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クラシック音楽のひとりごと
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2006/06/27のBlog
昨日に続いて今日も大雨の四国であります。
そして、昨日に続いて今日もシノーポリのCDを聴いています。

シューベルトの交響曲第8番ロ短調「未完成」。
ジュゼッペ・シノーポリ指揮フィルハーモニア管の演奏。
1983年、ロンドンでの録音。DG盤。


シノーポリが死んですでに5年。54歳という若さでで亡くなってしまった当時は、随分驚いた。マーラーやブルックナー、チャイコフスキーなど、独特の味わい(癖か?)を持つ指揮者だった。シノーポリの指揮する演奏は、分析的なのに情熱的・・・・相反する要素が絡み合った、独特の演奏だった。

この「未完成」はシノーポリのメジャー・デビュー当時のものだった。

第1楽章は開始から遅く、重い演奏。止まってしまいそうなテンポ。
ヴァイオリンが主旋律を奏でてゆくその後を、低弦がなぞってゆくのがよく聞こえる。テンポは遅いが響きはスッキリしている。特にヴァイオリン。爽やかで実に軽やかなイイ音を響かせている。羽毛で頬を撫でられているような気分になる。
ハンガリー・ジプシーの民族楽器、タロガトーを模したというオーボエとクラリネットのユニゾンは、はかなく、寂しく、美しい。遅いテンポなので、たっぷりと歌ってくれる。
主旋律の歌は、いかにもロマン的・情熱的なのだが、よく聴いていると、しっかり対向旋律を浮かび上がらせて、曲の構造・楽譜の書かれ方が見えてくるような演奏になっている。分析的な演奏と云えるのかもしれない。

フィルハーモニア管は機能的なオケだと思うが、シノーポリとは呼吸が合うようで、上質のアンサンブルを聴かせてくれる。
(この録音から数年後に始まった同じコンビによるマーラー全集、大変素晴らしかった)

第2楽章も遅い。ホンマにゆったりとしている。
木管群が実にイイ音で鳴っている。ほのぼのと、そして懐かしい気分になる音色であって、これを聴くだけでも値打ちがある演奏かも。
ストリングスもイイ。色彩的なところもあるし、デリカシーの固まりのような息を呑むところもある。シューベルト自身は色彩的な音楽を書いたつもりはないんだろうが、シノーポリの指揮で聴くと、様々な音色・響きの変化が聴ける。色彩の濃淡・光と影とに溢れているように聞こえる。
フィルハーモニア管もよく応じて、ふっくらと豊かに鳴らすところ、鋭く激烈に喚くようなところなど、表現の幅が広いと思った。


シノーポリの意思だったんでしょう、表現意欲満々の演奏であります。
録音状態は今もよろしく、シノーポリの良いところが随所に出てくる名演だと思います。
2006/06/26のBlog
大雨です。よく降ります。
当地は一昨年に水害に遭っていますので、雨は怖いです。
今のところ、あのときほどの雨脚ではないんですが・・・・・さて。

今日はベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番変ロ長調。

マルタ・アルゲリッチのピアノ、ジュゼッペ・シノーポリ指揮フィルハーモニア管の演奏。
1985年5月、ロンドンのウォルサムストウでの録音。
カップリングは1番協奏曲。

アルゲリッチがベートーヴェンの協奏曲を録音した・・・・と、発売当時、大変話題になったCD。ワクワクして発売間もない輸入盤を、ボクは永福のアンドー楽器の通販で購入した。懐かしい思い出。
演奏は期待に違わぬ名演。当時、絶好調だったシノーポリ/フィルハーモニア管のバックを得て、アルゲリッチが縦横無尽に演奏してゆく素晴らしさ。レコード・アカデミー賞を受賞したのもむべなるかなという出来だった。ジャケット写真の2人の笑顔がイイ。録音の出来に、満足していたんじゃないかな。
(あの頃は、レコード・アカデミー賞にも今よりも権威めいたものがあったような気がする)。

第1楽章アレグロ・コンブリオ。アルゲリッチのピアノは精力的。キラキラ輝くような音色を生かしながら、強弱の幅が大きく、気宇壮大な演奏を聴かせる。大胆なところがある反面、弱音部では繊細を極める。デリケートで揺らぐようなピアニシモがスゴイ。音が小さいのに迫力が漂う。さすがアルゲリッチ。
コロコロと転がるようなピアノのパッセージは、時にモーツァルト的。ベートーヴェンの後年の論理的な迫力とは一線を画する、まだまだ若いベートーヴェンがこの演奏には、いる。
シノーポリの伴奏は立派。克明で表現の幅が広いのは、独奏者と同様。フィルハーモニア管もいつもながら巧い。

