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クラシック音楽のひとりごと
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2006/09/17のBlog
今日はヴァイオリン独奏曲を。

J・S・バッハの無伴奏ヴァイオリンためのパルティータ第3番ホ長調 BWV1006。
ヘンリク・シェリングの独奏。
1967年録音、DG盤の2枚組。

シェリングのヴァイオリンは端正でノーブル。
温かい人柄で、人をホッとさせるような相好なのだが、内実は常に真剣で求道的。真実を求めようとする誠実さにあふれている・・・・・・彼のヴァイオリンを聴くたびにそう思う。

バッハの無伴奏バイオリンのためのソナタとパルティータ集は、そんなシェリングの代表盤だろう。
それぞれの曲の個性を描き分けてゆく技量の見事さは云うまでもないし、聴き手の精神を純化させてゆくような演奏は全く素晴らしいと思う。
バッハの曲そのものも、聴き手が襟を正してしまいそうな峻厳さに満ちているのだが、やはりシェリングの演奏態度が聴き手に伝わって、精神を研ぎ澄まされてしまうのではないか・・・と思う。

このパルティータ第3番は、明るい曲調なのだが、シェリングの真摯な想いがビンビン伝わってくる。

美しくしなやかで、どこまでも伸びてゆく美音。そして、その美しさは奏者の思慮の深さに支えられているような。

夜中にゴソゴソ聴いていると、音量をしぼっているのにもかかわらず、しみじみと心に染みいってくる。
ふだんあまり考えない、人生のこと、宗教のこと、文化のこと・・・・形而上学的なものを想起させてくれるバッハの名品。それを、シェリングは美しく誠実に弾ききる。

聴き慣れた楽しいガボットの中にも、その誠実さが込められている。何と懸命で、マジメで、敬虔な態度の演奏だろう。

日常に埋没してしまいがちな今日このごろ、時にはこういう曲・こういう演奏を聴いて、心の中を洗濯したいものであります。


三連休、近所の西条ひうち球場で、高校野球秋季大会が始まりました。
台風の影響で心配されましたが、なんとか今日は試合が出来たようです。
夏が終わったと思ったら、早くも来春のセンバツ甲子園を目指す高校生の、元気な声。
気持ちいいものです。
2006/09/16のBlog
爽快な秋の一日でありました。陽射しも風も、久しぶりにサラッと肌に心地よく、こういう日は仕事をしていても気分がエエんですな。
ただ、週末三連休は台風接近でまたも雨模様。
う~む・・・・・。

で、今日は、気持ちの良い管弦楽を。

リヒャルト・シュトラウス作曲 交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」作品28。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏。
1973年の録音。DGから出ているカラヤン名演集2枚組からの1曲。

カラヤンとR・シュトラウスの相性の良さは、今さらクドクドと書くこともないだろう。「英雄の生涯」やアルプス交響曲などは、まさに「はまり役」であってゴージャスなオーケストラ音楽を満喫できる。音響効果抜群、オケは巧すぎ、演出は巧み・・・歌舞伎十八番ではないが、聴いていて「いよっ!」とかけ声を発したくなるくらい。

この「ティル・オイレンシュピーゲル」も大変な名演なんじゃないかと思う。
特に1970年代のベルリン・フィルの絶好調の様子がよく分かる。昔懐かしい伝統のドイツの音・重厚な響きではなく、カラヤン好みのちょっと軽めで鏡面のように磨き上げられた響きになっているのだが、それが媚薬のように、麻薬のように愉悦をもたらす。
(ボクは麻薬も媚薬も嗜んだことはないんですがね・・・でもきっとそんな感じなんです)

