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クラシック音楽のひとりごと
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2006/06/10のBlog
今日はショパンのピアノ協奏曲第2番ヘ短調Op.21。

ベラ・ダヴィドヴィッチのピアノ独奏、ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管の伴奏。
1982年、ロンドンのウォルサムストウでの録音、フィリップス盤。

第1楽章の出だし、マリナーはフレージングをやや浅めにとって、清潔で爽やかな伴奏を心がけている。テンポは幾分速めで、サラッとした感触。ショパンのこの協奏曲は、青春の憧れと感傷に溢れた名曲。マリナー/アカデミー室内管の音は、青春の音楽にふさわしいと思う。ただ、録音のせいか、ややこもり気味なのが惜しい。

ダヴィドヴィッチのピアノは克明でやや重めのタッチ。一音一音が粒立ちよく、しっかり・クッキリ弾いている感じ。ロマンティックな解釈だと思うのだが、少しもたれるところもあるかな。伴奏の爽やかさとは、少し異質な感もあるが、協奏曲はだからこそ面白い。しかし、音色は綺麗。強いタッチでも濁らずに、輝くような音。この人のこと、よく知らんのだが(息子はヴァイオリニストなのは知っているが)、ヴィルトゥオーゾ風のピアニストなのかも。ショパン・コンクールの1位をチェルニー・ステファンスカと分け合っただけのことはあるなぁ。

お待ちかねの第2楽章。この旋律はホンマに美しく、若々しく、清冽で、そして懐かしい。
大学4年のちょうど今の季節、夜遅くまで図書館で卒論の資料収集をしていた頃を思い出す。その帰り道、突如、この旋律が頭に響いたことがあった。鼻歌でも歌えるよう綺麗なメロディ。あの頃、毎日のようにショパンの第2協奏曲を聴いていたからだろう。
今でもこの旋律を聴くと、図書館の本の匂いや並木道の緑の空気、そして、街灯が梅雨時の特有の湿気で霞んでいたこと・・・などを思い出す。

ショパンはだからボクにとっては青春の音楽家であって、この協奏曲は、青春の音楽なのであります。
ショパン自身、この協奏曲を作曲したのは19歳の時だった。この甘い旋律は、その若さを永遠に封印したようなものか。

ダヴィドヴィッチは重めのタッチでじっくり弾いてゆく。だから悲愴美が際だつのだが、もう少し軽めの方が青春の響きになるかも。
バックのマリナー/アカデミー室内管は丹念で素晴らしい伴奏。オケがよく書かれていないという作曲の未熟を十分に補っていると思う。


終楽章はメランコリックな演奏。
ダヴィドヴィッチは決然とした表情で、適度にルバートさせながら鮮やかなピアニズムで仕上げてゆく。オケも綺麗で文句なし。


四国は梅雨に入りました。今日も小雨でありました。
若者の雨、ショパンに似合う雨でありました。
2006/06/09のBlog
オペラはふだん聴くにはさすがに長尺。時間があるときにゆっくり聴きたいものだ・・・・と云いつつ、そうは時間がない。

今日はモーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」。
途中まで聴こうと思っていたら、とうとう最後まで聴いてしまった。やはり「フィガロ」は楽しい。
今日のCDは、演奏も良かった。とても良かった。
(とうより、これは昔からの定盤・名盤か)

カール・ベーム指揮ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団&合唱団の演奏。
1968年3月、ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。DG原盤。

歌手はそうそうたるメンバー。
ヘルマン・プライ(フィガロ)、エディト・マティス(スザンナ)、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(アルマヴィーヴァ伯爵)、グンドゥラ・ヤノヴィッツ(伯爵夫人)、タティアナ・トロヤノス(Ms:ケルビーノ)ほかの面々


いやはや役者が素晴らしい。そしてアンサンブルがすこぶる緊密。
スゴイ歌手を揃えているのに、こうも巧く合うものか。F=ディースカウにヘルマン・プライ、戦後ドイツを代表する2大バリトンの競演など圧倒的だと思う。

プライの歌うアリアを聴いていると、実にダンディなフィガロだなぁと思う。甘いマスクの色男に見えてくる(聞こえてくる)。これほどカッコイイ(少しイヤラシイ色気を含んだ)フィガロはなかなか聴けないんじゃないか。いや、全く、男が聴いて惚れ惚れする歌唱。

伯爵夫人のグンドラ・ヤノヴィッツは当時30歳。若い!。しかし、素晴らしい貫禄の伯爵夫人を聴かせる。美しい声の中に、過ぎゆく若き日々に感傷的になる夫人の心情・哀しみが響く。すごい表現力だなぁと思う。

