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2006/06/19のBlog
[ 05:14 ]
[ 交響曲 ]
午後から快晴です。
夏が来ました。
そこで、今日はマーラーの交響曲第3番「夏の交響曲」。
ズービン・メータ指揮ロサンゼルス・フィルの演奏。
1978年3月の録音。
素晴らしい演奏。
たっぷりと絵の具を含んだ太い筆で、グイッと一気に描き上げたマーラー。極彩色に光り輝き、タッチは太々としていて逞しく、聴き手を惹きつける魅力が一杯のマーラー。
部分的には、いかにもマーラーらしい繊細で不安なフレーズが出現するのだが、全体を通してみると、屈託のない明るい爽快なマーラー。
恐らくメータが最も輝いていた時代の(過去形で云うのは悲しいが)、外面的にも内面的にも充実している、これは演奏だと思う。名盤。
管弦楽が豪壮華麗に鳴り響き、大変に気持ちよい。しかもエロティックなまでの色気も漂う。肉感的美女のような演奏。自信に満ちて、堂々としていて、カリフォルニアの青い空よろしく、明るく抜けるような音響と演奏。いや全く素晴らしい。
第1楽章は8本のホルンの斉奏、これが深く重く実にイイ音。メータの採るテンポはやや速めで、旋律をあまり粘らせずに演奏させている。
LAPOが巧い。当時、さほど巧いオケとは思われていなかったLAPOだったが、どうしてどうして、大変に巧いオーケストラだ(当時、アメリカのオケはビッグ5というのが相場で、CSO、BSO、NYPとフィラデルフィア、クリーヴランド菅だった)。
メータの棒にピタッと付いて、上質のアンサンブルを聴かせてくれる。DECCA録音が優秀なこともあって、極上の音響が部屋に満ちてゆく。
ソロ・ヴァイオリンの優美な音色、ホルンの甘い響き、はち切れそうな金管に味わい深い木管、どれをとっても、これ一流のオケだわなぁ。
メータは大曲ほど上手く聴かせてくれる指揮者。この長大な第1楽章を全く弛緩させずに、勢いよく聴かせきってしまうのは見事だと思う。爽快な感動が残る名演。
第2楽章は木管と弦楽のアンサンブルが聴きもの。ヴァイオリンが聴かせてくれるデリケートな歌が素晴らしい。ヴィオラの音色もしっとりと落ち着いていて心地よい。低音がイイ。チェロとヴィオラがゆったりと響くのを聴くのは至福の境地か。
第3楽章はポストホルンの美しさに尽きる。それに絡むヴァイオリンのまた美しいこと。メロウなサウンドで、甘く切なく漂うよう。この楽章の後半は、平和で穏やか、端然としたたたずまいの音楽。メータの設計は心憎いほど。
第4楽章と5楽章は、モーリン・フォレスターの歌唱が良い。少年合唱も美しいが、コントラルトと少し違和感があるかな。でも合唱は巧いし、幸福で明るい表情は前楽章と変わらず、全体的には綺麗なものだ。
そして感動の終楽章。静謐な空間、静かな抒情。穏やかなロサンゼルス・フィルのストリングスが美しい。やがて、黄金色に輝いてゆく。これはまさに至福の境地であります。
窓を開ければ、ああ、爽やかな夏の風が吹いてきます。
マーラーの3番交響曲の季節が来ました。
美しい、どこまでもクッキリと美しいマーラーでありました。
夏が来ました。
そこで、今日はマーラーの交響曲第3番「夏の交響曲」。
ズービン・メータ指揮ロサンゼルス・フィルの演奏。
1978年3月の録音。
素晴らしい演奏。
たっぷりと絵の具を含んだ太い筆で、グイッと一気に描き上げたマーラー。極彩色に光り輝き、タッチは太々としていて逞しく、聴き手を惹きつける魅力が一杯のマーラー。
部分的には、いかにもマーラーらしい繊細で不安なフレーズが出現するのだが、全体を通してみると、屈託のない明るい爽快なマーラー。
恐らくメータが最も輝いていた時代の(過去形で云うのは悲しいが)、外面的にも内面的にも充実している、これは演奏だと思う。名盤。
管弦楽が豪壮華麗に鳴り響き、大変に気持ちよい。しかもエロティックなまでの色気も漂う。肉感的美女のような演奏。自信に満ちて、堂々としていて、カリフォルニアの青い空よろしく、明るく抜けるような音響と演奏。いや全く素晴らしい。
第1楽章は8本のホルンの斉奏、これが深く重く実にイイ音。メータの採るテンポはやや速めで、旋律をあまり粘らせずに演奏させている。
LAPOが巧い。当時、さほど巧いオケとは思われていなかったLAPOだったが、どうしてどうして、大変に巧いオーケストラだ(当時、アメリカのオケはビッグ5というのが相場で、CSO、BSO、NYPとフィラデルフィア、クリーヴランド菅だった)。
メータの棒にピタッと付いて、上質のアンサンブルを聴かせてくれる。DECCA録音が優秀なこともあって、極上の音響が部屋に満ちてゆく。
ソロ・ヴァイオリンの優美な音色、ホルンの甘い響き、はち切れそうな金管に味わい深い木管、どれをとっても、これ一流のオケだわなぁ。
メータは大曲ほど上手く聴かせてくれる指揮者。この長大な第1楽章を全く弛緩させずに、勢いよく聴かせきってしまうのは見事だと思う。爽快な感動が残る名演。
第2楽章は木管と弦楽のアンサンブルが聴きもの。ヴァイオリンが聴かせてくれるデリケートな歌が素晴らしい。ヴィオラの音色もしっとりと落ち着いていて心地よい。低音がイイ。チェロとヴィオラがゆったりと響くのを聴くのは至福の境地か。
第3楽章はポストホルンの美しさに尽きる。それに絡むヴァイオリンのまた美しいこと。メロウなサウンドで、甘く切なく漂うよう。この楽章の後半は、平和で穏やか、端然としたたたずまいの音楽。メータの設計は心憎いほど。
第4楽章と5楽章は、モーリン・フォレスターの歌唱が良い。少年合唱も美しいが、コントラルトと少し違和感があるかな。でも合唱は巧いし、幸福で明るい表情は前楽章と変わらず、全体的には綺麗なものだ。
そして感動の終楽章。静謐な空間、静かな抒情。穏やかなロサンゼルス・フィルのストリングスが美しい。やがて、黄金色に輝いてゆく。これはまさに至福の境地であります。
窓を開ければ、ああ、爽やかな夏の風が吹いてきます。
マーラーの3番交響曲の季節が来ました。
美しい、どこまでもクッキリと美しいマーラーでありました。
2006/06/18のBlog
[ 03:00 ]
[ 声楽曲・オペラ ]
今年は、梅雨らしい梅雨です。どんよりとした曇り空が続きます。
いつ降るか、いつ降り出すか・・・・気を揉むような、この数日の天気です。
日照不足も心配でして・・・・・・・さて、田植えがほぼ済んだ、あの稲たちは大丈夫かな。
尤も、水不足になりがちの瀬戸内地方には、この雨は恵みの雨かもしれません。
今日は、シューマンのピアノ曲を。
「子供の情景」作品15。
ピアノ独奏はクラウディオ・アラウ。
1974年3月録音のフィリップス盤。(カップリングは「謝肉祭」)
「シューマンはまず歌曲、そしてピアノ曲」とは、吉田秀和が『LP300選』で云っていたのだったか。
ボクにとってのシューマンは、断然、交響曲作家であって、我が家には彼の交響曲全集がナンボでもある。CDなら2枚組で収まるから実に買いやすい・・・・そのせいもあって、ついつい貯まってしまう。(ブラームスの交響曲全集も同じように増えてゆくわけだが・・・・(^^ゞ)
そんな訳で、シューマンのピアノ曲のエントリーは初めてであります。
「子供の情景」。
ふだんあまり聴かないシューマンのピアノ曲だが、これはよく聴く。
理由は、トロイメライが入っているから。
クラシック音楽を聴くようになって以来、この曲が好きなことは変わらない。何と心落ち着く柔らかな音楽であることか。
アラウのピアノは、大らかで包容力に満ちている。
テンポもあまり速くなく、落ち着きがあって聴きやすい。
トロイメライなどは、もう美しさの限り。ゆっくりと、慈しむように弾いてくれる。甘い囁きのような、慈愛に満ちた響きがたまらない。
これ、ホンマにエエ音楽やなぁ。
ピアノの音は残響豊かなフィリップス録音のためか、やや太め。たっぷりと堂々と鳴っている。恰幅の良い響きで、重量感もあるが、もたれることはないし、鈍重な感じはない。
それより、着実な歩みがもたらす豊かさが素晴らしいし、フォルテでの豊麗な響きが混濁せずに聴き手を包み込んでくれるのが、とてもイイ。
そして、ゆったりとした息づかい。ちっともセカセカしない。深々としたフレージングでピアノがたっぷりと鳴るのがイイ。これが包容力、大人風という印象を与えるのだろうな。
今から30年以上も前の録音なのに、素晴らしい音です。
