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クラシック音楽のひとりごと
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2006/04/30のBlog
今日はのんびりジョギングやウォーキング。
田園の緑が綺麗になってきました。ジョギングコースのひうち公園のツツジが咲き始め、楽しく走れます。実に気持ちがいいもんです。

さて、今日はベルリオーズの幻想交響曲。

ベルナルト・ハイティンク指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏。
1979年4月、ウィーンのソフェインザールでの録音。

フィリップス専属だったハイティンクがDECCAからレコードを出したということで、『レコ芸』では話題になった(確か裏表紙がこのLPの広告だった)と思うが、さぁ、今では忘れ去られた演奏かもしれない。
ハイティンク/ウィーン・フィルとしては初の組み合わせのレコードだったので、長い間欲しかったのだが廃盤であったし、CD再発でも買いそびれていたところ、アスキーから出た「ウィーン・フィル世界の名曲」シリーズの中に収められていて、ようやく購入できた次第。この演奏が1000円とは安いぞい。

第1楽章の序奏部、ピアニシモの何とも云えない繊細さから、ウィーン・フィルの美しさが横溢している。ウィンナ・オーボエの少しきつめの音色もとても良い。ああ、ウィーン・フィルはやはりイイなぁとくつろげる暖かさ。そういえば、ウィーン・フィルの「幻想」はあまり聴いたことがない。このハイティンク盤のあと、デイヴィスがフィリップスに録音しているが、あまりないんじゃないかな。

第2楽章はコルネット入り。そのコルネットが素晴らしい。オケの中に溶け込みながら、ここぞのところでは鮮烈な音色を振りまく。和気藹々と演奏している感じ。オケに好かれるハイティンクの面目躍如かも。
ワルツのテンポは幾分速め。VPOの面々が楽しそうに弾いている・吹いているのが聴き手にビンビン伝わってきて、心浮き立つようなワルツになっている。ああ、ベルリオーズはこんなに楽しい舞踏会の音楽を書いたんだなぁ・・・。こんなワルツなら、スミッソンも作曲者に惚れただろう・・・。
ハイティンクのバトンもさることながら、ウィーン・フィルに染みついたワルツの伝統か、素晴らしい名演だと思う。このワルツが聴けるだけでも、このCDの値打ちありと見た。
ハイティンクは何もしていないような感じ・・・・・「さぁさぁ、みんな好きにやってね」という演奏かもしれない。

第3楽章の「野の風景」も何とも美しい。ハイティンクは、ウィーン・フィルの艶やかな弦を少し抑え気味にしながら進めてゆく。木管は巧緻そのもの。ややきつめの音色を響かせるフルートやピッコロ、コーラングレが良い味を出している。テンポに無理がないので、音楽が優しく息づいている。

後半2つの楽章はとても面白い。いろいろな楽器が飛び出してきて(ベルリオーズがそう書いているのだろうし、DECCAの録音がまた演出的でイイ)、ワクワクするような演奏。もっともハイティンクの手にかかると、それらが品良く響き、あざとさがないのがイイ。ホルンと木管が独特の響きをつくりだす。ヴァイオリンのうねるような動きも面白い。ティンパニの音も素晴らしい。終楽章の鐘の音はやや遠目で響き、しかも古めかしい感じので、恐ろしさを醸し出している。

ラストは素晴らしい盛り上がり。ウィーン・フィルのフルパワーが聴ける。
そして美しい音が次から次へと押し寄せてくる・・・。
これは快感であります。
2006/04/29のBlog
そろそろ、ぬくくなるんかいなぁ・・と思いつつもう4月も終わりであります。
今月は、早かった。忙しかった。あっという間でありました。
仕事内容が大きく変わって、激職になったせいであります・・・(^^ゞ。
でも、給料を貰えているうちは文句は申しますまい。

愚痴が出るようなときは、爽やかなクラシック音楽を聴きましょう。
それには、モーツァルト!

今日は新居浜のタワーレコードで見つけたモーツァルトの序曲集を。
演奏は、コリン・デイヴィス指揮、ドレスデン・シュターツ・カペレ。
1998年録音のRCA盤。90年代末の新しい録音が輸入盤で1090円。安いもんだなぁ・・・・。

曲目はモーツァルトの有名どころは全て網羅しているお徳用盤。
「フィガロの結婚」、「バスティアンとバスティエンヌ」、「劇場支配人」、「ルチオ・シルラ」、「コシ・ファン・トゥッテ」、「にせの花作り女」、「後宮からの逃走」、「羊飼いの王様」、「イドメネオ」、「皇帝ティートの慈悲」、「ドン・ジョヴァンニ」、「魔笛」の全12曲。

まず、テンポが良い。速過ぎず、遅すぎず、聴いていて心と身体に実に心地よいテンポ。そしてよく弾むリズム。軽やかで浮かび上がるような躍動感があるオーケストラ。低音部の、どっしりとした安定感のある音もイイ。

