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2006/07/26のBlog
[ 04:58 ]
[ 管弦楽曲 ]
最近またもPCが不調で、しょっちゅう「落ちる」。
マウスもキーボードもすべて受け付けないので、ハードウェア・リセットして電源再投入すると、ピポ音が出ない。しばらく待って電源入れると、BIOS画面が立ち上がる。
その後XPの起動、チェックディスク、ようやく元に戻ったと思ったら固まっている。
無事起動しても、数分後に突然落ちる・・・・作業中に落ちるのはたまらない・・・今日のブログを書き込む最中にも落ちてしまった・・・・・・(^^ゞ。
詳しい友人に相談したところ、マザーボードの異状ではないかと云う。
HDも怪しいが、おそらくマザーボードだろう、換装せよと友人が云います。
(ボクのPCは3年前に秋葉原のフェイスの通販で買った、いわゆるショップ系であります)・・・・いやはや困ったもんです。
さて、今日は夏らしい陽気が戻りましたので、夏の曲を。
リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」。
エマニュエル・クリヴィヌ指揮フィルハーモニア管の演奏。
ヴァイオリン独奏はジャン=ジャック・カントロフ。
1989年4月、ロンドンのオール・セインツ・トゥーティング教会での録音。DENONの廉価盤で購入。
録音は極上。奥行き、高さ、左右の広がり、音像の定位が素晴らしい。そして、教会特有の豊かな残響成分。いわゆる、コンサート・プレゼンスに優れた録音で、臨場感タップリ。スピーカーに正対して聴くのは、実に快感。
「シェエラザード」は、オーケストラのための協奏曲のような作品。次々に飛び出してくるソロ楽器の音色を楽しむには、定位が良いほうがイイ。
また絵の具をグイッと押し出して、そのまま塗りたくったような原色のオーケストレーションを味わうには、程良い分離があったほうがイイ。
その点では、もう、全く見事な録音と言ってよい。
カントロフのヴァイオリンは、ソリストらしい自己主張の強いもの。技巧的で、装飾的で、結構派手なソロ。そして、圧倒的な美音。これほど綺麗なヴァイオリン、そう聴けるものではないぞい。
クリヴィヌは全体的に逞しい曲作り。この人、フランス人なので、もっと品良くヤルのかなぁと思っていたら、結構ガッチリ強靱な音づくり。微細なニュアンスよりも、全体的な構造で勝負しているのかな。
ただ、仕上げは美しい。ドロドロ・ネチネチのロシア臭や民族臭とは無縁。表面上はクールな仕上げで、輝いている。
感心したのは第2楽章「カランダール王子の物語」。目眩くようなオーケストラ。色彩は絶えず変化し、ダイナミズムも広大。オケが有機体のように、その姿を刻々と変えてゆく面白さ。カントロフのヴァイオリンも抜群。
「若い王子と若い王女」では、適度にルバートをかけながら、表情づけを行っているが、あまり濃厚ではないのがイイ。ここでは非常に上品なヴァイオリン・ソロ。オケ全体に同化している。
第4楽章の圧倒的なフィナーレも良い。
録音効果抜群。DENONのCDは、ホンマ我が家ではエエ音に鳴ります。
相性がイイんでしょうね。
マウスもキーボードもすべて受け付けないので、ハードウェア・リセットして電源再投入すると、ピポ音が出ない。しばらく待って電源入れると、BIOS画面が立ち上がる。
その後XPの起動、チェックディスク、ようやく元に戻ったと思ったら固まっている。
無事起動しても、数分後に突然落ちる・・・・作業中に落ちるのはたまらない・・・今日のブログを書き込む最中にも落ちてしまった・・・・・・(^^ゞ。
詳しい友人に相談したところ、マザーボードの異状ではないかと云う。
HDも怪しいが、おそらくマザーボードだろう、換装せよと友人が云います。
(ボクのPCは3年前に秋葉原のフェイスの通販で買った、いわゆるショップ系であります)・・・・いやはや困ったもんです。
さて、今日は夏らしい陽気が戻りましたので、夏の曲を。
リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」。
エマニュエル・クリヴィヌ指揮フィルハーモニア管の演奏。
ヴァイオリン独奏はジャン=ジャック・カントロフ。
1989年4月、ロンドンのオール・セインツ・トゥーティング教会での録音。DENONの廉価盤で購入。
録音は極上。奥行き、高さ、左右の広がり、音像の定位が素晴らしい。そして、教会特有の豊かな残響成分。いわゆる、コンサート・プレゼンスに優れた録音で、臨場感タップリ。スピーカーに正対して聴くのは、実に快感。
「シェエラザード」は、オーケストラのための協奏曲のような作品。次々に飛び出してくるソロ楽器の音色を楽しむには、定位が良いほうがイイ。
また絵の具をグイッと押し出して、そのまま塗りたくったような原色のオーケストレーションを味わうには、程良い分離があったほうがイイ。
その点では、もう、全く見事な録音と言ってよい。
カントロフのヴァイオリンは、ソリストらしい自己主張の強いもの。技巧的で、装飾的で、結構派手なソロ。そして、圧倒的な美音。これほど綺麗なヴァイオリン、そう聴けるものではないぞい。
クリヴィヌは全体的に逞しい曲作り。この人、フランス人なので、もっと品良くヤルのかなぁと思っていたら、結構ガッチリ強靱な音づくり。微細なニュアンスよりも、全体的な構造で勝負しているのかな。
ただ、仕上げは美しい。ドロドロ・ネチネチのロシア臭や民族臭とは無縁。表面上はクールな仕上げで、輝いている。
感心したのは第2楽章「カランダール王子の物語」。目眩くようなオーケストラ。色彩は絶えず変化し、ダイナミズムも広大。オケが有機体のように、その姿を刻々と変えてゆく面白さ。カントロフのヴァイオリンも抜群。
「若い王子と若い王女」では、適度にルバートをかけながら、表情づけを行っているが、あまり濃厚ではないのがイイ。ここでは非常に上品なヴァイオリン・ソロ。オケ全体に同化している。
第4楽章の圧倒的なフィナーレも良い。
録音効果抜群。DENONのCDは、ホンマ我が家ではエエ音に鳴ります。
相性がイイんでしょうね。
2006/07/25のBlog
[ 02:47 ]
[ 交響曲 ]
雨も小休止。涼しい一日でありました。
こんな日は、ブラームスの交響曲第2番ニ長調を。
ジョン・バルビローリ指揮ウィーン・フィルの演奏。
1967年頃の録音でEMI原盤のはずだが、今はライセンスを獲得したDISKYの超廉価盤で再発されている。長いこと、EMIの1300円LP(緑色のジャケットのセラフィム盤)で聴いてきたが、CDに買い直したもの。3枚組で1500円程度だったように思う。
いつも云うが、実に隔世の感あり。
バルビローリが振ると、音楽が優しく温かくなる。
ダンディな男の中にひそむ臆病さ、弱さ、感傷・・・・そんなものが露わになって、聴き手を愛撫するような音楽になってゆく・・・・。
このブラームス全集もそうであって、雄渾なはずの1番交響曲でさえ、温かみのある演奏になってしまう。
今日はその全集の中でもお気に入りの2番を。
第1楽章の冒頭から、しなやかなストリングスに耳が釘付け。録音はあのEMIなので、少しカサつくところがあるが(マスター・テープの経年劣化かもしれない・・・)、ウィーン・フィルらしい鮮やかさは十分に味わえる。
木管の扱いが上手なのがブラームス。それを再現するバルビローリも巧い。ひなびた味わいがたまらない。素朴で懐かしい響きが、ゆっくりと空間に溶けてゆくとろこなど、実に心地よい。夢見るブラームスを一瞬垣間見たような感じ。これぞバルビローリの真骨頂。
特にピアニシモや、デクレッシェンドしてゆくところなど、弱音部でのニュアンスが一杯で、大変デリケート。神経が通った演奏だと思う。