アナログ録音絶頂期の、フィリップスの名録音であります。
カップリングの「謝肉祭」も素晴らしい演奏でありました。
いつ降るか、いつ降り出すか・・・・気を揉むような、この数日の天気です。
日照不足も心配でして・・・・・・・さて、田植えがほぼ済んだ、あの稲たちは大丈夫かな。
尤も、水不足になりがちの瀬戸内地方には、この雨は恵みの雨かもしれません。
今日は、シューマンのピアノ曲を。
「子供の情景」作品15。
ピアノ独奏はクラウディオ・アラウ。
1974年3月録音のフィリップス盤。(カップリングは「謝肉祭」)
「シューマンはまず歌曲、そしてピアノ曲」とは、吉田秀和が『LP300選』で云っていたのだったか。
ボクにとってのシューマンは、断然、交響曲作家であって、我が家には彼の交響曲全集がナンボでもある。CDなら2枚組で収まるから実に買いやすい・・・・そのせいもあって、ついつい貯まってしまう。(ブラームスの交響曲全集も同じように増えてゆくわけだが・・・・(^^ゞ)
そんな訳で、シューマンのピアノ曲のエントリーは初めてであります。
「子供の情景」。
ふだんあまり聴かないシューマンのピアノ曲だが、これはよく聴く。
理由は、トロイメライが入っているから。
クラシック音楽を聴くようになって以来、この曲が好きなことは変わらない。何と心落ち着く柔らかな音楽であることか。
アラウのピアノは、大らかで包容力に満ちている。
テンポもあまり速くなく、落ち着きがあって聴きやすい。
トロイメライなどは、もう美しさの限り。ゆっくりと、慈しむように弾いてくれる。甘い囁きのような、慈愛に満ちた響きがたまらない。
これ、ホンマにエエ音楽やなぁ。
ピアノの音は残響豊かなフィリップス録音のためか、やや太め。たっぷりと堂々と鳴っている。恰幅の良い響きで、重量感もあるが、もたれることはないし、鈍重な感じはない。
それより、着実な歩みがもたらす豊かさが素晴らしいし、フォルテでの豊麗な響きが混濁せずに聴き手を包み込んでくれるのが、とてもイイ。
そして、ゆったりとした息づかい。ちっともセカセカしない。深々としたフレージングでピアノがたっぷりと鳴るのがイイ。これが包容力、大人風という印象を与えるのだろうな。
今から30年以上も前の録音なのに、素晴らしい音です。
アナログ録音絶頂期の、フィリップスの名録音であります。
カップリングの「謝肉祭」も素晴らしい演奏でありました。
2006/06/17のBlog
[ 04:14 ]
[ 管弦楽曲 ]
Doblog、かなり軽くなりました。
更新やコメントの書き込みが、サクサクになったような気がします。時間帯によるのかもしれませんが(現在土曜日の早朝4時・・・)、気持ちエエです。
どうぞ、コメント等よろしくお願いします。
さて、今日はロッシーニの序曲集でも聴こうかなと、デュトワ盤を取り出してCDプレーヤーにセット。
まあ、「ウィリアム・テル」からでも聴こうわいとソファに座ったとたん、音楽に引き込まれ、釘付けになってしまった・・・・。
冒頭、「夜明け」での、チェロの深々とした響き。艶があって、色気があって、しかも優美。にもかかわらず、男性的な逞しさも併せもつ素晴らしい低音。
何と美しいチェロ。ワクワクするような開始。
テンポもゆったりとして実に心地よい。ヨーロッパの、深い森を思わせるような素晴らしい音。
録音も極上。いつも思うのだが、デュトワ/モントリオール響のCDは、ホンマに最高のオーケストラ録音。左右上下に良く音が広がって、しかも奥行きが実に深い音場。個々の楽器の艶やかさも十分で、実に新鮮な録音が気持ちいい。DECCAの技術に感嘆。
さて、「嵐」の場面では、バリバリ鳴る金管が気持ちよい。その金管、音を割って吹いているのだがちっとも下卑た音にならず、上品に志操高く鳴る。これ、聴いていてたまらない快感。コンサートホールでもこんなイイ音で聴けないだろうなぁ。
いやはやオーケストラ音楽を家庭で聴く醍醐味、ここにあり。
「牧歌」でのコーラングレやフルートの懐かしいまでの響き。テンポも中庸で心地よく、アンサンブルも完璧。高原の空気のような、深い森の緑のような爽やかなアンサンブル、そして響き。ああ、イイ音。
お待ちかね「スイス独立軍の行進」。
トランペットの金色の響き。そしてロッシーニ・クレッシェンド。オーケストラが輝くばかりのサウンドを鳴らし、弦楽器群は鮮やかな弓さばき。
素晴らしい盛り上がり、オケ全体が黄金色に光り出す。光彩陸離たる名演とはこのことか。生理的な快感でもある。
いやもう、デュトワ/モントリオール響の圧倒的な演奏に、ただただ舌を巻くばかり。
もちろん、「ウィリアム・テル」だけでなく他の演奏も見事なもんです。
(尤も、ロッシーニの序曲は金太郎飴的なところがあって、だからまあ、どれを聴いてもオイシイのだが)
このCDの収録はこんなもんです。
1.歌劇「絹のはしご」序曲
2.歌劇「セミラーミデ」序曲
3.歌劇「どろぼうかささぎ」序曲
4.歌劇「ウィリアム・テル」序曲
5.歌劇「セビリャの理髪師」序曲
6.歌劇「アルジェのイタリア女」序曲
7.歌劇「ブルスキーノ氏」序曲
8.歌劇「シンデレラ」序曲
これほどの曲が揃って、しかも大名演。
それが1000円程度で、家庭で聴けてしまう幸福。
なんとまあ有り難い時代でありましょう。
更新やコメントの書き込みが、サクサクになったような気がします。時間帯によるのかもしれませんが(現在土曜日の早朝4時・・・)、気持ちエエです。
どうぞ、コメント等よろしくお願いします。
さて、今日はロッシーニの序曲集でも聴こうかなと、デュトワ盤を取り出してCDプレーヤーにセット。
まあ、「ウィリアム・テル」からでも聴こうわいとソファに座ったとたん、音楽に引き込まれ、釘付けになってしまった・・・・。
冒頭、「夜明け」での、チェロの深々とした響き。艶があって、色気があって、しかも優美。にもかかわらず、男性的な逞しさも併せもつ素晴らしい低音。
何と美しいチェロ。ワクワクするような開始。
テンポもゆったりとして実に心地よい。ヨーロッパの、深い森を思わせるような素晴らしい音。
録音も極上。いつも思うのだが、デュトワ/モントリオール響のCDは、ホンマに最高のオーケストラ録音。左右上下に良く音が広がって、しかも奥行きが実に深い音場。個々の楽器の艶やかさも十分で、実に新鮮な録音が気持ちいい。DECCAの技術に感嘆。
さて、「嵐」の場面では、バリバリ鳴る金管が気持ちよい。その金管、音を割って吹いているのだがちっとも下卑た音にならず、上品に志操高く鳴る。これ、聴いていてたまらない快感。コンサートホールでもこんなイイ音で聴けないだろうなぁ。
いやはやオーケストラ音楽を家庭で聴く醍醐味、ここにあり。
「牧歌」でのコーラングレやフルートの懐かしいまでの響き。テンポも中庸で心地よく、アンサンブルも完璧。高原の空気のような、深い森の緑のような爽やかなアンサンブル、そして響き。ああ、イイ音。
お待ちかね「スイス独立軍の行進」。
トランペットの金色の響き。そしてロッシーニ・クレッシェンド。オーケストラが輝くばかりのサウンドを鳴らし、弦楽器群は鮮やかな弓さばき。
素晴らしい盛り上がり、オケ全体が黄金色に光り出す。光彩陸離たる名演とはこのことか。生理的な快感でもある。
いやもう、デュトワ/モントリオール響の圧倒的な演奏に、ただただ舌を巻くばかり。
もちろん、「ウィリアム・テル」だけでなく他の演奏も見事なもんです。
(尤も、ロッシーニの序曲は金太郎飴的なところがあって、だからまあ、どれを聴いてもオイシイのだが)
このCDの収録はこんなもんです。
1.歌劇「絹のはしご」序曲
2.歌劇「セミラーミデ」序曲
3.歌劇「どろぼうかささぎ」序曲
4.歌劇「ウィリアム・テル」序曲
5.歌劇「セビリャの理髪師」序曲
6.歌劇「アルジェのイタリア女」序曲
7.歌劇「ブルスキーノ氏」序曲
8.歌劇「シンデレラ」序曲
これほどの曲が揃って、しかも大名演。
それが1000円程度で、家庭で聴けてしまう幸福。
なんとまあ有り難い時代でありましょう。
2006/06/16のBlog
[ 02:34 ]
[ 協奏曲 ]
Doblogのメンテナンスのため、3日間のお休みでありました。
久しぶりに自分のブログを開いてみると、おお、だいぶ軽くなったような・・・・。
さて、休み明けに選んだのは、これがまた我らシロウトの大々愛好曲であります。
ヴィヴァルディの協奏曲集「四季」。
トレヴァー・ピノック指揮イングリッシュ・コンサートの演奏。