アンサンブルは強固でオケの厚みも十分。大音量で聴くと、カッと燃えるような音がスピーカーから流れてくる。
ホルンの活躍がめざましい。完璧な技巧と甘い響きがたまならい。特に、やるせないほど情感漂う音色になる。見事だと思う。
ビオラやチェロのアンサンブルも、よく聴いていると、しっかりきっちりやっている。重厚とは云えないが、確かな低音が響いて好ましい。
木管のユーモラスな動きはこの曲の特徴だが、カラヤンが振ると、ソロが羽目を外しすぎず、筋書きにそって着実に吹いている感じがする。

ストリングスは色気タップリ。明るくブリリアントな音色で楽しませてくれる。時に、ヴァイオリンの響きがネットリと艶やかになって、エロティックでさえある。高級クラブのマダムの色香のような(そういうところにボクはふだん出入りしているのではないが(^^ゞ)、そんな雰囲気が漂う。そこがまたR・シュトラウスとカラヤンの相性の良さだろうと思うのだが。

キラキラと光り輝く、豪華絢爛で贅沢な演奏。爛熟したヨーロッパ文明の響き。オケの機能も全開で、これはやはり名盤、名演奏と云うべきなんだろうな。
録音も良好。
エエ音で聴けます。
2006/09/15のBlog
散髪しました。

「髪型が変わりましたね。秋風によく似合いますね」

・・・・・とはだれも言ってくれませんが、コバルトの季節の中で沢田研二ならぬショパンをワタクシは聴いております。
(この文言は、オジサン・オバサンでなくちゃ分からぬか(^^ゞ)

今日はショパンのスケルツォ集であります。
アルトゥール・ルービンシュタインのピアノ独奏。
1959年5月の録音。RCA原盤。

これ、ルービンシュタインのショパンBOX11枚組の1枚。激安廉価盤で、5000円を切った価格で購入したんだと思う。ルービンシュタインの録音したショパンをほぼ網羅しており、「ピアノ王様」と称された彼のピアニズムを十分に味わえる逸品。

ただ、録音が今となっては寂しい感じもする。約50年前のステレオ初期の録音だから仕方ないかとも思うが、出来の良いマスタリングのCDで聴くと、初期の頃の方が音がイイという評も聞くので、さあ、このBOXのリマスターがイマイチなのかもしれない。
微温的なショパンに聞こえるところは、その録音のせいかもしれない。

演奏はもう素晴らしいの一言であって、人生の快楽を窮め尽くし、芸術の奥義に到達しえたルービンシュタインの、まさに王道のショパンが味わえる。

堂々として大らか、健康的な感じはいつものルービンシュタインなのだが、このスケルツォ集は、劇的で緊張感に富んだ曲想もあって、迫力十分のピアノになっている。ボリュームを少し上げて聴くと、緊迫感がヒシヒシと伝わってくる。
ダイナミック・レンジが広いので、夜中にヒソヒソ聴くのではなく(前奏曲やワルツ、夜想曲は夜中にモゾモゾ聴くのがエエもんなんだが)、豪快にステレオを鳴らして聴きたい。
ピアノの一音一音が粒立ちよく、過不足なくなっているのが分かる。グランドマナーも素晴らしく、「王様」のピアノだなぁと思う。
これで、もう少しクリアな録音だったらと、返す返すも惜しい。

4曲の中で良いのはまず第2番。
超有名曲だが、やはりルービンシュタインのピアノは格別。目眩く音色の変化が楽しめるし、技巧もスゴイ。録音当時73歳とは思えない、血気盛んで溌剌としたピアニズム。

3番もイイ。胸の奥を抉るような暗いトーンもあれば、哀しみの影が走り去るようなピアニシモの美しさもある。独特の味わい。

ああ、ルービンシュタインはいつも若者でありました。
とても老人のショパンじゃありません。
永遠の青年であります。
2006/09/14のBlog
ぐずつく天気が一週間になりました。
ここのところ、しばらく太陽を見ていません。いやはや、涼しいのはイイんですが、家人は洗濯物に困っております。

さて、今日はマーラーの交響曲第9番ニ長調。大曲であります。

ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団の演奏。
1967年の録音。DGのクーベリック/バイエルン放送響のマーラー全集の1枚。