再現部に入る部分でテンポが落ちてゆくところなど、最高だと思う。絶賛に値する、これは「芸」だと思う。ホルンの厚みがあって深い響きも良い。耳に快感。
第2楽章もゆったりとしたフレージング。テンポも遅く、聴き手が身を浸してゆく快感を味わえるブラームス。
響きも感傷的というか、郷愁を誘うというか、過去に向かって振り返り、後ずさりする感じのもの。感傷を引きずるブラームス。遡行的なブラームス。
ストリングスの響きは温かい。バルビローリ特有の暖かさ。
そして、旋律の歌わせ方も美しいのだが、少し粘りがあるのもバルビローリ特有のもの。
第3楽章から終楽章に向かっては、よく歌う演奏。
各楽器のバランスがよく、オケもよく鳴っている。低弦のピチカートや盛んに出現する管楽器のソロ演奏など、文句なしに巧い。ウィーン・フィルの名プレーヤーたちが、巧みな技を披露してくれる。
終楽章も素晴らしい歓喜の楽章。
盛り上がりも十分だが、節度を忘れず、抒情的なところがあるのは、さすがだなぁと思います。
こんな日は、ブラームスの交響曲第2番ニ長調を。
ジョン・バルビローリ指揮ウィーン・フィルの演奏。
1967年頃の録音でEMI原盤のはずだが、今はライセンスを獲得したDISKYの超廉価盤で再発されている。長いこと、EMIの1300円LP(緑色のジャケットのセラフィム盤)で聴いてきたが、CDに買い直したもの。3枚組で1500円程度だったように思う。
いつも云うが、実に隔世の感あり。
バルビローリが振ると、音楽が優しく温かくなる。
ダンディな男の中にひそむ臆病さ、弱さ、感傷・・・・そんなものが露わになって、聴き手を愛撫するような音楽になってゆく・・・・。
このブラームス全集もそうであって、雄渾なはずの1番交響曲でさえ、温かみのある演奏になってしまう。
今日はその全集の中でもお気に入りの2番を。
第1楽章の冒頭から、しなやかなストリングスに耳が釘付け。録音はあのEMIなので、少しカサつくところがあるが(マスター・テープの経年劣化かもしれない・・・)、ウィーン・フィルらしい鮮やかさは十分に味わえる。
木管の扱いが上手なのがブラームス。それを再現するバルビローリも巧い。ひなびた味わいがたまらない。素朴で懐かしい響きが、ゆっくりと空間に溶けてゆくとろこなど、実に心地よい。夢見るブラームスを一瞬垣間見たような感じ。これぞバルビローリの真骨頂。
特にピアニシモや、デクレッシェンドしてゆくところなど、弱音部でのニュアンスが一杯で、大変デリケート。神経が通った演奏だと思う。
再現部に入る部分でテンポが落ちてゆくところなど、最高だと思う。絶賛に値する、これは「芸」だと思う。ホルンの厚みがあって深い響きも良い。耳に快感。
第2楽章もゆったりとしたフレージング。テンポも遅く、聴き手が身を浸してゆく快感を味わえるブラームス。
響きも感傷的というか、郷愁を誘うというか、過去に向かって振り返り、後ずさりする感じのもの。感傷を引きずるブラームス。遡行的なブラームス。
ストリングスの響きは温かい。バルビローリ特有の暖かさ。
そして、旋律の歌わせ方も美しいのだが、少し粘りがあるのもバルビローリ特有のもの。
第3楽章から終楽章に向かっては、よく歌う演奏。
各楽器のバランスがよく、オケもよく鳴っている。低弦のピチカートや盛んに出現する管楽器のソロ演奏など、文句なしに巧い。ウィーン・フィルの名プレーヤーたちが、巧みな技を披露してくれる。
終楽章も素晴らしい歓喜の楽章。
盛り上がりも十分だが、節度を忘れず、抒情的なところがあるのは、さすがだなぁと思います。
2006/07/24のBlog
[ 05:06 ]
[ 管弦楽曲 ]
雨が続きます。四国は大雨です。
高校野球も一部中止。日程が大幅にずれ込むようです(全国的に予選が大変そうでありますな)。
茄子の他に食卓に乗るのはプチトマトにキュウリ。今年はまずまずの出来で、野菜には事欠きません。無農薬なので(というよりあまり世話をしていないんですが・・・(^^ゞ)、味はよろしい。野菜は本来甘いです。
さて、今日はラヴェルの「ボレロ」。
シャルル・ミュンシュ指揮ボストン交響楽団の演奏。
録音は1956年頃、ボストンのシンフォニー・ホールにて。
RCA原盤のようだが、中古で激安だった。
日本ビクターが発売した名曲全集らしきものの1枚のようであります。
(・・・ジャケットは陳腐なものなので、今日はトマトにしました^^・・・・)。
半世紀も昔の録音。さすがに古びた感じもする。
しかし個々の楽器はよく捉えられていて、当時としては好録音だったと思われる。
ミュンシュの「ボレロ」は原色の絵の具をグイッと押し出して、一気に塗りたくったような演奏。鮮烈で生きのイイボレロ。
繊細なニュアンスよりも、ラヴェルのオーケストレーションの面白さを大胆にクローズアップして、ソロの楽器をどんどん前に出してくるような演奏。
トロンボーンとピッコロが重なるところなど、もの凄い効果。
こんな音色が出とったんかいなぁ・・・・ラヴェルもスゴイが、それを音化しているボストン響もスゴイ。鮮やか、クッキリ、爽快な音。
ホルンのソロはなまめかしい。この音色は、綺麗と云うよりエロティック・官能的な美しさ。
木管の重奏もすごい。聴いたことがないような、全く新しい音色で飛び出してくる。
そして、終盤ではボストン響のストリングスが大活躍する。ああ、衣擦れのようないい音。そして、やや張り気味で、強い音が響く。
もともと、柔らかく、やや暗め、渋めの音が、ボストン響の音なのだろうが、ミュンシュが振ると、少し華やかさが加わる。
ラスト前からは圧倒的な迫力と華やかさ。
ミュンシュはアッチェランド・クレッシェンドをかけながら、大きく盛り上げてゆく。
美音の洪水。圧倒的な迫力。
燃えるミュンシュの面目躍如、大団円でのカタルシス。
高校野球も一部中止。日程が大幅にずれ込むようです(全国的に予選が大変そうでありますな)。
茄子の他に食卓に乗るのはプチトマトにキュウリ。今年はまずまずの出来で、野菜には事欠きません。無農薬なので(というよりあまり世話をしていないんですが・・・(^^ゞ)、味はよろしい。野菜は本来甘いです。
さて、今日はラヴェルの「ボレロ」。
シャルル・ミュンシュ指揮ボストン交響楽団の演奏。
録音は1956年頃、ボストンのシンフォニー・ホールにて。
RCA原盤のようだが、中古で激安だった。
日本ビクターが発売した名曲全集らしきものの1枚のようであります。
(・・・ジャケットは陳腐なものなので、今日はトマトにしました^^・・・・)。
半世紀も昔の録音。さすがに古びた感じもする。
しかし個々の楽器はよく捉えられていて、当時としては好録音だったと思われる。
ミュンシュの「ボレロ」は原色の絵の具をグイッと押し出して、一気に塗りたくったような演奏。鮮烈で生きのイイボレロ。
繊細なニュアンスよりも、ラヴェルのオーケストレーションの面白さを大胆にクローズアップして、ソロの楽器をどんどん前に出してくるような演奏。
トロンボーンとピッコロが重なるところなど、もの凄い効果。
こんな音色が出とったんかいなぁ・・・・ラヴェルもスゴイが、それを音化しているボストン響もスゴイ。鮮やか、クッキリ、爽快な音。
ホルンのソロはなまめかしい。この音色は、綺麗と云うよりエロティック・官能的な美しさ。
木管の重奏もすごい。聴いたことがないような、全く新しい音色で飛び出してくる。
そして、終盤ではボストン響のストリングスが大活躍する。ああ、衣擦れのようないい音。そして、やや張り気味で、強い音が響く。
もともと、柔らかく、やや暗め、渋めの音が、ボストン響の音なのだろうが、ミュンシュが振ると、少し華やかさが加わる。
ラスト前からは圧倒的な迫力と華やかさ。
ミュンシュはアッチェランド・クレッシェンドをかけながら、大きく盛り上げてゆく。