ソロ・ヴァイオリンはサイモン・スタンデイジ。チェンバロは指揮のピノック自身。
1981年10月の録音。デジタル初期の、そしてピノック/イングリッシュ・コンサートが盛んにレコーディングしていた時期の演奏。
スタンデイジのヴァイオリンは「ジャン・バティスタ・ロゼリ」(1699年)という銘器だそうな。
「春」の第1楽章、鳥の囀りがあちこちから聞こえてくるような爽やかな演奏。
リズムがよく弾んで推進力があり、いかにも爽快溌剌。春の息吹が部屋中に満ちてくるような若々しい演奏。
スタンデイジのソロ・ヴァイオリンがまた躍動的で清潔感に満ちている。若葉の黄緑色の雰囲気が漂うヴァイオリン。響きは細身なのだが、フレッシュでスタイリッシュ、引き締まった感じがとても若々しくて素敵。こんなに贅肉のない、シェイプアップされたヴァイオリンは、なかなか聴けないんじゃないか。巧拙云々より、その上品で清潔な演奏に魅せられてしまう。
第2楽章での装飾音など、その最たるもので、清々しく瑞々しい。見事なヴァイオリン。(銘器ジャン・バティスタ・ロゼリの持つ響きも素晴らしいのだろうなぁ)
ピノックのチェンバロも活気があって若い。イングリッシュ・コンサートは、録音当時としては、新時代のバロック演奏を感じさせるアンサンブルだった。この頃、古楽器演奏の中心は間違いなくイギリスにあった・・・。
「夏」では、緩急の対比が面白い。快速なところでは劇性に富んでいる。突進力とでも云うべきか、非常に激しい演奏を展開してゆく。ソロ・ヴァイオリンは短めのフレージングで、切羽詰まったような迫力を感じさせる。「春」とはうって変わって、激しく鋭い音色。装飾音も、一瞬、金切り声のような、そう、悲鳴のような響きのところもある。第3楽章など、オケ全体がきつめの響き。夏の嵐の激しさだ。
「秋」は冒頭から喜びに溢れた演奏。オケ全体が明るく伸び伸びとしている。スタンデイジのヴァイオリンはここでも鮮やか。颯爽と快速パッセージを弾きこなしてゆく。巧いもんだ。静謐な部分ではハッとするようなニュアンスを感じさせるのも見事だと思う。
第2楽章以降ではピノックのチェンバロがイイ。あまり変わったことはしていないのだが、清潔で端正、確かな通奏低音だと思う。第3楽章での装飾はセンスが良い。
「冬」でもピノックのチェンバロの装飾が楽しい。イングリッシュ・コンサートのアンサンブルは緊密、スタンデイジのヴァイオリンとの呼吸もピッタリ。
「ラルゴ」は速めのテンポでサラっとした感じだが、瑞々しい抒情が流れてゆく。適度な装飾がほのぼのとした冬のイメージを広げてゆく。
録音から25年。
今も聴いても爽やかそのものの演奏であります。
ピノックの全盛期だったのかもしれません。
さて、このDoblog、コメント書き込み等、かなり軽くなったような気もします。
どうぞ、また色々教えてください。
よろしくお願いします。
久しぶりに自分のブログを開いてみると、おお、だいぶ軽くなったような・・・・。
さて、休み明けに選んだのは、これがまた我らシロウトの大々愛好曲であります。
ヴィヴァルディの協奏曲集「四季」。
トレヴァー・ピノック指揮イングリッシュ・コンサートの演奏。
ソロ・ヴァイオリンはサイモン・スタンデイジ。チェンバロは指揮のピノック自身。
1981年10月の録音。デジタル初期の、そしてピノック/イングリッシュ・コンサートが盛んにレコーディングしていた時期の演奏。
スタンデイジのヴァイオリンは「ジャン・バティスタ・ロゼリ」(1699年)という銘器だそうな。
「春」の第1楽章、鳥の囀りがあちこちから聞こえてくるような爽やかな演奏。
リズムがよく弾んで推進力があり、いかにも爽快溌剌。春の息吹が部屋中に満ちてくるような若々しい演奏。
スタンデイジのソロ・ヴァイオリンがまた躍動的で清潔感に満ちている。若葉の黄緑色の雰囲気が漂うヴァイオリン。響きは細身なのだが、フレッシュでスタイリッシュ、引き締まった感じがとても若々しくて素敵。こんなに贅肉のない、シェイプアップされたヴァイオリンは、なかなか聴けないんじゃないか。巧拙云々より、その上品で清潔な演奏に魅せられてしまう。
第2楽章での装飾音など、その最たるもので、清々しく瑞々しい。見事なヴァイオリン。(銘器ジャン・バティスタ・ロゼリの持つ響きも素晴らしいのだろうなぁ)
ピノックのチェンバロも活気があって若い。イングリッシュ・コンサートは、録音当時としては、新時代のバロック演奏を感じさせるアンサンブルだった。この頃、古楽器演奏の中心は間違いなくイギリスにあった・・・。
「夏」では、緩急の対比が面白い。快速なところでは劇性に富んでいる。突進力とでも云うべきか、非常に激しい演奏を展開してゆく。ソロ・ヴァイオリンは短めのフレージングで、切羽詰まったような迫力を感じさせる。「春」とはうって変わって、激しく鋭い音色。装飾音も、一瞬、金切り声のような、そう、悲鳴のような響きのところもある。第3楽章など、オケ全体がきつめの響き。夏の嵐の激しさだ。
「秋」は冒頭から喜びに溢れた演奏。オケ全体が明るく伸び伸びとしている。スタンデイジのヴァイオリンはここでも鮮やか。颯爽と快速パッセージを弾きこなしてゆく。巧いもんだ。静謐な部分ではハッとするようなニュアンスを感じさせるのも見事だと思う。
第2楽章以降ではピノックのチェンバロがイイ。あまり変わったことはしていないのだが、清潔で端正、確かな通奏低音だと思う。第3楽章での装飾はセンスが良い。
「冬」でもピノックのチェンバロの装飾が楽しい。イングリッシュ・コンサートのアンサンブルは緊密、スタンデイジのヴァイオリンとの呼吸もピッタリ。
「ラルゴ」は速めのテンポでサラっとした感じだが、瑞々しい抒情が流れてゆく。適度な装飾がほのぼのとした冬のイメージを広げてゆく。
録音から25年。
今も聴いても爽やかそのものの演奏であります。
ピノックの全盛期だったのかもしれません。
さて、このDoblog、コメント書き込み等、かなり軽くなったような気もします。
どうぞ、また色々教えてください。
よろしくお願いします。
2006/06/12のBlog
[ 04:23 ]
[ 交響曲 ]
Doblogのメンテナンスが始まります。
今日12日から15日(木)まで3日間の予定で行われるようです。
ここのところ、かなり重かったので、メンテナンスに期待しましょう。
さて、今日はモーツァルトを。
交響曲第39番変ホ長調 K.543。
カール・ベーム指揮ベルリン・フィルの演奏。 1960年の録音。DG盤。
ベームは、晩年に後期交響曲集をVPOで再録音しているので、これは旧盤ということになる。
こちら、旧盤の方がベームらしさがよく出ていると思う。
ベーム爺さんらしい、謹厳実直、マジメで勤労意欲十分な演奏と云ったら叱られようか(^^ゞ
第1楽章から壮麗な開始。スケール雄大。スピーカーに正対していると、左右上下に音がどんどん拡散して、部屋中に大オーケストラによるモーツァルトが展開する。最近、殆ど聴くことが出来なくなったフル・オーケストラのモーツァルト。開始早々、昔懐かしくなる。
演奏はゆったりとした、しかし正鵠なテンポで、すこぶる恰幅がよい。大人風の音楽になっている。テンポは遅いのだが、克明な弦の刻みもあって、全体的には推進力に満ちているのが好ましい。
ベルリンのイエス・キリスト教会での録音なので、残響豊かで聴きやすい音になっている。ベルリン・フィルの音は腰がすわっていて重心低く、剛毅な響き。この交響曲の格調高さを支えている。
第2楽章は流麗でしなやかなアンサンブルが聴きもの。ベルリン・フィルの自発性も十分、個々の楽器が実によく鳴っている。昔ながらのドイツの音、強く逞しい響きの中に、モーツァルトの微笑みが漂ってくる。
第3楽章メヌエットも確実で謹厳な演奏。フル・オーケストラで演奏しているので、リズムが少し重くなった感もあるが、この重厚さは、正統的な格調の高さの証でもある。
それにベーム独特の構成感が良い。しっかり弾いてくれる安心感もある。ベームの顔は、どう見ても厳父の表情なのだが、このメヌエットは、トリオの優雅さもあって、母なる慈愛に満ちている。幸福な音楽だなぁと思う。クラリネットの音色など、もう最高。
ラスト第4楽章は、堂々たる終曲。輝かしくスケールの大きな巨匠の音楽になっている。ドイツ風の重厚な響きはここでも健在。中間部での穏やかな表情は実に美しい。
これは、ベームのおびただしいディスクの中でも名盤だと思います。
ああ、かつてはこういうモーツァルトが本筋の時代もあったのだと感慨を覚えました。あ、ボクにとっては今もこれが本筋か。
