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クラシック音楽のひとりごと
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2006/07/14のBlog
ここのところ、ボヘミアの名曲を続けて聴いています。

今日は、ドヴォルザークのチェロ協奏曲ロ短調 作品104。
ミッシャ・マイスキーのチェロ、レナード・バーンスタイン指揮イスラエル・フィルの演奏。
1988年6月、テルアビヴでのライヴ・レコーディング(といっても、バーンスタインのライヴ盤は客がいない会場録音だが)。DG盤。

ドヴォルザークのニューヨーク時代最後の作品であり、チェロ協奏曲としては古今無双の名曲。ソロの技巧、スケールの大きさ、旋律の美しさ、伴奏管弦楽の充実、どれを取ってもチェロ協奏曲としては最高の作品。
数あるドヴォルザークの作品の中でも、最高傑作なんじゃないか。

第1楽章は、ドヴォルザークがナイアガラの瀑布を見て霊感を得たという第一主題が、全く美しい。ここでのオーケストラは雄弁。晩年のバーンスタインらしく、大袈裟壮大な指揮ぶり。テンポは遅く、粘り着くようなところがある。指揮もソロもオケも全部ユダヤ系だが、三者の気質が一致しているのか、その粘りが自然に聞こえてくる。
マイスキーのチェロも柄が大きく、豊満な響きと多彩な音色がとても美しい。旋律をたっぷり歌ってくれるので、心地よい。ドヴォルザークは、歌ってくれなくちゃね。
そして、その歌はどこまでも抒情的で、切々とした思いが伝わってくる。それはドヴォルザークの望郷の想いか、マイスキーのラトヴィアへの想いかだろう。

第2楽章、冒頭の木管が際だって美しい。それをなぞるように登場するチェロのデリケートな音色もたまらない。切ないほどの想いが込められている。このあたりはマイスキーとイスラエル・フィルが一体となって、まさに独壇場。
ドヴォルザークは郷愁の作曲家だ。彼の旋律は、聴き手をセンチメンタルにさせる。過去へ引き戻したり、故郷に連れて行ったり。自分が育った野山の風景を思い出させられてしまう。
バーンスタインの指揮は大ぶり。ダイナミックレンジが大きく、特にフォルティシモの爆発力がスゴイ。
イスラエル・フィルも健闘。弦楽器群はとても綺麗な音。楽章後半、ホルンのアンサンブルは全く見事な出来。

終楽章も管弦楽が雄大で、チェロも大柄で堂々としている。この楽章は幾つか舞曲が現れるが、旋律も美しく、オケの部分も緻密によく書かれているなぁと感心しきり。
マイスキーのチェロはメランコリック。揺れ動く感情を見事に表出、技巧も素晴らしく最美の演奏。終曲に向かって演奏が白熱化する。
燃えるバーンスタイン、燃えるマイスキー。

ああ、素晴らしい協奏曲であります。
これだけ見事な演奏で聴くと、やはりこのチェロ協奏曲ロ短調こそ、ドヴォルザークの最高傑作かと思ってしまいます。
2006/07/13のBlog
あまりの蒸し暑さに、今夏初めてクーラーのスイッチを入れました。
田舎は風の通りがよいので ー特に田んぼの中はよく通りますー、そんなにエアコンを必要としないんですが、さすがに暑いですなぁ・・・・(^^ゞ。
梅雨明けも間近でしょう。

さて、今日はスメタナの交響詩「わが祖国」。

パーヴォ・ベルグルンド指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
1978年3月、ドレスデンのルカ教会での録音。EMI原盤。

これは。EMIのREDライン・シリーズの1枚で、僅か1200円。
このシリーズは輸入盤仕様で、ライナーはペラ紙1枚が入っているだけなのだが、演奏は往年の名盤、特に1970年代から80年代の名演奏が多く収められていたので、随分購入したものだった。