カデンツァはベートーヴェン自身のもの。表現意欲に溢れた名作だと思う。

第2楽章はアダージョ。ベートーヴェンのアダージョはいつだって特別(第九を持ち出すまでもなく)、胸に染みる旋律、惻々と迫ってくる情熱。
そのあたりをアルゲリッチは見事に描き出す。しかも即興的。
ピアノは美しいだけでなく、作曲家の抒情的な部分を表現して、実に雄弁。ニュアンスも多彩。ラストのポツポツと鳴るピアノは、ちょうど今の時期の雨だれのよう。

終楽章ロンドはアレグロ・モルト。アルゲリッチのピアノは、フィナーレに来てますます好調。オケのたっぷりした伴奏に乗って感興豊かな演奏を繰り広げる。ホンマに音色が綺麗。光が零れてくるような目映い音。
いやぁ、素晴らしい。


フィルハーモニア管も好調なんですが、惜しむらくは、オケの音色にもう少し木質の肌触り・柔らかさがあればと思う。・・・・のは欲が深すぎか(^^ゞ

2006/06/25のBlog
雨上がりの湿度が高い朝、ムッとするような空気の中をジョギング。
この数日ドンヨリしております。そして、今日は大雨の予報。
梅雨らしい天気であって、季節の動きを考えれば、喜ばしいことかもしれません。
伸び始めた稲は、この雨を喜んでいるでしょう。

さて今日は、ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ第9番「クロイツェル」。
アイザック・スターンのヴァイオリン、ピアノはユージン・イストミン。
1982年録音のCBS盤。

スターンは、五味康祐がその著書の中で「靴磨き」と罵っていたが、なかなかどうして、やはり当代最高のヴァイオリニストの一人だったと思う。
ベートーヴェンやブラームス、メンデルスゾーンにチャイコフスキー、どのヴァイオリン協奏曲をとっても、スゴイ、素晴らしい演奏だった。これらは今も愛聴盤。

この梅雨空のせいか、今日は、久しぶりに室内楽曲をしっとりと聴いてみたくいと思い、スターンのベートーヴェンのソナタを取り出した。
ピアノの相棒は気心の知れたイストミン。息のあったコンビだと思う。

第1楽章アダージョ・ソステヌート、プレスト。
冒頭から迫力十分のヴァイオリン。技巧も完璧で、速いパッセージでは目映いくらい。そして、音は強靱。ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタは綺麗だけでは済ませられないものがある。スターンはさすが、このクロイツェルでは、美しさより靱さを押し出してくる。(それでも、スターンの美音は前に出てきてしまうが・・・・)。
プレストの部分は快速で心地よい。イストミンのピアノとともに流麗そのもの。

第2楽章アンダンテ・コン・ヴァリオツィオーニ。
変奏曲の大家ベートーヴェンらしい、美しく変化に富んだ第2楽章。
スターンの美音は、明るい長調の変奏よりも、短調の方が生きる感じ。愁いを含んだ涙目のような旋律線が、ことのほか美しく奏される。
イストミンのピアノも雄弁で、アンサンブルも息があって心地よい。
それにしてもスターンの高音は美しい。ホンマに魅惑的な音。

終楽章はプレスト。
再び急速が戻って、いかにもベートーヴェンの終曲。溌剌としていながら、少々理屈っぽい作曲家の表情が見えてくるような楽章。
スターンの強靱な音と、そこから漏れてくる美音とは、第1楽章と変わらない。ゴツゴツしたところもあるが、滑らかな高音での美音がたまらない。
終曲に向かって、音楽がどんどん熱を帯びてくるのもイイ。


録音から20年以上経過しましたが、十分に美しく綺麗な録音。
CBSソニーの録音は乾いた感じがおおいのだが、これは濡れたようなヴァイオリンが美しく、名録音と云えそうであります。
スターンの至芸に酔いました。
2006/06/24のBlog
ワールドカップは決勝トーナメント進出ならず、残念な敗退でありました。
この間、新聞やテレビは大層な盛り上がり、どの放送局も我が日本代表の応援一色、まさに絶叫調でありました。
四国の田舎住まいのボクは、パブリック・ビューやスポーツ・バーに縁なき衆生でありまして、テレビで観るその盛り上がりにピンと来ない日々でもありました(^^ゞ。
(当地は福西崇史選手の出身地なんですが、そう盛り上がっている風でもなかったですな・・・・自分が、繁華街に出入りしなかったせいか・・・?・・・)


さて、今日はシューマンの交響曲第2番ハ長調作品61。
リッカルド・ムーティ指揮ウィーン・フィルハーモニーの演奏。
1993年、ムジークフェラインザールでの録音。フィリップスのDUOシリーズ廉価盤2枚組。

