Blog
2006/12/14のBlog
[ 01:16 ]
[ 声楽曲・オペラ ]
ここのところ、天気がぐずついています。
今日も雨。冷たい雨でした。
先週末から四国はずっと雨模様。午後4時頃から辺りが暗くなって、淋しいもんです。
そういえば、一年で一番日が短い季節ですなぁ・・・・・。
今日はオペラです。時間がないので抜粋盤を。
この数年は、じっくりオペラを楽しむのはもっぱら休日であって、それもなかなか時間が取れないのが残念。だから、抜粋盤は有り難い。聴きどころはこれで十分に楽しめちゃう。
で。
ヴェルディの歌劇「アイーダ」ハイライト盤。
クラウディオ・アバド指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団・合唱団の演奏。
1981年1月・6月のデジタル録音。DG盤のLP。
アバドのこの「アイーダ」、全曲盤はCDで持っているのだが、若干音が硬いのが残念。デジタル初期の録音のためか、あるいはマスタリングのせいか・・・やや硬い。
LPで聴くとフワッとした暖かい音がするので、このレコードをよく聴く。カートリッジはDENONのDL103。トロッとした柔らかさがとても良い。
演奏は素晴らしい。
アバドの指揮は精密精妙で、特に弱音部の表現がデリケートで味わい深い。この録音はすでに25年も前のもの・・・・・昔からアバドはピアニシモの表現が絶妙だったんやなぁと思う。
キャストは、ちょっとこれ以上望めないくらいの豪華版。
まずはプラシド・ドミンゴのラダメス。軍人としての勇気・気概、男の強さ、男臭い愛情(その中には繊細な感情もある)を表現して余すところがない。逞しく強靱、しかも輝かしい声。いやもう、最高のラダメス、当時のドミンゴはすでに第一人者であったのだと思う。
あのバブリーな時代に、「世界三大テノール」なんてもてはやされたが、ドミンゴのラダメスは、それ以前から凄かったのだ。
カティア・リッチャレッリのアイーダも実にイイ。リッチャレッリは、このころが全盛期かな。おなじDGにはカラヤン盤の「トスカ」・「トゥーランドット」のタイトル・ロールもあった。彼女の声はやや硬質だが、その分、透きとおるような高音がとても美しいし、アバドの精妙さにかなう歌唱になっていると思う。
エジプト王にはルッジェロ・ライモンディ。この人は性格俳優。ボクは好きです。
アムネリスのエレーナ・オブラスツォワも好演。
ランフィスはニコライ・ギャウロフで、この人の安定感は抜群。
でも、一番イイ出来なのは、レオ・ヌッチ演ずるアモナズロかもしれない。
スカラ座管も素晴らしい。輝かしいカンタービレがたまらない。
スコーンと晴れ上がったイタリアの明るい空。そして合唱も上手いと思う。
ハイライト盤なので、聴きどころばかりだが、あえて云えば、ドミンゴの「清きアイーダ」、そして第1幕フィナーレ「この聖なる土地の守護者」、第2幕の大フィナーレ「エジプトに栄光あれ」あたり。
重唱も素晴らしく、何度でも聴きたくなる演奏と思います。
今日も雨。冷たい雨でした。
先週末から四国はずっと雨模様。午後4時頃から辺りが暗くなって、淋しいもんです。
そういえば、一年で一番日が短い季節ですなぁ・・・・・。
今日はオペラです。時間がないので抜粋盤を。
この数年は、じっくりオペラを楽しむのはもっぱら休日であって、それもなかなか時間が取れないのが残念。だから、抜粋盤は有り難い。聴きどころはこれで十分に楽しめちゃう。
で。
ヴェルディの歌劇「アイーダ」ハイライト盤。
クラウディオ・アバド指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団・合唱団の演奏。
1981年1月・6月のデジタル録音。DG盤のLP。
アバドのこの「アイーダ」、全曲盤はCDで持っているのだが、若干音が硬いのが残念。デジタル初期の録音のためか、あるいはマスタリングのせいか・・・やや硬い。
LPで聴くとフワッとした暖かい音がするので、このレコードをよく聴く。カートリッジはDENONのDL103。トロッとした柔らかさがとても良い。
演奏は素晴らしい。
アバドの指揮は精密精妙で、特に弱音部の表現がデリケートで味わい深い。この録音はすでに25年も前のもの・・・・・昔からアバドはピアニシモの表現が絶妙だったんやなぁと思う。