美音の洪水。圧倒的な迫力。
燃えるミュンシュの面目躍如、大団円でのカタルシス。
2006/07/23のBlog
[ 08:55 ]
[ 協奏曲 ]
夕食は毎晩「ナス」です。無農薬の自家産のナスです。
今年のは出来がよく、軽く炒めた後にショウガ醤油で喰うのが最高に旨いんですな。
旨いというより、甘いと言う方が食感としては合っているような気がします。
エグさがないので、甘く感じるんでしょう。
天ぷらにしてもエエし、漬け物もイケます。
さて、愛媛の高校生は夏休み。
この頃は、2学期の開始を高校独自で決めるので、8月の末から新学期になるようです。「40日間の夏休み」とは言い難いようで、しかも我が家の次男坊は大学受験生なので補習だの模試だの忙しい様子。
まあ頑張ってもらいましょう。
ブリリアントの激安モーツァルト大全集、ポツポツ聴き進めています。
今日はピアノ協奏曲第18番変ロ長調K.456を。
デレク・ハンのピアノ、ポール・フリーマン指揮フィルハーモニア管の演奏。
1995年、ロンドンのヘンリーウッドホールでの録音と紙ジャケにクレジットしてある。
柔らかくふんわりした音で、聴き疲れしない好録音と思う。
全体的にコンパクトによくまとまった好演。
フリーマン/フィルハーモニア管のバックは克明な演奏。何の変哲もない伴奏であって、安心して聴いていられる。
デレク・ハンはピアニシモがとても綺麗なピアニスト。秘かなささやきのようなピアノ。木々の若葉が風を受けてこすれ合うときに、サワサワと柔らかい音がする・・・・そんなピアノに聞こえる。優しいピアニシモ。
音色も透明感があってとてもよい。
第1楽章、独特のリズムに乗りながら管楽器とピアノが呼び交わすときの音など、とても綺麗。見事なものだと思う。愉悦に富んだ演奏を十分に聴かせてくれる。
第2楽章は悲痛な旋律のアンダンテ。フリーマン/フィルハーモニア管は、やや素っ気ない感じ。ピアノのハンは情緒に富む演奏を繰り広げているのに対して、オケの表情は少し違和感有り。
それにしても素敵なピアノ。高音の、磨き上げたような輝かしい音色は何とも美しい。ニュアンスも多彩で、ピアノの紡ぎ出す表情が刻一刻と変化してゆく・・・・その様を味わうのは楽しい。
終楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェ。ピアノは快活で、明るくよく弾んで全く気持ちよい。玲瓏玉を転がすような演奏だろう。
バックとも息がよくあって、爽快な終曲になっている。
価格のことを云っちゃイケナイんでしょうが、この全集はホンマに激安で好演でありますぞ。
ジャケット写真はいつも同じになりますので、今日は我が家の茄子であります。
今年のは出来がよく、軽く炒めた後にショウガ醤油で喰うのが最高に旨いんですな。
旨いというより、甘いと言う方が食感としては合っているような気がします。
エグさがないので、甘く感じるんでしょう。
天ぷらにしてもエエし、漬け物もイケます。
さて、愛媛の高校生は夏休み。
この頃は、2学期の開始を高校独自で決めるので、8月の末から新学期になるようです。「40日間の夏休み」とは言い難いようで、しかも我が家の次男坊は大学受験生なので補習だの模試だの忙しい様子。
まあ頑張ってもらいましょう。
ブリリアントの激安モーツァルト大全集、ポツポツ聴き進めています。
今日はピアノ協奏曲第18番変ロ長調K.456を。
デレク・ハンのピアノ、ポール・フリーマン指揮フィルハーモニア管の演奏。
1995年、ロンドンのヘンリーウッドホールでの録音と紙ジャケにクレジットしてある。
柔らかくふんわりした音で、聴き疲れしない好録音と思う。
全体的にコンパクトによくまとまった好演。
フリーマン/フィルハーモニア管のバックは克明な演奏。何の変哲もない伴奏であって、安心して聴いていられる。
デレク・ハンはピアニシモがとても綺麗なピアニスト。秘かなささやきのようなピアノ。木々の若葉が風を受けてこすれ合うときに、サワサワと柔らかい音がする・・・・そんなピアノに聞こえる。優しいピアニシモ。
音色も透明感があってとてもよい。
第1楽章、独特のリズムに乗りながら管楽器とピアノが呼び交わすときの音など、とても綺麗。見事なものだと思う。愉悦に富んだ演奏を十分に聴かせてくれる。
第2楽章は悲痛な旋律のアンダンテ。フリーマン/フィルハーモニア管は、やや素っ気ない感じ。ピアノのハンは情緒に富む演奏を繰り広げているのに対して、オケの表情は少し違和感有り。
それにしても素敵なピアノ。高音の、磨き上げたような輝かしい音色は何とも美しい。ニュアンスも多彩で、ピアノの紡ぎ出す表情が刻一刻と変化してゆく・・・・その様を味わうのは楽しい。
終楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェ。ピアノは快活で、明るくよく弾んで全く気持ちよい。玲瓏玉を転がすような演奏だろう。
バックとも息がよくあって、爽快な終曲になっている。
価格のことを云っちゃイケナイんでしょうが、この全集はホンマに激安で好演でありますぞ。
ジャケット写真はいつも同じになりますので、今日は我が家の茄子であります。
2006/07/22のBlog
[ 00:54 ]
[ 器楽曲 ]
梅雨前線の南下で、四国でも大雨続きです。
西条ひうち球場で行われる高校野球愛媛大会も2日順延。さて、今日はできるのかな?
我が家の次男と三男が通う高校は、甲子園優勝経験もある古豪であります。1回戦はコールド発進、子供らの応援にも熱が入っておりますな。昨年は惜しくも決勝敗退、今年は、さぁ、3つくらいは勝てるかな。
さて、今日はベートーヴェンのピアノ・ソナタ第21番ハ長調 Op53。
ウィルヘルム・バックハウスのピアノで。
1960年1月、ジュネーヴのヴィクトリア・ホールでの録音。DECCA盤。
ベートーヴェンのワルトシュタインは、1803年の作品。
溌剌とした躍動感に、ヴァラエティに富んだ色彩の変化など、中期を代表する傑作と思う。
作曲のきっかけは、パリのエラール社から最新のピアノを贈られたことことという。
このピアノ、広い音域と力強いダイナミズム、色彩の多彩さなど、ベートーヴェンの意欲を触発するのに十分だったようだ。
で、できたのがこの快作。
さて第1楽章。
前に、前に・・・。
ベートーヴェンらしい推進力に富んだこの作品を、バックハウスは克明に力強く、男性的に逞しく弾いてゆく。
技巧はだいぶ怪しくなってきているが、それを忘れさせる雄渾で強靱な迫力。
長年、培ってきた自信に溢れた演奏になっている。
「どうだ、恐れ入ったか」とバックハウスが言うはずもないが、聴いていていちいち納得させられてしまうのは、彼のピアノが説得力に富んでいるのだろう。
バックハウスが弾いているのは、しかし、エラールではなく、ベーゼンドルファー。
高音が素敵で、粒立ちがよい。低音の迫力は圧倒的。この力強さの中にフワッと柔らかさを漂わせるのが、ベーゼンドルファー。
録音も残響豊かで上品。とても45年も前の録音とは思えない素晴らしさ。さすがDECCA。
間奏曲的な第2楽章を経て終楽章ロンドへ。
バックハウスのピアニズムは、ここでも克明。テンポは中庸で、じっくり弾き込んでゆく重厚な演奏。ピアノの高音の輝きと中低音の充実が際だつが、あまり派手にキンキン鳴らないのが良い。
表情づけは殆どないし、どちらかというと無愛想な弾き方だとは思うのだが、なあに、媚びを売ってくるようなピアニストに比べて遙かに志操の高いベートーヴェンが、ここにはいる。
ベートーヴェンの何たるかを心得た演奏。
微笑んだりはしないが、これこそベートーヴェンの本質・・・と云いたい演奏ではありますな。
西条ひうち球場で行われる高校野球愛媛大会も2日順延。さて、今日はできるのかな?
