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2006/12/07のBlog
[ 05:07 ]
[ 室内楽曲 ]
今日はチャイコフスキーの弦楽四重奏曲第1番ニ長調 作品11です。
演奏はアマデウス弦楽四重奏団で。
寒くなると聴きたくなる音楽がある。
チャイコフスキーなんかが、その典型かな。
チャイコフスキーの曲は、部屋を暖めながら、ゆっくり聴きたいなものだ。「少し寒いな、暖房が欲しいな」なんて云いながら、彼の音楽を聴くのは、季節感があって良いものだと思う。
今日の聴いている弦楽四重奏曲第1番もそのたぐい。
この曲は、ボロディンの弦楽四重奏曲第2番とカップリングされることが多く、どちらもロシアの平原や身にしみる寒気などを想像させてくれるし、哀愁漂う美しい旋律に恵まれた名品だと思う。
演奏はアマデウスSQ。
ロシア臭は薄く、ヨーロッパ的な洗練が前面に出てくるが、この曲が佳品であることを十分に伝えてくれる。
第1楽章はアンサンブルの強固さ・精確さよりも、曲の流れを重視した音楽づくり。よく歌い、よく流れる。しかも滑らかだ。ただ流麗なのではなく、ここぞのフォルテではスケールが大きい。チェロの低音のコントロールが素晴らしい。
第2楽章はお目当てのアンダンテ・カンタービレ。ほのかに暖かく、懐かしさがこみ上げてくるような旋律。
暖炉の前で年寄りの昔話を聞かせられるような温もり。あるいは寒気の中で温かいミルクをすするような安堵感。そんな雰囲気が実に良い。
アマデウスSQの各奏者の響きがとても美しい。しかし、弱音器を付けると、どうしてこう美しく、また切ないのだろう。
第3楽章のスケルツォはヴァイオリンの音色が特に綺麗で、よく歌う。上品な舞曲のような雰囲気。
終楽章フィナーレは精力的。活気に満ちた演奏ぶりで、時に荒々しい響きが特徴的。
アマデウスSQの演奏は、少しアンサンブルが弱い感じ。
音色は素晴らしいし、個々の奏者は巧いなぁと思います。
アンサンブルよりも、歌うところでの流麗感、あるいは激しい部分での、荒々しい土俗的表現を重視したのかもしれません。
録音は標準レベル。1970年代後半の録音だと思います。
演奏はアマデウス弦楽四重奏団で。
寒くなると聴きたくなる音楽がある。
チャイコフスキーなんかが、その典型かな。
チャイコフスキーの曲は、部屋を暖めながら、ゆっくり聴きたいなものだ。「少し寒いな、暖房が欲しいな」なんて云いながら、彼の音楽を聴くのは、季節感があって良いものだと思う。
今日の聴いている弦楽四重奏曲第1番もそのたぐい。
この曲は、ボロディンの弦楽四重奏曲第2番とカップリングされることが多く、どちらもロシアの平原や身にしみる寒気などを想像させてくれるし、哀愁漂う美しい旋律に恵まれた名品だと思う。
演奏はアマデウスSQ。
ロシア臭は薄く、ヨーロッパ的な洗練が前面に出てくるが、この曲が佳品であることを十分に伝えてくれる。
第1楽章はアンサンブルの強固さ・精確さよりも、曲の流れを重視した音楽づくり。よく歌い、よく流れる。しかも滑らかだ。ただ流麗なのではなく、ここぞのフォルテではスケールが大きい。チェロの低音のコントロールが素晴らしい。
第2楽章はお目当てのアンダンテ・カンタービレ。ほのかに暖かく、懐かしさがこみ上げてくるような旋律。
暖炉の前で年寄りの昔話を聞かせられるような温もり。あるいは寒気の中で温かいミルクをすするような安堵感。そんな雰囲気が実に良い。
アマデウスSQの各奏者の響きがとても美しい。しかし、弱音器を付けると、どうしてこう美しく、また切ないのだろう。
第3楽章のスケルツォはヴァイオリンの音色が特に綺麗で、よく歌う。上品な舞曲のような雰囲気。
終楽章フィナーレは精力的。活気に満ちた演奏ぶりで、時に荒々しい響きが特徴的。
アマデウスSQの演奏は、少しアンサンブルが弱い感じ。
音色は素晴らしいし、個々の奏者は巧いなぁと思います。
アンサンブルよりも、歌うところでの流麗感、あるいは激しい部分での、荒々しい土俗的表現を重視したのかもしれません。
録音は標準レベル。1970年代後半の録音だと思います。
2006/12/06のBlog
[ 02:27 ]
[ 管弦楽曲 ]
当地愛媛県では今、テレビドラマ「白い巨塔」を再放送しております(テレビ愛媛)。
平日午後の3時半からの放送なので、留守録して毎日観ておりますが、これは面白いですな。
ボクはTVドラマを見る習慣があまりないので(「のだめカンタービレ」は別です)、この「白い巨塔」はリアルタイムでは見ていませんでした。評判高く、視聴率も良かったとは聞いてはいたんですが、なるほど、確かによく出来てます。原作も面白かったし、田宮二朗が主演したドラマも素晴らしかったが(1970年代末だったか?あの頃はよく見ていた(^^ゞ)、唐沢寿明演ずる財前五郎も、なかなかカッコエエですな。
特に彼が手術前に、タンホイザー序曲を口ずさみながら、指先のシミュレーションを行うのが、実にカッコイイんです。いや全く画面と音楽がピッタリとはまって、カッコイイんです。
やるなぁ・・・・・ここで、タンホイザーかい。
では、こちらも対抗して、タンホイザーを聴こうじゃないのさ。
しかし、これほどカッコよく決まっているタンホイザーとなると、そうは多くないぞい。ここは、やはりカラヤンにご登場願おうか(^-^)。
では。
ワーグナー:歌劇「タンホイザー」序曲とヴェーヌスベルグの音楽(パリ版)。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏。
1974年、ベルリンのフィルハーモニー・ホールでの録音。
EMI盤のカラヤン/BPOのワーグナー管弦楽曲集2枚組LPから。カラヤン/BPO全盛期の名盤と思う。
演奏はもう美麗壮麗豪華絢爛千両役者的な素晴らしさ。
睨みを利かせて見得を切る歌舞伎役者。
演出・設計が抜群に上手く、聴かせ上手であることこの上ない。
アンサンブルは完璧。特に管楽器がメチャクチャ巧い。
そして、美しい。ワーグナーをこんなに美しく、いわば耽美的に演奏させたら、カラヤンの右に出る者はいないんじゃないか。
冒頭からラスト、ヴェーヌスベルグの音楽まで、息もつかせぬ、全く飽きさせない演奏。「カラヤンって、やっぱり綺麗やなぁ」、「ホンマにベルリン・フィルって巧いなぁ」・・・感嘆しきり。
録音がまたよろしい。
EMIはデジタル時代になってから音質が低下したとボクは思っているが、アナログ時代は素晴らしかった。特に1960年代から70年代には、上質の録音が多い。
これもその一つ。
カラヤンが磨きに磨き上げたベルリン・フィルの音で、官能的なワーグナーが聴けます。これなら、財前のワーグナー、財前の手術の腕前に負けないでしょ。
平日午後の3時半からの放送なので、留守録して毎日観ておりますが、これは面白いですな。
ボクはTVドラマを見る習慣があまりないので(「のだめカンタービレ」は別です)、この「白い巨塔」はリアルタイムでは見ていませんでした。評判高く、視聴率も良かったとは聞いてはいたんですが、なるほど、確かによく出来てます。原作も面白かったし、田宮二朗が主演したドラマも素晴らしかったが(1970年代末だったか?あの頃はよく見ていた(^^ゞ)、唐沢寿明演ずる財前五郎も、なかなかカッコエエですな。
