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2006/12/01のBlog
[ 05:18 ]
[ 協奏曲 ]
12月です。師走です。
この時期は日の出も遅く、朝のジョギングといっても真っ暗な中を走ります。
街灯とiPod shuffle を友に走るんですが、ここのところ、音楽はすべてモーツァルト。
ロックやポップス、フォーク・ソングも悪くないんですが、やはりクラシック音楽を聴きながら走りたいと思うと、相性がイイのはモーツァルトであります。
マーラーやブルックナーは朝からはシンドイし、ベートーヴェンに目覚めから叱咤激励されるのも少し遠慮したい。ハイドンは時に単調だし、ショパンは夜の方が合う。
モーツァルトの様々なジャンルをiPod shuffle に放り込んでおくと、これが実に快適。
散歩、ジョギングには断然モーツァルトですぞ・・・・(^-^)。
で、今日はモーツァルトをいきます。
モーツァルトのピアノ協奏曲第9番変ホ長調 K.271「ジュノーム」。
マレイ・ペライアのピアノと指揮、イギリス室内管弦楽団の演奏。
1976年9月、ロンドンのアビーロード・スタジオでの録音。
第1楽章。
イギリス室内管がとても柔らかく、暖かい響きで包み込む。しかも上品で透明感もある。ああ、イイ管弦楽だなぁ。こんな風に伴奏してくれたら、気持ちエエだろうなぁ。
ペライアのピアノも、それに応ずるかのように軽やかで綺麗なタッチ。爽やかで繊細。音のエッジが丸味を帯びて、暖色系の音色。これぞモーツァルトの音と云いたいくらい。
第2楽章は哀しみの表情が少しずつ湧き上がってくる楽章。
ピアノと管弦楽の対話が仲睦まじく、聴いていてとても心地よい。ペライアの弾き振りなので、あまり細かな指揮はしていないじゃないかと思うが、ニュアンス豊かで繊細なオーケストラが聴ける。イギリス室内管は、全く巧いオケだと思う。
ペライアもその伴奏に応えて、音色を刻々と変化させて、デリカシーに満ちた演奏ぶり。実に美しい。
終楽章は推進力のあるリズムが気持ち良い。快活で心弾むフィナーレ。
オケはここでもしっとりと柔らかくペライアを支えてゆく。
ペライアのソロは、そんなに急がず、心持ちゆったりと、様々なことを思い出すようなそぶりでこの曲をまとめてゆく。
コロコロと転がるようなピアノ。名演だなぁと思う。
30年前とは思えない、ソフトフォーカスで雰囲気豊かな、味わい深い録音。
ペライアのピアノ(特にCBS録音)は、我が家のステレオとは相性が良いようであります。
この時期は日の出も遅く、朝のジョギングといっても真っ暗な中を走ります。
街灯とiPod shuffle を友に走るんですが、ここのところ、音楽はすべてモーツァルト。
ロックやポップス、フォーク・ソングも悪くないんですが、やはりクラシック音楽を聴きながら走りたいと思うと、相性がイイのはモーツァルトであります。
マーラーやブルックナーは朝からはシンドイし、ベートーヴェンに目覚めから叱咤激励されるのも少し遠慮したい。ハイドンは時に単調だし、ショパンは夜の方が合う。
モーツァルトの様々なジャンルをiPod shuffle に放り込んでおくと、これが実に快適。
散歩、ジョギングには断然モーツァルトですぞ・・・・(^-^)。
で、今日はモーツァルトをいきます。
モーツァルトのピアノ協奏曲第9番変ホ長調 K.271「ジュノーム」。
マレイ・ペライアのピアノと指揮、イギリス室内管弦楽団の演奏。
1976年9月、ロンドンのアビーロード・スタジオでの録音。
第1楽章。
イギリス室内管がとても柔らかく、暖かい響きで包み込む。しかも上品で透明感もある。ああ、イイ管弦楽だなぁ。こんな風に伴奏してくれたら、気持ちエエだろうなぁ。
ペライアのピアノも、それに応ずるかのように軽やかで綺麗なタッチ。爽やかで繊細。音のエッジが丸味を帯びて、暖色系の音色。これぞモーツァルトの音と云いたいくらい。
第2楽章は哀しみの表情が少しずつ湧き上がってくる楽章。
ピアノと管弦楽の対話が仲睦まじく、聴いていてとても心地よい。ペライアの弾き振りなので、あまり細かな指揮はしていないじゃないかと思うが、ニュアンス豊かで繊細なオーケストラが聴ける。イギリス室内管は、全く巧いオケだと思う。
ペライアもその伴奏に応えて、音色を刻々と変化させて、デリカシーに満ちた演奏ぶり。実に美しい。
終楽章は推進力のあるリズムが気持ち良い。快活で心弾むフィナーレ。
オケはここでもしっとりと柔らかくペライアを支えてゆく。
ペライアのソロは、そんなに急がず、心持ちゆったりと、様々なことを思い出すようなそぶりでこの曲をまとめてゆく。
コロコロと転がるようなピアノ。名演だなぁと思う。
30年前とは思えない、ソフトフォーカスで雰囲気豊かな、味わい深い録音。
ペライアのピアノ(特にCBS録音)は、我が家のステレオとは相性が良いようであります。
2006/11/30のBlog
[ 04:57 ]
[ 交響曲 ]
早いもので11月も今日で終わりです。
明日から師走。・・・・・いやぁ、トシを取るとどんどん月日が過ぎてゆきます。
光陰「弾丸」のごとし・・・・であります。
今日は、季節柄で。
ブラームスの交響曲第4番ホ短調 作品98。
ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団の演奏。
1966年4月、セヴェランス・ホールでの録音。CBS盤。
冬枯れの季節に聴きたくなるのはブラームスの音楽。
特にこの4番は晩秋から冬にかかる時期に聴きたい。暖をとりながら、ブラームスの描く「人生の秋」に耳を傾けたいと思う。
ブラームスは標題音楽家ではなかった。彼はクラシカルなものに憧れ、目標にしてしまったロマンティストだった。交響曲第4番などは、そんなブラームスのロマンティシズムが充溢した名曲だと思う。
セル/クリーヴランド管は寸分の隙もないアンサンブルで、素晴らしく充実した響きで全曲を貫く。ストリングスがメインの部分では、室内楽的な透明感を聴き取ることができる。大編成オケのロマン派音楽なのに、響きが全く混濁せず、スッキリとスリムなブラームスになっている。
あの体格逞しいブラームスの音楽が、スリムになってしまうのは少し違和感もあるのだが、この透明な響き・強固なアンサンブルを聴いてしまうと、これこそ正しい再現なのではないかと思えてくる。
音楽の表面はサラサラした感じで、ことさら磨き立てていない。でも、よく聴いていると、内声部は充実しているし、低音もずっしりと重い。合奏も見事なもんだ。
第1楽章を貫く悲痛感もイイが、第2楽章のしみじみとした情感表現が優れていると思う。セルは演出たっぷりという指揮者ではないのだが、この淡々とした指揮、そして透明な響きからは、情感がこみ上げてくる。テンポはやや遅め。それが効いているのかもしれない。
第3楽章は克明な演奏。鋭い刀で、スパッと切って捨てたような潔さ。
終楽章パッサカリアの変奏は全く見事な描き分け。それぞれの変奏の処理が素晴らしく、きわめて完成度が高い。
名演奏と思う。
40年前の録音。さすがに古びてきました。
いつも書いてますが、CBSソニー盤のセル/クリーヴランド管は、少し硬い響きなんです。残念やなぁ。