そして、よく融け合ったドレスデン・シュターツカペレの響きが最高に素晴らしい。柔らかくまろやかな音。甘くはないのだが、各楽器がよくブレンドされたクリーミーなサウンド。音はシックでやや暗い、穏やかなもので、何とも云えぬ気持ちよさ。このサウンドに包まれるのは至福の境地。

デイヴィスの指揮にピタッとついて、見事なバランスで鳴る、素晴らしいアンサンブル。これはもう、大人の響き。
トシを取るとこういう音が気持ちよくなりますな。

若い頃は、ベルリン・フィルやウィーン・フィルの、燦然と輝くようなサウンドが好きだったのだが(もちろん今も好きだが・・・・)、こういうSKDのようなまろやかサウンド(渋いサウンド)を聴くと、「もっとハデにやってもイイのに」と思ったものだった。
いやぁ、ハデにやっちゃイケナイ。このサウンドはドレスデン・シュターツカペレ独特のブレンドの音。いつまでもこの音を守って欲しいものだと、今は思う。


演奏はさすがにモーツァルティアン、コリン・デイヴィス。誠実で穏やか、心温まる演奏を展開してくれる。

「フィガロの結婚」は明朗そのもの。躍動感がある素晴らしい演奏。
「コシ・ファン・トゥッテ」では、木管の合奏が聴きもの。得も言われぬ香りが漂う名演奏。
素晴らしいのは「ドン・ジョヴァンニ」。少し暗めのSKDの音が、このデモーニッシュな序曲にぴったり来る。深々とした良い音。ビロードのような感触。しっとりとした、自然な木質の肌触りがたまらない。

ラストの「魔笛」はもはや横綱相撲。堂々たる演奏。
素晴らしいディスクであります。

ああ、今日も良い音楽を聴けました。
元気に生きていることに感謝です。愚痴を言っちゃイケマセン。
2006/04/28のBlog
昨日の6番に続いて、今日もマーラーであります。
これも比較的新しい録音から・・・・・
(でもないか・・・(^^ゞ・・・ただ、ボクはほとんど新譜を買わないので、1990年代以後の録音は、新しい録音と感じてしまいます。・・・・)

マーラーの交響曲第5番嬰ハ短調。
リッカルド・シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏。
1997年10月、アムステルダム・コンセルトヘボウでの録音。DECCA原盤。
シャイーのマーラーは昨年ようやく全集化された。第1作の6番から足かけ16年の長い期間にわたっての録音だった。コンセルトヘボウとしては、ハイティンク以来2度目のマーラー全集だと思う。

シャイーのマーラーは、どの曲もおおかた遅いテンポでじっくり歌い上げる演奏になっているのが特徴。

この5番も、その路線であり、旋律線が豊かに歌い上げられているが、時々ハッとするほど対向旋律が浮かび上がって、シャイーの立体的な解釈が味わえる。

録音が抜群。それぞれの楽器が鮮烈に、ふくよかに録られている。
フィリップスのハイティンク全集に比べて、残響はやや抑えめ。そして、色調は明るい。ほの暗いコンセルトヘボウではなく、やや明るく、燦めくところも随所にある音になっている。ある意味ではDECCA的な音。
個々の楽器をシャープに捉えつつ、オーケストラのマスの威力を押し出そうとする録音。その楽器の音が、実に素晴らしい。

第1楽章冒頭のソロのトランペットがゆっくりと朗々と歌う美しさ。スケールの大きさ。ボリュームを上げて聴くと、圧倒的なオーケストラのパワーを味わえる。そう、とてもパワフルな演奏といえるかもしれない。コンセルトヘボウが元気よく、快活に鳴っている感じ。

第2楽章でもそのパワー感は変わらず。しかも音が磨かれて、艶っぽい。シルキー・タッチのヴァイオリンだが、時々燦めくような音を響かせる。ここも遅いテンポなのだが、もたれずにスッキリした感じで進んでゆくのは、シャイーの構成力だと思うのだが。

第3楽章は、あたかも協奏曲のように大活躍するホルンのふっくらとした音が聴きもの。太く大らかで、よく伸びる音。録音が極上なので、音そのものを聴く快感を味わえるし、酔ってしまいそう。素晴らしいスケルツォであり、圧巻のワルツ。
シャイーの5番の中心は、この楽章なのではないか。ついに、スケルツォが交響曲の最重要部になってしまった・・・・マーラーの5番は、そんなことを語っているような気がする・・・・。

第4楽章は、アッサリ系。ここにヤマ場を持ってきて抒情的に、あるいは情念たっぷりにやる演奏が多いのだが、シャイーは淡泊。もちろん、旋律はよく歌い、美しさの極みなのだが、もともとそういう風に書かれている、これはアダージェットだから、第3楽章の圧倒的な演奏に比べるとアッサリ系に聞こえてしまうかな・・・。

終楽章は、オケのマスの威力が炸裂。美しくも鮮烈、パワフルな演奏が楽しめる。録音がよいので、音場は広大、個々の楽器はクリアに分離よく鳴る。素晴らしい音、そして最高のアンサンブル。やはり、コンセルトヘボウ管は世界最高級のオーケストラなのだと、実感してしまう。


