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2006/07/06のBlog
[ 03:58 ]
[ 協奏曲 ]
今日はモーツァルトのピアノ協奏曲第24番ハ短調K491を。
短調のモーツァルトの中でも、情念がこもっているような作品。
ただ、そこはモーツァルト、常に微笑みを忘れない。特にこの曲は。短調から長調へ、また短調へ・・・・・転調する間際の美しさが例えようもない・・・・・。
演奏は、内田光子のピアノ、ジェフリー・テイト指揮イギリス室内管。
1988年5月、ロンドンでの録音。フィリップス盤。
第1楽章の冒頭、イギリス室内管のトゥッティが素晴らしい。深みがある響きの中から、ほの暗い情念が湧出する。低音部のリズムの刻みがまた良い。音量は控えめなのに、存在感が実に大きい。
内田のピアノは、エッジが丸く、縁取りが柔らかい。
表現は多彩。甘い香りが漂うようなところもあれば、峻厳な表情でスクッと立つところもある。特に弱音部での、洗練された繊細さがたまらない魅力を放っている。
女流ピアニストでモーツァルトを聴く楽しみはここにある。男声では味わえない、弱音のほのかの色気と洗練。
テイトの指揮するイギリス室内管は迫力十分で、深く、時に強靱なフォルティシモをつくり出す。悲劇性も強い。
カデンツァは内田の自作で、情念がこもっている。モーツァルトの数あるピアノ協奏曲の中で、最も劇性の強いこの曲にふさわしいカデンツァ。
第2楽章は羽毛のように軽いピアノで始まる。イギリス室内管も同じく羽毛のように軽く、綿毛のようにふわふわと柔らかい伴奏を聴かせてくれる。特に内田のピアノからオケにフレーズが譲られるところなど、魅力的。素晴らしい伴奏、絶品だと思う。
内田のピアノはダイナミックレンジを広く取らず、端正な感じなのだが、表情は色々と変化してゆく。ピアノニストの感情の揺らぎが伝わってくる演奏。
終楽章ではまた激情が戻ってくる。オケが実に雄弁。表情が刻一刻と変わってゆくのも、実にイイ。移ろいゆくような伴奏。
それに乗って内田が縦横無尽に駆けめぐってゆく。即興的でさえある。
素晴らしい・・・。
内田光子のモーツァルトはどれも名演。
これを支えるテイト/イギリス室内管の伴奏も大変美しく、かつ力強い。
イイ演奏であります。
短調のモーツァルトの中でも、情念がこもっているような作品。
ただ、そこはモーツァルト、常に微笑みを忘れない。特にこの曲は。短調から長調へ、また短調へ・・・・・転調する間際の美しさが例えようもない・・・・・。
演奏は、内田光子のピアノ、ジェフリー・テイト指揮イギリス室内管。
1988年5月、ロンドンでの録音。フィリップス盤。
第1楽章の冒頭、イギリス室内管のトゥッティが素晴らしい。深みがある響きの中から、ほの暗い情念が湧出する。低音部のリズムの刻みがまた良い。音量は控えめなのに、存在感が実に大きい。
内田のピアノは、エッジが丸く、縁取りが柔らかい。
表現は多彩。甘い香りが漂うようなところもあれば、峻厳な表情でスクッと立つところもある。特に弱音部での、洗練された繊細さがたまらない魅力を放っている。
女流ピアニストでモーツァルトを聴く楽しみはここにある。男声では味わえない、弱音のほのかの色気と洗練。
テイトの指揮するイギリス室内管は迫力十分で、深く、時に強靱なフォルティシモをつくり出す。悲劇性も強い。
カデンツァは内田の自作で、情念がこもっている。モーツァルトの数あるピアノ協奏曲の中で、最も劇性の強いこの曲にふさわしいカデンツァ。
第2楽章は羽毛のように軽いピアノで始まる。イギリス室内管も同じく羽毛のように軽く、綿毛のようにふわふわと柔らかい伴奏を聴かせてくれる。特に内田のピアノからオケにフレーズが譲られるところなど、魅力的。素晴らしい伴奏、絶品だと思う。
内田のピアノはダイナミックレンジを広く取らず、端正な感じなのだが、表情は色々と変化してゆく。ピアノニストの感情の揺らぎが伝わってくる演奏。
終楽章ではまた激情が戻ってくる。オケが実に雄弁。表情が刻一刻と変わってゆくのも、実にイイ。移ろいゆくような伴奏。
それに乗って内田が縦横無尽に駆けめぐってゆく。即興的でさえある。
素晴らしい・・・。
内田光子のモーツァルトはどれも名演。
これを支えるテイト/イギリス室内管の伴奏も大変美しく、かつ力強い。
イイ演奏であります。
2006/07/05のBlog
[ 02:43 ]
[ 管弦楽曲 ]
ラヴェルの管弦楽曲は繊細で精巧で、独特の響きが楽しい。
刻一刻と音楽の表情が変わってゆく面白さ。
旋律よりもオーケストラの響き、音色、楽器の重なり具合を楽しませるような工夫。
初めて聴いたときにはビックリしたなぁ・・・・こんな音楽があるんやなぁ・・・とっつきにくかったなぁ・・・・・。
だって、ボクはバッハやモーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスあたりからクラシック音楽を聴き始めたものだから・・・(典型的な独墺の音楽ですな)。
さて、今日はそんなラヴェルの「ラ・ヴァルス」。
ピエール・モントゥー指揮ロンドン交響楽団の演奏。
1964年2月、ロンドンでの録音。フィリップス盤。
このCD、録音が少し古ぼけてきたが、かえってそれが品の良さや、霞がかったような微妙なニュアンスを生んでいるような気がする。
オケは名演。もやもやっとしたラヴェルのワルツを、素晴らしいアンサンブルを好演している。
しかし、モントゥーの指揮で聴くと、この「ラ・ヴァルス」が何と気高く響くことだろうか。
大声を上げない気位の高さ。
この音楽、阿鼻叫喚のような演奏が結構あって(アメリカ系の演奏は特にそう)、ダイナミックレンジの広大さだけが売り物のようなCDも数多いのだが、モントゥーはさすが、大音量でも型くずれしない。絶叫もしない。
何より、品の良さを保ち続ける。
ホルンの甘い音色が遠くでかすかに鳴って、雲間か少しずつ晴れてゆくところなど、何とも云えない絶妙のニュアンス。ストリングスがたゆたうような響きもたまらない。
ヴァイオリン奏者たちが、弾きながら徐々にワルツに乗っていき、身体を揺らしているのが見えてくる、その空気感も素晴らしい。
木管の響きも繊細そのもの。時折出現する、ルバートもたまらない魅力。
これはもう、大家の芸としか言いようがない。
ラヴェルはオーストリアの宮廷を意識して作曲したらしいが、(それもラヴェルらしいパロディなのだろうが)、この作品は、どこをどう取ってもフランス的な傑作であって、イキでイナセでダンディな人に振って欲しいと思う。
マジメ一方な指揮者ではちと苦しいなぁ・・・・ハイティンクやアバドではチトなぁ・・・・。
(でも、彼ら二人のボレロやダフニスはエエですぞ)
やはり、モントゥーの演奏が一番ですかな。
久しぶりの大家の指揮、堪能できました。
刻一刻と音楽の表情が変わってゆく面白さ。
旋律よりもオーケストラの響き、音色、楽器の重なり具合を楽しませるような工夫。
初めて聴いたときにはビックリしたなぁ・・・・こんな音楽があるんやなぁ・・・とっつきにくかったなぁ・・・・・。
だって、ボクはバッハやモーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスあたりからクラシック音楽を聴き始めたものだから・・・(典型的な独墺の音楽ですな)。
さて、今日はそんなラヴェルの「ラ・ヴァルス」。
ピエール・モントゥー指揮ロンドン交響楽団の演奏。
1964年2月、ロンドンでの録音。フィリップス盤。
このCD、録音が少し古ぼけてきたが、かえってそれが品の良さや、霞がかったような微妙なニュアンスを生んでいるような気がする。
オケは名演。もやもやっとしたラヴェルのワルツを、素晴らしいアンサンブルを好演している。
