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クラシック音楽のひとりごと
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2006/04/17のBlog
雨上がりの春の日でありました。
陽射しは暖かく風は爽やか。気持ちよい休日でした。

今日はバッハを聴いてました。ヴァイオリン曲であります。
そこからの1曲を・・・・・・・・。

J・S・バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータは、スゴイ音楽だと思います。一つのヴァイオリンで、ここまで出来てしまう、ここまで表現してしまう・・・もの凄い音楽だなと思います。中でも、第2番ニ短調BWV1004は、終楽章のシャコンヌだけでもスゴイ、最高の名品だと思います。聴いていて、思わず襟を正してしまうような作品であります。
クラシック音楽は所詮は娯楽だと思うんですが、いくつかの曲は、そうとばかりも云っていられない凄みがありますな。。

今日はナタン・ミルシテインの名演奏で。
1973年9月録音のDG盤。この時、ミルシテイン70歳・・・ホンマに70歳の演奏かいなと思わせる、素晴らしいCD。何しろ、技巧の衰えがほとんど感じられない。しかも、音色が匂うように美しい。テクニックも音も完璧と云って良い状態にある。スゴイ、ホンマに凄い。

冒頭のアルマンドから、肉厚の美音が聴ける。ミルシテインのヴァイオリンは、澄みきった青空のような明晰さ。古代ギリシアの彫刻のような均整のとれた美しさ。

クーラントはスクッと背筋が伸びた演奏。何とも綺麗な音色。厚みがあって艶があって、絶世の美女と正対しているかのようなヴァイオリン。美音の洪水。
(といって、「絶世の美女」と逢ったことはないが・・・・・・でも、きっと逢ったらミルシテインのヴァイオリンを思い出すだろう・・・)

サラバンドは荘重な音楽。低音がズシッとこたえる、その迫力は素晴らしい。グイグイ聴き手に迫ろうとするヴァイオリン。でも美しさに乱れなし。低音から高音へ、フワッと浮くようなところがある。その倍音の美しさ、空気感はミルシテインならではのもの。

ジーグは悲しみを秘めつつも軽快な舞曲。矛盾した言い方だが、音楽は悲しく切ないのに、軽く弾むんだなぁ。響きは繊細で、はかなさや哀しみが漂うような感じ。

そして、シャコンヌ。決然とした響きが、緊迫感を誘う。聴き手も身構えるが、奏者も襟を正して弾き始める。さすがミルシテインも、この壮大な作品(曲そのものは短いのに、ホンマに壮大な曲だと思う)を前にして、切迫感が漂う。
美しい音は前の楽章と変わらない。美しさの極み。そして、響きの間から、バッハが語る宇宙の真理(と云ったら言い過ぎか・・・(^^ゞ)が伝わってくる。

ミルシテインは70歳。技巧の衰えがあまり感じられないのはスゴイ。
青年の勢いはないものの、ちっとも老いた様子がない。
髪の先から爪先まで、血が通った生命感がある。生命の躍動が素晴らしい。

大したもんです。
2006/04/16のBlog
週末は雨です。冷たい雨です。四月なのにこの冷え込み。
今年は雨の多い春です。

さて、今日はベートーヴェンの交響曲第1番ハ長調作品21。
コリン・デイヴィス指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
1993年9月、ドレスデンのルカ教会での素晴らしい録音。フィリップス原盤。

デイヴィスという指揮者は、誠実で正統的、清潔で端正、至極まっとうな演奏をつくる指揮者だと思う。どちらかというと直線的で、変化球をあまり放らないタイプ。興が乗れば煽るようなところもあるが、基本的にはスタイリッシュな演奏が身上だと思う。アムステルダム・コンセルトヘボウ管とのハイドンやドヴォルザークの交響曲、ストラヴィンスキーの三大バレエなどはかけがえのない名演だったと思う。ボストン響とのシベリウス全集も思い出深い(シベリウスは再録音もあるようだが、ボクは未聴であります)。

さて、最近、そのデイヴィスのベートーヴェン全集を入手した。オケはドレスデン・シュターツカペレ。デイヴィスの格調高い指揮に、ドレスデンの柔らかくまろやかで、深みのある音が加わって、素晴らしい演奏になっている・・・・と、この第一交響曲を聴いて、確信を持った。
デイヴィスは、BBC響やロンドン響、バイエルン放送響との共演で、何枚かベートーヴェンをフィリップスに録音していたが、このドレスデン・シュターツカペレとの全集は、それらを遙かに上回る名演になっているように思う。
日本では(世界でもか?)あまり評判にならなかったのではないかと記憶しているが、どうしてだろう?こんなにも深々とした音で聴かせるベートーヴェンは、そうはないんじゃないかと思うのだが・・・・・。

