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クラシック音楽のひとりごと
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2006/06/23のBlog
梅雨本番です。
雨脚が強くなってきました。西日本では大雨の予報です。
2年前の水害を思うと、雨はコワイです。

さて、今日のCDはベートーヴェンの交響曲第1番ハ長調 op.21。
ベルナルド・ハイティンク指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管の演奏。

今や大巨匠のハイティンク。深いフレージング、正統の中の正統といった指揮ぶりが印象的な指揮者。どこかのウィスキーのCMのコピー文句ではないが、まさに、「何も足さない、何も引かない」といった風情の演奏ぶりが素晴らしい指揮者。
録音を続けているフィリップス・レーベルがDGやEMI、DECCAに比べてイマイチ目立たないからか、その風貌が損をしているのか、無理矢理でもポストを奪い取るような政治力・周旋力が欠けているのか・・・・巨匠の今も、そんなに目立たないのがハイティンク。
でもそれが彼の良いところかもしれない。
彼の人の良さ、人徳かもしれない。

この人の演奏はホンマに味わい深く、しかも作曲者の「真摯な声」が聞こえてくる。
常に演奏は真剣で、妙な匠気がなく、正統的な指揮ぶり。テンポはだいたい中庸で、キラッと光る個性的なところはあまりない(殆どない?)。
聴き終えたあとの感銘というか、「ああ、イイ演奏を聴いたな」と思えるのは、ボクがこの指揮者と相性がよいからかもしれんなぁ・・・・。

今日のベートーヴェンも、そういった演奏。

第1楽章から、もう出てくるのは、コンセルトヘボウの音。落ち着いていて、渋くて、ほの暗く柔らかい木質の音。使い込んだ木星の道具の、暖かい肌触り。
ハイティンクのテンポはまさに中庸。速過ぎず遅過ぎず、丁度よいテンポ。リズムは正確で、フレージングは格調高い。
聴いていると、ああ、やはり1番は「古典」なんだ、ベートーヴェン的なロマンにはまだ至らない、古典の品格を遺す交響曲なんだ・・・と実感させてくれる演奏。
オケの人数はやや少なめか。ヴァイオリンの細やかな動きがよく聴き取れる好録音。

第2楽章はアンサンブルが聴きもの。弦楽器の柔らかな響きを基調に、木管・金管が見事にブレンドされて、熟成した酒のように芳醇な香りを漂わせる。ハイティンクとコンセルトヘボウ管の長年の成果を聴くような、素晴らしさ。

第3楽章はスケルツォ。交響曲に初めてスケルツォを持ち込んだベートーヴェンの意欲が伝わってくるような生き生きとした演奏。テンポは快速で、前に2つの楽章とは対照的。このあたりはハイティンクの構成力の見事さと讃えたいなぁ。

終楽章はさらに快調。交響曲の終楽章はかくあるべしと思わせるような、盤石の安定感。このふっくらとした響きは、コンセルトヘボウ管ならでは。実にエエ音。


全集魔ハイティンクであります。
就中、このベートーヴェン全集は、屈指の出来だと思います。
このふくよかな音。この音を聴くだけでも、快感でありますな。
2006/06/22のBlog
日中の蒸し暑さは気分が悪いですが、早朝は涼しく快適です。
ジョギングしていると、緑の空気が旨いですな。朝露のあぜ道を走るのは(少々靴底が濡れるが)、実に気持ちイイもんです。これで体重が減ってくれれば文句ないんですが、どうもこの頃、アカンです。気分よく走ったあとに、食べ過ぎるからかな・・・・(^^ゞ。
節制しなくちゃね・・・・・。

さて、今日はモーツァルトの交響曲第40番ト短調 K.550。

コレギウム・アウレウム合奏団の演奏。1972年、キルハイムのフッガー城「糸杉の間」での録音。独ハルモニア・ムンディ原盤で、日本ではBMG盤。
LP時代はテイチクから出ていたもので、廉価盤が沢山あったので、随分世話になったものだ。

久しぶりに聴く、コレギウム・アウレウムのモーツァルト。
古楽器らしく、響きが明るく爽やかで、実に気持ちよい。そして、演奏スタイルは1970年代の現代楽器オケ風の安定感。
今の古楽器団体なら、もっとテンポ速く、少ない人数でサラッと演奏するのだろう。今ではコレギウム・アウレウム合奏団のタイプは古いんだろうと思う。しかし、爽快さの中にほのぼのとした温かさが伝わってくるこの演奏は、なかなか捨てがたい・・・・。