第1楽章はメリハリの利いた演奏。あまり鳴らないオーケストレーションを、ムーティ/VPOのコンビが精一杯の努力で立派な音楽に仕上げている感じ。
この交響曲、作曲の着手は1845年末。翌46年にかけて完成したもので、シューマンがライプツィヒからドレスデンに移った頃の作品。体調不良、特に精神状態がよくなかったというが、聴いていてそんなに病んでいるような感じはしない。
かえって、この交響曲は明朗な作品だと思う(やや晦渋なところもあるが)。その明るさはハ長調という調性のゆえんかもしれんわなぁ・・・・。

第2楽章のスケルツォ、この勢いが面白い。小刻みな弦の動きは。この時期に書かれたピアノ協奏曲の響きを彷彿とさせる。

第3楽章は、ムーティらしい清々しくも優美な歌が一杯。静かな感情を奏でるヴァイオリン群が美しいし、素朴な木管の響きも味わい深い。このあたりの美しさは、精神を病んだ(これが結局命取りになったのだ)シューマンに一瞬訪れた心の平安を象徴しているかのよう。
弦楽器の歌が素晴らしい。ムーティの指揮はとても誠実。しかも旋律線をよく歌わせてくれるので、気持ちいい。
1番交響曲「春」に比べれば、その歌もややくすんだ色調なのだが、オーボエの侘びしいばかりの音色など、じっくり聴いていたい。
この楽章ラスト、ムーティは祈りの表情を演出する。ここは敬虔な歌に溢れていて感動的。

終楽章は堂々の進軍。ムーティの指揮ぶりは颯爽としているし、ウィーン・フィルは好演。ただ、リズムが少し重い感じもするが、もともとそう書かれているのかな。
終曲は輝かしい。もっともフィリップスの録音なので、DECCAなどのキラキラしたところはないのだが、それでも、やはりVPOの音はエエなぁと思う。


シューマンの第2交響曲は、4曲の中で最も目立たない作品でしょう。
渋いというか、オケの鳴りが悪いというか・・・スカッとしたところがちょいと弱い音楽であります。しかし、この晦渋さもシューマンの一面。
ウィーン・フィルで聴くと、それが和らぎます。
バーンスタインやメータで聴いても、やはりウィーン・フィルの音に魅せられますな。

2006/06/23のBlog
梅雨本番です。
雨脚が強くなってきました。西日本では大雨の予報です。
2年前の水害を思うと、雨はコワイです。

さて、今日のCDはベートーヴェンの交響曲第1番ハ長調 op.21。
ベルナルド・ハイティンク指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管の演奏。

今や大巨匠のハイティンク。深いフレージング、正統の中の正統といった指揮ぶりが印象的な指揮者。どこかのウィスキーのCMのコピー文句ではないが、まさに、「何も足さない、何も引かない」といった風情の演奏ぶりが素晴らしい指揮者。
録音を続けているフィリップス・レーベルがDGやEMI、DECCAに比べてイマイチ目立たないからか、その風貌が損をしているのか、無理矢理でもポストを奪い取るような政治力・周旋力が欠けているのか・・・・巨匠の今も、そんなに目立たないのがハイティンク。
でもそれが彼の良いところかもしれない。
彼の人の良さ、人徳かもしれない。

この人の演奏はホンマに味わい深く、しかも作曲者の「真摯な声」が聞こえてくる。
常に演奏は真剣で、妙な匠気がなく、正統的な指揮ぶり。テンポはだいたい中庸で、キラッと光る個性的なところはあまりない(殆どない?)。
聴き終えたあとの感銘というか、「ああ、イイ演奏を聴いたな」と思えるのは、ボクがこの指揮者と相性がよいからかもしれんなぁ・・・・。

今日のベートーヴェンも、そういった演奏。

第1楽章から、もう出てくるのは、コンセルトヘボウの音。落ち着いていて、渋くて、ほの暗く柔らかい木質の音。使い込んだ木星の道具の、暖かい肌触り。
ハイティンクのテンポはまさに中庸。速過ぎず遅過ぎず、丁度よいテンポ。リズムは正確で、フレージングは格調高い。
聴いていると、ああ、やはり1番は「古典」なんだ、ベートーヴェン的なロマンにはまだ至らない、古典の品格を遺す交響曲なんだ・・・と実感させてくれる演奏。
オケの人数はやや少なめか。ヴァイオリンの細やかな動きがよく聴き取れる好録音。

