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クラシック音楽のひとりごと
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2006/11/23のBlog
今年は暖秋だそうです。
ふだんは室内仕事なので、日中の外気の暖かさに気づかなかったんですが、そういえば職場の銀杏の色づきが遅いようです。昨年も遅かったんですが、今年はさらに遅いです。
桜三里のあたりは紅葉が綺麗になっていますが、伊予路の平地はまだまだ錦秋というわけにはいかないようです。

さて、今日は休日。のんびりモーツァルト三昧しましょうか。

で、モーツァルトのセレナード第10番。
いわゆる、13楽器のためのセレナード 変ロ長調「グラン・パルティータ」。
オットー・クレンペラー指揮ロンドン管楽合奏団の演奏。
1963年の録音、EMI原盤。

クレンペラーの個性が大いに発揮された名演奏。

ゆったり、ゆっくり、スケール雄大かと思うと、可憐な表情が浮かんだり、クレンペラーには珍しく情感がこもったところもあったりして、なかなか一筋縄ではいかないが、最後には、「やっぱり、クレンペラーだわい」と納得してしまう。

1・2楽章はいたって普通。美しいモーツァルト。

第3楽章あたりから俄然面白くなる。
テンポはゆったりで、これぞクレンペラーのテンポ。
冒頭の和音のあと、オーボエからクラリネットに渡される旋律の美しさは最高。響きもタップリとしていて、色合いも濃厚。思い入れを感じる。
楽章を通じて、美しいメロディが次々に受け渡されてゆくところは、格別の味わい。ゆったりした包容力も感じる。父性的な愛情も感じられる。そして、遅いテンポの中で、モーツァルトの天才がそこかしこにこぼれ落ちてくる。

第5楽章のメヌエットも素晴らしい。
ここもテンポが遅く、フワッと音が伸びてゆく。ロンドン管楽合奏団は好演。クラリネットやオーボエは本当に美しい。
中間部ではハ短調になって、色彩的な表現が聴ける。管楽器の音色が変化に富んで、見事なものだ。さすがクレンペラーと云うべきか、それとも、このぶっきらぼうなオッサンにロンドン管楽合奏団がよくついていったと云うべきか。

第6楽章も名演。
主題の美しさ、変奏の鮮やかさはモーツァルトの天才の証し。
いつ聴いても素晴らしいなぁと思う。

今から40年以上も昔の録音・・・なのにイイ音してます。
EMIにしては上々の録音・・・と云うより、この時期のEMIにはなかなか良い音の録音が多いようです。

「グラン・パルティータ」には良い演奏がいっぱいあります。
ベルリン・フィルハーモニー管楽アンサンブルのもの
アーノンクール指揮のもの

ちょいと聴き比べしてみましょうか。

2006/11/22のBlog
ここのところ、ハイドンをゴソゴソ聴いています。
昨日はデイヴィスを聴きました。他にもヨッフム/ロンドン・フィル、カラヤン/BPO、バーンスタイン/NYP・・・・いやぁ、ハイドンってエエですね。
特に朝。出勤前とか、通勤の車の中で聴くと、実に爽やかな気分になります。

そんな中、やや小ぶりだけれど爽やかな1枚を今日はエントリーしてみましょ。

ハイドンの交響曲第96番ニ長調「奇蹟」。
ギュンター・ヘルビッヒ指揮ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏。
1977年頃、ドレスデン・ルカ教会での録音。

リズムが軽快で、音楽が実によく流れる。しなやかでスッキリとした音楽作り。
ドレスデン・フィルの音も素晴らしい。ドレスデン・シュターツカペレのような、上品で柔らかい響き。ルカ教会の音響がものをいっているのかな。残響はいつもながら本当に美しい。

第1楽章、アダージョ~アレグロ。
柔和でしなやかなハイドン。オーケストラはやや小ぶりで、内声部が良く聴き取れる。ストリングスは滑らかで、これはホンマに美しい。特に第1ヴァイオリンは艶やかさもあって実にイイ。後方で鳴る金管や木管がまた品のいいこと。

