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クラシック音楽のひとりごと
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2006/07/30のBlog
昨晩からDoblogが重くて更新不能でありました。
今は復旧したようですが、サーバーのダウンなのか、よくトラブルが起こっているようです。

さて今日はブラームスのピアノ協奏曲第2番変ロ長調 op.83。

スヴャトスラフ・リヒテルのピアノ、ロリン・マゼール指揮パリ管弦楽団の演奏。
1969年の録音、EMI原盤。

これは面白い演奏。

第1楽章から、リヒテルのピアノは実に大柄。豪快豪壮で華麗なピアニズム。冒頭のソロなど圧倒的な迫力であり、存在感。たった一台のピアノでオーケストラ全員を睥睨し、「かかってこいや」と言わんばかりの大胆さ。
それに挑みかかるマゼール/パリ管もなかなかのくせ者。ゆったりと雄大なピアノに対して、快速なトゥッティで応じるところなど「やるなぁ」と、こちらもニヤリとしてしまう。リヒテルはそんなことお構いなしに、スケール雄大な演奏を繰り広げてゆく。

展開部に入るとマゼール/パリ管はピタッとピアノにくっついて、機能的で見事な伴奏を。マゼールのバトンテクニック、さすがにスゴイもんだ。この人、若い頃から大天才だったんやなぁ・・・・。
オケで聴きものは、管楽器か。やはりフランス、概して鼻にかかったような華やかな音色が面白い。出だしの、あのホルンの甘い音色が、爽快に軽やかに響くのは、フランスのオケならではと思った。

リヒテルのピアノは演奏が進むにつれて、どんどん白熱する。ライヴ的な感興あり。
カラヤンとのチャイコフスキーがそうであったように、リヒテルはマイペースで情熱的。自分の揺るぎない解釈を惜しげもなく披露してゆく。推進力に溢れて、オケに「ついてこいや」と云っているかのような演奏。これ、伴奏もやりにくかったんじゃないかいなぁ?今、これだけの迫力(もっと云えば独善的・・・)をもつピアニストがいるか?

第2楽章に入っても、リヒテルのピアノは、うねったり、叫き散らしたり、悲鳴をあげて泣いたり・・・様々な表情を見せる。ピアニシモでは一転、清潔で潤いに満ちた演奏。
伴奏ともよく融合して見事な協奏曲になっている。第1楽章と比べて大違い。恐れ入りました。
LP時代はこの楽章の終わりで音が割れて弱ったものだが(針が上手くトレースできなかったのか、プレスが悪かったのか不明なのだが)、CDは有り難い。LPでは片面30分近くを収めると、内周部でよく音が割れたものだ・・・。
マゼールはやる気まんまん。オケの音は熱気に満ちて、ヤケドしそうな感じ。

第3楽章、チェロ協奏曲かと思うほど優美な旋律が延々と続く。そして、これもまた優美でリリカルなピアノ。
終楽章、マジメな北ドイツ人のブラームスが南国への憧れを歌っている。オケとピアノが一体化して生み出す迫力は素晴らしい。

40年近く前の録音。さすがに音は古びてます。
しかし、この熱気、この面白さは古びてません。
リヒテルは凄いピアニストでありました。
2006/07/29のBlog
一気に暑くなって、さすがにエアコンなしにはクラシック音楽を聴くのが辛くなってきました。
ふだんは田園を渡る自然の風で涼をとるんですが、夜でも部屋の温度が32度では、我慢できません(^^ゞ。

・・・・さすがにクーラーは快適。今日は久しぶりにLPを取り出して聴いてます。
懐かしくなった演奏であります。

シューベルトの交響曲第8番ロ短調「未完成」。
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮シカゴ交響楽団の演奏。
1978年3月の録音。DG盤。

1970年代の、ジュリーニ/シカゴ響は最高のコンビだった。
時はショルティの長期政権下、シカゴ響は絶好調。グラミー賞のクラシック・オーケストラ部門と云えば、いつもショルティ/シカゴのレコードだった。

