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クラシック音楽のひとりごと
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2006/03/24のBlog
桜の開花便りが届きます。春です。
うららかな春の日です。

そこで、今日はヴィヴァルディの協奏曲集「四季」。
ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管の演奏。Vnソロはアラン・ラヴデイ、通奏低音(チェンバロとオルガン)はサイモン・プレストン。
1969年、ロンドンのセント・ジョンズ・スミス・スクエアでの録音。原盤はargo発売は英DECCA。

ヴィヴァルディの「四季」は、1980年代から古楽器演奏が当たり前になってしまって、現代楽器でやるのは珍しくなってしまったが(最近はまた現代楽器の演奏が復活しているようだが)、マリナー盤が出た頃は、いわゆる室内アンサンブルの演奏がほとんどだった。
日本で大人気のイ・ムジチを初めとして、パイヤールやミュンヒンガー、バウムガルトナーなど、懐かしい演奏が思い出される。中でも面白かったのは、このマリナー盤。

これが60年代の演奏かと思わせられるほど、斬新で新鮮な解釈、天衣無縫の演奏ぶり。
ヴァイオリンのソロはやりたい放題。自由闊達、装飾音満載、カデンツァか?と思うようなソロの炸裂、全くノビノビとして気持ちよい。
通奏低音は、それに輪をかけて面白い。チェンバロは好きなこと弾いているし、オルガンまで持ち出してムードを盛り上げるし、あれ?と思う瞬間が連続する。ドキドキ・ワクワクのオンパレード。

いわば、自由奔放、勝手気まま、ノビノビやらんかい、喰いタンあとづけ何でもアリ・・・のような演奏。

でも、好き勝手のようで、聴き終えたあと、充実感や統一感がある。
これ、マリナーの腕でしょうな。アンサンブルが絶妙だし、バックの技術も巧いし、何よりソロのテクニックが抜群。ラヴディのヴァイオリンも、プレストンのチェンバロも、(勝手にやっている感じなのに)極めて美しい。最高の美音。

個別に挙げるとすれば・・・・

「春」では、第3楽章のミュート付きのバックが雰囲気たっぷりの演奏を響かせる中で、ラヴディのソロが匂うような音色で美しく歌うところ。プレストンのチェンバロが、右のスピーカー前部でチョロチョロと燦めくようなパッセージを小出しにするところ。

「夏」では、独特の強弱のつけ方。クレッシェンドとデクレッシェンドが頻繁に現れて、表情づけが豊か。ラヴディの装飾音もスゴイ。別の曲を聴いているのではないか?・・・と思う瞬間がナンボでもある。

「秋」の第2楽章、ストリングスのアンサンブルの確かさ・美しさ。チェンバロが雄弁、しかも上品で洗練された弾きぶり。時にハッとする繊細な音が聞こえてくる。ヴァイオリンのソロは、ほとんどカデンツァ状態。面白いことこの上なし。

「冬」はラルゴが綺麗。ラヴディは、ここで「普通」に弾いている。「普通に弾いたって綺麗に弾けるんです」と云っているような演奏。こっちは期待して聴いているから、肩すかしを食った感じ。でもホンマに美しい。伸びやかで艶やかで、空間に溶けてゆくようなヴァイオリン。幸福な音色。
通奏低音はオルガン。これも上品で、ラルゴでは慎み深い音になった。


録音から30有余年。
録音の鮮度はさすがに少し古ぼけてきてますが、演奏の鮮度、新鮮さは、いまだ衰えていないと思いました。

古楽器団体の斬新さよりも面白かったりして・・・・・(^-^)。
2006/03/23のBlog
我が家の南方に、西日本最高峰・石鎚山を望めます。
春になって、ようやく石鎚の雪も溶け始めているようです。
山が青みがかってきました。緑の息吹も感じられます。

早朝のジョギング・コースのひうち運動公園では、桜の蕾がかなり膨らんで来ています。間もなく開花でしょう。
今年は寒かったので、少し遅いと想像していたんですが、もう各地で開花しているようですね。

春です。

そんな休日の午後、窓から射し込むのどかな陽射しを浴びてくつろぐひととき。
オペラアリア集の管弦楽版を聴いて、呑気に過ごしたりしております。


「ある晴れた日に」オペラ・ロマンティック・メロディ集。
アンドレ・コステラネッツ指揮コステラネッツ管弦楽団・コロンビア交響楽団の演奏。
録音年は不明、CBSソニー原盤。
CBSソニーの名曲全集「THE GREAT COLLECTION」シリーズの1枚らしい。中古盤で購入。

コステラネッツは1901年生まれのロシアの指揮者。ライトクラシック、イージーリスニングの草分け的存在。1980年没なので、死後すでに四半世紀を経過したことになる。
ということは、
コステラネッツのレコードは数枚しか持っていないが、見事な演奏、楽しいレコードだった。大衆的なライト・クラシックやポピュラー音楽、ミュージカル、映画音楽の、素晴らしい旋律を楽しませてもらったものだ。演出巧みで、時には甘く切なく、時に華やかに豪快に、変化に富んだ演奏など、巧いもんだなぁと感心しきりだった。