しかし、モントゥーの指揮で聴くと、この「ラ・ヴァルス」が何と気高く響くことだろうか。
大声を上げない気位の高さ。
この音楽、阿鼻叫喚のような演奏が結構あって(アメリカ系の演奏は特にそう)、ダイナミックレンジの広大さだけが売り物のようなCDも数多いのだが、モントゥーはさすが、大音量でも型くずれしない。絶叫もしない。
何より、品の良さを保ち続ける。
ホルンの甘い音色が遠くでかすかに鳴って、雲間か少しずつ晴れてゆくところなど、何とも云えない絶妙のニュアンス。ストリングスがたゆたうような響きもたまらない。
ヴァイオリン奏者たちが、弾きながら徐々にワルツに乗っていき、身体を揺らしているのが見えてくる、その空気感も素晴らしい。
木管の響きも繊細そのもの。時折出現する、ルバートもたまらない魅力。
これはもう、大家の芸としか言いようがない。
ラヴェルはオーストリアの宮廷を意識して作曲したらしいが、(それもラヴェルらしいパロディなのだろうが)、この作品は、どこをどう取ってもフランス的な傑作であって、イキでイナセでダンディな人に振って欲しいと思う。
マジメ一方な指揮者ではちと苦しいなぁ・・・・ハイティンクやアバドではチトなぁ・・・・。
(でも、彼ら二人のボレロやダフニスはエエですぞ)
やはり、モントゥーの演奏が一番ですかな。
久しぶりの大家の指揮、堪能できました。
2006/07/04のBlog
[ 03:05 ]
[ 協奏曲 ]
蒸し暑いです。日本の夏です。
職場に毎日2リットルの水をペットボトルで持参しているんですが、殆ど飲んでしまうほど、汗だくであります。
しかしこの水が旨い。我が家の水です。井戸水です。
これが、わが西条の水です。「うちぬき」と言います。市内のあちこちから湧いてます。
ナンボでも出てくる。渇水も関係なし。「名水百選」で検索してみてください(^-^)。
さて、今日は爽やかなギターの音色を味わおうと、取り出したのはロドリーゴの「アランフェス協奏曲」。
ジョン・ウィリアムスのギター独奏、ルイ・フレモー指揮フィルハーモニア管弦楽団の演奏。
1984年の録音で、確かウィリアムス3回目の録音。CBSソニー盤。
アランフェス協奏曲は、実演で聴くよりCDで聴く方が良いように思う。ギターの小さく繊細な音は、実演になるとオーケストラの音がかぶってきて、埋もれてしまいがちになるから・・・・・。単純にギターの調べを楽しむなら、家庭でのCD鑑賞の方がエエかもしれない・・・・。
さて、ウィリアムスの演奏。
第1楽章から、ギターの音が克明で、ウィリアムスはクッキリと演奏してゆく。曖昧さのない、潔癖な響きが印象的。技巧は文句なし、どの音も素晴らしく綺麗に、繊細に響く。
オーケストラは巧いもんで、チェロの深々とした響きが哀愁漂う感じで特にイイ。木管群も上々の響きで、ウットリとしてくる。
フレモーの指揮は少し力んだ感じもするが、スペインの光と影の国、あのコントラストを表出しようとしているののよう。
第2楽章は、古今東西のクラシック音楽の中で、最も美しい旋律を持った音楽のひとつ。この哀感漂うメロディを、ウィリアムスは纏綿と奏でてゆく。ああ、素晴らしい音楽、最高の響き。
コーラングレの切なさ。ロドリーゴは欲もこんなに綺麗な旋律を書いたもんだなぁと思う。
この楽章中間部での、ギターのソロが絶品。ためらうような、後ろ髪を引かれるような風情を醸し出して、実にニュアンス多彩。ギターの低音がとても優しく、時に力強く響く。ウィリアムスの達者な芸だろう。
終楽章はギターの強奏がなかなかの迫力。ここでもギターはクッキリ克明で、スカッとする気持ちよさ。
伴奏も爽快で心地よい。カラッと晴れ上がった青空を思わせるような伴奏。フレモーの指揮も第1楽章のような力みがなく、自然。
カップリングの「ある貴紳のための幻想曲」も名演。
ギターのクラシック音楽はあまり数がないが、ウィリアムスの演奏にはハズレがない。
今日も良い音楽を聴けました。
職場に毎日2リットルの水をペットボトルで持参しているんですが、殆ど飲んでしまうほど、汗だくであります。
しかしこの水が旨い。我が家の水です。井戸水です。
これが、わが西条の水です。「うちぬき」と言います。市内のあちこちから湧いてます。
ナンボでも出てくる。渇水も関係なし。「名水百選」で検索してみてください(^-^)。
さて、今日は爽やかなギターの音色を味わおうと、取り出したのはロドリーゴの「アランフェス協奏曲」。
ジョン・ウィリアムスのギター独奏、ルイ・フレモー指揮フィルハーモニア管弦楽団の演奏。
1984年の録音で、確かウィリアムス3回目の録音。CBSソニー盤。
アランフェス協奏曲は、実演で聴くよりCDで聴く方が良いように思う。ギターの小さく繊細な音は、実演になるとオーケストラの音がかぶってきて、埋もれてしまいがちになるから・・・・・。単純にギターの調べを楽しむなら、家庭でのCD鑑賞の方がエエかもしれない・・・・。
さて、ウィリアムスの演奏。
第1楽章から、ギターの音が克明で、ウィリアムスはクッキリと演奏してゆく。曖昧さのない、潔癖な響きが印象的。技巧は文句なし、どの音も素晴らしく綺麗に、繊細に響く。
オーケストラは巧いもんで、チェロの深々とした響きが哀愁漂う感じで特にイイ。木管群も上々の響きで、ウットリとしてくる。
フレモーの指揮は少し力んだ感じもするが、スペインの光と影の国、あのコントラストを表出しようとしているののよう。
第2楽章は、古今東西のクラシック音楽の中で、最も美しい旋律を持った音楽のひとつ。この哀感漂うメロディを、ウィリアムスは纏綿と奏でてゆく。ああ、素晴らしい音楽、最高の響き。
コーラングレの切なさ。ロドリーゴは欲もこんなに綺麗な旋律を書いたもんだなぁと思う。
この楽章中間部での、ギターのソロが絶品。ためらうような、後ろ髪を引かれるような風情を醸し出して、実にニュアンス多彩。ギターの低音がとても優しく、時に力強く響く。ウィリアムスの達者な芸だろう。
終楽章はギターの強奏がなかなかの迫力。ここでもギターはクッキリ克明で、スカッとする気持ちよさ。
伴奏も爽快で心地よい。カラッと晴れ上がった青空を思わせるような伴奏。フレモーの指揮も第1楽章のような力みがなく、自然。
カップリングの「ある貴紳のための幻想曲」も名演。
ギターのクラシック音楽はあまり数がないが、ウィリアムスの演奏にはハズレがない。
今日も良い音楽を聴けました。
2006/07/03のBlog
[ 06:06 ]
[ 声楽曲・オペラ ]
今日はルチア・ポップのオペラ・アリア集であります。
彼女の魅力が一杯に詰まったCDです。
伴奏はクルト・アイヒホルン指揮ミュンヘン放送管弦楽団。
1983年の録音で、ARTSレーベルの輸入盤。
ドヴォルザーク、モーツァルト、ウェーバー他の歌唱が素晴らしい。
ポップの歌はいつ聴いてもプレーンで、突き抜けてゆく透明な高音が素晴らしい。
1曲目は「魔笛」からのパミーナのアリア。
ポップはハイティンク/バイエルン放送響の全曲盤でもパミーナを歌っていたが、ここでも芯の強い気丈な女性、そして若々しい色気のあるパミーナになっている。高音に独特の強靱さがあるからだろう。歌唱はしなやかで、腰の強い(うどんで云うとシコシコ、モチモチっと、腰が強い感触だなぁ)ところが実にイイ。
2曲目「真弾の射手」から、アガーテのアリア。この曲は、このアリア集の白眉か。ここでも気丈なドイツの、そして蒼く若い女性を表現しきっている。絶叫したりはしないが、ある意味で絶唱といって良いだろうなぁ。名演。ポップの良いところが全部出ている。
4曲目は「リゴレット」からのアリア。
ここでもポップの滑らかで天空に突き抜けてゆく素晴らしい高音が見事。ヴェルディのオペラ、詳しくはないのだが、ポップで聴くと可愛らしさと気丈さが同居する。一面的な歌唱にならないのがイイ。