第2楽章はアンダンテ。
ハイドンらしい上質で紳士的、穏やか・ふくよかな音楽。心落ち着くなぁ。
若い頃はこのテの音楽がナマぬるいと感じたがものだが、トシのせいだろう、この頃はこういう音楽がしみじみ味わい深く感じられるようになった。
ヘルビッヒのつくるハイドンは、上等な民芸品のような感じ。丁寧に作り込まれて、触れば温もりがあって、作り手の愛情が注ぎ込まれている・・・・そんな音楽。

第3楽章はメヌエット。
精力的で若々しく、リズムがよく弾んで実に気持ちいい。響きもドロドロせず、シェイプアップされた音楽になっている。オーボエのソロなどは、ふるいつきたくなるような魅力的な響き。

終楽章はヴィヴァーチェ。
快活にして爽快、清明な音楽が走りすぎてゆく。響きが豊かなのだが、音楽はいたって簡明。ドレスデン・フィルが心地よく締めくくってくれる。

この曲の「奇蹟」というニックネームは、初演時に、会場のシャンデリアが天井から落下したにも関わらず誰も怪我をしなかったという出来事によるらしいが、ホンマかいな。
ニックネーム関係なしに、楽しく、心地よく聴ける交響曲でありました。

デイヴィス/コンセルトヘボウ管のハイドンもエエですが、ヘルビッヒのハイドンもなかなかですぞい。
しかもこのボックスセットは輸入盤激安価格で4枚組で1700円くらいでした。
ロンドンセットがこんなに安価に聴けてしまってエエんでしょうか・・・・。
いやはや、とても嬉しい。
2006/11/21のBlog
日曜日のNHKスペシャル「分かっちゃいるけどやせられない」、面白かったです。
はやりの「メタボリック・シンドローム」、内臓脂肪と闘うドキュメント、参考になりました。
ワタクシの場合も、要は分かっているんです。食べ過ぎなんですな。
朝ジョグを続けているのに体重が増えるのは、エネルギーの消費量を、摂取量が上回っていることに他なりません。そうなんです。「分かっちゃいるんです」(^^ゞ。
でも、メシが旨いんだなぁ・・・・甘いもんが美味いんだなぁ・・・・・(^^ゞ。

さて、今日は録音の良いCDを聴きましょう。

ハイドンの交響曲第100番ト長調「軍隊」。
コリン・デイヴィス指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1974年11月の録音。フィリップスの名録音盤。

第1楽章アダージョ~アレグロ。
序奏部は穏やかな表情。主部に入っても柔和な音楽は変わらない。
オケの響きがとにかく豊かで、柔らかく少し渋めの音色も落ち着いている。英国紳士ハイドンが現れる。
アンサンブルも実に美しく、音の汚れやどぎつさが一つもないのがイイ。
デイヴィスの指揮は正統的で真摯なもの。コンセルトヘボウ管の豊かな音の中で、楽しんで振っている感じ。中低音を充実させ、目立たない音もよく聞こえる。ヴィオラなんか、しっかり弾いているのが分かる。これが、コンセルトヘボウ管のふっくらした響きに繋がっているんだろう。

第2楽章はアレグレット。親しみやすい旋律に可愛らしい楽器用法(と云うと、ハイドンに失礼か)、柔和な表情がとても良い。「軍隊」のラッパも美しいが、そのあとのトゥッティが極上の美しさ。コンセルトヘボウの実力、ここにあり。

第3楽章はメヌエット。
これもハイドンらしい綺麗なメヌエット。コンセルトヘボウ管が演奏すると、どうしてこうも品がよいのだろう。この上質な響き、特にストリングスの美しさといったら・・・・もう至福の境地。

フィナーレはプレスト。でも、そんなに速くない。
充実し、成熟しきった音楽。これはハイドンのダンディズムを聴くべきところか。デイヴィスの指揮は端正そのもの、いかにも古典音楽。
堅牢で落ち着いた、正々堂々のフィナーレになった。