でも、現在、これだけ高水準のブラームス演奏が出来るオーケストラ、幾つあるでしょう・・・・・。
明日から師走。・・・・・いやぁ、トシを取るとどんどん月日が過ぎてゆきます。
光陰「弾丸」のごとし・・・・であります。
今日は、季節柄で。
ブラームスの交響曲第4番ホ短調 作品98。
ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団の演奏。
1966年4月、セヴェランス・ホールでの録音。CBS盤。
冬枯れの季節に聴きたくなるのはブラームスの音楽。
特にこの4番は晩秋から冬にかかる時期に聴きたい。暖をとりながら、ブラームスの描く「人生の秋」に耳を傾けたいと思う。
ブラームスは標題音楽家ではなかった。彼はクラシカルなものに憧れ、目標にしてしまったロマンティストだった。交響曲第4番などは、そんなブラームスのロマンティシズムが充溢した名曲だと思う。
セル/クリーヴランド管は寸分の隙もないアンサンブルで、素晴らしく充実した響きで全曲を貫く。ストリングスがメインの部分では、室内楽的な透明感を聴き取ることができる。大編成オケのロマン派音楽なのに、響きが全く混濁せず、スッキリとスリムなブラームスになっている。
あの体格逞しいブラームスの音楽が、スリムになってしまうのは少し違和感もあるのだが、この透明な響き・強固なアンサンブルを聴いてしまうと、これこそ正しい再現なのではないかと思えてくる。
音楽の表面はサラサラした感じで、ことさら磨き立てていない。でも、よく聴いていると、内声部は充実しているし、低音もずっしりと重い。合奏も見事なもんだ。
第1楽章を貫く悲痛感もイイが、第2楽章のしみじみとした情感表現が優れていると思う。セルは演出たっぷりという指揮者ではないのだが、この淡々とした指揮、そして透明な響きからは、情感がこみ上げてくる。テンポはやや遅め。それが効いているのかもしれない。
第3楽章は克明な演奏。鋭い刀で、スパッと切って捨てたような潔さ。
終楽章パッサカリアの変奏は全く見事な描き分け。それぞれの変奏の処理が素晴らしく、きわめて完成度が高い。
名演奏と思う。
40年前の録音。さすがに古びてきました。
いつも書いてますが、CBSソニー盤のセル/クリーヴランド管は、少し硬い響きなんです。残念やなぁ。
でも、現在、これだけ高水準のブラームス演奏が出来るオーケストラ、幾つあるでしょう・・・・・。
2006/11/29のBlog
[ 05:39 ]
[ 協奏曲 ]
この数日の雨と冷え込みで、四国伊予路でもようやく銀杏が色づき始めました。
師走目前で、やっと「錦秋」です。今年は暖秋でした。
さて、寒くなってくるとチャイコフスキーを聴きたくなります。
今日は、ヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品35。
オーギュスタン・デュメイのヴァイオリン独奏、エミール・チャカロフ指揮ロンドン交響楽団の演奏。
1988年3月、ロンドンのアビーロード・スタジオでの録音。
RED LINE シリーズの廉価盤。
第1楽章の冒頭から、何たる美音。そして朗々とたっぷりした響きで鳴るヴァイオリン。あっという間にデュメイの世界に引き込まれてしまう。
デュメイのヴァイオリンは、しなる、うなる、すすりなく、そして叫ぶ。全く多彩な表現で迫ってくる。
高速パッセージでの輝かしい音。胸がすくような、爽快無比のテクニック。相当難しい部分でもスカッとするほど巧い。有り余る技巧とでも云うべきか。こんなに速く、しかも美しく(スゴイ美音だ)弾けるヴァイオリニストって、他にいたかな・・・・と思い出そうとしてもなかなか思い出せない。デュメイはスゴイ。
アーティキュレーションには独特のものがあるし、適度にルバートも出てくる。そして終始ヴァイオリンからは強烈なエモーション、エネルギーが放射されている。録音でこれなのだから、ナマで聴いたらいったいどうなるんだろう?
カデンツァなど、何とも圧倒的な技巧。こういう弾き方はなかなか出来ないだろうなと思う。凄絶なカデンツァ。
第2楽章になると一転、優美な演奏。
ここでもデュメイは飛びきりの美音で歌ってゆく。その歌が、憂愁に満ちて、やるせないほど。ヴァイオリンの音色は明るいのだが、響きは一抹の淋しさを伴っている。
テンポはグッと落としてあって、表現力豊かに、切々と歌いあげる。
終楽章、デュメイの激しいほどの表現意欲が聴きもの。
ライブのような感興あり、聴き手を昂奮させるような(麻薬のような)演奏。音色は千変万化、時々汚い、どす黒い音も出てくる。ドキッとさせるほど。デュメイは美しい音色だけでなく、わざと汚い音を出すことで、表現の幅を広げているような感じ。その点では、チャイコフスキーの様々な人間的弱点、醜さまで聞こえてきてしまうような演奏。
いやぁ、スゴイ。
Wikipediaによれば・・・・・。
オーギュスタン・デュメイは、フランス、パリ生まれのヴァイオリン奏者。じっくりと音楽に取り組む姿勢を見せ、活動は比較的地味だが、師事したアルテュール・グリュミオーを受け継ぐフランコ・ベルギー派の正統な後継者らしく、気品あるエレガントな演奏で高く評価されている
・・・・・・・・・とのこと。
なるほど、グリュミオーの系譜なら、この美音、頷けますな。
チャカロフ/LSOの伴奏はまずまずといったところ。
あまりにも、デュメイのソロが凄すぎて、伴奏までよく聴いていませんでした(^^ゞ。
ソロだけで、こんなに興奮させてくれるヴァイオリニストは、そうはいませんな。
このCD、ブルガリア出身のチャカロフのデビュー盤だったように思いますが、さて。
録音は、EMIにしては良好。
デュメイの匂うようなヴァイオリンに酔えました。1200円は激安と思います。
あ、もう一つ。
このCD、デュメイの鼻息(溜め息?吐息?あるいはうなり声?)が相当入っていますので、初めは面食らいました。最後まで入りっぱなし。戸惑うかもしれません(^^ゞ。
師走目前で、やっと「錦秋」です。今年は暖秋でした。
さて、寒くなってくるとチャイコフスキーを聴きたくなります。
今日は、ヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品35。
オーギュスタン・デュメイのヴァイオリン独奏、エミール・チャカロフ指揮ロンドン交響楽団の演奏。
1988年3月、ロンドンのアビーロード・スタジオでの録音。
RED LINE シリーズの廉価盤。
第1楽章の冒頭から、何たる美音。そして朗々とたっぷりした響きで鳴るヴァイオリン。あっという間にデュメイの世界に引き込まれてしまう。
デュメイのヴァイオリンは、しなる、うなる、すすりなく、そして叫ぶ。全く多彩な表現で迫ってくる。
高速パッセージでの輝かしい音。胸がすくような、爽快無比のテクニック。相当難しい部分でもスカッとするほど巧い。有り余る技巧とでも云うべきか。こんなに速く、しかも美しく(スゴイ美音だ)弾けるヴァイオリニストって、他にいたかな・・・・と思い出そうとしてもなかなか思い出せない。デュメイはスゴイ。
アーティキュレーションには独特のものがあるし、適度にルバートも出てくる。そして終始ヴァイオリンからは強烈なエモーション、エネルギーが放射されている。録音でこれなのだから、ナマで聴いたらいったいどうなるんだろう?