5曲目の「ジャンニ・スキッキ」から「私のお父さん」。プッチーニの抒情的なメロディ・ラインに乗って、ポップの透きとおる声が響く。これ、スピーカーに正対して聴くのは快感ですぞ。ポップの声のシャワーは、ホンマに爽やか。気持ちいい。
6曲目は「フィガロの結婚」第3幕の伯爵夫人のアリア。
ポップには、マリナー盤での伯爵夫人の、ボクに云わせりゃ超名演がある。
こんなに若々しく色気があって、伯爵夫人としてのプライドや芯の強さと、年齢を重ねて老いを感じ始める(まだ、その老いは兆しに過ぎないのだが)心の揺れとを、見事に表現した歌唱はポップ以外にはなかった。
(と、絶賛しておこう)。
ポップの伯爵夫人は30代半ばくらいかな。成熟した美しさと、徐々に衰えを感じてゆく無常と・・・・いやはや見事な歌であります。
10曲目はドヴォルザークの「ルサルカ」からのアリア。これも名唱中の名唱。
他にスメタナやマスネ、シャルパンティエの有名なアリアが含まれます。
中古盤屋でボクは500円で買いました。
値段でモノを言っても仕方ないが、これほどの名唱をこの価格聴けてしまう贅沢。
ああ、何という幸福。
彼女の魅力が一杯に詰まったCDです。
伴奏はクルト・アイヒホルン指揮ミュンヘン放送管弦楽団。
1983年の録音で、ARTSレーベルの輸入盤。
ドヴォルザーク、モーツァルト、ウェーバー他の歌唱が素晴らしい。
ポップの歌はいつ聴いてもプレーンで、突き抜けてゆく透明な高音が素晴らしい。
1曲目は「魔笛」からのパミーナのアリア。
ポップはハイティンク/バイエルン放送響の全曲盤でもパミーナを歌っていたが、ここでも芯の強い気丈な女性、そして若々しい色気のあるパミーナになっている。高音に独特の強靱さがあるからだろう。歌唱はしなやかで、腰の強い(うどんで云うとシコシコ、モチモチっと、腰が強い感触だなぁ)ところが実にイイ。
2曲目「真弾の射手」から、アガーテのアリア。この曲は、このアリア集の白眉か。ここでも気丈なドイツの、そして蒼く若い女性を表現しきっている。絶叫したりはしないが、ある意味で絶唱といって良いだろうなぁ。名演。ポップの良いところが全部出ている。
4曲目は「リゴレット」からのアリア。
ここでもポップの滑らかで天空に突き抜けてゆく素晴らしい高音が見事。ヴェルディのオペラ、詳しくはないのだが、ポップで聴くと可愛らしさと気丈さが同居する。一面的な歌唱にならないのがイイ。
5曲目の「ジャンニ・スキッキ」から「私のお父さん」。プッチーニの抒情的なメロディ・ラインに乗って、ポップの透きとおる声が響く。これ、スピーカーに正対して聴くのは快感ですぞ。ポップの声のシャワーは、ホンマに爽やか。気持ちいい。
6曲目は「フィガロの結婚」第3幕の伯爵夫人のアリア。
ポップには、マリナー盤での伯爵夫人の、ボクに云わせりゃ超名演がある。
こんなに若々しく色気があって、伯爵夫人としてのプライドや芯の強さと、年齢を重ねて老いを感じ始める(まだ、その老いは兆しに過ぎないのだが)心の揺れとを、見事に表現した歌唱はポップ以外にはなかった。
(と、絶賛しておこう)。
ポップの伯爵夫人は30代半ばくらいかな。成熟した美しさと、徐々に衰えを感じてゆく無常と・・・・いやはや見事な歌であります。
10曲目はドヴォルザークの「ルサルカ」からのアリア。これも名唱中の名唱。
他にスメタナやマスネ、シャルパンティエの有名なアリアが含まれます。
中古盤屋でボクは500円で買いました。
値段でモノを言っても仕方ないが、これほどの名唱をこの価格聴けてしまう贅沢。
ああ、何という幸福。
2006/07/02のBlog
[ 04:34 ]
[ 交響曲 ]
休日であります。
のんびりと聴くのは、ベートーヴェンの交響曲第6番ヘ長調「田園」。
今日はヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏で。
1984年1月、フィルハーモニーでの録音。カラヤン最後の全集となったデジタル録音のDG盤。
第1楽章から、颯爽と速いのがカラヤン。録音のせいか、重低音の迫力があるので、軽い演奏にはなっていない(尤も、カラヤンの録音は、オーケストラの音がかぶり気味のモノが多いので、この田園もその傾向があるのだが)。
オケの巧さはBPOとしては当然のレベルかな。美麗・壮麗な田園で、彫琢の限りを尽くした美術工芸品ような趣き。ホンマに美しい。
この美しさを世評は「カラヤンは人工的」と云うのだろうが、いやはや、これだけ美しい演奏だと文句はアリマヘン。
特に流麗なのはヴァイオリン群。毛並みが揃った感じの柔らかさが何とも云えない。その毛並みの間から、輝くような音色が零れてくる。キラキラと輝く。
第2楽章はBPOの木管の名人芸を堪能できる。
カラヤンの指揮はこれ以前のベートーヴェン全集に比べて、肩の力が抜けて穏和なものになっている。各奏者の自主性に任せているような感じがする。
フルート、ファゴット、クラリネット・・・どれも巧いもんだなぁ。
テンポは相変わらず速く、流線型の田園。
第3楽章スケルツォはオーケストラの厚みが十分に発揮されて快感。テンポは快速なのだが、音が強いので重厚な演奏になっている。ホルンのソロなど、メチャクチャ巧い。コンバスのブンと唸るような音も迫力十分。
それらが一糸乱れぬアンサンブルとして、高い次元で結実しているのがスゴイ。
第4楽章は強烈な嵐。ダイナミックレンジが一気に拡大して、もの凄い大音量。ティンパニの強打が凄まじいし、今まで溜めてきたエネルギーをオーケストラが一気に解き放った感じ。
ちょっとコケオドシのようなところもあるのが残念だが。
終楽章は、いつ、どんな演奏で聴いても感動的な、感謝の歌。ベートーヴェンは何と素晴らしい音楽を書いたのか、といつも思う。
カラヤン/BPOの流れるようなストリングスに乗っているうちに、心が澄んでゆくような感じ。
音楽の効能とは、ことほとさように素晴らしい。
有り難い話だなぁ。感謝の気持ちであります。
聴きながら降り出したにわか雨。
窓外を眺めると、四国の田園は、稲が雨に濡れて青々と成長しつつあります。
のんびりと聴くのは、ベートーヴェンの交響曲第6番ヘ長調「田園」。
今日はヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏で。
1984年1月、フィルハーモニーでの録音。カラヤン最後の全集となったデジタル録音のDG盤。
第1楽章から、颯爽と速いのがカラヤン。録音のせいか、重低音の迫力があるので、軽い演奏にはなっていない(尤も、カラヤンの録音は、オーケストラの音がかぶり気味のモノが多いので、この田園もその傾向があるのだが)。
オケの巧さはBPOとしては当然のレベルかな。美麗・壮麗な田園で、彫琢の限りを尽くした美術工芸品ような趣き。ホンマに美しい。
この美しさを世評は「カラヤンは人工的」と云うのだろうが、いやはや、これだけ美しい演奏だと文句はアリマヘン。
特に流麗なのはヴァイオリン群。毛並みが揃った感じの柔らかさが何とも云えない。その毛並みの間から、輝くような音色が零れてくる。キラキラと輝く。
第2楽章はBPOの木管の名人芸を堪能できる。
カラヤンの指揮はこれ以前のベートーヴェン全集に比べて、肩の力が抜けて穏和なものになっている。各奏者の自主性に任せているような感じがする。
フルート、ファゴット、クラリネット・・・どれも巧いもんだなぁ。
テンポは相変わらず速く、流線型の田園。
第3楽章スケルツォはオーケストラの厚みが十分に発揮されて快感。テンポは快速なのだが、音が強いので重厚な演奏になっている。ホルンのソロなど、メチャクチャ巧い。コンバスのブンと唸るような音も迫力十分。
それらが一糸乱れぬアンサンブルとして、高い次元で結実しているのがスゴイ。
第4楽章は強烈な嵐。ダイナミックレンジが一気に拡大して、もの凄い大音量。ティンパニの強打が凄まじいし、今まで溜めてきたエネルギーをオーケストラが一気に解き放った感じ。