トロヤノスも若い。後年のトロヤノスは声がきつくなってボクは好みではないのだが、、この時のケルビーノは若々しさが十分に発揮されている。ベームの落ち着いたテンポで歌う「恋とはどんなものかしら」は、堂々とした歌いっぷり。
マティスの可憐さは言わずもがな。このスザンナの可愛らしさ(声がもうチャーミング)は最高だなぁ。

レチタティーヴォも綺麗。この部分がおざなりだと「フィガロ」は面白くないのだが、、ベーム盤は実に楽しい。

ベームの正確無比のテンポと誠実な設計も好ましい。
歌手たちが気持ちよく歌っているのが分かる。「自分で自分が分からない」、「もう飛ぶまいぞこの蝶々」、伯爵夫人のモノローグなど、実に自然に歌っている。
惜しいのは少し管弦楽が硬いこと。ベルリンのイエス・キリスト教会での録音なので、美しい残響をともなっているのだが、オケそのものの限界なのか(特徴か?)、響きが硬くなっているのが残念。ああ、これがウィーン・フィルだったら古今無双、銀河系最強の名盤たりえたろうに・・・・。


最後まで聴いてしまって、結局もう一度、1枚目を聴き直してしまいました。
これ、エヴァー・グリーン的な演奏であります。

2006/06/08のBlog
今日は爽やかな音楽を抒情派ピアニストで聴きます。

グリーグのピアノ協奏曲イ短調。
ラドゥ・ルプーのピアノ独奏、アンドレ・プレヴィン指揮ロンドン交響楽団の演奏。
1973年録音のDECCA盤。
購入して25年、愛聴盤であります。

ルプーのピアノが流れると、部屋の中が涼しくなる。
冷涼な空気が入ってくるかのようだ。
優しく暖かい音色。澄んだ高原の空気のような、初夏の光る朝露のような、何とも清々しいピアノで、気分が良くなる。ミントの香りのような。スーッとする感覚と云ったら良いだろうか。
そして、時にピアノが泣く。涙を流す。
ヴァイオリンがむせび泣くのはよくある話だが、ルプーのピアノは涙を流す。抒情が一杯詰まっている。感傷的な雰囲気も漂う。
しかも感興に富んで、ニュアンス多彩。表情も刻一刻と変化してゆく。
素晴らしいピアノだと思う。

さて第1楽章。新鮮な、生まれたばかりのような音、極上のピアノが鳴り渡る。
オケも素晴らしい。プレヴィン/LSOがとても優しく伴奏を付ける。木管のデリカシーはプレヴィンならではだし、弦楽器群の柔らかな響きも格別。
何よりピアニストと指揮者・オケの一体感が素晴らしい。プレヴィンは本当に合わせものが巧い指揮者だと思う。

第2楽章冒頭、あの懐かしく優しい響きのストリングス。プレヴィンはこの旋律を美しく、はかなく、これしかないテンポで歌わせる。
そこに弱音で滑り込んでくるルプーのピアノが、キラキラと光がこぼれ落ちるような輝き。やがて、ピアノとオケの美しく抒情的な会話が始まる。
音楽は北欧のムード満点。部屋が涼しい空気に満たされてゆくような感じ。何という抒情的な音楽をグリーグは書いたのだろう・・と思う。

終楽章でもピアノの抒情性は変わらず。フルートなどの木管楽器が涼やかに、時に華やかに鳴り響く。第2主題などため息が出る美しさ。
コーダでの豪快な盛り上がりがまた見事だが、音楽のフォルムは崩れない。スタイリッシュな仕上げと云っていいかもしれない。颯爽とした若武者の、夢見るような覇気が伝わってくる演奏。


この演奏は、美しい青春の音楽であります。
ピアニストも若いし、指揮者も若かった。若いときにしか出来ない演奏であります。
光り輝く、しかし青みがかった鮮烈さ。この若さはかけがえのないものです。


録音から30年以上過ぎて、しかしまだ最高の水準を保っています。
DECCAらしく鮮やかな音づくり。今も全く色褪せない素晴らしい録音ですな。

カップリングはシューマンのピアノ協奏曲。これも名演です。
2006/06/07のBlog
ブルックナーの交響曲を聴くのは大河小説を読むような感じ。
あるいは、音の大建築・大伽藍をゆっくり見てまわる感じ。
そういえば、のんびりと野山を散策するような感じもあるな・・・・・。

今日はその中でも、大伽藍交響曲・・・とでも云うべき音楽。

ブルックナーの交響曲第5番変ロ長調。
ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏。
1970年11月、プラハの芸術の家での録音。DENONのクレスト1000シリーズで購入したが、本来はSUPRAPHON原盤。