カデンツァなど、何とも圧倒的な技巧。こういう弾き方はなかなか出来ないだろうなと思う。凄絶なカデンツァ。
第2楽章になると一転、優美な演奏。
ここでもデュメイは飛びきりの美音で歌ってゆく。その歌が、憂愁に満ちて、やるせないほど。ヴァイオリンの音色は明るいのだが、響きは一抹の淋しさを伴っている。
テンポはグッと落としてあって、表現力豊かに、切々と歌いあげる。
終楽章、デュメイの激しいほどの表現意欲が聴きもの。
ライブのような感興あり、聴き手を昂奮させるような(麻薬のような)演奏。音色は千変万化、時々汚い、どす黒い音も出てくる。ドキッとさせるほど。デュメイは美しい音色だけでなく、わざと汚い音を出すことで、表現の幅を広げているような感じ。その点では、チャイコフスキーの様々な人間的弱点、醜さまで聞こえてきてしまうような演奏。
いやぁ、スゴイ。
Wikipediaによれば・・・・・。
オーギュスタン・デュメイは、フランス、パリ生まれのヴァイオリン奏者。じっくりと音楽に取り組む姿勢を見せ、活動は比較的地味だが、師事したアルテュール・グリュミオーを受け継ぐフランコ・ベルギー派の正統な後継者らしく、気品あるエレガントな演奏で高く評価されている
・・・・・・・・・とのこと。
なるほど、グリュミオーの系譜なら、この美音、頷けますな。
チャカロフ/LSOの伴奏はまずまずといったところ。
あまりにも、デュメイのソロが凄すぎて、伴奏までよく聴いていませんでした(^^ゞ。
ソロだけで、こんなに興奮させてくれるヴァイオリニストは、そうはいませんな。
このCD、ブルガリア出身のチャカロフのデビュー盤だったように思いますが、さて。
録音は、EMIにしては良好。
デュメイの匂うようなヴァイオリンに酔えました。1200円は激安と思います。
あ、もう一つ。
このCD、デュメイの鼻息(溜め息?吐息?あるいはうなり声?)が相当入っていますので、初めは面食らいました。最後まで入りっぱなし。戸惑うかもしれません(^^ゞ。
2006/11/28のBlog
[ 05:08 ]
[ 器楽曲 ]
「のだめカンタービレ」を観る楽しみは、ドラマだけではなく、そのBGMにもあります。
昨晩も沢山のクラシック音楽。
「ああ、ここでこんな音楽を使うか・・・」とムフフと笑いながら、楽しんでおりました。
そうそう、ショパンの「別れの曲」は効果的だった・・・
そこで今日は、ショパンの練習曲 作品10.
ピアノ独奏はマウリツィオ・ポリーニ。
1972年、ミュンヘンのヘルクレスザールでの録音。DG盤。
云わずとしれた大名盤。今さら何をか言わんや、であります。
ポリーニのもの凄いテクニックが炸裂、圧倒的なピアノ音楽が聴ける1枚。
LPのタスキには「これ以上何をお望みですか?」という、有名なコピー。
ああ、本当に懐かしいレコードであります。
あらゆる評論家絶賛、レコード雑誌絶賛、ポリドール・レコードのクラシック部門でも常にベストセラー。レギュラー盤で売れまくるものだから、とうとう廉価盤にならなかった・・・・。
(だから、当時ビンボー学生のワタシにはなかなか買えなかった。)
1番ハ長調など、初めてレコードをかけたときに、スピーカら出てくる音の大きさに魂消たものだった。強烈な音。広い音程のアルペジオを悠々と弾ききってしまい、まだまだ余裕がありそうなテクニック。
ピアノの粒立ちがまたスゴイ。炊きたての新米の米粒が、一つ一つ立って湯気を発しているような・・・ああ、スゴイ。第1曲目で、ポリーニのつくるショパンの世界引き込まれてしまう。
3番ホ長調は「別れの曲」。
背筋が伸びて、端正な姿勢のショパン。表情づけはあまり大きくない。だいたいポリーニは標題に縛られて弾いたりはしない。あくまでもピアニスティック。だから、かえって、この「別れ」の情感が引き立つ。
ポリーニの演奏のように、ベタベタしない方が、余情があってイイ。
4番嬰ハ短調は目まぐるしいピアノの動き。速い。スゴイ。すべての音がキラキラと輝いている。音が鳴りすぎているくらい。全く、ポリーニのピアノの切れ味に、ため息が出てしまう。
5番の「黒鍵」は、弾むリズムが何とも心地よい。これも、光が零れてくるような演奏。ダイナミズムも大きいし、どこまでもよく鳴るピアノ。
6番の憂愁。濁らず、淀まず、透きとおった哀しみが聴き手の傍らを駆けてゆく。
ミントの香りがするようなピアノ。爽やかな透明感がたまらない。
8番の駆け回る右手、9番の感情の表出。ポリーニのピアノは雄弁。
ラスト「革命のエチュード」は、広大なダイナミックレンジ。ピアノの機能を最大限に拡大、圧倒的な粒立ち、爆発、そしてうねるような和音。
いやあ、スゴイ。もうこれしかないです。
録音は34年も経過した今も現役として十分通用する、これも素晴らしい音響。
昨晩も沢山のクラシック音楽。
「ああ、ここでこんな音楽を使うか・・・」とムフフと笑いながら、楽しんでおりました。
そうそう、ショパンの「別れの曲」は効果的だった・・・
そこで今日は、ショパンの練習曲 作品10.
ピアノ独奏はマウリツィオ・ポリーニ。
1972年、ミュンヘンのヘルクレスザールでの録音。DG盤。
云わずとしれた大名盤。今さら何をか言わんや、であります。
ポリーニのもの凄いテクニックが炸裂、圧倒的なピアノ音楽が聴ける1枚。
LPのタスキには「これ以上何をお望みですか?」という、有名なコピー。
ああ、本当に懐かしいレコードであります。
あらゆる評論家絶賛、レコード雑誌絶賛、ポリドール・レコードのクラシック部門でも常にベストセラー。レギュラー盤で売れまくるものだから、とうとう廉価盤にならなかった・・・・。
(だから、当時ビンボー学生のワタシにはなかなか買えなかった。)
1番ハ長調など、初めてレコードをかけたときに、スピーカら出てくる音の大きさに魂消たものだった。強烈な音。広い音程のアルペジオを悠々と弾ききってしまい、まだまだ余裕がありそうなテクニック。
ピアノの粒立ちがまたスゴイ。炊きたての新米の米粒が、一つ一つ立って湯気を発しているような・・・ああ、スゴイ。第1曲目で、ポリーニのつくるショパンの世界引き込まれてしまう。
3番ホ長調は「別れの曲」。
背筋が伸びて、端正な姿勢のショパン。表情づけはあまり大きくない。だいたいポリーニは標題に縛られて弾いたりはしない。あくまでもピアニスティック。だから、かえって、この「別れ」の情感が引き立つ。
ポリーニの演奏のように、ベタベタしない方が、余情があってイイ。
4番嬰ハ短調は目まぐるしいピアノの動き。速い。スゴイ。すべての音がキラキラと輝いている。音が鳴りすぎているくらい。全く、ポリーニのピアノの切れ味に、ため息が出てしまう。
5番の「黒鍵」は、弾むリズムが何とも心地よい。これも、光が零れてくるような演奏。ダイナミズムも大きいし、どこまでもよく鳴るピアノ。
6番の憂愁。濁らず、淀まず、透きとおった哀しみが聴き手の傍らを駆けてゆく。
ミントの香りがするようなピアノ。爽やかな透明感がたまらない。
8番の駆け回る右手、9番の感情の表出。ポリーニのピアノは雄弁。
ラスト「革命のエチュード」は、広大なダイナミックレンジ。ピアノの機能を最大限に拡大、圧倒的な粒立ち、爆発、そしてうねるような和音。
いやあ、スゴイ。もうこれしかないです。
録音は34年も経過した今も現役として十分通用する、これも素晴らしい音響。
2006/11/27のBlog
[ 05:06 ]
[ 交響曲 ]
月曜日は「のだめカンタービレ」放送の日です。
そこでまた、主題曲のベト7を聴いておきましょう・・・・・。
ベートーヴェンの交響曲第7番イ長調 作品91。
ジョン・エリオット・ガーディナー指揮オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティークの演奏。(大変長い名前の楽団であります。略すとORRかな)