さて、第一交響曲の演奏であります。

第1楽章は、重厚な音でありながら快速で引き締まったテンポが印象的。デイヴィスはアクセントをつけながら精力的な指揮ぶり。汗が飛び散るような元気溢れる様子が伝わってくる。
生気に満ちた演奏だが、荒々しくならないのは、ドレスデン・シュターツカペレのおかげか?
オケの響きが素晴らしくまろやかで、柔らかい。木管など、特にまろやか。伝統的な大オーケストラでの演奏で、甘く馥郁たる芳香が立ち上ってくる感じ。こういう音を聴くのは快感だなぁ。

第2楽章は、アンサンブルが綺麗でうっとりする。ここでも、ドレスデンのオケは、長い時間をかけて練り上げてきた熟練の技とでも云うべきか、何とも安定した、有機的な合奏を展開する。互いの音に耳を澄ませながら、合奏している様子が伝わってくる。デイヴィスの指揮も、時々使われるアクセント(スフォルツァンド)の他は、オケの自発性に任せているようだ。
この楽章、5分過ぎからの室内楽的なところでは、極上のアンサンブルが聴ける。全く素晴らしい。いくら褒めても褒め足りない素晴らしさ。

第3楽章はリズムがよく弾んで心地よい。デイヴィスは、沸き立つような音楽を作り出していて、シェイプされたオケの響きが何ともスマート。弦楽器群は寄せ来る波のような流線型の音楽を作り出し、一種の高揚感がある。

終楽章も快活なテンポ。重厚で押し寄せてくるようなドレスデンのサウンドが気持ちいい。ふくよかで柔らかく、包み込まれてしまうような快感。アンサンブルはもちろん、一人ひとりの技量も相当なものだと思う。


こんな素晴らしい交響曲全集を、1曲ずつ、じっくり聴いていける楽しみ。
深々と包まれるような至福の音楽・・・・。
王侯貴族でも、こんな楽しみを持てなかったんじゃないか・・・と独りごちしつつ、今日もアンプの電源を入れるのであります。
2006/04/15のBlog
時々ショルティのマーラーを無性に聴きたくなることがあります。

ショルティが大好きだと云うより(嫌いではないが)、マーラーの書いた大編成の音楽を堪能したいと思うときに、ショルティ盤を取り出すことが多いんですな。

これほど、マーラーのオーケストレーションの素晴らしさを伝えてくれる演奏は、そうはないんじゃないかと思ったりもします。豪放雄大であり、精妙繊細であり、ソロの楽器は技術的にもかなり高いレベルを要求されているし、オケ全体の緊密なアンサンブル能力も必要になる・・・そんなマーラーの交響曲を十分に味わうには、ショルティ/シカゴのコンビは最高の組合せの一つだと思います・・・・・。


思えばショルティはマーラー・ブームの先駆けだった。ワルターやクレンペラーなど、作曲家自身に接していた第一世代のあと、バーンスタイン等と並んで全集録音に取り組んだ指揮者だった。ボクはクラシックを聴き始めたLP時代、マーラーの全集はCBSソニーのバーンスタイン/ニューヨーク・フィル盤、DGのクーベリック/バイエルン放送響盤、フィリップスのハイティンク/ACO盤くらいだったと思う。バーンスタインのは録音がイマイチだったし、クーベリックやハイティンクのLPは高かった・・・・ショルティのDECCA盤は録音も良く、しかも廉価盤だった・・・・・。
それでも2万5千円!
ああ、高かったなぁ・・・。

さて、今日はそのショルティ/シカゴ響でマーラーの「巨人」。
1981年、ショルティとしてはデジタル時代になっての再録音盤。


第1楽章から素晴らしい響き、何というイイ音。
DECCA録音も素晴らしいのだが、何よりオケの合奏能力、個々のプレーヤーの卓抜したテクニックがスゴイ。弦はしなやかに木管は甘く、青春の息吹を美しく歌う。色でたとえれば、若葉の緑。瑞々しく見通しの良い響き。ステージが見渡せるような録音で、透き通るような爽快な響きが聴ける。オケの音が全く混濁しないので、石清水のような清澄清冽な音がする。スゴイもんだなぁと思う。

第2楽章もシカゴ響がよく鳴るのが印象的。特にチェロ・コントラバスの迫力満点の重低音が良い。後方で金管がバリバリ鳴る。見事な鳴りっぷり。
排気量のバカでかいエンジンを積んだ車が余裕しゃくしゃくで加速してゆくような感じ。もっとも、豪快に鳴るといっても、野卑な、暴力的な音にはならない。あくまでも見通しの良い、透明度の高い演奏になっているのは、ショルティのいつもの特徴だし、それに見事に応えるシカゴ響の技術の高さの賜物だろう。

第3楽章では弦のアンサンブルが聴きもの。素晴らしい合奏なので、音が弛まない。そのしなやかさに乗って、木管群が哀愁たっぷりに美しい旋律を奏でるところなど、もう優しさ一杯。剛毅なだけじゃないもんね、とシカゴの奏者が言っているかのよう。

