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クラシック音楽のひとりごと
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2006/07/18のBlog
梅雨明けしていなかったのか、夕方からエライ降り様でした。
おかげで夜は涼しく快適。
雨上がりの、少し湿った涼風を楽しみました。

さて、今日はメンデルスゾーンの交響曲第3番イ短調「スコットランド」。

ベルナルト・ハイティンク指揮ロンドン・フィルの演奏。
1978年3月~11月、ロンドンのウォルサムストウでの録音。

一聴、これがロンドン・フィルの音か?
テンシュテットのマーラー全集で軋むような音楽を奏で、美音とは言い難い(しかも巧くなかった)演奏で、マーラーの情念を歌っていたあのロンドン・フィルか?

ハイティンク/ロンドン・フィルの「スコットランド」で、まず耳を奪われるのは、オケの美しさ。何と深々としたエエ音なんだろう。
フィリップスのアナログ末期の見事な録音が24bitデジタル・マスタリングで蘇ったこともあるが、ハイティンクのオーケストラ・トレーナーとしての耳と腕が見事に発揮された演奏になっている。いや、ホンマに美しいオーケストラ。

第1楽章の序奏部から、もう耳は釘付け。心奪われる。
フィリップスらしいホールトーンを豊かに取り入れた音がとにかく素晴らしい。コンサート・ホールを彷彿とさせる。
アンサンブルの美しさも聴き逃せない。お互いによく聴き合いながら合奏しているのが伝わってくる。
ハイティンクの指揮は正統的で格調高く、作品そのものにすべてを語り尽くさせようとする感じ。メンデルスゾーンらしい流麗さは勿論、ハイティンクのフレージングが深々としているので、実に聴きやすく、また心地よい。

第2楽章はスケルツォ。スコットランドの舞曲が主題だろうが、バグパイプを思わせるようなところもあって面白い。
ここでもハイティンクの指揮はしなやかで上品。ロンドン・フィルもリズミカルで弾むようなワクワク感がある。アンサンブルも上出来。こんなに巧いオケだったんかいなぁ・・・・。

第3楽章アダージョ。メンデルスゾーンらしい美しく哀しいメロディを、ロンドン・フィルの弦楽セクションが慈しむように弾いてゆく。木管のアンサンブルも清潔で品が良い。絶叫したりせず、知的によくコントロールされたオーケストラ音楽になっているのは、ハイティンクの指揮の賜物。生まれてくる音楽の表情は穏やかで暖かく、オケの面々の合奏する喜びに溢れていて、これは名演。

終楽章はアレグロ・ヴィヴァーチッシモ。中庸のテンポから徐々に速くなってゆくところだが、ハイティンクはあまり速度を上げない。幾重にも重なり合うロンドン・フィルのアンサンブルがここでも美しい。低音部が特に充実していて、オケ全体をしっかり支えている。
ハイティンクの指揮はここでも正調正統。初期ロマン派の美しさを十全に引き出して、しかも音楽は端正で背筋が伸びている。古典的な格調の高さも備えている。
けだし、名演と思う。

カップリングは、序曲「静かな海と楽しい航海」のみ。
LP時代そのままの再発。もう1曲(「イタリア」とか)あっても良いのにと思いつつ、こういう再発はなんとなく贅沢な感じがしますな・・・・。
2006/07/17のBlog
暑い暑い。猛暑であります。
暑い季節は、クラシック音楽を聴くのがしんどくなります。部屋に熱気がこもるし、アンプの熱でさらにヒートアップ。汗だくになります。
エアコンのスイッチを入れれば何ともないんですが、音楽を聴いている最中にどうしても稼働音が気になりますし、そもそもワタシはクーラー嫌い。どうもクーラーに当たっていると体調が悪いんです。田舎者で育ちが悪いからでしょうかねぇ・・・(^^ゞ。

何か涼しくなるCDはないんかいなぁと思いつつ、手にしたのはグリーグのペールギュント組曲。
ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団の演奏。
ソニーの名曲全集(だろうと思う)からの1枚で、ジャケットは泰西名画になっている。
おお、今日はこれを行ってみよう・・・・。