1992年12月の録音。DG盤。
ピリオド楽器の響きは新鮮。
全集として発売された当初は大いに話題になって、レコードアカデミー大賞を受賞したのだったか。そんな中、ボクは購ったのだが、もう12年前になってしまった。
今では当たり前になったベートーヴェンのピリオド奏法。当時は斬新この上ない演奏であったのになぁ・・・と感慨を抱きながら聴く。
録音はオン・マイク気味。眼前で鳴るような感じの録音なので、聴き方によっては好き嫌いが分かれるか。残響がありすぎるよりも、この方が、響きに透明感が出て良いかもしれない。
ヴァイオリンは両翼配置だろう、この曲の聴かせどころの一つである、第一ヴァイオリンと第二ヴァイオリンの掛け合いが全く楽しい。
第1楽章の冒頭から覇気がみなぎり、推進力があってワクワクするような進行。音楽の形は実に端正で、ピリオド楽器を持った「古典派」の演奏。
響きはクール。この交響曲特有の熱さはあまり伝わってこないが、その分、ガーディナーの棒の元にオケが見事に揃ったプレイが展開される。整然として心地よい。
第2楽章アンダンテは、やや遅めのテンポ。徐々にクレッシェンドしてゆく哀しみ、メロディが美しく歌われるところは全く見事。
第3楽章は畳み掛けるような迫力。アンサンブルは最高。速いテンポでも全く乱れない合奏。トリオの部分でも淀まずに、どんどん進んでゆく。ベートーヴェンのスケルツォの荒々しさがよく出た演奏と思う。
終楽章は、思ったより速くならない。斬新な演奏として聴いてきたのに、いつしか格調の高い演奏になっている不思議さ。第1楽章で聴いた印象と同じ、「古典派」の演奏。
いや、これは品格十分、立派な音楽でありました。
ピリオド楽器を用いて、奏法も解釈も斬新なのに、トータルではスッキリ古典的なベートーヴェンでありました。
ベト7は、やはり名曲です。
ちょいと自己リンクを・・・・。
クーベリック/ウィーン・フィルの演奏は王者の行進。
ムーティ/フィラデルフィア管は歌うベートーヴェン。
ティーレマン/フィルハーモニア管のは確信犯的な古き良き時代風の演奏。
マッケラス/ロイヤル・リヴァプール・フィルは、多分初めてのベーレンライター版だった。
ブロムシュテット/ドレスデン・シュターツカペレの演奏は格調高く、熱い終楽章が面白い。
コンヴィチュニー/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管は、まさにドイツ伝統の演奏。
オクトフォロスの9声部ハルモニー版なども面白かったりして・・・・・・。
そこでまた、主題曲のベト7を聴いておきましょう・・・・・。
ベートーヴェンの交響曲第7番イ長調 作品91。
ジョン・エリオット・ガーディナー指揮オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティークの演奏。(大変長い名前の楽団であります。略すとORRかな)
1992年12月の録音。DG盤。
ピリオド楽器の響きは新鮮。
全集として発売された当初は大いに話題になって、レコードアカデミー大賞を受賞したのだったか。そんな中、ボクは購ったのだが、もう12年前になってしまった。
今では当たり前になったベートーヴェンのピリオド奏法。当時は斬新この上ない演奏であったのになぁ・・・と感慨を抱きながら聴く。
録音はオン・マイク気味。眼前で鳴るような感じの録音なので、聴き方によっては好き嫌いが分かれるか。残響がありすぎるよりも、この方が、響きに透明感が出て良いかもしれない。
ヴァイオリンは両翼配置だろう、この曲の聴かせどころの一つである、第一ヴァイオリンと第二ヴァイオリンの掛け合いが全く楽しい。
第1楽章の冒頭から覇気がみなぎり、推進力があってワクワクするような進行。音楽の形は実に端正で、ピリオド楽器を持った「古典派」の演奏。
響きはクール。この交響曲特有の熱さはあまり伝わってこないが、その分、ガーディナーの棒の元にオケが見事に揃ったプレイが展開される。整然として心地よい。
第2楽章アンダンテは、やや遅めのテンポ。徐々にクレッシェンドしてゆく哀しみ、メロディが美しく歌われるところは全く見事。
第3楽章は畳み掛けるような迫力。アンサンブルは最高。速いテンポでも全く乱れない合奏。トリオの部分でも淀まずに、どんどん進んでゆく。ベートーヴェンのスケルツォの荒々しさがよく出た演奏と思う。
終楽章は、思ったより速くならない。斬新な演奏として聴いてきたのに、いつしか格調の高い演奏になっている不思議さ。第1楽章で聴いた印象と同じ、「古典派」の演奏。
いや、これは品格十分、立派な音楽でありました。
ピリオド楽器を用いて、奏法も解釈も斬新なのに、トータルではスッキリ古典的なベートーヴェンでありました。
ベト7は、やはり名曲です。
ちょいと自己リンクを・・・・。
クーベリック/ウィーン・フィルの演奏は王者の行進。
ムーティ/フィラデルフィア管は歌うベートーヴェン。
ティーレマン/フィルハーモニア管のは確信犯的な古き良き時代風の演奏。
マッケラス/ロイヤル・リヴァプール・フィルは、多分初めてのベーレンライター版だった。
ブロムシュテット/ドレスデン・シュターツカペレの演奏は格調高く、熱い終楽章が面白い。
コンヴィチュニー/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管は、まさにドイツ伝統の演奏。
オクトフォロスの9声部ハルモニー版なども面白かったりして・・・・・・。
2006/11/26のBlog
[ 04:19 ]
[ 声楽曲・オペラ ]
今日はモーツァルトです。
レクイエム(死者のためのミサ曲)ニ短調 K.626。
ヘルムート・リリング指揮シュトゥットガルトバッハ合奏団の演奏。
アーリン・オージェ(S)、キャロリン・ワトキンソン(A)、ジークフリート・イエルサレム(T)、ジークムント・ニムスゲルン(B)の4人の独唱者。
1979年2月の録音。CBSソニーの原盤(だと思う)。
日本ではソニーが1000円盤で発売している。
版はジュスマイヤー補筆版。
リリングのモーツァルトは、あまり飾り立てない、普段着のモーツァルト。
穏やかで柔らかい表情、透明感のある音響で、淡彩のモーツァルトを聴かせてくれる。
大オーケストラを一流の指揮者が振る、という面白味はないかもしれないが、そもそも鎮魂の曲、淡々とやってくれる方が、悲しみが伝わってくると思う。
4人のソロも巧いし、合唱は特に上手。録音がイマイチ(マスタリングが良くないのかもしれない)なのを除けば、十分聴きごたえある演奏になっている。
「キリエ」での強烈な二重フーガ。「怒りの日」の説得力十分の合唱。いずれも迫力あるものだ。
「奇しきラッパの音」で、トロンボーンに導かれたニムスゲルンの歌は、威厳をたたえて立派。イエルサレムの歌唱も美しい。
「呪われしものどもを罰し」の強さや、畏れ。映画「アマデウス」で印象づけられたフレーズが繰り返される。
そして絶筆「ラクリモサ」の美しさは格別。
ジュスマイヤーの補完も立派なもので、抵抗なくボクは聴ける。
それに、リリングのモーツァルトは、さり気なさが実にイイ。
「サンクトゥス」の合唱は綺麗だし、ソロの伸びやかな声も良い。
「ベネディクトゥス」のラスト、力強い合唱もよろしい。
最後の「永遠の光」まで本当に美しい演奏だと思う。
以前勤務していた職場の先輩が亡くなりました。
今日、雨の中、葬儀であります。
ユーモアがあって、親分肌の、でもおっちょこちょいの素晴らしい先輩でありました。
4年前に胃ガンが見つかって全摘出、でも肝臓に転移していたのでした。
57歳。
何とも早い、惜しい逝去でした。
レクイエム(死者のためのミサ曲)ニ短調 K.626。
ヘルムート・リリング指揮シュトゥットガルトバッハ合奏団の演奏。