録音が極上。今から30年も前に、こんなに美しい音で録音できていたなんて。
特に弦楽セクションが素晴らしく、音が混濁せず、柔らかく清らか。
フィリップス特有の、まさにヨーロッパ・トーン!
昔のアキバの石丸、輸入盤広告のコピーじゃないが・・・・・「ヨーロッパに感激」であります。
2006/11/20のBlog
月曜日は「のだめカンタービレ」放送の日です。
夜の9時までには仕事を終えて帰宅していたいですな・・・・。
テーマになっているベートーヴェンの交響曲第7番も、世間では人気が出ているようで、目出度いことです。

では、今日はその予習を兼ねて、懐かしく、また楽しいLPを。

ベートーヴェンの交響曲第7番イ長調(9声部ハルモニー版)。
演奏はオクトフォロス。
1984年8月、ベルギーのブルージュでの録音。ACCENTレーベルの輸入盤。

ACCENTは、バルトルド・クイケンのトラヴェルソによる「テレマンの12の幻想曲」で話題になったレーベルで、録音が非常に良いと大評判だった。ジャケットも濃いベージュで統一されてとても上品、盤質も良くて人気を博していたと思う。発売直後に、秋葉原の石丸電気で買ったLPだった。

この演奏は、ベートーヴェン自身による9声部ハルモニー版で、木管八重奏とコントラバスによるもの。
オーボエ2、クラリネット2、ホルン2、バスーン2、そしてコントラバスの構成。
後年の他人による編曲ものではない、作曲者自身による編曲バージョン。
(他にも弦楽五重奏やピアノ三重奏、ピアノ独奏などもあったらしい)
多分、こうした小編成の団体で楽しむことも当時は結構あったのだろう。

さて、オクトフォロスの演奏。
この少人数で「ベートーヴェンの交響曲第7番」を演ってしまうわけだから、もうスゴイ技巧の連続。弦楽器のパートを吹いていたかと思うと、自分の楽器のパートを平然と吹いていたりで、めまぐるしく動いていく。

それでいて、実に楽しそう。
響きも、木管中心なので、可愛らしいというか、暖かいというか。オーケストラの迫力は勿論ないのだが、だからこそ、味わい深い響きに包まれてゆく。
全体的にひなびた感じも実に良い。

4楽章のうち、特に良かったのは第2楽章。
管楽器が奏でる哀しみの旋律は、ヴァイオリンとはまた違う独特の風情。透きとおった哀しみというか、澄んだ空気の中の哀しみというか・・・。
ヴィブラートやポルタメントがない分、直截的な感情が響いてくる。

録音は残響豊かな教会。これがまた実にイイ。
LPのクレジットには、聖Gillis教会と書いてある。ホールトーンがかなり長く、小編成の曲なのだがスケール豊かに聞こえる。
また、オーボエやクラリネットの響きが徐々に消えてゆくところなど、得も言われぬ味わいがある。

美しい響きと楽しい演奏。
こんな風にベートーヴェンでカンタービレするのも、エエもんです。
2006/11/19のBlog
休日に聴くワーグナーの楽劇もなかなかエエもんです。
今日は「ニーベルングの指環」を・・・・と云いつつ、さすがに全曲を聴く時間はあるはずもなく、「ラインの黄金」だけを聴きました。

カール・ベーム指揮、バイロイト祝祭管弦楽団・合唱団の演奏。

「リング」全曲は1966~67年ステレオ録音とのこと。この「ラインの黄金」は1966年7月26日のテイクらしいが、いずれにせよ、ライヴ録音。60年代バイロイト音楽祭の充実ぶりを示す全曲盤。

まあ、この演奏、キャストがスゴイ。ヴォータンは僕の大好きなテオ・アダム。力強く威厳があって、しかも人間的な感情豊かな表現。神様なのに人間的というのもおかしな云い方だが、そもそもワーグナーの楽劇に出てくる「神」はどれも人間くさいからなぁ・・・。