キャストは、ちょっとこれ以上望めないくらいの豪華版。
まずはプラシド・ドミンゴのラダメス。軍人としての勇気・気概、男の強さ、男臭い愛情(その中には繊細な感情もある)を表現して余すところがない。逞しく強靱、しかも輝かしい声。いやもう、最高のラダメス、当時のドミンゴはすでに第一人者であったのだと思う。
あのバブリーな時代に、「世界三大テノール」なんてもてはやされたが、ドミンゴのラダメスは、それ以前から凄かったのだ。
カティア・リッチャレッリのアイーダも実にイイ。リッチャレッリは、このころが全盛期かな。おなじDGにはカラヤン盤の「トスカ」・「トゥーランドット」のタイトル・ロールもあった。彼女の声はやや硬質だが、その分、透きとおるような高音がとても美しいし、アバドの精妙さにかなう歌唱になっていると思う。
エジプト王にはルッジェロ・ライモンディ。この人は性格俳優。ボクは好きです。
アムネリスのエレーナ・オブラスツォワも好演。
ランフィスはニコライ・ギャウロフで、この人の安定感は抜群。
でも、一番イイ出来なのは、レオ・ヌッチ演ずるアモナズロかもしれない。
スカラ座管も素晴らしい。輝かしいカンタービレがたまらない。
スコーンと晴れ上がったイタリアの明るい空。そして合唱も上手いと思う。
ハイライト盤なので、聴きどころばかりだが、あえて云えば、ドミンゴの「清きアイーダ」、そして第1幕フィナーレ「この聖なる土地の守護者」、第2幕の大フィナーレ「エジプトに栄光あれ」あたり。
重唱も素晴らしく、何度でも聴きたくなる演奏と思います。
2006/12/13のBlog
[ 05:07 ]
[ 管弦楽曲 ]
昨日の朝は、このDoblogにアクセス不能でありました。ブログのタイトルは表示されるんですが、それから下が出てこない・・・・(^^ゞ
ということで、ひとりごとは昨日はお休みしました。午後には回復したようで、多くの方にアクセスを頂戴しました。ありがとうございました。コメントも感謝です。
これからも、いろいろ教えてください。
Doblogのスタッフも大変でしょうなぁ。今の時代ですから、きっとユーザーから文句・苦情も多いんでしょう。でもね、いつも書きますが、タダで楽しませてもらっている訳ですから、時々異状が起こるのは仕方ないことだと思います。他のブログサイトも結構重いようですしね。きっと、どこもユーザー(ブロガーって云うんですかね)の爆発的増加で弱っているんでしょうねぇ。
何度でもワタシは書きますが、こんなオモロイもの、タダで楽しませてもろて、エライ感謝しとります。小学校の頃の夏休みの宿題、「絵日記」みたいなもんです。クラシック音楽を聴いて、絵日記つける。そんなことしとったら、コメントを頂けて、トラックバックまで頂戴できる。ホンマ、有り難い話です。
ただ、トラックバックを頂いたとき、文字化けすることもあるようです。理由は、よく分かりません。Doblogの仕様なのかもしれません。気分を悪くされたら、申し訳ありません。
さて、今日の音楽であります。寛げる音楽をいきましょう。
寒い季節にも似合いそうです。
チャイコフスキーのバレエ組曲「眠りの森の美女」。
ジェームズ・レヴァイン指揮ウィーン・フィルの演奏。
1993年11月、ウィーンのムジークフェラインザールでの録音。DG盤。
レヴァイン/VPOのチャイコフスキーの「3大バレエ組曲」から。
「眠りの森の美女」は、チャイコフスキーの三大バレエの中も、最もシンフォニックな音楽で、全曲を単独で聴いても楽しいし、組曲盤も(曲数は少々少ないのだが)実に心地よい。
このレヴァイン盤では、ウィーン・フィルの音がものを云っていて、スケール雄大、壮麗かつ繊細、しかも輝かしさに満ちた響きが全く素晴らしい。弦楽セクションの合奏など(アンサンブルが少しユルイかな・・・なんてお構いなしに)、キラキラと光が零れてくるような感じ。左右のスピーカーの間に、燦めきが走る・・・・と書いたら、いやはや、言い過ぎかな。でも、そんな錯覚に陥るほど。ため息が出る燦めき。
第2曲のパ・ダクシオンでの、ハープのソロの品の良さ。オーケストラはスケール大きくゆったりと音楽を奏でてゆく。チャイコフスキーの旋律の、メランコリックな美しさが浮かび上がってくる。レヴァインの見事な設計だと思う。
第4曲のパノラマは穏やかな音楽。優しく、慰めの音楽。柔らかく演奏するウィーン・フィルは、やはりええオケやなぁとつくづく思う。
