター」の終楽章の晴朗さとは対照的な、やや黒い影を引きずったフーガとでも云おうか。
対位法的な処理(・・・というのかな?)も巧いもので、あちこちで楽器か絡み合う。ヨーロッパ室内管のアンサンブルは非常に高い水準。ホンマにライヴかいなと思う。素晴らしい。
室内管の演奏らしく、響きがスッキリ、見通しの良い録音であります。
弦楽器の響きもきつくなく、全体的にはクールな音色。
芯の強さを感じさせる録音で聴きやすいものです。
今や、このCDも廉価盤で購入できる有り難いご時世であります。
「光に」しようかなと、思案中です。電話代が安くなると云いますしね。
1月中旬まで盛んに「タダで工事するから、光にせんか?」とセールス電話がかかったのに、この頃、全く電話がなくなった。。。。すげなく断ったからでしょうが、今思えば勿体なかったか(^^ゞ・・・・。
さて今日はモーツァルトの交響曲第38番ニ長調K.504「プラハ」。
ニコラウス・アーノンクール指揮ヨーロッパ室内管弦楽団の演奏。
1993年、グラーツでのライヴ録音。テルデック原盤。
表現意欲満々の演奏。
昔ながらの、例えば、ワルターとかベームとか、バーンスタインとか、まあ多くの昔からある「プラハ」と全然違う。
全く新しい「プラハ」。バロック的、古楽器的なモーツァルトであり、「プラハ」だと思うのだが、楽器は現代の楽器。機能集団で非常に巧いというヨーロッパ室内管の演奏だが、楽団の技術以上に、新鮮な、爽快な、そして意欲十分な演奏に聞こえる。
オリジナル楽器の演奏なら、ブリュッヘンとかガーディナーとか、色々あるのだろうけれど(ボクはあまり聴いたことがないのだが)、きっと響きはバロック的な新鮮さになるのだろうが、アーノンクールの演奏は現代楽器なのに、斬新な響きが聴ける。
アーノンクールだから、この程度のことはするだろうなと思いつつ、その予感を遙かに上回る素晴らしい演奏と思う。
第1楽章の序奏部、アーノンクールにしてはゆっくりだわい、と思っていたらどんどん加速してゆく面白さ。
ティンパニの強打がやけに耳につく。強烈なアクセントで面白い。
表情づけも、独特。表面的にはクールで古典的なのだが、強弱のつけ方はアクが強いほど濃厚で、アクセントを強調してゆく。
フレージングも、やや変わっている。呼吸が浅めで、何かに急かされているような切迫感がある。
「プラハ」=「ドン・ジョヴァンニ」に通じる緊張感を孕んでいるように思う。
第2楽章アンダンテは、一転して優美さを漂わせるものの、時々ハッとする暗い影のような響きが出てくる。アーノンクールの、このあたりは手管だろうか。
終楽章の展開部のフーガがスゴイ、やはりここでも迫力があって、響きが強い。
第1楽章でもそうだったのだが、「プラハ」は、モーツァルトの書いたフーガの中でも、特に強靱な意志を感じさせるように思う。「ジュピター」の終楽章の晴朗さとは対照的な、やや黒い影を引きずったフーガとでも云おうか。
対位法的な処理(・・・というのかな?)も巧いもので、あちこちで楽器か絡み合う。ヨーロッパ室内管のアンサンブルは非常に高い水準。ホンマにライヴかいなと思う。素晴らしい。
室内管の演奏らしく、響きがスッキリ、見通しの良い録音であります。
弦楽器の響きもきつくなく、全体的にはクールな音色。
芯の強さを感じさせる録音で聴きやすいものです。
今や、このCDも廉価盤で購入できる有り難いご時世であります。