クーベリックのマーラーはボヘミアの香りが漂う。
そして、故郷への郷愁を誘うようなマーラー。
クーベリックのマーラーを聴くと、ボクはいつも故郷の武蔵野の台地が懐かしくなる。

最近のマーラー演奏は(特に1980年代のマーラー・ブーム以降は)、高度に発達した工業都市というか、、高層ビルディングが建ち並ぶ大都会というか・・・・そんなマーラーが多いように思う。
それはそれで美しいし、カッコイイのだが、時には、故郷の草むらの匂いのようなマーラーを聴きたくなる。
それがクーベリック盤。

彼のマーラー演奏には、独特のしなやかさとともに、静かな感傷が流れて、人間とは本来弱いものだという暖かな眼差しがある。
そこがイイ。

この9番もそう。
聴き終えたあとの、しみじみと湧き上がってくる感動は格別。
ああ、イイ演奏を聴いたなぁ、暖かいマーラーだったなぁ・・・そう思う。


さて、演奏であります。

ヴァイオリンの両翼配置が効果抜群。この交響曲第9番は第1と第2のヴァイオリンのやり取りを聴くのが楽しい。

録音は今から40年も前のものとは思えない鮮明さ。

アンサンブルは極上。バイエルン放送響の技量抜群。お互いによく聴き合って、暖かい合奏(決して冷たくないですな)。音色も明るい、暖色系の聴きやすさ。

第2・3楽章ではグロテスクなところを強調しすぎることなく、形良く収めている。活躍するホルンは見事な演奏。

終楽章は速めのテンポだと思うが、だからこそ、情に溺れず、惻々とした想いが迫ってくる素晴らしさ。

ああ、クーベリック。
今日も感動でありました。
2006/09/13のBlog
今日は、秋になると聴きたくなる曲です。
モーツァルトのピアノ協奏曲第23番イ長調 K488。
第2楽章がとりわけ素晴らしく、しっとりとした季節によく合います。
もちろん、第1楽章の推進力、第3楽章の愉悦に満ちた音楽も楽しい・・・・ホンマに名曲やなぁと思います。

今日は、フリードリヒ・グルダのピアノ、ニコラス・アーノンクール指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏で。
1983年の録音、TELDEC盤。

第1楽章の序奏部、ピアノの独奏登場まで待てないグルダが、一緒に弾いている。初めて聴いたときはビックリした。別の編曲版かと思ったくらい。でも、面白い。アーノンクールとの呼吸もピタリ。
アーノンクール独特の性急さやアーティキュレーションは影を潜め、グルダに寄りそっている。と云うより、二人の目指す方向が同じで、二人の傑物が好きなように弾いたり振ったりしているうちに、協奏曲として合ってしまった・・・・そんな感じの面白さ。

グルダのピアノは天馬空を行く快演。自由闊達で、屈託がない。実に気持ちよく弾いている感じ。目眩くようなピアニズムの快感を味わえる。

音も良い。突き抜けるような透明感・・・にもかかわらず少しも冷たくならないピアノ。しかもエッジが少し丸く、柔らかい。
ベーゼンドルファーの深々とした音色が素晴らしいし、しなやかで時にくすんだ感じがあるのも良い。

第2楽章は秋の物思い。
グルダらしい装飾音もあり、オケと一緒になっての通奏低音風のところもあり、聴きどころ満載。
グルダもアーノンクールもいろいろなことをしているのだが、それでもちゃんとモーツァルトになってしまう。モーツァルトの懐の深さよ。
グルダのピアノは、大変美しい。冴え冴えとした秋の空を思わせる美しさ。すがすがしく、また聴き手を陶然とさせる。