ちょっとコケオドシのようなところもあるのが残念だが。
終楽章は、いつ、どんな演奏で聴いても感動的な、感謝の歌。ベートーヴェンは何と素晴らしい音楽を書いたのか、といつも思う。
カラヤン/BPOの流れるようなストリングスに乗っているうちに、心が澄んでゆくような感じ。
音楽の効能とは、ことほとさように素晴らしい。
有り難い話だなぁ。感謝の気持ちであります。
聴きながら降り出したにわか雨。
窓外を眺めると、四国の田園は、稲が雨に濡れて青々と成長しつつあります。
2006/07/01のBlog
[ 03:13 ]
[ 器楽曲 ]
シューベルトの即興曲集。作品90、D.899と作品142、D.935。
ピアノ独奏はアルフレート・ブレンデル。1972年の録音フィリップス盤。
シューベルトの即興曲集は学生の頃からの愛聴盤。
特に、ロザムンデの主題を用いた作品142の第3番変ロ長調がイイ。
初めて買ったLPはブレンデルの旧盤。LPジャケットの袋はミノヤとあるので、所沢の駅前商店街で買ったものだろう(さて、今はミノヤというショップははあるのかな)。
その後エッシェンバッハやルプー、ペライア、内田光子、ブレンデルの再録音盤などを聴いたが、結局このブレンデルの旧盤に戻ってしまう。ルプーやエッシェンバッハ、内田の即興曲集もとてもよかったのだが、懐かしさ半分、ブレンデルの旧盤を聴くとホッとするところがある。
ブレンデルの演奏はいつも誠実で真摯。考え抜かれた末の演奏という感じ。ライヴ風の、まさに即興的なノリの演奏もいいのだろうが、熟考を重ねた大人の風格が漂うブレンデルの演奏、ボクは好きだなぁ。
音色はホンマに綺麗。いくらかベージュのかかった白、肌色混じりの純白というか・・・・。真っ白な中にいくらか人肌の混じる白さ・・・・そんな音色。
暖かく穏やかで、しっとりと落ち着いている音色。この音こそブレンデル。
演奏も同様、いたって穏和で、絶叫しないのがシューベルト的でイイ。
シューベルトは気の弱い青年だったいうが(そして、青年のまま死んでいった)、ブレンデルのピアノには、そういう弱さがよく表出されていると思う。
大声を出さずに、内面に向かって徐々に沈潜してゆく音楽。そして全編、歌謡的な旋律が流れて、構成感には乏しい音楽。でも限りなく美しく、デリケートな音楽。シューベルトのピアノ曲は、さり気なく美しい。
若い頃、ブレンデルのピアノでシューベルトのピアノ曲に出会ったのは幸運だったと思う。だって、シューベルトが大好きになれたから。
さて、この即興曲集、どこから聴いてもブレンデルの音楽そのものなのだが、やはり親しめるのは、初めに書いたように作品143の第3番かな。
流れるような変奏曲の中から知的な風貌のシューベルトが顔を出す。ブレンデルらしい端正な表情がとてもイイ。ピアノの音色も言うことなし。透明な響きがどこまでも美しい。やや抑えられた抒情が静かに漂ってくる。
激情的な演奏ではない、透きとおった哀しみが伝わってくる感じ。
ブレンデルのピアノで聴くシューベルト、ソナタもとても良いんですが、それはまた別の機会にでも。
蒸し暑い梅雨時、ブレンデルのピアノで気分が爽やかになりました。
ピアノ独奏はアルフレート・ブレンデル。1972年の録音フィリップス盤。
シューベルトの即興曲集は学生の頃からの愛聴盤。
特に、ロザムンデの主題を用いた作品142の第3番変ロ長調がイイ。
初めて買ったLPはブレンデルの旧盤。LPジャケットの袋はミノヤとあるので、所沢の駅前商店街で買ったものだろう(さて、今はミノヤというショップははあるのかな)。
その後エッシェンバッハやルプー、ペライア、内田光子、ブレンデルの再録音盤などを聴いたが、結局このブレンデルの旧盤に戻ってしまう。ルプーやエッシェンバッハ、内田の即興曲集もとてもよかったのだが、懐かしさ半分、ブレンデルの旧盤を聴くとホッとするところがある。
ブレンデルの演奏はいつも誠実で真摯。考え抜かれた末の演奏という感じ。ライヴ風の、まさに即興的なノリの演奏もいいのだろうが、熟考を重ねた大人の風格が漂うブレンデルの演奏、ボクは好きだなぁ。
音色はホンマに綺麗。いくらかベージュのかかった白、肌色混じりの純白というか・・・・。真っ白な中にいくらか人肌の混じる白さ・・・・そんな音色。
暖かく穏やかで、しっとりと落ち着いている音色。この音こそブレンデル。
演奏も同様、いたって穏和で、絶叫しないのがシューベルト的でイイ。
シューベルトは気の弱い青年だったいうが(そして、青年のまま死んでいった)、ブレンデルのピアノには、そういう弱さがよく表出されていると思う。
大声を出さずに、内面に向かって徐々に沈潜してゆく音楽。そして全編、歌謡的な旋律が流れて、構成感には乏しい音楽。でも限りなく美しく、デリケートな音楽。シューベルトのピアノ曲は、さり気なく美しい。
若い頃、ブレンデルのピアノでシューベルトのピアノ曲に出会ったのは幸運だったと思う。だって、シューベルトが大好きになれたから。
さて、この即興曲集、どこから聴いてもブレンデルの音楽そのものなのだが、やはり親しめるのは、初めに書いたように作品143の第3番かな。
流れるような変奏曲の中から知的な風貌のシューベルトが顔を出す。ブレンデルらしい端正な表情がとてもイイ。ピアノの音色も言うことなし。透明な響きがどこまでも美しい。やや抑えられた抒情が静かに漂ってくる。
激情的な演奏ではない、透きとおった哀しみが伝わってくる感じ。
ブレンデルのピアノで聴くシューベルト、ソナタもとても良いんですが、それはまた別の機会にでも。
蒸し暑い梅雨時、ブレンデルのピアノで気分が爽やかになりました。
2006/06/30のBlog
[ 04:14 ]
[ 交響曲 ]
昨日に続いて東ドイツ系の指揮者を聴いてみましょう。
尤も、この人はオーストリアの出身だったはずだが、東ドイツでの活躍が長かったし、ドイツ統一以後はパタッとその活躍を聴かなくなってしまった。
オトマール・スウィトナー。
今日は彼のマーラーの交響曲第5番嬰ハ短調。
ベルリン・シュターツカペレとの演奏。
1984年9月・12月、ベルリン・キリスト教会での録音。これは東ベルリンの教会になるのだろう。(カラヤン/BPOが1960年代に使っていたのとは別物のはず)。
教会での録音らしく、音源が遠い感じがする。音場の空間表現は見事なもので、奥行き広大。
ややくすんで暗い音色のベルリン・シュターツカペレの特質がよく出ていると思う。DENONの録音だと、もう少しキラキラするところがあるのだが、このCDはドイツ・シャルプラッテン原盤なので、渋めの音になっている。プロイセン風の重厚さはあまりないのだが、落ち着いたイイ音だと思う。
第1楽章は速めのテンポで軽快。葬送行進曲はアッサリ進んでゆくし、スウィトナーの指揮もあまり粘らないので、スッキリ爽やかな印象を受ける。
ただ、低弦が強調されたり、対向旋律をドキッとするほど浮かび上がらせてみたり、スウィトナーはなかなか芸が細かい。
音はとても綺麗。音色そのものは暗めでくすみ加減なのだが、オケ全体の響きはとても美しい。混濁いっさいなし。磨き上げられた耽美的な演奏と云っていいかもしれない。
第2楽章は様々な楽器のソロが楽しい。ベルリン・シュターツカペレは、そんなに巧いオケではないと思うのだが、ソロ楽器のテクニックは素晴らしく、実に楽しめた。聴き慣れているマラ5なのだが、この演奏には、ハッとするパッセージが随所に出てくる。スウィトナーが強調するところなのだろうが、珍しい感じがした。
第3楽章は、マラ5の真ん中に置かれたスケルツォ。対称構成のこの交響曲の中心をなす楽章。聴きもののホルンは良い音を響かせている。大活躍。
ストリングスは、しなやかで優しい響き。テンポは若干速めなので、サラサラした感じを受ける。アンサンブルは上質。