さて、今日のオペラ・アリアの名旋律集。
曲目は、もう極めつけのメロディばかりで、ゆったりと楽しめる。くつろげる。

1「ラ・ボエーム」~冷たい手を(プッチーニ)
2「ラ・ボエーム」~私の名はミミ
3「ラ・ボエーム」~愛らしいおとめよ
4「ラ・ボエーム」~わたしが町を歩くと
5「ラ・ボエーム」~みんな行ってしまったのね
6「ジャンニ・スキッキ」~わたしのお父さん
7「トスカ」~妙なる調和
8「トスカ」~歌に生き,恋に生き
9「トスカ」~星は光りぬ
10「蝶々夫人」~蝶々夫人の登場
11「蝶々夫人」~ある晴れた日に
12「真珠採り」~耳に残る君の歌声(ビゼー)
13「アイーダ」~清きアイーダ(ヴェルディ)
14「サムソンとデリラ」~あなたの声に心は開く(サン=サーンス)
15「カルメン」~花の歌(ビゼー)
16「リゴレット」~女心の歌(ヴェルディ)
17「椿姫」~ああ,そはかの人か~花から花へ
18「道化師」~衣装をつけろ(レオンカヴァルロ)
19「ヘンゼルとグレーテル」~子供たちの祈り(フンパーディンク)

プッチーニの音楽は、コステラネッツの指揮で聴いてもホンマに美しい。
危うくムード音楽になってしまうような・・・甘くとろけるようなメロディ。

柔らかい暖かい春の陽射しに、気分よく聴けました。
2006/03/22のBlog
祝 王ジャパン世界一。
いやぁ、良かったですね。日本選手の見事な活躍。素晴らしい。
スカッとしました。日頃の溜飲を下げた気持ちであります・・・(と云うほどストレスがたまっているわけではないが(^^ゞ)

日曜日と火曜日、どちらも休日の日中ということで、十分にテレビ観戦できました。
長男と三男はスポーツ中継が大好き。妻もそろって、WBC優勝の瞬間をワイワイ言いながら観ておりました。

準決勝、韓国に勝ったのが大きかったですね。
よく投げた、上原。よく打った、福留。

そして決勝戦。イチローのリーダーシップが(テレビがクローズアップするせいか)印象的でしたね。松坂も松中も責任感溢れるプレイでありました。
そう、このWBCでは日本代表の責任感がヒシヒシと伝わって、感動的でありましたな。

そこで、今日は喜びの歌。

ベートーヴェンの交響曲第9番ニ短調「合唱つき」作品125。

指揮は正統派の大巨匠カール・ベーム。オーケストラはウィーン・フィル。

ソリストは、ソプラノがギネス・ジョーンズ、アルトはタティアーナ・トロヤノス、テノールにジェス・トーマス、バスはカール・リッダーブッシュ。合唱はウィーン国立歌劇場合唱団。1970年録音のDG盤。

ベームは1970年から翌年にかけて一気にベートーヴェン全集を録音したが、これはその中の1枚に当たる。
1970年代はベームとしては、もう晩年。リズムが著しく衰えて、鈍足・鈍重な演奏が増えた時期だったのではないかと思う。
このベートーヴェン全集も例外ではないのだが、6番「田園」と9番「合唱」は素晴らしい演奏だとボクは思う。

特にこの「合唱」は鈍足ベームがかえって幸い、スケール雄大、壮大な伽藍のような名演になった。

ウィーン・フィルの弦楽器群がとても良い。特にヴァイオリン。
強烈な金管に一歩もひけを取らずに、鮮烈な音を聴かせる。
絹糸の中に一本強い芯があって、それが輝き渡っている感じ。録音が古くなったので、今では少しカサついて聞こえてしまうのは残念だが、しかし十分に、キラキラした鮮やかな音色を伝えてくれる。
さすが、ウィーン・フィルの「弦」だなぁと思う。

ベームの指揮は慌てず急がず、じっくりと歩みを進めるので、スケールが大きい。
途中、「もっと弾むようにやってもイイんじゃないか?」と思うところもあるのだが(木管と弦の対話の部分など、もっと軽やかで弾むような演奏が良いのになぁ)、ベームの設計はあくまでも、じっくり、着実、正統的。ウィーン・フィルから独墺の音楽を弾き出そうと、睨みをきかせているのだろう。これもベームの個性だから仕方ないか。

第1楽章と第2楽章は、スケールの大きさが素晴らしい。真正面から投げ込んでくる重い速球を受け止めている感じ。

第3楽章は、鈍足ベームの個性が生きる。ゆっくり、じっくり、魂の浄化のようなベートーヴェン最高の緩徐楽章を聴かせてくれる。このしみじみとした歌、決して短調ではないのに哀しくも美しい音楽。
いつ聴いてもエエなぁと思う。涙を誘われてしまう・・・。

そして白眉は終楽章。それまでの、ちょっとよそ行きの表情とはうって変わって、実演のような熱気がムンムン。ウィーン・フィルもやる気丸出して、熱演。
合唱も激しいし、ソロも巧い。
グイグイ推進力が加わってゆく感じ。そして最高に盛り上がるラスト。
歓喜、歓喜、歓喜!