この時期、シカゴ響の録音は名演盤が目白押し。ジュリーニとは共演はもちろん、他にアバド、レヴァインとの録音なども素晴らしい続出した。
特にジュリーニの「第九」シリーズは忘れがたい名演だったし、この「未完成」(レコードは悲劇的とのカップリングだった)も感動的な演奏だった。

第1楽章から実によく鳴るオーケストラ。気持ちよく鳴る。オケの機能・パワー全開でスカッとした音で鳴る。その見事な鳴りっぷりの中で、シューベルトの歌が次から次へと溢れてくる。
ジュリーニらしい、歌に満ちたシューベルト。
テンポはやや遅めなのだが、もたれることはない。晩年のジュリーニが、歌うあまりに粘り着くようなテンポになってしまったのに比べれば、1970年代録音のこの演奏は、全体に若々しい。
時折響くアクセントは強烈。低音がズシッと腹にこたえる力強さ。
弦楽セクションのレガート奏法はジュリーニ独特の歌を伝えてくれる。

再現部に入るとなおいっそう格調高い表現。華美に奔らず実に着く・・・演奏とでも云おうか。終結部の歌は、ジュリーニの心映え。涙なしには聴けない。

第2楽章も、格調高い歌に貫かれている。ストリングスの優しい旋律に乗って、木管が味わい深いソロを聴かせてくれる。これが巧い。全く巧い。
中盤以降はテンポが徐々にゆったりとしてきて、シューベルトの歌の饗宴。
繊細で、瑞々しい歌。ああ、シューベルト。美しさの極み。


2楽章で終わってしまうのが全くもって勿体ない。
曲が終わったとき、ああ、この交響曲は未完成だったのだと思わされる。
この稀代の旋律作家の歌を表現し尽くしたジュリーニの「未完成」、続きを聴きたいと思うのはボクだけでしょうかね。
2006/07/28のBlog
青々とした夏空が広がります。
石鎚山の緑が目に清々しい季節です。
南天には入道雲。ああ、空が明るいこと!

こういう季節に聴きたいクラシック音楽がありますな。
今日は、R・シュトラウスのアルプス交響曲。
アンドレ・プレヴィン指揮ウィーン・フィルの演奏。
1989年11月、ムジークフェラインザールでの録音。テラーク盤。

プレヴィンの良いところは、音楽が気持ちよく流れて、息づかいがスムーズ、しなやかで清々しい音楽になるところ。
聴いていて実に心地よい。心の襞まで気持ちよくしてくれるような演奏。

R・シュトラウスのアルプス交響曲は、色彩的な描写音楽。映画音楽のようなスペクタクルを味わえる。
こういう音楽を振らせたら、プレヴィンはホンマに巧い。
その昔、ハリウッドの映画音楽を商売にしていたためか、演出巧みで全く聴かせ上手。
このテラーク・レーベルでのR・シュトラウス・シリーズは、どれもかけがえのない名演だった。柔らかく輝かしいウィーン・フィルのサウンドを見事に操って、楽しく、しかも格調の高い演奏を聴かせてくれた。

テラークだけに録音も非常に良く、今も鮮やかな音がする。素晴らしい。

聴きどころ満載の曲で、特にオーケストレーションがスゴイ。
「頂上」の部分など、惚れ惚れする素晴らしさ。アルプスの眺望が一気に開ける雄大な音楽は、R・シュトラウスならでは。
プレヴィン/VPOの演奏で聴くと、華やかさだけでなく、深々とした余韻まで漂ってくる。

「花咲く草原にて」から「高原の牧場」での描写も素晴らしい。花がポッ、ポッと咲くところや、牧場でののどかな風景が「見える」ような演奏。繊細でニュアンスに富んでいて、しかも音が美しい。VPOの艶やかさを堪能できる。

「嵐の前の静けさ」でのピアニシモもイイ。微妙なニュアンス、そして激しい雷雨での迫力。その迫力が、単に体力自慢の力ずくではなく、丸みを帯びた懐の大きい力強さなのが、プレヴィンらしくて良い。
VPOも真摯に一生懸命弾いているが、音そのものには余裕がある。さすがだなぁ。

プレヴィンのR・シュトラウス、エヴァー・グリーン的な名盤かと思います。
2006/07/27のBlog
四国は梅雨明け宣言が出ました。
久しぶりのキラキラした青空は、真夏の空でありました。