フリッカはアンネリース・ブルマイスター。彼女がヴォータンに文句を付けるあたり、ある意味ではイヤミな女だが、これが実に良い。こんな風に云われたら、最強の神でも渋々動かざるを得ないか。

巨人族の二人はマルティ・タルヴェラにクルト・ベーメ。いやはや主役級の歌手がこんな役で出ている贅沢さ。当時のバイロイトの充実が分かるというもの。バスの二人の歌唱がスピーカーから強烈な音圧で出てくるのを聴くのも一種快感。

アルベリヒには名優(名歌手というより名優と云うべきだろう)グスタフ・ナイトリンガー、ラインの乙女にヘルガ・デルネシュがいることだって、豪華キャスト。

それ以上にスゴイのは、ローゲに何とヴォルフガング・ヴィントガッセンを起用していることだろう。おそらく全盛期の彼の歌唱、しかもジークフリートではなくローゲを聴けるのが嬉しい。存在感抜群(ちと存在感ありすぎか?)、朗々とした歌唱はやはりヴィントガッセンならではのもの。声に酔ってしまう。

ベームの指揮はスッキリとしていて、格調の高さ、志操の高さを感じさせる見事なもの。テンポは速く、緊張感に富んでいる。淀みなく進んでゆくので、アクの強さとかワーグナーの毒々しさには欠けるかも知れないが、筋肉質の音楽で引き締まっているのは素晴らしいと思う。
ライヴ独特の高揚感、盛り上がりもあって、思わず引き込まれてしまう演奏。

1967年のライヴとはとても思えない鮮明な音。
40年前のバイロイトの音が自室に蘇って、素晴らしい音で聴けるこの幸福を何に例えよう・・・・・。
フィリップスの素晴らしい音に感謝であります。
2006/11/18のBlog
暖地の四国でも、夕方になるとだいぶ肌寒さを感じるようになりました。
ただ、日中は暖かいですし、雨もここのところ少ないので、ホンマに穏やかなのどかな田舎生活であります。

さて、今日も室内楽を。

ハイドンの弦楽四重奏曲第77番ハ長調 作品76の3「皇帝」。
東京クヮルテットの演奏。第1ヴァイオリンは原田幸一郎。
SONYが出している名曲全集からの1枚。ジャケットは名画で統一されているシリーズ。市販されたものではなく、通販のセット販売(訪問販売?)かなにかなのだろうが、今や古書店、中古盤屋、オークションなどに激安(1枚150円とか・・・)でゴロゴロ出てますなぁ・・・・。
でも、演奏も録音もふつうの正規盤(別にこっちが海賊版というわけじゃないが)と全く同じ、ボクらは大変有り難く聴かせてもらっています(^-^)。

さて、東京クヮルテットの演奏はとても素晴らしい。

音楽する喜びは、他人と合わせてハーモニーを作り出すことにある・・・・・・ハイドンの弦楽四重奏曲を聴いていると、そういうアンサンブルの悦びが伝わってくる。

第1楽章アレグロは、主題が発展して、派生した色々な要素が関連づけられてゆく「主題労作」。東京SQは、この主題の処理、発展を、論理的に筋道立てて進めてゆく。楷書風に、真摯にきちんと弾いている雰囲気が良い。

第2楽章はポコ・アダージョ・カンタービレ。この曲が「皇帝」と称される元になったハプスブルクの皇帝賛歌「神よ、皇帝フランツを護り給え」、これが素敵に変奏されてゆく。
原田幸一郎の第一ヴァイオリンがとても綺麗。伸びやかで朗らかで、明るく響く。ああ、ハイドンはこうでなくっちゃ。
やがて、ヴィオラ、チェロに賛歌が移ってゆく、その静謐さもイイ。