第4楽章はアダージェット。美しさの極み。磨き上げられた宝石のような演奏。少しルバートがかかる部分もあるが、全体的にはシンプルな演奏と云えると思う。テンポは前の3つの楽章の設定から考えると遅め。抒情的な旋律を十分に歌ってくれる。特にヴィオラやチェロのたっぷりとした歌がイイ。
終楽章は充実の演奏。アンサンブルも美しく、各楽器の音色も美しい。終曲での盛り上がりもカッコイイ。
スウィトナーの5番は美しさを突き詰めたような演奏であります。
聴いていて、ふと、「これはカラヤンの路線ではないか」と思いました。
スウィトナーとカラヤンの共通性など、ふだん感じることもないんです。
このマーラーは実に耽美的。美しさの極みです。
こんなマーラーを演る人、カラヤンしかいなかったような気がします。
尤も、この人はオーストリアの出身だったはずだが、東ドイツでの活躍が長かったし、ドイツ統一以後はパタッとその活躍を聴かなくなってしまった。
オトマール・スウィトナー。
今日は彼のマーラーの交響曲第5番嬰ハ短調。
ベルリン・シュターツカペレとの演奏。
1984年9月・12月、ベルリン・キリスト教会での録音。これは東ベルリンの教会になるのだろう。(カラヤン/BPOが1960年代に使っていたのとは別物のはず)。
教会での録音らしく、音源が遠い感じがする。音場の空間表現は見事なもので、奥行き広大。
ややくすんで暗い音色のベルリン・シュターツカペレの特質がよく出ていると思う。DENONの録音だと、もう少しキラキラするところがあるのだが、このCDはドイツ・シャルプラッテン原盤なので、渋めの音になっている。プロイセン風の重厚さはあまりないのだが、落ち着いたイイ音だと思う。
第1楽章は速めのテンポで軽快。葬送行進曲はアッサリ進んでゆくし、スウィトナーの指揮もあまり粘らないので、スッキリ爽やかな印象を受ける。
ただ、低弦が強調されたり、対向旋律をドキッとするほど浮かび上がらせてみたり、スウィトナーはなかなか芸が細かい。
音はとても綺麗。音色そのものは暗めでくすみ加減なのだが、オケ全体の響きはとても美しい。混濁いっさいなし。磨き上げられた耽美的な演奏と云っていいかもしれない。
第2楽章は様々な楽器のソロが楽しい。ベルリン・シュターツカペレは、そんなに巧いオケではないと思うのだが、ソロ楽器のテクニックは素晴らしく、実に楽しめた。聴き慣れているマラ5なのだが、この演奏には、ハッとするパッセージが随所に出てくる。スウィトナーが強調するところなのだろうが、珍しい感じがした。
第3楽章は、マラ5の真ん中に置かれたスケルツォ。対称構成のこの交響曲の中心をなす楽章。聴きもののホルンは良い音を響かせている。大活躍。
ストリングスは、しなやかで優しい響き。テンポは若干速めなので、サラサラした感じを受ける。アンサンブルは上質。
第4楽章はアダージェット。美しさの極み。磨き上げられた宝石のような演奏。少しルバートがかかる部分もあるが、全体的にはシンプルな演奏と云えると思う。テンポは前の3つの楽章の設定から考えると遅め。抒情的な旋律を十分に歌ってくれる。特にヴィオラやチェロのたっぷりとした歌がイイ。
終楽章は充実の演奏。アンサンブルも美しく、各楽器の音色も美しい。終曲での盛り上がりもカッコイイ。
スウィトナーの5番は美しさを突き詰めたような演奏であります。
聴いていて、ふと、「これはカラヤンの路線ではないか」と思いました。
スウィトナーとカラヤンの共通性など、ふだん感じることもないんです。
このマーラーは実に耽美的。美しさの極みです。
こんなマーラーを演る人、カラヤンしかいなかったような気がします。
2006/06/29のBlog
[ 04:12 ]
[ 交響曲 ]
梅雨前線小康状態。今日も蒸し暑い日でありました。
激務は相変わらずで、このまま7月下旬までいってしまいそうな感じ。やれやれ(^^ゞ。
さて、今日はブルックナーの交響曲第5番変ロ長調「原典版」。
ハインツ・レーグナー指揮ベルリン放送響の演奏。
1983年9月、東ドイツ・ベルリン放送局での録音。ドイツ・シャルプラッテン原盤。
ハインツ・レーグナーを初めて聴いたのは、DENON盤のシューベルト「グレート」だった。まだ学生だった頃、悠揚迫らぬゆったりとした序奏部が印象的な演奏だった。全体的にスケールも大きく、柔らかく残響豊かなDENONの名録音もあって、今も愛聴している。
1992年だったか、「ドイツ・シャルプラッテン20周年記念」と称して、当時日本でライセンスを持っていた徳間音工が次々に1000円盤CDを発売した。当時、1枚1000円というのは激安、戦略的価格であって、ボクはいそいそとレーグナーのブルックナーを買い求めたものだった。シューベルトの「グレート」の好感から、彼のブルックナーはさぞや雄大だろうと期待を込めて。
一聴、期待が裏切られてガッカリ。テンポが速い。サクサク進んでしまう。どれもサラッとした味付けで、雄大なスケールどころか、お茶漬けのような軽さ。ナンジャ、コリャ?。こんなはずはないと「グレート」を聴くと、やはり壮大でゆったり感満点のシューベルト。ああ、やっぱりレーグナーはエエなぁと思いつつ、ブルックナーに戻ると、どれも速い・・・・う~~む。
・・・・・と思ったのは、すでに14年前のことであって、このサラッとしたブルックナーの中に、滋味深い味わいをこめているのがレーグナーなのだということが徐々に分かってきた。
今日の第5番もそう。
第1楽章、冒頭からテンポが速く、サラッとした始まり方。例のブルックナー開始の勿体ぶったところがない、さり気ない感じで始まる。録音は、放送局のスタジオ録音というが、残響が適度にあって、ソフトフォーカス的、聴きやすい音になっている。
弱音部での繊細さがイイ。この人は、スケールの大きさを追求するよりも、ピアニシモでの優しくデリケートな響きが得意な指揮者だったなじゃないか。そんな気がしている。
第2楽章アダージョも速めで、しなやかに流れてゆく。もう少し遅い方がエエなぁ・・・・と思うのだが、レーグナーはあまり情念的に粘らせずに、清冽な演奏を心がけているのだろう。ベルリン放送響は、やや暗めの渋い音が特徴。ドイツ的な重心の低い音なのだが、あまりゴツゴツしたところはない。清潔なアダージョ。このあたりは、レーグナーのバトンのなせるワザか。
第3楽章スケルツォも流れるような演奏。逡巡、戸惑いなど一切なし。
アンサンブルはイマイチかな。やや緩め。オケの音は渋く暗いので、屈託ないノーテンキな演奏とは一線を画している。
終楽章のフィナーレは熱い演奏。楽章後半から終結部までは特に熱い。スタジオ録音なのに、ライヴのような激しさがあって面白い。グイグイ推進力が増していって、最後は怒濤の迫力で結ぶ。
往年の東ドイツ系の指揮者たち、あまりいなくなりました。
レーグナーやケーゲルは既に亡く、スウィトナーも引退生活。
少し寂しいですかね。
激務は相変わらずで、このまま7月下旬までいってしまいそうな感じ。やれやれ(^^ゞ。
さて、今日はブルックナーの交響曲第5番変ロ長調「原典版」。
ハインツ・レーグナー指揮ベルリン放送響の演奏。
1983年9月、東ドイツ・ベルリン放送局での録音。ドイツ・シャルプラッテン原盤。
ハインツ・レーグナーを初めて聴いたのは、DENON盤のシューベルト「グレート」だった。まだ学生だった頃、悠揚迫らぬゆったりとした序奏部が印象的な演奏だった。全体的にスケールも大きく、柔らかく残響豊かなDENONの名録音もあって、今も愛聴している。
1992年だったか、「ドイツ・シャルプラッテン20周年記念」と称して、当時日本でライセンスを持っていた徳間音工が次々に1000円盤CDを発売した。当時、1枚1000円というのは激安、戦略的価格であって、ボクはいそいそとレーグナーのブルックナーを買い求めたものだった。シューベルトの「グレート」の好感から、彼のブルックナーはさぞや雄大だろうと期待を込めて。