素晴らしい録音。
これはこれで、ボクには好みでありますが、フィリップスの渋さ・ほの暗い暖かさ・柔らかさとは、少々違う音がします。
鮮烈明朗爽快な録音。
これも一つのコンセルトヘボウのサウンドなのでしょう。
2006/04/27のBlog
今年は寒い春です。
今日は3月上旬の陽気に戻ってしまいました。しかも冷たい雨。
そそくさと仕事を切り上げて帰宅しようとたのに、これが終わらない・・・。
忙しいのには困ったもんです。

さて、今日はマーラーを。
交響曲第6番「悲劇的」。

ピエール・ブーレーズ指揮ウィーン・フィルの演奏。
1994年、ウィーンでの録音。DG原盤。今も続くブーレーズのマーラー・シリーズの最初期のもの。

実は、ブーレーズは苦手な指揮者です。
情念が感じられない、音が綺麗すぎて訴えかけてくるものがない・・・・。
若い頃何枚かブーレーズを聴いて(フランス音楽だったかな・・・)、自分とはどうも相性が悪いんじゃないかと思っています。

マーラーの6番も苦手です。やたらに長く、やたらに大きな音で・・・若い頃から苦手であります。
マーラーは好きなんです。大好きなんです。でもね、6番は苦手。
曲の大詰め、静寂のあとの最後のハンマーを含む大音響はたいそう恐ろしく、いつも心臓がドキッとします(あれは身体に悪いですなぁ・・・・)。

で、苦手同士のカップリングで聴くとどうなるか。
これが結構イケルんですなぁ。面白いことです。

まず、録音が素晴らしい。
透きとおるような録音。多分、ブーレーズがウィーン・フィルにそう演奏させているんだろうが、それにしても見通しの良い音場。

ステージの奥の奥までが見えるような録音で、しかも個々の楽器がどんなことをしているのか「見える」。

聴いていると、「あ、なるほどね」、「こういう風に弾いていたのか」、「ここでこんなことしているんだ」・・・と感心しきり。
楽譜がそのまんま音になってしまったような演奏。
しかもウィーン・フィルの飛びきりの美音。音楽は最初から最後まで美しい。
マーラーの6番は、粗暴な音がする交響曲・・・・・、楽器など何でもありで、野卑な音、土俗的な音まで取り入れてマーラーのオーケストレーション能力が存分に発揮された交響曲。

それが、実に美しい。隅々まで美しい。汚い音が出てこない。
(テンシュテットで聴くと、汚い音がどんどん出てきて、どす黒い情念も噴出するのに・・・)

だから、第3楽章などは美麗に極み。これは耽美的な演奏と言っていいんじゃないかな。シルク・タッチの弦が、時々燦めくように鮮烈な響きを聴かせる、
木管などふるいつきたくなるほど美しい。旋律はもとより、響きが美しい。

透きとおる哀しみが、部屋の中をゆっくりと過ぎてゆく感じ。
哀しみをたたえた旋律なのに、その哀しみが薄れて、どんどん透明になってゆく感じ。

終楽章もサラッと終わるのが、かえって快感。
オケの響きが最高で、録音も素晴らしいので、ウィーン・フィルの音に酔ってしまいそうな終楽章。


終楽章をクドクドとやる演奏が多いので、ボクはこの6番が苦手だったのかもしれません。
ドロドロしないマーラーもイイもんです。
サラサラ系のマーラーは、ちょっとマーラーの本質とは違うのかもしれませんが、苦手な人間には気持ちよく聴けました。
ブーレーズを見直した、これは1枚であります。

2006/04/26のBlog
朝のジョギング、田園の中を走るのは気持ちいいもんです。
麦の穂が青々としてきました。丈も伸びて、さあ、そろそろ収穫も近いんでしょう。
爽やかな春の日々であります。

今日は、シューベルトの交響曲第9番ハ長調「グレート」を。

ハインツ・レーグナー指揮ベルリン放送交響楽団の演奏。
1978年6月、東ベルリンのキリスト教会での録音。
当時盛んだったDENONの東ドイツ録音で、東独ドイツ・シャルプラッテンとの共同制作の1枚。LP初出の時は2枚組で2800円。PCM録音の良さを贅沢に味わってもらおうと、2枚組4面に各楽章を割り当てていた。
LPから買い直したこのCDは1990年の廉価盤。税込み(3%だった・・・)1875円。当時としては戦略的に安い価格だった・・・・。

(ところで、「ザ・グレイト」と書くべきなのか・・・・最近はこの表記が多いような気がするが。昔は「グレート」だったので、今もついついそう書いてしまう・・)