第2楽章はアンサンブルが聴きもの。弦楽器の柔らかな響きを基調に、木管・金管が見事にブレンドされて、熟成した酒のように芳醇な香りを漂わせる。ハイティンクとコンセルトヘボウ管の長年の成果を聴くような、素晴らしさ。

第3楽章はスケルツォ。交響曲に初めてスケルツォを持ち込んだベートーヴェンの意欲が伝わってくるような生き生きとした演奏。テンポは快速で、前に2つの楽章とは対照的。このあたりはハイティンクの構成力の見事さと讃えたいなぁ。

終楽章はさらに快調。交響曲の終楽章はかくあるべしと思わせるような、盤石の安定感。このふっくらとした響きは、コンセルトヘボウ管ならでは。実にエエ音。


全集魔ハイティンクであります。
就中、このベートーヴェン全集は、屈指の出来だと思います。
このふくよかな音。この音を聴くだけでも、快感でありますな。
2006/06/22のBlog
日中の蒸し暑さは気分が悪いですが、早朝は涼しく快適です。
ジョギングしていると、緑の空気が旨いですな。朝露のあぜ道を走るのは(少々靴底が濡れるが)、実に気持ちイイもんです。これで体重が減ってくれれば文句ないんですが、どうもこの頃、アカンです。気分よく走ったあとに、食べ過ぎるからかな・・・・(^^ゞ。
節制しなくちゃね・・・・・。

さて、今日はモーツァルトの交響曲第40番ト短調 K.550。

コレギウム・アウレウム合奏団の演奏。1972年、キルハイムのフッガー城「糸杉の間」での録音。独ハルモニア・ムンディ原盤で、日本ではBMG盤。
LP時代はテイチクから出ていたもので、廉価盤が沢山あったので、随分世話になったものだ。

久しぶりに聴く、コレギウム・アウレウムのモーツァルト。
古楽器らしく、響きが明るく爽やかで、実に気持ちよい。そして、演奏スタイルは1970年代の現代楽器オケ風の安定感。
今の古楽器団体なら、もっとテンポ速く、少ない人数でサラッと演奏するのだろう。今ではコレギウム・アウレウム合奏団のタイプは古いんだろうと思う。しかし、爽快さの中にほのぼのとした温かさが伝わってくるこの演奏は、なかなか捨てがたい・・・・。


第1楽章から、特段変わったことをしているわけでもない。古楽器を用いたモーツァルトというだけ。テンポも普通。
しかし何とも云えない安定感と清新な雰囲気を感じる。指揮者を置かないこの団体らしい自発性というべきかな。コンサートマスターのフランツヨーゼフ・マイアーの巧みなリードで、アンサンブルはしっかりしている。羊腸弦のストリングスがとても綺麗。

第2楽章は、フルート・トラヴェルソのひなびた響きや、自然倍音のホルンの素朴な味わいを楽しみながら、清涼剤のようなストリングスが聴ける。テンポはやや遅めで、じっくり演奏してゆく。安定感に富んだ、保守的なモーツァルトかな。

第3楽章、本来は劇的なメヌエットなのだが、コレギウム・アウレウム合奏団で聴くと、ヌクヌク・ポカポカと暖かい。
中間部のトリオが、ことのほか美しい。ホルンの響きが自然に膨らんでいって、いじらしくなるほどの素朴さ。残響豊かで素晴らしい倍音。さすが「糸杉の間」。この響きは、何物にも代え難い。

終楽章はテンポが少し速まって、迸る哀しみが聞こえる。第一ヴァイオリンの涼やかな響きが時折少し軋んで、モーツァルトの哀しみを歌う。クラリネットの透明感のある響きが、その哀しみの感情を増幅させるよう。
アンサンブルはここでも自在なのだが、時々緩いのかなと思わせるところもあり。(残響の多い録音でごまかしているのかな?)
終曲に向かって、音楽がどんどん盛り上がって、熱くなってゆく。素晴らしい。


コレギウム・アウレウム合奏団の演奏は良くも悪くも微温的な演奏だと思います。
でも、そのほのぼの暖かいこの団体が、終盤には熱くなる・・・・そんな要素がモーツァルトにはあるんです。
ああ、モーツァルトを聴くのは、だから楽しいんですな。
2006/06/21のBlog
蒸し暑くなってきました。梅雨の季節、独特の暑さでありました。
特に夕凪の時間が暑かったですなぁ・・・・。
瀬戸内の夕暮れ時の、凪の時間帯は、気分が悪くなるような暑さ。
いよいよ夏であります。