ベルグルンドにスメタナ、しかもドレスデン・シュターツカペレというので、その取り合わせ・組み合わせに、「へ?」と思ったものだが(ベルグルンドとくればシベリウス、オケはヘルシンキかボーンマスだろう・・・・)、まあ廉価盤でもあるし、SKDの「わが祖国」なんて珍しいしなぁ・・・。こういうのは見かけたときに買っておかないと。さっさと廃盤になっちゃうしなぁ・・・・
(これ、CD買うときの鉄則でっせ。とにかく、「お?」と思ったら取り敢えず買うべし・・・・であります)。

買って正解。組み合わせ・取り合わせの先入観を綺麗さっぱり打ち砕いてくれました。掛け値なしの名演。ベルグルンドとドレスデン・シュターツカペレ、素晴らしい組み合わせであります。

まず、オケが熱い。熱気と迫力に満ちている。少し大きめの音量で聴くと、その重量感に圧倒される。そして、聴き進むほど、オケのメンバーの迸るような情熱が伝わってくる。
大名曲「モルダウ」はもちろん、「高い城」もスゴイし、「シャールカ」・「ターボル」はもっと熱い。火傷しそうな情熱。

SKDのアンサンブルも完璧。揃っているなんてもんじゃない、ガチガチの合奏力。これだけ綺麗に揃って、しかもSKD独特のしなやかで柔らかい音が、ルカ教会の美しい残響とともに聴けるのだから、極上の喜びでありますな。

EMIにしては録音も良い。十分に美しく楽しめます。

録音当時はブロムシュテットが常任の時代だったでしょうか。
SKD最高潮の時期の録音だったんですな。
ベルグルンドとの演奏はこれしか知りませんが、イイ組み合わせであったですな。
本当は、ブロムシュテットと録音するはずだったのかもしれませんが。

ノイマンの「新世界」は本場物の味わい。
ベルグルンドの「わが祖国」は本場物でなくても味わえちゃう・・・・。
クラシック音楽は楽しいもんです。
2006/07/12のBlog
昨日は、このDoblogがあまりに重く、途中でメンテナンスも入って更新できませんでした。
スタッフの人も大変でしょうなぁ。きっとユーザーから文句も多いんでしょうなぁ。
いつも書きますが、タダで楽しませてもらっている訳ですから、時々異状が起こるのは仕方ないことだと思っています。他のブログサイトも結構重いようですしね。きっと、どこもユーザー(ブロガーって云うんですかね)の爆発的増加で弱っているんでしょうねぇ。

今は非常に軽い、サクサクです。これが続くとエエんですが。

さて今日はドヴォルザークの交響曲第9番ホ短調「新世界より」。

ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィルの演奏。
1981年10月、プラハ芸術家の家での録音。チェコのスプラフォンとDENONの共同製作盤。

まさに本場物。
なに、本場物が何でも良い訳じゃなし、「新世界」など古今東西の大名曲であって、今やアメリカのオーケストラがナンボでも録音しているから、アメリカこそ本場、「新世界」にふさわしいような気もする。

しかし、やはりドヴォルザークはチェコ、ボヘミアの人だと思うのは第2楽章のイングリッシュ・ホルン響きを聴いている時・・・。

チェコ・フィルの音!
ガラス細工のような繊細な音。特に弦楽器がイイのは世評通り。
ノイマンの指揮が端正で率直なものだから、この第2楽章の名旋律が、実に格調高く、そして全く美しく響く。

ああ、ノスタルジック。第2楽章の嫋々たるメロディを、最近の演奏は交響的にカッコよくやるのだが、チェコ・フィルの面々は「こいつはワシらの音楽じゃ」と言わんばかり素朴に聴かせてくれる。
テンポはやや速め。表情づけも情緒纏綿と云うわけでもないのだが、ホンマに哀愁漂う演奏になっている。
シルクのようなしなやかな肌触りの弦楽器群が、何度も書くが、とにかく素晴らしい。

他の楽章は・・・というと・・・。

第1楽章の冒頭などは、じっくりとした開始。
チェコ・フィルのメンバーが一生懸命演奏しているのが伝わってくる。オケが前向きな演奏はいつも美しい。

スケルツォの第3楽章。
ノイマン/チェコ・フィルで聴くと、この楽章が舞曲を基にしているのがよく分かる。中間部が、何と民族的に響くことか。ああ、これがボヘミアの踊りであり、メロディだったのだと教えてくれる。他の演奏では、こうはいかない。

