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2006/07/01のBlog
[ 03:13 ]
[ 器楽曲 ]
シューベルトの即興曲集。作品90、D.899と作品142、D.935。
ピアノ独奏はアルフレート・ブレンデル。1972年の録音フィリップス盤。
シューベルトの即興曲集は学生の頃からの愛聴盤。
特に、ロザムンデの主題を用いた作品142の第3番変ロ長調がイイ。
初めて買ったLPはブレンデルの旧盤。LPジャケットの袋はミノヤとあるので、所沢の駅前商店街で買ったものだろう(さて、今はミノヤというショップははあるのかな)。
その後エッシェンバッハやルプー、ペライア、内田光子、ブレンデルの再録音盤などを聴いたが、結局このブレンデルの旧盤に戻ってしまう。ルプーやエッシェンバッハ、内田の即興曲集もとてもよかったのだが、懐かしさ半分、ブレンデルの旧盤を聴くとホッとするところがある。
ブレンデルの演奏はいつも誠実で真摯。考え抜かれた末の演奏という感じ。ライヴ風の、まさに即興的なノリの演奏もいいのだろうが、熟考を重ねた大人の風格が漂うブレンデルの演奏、ボクは好きだなぁ。
音色はホンマに綺麗。いくらかベージュのかかった白、肌色混じりの純白というか・・・・。真っ白な中にいくらか人肌の混じる白さ・・・・そんな音色。
暖かく穏やかで、しっとりと落ち着いている音色。この音こそブレンデル。
演奏も同様、いたって穏和で、絶叫しないのがシューベルト的でイイ。
シューベルトは気の弱い青年だったいうが(そして、青年のまま死んでいった)、ブレンデルのピアノには、そういう弱さがよく表出されていると思う。
大声を出さずに、内面に向かって徐々に沈潜してゆく音楽。そして全編、歌謡的な旋律が流れて、構成感には乏しい音楽。でも限りなく美しく、デリケートな音楽。シューベルトのピアノ曲は、さり気なく美しい。
若い頃、ブレンデルのピアノでシューベルトのピアノ曲に出会ったのは幸運だったと思う。だって、シューベルトが大好きになれたから。
さて、この即興曲集、どこから聴いてもブレンデルの音楽そのものなのだが、やはり親しめるのは、初めに書いたように作品143の第3番かな。
流れるような変奏曲の中から知的な風貌のシューベルトが顔を出す。ブレンデルらしい端正な表情がとてもイイ。ピアノの音色も言うことなし。透明な響きがどこまでも美しい。やや抑えられた抒情が静かに漂ってくる。
激情的な演奏ではない、透きとおった哀しみが伝わってくる感じ。
ブレンデルのピアノで聴くシューベルト、ソナタもとても良いんですが、それはまた別の機会にでも。
蒸し暑い梅雨時、ブレンデルのピアノで気分が爽やかになりました。
ピアノ独奏はアルフレート・ブレンデル。1972年の録音フィリップス盤。
シューベルトの即興曲集は学生の頃からの愛聴盤。
特に、ロザムンデの主題を用いた作品142の第3番変ロ長調がイイ。
初めて買ったLPはブレンデルの旧盤。LPジャケットの袋はミノヤとあるので、所沢の駅前商店街で買ったものだろう(さて、今はミノヤというショップははあるのかな)。
その後エッシェンバッハやルプー、ペライア、内田光子、ブレンデルの再録音盤などを聴いたが、結局このブレンデルの旧盤に戻ってしまう。ルプーやエッシェンバッハ、内田の即興曲集もとてもよかったのだが、懐かしさ半分、ブレンデルの旧盤を聴くとホッとするところがある。
ブレンデルの演奏はいつも誠実で真摯。考え抜かれた末の演奏という感じ。ライヴ風の、まさに即興的なノリの演奏もいいのだろうが、熟考を重ねた大人の風格が漂うブレンデルの演奏、ボクは好きだなぁ。
音色はホンマに綺麗。いくらかベージュのかかった白、肌色混じりの純白というか・・・・。真っ白な中にいくらか人肌の混じる白さ・・・・そんな音色。
暖かく穏やかで、しっとりと落ち着いている音色。この音こそブレンデル。
演奏も同様、いたって穏和で、絶叫しないのがシューベルト的でイイ。
シューベルトは気の弱い青年だったいうが(そして、青年のまま死んでいった)、ブレンデルのピアノには、そういう弱さがよく表出されていると思う。
大声を出さずに、内面に向かって徐々に沈潜してゆく音楽。そして全編、歌謡的な旋律が流れて、構成感には乏しい音楽。でも限りなく美しく、デリケートな音楽。シューベルトのピアノ曲は、さり気なく美しい。
若い頃、ブレンデルのピアノでシューベルトのピアノ曲に出会ったのは幸運だったと思う。だって、シューベルトが大好きになれたから。
さて、この即興曲集、どこから聴いてもブレンデルの音楽そのものなのだが、やはり親しめるのは、初めに書いたように作品143の第3番かな。
流れるような変奏曲の中から知的な風貌のシューベルトが顔を出す。ブレンデルらしい端正な表情がとてもイイ。ピアノの音色も言うことなし。透明な響きがどこまでも美しい。やや抑えられた抒情が静かに漂ってくる。
激情的な演奏ではない、透きとおった哀しみが伝わってくる感じ。
ブレンデルのピアノで聴くシューベルト、ソナタもとても良いんですが、それはまた別の機会にでも。
蒸し暑い梅雨時、ブレンデルのピアノで気分が爽やかになりました。
2006/06/30のBlog
[ 04:14 ]
[ 交響曲 ]
昨日に続いて東ドイツ系の指揮者を聴いてみましょう。
尤も、この人はオーストリアの出身だったはずだが、東ドイツでの活躍が長かったし、ドイツ統一以後はパタッとその活躍を聴かなくなってしまった。
オトマール・スウィトナー。
今日は彼のマーラーの交響曲第5番嬰ハ短調。
ベルリン・シュターツカペレとの演奏。
1984年9月・12月、ベルリン・キリスト教会での録音。これは東ベルリンの教会になるのだろう。(カラヤン/BPOが1960年代に使っていたのとは別物のはず)。
教会での録音らしく、音源が遠い感じがする。音場の空間表現は見事なもので、奥行き広大。
ややくすんで暗い音色のベルリン・シュターツカペレの特質がよく出ていると思う。DENONの録音だと、もう少しキラキラするところがあるのだが、このCDはドイツ・シャルプラッテン原盤なので、渋めの音になっている。プロイセン風の重厚さはあまりないのだが、落ち着いたイイ音だと思う。
第1楽章は速めのテンポで軽快。葬送行進曲はアッサリ進んでゆくし、スウィトナーの指揮もあまり粘らないので、スッキリ爽やかな印象を受ける。
ただ、低弦が強調されたり、対向旋律をドキッとするほど浮かび上がらせてみたり、スウィトナーはなかなか芸が細かい。
音はとても綺麗。音色そのものは暗めでくすみ加減なのだが、オケ全体の響きはとても美しい。混濁いっさいなし。磨き上げられた耽美的な演奏と云っていいかもしれない。
第2楽章は様々な楽器のソロが楽しい。ベルリン・シュターツカペレは、そんなに巧いオケではないと思うのだが、ソロ楽器のテクニックは素晴らしく、実に楽しめた。聴き慣れているマラ5なのだが、この演奏には、ハッとするパッセージが随所に出てくる。スウィトナーが強調するところなのだろうが、珍しい感じがした。
第3楽章は、マラ5の真ん中に置かれたスケルツォ。対称構成のこの交響曲の中心をなす楽章。聴きもののホルンは良い音を響かせている。大活躍。
ストリングスは、しなやかで優しい響き。テンポは若干速めなので、サラサラした感じを受ける。アンサンブルは上質。
第4楽章はアダージェット。美しさの極み。磨き上げられた宝石のような演奏。少しルバートがかかる部分もあるが、全体的にはシンプルな演奏と云えると思う。テンポは前の3つの楽章の設定から考えると遅め。抒情的な旋律を十分に歌ってくれる。特にヴィオラやチェロのたっぷりとした歌がイイ。
終楽章は充実の演奏。アンサンブルも美しく、各楽器の音色も美しい。終曲での盛り上がりもカッコイイ。
スウィトナーの5番は美しさを突き詰めたような演奏であります。
聴いていて、ふと、「これはカラヤンの路線ではないか」と思いました。
スウィトナーとカラヤンの共通性など、ふだん感じることもないんです。
このマーラーは実に耽美的。美しさの極みです。
こんなマーラーを演る人、カラヤンしかいなかったような気がします。
尤も、この人はオーストリアの出身だったはずだが、東ドイツでの活躍が長かったし、ドイツ統一以後はパタッとその活躍を聴かなくなってしまった。
オトマール・スウィトナー。
今日は彼のマーラーの交響曲第5番嬰ハ短調。
ベルリン・シュターツカペレとの演奏。
1984年9月・12月、ベルリン・キリスト教会での録音。これは東ベルリンの教会になるのだろう。(カラヤン/BPOが1960年代に使っていたのとは別物のはず)。
教会での録音らしく、音源が遠い感じがする。音場の空間表現は見事なもので、奥行き広大。