ライナーによれば、楽譜は原典版を基調に、一部改訂版を用いているとのこと。ボクは楽譜のことがよく分からないので、偉そうなことは云えないのだが、時々「あれ?」というところがあって(ティンパニの強打とか)、面白かった。
それにマタチッチらしい、テンポの揺れ、壮大なスケール、迫力十分のオケの響きなど、とても楽しめる演奏だと思う。
録音も良い。1970年というのに、ちっとも古くない。現役盤の中で十分にやっていける。ホールトーンが美しく、いかにもブルックナー的な残響の中に身を浸す快感がある。

第1楽章のスケール雄大な開始。トランペットが朗々と鳴る、その音の美しいこと。それに、よく言われることだが、チェコ・フィルの弦が良い。穏やかでほのかに甘く、決してハデではないのだが、よく響く芯のある音色。やや軽めの音色もとても綺麗。
マタチッチのテンポは堂々とした王者の歩み。金管の咆吼は逞しく、男性的な鳴りっぷり。長大で堅牢なこの交響曲の第1楽章として、見事な開始だと思う。
楽章の終盤で、「お?」と思わせるアッチェランドがあったり、楽章ラストは強烈な音。もの凄い締めくくり。

第2楽章は、さらに遅く、美しいアダージョになっている。
弦のピチカートに乗るオーボエの淋しさ、美しさ。その後に出てくる弦のトゥッティが、荘厳な響きをつくり出す。教会での祈りの表情か。カトリックの大聖堂を思わせるような壮大な響き。敬虔な音楽。ああ、これがブルックナーの声だと思う。
チェコ・フィルのストリングスが素晴らしい。穏やかで慎ましく、何とも云えぬイイ音。ギラつかず、上滑りにならず、心のこもった音。弦の間から哀しみさえ漂ってくる。
マタチッチの指揮はおおらかなもの。細部に拘泥せず、大局的な指揮というべきかな。
フレージングが実に気持ちいい。ホンマ、ゆったりとした気持ちで聴ける。マタチッチのバトンのおかげだろう。

第3楽章は快速のスケルツォ。推進力のある迫力満点の音。4つの楽章の中では最も短い楽章(11分)なのだが、あまり速く感じないのは、音楽の中身が一杯に詰まっているからだろう。チェコ・フィルがよく鳴って、スケール豊かで壮大な音楽。

終楽章は今までのエピソードが次々に現れてくる楽しい楽章。そして、一部改訂版を用いているためか、テンポが良く動き、ラストなど壮大な盛り上がり、ちとやり過ぎかいなと思わせるところもある。コーダなど、激烈な演奏。
マタチッチは貫禄十分。ド派手なところ、やりたい放題のところもあり。
しかし、この長大な交響曲を見事に、雄大に、豪壮に、締めくくる。

ああ、良いブルックナーだったなぁ。
マタチッチは、素晴らしいブルックナー指揮者だったと思います。
2006/06/06のBlog
ここのところ、Doblogがまた重くなってきています。
今月は本格的なメンテナンスが行われるようで、12日から3日間は更新不能だとのこと、それ以後は、さてサクサクになるのかな・・・・?
(あまり、期待しないでおこうと思います。今さら、引っ越すつもりもないですしね・・・・・(^^ゞ)

さて、今日はマーラーの交響曲第6番「悲劇的」。

クラウディオ・アバド指揮シカゴ交響楽団の演奏。
1979年2月、シカゴのオーケストラ・ホールでの録音。
これはDGの全集からの1枚。
アバドはBPOとの再録音を進めていて(「悲劇的」では第2楽章と第3楽章を入れ替えて録音していた)、間もなくBPOによる新全集が完成するのだろうから、これは旧録音になる。

アバドのマーラー、世評高いのは新盤なのだろうが、ボクは旧盤のアバドも好き。
しなやかで若々しく、歌心満載なのだが、その歌に流されることなく造形がしっかりしているマーラー。
抒情的であるのだが、その情念に流されず知性も十分に発揮されているマーラー。
しかもDGの録音が素晴らしく、録音当時(1980年代、アバドのマーラーは絶賛だった)、ボクは欲しくてたまらなかったものだ・・・。
今やその全集が1万円弱で買えるという幸福な時代。ホンマ、有り難いことやなぁと思います。

さて、第1楽章。
アバドが振ると、シカゴ響の響きが柔らかくなる。そして、錯綜したマーラーの大規模管弦楽から、どれも生き生きとした旋律が飛び出てくる。主旋律も対向旋律もそれ以外のメロディも、全部しなやかに若々しく歌いながら、飛び出てくる。躍動的で新鮮で克明なマーラー、それがアバドの持ち味でもある。