そこで今日は真夏の音楽を。

メンデルスゾーンの劇音楽「真夏の夜の夢」全曲~シェイクスピアの劇の為の音楽 作品61。
ソプラノがキャスリーン・バトル、メッゾ・ソプラノにフレデリカ・フォン・シュターデ。
小澤征爾指揮ボストン交響楽団、タングルウッド音楽祭合唱団の演奏。
吉永小百合のナレーション(台本は松本隆)。
1992年10月ボストンでの録音。

このCD、ジャケットが美しい。天野喜孝のイラストなのだが、お目当ては別にある。
指揮でも楽団でもなく、バトルにシュターデという豪華女声陣でもなく・・・・。
このCDを購入したのは、ナレーションが吉永小百合(様とつけたいくらい)だから。

吉永小百合。
ああ、この名前の響きだけでもウットリしてしまう。日本映画史上最高の歴史的美人女優にして、しかも今も現役。
神々しいばかりの美しさ。彼女をして、神が女性美の何たるかを表現させた・・・・としか云いようがない(と思っているのはボクだけではあるまい)。
いやはや、姿も声も、何という美しさ、気品、清楚、・・・・ああ、賞賛の言葉が見つからんぞ(^^ゞ。

あれは1980年頃だったか、埼玉は狭山湖でのロケに遭遇し、サインを頂戴した。その時の、間近で見る美しさたるや、肝をつぶすというか、足がすくむというか。これほど美しい女性はおるかと心底思ったなぁ。
しかも貧乏学生のボクに握手までしてくれた・・・・その思い出と宛名入りのサインは、まこと一生の宝となった・・・・。


さて、音楽は小澤らしい躍動感に溢れた好演。

序曲から、しなやかなボストン響の弦が楽しめる。シルクタッチの柔らかく清々しい音。温もりがあって、しかも清冽な瑞々しさを併せ持った実にイイ音。
録音は、高音がやや軽い感じがするのだが(DGの「4D録音」はいつもそうだ)、ストリングスは綺麗に録れている。

夜想曲も間奏曲も美しさの極み。
結婚行進曲など、どんな演奏で聴いても感動してしまうボクはド素人なのだが、小澤/BSOの演奏は、とりわけふっくらと丸味を帯びた暖かさがイイ。

女声2人も快調。「夜鶯の歌」はこのCD随一の聴きものと思う。
バトル、シュターデ、いずれ劣らぬ透明感のある声が素晴らしい。高音が空間に抜けてゆく爽快感は、ちょっと別次元の美しさ。

というわけで、この夏も、何回かは取り出すことになるであろうCDであります。
2006/07/26のBlog
最近またもPCが不調で、しょっちゅう「落ちる」。
マウスもキーボードもすべて受け付けないので、ハードウェア・リセットして電源再投入すると、ピポ音が出ない。しばらく待って電源入れると、BIOS画面が立ち上がる。
その後XPの起動、チェックディスク、ようやく元に戻ったと思ったら固まっている。
無事起動しても、数分後に突然落ちる・・・・作業中に落ちるのはたまらない・・・今日のブログを書き込む最中にも落ちてしまった・・・・・・(^^ゞ。

詳しい友人に相談したところ、マザーボードの異状ではないかと云う。
HDも怪しいが、おそらくマザーボードだろう、換装せよと友人が云います。
(ボクのPCは3年前に秋葉原のフェイスの通販で買った、いわゆるショップ系であります)・・・・いやはや困ったもんです。

さて、今日は夏らしい陽気が戻りましたので、夏の曲を。

リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」。
エマニュエル・クリヴィヌ指揮フィルハーモニア管の演奏。
ヴァイオリン独奏はジャン=ジャック・カントロフ。
1989年4月、ロンドンのオール・セインツ・トゥーティング教会での録音。DENONの廉価盤で購入。