壮麗な盛り上がりの終楽章は、金管楽器が気持ちよく炸裂する。木管が響かせる木訥な味わいもイイ。交響曲の大作家であったドヴォルザークが、本来は、この懐かしい田舎から出てきたことが垣間見える一瞬。


録音は20年以上経過した今も上々の部類。
エエ音してます。

本場物を崇拝する気はありませんが、でも、ドヴォルザークは時にノイマンやクーベリックで聴きたいなぁと思います。
日本人なら、コメのメシを無性に喰いたくなる・・・・そんな感じでしょうか。
2006/07/10のBlog
降りそうで降らない・・・・と思っていると俄に雨が降り出す・・・
今年の梅雨は気まぐれです。
午後からは晴れ間が見えて、暑くなりました。そして、夜は月夜。十三夜でした。

で、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調「月光」。

ラドゥ・ルプーのピアノ独奏。
1972年6月、ウェスト・ハンプステッドでの録音というから、ルプーがメジャーデビューして間もない頃のもの。

第1楽章から、テンポがかなり遅く、たっぷりとした深い響きが印象的。溢れんばかりの情感がこめられた演奏。
なかなか前に進まない。臆病で、振り返ったり、ためらったり、時に後ずさりするような演奏。気の弱い、しかし頭脳明晰で知性に恵まれた青年の演奏とでも云うべきか。
ピアノの音は、空間を彷徨するような、うつろな音色が特徴。音色、テンポが一貫して全くロマンティック。
ああ、ルプーは「1000人に一人のリリシスト」だった・・・・・。
この感触こそ、ルプーがシューベルトで聴かせてくれたものだった。
漂いつつ消えてゆくピアノの残像、そこはかとなく薫ってくる優しい風情。ああ、ルプーの「月光」は何と胸に迫る演奏か。霞がかった月夜のような、ため息が聞こえるような演奏。

第1楽章がためらい・ため息ならば、第2楽章は微笑みの中の哀しみ。長調なのに、ほの暗い哀しみが漂う。消えゆくピアノの残響に、ハッとするような儚さを感じさせるのがルプーの真骨頂。
そういえば、録音は残響過多で、ルプーの蒼白いピアノの音色がイマイチ伝わってこない。30年以上前の録音だから仕方ないか。

ただ、残響のおかげで、雰囲気はとりわけ豊か。ニュアンスが広がってゆく感じがする。

終楽章はピアノの疾走。技巧は完璧で、音の粒立ちはよい。音量が大きくなっても、速さが極まっても造形が崩れないのはさすが。
音量が大きいと書いたが、実はそんなに大きくない。ルプーのピアノには強烈で居丈高なフォルティシモがない。どこか抑制の利いた、感情を剥き出しにしないフォルテ。
このへんが、ルプーの知性がなせるところかな。抒情派と呼ばれる所以だろう。


そうそう、この演奏のピアニシモは、どの楽章も、息を呑む美しさ。
ルプーの本領は弱音にあります。
壊れてしまいそうな美しさがあります。
2006/07/09のBlog
今年の梅雨は実に「梅雨」であります。

蒸し暑い日には、「水上の音楽」を聴きたくなる・・・・・。
この数日は特に暑い。湿度がたまらない。
せめて、涼やかなバロック音楽を聴いて、暑気払いをしよう・・・。

そこで、ヘンデルの「水上の音楽」。
ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管の演奏。
1979年1月、ロンドンでの録音。フィリップス盤。
これは1000円盤で出ている。


マリナー指揮アカデミー室内管の演奏らしい、爽やかな風が吹き抜けるような、気持ちよいもの。アカデミー室内管は現代楽器を使っているのだが、大変涼しげに演奏していて、響きは爽快、聴いていて実に心地よい。リズムもよく弾んで快活快適。