第1楽章から、特段変わったことをしているわけでもない。古楽器を用いたモーツァルトというだけ。テンポも普通。
しかし何とも云えない安定感と清新な雰囲気を感じる。指揮者を置かないこの団体らしい自発性というべきかな。コンサートマスターのフランツヨーゼフ・マイアーの巧みなリードで、アンサンブルはしっかりしている。羊腸弦のストリングスがとても綺麗。

第2楽章は、フルート・トラヴェルソのひなびた響きや、自然倍音のホルンの素朴な味わいを楽しみながら、清涼剤のようなストリングスが聴ける。テンポはやや遅めで、じっくり演奏してゆく。安定感に富んだ、保守的なモーツァルトかな。

第3楽章、本来は劇的なメヌエットなのだが、コレギウム・アウレウム合奏団で聴くと、ヌクヌク・ポカポカと暖かい。
中間部のトリオが、ことのほか美しい。ホルンの響きが自然に膨らんでいって、いじらしくなるほどの素朴さ。残響豊かで素晴らしい倍音。さすが「糸杉の間」。この響きは、何物にも代え難い。

終楽章はテンポが少し速まって、迸る哀しみが聞こえる。第一ヴァイオリンの涼やかな響きが時折少し軋んで、モーツァルトの哀しみを歌う。クラリネットの透明感のある響きが、その哀しみの感情を増幅させるよう。
アンサンブルはここでも自在なのだが、時々緩いのかなと思わせるところもあり。(残響の多い録音でごまかしているのかな?)
終曲に向かって、音楽がどんどん盛り上がって、熱くなってゆく。素晴らしい。


コレギウム・アウレウム合奏団の演奏は良くも悪くも微温的な演奏だと思います。
でも、そのほのぼの暖かいこの団体が、終盤には熱くなる・・・・そんな要素がモーツァルトにはあるんです。
ああ、モーツァルトを聴くのは、だから楽しいんですな。
2006/06/21のBlog
蒸し暑くなってきました。梅雨の季節、独特の暑さでありました。
特に夕凪の時間が暑かったですなぁ・・・・。
瀬戸内の夕暮れ時の、凪の時間帯は、気分が悪くなるような暑さ。
いよいよ夏であります。

さて、今日はマーラーの交響曲第1番「巨人」。

クラウディオ・アバド指揮シカゴ響の演奏。
1981年2月、シカゴのオーケストラホールでの録音。DG盤。

これは、アバドの「巨人」初録音盤。今出ているアバドのマーラー全集には、ベルリン・フィルとの「巨人」が採られているから、このCDが旧盤になるのかな。発売当時からLPで聴いてきたのだが、CDで買い直したもの。LPの方が音が柔らかく聴きやすいのだが、ダイナミックレンジの広さを思うと、CDの方がこの演奏には良いような気がする。
第1楽章の序奏部の緊張感が素晴らしい。低音が持続的に背後で静かに鳴るのだが、これが独特の迫力を醸し出している。ときおり響くホルンの伸びやかな丸みのある音が、場違いに思えるほど、この緊迫感は素晴らしい。木管の抑え気味の音も良い。オケのパワーを抑えに抑えて、しかし迫り来る圧倒的な力を予感させる演奏。ダイナミック・レンジが広大で、LPの時では聞こえてこなかった音が、CDでは確かに聞こえる。
主部に入ると、一転しなやかな歌が始まる。シカゴ響って、弦がこんなに柔らかいオケだったかと見直してしまう。この柔軟なストリングスは、アバドの手腕の賜物だろう。ショルティだとこうはいかない(というより、ショルティはこうは演らない)。
この音楽は青春の歌。「無限の可能性を秘めた青年」と、楽観的な修飾語を加えたくなるような、瑞々しい音楽になっている。旋律が滑らかに流れ、その中にハッとするような音が随所に現れる。リスニング・ルームに涼やかな風が吹き込んでくるような、素晴らしい演奏。

第2楽章は、アバドの精力的な指揮を感じる。リズムがよく弾んで、表情づけが実に若々しい。アンサンブルも緊密で。ストリングスなどゾッとするほど巧い。しかもよく歌うのだから、たまらない。ヴィオラの刻みさえ、歌っている感じ。木管の素朴な表情も良い。これらが、重層的に聴き手に迫ってくるのは感動的。

第3楽章もアバドらしい、しなやかな歌。短調の旋律なのに、あまり淋しさを感じさせない。かえって少し明るめ、前向きな若々しさを感じさせる演奏。トランペットの音が印象的。知的で端正、しかも朗々と歌う。ハーゼスに違いない。さすがだわなぁ。