ややくすんで暗い音色のベルリン・シュターツカペレの特質がよく出ていると思う。DENONの録音だと、もう少しキラキラするところがあるのだが、このCDはドイツ・シャルプラッテン原盤なので、渋めの音になっている。プロイセン風の重厚さはあまりないのだが、落ち着いたイイ音だと思う。
第1楽章は速めのテンポで軽快。葬送行進曲はアッサリ進んでゆくし、スウィトナーの指揮もあまり粘らないので、スッキリ爽やかな印象を受ける。
ただ、低弦が強調されたり、対向旋律をドキッとするほど浮かび上がらせてみたり、スウィトナーはなかなか芸が細かい。
音はとても綺麗。音色そのものは暗めでくすみ加減なのだが、オケ全体の響きはとても美しい。混濁いっさいなし。磨き上げられた耽美的な演奏と云っていいかもしれない。
第2楽章は様々な楽器のソロが楽しい。ベルリン・シュターツカペレは、そんなに巧いオケではないと思うのだが、ソロ楽器のテクニックは素晴らしく、実に楽しめた。聴き慣れているマラ5なのだが、この演奏には、ハッとするパッセージが随所に出てくる。スウィトナーが強調するところなのだろうが、珍しい感じがした。
第3楽章は、マラ5の真ん中に置かれたスケルツォ。対称構成のこの交響曲の中心をなす楽章。聴きもののホルンは良い音を響かせている。大活躍。
ストリングスは、しなやかで優しい響き。テンポは若干速めなので、サラサラした感じを受ける。アンサンブルは上質。
第4楽章はアダージェット。美しさの極み。磨き上げられた宝石のような演奏。少しルバートがかかる部分もあるが、全体的にはシンプルな演奏と云えると思う。テンポは前の3つの楽章の設定から考えると遅め。抒情的な旋律を十分に歌ってくれる。特にヴィオラやチェロのたっぷりとした歌がイイ。
終楽章は充実の演奏。アンサンブルも美しく、各楽器の音色も美しい。終曲での盛り上がりもカッコイイ。
スウィトナーの5番は美しさを突き詰めたような演奏であります。
聴いていて、ふと、「これはカラヤンの路線ではないか」と思いました。
スウィトナーとカラヤンの共通性など、ふだん感じることもないんです。
このマーラーは実に耽美的。美しさの極みです。
こんなマーラーを演る人、カラヤンしかいなかったような気がします。
2006/06/29のBlog
[ 04:12 ]
[ 交響曲 ]
梅雨前線小康状態。今日も蒸し暑い日でありました。
激務は相変わらずで、このまま7月下旬までいってしまいそうな感じ。やれやれ(^^ゞ。
さて、今日はブルックナーの交響曲第5番変ロ長調「原典版」。
ハインツ・レーグナー指揮ベルリン放送響の演奏。
1983年9月、東ドイツ・ベルリン放送局での録音。ドイツ・シャルプラッテン原盤。
ハインツ・レーグナーを初めて聴いたのは、DENON盤のシューベルト「グレート」だった。まだ学生だった頃、悠揚迫らぬゆったりとした序奏部が印象的な演奏だった。全体的にスケールも大きく、柔らかく残響豊かなDENONの名録音もあって、今も愛聴している。
1992年だったか、「ドイツ・シャルプラッテン20周年記念」と称して、当時日本でライセンスを持っていた徳間音工が次々に1000円盤CDを発売した。当時、1枚1000円というのは激安、戦略的価格であって、ボクはいそいそとレーグナーのブルックナーを買い求めたものだった。シューベルトの「グレート」の好感から、彼のブルックナーはさぞや雄大だろうと期待を込めて。
一聴、期待が裏切られてガッカリ。テンポが速い。サクサク進んでしまう。どれもサラッとした味付けで、雄大なスケールどころか、お茶漬けのような軽さ。ナンジャ、コリャ?。こんなはずはないと「グレート」を聴くと、やはり壮大でゆったり感満点のシューベルト。ああ、やっぱりレーグナーはエエなぁと思いつつ、ブルックナーに戻ると、どれも速い・・・・う~~む。
・・・・・と思ったのは、すでに14年前のことであって、このサラッとしたブルックナーの中に、滋味深い味わいをこめているのがレーグナーなのだということが徐々に分かってきた。
今日の第5番もそう。
第1楽章、冒頭からテンポが速く、サラッとした始まり方。例のブルックナー開始の勿体ぶったところがない、さり気ない感じで始まる。録音は、放送局のスタジオ録音というが、残響が適度にあって、ソフトフォーカス的、聴きやすい音になっている。
弱音部での繊細さがイイ。この人は、スケールの大きさを追求するよりも、ピアニシモでの優しくデリケートな響きが得意な指揮者だったなじゃないか。そんな気がしている。
第2楽章アダージョも速めで、しなやかに流れてゆく。もう少し遅い方がエエなぁ・・・・と思うのだが、レーグナーはあまり情念的に粘らせずに、清冽な演奏を心がけているのだろう。ベルリン放送響は、やや暗めの渋い音が特徴。ドイツ的な重心の低い音なのだが、あまりゴツゴツしたところはない。清潔なアダージョ。このあたりは、レーグナーのバトンのなせるワザか。
第3楽章スケルツォも流れるような演奏。逡巡、戸惑いなど一切なし。
アンサンブルはイマイチかな。やや緩め。オケの音は渋く暗いので、屈託ないノーテンキな演奏とは一線を画している。
終楽章のフィナーレは熱い演奏。楽章後半から終結部までは特に熱い。スタジオ録音なのに、ライヴのような激しさがあって面白い。グイグイ推進力が増していって、最後は怒濤の迫力で結ぶ。
往年の東ドイツ系の指揮者たち、あまりいなくなりました。
レーグナーやケーゲルは既に亡く、スウィトナーも引退生活。
少し寂しいですかね。
激務は相変わらずで、このまま7月下旬までいってしまいそうな感じ。やれやれ(^^ゞ。
さて、今日はブルックナーの交響曲第5番変ロ長調「原典版」。
ハインツ・レーグナー指揮ベルリン放送響の演奏。
1983年9月、東ドイツ・ベルリン放送局での録音。ドイツ・シャルプラッテン原盤。
ハインツ・レーグナーを初めて聴いたのは、DENON盤のシューベルト「グレート」だった。まだ学生だった頃、悠揚迫らぬゆったりとした序奏部が印象的な演奏だった。全体的にスケールも大きく、柔らかく残響豊かなDENONの名録音もあって、今も愛聴している。
1992年だったか、「ドイツ・シャルプラッテン20周年記念」と称して、当時日本でライセンスを持っていた徳間音工が次々に1000円盤CDを発売した。当時、1枚1000円というのは激安、戦略的価格であって、ボクはいそいそとレーグナーのブルックナーを買い求めたものだった。シューベルトの「グレート」の好感から、彼のブルックナーはさぞや雄大だろうと期待を込めて。
一聴、期待が裏切られてガッカリ。テンポが速い。サクサク進んでしまう。どれもサラッとした味付けで、雄大なスケールどころか、お茶漬けのような軽さ。ナンジャ、コリャ?。こんなはずはないと「グレート」を聴くと、やはり壮大でゆったり感満点のシューベルト。ああ、やっぱりレーグナーはエエなぁと思いつつ、ブルックナーに戻ると、どれも速い・・・・う~~む。
・・・・・と思ったのは、すでに14年前のことであって、このサラッとしたブルックナーの中に、滋味深い味わいをこめているのがレーグナーなのだということが徐々に分かってきた。
今日の第5番もそう。
第1楽章、冒頭からテンポが速く、サラッとした始まり方。例のブルックナー開始の勿体ぶったところがない、さり気ない感じで始まる。録音は、放送局のスタジオ録音というが、残響が適度にあって、ソフトフォーカス的、聴きやすい音になっている。
弱音部での繊細さがイイ。この人は、スケールの大きさを追求するよりも、ピアニシモでの優しくデリケートな響きが得意な指揮者だったなじゃないか。そんな気がしている。
第2楽章アダージョも速めで、しなやかに流れてゆく。もう少し遅い方がエエなぁ・・・・と思うのだが、レーグナーはあまり情念的に粘らせずに、清冽な演奏を心がけているのだろう。ベルリン放送響は、やや暗めの渋い音が特徴。ドイツ的な重心の低い音なのだが、あまりゴツゴツしたところはない。清潔なアダージョ。このあたりは、レーグナーのバトンのなせるワザか。
第3楽章スケルツォも流れるような演奏。逡巡、戸惑いなど一切なし。
アンサンブルはイマイチかな。やや緩め。オケの音は渋く暗いので、屈託ないノーテンキな演奏とは一線を画している。
終楽章のフィナーレは熱い演奏。楽章後半から終結部までは特に熱い。スタジオ録音なのに、ライヴのような激しさがあって面白い。グイグイ推進力が増していって、最後は怒濤の迫力で結ぶ。
往年の東ドイツ系の指揮者たち、あまりいなくなりました。
レーグナーやケーゲルは既に亡く、スウィトナーも引退生活。
少し寂しいですかね。
2006/06/28のBlog
[ 01:02 ]
[ 管弦楽曲 ]
久しぶりの太陽、梅雨の晴れ間でありました。
しかし、蒸し暑い一日でした。いやまあ、大変な汗。仕事中、汗だくです。
最近、多忙を極めているので、ヘトヘトで帰宅してます。
こんな日はスカッと豪快な音楽を。
そこで、ムソルグスキー(ラヴェル編)の「展覧会の絵」。