アーリン・オージェ(S)、キャロリン・ワトキンソン(A)、ジークフリート・イエルサレム(T)、ジークムント・ニムスゲルン(B)の4人の独唱者。
1979年2月の録音。CBSソニーの原盤(だと思う)。
日本ではソニーが1000円盤で発売している。
版はジュスマイヤー補筆版。
リリングのモーツァルトは、あまり飾り立てない、普段着のモーツァルト。
穏やかで柔らかい表情、透明感のある音響で、淡彩のモーツァルトを聴かせてくれる。
大オーケストラを一流の指揮者が振る、という面白味はないかもしれないが、そもそも鎮魂の曲、淡々とやってくれる方が、悲しみが伝わってくると思う。
4人のソロも巧いし、合唱は特に上手。録音がイマイチ(マスタリングが良くないのかもしれない)なのを除けば、十分聴きごたえある演奏になっている。
「キリエ」での強烈な二重フーガ。「怒りの日」の説得力十分の合唱。いずれも迫力あるものだ。
「奇しきラッパの音」で、トロンボーンに導かれたニムスゲルンの歌は、威厳をたたえて立派。イエルサレムの歌唱も美しい。
「呪われしものどもを罰し」の強さや、畏れ。映画「アマデウス」で印象づけられたフレーズが繰り返される。
そして絶筆「ラクリモサ」の美しさは格別。
ジュスマイヤーの補完も立派なもので、抵抗なくボクは聴ける。
それに、リリングのモーツァルトは、さり気なさが実にイイ。
「サンクトゥス」の合唱は綺麗だし、ソロの伸びやかな声も良い。
「ベネディクトゥス」のラスト、力強い合唱もよろしい。
最後の「永遠の光」まで本当に美しい演奏だと思う。
以前勤務していた職場の先輩が亡くなりました。
今日、雨の中、葬儀であります。
ユーモアがあって、親分肌の、でもおっちょこちょいの素晴らしい先輩でありました。
4年前に胃ガンが見つかって全摘出、でも肝臓に転移していたのでした。
57歳。
何とも早い、惜しい逝去でした。
2006/11/25のBlog
[ 03:40 ]
[ 管弦楽曲 ]
暖秋一転、伊予路にも寒気がやって来ました。
午後から冷たい風、いよいよ寒くなりました。帰宅してみると、電気ストーブを出してくれていました。ああ、冬だなぁ。
尤も、四国・伊予国の冬は、電気ストーブで何とか過ごせてしまいます。関東以北とはそこが違うでしょう。着る物も、1枚違うかな。
今日も懐かしい演奏を聴いています。
バッハの管弦楽組曲第1番ハ長調BWVV1066。
ヘルムート・コッホ指揮ベルリン室内管弦楽団の演奏。
1973年、東ドイツのベルリン放送局SRK第1ホールでの録音。
ドイツ・シャルプラッテンの原盤。日本での発売は徳間音工だった。
ドイツ的な堅牢な音楽づくり。カッチリしたバッハになっていて、古楽器全盛以前の、伝統的なバッハ解釈だと思う。一点一画もゆるがせにしない楷書風のバッハ。
息の長い旋律、ゆったりしたテンポ、リズムは実に克明。今の耳で聴くと、結構ロマン的に聞こえてしまう。
初めて聴いたときには、何と正統的なバッハかと思ったものだが、古楽器団体のバッハが当たり前になってしまった今、コッホの解釈は古き良き時代のものになってしまったのかもしれない。
でも、これがエエんだなぁ。
序曲から素晴らしい。厳粛で雄渾、スケールも大きいが、時として微笑みものぞかせるバッハ。アンサンブルも美しく、実に緊密、オケ全体がコッホの棒にピタッとついてゆく。テンポがゆったりとしているので、滔々と流れる音楽に身をゆだねる快感がある。
クーラントやガヴォットは軽快。柔軟さもある。出てくる音楽は至って爽やか。
フォルラーヌやメヌエットのリズム処理も、聴いていてしっくり来る感じ。
ラストのパスピエは、柔らかく穏やかな表情をたたえた名演。素晴らしい終曲だと思う。
コッホ盤、実にイイ出来なんですが、唯一不満は録音状態。
マスタリングが良くないのか、もともとの録音が悪いのか、高音がキャンついて聴きにくいんです。
アンプのトーンコントロールで高域を思い切って下げてやると聴きやすくなるんですが、演奏が良いだけに残念。
LPで聴くと良かったですかな。
午後から冷たい風、いよいよ寒くなりました。帰宅してみると、電気ストーブを出してくれていました。ああ、冬だなぁ。
尤も、四国・伊予国の冬は、電気ストーブで何とか過ごせてしまいます。関東以北とはそこが違うでしょう。着る物も、1枚違うかな。
今日も懐かしい演奏を聴いています。
バッハの管弦楽組曲第1番ハ長調BWVV1066。
ヘルムート・コッホ指揮ベルリン室内管弦楽団の演奏。
1973年、東ドイツのベルリン放送局SRK第1ホールでの録音。
ドイツ・シャルプラッテンの原盤。日本での発売は徳間音工だった。
ドイツ的な堅牢な音楽づくり。カッチリしたバッハになっていて、古楽器全盛以前の、伝統的なバッハ解釈だと思う。一点一画もゆるがせにしない楷書風のバッハ。
息の長い旋律、ゆったりしたテンポ、リズムは実に克明。今の耳で聴くと、結構ロマン的に聞こえてしまう。
初めて聴いたときには、何と正統的なバッハかと思ったものだが、古楽器団体のバッハが当たり前になってしまった今、コッホの解釈は古き良き時代のものになってしまったのかもしれない。
でも、これがエエんだなぁ。
序曲から素晴らしい。厳粛で雄渾、スケールも大きいが、時として微笑みものぞかせるバッハ。アンサンブルも美しく、実に緊密、オケ全体がコッホの棒にピタッとついてゆく。テンポがゆったりとしているので、滔々と流れる音楽に身をゆだねる快感がある。
クーラントやガヴォットは軽快。柔軟さもある。出てくる音楽は至って爽やか。
フォルラーヌやメヌエットのリズム処理も、聴いていてしっくり来る感じ。
ラストのパスピエは、柔らかく穏やかな表情をたたえた名演。素晴らしい終曲だと思う。
コッホ盤、実にイイ出来なんですが、唯一不満は録音状態。
マスタリングが良くないのか、もともとの録音が悪いのか、高音がキャンついて聴きにくいんです。
アンプのトーンコントロールで高域を思い切って下げてやると聴きやすくなるんですが、演奏が良いだけに残念。
LPで聴くと良かったですかな。
2006/11/24のBlog
[ 05:33 ]
[ 管弦楽曲 ]
パソコンが不調で、電源投入後10分~30分で固まります。知り合いによれば、どうもマザーボードの電解コンデンサ不良だろうとのことで、早く交換しろと云います。
問題は、それがワタシに出来るかどうか・・・・なんであります。
交換用のマザーボードはすでに入手しているんですが、どうも。勇気がなくて・・・・。
不器用なワタシ、過去幾つも、様々な「組立もの」を壊してますので、いやはや自信ないですな・・・・。今度の土日でせにゃいかんやろなぁ。
さて、今日は懐かしいLPを聴いてます。
ラヴェルの「ボレロ」。
アンドレ・クリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団の演奏。
1961年11月、パリのサル・ワグラムでの録音。EMI原盤。
クリュイタンスのラヴェルとくれば、もう定盤中の定盤。
オケも素晴らしい。パリ音楽院管は、最もフランス的な音を響かせるオーケストラだった。
(これ、パリのコンセルヴァトワール・・・のだめちゃんが留学したところですかな・・・・)
フランスの明るさ、軽さ、華やかさ、おきゃんなパリ娘のセンスの良い会話。
そんなものを味わいたいときには、クリュイタンス盤がやはりイイようだ。
ボレロは次々に登場する管楽器の音色の多彩さと、微妙なニュアンスを味わうべき作品だとボクは思うが、クリュイタンス/パリ音楽院管で聴くと、それが過不足なく、文句なく素晴らしい響きで聴ける。
トロンボーンとピッコロが重なるところなど、全くオルガンのように響くし、しかもその響きに色気が漂う。その芳香が、他の演奏には聞こえない。