終楽章は、さすがシカゴ、パワー炸裂、気持ちいいくらいに金管が鳴る。屈託ない、明るく響き渡る。素晴らしいマーラーのオーケストレーション。
日々、指揮者としてオケと向かい合っていたマーラーが、その耳と経験とを生かして書いた音楽なのだから、よく鳴るはずだとは思うが、それにしても実によく考えられたオーケストレーションだと思う。


ああ、気持ちよい演奏。
マーラーのドロドロした情念や揺れ動く心情、ウィーン情緒やボヘミアの郷愁などは感じられません。
ただ、マーラーの書いた最初の交響曲があるだけです。
冷たく突き放したような演奏なのかもしれません。

でも、イイ演奏なんです。とてもエエんです。

若い頃、必死にお金を貯めて初めて買ったマーラー全集という、ボク自身の郷愁、感傷のせいかもしれないんですが。
2006/04/14のBlog
昔懐かしいLPを取り出して、モゾモゾ聴くのもエエもんです。
置き場に困るのと、もはやCD時代だろうと思い、15年ほど以前、1990年頃に処分しようかと思ったんですが、結局捨てることも売ることも出来ず、今も手元にかなり残っています。もはや骨董品に近いのかもしれませんが、ジャケットは大きくて眺めていて楽しいですし、音も古ぼけているようで独特の柔らかい響きがなかなかエエもんです。

今日取り出したLPは、J・S・バッハの管弦楽組曲第3番ニ長調BWV1068。

ルドルフ・バウムガルトナー指揮ルツェルン音楽祭弦楽合奏団の演奏。ギィ・トゥヴロン・トタンペット隊が参加している。
1977年11月の録音、オイロディスク原盤だったのだが、LP時代はキングレコードから発売されていた。今日聴いたのは、1980年購入の廉価盤であります。

1曲目の序曲から、弦と管のユニゾンが艶やかに明るく響く。バウムガルトナーとルツェルンのコンビらしい、若々しく爽快な演奏が始まる。オーボエなどの木管は左から、トゥヴロンのトランペットは右から綺麗に分離して心地よい響きをつくり出している。
特に弦と重なった木管の音が良い。明るすぎず軽すぎず、まろやかで穏やかな音がとてもイイ。しっとりとした色気さえ漂う感じ。タンギングでリードが震える音まで克明に聞こえてくるなど、録音状態も清々しい。
ヴァイオリンのソロも巧い。クレジットはないので奏者名は不明なのだが、高音が突き抜けてどこまでも伸びてゆく美しさには惚れ惚れする。
バウムガルトナーのテンポは快活そのもの。後年、次々に出てくる古楽器団体のようなスピード感はないが、インテンポで朗らかに音楽が進んでゆく見事な設計だと思う。

そしてエア。
いつ聴いても心が洗われる思いがする。心が安まる音楽。
バウムガルトナーのアーティキュレーションは正統的、上品で背筋が伸びたたたずまい。誠実で真摯な演奏だと思う。音楽の表情は、微笑みを含んだ暖かさ。温もりある演奏。
この辺がバウムガルトナーの美点であって、決していかめしく峻烈なバッハにはしない。(峻厳なバッハを聴きたければ、リヒターを取り出すだろう・・・・・)。
誠実で美しい音楽がバウムガルトナー。いつまでも続いて欲しいと思わせるエア。

ガヴォット以降、再び弦と木管のユニゾンが素晴らしい。独特の艶、コクのある響き。中間部のトリオでは軽いアッチェランドがかかって面白い。
アンサンブルが良いので、音楽は常に透明感を保って綺麗だ。
終曲では、金管がキラキラした音を響かせて堂々と曲を締めくくる。


ああ、これはドイツのバッハ。
昔ながらのバッハ。響きはあまり重くないのだが(やや軽いかも)、伝統的な奏法の、安心して聴けるバッハ。

物珍しいところはありません。
今の耳で聴くと古くさいんでしょう。
でも、エエものはエエです。ボクはこういうバッハが好きです。
2006/04/13のBlog
忙しい、忙しい・・・・毎日がバタバタです。
今週一週間の長いこと。今日はまだ木曜日。やれやれ・・・・・。


さて、今日はR・シュトラウスの「四つの最後の歌」を取り出して・・・・。

「四つの最後の歌」は、ドイツ・ロマン派最後の巨匠R・シュトラウスの、最後の歌曲。作曲は1948年というから、第二次世界大戦の敗北から3年後ということになる。ドイツが破壊されつくしてのちの作品であり、なおかつ、R・シュトラウスの死の前年の作品。
初演は1950年、フルトヴェングラー指揮フィルハーモニア管、ソプラノ独唱はフラグスタートという豪華版だったらしいが、R・シュトラウス自身は、この演奏を聴かずに亡くなっている。