バレエは殆ど観たことがないのだが(欧米ではもの凄い人気だそうだ)、この曲など、オーケストラ音楽として極上の美しさだと思う。
組曲のラストはお待ちかねのワルツ。これもシンフォニックな演奏だし、チャイコフスキーの「声」が聞こえてくるような音楽。
録音は1993年、比較的新しいものだが、やや人工的な感じもする。
ホールトーンは豊かで、音楽をスケール豊かに聴かせることに一役買っている感じ。
心地よい音楽であります。
ということで、ひとりごとは昨日はお休みしました。午後には回復したようで、多くの方にアクセスを頂戴しました。ありがとうございました。コメントも感謝です。
これからも、いろいろ教えてください。
Doblogのスタッフも大変でしょうなぁ。今の時代ですから、きっとユーザーから文句・苦情も多いんでしょう。でもね、いつも書きますが、タダで楽しませてもらっている訳ですから、時々異状が起こるのは仕方ないことだと思います。他のブログサイトも結構重いようですしね。きっと、どこもユーザー(ブロガーって云うんですかね)の爆発的増加で弱っているんでしょうねぇ。
何度でもワタシは書きますが、こんなオモロイもの、タダで楽しませてもろて、エライ感謝しとります。小学校の頃の夏休みの宿題、「絵日記」みたいなもんです。クラシック音楽を聴いて、絵日記つける。そんなことしとったら、コメントを頂けて、トラックバックまで頂戴できる。ホンマ、有り難い話です。
ただ、トラックバックを頂いたとき、文字化けすることもあるようです。理由は、よく分かりません。Doblogの仕様なのかもしれません。気分を悪くされたら、申し訳ありません。
さて、今日の音楽であります。寛げる音楽をいきましょう。
寒い季節にも似合いそうです。
チャイコフスキーのバレエ組曲「眠りの森の美女」。
ジェームズ・レヴァイン指揮ウィーン・フィルの演奏。
1993年11月、ウィーンのムジークフェラインザールでの録音。DG盤。
レヴァイン/VPOのチャイコフスキーの「3大バレエ組曲」から。
「眠りの森の美女」は、チャイコフスキーの三大バレエの中も、最もシンフォニックな音楽で、全曲を単独で聴いても楽しいし、組曲盤も(曲数は少々少ないのだが)実に心地よい。
このレヴァイン盤では、ウィーン・フィルの音がものを云っていて、スケール雄大、壮麗かつ繊細、しかも輝かしさに満ちた響きが全く素晴らしい。弦楽セクションの合奏など(アンサンブルが少しユルイかな・・・なんてお構いなしに)、キラキラと光が零れてくるような感じ。左右のスピーカーの間に、燦めきが走る・・・・と書いたら、いやはや、言い過ぎかな。でも、そんな錯覚に陥るほど。ため息が出る燦めき。
第2曲のパ・ダクシオンでの、ハープのソロの品の良さ。オーケストラはスケール大きくゆったりと音楽を奏でてゆく。チャイコフスキーの旋律の、メランコリックな美しさが浮かび上がってくる。レヴァインの見事な設計だと思う。
第4曲のパノラマは穏やかな音楽。優しく、慰めの音楽。柔らかく演奏するウィーン・フィルは、やはりええオケやなぁとつくづく思う。
バレエは殆ど観たことがないのだが(欧米ではもの凄い人気だそうだ)、この曲など、オーケストラ音楽として極上の美しさだと思う。
組曲のラストはお待ちかねのワルツ。これもシンフォニックな演奏だし、チャイコフスキーの「声」が聞こえてくるような音楽。
録音は1993年、比較的新しいものだが、やや人工的な感じもする。
ホールトーンは豊かで、音楽をスケール豊かに聴かせることに一役買っている感じ。
心地よい音楽であります。
2006/12/11のBlog
[ 05:36 ]
[ 器楽曲 ]
三男坊が来週日曜にピアノの発表会に出ます。
なに、小学生の頃から週1回のお稽古を続けているだけの話であって、腕前はシロウトに毛の生えた程度なんですが、長いことやっていると結構弾けるようになるものだそうです。(・・・「そうです」というのは、自分が全く楽器が出来ないので、妻の言葉を鵜呑みにしているだけなんですが(^^ゞ・・・)。
弾くのはベートーヴェンのピアノソナタ第8番ハ短調 作品13「悲愴 」。
その第3楽章。
なかなかヤルもんです。ベートーヴェンを弾けるなんて、大したもんや。