木管の軽さ、澄まし顔のクールな響きも良いし、金管の甘くトロッとした響き(こっちもクールだ)もたまらない魅力。
そして、フレーズの一つ一つに何とも云えぬ情感、サラサラとした微妙な味わいが聴ける楽しさ。ああ、ホンマにフランスの音やなぁ。
クリュイタンスのテンポは中庸で、淡々と進んでゆく。速くもなく遅くもなく、いたってクール、しかも正統派。別に何ら細工を施しているわけでもない、それでいて出てくる音は「フランス的」としか云いようがない音。
彼らの遺したラヴェルの管弦楽曲を聴くたびに、思います。
このコンビこそ、フランス音楽最高のコンビだった・・・・・。
問題は、それがワタシに出来るかどうか・・・・なんであります。
交換用のマザーボードはすでに入手しているんですが、どうも。勇気がなくて・・・・。
不器用なワタシ、過去幾つも、様々な「組立もの」を壊してますので、いやはや自信ないですな・・・・。今度の土日でせにゃいかんやろなぁ。
さて、今日は懐かしいLPを聴いてます。
ラヴェルの「ボレロ」。
アンドレ・クリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団の演奏。
1961年11月、パリのサル・ワグラムでの録音。EMI原盤。
クリュイタンスのラヴェルとくれば、もう定盤中の定盤。
オケも素晴らしい。パリ音楽院管は、最もフランス的な音を響かせるオーケストラだった。
(これ、パリのコンセルヴァトワール・・・のだめちゃんが留学したところですかな・・・・)
フランスの明るさ、軽さ、華やかさ、おきゃんなパリ娘のセンスの良い会話。
そんなものを味わいたいときには、クリュイタンス盤がやはりイイようだ。
ボレロは次々に登場する管楽器の音色の多彩さと、微妙なニュアンスを味わうべき作品だとボクは思うが、クリュイタンス/パリ音楽院管で聴くと、それが過不足なく、文句なく素晴らしい響きで聴ける。
トロンボーンとピッコロが重なるところなど、全くオルガンのように響くし、しかもその響きに色気が漂う。その芳香が、他の演奏には聞こえない。
木管の軽さ、澄まし顔のクールな響きも良いし、金管の甘くトロッとした響き(こっちもクールだ)もたまらない魅力。
そして、フレーズの一つ一つに何とも云えぬ情感、サラサラとした微妙な味わいが聴ける楽しさ。ああ、ホンマにフランスの音やなぁ。
クリュイタンスのテンポは中庸で、淡々と進んでゆく。速くもなく遅くもなく、いたってクール、しかも正統派。別に何ら細工を施しているわけでもない、それでいて出てくる音は「フランス的」としか云いようがない音。
彼らの遺したラヴェルの管弦楽曲を聴くたびに、思います。
このコンビこそ、フランス音楽最高のコンビだった・・・・・。
2006/11/23のBlog
[ 04:58 ]
[ 管弦楽曲 ]
今年は暖秋だそうです。
ふだんは室内仕事なので、日中の外気の暖かさに気づかなかったんですが、そういえば職場の銀杏の色づきが遅いようです。昨年も遅かったんですが、今年はさらに遅いです。
桜三里のあたりは紅葉が綺麗になっていますが、伊予路の平地はまだまだ錦秋というわけにはいかないようです。
さて、今日は休日。のんびりモーツァルト三昧しましょうか。
で、モーツァルトのセレナード第10番。
いわゆる、13楽器のためのセレナード 変ロ長調「グラン・パルティータ」。
オットー・クレンペラー指揮ロンドン管楽合奏団の演奏。
1963年の録音、EMI原盤。
クレンペラーの個性が大いに発揮された名演奏。
ゆったり、ゆっくり、スケール雄大かと思うと、可憐な表情が浮かんだり、クレンペラーには珍しく情感がこもったところもあったりして、なかなか一筋縄ではいかないが、最後には、「やっぱり、クレンペラーだわい」と納得してしまう。
1・2楽章はいたって普通。美しいモーツァルト。
第3楽章あたりから俄然面白くなる。
テンポはゆったりで、これぞクレンペラーのテンポ。
冒頭の和音のあと、オーボエからクラリネットに渡される旋律の美しさは最高。響きもタップリとしていて、色合いも濃厚。思い入れを感じる。
楽章を通じて、美しいメロディが次々に受け渡されてゆくところは、格別の味わい。ゆったりした包容力も感じる。父性的な愛情も感じられる。そして、遅いテンポの中で、モーツァルトの天才がそこかしこにこぼれ落ちてくる。
第5楽章のメヌエットも素晴らしい。
ここもテンポが遅く、フワッと音が伸びてゆく。ロンドン管楽合奏団は好演。クラリネットやオーボエは本当に美しい。
中間部ではハ短調になって、色彩的な表現が聴ける。管楽器の音色が変化に富んで、見事なものだ。さすがクレンペラーと云うべきか、それとも、このぶっきらぼうなオッサンにロンドン管楽合奏団がよくついていったと云うべきか。
第6楽章も名演。
主題の美しさ、変奏の鮮やかさはモーツァルトの天才の証し。
いつ聴いても素晴らしいなぁと思う。
今から40年以上も昔の録音・・・なのにイイ音してます。
EMIにしては上々の録音・・・と云うより、この時期のEMIにはなかなか良い音の録音が多いようです。
「グラン・パルティータ」には良い演奏がいっぱいあります。
ベルリン・フィルハーモニー管楽アンサンブルのもの。
アーノンクール指揮のもの。
ちょいと聴き比べしてみましょうか。
ふだんは室内仕事なので、日中の外気の暖かさに気づかなかったんですが、そういえば職場の銀杏の色づきが遅いようです。昨年も遅かったんですが、今年はさらに遅いです。
桜三里のあたりは紅葉が綺麗になっていますが、伊予路の平地はまだまだ錦秋というわけにはいかないようです。
さて、今日は休日。のんびりモーツァルト三昧しましょうか。
で、モーツァルトのセレナード第10番。
いわゆる、13楽器のためのセレナード 変ロ長調「グラン・パルティータ」。
オットー・クレンペラー指揮ロンドン管楽合奏団の演奏。
1963年の録音、EMI原盤。
クレンペラーの個性が大いに発揮された名演奏。
ゆったり、ゆっくり、スケール雄大かと思うと、可憐な表情が浮かんだり、クレンペラーには珍しく情感がこもったところもあったりして、なかなか一筋縄ではいかないが、最後には、「やっぱり、クレンペラーだわい」と納得してしまう。
1・2楽章はいたって普通。美しいモーツァルト。
第3楽章あたりから俄然面白くなる。
テンポはゆったりで、これぞクレンペラーのテンポ。
冒頭の和音のあと、オーボエからクラリネットに渡される旋律の美しさは最高。響きもタップリとしていて、色合いも濃厚。思い入れを感じる。
楽章を通じて、美しいメロディが次々に受け渡されてゆくところは、格別の味わい。ゆったりした包容力も感じる。父性的な愛情も感じられる。そして、遅いテンポの中で、モーツァルトの天才がそこかしこにこぼれ落ちてくる。
第5楽章のメヌエットも素晴らしい。
ここもテンポが遅く、フワッと音が伸びてゆく。ロンドン管楽合奏団は好演。クラリネットやオーボエは本当に美しい。
中間部ではハ短調になって、色彩的な表現が聴ける。管楽器の音色が変化に富んで、見事なものだ。さすがクレンペラーと云うべきか、それとも、このぶっきらぼうなオッサンにロンドン管楽合奏団がよくついていったと云うべきか。
第6楽章も名演。
主題の美しさ、変奏の鮮やかさはモーツァルトの天才の証し。
いつ聴いても素晴らしいなぁと思う。
今から40年以上も昔の録音・・・なのにイイ音してます。
EMIにしては上々の録音・・・と云うより、この時期のEMIにはなかなか良い音の録音が多いようです。
「グラン・パルティータ」には良い演奏がいっぱいあります。
ベルリン・フィルハーモニー管楽アンサンブルのもの。
アーノンクール指揮のもの。
ちょいと聴き比べしてみましょうか。
2006/11/22のBlog
[ 05:04 ]
[ 交響曲 ]
ここのところ、ハイドンをゴソゴソ聴いています。