録音は極上。奥行き、高さ、左右の広がり、音像の定位が素晴らしい。そして、教会特有の豊かな残響成分。いわゆる、コンサート・プレゼンスに優れた録音で、臨場感タップリ。スピーカーに正対して聴くのは、実に快感。
「シェエラザード」は、オーケストラのための協奏曲のような作品。次々に飛び出してくるソロ楽器の音色を楽しむには、定位が良いほうがイイ。
また絵の具をグイッと押し出して、そのまま塗りたくったような原色のオーケストレーションを味わうには、程良い分離があったほうがイイ。
その点では、もう、全く見事な録音と言ってよい。

カントロフのヴァイオリンは、ソリストらしい自己主張の強いもの。技巧的で、装飾的で、結構派手なソロ。そして、圧倒的な美音。これほど綺麗なヴァイオリン、そう聴けるものではないぞい。

クリヴィヌは全体的に逞しい曲作り。この人、フランス人なので、もっと品良くヤルのかなぁと思っていたら、結構ガッチリ強靱な音づくり。微細なニュアンスよりも、全体的な構造で勝負しているのかな。
ただ、仕上げは美しい。ドロドロ・ネチネチのロシア臭や民族臭とは無縁。表面上はクールな仕上げで、輝いている。

感心したのは第2楽章「カランダール王子の物語」。目眩くようなオーケストラ。色彩は絶えず変化し、ダイナミズムも広大。オケが有機体のように、その姿を刻々と変えてゆく面白さ。カントロフのヴァイオリンも抜群。

「若い王子と若い王女」では、適度にルバートをかけながら、表情づけを行っているが、あまり濃厚ではないのがイイ。ここでは非常に上品なヴァイオリン・ソロ。オケ全体に同化している。

第4楽章の圧倒的なフィナーレも良い。
録音効果抜群。DENONのCDは、ホンマ我が家ではエエ音に鳴ります。
相性がイイんでしょうね。

2006/07/25のBlog
雨も小休止。涼しい一日でありました。

こんな日は、ブラームスの交響曲第2番ニ長調を。

ジョン・バルビローリ指揮ウィーン・フィルの演奏。
1967年頃の録音でEMI原盤のはずだが、今はライセンスを獲得したDISKYの超廉価盤で再発されている。長いこと、EMIの1300円LP(緑色のジャケットのセラフィム盤)で聴いてきたが、CDに買い直したもの。3枚組で1500円程度だったように思う。
いつも云うが、実に隔世の感あり。

バルビローリが振ると、音楽が優しく温かくなる。
ダンディな男の中にひそむ臆病さ、弱さ、感傷・・・・そんなものが露わになって、聴き手を愛撫するような音楽になってゆく・・・・。

このブラームス全集もそうであって、雄渾なはずの1番交響曲でさえ、温かみのある演奏になってしまう。
今日はその全集の中でもお気に入りの2番を。

第1楽章の冒頭から、しなやかなストリングスに耳が釘付け。録音はあのEMIなので、少しカサつくところがあるが(マスター・テープの経年劣化かもしれない・・・)、ウィーン・フィルらしい鮮やかさは十分に味わえる。
木管の扱いが上手なのがブラームス。それを再現するバルビローリも巧い。ひなびた味わいがたまらない。素朴で懐かしい響きが、ゆっくりと空間に溶けてゆくとろこなど、実に心地よい。夢見るブラームスを一瞬垣間見たような感じ。これぞバルビローリの真骨頂。
特にピアニシモや、デクレッシェンドしてゆくところなど、弱音部でのニュアンスが一杯で、大変デリケート。神経が通った演奏だと思う。
再現部に入る部分でテンポが落ちてゆくところなど、最高だと思う。絶賛に値する、これは「芸」だと思う。ホルンの厚みがあって深い響きも良い。耳に快感。

第2楽章もゆったりとしたフレージング。テンポも遅く、聴き手が身を浸してゆく快感を味わえるブラームス。
響きも感傷的というか、郷愁を誘うというか、過去に向かって振り返り、後ずさりする感じのもの。感傷を引きずるブラームス。遡行的なブラームス。
ストリングスの響きは温かい。バルビローリ特有の暖かさ。
そして、旋律の歌わせ方も美しいのだが、少し粘りがあるのもバルビローリ特有のもの。
第3楽章から終楽章に向かっては、よく歌う演奏。
各楽器のバランスがよく、オケもよく鳴っている。低弦のピチカートや盛んに出現する管楽器のソロ演奏など、文句なしに巧い。ウィーン・フィルの名プレーヤーたちが、巧みな技を披露してくれる。
終楽章も素晴らしい歓喜の楽章。