終楽章、いよいよシカゴ響のフルパワーが炸裂、スカッと豪快なフォルティシモが聴ける。どんな大音量になっても、このコンビなら、余裕綽々。大排気量のクルマが楽々加速していくような、そんなパワーの出方。しかも、その大音量でも音楽のフォルムがちっとも崩れないのだから、やはり大したもんだと思う。なんて巧いんだろう。
そして、アバドが振ると、このパワーの中に、柔らかく暖かい空気感が漂うのがイイ。
最後まで緊張感が切れない、最高のオーケストラ音楽が聴ける。

ホンマに素晴らしい。
アバドとのコンビで聴くシカゴ響、最高でありましたなぁ。
この演奏も快感でありました。
2006/06/20のBlog
Doblogはまだ不安定のようです。
夜中には全くアクセスできないこともあります。
せっかくのメンテナンス、バージョンアップだったのに、結果はもう一つかな・・・・・。

さて、モーツァルト大全集、ポツポツと聴いております。

今日は、フルートとハープのための協奏曲ハ長調 K.299。

マルク・グローウェル(fl)、ジゼル・ヘルベルト(hp)、ベルナルド・ラバディエ指揮レ・ヴィオロン・デュ・ロワの演奏。
この団体は、カナダ・ケベックにある古楽器・バロックのアンサンブルらしいので、指揮者はバーナード・ラバディと読んだ方がいいのかもしれない。
(でもこの団体のHPはフランス語だった。全然読めん(^^ゞ・・ケベックだから当たり前か・・・・)
録音は1994年。ブリリアントの例の大全集からの1枚。


第1楽章の序奏は、明るく華やかな、大変軽やかな音が響く。ヴァイオリンはフレージングが短めで、キビキビした演奏。テンポは快速ですっ飛ばしてゆく感じ。
グローウェルのフルートは溌剌として爽快な音色。優美さよりも軽やかさを前面に出した吹きっぷりで、実に自在。あまり歌わないが、リズムがとても良く心地よい。
ヘルベルトのハープもそれに合わせて小気味の良い演奏を繰り広げてゆく。両者のアンサンブルもなかなかのもの。息が合ってよろしい。
カデンツァは大変伸び伸びとして気持ちいい。何より、屈託のない明るさがモーツァルトを感じさせてくれる。

第2楽章は、優しく可憐で柔和な表情のアンダンテ。フルートとハープの音色・響きを生かしきったモーツァルトの、見事な書法を味わえる名品。そして、素晴らしい旋律。
と、今さらボクがモーツァルトの天才を褒めても仕方ないが、しかし、何とこのアンダンテは美しいことだろう。
フルートとハープの二重奏は天国的な美しさだと思う。グローウェルとヘルベルト、二人の奏者の呼吸のあったアンサンブルは、モーツァルトの天才を十分に伝えてくれる。名手だと思う。
ハープの分散和音、そのピアニシモが例えようもなく美しい。実にイイ。この、かそけき響きの中に、確かにモーツァルトの抒情が流れていると思う。

終楽章は快活。伴奏のレ・ヴィオロン・デュ・ロワもよく頑張っているが、時々音がザラつくところがあって、もう少しファイト!という感じ。
ソロの二人はここでも軽快そのもので、ギャラントな明るさに包まれたモーツァルトになっている。色に例えれば淡いピンク。フルートの高音が良く伸びて、ハープの上品な音色がそれを支える。素敵なアンサンブルが聴ける。
リズムのよく弾んで、見事なロンド・アレグロになっている。


無名の団体・奏者(少なくともボクにとっては)でありましたが、いかにもモーツァルトの演奏になっております。
名曲には凡演がないんでしょうかね・・・・。
若々しく良いモーツァルトでした。
2006/06/19のBlog
午後から快晴です。
夏が来ました。

そこで、今日はマーラーの交響曲第3番「夏の交響曲」。
ズービン・メータ指揮ロサンゼルス・フィルの演奏。
1978年3月の録音。

素晴らしい演奏。

たっぷりと絵の具を含んだ太い筆で、グイッと一気に描き上げたマーラー。極彩色に光り輝き、タッチは太々としていて逞しく、聴き手を惹きつける魅力が一杯のマーラー。
部分的には、いかにもマーラーらしい繊細で不安なフレーズが出現するのだが、全体を通してみると、屈託のない明るい爽快なマーラー。

恐らくメータが最も輝いていた時代の(過去形で云うのは悲しいが)、外面的にも内面的にも充実している、これは演奏だと思う。名盤。
管弦楽が豪壮華麗に鳴り響き、大変に気持ちよい。しかもエロティックなまでの色気も漂う。肉感的美女のような演奏。自信に満ちて、堂々としていて、カリフォルニアの青い空よろしく、明るく抜けるような音響と演奏。いや全く素晴らしい。