グリーグのペールギュント組曲は、小学校6年生の音楽の時間に、物語とともに鑑賞した懐かしい曲。分かりやすく親しみやすい名曲だと思う。爾来大好きな曲であります。今も鑑賞曲なのかな・・・・。

盛夏のペールギュントは、清涼な演奏で聴きたい。そこで、アンサンブル抜群のセル盤を取り出してみたわけですな。

「朝」は、これ以上ないくらい爽やかな朝。セル/クリーヴランド管で聴くと、アンサンブルが良すぎるくらいなので、この音楽がスッキリ爽快に鳴る。高原の朝露のような清らかさ。部屋が爽やかな冷気で満たされる感じ。ストリングス・セクションの揃い方は勿論だが、ホルンやクラリネット、フルートなどの管楽器も実によい。クラリネットの美しいこと・・・(これ、名手のロバート・ マーセラスでしょうか・・・)。

「オーゼの死」
弦楽器がたっぷりと鳴り響く。ピアニシモが繊細きわまりない。そしてその弱音がピタッと揃っているので、恐ろしいくらい。弱音でも緊張感は並のものではないと思うが、その気分をオケ全員が共有している感じが伝わってくる。
メロディの悲痛さが、このアンサンブルで突き抜けてゆくような哀しみになってゆく。

「アニトラの踊り」
セルの表現は室内楽的・アンサンブルが良いので、そう聞こえてしまうのか。弦のピチカートが印象的な楽章だが、ヴァイオリンとチェロの会話、フレーズの受け渡しなど、息があって見事だと思う。

「山の魔王の宮殿で」
アッチェランドがかかるとこでの合奏がスゴイ。アインザッツに乱れなし。だから、この音楽の怖さが伝わる。
この音楽を初めて聴いたのは12歳。コワかったもんなぁ・・・・。

「ソルヴェイグの歌」
ストリングスの線が太く、しっかりした音づくり。音楽が痩せずに生き生きと逞しく聞こえる。北欧の冷涼感が漂い、涼やかな空気が部屋に流れてくる感じ。
濁りのない響きがホンマに爽快。

いや全く心地よい。
これ、納涼の1枚と云えそうですなぁ。
2006/07/16のBlog
猛暑がやってきました。たまらんぞ・・・・。
と思ったら、当地西条では気温37度を突破しているそうです。
いやはや、しばらくは我慢の季節ですな。

さて、今日は暑いさなかのワーグナーの管弦楽曲集。
暑苦しそうな気もしますが、そうでもない演奏で。
ステーキで云えば、そうコッテリしたものじゃなく、舌触りが良くじっくり味わえる、少し薄味かな・・・・・でもこんな夏には良いかもしれません。

演奏はベルナルド・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団。
録音は1974年12月と1978年10月、いずれもコンセルトヘボウにて。

曲目はいろいろ。

1曲目は、楽劇 ≪ニュルンベルクのマイスタージンガー≫ 第1幕への前奏曲。

小気味よいフレージング。ハイティンクは、一つ一つの音をあまり引き伸ばさずに、クッキリ・スッキリ演奏してゆく。テンポは速めで推進力もある。颯爽とした感じで、ワーグナーにしてはカロリー低めかな。重厚さよりも、爽快さが特徴で、シェイプアップされた筋肉質のワーグナー。青年ワーグナーのイメージ。
素晴らしいのは、ふくよかで柔らかいコンセルトヘボウ管の音。やや暗めで渋めの音なのだが、ワーグナーにピッタリ。特にストリングスの音がイイ。ヴァイオリン群はもちろん、ヴィオラからチェロ、コンバスまで一本の糸のように、素晴らしいアンサンブルを聴かせてくれる。
終盤では金管が一気に爆発、壮麗なクライマックスをつくり出す。見事な締めくくり。


2曲目は、舞台神聖祭典劇 ≪パルジファル≫ 第1幕への前奏曲。

深々としたコンセルトヘボウ管の音が最も生きているのは、この演奏かも。パルジファル的な世界と、ACOの音が合っているのだろう、素晴らしい音がする。
あのファンファーレ和音が何と深々と響くことか。聖杯の神秘的な儀式を彷彿とさせる響き。そして、深い森に包まれた中世的ヨーロッパの雰囲気が、スピーカーをとおして伝わってくる。