演奏はゲオルグ・ショルティ指揮シカゴ響。スカッと豪快なら、この演奏しかありません。
冒頭のプロムナードの輝かしさ。
最高のトランペットが聴ける。明るく高らかに朗々と鳴るトランペット。素晴らしい。ハーゼスのトランペットはいつ聴いても最高だと思う。
ショルティの採るテンポは速めで推進力十分。
オーケストラは大変機能的で迫力に満ちている。音がグイッと前に出てくる感じがする。
DECCA録音の素晴らしい録音効果もあって、美音の洪水になっている。音の一つひとつが生き生きと飛び跳ねているかのよう。
各所のプロムナードの性格を鮮やかに描き分けるショルティの手腕も見事。
彼は剛毅でやや強引な指揮者だとボクは思うが、楽譜に書かれていることを忠実に再現できる指揮者でもあって、この点で、ラヴェルのオーケストレーションの凄さを味わうには、最高の指揮者なんじゃないか・・・・・。フランス的なエスプリにはほど遠いし、あまりロシア臭もないのだが、とにかく、オーケストラ音楽の最高水準の凄さを味わえる。
サックスなど金管の巧さは言わずもがな、木管もストリングスも巧すぎて気味が悪くなる感じ。しかも、それらが高度なアンサンブルとして一体化しているのだからたまらない。
「ブイドロ」での弦の輝きは特筆もの。迫力十分で、しかもヴァイオリン群から光りが零れてくるような響きが聴ける。「黄金色」と簡単に云ってしまいたくはないのだが、ホンマに輝いている。スゴイ。
「ババヤーガの小屋」からの強奏は凄まじい。畳みかける、叩きつける弦。松ヤニが飛んできそうな力強さ。
そして「キエフの大門」。トランペットのふっくらとした音、甘く大らかな歌は特に素晴らしい。最強奏のところでも、アンサンブルは完璧で文句なしのオケ。
ショルティの指揮ぶりはやや硬め。カッチリとまとめる指揮で、妙な思い入れがないのがスッキリと気持ちよい。
体育会系、スポーツマン的な快演だと思う。
DECCAの録音は、25年を経過した今も最高レベル。ダイナミックレンジが広大で、音場は左右に広く奥行きも十分。個々の楽器の音色も美しく、素晴らしい録音であります。
1980年5月、シカゴのメディナ・テンプルでの録音。デジタル初期で、硬い音になってしまう録音が多かった時代の、これは名録音でありますな。
メディナ・テンプルでの録音の方が、オーケストラ・ホールのそれに比べて、シカゴ響の音はよろしいようです。
しかし、蒸し暑い一日でした。いやまあ、大変な汗。仕事中、汗だくです。
最近、多忙を極めているので、ヘトヘトで帰宅してます。
こんな日はスカッと豪快な音楽を。
そこで、ムソルグスキー(ラヴェル編)の「展覧会の絵」。
演奏はゲオルグ・ショルティ指揮シカゴ響。スカッと豪快なら、この演奏しかありません。
冒頭のプロムナードの輝かしさ。
最高のトランペットが聴ける。明るく高らかに朗々と鳴るトランペット。素晴らしい。ハーゼスのトランペットはいつ聴いても最高だと思う。
ショルティの採るテンポは速めで推進力十分。
オーケストラは大変機能的で迫力に満ちている。音がグイッと前に出てくる感じがする。
DECCA録音の素晴らしい録音効果もあって、美音の洪水になっている。音の一つひとつが生き生きと飛び跳ねているかのよう。
各所のプロムナードの性格を鮮やかに描き分けるショルティの手腕も見事。
彼は剛毅でやや強引な指揮者だとボクは思うが、楽譜に書かれていることを忠実に再現できる指揮者でもあって、この点で、ラヴェルのオーケストレーションの凄さを味わうには、最高の指揮者なんじゃないか・・・・・。フランス的なエスプリにはほど遠いし、あまりロシア臭もないのだが、とにかく、オーケストラ音楽の最高水準の凄さを味わえる。
サックスなど金管の巧さは言わずもがな、木管もストリングスも巧すぎて気味が悪くなる感じ。しかも、それらが高度なアンサンブルとして一体化しているのだからたまらない。
「ブイドロ」での弦の輝きは特筆もの。迫力十分で、しかもヴァイオリン群から光りが零れてくるような響きが聴ける。「黄金色」と簡単に云ってしまいたくはないのだが、ホンマに輝いている。スゴイ。
「ババヤーガの小屋」からの強奏は凄まじい。畳みかける、叩きつける弦。松ヤニが飛んできそうな力強さ。
そして「キエフの大門」。トランペットのふっくらとした音、甘く大らかな歌は特に素晴らしい。最強奏のところでも、アンサンブルは完璧で文句なしのオケ。
ショルティの指揮ぶりはやや硬め。カッチリとまとめる指揮で、妙な思い入れがないのがスッキリと気持ちよい。
体育会系、スポーツマン的な快演だと思う。
DECCAの録音は、25年を経過した今も最高レベル。ダイナミックレンジが広大で、音場は左右に広く奥行きも十分。個々の楽器の音色も美しく、素晴らしい録音であります。
1980年5月、シカゴのメディナ・テンプルでの録音。デジタル初期で、硬い音になってしまう録音が多かった時代の、これは名録音でありますな。
メディナ・テンプルでの録音の方が、オーケストラ・ホールのそれに比べて、シカゴ響の音はよろしいようです。
2006/06/27のBlog
[ 02:40 ]
[ 交響曲 ]
昨日に続いて今日も大雨の四国であります。
そして、昨日に続いて今日もシノーポリのCDを聴いています。
シューベルトの交響曲第8番ロ短調「未完成」。
ジュゼッペ・シノーポリ指揮フィルハーモニア管の演奏。
1983年、ロンドンでの録音。DG盤。
シノーポリが死んですでに5年。54歳という若さでで亡くなってしまった当時は、随分驚いた。マーラーやブルックナー、チャイコフスキーなど、独特の味わい(癖か?)を持つ指揮者だった。シノーポリの指揮する演奏は、分析的なのに情熱的・・・・相反する要素が絡み合った、独特の演奏だった。
この「未完成」はシノーポリのメジャー・デビュー当時のものだった。
第1楽章は開始から遅く、重い演奏。止まってしまいそうなテンポ。
ヴァイオリンが主旋律を奏でてゆくその後を、低弦がなぞってゆくのがよく聞こえる。テンポは遅いが響きはスッキリしている。特にヴァイオリン。爽やかで実に軽やかなイイ音を響かせている。羽毛で頬を撫でられているような気分になる。
ハンガリー・ジプシーの民族楽器、タロガトーを模したというオーボエとクラリネットのユニゾンは、はかなく、寂しく、美しい。遅いテンポなので、たっぷりと歌ってくれる。
主旋律の歌は、いかにもロマン的・情熱的なのだが、よく聴いていると、しっかり対向旋律を浮かび上がらせて、曲の構造・楽譜の書かれ方が見えてくるような演奏になっている。分析的な演奏と云えるのかもしれない。
フィルハーモニア管は機能的なオケだと思うが、シノーポリとは呼吸が合うようで、上質のアンサンブルを聴かせてくれる。
(この録音から数年後に始まった同じコンビによるマーラー全集、大変素晴らしかった)
第2楽章も遅い。ホンマにゆったりとしている。
木管群が実にイイ音で鳴っている。ほのぼのと、そして懐かしい気分になる音色であって、これを聴くだけでも値打ちがある演奏かも。
ストリングスもイイ。色彩的なところもあるし、デリカシーの固まりのような息を呑むところもある。シューベルト自身は色彩的な音楽を書いたつもりはないんだろうが、シノーポリの指揮で聴くと、様々な音色・響きの変化が聴ける。色彩の濃淡・光と影とに溢れているように聞こえる。
フィルハーモニア管もよく応じて、ふっくらと豊かに鳴らすところ、鋭く激烈に喚くようなところなど、表現の幅が広いと思った。
シノーポリの意思だったんでしょう、表現意欲満々の演奏であります。
録音状態は今もよろしく、シノーポリの良いところが随所に出てくる名演だと思います。
そして、昨日に続いて今日もシノーポリのCDを聴いています。
シューベルトの交響曲第8番ロ短調「未完成」。
ジュゼッペ・シノーポリ指揮フィルハーモニア管の演奏。
1983年、ロンドンでの録音。DG盤。
シノーポリが死んですでに5年。54歳という若さでで亡くなってしまった当時は、随分驚いた。マーラーやブルックナー、チャイコフスキーなど、独特の味わい(癖か?)を持つ指揮者だった。シノーポリの指揮する演奏は、分析的なのに情熱的・・・・相反する要素が絡み合った、独特の演奏だった。
この「未完成」はシノーポリのメジャー・デビュー当時のものだった。
第1楽章は開始から遅く、重い演奏。止まってしまいそうなテンポ。
ヴァイオリンが主旋律を奏でてゆくその後を、低弦がなぞってゆくのがよく聞こえる。テンポは遅いが響きはスッキリしている。特にヴァイオリン。爽やかで実に軽やかなイイ音を響かせている。羽毛で頬を撫でられているような気分になる。
ハンガリー・ジプシーの民族楽器、タロガトーを模したというオーボエとクラリネットのユニゾンは、はかなく、寂しく、美しい。遅いテンポなので、たっぷりと歌ってくれる。