ヴァイオリンの動きが実に克明。一音も揺るがせずにしっかり弾いているのが見えるような演奏。金管も木管も、楽々と吹いているのが分かる。破綻など全くなし。ホンマにシカゴ響は巧いなぁと思う。
ショルティ盤のマーラーも凄かったが、しなやかさ・瑞々しさではアバド盤が上。ショルティ盤は剛毅で男臭い、スポーツマン的なマーラー。アバド盤は、青春の歌が込められた知性と抒情が高い水準で一致したマーラー。

第2楽章も、物々しさや大袈裟からは遠い。若さと感性豊かな演奏。響きは明晰で鮮やか、指揮ぶりも筋道の通った感じ。
時々、ハッとするような表情・響きが聴ける。それが新鮮で暖かく、自然な歌に満ちているのがアバドの魅力。
シカゴ響のパワーは相変わらず。アンサンブルもすこぶる緊密。

第3楽章はアンダンテ。アバドの新盤は第2と第3楽章を入れ替えているが、シカゴ盤録音当時は、こちらの順番が普通だった。(バルビローリくらいのものだったろう)。
アバドのテンポは中庸で、淀みなくサラサラと哀しみの感情が流れてゆく。旋律の処理が実に巧みで心地よい。清冽な演奏になった。終盤は非常に感動的な高揚がある。

終楽章は、壮大な盛り上がり。しかし節度があって乱痴気騒ぎに堕さないところがアバド流。ハンマーの音も豪快で、シカゴ響の大迫力はさすがなだぁと思う。


録音が今聴くと、もう一歩かなとも思いますが、当時のアバドの自然で新鮮な演奏は、やはりエエなぁと感じました。
2006/06/05のBlog
ジョギングを気持ちよく続けていますが、せいぜい5㎞程度。
距離を伸ばすと、最近は膝が痛くなってきます・・・・・ん~~トシですなぁ。
歩いたり走ったり、だましだましの時もあります。・・・・・・やれやれ。

さて、今日は豪快にホルストの「惑星」。

佐渡裕指揮NHK交響楽団の演奏。
2005年6月27日、東京オペラシティコンサートホール タケミツメモリアルでのライヴ録音。

昨年発売のホヤホヤの新盤。我が家には珍しい新譜。
精力的な指揮が楽しい佐渡の「惑星」ということで聴いてみた。

「火星」は精力的で徐々に高揚してゆく音楽。冒頭から汗が飛び散るような感じなのは、、佐渡のエネルギッシュな指揮姿を見たことがあるせいかもしれない。
N響のストリングスの魅力は今一歩かな。管楽器ももう一つ伸びが欲しいが、これは録音の加減かもしれない。
中間部はものものしい雰囲気。アンサンブルはライヴにしては上出来だと思う。聴きやすい響き。

「金星」のホルンの響きが良い。もう少し甘い音色で、優しく伸びてくれればとも思うが、全体的にはイイ音だろう。弦楽器はデリケートでなかなか魅力的。ソロ・ヴァイオリンが大変細身でしなやか。ヴァイオリン独特の色気はないが、よく歌ってくれる。

「惑星」と云えば、「木星」。
中間部の歌謡風の旋律は堂々として心地よい。テンポは遅め。この旋律はこのくらい遅くやってくれる方がイイ。
N響の演奏は非常に美しい。アンサンブルも良く綺麗なのだが、もう一つ迫力があってもイイかな。エレガントに美しく磨かれているだけに、パワー不足が惜しいなぁ。
終盤はテンポが速まって、その対比が見事。佐渡の設計も良い。打楽器の音が生々しいのもなかなかよろしい。

「土星」は管楽器のアンサンブルが聴きもの。「老いをもたらすもの」というサブタイトルのように、やや妖しげな魅力を含んだ演奏になっている。
「天王星」はティンパニの迫力がイイ。ファゴットやフルートの奇怪な音色は「魔術師」にふさわしい。
「海王星」も美しい演奏。響きが徐々に天上に抜けてゆく余韻は見事なもの。


佐渡裕の「惑星」、後半に進むほど調子が出てきます。
前半はアンサンブルや響きもイマイチだったのが、「木星」辺りからどんどん音楽が盛り上がって、オケ全体に活気が出てきます。
最後まで感興豊かに聴ける演奏でありました。
2006/06/04のBlog
Doblogのメンテナンスでしょうか、今朝から更新不能でありました。

今日はベートーヴェンの交響曲第6番ヘ長調「田園」。
カール・ベーム指揮ウィーン・フィルハーモニーの演奏。
1971年5月、ムジークフェラインザールでの録音。DGの全集からの1枚。

ワタシの休日は「田園」か「ロマンティック」であります。
伊予は西条の草深い田舎に似つかわしい曲でありまして、のんびりとした休みの日には、この2曲のどちらかを聴くことが多いのです。