一聴、期待が裏切られてガッカリ。テンポが速い。サクサク進んでしまう。どれもサラッとした味付けで、雄大なスケールどころか、お茶漬けのような軽さ。ナンジャ、コリャ?。こんなはずはないと「グレート」を聴くと、やはり壮大でゆったり感満点のシューベルト。ああ、やっぱりレーグナーはエエなぁと思いつつ、ブルックナーに戻ると、どれも速い・・・・う~~む。
・・・・・と思ったのは、すでに14年前のことであって、このサラッとしたブルックナーの中に、滋味深い味わいをこめているのがレーグナーなのだということが徐々に分かってきた。
今日の第5番もそう。
第1楽章、冒頭からテンポが速く、サラッとした始まり方。例のブルックナー開始の勿体ぶったところがない、さり気ない感じで始まる。録音は、放送局のスタジオ録音というが、残響が適度にあって、ソフトフォーカス的、聴きやすい音になっている。
弱音部での繊細さがイイ。この人は、スケールの大きさを追求するよりも、ピアニシモでの優しくデリケートな響きが得意な指揮者だったなじゃないか。そんな気がしている。
第2楽章アダージョも速めで、しなやかに流れてゆく。もう少し遅い方がエエなぁ・・・・と思うのだが、レーグナーはあまり情念的に粘らせずに、清冽な演奏を心がけているのだろう。ベルリン放送響は、やや暗めの渋い音が特徴。ドイツ的な重心の低い音なのだが、あまりゴツゴツしたところはない。清潔なアダージョ。このあたりは、レーグナーのバトンのなせるワザか。
第3楽章スケルツォも流れるような演奏。逡巡、戸惑いなど一切なし。
アンサンブルはイマイチかな。やや緩め。オケの音は渋く暗いので、屈託ないノーテンキな演奏とは一線を画している。
終楽章のフィナーレは熱い演奏。楽章後半から終結部までは特に熱い。スタジオ録音なのに、ライヴのような激しさがあって面白い。グイグイ推進力が増していって、最後は怒濤の迫力で結ぶ。
往年の東ドイツ系の指揮者たち、あまりいなくなりました。
レーグナーやケーゲルは既に亡く、スウィトナーも引退生活。
少し寂しいですかね。
2006/06/28のBlog
[ 01:02 ]
[ 管弦楽曲 ]
久しぶりの太陽、梅雨の晴れ間でありました。
しかし、蒸し暑い一日でした。いやまあ、大変な汗。仕事中、汗だくです。
最近、多忙を極めているので、ヘトヘトで帰宅してます。
こんな日はスカッと豪快な音楽を。
そこで、ムソルグスキー(ラヴェル編)の「展覧会の絵」。
演奏はゲオルグ・ショルティ指揮シカゴ響。スカッと豪快なら、この演奏しかありません。
冒頭のプロムナードの輝かしさ。
最高のトランペットが聴ける。明るく高らかに朗々と鳴るトランペット。素晴らしい。ハーゼスのトランペットはいつ聴いても最高だと思う。
ショルティの採るテンポは速めで推進力十分。
オーケストラは大変機能的で迫力に満ちている。音がグイッと前に出てくる感じがする。
DECCA録音の素晴らしい録音効果もあって、美音の洪水になっている。音の一つひとつが生き生きと飛び跳ねているかのよう。
各所のプロムナードの性格を鮮やかに描き分けるショルティの手腕も見事。
彼は剛毅でやや強引な指揮者だとボクは思うが、楽譜に書かれていることを忠実に再現できる指揮者でもあって、この点で、ラヴェルのオーケストレーションの凄さを味わうには、最高の指揮者なんじゃないか・・・・・。フランス的なエスプリにはほど遠いし、あまりロシア臭もないのだが、とにかく、オーケストラ音楽の最高水準の凄さを味わえる。
サックスなど金管の巧さは言わずもがな、木管もストリングスも巧すぎて気味が悪くなる感じ。しかも、それらが高度なアンサンブルとして一体化しているのだからたまらない。
「ブイドロ」での弦の輝きは特筆もの。迫力十分で、しかもヴァイオリン群から光りが零れてくるような響きが聴ける。「黄金色」と簡単に云ってしまいたくはないのだが、ホンマに輝いている。スゴイ。
「ババヤーガの小屋」からの強奏は凄まじい。畳みかける、叩きつける弦。松ヤニが飛んできそうな力強さ。
そして「キエフの大門」。トランペットのふっくらとした音、甘く大らかな歌は特に素晴らしい。最強奏のところでも、アンサンブルは完璧で文句なしのオケ。
ショルティの指揮ぶりはやや硬め。カッチリとまとめる指揮で、妙な思い入れがないのがスッキリと気持ちよい。
体育会系、スポーツマン的な快演だと思う。
DECCAの録音は、25年を経過した今も最高レベル。ダイナミックレンジが広大で、音場は左右に広く奥行きも十分。個々の楽器の音色も美しく、素晴らしい録音であります。
1980年5月、シカゴのメディナ・テンプルでの録音。デジタル初期で、硬い音になってしまう録音が多かった時代の、これは名録音でありますな。
メディナ・テンプルでの録音の方が、オーケストラ・ホールのそれに比べて、シカゴ響の音はよろしいようです。
しかし、蒸し暑い一日でした。いやまあ、大変な汗。仕事中、汗だくです。
最近、多忙を極めているので、ヘトヘトで帰宅してます。
こんな日はスカッと豪快な音楽を。
そこで、ムソルグスキー(ラヴェル編)の「展覧会の絵」。
演奏はゲオルグ・ショルティ指揮シカゴ響。スカッと豪快なら、この演奏しかありません。
冒頭のプロムナードの輝かしさ。
最高のトランペットが聴ける。明るく高らかに朗々と鳴るトランペット。素晴らしい。ハーゼスのトランペットはいつ聴いても最高だと思う。
ショルティの採るテンポは速めで推進力十分。
オーケストラは大変機能的で迫力に満ちている。音がグイッと前に出てくる感じがする。
DECCA録音の素晴らしい録音効果もあって、美音の洪水になっている。音の一つひとつが生き生きと飛び跳ねているかのよう。
各所のプロムナードの性格を鮮やかに描き分けるショルティの手腕も見事。
彼は剛毅でやや強引な指揮者だとボクは思うが、楽譜に書かれていることを忠実に再現できる指揮者でもあって、この点で、ラヴェルのオーケストレーションの凄さを味わうには、最高の指揮者なんじゃないか・・・・・。フランス的なエスプリにはほど遠いし、あまりロシア臭もないのだが、とにかく、オーケストラ音楽の最高水準の凄さを味わえる。
サックスなど金管の巧さは言わずもがな、木管もストリングスも巧すぎて気味が悪くなる感じ。しかも、それらが高度なアンサンブルとして一体化しているのだからたまらない。
「ブイドロ」での弦の輝きは特筆もの。迫力十分で、しかもヴァイオリン群から光りが零れてくるような響きが聴ける。「黄金色」と簡単に云ってしまいたくはないのだが、ホンマに輝いている。スゴイ。
「ババヤーガの小屋」からの強奏は凄まじい。畳みかける、叩きつける弦。松ヤニが飛んできそうな力強さ。
そして「キエフの大門」。トランペットのふっくらとした音、甘く大らかな歌は特に素晴らしい。最強奏のところでも、アンサンブルは完璧で文句なしのオケ。
ショルティの指揮ぶりはやや硬め。カッチリとまとめる指揮で、妙な思い入れがないのがスッキリと気持ちよい。
体育会系、スポーツマン的な快演だと思う。
DECCAの録音は、25年を経過した今も最高レベル。ダイナミックレンジが広大で、音場は左右に広く奥行きも十分。個々の楽器の音色も美しく、素晴らしい録音であります。
1980年5月、シカゴのメディナ・テンプルでの録音。デジタル初期で、硬い音になってしまう録音が多かった時代の、これは名録音でありますな。
メディナ・テンプルでの録音の方が、オーケストラ・ホールのそれに比べて、シカゴ響の音はよろしいようです。
2006/06/27のBlog
[ 02:40 ]
[ 交響曲 ]
昨日に続いて今日も大雨の四国であります。
そして、昨日に続いて今日もシノーポリのCDを聴いています。
シューベルトの交響曲第8番ロ短調「未完成」。
ジュゼッペ・シノーポリ指揮フィルハーモニア管の演奏。
1983年、ロンドンでの録音。DG盤。