盛り上がりも十分だが、節度を忘れず、抒情的なところがあるのは、さすがだなぁと思います。
2006/07/24のBlog
雨が続きます。四国は大雨です。
高校野球も一部中止。日程が大幅にずれ込むようです(全国的に予選が大変そうでありますな)。

茄子の他に食卓に乗るのはプチトマトにキュウリ。今年はまずまずの出来で、野菜には事欠きません。無農薬なので(というよりあまり世話をしていないんですが・・・(^^ゞ)、味はよろしい。野菜は本来甘いです。

さて、今日はラヴェルの「ボレロ」。
シャルル・ミュンシュ指揮ボストン交響楽団の演奏。
録音は1956年頃、ボストンのシンフォニー・ホールにて。
RCA原盤のようだが、中古で激安だった。
日本ビクターが発売した名曲全集らしきものの1枚のようであります。
(・・・ジャケットは陳腐なものなので、今日はトマトにしました^^・・・・)。


半世紀も昔の録音。さすがに古びた感じもする。
しかし個々の楽器はよく捉えられていて、当時としては好録音だったと思われる。

ミュンシュの「ボレロ」は原色の絵の具をグイッと押し出して、一気に塗りたくったような演奏。鮮烈で生きのイイボレロ。
繊細なニュアンスよりも、ラヴェルのオーケストレーションの面白さを大胆にクローズアップして、ソロの楽器をどんどん前に出してくるような演奏。

トロンボーンとピッコロが重なるところなど、もの凄い効果。
こんな音色が出とったんかいなぁ・・・・ラヴェルもスゴイが、それを音化しているボストン響もスゴイ。鮮やか、クッキリ、爽快な音。

ホルンのソロはなまめかしい。この音色は、綺麗と云うよりエロティック・官能的な美しさ。
木管の重奏もすごい。聴いたことがないような、全く新しい音色で飛び出してくる。
そして、終盤ではボストン響のストリングスが大活躍する。ああ、衣擦れのようないい音。そして、やや張り気味で、強い音が響く。
もともと、柔らかく、やや暗め、渋めの音が、ボストン響の音なのだろうが、ミュンシュが振ると、少し華やかさが加わる。

ラスト前からは圧倒的な迫力と華やかさ。
ミュンシュはアッチェランド・クレッシェンドをかけながら、大きく盛り上げてゆく。
美音の洪水。圧倒的な迫力。
燃えるミュンシュの面目躍如、大団円でのカタルシス。
2006/07/23のBlog
夕食は毎晩「ナス」です。無農薬の自家産のナスです。
今年のは出来がよく、軽く炒めた後にショウガ醤油で喰うのが最高に旨いんですな。
旨いというより、甘いと言う方が食感としては合っているような気がします。
エグさがないので、甘く感じるんでしょう。
天ぷらにしてもエエし、漬け物もイケます。

さて、愛媛の高校生は夏休み。
この頃は、2学期の開始を高校独自で決めるので、8月の末から新学期になるようです。「40日間の夏休み」とは言い難いようで、しかも我が家の次男坊は大学受験生なので補習だの模試だの忙しい様子。
まあ頑張ってもらいましょう。


ブリリアントの激安モーツァルト大全集、ポツポツ聴き進めています。
今日はピアノ協奏曲第18番変ロ長調K.456を。
デレク・ハンのピアノ、ポール・フリーマン指揮フィルハーモニア管の演奏。
1995年、ロンドンのヘンリーウッドホールでの録音と紙ジャケにクレジットしてある。
柔らかくふんわりした音で、聴き疲れしない好録音と思う。

全体的にコンパクトによくまとまった好演。
フリーマン/フィルハーモニア管のバックは克明な演奏。何の変哲もない伴奏であって、安心して聴いていられる。

デレク・ハンはピアニシモがとても綺麗なピアニスト。秘かなささやきのようなピアノ。木々の若葉が風を受けてこすれ合うときに、サワサワと柔らかい音がする・・・・そんなピアノに聞こえる。優しいピアニシモ。