王ジャパン世界一、おめでとう。
ホンマ良かった。歓喜でありました。
2006/03/21のBlog
三男坊は無事に志望校合格。
最近の県立高校の志願倍率は限りなく1倍に近いので、不合格になる方が難しいとはいえ、家族みんな、ホッと一息であります。
職場ではこの春の人事異動の内示がありました。
ワタシは異動ありません。ただ職場の何人かの異動によって、ワタシの仕事内容が大きく変わりそうです。忙しくなりそうな予感であります。


さて、今日はブルックナーの交響曲第7番ホ長調<ハース版>。

朝比奈隆指揮東京交響楽団の演奏。
1994年4月23日、サントリーホールでのライヴ録音。ポニー・キャニオンの1500円盤。

朝比奈のブルックナー演奏は夥しくディスクが発売されていて、当然それに対する論評も多く、どれが良いのか、どれが良くないのか、よく分かりません。たまたま、マルワレコードの閉店セールで半額になるからと、手に取った次第であります。
「サントリーホールのナマなら、どんな音がするのか聴いてみたいな」程度の購入であります(^^ゞ。

正解。素晴らしい演奏でありました。

音も素晴らしい。このディスクは「HDCD」と銘打ってあり、高解像度記録再生システムと謳っている。原理についてはよく分からないのだが、我が家のDENONのCDプレーヤーはHDCDに対応しているので、大変によい音で鳴ってくれた。こりゃ、エエわい。

さて、演奏であります。

第1楽章アレグロ・モデラート。朝比奈の採るテンポは中庸で、速すぎず遅すぎず、カラダに気持ちよいテンポ。そして、スピーカーから出てくる音に温もりがある。優しく、ヒューマンで、素晴らしい音。
しかもライヴらしい期待と不安の混じり合った熱気、さらにオケの情熱・ヤル気が重なって、とても暖かく血の通った音が飛びだしてくる。
おふくろの味、故郷の懐かしい空気、コメのメシ・・・・そんなものを思い出してしまうような安心感の中で、演奏は進んでゆく。妙な演出は一切なし。「楽譜に書いてあることを、音に引き出しているだけ」という朝比奈のコメントを読んだことがあるが、まさにその通りの演奏。
ギュンター・ヴァントも同じようなことを云っていたが、出てくる音はエライ違いやなぁ。ヴァントの演奏はピュアで厳粛、磨き上げたような演奏。かたや朝比奈の演奏は、木質の温もり、故郷の懐かしさ、おふくろの味・・・・。

東響は大健闘。懸命に演奏しているし、破綻もない。オケの気合い、意気込みがビンビン伝わってくる。こういう演奏を聴くのは実にエエなぁ。

そうこうしているうちにコーダ。壮大雄大豪壮雄渾。デカイデカイ演奏。素晴らしい。


第2楽章アダージョ。ブルックナーが書いた音楽の中で最も気高く美しい音楽。朝比奈の演奏は、静謐な抒情の中に、だんだんと感情が高まり、ついには溢れだしてゆくような演奏になっている。魂の浄化とでも云うべきか、ひたすらに美しい演奏。
無私の音楽というか、己を虚しくして、耳を傾けるのみの演奏・・・・。
ホンマに美しい。この楽章だけ取りだして、何度も聴いてみたいと思う。

第3楽章スケルツォ。対向旋律がよく聞こえてくる。
ブルックナーの雄大なオーケストレーションを味わえる演奏。オケの意気込みはここでも素晴らしい。熱気を孕んでグイグイ進んでゆく。

終楽章はテンポ快活、オケはここでも大健闘。長丁場でヘトヘトになっているはずなのだが、アンサンブルに乱れもなく集中力が切れないのは立派だと思う(プロのオケなら当然か?でも頑張っているわいなぁ・・・)。
金管がバリバリと唸るのも気持ちいいし、ストリングスも綺麗。
やはり、何より、「朝比奈と演奏できる喜び」のようなものが伝わってくるのがイイ。
イイ演奏というのは、要はヤル気だろう。


久しぶりに朝比奈隆のブルックナーを聴きました。
東京交響楽団の健闘が特に印象に残る演奏でした。
録音も素晴らしいもので、ライヴ特有のキズが気になりません。尤も、朝比奈のブルックナーにキズなどどうでもエエんでしょうが。
2006/03/20のBlog
ジョギング復活1カ月で体重は3㎏弱ほど減。
もう少し距離を伸ばしていきたいと思いつつ、無理をするとどこか痛くなりそうだし・・・・・まあ5キロくらい、時間では30分程度がエエかもしれません。