「四つの最後の歌」は文字通り、4曲からなる。
1「春」
2「9月」
3「眠りにつくとき」
4「夕映えの中で」

今日のCDは、ルチア・ポップのソプラノ独唱、クラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィルの演奏。
1982年3月、ロンドンのアビーロード・スタジオでの録音。
カップリングは、同じテンシュテット/LPOの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」、「ドン・ファン」。
本来「ツァラトゥストラ」がメインのCDなのだが、ポップのファンとしては、こちら「四つの最後の歌」こそ聴きものなのであります。

ポップの声は、このCDでも爽やかで透明。高音がどこまでも突き抜けてゆく。クリスタルのような輝きがあり、青みがかった声。抒情的でもある。

「春」では、瑞々しく若々しい歌唱。華やぐような、喜びに満ちた歌が聴ける。素直で発音も明晰で、とても聴きやすい。

「9月」では、透明で潤いのある歌いぶり。ラストで響くホルンの美しさは何に例えようか。

「眠りにつくとき」では、ヴァイオリンの美しさが際だつ。それに乗って、ポップの歌が浮かび上がってくる。ちょうど今の季節、青空に浮かぶ桜花のような、爽やかで繊細な歌。

「夕映えに」は、管弦楽の開始が素晴らしい。壮大な自然を思わせる管弦楽。静かに沈む真っ赤な夕陽が見える。R・シュトラウスのオーケストレーションは、ホンマにスゴイと思う。
ポップの歌唱も雄大。妙な演出臭もなく、プレーンな歌唱で好ましい。清らかに、しみじみとこの終曲を歌ってゆく。

テンシュテットのサポートも見事なもんです。
録音はもう一歩かなとも思いますが、まずは標準。
ポップの透きとおる声は良く録れていると思います。
2006/04/12のBlog
2日間よく降りました。菜種梅雨にしては、大雨です。
近くの渦井川が増水して、一昨年の水害を思い出すほどでした。

さて、今日取り出したのはサン=サーンス。
交響曲第3番ハ短調作品78「オルガン」。

ジャン・フルネ指揮東京都交響楽団の演奏。オルガン演奏は松居直美。
1987年9月、国立音楽大学講堂での録音。

フルネが引退したというのは旧聞に属するのだろうが、今年93歳という高齢を考えれば仕方がないかな・・・・。
彼の指揮するフォーレのレクイエムはLP時代からの愛聴盤なのだが(アメリングの絶品の歌唱が聴ける)、何度も来日しては、名演奏を聴かせてくれたし、レコードも結構ある。親日家なのだろう、引退公演も日本だったのだから。

このオルガン交響曲も、日本のオケを指揮したもの。都響が頑張っているのが印象的。個人的には、都響のCDの中でもハイレベルの演奏だと思うのだが。

第1楽章の第1部、、しなやかな弦楽が耳に心地よい。フルネの指揮は雅やかで格調高く、どちらかというとアッサリ系の音楽づくり。
この曲はロマンの匂いでむせ返るような交響曲なのだが、フルネの指揮で聴くと、ドロドロにならないのがイイ。サラッとした音楽になっている。聴きようによっては、味が薄い・淡泊な演奏になるのかもしれないが、ボクには淡泊な味の中に、様々な味覚が込められていて味わい深く思えた。ヴィオラやチェロがそっとヴァイオリン群に寄り添うところなど、芸格が高いというか、老練というか・・・・。

第2部になると、オルガンが最低音を響かせて、荘厳で宗教的な雰囲気を漂わせる。松居直美のオルガンは慎ましく上品。音も綺麗。
都響の弦のユニゾンも穏やかな表情で、響きも柔らかい。敬虔な祈りのようで、実に美しい。サン=サーンスの信仰心を聴いているかのよう。

第2楽章のスケルツォは快活。リズムがよく弾んで心地よい。循環主題も軽妙に出現してくる。フルネの指揮は、全く真摯であり、かつ紳士的。背筋のよく伸びた、上品な紳士の演奏。都響もこれによくついて、浮つくことなく、巧みにスケルツォ楽章を聴かせる。爽快で軽快。

そして、真打ち・オルガンの登場。音楽はグッとスケールが大きくなり、豪快壮麗な演奏になった。都響の人数が増えたように錯覚するほど音量も拡大。ダイナミックレンジ広大。
ピアノも洗練されていて、コラールのように響くオルガンを品良くいろどってゆく。
金管のファンファーレも巧い。もう少しカラフルでもイイかなと思うが、都響としてはこれがいっぱいかもしれない。
木管やヴァイオリンの柔軟な演奏も効果的だし、終曲に至っては、壮大な盛り上がり。スカッと締めてくれる。