さて第1楽章。
レーグナーの「グレート」、最も聴きものは、この序奏部。
遅い。非常に遅い。ボクが持つ「グレート」の中で最も序奏部が遅い演奏。
雄大なスケール。ゆったりと深々としたフレージング。シューベルトが友人に「今度、大きな交響曲を書くんだ」と語ったというその大きさが予感されるような出だし。
オーケストラの残響も素晴らしく、録音も暖かく柔らかいので、この序奏部を聴いているだけで幸福になる。

レーグナーはスゴイ指揮者なんじゃないか・・・・序奏部を初めて聴いた時、ボクはそう思ったものだった。(その後、徳間音工のブルックナーを何枚も聴いて、速めのテンポ、スケール感があまりないのに戸惑ったのだが・・・)

マイクがややオフ気味で、教会独特のホールトーンが美しい。残響によってスケールの雄大さがさらに際だつのだが、序奏部のラスト部分、あまりにも遅すぎてアンサンブルが乱れるのはご愛敬か。

主部に入るとテンポは普通。確かな歩みのアレグロ・マ・ノン・トロッポ。


第2楽章はゆったりとしたテンポ。遅すぎることはない。テヌートが多用されて、たっぷりと旋律が歌われる。リズムがやや停滞しても旋律の流れを優先している感じ。ヴァイオリンのトゥッティはとても美しい。

曲は第3楽章、そして終楽章へ。残響成分の多い録音がこの楽章でもスケール感を演出してくれる。楽器がよく融け合って、フンワリとした暖色系の音になっている。上手いオケだとは思わないが、東独時代の放送オケなので、機能性はたかいんじゃないかと思う。
終楽章は圧倒的なクライマックス。金管が大活躍するが、野卑な感じにならないのは、教会録音の暖かさだろう。柔らかなフォルティシモに包まれるのは快感だ。


ハインツ・レーグナーの録音は、日本では徳間音工、ドイツ・シャルプラッテン原盤が多いんですが、このDENONの「グレート」ほど見事な録音はなかったように思います。
レコードやCDでブルックナー、ビゼー、ワーグナーなどがありましたが、この「グレート」のように雄大なスケール感はありませんでした。
ボクにとってはレーグナーの遺した録音では最高のものになっています。
2006/04/25のBlog
4月下旬になっても、まだ肌寒いです。
今年は暖かくなるのが遅いようですな。去年は、ゴールデン・ウィークには半袖のポロシャツで過ごしていたはずなんですがね・・・。


さて、今日はモーツァルトのピアノ・ソナタであります。
第11番のイ長調 K.331「トルコ行進曲つき」。
内田光子のピアノ独奏。
1983年10月、ロンドンのヘンリーウッド・ホールでの録音。

これは内田光子のモーツァルト・ピアノ・ソナタ全集の記念すべき第1作。発売当時はベストセラーになったんじゃないかと思う。
フィリップスのようなメジャー系のレーベルに、日本人のピアニストがモーツァルトのソナタ全集を録音するというので(当時としては非常に珍しく・・・って今も珍しいか(^^ゞ)大変に話題になった1枚。
(尤も、その後、内田はジェフリー・テイトとモーツァルトの協奏曲全集も録音してしまったのだから大したもんだなぁと思う。)


さて、K.331。
第1楽章は、モーツァルトが書いた、最高の変奏曲の一つ。
大作曲派はみんな変奏曲が巧い。テクニックが素晴らしい。
モーツァルトのそれは、作曲の技法、ヴァリエーションのテクニックを感じさせないのがスゴイなぁと思う。
そして、内田のピアノがまた素晴らしい。
自然に、流れるように、次々と旋律が湧いてくるような感じで、内田は弾く。
今生まれたばかりの音楽のように、内田のピアノは響く。
そして、息づかい。(これ、フレージングって云うんですかね)
ピアノが時々ため息をついたり、息を潜めたり、時には大きく息を吐いたり、あるいは深く吸い込んだり・・・その息づかいが素晴らしい。変奏曲が呼吸している感じ。

第2楽章のメヌエットは、落ち着いたテンポ。
ピアノの音色がとても綺麗。水彩画のような瑞々しさ、冷たい井戸水の、澄みきった美味さ・・・・そんな感じ。
響きはほのかに甘く、エッジは丸みを帯びて、いかにもモーツァルト。
モーツァルトのピアノ曲を弾くのは難しいと思う。ロマン派のように激烈には弾けないだろうし、ダイナミクスもそう大きくはないし・・・・。
内田のピアノは、コロコロ、キラキラ、コツコツした感じで・・・・響きがたいそう美しい。(ああ、擬音でしか書けない・・・!!(^^ゞ)

お待ちかね終楽章の「トルコ行進曲」は、ピアノの音色が色々変化して、そのニュアンスが全く多彩。テンポはそんなに速くなく、じっくり楽しめる。最高。いつまでも聴いていたい音。