マリナーの採るテンポは中庸。セカセカしていない品の良さ、英国紳士の雰囲気が実にイイ。
と書いていて気づいたが、マリナーはもっとラジカルだったはず。60年代の「四季」(DECCA盤)なんか面白かったもんね。
だが、古楽器演奏がどんどん広がりを見せ始めたこの録音当時、すでにマリナーは「中庸」であり「紳士的」になってしまっていた・・・。う~ん・・・変わるもんやなぁ。

もちろん、適度に装飾音もあるし、ハッとするような響きもあるのだが(特にチェンバロは面白い)、全体的にはバランス良くまとまりのイイ演奏と云うべきか。爽快で新鮮、斬新な演奏を売り物にしていたマリナーも変わってきていたんだなぁ・・・と感慨あり。


組曲第1番では、パスピエの愉悦感が味わい深い。エアでの船遊びのような揺らぎも、素晴らしい。

華麗さが楽しい第2番では、やはり、アラ・ホーンパイプが聴きもの。
ホルンの勇壮な響きに、つんざくような鋭さのトランペットの融合が見事だし、通奏低音も見事。アカデミー室内管のアンサンブルは今さら云うまでもなし。達者なもんだ。

第3組曲では、リコーダー・ソロが美しいメヌエットがイイ。チェンバロはここでも装飾が上品でしっとりと落ち着いた音楽になっている。

ん~~ マリナーが落ち着いては困るような気もするが。

録音は素晴らしい。
アナログ最末期のフィリップスらしい、残響豊かで奥行きのあるエエ音してます。
2006/07/08のBlog
ようやく仕事のメドがついて、一息入れております。
6月上旬から1カ月ずっと激務でありました。こんなに仕事をしたのは久しぶり。自分の身体が2つ3つ欲しいと思ったほど。3つの大仕事を抱えて、並行して完成させなくちゃならない・・・いやはやしんどかった・・・・。

でも音楽は聴いてました。家では仕事しませんからね。音楽は聴けました。忙しいと云っても所詮そんなもんです。ガハハ。

さて、今日はベートーヴェンの交響曲第2番ニ長調作品36を。

ダニエル・バレンボイム指揮ベルリン・シュターツカペレの演奏。
1999年の録音の全集盤から。テルデック原盤で輸入盤が発売当時から安かったもの。

第1楽章、のっけから、もうドイツの音。昔懐かしい重厚な音。
LP時代に戻ったようなレトロな音と云っても良いかもしれない。久しぶりに聴く、正調ドイツ風のベートーヴェン。

同じSKBを振ったスウィトナー盤は、DENONの録音のせいか、もう少し華やかな音だった。こちらバレンボイム盤は厚みが十分あって、音の重心が低く、腰のすわったベートーヴェンが聴ける。

最近のオーケストラはどんどん国際化が進んで(ということは無国籍化が進んでしまったということになるのだが・・・)、「お国訛り」を聴かせてくれる団体が減ってきているんじゃないか・・・・。ドイツを代表するベルリン・フィルやバイエルン放送響などは今やコスモポリタン。汎世界的な音。

このバレンボイム盤は反動的保守的過去的遡行的な演奏になっているのが、大変面白い。

第1楽章は、バレンボイムの指揮が威風堂々、たいそう立派。
比較的小さなオケでも演られる曲だが、バレンボイムはオケの人数を減らしていないようで、フルオケのパワーで進軍してゆく。
古楽器団体のベートーヴェンを聴き慣れた耳でこの演奏を聴くと、そのガッシリしたたくましさに圧倒されそう。カロリー十分。最近のベートーヴェン演奏はダイエットのし過ぎじゃないか・・・?