今日はド定盤のベーム指揮ウィーン・フィルハーモニーの「田園」。


第1楽章から、ウィーン・フィルのしなやかな音が心地よい。ベームのテンポはゆったりと落ち着いていて、セカセカしないのがイイ。実に大らか。盤石の安定感、巨匠の風格。
もともとベームは職人的な指揮者で、音は重厚だが演奏はアッサリ・サッパリ系のものが多かったのだが(BPOとやったモーツァルトの交響曲全集などその例だと思う)、1970年代以降の最晩年になると、重厚鈍重巨匠風の演奏が増えていった。
この「田園」はその中でもしなやかに歌う素晴らしいもので、あまり鈍足なところが気にならない名盤だと思う。

ウィーン・フィルの各楽器が過不足なく、よく鳴っているという印象。ガッチリしたストリングスの上に、甘い響きの、時に爽快な響きの管楽器が加わる。ああ、田園に着いた時の晴れやかな気分とは、かくも気持ちよいものか。

第2楽章もゆっくりとしたテンポ。丹念にベートーヴェンの歌を歌い上げてゆく感じ。フルート、ファゴット、オーボエ、クラリネット・・・(木管全てか!)、ここでも味わい深い。
ヴァイオリンはさすがウィーン・フィルの鮮やかな音。DG録音なので、DECCAほどの輝かしさはないものの、しっくりと手に馴染む自然な温かさが伝わってくる。そして、実に格調高い。
コーダでさらにテンポが落ちて、鳥たちの囀りが聞こえてくるところなど絶品。大役者の名演といった感じ。

スケルツォはウィーン・フィルの自発性が素晴らしい。というより、指揮者の存在があまり感じられない。ウィーン・フィルの面々が、ベーム爺さんに対して「ここはワシらに任せろ」とでも言っているかのよう。和気藹々とセッションを楽しんでいる感じの演奏で、出てくる音は、暖かく優しく微笑んでいる。ホルンのコクのある音色など何とも素晴らしい。

第4楽章は現代オーケストラの大爆発。ベートーヴェンが書いたときには、ここまでの迫力は想像つかなかったんじゃないか。ティンパニの強打など実に生々しく迫力満点の嵐。さすがにウィーン・フィル、音は爆発しても音楽のフォルムは微塵も崩れない。整然とした嵐とでも言うべきか。荒々しいのに美しいという矛盾した美しさが宿る、これは名演。
終楽章は、全てのものへの感謝。ベートーヴェンの神への感謝。
クラリネットやホルンの響きの美しさは例えようもない。そしてストリングスの黄金の響き。たまりません。美しい「田園」であります。


ベートーヴェンの「田園」は奇蹟のような自然への感謝の交響曲であります。
ホンマに見事な自然の描写(でも、内面の描写だとベートーヴェンは云っているが)。


ヨーロッパの田園風景ではない、ここは純和風の「田んぼ」が広がります。
混合農業の欧州の風景ではなく、ここは水稲耕作そのもの。
そしてワタシは、「神」のことなどふだん考えることもない、信心の薄い日本人。
神よりは葬式法事のホトケさん方が縁が深い・・・・。

そんなワタシに、ベートーヴェンは国境を越えて、文化を越えて、感謝の心を教えてくれます。
2006/06/03のBlog
更衣であります。
猛暑前のこの季節に着る半袖のワイシャツは、気持ちいいものです。
相変わらずの激務でありますが・・・・。

さて今日は、モーツァルトのセレナード第4番ニ長調K.203。

シャンドール・ヴェーグ指揮ザルツブルク・ モーツァルテウム・カメラータ・アカデミカの演奏。
10枚組の全集からのもの。

家に持ち帰った仕事をしながら、さて、BGMにでも聴こうと思ってこのCDを流し始めたら、あまりにも素晴らしい演奏なので、きちんとステレオの前に移動。
仕事は中断。仕方ないわなぁ。ヴェーグのモーツァルトをCDプレーヤーに入れる方が悪いんやから。

ヴェーグのモーツァルトは、快適なリズム、やや速めの颯爽としたテンポ、妙な装飾がない清潔なフレージングが特徴。
音楽が、聴いているたった今生まれつつあるような躍動感がとにかく素晴らしい。
演奏のザルツブルク・ モーツァルテウム・カメラータ・アカデミカ(長い名前!)のアンサンブルも一分のスキもなく引き締まったもので、大変に爽やか。

録音も最高レベルだろう。奥行き深く、左右に大きく広がる音場で、弦楽器、特にヴァイオリンの音はこれ以上美しく録るのは難しいんじゃなかろうか。
第2楽章のソロ・ヴァイオリンの、どこまでも伸びてゆく高音、そして透明感など、素晴らしいの一語に尽きる。