仕上げにホンモノを確認したくなったんでしょう、三男坊が「何か良いCDない?」と訊くので、「あるある、ナンボでもあるぞい」と何枚か(何枚もか?)出してやりました。
ワタシのお薦めはフリードリヒ・グルダのピアノ独奏。
1968年の録音、原盤はAmadeoだったのだが、今はユニヴァーサル系で発売されている。しかもピアノソナタとピアノ協奏曲全集がセットになって12枚組の激安価格で売られている。 どちらもLPで揃えてきた者にとっては、涙が出るような安値だが、これはお薦めです。是非買いましょう(^^ゞ。
グルダのピアノはベーゼンドルファー。深々とした音が印象的。
特に第2楽章が軽くならない、ふくよかで優しく暖かい音になる。
まだ寒い風が吹く、春先の木洩れ陽のようなぬくもり、とでも云おうか。
第1楽章が激烈なので、余計にその暖かさが愛おしい感じがする。
深々と云っても、重厚になりすぎず、もたれることはない。ベートーヴェンの愛らしいメロディを堪能させてくれる。
ああ、「悲愴」はベートーヴェンの初期作品だったのだと、思い直させてくれるような演奏。
テンポもゆったりとしていて心地よい。息づかいがとてもラク。特に左手の動きがしっかりとしていて、時に雄渾。こんなところにも、グルダの様式感が出ている。納得の名演と思う。
第3楽章は一転快速なフィナーレ。
速い、速い。スッキリしていながら、十分な重さもある。軽くなったりはしないのだ。心地よい足取りと云うべきか。地に足が付いて、しかも颯爽としている素晴らしい演奏。
どうだ、イイだろう?
三男坊にグルダを聴かせ、さらにホロヴィッツにバックハウス、ゲルバー、バレンボイム、アシュケナージにブレンデル・・・いろいろあるで・・。どれを持って行くで?
後日、三男坊が言います。
「バックハウスやケンプはミスがあった。だからやめとく」
(何や、偉そうに・・・)「で?誰のがエエで?」
三男坊「ブレンデル」
ワタシ「は?」
三男坊「ブレンデルが、やっぱりエエわ」
ワタシ「ほうかいなぁ。グルダやアシュケナージの方がエエことないか?」
三男坊「いいや、ブレンデルが一番良かった。ブレンデルにしようわい」・・
なんと、息子もブレンデルを選んだか・・・・・。
仕方ない、オマエは母さんの子でもある。
母さんも、昔々、ブレンデルを選んだんだよ。
なに、小学生の頃から週1回のお稽古を続けているだけの話であって、腕前はシロウトに毛の生えた程度なんですが、長いことやっていると結構弾けるようになるものだそうです。(・・・「そうです」というのは、自分が全く楽器が出来ないので、妻の言葉を鵜呑みにしているだけなんですが(^^ゞ・・・)。
弾くのはベートーヴェンのピアノソナタ第8番ハ短調 作品13「悲愴 」。
その第3楽章。
なかなかヤルもんです。ベートーヴェンを弾けるなんて、大したもんや。
仕上げにホンモノを確認したくなったんでしょう、三男坊が「何か良いCDない?」と訊くので、「あるある、ナンボでもあるぞい」と何枚か(何枚もか?)出してやりました。
ワタシのお薦めはフリードリヒ・グルダのピアノ独奏。
1968年の録音、原盤はAmadeoだったのだが、今はユニヴァーサル系で発売されている。しかもピアノソナタとピアノ協奏曲全集がセットになって12枚組の激安価格で売られている。 どちらもLPで揃えてきた者にとっては、涙が出るような安値だが、これはお薦めです。是非買いましょう(^^ゞ。
グルダのピアノはベーゼンドルファー。深々とした音が印象的。
特に第2楽章が軽くならない、ふくよかで優しく暖かい音になる。
まだ寒い風が吹く、春先の木洩れ陽のようなぬくもり、とでも云おうか。
第1楽章が激烈なので、余計にその暖かさが愛おしい感じがする。
深々と云っても、重厚になりすぎず、もたれることはない。ベートーヴェンの愛らしいメロディを堪能させてくれる。
ああ、「悲愴」はベートーヴェンの初期作品だったのだと、思い直させてくれるような演奏。
テンポもゆったりとしていて心地よい。息づかいがとてもラク。特に左手の動きがしっかりとしていて、時に雄渾。こんなところにも、グルダの様式感が出ている。納得の名演と思う。
第3楽章は一転快速なフィナーレ。
速い、速い。スッキリしていながら、十分な重さもある。軽くなったりはしないのだ。心地よい足取りと云うべきか。地に足が付いて、しかも颯爽としている素晴らしい演奏。
どうだ、イイだろう?