「トルコ行進曲つき」のこのソナタは、子供の向け初心者向きで、ボクのようなミーハーは大好きな曲でありまして、よく聴きます。
第3楽章は、今も心が躍ります。ワクワクしてきます。
初めて聴いたときからその印象は変わらないんですから、モーツァルトってのはスゴイなぁと思います。ホンマに飽きません。
2006/04/24のBlog
今日はラヴェルの管弦楽曲集から、「ダフニスとクロエ」第2組曲を。
シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団&合唱団の演奏。
1980年8月、モントリオールでの録音。
日本では全曲盤が1981年に発売され、デュトワの声望が一気に高まった名盤。

当時クラシックを聴き始めた頃であって、『ステレオ芸術』や『レコード芸術』、FM誌だとクラシック記事が充実していた『FMfan』をよく読んでいたものだが、軒並みこのデュトワ盤を絶賛、「そうか、そんなにスゴイのか」と、ラヴェルのLP5枚組ボックスを買ったものだった。

一聴、素晴らしかった。
何しろ、音が良い。DECCAの録音がホンマに素晴らしかった。各楽器がクリアに綺麗に録られていて、ホールの響き(教会録音だったはず)も最高。オーケストラを聴く快感があった。しかも、そのモントリオールのオケがまたメチャクチャに巧い。
「こんなに巧いのか」と、これを聴いて思ったものだった。

レコードのタスキについていた「現代のアンセルメ」というコピーよろしく、1960年代のアンセルメのレパートリーをやがてデュトワは次々に録音していった。

さて、今日の「ダフニスとクロエ」第2組曲は、15分ちょっとでラヴェルのオーケストレーションの凄さを味わえる名品。

冒頭の「夜明け」。
これほど、日の出から早朝への雰囲気を表出した音楽は他にないんじゃないか。
ヴァイオリンや木管の、小鳥が囀るような響きの素晴らしさ。そして、フル・オーケストラで太陽が昇ってゆく・・・・・ゾッとするほどのラヴェルの編曲のスゴさ。
(グリーグの「ペールギュント」やR・シュトラウスの「アルプス交響曲」も、素晴らしい朝の雰囲気だが・・・・・)

デュトワ/モントリオール管で聴くと、その部分がとても上品でスマート。プレーン・ヨーグルトのような清潔で品の良い味わい。
味がないのではなく、色々と味はついているのだが、舌の表面で感じる味わいはクセがなく上品に仕上がっていて、やがて清澄で香り豊かな味覚がジワジワと広がってゆく感じ。
オケが本当に巧い。録音も極上で、見通しの良い透きとおるような響き。クリアな音場空間が広がってゆく。
音色もニュアンスに富んで美しい。やや桜色、ピンクがかった色気を感じる。艶があって、薄化粧を施したような美しさが漂う。

自然な質感というより、人の手を介した技巧を尽くした肌触りのオケの音。言わば、人工的な美しさ。デュトワをシェフに推戴て、モントリオール響は生まれ変わったという。そのデュトワに手にかかった技巧が素晴らしい。

ソロがまた良い。ヴァイオリンが鳥の声を模して、キラキラと輝くような音を奏でる、その音のハッとするほどの美しさ。
木管はフルートが絶品。名手、ティモシー・ハッチンズの流麗で輝くような高音、上品で紳士的な低音を満喫できる。

アンサンブルも最高。フォルティシモの爆発でも全く崩れないのはさすが、合唱も迫力十分でラストの壮大な盛り上がりを演出する。


いやはや、それにしても素晴らしいオーケストラ。
名盤だと思います。

デュトワ・モントリオール響のCDにハズレなし・・・・・とは言い過ぎかもしれませんが、ボクにとっては今のところハズレはありません。
2006/04/23のBlog
肌寒い一日でした。昼から雨がしとしと降って、外出もせず、のんびり休日を楽しみました。
こういう日はクラシック音楽鑑賞であります。
4月に入って平日は帰宅が遅いので、こういう時に「まとめ聴き」しておかなくちゃ、体調が悪くなりますな。


で、今日はブラームスを。

ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 作品83。
マウリツィオ・ポリーニのピアノ、クラウディオ・アバド指揮ウィーン・フィルの演奏。1976年録音のDG盤。このレコードはブラームス生誕150年を記念したDGの全集からの1枚。
イタリアのピアニストにイタリアの指揮者によって演奏された、このレコードは快作。
実にこの二人は協奏曲の相性が良いと思う。

第1楽章の冒頭、素晴らしい音色のホルン。一聴、ブラームスの世界に引きずり込まれる。深々としたホルン。奏者はおそらくウィーン・フィルのトップ、ローラント・ベルガー。彼のホルンが聴けるだけでもこのレコードは値打ちがあると思うのだが。

ポリーニのピアノは、ギリシャ彫刻の肉体美のように、均整が取れて美しい。クッキリとメリハリがついて、スポーツマン的な爽快感もある。
色で例えると大理石の白。エーゲ海に浮かぶ島々の建造物が太陽に映えて輝くときの白。技術的にも完璧。非の打ち所がないピアニズム。

ポリーニは1番の協奏曲の方をベームと録音しているが、こちら2番のように、アバドと組んだ方が快活で生気に満ちているように思う。曲想のためではなく、やはり気心の知れた同国人アバドの方が、楽に弾けたのだろう。