特に彼が手術前に、タンホイザー序曲を口ずさみながら、指先のシミュレーションを行うのが、実にカッコイイんです。いや全く画面と音楽がピッタリとはまって、カッコイイんです。
やるなぁ・・・・・ここで、タンホイザーかい。
では、こちらも対抗して、タンホイザーを聴こうじゃないのさ。
しかし、これほどカッコよく決まっているタンホイザーとなると、そうは多くないぞい。ここは、やはりカラヤンにご登場願おうか(^-^)。
では。
ワーグナー:歌劇「タンホイザー」序曲とヴェーヌスベルグの音楽(パリ版)。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏。
1974年、ベルリンのフィルハーモニー・ホールでの録音。
EMI盤のカラヤン/BPOのワーグナー管弦楽曲集2枚組LPから。カラヤン/BPO全盛期の名盤と思う。
演奏はもう美麗壮麗豪華絢爛千両役者的な素晴らしさ。
睨みを利かせて見得を切る歌舞伎役者。
演出・設計が抜群に上手く、聴かせ上手であることこの上ない。
アンサンブルは完璧。特に管楽器がメチャクチャ巧い。
そして、美しい。ワーグナーをこんなに美しく、いわば耽美的に演奏させたら、カラヤンの右に出る者はいないんじゃないか。
冒頭からラスト、ヴェーヌスベルグの音楽まで、息もつかせぬ、全く飽きさせない演奏。「カラヤンって、やっぱり綺麗やなぁ」、「ホンマにベルリン・フィルって巧いなぁ」・・・感嘆しきり。
録音がまたよろしい。
EMIはデジタル時代になってから音質が低下したとボクは思っているが、アナログ時代は素晴らしかった。特に1960年代から70年代には、上質の録音が多い。
これもその一つ。
カラヤンが磨きに磨き上げたベルリン・フィルの音で、官能的なワーグナーが聴けます。これなら、財前のワーグナー、財前の手術の腕前に負けないでしょ。
2006/12/05のBlog
[ 04:53 ]
[ 声楽曲・オペラ ]
ドラマ「のだめカンタービレ」は相変わらず面白く楽しいですね。若い音楽家たちのエネルギーがテレビの画面から、はじけてきます。若いってエエですね。
ドラマに触発されて、オーボエ協奏曲かブラームスの1番交響曲にしようかと思いましたが、さすがに今日はモーツァルトの命日です。そしてモーツァルト・イヤーも終わります。
命日だからと「レクイエム」も何だなぁと思い、賑やかなのが好きだったモーツァルトらしい名曲を行きます。
これだけ騒々しく滑稽でワクワクしてくるオペラも、そうはないと思います。
では、モーツァルトの命日に。
モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」・・・・・(^-^)。
ゲオルク・ショルティ指揮ロンドン・フィルの演奏。
1981年、ロンドンのキングズウェイ・ホールでのデジタル録音。DECCA原盤。
キャストは素晴らしい。豪華メンバーだと思う。
伯爵夫人; キリ・テ・カナワ
伯爵; トーマス・アレン
フィガロ; サミュエル・ラミー。
スザンナ; ルチア・ポップ
ケルビーノ;フレデリカ・フォン・シュターデ。
バルトロ; クルト・モル
快速爽快、切れ味鋭い刀でスパッと切ったような、スッキリした序曲。4分かからない速さで駆け抜ける。推進力抜群、しかもさすがにショルティ、オケがよく鳴っている。「ワシはショルティ、文句あるか?」とでも云っているかのよう。でも、セカセカしすぎかな?・・・・・。
フィガロを演じるはサミュエル・ラミー。若々しく力強いフィガロ。頭の回転の速さはもう一つかなという気もするが、声はとても美しい。妙なイヤらしさや変な色気がないので、好感が持てる。声色もいろいろ変化させており、聴いていて楽しい。
バルトロはクルト・モル。もう少し年寄り臭さがあってもいいかな。正直誠実、真摯な歌唱だとは思うが、もう少し「汚さ」が欲しい感じ。正攻法のバルトロも悪くはないんだが。
フレデリカ・フォン・シュターデのケルビーノは、まさに適役。透明で蒼い声質が、この多感な美少年にピッタリ。「自分で自分が分からない」や「恋とはどんなものかしら」の有名な(ある意味で聴き古した)アリアが、全く新鮮に響く。この時期のシュターデは本当に絶好調だったんだなぁ。
そして、ルチア・ポップ!
彼女のスザンナは最高。可憐で、キュートで、頭の回転が速く、女性としての芯の強さも持っている・・・・すばらしい表現力。
スザンナはこの歌劇の最初から最後まで活躍するキャスト。ポップという最高のスザンナを得て、このショルティ盤はさらに価値を増したと思う。
(ポップはマリナー盤での伯爵夫人も素晴らしかったが。)
伯爵夫人のキリ・テ・カナワは貫禄の歌唱。ゆっくりとしたアリアは高貴でもあるんだが、もったいぶった歌い方という気もする。モノローグなど、とても立派だと思う。伯爵夫人の抱える悩み、内面の掘り下げについては、やや疑問があるが・・・。
重唱が美しいことも、この演奏の良いところ。(というより、重唱の出来が良くないと「フィガロ」の面白さ・楽しさは半減してしまう。)
第1幕の終わりの六重唱など、その最たるもので、素晴らしい出来。
「手紙のアリア」なども極上の美しさ。言葉を失いますな。
録音はスッキリしていて、聴きやすい。
デジタル初期の録音だが、特に硬くもない。
DECCAらしい鮮明さで、家庭で聴くには十分すぎるくらいの優秀録音と思います。
ドラマに触発されて、オーボエ協奏曲かブラームスの1番交響曲にしようかと思いましたが、さすがに今日はモーツァルトの命日です。そしてモーツァルト・イヤーも終わります。
命日だからと「レクイエム」も何だなぁと思い、賑やかなのが好きだったモーツァルトらしい名曲を行きます。
これだけ騒々しく滑稽でワクワクしてくるオペラも、そうはないと思います。
では、モーツァルトの命日に。
モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」・・・・・(^-^)。
ゲオルク・ショルティ指揮ロンドン・フィルの演奏。
1981年、ロンドンのキングズウェイ・ホールでのデジタル録音。DECCA原盤。
キャストは素晴らしい。豪華メンバーだと思う。
伯爵夫人; キリ・テ・カナワ
伯爵; トーマス・アレン
フィガロ; サミュエル・ラミー。
スザンナ; ルチア・ポップ
ケルビーノ;フレデリカ・フォン・シュターデ。
バルトロ; クルト・モル
快速爽快、切れ味鋭い刀でスパッと切ったような、スッキリした序曲。4分かからない速さで駆け抜ける。推進力抜群、しかもさすがにショルティ、オケがよく鳴っている。「ワシはショルティ、文句あるか?」とでも云っているかのよう。でも、セカセカしすぎかな?・・・・・。
フィガロを演じるはサミュエル・ラミー。若々しく力強いフィガロ。頭の回転の速さはもう一つかなという気もするが、声はとても美しい。妙なイヤらしさや変な色気がないので、好感が持てる。声色もいろいろ変化させており、聴いていて楽しい。
バルトロはクルト・モル。もう少し年寄り臭さがあってもいいかな。正直誠実、真摯な歌唱だとは思うが、もう少し「汚さ」が欲しい感じ。正攻法のバルトロも悪くはないんだが。
フレデリカ・フォン・シュターデのケルビーノは、まさに適役。透明で蒼い声質が、この多感な美少年にピッタリ。「自分で自分が分からない」や「恋とはどんなものかしら」の有名な(ある意味で聴き古した)アリアが、全く新鮮に響く。この時期のシュターデは本当に絶好調だったんだなぁ。
そして、ルチア・ポップ!