では、3日間、「クラシック音楽のひとりごと」は休憩であります。
お読みいただき、いつも有り難うございます。
今日12日から15日(木)まで3日間の予定で行われるようです。
ここのところ、かなり重かったので、メンテナンスに期待しましょう。
さて、今日はモーツァルトを。
交響曲第39番変ホ長調 K.543。
カール・ベーム指揮ベルリン・フィルの演奏。 1960年の録音。DG盤。
ベームは、晩年に後期交響曲集をVPOで再録音しているので、これは旧盤ということになる。
こちら、旧盤の方がベームらしさがよく出ていると思う。
ベーム爺さんらしい、謹厳実直、マジメで勤労意欲十分な演奏と云ったら叱られようか(^^ゞ
第1楽章から壮麗な開始。スケール雄大。スピーカーに正対していると、左右上下に音がどんどん拡散して、部屋中に大オーケストラによるモーツァルトが展開する。最近、殆ど聴くことが出来なくなったフル・オーケストラのモーツァルト。開始早々、昔懐かしくなる。
演奏はゆったりとした、しかし正鵠なテンポで、すこぶる恰幅がよい。大人風の音楽になっている。テンポは遅いのだが、克明な弦の刻みもあって、全体的には推進力に満ちているのが好ましい。
ベルリンのイエス・キリスト教会での録音なので、残響豊かで聴きやすい音になっている。ベルリン・フィルの音は腰がすわっていて重心低く、剛毅な響き。この交響曲の格調高さを支えている。
第2楽章は流麗でしなやかなアンサンブルが聴きもの。ベルリン・フィルの自発性も十分、個々の楽器が実によく鳴っている。昔ながらのドイツの音、強く逞しい響きの中に、モーツァルトの微笑みが漂ってくる。
第3楽章メヌエットも確実で謹厳な演奏。フル・オーケストラで演奏しているので、リズムが少し重くなった感もあるが、この重厚さは、正統的な格調の高さの証でもある。
それにベーム独特の構成感が良い。しっかり弾いてくれる安心感もある。ベームの顔は、どう見ても厳父の表情なのだが、このメヌエットは、トリオの優雅さもあって、母なる慈愛に満ちている。幸福な音楽だなぁと思う。クラリネットの音色など、もう最高。
ラスト第4楽章は、堂々たる終曲。輝かしくスケールの大きな巨匠の音楽になっている。ドイツ風の重厚な響きはここでも健在。中間部での穏やかな表情は実に美しい。
これは、ベームのおびただしいディスクの中でも名盤だと思います。
ああ、かつてはこういうモーツァルトが本筋の時代もあったのだと感慨を覚えました。あ、ボクにとっては今もこれが本筋か。
では、3日間、「クラシック音楽のひとりごと」は休憩であります。
お読みいただき、いつも有り難うございます。
2006/06/11のBlog
[ 05:08 ]
[ 器楽曲 ]
最近、早朝覚醒で困っておりまして、4時間くらいで目が覚めてしまう。それで起きてしまうと、ボーッと一日がシンドイので、また床に入るのだがどうもグッスリ寝ていないようなだるさがありましてね・・・。
こういうときは、いにしえのカイザーリンク伯爵よろしく、「ゴルトベルク変奏曲」でも聴こうと思いまして・・・。
取り出したのはアクセンフェルト盤。
ゆっくりしたテンポで始まる主題。チェンバロの響きがたいそう美しい。心ゆくまで歌うチェンバロ。清潔で透明、素朴で爽やかな音色が部屋に満ちるのは、実に心地よい。至福の時でありますな。
2枚組6400円。さすがにこんな高価なCDは今はないだろう。発売は1985年。
職場の先輩が、ボクがクラシック音楽好きであることを知って、結婚祝いに贈ってくれた大切ななCDでもあります。
当時CDはホンマに貴重な贅沢品だったのだ。CDプレーヤーも高かった。
だから、この「ゴルトベルク変奏曲」、貧乏だった若い時代が甦ってくる・・・・。ついつい膝をただして聴いたりして。
気楽に聴けないのはアクセンフェルトの演奏姿勢にもよる。
端正で正統ドイツ風、真剣そのもの。一生懸命バッハに取り組んで、格闘した末のバッハ像が提示されている・・・そんな感じの演奏。その格闘のプロセスが聴き手に伝わって、感動的なバッハ演奏になっている。
こんな真摯な演奏は、そうは聴けないような気がする。素晴らしい。
(別に他の演奏が不真面目にやっているということではないのだが・・・(^^ゞ)
ああ、それにしても深みがあるイイ音。落ち着いた音。
この音を聴いていると、やはりバッハの音楽はチェンバロで聴くのが本筋かと思う。
ライナーノートの中でアクセンフェルトはこう云ってます。
「(バッハの曲は)私はほんの数曲、ピアノで弾くことが出来る作品があると思います。でもレコード一枚分にはならないでしょう。あとは、どう考えたってチェンバロで弾く方が望ましいし、バッハの考えた音の世界はチェンバロでしか表現できない・・・少なくとも私にはそう思えます。」
老女史の素敵なバッハでありました。
最後まで聴いてしまって・・・結局寝るのが遅くなりましたな。
でも、安眠できそうであります。
ということで、今日はJ・S・バッハの「ゴルトベルク変奏曲」でありました。
チェンバロ独奏はエディット・ピヒト=アクセンフェルト。
1983年9月、東久留米市の聖グレゴリオの家での録音。
カメラータ盤です。
こういうときは、いにしえのカイザーリンク伯爵よろしく、「ゴルトベルク変奏曲」でも聴こうと思いまして・・・。
取り出したのはアクセンフェルト盤。
ゆっくりしたテンポで始まる主題。チェンバロの響きがたいそう美しい。心ゆくまで歌うチェンバロ。清潔で透明、素朴で爽やかな音色が部屋に満ちるのは、実に心地よい。至福の時でありますな。
2枚組6400円。さすがにこんな高価なCDは今はないだろう。発売は1985年。
職場の先輩が、ボクがクラシック音楽好きであることを知って、結婚祝いに贈ってくれた大切ななCDでもあります。
当時CDはホンマに貴重な贅沢品だったのだ。CDプレーヤーも高かった。
だから、この「ゴルトベルク変奏曲」、貧乏だった若い時代が甦ってくる・・・・。ついつい膝をただして聴いたりして。
気楽に聴けないのはアクセンフェルトの演奏姿勢にもよる。
端正で正統ドイツ風、真剣そのもの。一生懸命バッハに取り組んで、格闘した末のバッハ像が提示されている・・・そんな感じの演奏。その格闘のプロセスが聴き手に伝わって、感動的なバッハ演奏になっている。
こんな真摯な演奏は、そうは聴けないような気がする。素晴らしい。
(別に他の演奏が不真面目にやっているということではないのだが・・・(^^ゞ)
ああ、それにしても深みがあるイイ音。落ち着いた音。
この音を聴いていると、やはりバッハの音楽はチェンバロで聴くのが本筋かと思う。
ライナーノートの中でアクセンフェルトはこう云ってます。
「(バッハの曲は)私はほんの数曲、ピアノで弾くことが出来る作品があると思います。でもレコード一枚分にはならないでしょう。あとは、どう考えたってチェンバロで弾く方が望ましいし、バッハの考えた音の世界はチェンバロでしか表現できない・・・少なくとも私にはそう思えます。」
老女史の素敵なバッハでありました。
最後まで聴いてしまって・・・結局寝るのが遅くなりましたな。
でも、安眠できそうであります。
ということで、今日はJ・S・バッハの「ゴルトベルク変奏曲」でありました。
チェンバロ独奏はエディット・ピヒト=アクセンフェルト。
1983年9月、東久留米市の聖グレゴリオの家での録音。
カメラータ盤です。
2006/06/10のBlog
[ 04:09 ]
[ 協奏曲 ]
今日はショパンのピアノ協奏曲第2番ヘ短調Op.21。
ベラ・ダヴィドヴィッチのピアノ独奏、ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管の伴奏。
1982年、ロンドンのウォルサムストウでの録音、フィリップス盤。
第1楽章の出だし、マリナーはフレージングをやや浅めにとって、清潔で爽やかな伴奏を心がけている。テンポは幾分速めで、サラッとした感触。ショパンのこの協奏曲は、青春の憧れと感傷に溢れた名曲。マリナー/アカデミー室内管の音は、青春の音楽にふさわしいと思う。ただ、録音のせいか、ややこもり気味なのが惜しい。