録音はDENONらしく、ホールトーンを十分に取り入れながら、各楽器も美しく溶け合うように録られています。
やや細身の音づくりながら、すこぶる見通しがよく、聴いていて快感を味わえます。
素晴らしいDENON録音と、また書いてしまいましょう。
2006/04/11のBlog
終日の雨。春雨にしては少し冷たかったですね。
まさに桜雨。
その雨の中、無事に県立高校の入学式も終わりました。
いよいよ新学期です・・・・・。

さて、今日はそんな雨の日にあう渋い演奏を・・・・。
ブラームスの交響曲第3番ヘ長調作品90。

ホルスト・シュタイン指揮バンベルク響の演奏。
1997年7月、バンベルクのヨーゼフ・カイルベルトザールでのライヴ録音。レーベルはKOCH CLASSICS という、あまり馴染みのない輸入盤なのだが、不思議なことに日本語で表記されている。どういうことだろう(日本語解説はない)。

シュタインらしく、第1楽章から落ち着いたテンポ。この人のつくり出す音楽は、作為がなく自然な感じ。鮮やかであるとか、華やかであるとか、きらびやかな世界とは無縁の、手作りの民芸品のような素朴な味わいがシュタインの魅力。
バンベルク響は実によく鳴っているのだが、大声をあげるわけでもなく、スタンドプレーにも走らず、質実剛健、しっかりとした堅固なアンサンブルを基盤にして、個々の楽器が自分の持ち場をきちんと果たしている・・・そういった感じの演奏で好ましい。味わい深い合奏が印象的。

第2楽章では、ひなびた木管がイイ。クラリネットの音はまた何という温もり、全く味わい深く慎ましい。歌う楽器のオーボエさえも艶消しの響き。くすんだ感じでとてもイイ。
ストリングスの静謐さも心地よい。お互いに耳を澄ませながら、ゆったりとした息づかいでたっぷりとブラームスのアンダンテを奏でてゆく。腕の良い職人が織り上げた紬のような、手触りの良さ。

第3楽章はポコ・アレグレット。ブラームスが書いた、最も美しくロマンティックなメロディのひとつ。シュタインの指揮は、無理のないフレージングで、オケは自然に鳴り響く。静かで訥弁、心根の優しいブラームスがここにいる。音楽は控えめで、可憐な趣きさえ漂う。

終楽章も派手にならない。終曲へ向かって大きく盛り上がるのだが、それは徐々に音量が上がってゆくわけで、内実はしっとりと安定感がある演奏。
シュタインの指揮は、全楽章を通じて中庸なテンポで、ブラームスの指定したとおり。内声部も充実していて、温もりのある響きを味わえる。

聴き終えたあと、しみじみと、「良いブラームスを聴いた」と思えるような演奏。
渋い、確かに渋い演奏なんですが、こんなブラームスが最近は耳に合うような気がします。
トシを取ったせいかもしれません。

シュタインの指揮するレコードやCD、数は多くありませんが、ハズレがないです。
派手な演奏はないですしね、あまり目立たないんですが、誠実な良い演奏を聴かせてくれます。
このブラームスしかり、シューベルトしかり、グルダとのベートーヴェンも。
2006/04/10のBlog
桜満開の春です。

今日は松山へ出張でした。
西条から松山への国道は、峠道を越えていきます。
その峠道を、「桜三里」と言います。桜木が三里に渡って続くからです。
綺麗でした。最高のドライブでありました。天気も最高、ホンマに美しいなぁ・・・・。

息子たちもいよいよ新学期。末っ子三男坊も高校入学の春です。
そこで、今日は(今日もか?(^^ゞ)、シューマンの交響曲第1番「春」。

演奏はヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮ドレスデン・シュターツカペレ。
1972年9月、ドレスデンのルカ教会での見事な録音。「ルカ・スタジオ」と称されるほど、この教会の響きは素晴らしい。
もちろん、ドレスデン・シュターツカペレの音そのものが美しいのだろうが、それにしても、ふくよかでたっぷりとした音。素晴らしい響きだと思う。
我が家で相性の悪いEMI原盤なのだが、このCDはartリマスター盤で、非常に美しい録音であることが分かる。このくらい鳴ってくれると、EMIの録音も文句ないのだが・・・・・・。

第1楽章の冒頭、ホルンとトランペットの鮮やかな響き。堂々たる風格で、豪壮な序奏部。大らかに豊かにオケが鳴っている。ホール・トーンも素晴らしい響き。ふっくらと暖かみがあって、木管は素朴な味わい、弦楽器はよく使い込んだ漆器の、黒光りするような品の良い響き。手作りの温もり、人肌のあたたかさ・・・・そんなことを連想するくらい、よく融け合って柔らかいオケの響きがたまらない。
主部に入るとテンポは快速に。もたれず、よどまず、実に爽やかな演奏。
これぞ「春」にふさわしい活気ある青春の響き。春の到来を喜び、生命感に溢れた季節を彷彿とさせる快活な演奏になっている。