昨日はデイヴィスを聴きました。他にもヨッフム/ロンドン・フィル、カラヤン/BPO、バーンスタイン/NYP・・・・いやぁ、ハイドンってエエですね。
特に朝。出勤前とか、通勤の車の中で聴くと、実に爽やかな気分になります。
そんな中、やや小ぶりだけれど爽やかな1枚を今日はエントリーしてみましょ。
ハイドンの交響曲第96番ニ長調「奇蹟」。
ギュンター・ヘルビッヒ指揮ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏。
1977年頃、ドレスデン・ルカ教会での録音。
リズムが軽快で、音楽が実によく流れる。しなやかでスッキリとした音楽作り。
ドレスデン・フィルの音も素晴らしい。ドレスデン・シュターツカペレのような、上品で柔らかい響き。ルカ教会の音響がものをいっているのかな。残響はいつもながら本当に美しい。
第1楽章、アダージョ~アレグロ。
柔和でしなやかなハイドン。オーケストラはやや小ぶりで、内声部が良く聴き取れる。ストリングスは滑らかで、これはホンマに美しい。特に第1ヴァイオリンは艶やかさもあって実にイイ。後方で鳴る金管や木管がまた品のいいこと。
第2楽章はアンダンテ。
ハイドンらしい上質で紳士的、穏やか・ふくよかな音楽。心落ち着くなぁ。
若い頃はこのテの音楽がナマぬるいと感じたがものだが、トシのせいだろう、この頃はこういう音楽がしみじみ味わい深く感じられるようになった。
ヘルビッヒのつくるハイドンは、上等な民芸品のような感じ。丁寧に作り込まれて、触れば温もりがあって、作り手の愛情が注ぎ込まれている・・・・そんな音楽。
第3楽章はメヌエット。
精力的で若々しく、リズムがよく弾んで実に気持ちいい。響きもドロドロせず、シェイプアップされた音楽になっている。オーボエのソロなどは、ふるいつきたくなるような魅力的な響き。
終楽章はヴィヴァーチェ。
快活にして爽快、清明な音楽が走りすぎてゆく。響きが豊かなのだが、音楽はいたって簡明。ドレスデン・フィルが心地よく締めくくってくれる。
この曲の「奇蹟」というニックネームは、初演時に、会場のシャンデリアが天井から落下したにも関わらず誰も怪我をしなかったという出来事によるらしいが、ホンマかいな。
ニックネーム関係なしに、楽しく、心地よく聴ける交響曲でありました。
デイヴィス/コンセルトヘボウ管のハイドンもエエですが、ヘルビッヒのハイドンもなかなかですぞい。
しかもこのボックスセットは輸入盤激安価格で4枚組で1700円くらいでした。
ロンドンセットがこんなに安価に聴けてしまってエエんでしょうか・・・・。
いやはや、とても嬉しい。
昨日はデイヴィスを聴きました。他にもヨッフム/ロンドン・フィル、カラヤン/BPO、バーンスタイン/NYP・・・・いやぁ、ハイドンってエエですね。
特に朝。出勤前とか、通勤の車の中で聴くと、実に爽やかな気分になります。
そんな中、やや小ぶりだけれど爽やかな1枚を今日はエントリーしてみましょ。
ハイドンの交響曲第96番ニ長調「奇蹟」。
ギュンター・ヘルビッヒ指揮ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏。
1977年頃、ドレスデン・ルカ教会での録音。
リズムが軽快で、音楽が実によく流れる。しなやかでスッキリとした音楽作り。
ドレスデン・フィルの音も素晴らしい。ドレスデン・シュターツカペレのような、上品で柔らかい響き。ルカ教会の音響がものをいっているのかな。残響はいつもながら本当に美しい。
第1楽章、アダージョ~アレグロ。
柔和でしなやかなハイドン。オーケストラはやや小ぶりで、内声部が良く聴き取れる。ストリングスは滑らかで、これはホンマに美しい。特に第1ヴァイオリンは艶やかさもあって実にイイ。後方で鳴る金管や木管がまた品のいいこと。
第2楽章はアンダンテ。
ハイドンらしい上質で紳士的、穏やか・ふくよかな音楽。心落ち着くなぁ。
若い頃はこのテの音楽がナマぬるいと感じたがものだが、トシのせいだろう、この頃はこういう音楽がしみじみ味わい深く感じられるようになった。
ヘルビッヒのつくるハイドンは、上等な民芸品のような感じ。丁寧に作り込まれて、触れば温もりがあって、作り手の愛情が注ぎ込まれている・・・・そんな音楽。
第3楽章はメヌエット。
精力的で若々しく、リズムがよく弾んで実に気持ちいい。響きもドロドロせず、シェイプアップされた音楽になっている。オーボエのソロなどは、ふるいつきたくなるような魅力的な響き。
終楽章はヴィヴァーチェ。
快活にして爽快、清明な音楽が走りすぎてゆく。響きが豊かなのだが、音楽はいたって簡明。ドレスデン・フィルが心地よく締めくくってくれる。
この曲の「奇蹟」というニックネームは、初演時に、会場のシャンデリアが天井から落下したにも関わらず誰も怪我をしなかったという出来事によるらしいが、ホンマかいな。
ニックネーム関係なしに、楽しく、心地よく聴ける交響曲でありました。
デイヴィス/コンセルトヘボウ管のハイドンもエエですが、ヘルビッヒのハイドンもなかなかですぞい。
しかもこのボックスセットは輸入盤激安価格で4枚組で1700円くらいでした。
ロンドンセットがこんなに安価に聴けてしまってエエんでしょうか・・・・。
いやはや、とても嬉しい。
2006/11/21のBlog
[ 03:10 ]
[ 交響曲 ]
日曜日のNHKスペシャル「分かっちゃいるけどやせられない」、面白かったです。
はやりの「メタボリック・シンドローム」、内臓脂肪と闘うドキュメント、参考になりました。
ワタクシの場合も、要は分かっているんです。食べ過ぎなんですな。
朝ジョグを続けているのに体重が増えるのは、エネルギーの消費量を、摂取量が上回っていることに他なりません。そうなんです。「分かっちゃいるんです」(^^ゞ。
でも、メシが旨いんだなぁ・・・・甘いもんが美味いんだなぁ・・・・・(^^ゞ。
さて、今日は録音の良いCDを聴きましょう。
ハイドンの交響曲第100番ト長調「軍隊」。
コリン・デイヴィス指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1974年11月の録音。フィリップスの名録音盤。
第1楽章アダージョ~アレグロ。
序奏部は穏やかな表情。主部に入っても柔和な音楽は変わらない。
オケの響きがとにかく豊かで、柔らかく少し渋めの音色も落ち着いている。英国紳士ハイドンが現れる。
アンサンブルも実に美しく、音の汚れやどぎつさが一つもないのがイイ。
デイヴィスの指揮は正統的で真摯なもの。コンセルトヘボウ管の豊かな音の中で、楽しんで振っている感じ。中低音を充実させ、目立たない音もよく聞こえる。ヴィオラなんか、しっかり弾いているのが分かる。これが、コンセルトヘボウ管のふっくらした響きに繋がっているんだろう。
第2楽章はアレグレット。親しみやすい旋律に可愛らしい楽器用法(と云うと、ハイドンに失礼か)、柔和な表情がとても良い。「軍隊」のラッパも美しいが、そのあとのトゥッティが極上の美しさ。コンセルトヘボウの実力、ここにあり。
第3楽章はメヌエット。
これもハイドンらしい綺麗なメヌエット。コンセルトヘボウ管が演奏すると、どうしてこうも品がよいのだろう。この上質な響き、特にストリングスの美しさといったら・・・・もう至福の境地。
フィナーレはプレスト。でも、そんなに速くない。
充実し、成熟しきった音楽。これはハイドンのダンディズムを聴くべきところか。デイヴィスの指揮は端正そのもの、いかにも古典音楽。
堅牢で落ち着いた、正々堂々のフィナーレになった。
録音が極上。今から30年も前に、こんなに美しい音で録音できていたなんて。
特に弦楽セクションが素晴らしく、音が混濁せず、柔らかく清らか。
フィリップス特有の、まさにヨーロッパ・トーン!