そう、この演奏でポリーニが気持ちよく弾けた功績の半分は、アバドにある。
ポリーニが南国的なカラッとしたピアニズムでブラームスに迫るとき、アバドは同系色の響きをオケにつくらせて、優しくしかも確実にポリーニを支えてゆく。

時々ハッとする響きもつくり出す。

ポリーニの自己主張に比べてやや控えめだが(伴奏だから当然か)、その音は、しっとりと濡れているようだったり、フワッと羽毛のように軽かったり・・・・ニュアンスが多彩で、伴奏を聴いているだけで面白いんだなぁ・・・・。
ホンマにアバドは「合わせもの」が巧いなぁと思う。特にポリーニと組んだ協奏曲には名演が多いと思う(バルトークなんか凄かったもんね)。

第3楽章のチェロのふくよかさ、ストリングスの優美さは、ウィーン・フィルならではだし、全体的に響きがだぶつかずキリッと引き締まっているのはアバドのバトンのたまもの。
終楽章の目眩くようなピアノは、これぞポリーニと快哉を叫びたくなる。


ちょうど30年前の録音になってしまいましたが、今も十分に美しい音で聴けます。
ポリーニのピアノは、重量感も適度にあって、大理石のような美しさ(何度も書いて恐縮ですが(^^ゞ)・・・・再録音もあるようですが、ボクにはこれで十分であります。
2006/04/22のBlog
教会で録音されたCDは、我が家では実に豊かな音で鳴ってくれます。
オーケストラ・ホールでの録音より残響成分が多く、演奏会を彷彿とさせる音で鳴ってくれます。
時々聴きに行く地元の西条市総合文化会館のホールや、愛媛県民文化会館大ホールなどは、そんなに良い音がする会場ではないので、良い録音のCDやレコードを我が家で聴くのとそんなに変わらんなと思ったりもします。

特にドレスデン・シュターツカペレのレコードやCDは、素晴らしい音で鳴ります。
おそらく、SKDの録音場所、「ルカ教会」の音響が素晴らしいことが、その一つの理由だと思います。


今日聴いたクリヴィヌのモーツァルトも、教会録音のCD。
素晴らしい残響、そして優しく伸びやかな倍音がたまらなく美しい録音であります。

モーツァルトの交響曲第41番ハ長調K551「ジュピター」。
エマニュエル・クリヴィヌ指揮フィルハーモニア管の演奏。
1988年11月、ロンドンのセント・ジュード教会での録音、DENON原盤の廉価盤

クリヴィヌはこの時41歳。フランス期待の若き指揮者として、DENONが盛んにCDを発売していた。モーツァルトの他にも、ムソルグスキーの「展覧会の絵」やR・コルサコフの「シェエラザード」など、好演奏がいくつかあった。

モーツァルトは古楽器演奏が当たり前になりつつある頃の録音だが、クリヴィヌのスタイルは伝統的なもの。フル・オーケストラではない、やや小さめの室内管弦楽団に近い編制だと思う。
フィルハーモニア管はナマで聴いたことがないのでよく分からないのだが、CDで聴く限り実に達者なオケだと思う。渋いとか、温もりがあるとか、輝かしいとか、そういう形容句とは無縁の、いわば特徴がないのが特徴のようなオケ。無国籍的なオケだと思う。

第1楽章から第3楽章まで、クリヴィヌの指示は、安定した中庸のテンポ。そう遅くないのだが、実にゆったりとした気分で聴ける。フレージングがよく考えられて、安定しているからだろう。
弦楽器はボウイングがよく揃って、ヴァイオリンの上昇音階などは特に美しい。

クリヴィヌの解釈は知的でクールな感じ。
モーツァルトだから当然なのだが、情感を前面に出すことはないし、テンポを微妙にずらしたりする芸当も見せない。淡々と進めてゆく感じが、冷たいように思えるのかもしれない。
理性が勝った演奏と云うべきか。純音楽的な解釈なのだろうとは思う。

第3楽章などは特に清涼な演奏。旋律線を長く延ばすのだが、野暮ったくならずにセンスが良い。響きも洗練されて、柔らかい残響もたまらないほど綺麗。木管の倍音が特に美しい。ソロの響きなど実に魅力的。

終楽章ではテンポが一気に加速して、颯爽としたフーガが印象的。
速い、速い。疾走するフーガ。前の3楽章とは全然違って、遁走するような感じ。
ヴァイオリン群が、細かいパッセージでも実によく揃っていて気持ちが良い。
巧いオケやなぁと思う。


クリヴィヌは最近どうしているのか、あまり目にしなくなりました。
1980年代後半から90年代半ばには、随分新譜が出たものですが、今やほとんど廉価盤化されてしまいました。
録音がDENONらしく、爽やかで素晴らしい音がします。
やや明るめ、重低音よりもよく伸びる高音を重視した録音だと思いますが、このCDなどは教会での録音が効いて、何とも素晴らしい1枚と思いました。