シノーポリが死んですでに5年。54歳という若さでで亡くなってしまった当時は、随分驚いた。マーラーやブルックナー、チャイコフスキーなど、独特の味わい(癖か?)を持つ指揮者だった。シノーポリの指揮する演奏は、分析的なのに情熱的・・・・相反する要素が絡み合った、独特の演奏だった。
この「未完成」はシノーポリのメジャー・デビュー当時のものだった。
第1楽章は開始から遅く、重い演奏。止まってしまいそうなテンポ。
ヴァイオリンが主旋律を奏でてゆくその後を、低弦がなぞってゆくのがよく聞こえる。テンポは遅いが響きはスッキリしている。特にヴァイオリン。爽やかで実に軽やかなイイ音を響かせている。羽毛で頬を撫でられているような気分になる。
ハンガリー・ジプシーの民族楽器、タロガトーを模したというオーボエとクラリネットのユニゾンは、はかなく、寂しく、美しい。遅いテンポなので、たっぷりと歌ってくれる。
主旋律の歌は、いかにもロマン的・情熱的なのだが、よく聴いていると、しっかり対向旋律を浮かび上がらせて、曲の構造・楽譜の書かれ方が見えてくるような演奏になっている。分析的な演奏と云えるのかもしれない。
フィルハーモニア管は機能的なオケだと思うが、シノーポリとは呼吸が合うようで、上質のアンサンブルを聴かせてくれる。
(この録音から数年後に始まった同じコンビによるマーラー全集、大変素晴らしかった)
第2楽章も遅い。ホンマにゆったりとしている。
木管群が実にイイ音で鳴っている。ほのぼのと、そして懐かしい気分になる音色であって、これを聴くだけでも値打ちがある演奏かも。
ストリングスもイイ。色彩的なところもあるし、デリカシーの固まりのような息を呑むところもある。シューベルト自身は色彩的な音楽を書いたつもりはないんだろうが、シノーポリの指揮で聴くと、様々な音色・響きの変化が聴ける。色彩の濃淡・光と影とに溢れているように聞こえる。
フィルハーモニア管もよく応じて、ふっくらと豊かに鳴らすところ、鋭く激烈に喚くようなところなど、表現の幅が広いと思った。
シノーポリの意思だったんでしょう、表現意欲満々の演奏であります。
録音状態は今もよろしく、シノーポリの良いところが随所に出てくる名演だと思います。
そして、昨日に続いて今日もシノーポリのCDを聴いています。
シューベルトの交響曲第8番ロ短調「未完成」。
ジュゼッペ・シノーポリ指揮フィルハーモニア管の演奏。
1983年、ロンドンでの録音。DG盤。
シノーポリが死んですでに5年。54歳という若さでで亡くなってしまった当時は、随分驚いた。マーラーやブルックナー、チャイコフスキーなど、独特の味わい(癖か?)を持つ指揮者だった。シノーポリの指揮する演奏は、分析的なのに情熱的・・・・相反する要素が絡み合った、独特の演奏だった。
この「未完成」はシノーポリのメジャー・デビュー当時のものだった。
第1楽章は開始から遅く、重い演奏。止まってしまいそうなテンポ。
ヴァイオリンが主旋律を奏でてゆくその後を、低弦がなぞってゆくのがよく聞こえる。テンポは遅いが響きはスッキリしている。特にヴァイオリン。爽やかで実に軽やかなイイ音を響かせている。羽毛で頬を撫でられているような気分になる。
ハンガリー・ジプシーの民族楽器、タロガトーを模したというオーボエとクラリネットのユニゾンは、はかなく、寂しく、美しい。遅いテンポなので、たっぷりと歌ってくれる。
主旋律の歌は、いかにもロマン的・情熱的なのだが、よく聴いていると、しっかり対向旋律を浮かび上がらせて、曲の構造・楽譜の書かれ方が見えてくるような演奏になっている。分析的な演奏と云えるのかもしれない。
フィルハーモニア管は機能的なオケだと思うが、シノーポリとは呼吸が合うようで、上質のアンサンブルを聴かせてくれる。
(この録音から数年後に始まった同じコンビによるマーラー全集、大変素晴らしかった)
第2楽章も遅い。ホンマにゆったりとしている。
木管群が実にイイ音で鳴っている。ほのぼのと、そして懐かしい気分になる音色であって、これを聴くだけでも値打ちがある演奏かも。
ストリングスもイイ。色彩的なところもあるし、デリカシーの固まりのような息を呑むところもある。シューベルト自身は色彩的な音楽を書いたつもりはないんだろうが、シノーポリの指揮で聴くと、様々な音色・響きの変化が聴ける。色彩の濃淡・光と影とに溢れているように聞こえる。
フィルハーモニア管もよく応じて、ふっくらと豊かに鳴らすところ、鋭く激烈に喚くようなところなど、表現の幅が広いと思った。
シノーポリの意思だったんでしょう、表現意欲満々の演奏であります。
録音状態は今もよろしく、シノーポリの良いところが随所に出てくる名演だと思います。
2006/06/26のBlog
[ 05:27 ]
[ 協奏曲 ]
大雨です。よく降ります。
当地は一昨年に水害に遭っていますので、雨は怖いです。
今のところ、あのときほどの雨脚ではないんですが・・・・・さて。
今日はベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番変ロ長調。
マルタ・アルゲリッチのピアノ、ジュゼッペ・シノーポリ指揮フィルハーモニア管の演奏。
1985年5月、ロンドンのウォルサムストウでの録音。
カップリングは1番協奏曲。
アルゲリッチがベートーヴェンの協奏曲を録音した・・・・と、発売当時、大変話題になったCD。ワクワクして発売間もない輸入盤を、ボクは永福のアンドー楽器の通販で購入した。懐かしい思い出。
演奏は期待に違わぬ名演。当時、絶好調だったシノーポリ/フィルハーモニア管のバックを得て、アルゲリッチが縦横無尽に演奏してゆく素晴らしさ。レコード・アカデミー賞を受賞したのもむべなるかなという出来だった。ジャケット写真の2人の笑顔がイイ。録音の出来に、満足していたんじゃないかな。
(あの頃は、レコード・アカデミー賞にも今よりも権威めいたものがあったような気がする)。
第1楽章アレグロ・コンブリオ。アルゲリッチのピアノは精力的。キラキラ輝くような音色を生かしながら、強弱の幅が大きく、気宇壮大な演奏を聴かせる。大胆なところがある反面、弱音部では繊細を極める。デリケートで揺らぐようなピアニシモがスゴイ。音が小さいのに迫力が漂う。さすがアルゲリッチ。
コロコロと転がるようなピアノのパッセージは、時にモーツァルト的。ベートーヴェンの後年の論理的な迫力とは一線を画する、まだまだ若いベートーヴェンがこの演奏には、いる。
シノーポリの伴奏は立派。克明で表現の幅が広いのは、独奏者と同様。フィルハーモニア管もいつもながら巧い。
カデンツァはベートーヴェン自身のもの。表現意欲に溢れた名作だと思う。
第2楽章はアダージョ。ベートーヴェンのアダージョはいつだって特別(第九を持ち出すまでもなく)、胸に染みる旋律、惻々と迫ってくる情熱。
そのあたりをアルゲリッチは見事に描き出す。しかも即興的。
ピアノは美しいだけでなく、作曲家の抒情的な部分を表現して、実に雄弁。ニュアンスも多彩。ラストのポツポツと鳴るピアノは、ちょうど今の時期の雨だれのよう。
終楽章ロンドはアレグロ・モルト。アルゲリッチのピアノは、フィナーレに来てますます好調。オケのたっぷりした伴奏に乗って感興豊かな演奏を繰り広げる。ホンマに音色が綺麗。光が零れてくるような目映い音。
いやぁ、素晴らしい。
フィルハーモニア管も好調なんですが、惜しむらくは、オケの音色にもう少し木質の肌触り・柔らかさがあればと思う。・・・・のは欲が深すぎか(^^ゞ
当地は一昨年に水害に遭っていますので、雨は怖いです。
今のところ、あのときほどの雨脚ではないんですが・・・・・さて。
今日はベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番変ロ長調。
マルタ・アルゲリッチのピアノ、ジュゼッペ・シノーポリ指揮フィルハーモニア管の演奏。