第3楽章は、もう、これぞハイドンのメヌエット。
流麗でしなやかで、明朗にして端正。古典的格調とはこういうものかと思う。
東京SQの見事なアンサンブル。合奏の楽しさが伝わってくる名演と思う。

終楽章。
緊張感のあるハ短調から、大詰めでハ長調に仕上げてゆく劇的なフィナーレ。ハイドンにしては珍しい激しさだが、東京SQはこういう楽想の方が、演奏のノリが良いようだ。素晴らしい一体感、緊密で迫力十分。スカッとした終結部だった。

録音はまずまず。
各楽器の艶やかさはよく捉えられていると思います。
音場感がもう少し・・・なんて欲は言いますまい。
2006/11/17のBlog
11月下旬から12月の下旬までは、さすがに仕事が忙しくなります。
ここのところ連日会議の準備、小さな出張も多く、慌ただしい日々であります。
ただ今年度は、我が仕事を熟知している上司に恵まれ、優秀な部下も頂戴したので、仕事は実にしやすい環境になりました。(去年は若い士の後始末ばかりしておったことを思い出すと、有り難いことこの上なしですな)

さて、秋深し(というより初冬の寒さと云うべきか)、今月は室内楽を沢山聴いております。

今日は、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第9番ハ長調 作品59-3「ラズモフスキー第3番」。室内楽の定番です。
演奏はスメタナ弦楽四重奏団。DENONの原盤。
クラシック音楽を聴き始めた頃、スメタナSQといえば、もう押しも押されもせぬ名弦楽四重奏団であって、出すレコードがすべてレコ芸・朝日の推薦盤という演奏の質の高さを誇っていた。

第1楽章、序奏部アンダンテ・コンモートから主部はアレグロ・ヴィヴァーチェへ。
ベートーヴェンらしい推進力に溢れた力作。
スメタナSQの弦のしなやかさが心地よい。アンサンブルは緊密で、せっぱ詰まった迫力がある。曲想のためだけでなく、このあたりの緊張感がスメタナSQの持ち味だと思う。襟を正して聴かなくちゃ。
スケールも大きいのだが、旋律線はデリケート。個々の楽器が匂うように歌っている。

第2楽章。第1ヴァイオリンとヴィオラが漂うように歌ってゆく。半音階的な進み方が不安を誘う。チェロのピチカートもそう。不安な表情が見える。
響きもそれを象徴するかのように不気味な雰囲気を作り出してゆく。巧いもんだなぁ。
4人が全く息のあった合奏。

第3楽章は優美なメヌエットで快活に流れてゆく。
表情は穏やかでスメタナSQの弦の美しさを満喫できる。輝かしい音もあるが、全体的には落ち着いた、シックな響きが印象的。楽章の途中で出てくる、楽器同士の会話も微笑ましい。

終楽章は生命力あふれるフーガ。スメタナSQは切れ味鋭く、グイグイと曲の核心に踏み込んでゆく。雄渾な演奏ぶり。音は強靱、4つの楽器が重層的に鳴り響く。
これぞ弦楽四重奏を聴く醍醐味。快感。

録音はDENON得意のPCM録音、鮮やかに個々の楽器を捉えて、残響も十分。
楽器の定位、奥行きなど申し分ありません。
家庭でクヮルテットを聴くのに、これ以上のことは望めない感じ。
贅沢な楽しみを味わいました。
王侯貴族並です・・・・・。
2006/11/16のBlog
今日は小品です。懐かしい小品です。

ボロディンの交響詩「中央アジアの草原にて」。
ウラジミール・フェドセーエフ指揮モスクワ放送交響楽団の演奏。
1981年の録音。メロディア原盤で、日本の発売はビクターだった。