2006/04/21のBlog
久しぶりに、泊つきの出張でありました。
7年間務めた役員を退任する送別会も開いてもらいました。

ということで、ブログの更新を一日休みました。
新年の3日間の帰省以来であります。それ以外はコツコツ書けたんですから・・・・・いやはや、この期間はヒマだったんですなぁ・・・・(^^ゞ。
アクセス数も増えているようです。お読みいただいて恐縮です。いろいろ教えてください。

さて、今日はシューベルトです。

交響曲第8番ロ短調「未完成」。
ギュンター・ヴァント指揮ベルリン・フィルの演奏。
1995年3月のベルリン・フィルハーモニーでのライヴ録音。BMG盤。
これは、カルロス・クライバーの代役としてヴァントがBPOを振ったものだそう。

第1楽章。テンポは中庸。オケの響きが独特で、厚みよりも透明感を感じる。一聴、これ聴き慣れたBPOなのかなぁ・・・・と思ったり、ひょっとしてBMGの録音のせいかと思ったりもしたが、最後まで透明感のある響きは変わらなかった。この響きこそ、ヴァントが要求したものなのだろう。
贅肉をそぎ落としたようなアンサンブルで、緩んだり弛んだりするところがない。。見事な合奏、まさに極致。緊迫感に満ちた演奏になっている。
シューベルトの旋律は優美だし、オケは彫琢の限りを尽くして美しさの極みなのだが、身が引き締まるような演奏になっている。
表面は優しいが、中身が緊張感に富んでいる感じ。

このころ、ヴァントは最晩年の光芒を放っていた時だった。特にブルックナーは、峻厳で、細部まで神経を行き届かせた美麗な演奏を聴かせてくれたが、このシューベルトも同じ路線にある。徹底して楽譜に忠実、そして表面は美麗の限りを尽くす、いわば耽美的な演奏なのだが、中身がものすごく充実している・・・・そんなCDが多かった。

さすが、BPOは余裕を持って弾いている。木管・金管とも素晴らしいテクニック。造形が全く崩れないのは大したもんだなぁ。

第2楽章は、冬の日の木洩れ陽のような始まり。寒々とした空気の中で、そこだけ暖かい、温もりが立ちのぼってくる・・・・そんな演奏で始まる。優美な管弦楽の響き。
美しい旋律はシューベルトの微笑のようなものだが、シューベルトは、その微笑んでいるときでも瞳の中には涙が浮かんでいるような人。微笑みの中に哀しみが宿っているような人。ヴァントの「未完成」もそんな演奏。木管の柔らかい旋律、ヴァイオリンのしみじみとした調べが、長調なのにもかかわらず、何と哀しく響くことだろう。
ヴァントのテンポはゆっくり。少し遅く感じるくらい。ロマンの香りを漂わせながら、BPOの響きが厚ぼったくならないので(最後まで透明感がある)、その香りがイヤミにならない。緑が薫る、新鮮なロマン。シューベルトにふさわしい。


それにしても、素晴らしい録音であります。
BPOの輝かしい音を余すことなく伝えています。しかもライヴ!
BMGの録音スタッフの優秀さを示す録音だと思います。
2006/04/19のBlog
ジョギングが好調でメシも美味い・・・・。
体重がまた増えつつあります・・・・。ん~~~困ったもんです。


さて、今日はJ・S・バッハのヴァイオリン協奏曲第1番イ短調 BWV1041。

イツァーク・パールマンのヴァイオリン、ダニエル・バレンボイム指揮イギリス室内管の演奏。
1974年5月の録音。EMI原盤。
このCDは、ズーカーマンとの、2つのVnのための協奏曲なども入っているヴァイオリン協奏曲集。

第1楽章、短調の曲だから、演奏の仕方によっては悲愴美が際だつ作品なのだが、パールマン/バレンボイムのコンビには、微塵の哀しさも感じられない。大変若々しく、爽快な演奏を目指しているようだ。
パールマンのヴァイオリンは流れるような美しさに満ちて、溌剌としていて、音楽する喜びに溢れている。テクニックはさすが。完璧無類のヴァイオリン。この録音は、1970年代から80年代の、パールマンの絶頂期だったことを思わせる。

第2楽章は重厚なほどのテンポ。バレンボイムの伴奏は、とてもろまんてぃっくなもの。初めはバロックやバッハとは異質な感じがするのだが、聴き進むうちに、この遅さが快感になる。
パールマンのヴァイオリンは、情緒纏綿、彼もロマンティックに演奏してゆく。遅いテンポの中で、溢れる美音。ああ、ヴァイオリン一本でこんなにも美しい音楽が作れるのか・・・・とため息が出るほど綺麗。見事な演奏。
この第2楽章こそ、この演奏の白眉だろう。

終楽章は、パールマンの流麗なテクニックを楽しめる。滑るようなスケール。
美しい音を低音から高音まで、一気に聴かせてしまう。演奏は朗らかで、柔軟性に富んでいる。
特に高音が素晴らしい。清潔で、品が良く、明晰で全ての音が美しく鳴る。