演奏もいたって伸びやか。
コンツェルタント楽章でのソロ・ヴァイオリンの活躍ぶりは目覚ましく、自由闊達で生き生きと実に気持ちよい。突き抜ける高音。秋のカラッとした空気ではなく、初夏の青空のように、やや潤いを含んだ音色で突き抜けてゆく。

バックで鳴っているホルンの慎み深くも味わいのある音色。
ステージ中央でリズムを正確に刻むヴィオラも良い。
ソロのヴァイオリンが全体的に目立つのだが、注意して聴いていると、これら脇役がしっかりと弾いている(吹いている)からこその、これは名演であって、こういったトータルでのバランスがよいことが、すなわちヴェーグの熟練のワザなのだろう。

第6楽章アンダンテでの、ホルンの甘い音色やオーボエのやや尖った響きも素晴らしいし、その前で優しく滑らかに弾く弦楽器群の涼やかな甘さもたまらない。得も言われぬ名演。時間が止まって欲しいくらい、一瞬一瞬が燦めくような音楽。

ヴェーグの全集、10枚組の大作なんですが、名演揃い。くめども尽きぬ味わいの一品と云えそう。

結局仕事せずに、聴いてしまいました。
エエ演奏でした。満足であります。

でも、仕事は残りました・・・・・ガハハ。
2006/06/02のBlog
今日はラヴェルの管弦楽曲、「亡き王女のためのパヴァーヌ」。

アンドレ・クリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団の演奏。
EMI原盤。


もう、出てくる音がフランスの音。

パリ音楽院管弦楽団は、唯一無二のオーケストラだった。
録音はかなり古ぼけているのに、スピーカーから流れてくる音楽のみずみずしさ、鮮やかさ、眩しさは今も全く古くならない。
アンサンブルは少々ゆるく怪しいところもあるのだが(だいぶ、か?)、そのユルさが微妙な、得も言われぬ情趣を生んでいるのだからたまらない。
「これぞ本場物」と安直に言うのも憚られるが、例えば東京で喰う讃岐うどんがやはり不味く、四国で喰わなにゃどうしようもないわい、と思う気分と一緒か。

さて、「亡き王女のためのパヴァーヌ」。
何度聴いても飽きない、ラヴェル最高の旋律、おだやかな雰囲気、夢見るような甘さ。

管楽器が素晴らしい。
冒頭のホルンの甘い甘い音色は、いかばかりか。「あま~い」とお笑い番組で叫んでいる若い士に聴かせてやりたい、ホンマモンの甘さ。
ややきつめの音のオーボエは、ツンと澄ました響き。イキでイナセで、少し斜に構えたシャイな音。
フルートはスピーカーの上の方に飛んでゆく感じ。浮遊する音。
それを支えるハープの軽やかさ、そして上品な慎ましさ。

ヴァイオリン群の響きは灰色になったり、黄金色になったり、緑の草原を渡るような音色になったり・・・・万華鏡のように変化。弦の間からキラキラと光りがこぼれてくるような瞬間がある。ニュアンス多彩、音色も千変万化で、息を呑む素晴らしさ。
有機体のように、クリュイタンスのバトンに反応する。

テンポは遅い。手持ちのCD・レコードの中でもかなり遅い部類。
尤も、音色が全く美しいので、その遅さが気にならない。
それどころか、後ろ髪を引かれるような余情が漂ってくる。歩み出しては立ち止まる、振り返る、また歩み出す・・・・そんな演奏。何とも云えぬ余韻。

ラヴェルの天才はオーケストレーションにあったとすれば、その天才を十全に引き出して提示し得たオケは、やはり、パリ音楽院管弦楽団とアンドレ・クリュイタンスの組み合わせであったのかと思う・・・・。

いいオーケストラだった。


早朝のジョギング・・・・夏の風がサラッと気持ちいい。
この時期はまだ湿度が高くないので、汗をかいても気持ちいい。
シャワーを浴びて、朝飯を喰って、颯爽と仕事へ・・・・・(このトシでは颯爽でもないか(^^ゞ)・・・・・気分よく一日を過ごせます。
2006/06/01のBlog
6月になりました。仕事は相変わらず忙しく、なかなか音楽を聴く時間が取れないのが辛いところであります。
5月は少し体調を崩して十分に走れなかったので、今月は頑張らんとイケマセン。
「クラシック音楽とジョギングを楽しんでいます」の看板に偽りなきよう、さあ、走りに行ってきましょう。