三男坊にグルダを聴かせ、さらにホロヴィッツにバックハウス、ゲルバー、バレンボイム、アシュケナージにブレンデル・・・いろいろあるで・・。どれを持って行くで?
後日、三男坊が言います。
「バックハウスやケンプはミスがあった。だからやめとく」
(何や、偉そうに・・・)「で?誰のがエエで?」
三男坊「ブレンデル」
ワタシ「は?」
三男坊「ブレンデルが、やっぱりエエわ」
ワタシ「ほうかいなぁ。グルダやアシュケナージの方がエエことないか?」
三男坊「いいや、ブレンデルが一番良かった。ブレンデルにしようわい」・・
なんと、息子もブレンデルを選んだか・・・・・。
仕方ない、オマエは母さんの子でもある。
母さんも、昔々、ブレンデルを選んだんだよ。
2006/12/10のBlog
[ 02:39 ]
[ 協奏曲 ]
四国伊予路は三日続きの雨。
降ったりやんだりの曇天が続いております。冬らしい空と云うべきでしょうか。
こんな空模様の日はラフマニノフです。
憂愁の音楽を聴きましょう。
そこで、ラフマニノフのピアノ協奏曲第1番嬰ヘ短調 作品1。
ゾルターン・コチシュのピアノ、エド・デ・ワールト指揮サンフランシスコ交響楽団の演奏。
1982年10月、サンフランシスコでの録音。フィリップスのDUOシリーズでのコチシュ・ラフマニノフピアノ協奏曲全集からの1曲。
第1楽章ヴィヴァーチェ。
冒頭からラフマニノフの個性丸出し。ピアノのアルペジオ、管弦楽の重たさ、ふくらみ、野暮ったいところもあるオーケストレーションなど、全くラフマニノフそのもの。
この曲は彼の作品番号1番。記念すべき処女作。そして何より、彼の美しい旋律が聴ける第1作。「憂愁」としかいいようがない音楽。初冬の曇天のような音楽。
コチシュのピアノは中低音が充実していて、しかも音色がとても綺麗。もちろん高音もキラキラしていてイイのだが、ラフマニノフの「憂愁」を味わうのはやはり中低音だろう。これを綺麗に濁らずに弾いてくれるコチシュ、この時30歳。なかなかヤルもんだなぁ。深々とした音、時に奈落の底に沈み込んでゆくような趣のピアノになっている。こういうピアノで演奏してくれたら、作品1とはいえど、やはり名曲、愛すべき佳品だなぁと思う。
第2楽章はアンダンテ。
エド・デ・ワールト/サンフランシスコ響の伴奏がイイ。ホルンのソロが少し明るいが十分に美しい。音は全体的に明るめなのだが、(ラフマニノフにはもう少しくらい音の方がエエかな・・・・)、オケは充実している。
コチシュのピアノはここでは爽やか、凛とした美人を思わせるような、たおやかな演奏。本当に綺麗な音、メロディも美しい。これに、たっぷりとしたオーケストラも加わって、名演奏になっている。
終楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェ。
チャイコフスキーを思わせるところや、ショパンの影響が見られるところもあって面白い。
コチシュはさらに快調。軽快にまた豪快にこの曲を締めくくってゆく。
じっくりこの全集を聴いてみたくなりました。
コチシュは、アンドラーシュ・シフやデジュ・ラーンキと並んで、「ハンガリー三羽烏」と呼ばれておりました。当時30歳、バリバリの若手でありました。
最近、彼の活躍をあまり聴きませんが、このラフマニノフはエエ演奏だと思います。
降ったりやんだりの曇天が続いております。冬らしい空と云うべきでしょうか。
こんな空模様の日はラフマニノフです。
憂愁の音楽を聴きましょう。
そこで、ラフマニノフのピアノ協奏曲第1番嬰ヘ短調 作品1。
ゾルターン・コチシュのピアノ、エド・デ・ワールト指揮サンフランシスコ交響楽団の演奏。
1982年10月、サンフランシスコでの録音。フィリップスのDUOシリーズでのコチシュ・ラフマニノフピアノ協奏曲全集からの1曲。
第1楽章ヴィヴァーチェ。
冒頭からラフマニノフの個性丸出し。ピアノのアルペジオ、管弦楽の重たさ、ふくらみ、野暮ったいところもあるオーケストレーションなど、全くラフマニノフそのもの。