第1楽章は8本のホルンの斉奏、これが深く重く実にイイ音。メータの採るテンポはやや速めで、旋律をあまり粘らせずに演奏させている。
LAPOが巧い。当時、さほど巧いオケとは思われていなかったLAPOだったが、どうしてどうして、大変に巧いオーケストラだ(当時、アメリカのオケはビッグ5というのが相場で、CSO、BSO、NYPとフィラデルフィア、クリーヴランド菅だった)。
メータの棒にピタッと付いて、上質のアンサンブルを聴かせてくれる。DECCA録音が優秀なこともあって、極上の音響が部屋に満ちてゆく。
ソロ・ヴァイオリンの優美な音色、ホルンの甘い響き、はち切れそうな金管に味わい深い木管、どれをとっても、これ一流のオケだわなぁ。
メータは大曲ほど上手く聴かせてくれる指揮者。この長大な第1楽章を全く弛緩させずに、勢いよく聴かせきってしまうのは見事だと思う。爽快な感動が残る名演。

第2楽章は木管と弦楽のアンサンブルが聴きもの。ヴァイオリンが聴かせてくれるデリケートな歌が素晴らしい。ヴィオラの音色もしっとりと落ち着いていて心地よい。低音がイイ。チェロとヴィオラがゆったりと響くのを聴くのは至福の境地か。

第3楽章はポストホルンの美しさに尽きる。それに絡むヴァイオリンのまた美しいこと。メロウなサウンドで、甘く切なく漂うよう。この楽章の後半は、平和で穏やか、端然としたたたずまいの音楽。メータの設計は心憎いほど。

第4楽章と5楽章は、モーリン・フォレスターの歌唱が良い。少年合唱も美しいが、コントラルトと少し違和感があるかな。でも合唱は巧いし、幸福で明るい表情は前楽章と変わらず、全体的には綺麗なものだ。

そして感動の終楽章。静謐な空間、静かな抒情。穏やかなロサンゼルス・フィルのストリングスが美しい。やがて、黄金色に輝いてゆく。これはまさに至福の境地であります。

窓を開ければ、ああ、爽やかな夏の風が吹いてきます。
マーラーの3番交響曲の季節が来ました。
美しい、どこまでもクッキリと美しいマーラーでありました。
2006/06/18のBlog
今年は、梅雨らしい梅雨です。どんよりとした曇り空が続きます。
いつ降るか、いつ降り出すか・・・・気を揉むような、この数日の天気です。
日照不足も心配でして・・・・・・・さて、田植えがほぼ済んだ、あの稲たちは大丈夫かな。
尤も、水不足になりがちの瀬戸内地方には、この雨は恵みの雨かもしれません。

今日は、シューマンのピアノ曲を。

「子供の情景」作品15。
ピアノ独奏はクラウディオ・アラウ。
1974年3月録音のフィリップス盤。(カップリングは「謝肉祭」)

「シューマンはまず歌曲、そしてピアノ曲」とは、吉田秀和が『LP300選』で云っていたのだったか。
ボクにとってのシューマンは、断然、交響曲作家であって、我が家には彼の交響曲全集がナンボでもある。CDなら2枚組で収まるから実に買いやすい・・・・そのせいもあって、ついつい貯まってしまう。(ブラームスの交響曲全集も同じように増えてゆくわけだが・・・・(^^ゞ)

そんな訳で、シューマンのピアノ曲のエントリーは初めてであります。
「子供の情景」。
ふだんあまり聴かないシューマンのピアノ曲だが、これはよく聴く。
理由は、トロイメライが入っているから。
クラシック音楽を聴くようになって以来、この曲が好きなことは変わらない。何と心落ち着く柔らかな音楽であることか。

アラウのピアノは、大らかで包容力に満ちている。
テンポもあまり速くなく、落ち着きがあって聴きやすい。
トロイメライなどは、もう美しさの限り。ゆっくりと、慈しむように弾いてくれる。甘い囁きのような、慈愛に満ちた響きがたまらない。
これ、ホンマにエエ音楽やなぁ。

ピアノの音は残響豊かなフィリップス録音のためか、やや太め。たっぷりと堂々と鳴っている。恰幅の良い響きで、重量感もあるが、もたれることはないし、鈍重な感じはない。
それより、着実な歩みがもたらす豊かさが素晴らしいし、フォルテでの豊麗な響きが混濁せずに聴き手を包み込んでくれるのが、とてもイイ。