さて、今日はチャイコフスキーの交響曲第6番ロ短調作品74「悲愴」。

ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管の演奏。
1968年5月、フィラデルフィアのアカデミー・オブ・ミュージックでの録音。この録音は、長らくコロムビア・レコード専属であったオーマンディ/フィラデルフィアのコンビが、久々にRCAに復帰した記念すべき第1回録音であったらしい。
40年近く前の録音だけに、フォルティシモのところではやや音がつぶれている感じもするが、フィラデルフィア管らしい柔らかく包み込むような演奏をよく伝えていると思う。

第1楽章から、持ち味の明るい音が心地よい。木管の明るさはどうだろう。クラリネットなど実に可愛らしい感じがするし、フルートの音はとても綺麗に響く。ファゴットも大変美しい。美音の連続。録音のせいかもしれないが、木管のソロがどんどん前に出てきて自己主張している感じも面白い。
冒頭のビオラの音色でさえ、明るく感じる。
初めの数小節で、このコンビを聴く期待感にワクワクさせられてしまう。さすがオーマンディと云うべきか。
ストリングスの柔らかさ、湿度を少し含んだような音色はチャイコフスキーらしい。

展開部に迫力は見事。コーダでの管楽器のアンサンブルの巧さなどさすがだなぁと思う。弦の強奏がやや乾いた感じがするなど、録音が硬いのが残念(ホールの響きがデッドだからかもしれない)。

第2楽章は哀しみの中の微笑み。
メロディアスなこの楽章を、オーマンディはよく歌わせ、よく響かせて、余裕に満ちた音楽をつくってゆく。大人の包容力。このゴージャスな響きに身を任せるのは実に快感。

第3楽章ではフィラデルフィア管の能力全開。弦のアンサンブルは完璧だし、金管の咆吼も凄まじい。各パート、個々の楽器が実にしっかり演奏しているのが見えるような感じ。テンポは堂々として大らか。落ち着き払って進んでゆく、王者の行進。
ダイナミック・レンジが広大で、最強奏での音圧はスゴイ。スピーカーに正対して聴いていると、吹っ飛ばされそうな大管弦楽。

終楽章のアダージョも慌てず急がす、中庸のテンポが実に良い。ヴァイオリン群が旋律線をよく歌い、時に詠嘆する。
終曲に向かって何度もクレッシェンドしてゆくところは、たいそう魅力的。オケが全く破綻しないので安心感の中で曲が終わってゆく。

「悲愴」を聴いて安堵感を得るのは珍しい・・・・でも、オーマンディ/フィラデルフィアのコンビには、聴き手を安心させる力があるように思う。


約40年前の録音です。フォルティシモの部分で弦が硬くなるのは致し方なしでしょう。
管楽器は実にエエ音してます。
フィラデルフィア・サウンドを十分に楽しめるCDであります。
2006/03/19のBlog
三男坊が欲しがっていたミニ・コンポを購入。Victor製。
音を聴くならDENONだろうとワタシは思うのだが、子供にとってはMDがダブルでついているのがイイそうで(ダビングできる)、MDにはついに縁がなかったワタシには、そんなものかいなとやや不満。試聴したところ(Victor、DENON、Pioneer、Panasonic)、明らかに同価格ではDENONが良かったのだが・・・・・う~む。


さてさて、今日はR・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」作品40。

ウラディーミル・アシュケナージ指揮クリーヴランド管の演奏。
1984年6月、マソニック・オーディトリアムでの録音。DECCA原盤。

1986年度のレコード・アカデミー賞を受賞した名盤・・・・・というのは当時の評であり、今はさて、どうなのかな?
アシュケナージはこの前後にR・シュトラウスの交響詩を何枚か録音しているはずで、この演奏によって、アシュケナージについて、「ピアニストの余技」から「本格的指揮者」へと、我が国での評価が変わっていったように思う。
(ボクは今でもアシュケナージにピアニストでいて欲しいと思っておりますが・・・・と云っても、おおかたのピアノ作品を、アシュケナージは録音してしまっているからなぁ・・・もう、ピアノではやることが無くなってしまっているんだろうなぁ・・・)


さて、「英雄の生涯」の演奏であります。

冒頭、テンポは速めで、颯爽と英雄が登場する。アシュケナージの描く英雄は、若き英雄。DECCA録音も良いのだろう、スッキリとして、オケの隅々まで見通せるような演奏。
オケの厚みは十分で、音圧がスゴイ。ただ、押し寄せてくるその音はモコモコしているのではなく、各楽器が非常にクリアに捉えられており、奏者がどんなことをしているか分かる感じの音。アシュケナージの指揮者としての耳が優れていることを証明するような演奏。