主旋律の歌は、いかにもロマン的・情熱的なのだが、よく聴いていると、しっかり対向旋律を浮かび上がらせて、曲の構造・楽譜の書かれ方が見えてくるような演奏になっている。分析的な演奏と云えるのかもしれない。
フィルハーモニア管は機能的なオケだと思うが、シノーポリとは呼吸が合うようで、上質のアンサンブルを聴かせてくれる。
(この録音から数年後に始まった同じコンビによるマーラー全集、大変素晴らしかった)
第2楽章も遅い。ホンマにゆったりとしている。
木管群が実にイイ音で鳴っている。ほのぼのと、そして懐かしい気分になる音色であって、これを聴くだけでも値打ちがある演奏かも。
ストリングスもイイ。色彩的なところもあるし、デリカシーの固まりのような息を呑むところもある。シューベルト自身は色彩的な音楽を書いたつもりはないんだろうが、シノーポリの指揮で聴くと、様々な音色・響きの変化が聴ける。色彩の濃淡・光と影とに溢れているように聞こえる。
フィルハーモニア管もよく応じて、ふっくらと豊かに鳴らすところ、鋭く激烈に喚くようなところなど、表現の幅が広いと思った。
シノーポリの意思だったんでしょう、表現意欲満々の演奏であります。
録音状態は今もよろしく、シノーポリの良いところが随所に出てくる名演だと思います。
2006/06/26のBlog
[ 05:27 ]
[ 協奏曲 ]
大雨です。よく降ります。
当地は一昨年に水害に遭っていますので、雨は怖いです。
今のところ、あのときほどの雨脚ではないんですが・・・・・さて。
今日はベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番変ロ長調。
マルタ・アルゲリッチのピアノ、ジュゼッペ・シノーポリ指揮フィルハーモニア管の演奏。
1985年5月、ロンドンのウォルサムストウでの録音。
カップリングは1番協奏曲。
アルゲリッチがベートーヴェンの協奏曲を録音した・・・・と、発売当時、大変話題になったCD。ワクワクして発売間もない輸入盤を、ボクは永福のアンドー楽器の通販で購入した。懐かしい思い出。
演奏は期待に違わぬ名演。当時、絶好調だったシノーポリ/フィルハーモニア管のバックを得て、アルゲリッチが縦横無尽に演奏してゆく素晴らしさ。レコード・アカデミー賞を受賞したのもむべなるかなという出来だった。ジャケット写真の2人の笑顔がイイ。録音の出来に、満足していたんじゃないかな。
(あの頃は、レコード・アカデミー賞にも今よりも権威めいたものがあったような気がする)。
第1楽章アレグロ・コンブリオ。アルゲリッチのピアノは精力的。キラキラ輝くような音色を生かしながら、強弱の幅が大きく、気宇壮大な演奏を聴かせる。大胆なところがある反面、弱音部では繊細を極める。デリケートで揺らぐようなピアニシモがスゴイ。音が小さいのに迫力が漂う。さすがアルゲリッチ。
コロコロと転がるようなピアノのパッセージは、時にモーツァルト的。ベートーヴェンの後年の論理的な迫力とは一線を画する、まだまだ若いベートーヴェンがこの演奏には、いる。
シノーポリの伴奏は立派。克明で表現の幅が広いのは、独奏者と同様。フィルハーモニア管もいつもながら巧い。
カデンツァはベートーヴェン自身のもの。表現意欲に溢れた名作だと思う。
第2楽章はアダージョ。ベートーヴェンのアダージョはいつだって特別(第九を持ち出すまでもなく)、胸に染みる旋律、惻々と迫ってくる情熱。
そのあたりをアルゲリッチは見事に描き出す。しかも即興的。
ピアノは美しいだけでなく、作曲家の抒情的な部分を表現して、実に雄弁。ニュアンスも多彩。ラストのポツポツと鳴るピアノは、ちょうど今の時期の雨だれのよう。
終楽章ロンドはアレグロ・モルト。アルゲリッチのピアノは、フィナーレに来てますます好調。オケのたっぷりした伴奏に乗って感興豊かな演奏を繰り広げる。ホンマに音色が綺麗。光が零れてくるような目映い音。
いやぁ、素晴らしい。
フィルハーモニア管も好調なんですが、惜しむらくは、オケの音色にもう少し木質の肌触り・柔らかさがあればと思う。・・・・のは欲が深すぎか(^^ゞ
当地は一昨年に水害に遭っていますので、雨は怖いです。
今のところ、あのときほどの雨脚ではないんですが・・・・・さて。
今日はベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番変ロ長調。
マルタ・アルゲリッチのピアノ、ジュゼッペ・シノーポリ指揮フィルハーモニア管の演奏。
1985年5月、ロンドンのウォルサムストウでの録音。
カップリングは1番協奏曲。
アルゲリッチがベートーヴェンの協奏曲を録音した・・・・と、発売当時、大変話題になったCD。ワクワクして発売間もない輸入盤を、ボクは永福のアンドー楽器の通販で購入した。懐かしい思い出。
演奏は期待に違わぬ名演。当時、絶好調だったシノーポリ/フィルハーモニア管のバックを得て、アルゲリッチが縦横無尽に演奏してゆく素晴らしさ。レコード・アカデミー賞を受賞したのもむべなるかなという出来だった。ジャケット写真の2人の笑顔がイイ。録音の出来に、満足していたんじゃないかな。
(あの頃は、レコード・アカデミー賞にも今よりも権威めいたものがあったような気がする)。
第1楽章アレグロ・コンブリオ。アルゲリッチのピアノは精力的。キラキラ輝くような音色を生かしながら、強弱の幅が大きく、気宇壮大な演奏を聴かせる。大胆なところがある反面、弱音部では繊細を極める。デリケートで揺らぐようなピアニシモがスゴイ。音が小さいのに迫力が漂う。さすがアルゲリッチ。
コロコロと転がるようなピアノのパッセージは、時にモーツァルト的。ベートーヴェンの後年の論理的な迫力とは一線を画する、まだまだ若いベートーヴェンがこの演奏には、いる。
シノーポリの伴奏は立派。克明で表現の幅が広いのは、独奏者と同様。フィルハーモニア管もいつもながら巧い。
カデンツァはベートーヴェン自身のもの。表現意欲に溢れた名作だと思う。
第2楽章はアダージョ。ベートーヴェンのアダージョはいつだって特別(第九を持ち出すまでもなく)、胸に染みる旋律、惻々と迫ってくる情熱。
そのあたりをアルゲリッチは見事に描き出す。しかも即興的。
ピアノは美しいだけでなく、作曲家の抒情的な部分を表現して、実に雄弁。ニュアンスも多彩。ラストのポツポツと鳴るピアノは、ちょうど今の時期の雨だれのよう。
終楽章ロンドはアレグロ・モルト。アルゲリッチのピアノは、フィナーレに来てますます好調。オケのたっぷりした伴奏に乗って感興豊かな演奏を繰り広げる。ホンマに音色が綺麗。光が零れてくるような目映い音。
いやぁ、素晴らしい。
フィルハーモニア管も好調なんですが、惜しむらくは、オケの音色にもう少し木質の肌触り・柔らかさがあればと思う。・・・・のは欲が深すぎか(^^ゞ
2006/06/25のBlog
[ 04:45 ]
[ 室内楽曲 ]
雨上がりの湿度が高い朝、ムッとするような空気の中をジョギング。
この数日ドンヨリしております。そして、今日は大雨の予報。
梅雨らしい天気であって、季節の動きを考えれば、喜ばしいことかもしれません。
伸び始めた稲は、この雨を喜んでいるでしょう。
さて今日は、ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ第9番「クロイツェル」。
アイザック・スターンのヴァイオリン、ピアノはユージン・イストミン。
1982年録音のCBS盤。
スターンは、五味康祐がその著書の中で「靴磨き」と罵っていたが、なかなかどうして、やはり当代最高のヴァイオリニストの一人だったと思う。
ベートーヴェンやブラームス、メンデルスゾーンにチャイコフスキー、どのヴァイオリン協奏曲をとっても、スゴイ、素晴らしい演奏だった。これらは今も愛聴盤。
この梅雨空のせいか、今日は、久しぶりに室内楽曲をしっとりと聴いてみたくいと思い、スターンのベートーヴェンのソナタを取り出した。
ピアノの相棒は気心の知れたイストミン。息のあったコンビだと思う。
第1楽章アダージョ・ソステヌート、プレスト。
冒頭から迫力十分のヴァイオリン。技巧も完璧で、速いパッセージでは目映いくらい。そして、音は強靱。ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタは綺麗だけでは済ませられないものがある。スターンはさすが、このクロイツェルでは、美しさより靱さを押し出してくる。(それでも、スターンの美音は前に出てきてしまうが・・・・)。
プレストの部分は快速で心地よい。イストミンのピアノとともに流麗そのもの。
第2楽章アンダンテ・コン・ヴァリオツィオーニ。
変奏曲の大家ベートーヴェンらしい、美しく変化に富んだ第2楽章。
スターンの美音は、明るい長調の変奏よりも、短調の方が生きる感じ。愁いを含んだ涙目のような旋律線が、ことのほか美しく奏される。
イストミンのピアノも雄弁で、アンサンブルも息があって心地よい。