我が家の次男と三男が通う高校は、甲子園優勝経験もある古豪であります。1回戦はコールド発進、子供らの応援にも熱が入っておりますな。昨年は惜しくも決勝敗退、今年は、さぁ、3つくらいは勝てるかな。
さて、今日はベートーヴェンのピアノ・ソナタ第21番ハ長調 Op53。
ウィルヘルム・バックハウスのピアノで。
1960年1月、ジュネーヴのヴィクトリア・ホールでの録音。DECCA盤。
ベートーヴェンのワルトシュタインは、1803年の作品。
溌剌とした躍動感に、ヴァラエティに富んだ色彩の変化など、中期を代表する傑作と思う。
作曲のきっかけは、パリのエラール社から最新のピアノを贈られたことことという。
このピアノ、広い音域と力強いダイナミズム、色彩の多彩さなど、ベートーヴェンの意欲を触発するのに十分だったようだ。
で、できたのがこの快作。
さて第1楽章。
前に、前に・・・。
ベートーヴェンらしい推進力に富んだこの作品を、バックハウスは克明に力強く、男性的に逞しく弾いてゆく。
技巧はだいぶ怪しくなってきているが、それを忘れさせる雄渾で強靱な迫力。
長年、培ってきた自信に溢れた演奏になっている。
「どうだ、恐れ入ったか」とバックハウスが言うはずもないが、聴いていていちいち納得させられてしまうのは、彼のピアノが説得力に富んでいるのだろう。
バックハウスが弾いているのは、しかし、エラールではなく、ベーゼンドルファー。
高音が素敵で、粒立ちがよい。低音の迫力は圧倒的。この力強さの中にフワッと柔らかさを漂わせるのが、ベーゼンドルファー。
録音も残響豊かで上品。とても45年も前の録音とは思えない素晴らしさ。さすがDECCA。
間奏曲的な第2楽章を経て終楽章ロンドへ。
バックハウスのピアニズムは、ここでも克明。テンポは中庸で、じっくり弾き込んでゆく重厚な演奏。ピアノの高音の輝きと中低音の充実が際だつが、あまり派手にキンキン鳴らないのが良い。
表情づけは殆どないし、どちらかというと無愛想な弾き方だとは思うのだが、なあに、媚びを売ってくるようなピアニストに比べて遙かに志操の高いベートーヴェンが、ここにはいる。
ベートーヴェンの何たるかを心得た演奏。
微笑んだりはしないが、これこそベートーヴェンの本質・・・と云いたい演奏ではありますな。
2006/07/21のBlog
[ 03:28 ]
[ 交響曲 ]
雨が続いています。よく降ります。
雨のせいで、窓を閉めていても涼しい一日でした。
そこで今日はブラームスの交響曲を聴きたくなりました。
取り出したのは、ブラームスの交響曲第3番ヘ長調作品90。
サー・エードリアン・ボールト指揮ロンドン交響楽団の演奏。
1970年から72年にかけてEMIに録音された全集を、DISKYが廉価盤で再発したもの。ホンマ激安で有り難い。
ロンドン響は、冒頭のトランペットがしくじっているが、全体的には好演。
ボールトの指揮は地味で堅実。奇をてらうことなく、匠気をひけらかすこともなく、ひたすら作曲家に忠実に、作品を音化してゆく。
男性的なダンディズムに貫かれた指揮ぶり。ただ音楽のそこかしこから、ためらい、恥じらい、振り返ったり逡巡したり・・・そんなブラームスが見えてくる。
スピーカーからもれてくる空気もブラームス的な感じ。すこしくすんだ、モヤッとした空気が流れてゆく。
ブラームスは誠実で、しかし内気な人だった。そんな人柄がボールトに乗り移ったか。
ロンドン響の響きもイイ。華やかにならず、ややくすんだ、渋めの音がいかにもブラームス的。ウィーン的な優美さやドイツ的な重厚さはないが、実質に徹したいい音がする。
白眉は中2つの楽章か。
第2楽章アンダンテの曖昧模糊とした風情。木管の綾なす響きは大変デリケートでニュアンス多彩。弦楽セクションも、地味だが優しく温かく包み込むような響きが、実にイイ。ホルンや木管の味わいは格別。コーダでのヴァイオリンの引きずり方も、何とも云えぬ哀愁あり。
第3楽章ポコ・アレグレットは、映画音楽にも用いられた有名なメロディ。
ボールトはテンポを速めにとってサラッと進んでゆく。情緒纏綿・お涙頂戴・ドロドロの愁嘆場とは、無縁のダンディな演奏。しかし、その速さが、ニュアンス一杯の速さ。味わい深いというか、男のやせ我慢というか。
木管と弦楽セクションのバランスが良い。互いに慈しむように寄り添って語らう。後半部でのホルンのソロなどは、ボールト盤でなければなかなか聴けない情趣あり。
録音状態は、さすがに古くなってきました。
EMIの録音なのでそんなに期待しちゃイケナイんでしょうが・・。
ただ、ボールトの意図はよく伝わります。
いや、違う。意図らしい意図はないんです。作為などないんです。
自然なブラームスです。でも、ニュアンス一杯。
これは、男のブラームスですな。
雨のせいで、窓を閉めていても涼しい一日でした。
そこで今日はブラームスの交響曲を聴きたくなりました。
取り出したのは、ブラームスの交響曲第3番ヘ長調作品90。
サー・エードリアン・ボールト指揮ロンドン交響楽団の演奏。
1970年から72年にかけてEMIに録音された全集を、DISKYが廉価盤で再発したもの。ホンマ激安で有り難い。
ロンドン響は、冒頭のトランペットがしくじっているが、全体的には好演。
ボールトの指揮は地味で堅実。奇をてらうことなく、匠気をひけらかすこともなく、ひたすら作曲家に忠実に、作品を音化してゆく。
男性的なダンディズムに貫かれた指揮ぶり。ただ音楽のそこかしこから、ためらい、恥じらい、振り返ったり逡巡したり・・・そんなブラームスが見えてくる。
スピーカーからもれてくる空気もブラームス的な感じ。すこしくすんだ、モヤッとした空気が流れてゆく。
ブラームスは誠実で、しかし内気な人だった。そんな人柄がボールトに乗り移ったか。
ロンドン響の響きもイイ。華やかにならず、ややくすんだ、渋めの音がいかにもブラームス的。ウィーン的な優美さやドイツ的な重厚さはないが、実質に徹したいい音がする。
白眉は中2つの楽章か。
第2楽章アンダンテの曖昧模糊とした風情。木管の綾なす響きは大変デリケートでニュアンス多彩。弦楽セクションも、地味だが優しく温かく包み込むような響きが、実にイイ。ホルンや木管の味わいは格別。コーダでのヴァイオリンの引きずり方も、何とも云えぬ哀愁あり。
第3楽章ポコ・アレグレットは、映画音楽にも用いられた有名なメロディ。
ボールトはテンポを速めにとってサラッと進んでゆく。情緒纏綿・お涙頂戴・ドロドロの愁嘆場とは、無縁のダンディな演奏。しかし、その速さが、ニュアンス一杯の速さ。味わい深いというか、男のやせ我慢というか。
木管と弦楽セクションのバランスが良い。互いに慈しむように寄り添って語らう。後半部でのホルンのソロなどは、ボールト盤でなければなかなか聴けない情趣あり。
録音状態は、さすがに古くなってきました。
EMIの録音なのでそんなに期待しちゃイケナイんでしょうが・・。
ただ、ボールトの意図はよく伝わります。
いや、違う。意図らしい意図はないんです。作為などないんです。
自然なブラームスです。でも、ニュアンス一杯。
これは、男のブラームスですな。
2006/07/20のBlog
[ 03:27 ]
[ 交響曲 ]
大雨の被害が各地で出ているようです。
四国でも昨日から大雨。梅雨明けどきの、大雨かな。
当地は一昨年に何度も水害に遭いましたので、雨はコワイです。
早く上がってくれるとエエんですが。
今日は、シューベルトの交響曲第6番ハ長調 D589。
ジョス・ファン・インマゼール指揮アニマ・エテルナの演奏。
1996年9月~10月、ブリュッセルのルナ・シアター(って読むのかな?)での録音。
すでに録音から10年経過したが、今も素晴らしい録音。演奏が生き生きしているのは、この録音の素晴らしさもあると思われる。
古楽器演奏の場合、415Hzのピッチを用いるらしいが、アニマ・エテルナは440Hzという現代楽器と変わらないピッチを採用している。
だから、他のオリジナル楽器のイメージとはまた違う、新鮮な音がする。今まで聴いたことがないような響きが噴出してくる。聴きながら、「おや?」、「え?」、「おおっ!」の連続。
表現意欲満々の演奏。インマゼールもオケの面々も、やる気十分、熱気に溢れる演奏を展開する。シューベルトの新しい姿を作ろうとしているかのよう。目から鱗が落ちるというか、耳垢が取れるというか、全く新鮮。今まで聴いてきたシューベルトはいったい何や?・・・・。
この作品はシューベルトが二十歳の頃のもの。9番交響曲「グレート」に対し、小ハ長調と称される。が、この演奏で聴くと、何が小ハ長調なもんか、グレートに匹敵する荒々しい爆発が第1楽章から出現する。
今までのこの演奏では、ウィーン・スタイルの優美なものが多かっただけに、いやはや、たまげた。
第2楽章はアンダンテ。繊細で美しいガラス細工のような旋律が特徴。この演奏も出だしは歌に満ちて優美そのもの。しかし中間部からは、強烈なアタック、ティンパニの最強打に仰け反ってしまう。全く激しいコントラスト。シューベルトの、これは荒ぶる魂か。
第3楽章も荒々しいスケルツォ。ティンパニの強打がここでも印象的。激しい演奏。激情に駆られたシューベルトがここにいる。
終楽章。もう驚かんぞ。何でもやってくれ・・・そんな心境で、インマゼールのバトンに酔わされ・・・・。