次は歌劇 ≪ローエングリン≫ 第1幕への前奏曲と同じく第3幕への前奏曲。

これもACOの弦楽セクションの音がイイ。ピアニシモの高音がフワッと空間に消え入る、そのデリケートな音が抜群。
ハイティンクの指揮に作為なし。と言うより、指揮者の棒というか、存在を感じさせない演奏。コンセルトヘボウ管の演奏が素晴らしすぎるのか、ハイティンクが何にもしていないのか・・・・。これだけよく揃って、しかも響きも統一感があるのだから、棒を振っていないはずはないのだが、その存在を感じさせないというのは、ハイティンクの至芸かもしれない。
(ハイティンクには後年の作品にもそんなところがあった。ベートーヴェンとかブルックナーの交響曲でボクはそれを感じたものだ・・・・)。

あと、このCDには楽劇≪トリスタンとイゾルデ≫ 前奏曲と愛の死と「ジークフリート牧歌」が収められている。
特に「ジークフリート牧歌」は素晴らしい演奏なのだが、それについてはまたの機会に。
コンセルトヘボウでのアナログ録音。
美しい残響がたまりません。


2006/07/15のBlog
一気に暑さがやってきました。
陽射しも気温も、夕方に見た入道雲の様子も、もうすっかり真夏です。
梅雨明け宣言がまだですが、もう明けたようなもんでしょう・・・・・・・・と、夕暮れの、茜色の空を見ていて思いました。


さて、今日はR・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」。
ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団の演奏。
1978年2月15日(一日でのテイク!)、スコッティッシュ・ライト・カテドラルでの録音。
ヴァイオリン・ソロはノーマン・キャロル。この人はフィラデルフィア管のコンマス。ホルンのソロはメイソン・ジョーンズとクレジットしてある。この人も首席奏者だろう。

素晴らしい録音。アナログ末期の円熟したもので、教会での録音と相まって、オケの音が大変柔らかく録れている。弦楽器はシルキー・タッチだし、「英雄の敵」で出てくる木管がまた味わい深い音になっている。低音も深々として気持ちいい。

オーマンディの統率のもと、すべての音が輝きながら鳴っている。このオーケストラの音を聴いていると、やはりアメリカ最高のオケはフィラデルフィアか、と思ってしまう。
(まあ、シカゴ響とはタイプが違うもんね・・・)

オーマンディの指揮は手慣れた熟練のワザ。大らかで明快、R・シュトラウスの音楽の陽の部分を(この人の音楽は基本的に楽観的なものが多いと思うのだが)、実に巧みに、また屈託なく表出していると思う。

「英雄の伴侶」はこの演奏の白眉。
キャロルのヴァイオリンが非常に美しい。美しさで云うと、美人なんだがやや年増の女性の怪しい色気が漂う感じ。流し目が似合う美女。技巧も完璧で貫禄も十分。オケと対等に渡り合って迫力満点のところもあれば、弦楽合奏の中に綺麗に溶け込んでゆくところもある。キャロルは「シェエラザード」でも素晴らしいヴァイオリン・ソロを聴かせてくれた人だが、巧いなぁと思う。

「英雄の戦い」ではボリュームを大きめにして聴きたいところ。格好いいパーカッション、ブラス・セクションは全くブリリアント。このオケらしい天真爛漫な輝かしさがある。スコッティッシュ・ライト・カテドラルの残響が良く、フォルティシモでも音が硬くならないのがイイ。フィラデルフィア管のマスの威力、ここに極まれり。次々に音が飛び出てきて、そのどれもが贅を尽くした美音なのだからたまらない。


オーマンディのR・シュトラウスは豊満な魅力に溢れた演奏であります。
指揮は別に才気走ったところもなく、言わば平凡な感じなんですが、これだけの音、美音の洪水を引き出す力は、やはり大したもんだわいなぁ・・・。
オーマンディはオーケストラ・トレーナーとしても超一流であったことを示す演奏だと思います。
2006/07/14のBlog
ここのところ、ボヘミアの名曲を続けて聴いています。

今日は、ドヴォルザークのチェロ協奏曲ロ短調 作品104。
ミッシャ・マイスキーのチェロ、レナード・バーンスタイン指揮イスラエル・フィルの演奏。
1988年6月、テルアビヴでのライヴ・レコーディング(といっても、バーンスタインのライヴ盤は客がいない会場録音だが)。DG盤。