終楽章の精気。みなぎる生命力。愉悦に満ちたピアノ、そして管弦楽。
グルダもアーノンクールも、ホンマに楽しそうに演奏している。
コンセルトヘボウ管の音がまた泣かせるくらいにエエんですな。
ああ、モーツァルト。
何でこんなに綺麗な曲を書けたんだろう・・・と思ってしまう、これは名演。


録音から23年。購入して20年。
幾星霜の年月が流れ、今やこれ、1000円盤であります。
まだお持ちでない方、迷わず買うべし、であります。
カップリングの26番「戴冠式」もさらに楽しく美しい名演奏ですしね。
2006/09/12のBlog
この1週間の雨で、本当に涼しくなりました。
クラシック音楽には快適な季節です。
窓を閉め切っていても暑くなく、気分良く聴けます。今日は少し音量を上げてみようか。

今日はモーツァルト。

交響曲第41番ハ長調 K551「ジュピター」。
コリン・デイヴィス指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。

堂々としたモーツァルト。
テンポは中庸で、響きはやや厚め。まろやかで薫り高いSKDの響きを堪能できる1枚。
録音も抜群。柔らかく少し渋めのSKDの音を見事にとらえている。フィリップスの録音スタッフの優秀さに加えて、ドレスデンのルカ教会の音響の良さがモノをいっているのだろう。楽器の融け合いが良く、バランスも適切。我が家で聴く中では、最も音がよいジュピター。

デイヴィスの指揮は精力的なものだが、強引にならず、音楽のフォルムは常に端正で凛々しい。カッチリした指揮をしたがる人だと思うのだが、このモーツァルトは、ふくよかで柔らかく、大変聴きやすい音楽に仕上がっている。

尤も、その聴きやすさの功績は、SKDの音にあると思う。
デイヴィスの指揮に敏感に反応し、機能的であるのだが、終始まろやかさを失わない素晴らしい音。響きの余韻も実に美しい。残響がフワッと消えてゆく時の美しさは、SKDならでは。全くかけがえのない音。

第1楽章の着実な歩みは、王者を思わせる。恰幅が良い。そして、「ジュピターは、こうでなくちゃ」と膝を叩きたくなるような絶妙のテンポ。
音楽の運びはどこから見ても正々堂々。ジュピターの風格にふさわしい。

第2楽章はややおそめのテンポで優美きわまりない演奏。アポロン的な美しさ。すっかり晴れ上がった青空。

第3楽章はデイヴィスらしい、メリハリのきいた演奏。SKDはふっくらとした響きで指揮者を支えてゆく。

終楽章は、「ジュピター」の核心。
モーツァルト最後のシンフォニーともなると、聴き手の方も思い入れがある。
デイヴィスの終楽章は、まろやかな音響と有機的なアンサンブルで、胸が熱くなってくる。
ああ、いいジュピターだなぁ。
何度でも聴きたくなるなぁ・・・・。
そんなデイヴィス/SKDのモーツァルトでありました。
2006/09/11のBlog
ぐずついた天気が続きます。
気温が下がって涼しい陽気はエエんですが、カラッとした空気が恋しいですな。

せめてクラシック音楽は、サラッとした音楽を聴きたいなぁ・・・・。
と取り出したのが今日のCDであります。

メンデルスゾーンの交響曲第4番イ長調作品90「イタリア」。
ゲオルク・ショルティ指揮シカゴ交響楽団の演奏。
このコンビなら期待できそう。

第1楽章は快速快適なテンポ。颯爽として軽快な歩みだが、音楽はショルティらしく剛毅なもの。
推進力に溢れて、どんどん前に進んでゆく。強い足取り。
シカゴ響の機能も万全。フーガ風の場面で音楽がひたすらクレッシェンドしてゆくところの緊張感、さすがショルティと思う。

第2楽章は感傷的な旋律が続く。第1楽章はあっという間だったが、この楽章はじっくり味わい深い。
ここでの音楽は感傷的になりがちなのだが、ショルティが振るとその感傷がベタつかない。サラサラとした淡い情感が流れてゆく。初期ロマン派らしい風情だと思う。
シカゴ響のヴァイオリン群がしなやかでつややか。アンサンブルが完璧なので、一本のムチのように強靱ささえ感じる。