面白い、大変面白い、ユニークな演奏。
シューベルトの本道とは思わないんですが(でも、これが今後の本道になるのかな?・・いや、もうなっているのか・・・)、楽しめました。
耳からウロコが落ちます(^^ゞ。
インマゼールはスンゴイです。
四国でも昨日から大雨。梅雨明けどきの、大雨かな。
当地は一昨年に何度も水害に遭いましたので、雨はコワイです。
早く上がってくれるとエエんですが。
今日は、シューベルトの交響曲第6番ハ長調 D589。
ジョス・ファン・インマゼール指揮アニマ・エテルナの演奏。
1996年9月~10月、ブリュッセルのルナ・シアター(って読むのかな?)での録音。
すでに録音から10年経過したが、今も素晴らしい録音。演奏が生き生きしているのは、この録音の素晴らしさもあると思われる。
古楽器演奏の場合、415Hzのピッチを用いるらしいが、アニマ・エテルナは440Hzという現代楽器と変わらないピッチを採用している。
だから、他のオリジナル楽器のイメージとはまた違う、新鮮な音がする。今まで聴いたことがないような響きが噴出してくる。聴きながら、「おや?」、「え?」、「おおっ!」の連続。
表現意欲満々の演奏。インマゼールもオケの面々も、やる気十分、熱気に溢れる演奏を展開する。シューベルトの新しい姿を作ろうとしているかのよう。目から鱗が落ちるというか、耳垢が取れるというか、全く新鮮。今まで聴いてきたシューベルトはいったい何や?・・・・。
この作品はシューベルトが二十歳の頃のもの。9番交響曲「グレート」に対し、小ハ長調と称される。が、この演奏で聴くと、何が小ハ長調なもんか、グレートに匹敵する荒々しい爆発が第1楽章から出現する。
今までのこの演奏では、ウィーン・スタイルの優美なものが多かっただけに、いやはや、たまげた。
第2楽章はアンダンテ。繊細で美しいガラス細工のような旋律が特徴。この演奏も出だしは歌に満ちて優美そのもの。しかし中間部からは、強烈なアタック、ティンパニの最強打に仰け反ってしまう。全く激しいコントラスト。シューベルトの、これは荒ぶる魂か。
第3楽章も荒々しいスケルツォ。ティンパニの強打がここでも印象的。激しい演奏。激情に駆られたシューベルトがここにいる。
終楽章。もう驚かんぞ。何でもやってくれ・・・そんな心境で、インマゼールのバトンに酔わされ・・・・。
面白い、大変面白い、ユニークな演奏。
シューベルトの本道とは思わないんですが(でも、これが今後の本道になるのかな?・・いや、もうなっているのか・・・)、楽しめました。
耳からウロコが落ちます(^^ゞ。
インマゼールはスンゴイです。
2006/07/19のBlog
[ 02:25 ]
[ 交響曲 ]
四国は強い風が吹いています。大雨の前触れかもしれません。
さて、今日はマーラーの交響曲第7番「夜の歌」。
ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響の演奏。
1970年11月、ミュンヘンのヘラクレスザールでの録音。DG盤。
確か1989年、全集の輸入盤で15000円だった。10枚組でこの値段は当時としては破格。CDのマーラー全集を手にした喜びは大きかったなぁ。マーラーは長尺だから、LPでは取っ替え引っ替え、何度もひっくり返していたので・・・(^^ゞ。
クーベリックのマーラーは素朴で田舎くさいところがある、野趣溢れるマーラー。ボヘミアののんびりした田舎生活を思わせるような(これ褒め言葉です)、虚飾のない、しかし含蓄のあるマーラー。そして、オケのバイエルン放送響が充実、抜群に巧いのもこの全集の価値を高めていると思う。
第1楽章冒頭からたっぷりした響き。随所に出現するテナー・ホルンが、雨上がりのような湿度で鳴り響く。甘く濡れたような音色が独特で、この曲の妖しげな一面をうまく描き出す。クーベリックの指揮は、錯綜して何が何だかよく分からないこの交響曲を、丁寧にじっくり、誠実に再現してゆく。
第2楽章「夜曲」。この楽章のイメージは夜の街。
ウィーンの夜、寝静まった街の舗道をコツコツと歩いてゆく夜警。夜露で街灯も霞んでいるようなイメージ。
このモヤモヤとした雰囲気を、クーベリック/バイエルン放送響がホンマにモヤモヤと演奏しててゆく。部屋に夜の冷気が入ってくるような妖しい錯覚。いやはや、巧いもんだなぁ。
第3楽章も妖しげな雰囲気が一杯。「怪しげ」と書くべきか。魑魅魍魎が跋扈する闇の世界だなぁ、これは。「夜の歌」とはよく云ったもので、クーベリック盤で聴くと、この第3楽章こそ漆黒の闇になる。淡々と誠実に指揮しているだけ・・・のように聞こえるのだに、この怪しさ・・・。
誠実に演ったら、こんなに怪しくなる・・・・ということはマーラーの作曲のウデがスゴイということか。
第4楽章「夜曲」は牧歌的。ボヘミアの夜の森。夜鳥の鳴き声が何度も聞こえてくる。クーベリックの採るテンポは、どの楽章も落ち着いていて中庸のテンポ。この7番交響曲は1枚のCDに収まっていて聴きやすいのだが(演奏時間も63分とそう長くない)、セカセカした性急な感じがしない。
マンドリンやギターは繊細でハッとする美しさ。中間部の民謡的な旋律の処理も美しい。懐かしささえこみ上げてくるメロディだ。
第5楽章。この楽章だけは「夜の歌」にならない。どう聴いてもカンカン照り、白昼の音楽。白日の下にすべてさらしたような音楽。前4つの楽章との違和感、これこそマーラーだろう。ハチャメチャな楽章だが、聴き慣れてしまったせいか、最近は自分の中では妙に据わりがよい。
しかし、この爆発・阿鼻叫喚を、ひたすら忠実に、誠実に粛々と演奏して、決して下品なものにしないのが、クーベリック。野趣に満ちているが、中身は素朴。バイエルン放送響の名演奏もあって、これは素晴らしい演奏だと思う。
さて、今日はマーラーの交響曲第7番「夜の歌」。
ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響の演奏。
1970年11月、ミュンヘンのヘラクレスザールでの録音。DG盤。
確か1989年、全集の輸入盤で15000円だった。10枚組でこの値段は当時としては破格。CDのマーラー全集を手にした喜びは大きかったなぁ。マーラーは長尺だから、LPでは取っ替え引っ替え、何度もひっくり返していたので・・・(^^ゞ。
クーベリックのマーラーは素朴で田舎くさいところがある、野趣溢れるマーラー。ボヘミアののんびりした田舎生活を思わせるような(これ褒め言葉です)、虚飾のない、しかし含蓄のあるマーラー。そして、オケのバイエルン放送響が充実、抜群に巧いのもこの全集の価値を高めていると思う。
第1楽章冒頭からたっぷりした響き。随所に出現するテナー・ホルンが、雨上がりのような湿度で鳴り響く。甘く濡れたような音色が独特で、この曲の妖しげな一面をうまく描き出す。クーベリックの指揮は、錯綜して何が何だかよく分からないこの交響曲を、丁寧にじっくり、誠実に再現してゆく。
第2楽章「夜曲」。この楽章のイメージは夜の街。
ウィーンの夜、寝静まった街の舗道をコツコツと歩いてゆく夜警。夜露で街灯も霞んでいるようなイメージ。
このモヤモヤとした雰囲気を、クーベリック/バイエルン放送響がホンマにモヤモヤと演奏しててゆく。部屋に夜の冷気が入ってくるような妖しい錯覚。いやはや、巧いもんだなぁ。
第3楽章も妖しげな雰囲気が一杯。「怪しげ」と書くべきか。魑魅魍魎が跋扈する闇の世界だなぁ、これは。「夜の歌」とはよく云ったもので、クーベリック盤で聴くと、この第3楽章こそ漆黒の闇になる。淡々と誠実に指揮しているだけ・・・のように聞こえるのだに、この怪しさ・・・。
誠実に演ったら、こんなに怪しくなる・・・・ということはマーラーの作曲のウデがスゴイということか。
第4楽章「夜曲」は牧歌的。ボヘミアの夜の森。夜鳥の鳴き声が何度も聞こえてくる。クーベリックの採るテンポは、どの楽章も落ち着いていて中庸のテンポ。この7番交響曲は1枚のCDに収まっていて聴きやすいのだが(演奏時間も63分とそう長くない)、セカセカした性急な感じがしない。
マンドリンやギターは繊細でハッとする美しさ。中間部の民謡的な旋律の処理も美しい。懐かしささえこみ上げてくるメロディだ。
第5楽章。この楽章だけは「夜の歌」にならない。どう聴いてもカンカン照り、白昼の音楽。白日の下にすべてさらしたような音楽。前4つの楽章との違和感、これこそマーラーだろう。ハチャメチャな楽章だが、聴き慣れてしまったせいか、最近は自分の中では妙に据わりがよい。
しかし、この爆発・阿鼻叫喚を、ひたすら忠実に、誠実に粛々と演奏して、決して下品なものにしないのが、クーベリック。野趣に満ちているが、中身は素朴。バイエルン放送響の名演奏もあって、これは素晴らしい演奏だと思う。
2006/07/18のBlog
[ 04:50 ]
[ 交響曲 ]
梅雨明けしていなかったのか、夕方からエライ降り様でした。
おかげで夜は涼しく快適。
雨上がりの、少し湿った涼風を楽しみました。
さて、今日はメンデルスゾーンの交響曲第3番イ短調「スコットランド」。
ベルナルト・ハイティンク指揮ロンドン・フィルの演奏。
1978年3月~11月、ロンドンのウォルサムストウでの録音。
一聴、これがロンドン・フィルの音か?