ダヴィドヴィッチのピアノは克明でやや重めのタッチ。一音一音が粒立ちよく、しっかり・クッキリ弾いている感じ。ロマンティックな解釈だと思うのだが、少しもたれるところもあるかな。伴奏の爽やかさとは、少し異質な感もあるが、協奏曲はだからこそ面白い。しかし、音色は綺麗。強いタッチでも濁らずに、輝くような音。この人のこと、よく知らんのだが(息子はヴァイオリニストなのは知っているが)、ヴィルトゥオーゾ風のピアニストなのかも。ショパン・コンクールの1位をチェルニー・ステファンスカと分け合っただけのことはあるなぁ。
お待ちかねの第2楽章。この旋律はホンマに美しく、若々しく、清冽で、そして懐かしい。
大学4年のちょうど今の季節、夜遅くまで図書館で卒論の資料収集をしていた頃を思い出す。その帰り道、突如、この旋律が頭に響いたことがあった。鼻歌でも歌えるよう綺麗なメロディ。あの頃、毎日のようにショパンの第2協奏曲を聴いていたからだろう。
今でもこの旋律を聴くと、図書館の本の匂いや並木道の緑の空気、そして、街灯が梅雨時の特有の湿気で霞んでいたこと・・・などを思い出す。
ショパンはだからボクにとっては青春の音楽家であって、この協奏曲は、青春の音楽なのであります。
ショパン自身、この協奏曲を作曲したのは19歳の時だった。この甘い旋律は、その若さを永遠に封印したようなものか。
ダヴィドヴィッチは重めのタッチでじっくり弾いてゆく。だから悲愴美が際だつのだが、もう少し軽めの方が青春の響きになるかも。
バックのマリナー/アカデミー室内管は丹念で素晴らしい伴奏。オケがよく書かれていないという作曲の未熟を十分に補っていると思う。
終楽章はメランコリックな演奏。
ダヴィドヴィッチは決然とした表情で、適度にルバートさせながら鮮やかなピアニズムで仕上げてゆく。オケも綺麗で文句なし。
四国は梅雨に入りました。今日も小雨でありました。
若者の雨、ショパンに似合う雨でありました。
ベラ・ダヴィドヴィッチのピアノ独奏、ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管の伴奏。
1982年、ロンドンのウォルサムストウでの録音、フィリップス盤。
第1楽章の出だし、マリナーはフレージングをやや浅めにとって、清潔で爽やかな伴奏を心がけている。テンポは幾分速めで、サラッとした感触。ショパンのこの協奏曲は、青春の憧れと感傷に溢れた名曲。マリナー/アカデミー室内管の音は、青春の音楽にふさわしいと思う。ただ、録音のせいか、ややこもり気味なのが惜しい。
ダヴィドヴィッチのピアノは克明でやや重めのタッチ。一音一音が粒立ちよく、しっかり・クッキリ弾いている感じ。ロマンティックな解釈だと思うのだが、少しもたれるところもあるかな。伴奏の爽やかさとは、少し異質な感もあるが、協奏曲はだからこそ面白い。しかし、音色は綺麗。強いタッチでも濁らずに、輝くような音。この人のこと、よく知らんのだが(息子はヴァイオリニストなのは知っているが)、ヴィルトゥオーゾ風のピアニストなのかも。ショパン・コンクールの1位をチェルニー・ステファンスカと分け合っただけのことはあるなぁ。
お待ちかねの第2楽章。この旋律はホンマに美しく、若々しく、清冽で、そして懐かしい。
大学4年のちょうど今の季節、夜遅くまで図書館で卒論の資料収集をしていた頃を思い出す。その帰り道、突如、この旋律が頭に響いたことがあった。鼻歌でも歌えるよう綺麗なメロディ。あの頃、毎日のようにショパンの第2協奏曲を聴いていたからだろう。
今でもこの旋律を聴くと、図書館の本の匂いや並木道の緑の空気、そして、街灯が梅雨時の特有の湿気で霞んでいたこと・・・などを思い出す。
ショパンはだからボクにとっては青春の音楽家であって、この協奏曲は、青春の音楽なのであります。
ショパン自身、この協奏曲を作曲したのは19歳の時だった。この甘い旋律は、その若さを永遠に封印したようなものか。
ダヴィドヴィッチは重めのタッチでじっくり弾いてゆく。だから悲愴美が際だつのだが、もう少し軽めの方が青春の響きになるかも。
バックのマリナー/アカデミー室内管は丹念で素晴らしい伴奏。オケがよく書かれていないという作曲の未熟を十分に補っていると思う。
終楽章はメランコリックな演奏。
ダヴィドヴィッチは決然とした表情で、適度にルバートさせながら鮮やかなピアニズムで仕上げてゆく。オケも綺麗で文句なし。
四国は梅雨に入りました。今日も小雨でありました。
若者の雨、ショパンに似合う雨でありました。
2006/06/09のBlog
[ 04:42 ]
[ 声楽曲・オペラ ]
オペラはふだん聴くにはさすがに長尺。時間があるときにゆっくり聴きたいものだ・・・・と云いつつ、そうは時間がない。
今日はモーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」。
途中まで聴こうと思っていたら、とうとう最後まで聴いてしまった。やはり「フィガロ」は楽しい。
今日のCDは、演奏も良かった。とても良かった。
(とうより、これは昔からの定盤・名盤か)
カール・ベーム指揮ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団&合唱団の演奏。
1968年3月、ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。DG原盤。
歌手はそうそうたるメンバー。
ヘルマン・プライ(フィガロ)、エディト・マティス(スザンナ)、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(アルマヴィーヴァ伯爵)、グンドゥラ・ヤノヴィッツ(伯爵夫人)、タティアナ・トロヤノス(Ms:ケルビーノ)ほかの面々
いやはや役者が素晴らしい。そしてアンサンブルがすこぶる緊密。
スゴイ歌手を揃えているのに、こうも巧く合うものか。F=ディースカウにヘルマン・プライ、戦後ドイツを代表する2大バリトンの競演など圧倒的だと思う。
プライの歌うアリアを聴いていると、実にダンディなフィガロだなぁと思う。甘いマスクの色男に見えてくる(聞こえてくる)。これほどカッコイイ(少しイヤラシイ色気を含んだ)フィガロはなかなか聴けないんじゃないか。いや、全く、男が聴いて惚れ惚れする歌唱。
伯爵夫人のグンドラ・ヤノヴィッツは当時30歳。若い!。しかし、素晴らしい貫禄の伯爵夫人を聴かせる。美しい声の中に、過ぎゆく若き日々に感傷的になる夫人の心情・哀しみが響く。すごい表現力だなぁと思う。
トロヤノスも若い。後年のトロヤノスは声がきつくなってボクは好みではないのだが、、この時のケルビーノは若々しさが十分に発揮されている。ベームの落ち着いたテンポで歌う「恋とはどんなものかしら」は、堂々とした歌いっぷり。
マティスの可憐さは言わずもがな。このスザンナの可愛らしさ(声がもうチャーミング)は最高だなぁ。
レチタティーヴォも綺麗。この部分がおざなりだと「フィガロ」は面白くないのだが、、ベーム盤は実に楽しい。
ベームの正確無比のテンポと誠実な設計も好ましい。
歌手たちが気持ちよく歌っているのが分かる。「自分で自分が分からない」、「もう飛ぶまいぞこの蝶々」、伯爵夫人のモノローグなど、実に自然に歌っている。
惜しいのは少し管弦楽が硬いこと。ベルリンのイエス・キリスト教会での録音なので、美しい残響をともなっているのだが、オケそのものの限界なのか(特徴か?)、響きが硬くなっているのが残念。ああ、これがウィーン・フィルだったら古今無双、銀河系最強の名盤たりえたろうに・・・・。
最後まで聴いてしまって、結局もう一度、1枚目を聴き直してしまいました。
これ、エヴァー・グリーン的な演奏であります。
今日はモーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」。
途中まで聴こうと思っていたら、とうとう最後まで聴いてしまった。やはり「フィガロ」は楽しい。
今日のCDは、演奏も良かった。とても良かった。
(とうより、これは昔からの定盤・名盤か)
カール・ベーム指揮ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団&合唱団の演奏。
1968年3月、ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。DG原盤。
歌手はそうそうたるメンバー。
ヘルマン・プライ(フィガロ)、エディト・マティス(スザンナ)、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(アルマヴィーヴァ伯爵)、グンドゥラ・ヤノヴィッツ(伯爵夫人)、タティアナ・トロヤノス(Ms:ケルビーノ)ほかの面々