第2楽章のラルゲット。目がよく詰んだ織物のような質感で、音楽が空虚にならないのがイイ。歌も素晴らしい。やや無骨なところもあるが、これぞ質実剛健、ドイツの音楽なんだと思う。

第3楽章のスケルツォは勇壮、男性的な気迫の充実。
終楽章はどんどんテンポが速くなって、一筆書きのように一気呵成に終曲へ向かってゆく。ティンパニの強打や沸き立つリズムもこの終曲にはふさわしい。


それにしても、スピーカーからグイッと前に出てくる迫力・重量感が素晴らしい。やはりドイツ音楽はこのくらいじゃなくっちゃね。
2006/07/07のBlog
今年の梅雨は実に梅雨らしい梅雨であります。
雨も多いし、湿度も高い。今日は実に湿っぽい一日でした。
しかし、気温が少し下がったので、クラシック音楽を聴くにはエエですな。

さて、今日はチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」を。

クルト・ザンデルリンク指揮ベルリン交響楽団の演奏。
1979年9月、東ベルリンのイエス・キリスト教会での録音で、独シャルプラッテンとDENONとの共同制作盤。
1979年といえば、東ドイツがまだ元気だった頃、ソ連のアフガン侵攻、日本では有事立法等の問題が起こって、ピリピリしていた頃だった。

第1楽章から、DENONの素晴らしい録音が味わえる。

ふだんはやや重めのドイツ的な音を出すベルリン響だが、ここでは爽やかで高音の抜けの良い音づくり。奥行きも広く、序奏部の木管が涼やかに鳴り響く。クラリネットやフルートが実にイイ音で鳴っている。

音楽はザンデルリンクらしい堅牢なもの。じっくり素材を積み上げて、ジワジワ造りあげた建築のような趣き。
テンポも落ち着いていて、盤石の安定感。どっしりと腹に響く音も良い。
虚飾のない素朴な味わい。やや武骨で洗練されていないが、味わい深い田舎料理のような懐かしさを感じる。

アレグロに入ってからのバス低音は強烈。迫力満点の重戦車。ただ、DENONの録音が抜群で、抜けがよい響きなので、ドロドロ粘りつく音楽になっていないのがイイ。
(ロシアのオケだと、この部分がねちっこくなることが多い)
金管アンサンブルも見事に決まっていて、厚みも十分でカッコイイ。

第2楽章は、たっぷりとしたテンポでよく歌うのが好ましい。特に弦楽合奏が美しい。
音色はやや暗めで、いかにもベルリン響の音なのだが、、DENON録音のせいか、高音に華やかさがあって、涼やかでもある。

第3楽章アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェは、オケの力量が問われる楽章。
金管の爆発が凄まじいし、ビオラの細かな刻みもなかなか鮮やか。それ以上に素晴らしいのは、ザンデルリンクの確信を持った音楽の運び。キッチリと安定した音楽。自分の音楽はこれだと云わんばかりの、堂々とした音楽。説得力十分。
今さら梃子でも動かんぞいった風情だが、その頑固さがよろしい。

終楽章は厚みのある弦楽合奏が素晴らしい。アンサンブルは少し緩いところも散見されるのだが、それにしても深々とした良い音だと思う。
浮つかず、腰の据わった重心の低い音が良い。

ザンデルリンクが振ると、男性的な「悲愴」であります。
ラストの消えゆく音は泣かせます。
2006/07/06のBlog
今日はモーツァルトのピアノ協奏曲第24番ハ短調K491を。

短調のモーツァルトの中でも、情念がこもっているような作品。
ただ、そこはモーツァルト、常に微笑みを忘れない。特にこの曲は。短調から長調へ、また短調へ・・・・・転調する間際の美しさが例えようもない・・・・・。

演奏は、内田光子のピアノ、ジェフリー・テイト指揮イギリス室内管。
1988年5月、ロンドンでの録音。フィリップス盤。

第1楽章の冒頭、イギリス室内管のトゥッティが素晴らしい。深みがある響きの中から、ほの暗い情念が湧出する。低音部のリズムの刻みがまた良い。音量は控えめなのに、存在感が実に大きい。

内田のピアノは、エッジが丸く、縁取りが柔らかい。
表現は多彩。甘い香りが漂うようなところもあれば、峻厳な表情でスクッと立つところもある。特に弱音部での、洗練された繊細さがたまらない魅力を放っている。
女流ピアニストでモーツァルトを聴く楽しみはここにある。男声では味わえない、弱音のほのかの色気と洗練。