パールマンのバッハは、謹厳なバッハではなく、楽しく明るく鼻歌を歌うようなバッハ。スイングするようなドライヴ感に富んだバッハ。
イギリス室内管も流れるような巧さ。克明に音楽を作るというよりも、湧き上がる音楽の感興を大切にしている感じ。


そういえば、パールマンの新譜をあまり見かけなくなりましたな。
しばしば来日しては、演奏会を開いているようですが、あまり話題にならなくなっているのかしら?(それともボクのアンテナが緩んでいるのか?・・・・・(^^ゞ)。

しかし、この美音。この明るさ。明晰な柔らかさ。
美しくなければ音楽じゃない、とでも云っているかのような、貴重なアーティストです。
彼のベートーヴェンやブラームスの協奏曲(ジュリーニと共演したEMI盤)や、メンチャイ(プレヴィンやオーマンディとの録音)などは、当時素晴らしいなと思っていました。今もよく取り出すレコードではあるんですが・・・・・・。
2006/04/18のBlog
花びらが散ったあとの桜が とても 冷たくされるように
誰にも心の片隅に 見せたくはないものが あるよね・・・・。

(この歌を知っている人は、オヤジ・オバハンでありますぞ)
桜の花びらが風に舞う中を気持ちよくジョギングしております。良い季節になりました。

今日はベートーヴェンの交響曲第8番ヘ長調。
フランス・ブリュッヘン指揮、18世紀オーケストラの演奏。
1989年録音のフィリップス盤。1984年から1992年にかけて録音されたブリュッヘンのベートーヴェン全集からの1枚。


18世紀オーケストラは、1980年代初頭に結成された古楽器団体。ボクがクラシック音楽を聴き始めた頃に出来た団体だが、当時のブリュッヘンは、屈指のリコーダー奏者として名を馳せていたものだった。
(そういえば、クイケンも指揮者になってしまったし、古楽器ではないが、アシュケナージもエッシェンバッハも指揮者になってしまった・・・・。指揮というのは、ことほどさように面白いものなのか。)

ベートーヴェンの交響曲第8番は、彼の交響曲の中でも斬新な傑作だと思う。ベートーヴェンの作品、なかんずく交響曲はどれも新しい、革命的な作品なのだろうが(と、音楽史の本には書いてある)、ボクにはこの8番が非常に新鮮、鮮烈、他に比べる物がない最も創造的な快作に聞こえる。ベートーヴェンらしく、また、ちっともベートーヴェンらしくない作品に聞こえる・・・・・。そして、最もピリオド楽器に合う作品ではないかと思う。

さて、ブリュッヘン/18世紀オケの演奏。
第1楽章から叩きつけるようなリズム。強烈なアクセントが耳について、ビックリする。ヴァイオリン群の細い音が独特な響きをつくっている。ティンパニと金管が、聴き手を驚かせるような音量で、荒々しく鳴る。少々音が割れようがお構いなし。ダイナミックでワイルドな演奏をブリュッヘン/18世紀オケは指向しているようだ。
慣れ親しんできた昔のウィーン・スタイルの優美さからは、遙か遠くに離れた演奏と云えるかもしれない。でも非常に個性的。これはこれで面白いと思う。

第2楽章はメトロノームを模した楽章。各楽器が正確なリズムを刻んで面白い。
(ボクはこの楽章を聴くたびに、ハイドンの「時計」を思い出す。あのリズムを速めたのが、この第8の第2楽章なのだ・・・・と思う)
管楽器の響きがとても新鮮。ナチュラルで素朴、その響きは手垢にまみれていない、もぎたての果実のようなイメージ。

第3楽章では、ホルンやクラリネット、そしてヴァイオリンの音色がとてもイイ。瑞々しく、素朴な若々しさに満ちている。聴きながら、草原を歩いているような爽快感、懐かしくなるような郷愁、そういったものを感じる。
ブリュッヘンの指揮は誠実で真摯なもの。やや硬質な感じ。この楽章なら、もう少し肩の力を抜いて、ユーモアがあっても良いかな・・・・とも思う。少し惜しい。

終楽章は、テンポは着実、あまり速くなったり煽ったりしないのが良い。じっくり引き込んでゆく感じ。ダイナミックレンジは大きく、楽器もよく鳴っている。ピリオド楽器の演奏が難しいと云うし、アンサンブルは大変なのだろうが、すこぶる美しい。腕っこきが集まった団体なのだろうと思う。


この録音からすでに16年。
あの頃は、バロックからモーツァルト、いよいよベートーヴェンか・・・・と、ピリオド楽器の演奏が徐々ロマン派へ向かってゆく時代でありました。
今や古楽器演奏は当たり前になりました。
そして、ベートーヴェンのCDも、ジンマンにアバド、ラトルと、現代楽器で古楽器がしていることを達成してしまう・