いやはや役者が素晴らしい。そしてアンサンブルがすこぶる緊密。
スゴイ歌手を揃えているのに、こうも巧く合うものか。F=ディースカウにヘルマン・プライ、戦後ドイツを代表する2大バリトンの競演など圧倒的だと思う。
プライの歌うアリアを聴いていると、実にダンディなフィガロだなぁと思う。甘いマスクの色男に見えてくる(聞こえてくる)。これほどカッコイイ(少しイヤラシイ色気を含んだ)フィガロはなかなか聴けないんじゃないか。いや、全く、男が聴いて惚れ惚れする歌唱。
伯爵夫人のグンドラ・ヤノヴィッツは当時30歳。若い!。しかし、素晴らしい貫禄の伯爵夫人を聴かせる。美しい声の中に、過ぎゆく若き日々に感傷的になる夫人の心情・哀しみが響く。すごい表現力だなぁと思う。
トロヤノスも若い。後年のトロヤノスは声がきつくなってボクは好みではないのだが、、この時のケルビーノは若々しさが十分に発揮されている。ベームの落ち着いたテンポで歌う「恋とはどんなものかしら」は、堂々とした歌いっぷり。
マティスの可憐さは言わずもがな。このスザンナの可愛らしさ(声がもうチャーミング)は最高だなぁ。
レチタティーヴォも綺麗。この部分がおざなりだと「フィガロ」は面白くないのだが、、ベーム盤は実に楽しい。
ベームの正確無比のテンポと誠実な設計も好ましい。
歌手たちが気持ちよく歌っているのが分かる。「自分で自分が分からない」、「もう飛ぶまいぞこの蝶々」、伯爵夫人のモノローグなど、実に自然に歌っている。
惜しいのは少し管弦楽が硬いこと。ベルリンのイエス・キリスト教会での録音なので、美しい残響をともなっているのだが、オケそのものの限界なのか(特徴か?)、響きが硬くなっているのが残念。ああ、これがウィーン・フィルだったら古今無双、銀河系最強の名盤たりえたろうに・・・・。
最後まで聴いてしまって、結局もう一度、1枚目を聴き直してしまいました。
これ、エヴァー・グリーン的な演奏であります。
2006/06/08のBlog
[ 05:05 ]
[ 協奏曲 ]
今日は爽やかな音楽を抒情派ピアニストで聴きます。
グリーグのピアノ協奏曲イ短調。
ラドゥ・ルプーのピアノ独奏、アンドレ・プレヴィン指揮ロンドン交響楽団の演奏。
1973年録音のDECCA盤。
購入して25年、愛聴盤であります。
ルプーのピアノが流れると、部屋の中が涼しくなる。
冷涼な空気が入ってくるかのようだ。
優しく暖かい音色。澄んだ高原の空気のような、初夏の光る朝露のような、何とも清々しいピアノで、気分が良くなる。ミントの香りのような。スーッとする感覚と云ったら良いだろうか。
そして、時にピアノが泣く。涙を流す。
ヴァイオリンがむせび泣くのはよくある話だが、ルプーのピアノは涙を流す。抒情が一杯詰まっている。感傷的な雰囲気も漂う。
しかも感興に富んで、ニュアンス多彩。表情も刻一刻と変化してゆく。
素晴らしいピアノだと思う。
さて第1楽章。新鮮な、生まれたばかりのような音、極上のピアノが鳴り渡る。
オケも素晴らしい。プレヴィン/LSOがとても優しく伴奏を付ける。木管のデリカシーはプレヴィンならではだし、弦楽器群の柔らかな響きも格別。
何よりピアニストと指揮者・オケの一体感が素晴らしい。プレヴィンは本当に合わせものが巧い指揮者だと思う。
第2楽章冒頭、あの懐かしく優しい響きのストリングス。プレヴィンはこの旋律を美しく、はかなく、これしかないテンポで歌わせる。
そこに弱音で滑り込んでくるルプーのピアノが、キラキラと光がこぼれ落ちるような輝き。やがて、ピアノとオケの美しく抒情的な会話が始まる。
音楽は北欧のムード満点。部屋が涼しい空気に満たされてゆくような感じ。何という抒情的な音楽をグリーグは書いたのだろう・・と思う。
終楽章でもピアノの抒情性は変わらず。フルートなどの木管楽器が涼やかに、時に華やかに鳴り響く。第2主題などため息が出る美しさ。
コーダでの豪快な盛り上がりがまた見事だが、音楽のフォルムは崩れない。スタイリッシュな仕上げと云っていいかもしれない。颯爽とした若武者の、夢見るような覇気が伝わってくる演奏。
この演奏は、美しい青春の音楽であります。
ピアニストも若いし、指揮者も若かった。若いときにしか出来ない演奏であります。
光り輝く、しかし青みがかった鮮烈さ。この若さはかけがえのないものです。
録音から30年以上過ぎて、しかしまだ最高の水準を保っています。
DECCAらしく鮮やかな音づくり。今も全く色褪せない素晴らしい録音ですな。
カップリングはシューマンのピアノ協奏曲。これも名演です。
グリーグのピアノ協奏曲イ短調。
ラドゥ・ルプーのピアノ独奏、アンドレ・プレヴィン指揮ロンドン交響楽団の演奏。
1973年録音のDECCA盤。
購入して25年、愛聴盤であります。
ルプーのピアノが流れると、部屋の中が涼しくなる。
冷涼な空気が入ってくるかのようだ。
優しく暖かい音色。澄んだ高原の空気のような、初夏の光る朝露のような、何とも清々しいピアノで、気分が良くなる。ミントの香りのような。スーッとする感覚と云ったら良いだろうか。
そして、時にピアノが泣く。涙を流す。
ヴァイオリンがむせび泣くのはよくある話だが、ルプーのピアノは涙を流す。抒情が一杯詰まっている。感傷的な雰囲気も漂う。
しかも感興に富んで、ニュアンス多彩。表情も刻一刻と変化してゆく。
素晴らしいピアノだと思う。
さて第1楽章。新鮮な、生まれたばかりのような音、極上のピアノが鳴り渡る。
オケも素晴らしい。プレヴィン/LSOがとても優しく伴奏を付ける。木管のデリカシーはプレヴィンならではだし、弦楽器群の柔らかな響きも格別。
何よりピアニストと指揮者・オケの一体感が素晴らしい。プレヴィンは本当に合わせものが巧い指揮者だと思う。
第2楽章冒頭、あの懐かしく優しい響きのストリングス。プレヴィンはこの旋律を美しく、はかなく、これしかないテンポで歌わせる。
そこに弱音で滑り込んでくるルプーのピアノが、キラキラと光がこぼれ落ちるような輝き。やがて、ピアノとオケの美しく抒情的な会話が始まる。
音楽は北欧のムード満点。部屋が涼しい空気に満たされてゆくような感じ。何という抒情的な音楽をグリーグは書いたのだろう・・と思う。
終楽章でもピアノの抒情性は変わらず。フルートなどの木管楽器が涼やかに、時に華やかに鳴り響く。第2主題などため息が出る美しさ。
コーダでの豪快な盛り上がりがまた見事だが、音楽のフォルムは崩れない。スタイリッシュな仕上げと云っていいかもしれない。颯爽とした若武者の、夢見るような覇気が伝わってくる演奏。
この演奏は、美しい青春の音楽であります。
ピアニストも若いし、指揮者も若かった。若いときにしか出来ない演奏であります。
光り輝く、しかし青みがかった鮮烈さ。この若さはかけがえのないものです。
録音から30年以上過ぎて、しかしまだ最高の水準を保っています。
DECCAらしく鮮やかな音づくり。今も全く色褪せない素晴らしい録音ですな。
カップリングはシューマンのピアノ協奏曲。これも名演です。
2006/06/07のBlog
[ 02:56 ]
[ 交響曲 ]
ブルックナーの交響曲を聴くのは大河小説を読むような感じ。
あるいは、音の大建築・大伽藍をゆっくり見てまわる感じ。
そういえば、のんびりと野山を散策するような感じもあるな・・・・・。
今日はその中でも、大伽藍交響曲・・・とでも云うべき音楽。
ブルックナーの交響曲第5番変ロ長調。
ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏。
1970年11月、プラハの芸術の家での録音。DENONのクレスト1000シリーズで購入したが、本来はSUPRAPHON原盤。
ライナーによれば、楽譜は原典版を基調に、一部改訂版を用いているとのこと。ボクは楽譜のことがよく分からないので、偉そうなことは云えないのだが、時々「あれ?」というところがあって(ティンパニの強打とか)、面白かった。
それにマタチッチらしい、テンポの揺れ、壮大なスケール、迫力十分のオケの響きなど、とても楽しめる演奏だと思う。
録音も良い。1970年というのに、ちっとも古くない。現役盤の中で十分にやっていける。ホールトーンが美しく、いかにもブルックナー的な残響の中に身を浸す快感がある。
第1楽章のスケール雄大な開始。トランペットが朗々と鳴る、その音の美しいこと。それに、よく言われることだが、チェコ・フィルの弦が良い。穏やかでほのかに甘く、決してハデではないのだが、よく響く芯のある音色。やや軽めの音色もとても綺麗。