そして、ゆったりとした息づかい。ちっともセカセカしない。深々としたフレージングでピアノがたっぷりと鳴るのがイイ。これが包容力、大人風という印象を与えるのだろうな。

今から30年以上も前の録音なのに、素晴らしい音です。
アナログ録音絶頂期の、フィリップスの名録音であります。
カップリングの「謝肉祭」も素晴らしい演奏でありました。
2006/06/17のBlog
Doblog、かなり軽くなりました。
更新やコメントの書き込みが、サクサクになったような気がします。時間帯によるのかもしれませんが(現在土曜日の早朝4時・・・)、気持ちエエです。
どうぞ、コメント等よろしくお願いします。

さて、今日はロッシーニの序曲集でも聴こうかなと、デュトワ盤を取り出してCDプレーヤーにセット。
まあ、「ウィリアム・テル」からでも聴こうわいとソファに座ったとたん、音楽に引き込まれ、釘付けになってしまった・・・・。

冒頭、「夜明け」での、チェロの深々とした響き。艶があって、色気があって、しかも優美。にもかかわらず、男性的な逞しさも併せもつ素晴らしい低音。
何と美しいチェロ。ワクワクするような開始。
テンポもゆったりとして実に心地よい。ヨーロッパの、深い森を思わせるような素晴らしい音。

録音も極上。いつも思うのだが、デュトワ/モントリオール響のCDは、ホンマに最高のオーケストラ録音。左右上下に良く音が広がって、しかも奥行きが実に深い音場。個々の楽器の艶やかさも十分で、実に新鮮な録音が気持ちいい。DECCAの技術に感嘆。

さて、「嵐」の場面では、バリバリ鳴る金管が気持ちよい。その金管、音を割って吹いているのだがちっとも下卑た音にならず、上品に志操高く鳴る。これ、聴いていてたまらない快感。コンサートホールでもこんなイイ音で聴けないだろうなぁ。
いやはやオーケストラ音楽を家庭で聴く醍醐味、ここにあり。

「牧歌」でのコーラングレやフルートの懐かしいまでの響き。テンポも中庸で心地よく、アンサンブルも完璧。高原の空気のような、深い森の緑のような爽やかなアンサンブル、そして響き。ああ、イイ音。

お待ちかね「スイス独立軍の行進」。
トランペットの金色の響き。そしてロッシーニ・クレッシェンド。オーケストラが輝くばかりのサウンドを鳴らし、弦楽器群は鮮やかな弓さばき。
素晴らしい盛り上がり、オケ全体が黄金色に光り出す。光彩陸離たる名演とはこのことか。生理的な快感でもある。

いやもう、デュトワ/モントリオール響の圧倒的な演奏に、ただただ舌を巻くばかり。
もちろん、「ウィリアム・テル」だけでなく他の演奏も見事なもんです。
(尤も、ロッシーニの序曲は金太郎飴的なところがあって、だからまあ、どれを聴いてもオイシイのだが)

このCDの収録はこんなもんです。

1.歌劇「絹のはしご」序曲
2.歌劇「セミラーミデ」序曲
3.歌劇「どろぼうかささぎ」序曲
4.歌劇「ウィリアム・テル」序曲
5.歌劇「セビリャの理髪師」序曲
6.歌劇「アルジェのイタリア女」序曲
7.歌劇「ブルスキーノ氏」序曲
8.歌劇「シンデレラ」序曲

これほどの曲が揃って、しかも大名演。
それが1000円程度で、家庭で聴けてしまう幸福。
なんとまあ有り難い時代でありましょう。
2006/06/16のBlog
Doblogのメンテナンスのため、3日間のお休みでありました。
久しぶりに自分のブログを開いてみると、おお、だいぶ軽くなったような・・・・。

さて、休み明けに選んだのは、これがまた我らシロウトの大々愛好曲であります。

ヴィヴァルディの協奏曲集「四季」。

トレヴァー・ピノック指揮イングリッシュ・コンサートの演奏。
ソロ・ヴァイオリンはサイモン・スタンデイジ。チェンバロは指揮のピノック自身。
1981年10月の録音。デジタル初期の、そしてピノック/イングリッシュ・コンサートが盛んにレコーディングしていた時期の演奏。
スタンデイジのヴァイオリンは「ジャン・バティスタ・ロゼリ」(1699年)という銘器だそうな。

「春」の第1楽章、鳥の囀りがあちこちから聞こえてくるような爽やかな演奏。
リズムがよく弾んで推進力があり、いかにも爽快溌剌。春の息吹が部屋中に満ちてくるような若々しい演奏。