ドヴォルザークのニューヨーク時代最後の作品であり、チェロ協奏曲としては古今無双の名曲。ソロの技巧、スケールの大きさ、旋律の美しさ、伴奏管弦楽の充実、どれを取ってもチェロ協奏曲としては最高の作品。
数あるドヴォルザークの作品の中でも、最高傑作なんじゃないか。

第1楽章は、ドヴォルザークがナイアガラの瀑布を見て霊感を得たという第一主題が、全く美しい。ここでのオーケストラは雄弁。晩年のバーンスタインらしく、大袈裟壮大な指揮ぶり。テンポは遅く、粘り着くようなところがある。指揮もソロもオケも全部ユダヤ系だが、三者の気質が一致しているのか、その粘りが自然に聞こえてくる。
マイスキーのチェロも柄が大きく、豊満な響きと多彩な音色がとても美しい。旋律をたっぷり歌ってくれるので、心地よい。ドヴォルザークは、歌ってくれなくちゃね。
そして、その歌はどこまでも抒情的で、切々とした思いが伝わってくる。それはドヴォルザークの望郷の想いか、マイスキーのラトヴィアへの想いかだろう。

第2楽章、冒頭の木管が際だって美しい。それをなぞるように登場するチェロのデリケートな音色もたまらない。切ないほどの想いが込められている。このあたりはマイスキーとイスラエル・フィルが一体となって、まさに独壇場。
ドヴォルザークは郷愁の作曲家だ。彼の旋律は、聴き手をセンチメンタルにさせる。過去へ引き戻したり、故郷に連れて行ったり。自分が育った野山の風景を思い出させられてしまう。
バーンスタインの指揮は大ぶり。ダイナミックレンジが大きく、特にフォルティシモの爆発力がスゴイ。
イスラエル・フィルも健闘。弦楽器群はとても綺麗な音。楽章後半、ホルンのアンサンブルは全く見事な出来。

終楽章も管弦楽が雄大で、チェロも大柄で堂々としている。この楽章は幾つか舞曲が現れるが、旋律も美しく、オケの部分も緻密によく書かれているなぁと感心しきり。
マイスキーのチェロはメランコリック。揺れ動く感情を見事に表出、技巧も素晴らしく最美の演奏。終曲に向かって演奏が白熱化する。
燃えるバーンスタイン、燃えるマイスキー。

ああ、素晴らしい協奏曲であります。
これだけ見事な演奏で聴くと、やはりこのチェロ協奏曲ロ短調こそ、ドヴォルザークの最高傑作かと思ってしまいます。
2006/07/13のBlog
あまりの蒸し暑さに、今夏初めてクーラーのスイッチを入れました。
田舎は風の通りがよいので ー特に田んぼの中はよく通りますー、そんなにエアコンを必要としないんですが、さすがに暑いですなぁ・・・・(^^ゞ。
梅雨明けも間近でしょう。

さて、今日はスメタナの交響詩「わが祖国」。

パーヴォ・ベルグルンド指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
1978年3月、ドレスデンのルカ教会での録音。EMI原盤。

これは。EMIのREDライン・シリーズの1枚で、僅か1200円。
このシリーズは輸入盤仕様で、ライナーはペラ紙1枚が入っているだけなのだが、演奏は往年の名盤、特に1970年代から80年代の名演奏が多く収められていたので、随分購入したものだった。

ベルグルンドにスメタナ、しかもドレスデン・シュターツカペレというので、その取り合わせ・組み合わせに、「へ?」と思ったものだが(ベルグルンドとくればシベリウス、オケはヘルシンキかボーンマスだろう・・・・)、まあ廉価盤でもあるし、SKDの「わが祖国」なんて珍しいしなぁ・・・。こういうのは見かけたときに買っておかないと。さっさと廃盤になっちゃうしなぁ・・・・
(これ、CD買うときの鉄則でっせ。とにかく、「お?」と思ったら取り敢えず買うべし・・・・であります)。

買って正解。組み合わせ・取り合わせの先入観を綺麗さっぱり打ち砕いてくれました。掛け値なしの名演。ベルグルンドとドレスデン・シュターツカペレ、素晴らしい組み合わせであります。