昔のアキバの石丸、輸入盤広告のコピーじゃないが・・・・・「ヨーロッパに感激」であります。
はやりの「メタボリック・シンドローム」、内臓脂肪と闘うドキュメント、参考になりました。
ワタクシの場合も、要は分かっているんです。食べ過ぎなんですな。
朝ジョグを続けているのに体重が増えるのは、エネルギーの消費量を、摂取量が上回っていることに他なりません。そうなんです。「分かっちゃいるんです」(^^ゞ。
でも、メシが旨いんだなぁ・・・・甘いもんが美味いんだなぁ・・・・・(^^ゞ。
さて、今日は録音の良いCDを聴きましょう。
ハイドンの交響曲第100番ト長調「軍隊」。
コリン・デイヴィス指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1974年11月の録音。フィリップスの名録音盤。
第1楽章アダージョ~アレグロ。
序奏部は穏やかな表情。主部に入っても柔和な音楽は変わらない。
オケの響きがとにかく豊かで、柔らかく少し渋めの音色も落ち着いている。英国紳士ハイドンが現れる。
アンサンブルも実に美しく、音の汚れやどぎつさが一つもないのがイイ。
デイヴィスの指揮は正統的で真摯なもの。コンセルトヘボウ管の豊かな音の中で、楽しんで振っている感じ。中低音を充実させ、目立たない音もよく聞こえる。ヴィオラなんか、しっかり弾いているのが分かる。これが、コンセルトヘボウ管のふっくらした響きに繋がっているんだろう。
第2楽章はアレグレット。親しみやすい旋律に可愛らしい楽器用法(と云うと、ハイドンに失礼か)、柔和な表情がとても良い。「軍隊」のラッパも美しいが、そのあとのトゥッティが極上の美しさ。コンセルトヘボウの実力、ここにあり。
第3楽章はメヌエット。
これもハイドンらしい綺麗なメヌエット。コンセルトヘボウ管が演奏すると、どうしてこうも品がよいのだろう。この上質な響き、特にストリングスの美しさといったら・・・・もう至福の境地。
フィナーレはプレスト。でも、そんなに速くない。
充実し、成熟しきった音楽。これはハイドンのダンディズムを聴くべきところか。デイヴィスの指揮は端正そのもの、いかにも古典音楽。
堅牢で落ち着いた、正々堂々のフィナーレになった。
録音が極上。今から30年も前に、こんなに美しい音で録音できていたなんて。
特に弦楽セクションが素晴らしく、音が混濁せず、柔らかく清らか。
フィリップス特有の、まさにヨーロッパ・トーン!
昔のアキバの石丸、輸入盤広告のコピーじゃないが・・・・・「ヨーロッパに感激」であります。
2006/11/20のBlog
[ 05:17 ]
[ 室内楽曲 ]
月曜日は「のだめカンタービレ」放送の日です。
夜の9時までには仕事を終えて帰宅していたいですな・・・・。
テーマになっているベートーヴェンの交響曲第7番も、世間では人気が出ているようで、目出度いことです。
では、今日はその予習を兼ねて、懐かしく、また楽しいLPを。
ベートーヴェンの交響曲第7番イ長調(9声部ハルモニー版)。
演奏はオクトフォロス。
1984年8月、ベルギーのブルージュでの録音。ACCENTレーベルの輸入盤。
ACCENTは、バルトルド・クイケンのトラヴェルソによる「テレマンの12の幻想曲」で話題になったレーベルで、録音が非常に良いと大評判だった。ジャケットも濃いベージュで統一されてとても上品、盤質も良くて人気を博していたと思う。発売直後に、秋葉原の石丸電気で買ったLPだった。
この演奏は、ベートーヴェン自身による9声部ハルモニー版で、木管八重奏とコントラバスによるもの。
オーボエ2、クラリネット2、ホルン2、バスーン2、そしてコントラバスの構成。
後年の他人による編曲ものではない、作曲者自身による編曲バージョン。
(他にも弦楽五重奏やピアノ三重奏、ピアノ独奏などもあったらしい)
多分、こうした小編成の団体で楽しむことも当時は結構あったのだろう。
さて、オクトフォロスの演奏。
この少人数で「ベートーヴェンの交響曲第7番」を演ってしまうわけだから、もうスゴイ技巧の連続。弦楽器のパートを吹いていたかと思うと、自分の楽器のパートを平然と吹いていたりで、めまぐるしく動いていく。
それでいて、実に楽しそう。
響きも、木管中心なので、可愛らしいというか、暖かいというか。オーケストラの迫力は勿論ないのだが、だからこそ、味わい深い響きに包まれてゆく。
全体的にひなびた感じも実に良い。
4楽章のうち、特に良かったのは第2楽章。
管楽器が奏でる哀しみの旋律は、ヴァイオリンとはまた違う独特の風情。透きとおった哀しみというか、澄んだ空気の中の哀しみというか・・・。
ヴィブラートやポルタメントがない分、直截的な感情が響いてくる。
録音は残響豊かな教会。これがまた実にイイ。
LPのクレジットには、聖Gillis教会と書いてある。ホールトーンがかなり長く、小編成の曲なのだがスケール豊かに聞こえる。
また、オーボエやクラリネットの響きが徐々に消えてゆくところなど、得も言われぬ味わいがある。
美しい響きと楽しい演奏。
こんな風にベートーヴェンでカンタービレするのも、エエもんです。
夜の9時までには仕事を終えて帰宅していたいですな・・・・。
テーマになっているベートーヴェンの交響曲第7番も、世間では人気が出ているようで、目出度いことです。
では、今日はその予習を兼ねて、懐かしく、また楽しいLPを。
ベートーヴェンの交響曲第7番イ長調(9声部ハルモニー版)。
演奏はオクトフォロス。
1984年8月、ベルギーのブルージュでの録音。ACCENTレーベルの輸入盤。
ACCENTは、バルトルド・クイケンのトラヴェルソによる「テレマンの12の幻想曲」で話題になったレーベルで、録音が非常に良いと大評判だった。ジャケットも濃いベージュで統一されてとても上品、盤質も良くて人気を博していたと思う。発売直後に、秋葉原の石丸電気で買ったLPだった。
この演奏は、ベートーヴェン自身による9声部ハルモニー版で、木管八重奏とコントラバスによるもの。
オーボエ2、クラリネット2、ホルン2、バスーン2、そしてコントラバスの構成。
後年の他人による編曲ものではない、作曲者自身による編曲バージョン。
(他にも弦楽五重奏やピアノ三重奏、ピアノ独奏などもあったらしい)
多分、こうした小編成の団体で楽しむことも当時は結構あったのだろう。
さて、オクトフォロスの演奏。
この少人数で「ベートーヴェンの交響曲第7番」を演ってしまうわけだから、もうスゴイ技巧の連続。弦楽器のパートを吹いていたかと思うと、自分の楽器のパートを平然と吹いていたりで、めまぐるしく動いていく。
それでいて、実に楽しそう。
響きも、木管中心なので、可愛らしいというか、暖かいというか。オーケストラの迫力は勿論ないのだが、だからこそ、味わい深い響きに包まれてゆく。
全体的にひなびた感じも実に良い。
4楽章のうち、特に良かったのは第2楽章。
管楽器が奏でる哀しみの旋律は、ヴァイオリンとはまた違う独特の風情。透きとおった哀しみというか、澄んだ空気の中の哀しみというか・・・。
ヴィブラートやポルタメントがない分、直截的な感情が響いてくる。
録音は残響豊かな教会。これがまた実にイイ。
LPのクレジットには、聖Gillis教会と書いてある。ホールトーンがかなり長く、小編成の曲なのだがスケール豊かに聞こえる。
また、オーボエやクラリネットの響きが徐々に消えてゆくところなど、得も言われぬ味わいがある。
美しい響きと楽しい演奏。
こんな風にベートーヴェンでカンタービレするのも、エエもんです。