テンシュテットのマーラー全集で軋むような音楽を奏で、美音とは言い難い(しかも巧くなかった)演奏で、マーラーの情念を歌っていたあのロンドン・フィルか?
ハイティンク/ロンドン・フィルの「スコットランド」で、まず耳を奪われるのは、オケの美しさ。何と深々としたエエ音なんだろう。
フィリップスのアナログ末期の見事な録音が24bitデジタル・マスタリングで蘇ったこともあるが、ハイティンクのオーケストラ・トレーナーとしての耳と腕が見事に発揮された演奏になっている。いや、ホンマに美しいオーケストラ。
第1楽章の序奏部から、もう耳は釘付け。心奪われる。
フィリップスらしいホールトーンを豊かに取り入れた音がとにかく素晴らしい。コンサート・ホールを彷彿とさせる。
アンサンブルの美しさも聴き逃せない。お互いによく聴き合いながら合奏しているのが伝わってくる。
ハイティンクの指揮は正統的で格調高く、作品そのものにすべてを語り尽くさせようとする感じ。メンデルスゾーンらしい流麗さは勿論、ハイティンクのフレージングが深々としているので、実に聴きやすく、また心地よい。
第2楽章はスケルツォ。スコットランドの舞曲が主題だろうが、バグパイプを思わせるようなところもあって面白い。
ここでもハイティンクの指揮はしなやかで上品。ロンドン・フィルもリズミカルで弾むようなワクワク感がある。アンサンブルも上出来。こんなに巧いオケだったんかいなぁ・・・・。
第3楽章アダージョ。メンデルスゾーンらしい美しく哀しいメロディを、ロンドン・フィルの弦楽セクションが慈しむように弾いてゆく。木管のアンサンブルも清潔で品が良い。絶叫したりせず、知的によくコントロールされたオーケストラ音楽になっているのは、ハイティンクの指揮の賜物。生まれてくる音楽の表情は穏やかで暖かく、オケの面々の合奏する喜びに溢れていて、これは名演。
終楽章はアレグロ・ヴィヴァーチッシモ。中庸のテンポから徐々に速くなってゆくところだが、ハイティンクはあまり速度を上げない。幾重にも重なり合うロンドン・フィルのアンサンブルがここでも美しい。低音部が特に充実していて、オケ全体をしっかり支えている。
ハイティンクの指揮はここでも正調正統。初期ロマン派の美しさを十全に引き出して、しかも音楽は端正で背筋が伸びている。古典的な格調の高さも備えている。
けだし、名演と思う。
カップリングは、序曲「静かな海と楽しい航海」のみ。
LP時代そのままの再発。もう1曲(「イタリア」とか)あっても良いのにと思いつつ、こういう再発はなんとなく贅沢な感じがしますな・・・・。
おかげで夜は涼しく快適。
雨上がりの、少し湿った涼風を楽しみました。
さて、今日はメンデルスゾーンの交響曲第3番イ短調「スコットランド」。
ベルナルト・ハイティンク指揮ロンドン・フィルの演奏。
1978年3月~11月、ロンドンのウォルサムストウでの録音。
一聴、これがロンドン・フィルの音か?
テンシュテットのマーラー全集で軋むような音楽を奏で、美音とは言い難い(しかも巧くなかった)演奏で、マーラーの情念を歌っていたあのロンドン・フィルか?
ハイティンク/ロンドン・フィルの「スコットランド」で、まず耳を奪われるのは、オケの美しさ。何と深々としたエエ音なんだろう。
フィリップスのアナログ末期の見事な録音が24bitデジタル・マスタリングで蘇ったこともあるが、ハイティンクのオーケストラ・トレーナーとしての耳と腕が見事に発揮された演奏になっている。いや、ホンマに美しいオーケストラ。
第1楽章の序奏部から、もう耳は釘付け。心奪われる。
フィリップスらしいホールトーンを豊かに取り入れた音がとにかく素晴らしい。コンサート・ホールを彷彿とさせる。
アンサンブルの美しさも聴き逃せない。お互いによく聴き合いながら合奏しているのが伝わってくる。
ハイティンクの指揮は正統的で格調高く、作品そのものにすべてを語り尽くさせようとする感じ。メンデルスゾーンらしい流麗さは勿論、ハイティンクのフレージングが深々としているので、実に聴きやすく、また心地よい。
第2楽章はスケルツォ。スコットランドの舞曲が主題だろうが、バグパイプを思わせるようなところもあって面白い。
ここでもハイティンクの指揮はしなやかで上品。ロンドン・フィルもリズミカルで弾むようなワクワク感がある。アンサンブルも上出来。こんなに巧いオケだったんかいなぁ・・・・。
第3楽章アダージョ。メンデルスゾーンらしい美しく哀しいメロディを、ロンドン・フィルの弦楽セクションが慈しむように弾いてゆく。木管のアンサンブルも清潔で品が良い。絶叫したりせず、知的によくコントロールされたオーケストラ音楽になっているのは、ハイティンクの指揮の賜物。生まれてくる音楽の表情は穏やかで暖かく、オケの面々の合奏する喜びに溢れていて、これは名演。
終楽章はアレグロ・ヴィヴァーチッシモ。中庸のテンポから徐々に速くなってゆくところだが、ハイティンクはあまり速度を上げない。幾重にも重なり合うロンドン・フィルのアンサンブルがここでも美しい。低音部が特に充実していて、オケ全体をしっかり支えている。
ハイティンクの指揮はここでも正調正統。初期ロマン派の美しさを十全に引き出して、しかも音楽は端正で背筋が伸びている。古典的な格調の高さも備えている。
けだし、名演と思う。
カップリングは、序曲「静かな海と楽しい航海」のみ。
LP時代そのままの再発。もう1曲(「イタリア」とか)あっても良いのにと思いつつ、こういう再発はなんとなく贅沢な感じがしますな・・・・。
2006/07/17のBlog
[ 04:45 ]
[ 管弦楽曲 ]
暑い暑い。猛暑であります。
暑い季節は、クラシック音楽を聴くのがしんどくなります。部屋に熱気がこもるし、アンプの熱でさらにヒートアップ。汗だくになります。
エアコンのスイッチを入れれば何ともないんですが、音楽を聴いている最中にどうしても稼働音が気になりますし、そもそもワタシはクーラー嫌い。どうもクーラーに当たっていると体調が悪いんです。田舎者で育ちが悪いからでしょうかねぇ・・・(^^ゞ。
何か涼しくなるCDはないんかいなぁと思いつつ、手にしたのはグリーグのペールギュント組曲。
ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団の演奏。
ソニーの名曲全集(だろうと思う)からの1枚で、ジャケットは泰西名画になっている。
おお、今日はこれを行ってみよう・・・・。
グリーグのペールギュント組曲は、小学校6年生の音楽の時間に、物語とともに鑑賞した懐かしい曲。分かりやすく親しみやすい名曲だと思う。爾来大好きな曲であります。今も鑑賞曲なのかな・・・・。
盛夏のペールギュントは、清涼な演奏で聴きたい。そこで、アンサンブル抜群のセル盤を取り出してみたわけですな。
「朝」は、これ以上ないくらい爽やかな朝。セル/クリーヴランド管で聴くと、アンサンブルが良すぎるくらいなので、この音楽がスッキリ爽快に鳴る。高原の朝露のような清らかさ。部屋が爽やかな冷気で満たされる感じ。ストリングス・セクションの揃い方は勿論だが、ホルンやクラリネット、フルートなどの管楽器も実によい。クラリネットの美しいこと・・・(これ、名手のロバート・ マーセラスでしょうか・・・)。
「オーゼの死」
弦楽器がたっぷりと鳴り響く。ピアニシモが繊細きわまりない。そしてその弱音がピタッと揃っているので、恐ろしいくらい。弱音でも緊張感は並のものではないと思うが、その気分をオケ全員が共有している感じが伝わってくる。
メロディの悲痛さが、このアンサンブルで突き抜けてゆくような哀しみになってゆく。
「アニトラの踊り」