スタンデイジのソロ・ヴァイオリンがまた躍動的で清潔感に満ちている。若葉の黄緑色の雰囲気が漂うヴァイオリン。響きは細身なのだが、フレッシュでスタイリッシュ、引き締まった感じがとても若々しくて素敵。こんなに贅肉のない、シェイプアップされたヴァイオリンは、なかなか聴けないんじゃないか。巧拙云々より、その上品で清潔な演奏に魅せられてしまう。
第2楽章での装飾音など、その最たるもので、清々しく瑞々しい。見事なヴァイオリン。(銘器ジャン・バティスタ・ロゼリの持つ響きも素晴らしいのだろうなぁ)

ピノックのチェンバロも活気があって若い。イングリッシュ・コンサートは、録音当時としては、新時代のバロック演奏を感じさせるアンサンブルだった。この頃、古楽器演奏の中心は間違いなくイギリスにあった・・・。

「夏」では、緩急の対比が面白い。快速なところでは劇性に富んでいる。突進力とでも云うべきか、非常に激しい演奏を展開してゆく。ソロ・ヴァイオリンは短めのフレージングで、切羽詰まったような迫力を感じさせる。「春」とはうって変わって、激しく鋭い音色。装飾音も、一瞬、金切り声のような、そう、悲鳴のような響きのところもある。第3楽章など、オケ全体がきつめの響き。夏の嵐の激しさだ。

「秋」は冒頭から喜びに溢れた演奏。オケ全体が明るく伸び伸びとしている。スタンデイジのヴァイオリンはここでも鮮やか。颯爽と快速パッセージを弾きこなしてゆく。巧いもんだ。静謐な部分ではハッとするようなニュアンスを感じさせるのも見事だと思う。
第2楽章以降ではピノックのチェンバロがイイ。あまり変わったことはしていないのだが、清潔で端正、確かな通奏低音だと思う。第3楽章での装飾はセンスが良い。

「冬」でもピノックのチェンバロの装飾が楽しい。イングリッシュ・コンサートのアンサンブルは緊密、スタンデイジのヴァイオリンとの呼吸もピッタリ。
「ラルゴ」は速めのテンポでサラっとした感じだが、瑞々しい抒情が流れてゆく。適度な装飾がほのぼのとした冬のイメージを広げてゆく。


録音から25年。
今も聴いても爽やかそのものの演奏であります。
ピノックの全盛期だったのかもしれません。

さて、このDoblog、コメント書き込み等、かなり軽くなったような気もします。
どうぞ、また色々教えてください。
よろしくお願いします。
2006/06/12のBlog
Doblogのメンテナンスが始まります。
今日12日から15日(木)まで3日間の予定で行われるようです。
ここのところ、かなり重かったので、メンテナンスに期待しましょう。

さて、今日はモーツァルトを。
交響曲第39番変ホ長調 K.543。
カール・ベーム指揮ベルリン・フィルの演奏。 1960年の録音。DG盤。
ベームは、晩年に後期交響曲集をVPOで再録音しているので、これは旧盤ということになる。
こちら、旧盤の方がベームらしさがよく出ていると思う。
ベーム爺さんらしい、謹厳実直、マジメで勤労意欲十分な演奏と云ったら叱られようか(^^ゞ

第1楽章から壮麗な開始。スケール雄大。スピーカーに正対していると、左右上下に音がどんどん拡散して、部屋中に大オーケストラによるモーツァルトが展開する。最近、殆ど聴くことが出来なくなったフル・オーケストラのモーツァルト。開始早々、昔懐かしくなる。
演奏はゆったりとした、しかし正鵠なテンポで、すこぶる恰幅がよい。大人風の音楽になっている。テンポは遅いのだが、克明な弦の刻みもあって、全体的には推進力に満ちているのが好ましい。
ベルリンのイエス・キリスト教会での録音なので、残響豊かで聴きやすい音になっている。ベルリン・フィルの音は腰がすわっていて重心低く、剛毅な響き。この交響曲の格調高さを支えている。

第2楽章は流麗でしなやかなアンサンブルが聴きもの。ベルリン・フィルの自発性も十分、個々の楽器が実によく鳴っている。昔ながらのドイツの音、強く逞しい響きの中に、モーツァルトの微笑みが漂ってくる。

第3楽章メヌエットも確実で謹厳な演奏。フル・オーケストラで演奏しているので、リズムが少し重くなった感もあるが、この重厚さは、正統的な格調の高さの証でもある。
それにベーム独特の構成感が良い。しっかり弾いてくれる安心感もある。ベームの顔は、どう見ても厳父の表情なのだが、このメヌエットは、トリオの優雅さもあって、母なる慈愛に満ちている。幸福な音楽だなぁと思う。クラリネットの音色など、もう最高。