音色も透明感があってとてもよい。
第1楽章、独特のリズムに乗りながら管楽器とピアノが呼び交わすときの音など、とても綺麗。見事なものだと思う。愉悦に富んだ演奏を十分に聴かせてくれる。

第2楽章は悲痛な旋律のアンダンテ。フリーマン/フィルハーモニア管は、やや素っ気ない感じ。ピアノのハンは情緒に富む演奏を繰り広げているのに対して、オケの表情は少し違和感有り。
それにしても素敵なピアノ。高音の、磨き上げたような輝かしい音色は何とも美しい。ニュアンスも多彩で、ピアノの紡ぎ出す表情が刻一刻と変化してゆく・・・・その様を味わうのは楽しい。

終楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェ。ピアノは快活で、明るくよく弾んで全く気持ちよい。玲瓏玉を転がすような演奏だろう。
バックとも息がよくあって、爽快な終曲になっている。

価格のことを云っちゃイケナイんでしょうが、この全集はホンマに激安で好演でありますぞ。

ジャケット写真はいつも同じになりますので、今日は我が家の茄子であります。
2006/07/22のBlog
梅雨前線の南下で、四国でも大雨続きです。
西条ひうち球場で行われる高校野球愛媛大会も2日順延。さて、今日はできるのかな?
我が家の次男と三男が通う高校は、甲子園優勝経験もある古豪であります。1回戦はコールド発進、子供らの応援にも熱が入っておりますな。昨年は惜しくも決勝敗退、今年は、さぁ、3つくらいは勝てるかな。

さて、今日はベートーヴェンのピアノ・ソナタ第21番ハ長調 Op53。
ウィルヘルム・バックハウスのピアノで。
1960年1月、ジュネーヴのヴィクトリア・ホールでの録音。DECCA盤。

ベートーヴェンのワルトシュタインは、1803年の作品。
溌剌とした躍動感に、ヴァラエティに富んだ色彩の変化など、中期を代表する傑作と思う。
作曲のきっかけは、パリのエラール社から最新のピアノを贈られたことことという。
このピアノ、広い音域と力強いダイナミズム、色彩の多彩さなど、ベートーヴェンの意欲を触発するのに十分だったようだ。
で、できたのがこの快作。

さて第1楽章。
前に、前に・・・。
ベートーヴェンらしい推進力に富んだこの作品を、バックハウスは克明に力強く、男性的に逞しく弾いてゆく。
技巧はだいぶ怪しくなってきているが、それを忘れさせる雄渾で強靱な迫力。
長年、培ってきた自信に溢れた演奏になっている。
「どうだ、恐れ入ったか」とバックハウスが言うはずもないが、聴いていていちいち納得させられてしまうのは、彼のピアノが説得力に富んでいるのだろう。

バックハウスが弾いているのは、しかし、エラールではなく、ベーゼンドルファー。
高音が素敵で、粒立ちがよい。低音の迫力は圧倒的。この力強さの中にフワッと柔らかさを漂わせるのが、ベーゼンドルファー。
録音も残響豊かで上品。とても45年も前の録音とは思えない素晴らしさ。さすがDECCA。

間奏曲的な第2楽章を経て終楽章ロンドへ。

バックハウスのピアニズムは、ここでも克明。テンポは中庸で、じっくり弾き込んでゆく重厚な演奏。ピアノの高音の輝きと中低音の充実が際だつが、あまり派手にキンキン鳴らないのが良い。
表情づけは殆どないし、どちらかというと無愛想な弾き方だとは思うのだが、なあに、媚びを売ってくるようなピアニストに比べて遙かに志操の高いベートーヴェンが、ここにはいる。

ベートーヴェンの何たるかを心得た演奏。
微笑んだりはしないが、これこそベートーヴェンの本質・・・と云いたい演奏ではありますな。
2006/07/21のBlog
雨が続いています。よく降ります。
雨のせいで、窓を閉めていても涼しい一日でした。