まず、オケが熱い。熱気と迫力に満ちている。少し大きめの音量で聴くと、その重量感に圧倒される。そして、聴き進むほど、オケのメンバーの迸るような情熱が伝わってくる。
大名曲「モルダウ」はもちろん、「高い城」もスゴイし、「シャールカ」・「ターボル」はもっと熱い。火傷しそうな情熱。

SKDのアンサンブルも完璧。揃っているなんてもんじゃない、ガチガチの合奏力。これだけ綺麗に揃って、しかもSKD独特のしなやかで柔らかい音が、ルカ教会の美しい残響とともに聴けるのだから、極上の喜びでありますな。

EMIにしては録音も良い。十分に美しく楽しめます。

録音当時はブロムシュテットが常任の時代だったでしょうか。
SKD最高潮の時期の録音だったんですな。
ベルグルンドとの演奏はこれしか知りませんが、イイ組み合わせであったですな。
本当は、ブロムシュテットと録音するはずだったのかもしれませんが。

ノイマンの「新世界」は本場物の味わい。
ベルグルンドの「わが祖国」は本場物でなくても味わえちゃう・・・・。
クラシック音楽は楽しいもんです。
2006/07/12のBlog
昨日は、このDoblogがあまりに重く、途中でメンテナンスも入って更新できませんでした。
スタッフの人も大変でしょうなぁ。きっとユーザーから文句も多いんでしょうなぁ。
いつも書きますが、タダで楽しませてもらっている訳ですから、時々異状が起こるのは仕方ないことだと思っています。他のブログサイトも結構重いようですしね。きっと、どこもユーザー(ブロガーって云うんですかね)の爆発的増加で弱っているんでしょうねぇ。

今は非常に軽い、サクサクです。これが続くとエエんですが。

さて今日はドヴォルザークの交響曲第9番ホ短調「新世界より」。

ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィルの演奏。
1981年10月、プラハ芸術家の家での録音。チェコのスプラフォンとDENONの共同製作盤。

まさに本場物。
なに、本場物が何でも良い訳じゃなし、「新世界」など古今東西の大名曲であって、今やアメリカのオーケストラがナンボでも録音しているから、アメリカこそ本場、「新世界」にふさわしいような気もする。

しかし、やはりドヴォルザークはチェコ、ボヘミアの人だと思うのは第2楽章のイングリッシュ・ホルン響きを聴いている時・・・。

チェコ・フィルの音!
ガラス細工のような繊細な音。特に弦楽器がイイのは世評通り。
ノイマンの指揮が端正で率直なものだから、この第2楽章の名旋律が、実に格調高く、そして全く美しく響く。

ああ、ノスタルジック。第2楽章の嫋々たるメロディを、最近の演奏は交響的にカッコよくやるのだが、チェコ・フィルの面々は「こいつはワシらの音楽じゃ」と言わんばかり素朴に聴かせてくれる。
テンポはやや速め。表情づけも情緒纏綿と云うわけでもないのだが、ホンマに哀愁漂う演奏になっている。
シルクのようなしなやかな肌触りの弦楽器群が、何度も書くが、とにかく素晴らしい。

他の楽章は・・・というと・・・。

第1楽章の冒頭などは、じっくりとした開始。
チェコ・フィルのメンバーが一生懸命演奏しているのが伝わってくる。オケが前向きな演奏はいつも美しい。

スケルツォの第3楽章。
ノイマン/チェコ・フィルで聴くと、この楽章が舞曲を基にしているのがよく分かる。中間部が、何と民族的に響くことか。ああ、これがボヘミアの踊りであり、メロディだったのだと教えてくれる。他の演奏では、こうはいかない。

壮麗な盛り上がりの終楽章は、金管楽器が気持ちよく炸裂する。木管が響かせる木訥な味わいもイイ。交響曲の大作家であったドヴォルザークが、本来は、この懐かしい田舎から出てきたことが垣間見える一瞬。