ラスト第4楽章は、堂々たる終曲。輝かしくスケールの大きな巨匠の音楽になっている。ドイツ風の重厚な響きはここでも健在。中間部での穏やかな表情は実に美しい。

これは、ベームのおびただしいディスクの中でも名盤だと思います。
ああ、かつてはこういうモーツァルトが本筋の時代もあったのだと感慨を覚えました。あ、ボクにとっては今もこれが本筋か。


では、3日間、「クラシック音楽のひとりごと」は休憩であります。
お読みいただき、いつも有り難うございます。
2006/06/11のBlog
最近、早朝覚醒で困っておりまして、4時間くらいで目が覚めてしまう。それで起きてしまうと、ボーッと一日がシンドイので、また床に入るのだがどうもグッスリ寝ていないようなだるさがありましてね・・・。

こういうときは、いにしえのカイザーリンク伯爵よろしく、「ゴルトベルク変奏曲」でも聴こうと思いまして・・・。
取り出したのはアクセンフェルト盤。


ゆっくりしたテンポで始まる主題。チェンバロの響きがたいそう美しい。心ゆくまで歌うチェンバロ。清潔で透明、素朴で爽やかな音色が部屋に満ちるのは、実に心地よい。至福の時でありますな。

2枚組6400円。さすがにこんな高価なCDは今はないだろう。発売は1985年。
職場の先輩が、ボクがクラシック音楽好きであることを知って、結婚祝いに贈ってくれた大切ななCDでもあります。
当時CDはホンマに貴重な贅沢品だったのだ。CDプレーヤーも高かった。
だから、この「ゴルトベルク変奏曲」、貧乏だった若い時代が甦ってくる・・・・。ついつい膝をただして聴いたりして。

気楽に聴けないのはアクセンフェルトの演奏姿勢にもよる。
端正で正統ドイツ風、真剣そのもの。一生懸命バッハに取り組んで、格闘した末のバッハ像が提示されている・・・そんな感じの演奏。その格闘のプロセスが聴き手に伝わって、感動的なバッハ演奏になっている。
こんな真摯な演奏は、そうは聴けないような気がする。素晴らしい。
(別に他の演奏が不真面目にやっているということではないのだが・・・(^^ゞ)


ああ、それにしても深みがあるイイ音。落ち着いた音。
この音を聴いていると、やはりバッハの音楽はチェンバロで聴くのが本筋かと思う。

ライナーノートの中でアクセンフェルトはこう云ってます。
「(バッハの曲は)私はほんの数曲、ピアノで弾くことが出来る作品があると思います。でもレコード一枚分にはならないでしょう。あとは、どう考えたってチェンバロで弾く方が望ましいし、バッハの考えた音の世界はチェンバロでしか表現できない・・・少なくとも私にはそう思えます。」


老女史の素敵なバッハでありました。
最後まで聴いてしまって・・・結局寝るのが遅くなりましたな。
でも、安眠できそうであります。

ということで、今日はJ・S・バッハの「ゴルトベルク変奏曲」でありました。
チェンバロ独奏はエディット・ピヒト=アクセンフェルト。
1983年9月、東久留米市の聖グレゴリオの家での録音。
カメラータ盤です。
2006/06/10のBlog
今日はショパンのピアノ協奏曲第2番ヘ短調Op.21。

ベラ・ダヴィドヴィッチのピアノ独奏、ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管の伴奏。
1982年、ロンドンのウォルサムストウでの録音、フィリップス盤。

第1楽章の出だし、マリナーはフレージングをやや浅めにとって、清潔で爽やかな伴奏を心がけている。テンポは幾分速めで、サラッとした感触。ショパンのこの協奏曲は、青春の憧れと感傷に溢れた名曲。マリナー/アカデミー室内管の音は、青春の音楽にふさわしいと思う。ただ、録音のせいか、ややこもり気味なのが惜しい。

ダヴィドヴィッチのピアノは克明でやや重めのタッチ。一音一音が粒立ちよく、しっかり・クッキリ弾いている感じ。ロマンティックな解釈だと思うのだが、少しもたれるところもあるかな。伴奏の爽やかさとは、少し異質な感もあるが、協奏曲はだからこそ面白い。しかし、音色は綺麗。強いタッチでも濁らずに、輝くような音。この人のこと、よく知らんのだが(息子はヴァイオリニストなのは知っているが)、ヴィルトゥオーゾ風のピアニストなのかも。ショパン・コンクールの1位をチェルニー・ステファンスカと分け合っただけのことはあるなぁ。