「英雄の敵」。ステージの各所に木管がじゃれつくように現れる。この木管がよく「見える」演奏。奏者も非常に巧い。さすがクリーヴランド管。

「英雄の伴侶」でのヴァイオリン・ソロは、コンサート・マスターのダニエル・マジェスケ。この人はマゼール盤(CBS)でもソロを受け持っていた。(そういえば、マゼール盤もレコード・アカデミー賞を受賞していたぞ・・・・)
マジェスケのソロ・ヴァイオリンは、清楚な色気が漂うような感じ。若き英雄には、若い女性の蒼い色気がふさわしい。エロティック一歩手前の匂いがとてもイイ。
このソロ・ヴァイオリンが登場すると、オケの雰囲気も一変。スッキリ系からまろやか系へ、柔らかく暖色の音色になってゆく。スケールも大きく、どんどんロマンティックになってゆく。
このあたり、コンマスにオケ全体が感応したのか、アシュケナージの指示なのか、よく分からないが、いずれにせよ、クリーヴランド管はすごいオケなのだと思う。

「英雄の戦い」になると、「伴侶」とは一転、テンポが急速になり、迫力が増してオケの音圧が急上昇。えらい音で迫ってくる。ダイナミック・レンジ広大。クリーヴランド管の能力を一杯に引き出して、全力で英雄の闘争を描く、見事な演出・造形。こけおどし的な威力も十分。R・シュトラウスでは、これくらいないと聴いた感じがしないものね。アシュケナージ、巧い巧い。

終曲はストリングスの巧さが際だつ。清冽で瑞々しい弦楽合奏。オーボエやファゴット、フルートのそれぞれのソロが弦楽器群と掛け合う部分などは、ため息が出るほど美しい。ベートーヴェンの「エロイカ」の一節が出てくるあたりは、絶品の美しさ。


クリーヴランド管の力を十全に引き出して、見事な演奏であります。
指揮者アシュケナージも、大したもんです。



でも、やはり「も」なのでありまして、ピアニスト・アシュケナージのファンとしては複雑な心境でもあります。
ホンマ、エエ演奏なんですがね・・・・・。
2006/03/18のBlog
ようやく春の陽気になった週末、三男坊が中学校を卒業。
卒業式での大役も無事果たした由、よしよし。
これで、とりあえず憲法26条の「子供に教育を受けさせる義務」は何とか果たせたか・・・・。
愛媛の県立高校入試の発表は3月20日、高校の終業式の日であります。


さて、今日はブラームスの交響曲第1番ハ短調作品68を。

エドゥアルト・ファン・ベイヌム指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
ステレオ初期の1958年9月、コンセルトヘボウでの録音。フィリップス原盤。

このCDは、フィリップス・スーパーベスト100シリーズからの1枚。
このシリーズは、出来るだけジャケットは初出のものを使っているので、このブラームスも当時のものだろう。「HI-FI STEREO」と入っているのは、いかにもそれらしい。

ベイヌムは57歳で心臓病のために急逝した名指揮者。働き盛りの時に亡くなってしまったのは、実に惜しいことだったと思う。(尤も、彼の死で、若きハイティンクがコンセルトヘボウ管の首席指揮者に就任することになるのだが)


さて、このベイヌムのブラームスは、速めのテンポで颯爽とした演奏になっている。音の密度も高く充実感に溢れた名盤と云えそうだ。

第1楽章、ベイヌムは序奏部からグイグイと速めのテンポで押してゆく。ブラームスの1番シンフォニーらしく、内面は深刻で悲痛な感情が流れているのだが、表面の仕上げは思ったよりもアッサリ系に聞こえる。推進力に満ちているからだろう。
弦の音色は緊張感に富んでいて、時に軋むような悲鳴を上げる。
オーボエの音色がイイ。芯が通って強靱、しなやかな弾力もある響き。
展開部からは、突進する迫力が増して、男性的で雄渾な演奏となっている。

第2楽章も速めのイン・テンポ。ベイヌムは、表情づけを極力排しながら、出てくる音だけでブラームスのロマンを伝えようとしている感じ。緊迫感はこの楽章も同様。
オーボエがここでも懐かしい音色で絶品。フルートやクラリネットも巧い。
ソロ・ヴァイオリンは伸びやかで、格調高い。見事なもんだ。瑞々しく抒情的で、男の後ろ姿といった演奏になっている。

第3楽章冒頭の管楽器のアンサンブルが美しい。音も実にブラームス的、ほの暗く柔らかく、渋い響きでとてもよい。同じく柔らかく暖かいヴァイオリンの音色が管楽器群によく合っている。こういう合奏は、いつ聴いても心地よいものだ。終楽章に向けて、徐々に緊張感が高まってゆくところもイイ。

終楽章。序奏部では例によってテンポは速め、颯爽と駆け抜けてゆく。ホルンの雄大な歌も、勿体ぶらずにサラッと進んでゆく。男性的な逞しさ。フルートも粘らない。
そして勝利の行進。ストリングスのトッティでは、強固なアンサンブルを聴かせてくれる。壮大なクライマックスまで一直線。剛毅な表情、気骨ある男のロマンといった風情の演奏となった。

ベイヌムのブラームスは、男臭い、強靱な演奏であります。
素晴らしい。

1958年の録音、今から50年も前のものとは思えない、上々の音です。
定位は良いし、楽器のバランスもgoodであります。
コンセルトヘボウにしてはホール・トーンがもう一つかとも思いますが、欲を出してはイケマセンな。
2006/03/17のBlog
春は異動の季節。
今日は職場の送別会でした。別れゆく人たちと遅くまで歓談。