マタチッチのテンポは堂々とした王者の歩み。金管の咆吼は逞しく、男性的な鳴りっぷり。長大で堅牢なこの交響曲の第1楽章として、見事な開始だと思う。
楽章の終盤で、「お?」と思わせるアッチェランドがあったり、楽章ラストは強烈な音。もの凄い締めくくり。
第2楽章は、さらに遅く、美しいアダージョになっている。
弦のピチカートに乗るオーボエの淋しさ、美しさ。その後に出てくる弦のトゥッティが、荘厳な響きをつくり出す。教会での祈りの表情か。カトリックの大聖堂を思わせるような壮大な響き。敬虔な音楽。ああ、これがブルックナーの声だと思う。
チェコ・フィルのストリングスが素晴らしい。穏やかで慎ましく、何とも云えぬイイ音。ギラつかず、上滑りにならず、心のこもった音。弦の間から哀しみさえ漂ってくる。
マタチッチの指揮はおおらかなもの。細部に拘泥せず、大局的な指揮というべきかな。
フレージングが実に気持ちいい。ホンマ、ゆったりとした気持ちで聴ける。マタチッチのバトンのおかげだろう。
第3楽章は快速のスケルツォ。推進力のある迫力満点の音。4つの楽章の中では最も短い楽章(11分)なのだが、あまり速く感じないのは、音楽の中身が一杯に詰まっているからだろう。チェコ・フィルがよく鳴って、スケール豊かで壮大な音楽。
終楽章は今までのエピソードが次々に現れてくる楽しい楽章。そして、一部改訂版を用いているためか、テンポが良く動き、ラストなど壮大な盛り上がり、ちとやり過ぎかいなと思わせるところもある。コーダなど、激烈な演奏。
マタチッチは貫禄十分。ド派手なところ、やりたい放題のところもあり。
しかし、この長大な交響曲を見事に、雄大に、豪壮に、締めくくる。
ああ、良いブルックナーだったなぁ。
マタチッチは、素晴らしいブルックナー指揮者だったと思います。
あるいは、音の大建築・大伽藍をゆっくり見てまわる感じ。
そういえば、のんびりと野山を散策するような感じもあるな・・・・・。
今日はその中でも、大伽藍交響曲・・・とでも云うべき音楽。
ブルックナーの交響曲第5番変ロ長調。
ロヴロ・フォン・マタチッチ指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏。
1970年11月、プラハの芸術の家での録音。DENONのクレスト1000シリーズで購入したが、本来はSUPRAPHON原盤。
ライナーによれば、楽譜は原典版を基調に、一部改訂版を用いているとのこと。ボクは楽譜のことがよく分からないので、偉そうなことは云えないのだが、時々「あれ?」というところがあって(ティンパニの強打とか)、面白かった。
それにマタチッチらしい、テンポの揺れ、壮大なスケール、迫力十分のオケの響きなど、とても楽しめる演奏だと思う。
録音も良い。1970年というのに、ちっとも古くない。現役盤の中で十分にやっていける。ホールトーンが美しく、いかにもブルックナー的な残響の中に身を浸す快感がある。
第1楽章のスケール雄大な開始。トランペットが朗々と鳴る、その音の美しいこと。それに、よく言われることだが、チェコ・フィルの弦が良い。穏やかでほのかに甘く、決してハデではないのだが、よく響く芯のある音色。やや軽めの音色もとても綺麗。
マタチッチのテンポは堂々とした王者の歩み。金管の咆吼は逞しく、男性的な鳴りっぷり。長大で堅牢なこの交響曲の第1楽章として、見事な開始だと思う。
楽章の終盤で、「お?」と思わせるアッチェランドがあったり、楽章ラストは強烈な音。もの凄い締めくくり。
第2楽章は、さらに遅く、美しいアダージョになっている。
弦のピチカートに乗るオーボエの淋しさ、美しさ。その後に出てくる弦のトゥッティが、荘厳な響きをつくり出す。教会での祈りの表情か。カトリックの大聖堂を思わせるような壮大な響き。敬虔な音楽。ああ、これがブルックナーの声だと思う。
チェコ・フィルのストリングスが素晴らしい。穏やかで慎ましく、何とも云えぬイイ音。ギラつかず、上滑りにならず、心のこもった音。弦の間から哀しみさえ漂ってくる。
マタチッチの指揮はおおらかなもの。細部に拘泥せず、大局的な指揮というべきかな。
フレージングが実に気持ちいい。ホンマ、ゆったりとした気持ちで聴ける。マタチッチのバトンのおかげだろう。
第3楽章は快速のスケルツォ。推進力のある迫力満点の音。4つの楽章の中では最も短い楽章(11分)なのだが、あまり速く感じないのは、音楽の中身が一杯に詰まっているからだろう。チェコ・フィルがよく鳴って、スケール豊かで壮大な音楽。
終楽章は今までのエピソードが次々に現れてくる楽しい楽章。そして、一部改訂版を用いているためか、テンポが良く動き、ラストなど壮大な盛り上がり、ちとやり過ぎかいなと思わせるところもある。コーダなど、激烈な演奏。
マタチッチは貫禄十分。ド派手なところ、やりたい放題のところもあり。
しかし、この長大な交響曲を見事に、雄大に、豪壮に、締めくくる。
ああ、良いブルックナーだったなぁ。
マタチッチは、素晴らしいブルックナー指揮者だったと思います。
2006/06/06のBlog
[ 03:03 ]
[ 交響曲 ]
ここのところ、Doblogがまた重くなってきています。
今月は本格的なメンテナンスが行われるようで、12日から3日間は更新不能だとのこと、それ以後は、さてサクサクになるのかな・・・・?
(あまり、期待しないでおこうと思います。今さら、引っ越すつもりもないですしね・・・・・(^^ゞ)
さて、今日はマーラーの交響曲第6番「悲劇的」。
クラウディオ・アバド指揮シカゴ交響楽団の演奏。
1979年2月、シカゴのオーケストラ・ホールでの録音。
これはDGの全集からの1枚。
アバドはBPOとの再録音を進めていて(「悲劇的」では第2楽章と第3楽章を入れ替えて録音していた)、間もなくBPOによる新全集が完成するのだろうから、これは旧録音になる。
アバドのマーラー、世評高いのは新盤なのだろうが、ボクは旧盤のアバドも好き。
しなやかで若々しく、歌心満載なのだが、その歌に流されることなく造形がしっかりしているマーラー。
抒情的であるのだが、その情念に流されず知性も十分に発揮されているマーラー。
しかもDGの録音が素晴らしく、録音当時(1980年代、アバドのマーラーは絶賛だった)、ボクは欲しくてたまらなかったものだ・・・。
今やその全集が1万円弱で買えるという幸福な時代。ホンマ、有り難いことやなぁと思います。
さて、第1楽章。
アバドが振ると、シカゴ響の響きが柔らかくなる。そして、錯綜したマーラーの大規模管弦楽から、どれも生き生きとした旋律が飛び出てくる。主旋律も対向旋律もそれ以外のメロディも、全部しなやかに若々しく歌いながら、飛び出てくる。躍動的で新鮮で克明なマーラー、それがアバドの持ち味でもある。
ヴァイオリンの動きが実に克明。一音も揺るがせずにしっかり弾いているのが見えるような演奏。金管も木管も、楽々と吹いているのが分かる。破綻など全くなし。ホンマにシカゴ響は巧いなぁと思う。
ショルティ盤のマーラーも凄かったが、しなやかさ・瑞々しさではアバド盤が上。ショルティ盤は剛毅で男臭い、スポーツマン的なマーラー。アバド盤は、青春の歌が込められた知性と抒情が高い水準で一致したマーラー。
第2楽章も、物々しさや大袈裟からは遠い。若さと感性豊かな演奏。響きは明晰で鮮やか、指揮ぶりも筋道の通った感じ。
時々、ハッとするような表情・響きが聴ける。それが新鮮で暖かく、自然な歌に満ちているのがアバドの魅力。
シカゴ響のパワーは相変わらず。アンサンブルもすこぶる緊密。
第3楽章はアンダンテ。アバドの新盤は第2と第3楽章を入れ替えているが、シカゴ盤録音当時は、こちらの順番が普通だった。(バルビローリくらいのものだったろう)。
アバドのテンポは中庸で、淀みなくサラサラと哀しみの感情が流れてゆく。旋律の処理が実に巧みで心地よい。清冽な演奏になった。終盤は非常に感動的な高揚がある。
終楽章は、壮大な盛り上がり。しかし節度があって乱痴気騒ぎに堕さないところがアバド流。ハンマーの音も豪快で、シカゴ響の大迫力はさすがなだぁと思う。
録音が今聴くと、もう一歩かなとも思いますが、当時のアバドの自然で新鮮な演奏は、やはりエエなぁと感じました。
今月は本格的なメンテナンスが行われるようで、12日から3日間は更新不能だとのこと、それ以後は、さてサクサクになるのかな・・・・?