録音は20年以上経過した今も上々の部類。
エエ音してます。

本場物を崇拝する気はありませんが、でも、ドヴォルザークは時にノイマンやクーベリックで聴きたいなぁと思います。
日本人なら、コメのメシを無性に喰いたくなる・・・・そんな感じでしょうか。
2006/07/10のBlog
降りそうで降らない・・・・と思っていると俄に雨が降り出す・・・
今年の梅雨は気まぐれです。
午後からは晴れ間が見えて、暑くなりました。そして、夜は月夜。十三夜でした。

で、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調「月光」。

ラドゥ・ルプーのピアノ独奏。
1972年6月、ウェスト・ハンプステッドでの録音というから、ルプーがメジャーデビューして間もない頃のもの。

第1楽章から、テンポがかなり遅く、たっぷりとした深い響きが印象的。溢れんばかりの情感がこめられた演奏。
なかなか前に進まない。臆病で、振り返ったり、ためらったり、時に後ずさりするような演奏。気の弱い、しかし頭脳明晰で知性に恵まれた青年の演奏とでも云うべきか。
ピアノの音は、空間を彷徨するような、うつろな音色が特徴。音色、テンポが一貫して全くロマンティック。
ああ、ルプーは「1000人に一人のリリシスト」だった・・・・・。
この感触こそ、ルプーがシューベルトで聴かせてくれたものだった。
漂いつつ消えてゆくピアノの残像、そこはかとなく薫ってくる優しい風情。ああ、ルプーの「月光」は何と胸に迫る演奏か。霞がかった月夜のような、ため息が聞こえるような演奏。

第1楽章がためらい・ため息ならば、第2楽章は微笑みの中の哀しみ。長調なのに、ほの暗い哀しみが漂う。消えゆくピアノの残響に、ハッとするような儚さを感じさせるのがルプーの真骨頂。
そういえば、録音は残響過多で、ルプーの蒼白いピアノの音色がイマイチ伝わってこない。30年以上前の録音だから仕方ないか。

ただ、残響のおかげで、雰囲気はとりわけ豊か。ニュアンスが広がってゆく感じがする。

終楽章はピアノの疾走。技巧は完璧で、音の粒立ちはよい。音量が大きくなっても、速さが極まっても造形が崩れないのはさすが。
音量が大きいと書いたが、実はそんなに大きくない。ルプーのピアノには強烈で居丈高なフォルティシモがない。どこか抑制の利いた、感情を剥き出しにしないフォルテ。
このへんが、ルプーの知性がなせるところかな。抒情派と呼ばれる所以だろう。


そうそう、この演奏のピアニシモは、どの楽章も、息を呑む美しさ。
ルプーの本領は弱音にあります。
壊れてしまいそうな美しさがあります。
2006/07/09のBlog
今年の梅雨は実に「梅雨」であります。

蒸し暑い日には、「水上の音楽」を聴きたくなる・・・・・。
この数日は特に暑い。湿度がたまらない。
せめて、涼やかなバロック音楽を聴いて、暑気払いをしよう・・・。

そこで、ヘンデルの「水上の音楽」。
ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管の演奏。
1979年1月、ロンドンでの録音。フィリップス盤。
これは1000円盤で出ている。


マリナー指揮アカデミー室内管の演奏らしい、爽やかな風が吹き抜けるような、気持ちよいもの。アカデミー室内管は現代楽器を使っているのだが、大変涼しげに演奏していて、響きは爽快、聴いていて実に心地よい。リズムもよく弾んで快活快適。

マリナーの採るテンポは中庸。セカセカしていない品の良さ、英国紳士の雰囲気が実にイイ。
と書いていて気づいたが、マリナーはもっとラジカルだったはず。60年代の「四季」(DECCA盤)なんか面白かったもんね。
だが、古楽器演奏がどんどん広がりを見せ始めたこの録音当時、すでにマリナーは「中庸」であり「紳士的」になってしまっていた・・・。う~ん・・・変わるもんやなぁ。

もちろん、適度に装飾音もあるし、ハッとするような響きもあるのだが(特にチェンバロは面白い)、全体的にはバランス良くまとまりのイイ演奏と云うべきか。爽快で新鮮、斬新な演奏を売り物にしていたマリナーも変わってきていたんだなぁ・・・と感慨あり。