さて、今日はマーラーの交響曲第1番「巨人」。

クラウディオ・アバド指揮シカゴ響の演奏。
1981年2月、シカゴのオーケストラホールでの録音。DG盤。

これは、アバドの「巨人」初録音盤。今出ているアバドのマーラー全集には、ベルリン・フィルとの「巨人」が採られているから、このCDが旧盤になるのかな。発売当時からLPで聴いてきたのだが、CDで買い直したもの。LPの方が音が柔らかく聴きやすいのだが、ダイナミックレンジの広さを思うと、CDの方がこの演奏には良いような気がする。
第1楽章の序奏部の緊張感が素晴らしい。低音が持続的に背後で静かに鳴るのだが、これが独特の迫力を醸し出している。ときおり響くホルンの伸びやかな丸みのある音が、場違いに思えるほど、この緊迫感は素晴らしい。木管の抑え気味の音も良い。オケのパワーを抑えに抑えて、しかし迫り来る圧倒的な力を予感させる演奏。ダイナミック・レンジが広大で、LPの時では聞こえてこなかった音が、CDでは確かに聞こえる。
主部に入ると、一転しなやかな歌が始まる。シカゴ響って、弦がこんなに柔らかいオケだったかと見直してしまう。この柔軟なストリングスは、アバドの手腕の賜物だろう。ショルティだとこうはいかない(というより、ショルティはこうは演らない)。
この音楽は青春の歌。「無限の可能性を秘めた青年」と、楽観的な修飾語を加えたくなるような、瑞々しい音楽になっている。旋律が滑らかに流れ、その中にハッとするような音が随所に現れる。リスニング・ルームに涼やかな風が吹き込んでくるような、素晴らしい演奏。

第2楽章は、アバドの精力的な指揮を感じる。リズムがよく弾んで、表情づけが実に若々しい。アンサンブルも緊密で。ストリングスなどゾッとするほど巧い。しかもよく歌うのだから、たまらない。ヴィオラの刻みさえ、歌っている感じ。木管の素朴な表情も良い。これらが、重層的に聴き手に迫ってくるのは感動的。

第3楽章もアバドらしい、しなやかな歌。短調の旋律なのに、あまり淋しさを感じさせない。かえって少し明るめ、前向きな若々しさを感じさせる演奏。トランペットの音が印象的。知的で端正、しかも朗々と歌う。ハーゼスに違いない。さすがだわなぁ。

終楽章、いよいよシカゴ響のフルパワーが炸裂、スカッと豪快なフォルティシモが聴ける。どんな大音量になっても、このコンビなら、余裕綽々。大排気量のクルマが楽々加速していくような、そんなパワーの出方。しかも、その大音量でも音楽のフォルムがちっとも崩れないのだから、やはり大したもんだと思う。なんて巧いんだろう。
そして、アバドが振ると、このパワーの中に、柔らかく暖かい空気感が漂うのがイイ。
最後まで緊張感が切れない、最高のオーケストラ音楽が聴ける。

ホンマに素晴らしい。
アバドとのコンビで聴くシカゴ響、最高でありましたなぁ。
この演奏も快感でありました。
2006/06/20のBlog
Doblogはまだ不安定のようです。
夜中には全くアクセスできないこともあります。
せっかくのメンテナンス、バージョンアップだったのに、結果はもう一つかな・・・・・。

さて、モーツァルト大全集、ポツポツと聴いております。

今日は、フルートとハープのための協奏曲ハ長調 K.299。

マルク・グローウェル(fl)、ジゼル・ヘルベルト(hp)、ベルナルド・ラバディエ指揮レ・ヴィオロン・デュ・ロワの演奏。
この団体は、カナダ・ケベックにある古楽器・バロックのアンサンブルらしいので、指揮者はバーナード・ラバディと読んだ方がいいのかもしれない。
(でもこの団体のHPはフランス語だった。全然読めん(^^ゞ・・ケベックだから当たり前か・・・・)
録音は1994年。ブリリアントの例の大全集からの1枚。


第1楽章の序奏は、明るく華やかな、大変軽やかな音が響く。ヴァイオリンはフレージングが短めで、キビキビした演奏。テンポは快速ですっ飛ばしてゆく感じ。
グローウェルのフルートは溌剌として爽快な音色。優美さよりも軽やかさを前面に出した吹きっぷりで、実に自在。あまり歌わないが、リズムがとても良く心地よい。
ヘルベルトのハープもそれに合わせて小気味の良い演奏を繰り広げてゆく。両者のアンサンブルもなかなかのもの。息が合ってよろしい。
カデンツァは大変伸び伸びとして気持ちいい。何より、屈託のない明るさがモーツァルトを感じさせてくれる。