(あまり、期待しないでおこうと思います。今さら、引っ越すつもりもないですしね・・・・・(^^ゞ)
さて、今日はマーラーの交響曲第6番「悲劇的」。
クラウディオ・アバド指揮シカゴ交響楽団の演奏。
1979年2月、シカゴのオーケストラ・ホールでの録音。
これはDGの全集からの1枚。
アバドはBPOとの再録音を進めていて(「悲劇的」では第2楽章と第3楽章を入れ替えて録音していた)、間もなくBPOによる新全集が完成するのだろうから、これは旧録音になる。
アバドのマーラー、世評高いのは新盤なのだろうが、ボクは旧盤のアバドも好き。
しなやかで若々しく、歌心満載なのだが、その歌に流されることなく造形がしっかりしているマーラー。
抒情的であるのだが、その情念に流されず知性も十分に発揮されているマーラー。
しかもDGの録音が素晴らしく、録音当時(1980年代、アバドのマーラーは絶賛だった)、ボクは欲しくてたまらなかったものだ・・・。
今やその全集が1万円弱で買えるという幸福な時代。ホンマ、有り難いことやなぁと思います。
さて、第1楽章。
アバドが振ると、シカゴ響の響きが柔らかくなる。そして、錯綜したマーラーの大規模管弦楽から、どれも生き生きとした旋律が飛び出てくる。主旋律も対向旋律もそれ以外のメロディも、全部しなやかに若々しく歌いながら、飛び出てくる。躍動的で新鮮で克明なマーラー、それがアバドの持ち味でもある。
ヴァイオリンの動きが実に克明。一音も揺るがせずにしっかり弾いているのが見えるような演奏。金管も木管も、楽々と吹いているのが分かる。破綻など全くなし。ホンマにシカゴ響は巧いなぁと思う。
ショルティ盤のマーラーも凄かったが、しなやかさ・瑞々しさではアバド盤が上。ショルティ盤は剛毅で男臭い、スポーツマン的なマーラー。アバド盤は、青春の歌が込められた知性と抒情が高い水準で一致したマーラー。
第2楽章も、物々しさや大袈裟からは遠い。若さと感性豊かな演奏。響きは明晰で鮮やか、指揮ぶりも筋道の通った感じ。
時々、ハッとするような表情・響きが聴ける。それが新鮮で暖かく、自然な歌に満ちているのがアバドの魅力。
シカゴ響のパワーは相変わらず。アンサンブルもすこぶる緊密。
第3楽章はアンダンテ。アバドの新盤は第2と第3楽章を入れ替えているが、シカゴ盤録音当時は、こちらの順番が普通だった。(バルビローリくらいのものだったろう)。
アバドのテンポは中庸で、淀みなくサラサラと哀しみの感情が流れてゆく。旋律の処理が実に巧みで心地よい。清冽な演奏になった。終盤は非常に感動的な高揚がある。
終楽章は、壮大な盛り上がり。しかし節度があって乱痴気騒ぎに堕さないところがアバド流。ハンマーの音も豪快で、シカゴ響の大迫力はさすがなだぁと思う。
録音が今聴くと、もう一歩かなとも思いますが、当時のアバドの自然で新鮮な演奏は、やはりエエなぁと感じました。
2006/06/05のBlog
[ 05:20 ]
[ 管弦楽曲 ]
ジョギングを気持ちよく続けていますが、せいぜい5㎞程度。
距離を伸ばすと、最近は膝が痛くなってきます・・・・・ん~~トシですなぁ。
歩いたり走ったり、だましだましの時もあります。・・・・・・やれやれ。
さて、今日は豪快にホルストの「惑星」。
佐渡裕指揮NHK交響楽団の演奏。
2005年6月27日、東京オペラシティコンサートホール タケミツメモリアルでのライヴ録音。
昨年発売のホヤホヤの新盤。我が家には珍しい新譜。
精力的な指揮が楽しい佐渡の「惑星」ということで聴いてみた。
「火星」は精力的で徐々に高揚してゆく音楽。冒頭から汗が飛び散るような感じなのは、、佐渡のエネルギッシュな指揮姿を見たことがあるせいかもしれない。
N響のストリングスの魅力は今一歩かな。管楽器ももう一つ伸びが欲しいが、これは録音の加減かもしれない。
中間部はものものしい雰囲気。アンサンブルはライヴにしては上出来だと思う。聴きやすい響き。
「金星」のホルンの響きが良い。もう少し甘い音色で、優しく伸びてくれればとも思うが、全体的にはイイ音だろう。弦楽器はデリケートでなかなか魅力的。ソロ・ヴァイオリンが大変細身でしなやか。ヴァイオリン独特の色気はないが、よく歌ってくれる。
「惑星」と云えば、「木星」。
中間部の歌謡風の旋律は堂々として心地よい。テンポは遅め。この旋律はこのくらい遅くやってくれる方がイイ。
N響の演奏は非常に美しい。アンサンブルも良く綺麗なのだが、もう一つ迫力があってもイイかな。エレガントに美しく磨かれているだけに、パワー不足が惜しいなぁ。
終盤はテンポが速まって、その対比が見事。佐渡の設計も良い。打楽器の音が生々しいのもなかなかよろしい。
「土星」は管楽器のアンサンブルが聴きもの。「老いをもたらすもの」というサブタイトルのように、やや妖しげな魅力を含んだ演奏になっている。
「天王星」はティンパニの迫力がイイ。ファゴットやフルートの奇怪な音色は「魔術師」にふさわしい。
「海王星」も美しい演奏。響きが徐々に天上に抜けてゆく余韻は見事なもの。
佐渡裕の「惑星」、後半に進むほど調子が出てきます。
前半はアンサンブルや響きもイマイチだったのが、「木星」辺りからどんどん音楽が盛り上がって、オケ全体に活気が出てきます。
最後まで感興豊かに聴ける演奏でありました。
距離を伸ばすと、最近は膝が痛くなってきます・・・・・ん~~トシですなぁ。
歩いたり走ったり、だましだましの時もあります。・・・・・・やれやれ。
さて、今日は豪快にホルストの「惑星」。
佐渡裕指揮NHK交響楽団の演奏。
2005年6月27日、東京オペラシティコンサートホール タケミツメモリアルでのライヴ録音。
昨年発売のホヤホヤの新盤。我が家には珍しい新譜。
精力的な指揮が楽しい佐渡の「惑星」ということで聴いてみた。
「火星」は精力的で徐々に高揚してゆく音楽。冒頭から汗が飛び散るような感じなのは、、佐渡のエネルギッシュな指揮姿を見たことがあるせいかもしれない。
N響のストリングスの魅力は今一歩かな。管楽器ももう一つ伸びが欲しいが、これは録音の加減かもしれない。
中間部はものものしい雰囲気。アンサンブルはライヴにしては上出来だと思う。聴きやすい響き。
「金星」のホルンの響きが良い。もう少し甘い音色で、優しく伸びてくれればとも思うが、全体的にはイイ音だろう。弦楽器はデリケートでなかなか魅力的。ソロ・ヴァイオリンが大変細身でしなやか。ヴァイオリン独特の色気はないが、よく歌ってくれる。
「惑星」と云えば、「木星」。
中間部の歌謡風の旋律は堂々として心地よい。テンポは遅め。この旋律はこのくらい遅くやってくれる方がイイ。
N響の演奏は非常に美しい。アンサンブルも良く綺麗なのだが、もう一つ迫力があってもイイかな。エレガントに美しく磨かれているだけに、パワー不足が惜しいなぁ。
終盤はテンポが速まって、その対比が見事。佐渡の設計も良い。打楽器の音が生々しいのもなかなかよろしい。
「土星」は管楽器のアンサンブルが聴きもの。「老いをもたらすもの」というサブタイトルのように、やや妖しげな魅力を含んだ演奏になっている。
「天王星」はティンパニの迫力がイイ。ファゴットやフルートの奇怪な音色は「魔術師」にふさわしい。
「海王星」も美しい演奏。響きが徐々に天上に抜けてゆく余韻は見事なもの。
佐渡裕の「惑星」、後半に進むほど調子が出てきます。
前半はアンサンブルや響きもイマイチだったのが、「木星」辺りからどんどん音楽が盛り上がって、オケ全体に活気が出てきます。
最後まで感興豊かに聴ける演奏でありました。