何とも懐かしく感傷を誘われるメロディ。望郷の想いと云ってもいいかもしれない。

遙か彼方、地平線まで続く草原を、隊商が淡々と歩いてゆく風景。
フェドセーエフ/モスクワ放送響の演奏は、力強く、エキゾチックなムード満点。

異国の空を思い浮かべながら、いつしか心は故郷・武蔵野の雑木林、あるいはもう20年以上も昔の学生の頃に飛んでゆく・・・。
初めてこの演奏を聴いたのは、学生の頃、阿佐ヶ谷に住む友人の下宿だった・・・・。

部屋は四畳半、台所とトイレは共同、風呂なし。それでも中央線沿線の便利さ、家賃は3万円ほどしていただろうか。
カネがない友人は、(いや当時の学生は、もちろんボクも、皆ビンボーだった)、ラジカセにレコード・プレーヤーを接続し、それになけなしの金で購ったDIATONEのブックシェルフタイプの小さなスピーカーを繋いで、聴かせてくれたものだ。

イイ音だった。

ボクらはその音、その響きを聴きながら、中央アジアの草原に思いを馳せていた。
「やっぱり、本場のロシアの演奏家で聴くと、エエなぁ」・・・兵庫県三田出身の友人は、いつまでも抜けない(いや、抜こうとしない)関西弁で、目を細めていた。

NHK特集で「シルクロード」が盛んに放映され、喜多郎のシンセサイザーによるテーマソングや久保田早紀が歌う「異邦人」などがブームになった頃だった。

阿佐ヶ谷の四畳半の下宿で聴くクラシック音楽は、ホンマにエエ音だった。
隣の部屋に遠慮して、大きな音で聴けないにもかかわらず、その小さなブックシェルフ型のスピーカーは実に端正で心地よい音でクラシック音楽を聴かせてくれたものだった。

今や、部屋もアンプもスピーカーも、当時と比べて遙かに大きく、高価なものにグレード・アップしているのだが、さて、聞こえている音楽は豊かなものかどうか・・。

確かに、同じ音源。
フェドセーエフは力強く、モスクワ放送響はロシア風の重低音豊かに演奏してくれます。でも、必死にカネを貯めて(昼飯を3日抜くとLPの廉価盤が1枚買えた)、息をひそめて必死に友人と聴いた音楽が、同じように鳴っているのかどうか・・・・。

ボクが聴こうとしているのは、過ぎ去った青春の音かもしれません。
2006/11/15のBlog
暦の上では、すでに冬です。向寒のみぎり、皆様いかがお過ごしですか。
職場では風邪が流行っています。ここのところ多忙だった部局では、ダウンする者が続出して、応援にかり出されています。この先、少し心配。
うつされぬよう気をつけながら、せっせとジョギングに励みましょう・・・・。

今日は晩秋・初冬のブラームス。
この人はやはりこの季節が似合う。

ブラームスのピアノ協奏曲第2番 変ロ長調作品83。
ルドルフ・ゼルキンのピアノ、ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団の演奏。
1966年1月、クリーヴランドのセヴェランス・ホールでの録音。CBS原盤。

セル/クリーヴランド管のスケール大きく、しかも緻密で繊細な伴奏をバックに、ゼルキンが強靱な打鍵でブラームスと対峙する。ロマン溢れる名演奏。

第1楽章はアレグロ・ノン・トロッポ。
ゼルキンは圧倒的な迫力で一気呵成に弾いてゆく。オケの迫力もスゴイが、ゼルキンのパワーも桁外れにデカイ。セルがカッチリ演奏しているので、男臭いブラームスになっている。

第2楽章もロマンの香り高い楽章。ゼルキンの高音は澄みきった音色で実に美しい。
セル/クリーヴランド管の伴奏は、見事なアンサンブルで、毛並みが整った鳥の翼のよう。トゥッティでの揃い方など、スゴイもんだ。ハンパじゃないアンサンブル。
ゼルキンのピアノは音も大きい。オーケストラに対して一歩も退かない逞しさが実に良い。