ドレスデン・シュターツカペレのまろやかな音色に包み込まれる安心感は、一種の快感。コーダでのフルート・ソロの品の良さなど、もう、たまらない魅力。

第2楽章は、ドレスデン・シュターツカペレのしなやかなストリングスを楽しめる。ヴァイオリンの響きに適度な湿度があって、柔らかいのが特徴。
サヴァリッシュの採るテンポは中庸で、演奏には何の変哲もないのだが、音楽が無理のない息づかいで響いている。それがいい。

第3楽章から終曲までは、大変に快活。ここでもオケの素晴らしさを味わえる。各楽器がまるで生き物のように有機的にからみ合いながら、音楽が進んでゆく。血が通いあったアンサンブルが、全く美しい。

終曲部では壮麗な盛り上がり。
季節は早春から春たけなわへ、気温が徐々に上昇して、もうすぐそこに初夏の香りが・・・・そんな演奏が、このサヴァリッシュ/SKDの演奏。

桜の花びらが舞う季節の中で、シューマンの「春」を聴くのは実にエエもんです。
2006/04/09のBlog
桜が満開であります。
仕事を終えての帰路、黄昏時の桜が夕日に映えて、まあ綺麗なこと。
思わず車を止めて、見とれておりました。
そこへ爽やかな風・・・・・・花びらがフワッと飛んでゆくのもまた綺麗なもんです。

「春宵一刻値千金」・・・・・なんて言葉を思い出しておりました。

再び車に乗り込んで、窓越しに桜並木を眺めながらマーラーを聴いておりました。

交響曲「大地の歌」であります。

ベルナルド・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
テノールはジェームズ・キング。アルトはジャネット・ベーカー。
1975年の録音なので、もう30年以上も前になってしまったものの、今でも十分に美しいのはさすがにフィリップス。

その5曲目がちょうど桜を眺めながら響いてきたのであります。
「春に酔える者の歌」。

ハンス・ベトゲの詩集『中国の笛』がテクストになっているものの、原詩は、李白の「春日酔起言志」。

世におるは大いなる夢のごとし
なんすれぞ其の生を労するや
このゆえに終日酔い・・・・・・。

借問す 此れ何れの時ぞと
春風 流鶯に語る
之に感じて嘆息せんと欲し
酒に対してまた自ら傾く・・・・・・。


さて、その音楽であります。

ハイティンク/ACOのつくり出す響きが大変美しく、息づかいもゆったりとして気持ちが良い。フォルティシモの部分でも、豪快の一歩手前で鳴る感じ。品が良い。
テンポはハイティンクらしく中庸で、自然な音楽の流れが聴ける。これも好ましい。

ホルンの遠い響きに乗って、ソロ・ヴァイオリンが繊細に弾いてゆく。音は細身で美しく高音がホールに溶けてゆく。おそらく、弾いているのはコンサート・マスターのヘルマン・クレッバース。何とも優しく透きとおった美しさのヴァイオリン。
ピッコロやフルートのソロも同じ路線。優しく繊細。

テノールのジェームズ・キングはさすがに老いたかも・・・。
高音がやや苦しい感じであります。


桜の中で聴く「大地の歌」もエエもんであります。

時は春。
桜吹雪も見えそうであります。

2006/04/08のBlog
週末、久しぶりにゆっくり出来そうかな?

新年度に入って仕事が激増、のんびりクラシック音楽を聴くことが出来ません。
これが辛い・・・・。

仕事が増えるのはエエんです。好きな仕事をさせていただいてますから。
でも、音楽を聴けないのは辛い。のんびりボーッと聴くときの幸せを知ってしまうと、この時間がなくなるのがとても辛いものなんです・・・・。いやはや。

さてさて、先日のウィンナ・ワルツ・コンサートに続いて、ケンペのCDを取り出しました。

ブルックナーの交響曲第5番変ロ長調。
ルドルフ・ケンペ指揮ミュンヘン・フィルの演奏。
録音は、1975年5月。ドイツBASF原盤だが、ボクが持っているのは、スクリベンダムから2枚組で再発されている廉価盤CD。

国内盤のLPは、確かテイチクから出ていた。ケンペ晩年の名演だと思う。
この録音の翌年、ケンペは第4番「ロマンティック」を録って間もなく亡くなった・・・・・1976年のことだった。
もう少し長生きしてくれたらと思う・・・・・。

ミュンヘン・フィルとのベートーヴェン全集やブラームス全集は滋味深い演奏でとても良かったし、ドレスデン・シュターツカペレを振ったR・シュトラウスの管弦楽曲全集などは、今聴いても最高の出来だと思う。


さて、この第5番は1876年の作品。演奏に90分近くかかる巨大な交響曲。
言わば「城塞交響曲」であって(こう云ったのは作曲家の諸井誠だったが)、ケンペの演奏はこの大規模な作品にふさわしい重厚な名演だと思う。
オケはヴァイオリン対向配置なので、この作品のポリフォニー的な面がよく表出されていて、左右のスピーカーに正対して聴いていると、とても面白い。