第3楽章は優美なメヌエット。
ここでもショルティ/CSOのコンビは、優しさよりもクールさが際だつ。
中間部でリズムを刻む管楽器のアンサンブルの見事さ。ホルンは特に巧い。クールで上品な響きが実にイイ。
(巧いはずだ、グレベンジャーだもの・・・・)

終楽章は青白い炎が燃えるようなサルタレルロ。
オケのアンサンブルは完璧だし、技量は最高だし、もう言うことなし。
音楽は推進力抜群でどんどん盛り上がるのだが、興奮状態・阿鼻叫喚にならないのがショルティならでは。クールな燃焼というべき演奏だろう。

録音は、今の耳で聴くと標準でしょう。
発売当初は優秀録音だったものですが、今聴くと、少し硬いかな。尤も、演奏がカッチリしているので、そういう録音に聞こえるのかもしれませんが。
当時3500円。高価な時代でありました。

CDケースにシール状のタスキを貼って販売しておりました。
今日の写真はそれであります。
2006/09/10のBlog
秋に旨いもの。
秋茄子、秋刀魚、梨なら豊水。そしてブラームス。

秋はブラームス。ホンマに秋になると「旨い」・・・・(^^ゞ
これからの季節、ブラームスが聴きたくなる・・・・・・これワタクシだけの季節感でしょうか?

で、今日はブラームスの交響曲第1番ハ短調作品68。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏。
1987年1月、フィルハーモニーでの録音。DG盤。

カラヤン最後のブラームス全集。
ボクはカラヤン70年代のブラームス全集をLPで聴いていた。流れるように美しく、時に瞑想的なところがあるブラームスだった。磨き上げたようなベルリン・フィルの響きが印象的な演奏もあった。

そのカラヤンがまたもブラームス全集を出す。これが最後のブラームスだろうな。録音はバブル全盛期の1987年だった。これは買うしかないなと思い、大枚3500円をはたいて購ったものだ。

期待に違わぬ素晴らしい出来。カラヤン最高のブラームスと確信した。
録音も極上。管弦楽のの迫力、音の艶、空間への広がり・・・文句なし。

第1楽章からカラヤン入魂の指揮ぶり、BPOも渾身の力強い響き。
豪華絢爛でいてドイツ的な強い音も十分。派手で華やかだけではない、重心の低いいかにもブラームス的な音がスピーカーから飛び出してくる。
なんやかんやと言われつつも、カラヤン/BPOの紡ぎ出す音は、音楽は素晴らしいなと思う。
序奏部など圧倒的な音。そこから浮かび上がる木管のソロがまた極上の響き。しみじみとした(なのに艶やかなんですなぁ)響きはホンマにたまらない。
旋律線はよく流れて、よどみない流麗さ。そして息詰まるような緊張の瞬間もある。このあたりはカラヤンの本領発揮。素晴らしい。

第2楽章から第3楽章は、ストリングスの素晴らしい響きが聴ける。ソロ・ヴァイオリンが美しい。
そして木管の素晴らしさ。特にオーボエがイイ。
テンポはやや速めで、音楽の表情は美麗を極める。細心の彫琢をほどこした音楽。
分かり切っていることなのに、改めてBPOの巧さに感心。

終楽章は堂々、勝利の行進。力強く雄大なホルン。それに続くフルートも見事。弦楽合奏も美しいことこの上ない。
スケールは大きく、管弦楽は逞しい。オケは全く巧い。往年の鉄壁のアンサンブルからすると少し弱いのかな?と思うところもあるが、安心して聴いていられる名演だと思う。
コーダの迫力も圧倒的。絶品の音楽がここにある。