それにしてもスターンの高音は美しい。ホンマに魅惑的な音。
終楽章はプレスト。
再び急速が戻って、いかにもベートーヴェンの終曲。溌剌としていながら、少々理屈っぽい作曲家の表情が見えてくるような楽章。
スターンの強靱な音と、そこから漏れてくる美音とは、第1楽章と変わらない。ゴツゴツしたところもあるが、滑らかな高音での美音がたまらない。
終曲に向かって、音楽がどんどん熱を帯びてくるのもイイ。
録音から20年以上経過しましたが、十分に美しく綺麗な録音。
CBSソニーの録音は乾いた感じがおおいのだが、これは濡れたようなヴァイオリンが美しく、名録音と云えそうであります。
スターンの至芸に酔いました。
この数日ドンヨリしております。そして、今日は大雨の予報。
梅雨らしい天気であって、季節の動きを考えれば、喜ばしいことかもしれません。
伸び始めた稲は、この雨を喜んでいるでしょう。
さて今日は、ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ第9番「クロイツェル」。
アイザック・スターンのヴァイオリン、ピアノはユージン・イストミン。
1982年録音のCBS盤。
スターンは、五味康祐がその著書の中で「靴磨き」と罵っていたが、なかなかどうして、やはり当代最高のヴァイオリニストの一人だったと思う。
ベートーヴェンやブラームス、メンデルスゾーンにチャイコフスキー、どのヴァイオリン協奏曲をとっても、スゴイ、素晴らしい演奏だった。これらは今も愛聴盤。
この梅雨空のせいか、今日は、久しぶりに室内楽曲をしっとりと聴いてみたくいと思い、スターンのベートーヴェンのソナタを取り出した。
ピアノの相棒は気心の知れたイストミン。息のあったコンビだと思う。
第1楽章アダージョ・ソステヌート、プレスト。
冒頭から迫力十分のヴァイオリン。技巧も完璧で、速いパッセージでは目映いくらい。そして、音は強靱。ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタは綺麗だけでは済ませられないものがある。スターンはさすが、このクロイツェルでは、美しさより靱さを押し出してくる。(それでも、スターンの美音は前に出てきてしまうが・・・・)。
プレストの部分は快速で心地よい。イストミンのピアノとともに流麗そのもの。
第2楽章アンダンテ・コン・ヴァリオツィオーニ。
変奏曲の大家ベートーヴェンらしい、美しく変化に富んだ第2楽章。
スターンの美音は、明るい長調の変奏よりも、短調の方が生きる感じ。愁いを含んだ涙目のような旋律線が、ことのほか美しく奏される。
イストミンのピアノも雄弁で、アンサンブルも息があって心地よい。
それにしてもスターンの高音は美しい。ホンマに魅惑的な音。
終楽章はプレスト。
再び急速が戻って、いかにもベートーヴェンの終曲。溌剌としていながら、少々理屈っぽい作曲家の表情が見えてくるような楽章。
スターンの強靱な音と、そこから漏れてくる美音とは、第1楽章と変わらない。ゴツゴツしたところもあるが、滑らかな高音での美音がたまらない。
終曲に向かって、音楽がどんどん熱を帯びてくるのもイイ。
録音から20年以上経過しましたが、十分に美しく綺麗な録音。
CBSソニーの録音は乾いた感じがおおいのだが、これは濡れたようなヴァイオリンが美しく、名録音と云えそうであります。
スターンの至芸に酔いました。
2006/06/24のBlog
[ 00:26 ]
[ 交響曲 ]
ワールドカップは決勝トーナメント進出ならず、残念な敗退でありました。
この間、新聞やテレビは大層な盛り上がり、どの放送局も我が日本代表の応援一色、まさに絶叫調でありました。
四国の田舎住まいのボクは、パブリック・ビューやスポーツ・バーに縁なき衆生でありまして、テレビで観るその盛り上がりにピンと来ない日々でもありました(^^ゞ。
(当地は福西崇史選手の出身地なんですが、そう盛り上がっている風でもなかったですな・・・・自分が、繁華街に出入りしなかったせいか・・・?・・・)
さて、今日はシューマンの交響曲第2番ハ長調作品61。
リッカルド・ムーティ指揮ウィーン・フィルハーモニーの演奏。
1993年、ムジークフェラインザールでの録音。フィリップスのDUOシリーズ廉価盤2枚組。
第1楽章はメリハリの利いた演奏。あまり鳴らないオーケストレーションを、ムーティ/VPOのコンビが精一杯の努力で立派な音楽に仕上げている感じ。
この交響曲、作曲の着手は1845年末。翌46年にかけて完成したもので、シューマンがライプツィヒからドレスデンに移った頃の作品。体調不良、特に精神状態がよくなかったというが、聴いていてそんなに病んでいるような感じはしない。
かえって、この交響曲は明朗な作品だと思う(やや晦渋なところもあるが)。その明るさはハ長調という調性のゆえんかもしれんわなぁ・・・・。
第2楽章のスケルツォ、この勢いが面白い。小刻みな弦の動きは。この時期に書かれたピアノ協奏曲の響きを彷彿とさせる。
第3楽章は、ムーティらしい清々しくも優美な歌が一杯。静かな感情を奏でるヴァイオリン群が美しいし、素朴な木管の響きも味わい深い。このあたりの美しさは、精神を病んだ(これが結局命取りになったのだ)シューマンに一瞬訪れた心の平安を象徴しているかのよう。
弦楽器の歌が素晴らしい。ムーティの指揮はとても誠実。しかも旋律線をよく歌わせてくれるので、気持ちいい。
1番交響曲「春」に比べれば、その歌もややくすんだ色調なのだが、オーボエの侘びしいばかりの音色など、じっくり聴いていたい。
この楽章ラスト、ムーティは祈りの表情を演出する。ここは敬虔な歌に溢れていて感動的。
終楽章は堂々の進軍。ムーティの指揮ぶりは颯爽としているし、ウィーン・フィルは好演。ただ、リズムが少し重い感じもするが、もともとそう書かれているのかな。
終曲は輝かしい。もっともフィリップスの録音なので、DECCAなどのキラキラしたところはないのだが、それでも、やはりVPOの音はエエなぁと思う。
シューマンの第2交響曲は、4曲の中で最も目立たない作品でしょう。
渋いというか、オケの鳴りが悪いというか・・・スカッとしたところがちょいと弱い音楽であります。しかし、この晦渋さもシューマンの一面。
ウィーン・フィルで聴くと、それが和らぎます。
バーンスタインやメータで聴いても、やはりウィーン・フィルの音に魅せられますな。
この間、新聞やテレビは大層な盛り上がり、どの放送局も我が日本代表の応援一色、まさに絶叫調でありました。
四国の田舎住まいのボクは、パブリック・ビューやスポーツ・バーに縁なき衆生でありまして、テレビで観るその盛り上がりにピンと来ない日々でもありました(^^ゞ。
(当地は福西崇史選手の出身地なんですが、そう盛り上がっている風でもなかったですな・・・・自分が、繁華街に出入りしなかったせいか・・・?・・・)
さて、今日はシューマンの交響曲第2番ハ長調作品61。
リッカルド・ムーティ指揮ウィーン・フィルハーモニーの演奏。
1993年、ムジークフェラインザールでの録音。フィリップスのDUOシリーズ廉価盤2枚組。
第1楽章はメリハリの利いた演奏。あまり鳴らないオーケストレーションを、ムーティ/VPOのコンビが精一杯の努力で立派な音楽に仕上げている感じ。
この交響曲、作曲の着手は1845年末。翌46年にかけて完成したもので、シューマンがライプツィヒからドレスデンに移った頃の作品。体調不良、特に精神状態がよくなかったというが、聴いていてそんなに病んでいるような感じはしない。
かえって、この交響曲は明朗な作品だと思う(やや晦渋なところもあるが)。その明るさはハ長調という調性のゆえんかもしれんわなぁ・・・・。
第2楽章のスケルツォ、この勢いが面白い。小刻みな弦の動きは。この時期に書かれたピアノ協奏曲の響きを彷彿とさせる。
第3楽章は、ムーティらしい清々しくも優美な歌が一杯。静かな感情を奏でるヴァイオリン群が美しいし、素朴な木管の響きも味わい深い。このあたりの美しさは、精神を病んだ(これが結局命取りになったのだ)シューマンに一瞬訪れた心の平安を象徴しているかのよう。
弦楽器の歌が素晴らしい。ムーティの指揮はとても誠実。しかも旋律線をよく歌わせてくれるので、気持ちいい。
1番交響曲「春」に比べれば、その歌もややくすんだ色調なのだが、オーボエの侘びしいばかりの音色など、じっくり聴いていたい。
この楽章ラスト、ムーティは祈りの表情を演出する。ここは敬虔な歌に溢れていて感動的。
終楽章は堂々の進軍。ムーティの指揮ぶりは颯爽としているし、ウィーン・フィルは好演。ただ、リズムが少し重い感じもするが、もともとそう書かれているのかな。
終曲は輝かしい。もっともフィリップスの録音なので、DECCAなどのキラキラしたところはないのだが、それでも、やはりVPOの音はエエなぁと思う。