「北帰行」を歌う人あり。情感がこもる挽歌でありました。
仲間たち、先輩たちの健勝を祈るばかりです・・・・。


さて、今日はフランス音楽を。

アンドレ・プレヴィン指揮ロサンゼルス・フィルの演奏による「フランス音楽コンサート」。
1989年4月25日、UCLAロイス・ホール・オーディトリアムでの録音(ライナーによると、たった1日のテイクか!)。フィリップス原盤。国内初出は1990年、ボクが購入したのは1997年に廉価盤になってから(たったの1000円!)。7年で1000円盤に格下げなので、売れなかったんだろうなぁ・・・・。

プレヴィンは1986年から89年までロスPOの音楽監督だった。このCDは、その退任に当たっての録音であったらしい。
1000円盤にしては勿体ないくらい、ボクはエエ演奏だと思います。

曲目は、たしかに「フランス音楽コンサート」にふさわしい。

1 ドビュッシー:「牧神の午後への前奏曲」
2 ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第2組曲
3 イベール:交響組曲「寄港地」
4 デュカス:交響詩「魔法使いの弟子」


「牧神の午後への前奏曲」は、フルートの渋い音色が印象的。ソロはジャネット・ファーガスン。典型的なヨーロッパ・トーン。ストリングスはあまり厚くない、どちらかというと室内楽的な音響を醸し出している。物憂い午後のけだるさ、まどろむようなモヤモヤした感触が、よく出ていると思う。フルートだけでなく、ハープの音が印象的。ここぞというときに、フワッと響いてくる。
「音の画家」の異名を持つドビュッシー作品だが、プレヴィンはあまり色彩を施さず、くすんだ色合いにオケを誘導しているように聞こえる。これが、あのロスPOかいな?と思ってしまう。
メータと組んだDECCA盤で色彩豊かな大規模な管弦楽を聴かせ、ジュリーニと組んだDG盤では重厚な中にもしなやかさを持ったベートーヴェンやシューマンを聴かせた、あのロスPOから、こういう、ややくすみ加減の(墨絵のようなと言ってもいいかも?)音響を引き出すのはプレヴィンの個性なのか、それともホール・トーンや音の融け合いを重視するフィリップスの録音のせいか・・・・?

「ダフニスとクロエ」第2組曲。こちらのフルート・ソロはアン・ディーナー・ジャイルズ。このフルートは巧い。難しいパッセージも楽々と吹き通す。木管が総じて巧いなと思う。ストリングスが(特にヴァイオリンが)ややざらつく感じなのが惜しい。
華やかな演奏よりも、ノーブルで味わいのある演奏を目指している感じ。あまりキラキラしないのは、1曲目の「牧神」と同じ。
ダイナミック・レンジは広大。録音が素晴らしいので、ピアニシモの実在感がスゴイ。フォルティシモでは、音量を下げなくちゃ・・・(^^ゞ。

「寄港地」と「魔法使いの弟子」、この2曲は色彩的、華やか、豪華、スッカラカンとした屈託ない演奏。
フランス的なカラフルさ、オシャレな味わいを楽しむなら、こちらの方が好ましいかな。「牧神」と「ダフニス」は粋でイナセでちょいとシャイな演奏。

趣向を凝らした「フランス音楽コンサート」でありました。
さすがは、プレヴィンであります。
2006/03/16のBlog
少し気温が上がって、早春の陽射しが快いですな。
再開1カ月あまり、早朝のジョギングで、2.5㎏減量に成功。食事を減らしたことも相乗効果だったかな。iPod shuffleとともにさあ今朝も出かけよう。

この数日、月が冴え冴えと全く綺麗。ジョギング中に見とれてしまうほど綺麗。四国山脈から太陽が昇ってくる時刻でもあります。ああ、春の月。そして春の曙。

さて今日は、ショパンのピアノ協奏曲第1番ホ短調作品11。
クラウディオ・アラウのピアノ、エリアフ・インバル指揮ロンドン・フィルの演奏。
1970年10月、ロンドンのウェンブリーでの録音。フィリップス盤。

第1楽章はアレグロ・マエストーソ。序奏部の管弦楽が気合い十分の入り方。当時33歳、若きインバルが渾身の指揮ぶりで微笑ましい。やや入れ込みすぎたか、ロンドン・フィルが少し引きつるような、悲鳴を上げているようなところがあるが、総じてロマンの味わいが濃厚な序奏部になっている。

アラウのピアノは柄の大きい、堂々とした演奏ぶり。タッチは克明でしっかりとした打鍵が特徴的。楷書風のピアニズム。全体的にやや重めかなとも思うが、力強い青春の息吹が表出されていて、これはこれで良いな。
特に遅い部分でのロマンの味わいが濃厚で、全く美しい。展開部での細かいパッセージが、ニュアンス豊かで洗練されているのは、さすがに大家アラウだなぁと思う。