第3楽章はゆったりしたテンポで、かなり遅く進んでゆく。チェロの美しさは特筆もの。
ピアノのアルペジオも美しい。水面を柔らかく漂うような弾き方から、その水を強く叩いてしぶきを上げるような弾き方まで、ゼルキンの表現の幅は広く、しかも自在。
ああ、美しく品格あるピアノとは、こういうものか。
コーダの部分では、演奏が止まってしまいそうなスロー・テンポ。そしてピアノは切々とブラームスのロマンを歌い上げてゆく。名演だと思う。

終楽章は曲想も転換し、ゼルキンのピアノも軽やかに運んでゆくが、ここぞでの打鍵は強烈。バックのクリーヴランド管もムチのようにしなりながら、強固なアンサンブルを作ってゆく。ラストは、期待、憧れ、希望など、明るい展望が開かれながら終曲を迎えてゆく。

録音はオン・マイクで、音がやや硬いのが惜しまれる。
もう少し柔らかさや残響成分が多くあれば、もう少し聴きやすいかな。
この演奏が、最新の録音で蘇ったら、他の演奏など吹っ飛ばしてしまうだろう。
素晴らしい演奏だけに、録音の加減が惜しいな。
2006/11/14のBlog
だいぶ冷え込んできましたが朝のジョギングには実に気持ちよい季節です。
長袖Tシャツにベストを羽織って、暗いうちから走り出すのですが、最後には汗だくになります。これが気持ちいい。
やがて東の空が白んできて、赤紫色に染まってゆく・・・・この色もこの季節は全く綺麗です。「絶景」と言ってもええでしょう。テレビ番組などで観る「何とかの絶景」よりは、遙かに美しいもんです。

さて、今日も大衆名曲を。

ロッシーニの「ウィリアム・テル」序曲。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏。
録音年は1970年代の録音らしいのだが、不明。いわゆるカラヤン/BPOのオーケストラ名曲集からの1曲。
カラヤンのイイところは、こういった大衆名曲・アンコールピースでもしっかり棒を振って、聴き手を楽しませてくれるサービス精神。小曲でも手を抜かず、面白く、ワクワクさせてくれる。

冒頭のチェロの歌。甘く、優しく歌わせる。
そして、デリカシーに満ちた響きに包み込まれる快感。のっけから、カラヤン・ワールドに引きずり込まれてしまう。

嵐の場面は、オケのトゥッティがカッコイイ。ドイツ的な重厚さと、オケの軽快な機能美とが融合した名演奏だと思う。アンサンブルがとにかくイイ。

やがて、イングリッシュ・ホルンとフルートの歌。朝靄の中に光が射し込むような、涼やかで爽やかなアンサンブル。高原の風が優しく吹き渡るような感じ。
この演奏で最も美しいところかもしれない。カラヤンの演出も巧みなら、奏者も上手い。
さあ、進軍。
トランペットを初めとした金管が壮麗なこと。スカッと吹きまくる爽快さ。
そして、お待ちかねロッシーニ・クレッシェンド。聴き手の昂奮を誘い、カタルシスをもたらしてくれる・・・・・ああ快感。

オーケストラを聴く楽しみを存分に味合わせてくれる演奏。
さすがカラヤンとしか云いようがない。

録音は少々高域が詰まった感じで、低域がかぶってくる・・・・これがいつものDGのカラヤン録音なんですが、少々惜しいです。
もう少し抜けが良ければと思うのは贅沢かな・・・・(^^ゞ


「のだめカンタービレ」、面白く観てます。
ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番にラプソディ・イン・ブルー、あれだけやってくれれば、CDショップでも売れるんじゃないかな・・・。
実は今日のエントリーも「のだめカンタービレ」の影響です。
漫画16巻を読んでいると、この曲が聴きたくなったのです・・・・・(^^ゞ。
2006/11/13のBlog
今日もシューベルトを聴いてます。

シューベルトの音楽は時にコワイのであります。

ワタシは「未完成」を聴いても、その恐ろしさにビビってしまう臆病者でありますが、シューベルトの作品には、死神に憑かれたような、あるいはもっと大きな恐怖に囚われたような瞬間があります。
夜中に聴くと、このトシになってもコワイことがあります(^^ゞ。