セルの表現は室内楽的・アンサンブルが良いので、そう聞こえてしまうのか。弦のピチカートが印象的な楽章だが、ヴァイオリンとチェロの会話、フレーズの受け渡しなど、息があって見事だと思う。
「山の魔王の宮殿で」
アッチェランドがかかるとこでの合奏がスゴイ。アインザッツに乱れなし。だから、この音楽の怖さが伝わる。
この音楽を初めて聴いたのは12歳。コワかったもんなぁ・・・・。
「ソルヴェイグの歌」
ストリングスの線が太く、しっかりした音づくり。音楽が痩せずに生き生きと逞しく聞こえる。北欧の冷涼感が漂い、涼やかな空気が部屋に流れてくる感じ。
濁りのない響きがホンマに爽快。
いや全く心地よい。
これ、納涼の1枚と云えそうですなぁ。
暑い季節は、クラシック音楽を聴くのがしんどくなります。部屋に熱気がこもるし、アンプの熱でさらにヒートアップ。汗だくになります。
エアコンのスイッチを入れれば何ともないんですが、音楽を聴いている最中にどうしても稼働音が気になりますし、そもそもワタシはクーラー嫌い。どうもクーラーに当たっていると体調が悪いんです。田舎者で育ちが悪いからでしょうかねぇ・・・(^^ゞ。
何か涼しくなるCDはないんかいなぁと思いつつ、手にしたのはグリーグのペールギュント組曲。
ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団の演奏。
ソニーの名曲全集(だろうと思う)からの1枚で、ジャケットは泰西名画になっている。
おお、今日はこれを行ってみよう・・・・。
グリーグのペールギュント組曲は、小学校6年生の音楽の時間に、物語とともに鑑賞した懐かしい曲。分かりやすく親しみやすい名曲だと思う。爾来大好きな曲であります。今も鑑賞曲なのかな・・・・。
盛夏のペールギュントは、清涼な演奏で聴きたい。そこで、アンサンブル抜群のセル盤を取り出してみたわけですな。
「朝」は、これ以上ないくらい爽やかな朝。セル/クリーヴランド管で聴くと、アンサンブルが良すぎるくらいなので、この音楽がスッキリ爽快に鳴る。高原の朝露のような清らかさ。部屋が爽やかな冷気で満たされる感じ。ストリングス・セクションの揃い方は勿論だが、ホルンやクラリネット、フルートなどの管楽器も実によい。クラリネットの美しいこと・・・(これ、名手のロバート・ マーセラスでしょうか・・・)。
「オーゼの死」
弦楽器がたっぷりと鳴り響く。ピアニシモが繊細きわまりない。そしてその弱音がピタッと揃っているので、恐ろしいくらい。弱音でも緊張感は並のものではないと思うが、その気分をオケ全員が共有している感じが伝わってくる。
メロディの悲痛さが、このアンサンブルで突き抜けてゆくような哀しみになってゆく。
「アニトラの踊り」
セルの表現は室内楽的・アンサンブルが良いので、そう聞こえてしまうのか。弦のピチカートが印象的な楽章だが、ヴァイオリンとチェロの会話、フレーズの受け渡しなど、息があって見事だと思う。
「山の魔王の宮殿で」
アッチェランドがかかるとこでの合奏がスゴイ。アインザッツに乱れなし。だから、この音楽の怖さが伝わる。
この音楽を初めて聴いたのは12歳。コワかったもんなぁ・・・・。
「ソルヴェイグの歌」
ストリングスの線が太く、しっかりした音づくり。音楽が痩せずに生き生きと逞しく聞こえる。北欧の冷涼感が漂い、涼やかな空気が部屋に流れてくる感じ。
濁りのない響きがホンマに爽快。
いや全く心地よい。
これ、納涼の1枚と云えそうですなぁ。
2006/07/16のBlog
[ 05:53 ]
[ 管弦楽曲 ]
猛暑がやってきました。たまらんぞ・・・・。
と思ったら、当地西条では気温37度を突破しているそうです。
いやはや、しばらくは我慢の季節ですな。
さて、今日は暑いさなかのワーグナーの管弦楽曲集。
暑苦しそうな気もしますが、そうでもない演奏で。
ステーキで云えば、そうコッテリしたものじゃなく、舌触りが良くじっくり味わえる、少し薄味かな・・・・・でもこんな夏には良いかもしれません。
演奏はベルナルド・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団。
録音は1974年12月と1978年10月、いずれもコンセルトヘボウにて。
曲目はいろいろ。
1曲目は、楽劇 ≪ニュルンベルクのマイスタージンガー≫ 第1幕への前奏曲。
小気味よいフレージング。ハイティンクは、一つ一つの音をあまり引き伸ばさずに、クッキリ・スッキリ演奏してゆく。テンポは速めで推進力もある。颯爽とした感じで、ワーグナーにしてはカロリー低めかな。重厚さよりも、爽快さが特徴で、シェイプアップされた筋肉質のワーグナー。青年ワーグナーのイメージ。
素晴らしいのは、ふくよかで柔らかいコンセルトヘボウ管の音。やや暗めで渋めの音なのだが、ワーグナーにピッタリ。特にストリングスの音がイイ。ヴァイオリン群はもちろん、ヴィオラからチェロ、コンバスまで一本の糸のように、素晴らしいアンサンブルを聴かせてくれる。
終盤では金管が一気に爆発、壮麗なクライマックスをつくり出す。見事な締めくくり。
2曲目は、舞台神聖祭典劇 ≪パルジファル≫ 第1幕への前奏曲。
深々としたコンセルトヘボウ管の音が最も生きているのは、この演奏かも。パルジファル的な世界と、ACOの音が合っているのだろう、素晴らしい音がする。
あのファンファーレ和音が何と深々と響くことか。聖杯の神秘的な儀式を彷彿とさせる響き。そして、深い森に包まれた中世的ヨーロッパの雰囲気が、スピーカーをとおして伝わってくる。
次は歌劇 ≪ローエングリン≫ 第1幕への前奏曲と同じく第3幕への前奏曲。
これもACOの弦楽セクションの音がイイ。ピアニシモの高音がフワッと空間に消え入る、そのデリケートな音が抜群。
ハイティンクの指揮に作為なし。と言うより、指揮者の棒というか、存在を感じさせない演奏。コンセルトヘボウ管の演奏が素晴らしすぎるのか、ハイティンクが何にもしていないのか・・・・。これだけよく揃って、しかも響きも統一感があるのだから、棒を振っていないはずはないのだが、その存在を感じさせないというのは、ハイティンクの至芸かもしれない。
(ハイティンクには後年の作品にもそんなところがあった。ベートーヴェンとかブルックナーの交響曲でボクはそれを感じたものだ・・・・)。
あと、このCDには楽劇≪トリスタンとイゾルデ≫ 前奏曲と愛の死と「ジークフリート牧歌」が収められている。
特に「ジークフリート牧歌」は素晴らしい演奏なのだが、それについてはまたの機会に。
コンセルトヘボウでのアナログ録音。
美しい残響がたまりません。
と思ったら、当地西条では気温37度を突破しているそうです。
いやはや、しばらくは我慢の季節ですな。
さて、今日は暑いさなかのワーグナーの管弦楽曲集。
暑苦しそうな気もしますが、そうでもない演奏で。
ステーキで云えば、そうコッテリしたものじゃなく、舌触りが良くじっくり味わえる、少し薄味かな・・・・・でもこんな夏には良いかもしれません。
演奏はベルナルド・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団。
録音は1974年12月と1978年10月、いずれもコンセルトヘボウにて。
曲目はいろいろ。
1曲目は、楽劇 ≪ニュルンベルクのマイスタージンガー≫ 第1幕への前奏曲。
小気味よいフレージング。ハイティンクは、一つ一つの音をあまり引き伸ばさずに、クッキリ・スッキリ演奏してゆく。テンポは速めで推進力もある。颯爽とした感じで、ワーグナーにしてはカロリー低めかな。重厚さよりも、爽快さが特徴で、シェイプアップされた筋肉質のワーグナー。青年ワーグナーのイメージ。