組曲第1番では、パスピエの愉悦感が味わい深い。エアでの船遊びのような揺らぎも、素晴らしい。

華麗さが楽しい第2番では、やはり、アラ・ホーンパイプが聴きもの。
ホルンの勇壮な響きに、つんざくような鋭さのトランペットの融合が見事だし、通奏低音も見事。アカデミー室内管のアンサンブルは今さら云うまでもなし。達者なもんだ。

第3組曲では、リコーダー・ソロが美しいメヌエットがイイ。チェンバロはここでも装飾が上品でしっとりと落ち着いた音楽になっている。

ん~~ マリナーが落ち着いては困るような気もするが。

録音は素晴らしい。
アナログ最末期のフィリップスらしい、残響豊かで奥行きのあるエエ音してます。
2006/07/08のBlog
ようやく仕事のメドがついて、一息入れております。
6月上旬から1カ月ずっと激務でありました。こんなに仕事をしたのは久しぶり。自分の身体が2つ3つ欲しいと思ったほど。3つの大仕事を抱えて、並行して完成させなくちゃならない・・・いやはやしんどかった・・・・。

でも音楽は聴いてました。家では仕事しませんからね。音楽は聴けました。忙しいと云っても所詮そんなもんです。ガハハ。

さて、今日はベートーヴェンの交響曲第2番ニ長調作品36を。

ダニエル・バレンボイム指揮ベルリン・シュターツカペレの演奏。
1999年の録音の全集盤から。テルデック原盤で輸入盤が発売当時から安かったもの。

第1楽章、のっけから、もうドイツの音。昔懐かしい重厚な音。
LP時代に戻ったようなレトロな音と云っても良いかもしれない。久しぶりに聴く、正調ドイツ風のベートーヴェン。

同じSKBを振ったスウィトナー盤は、DENONの録音のせいか、もう少し華やかな音だった。こちらバレンボイム盤は厚みが十分あって、音の重心が低く、腰のすわったベートーヴェンが聴ける。

最近のオーケストラはどんどん国際化が進んで(ということは無国籍化が進んでしまったということになるのだが・・・)、「お国訛り」を聴かせてくれる団体が減ってきているんじゃないか・・・・。ドイツを代表するベルリン・フィルやバイエルン放送響などは今やコスモポリタン。汎世界的な音。

このバレンボイム盤は反動的保守的過去的遡行的な演奏になっているのが、大変面白い。

第1楽章は、バレンボイムの指揮が威風堂々、たいそう立派。
比較的小さなオケでも演られる曲だが、バレンボイムはオケの人数を減らしていないようで、フルオケのパワーで進軍してゆく。
古楽器団体のベートーヴェンを聴き慣れた耳でこの演奏を聴くと、そのガッシリしたたくましさに圧倒されそう。カロリー十分。最近のベートーヴェン演奏はダイエットのし過ぎじゃないか・・・?

第2楽章のラルゲット。目がよく詰んだ織物のような質感で、音楽が空虚にならないのがイイ。歌も素晴らしい。やや無骨なところもあるが、これぞ質実剛健、ドイツの音楽なんだと思う。

第3楽章のスケルツォは勇壮、男性的な気迫の充実。
終楽章はどんどんテンポが速くなって、一筆書きのように一気呵成に終曲へ向かってゆく。ティンパニの強打や沸き立つリズムもこの終曲にはふさわしい。


それにしても、スピーカーからグイッと前に出てくる迫力・重量感が素晴らしい。やはりドイツ音楽はこのくらいじゃなくっちゃね。
2006/07/07のBlog
今年の梅雨は実に梅雨らしい梅雨であります。
雨も多いし、湿度も高い。今日は実に湿っぽい一日でした。
しかし、気温が少し下がったので、クラシック音楽を聴くにはエエですな。

さて、今日はチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」を。

クルト・ザンデルリンク指揮ベルリン交響楽団の演奏。
1979年9月、東ベルリンのイエス・キリスト教会での録音で、独シャルプラッテンとDENONとの共同制作盤。
1979年といえば、東ドイツがまだ元気だった頃、ソ連のアフガン侵攻、日本では有事立法等の問題が起こって、ピリピリしていた頃だった。

第1楽章から、DENONの素晴らしい録音が味わえる。

ふだんはやや重めのドイツ的な音を出すベルリン響だが、ここでは爽やかで高音の抜けの良い音づくり。奥行きも広く、序奏部の木管が涼やかに鳴り響く。クラリネットやフルートが実にイイ音で鳴っている。