1985年5月、ロンドンのウォルサムストウでの録音。
カップリングは1番協奏曲。
アルゲリッチがベートーヴェンの協奏曲を録音した・・・・と、発売当時、大変話題になったCD。ワクワクして発売間もない輸入盤を、ボクは永福のアンドー楽器の通販で購入した。懐かしい思い出。
演奏は期待に違わぬ名演。当時、絶好調だったシノーポリ/フィルハーモニア管のバックを得て、アルゲリッチが縦横無尽に演奏してゆく素晴らしさ。レコード・アカデミー賞を受賞したのもむべなるかなという出来だった。ジャケット写真の2人の笑顔がイイ。録音の出来に、満足していたんじゃないかな。
(あの頃は、レコード・アカデミー賞にも今よりも権威めいたものがあったような気がする)。
第1楽章アレグロ・コンブリオ。アルゲリッチのピアノは精力的。キラキラ輝くような音色を生かしながら、強弱の幅が大きく、気宇壮大な演奏を聴かせる。大胆なところがある反面、弱音部では繊細を極める。デリケートで揺らぐようなピアニシモがスゴイ。音が小さいのに迫力が漂う。さすがアルゲリッチ。
コロコロと転がるようなピアノのパッセージは、時にモーツァルト的。ベートーヴェンの後年の論理的な迫力とは一線を画する、まだまだ若いベートーヴェンがこの演奏には、いる。
シノーポリの伴奏は立派。克明で表現の幅が広いのは、独奏者と同様。フィルハーモニア管もいつもながら巧い。
カデンツァはベートーヴェン自身のもの。表現意欲に溢れた名作だと思う。
第2楽章はアダージョ。ベートーヴェンのアダージョはいつだって特別(第九を持ち出すまでもなく)、胸に染みる旋律、惻々と迫ってくる情熱。
そのあたりをアルゲリッチは見事に描き出す。しかも即興的。
ピアノは美しいだけでなく、作曲家の抒情的な部分を表現して、実に雄弁。ニュアンスも多彩。ラストのポツポツと鳴るピアノは、ちょうど今の時期の雨だれのよう。
終楽章ロンドはアレグロ・モルト。アルゲリッチのピアノは、フィナーレに来てますます好調。オケのたっぷりした伴奏に乗って感興豊かな演奏を繰り広げる。ホンマに音色が綺麗。光が零れてくるような目映い音。
いやぁ、素晴らしい。
フィルハーモニア管も好調なんですが、惜しむらくは、オケの音色にもう少し木質の肌触り・柔らかさがあればと思う。・・・・のは欲が深すぎか(^^ゞ
2006/06/25のBlog
[ 04:45 ]
[ 室内楽曲 ]
雨上がりの湿度が高い朝、ムッとするような空気の中をジョギング。
この数日ドンヨリしております。そして、今日は大雨の予報。
梅雨らしい天気であって、季節の動きを考えれば、喜ばしいことかもしれません。
伸び始めた稲は、この雨を喜んでいるでしょう。
さて今日は、ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ第9番「クロイツェル」。
アイザック・スターンのヴァイオリン、ピアノはユージン・イストミン。
1982年録音のCBS盤。
スターンは、五味康祐がその著書の中で「靴磨き」と罵っていたが、なかなかどうして、やはり当代最高のヴァイオリニストの一人だったと思う。
ベートーヴェンやブラームス、メンデルスゾーンにチャイコフスキー、どのヴァイオリン協奏曲をとっても、スゴイ、素晴らしい演奏だった。これらは今も愛聴盤。
この梅雨空のせいか、今日は、久しぶりに室内楽曲をしっとりと聴いてみたくいと思い、スターンのベートーヴェンのソナタを取り出した。
ピアノの相棒は気心の知れたイストミン。息のあったコンビだと思う。
第1楽章アダージョ・ソステヌート、プレスト。
冒頭から迫力十分のヴァイオリン。技巧も完璧で、速いパッセージでは目映いくらい。そして、音は強靱。ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタは綺麗だけでは済ませられないものがある。スターンはさすが、このクロイツェルでは、美しさより靱さを押し出してくる。(それでも、スターンの美音は前に出てきてしまうが・・・・)。
プレストの部分は快速で心地よい。イストミンのピアノとともに流麗そのもの。
第2楽章アンダンテ・コン・ヴァリオツィオーニ。
変奏曲の大家ベートーヴェンらしい、美しく変化に富んだ第2楽章。
スターンの美音は、明るい長調の変奏よりも、短調の方が生きる感じ。愁いを含んだ涙目のような旋律線が、ことのほか美しく奏される。
イストミンのピアノも雄弁で、アンサンブルも息があって心地よい。
それにしてもスターンの高音は美しい。ホンマに魅惑的な音。
終楽章はプレスト。
再び急速が戻って、いかにもベートーヴェンの終曲。溌剌としていながら、少々理屈っぽい作曲家の表情が見えてくるような楽章。
スターンの強靱な音と、そこから漏れてくる美音とは、第1楽章と変わらない。ゴツゴツしたところもあるが、滑らかな高音での美音がたまらない。
終曲に向かって、音楽がどんどん熱を帯びてくるのもイイ。
録音から20年以上経過しましたが、十分に美しく綺麗な録音。
CBSソニーの録音は乾いた感じがおおいのだが、これは濡れたようなヴァイオリンが美しく、名録音と云えそうであります。
スターンの至芸に酔いました。
この数日ドンヨリしております。そして、今日は大雨の予報。
梅雨らしい天気であって、季節の動きを考えれば、喜ばしいことかもしれません。
伸び始めた稲は、この雨を喜んでいるでしょう。
さて今日は、ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ第9番「クロイツェル」。
アイザック・スターンのヴァイオリン、ピアノはユージン・イストミン。
1982年録音のCBS盤。
スターンは、五味康祐がその著書の中で「靴磨き」と罵っていたが、なかなかどうして、やはり当代最高のヴァイオリニストの一人だったと思う。
ベートーヴェンやブラームス、メンデルスゾーンにチャイコフスキー、どのヴァイオリン協奏曲をとっても、スゴイ、素晴らしい演奏だった。これらは今も愛聴盤。
この梅雨空のせいか、今日は、久しぶりに室内楽曲をしっとりと聴いてみたくいと思い、スターンのベートーヴェンのソナタを取り出した。
ピアノの相棒は気心の知れたイストミン。息のあったコンビだと思う。
第1楽章アダージョ・ソステヌート、プレスト。
冒頭から迫力十分のヴァイオリン。技巧も完璧で、速いパッセージでは目映いくらい。そして、音は強靱。ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタは綺麗だけでは済ませられないものがある。スターンはさすが、このクロイツェルでは、美しさより靱さを押し出してくる。(それでも、スターンの美音は前に出てきてしまうが・・・・)。
プレストの部分は快速で心地よい。イストミンのピアノとともに流麗そのもの。
第2楽章アンダンテ・コン・ヴァリオツィオーニ。
変奏曲の大家ベートーヴェンらしい、美しく変化に富んだ第2楽章。
スターンの美音は、明るい長調の変奏よりも、短調の方が生きる感じ。愁いを含んだ涙目のような旋律線が、ことのほか美しく奏される。
イストミンのピアノも雄弁で、アンサンブルも息があって心地よい。
それにしてもスターンの高音は美しい。ホンマに魅惑的な音。
終楽章はプレスト。
再び急速が戻って、いかにもベートーヴェンの終曲。溌剌としていながら、少々理屈っぽい作曲家の表情が見えてくるような楽章。
スターンの強靱な音と、そこから漏れてくる美音とは、第1楽章と変わらない。ゴツゴツしたところもあるが、滑らかな高音での美音がたまらない。
終曲に向かって、音楽がどんどん熱を帯びてくるのもイイ。
録音から20年以上経過しましたが、十分に美しく綺麗な録音。
CBSソニーの録音は乾いた感じがおおいのだが、これは濡れたようなヴァイオリンが美しく、名録音と云えそうであります。
スターンの至芸に酔いました。