お待ちかねの第2楽章。この旋律はホンマに美しく、若々しく、清冽で、そして懐かしい。
大学4年のちょうど今の季節、夜遅くまで図書館で卒論の資料収集をしていた頃を思い出す。その帰り道、突如、この旋律が頭に響いたことがあった。鼻歌でも歌えるよう綺麗なメロディ。あの頃、毎日のようにショパンの第2協奏曲を聴いていたからだろう。
今でもこの旋律を聴くと、図書館の本の匂いや並木道の緑の空気、そして、街灯が梅雨時の特有の湿気で霞んでいたこと・・・などを思い出す。

ショパンはだからボクにとっては青春の音楽家であって、この協奏曲は、青春の音楽なのであります。
ショパン自身、この協奏曲を作曲したのは19歳の時だった。この甘い旋律は、その若さを永遠に封印したようなものか。

ダヴィドヴィッチは重めのタッチでじっくり弾いてゆく。だから悲愴美が際だつのだが、もう少し軽めの方が青春の響きになるかも。
バックのマリナー/アカデミー室内管は丹念で素晴らしい伴奏。オケがよく書かれていないという作曲の未熟を十分に補っていると思う。


終楽章はメランコリックな演奏。
ダヴィドヴィッチは決然とした表情で、適度にルバートさせながら鮮やかなピアニズムで仕上げてゆく。オケも綺麗で文句なし。


四国は梅雨に入りました。今日も小雨でありました。
若者の雨、ショパンに似合う雨でありました。
2006/06/09のBlog
オペラはふだん聴くにはさすがに長尺。時間があるときにゆっくり聴きたいものだ・・・・と云いつつ、そうは時間がない。

今日はモーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」。
途中まで聴こうと思っていたら、とうとう最後まで聴いてしまった。やはり「フィガロ」は楽しい。
今日のCDは、演奏も良かった。とても良かった。
(とうより、これは昔からの定盤・名盤か)

カール・ベーム指揮ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団&合唱団の演奏。
1968年3月、ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。DG原盤。

歌手はそうそうたるメンバー。
ヘルマン・プライ(フィガロ)、エディト・マティス(スザンナ)、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(アルマヴィーヴァ伯爵)、グンドゥラ・ヤノヴィッツ(伯爵夫人)、タティアナ・トロヤノス(Ms:ケルビーノ)ほかの面々


いやはや役者が素晴らしい。そしてアンサンブルがすこぶる緊密。
スゴイ歌手を揃えているのに、こうも巧く合うものか。F=ディースカウにヘルマン・プライ、戦後ドイツを代表する2大バリトンの競演など圧倒的だと思う。

プライの歌うアリアを聴いていると、実にダンディなフィガロだなぁと思う。甘いマスクの色男に見えてくる(聞こえてくる)。これほどカッコイイ(少しイヤラシイ色気を含んだ)フィガロはなかなか聴けないんじゃないか。いや、全く、男が聴いて惚れ惚れする歌唱。

伯爵夫人のグンドラ・ヤノヴィッツは当時30歳。若い!。しかし、素晴らしい貫禄の伯爵夫人を聴かせる。美しい声の中に、過ぎゆく若き日々に感傷的になる夫人の心情・哀しみが響く。すごい表現力だなぁと思う。

トロヤノスも若い。後年のトロヤノスは声がきつくなってボクは好みではないのだが、、この時のケルビーノは若々しさが十分に発揮されている。ベームの落ち着いたテンポで歌う「恋とはどんなものかしら」は、堂々とした歌いっぷり。
マティスの可憐さは言わずもがな。このスザンナの可愛らしさ(声がもうチャーミング)は最高だなぁ。

レチタティーヴォも綺麗。この部分がおざなりだと「フィガロ」は面白くないのだが、、ベーム盤は実に楽しい。

ベームの正確無比のテンポと誠実な設計も好ましい。
歌手たちが気持ちよく歌っているのが分かる。「自分で自分が分からない」、「もう飛ぶまいぞこの蝶々」、伯爵夫人のモノローグなど、実に自然に歌っている。
惜しいのは少し管弦楽が硬いこと。ベルリンのイエス・キリスト教会での録音なので、美しい残響をともなっているのだが、オケそのものの限界なのか(特徴か?)、響きが硬くなっているのが残念。ああ、これがウィーン・フィルだったら古今無双、銀河系最強の名盤たりえたろうに・・・・。


最後まで聴いてしまって、結局もう一度、1枚目を聴き直してしまいました。
これ、エヴァー・グリーン的な演奏であります。