素晴らしいのは、ふくよかで柔らかいコンセルトヘボウ管の音。やや暗めで渋めの音なのだが、ワーグナーにピッタリ。特にストリングスの音がイイ。ヴァイオリン群はもちろん、ヴィオラからチェロ、コンバスまで一本の糸のように、素晴らしいアンサンブルを聴かせてくれる。
終盤では金管が一気に爆発、壮麗なクライマックスをつくり出す。見事な締めくくり。
2曲目は、舞台神聖祭典劇 ≪パルジファル≫ 第1幕への前奏曲。
深々としたコンセルトヘボウ管の音が最も生きているのは、この演奏かも。パルジファル的な世界と、ACOの音が合っているのだろう、素晴らしい音がする。
あのファンファーレ和音が何と深々と響くことか。聖杯の神秘的な儀式を彷彿とさせる響き。そして、深い森に包まれた中世的ヨーロッパの雰囲気が、スピーカーをとおして伝わってくる。
次は歌劇 ≪ローエングリン≫ 第1幕への前奏曲と同じく第3幕への前奏曲。
これもACOの弦楽セクションの音がイイ。ピアニシモの高音がフワッと空間に消え入る、そのデリケートな音が抜群。
ハイティンクの指揮に作為なし。と言うより、指揮者の棒というか、存在を感じさせない演奏。コンセルトヘボウ管の演奏が素晴らしすぎるのか、ハイティンクが何にもしていないのか・・・・。これだけよく揃って、しかも響きも統一感があるのだから、棒を振っていないはずはないのだが、その存在を感じさせないというのは、ハイティンクの至芸かもしれない。
(ハイティンクには後年の作品にもそんなところがあった。ベートーヴェンとかブルックナーの交響曲でボクはそれを感じたものだ・・・・)。
あと、このCDには楽劇≪トリスタンとイゾルデ≫ 前奏曲と愛の死と「ジークフリート牧歌」が収められている。
特に「ジークフリート牧歌」は素晴らしい演奏なのだが、それについてはまたの機会に。
コンセルトヘボウでのアナログ録音。
美しい残響がたまりません。
2006/07/15のBlog
[ 01:29 ]
[ 管弦楽曲 ]
一気に暑さがやってきました。
陽射しも気温も、夕方に見た入道雲の様子も、もうすっかり真夏です。
梅雨明け宣言がまだですが、もう明けたようなもんでしょう・・・・・・・・と、夕暮れの、茜色の空を見ていて思いました。
さて、今日はR・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」。
ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団の演奏。
1978年2月15日(一日でのテイク!)、スコッティッシュ・ライト・カテドラルでの録音。
ヴァイオリン・ソロはノーマン・キャロル。この人はフィラデルフィア管のコンマス。ホルンのソロはメイソン・ジョーンズとクレジットしてある。この人も首席奏者だろう。
素晴らしい録音。アナログ末期の円熟したもので、教会での録音と相まって、オケの音が大変柔らかく録れている。弦楽器はシルキー・タッチだし、「英雄の敵」で出てくる木管がまた味わい深い音になっている。低音も深々として気持ちいい。
オーマンディの統率のもと、すべての音が輝きながら鳴っている。このオーケストラの音を聴いていると、やはりアメリカ最高のオケはフィラデルフィアか、と思ってしまう。
(まあ、シカゴ響とはタイプが違うもんね・・・)
オーマンディの指揮は手慣れた熟練のワザ。大らかで明快、R・シュトラウスの音楽の陽の部分を(この人の音楽は基本的に楽観的なものが多いと思うのだが)、実に巧みに、また屈託なく表出していると思う。
「英雄の伴侶」はこの演奏の白眉。
キャロルのヴァイオリンが非常に美しい。美しさで云うと、美人なんだがやや年増の女性の怪しい色気が漂う感じ。流し目が似合う美女。技巧も完璧で貫禄も十分。オケと対等に渡り合って迫力満点のところもあれば、弦楽合奏の中に綺麗に溶け込んでゆくところもある。キャロルは「シェエラザード」でも素晴らしいヴァイオリン・ソロを聴かせてくれた人だが、巧いなぁと思う。
「英雄の戦い」ではボリュームを大きめにして聴きたいところ。格好いいパーカッション、ブラス・セクションは全くブリリアント。このオケらしい天真爛漫な輝かしさがある。スコッティッシュ・ライト・カテドラルの残響が良く、フォルティシモでも音が硬くならないのがイイ。フィラデルフィア管のマスの威力、ここに極まれり。次々に音が飛び出てきて、そのどれもが贅を尽くした美音なのだからたまらない。
オーマンディのR・シュトラウスは豊満な魅力に溢れた演奏であります。
指揮は別に才気走ったところもなく、言わば平凡な感じなんですが、これだけの音、美音の洪水を引き出す力は、やはり大したもんだわいなぁ・・・。
オーマンディはオーケストラ・トレーナーとしても超一流であったことを示す演奏だと思います。
陽射しも気温も、夕方に見た入道雲の様子も、もうすっかり真夏です。
梅雨明け宣言がまだですが、もう明けたようなもんでしょう・・・・・・・・と、夕暮れの、茜色の空を見ていて思いました。
さて、今日はR・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」。
ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団の演奏。
1978年2月15日(一日でのテイク!)、スコッティッシュ・ライト・カテドラルでの録音。
ヴァイオリン・ソロはノーマン・キャロル。この人はフィラデルフィア管のコンマス。ホルンのソロはメイソン・ジョーンズとクレジットしてある。この人も首席奏者だろう。
素晴らしい録音。アナログ末期の円熟したもので、教会での録音と相まって、オケの音が大変柔らかく録れている。弦楽器はシルキー・タッチだし、「英雄の敵」で出てくる木管がまた味わい深い音になっている。低音も深々として気持ちいい。
オーマンディの統率のもと、すべての音が輝きながら鳴っている。このオーケストラの音を聴いていると、やはりアメリカ最高のオケはフィラデルフィアか、と思ってしまう。
(まあ、シカゴ響とはタイプが違うもんね・・・)
オーマンディの指揮は手慣れた熟練のワザ。大らかで明快、R・シュトラウスの音楽の陽の部分を(この人の音楽は基本的に楽観的なものが多いと思うのだが)、実に巧みに、また屈託なく表出していると思う。
「英雄の伴侶」はこの演奏の白眉。
キャロルのヴァイオリンが非常に美しい。美しさで云うと、美人なんだがやや年増の女性の怪しい色気が漂う感じ。流し目が似合う美女。技巧も完璧で貫禄も十分。オケと対等に渡り合って迫力満点のところもあれば、弦楽合奏の中に綺麗に溶け込んでゆくところもある。キャロルは「シェエラザード」でも素晴らしいヴァイオリン・ソロを聴かせてくれた人だが、巧いなぁと思う。
「英雄の戦い」ではボリュームを大きめにして聴きたいところ。格好いいパーカッション、ブラス・セクションは全くブリリアント。このオケらしい天真爛漫な輝かしさがある。スコッティッシュ・ライト・カテドラルの残響が良く、フォルティシモでも音が硬くならないのがイイ。フィラデルフィア管のマスの威力、ここに極まれり。次々に音が飛び出てきて、そのどれもが贅を尽くした美音なのだからたまらない。
オーマンディのR・シュトラウスは豊満な魅力に溢れた演奏であります。
指揮は別に才気走ったところもなく、言わば平凡な感じなんですが、これだけの音、美音の洪水を引き出す力は、やはり大したもんだわいなぁ・・・。
オーマンディはオーケストラ・トレーナーとしても超一流であったことを示す演奏だと思います。