彼女のスザンナは最高。可憐で、キュートで、頭の回転が速く、女性としての芯の強さも持っている・・・・すばらしい表現力。
スザンナはこの歌劇の最初から最後まで活躍するキャスト。ポップという最高のスザンナを得て、このショルティ盤はさらに価値を増したと思う。
(ポップはマリナー盤での伯爵夫人も素晴らしかったが。)
伯爵夫人のキリ・テ・カナワは貫禄の歌唱。ゆっくりとしたアリアは高貴でもあるんだが、もったいぶった歌い方という気もする。モノローグなど、とても立派だと思う。伯爵夫人の抱える悩み、内面の掘り下げについては、やや疑問があるが・・・。
重唱が美しいことも、この演奏の良いところ。(というより、重唱の出来が良くないと「フィガロ」の面白さ・楽しさは半減してしまう。)
第1幕の終わりの六重唱など、その最たるもので、素晴らしい出来。
「手紙のアリア」なども極上の美しさ。言葉を失いますな。
録音はスッキリしていて、聴きやすい。
デジタル初期の録音だが、特に硬くもない。
DECCAらしい鮮明さで、家庭で聴くには十分すぎるくらいの優秀録音と思います。
2006/12/04のBlog
[ 05:04 ]
[ 交響曲 ]
一気の冬。
四国は真冬になりました。あまりに身体が冷えるので、風邪でも引いたんじゃないかと思いました。
寒さに身体が慣れていなかったんですな。早いとこ、慣らしとかんとイカンなぁ・・・。
さて、モーツァルト・イヤーも押し詰まってきました。
命日も明日です。そこで、今日は晩年の作品を。
モーツァルトの交響曲第39番変ホ長調 K.543。
ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団の演奏。
1980年の録音、CBSのクーベリックのモーツァルト後期交響曲集からの1枚。
第1楽章は「魔笛」を思い出させるような序奏部で始まる。
柔らかく格調高い開始。テンポは中庸で、正統的なモーツァルト。どこをとっても盤石の安定感がある。
バイエルン放送響の音がイイ。明朗穏和で落ち着いた音。派手な明るさではなく、陰影のある渋い明るさであって、それがこの39番交響曲にはふさわしい。
モーツァルトの晩年特有の、澄みきった境地には、クーベリック/バイエルン放送響が紡ぎ出すこの音が似合う。
この音に包み込まれるのは(いつもクーベリックの演奏で云うことなのだが)、至福の時間。
第2楽章はアンダンテ。静謐な感情が流れてゆく。
クーベリック/バイエルン放送響の演奏は、ピリオド楽器の演奏に慣れた現代の耳で聴くと、ずいぶんロマンティックに聞こえる。でも、この充実感は何物にも代え難い。
モーツァルト独特の、長調なのに哀しい、明るい曲調なのに淋しい・・という特徴がよく出ている演奏と思う。
第3楽章メヌエットは、さらに上をゆく名演。
クラリネットを用いたトリオの柔らかさ。2本のクラリネットの何ともひなびた美しさ、それに絡むフルートの気品。絶品やなぁ。
第4楽章フィナーレはアレグロ。テンポはここでも心地よい。
速くなりすぎず、もたれもせず、気持ちよく呼吸できるテンポ。
内声部が充実していて、ヴィオラやファゴットの渋い音も実に効果的。淡い色調が、無限のイマジネーションを誘う・・・・・。
録音は残響成分が適度で、録音会場のヘルクレスザールのホールトーンの美しさを味わえる。一つ一つの楽器をクローズアップしすぎないのが良いようだ。
ああ、ヨーロッパの音。
素晴らしいオーケストラ音楽。
※クーベリックのモーツァルトです。
交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」
同じく36番「リンツ」
四国は真冬になりました。あまりに身体が冷えるので、風邪でも引いたんじゃないかと思いました。
寒さに身体が慣れていなかったんですな。早いとこ、慣らしとかんとイカンなぁ・・・。
さて、モーツァルト・イヤーも押し詰まってきました。
命日も明日です。そこで、今日は晩年の作品を。
モーツァルトの交響曲第39番変ホ長調 K.543。
ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団の演奏。
1980年の録音、CBSのクーベリックのモーツァルト後期交響曲集からの1枚。
第1楽章は「魔笛」を思い出させるような序奏部で始まる。
柔らかく格調高い開始。テンポは中庸で、正統的なモーツァルト。どこをとっても盤石の安定感がある。
バイエルン放送響の音がイイ。明朗穏和で落ち着いた音。派手な明るさではなく、陰影のある渋い明るさであって、それがこの39番交響曲にはふさわしい。
モーツァルトの晩年特有の、澄みきった境地には、クーベリック/バイエルン放送響が紡ぎ出すこの音が似合う。
この音に包み込まれるのは(いつもクーベリックの演奏で云うことなのだが)、至福の時間。
第2楽章はアンダンテ。静謐な感情が流れてゆく。
クーベリック/バイエルン放送響の演奏は、ピリオド楽器の演奏に慣れた現代の耳で聴くと、ずいぶんロマンティックに聞こえる。でも、この充実感は何物にも代え難い。
モーツァルト独特の、長調なのに哀しい、明るい曲調なのに淋しい・・という特徴がよく出ている演奏と思う。
第3楽章メヌエットは、さらに上をゆく名演。
クラリネットを用いたトリオの柔らかさ。2本のクラリネットの何ともひなびた美しさ、それに絡むフルートの気品。絶品やなぁ。
第4楽章フィナーレはアレグロ。テンポはここでも心地よい。
速くなりすぎず、もたれもせず、気持ちよく呼吸できるテンポ。
内声部が充実していて、ヴィオラやファゴットの渋い音も実に効果的。淡い色調が、無限のイマジネーションを誘う・・・・・。
録音は残響成分が適度で、録音会場のヘルクレスザールのホールトーンの美しさを味わえる。一つ一つの楽器をクローズアップしすぎないのが良いようだ。
ああ、ヨーロッパの音。
素晴らしいオーケストラ音楽。
※クーベリックのモーツァルトです。
交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」
同じく36番「リンツ」
2006/12/03のBlog
[ 05:26 ]
[ 協奏曲 ]
荒れた天気の週末でした。
晴れたかと思えば、風が強くなり、激しい風雨に・・・・雨がやんだ後に晴れ上がり、また風雨が・・・。
気温もグッと下がりました。今日はどうかな・・・。
さて、今日はモーツァルトのフルートとハープのための協奏曲ハ長調 K.229。
フルートはヨハネス・ヴァルター、ハープはユッタ・ツォフ。
オトマール・スウィトナー指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
1975年3月、ドレスデンのルカ教会での録音。ドイツ・シャルプラッテン(徳間音工)のLPレコード。
ハープの音がイイ。右のスピーカーから、透きとおるような美音が響く。抜けるような色白の美女が、柔らかく微笑んでいるような感じ。何とも云えぬ良い音がする。
ヴァルターのフルートは中央やや左寄りで、これも澄みきった音色で、暖かくやさしく響く。良い音だと思う。
第1楽章。
スウィトナーのとるテンポはいつも通り速め。贅肉のない、スリムでスッキリ系のモーツァルト。青年の風貌の演奏だが、味わいは薄くない。
ルカ教会の残響もものをいっていて、とても暖かくふっくらしとたサウンド。これこそ、ドレスデン・シュターツカペレの音だ。華麗な第一主題も、ギラつかずにしっとりと心地よい。
素晴らしいのはスケルツォ。ヴァルターとツォフ、二人の確かなテクニックと息のあったアンサンブルが聴きもの。アイ・コンタクトしているのが見えるような、暖かみのある演奏になっている。
第2楽章も、明朗で穏やか、包まれるような暖かい響きが気持ちよい。そして、フルートとハープの見事な協奏。
この2つの楽器だけで、春のような温もりを表出してしまうモーツァルトの天才。幸福感一杯の演奏になっている。
ここでもカデンツァが素晴らしい。このLPのカデンツァはすべてジョン・トマスの作。本当に綺麗なフルートの歌、ハープの美音。
終楽章は軽快で華麗なロンド・アレグロ。ハープは堅実なテクニックを披露してくれる。フルートが加わると全くギャラントなスタイルになって、華やかなエンディングを迎える。
ああ、素敵な音楽。幸福な音楽。