そこで今日はブラームスの交響曲を聴きたくなりました。

取り出したのは、ブラームスの交響曲第3番ヘ長調作品90。
サー・エードリアン・ボールト指揮ロンドン交響楽団の演奏。
1970年から72年にかけてEMIに録音された全集を、DISKYが廉価盤で再発したもの。ホンマ激安で有り難い。

ロンドン響は、冒頭のトランペットがしくじっているが、全体的には好演。
ボールトの指揮は地味で堅実。奇をてらうことなく、匠気をひけらかすこともなく、ひたすら作曲家に忠実に、作品を音化してゆく。
男性的なダンディズムに貫かれた指揮ぶり。ただ音楽のそこかしこから、ためらい、恥じらい、振り返ったり逡巡したり・・・そんなブラームスが見えてくる。
スピーカーからもれてくる空気もブラームス的な感じ。すこしくすんだ、モヤッとした空気が流れてゆく。
ブラームスは誠実で、しかし内気な人だった。そんな人柄がボールトに乗り移ったか。

ロンドン響の響きもイイ。華やかにならず、ややくすんだ、渋めの音がいかにもブラームス的。ウィーン的な優美さやドイツ的な重厚さはないが、実質に徹したいい音がする。

白眉は中2つの楽章か。
第2楽章アンダンテの曖昧模糊とした風情。木管の綾なす響きは大変デリケートでニュアンス多彩。弦楽セクションも、地味だが優しく温かく包み込むような響きが、実にイイ。ホルンや木管の味わいは格別。コーダでのヴァイオリンの引きずり方も、何とも云えぬ哀愁あり。

第3楽章ポコ・アレグレットは、映画音楽にも用いられた有名なメロディ。
ボールトはテンポを速めにとってサラッと進んでゆく。情緒纏綿・お涙頂戴・ドロドロの愁嘆場とは、無縁のダンディな演奏。しかし、その速さが、ニュアンス一杯の速さ。味わい深いというか、男のやせ我慢というか。
木管と弦楽セクションのバランスが良い。互いに慈しむように寄り添って語らう。後半部でのホルンのソロなどは、ボールト盤でなければなかなか聴けない情趣あり。


録音状態は、さすがに古くなってきました。
EMIの録音なのでそんなに期待しちゃイケナイんでしょうが・・。
ただ、ボールトの意図はよく伝わります。
いや、違う。意図らしい意図はないんです。作為などないんです。
自然なブラームスです。でも、ニュアンス一杯。
これは、男のブラームスですな。
2006/07/20のBlog
大雨の被害が各地で出ているようです。
四国でも昨日から大雨。梅雨明けどきの、大雨かな。
当地は一昨年に何度も水害に遭いましたので、雨はコワイです。
早く上がってくれるとエエんですが。


今日は、シューベルトの交響曲第6番ハ長調 D589。

ジョス・ファン・インマゼール指揮アニマ・エテルナの演奏。
1996年9月~10月、ブリュッセルのルナ・シアター(って読むのかな?)での録音。
すでに録音から10年経過したが、今も素晴らしい録音。演奏が生き生きしているのは、この録音の素晴らしさもあると思われる。

古楽器演奏の場合、415Hzのピッチを用いるらしいが、アニマ・エテルナは440Hzという現代楽器と変わらないピッチを採用している。
だから、他のオリジナル楽器のイメージとはまた違う、新鮮な音がする。今まで聴いたことがないような響きが噴出してくる。聴きながら、「おや?」、「え?」、「おおっ!」の連続。

表現意欲満々の演奏。インマゼールもオケの面々も、やる気十分、熱気に溢れる演奏を展開する。シューベルトの新しい姿を作ろうとしているかのよう。目から鱗が落ちるというか、耳垢が取れるというか、全く新鮮。今まで聴いてきたシューベルトはいったい何や?・・・・。

この作品はシューベルトが二十歳の頃のもの。9番交響曲「グレート」に対し、小ハ長調と称される。が、この演奏で聴くと、何が小ハ長調なもんか、グレートに匹敵する荒々しい爆発が第1楽章から出現する。
今までのこの演奏では、ウィーン・スタイルの優美なものが多かっただけに、いやはや、たまげた。