で、今日はバッハのピアノ曲を。

アルフレート・ブレンデルのバッハ名曲集。
1976年5月、ロンドンでの録音。
この名盤も、もう30年も前のものになってしまったのか・・・・。

曲目は、名曲揃いで、旋律も美しく親しみやすいものばかり

1 イタリア協奏曲ヘ長調BWV971
2 コラール・プレリュード~イエスよ,わたしは主の名を呼ぶBWV639(ブゾーニ編)
3 プレリュード(幻想曲)イ短調BWV922
4 半音階的幻想曲とフーガ ニ短調BWV903
5 コラール・プレリュード~来たれ,異教徒の救い主よBWV659(ブゾーニ編)
6 幻想曲とフーガ イ短調BWV904

録音はアナログ最盛期で、ブレンデルのピアノが柔らかく、味わい深く響く名録音。やや残響成分が多い典型的なフィリップス録音。雰囲気豊かで、夢見るようなホールトーンが素晴らしい。
ピアノはやや遠目。小ホールでのステージでブレンデルが弾いているのを、客席中央やや後方のS席で聴いている感じの音がする。

もう、この音を聴いているだけで幸福になってしまう。これだけ「心地よいピアノ録音」はあまり聴いたことがないくらい。

ブレンデルのピアノは、いたって真摯だが、堅く真面目すぎると云うことでもない。柔らかな、穏やかな表情を浮かべた模範生のような演奏。バッハなのでキラキラした色彩を感じさせるような演奏ではないのだが、実に繊細でニュアンスに富んでいる。

いつもブレンデルのピアノを聴いていると感じるのだが、彼の音色はとてもきれいで清潔。色で例えれば、肌色の混じった白、とても聴きやすく耳に馴染む音。
音のエッジをあまり尖らせずに、やや丸みを帯びているところがイイ。残響の多い録音がそれを助長している。鋭すぎたり、冷たくなったりしないのがこの人の良いところだ。

「イタリア協奏曲」や「半音階的幻想曲とフーガ」、ボクはこの曲をブレンデルの演奏で知ったので、今も定盤。音色や雰囲気など文句なしの演奏。
我が盤友に云わせると、「ブレンデルは霊感に欠ける」らしいのだが、ふだん、くつろいでバッハを聴くのに、霊的な閃きなど要らんでしょ。

この安定感、この格調の高さ。
ブレンデルのバッハは、聴きやすいんです。
エエ気分になります。
2006/05/31のBlog
カエルの合唱が凄まじいのです。
窓を開けてクラシック音楽を聴いていると、いやぁ、うるさいこと。窓を閉めると暑いので、涼しい風を部屋に入れようと思うと、カエルの大合唱も部屋に満ちてくるんですな。
都会の人には理解できない騒音かもしれません。
これぞ初夏の美しい自然の音になるのかな・・・・・・でも音楽を聴くにはうるさいぞい。

さて、今日はベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲ニ長調作品61。
チョン・キョンファのヴァイオリン、キリル・コンドラシン指揮ウィーン・フィルの演奏。
1979年9月、ウィーン、ソフィエンザールでの録音。DECCA原盤で、デジタル初期の懐かしい録音。LPであります。

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は、初めて聴いたときから大好きな曲だが、聴かせるのは結構難しい曲なんだろうと思う。
序奏部が長くてなかなかヴァイオリンが出てこないし、第1楽章などヴァイオリンの音階の上り下りが何度も繰り返されるので、危うく退屈しそうなこともある。
尤も、その序奏部がイイ、繰り返される波のようなスケールがイイとは思うのだが、ヴァイオリニストによっては(あるいは指揮者/オケによっては)、つまらなく感じてしまうこともある・・・・・。
ということは、ソリスト・指揮者・オケが一体化していないと上手くいかないということかな・・・・?・・・・・。


さて、その序奏部。
木管のユニゾンが響いた瞬間、ああ、ウィーン・フィルの音だなぁと思う。暖かく輝くように鮮烈な音色。弦楽セクションの音は、もう、ウィーン・フィルでしかやはり聴けない音だなと思う。DECCAの録音も実に素晴らしい。
コンドラシンのテンポはゆったりとして、フレージングも気持ちよい。スケール豊かで、深い息づかいの序奏部。ヴァイオリンが登場する前に、期待でワクワクさせてくれる序奏。さすがだなぁと思う。
そして、チョン・キョンファのヴァイオリンが登場。背筋の伸びた姿勢の良いヴァイオリンだが、慎重に入ってきた感じ。緊張感が聴き手にも伝わる感じ。
音色やテクニックはもうさすがに万全。云うことなし。
カデンツァはクライスラーのもの。鮮やかで技巧的なパッセージが余裕たっぷりに弾かれてゆく。その技巧を感じさせないのは弾きぶりはさすが。ヴァイオリン一本で、この大曲のエッセンスを表現してしまう。
それにしてもクライスラーのカデンツァは素晴らしい。チョン・キョンファが素晴らしいから、そう感じるのかも。