シューマンの第2交響曲は、4曲の中で最も目立たない作品でしょう。
渋いというか、オケの鳴りが悪いというか・・・スカッとしたところがちょいと弱い音楽であります。しかし、この晦渋さもシューマンの一面。
ウィーン・フィルで聴くと、それが和らぎます。
バーンスタインやメータで聴いても、やはりウィーン・フィルの音に魅せられますな。
2006/06/23のBlog
[ 03:17 ]
[ 交響曲 ]
梅雨本番です。
雨脚が強くなってきました。西日本では大雨の予報です。
2年前の水害を思うと、雨はコワイです。
さて、今日のCDはベートーヴェンの交響曲第1番ハ長調 op.21。
ベルナルド・ハイティンク指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管の演奏。
今や大巨匠のハイティンク。深いフレージング、正統の中の正統といった指揮ぶりが印象的な指揮者。どこかのウィスキーのCMのコピー文句ではないが、まさに、「何も足さない、何も引かない」といった風情の演奏ぶりが素晴らしい指揮者。
録音を続けているフィリップス・レーベルがDGやEMI、DECCAに比べてイマイチ目立たないからか、その風貌が損をしているのか、無理矢理でもポストを奪い取るような政治力・周旋力が欠けているのか・・・・巨匠の今も、そんなに目立たないのがハイティンク。
でもそれが彼の良いところかもしれない。
彼の人の良さ、人徳かもしれない。
この人の演奏はホンマに味わい深く、しかも作曲者の「真摯な声」が聞こえてくる。
常に演奏は真剣で、妙な匠気がなく、正統的な指揮ぶり。テンポはだいたい中庸で、キラッと光る個性的なところはあまりない(殆どない?)。
聴き終えたあとの感銘というか、「ああ、イイ演奏を聴いたな」と思えるのは、ボクがこの指揮者と相性がよいからかもしれんなぁ・・・・。
今日のベートーヴェンも、そういった演奏。
第1楽章から、もう出てくるのは、コンセルトヘボウの音。落ち着いていて、渋くて、ほの暗く柔らかい木質の音。使い込んだ木星の道具の、暖かい肌触り。
ハイティンクのテンポはまさに中庸。速過ぎず遅過ぎず、丁度よいテンポ。リズムは正確で、フレージングは格調高い。
聴いていると、ああ、やはり1番は「古典」なんだ、ベートーヴェン的なロマンにはまだ至らない、古典の品格を遺す交響曲なんだ・・・と実感させてくれる演奏。
オケの人数はやや少なめか。ヴァイオリンの細やかな動きがよく聴き取れる好録音。
第2楽章はアンサンブルが聴きもの。弦楽器の柔らかな響きを基調に、木管・金管が見事にブレンドされて、熟成した酒のように芳醇な香りを漂わせる。ハイティンクとコンセルトヘボウ管の長年の成果を聴くような、素晴らしさ。
第3楽章はスケルツォ。交響曲に初めてスケルツォを持ち込んだベートーヴェンの意欲が伝わってくるような生き生きとした演奏。テンポは快速で、前に2つの楽章とは対照的。このあたりはハイティンクの構成力の見事さと讃えたいなぁ。
終楽章はさらに快調。交響曲の終楽章はかくあるべしと思わせるような、盤石の安定感。このふっくらとした響きは、コンセルトヘボウ管ならでは。実にエエ音。
全集魔ハイティンクであります。
就中、このベートーヴェン全集は、屈指の出来だと思います。
このふくよかな音。この音を聴くだけでも、快感でありますな。
雨脚が強くなってきました。西日本では大雨の予報です。
2年前の水害を思うと、雨はコワイです。
さて、今日のCDはベートーヴェンの交響曲第1番ハ長調 op.21。
ベルナルド・ハイティンク指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管の演奏。
今や大巨匠のハイティンク。深いフレージング、正統の中の正統といった指揮ぶりが印象的な指揮者。どこかのウィスキーのCMのコピー文句ではないが、まさに、「何も足さない、何も引かない」といった風情の演奏ぶりが素晴らしい指揮者。
録音を続けているフィリップス・レーベルがDGやEMI、DECCAに比べてイマイチ目立たないからか、その風貌が損をしているのか、無理矢理でもポストを奪い取るような政治力・周旋力が欠けているのか・・・・巨匠の今も、そんなに目立たないのがハイティンク。
でもそれが彼の良いところかもしれない。
彼の人の良さ、人徳かもしれない。
この人の演奏はホンマに味わい深く、しかも作曲者の「真摯な声」が聞こえてくる。
常に演奏は真剣で、妙な匠気がなく、正統的な指揮ぶり。テンポはだいたい中庸で、キラッと光る個性的なところはあまりない(殆どない?)。
聴き終えたあとの感銘というか、「ああ、イイ演奏を聴いたな」と思えるのは、ボクがこの指揮者と相性がよいからかもしれんなぁ・・・・。
今日のベートーヴェンも、そういった演奏。
第1楽章から、もう出てくるのは、コンセルトヘボウの音。落ち着いていて、渋くて、ほの暗く柔らかい木質の音。使い込んだ木星の道具の、暖かい肌触り。
ハイティンクのテンポはまさに中庸。速過ぎず遅過ぎず、丁度よいテンポ。リズムは正確で、フレージングは格調高い。
聴いていると、ああ、やはり1番は「古典」なんだ、ベートーヴェン的なロマンにはまだ至らない、古典の品格を遺す交響曲なんだ・・・と実感させてくれる演奏。
オケの人数はやや少なめか。ヴァイオリンの細やかな動きがよく聴き取れる好録音。
第2楽章はアンサンブルが聴きもの。弦楽器の柔らかな響きを基調に、木管・金管が見事にブレンドされて、熟成した酒のように芳醇な香りを漂わせる。ハイティンクとコンセルトヘボウ管の長年の成果を聴くような、素晴らしさ。
第3楽章はスケルツォ。交響曲に初めてスケルツォを持ち込んだベートーヴェンの意欲が伝わってくるような生き生きとした演奏。テンポは快速で、前に2つの楽章とは対照的。このあたりはハイティンクの構成力の見事さと讃えたいなぁ。
終楽章はさらに快調。交響曲の終楽章はかくあるべしと思わせるような、盤石の安定感。このふっくらとした響きは、コンセルトヘボウ管ならでは。実にエエ音。
全集魔ハイティンクであります。
就中、このベートーヴェン全集は、屈指の出来だと思います。
このふくよかな音。この音を聴くだけでも、快感でありますな。
2006/06/22のBlog
[ 01:58 ]
[ 交響曲 ]
日中の蒸し暑さは気分が悪いですが、早朝は涼しく快適です。
ジョギングしていると、緑の空気が旨いですな。朝露のあぜ道を走るのは(少々靴底が濡れるが)、実に気持ちイイもんです。これで体重が減ってくれれば文句ないんですが、どうもこの頃、アカンです。気分よく走ったあとに、食べ過ぎるからかな・・・・(^^ゞ。
節制しなくちゃね・・・・・。
さて、今日はモーツァルトの交響曲第40番ト短調 K.550。
コレギウム・アウレウム合奏団の演奏。1972年、キルハイムのフッガー城「糸杉の間」での録音。独ハルモニア・ムンディ原盤で、日本ではBMG盤。
LP時代はテイチクから出ていたもので、廉価盤が沢山あったので、随分世話になったものだ。
久しぶりに聴く、コレギウム・アウレウムのモーツァルト。
古楽器らしく、響きが明るく爽やかで、実に気持ちよい。そして、演奏スタイルは1970年代の現代楽器オケ風の安定感。
今の古楽器団体なら、もっとテンポ速く、少ない人数でサラッと演奏するのだろう。今ではコレギウム・アウレウム合奏団のタイプは古いんだろうと思う。しかし、爽快さの中にほのぼのとした温かさが伝わってくるこの演奏は、なかなか捨てがたい・・・・。
第1楽章から、特段変わったことをしているわけでもない。古楽器を用いたモーツァルトというだけ。テンポも普通。
しかし何とも云えない安定感と清新な雰囲気を感じる。指揮者を置かないこの団体らしい自発性というべきかな。コンサートマスターのフランツヨーゼフ・マイアーの巧みなリードで、アンサンブルはしっかりしている。羊腸弦のストリングスがとても綺麗。
第2楽章は、フルート・トラヴェルソのひなびた響きや、自然倍音のホルンの素朴な味わいを楽しみながら、清涼剤のようなストリングスが聴ける。テンポはやや遅めで、じっくり演奏してゆく。安定感に富んだ、保守的なモーツァルトかな。
第3楽章、本来は劇的なメヌエットなのだが、コレギウム・アウレウム合奏団で聴くと、ヌクヌク・ポカポカと暖かい。
中間部のトリオが、ことのほか美しい。ホルンの響きが自然に膨らんでいって、いじらしくなるほどの素朴さ。残響豊かで素晴らしい倍音。さすが「糸杉の間」。この響きは、何物にも代え難い。
終楽章はテンポが少し速まって、迸る哀しみが聞こえる。第一ヴァイオリンの涼やかな響きが時折少し軋んで、モーツァルトの哀しみを歌う。クラリネットの透明感のある響きが、その哀しみの感情を増幅させるよう。
アンサンブルはここでも自在なのだが、時々緩いのかなと思わせるところもあり。(残響の多い録音でごまかしているのかな?)