今日の音楽など、タイトルからしてコワイですな。

シューベルトの弦楽四重奏曲第14番ニ短調D.810「死と乙女」。
エマーソン弦楽四重奏団の演奏。
1987年5月、ニューヨークでの録音。

シューベルトが書いた弦楽四重奏曲の分野での、最高傑作。
スケールの大きさ、構成力、そしてシューベルトらしい「歌」。どれをとっても素晴らしい作品と思う。

エマーソンSQは機動力に富んだ演奏を聴かせてくれる現代的な弦楽四重奏団。
一人一人がメチャクチャ上手いし、アンサンブルの緊密性もスゴイ。切れ味鋭く迫ってくるとともに、哀愁漂うセンチメンタリズムもある。
そして、清新な歌心。
この「死と乙女」が名曲であることを存分に教えてくれる名演奏だと思う。

第2楽章など、人間の底知れぬ不安と絶望に覆われた音楽になっていて見事。
シューベルトのニヒリズムを垣間見るような演奏。
旋律は美しいのに、どうしようもない死の深淵がポッカリ口を開けて、引っ張り込もうとしているような恐ろしさ。

第4楽章も、その恐怖からひたすら遁走しようとしているかのよう。

録音も良い。ダイナミックレンジが広大で、特にピアニシモでのヴァイオリンの囁くような響き、溜め息が聞こえるような繊細感がよく出ている。
エマーソンSQが表現しようとしている、シューベルトの明と暗のコントラストがよく伝わってくる。

ああ、コワイ。
口直しに何かピアノ曲でも聴こうかしら・・・・と思っても、シューベルト作品はピアノでも恐ろしい瞬間があります・・・・。
2006/11/12のBlog
久しぶりに伊予路にまとまった雨。
四国の今年の秋は暖秋で、ポカポカ陽気の日が多く、晴れが続いておりました。
昨日は、風雨が窓に打ち付けて、荒れた天気でした。
いよいよ冬支度ですね。

さて、今日の音楽はシューベルト。
彼の疾風怒濤期の曲を聴いてみようと思って取り出しました。

シューベルトの交響曲第1番ニ長調 D.82。
フランス・ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラの演奏。
1996年の録音。フィリップス盤の輸入盤全集からの1枚。

これはシューベルト16歳の作品という。天才の若書き、青春の交響曲。
若者の憧れや不安、そして希望に輝く佳品だと思う。

第1楽章はアダージョの序奏部にアレグロ・ヴィヴァーチェの主部が続く。
溌剌として爽やか、元気がよい演奏。古楽器らしい、独特のアーティキュレーションとダイナミズム。
金管の荒々しさは印象的。疾風怒濤といった感じかな。古楽器の金管は音程が不安定なのだろうが、そのことがかえって若者らしい危ういまでの新鮮さをもって迫ってくるし、未熟だが、向上心を持って前進しようとする意欲が伝わってくる。こういう演奏を聴くのは実に心地よい。
聴いているこちらも元気が出てくる。

第2楽章アンダンテ。ここはシューベルトの青春の歌にあふれている。憧れや夢や、そして時に覗く不安。内面には燃えさかるような炎を秘めているような音楽。
ブリュッヘン/18世紀オーケストラで聴くと、そういった諸々の感情が、素朴で時に粗野な響きの中から、生まれてくる趣がある。

第3楽章のアレグロは爽快なカッコ良さ、終楽章は快速で覇気に富んだ音楽。
いずれも活力に満ちて、迫力もある。

ブリュッヘンのシューベルトは優美さよりも、力強さが印象的です。
若く、破壊力に富んだシューベルト。
繊細なイメージが強い作曲家だが、この演奏には、元気でやんちゃなシューベルトがおります。

録音は最新、大変聴きやすくエエ音であります。
古楽器独特の響きに包まれるのもイイもんです。