第2楽章は遅いテンポでじっくりと演奏されている。穏やかな感情の表現、というより、敬虔な宗教的感情が流れている演奏。幸福な気持ちの中で、神への感謝を歌っているような・・・・コンドラシンも、チョン・キョンファも祈りの表情・・・(とは言い過ぎか・・・・・)。
チョンのヴァイオリンは、細身で透きとおるような音色。特に高音は、絹糸の光り輝くような鮮やかさ。これだけ綺麗な音色だと、聴いていて生理的な快感だ。

終楽章のロンド、チョンノヴァイオリンはますます美しい。華やかで、微笑みを振りまくようなヴァイオリン。調子もどんどん上がってゆく感じ。
スタジオ録音なのだが、この楽章はライヴ的な感興がある。第1楽章の慎重さに比べて、ここでは、大胆に感情を解放している趣きあり。
管弦楽も終始美しい。輝かしく力強いのに、重くならないのはさすがにウィーン・フィルだと思う。

デジタル初期の録音ですが、あまり硬くないイイ音してます。
さすがにDECCAでありますな。

もうひとつ。
音楽に夢中になっていると、カエルの大合唱が聞こえません。
そんなもんです。

2006/05/30のBlog
曇天続きでありますが、サラッとした快適な空気です。
厚くもなく寒くもなく、音楽を聴くにはエエ季節でありますな。
我が家周辺の田んぼは、田植えの準備完了です。

さて、今日はブラームスの交響曲第4番ホ短調。
カール・ベーム指揮ウィーン・フィルの演奏。
1975年録音のDG盤。ベーム晩年の、当時日本では大人気の全集。
特にこの年は、ベーム/VPOの来日公演が行われただけに(ブラ1の公演は白熱的な素晴らしいステージだった)、このブラームス全集も大絶賛だった。だいたい、当時ベームは神のように崇められていて、出るレコードがどれも賛辞を送られていたものだった。
(このあたりは、日本人特有の敬老精神であって、ヴァントや朝比奈の晩年も同様の現象が起こっていたような気がする・・・・・・)

だった・・・・と書くのは、ベームは今やどんどん忘れ去られていて、若い人たちは、ベームのこと、誰やら分からんのではないかと思うから。
死後の忘れられ方は急速で、今やベームのCDは再発シリーズ物以外ほとんど目につかない。いやはや・・・。

クラシック音楽を聴き始めた頃、ベームは憧れだった。貧乏学生にとって、最高のビッグネームだった。LPも沢山持ってるぞい・・・・。
1960年代のベルリン・フィルとの演奏などはまだ颯爽としていたが、晩年1970年代以降になると、確かに鈍足鈍重な演奏が増えて、今聴くとかなりモサッとしたものが多いかなとも思う・・・・。でもこのブラームス全集などは、ウィーン・フィルの美質が生きて、今なおなかなか聴けるブラームスではないかとボクは思っているのだが・・・・。

さて、その第4番であります。
第1楽章はインテンポ。かなり速く感じる。一気呵成に演奏してしまった感じ。何かから逃げてゆくような雰囲気。むせび泣く弦楽器、木管の悲痛な叫びが印象的。

第2楽章冒頭の木管のアンサンブルが抒情的。ホルン、クラリネット、オーボエがアンサンブルとしても美しいし、ソロの響きも美しい。ああ、ウィーン・フィル。実に情緒纏綿。往年の巨匠たちが演奏したブラームスと同質の響きが、ベームの演奏からも聞こえる。
第1楽章が速かったので、この遅さが(だいぶリズムが衰えている感じだが)しっくりと落ち着くような気がする。弦楽器の合奏は少し緩めなのだが、響きが美しいし、絶え間なく放射される抒情が美しいので許してしまう。ホンマに哀しくも美しい。

第3楽章はオーケストラの響きが迫力があってダイナミック。前2つの楽章に比べて、ベームは大らかにウィーン・フィルを鳴らしている。力ずくではなく、理にかなった音楽の運びはいつものベーム。テンポを落とすところでの木管アンサンブルがイイ。素敵な響きだと思う。

終楽章、始まりの決然とした響きが美しい。VPOならではの魅力に溢れている。テンポは中庸で、変奏曲の大家ブラームスの魅力を堪能できる。

聴き終わって、やはり、イイ演奏だと思いました。
ウィーン・フィルのブラームス交響曲全集、思えば沢山あります。
ジュリーニ、バーンスタイン、バルビローリにケルテス・・・(まだあったかな?)、いずれも個性的な演奏で楽しめますが、ベームのこの全集は、指揮者の存在よりもブラームスそのものを感じさせてくれる演奏でして、ボクは好きです。