終曲に向かって、音楽がどんどん盛り上がって、熱くなってゆく。素晴らしい。
コレギウム・アウレウム合奏団の演奏は良くも悪くも微温的な演奏だと思います。
でも、そのほのぼの暖かいこの団体が、終盤には熱くなる・・・・そんな要素がモーツァルトにはあるんです。
ああ、モーツァルトを聴くのは、だから楽しいんですな。
ジョギングしていると、緑の空気が旨いですな。朝露のあぜ道を走るのは(少々靴底が濡れるが)、実に気持ちイイもんです。これで体重が減ってくれれば文句ないんですが、どうもこの頃、アカンです。気分よく走ったあとに、食べ過ぎるからかな・・・・(^^ゞ。
節制しなくちゃね・・・・・。
さて、今日はモーツァルトの交響曲第40番ト短調 K.550。
コレギウム・アウレウム合奏団の演奏。1972年、キルハイムのフッガー城「糸杉の間」での録音。独ハルモニア・ムンディ原盤で、日本ではBMG盤。
LP時代はテイチクから出ていたもので、廉価盤が沢山あったので、随分世話になったものだ。
久しぶりに聴く、コレギウム・アウレウムのモーツァルト。
古楽器らしく、響きが明るく爽やかで、実に気持ちよい。そして、演奏スタイルは1970年代の現代楽器オケ風の安定感。
今の古楽器団体なら、もっとテンポ速く、少ない人数でサラッと演奏するのだろう。今ではコレギウム・アウレウム合奏団のタイプは古いんだろうと思う。しかし、爽快さの中にほのぼのとした温かさが伝わってくるこの演奏は、なかなか捨てがたい・・・・。
第1楽章から、特段変わったことをしているわけでもない。古楽器を用いたモーツァルトというだけ。テンポも普通。
しかし何とも云えない安定感と清新な雰囲気を感じる。指揮者を置かないこの団体らしい自発性というべきかな。コンサートマスターのフランツヨーゼフ・マイアーの巧みなリードで、アンサンブルはしっかりしている。羊腸弦のストリングスがとても綺麗。
第2楽章は、フルート・トラヴェルソのひなびた響きや、自然倍音のホルンの素朴な味わいを楽しみながら、清涼剤のようなストリングスが聴ける。テンポはやや遅めで、じっくり演奏してゆく。安定感に富んだ、保守的なモーツァルトかな。
第3楽章、本来は劇的なメヌエットなのだが、コレギウム・アウレウム合奏団で聴くと、ヌクヌク・ポカポカと暖かい。
中間部のトリオが、ことのほか美しい。ホルンの響きが自然に膨らんでいって、いじらしくなるほどの素朴さ。残響豊かで素晴らしい倍音。さすが「糸杉の間」。この響きは、何物にも代え難い。
終楽章はテンポが少し速まって、迸る哀しみが聞こえる。第一ヴァイオリンの涼やかな響きが時折少し軋んで、モーツァルトの哀しみを歌う。クラリネットの透明感のある響きが、その哀しみの感情を増幅させるよう。
アンサンブルはここでも自在なのだが、時々緩いのかなと思わせるところもあり。(残響の多い録音でごまかしているのかな?)
終曲に向かって、音楽がどんどん盛り上がって、熱くなってゆく。素晴らしい。
コレギウム・アウレウム合奏団の演奏は良くも悪くも微温的な演奏だと思います。
でも、そのほのぼの暖かいこの団体が、終盤には熱くなる・・・・そんな要素がモーツァルトにはあるんです。
ああ、モーツァルトを聴くのは、だから楽しいんですな。
2006/06/21のBlog
[ 03:26 ]
[ 交響曲 ]
蒸し暑くなってきました。梅雨の季節、独特の暑さでありました。
特に夕凪の時間が暑かったですなぁ・・・・。
瀬戸内の夕暮れ時の、凪の時間帯は、気分が悪くなるような暑さ。
いよいよ夏であります。
さて、今日はマーラーの交響曲第1番「巨人」。
クラウディオ・アバド指揮シカゴ響の演奏。
1981年2月、シカゴのオーケストラホールでの録音。DG盤。
これは、アバドの「巨人」初録音盤。今出ているアバドのマーラー全集には、ベルリン・フィルとの「巨人」が採られているから、このCDが旧盤になるのかな。発売当時からLPで聴いてきたのだが、CDで買い直したもの。LPの方が音が柔らかく聴きやすいのだが、ダイナミックレンジの広さを思うと、CDの方がこの演奏には良いような気がする。
第1楽章の序奏部の緊張感が素晴らしい。低音が持続的に背後で静かに鳴るのだが、これが独特の迫力を醸し出している。ときおり響くホルンの伸びやかな丸みのある音が、場違いに思えるほど、この緊迫感は素晴らしい。木管の抑え気味の音も良い。オケのパワーを抑えに抑えて、しかし迫り来る圧倒的な力を予感させる演奏。ダイナミック・レンジが広大で、LPの時では聞こえてこなかった音が、CDでは確かに聞こえる。
主部に入ると、一転しなやかな歌が始まる。シカゴ響って、弦がこんなに柔らかいオケだったかと見直してしまう。この柔軟なストリングスは、アバドの手腕の賜物だろう。ショルティだとこうはいかない(というより、ショルティはこうは演らない)。
この音楽は青春の歌。「無限の可能性を秘めた青年」と、楽観的な修飾語を加えたくなるような、瑞々しい音楽になっている。旋律が滑らかに流れ、その中にハッとするような音が随所に現れる。リスニング・ルームに涼やかな風が吹き込んでくるような、素晴らしい演奏。
第2楽章は、アバドの精力的な指揮を感じる。リズムがよく弾んで、表情づけが実に若々しい。アンサンブルも緊密で。ストリングスなどゾッとするほど巧い。しかもよく歌うのだから、たまらない。ヴィオラの刻みさえ、歌っている感じ。木管の素朴な表情も良い。これらが、重層的に聴き手に迫ってくるのは感動的。
第3楽章もアバドらしい、しなやかな歌。短調の旋律なのに、あまり淋しさを感じさせない。かえって少し明るめ、前向きな若々しさを感じさせる演奏。トランペットの音が印象的。知的で端正、しかも朗々と歌う。ハーゼスに違いない。さすがだわなぁ。
終楽章、いよいよシカゴ響のフルパワーが炸裂、スカッと豪快なフォルティシモが聴ける。どんな大音量になっても、このコンビなら、余裕綽々。大排気量のクルマが楽々加速していくような、そんなパワーの出方。しかも、その大音量でも音楽のフォルムがちっとも崩れないのだから、やはり大したもんだと思う。なんて巧いんだろう。
そして、アバドが振ると、このパワーの中に、柔らかく暖かい空気感が漂うのがイイ。
最後まで緊張感が切れない、最高のオーケストラ音楽が聴ける。
ホンマに素晴らしい。
アバドとのコンビで聴くシカゴ響、最高でありましたなぁ。
この演奏も快感でありました。
特に夕凪の時間が暑かったですなぁ・・・・。
瀬戸内の夕暮れ時の、凪の時間帯は、気分が悪くなるような暑さ。
いよいよ夏であります。
さて、今日はマーラーの交響曲第1番「巨人」。
クラウディオ・アバド指揮シカゴ響の演奏。
1981年2月、シカゴのオーケストラホールでの録音。DG盤。
これは、アバドの「巨人」初録音盤。今出ているアバドのマーラー全集には、ベルリン・フィルとの「巨人」が採られているから、このCDが旧盤になるのかな。発売当時からLPで聴いてきたのだが、CDで買い直したもの。LPの方が音が柔らかく聴きやすいのだが、ダイナミックレンジの広さを思うと、CDの方がこの演奏には良いような気がする。
第1楽章の序奏部の緊張感が素晴らしい。低音が持続的に背後で静かに鳴るのだが、これが独特の迫力を醸し出している。ときおり響くホルンの伸びやかな丸みのある音が、場違いに思えるほど、この緊迫感は素晴らしい。木管の抑え気味の音も良い。オケのパワーを抑えに抑えて、しかし迫り来る圧倒的な力を予感させる演奏。ダイナミック・レンジが広大で、LPの時では聞こえてこなかった音が、CDでは確かに聞こえる。