第1楽章の長い序奏部、ガッチリした構造のこの曲を、ケンペは自然体で穏やかに表現してゆく。金管の音が甘く柔らかく、どぎつくならないのが良い。特にホルンがイイ。右手奥から深々と鳴る。
ミュンヘン・フィルの音色も良い。明るすぎず、暗すぎず、ちょうどよく、ほの甘い音色がすがすがしい。

第2楽章はアダージョ。厳粛で堅牢で、教会の中にいるような錯覚に陥るような音楽。雰囲気は宗教的音楽で、ブルックナーの敬虔な祈りが聴ける。
木管がひなびた味わいで実にイイ。中世の城を思わせるような、古色蒼然とした音楽づくりで、聴いていると歴史の世界に引っ張り込まれそうな気さえする。
中部ヨーロッパの荒涼とした平原、冷涼な空気、平原を渡ってくる風・・・・・そんな音楽。

第3楽章のスケルツォは幻想曲のよう。自由な気分で曲想がコロコロ変わる。ケンペはオケを締めつけずに、自在な指揮ぶり。おそらくオケの自発性に任せているのだろう。この時期のケンペとミュンヘン・フィルの良好な関係がうかがえる演奏だと思う。

そして、いよいよ終楽章。
先行楽章の回想から壮麗なフーガへ、そして終曲の豪壮雄大なコラール。ブルックナーの信仰心がそのまま交響曲になったような音楽。
巨大な「城塞」に、カトリックの信仰が響き渡るような終曲になっている。
ケンペはこのスケール雄大なこの終曲を、堂々と、衒いもなく、きっちり演奏させている。両翼配置のヴァイオリンも、効果バツグンで面白い。


ブルックナーの交響曲第5番は、ブルックナーの全作品の中で最もとっつきにくい交響曲でありました。
第4番「ロマンティック」のような愛嬌があるわけでもなく、7番交響曲のように素敵な旋律に恵まれているわけでもなく・・・・。
しかも長い。ホンマに長い。徹底的に長い・・・。

第1楽章の長大な序奏部で(なかなか展開部に入らない!)、聴くのに参ってしまったことが多かったですな・・・若い頃は。

今は、ゆっくりと時間が取れるときにはしばしば取り出して聴けるようになりました。
トシを取るというのは、こういうことなのかなと思ったりします。

2006/04/07のBlog
桜満開の春です。
春休み中の息子たちは妻と桜の名所・広瀬公園で花見。ボクは仕事。
昼休みに出てこいと誘われたものの、外出できる余裕が全くないのが残念。
この忙しさの中、花びらが舞っております・・・・。やれやれ。


さて、今日はR・シュトラウスのアルプス交響曲。
エリアフ・インバル指揮スイス・ロマンド管弦楽団の演奏。
1996年、ジュネーヴのヴィクトリア・ホールでの録音、DENON原盤。クレスト1000シリーズの1枚。
この10年の録音なので、最新録音と云ってもいいくらい。

スイス・ロマンド管は、かのエルネスト・アンセルメが長期間君臨した楽団で、録音効果抜群の鮮烈な演奏で一世を風靡した。今もDECCAから(日本ではキング・レコードが)発売している。カタログ落ちしないのは、さすがだと思う。確かにフランスものやロシアもの、バレエ音楽などに、素晴らしい録音が多かった。
(ただ、実演ではパッとしなかったとの評もあり。ワタシは聴いていないので何とも云えないが、録音で化粧しているとはよく言われていた・・・・・)

アンセルメ以降は録音が極端に減ってしまい、我が家にはロマンド管のCD・レコードはアンセルメ以外にはなかった。
クレスト1000シリーズで、インバル指揮のR・シュトラウスが沢山出たので、マルワレコードの半額セールもあって買い込んでみた・・・・。

一聴、インバルのDENONでの名作・マーラー全曲シリーズと同様で、素晴らしい録音。
やや細身でしなやか、クールな録音で、特にストリングスが室内楽的に響くのがインバルらしい。色彩は鮮やかで、瑞々しく、シャープ。寒色系ではあるが、聴き疲れしない爽快なサウンド。

マーラーの4番で大成功して以来、DENONはワンポイント録音的な、ホールトーンを十分に録る(だから奥行きが広々としている)ものが多いのだが、この録音もその方向にある。聴いていて、オーケストラに包まれるような快感がある。

演奏も素晴らしい。テンポは颯爽としてやや速め。スッキリとした演奏で、いつものインバルらしく知性的な指揮ぶり。
こけおどし的なR・シュトラウスの音楽を端正に演奏してゆく。楽譜に書かれていることをきちんと音にして、変に演出しないのがイイ。
(指揮者があれこれ演出しなくても、作曲者はは演奏効果が上がるように書いてくれている)