このCDに出会ってから20年。
さて、これ以上のブラームスの1番に、あれからボクは出会ったのかな・・・・ふと考えてしまいました。
2006/09/09のBlog
今日は重陽の節句。菊のお節句です。
観菊にはまだまだ早いですが、確実に秋は来てます。
虫の音を楽しみながらクラシック音楽を聴くことにしましょう。

今日は、ベートーヴェン。

交響曲第6番ヘ長調 作品68「田園」。
オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管の演奏。
1957年10月の録音。EMIの超廉価盤クリスマス・ボックス所収の1枚。

第1楽章からさすがクレンペラー、テンポが遅い。非常に遅い。
ヨッフム/LS0盤やアバド/VPO盤なみに遅い。
ボクは「田園」は遅い方が良いと思っている。特に第1楽章と第2楽章は、遅い方がのどかな気分がよく出るのでいいんじゃないかと思う。
しかし、クレンペラーの遅さはちっとものどかではなく、かえって厳格な感じが強い。音楽は暖かくなく(ひんやりと冷たい感触さえする)、表面上はあまり美しくなくサラッとしている。でも、それ以上に造形、構築がスゴイ。クレンペラーのベートーヴェン特有の、音の大建築・大構造物のような交響曲が、この「田園」にもある。
ヴァイオリンは対向配置。第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの掛け合いが楽しめる。左右のスピーカーから、美しい旋律の受け渡しが聞こえるのは幸福。

第2楽章もゆったりと遅いテンポ、。確信に満ちた、堂々たる演奏。「田園」はこんなにスケールの大きな交響曲だったのか・・・とクレンペラーに気づかされる。
悠揚迫らぬ大きさの中、木管が美しく歌う。これは綺麗。

第3楽章スケルツォも巨大としか云いようがない演奏。ゆったりと着実な足取りで、腰を据えたらなかなか前に進まない・・・・そんな風情の音楽。
諧謔にはほど遠い堅牢さ。しかし、どこまでもクレンペラーは我が道を行く。これぞクレンペラーの王道。圧倒的な貫禄。

第4楽章の嵐も堂々たる演奏。嵐と云っても音量はあまり上がらない。純音楽的な表現と思う。「コケオドシ」的な「田園」演奏からは最も遠いところにある演奏。
「形而上学的」などという、もう、とうに使わなくなってしまった言葉を思い出してしまった・・・・(^^ゞ。

終楽章の感謝の歌。穏やかなテンポに乗って、この大交響曲の締めくくりが厳かに進んでゆく。その感謝の歌が、個人的なものよりも普遍的なものを感じさせるのが、この演奏の凄さかもしれない・・・。

ああ、クレンペラーはデカイ。ものすごくデカイ。
そういう音楽をする人なのだろう。

録音からほぼ50年。
音は貧しいです。硬いですし、カサつくところもあります。
EMIなので、あまり期待していないとはいえ、もう少しエエ音で録音できなかったんでしょうかね・・。
しかし、音楽の大きさは素晴らしいです。大きな大きな「田園」であります。
2006/09/08のBlog
秋の長雨です。
おかげで朝晩がめっきり涼しくなりました。窓を閉めて寝ないと朝方は寒いくらい。
こういう季節、ピアノの響きが一層冴えるような気がします。

そこで今日はショパン。
ピアノ協奏曲第1番ホ短調 作品11。

中村紘子のピアノ独奏、アナトール・フィストラーリ指揮ロンドン交響楽団の演奏。
1984年の録音、CBSソニー原盤。

第1楽章、フィストラーリ/LSOの序奏が素晴らしい。
濃厚で深い味わい、熟成された管弦楽の響き。録音が抜群なせいもあるのだろうが、実によく鳴るオーケストラ。ショパンでこれほどの伴奏は、あまり聴けないんじゃないか。
謂わば噎せ返るようなロマンの香り。ショパンの若きロマンとは少し違うような気もするが、こんなに立派な管弦楽をショパンの協奏曲から聴けるのは嬉しい。
このCDのメインはもちろん中村紘子であって、フィストラーリは雇われマダムのようなものだったんじゃじゃいかとボクは勘ぐっているのだが、いやいやどうして、これは素晴らしい伴奏。フィストラーリ、侮るべからず。