音楽はザンデルリンクらしい堅牢なもの。じっくり素材を積み上げて、ジワジワ造りあげた建築のような趣き。
テンポも落ち着いていて、盤石の安定感。どっしりと腹に響く音も良い。
虚飾のない素朴な味わい。やや武骨で洗練されていないが、味わい深い田舎料理のような懐かしさを感じる。

アレグロに入ってからのバス低音は強烈。迫力満点の重戦車。ただ、DENONの録音が抜群で、抜けがよい響きなので、ドロドロ粘りつく音楽になっていないのがイイ。
(ロシアのオケだと、この部分がねちっこくなることが多い)
金管アンサンブルも見事に決まっていて、厚みも十分でカッコイイ。

第2楽章は、たっぷりとしたテンポでよく歌うのが好ましい。特に弦楽合奏が美しい。
音色はやや暗めで、いかにもベルリン響の音なのだが、、DENON録音のせいか、高音に華やかさがあって、涼やかでもある。

第3楽章アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェは、オケの力量が問われる楽章。
金管の爆発が凄まじいし、ビオラの細かな刻みもなかなか鮮やか。それ以上に素晴らしいのは、ザンデルリンクの確信を持った音楽の運び。キッチリと安定した音楽。自分の音楽はこれだと云わんばかりの、堂々とした音楽。説得力十分。
今さら梃子でも動かんぞいった風情だが、その頑固さがよろしい。

終楽章は厚みのある弦楽合奏が素晴らしい。アンサンブルは少し緩いところも散見されるのだが、それにしても深々とした良い音だと思う。
浮つかず、腰の据わった重心の低い音が良い。

ザンデルリンクが振ると、男性的な「悲愴」であります。
ラストの消えゆく音は泣かせます。
2006/07/06のBlog
今日はモーツァルトのピアノ協奏曲第24番ハ短調K491を。

短調のモーツァルトの中でも、情念がこもっているような作品。
ただ、そこはモーツァルト、常に微笑みを忘れない。特にこの曲は。短調から長調へ、また短調へ・・・・・転調する間際の美しさが例えようもない・・・・・。

演奏は、内田光子のピアノ、ジェフリー・テイト指揮イギリス室内管。
1988年5月、ロンドンでの録音。フィリップス盤。

第1楽章の冒頭、イギリス室内管のトゥッティが素晴らしい。深みがある響きの中から、ほの暗い情念が湧出する。低音部のリズムの刻みがまた良い。音量は控えめなのに、存在感が実に大きい。

内田のピアノは、エッジが丸く、縁取りが柔らかい。
表現は多彩。甘い香りが漂うようなところもあれば、峻厳な表情でスクッと立つところもある。特に弱音部での、洗練された繊細さがたまらない魅力を放っている。
女流ピアニストでモーツァルトを聴く楽しみはここにある。男声では味わえない、弱音のほのかの色気と洗練。

テイトの指揮するイギリス室内管は迫力十分で、深く、時に強靱なフォルティシモをつくり出す。悲劇性も強い。

カデンツァは内田の自作で、情念がこもっている。モーツァルトの数あるピアノ協奏曲の中で、最も劇性の強いこの曲にふさわしいカデンツァ。

第2楽章は羽毛のように軽いピアノで始まる。イギリス室内管も同じく羽毛のように軽く、綿毛のようにふわふわと柔らかい伴奏を聴かせてくれる。特に内田のピアノからオケにフレーズが譲られるところなど、魅力的。素晴らしい伴奏、絶品だと思う。

内田のピアノはダイナミックレンジを広く取らず、端正な感じなのだが、表情は色々と変化してゆく。ピアノニストの感情の揺らぎが伝わってくる演奏。

終楽章ではまた激情が戻ってくる。オケが実に雄弁。表情が刻一刻と変わってゆくのも、実にイイ。移ろいゆくような伴奏。
それに乗って内田が縦横無尽に駆けめぐってゆく。即興的でさえある。
素晴らしい・・・。


内田光子のモーツァルトはどれも名演。
これを支えるテイト/イギリス室内管の伴奏も大変美しく、かつ力強い。
イイ演奏であります。