第2楽章は聴きもののロマンツェ。アラウのゆったりとしたピアノが、ルバートを利かせながらショパンの若き詩情を歌い上げてゆく。その遅さが、惻々とショパンの慕情や、望郷の思いを伝えて、ホンマに素晴らしい。いつまでもこのピアノに浸っていたいと思う。

親友への手紙の中で、ショパンはこのロマンツェ(ラルゲット)を「例えば春の月明かりの夜のような」と云っている。
ああ、今夜のような早春の月夜にふさわしい音楽なんだな・・・。しばし感慨。

バックの管弦楽もアラウのピアノに応えている。しなやかなストリングスの歌は実にイイ。インバルはここでは控えめ、慎み深い指揮ぶり。これがまた第2楽章には良い。

終楽章はロンド。ヴィヴァーチェだが、そんなに速く弾かないのがアラウ流。
ピアノはますます好調で、本来のヴィルトゥオーゾ・ピアニストの面目を施すような鮮やかなテクニック、ニュアンス多彩なタッチ。
インバル/ロンドン・フィルも、アラウのピアノに触発されて、上品な中にも気持ちよく盛り上がってゆく伴奏を聴かせてくれる。
見事、堂々たる終曲だ。

35年前の録音、しかし十分に現代的な録音。
ピアノもしっかり捉えられているし、いつものアラウの音色が聴ける。
管弦楽も、しっとりと包容力のある響きで録られている。
リマスターも良いのだろう。
う~ん・・・・さすがフィリップス。
2006/03/15のBlog
今日は、マーラーの交響曲第1番ニ長調「巨人」。
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮シカゴ響の演奏。
1971年3月の録音。EMI原盤。

最近購入の1枚。何度も再発されている演奏なのに聴いたことがなかった・・・。
ジュリーニのマーラーは、シカゴ響を振った第9番が素晴らしかったので、期待して聴き始めた。
「歌う」指揮者ジュリーニ・・・・・・さてさて。


第1楽章の序奏部、歌心が持ちつつ緊張感に富んだ響きが素晴らしい。ストリングスが引っ張るようなピアニシモを聴かせるのだが、その響きがたいそうしなやかで靱い。木管はテヌート気味に音を伸ばしながら、じっくり味わい深く吹く。ゆったりとした包容力があり、ニュアンスも多彩で面白い。
主部にはいると、テンポが徐々に速くなっているはずなのに、序奏部と同じゆったり感に包まれてしまう。このあたりがジュリーニの芸なのかと思う。テヌートやレガートを駆使して、十分に音を伸ばして聴かせるので、聴き手にはゆっくりした感じがつきまとうのだろう。

第2楽章は、オケ全体がしなやかによく歌い込んでゆく感じ。金管が気持ちよく鳴り渡るのは、さすがにシカゴ響。朗々として実に心地よい。指揮するジュリーニも気持ちよかったろう。

第3楽章冒頭のコントラバスがイイ。やや、照れた味わいを含みながらよく歌うコンバスのソロはなかなかのもの。また、このソロのあと、徐々に楽器が増えて音量が増大してゆくところは、実に美しい。アンサンブルも綺麗だし、トリオのところで、じっくりと歌を聴かせてくれるのもジュリーニらしい。ハーゼスのトランペットだろう、ここでも爽快に吹き渡って気持ちよい。

終楽章はアタッカで直ちに開始。圧倒的迫力の爆発。オケの能力も全開で、この終曲を盛り上げてゆく。
素晴らしいのは、この楽章5分ころの、弦楽器をメインにした歌だろう。微笑みをたたえながら、たっぷりと歌わせるところなど、ここでもジュリーニの個性が発揮されている。
つくづく、ジュリーニは「歌」の指揮者だなぁと思う。
そして、その「歌」が常に気品を保ち、聴き手に妙に迎合することがないのが素晴らしい。全く、スクッと背が伸びた演奏。


このCDはHS2088方式によるリマスター盤です。
HS2088は、ネットなどではあまり評判はよろしくないんですが、我が家では「ヒドイ」ということもありません。もともとEMIの録音が大したものではないし、そう期待して聴いていないので、このCDも特に音が悪いとは思いませんでした・・・・。
録音水準がフィリップスやDECCAまで行かずとも、せめてDG程度であれば・・・というCDはEMIには多いですなぁ・・・・・・。
2006/03/14のBlog
春三月というのに、この寒さ。
真冬の気温に凍てつくような一日でありました。
これ、今日も雪かもしれません。

さて、今日の音楽はシューベルトの交響曲第5番変ロ長調 D.485。
ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1975年9月、コンセルトヘボウでのアナログ録音。
このCDはフィリップスの24bitデジタル・マスタリング・シリーズの1枚。