第2楽章は、優しく可憐で柔和な表情のアンダンテ。フルートとハープの音色・響きを生かしきったモーツァルトの、見事な書法を味わえる名品。そして、素晴らしい旋律。
と、今さらボクがモーツァルトの天才を褒めても仕方ないが、しかし、何とこのアンダンテは美しいことだろう。
フルートとハープの二重奏は天国的な美しさだと思う。グローウェルとヘルベルト、二人の奏者の呼吸のあったアンサンブルは、モーツァルトの天才を十分に伝えてくれる。名手だと思う。
ハープの分散和音、そのピアニシモが例えようもなく美しい。実にイイ。この、かそけき響きの中に、確かにモーツァルトの抒情が流れていると思う。

終楽章は快活。伴奏のレ・ヴィオロン・デュ・ロワもよく頑張っているが、時々音がザラつくところがあって、もう少しファイト!という感じ。
ソロの二人はここでも軽快そのもので、ギャラントな明るさに包まれたモーツァルトになっている。色に例えれば淡いピンク。フルートの高音が良く伸びて、ハープの上品な音色がそれを支える。素敵なアンサンブルが聴ける。
リズムのよく弾んで、見事なロンド・アレグロになっている。


無名の団体・奏者(少なくともボクにとっては)でありましたが、いかにもモーツァルトの演奏になっております。
名曲には凡演がないんでしょうかね・・・・。
若々しく良いモーツァルトでした。
2006/06/19のBlog
午後から快晴です。
夏が来ました。

そこで、今日はマーラーの交響曲第3番「夏の交響曲」。
ズービン・メータ指揮ロサンゼルス・フィルの演奏。
1978年3月の録音。

素晴らしい演奏。

たっぷりと絵の具を含んだ太い筆で、グイッと一気に描き上げたマーラー。極彩色に光り輝き、タッチは太々としていて逞しく、聴き手を惹きつける魅力が一杯のマーラー。
部分的には、いかにもマーラーらしい繊細で不安なフレーズが出現するのだが、全体を通してみると、屈託のない明るい爽快なマーラー。

恐らくメータが最も輝いていた時代の(過去形で云うのは悲しいが)、外面的にも内面的にも充実している、これは演奏だと思う。名盤。
管弦楽が豪壮華麗に鳴り響き、大変に気持ちよい。しかもエロティックなまでの色気も漂う。肉感的美女のような演奏。自信に満ちて、堂々としていて、カリフォルニアの青い空よろしく、明るく抜けるような音響と演奏。いや全く素晴らしい。

第1楽章は8本のホルンの斉奏、これが深く重く実にイイ音。メータの採るテンポはやや速めで、旋律をあまり粘らせずに演奏させている。
LAPOが巧い。当時、さほど巧いオケとは思われていなかったLAPOだったが、どうしてどうして、大変に巧いオーケストラだ(当時、アメリカのオケはビッグ5というのが相場で、CSO、BSO、NYPとフィラデルフィア、クリーヴランド菅だった)。
メータの棒にピタッと付いて、上質のアンサンブルを聴かせてくれる。DECCA録音が優秀なこともあって、極上の音響が部屋に満ちてゆく。
ソロ・ヴァイオリンの優美な音色、ホルンの甘い響き、はち切れそうな金管に味わい深い木管、どれをとっても、これ一流のオケだわなぁ。
メータは大曲ほど上手く聴かせてくれる指揮者。この長大な第1楽章を全く弛緩させずに、勢いよく聴かせきってしまうのは見事だと思う。爽快な感動が残る名演。

第2楽章は木管と弦楽のアンサンブルが聴きもの。ヴァイオリンが聴かせてくれるデリケートな歌が素晴らしい。ヴィオラの音色もしっとりと落ち着いていて心地よい。低音がイイ。チェロとヴィオラがゆったりと響くのを聴くのは至福の境地か。

第3楽章はポストホルンの美しさに尽きる。それに絡むヴァイオリンのまた美しいこと。メロウなサウンドで、甘く切なく漂うよう。この楽章の後半は、平和で穏やか、端然としたたたずまいの音楽。メータの設計は心憎いほど。

第4楽章と5楽章は、モーリン・フォレスターの歌唱が良い。少年合唱も美しいが、コントラルトと少し違和感があるかな。でも合唱は巧いし、幸福で明るい表情は前楽章と変わらず、全体的には綺麗なものだ。

そして感動の終楽章。静謐な空間、静かな抒情。穏やかなロサンゼルス・フィルのストリングスが美しい。やがて、黄金色に輝いてゆく。これはまさに至福の境地であります。

窓を開ければ、ああ、爽やかな夏の風が吹いてきます。
マーラーの3番交響曲の季節が来ました。
美しい、どこまでもクッキリと美しいマーラーでありました。
2006/06/18のBlog
今年は、梅雨らしい梅雨です。どんよりとした曇り空が続きます。
いつ降るか、いつ降り出すか・・・・気を揉むような、この数日の天気です。
日照不足も心配でして・・・・・・・さて、田植えがほぼ済んだ、あの稲たちは大丈夫かな。
尤も、水不足になりがちの瀬戸内地方には、この雨は恵みの雨かもしれません。