テイトの指揮するイギリス室内管は迫力十分で、深く、時に強靱なフォルティシモをつくり出す。悲劇性も強い。

カデンツァは内田の自作で、情念がこもっている。モーツァルトの数あるピアノ協奏曲の中で、最も劇性の強いこの曲にふさわしいカデンツァ。

第2楽章は羽毛のように軽いピアノで始まる。イギリス室内管も同じく羽毛のように軽く、綿毛のようにふわふわと柔らかい伴奏を聴かせてくれる。特に内田のピアノからオケにフレーズが譲られるところなど、魅力的。素晴らしい伴奏、絶品だと思う。

内田のピアノはダイナミックレンジを広く取らず、端正な感じなのだが、表情は色々と変化してゆく。ピアノニストの感情の揺らぎが伝わってくる演奏。

終楽章ではまた激情が戻ってくる。オケが実に雄弁。表情が刻一刻と変わってゆくのも、実にイイ。移ろいゆくような伴奏。
それに乗って内田が縦横無尽に駆けめぐってゆく。即興的でさえある。
素晴らしい・・・。


内田光子のモーツァルトはどれも名演。
これを支えるテイト/イギリス室内管の伴奏も大変美しく、かつ力強い。
イイ演奏であります。
2006/07/05のBlog
ラヴェルの管弦楽曲は繊細で精巧で、独特の響きが楽しい。
刻一刻と音楽の表情が変わってゆく面白さ。
旋律よりもオーケストラの響き、音色、楽器の重なり具合を楽しませるような工夫。

初めて聴いたときにはビックリしたなぁ・・・・こんな音楽があるんやなぁ・・・とっつきにくかったなぁ・・・・・。
だって、ボクはバッハやモーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスあたりからクラシック音楽を聴き始めたものだから・・・(典型的な独墺の音楽ですな)。


さて、今日はそんなラヴェルの「ラ・ヴァルス」。
ピエール・モントゥー指揮ロンドン交響楽団の演奏。
1964年2月、ロンドンでの録音。フィリップス盤。

このCD、録音が少し古ぼけてきたが、かえってそれが品の良さや、霞がかったような微妙なニュアンスを生んでいるような気がする。
オケは名演。もやもやっとしたラヴェルのワルツを、素晴らしいアンサンブルを好演している。

しかし、モントゥーの指揮で聴くと、この「ラ・ヴァルス」が何と気高く響くことだろうか。
大声を上げない気位の高さ。
この音楽、阿鼻叫喚のような演奏が結構あって(アメリカ系の演奏は特にそう)、ダイナミックレンジの広大さだけが売り物のようなCDも数多いのだが、モントゥーはさすが、大音量でも型くずれしない。絶叫もしない。
何より、品の良さを保ち続ける。

ホルンの甘い音色が遠くでかすかに鳴って、雲間か少しずつ晴れてゆくところなど、何とも云えない絶妙のニュアンス。ストリングスがたゆたうような響きもたまらない。
ヴァイオリン奏者たちが、弾きながら徐々にワルツに乗っていき、身体を揺らしているのが見えてくる、その空気感も素晴らしい。

木管の響きも繊細そのもの。時折出現する、ルバートもたまらない魅力。
これはもう、大家の芸としか言いようがない。

ラヴェルはオーストリアの宮廷を意識して作曲したらしいが、(それもラヴェルらしいパロディなのだろうが)、この作品は、どこをどう取ってもフランス的な傑作であって、イキでイナセでダンディな人に振って欲しいと思う。
マジメ一方な指揮者ではちと苦しいなぁ・・・・ハイティンクやアバドではチトなぁ・・・・。
(でも、彼ら二人のボレロやダフニスはエエですぞ)