そういえば、独奏者の二人、フルートのヨハネス・ヴァルター、ハープのユッタ・ツォフは、ドレスデン・シュターツカペレの首席。この演奏は、気心の知れたいつものメンバーがちょっと前に出て、みんなで協奏を楽しんでいるんです。
レコードの録音から30年。
少し古びたような感じもしますが、さすがはルカ教会。見事な音響が部屋に広がります。
LPらしい柔らかく落ち着いた音。
これ徳間音工の廉価盤、1000円盤のLPだったと思いますが、時を越えて、エエ音してます。
追記;これ、1500円盤でした。1982年の発売です。ドイツ・シャルプラッテン1500シリーズで、スウィトナーのモーツァルトなどが廉価発売されたのでした。
これ、今、CDで買うと1000円盤ですね。時代は変わりました・・・・。
晴れたかと思えば、風が強くなり、激しい風雨に・・・・雨がやんだ後に晴れ上がり、また風雨が・・・。
気温もグッと下がりました。今日はどうかな・・・。
さて、今日はモーツァルトのフルートとハープのための協奏曲ハ長調 K.229。
フルートはヨハネス・ヴァルター、ハープはユッタ・ツォフ。
オトマール・スウィトナー指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
1975年3月、ドレスデンのルカ教会での録音。ドイツ・シャルプラッテン(徳間音工)のLPレコード。
ハープの音がイイ。右のスピーカーから、透きとおるような美音が響く。抜けるような色白の美女が、柔らかく微笑んでいるような感じ。何とも云えぬ良い音がする。
ヴァルターのフルートは中央やや左寄りで、これも澄みきった音色で、暖かくやさしく響く。良い音だと思う。
第1楽章。
スウィトナーのとるテンポはいつも通り速め。贅肉のない、スリムでスッキリ系のモーツァルト。青年の風貌の演奏だが、味わいは薄くない。
ルカ教会の残響もものをいっていて、とても暖かくふっくらしとたサウンド。これこそ、ドレスデン・シュターツカペレの音だ。華麗な第一主題も、ギラつかずにしっとりと心地よい。
素晴らしいのはスケルツォ。ヴァルターとツォフ、二人の確かなテクニックと息のあったアンサンブルが聴きもの。アイ・コンタクトしているのが見えるような、暖かみのある演奏になっている。
第2楽章も、明朗で穏やか、包まれるような暖かい響きが気持ちよい。そして、フルートとハープの見事な協奏。
この2つの楽器だけで、春のような温もりを表出してしまうモーツァルトの天才。幸福感一杯の演奏になっている。
ここでもカデンツァが素晴らしい。このLPのカデンツァはすべてジョン・トマスの作。本当に綺麗なフルートの歌、ハープの美音。
終楽章は軽快で華麗なロンド・アレグロ。ハープは堅実なテクニックを披露してくれる。フルートが加わると全くギャラントなスタイルになって、華やかなエンディングを迎える。
ああ、素敵な音楽。幸福な音楽。
そういえば、独奏者の二人、フルートのヨハネス・ヴァルター、ハープのユッタ・ツォフは、ドレスデン・シュターツカペレの首席。この演奏は、気心の知れたいつものメンバーがちょっと前に出て、みんなで協奏を楽しんでいるんです。
レコードの録音から30年。
少し古びたような感じもしますが、さすがはルカ教会。見事な音響が部屋に広がります。
LPらしい柔らかく落ち着いた音。
これ徳間音工の廉価盤、1000円盤のLPだったと思いますが、時を越えて、エエ音してます。
追記;これ、1500円盤でした。1982年の発売です。ドイツ・シャルプラッテン1500シリーズで、スウィトナーのモーツァルトなどが廉価発売されたのでした。
これ、今、CDで買うと1000円盤ですね。時代は変わりました・・・・。
2006/12/02のBlog
[ 05:25 ]
[ 協奏曲 ]
さすがに師走年末。仕事が忙しくなってきました・・・・。
週末はゆっくりできないかもしれんですなぁ。
さて、今日もモーツァルトのピアノ協奏曲を行きます。
懐かしい大家の演奏を聴きたくなりました。そこで・・・・・
モーツァルトのピアノ協奏曲第27番 変ロ長調 K.595。
エミール・ギレリスのピアノ、カール・ベーム指揮ウィーン・フィルの演奏。
1973年の録音。DG盤。
第1楽章、ゆったりしたテンポで始まる。包容力のある管弦楽。ウィーン・フィルの音が何とも優美で柔らかく、うっとりしてしまう。
ギレリスのピアノも大人の風格。長いこと云われ続けてきた「鋼鉄のピアニスト」などではない、柔らかく冴え冴えとした音色のピアノで、しかも、刻々と音色が移り変わってゆくニュアンス一杯のピアノ。そして、デリカシーにあふれたタッチ。
ギレリスは、モーツァルト最後のピアノ協奏曲となったこの夕映えのような曲を、慈しむように、省みるように弾いてゆく。
音が美しい。初冬の澄んだ空に浮かぶ蒼白い月のような感じ。冴えきって、素晴らしくよく切れる日本刀のような感じのピアノ。無駄な音など一つもないし、濁った音が全くないピアノ。余分なところを削りに削った純米酒とでも云おうか。
清澄なこの曲を弾くためのピアノ・・・・・・そんな音。
第2楽章のテンポはとても遅い。実にゆったりとした足取りの中に、ピアノも管弦楽も、無限のニュアンスが宿っている。ホルンの柔らかい響きにコクが加わって何とも美しい。ギレリスのピアノはどんどん純化して、真っ白な感じ。澄みきった音色がこの緩徐楽章に全くふさわしい。
ウィーン・フィルの美しさも格別。ピアノもオケも、これだけ美しいK.595は、そうはないんじゃないか。
終楽章は、さらに感動的。
美しさの極み、至純のピアノ。ギレリスのピアノはますます冴えて。内面に深く入り込んでゆく。カデンツァが素晴らしい。ギレリスって、こんなに綺麗な音のピアニストだったかいな・・・・と再確認。
ベーム/VPOの伴奏も素晴らしい。バックでさやさやと奏でるストリングスの美しさと云ったら・・・。
録音から33年。
少し古びた感じもしますが、ギレリスのピアノはよく捉えられています。
カップリングのK.365は娘エレーナ・ギレリスとの協演。
これもイイ演奏でありました。
週末はゆっくりできないかもしれんですなぁ。
さて、今日もモーツァルトのピアノ協奏曲を行きます。
懐かしい大家の演奏を聴きたくなりました。そこで・・・・・
モーツァルトのピアノ協奏曲第27番 変ロ長調 K.595。
エミール・ギレリスのピアノ、カール・ベーム指揮ウィーン・フィルの演奏。
1973年の録音。DG盤。
第1楽章、ゆったりしたテンポで始まる。包容力のある管弦楽。ウィーン・フィルの音が何とも優美で柔らかく、うっとりしてしまう。
ギレリスのピアノも大人の風格。長いこと云われ続けてきた「鋼鉄のピアニスト」などではない、柔らかく冴え冴えとした音色のピアノで、しかも、刻々と音色が移り変わってゆくニュアンス一杯のピアノ。そして、デリカシーにあふれたタッチ。
ギレリスは、モーツァルト最後のピアノ協奏曲となったこの夕映えのような曲を、慈しむように、省みるように弾いてゆく。
音が美しい。初冬の澄んだ空に浮かぶ蒼白い月のような感じ。冴えきって、素晴らしくよく切れる日本刀のような感じのピアノ。無駄な音など一つもないし、濁った音が全くないピアノ。余分なところを削りに削った純米酒とでも云おうか。
清澄なこの曲を弾くためのピアノ・・・・・・そんな音。
第2楽章のテンポはとても遅い。実にゆったりとした足取りの中に、ピアノも管弦楽も、無限のニュアンスが宿っている。ホルンの柔らかい響きにコクが加わって何とも美しい。ギレリスのピアノはどんどん純化して、真っ白な感じ。澄みきった音色がこの緩徐楽章に全くふさわしい。
ウィーン・フィルの美しさも格別。ピアノもオケも、これだけ美しいK.595は、そうはないんじゃないか。
終楽章は、さらに感動的。
美しさの極み、至純のピアノ。ギレリスのピアノはますます冴えて。内面に深く入り込んでゆく。カデンツァが素晴らしい。ギレリスって、こんなに綺麗な音のピアニストだったかいな・・・・と再確認。
ベーム/VPOの伴奏も素晴らしい。バックでさやさやと奏でるストリングスの美しさと云ったら・・・。
録音から33年。
少し古びた感じもしますが、ギレリスのピアノはよく捉えられています。
カップリングのK.365は娘エレーナ・ギレリスとの協演。
これもイイ演奏でありました。
2006/12/01のBlog
[ 05:18 ]
[ 協奏曲 ]
12月です。師走です。