中村紘子も絶好調。彼女はまことショパン弾きなんだわい。
飛んで、跳ねて、輝いて、そして歌って。もう縦横無尽のピアノ。思う存分中村は弾いている。尤も、勝手気まま・奔放な演奏にならないのは中村の分別・品格だろうなぁ。

オケとの一体感も素晴らしい。
中村が、哀愁漂うショパンの美しい旋律を詠唱すると、フィストラーリが意識的にテンポを落として抒情的にオケを歌わせる。この呼吸の合い方(フィストラーリの合わせ方)が聴いていると実にイイ。

中村のピアノはスタインウェイ。迫力のある重厚な低音に、キラキラとしなやかな高音。とても綺麗な音色。


録音が素晴らしいこともあるんでしょうが、これは中村のベストフォームかもしれません。
どの楽章も素晴らしい出来ですが、あえて言えば第1楽章。
オケの雄弁さ、ピアノの美しさ、そして協奏曲としての一体感。
文句なしに素晴らしい演奏だと思いました。


・・・・と書きながら、ソニーのMUSIC SHOPを眺めていたら、中村紘子のこんな言葉が・・・・・・。

「演奏家は誰しも、その心の奥深くに”秘蔵の曲”をしまい込んでいるに違いない。その曲のことを想っただけで、ふと胸がいっぱいになるような、自分の過ぎ去った日々のなかで何ものにもかえ難い価値をもって光り輝いているような、本当に特別な1曲を。私の場合、その1曲こそ、このショパンのピアノ協奏曲第1番に他ならない。」(中村紘子) 
ああ、ホンマ、中村紘子さんのピアノは美しいです。
2006/09/07のBlog
当地では高校の運動会の季節です。
殆どの高校が9月上旬に実施します。センター入試(共通一次)が1月に行われる影響で、学校行事が前倒しになってしまったんですな。昔は10月の爽やかな季節の中で運動会をやってたもんです。
息子たちの運動会、一昨日からの雨で順延が続いてますが、さて、今日の天気も心配ですな。

さて、今日は久しぶりにベートーヴェンの交響曲第9番ニ短調「合唱」を。

これも久しぶり、ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団・ウェストミンスター合唱団の演奏で。
(ただし、第4楽章は合唱の録音もあって、ニューヨーク・フィルを起用している)

CD初期の時代に購入したもの。
録音は上々。この録音に立ち会ったジョン・マックルーア自身がリミックスしたもので、LP時代とは全く別物の素晴らしい音になっている。
ステージの奥行き深く、高さもある。音の切れ込みも十分。ワルターらしい柔和な表情やストリングスの柔らかさはLPとは比較にならない。
ボクの持つCDは75DC604~606という初期の3枚組廉価盤(といっても1枚2500円もしたのだが!)、確かに音は良い。


第1楽章、ワルターにしては緊迫感に富んだ演奏。
というよりベートーヴェンの曲そのものが切羽詰まったものなのだろう。
格調高い出だしなのだが、惜しいのはコロンビア響のアンサンブルが弱体なこと。弦楽セクションなどは随分強い音を出して迫力あるのだが、合奏がゆるいのは惜しい。

第2楽章スケルツォは暖かい演奏。
ワルターらしく微笑んでいるような演奏で、諧謔曲という感じはしない。中間部での変奏のところなどは、その最たるもので、とても穏やかなスケルツォとなった。これが生ぬるいと感じる人も多いんだろうが、ワルターはこうでなくちゃ。
アンサンブルは弱いものの、ここの奏者は巧そうな感じ。特に、この楽章で目立つティンパニはなかなか達者。