第2楽章はアンダンテ。繊細で美しいガラス細工のような旋律が特徴。この演奏も出だしは歌に満ちて優美そのもの。しかし中間部からは、強烈なアタック、ティンパニの最強打に仰け反ってしまう。全く激しいコントラスト。シューベルトの、これは荒ぶる魂か。

第3楽章も荒々しいスケルツォ。ティンパニの強打がここでも印象的。激しい演奏。激情に駆られたシューベルトがここにいる。

終楽章。もう驚かんぞ。何でもやってくれ・・・そんな心境で、インマゼールのバトンに酔わされ・・・・。


面白い、大変面白い、ユニークな演奏。
シューベルトの本道とは思わないんですが(でも、これが今後の本道になるのかな?・・いや、もうなっているのか・・・)、楽しめました。
耳からウロコが落ちます(^^ゞ。
インマゼールはスンゴイです。
2006/07/19のBlog
四国は強い風が吹いています。大雨の前触れかもしれません。

さて、今日はマーラーの交響曲第7番「夜の歌」。

ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響の演奏。
1970年11月、ミュンヘンのヘラクレスザールでの録音。DG盤。

確か1989年、全集の輸入盤で15000円だった。10枚組でこの値段は当時としては破格。CDのマーラー全集を手にした喜びは大きかったなぁ。マーラーは長尺だから、LPでは取っ替え引っ替え、何度もひっくり返していたので・・・(^^ゞ。

クーベリックのマーラーは素朴で田舎くさいところがある、野趣溢れるマーラー。ボヘミアののんびりした田舎生活を思わせるような(これ褒め言葉です)、虚飾のない、しかし含蓄のあるマーラー。そして、オケのバイエルン放送響が充実、抜群に巧いのもこの全集の価値を高めていると思う。

第1楽章冒頭からたっぷりした響き。随所に出現するテナー・ホルンが、雨上がりのような湿度で鳴り響く。甘く濡れたような音色が独特で、この曲の妖しげな一面をうまく描き出す。クーベリックの指揮は、錯綜して何が何だかよく分からないこの交響曲を、丁寧にじっくり、誠実に再現してゆく。

第2楽章「夜曲」。この楽章のイメージは夜の街。
ウィーンの夜、寝静まった街の舗道をコツコツと歩いてゆく夜警。夜露で街灯も霞んでいるようなイメージ。
このモヤモヤとした雰囲気を、クーベリック/バイエルン放送響がホンマにモヤモヤと演奏しててゆく。部屋に夜の冷気が入ってくるような妖しい錯覚。いやはや、巧いもんだなぁ。

第3楽章も妖しげな雰囲気が一杯。「怪しげ」と書くべきか。魑魅魍魎が跋扈する闇の世界だなぁ、これは。「夜の歌」とはよく云ったもので、クーベリック盤で聴くと、この第3楽章こそ漆黒の闇になる。淡々と誠実に指揮しているだけ・・・のように聞こえるのだに、この怪しさ・・・。
誠実に演ったら、こんなに怪しくなる・・・・ということはマーラーの作曲のウデがスゴイということか。

第4楽章「夜曲」は牧歌的。ボヘミアの夜の森。夜鳥の鳴き声が何度も聞こえてくる。クーベリックの採るテンポは、どの楽章も落ち着いていて中庸のテンポ。この7番交響曲は1枚のCDに収まっていて聴きやすいのだが(演奏時間も63分とそう長くない)、セカセカした性急な感じがしない。
マンドリンやギターは繊細でハッとする美しさ。中間部の民謡的な旋律の処理も美しい。懐かしささえこみ上げてくるメロディだ。

第5楽章。この楽章だけは「夜の歌」にならない。どう聴いてもカンカン照り、白昼の音楽。白日の下にすべてさらしたような音楽。前4つの楽章との違和感、これこそマーラーだろう。ハチャメチャな楽章だが、聴き慣れてしまったせいか、最近は自分の中では妙に据わりがよい。

しかし、この爆発・阿鼻叫喚を、ひたすら忠実に、誠実に粛々と演奏して、決して下品なものにしないのが、クーベリック。野趣に満ちているが、中身は素朴。バイエルン放送響の名演奏もあって、これは素晴らしい演奏だと思う。