この時期は日の出も遅く、朝のジョギングといっても真っ暗な中を走ります。
街灯とiPod shuffle を友に走るんですが、ここのところ、音楽はすべてモーツァルト。
ロックやポップス、フォーク・ソングも悪くないんですが、やはりクラシック音楽を聴きながら走りたいと思うと、相性がイイのはモーツァルトであります。
マーラーやブルックナーは朝からはシンドイし、ベートーヴェンに目覚めから叱咤激励されるのも少し遠慮したい。ハイドンは時に単調だし、ショパンは夜の方が合う。
モーツァルトの様々なジャンルをiPod shuffle に放り込んでおくと、これが実に快適。
散歩、ジョギングには断然モーツァルトですぞ・・・・(^-^)。
で、今日はモーツァルトをいきます。
モーツァルトのピアノ協奏曲第9番変ホ長調 K.271「ジュノーム」。
マレイ・ペライアのピアノと指揮、イギリス室内管弦楽団の演奏。
1976年9月、ロンドンのアビーロード・スタジオでの録音。
第1楽章。
イギリス室内管がとても柔らかく、暖かい響きで包み込む。しかも上品で透明感もある。ああ、イイ管弦楽だなぁ。こんな風に伴奏してくれたら、気持ちエエだろうなぁ。
ペライアのピアノも、それに応ずるかのように軽やかで綺麗なタッチ。爽やかで繊細。音のエッジが丸味を帯びて、暖色系の音色。これぞモーツァルトの音と云いたいくらい。
第2楽章は哀しみの表情が少しずつ湧き上がってくる楽章。
ピアノと管弦楽の対話が仲睦まじく、聴いていてとても心地よい。ペライアの弾き振りなので、あまり細かな指揮はしていないじゃないかと思うが、ニュアンス豊かで繊細なオーケストラが聴ける。イギリス室内管は、全く巧いオケだと思う。
ペライアもその伴奏に応えて、音色を刻々と変化させて、デリカシーに満ちた演奏ぶり。実に美しい。
終楽章は推進力のあるリズムが気持ち良い。快活で心弾むフィナーレ。
オケはここでもしっとりと柔らかくペライアを支えてゆく。
ペライアのソロは、そんなに急がず、心持ちゆったりと、様々なことを思い出すようなそぶりでこの曲をまとめてゆく。
コロコロと転がるようなピアノ。名演だなぁと思う。
30年前とは思えない、ソフトフォーカスで雰囲気豊かな、味わい深い録音。
ペライアのピアノ(特にCBS録音)は、我が家のステレオとは相性が良いようであります。
この時期は日の出も遅く、朝のジョギングといっても真っ暗な中を走ります。
街灯とiPod shuffle を友に走るんですが、ここのところ、音楽はすべてモーツァルト。
ロックやポップス、フォーク・ソングも悪くないんですが、やはりクラシック音楽を聴きながら走りたいと思うと、相性がイイのはモーツァルトであります。
マーラーやブルックナーは朝からはシンドイし、ベートーヴェンに目覚めから叱咤激励されるのも少し遠慮したい。ハイドンは時に単調だし、ショパンは夜の方が合う。
モーツァルトの様々なジャンルをiPod shuffle に放り込んでおくと、これが実に快適。
散歩、ジョギングには断然モーツァルトですぞ・・・・(^-^)。
で、今日はモーツァルトをいきます。
モーツァルトのピアノ協奏曲第9番変ホ長調 K.271「ジュノーム」。
マレイ・ペライアのピアノと指揮、イギリス室内管弦楽団の演奏。
1976年9月、ロンドンのアビーロード・スタジオでの録音。
第1楽章。
イギリス室内管がとても柔らかく、暖かい響きで包み込む。しかも上品で透明感もある。ああ、イイ管弦楽だなぁ。こんな風に伴奏してくれたら、気持ちエエだろうなぁ。
ペライアのピアノも、それに応ずるかのように軽やかで綺麗なタッチ。爽やかで繊細。音のエッジが丸味を帯びて、暖色系の音色。これぞモーツァルトの音と云いたいくらい。
第2楽章は哀しみの表情が少しずつ湧き上がってくる楽章。
ピアノと管弦楽の対話が仲睦まじく、聴いていてとても心地よい。ペライアの弾き振りなので、あまり細かな指揮はしていないじゃないかと思うが、ニュアンス豊かで繊細なオーケストラが聴ける。イギリス室内管は、全く巧いオケだと思う。
ペライアもその伴奏に応えて、音色を刻々と変化させて、デリカシーに満ちた演奏ぶり。実に美しい。
終楽章は推進力のあるリズムが気持ち良い。快活で心弾むフィナーレ。
オケはここでもしっとりと柔らかくペライアを支えてゆく。
ペライアのソロは、そんなに急がず、心持ちゆったりと、様々なことを思い出すようなそぶりでこの曲をまとめてゆく。
コロコロと転がるようなピアノ。名演だなぁと思う。
30年前とは思えない、ソフトフォーカスで雰囲気豊かな、味わい深い録音。
ペライアのピアノ(特にCBS録音)は、我が家のステレオとは相性が良いようであります。
2006/11/30のBlog
[ 04:57 ]
[ 交響曲 ]
早いもので11月も今日で終わりです。
明日から師走。・・・・・いやぁ、トシを取るとどんどん月日が過ぎてゆきます。
光陰「弾丸」のごとし・・・・であります。
今日は、季節柄で。
ブラームスの交響曲第4番ホ短調 作品98。
ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団の演奏。
1966年4月、セヴェランス・ホールでの録音。CBS盤。
冬枯れの季節に聴きたくなるのはブラームスの音楽。
特にこの4番は晩秋から冬にかかる時期に聴きたい。暖をとりながら、ブラームスの描く「人生の秋」に耳を傾けたいと思う。
ブラームスは標題音楽家ではなかった。彼はクラシカルなものに憧れ、目標にしてしまったロマンティストだった。交響曲第4番などは、そんなブラームスのロマンティシズムが充溢した名曲だと思う。
セル/クリーヴランド管は寸分の隙もないアンサンブルで、素晴らしく充実した響きで全曲を貫く。ストリングスがメインの部分では、室内楽的な透明感を聴き取ることができる。大編成オケのロマン派音楽なのに、響きが全く混濁せず、スッキリとスリムなブラームスになっている。
あの体格逞しいブラームスの音楽が、スリムになってしまうのは少し違和感もあるのだが、この透明な響き・強固なアンサンブルを聴いてしまうと、これこそ正しい再現なのではないかと思えてくる。
音楽の表面はサラサラした感じで、ことさら磨き立てていない。でも、よく聴いていると、内声部は充実しているし、低音もずっしりと重い。合奏も見事なもんだ。
第1楽章を貫く悲痛感もイイが、第2楽章のしみじみとした情感表現が優れていると思う。セルは演出たっぷりという指揮者ではないのだが、この淡々とした指揮、そして透明な響きからは、情感がこみ上げてくる。テンポはやや遅め。それが効いているのかもしれない。
第3楽章は克明な演奏。鋭い刀で、スパッと切って捨てたような潔さ。
終楽章パッサカリアの変奏は全く見事な描き分け。それぞれの変奏の処理が素晴らしく、きわめて完成度が高い。
名演奏と思う。
40年前の録音。さすがに古びてきました。
いつも書いてますが、CBSソニー盤のセル/クリーヴランド管は、少し硬い響きなんです。残念やなぁ。
でも、現在、これだけ高水準のブラームス演奏が出来るオーケストラ、幾つあるでしょう・・・・・。
明日から師走。・・・・・いやぁ、トシを取るとどんどん月日が過ぎてゆきます。
光陰「弾丸」のごとし・・・・であります。
今日は、季節柄で。
ブラームスの交響曲第4番ホ短調 作品98。
ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団の演奏。
1966年4月、セヴェランス・ホールでの録音。CBS盤。
冬枯れの季節に聴きたくなるのはブラームスの音楽。
特にこの4番は晩秋から冬にかかる時期に聴きたい。暖をとりながら、ブラームスの描く「人生の秋」に耳を傾けたいと思う。
ブラームスは標題音楽家ではなかった。彼はクラシカルなものに憧れ、目標にしてしまったロマンティストだった。交響曲第4番などは、そんなブラームスのロマンティシズムが充溢した名曲だと思う。
セル/クリーヴランド管は寸分の隙もないアンサンブルで、素晴らしく充実した響きで全曲を貫く。ストリングスがメインの部分では、室内楽的な透明感を聴き取ることができる。大編成オケのロマン派音楽なのに、響きが全く混濁せず、スッキリとスリムなブラームスになっている。
あの体格逞しいブラームスの音楽が、スリムになってしまうのは少し違和感もあるのだが、この透明な響き・強固なアンサンブルを聴いてしまうと、これこそ正しい再現なのではないかと思えてくる。