第3楽章。ああ、ワルターのアダージョ。
誰が演奏したって静謐で美しい曲想ではあるのだが、やはり、この穏やかな演奏はワルターならでは。アンサンブルの緩さが、かえって、遙か遠い世界への想いを表出しているような、憧れのようなものを表しているような・・・・独特の味わいを醸し出している。
いつまでも終わって欲しくない演奏。
淡々としているようで、沢山のことを語りかけてくれるような演奏。

終楽章は堂々たる演奏。
テンポは遅く、風格豊かな演奏ぶり。
歌手はいずれも好演と思う。特にバリトンのウィリアム・ウィルダーマンは立派。4人の歌唱はよく揃って美しい声のアンサンブルを聴かせてくれる。

終曲の盛り上がりは当然だが、その中に、品の良さ・落ち着き・微笑を感じるのはワルターのイイところ。

ワルターのベートーヴェン、本領は偶数番号の交響曲にあると思いますが、久しぶりに取り出した「合唱つき」も悪くありません。
さすが老練の大家であります。

そういえば、LP時代は、ワルターかカラヤンかベームか・・・ここらあたりをレコード店では勧められたように思います。
昔の話ですが。
2006/09/06のBlog
最近はまたLPづいてます。
CD時代になって、A面、B面とひっくり返すのが面倒になってしまったワタクシは不精者でありますが、時折取り出すLPは、柔らかく太く、懐かしい音がします。
針の音、パチパチ・ノイズは昔ながらであって、サーフィス・ノイズも相変わらず。
カッティングのせいか、カートリッジのせいか、中央の定位が良くないLPもありますが、それも今となってはご愛敬ですかな・・・・・・。尤も、我が家にあるLPは殆どが廉価盤なので、そのせいかもしれませんが(^^ゞ。

で、今日は自分には珍しく室内楽を。

シューベルトのピアノ五重奏曲イ長調 D.667「ます」
ピアノ演奏はアルフレート・ブレンデル、クリーヴランド弦楽四重奏団団員の演奏。
1977年録音のフィリップス盤。

作曲家22歳の時の作品。
全編、愉悦に満ちて、明るく朗らかで美しい旋律が続く。
シューベルト特有の「暗鬱」なところを取り去って、微笑だけで作曲されたような名品。
これはブレンデルのピアノが楽しめる演奏。
知的で端正、スタイリッシュで練りに練ったピアノ演奏。熟成した芳醇な香りが漂うような、美しいシューベルト。しかもその上に即興的な軽さも加わるのが素晴らしい。
録音夥しいブレンデルだが、シューベルトを弾くときが最高なんじゃないかとボクは思う。就中この「ます」などはスゴイ名演と思う。

クリーヴランドSQが若々しく、しなやかな演奏でブレンデルと音楽する喜びを分かち合う。この演奏、録音も良いので、弦楽器の艶やかな音色を楽しめる。
アナログ時代の最優秀録音の一つと思う。今は、廉価盤化されて、1000円で買えてしまう良き時代。

どの楽章もシューベルトの音楽を楽しむ、共感に満ちた演奏で、ふるいつきたくなるような魅力に溢れている。
あえて言えば、第4楽章の「ます」の部分がやはり最も楽しめる。
ピアノと弦楽が有機体のようにピッタリと合った、素晴らしいアンサンブル。
時折こぼれてくるソロの美しさ。宝石の輝きのような美しさ。


1978年度のレコード・アカデミー大賞を受賞した名盤であります。
(と云っても、当時、まさかこれが「大賞」とはナンボナンデモおかしいんじゃないかという意見が、選んだ当事者の中にもあったような気はしますが・・・・)

録音から30年、今も立派に現役盤として残っています。
ブレンデルはクリーヴランドSQと再録音しているはずですが(未聴です)、この楽しさ、この喜びは十分に価値ある演奏と思います。