スイス・ロマンド管も健闘。イイ音を出している。響きも充実しているし、技術的にも破綻しているところはない。特に管楽器が巧い。木管も金管も安心して聴いていられる。
インバルによって鍛えられたのかもしれない。


この「アルプス交響曲」はスゴイ作品だと思います。夜や日の出、花に滝、牧場の牛や羊、小川や森、霧や雷雨・・・・・R・シュトラウスは、全て音にしてしまっています。聴いていると、確かに花が咲き、日が昇り、霧が立ちこめ、滝が落ち、雨粒が徐々に落ちて大雨になり、大風も吹いて・・・・・もう凄まじいオーケストレーション。天才のワザ。

そして、このインバル盤、商品として素晴らしいのは、トラックやインデックスがポケット・スコアの練習番号と連動していることです。

ボクは楽譜が読めません。ド素人です。
でも、これならスコアを買ってきて、楽しめるかもしれません。
良心的なCDづくりだなぁと感心します。さすがDENON。日本を代表するレーベルであります。
これからも頑張って素晴らしいクラシック音楽のCDを発売し続けて欲しいものです。
DENON、ボクは好きです(^-^)。

2006/04/06のBlog
若いから出来る演奏ってのがあるように思います。
このオケだから出来る演奏ってのもあるような気がします。

今日はそんな演奏を。

マーラーの交響曲第9番ニ長調。
ジェームズ・レヴァイン指揮フィラデルフィア管の演奏。
若きレヴァインとカラフルなサウンドのフィラデルフィア管・・・・・幸福な出逢いであります、
1979年の1月2・3日、フィラデルフィアのスコティッシュ・ライト・カテドラルでの録音。
(1月2日といえば、日本では三が日・・・。アメリカでは新年早々の録音の仕事など関係ないんだろうか・・・。)

このとき、レヴァインは35歳、将来を嘱望された最も若手の指揮者だった。『レコ芸』の特集で「未来の巨匠は?」などとやると、決まってレヴァインが最上位だったなぁ・・・・。

さて、演奏は若々しいレヴァインそのまま、明るく色彩的なマーラーとなった。
第1楽章からとにかく美しい、ひたすら美しいマーラーが聴ける。屈託ない演奏で、音楽は淀みなくよく流れる。もう少し屈折していたり、音楽が軋んでいる方がイイのかなとも思うのだが、レヴァインのマーラーは、これはこれで美しい。レヴァインの解釈が、アッケラカンとした音響を目指しているのかもしれない。
死への恐怖とか生への執着だの、人生の煩悶からは少し遠いような気もするが、なにしろ、美音の洪水。フィラデルフィア管の機能を最高度に発揮して、徹底的に磨き上げたマーラーになっているので、存在感は十分にあると思う。
録音も鮮やかなもので、シルキータッチのフィラデルフィアの弦楽合奏が味わえる。

第2楽章はさらに色彩的。とてもカラフル。
決して原色ではないし、派手な音響でもないのだが、聴いているとニュアンスに富んでいて、多彩な響きが全く楽しい。強弱のメリハリも十分、クッキリした演奏になっている。ぼんやりとした演奏ではなく、ハッキリと隈取りをつけた、ある意味では決然とした演奏になっている。これはこれで清々しいと思う。若きレヴァインの若武者ぶりとでも云おうか・・・。

第3楽章はロンド・ブルレスケ。フィラデルフィア管のアンサンブルが鉄壁。ホンマに巧いオケやなぁ・・・。
オケの機能というか、巧さはシカゴに匹敵するし、弦の魅力はフィラデルフィア管の方が上だろう。
マーラー的なメルヘンを感じさせる色彩的な演奏。リズムもよく弾んで心地よい。コーダでの突進も強烈。強いアッチェランドをかけて猛進してゆくのがスゴイ。

終楽章は熾烈な弦楽合奏。マーラーは、弱音の中に強い緊張感を孕んでいる希有の音楽を書いた。レヴァイン/フィラデルフィア管は、弱音を徹底的に磨いて、削って、研ぎ澄ましたように美しく弾く。細身の鋭さを持ちながら、そこはシルキータッチの弦、暖かみさえ感じさせる素晴らしい演奏。
このアダージョは約30分。本当にきれいでエエ音楽やなぁ・・・・・と改めて思わせられる演奏。


録音からすでに四半世紀。
もうレヴァインも還暦を過ぎて、今や巨匠の貫禄です。
この録音は、若きレヴァインの最も成功した演奏の一つだと思います。
特に、フィラデルフィア管の起用が成功してます。両者の幸福な邂逅です。
音が美しい。
マーラーの「死への恐怖」は薄いかもしれませんが、マーラーが構想したであろう管弦楽の美しさは最高度に満たしている演奏と思います。

マーラーの9番、イイ演奏がホンマに多いですなぁ。