やはり、モントゥーの演奏が一番ですかな。
久しぶりの大家の指揮、堪能できました。
2006/07/04のBlog
蒸し暑いです。日本の夏です。
職場に毎日2リットルの水をペットボトルで持参しているんですが、殆ど飲んでしまうほど、汗だくであります。
しかしこの水が旨い。我が家の水です。井戸水です。
これが、わが西条の水です。「うちぬき」と言います。市内のあちこちから湧いてます。
ナンボでも出てくる。渇水も関係なし。「名水百選」で検索してみてください(^-^)。

さて、今日は爽やかなギターの音色を味わおうと、取り出したのはロドリーゴの「アランフェス協奏曲」。
ジョン・ウィリアムスのギター独奏、ルイ・フレモー指揮フィルハーモニア管弦楽団の演奏。
1984年の録音で、確かウィリアムス3回目の録音。CBSソニー盤。

アランフェス協奏曲は、実演で聴くよりCDで聴く方が良いように思う。ギターの小さく繊細な音は、実演になるとオーケストラの音がかぶってきて、埋もれてしまいがちになるから・・・・・。単純にギターの調べを楽しむなら、家庭でのCD鑑賞の方がエエかもしれない・・・・。

さて、ウィリアムスの演奏。

第1楽章から、ギターの音が克明で、ウィリアムスはクッキリと演奏してゆく。曖昧さのない、潔癖な響きが印象的。技巧は文句なし、どの音も素晴らしく綺麗に、繊細に響く。
オーケストラは巧いもんで、チェロの深々とした響きが哀愁漂う感じで特にイイ。木管群も上々の響きで、ウットリとしてくる。
フレモーの指揮は少し力んだ感じもするが、スペインの光と影の国、あのコントラストを表出しようとしているののよう。

第2楽章は、古今東西のクラシック音楽の中で、最も美しい旋律を持った音楽のひとつ。この哀感漂うメロディを、ウィリアムスは纏綿と奏でてゆく。ああ、素晴らしい音楽、最高の響き。
コーラングレの切なさ。ロドリーゴは欲もこんなに綺麗な旋律を書いたもんだなぁと思う。

この楽章中間部での、ギターのソロが絶品。ためらうような、後ろ髪を引かれるような風情を醸し出して、実にニュアンス多彩。ギターの低音がとても優しく、時に力強く響く。ウィリアムスの達者な芸だろう。

終楽章はギターの強奏がなかなかの迫力。ここでもギターはクッキリ克明で、スカッとする気持ちよさ。
伴奏も爽快で心地よい。カラッと晴れ上がった青空を思わせるような伴奏。フレモーの指揮も第1楽章のような力みがなく、自然。


カップリングの「ある貴紳のための幻想曲」も名演。
ギターのクラシック音楽はあまり数がないが、ウィリアムスの演奏にはハズレがない。
今日も良い音楽を聴けました。
2006/07/03のBlog
今日はルチア・ポップのオペラ・アリア集であります。
彼女の魅力が一杯に詰まったCDです。

伴奏はクルト・アイヒホルン指揮ミュンヘン放送管弦楽団。
1983年の録音で、ARTSレーベルの輸入盤。
ドヴォルザーク、モーツァルト、ウェーバー他の歌唱が素晴らしい。

ポップの歌はいつ聴いてもプレーンで、突き抜けてゆく透明な高音が素晴らしい。

1曲目は「魔笛」からのパミーナのアリア。
ポップはハイティンク/バイエルン放送響の全曲盤でもパミーナを歌っていたが、ここでも芯の強い気丈な女性、そして若々しい色気のあるパミーナになっている。高音に独特の強靱さがあるからだろう。歌唱はしなやかで、腰の強い(うどんで云うとシコシコ、モチモチっと、腰が強い感触だなぁ)ところが実にイイ。

2曲目「真弾の射手」から、アガーテのアリア。この曲は、このアリア集の白眉か。ここでも気丈なドイツの、そして蒼く若い女性を表現しきっている。絶叫したりはしないが、ある意味で絶唱といって良いだろうなぁ。名演。ポップの良いところが全部出ている。