音楽の表面はサラサラした感じで、ことさら磨き立てていない。でも、よく聴いていると、内声部は充実しているし、低音もずっしりと重い。合奏も見事なもんだ。
第1楽章を貫く悲痛感もイイが、第2楽章のしみじみとした情感表現が優れていると思う。セルは演出たっぷりという指揮者ではないのだが、この淡々とした指揮、そして透明な響きからは、情感がこみ上げてくる。テンポはやや遅め。それが効いているのかもしれない。
第3楽章は克明な演奏。鋭い刀で、スパッと切って捨てたような潔さ。
終楽章パッサカリアの変奏は全く見事な描き分け。それぞれの変奏の処理が素晴らしく、きわめて完成度が高い。
名演奏と思う。
40年前の録音。さすがに古びてきました。
いつも書いてますが、CBSソニー盤のセル/クリーヴランド管は、少し硬い響きなんです。残念やなぁ。
でも、現在、これだけ高水準のブラームス演奏が出来るオーケストラ、幾つあるでしょう・・・・・。
2006/11/29のBlog
[ 05:39 ]
[ 協奏曲 ]
この数日の雨と冷え込みで、四国伊予路でもようやく銀杏が色づき始めました。
師走目前で、やっと「錦秋」です。今年は暖秋でした。
さて、寒くなってくるとチャイコフスキーを聴きたくなります。
今日は、ヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品35。
オーギュスタン・デュメイのヴァイオリン独奏、エミール・チャカロフ指揮ロンドン交響楽団の演奏。
1988年3月、ロンドンのアビーロード・スタジオでの録音。
RED LINE シリーズの廉価盤。
第1楽章の冒頭から、何たる美音。そして朗々とたっぷりした響きで鳴るヴァイオリン。あっという間にデュメイの世界に引き込まれてしまう。
デュメイのヴァイオリンは、しなる、うなる、すすりなく、そして叫ぶ。全く多彩な表現で迫ってくる。
高速パッセージでの輝かしい音。胸がすくような、爽快無比のテクニック。相当難しい部分でもスカッとするほど巧い。有り余る技巧とでも云うべきか。こんなに速く、しかも美しく(スゴイ美音だ)弾けるヴァイオリニストって、他にいたかな・・・・と思い出そうとしてもなかなか思い出せない。デュメイはスゴイ。
アーティキュレーションには独特のものがあるし、適度にルバートも出てくる。そして終始ヴァイオリンからは強烈なエモーション、エネルギーが放射されている。録音でこれなのだから、ナマで聴いたらいったいどうなるんだろう?
カデンツァなど、何とも圧倒的な技巧。こういう弾き方はなかなか出来ないだろうなと思う。凄絶なカデンツァ。
第2楽章になると一転、優美な演奏。
ここでもデュメイは飛びきりの美音で歌ってゆく。その歌が、憂愁に満ちて、やるせないほど。ヴァイオリンの音色は明るいのだが、響きは一抹の淋しさを伴っている。
テンポはグッと落としてあって、表現力豊かに、切々と歌いあげる。
終楽章、デュメイの激しいほどの表現意欲が聴きもの。
ライブのような感興あり、聴き手を昂奮させるような(麻薬のような)演奏。音色は千変万化、時々汚い、どす黒い音も出てくる。ドキッとさせるほど。デュメイは美しい音色だけでなく、わざと汚い音を出すことで、表現の幅を広げているような感じ。その点では、チャイコフスキーの様々な人間的弱点、醜さまで聞こえてきてしまうような演奏。
いやぁ、スゴイ。
Wikipediaによれば・・・・・。
オーギュスタン・デュメイは、フランス、パリ生まれのヴァイオリン奏者。じっくりと音楽に取り組む姿勢を見せ、活動は比較的地味だが、師事したアルテュール・グリュミオーを受け継ぐフランコ・ベルギー派の正統な後継者らしく、気品あるエレガントな演奏で高く評価されている
・・・・・・・・・とのこと。
なるほど、グリュミオーの系譜なら、この美音、頷けますな。
チャカロフ/LSOの伴奏はまずまずといったところ。
あまりにも、デュメイのソロが凄すぎて、伴奏までよく聴いていませんでした(^^ゞ。
ソロだけで、こんなに興奮させてくれるヴァイオリニストは、そうはいませんな。
このCD、ブルガリア出身のチャカロフのデビュー盤だったように思いますが、さて。
録音は、EMIにしては良好。
デュメイの匂うようなヴァイオリンに酔えました。1200円は激安と思います。
あ、もう一つ。
このCD、デュメイの鼻息(溜め息?吐息?あるいはうなり声?)が相当入っていますので、初めは面食らいました。最後まで入りっぱなし。戸惑うかもしれません(^^ゞ。
師走目前で、やっと「錦秋」です。今年は暖秋でした。
さて、寒くなってくるとチャイコフスキーを聴きたくなります。
今日は、ヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品35。
オーギュスタン・デュメイのヴァイオリン独奏、エミール・チャカロフ指揮ロンドン交響楽団の演奏。
1988年3月、ロンドンのアビーロード・スタジオでの録音。
RED LINE シリーズの廉価盤。
第1楽章の冒頭から、何たる美音。そして朗々とたっぷりした響きで鳴るヴァイオリン。あっという間にデュメイの世界に引き込まれてしまう。
デュメイのヴァイオリンは、しなる、うなる、すすりなく、そして叫ぶ。全く多彩な表現で迫ってくる。
高速パッセージでの輝かしい音。胸がすくような、爽快無比のテクニック。相当難しい部分でもスカッとするほど巧い。有り余る技巧とでも云うべきか。こんなに速く、しかも美しく(スゴイ美音だ)弾けるヴァイオリニストって、他にいたかな・・・・と思い出そうとしてもなかなか思い出せない。デュメイはスゴイ。
アーティキュレーションには独特のものがあるし、適度にルバートも出てくる。そして終始ヴァイオリンからは強烈なエモーション、エネルギーが放射されている。録音でこれなのだから、ナマで聴いたらいったいどうなるんだろう?
カデンツァなど、何とも圧倒的な技巧。こういう弾き方はなかなか出来ないだろうなと思う。凄絶なカデンツァ。
第2楽章になると一転、優美な演奏。
ここでもデュメイは飛びきりの美音で歌ってゆく。その歌が、憂愁に満ちて、やるせないほど。ヴァイオリンの音色は明るいのだが、響きは一抹の淋しさを伴っている。
テンポはグッと落としてあって、表現力豊かに、切々と歌いあげる。
終楽章、デュメイの激しいほどの表現意欲が聴きもの。
ライブのような感興あり、聴き手を昂奮させるような(麻薬のような)演奏。音色は千変万化、時々汚い、どす黒い音も出てくる。ドキッとさせるほど。デュメイは美しい音色だけでなく、わざと汚い音を出すことで、表現の幅を広げているような感じ。その点では、チャイコフスキーの様々な人間的弱点、醜さまで聞こえてきてしまうような演奏。
いやぁ、スゴイ。
Wikipediaによれば・・・・・。
オーギュスタン・デュメイは、フランス、パリ生まれのヴァイオリン奏者。じっくりと音楽に取り組む姿勢を見せ、活動は比較的地味だが、師事したアルテュール・グリュミオーを受け継ぐフランコ・ベルギー派の正統な後継者らしく、気品あるエレガントな演奏で高く評価されている
・・・・・・・・・とのこと。
なるほど、グリュミオーの系譜なら、この美音、頷けますな。
チャカロフ/LSOの伴奏はまずまずといったところ。
あまりにも、デュメイのソロが凄すぎて、伴奏までよく聴いていませんでした(^^ゞ。
ソロだけで、こんなに興奮させてくれるヴァイオリニストは、そうはいませんな。
このCD、ブルガリア出身のチャカロフのデビュー盤だったように思いますが、さて。
録音は、EMIにしては良好。
デュメイの匂うようなヴァイオリンに酔えました。1200円は激安と思います。
あ、もう一つ。
このCD、デュメイの鼻息(溜め息?吐息?あるいはうなり声?)が相当入っていますので、初めは面食らいました。最後まで入りっぱなし。戸惑うかもしれません(^^ゞ。
2006/11/28のBlog
[ 05:08 ]
[ 器楽曲 ]
「のだめカンタービレ」を観る楽しみは、ドラマだけではなく、そのBGMにもあります。
昨晩も沢山のクラシック音楽。
「ああ、ここでこんな音楽を使うか・・・」とムフフと笑いながら、楽しんでおりました。
そうそう、ショパンの「別れの曲」は効果的だった・・・
そこで今日は、ショパンの練習曲 作品10.