主部に入ると、一転しなやかな歌が始まる。シカゴ響って、弦がこんなに柔らかいオケだったかと見直してしまう。この柔軟なストリングスは、アバドの手腕の賜物だろう。ショルティだとこうはいかない(というより、ショルティはこうは演らない)。
この音楽は青春の歌。「無限の可能性を秘めた青年」と、楽観的な修飾語を加えたくなるような、瑞々しい音楽になっている。旋律が滑らかに流れ、その中にハッとするような音が随所に現れる。リスニング・ルームに涼やかな風が吹き込んでくるような、素晴らしい演奏。
第2楽章は、アバドの精力的な指揮を感じる。リズムがよく弾んで、表情づけが実に若々しい。アンサンブルも緊密で。ストリングスなどゾッとするほど巧い。しかもよく歌うのだから、たまらない。ヴィオラの刻みさえ、歌っている感じ。木管の素朴な表情も良い。これらが、重層的に聴き手に迫ってくるのは感動的。
第3楽章もアバドらしい、しなやかな歌。短調の旋律なのに、あまり淋しさを感じさせない。かえって少し明るめ、前向きな若々しさを感じさせる演奏。トランペットの音が印象的。知的で端正、しかも朗々と歌う。ハーゼスに違いない。さすがだわなぁ。
終楽章、いよいよシカゴ響のフルパワーが炸裂、スカッと豪快なフォルティシモが聴ける。どんな大音量になっても、このコンビなら、余裕綽々。大排気量のクルマが楽々加速していくような、そんなパワーの出方。しかも、その大音量でも音楽のフォルムがちっとも崩れないのだから、やはり大したもんだと思う。なんて巧いんだろう。
そして、アバドが振ると、このパワーの中に、柔らかく暖かい空気感が漂うのがイイ。
最後まで緊張感が切れない、最高のオーケストラ音楽が聴ける。
ホンマに素晴らしい。
アバドとのコンビで聴くシカゴ響、最高でありましたなぁ。
この演奏も快感でありました。
2006/06/20のBlog
[ 05:21 ]
[ 協奏曲 ]
Doblogはまだ不安定のようです。
夜中には全くアクセスできないこともあります。
せっかくのメンテナンス、バージョンアップだったのに、結果はもう一つかな・・・・・。
さて、モーツァルト大全集、ポツポツと聴いております。
今日は、フルートとハープのための協奏曲ハ長調 K.299。
マルク・グローウェル(fl)、ジゼル・ヘルベルト(hp)、ベルナルド・ラバディエ指揮レ・ヴィオロン・デュ・ロワの演奏。
この団体は、カナダ・ケベックにある古楽器・バロックのアンサンブルらしいので、指揮者はバーナード・ラバディと読んだ方がいいのかもしれない。
(でもこの団体のHPはフランス語だった。全然読めん(^^ゞ・・ケベックだから当たり前か・・・・)
録音は1994年。ブリリアントの例の大全集からの1枚。
第1楽章の序奏は、明るく華やかな、大変軽やかな音が響く。ヴァイオリンはフレージングが短めで、キビキビした演奏。テンポは快速ですっ飛ばしてゆく感じ。
グローウェルのフルートは溌剌として爽快な音色。優美さよりも軽やかさを前面に出した吹きっぷりで、実に自在。あまり歌わないが、リズムがとても良く心地よい。
ヘルベルトのハープもそれに合わせて小気味の良い演奏を繰り広げてゆく。両者のアンサンブルもなかなかのもの。息が合ってよろしい。
カデンツァは大変伸び伸びとして気持ちいい。何より、屈託のない明るさがモーツァルトを感じさせてくれる。
第2楽章は、優しく可憐で柔和な表情のアンダンテ。フルートとハープの音色・響きを生かしきったモーツァルトの、見事な書法を味わえる名品。そして、素晴らしい旋律。
と、今さらボクがモーツァルトの天才を褒めても仕方ないが、しかし、何とこのアンダンテは美しいことだろう。
フルートとハープの二重奏は天国的な美しさだと思う。グローウェルとヘルベルト、二人の奏者の呼吸のあったアンサンブルは、モーツァルトの天才を十分に伝えてくれる。名手だと思う。
ハープの分散和音、そのピアニシモが例えようもなく美しい。実にイイ。この、かそけき響きの中に、確かにモーツァルトの抒情が流れていると思う。
終楽章は快活。伴奏のレ・ヴィオロン・デュ・ロワもよく頑張っているが、時々音がザラつくところがあって、もう少しファイト!という感じ。
ソロの二人はここでも軽快そのもので、ギャラントな明るさに包まれたモーツァルトになっている。色に例えれば淡いピンク。フルートの高音が良く伸びて、ハープの上品な音色がそれを支える。素敵なアンサンブルが聴ける。
リズムのよく弾んで、見事なロンド・アレグロになっている。
無名の団体・奏者(少なくともボクにとっては)でありましたが、いかにもモーツァルトの演奏になっております。
名曲には凡演がないんでしょうかね・・・・。
若々しく良いモーツァルトでした。
夜中には全くアクセスできないこともあります。
せっかくのメンテナンス、バージョンアップだったのに、結果はもう一つかな・・・・・。
さて、モーツァルト大全集、ポツポツと聴いております。
今日は、フルートとハープのための協奏曲ハ長調 K.299。
マルク・グローウェル(fl)、ジゼル・ヘルベルト(hp)、ベルナルド・ラバディエ指揮レ・ヴィオロン・デュ・ロワの演奏。
この団体は、カナダ・ケベックにある古楽器・バロックのアンサンブルらしいので、指揮者はバーナード・ラバディと読んだ方がいいのかもしれない。
(でもこの団体のHPはフランス語だった。全然読めん(^^ゞ・・ケベックだから当たり前か・・・・)
録音は1994年。ブリリアントの例の大全集からの1枚。
第1楽章の序奏は、明るく華やかな、大変軽やかな音が響く。ヴァイオリンはフレージングが短めで、キビキビした演奏。テンポは快速ですっ飛ばしてゆく感じ。
グローウェルのフルートは溌剌として爽快な音色。優美さよりも軽やかさを前面に出した吹きっぷりで、実に自在。あまり歌わないが、リズムがとても良く心地よい。
ヘルベルトのハープもそれに合わせて小気味の良い演奏を繰り広げてゆく。両者のアンサンブルもなかなかのもの。息が合ってよろしい。
カデンツァは大変伸び伸びとして気持ちいい。何より、屈託のない明るさがモーツァルトを感じさせてくれる。
第2楽章は、優しく可憐で柔和な表情のアンダンテ。フルートとハープの音色・響きを生かしきったモーツァルトの、見事な書法を味わえる名品。そして、素晴らしい旋律。
と、今さらボクがモーツァルトの天才を褒めても仕方ないが、しかし、何とこのアンダンテは美しいことだろう。
フルートとハープの二重奏は天国的な美しさだと思う。グローウェルとヘルベルト、二人の奏者の呼吸のあったアンサンブルは、モーツァルトの天才を十分に伝えてくれる。名手だと思う。
ハープの分散和音、そのピアニシモが例えようもなく美しい。実にイイ。この、かそけき響きの中に、確かにモーツァルトの抒情が流れていると思う。
終楽章は快活。伴奏のレ・ヴィオロン・デュ・ロワもよく頑張っているが、時々音がザラつくところがあって、もう少しファイト!という感じ。
ソロの二人はここでも軽快そのもので、ギャラントな明るさに包まれたモーツァルトになっている。色に例えれば淡いピンク。フルートの高音が良く伸びて、ハープの上品な音色がそれを支える。素敵なアンサンブルが聴ける。
リズムのよく弾んで、見事なロンド・アレグロになっている。
無名の団体・奏者(少なくともボクにとっては)でありましたが、いかにもモーツァルトの演奏になっております。
名曲には凡演がないんでしょうかね・・・・。
若々しく良いモーツァルトでした。