4曲目は「リゴレット」からのアリア。
ここでもポップの滑らかで天空に突き抜けてゆく素晴らしい高音が見事。ヴェルディのオペラ、詳しくはないのだが、ポップで聴くと可愛らしさと気丈さが同居する。一面的な歌唱にならないのがイイ。

5曲目の「ジャンニ・スキッキ」から「私のお父さん」。プッチーニの抒情的なメロディ・ラインに乗って、ポップの透きとおる声が響く。これ、スピーカーに正対して聴くのは快感ですぞ。ポップの声のシャワーは、ホンマに爽やか。気持ちいい。

6曲目は「フィガロの結婚」第3幕の伯爵夫人のアリア。
ポップには、マリナー盤での伯爵夫人の、ボクに云わせりゃ超名演がある。
こんなに若々しく色気があって、伯爵夫人としてのプライドや芯の強さと、年齢を重ねて老いを感じ始める(まだ、その老いは兆しに過ぎないのだが)心の揺れとを、見事に表現した歌唱はポップ以外にはなかった。
(と、絶賛しておこう)。
ポップの伯爵夫人は30代半ばくらいかな。成熟した美しさと、徐々に衰えを感じてゆく無常と・・・・いやはや見事な歌であります。

10曲目はドヴォルザークの「ルサルカ」からのアリア。これも名唱中の名唱。

他にスメタナやマスネ、シャルパンティエの有名なアリアが含まれます。
中古盤屋でボクは500円で買いました。
値段でモノを言っても仕方ないが、これほどの名唱をこの価格聴けてしまう贅沢。
ああ、何という幸福。
2006/07/02のBlog
休日であります。
のんびりと聴くのは、ベートーヴェンの交響曲第6番ヘ長調「田園」。

今日はヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏で。
1984年1月、フィルハーモニーでの録音。カラヤン最後の全集となったデジタル録音のDG盤。

第1楽章から、颯爽と速いのがカラヤン。録音のせいか、重低音の迫力があるので、軽い演奏にはなっていない(尤も、カラヤンの録音は、オーケストラの音がかぶり気味のモノが多いので、この田園もその傾向があるのだが)。
オケの巧さはBPOとしては当然のレベルかな。美麗・壮麗な田園で、彫琢の限りを尽くした美術工芸品ような趣き。ホンマに美しい。
この美しさを世評は「カラヤンは人工的」と云うのだろうが、いやはや、これだけ美しい演奏だと文句はアリマヘン。
特に流麗なのはヴァイオリン群。毛並みが揃った感じの柔らかさが何とも云えない。その毛並みの間から、輝くような音色が零れてくる。キラキラと輝く。

第2楽章はBPOの木管の名人芸を堪能できる。
カラヤンの指揮はこれ以前のベートーヴェン全集に比べて、肩の力が抜けて穏和なものになっている。各奏者の自主性に任せているような感じがする。
フルート、ファゴット、クラリネット・・・どれも巧いもんだなぁ。
テンポは相変わらず速く、流線型の田園。

第3楽章スケルツォはオーケストラの厚みが十分に発揮されて快感。テンポは快速なのだが、音が強いので重厚な演奏になっている。ホルンのソロなど、メチャクチャ巧い。コンバスのブンと唸るような音も迫力十分。
それらが一糸乱れぬアンサンブルとして、高い次元で結実しているのがスゴイ。

第4楽章は強烈な嵐。ダイナミックレンジが一気に拡大して、もの凄い大音量。ティンパニの強打が凄まじいし、今まで溜めてきたエネルギーをオーケストラが一気に解き放った感じ。
ちょっとコケオドシのようなところもあるのが残念だが。

終楽章は、いつ、どんな演奏で聴いても感動的な、感謝の歌。ベートーヴェンは何と素晴らしい音楽を書いたのか、といつも思う。
カラヤン/BPOの流れるようなストリングスに乗っているうちに、心が澄んでゆくような感じ。

音楽の効能とは、ことほとさように素晴らしい。
有り難い話だなぁ。感謝の気持ちであります。

聴きながら降り出したにわか雨。
窓外を眺めると、四国の田園は、稲が雨に濡れて青々と成長しつつあります。