今日は、シューマンのピアノ曲を。

「子供の情景」作品15。
ピアノ独奏はクラウディオ・アラウ。
1974年3月録音のフィリップス盤。(カップリングは「謝肉祭」)

「シューマンはまず歌曲、そしてピアノ曲」とは、吉田秀和が『LP300選』で云っていたのだったか。
ボクにとってのシューマンは、断然、交響曲作家であって、我が家には彼の交響曲全集がナンボでもある。CDなら2枚組で収まるから実に買いやすい・・・・そのせいもあって、ついつい貯まってしまう。(ブラームスの交響曲全集も同じように増えてゆくわけだが・・・・(^^ゞ)

そんな訳で、シューマンのピアノ曲のエントリーは初めてであります。
「子供の情景」。
ふだんあまり聴かないシューマンのピアノ曲だが、これはよく聴く。
理由は、トロイメライが入っているから。
クラシック音楽を聴くようになって以来、この曲が好きなことは変わらない。何と心落ち着く柔らかな音楽であることか。

アラウのピアノは、大らかで包容力に満ちている。
テンポもあまり速くなく、落ち着きがあって聴きやすい。
トロイメライなどは、もう美しさの限り。ゆっくりと、慈しむように弾いてくれる。甘い囁きのような、慈愛に満ちた響きがたまらない。
これ、ホンマにエエ音楽やなぁ。

ピアノの音は残響豊かなフィリップス録音のためか、やや太め。たっぷりと堂々と鳴っている。恰幅の良い響きで、重量感もあるが、もたれることはないし、鈍重な感じはない。
それより、着実な歩みがもたらす豊かさが素晴らしいし、フォルテでの豊麗な響きが混濁せずに聴き手を包み込んでくれるのが、とてもイイ。

そして、ゆったりとした息づかい。ちっともセカセカしない。深々としたフレージングでピアノがたっぷりと鳴るのがイイ。これが包容力、大人風という印象を与えるのだろうな。

今から30年以上も前の録音なのに、素晴らしい音です。
アナログ録音絶頂期の、フィリップスの名録音であります。
カップリングの「謝肉祭」も素晴らしい演奏でありました。
2006/06/17のBlog
Doblog、かなり軽くなりました。
更新やコメントの書き込みが、サクサクになったような気がします。時間帯によるのかもしれませんが(現在土曜日の早朝4時・・・)、気持ちエエです。
どうぞ、コメント等よろしくお願いします。

さて、今日はロッシーニの序曲集でも聴こうかなと、デュトワ盤を取り出してCDプレーヤーにセット。
まあ、「ウィリアム・テル」からでも聴こうわいとソファに座ったとたん、音楽に引き込まれ、釘付けになってしまった・・・・。

冒頭、「夜明け」での、チェロの深々とした響き。艶があって、色気があって、しかも優美。にもかかわらず、男性的な逞しさも併せもつ素晴らしい低音。
何と美しいチェロ。ワクワクするような開始。
テンポもゆったりとして実に心地よい。ヨーロッパの、深い森を思わせるような素晴らしい音。

録音も極上。いつも思うのだが、デュトワ/モントリオール響のCDは、ホンマに最高のオーケストラ録音。左右上下に良く音が広がって、しかも奥行きが実に深い音場。個々の楽器の艶やかさも十分で、実に新鮮な録音が気持ちいい。DECCAの技術に感嘆。

さて、「嵐」の場面では、バリバリ鳴る金管が気持ちよい。その金管、音を割って吹いているのだがちっとも下卑た音にならず、上品に志操高く鳴る。これ、聴いていてたまらない快感。コンサートホールでもこんなイイ音で聴けないだろうなぁ。
いやはやオーケストラ音楽を家庭で聴く醍醐味、ここにあり。

「牧歌」でのコーラングレやフルートの懐かしいまでの響き。テンポも中庸で心地よく、アンサンブルも完璧。高原の空気のような、深い森の緑のような爽やかなアンサンブル、そして響き。ああ、イイ音。

お待ちかね「スイス独立軍の行進」。
トランペットの金色の響き。そしてロッシーニ・クレッシェンド。オーケストラが輝くばかりのサウンドを鳴らし、弦楽器群は鮮やかな弓さばき。
素晴らしい盛り上がり、オケ全体が黄金色に光り出す。光彩陸離たる名演とはこのことか。生理的な快感でもある。