CDらしからぬ、アナログLPに近い、非常に自然な音がする素晴らしいCDに仕上がっている。
24bitデジタル・マスタリングが良いのだろう。西条のマルワレコードに残っていたのを半額セールで購入(発売は1995年10月というから、これ、売れなかったんだろうなぁ)。
ハイティンクの「グレート」はLPで持っていて愛聴しているのだが、この5番8番のレコードはついに買い漏らし、CDでも手に入れていなかったので、ようやく巡り会えた思い。

演奏は期待通りのものだった(^-^)。

第1楽章から、もうコンセルトヘボウ管独特の、暖かく柔らかくしっとりと濡れたような音色に魅せられてしまう。そうそう、この音。LPで聴くフィリップスの音、コンセルトヘボウ管の音はこんな音だった。
トロッとした厚みがあって、深々とした余韻があって、聴いていると頬に優しく音が当たって愛撫されるような音。
この音がシューベルトの美しい旋律に乗ってリスニング・ルーム(と云うほど豪華ではないが)に広がるのは、極楽であります。

第2楽章は、アンサンブルの美しさが際だつ。木管と弦楽器が絶妙に融け合って、バランスよく鳴っている。ホールトーンの柔らかさがまた最高に美しい。
展開部で、ヴィオラの刻みに乗って(この刻みがよく揃って、慎みがあって上品で美しさの極み)、フルートやヴァイオリンが優美に歌うところなどは、このCDの最も聴き映えのするところかな。この歌こそ、シューベルト。

第3楽章のメヌエット。ハイティンクにしてはテンポが遅い。ふだん、中庸のテンポをとるハイティンクにしては珍しい重さ。じっくりと腰を落として歌う感じ。メヌエットの優美さよりも、構成を重視したか。そのせいか、楽章中ほどの音楽の表情が、優しく気品あるものになった。
あ、そうか、ハイティンクはこの楽章をスケルツォとして解釈していたのか。堂々とした音楽になっている。

終楽章は一転して快速。爽快なシューベルトが聴ける。アンサンブルの美しさはここでも全く美しく、厚みも十分。ああ、良いシューベルトを聴けたなと思う。

返す返すも惜しいのは、ハイティンクがシューベルトの交響曲全集を完成しなかったこと。全集魔ハイティンク、どうしたことか。結局「グレート」と、この「5番・未完成」しか残さなかった・・・・。

このコンビで1番から4番、6番を聴いてみたかったものだ。
こんなアナログ録音なら、いつまでも大切に聴けたであろうに。
2006/03/13のBlog
3月中旬を迎えてもまだまだ寒い・・・。
四国は雪でも降りそうな雲行きであります。

新居浜のマルワレコードに何度も足を運んで、閉店前の最後のご奉公。
沢山買い込んでおります。
今日はその中の1枚で、山下和仁を。ボクにとっては久しぶりに見る名前・・・。


思えば、ギタリスト山下和仁の名前は、すでに25年前から有名だった。

今日は、彼自身の編曲による、ムソルグスキー作曲、組曲「展覧会の絵」。
1981年3月、我が故郷・入間市民会館での録音。BMG~RCA原盤。レッド・シール・ベスト100シリーズの中の1枚。

BMGの紹介によれば、山下和仁は、1961年長崎市に生まれ、1976年の日本ギター連盟主催の全国コンクール第一位。翌77年、16歳の時にラミレス(スペイン)、アレッサンドリア国際(イタリア)、パリ国際(フランス)の世界三主要ギター・コンクールにいずれも史上最年少1位という記録を立てたという。華麗なる経歴の持ち主。そしてこの「展覧会の絵」はドイツ・レコード賞を受賞しているとのこと。


ギター一本の「展覧会の絵」、単調に陥るのではないかとおもっていたら、曲と曲をつなぐ「プロムナード」が千変万化。素晴らしく変化に富んでおり、単調どころか、聴いていて全く飽きない。淡々と弾いたり、雰囲気豊かに弾いたり、ワクワクしてくる。
ニュアンスも多彩を極める。実に面白い。そして飽きない。

ギターの音色が乗り移ったか、この「展覧会の絵」は哀愁が漂い、スペイン風の(ギターだからどうしてもスペイン風になる)音楽になっている。

そして、何より、ギター版でさえ結構サマになっているのだから、ムソルグスキーの原曲が、いかにアレンジの許容範囲が広いかということを示している。
(そう思うと、ムソルグスキーはスゴイ作曲家だったのだ・・・・)


個別の曲で書いてみると・・・・・・
「テュイルリーの庭」で速いパッセージの超絶技巧がスゴイ。目も眩むような指の動き。「ビドロ」の重厚さと哀しさがよく出ているし、「サミュエル・ゴールデンベルクとシュミュイレ」ではこの両者の対比が面白い。特にシュミュイレの音色が細く悲しみを帯びているのが味わい深い。「カタコンブ」の妖しさ、「バーバ・ヤーガの小屋」でも圧倒的な技術が聴ける。
そして終曲「キエフの大門」の低音を重視しながら、実に堂々とした音楽になっている。音色も輝かしい。艶も張りもある。

1981年の録音、4半世紀を経過しても、十分に聴ける水準と思います。