ピアノ独奏はマウリツィオ・ポリーニ。
1972年、ミュンヘンのヘルクレスザールでの録音。DG盤。
云わずとしれた大名盤。今さら何をか言わんや、であります。
ポリーニのもの凄いテクニックが炸裂、圧倒的なピアノ音楽が聴ける1枚。
LPのタスキには「これ以上何をお望みですか?」という、有名なコピー。
ああ、本当に懐かしいレコードであります。
あらゆる評論家絶賛、レコード雑誌絶賛、ポリドール・レコードのクラシック部門でも常にベストセラー。レギュラー盤で売れまくるものだから、とうとう廉価盤にならなかった・・・・。
(だから、当時ビンボー学生のワタシにはなかなか買えなかった。)
1番ハ長調など、初めてレコードをかけたときに、スピーカら出てくる音の大きさに魂消たものだった。強烈な音。広い音程のアルペジオを悠々と弾ききってしまい、まだまだ余裕がありそうなテクニック。
ピアノの粒立ちがまたスゴイ。炊きたての新米の米粒が、一つ一つ立って湯気を発しているような・・・ああ、スゴイ。第1曲目で、ポリーニのつくるショパンの世界引き込まれてしまう。
3番ホ長調は「別れの曲」。
背筋が伸びて、端正な姿勢のショパン。表情づけはあまり大きくない。だいたいポリーニは標題に縛られて弾いたりはしない。あくまでもピアニスティック。だから、かえって、この「別れ」の情感が引き立つ。
ポリーニの演奏のように、ベタベタしない方が、余情があってイイ。
4番嬰ハ短調は目まぐるしいピアノの動き。速い。スゴイ。すべての音がキラキラと輝いている。音が鳴りすぎているくらい。全く、ポリーニのピアノの切れ味に、ため息が出てしまう。
5番の「黒鍵」は、弾むリズムが何とも心地よい。これも、光が零れてくるような演奏。ダイナミズムも大きいし、どこまでもよく鳴るピアノ。
6番の憂愁。濁らず、淀まず、透きとおった哀しみが聴き手の傍らを駆けてゆく。
ミントの香りがするようなピアノ。爽やかな透明感がたまらない。
8番の駆け回る右手、9番の感情の表出。ポリーニのピアノは雄弁。
ラスト「革命のエチュード」は、広大なダイナミックレンジ。ピアノの機能を最大限に拡大、圧倒的な粒立ち、爆発、そしてうねるような和音。
いやあ、スゴイ。もうこれしかないです。
録音は34年も経過した今も現役として十分通用する、これも素晴らしい音響。
昨晩も沢山のクラシック音楽。
「ああ、ここでこんな音楽を使うか・・・」とムフフと笑いながら、楽しんでおりました。
そうそう、ショパンの「別れの曲」は効果的だった・・・
そこで今日は、ショパンの練習曲 作品10.
ピアノ独奏はマウリツィオ・ポリーニ。
1972年、ミュンヘンのヘルクレスザールでの録音。DG盤。
云わずとしれた大名盤。今さら何をか言わんや、であります。
ポリーニのもの凄いテクニックが炸裂、圧倒的なピアノ音楽が聴ける1枚。
LPのタスキには「これ以上何をお望みですか?」という、有名なコピー。
ああ、本当に懐かしいレコードであります。
あらゆる評論家絶賛、レコード雑誌絶賛、ポリドール・レコードのクラシック部門でも常にベストセラー。レギュラー盤で売れまくるものだから、とうとう廉価盤にならなかった・・・・。
(だから、当時ビンボー学生のワタシにはなかなか買えなかった。)
1番ハ長調など、初めてレコードをかけたときに、スピーカら出てくる音の大きさに魂消たものだった。強烈な音。広い音程のアルペジオを悠々と弾ききってしまい、まだまだ余裕がありそうなテクニック。
ピアノの粒立ちがまたスゴイ。炊きたての新米の米粒が、一つ一つ立って湯気を発しているような・・・ああ、スゴイ。第1曲目で、ポリーニのつくるショパンの世界引き込まれてしまう。
3番ホ長調は「別れの曲」。
背筋が伸びて、端正な姿勢のショパン。表情づけはあまり大きくない。だいたいポリーニは標題に縛られて弾いたりはしない。あくまでもピアニスティック。だから、かえって、この「別れ」の情感が引き立つ。
ポリーニの演奏のように、ベタベタしない方が、余情があってイイ。
4番嬰ハ短調は目まぐるしいピアノの動き。速い。スゴイ。すべての音がキラキラと輝いている。音が鳴りすぎているくらい。全く、ポリーニのピアノの切れ味に、ため息が出てしまう。
5番の「黒鍵」は、弾むリズムが何とも心地よい。これも、光が零れてくるような演奏。ダイナミズムも大きいし、どこまでもよく鳴るピアノ。
6番の憂愁。濁らず、淀まず、透きとおった哀しみが聴き手の傍らを駆けてゆく。
ミントの香りがするようなピアノ。爽やかな透明感がたまらない。
8番の駆け回る右手、9番の感情の表出。ポリーニのピアノは雄弁。
ラスト「革命のエチュード」は、広大なダイナミックレンジ。ピアノの機能を最大限に拡大、圧倒的な粒立ち、爆発、そしてうねるような和音。
いやあ、スゴイ。もうこれしかないです。
録音は34年も経過した今も現役として十分通用する、これも素晴らしい音響。
2006/11/27のBlog
[ 05:06 ]
[ 交響曲 ]
月曜日は「のだめカンタービレ」放送の日です。
そこでまた、主題曲のベト7を聴いておきましょう・・・・・。
ベートーヴェンの交響曲第7番イ長調 作品91。
ジョン・エリオット・ガーディナー指揮オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティークの演奏。(大変長い名前の楽団であります。略すとORRかな)
1992年12月の録音。DG盤。
ピリオド楽器の響きは新鮮。
全集として発売された当初は大いに話題になって、レコードアカデミー大賞を受賞したのだったか。そんな中、ボクは購ったのだが、もう12年前になってしまった。
今では当たり前になったベートーヴェンのピリオド奏法。当時は斬新この上ない演奏であったのになぁ・・・と感慨を抱きながら聴く。
録音はオン・マイク気味。眼前で鳴るような感じの録音なので、聴き方によっては好き嫌いが分かれるか。残響がありすぎるよりも、この方が、響きに透明感が出て良いかもしれない。
ヴァイオリンは両翼配置だろう、この曲の聴かせどころの一つである、第一ヴァイオリンと第二ヴァイオリンの掛け合いが全く楽しい。
第1楽章の冒頭から覇気がみなぎり、推進力があってワクワクするような進行。音楽の形は実に端正で、ピリオド楽器を持った「古典派」の演奏。
響きはクール。この交響曲特有の熱さはあまり伝わってこないが、その分、ガーディナーの棒の元にオケが見事に揃ったプレイが展開される。整然として心地よい。
第2楽章アンダンテは、やや遅めのテンポ。徐々にクレッシェンドしてゆく哀しみ、メロディが美しく歌われるところは全く見事。
第3楽章は畳み掛けるような迫力。アンサンブルは最高。速いテンポでも全く乱れない合奏。トリオの部分でも淀まずに、どんどん進んでゆく。ベートーヴェンのスケルツォの荒々しさがよく出た演奏と思う。
終楽章は、思ったより速くならない。斬新な演奏として聴いてきたのに、いつしか格調の高い演奏になっている不思議さ。第1楽章で聴いた印象と同じ、「古典派」の演奏。
いや、これは品格十分、立派な音楽でありました。
ピリオド楽器を用いて、奏法も解釈も斬新なのに、トータルではスッキリ古典的なベートーヴェンでありました。
ベト7は、やはり名曲です。
ちょいと自己リンクを・・・・。
クーベリック/ウィーン・フィルの演奏は王者の行進。
ムーティ/フィラデルフィア管は歌うベートーヴェン。
ティーレマン/フィルハーモニア管のは確信犯的な古き良き時代風の演奏。
マッケラス/ロイヤル・リヴァプール・フィルは、多分初めてのベーレンライター版だった。