いやもう、デュトワ/モントリオール響の圧倒的な演奏に、ただただ舌を巻くばかり。
もちろん、「ウィリアム・テル」だけでなく他の演奏も見事なもんです。
(尤も、ロッシーニの序曲は金太郎飴的なところがあって、だからまあ、どれを聴いてもオイシイのだが)

このCDの収録はこんなもんです。

1.歌劇「絹のはしご」序曲
2.歌劇「セミラーミデ」序曲
3.歌劇「どろぼうかささぎ」序曲
4.歌劇「ウィリアム・テル」序曲
5.歌劇「セビリャの理髪師」序曲
6.歌劇「アルジェのイタリア女」序曲
7.歌劇「ブルスキーノ氏」序曲
8.歌劇「シンデレラ」序曲

これほどの曲が揃って、しかも大名演。
それが1000円程度で、家庭で聴けてしまう幸福。
なんとまあ有り難い時代でありましょう。
2006/06/16のBlog
Doblogのメンテナンスのため、3日間のお休みでありました。
久しぶりに自分のブログを開いてみると、おお、だいぶ軽くなったような・・・・。

さて、休み明けに選んだのは、これがまた我らシロウトの大々愛好曲であります。

ヴィヴァルディの協奏曲集「四季」。

トレヴァー・ピノック指揮イングリッシュ・コンサートの演奏。
ソロ・ヴァイオリンはサイモン・スタンデイジ。チェンバロは指揮のピノック自身。
1981年10月の録音。デジタル初期の、そしてピノック/イングリッシュ・コンサートが盛んにレコーディングしていた時期の演奏。
スタンデイジのヴァイオリンは「ジャン・バティスタ・ロゼリ」(1699年)という銘器だそうな。

「春」の第1楽章、鳥の囀りがあちこちから聞こえてくるような爽やかな演奏。
リズムがよく弾んで推進力があり、いかにも爽快溌剌。春の息吹が部屋中に満ちてくるような若々しい演奏。

スタンデイジのソロ・ヴァイオリンがまた躍動的で清潔感に満ちている。若葉の黄緑色の雰囲気が漂うヴァイオリン。響きは細身なのだが、フレッシュでスタイリッシュ、引き締まった感じがとても若々しくて素敵。こんなに贅肉のない、シェイプアップされたヴァイオリンは、なかなか聴けないんじゃないか。巧拙云々より、その上品で清潔な演奏に魅せられてしまう。
第2楽章での装飾音など、その最たるもので、清々しく瑞々しい。見事なヴァイオリン。(銘器ジャン・バティスタ・ロゼリの持つ響きも素晴らしいのだろうなぁ)

ピノックのチェンバロも活気があって若い。イングリッシュ・コンサートは、録音当時としては、新時代のバロック演奏を感じさせるアンサンブルだった。この頃、古楽器演奏の中心は間違いなくイギリスにあった・・・。

「夏」では、緩急の対比が面白い。快速なところでは劇性に富んでいる。突進力とでも云うべきか、非常に激しい演奏を展開してゆく。ソロ・ヴァイオリンは短めのフレージングで、切羽詰まったような迫力を感じさせる。「春」とはうって変わって、激しく鋭い音色。装飾音も、一瞬、金切り声のような、そう、悲鳴のような響きのところもある。第3楽章など、オケ全体がきつめの響き。夏の嵐の激しさだ。

「秋」は冒頭から喜びに溢れた演奏。オケ全体が明るく伸び伸びとしている。スタンデイジのヴァイオリンはここでも鮮やか。颯爽と快速パッセージを弾きこなしてゆく。巧いもんだ。静謐な部分ではハッとするようなニュアンスを感じさせるのも見事だと思う。
第2楽章以降ではピノックのチェンバロがイイ。あまり変わったことはしていないのだが、清潔で端正、確かな通奏低音だと思う。第3楽章での装飾はセンスが良い。

「冬」でもピノックのチェンバロの装飾が楽しい。イングリッシュ・コンサートのアンサンブルは緊密、スタンデイジのヴァイオリンとの呼吸もピッタリ。
「ラルゴ」は速めのテンポでサラっとした感じだが、瑞々しい抒情が流れてゆく。適度な装飾がほのぼのとした冬のイメージを広げてゆく。


録音から25年。
今も聴いても爽やかそのものの演奏であります。
ピノックの全盛期だったのかもしれません。

さて、このDoblog、コメント書き込み等、かなり軽くなったような気もします。
どうぞ、また色々教えてください。
よろしくお願いします。