ブロムシュテット/ドレスデン・シュターツカペレの演奏は格調高く、熱い終楽章が面白い。
コンヴィチュニー/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管は、まさにドイツ伝統の演奏。
オクトフォロスの9声部ハルモニー版なども面白かったりして・・・・・・。
そこでまた、主題曲のベト7を聴いておきましょう・・・・・。
ベートーヴェンの交響曲第7番イ長調 作品91。
ジョン・エリオット・ガーディナー指揮オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティークの演奏。(大変長い名前の楽団であります。略すとORRかな)
1992年12月の録音。DG盤。
ピリオド楽器の響きは新鮮。
全集として発売された当初は大いに話題になって、レコードアカデミー大賞を受賞したのだったか。そんな中、ボクは購ったのだが、もう12年前になってしまった。
今では当たり前になったベートーヴェンのピリオド奏法。当時は斬新この上ない演奏であったのになぁ・・・と感慨を抱きながら聴く。
録音はオン・マイク気味。眼前で鳴るような感じの録音なので、聴き方によっては好き嫌いが分かれるか。残響がありすぎるよりも、この方が、響きに透明感が出て良いかもしれない。
ヴァイオリンは両翼配置だろう、この曲の聴かせどころの一つである、第一ヴァイオリンと第二ヴァイオリンの掛け合いが全く楽しい。
第1楽章の冒頭から覇気がみなぎり、推進力があってワクワクするような進行。音楽の形は実に端正で、ピリオド楽器を持った「古典派」の演奏。
響きはクール。この交響曲特有の熱さはあまり伝わってこないが、その分、ガーディナーの棒の元にオケが見事に揃ったプレイが展開される。整然として心地よい。
第2楽章アンダンテは、やや遅めのテンポ。徐々にクレッシェンドしてゆく哀しみ、メロディが美しく歌われるところは全く見事。
第3楽章は畳み掛けるような迫力。アンサンブルは最高。速いテンポでも全く乱れない合奏。トリオの部分でも淀まずに、どんどん進んでゆく。ベートーヴェンのスケルツォの荒々しさがよく出た演奏と思う。
終楽章は、思ったより速くならない。斬新な演奏として聴いてきたのに、いつしか格調の高い演奏になっている不思議さ。第1楽章で聴いた印象と同じ、「古典派」の演奏。
いや、これは品格十分、立派な音楽でありました。
ピリオド楽器を用いて、奏法も解釈も斬新なのに、トータルではスッキリ古典的なベートーヴェンでありました。
ベト7は、やはり名曲です。
ちょいと自己リンクを・・・・。
クーベリック/ウィーン・フィルの演奏は王者の行進。
ムーティ/フィラデルフィア管は歌うベートーヴェン。
ティーレマン/フィルハーモニア管のは確信犯的な古き良き時代風の演奏。
マッケラス/ロイヤル・リヴァプール・フィルは、多分初めてのベーレンライター版だった。
ブロムシュテット/ドレスデン・シュターツカペレの演奏は格調高く、熱い終楽章が面白い。
コンヴィチュニー/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管は、まさにドイツ伝統の演奏。
オクトフォロスの9声部ハルモニー版なども面白かったりして・・・・・・。
2006/11/26のBlog
[ 04:19 ]
[ 声楽曲・オペラ ]
今日はモーツァルトです。
レクイエム(死者のためのミサ曲)ニ短調 K.626。
ヘルムート・リリング指揮シュトゥットガルトバッハ合奏団の演奏。
アーリン・オージェ(S)、キャロリン・ワトキンソン(A)、ジークフリート・イエルサレム(T)、ジークムント・ニムスゲルン(B)の4人の独唱者。
1979年2月の録音。CBSソニーの原盤(だと思う)。
日本ではソニーが1000円盤で発売している。
版はジュスマイヤー補筆版。
リリングのモーツァルトは、あまり飾り立てない、普段着のモーツァルト。
穏やかで柔らかい表情、透明感のある音響で、淡彩のモーツァルトを聴かせてくれる。
大オーケストラを一流の指揮者が振る、という面白味はないかもしれないが、そもそも鎮魂の曲、淡々とやってくれる方が、悲しみが伝わってくると思う。
4人のソロも巧いし、合唱は特に上手。録音がイマイチ(マスタリングが良くないのかもしれない)なのを除けば、十分聴きごたえある演奏になっている。
「キリエ」での強烈な二重フーガ。「怒りの日」の説得力十分の合唱。いずれも迫力あるものだ。
「奇しきラッパの音」で、トロンボーンに導かれたニムスゲルンの歌は、威厳をたたえて立派。イエルサレムの歌唱も美しい。
「呪われしものどもを罰し」の強さや、畏れ。映画「アマデウス」で印象づけられたフレーズが繰り返される。
そして絶筆「ラクリモサ」の美しさは格別。
ジュスマイヤーの補完も立派なもので、抵抗なくボクは聴ける。
それに、リリングのモーツァルトは、さり気なさが実にイイ。
「サンクトゥス」の合唱は綺麗だし、ソロの伸びやかな声も良い。
「ベネディクトゥス」のラスト、力強い合唱もよろしい。
最後の「永遠の光」まで本当に美しい演奏だと思う。
以前勤務していた職場の先輩が亡くなりました。
今日、雨の中、葬儀であります。
ユーモアがあって、親分肌の、でもおっちょこちょいの素晴らしい先輩でありました。
4年前に胃ガンが見つかって全摘出、でも肝臓に転移していたのでした。
57歳。
何とも早い、惜しい逝去でした。
レクイエム(死者のためのミサ曲)ニ短調 K.626。
ヘルムート・リリング指揮シュトゥットガルトバッハ合奏団の演奏。
アーリン・オージェ(S)、キャロリン・ワトキンソン(A)、ジークフリート・イエルサレム(T)、ジークムント・ニムスゲルン(B)の4人の独唱者。
1979年2月の録音。CBSソニーの原盤(だと思う)。
日本ではソニーが1000円盤で発売している。
版はジュスマイヤー補筆版。
リリングのモーツァルトは、あまり飾り立てない、普段着のモーツァルト。
穏やかで柔らかい表情、透明感のある音響で、淡彩のモーツァルトを聴かせてくれる。
大オーケストラを一流の指揮者が振る、という面白味はないかもしれないが、そもそも鎮魂の曲、淡々とやってくれる方が、悲しみが伝わってくると思う。
4人のソロも巧いし、合唱は特に上手。録音がイマイチ(マスタリングが良くないのかもしれない)なのを除けば、十分聴きごたえある演奏になっている。
「キリエ」での強烈な二重フーガ。「怒りの日」の説得力十分の合唱。いずれも迫力あるものだ。
「奇しきラッパの音」で、トロンボーンに導かれたニムスゲルンの歌は、威厳をたたえて立派。イエルサレムの歌唱も美しい。
「呪われしものどもを罰し」の強さや、畏れ。映画「アマデウス」で印象づけられたフレーズが繰り返される。
そして絶筆「ラクリモサ」の美しさは格別。
ジュスマイヤーの補完も立派なもので、抵抗なくボクは聴ける。
それに、リリングのモーツァルトは、さり気なさが実にイイ。
「サンクトゥス」の合唱は綺麗だし、ソロの伸びやかな声も良い。
「ベネディクトゥス」のラスト、力強い合唱もよろしい。
最後の「永遠の光」まで本当に美しい演奏だと思う。
以前勤務していた職場の先輩が亡くなりました。
今日、雨の中、葬儀であります。
ユーモアがあって、親分肌の、でもおっちょこちょいの素晴らしい先輩でありました。
4年前に胃ガンが見つかって全摘出、でも肝臓に転移していたのでした。
57歳。
何とも早い、惜しい逝去でした。