この曲は彼の作品番号1番。記念すべき処女作。そして何より、彼の美しい旋律が聴ける第1作。「憂愁」としかいいようがない音楽。初冬の曇天のような音楽。
コチシュのピアノは中低音が充実していて、しかも音色がとても綺麗。もちろん高音もキラキラしていてイイのだが、ラフマニノフの「憂愁」を味わうのはやはり中低音だろう。これを綺麗に濁らずに弾いてくれるコチシュ、この時30歳。なかなかヤルもんだなぁ。深々とした音、時に奈落の底に沈み込んでゆくような趣のピアノになっている。こういうピアノで演奏してくれたら、作品1とはいえど、やはり名曲、愛すべき佳品だなぁと思う。
第2楽章はアンダンテ。
エド・デ・ワールト/サンフランシスコ響の伴奏がイイ。ホルンのソロが少し明るいが十分に美しい。音は全体的に明るめなのだが、(ラフマニノフにはもう少しくらい音の方がエエかな・・・・)、オケは充実している。
コチシュのピアノはここでは爽やか、凛とした美人を思わせるような、たおやかな演奏。本当に綺麗な音、メロディも美しい。これに、たっぷりとしたオーケストラも加わって、名演奏になっている。
終楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェ。
チャイコフスキーを思わせるところや、ショパンの影響が見られるところもあって面白い。
コチシュはさらに快調。軽快にまた豪快にこの曲を締めくくってゆく。
じっくりこの全集を聴いてみたくなりました。
コチシュは、アンドラーシュ・シフやデジュ・ラーンキと並んで、「ハンガリー三羽烏」と呼ばれておりました。当時30歳、バリバリの若手でありました。
最近、彼の活躍をあまり聴きませんが、このラフマニノフはエエ演奏だと思います。
2006/12/09のBlog
[ 03:30 ]
[ 交響曲 ]
朋あり遠方より来る、亦楽しからずや。
大学時代の友人と久しぶりの邂逅。三菱電機を経てわが母校の助教授に就任した友人が、高校への出張講義とかで伊予路に来たる。いや、懐かしい。25年ぶりの再会。年賀状は取り交わしてきたが、会うのは全くの久しぶり。時を忘れて語り合いました。
良かったのはデュッセルドルフに5年間勤務していた話。音楽には関心がない我が友でありますが、ドレスデン・シュターツカペレも、ウィーン・フィルも、ベルリンもミュンヘンも聴いたとのこと。しかも、普通のまともな席で7000円もしなかったはずだとの弁。
そんなにクラシック音楽が好きなら、オマエも行け・・・フランクフルトは12時間で行けるぞ・・・・何なら案内してやるぞ・・・・とも云われました。う~む・・・・・・行きたい。
我が友はイイ奴であります。ドイツ帰りの友と、西条のアサヒビールで乾杯。どや、アサヒも悪くないやろ。瀬戸内の魚も旨いし・・・・。
というわけで、今日はドイツ・ロマン派の佳曲を。
ウェーバーの交響曲第1番ハ長調 作品19。
オトマール・スウィトナー指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
1972年、ルカ教会でのアナログ録音。DENONのクレスト1000シリーズの1枚。
この曲は23分程度の短い交響曲なのだが、初期のドイツ・ロマン派の息吹が一杯の佳品。このCDでは、ドレスデン・シュターツカペレの音が、いつもながらに優しく柔らかく、ふくよかでマイルドで、とても聴きやすく仕上がっている。スウィトナーの堅実な指揮も素晴らしい。
第1楽章アレグロ。
どっしりした低音が楽章を通じて下支えしている。ウェーバーらしい、あの「魔弾の射手」のようなドイツ・ロマンの雰囲気、ドイツの森の雰囲気がとても良い。
弦楽セクションの音が、しっとりとしていて実に心地よい。
スウィトナーの指揮は誠実で精力的。推進力にあふれるリズムで、キビキビと進んでゆく。
第2楽章ではオーボエのソロが美しい。すこし鼻にかかったような甘さがイイ。
音楽はこの交響曲で最も美しいところ。綺麗な旋律の連続で、青年ウェーバーのモノローグを聴いているかのよう。ホルンの甘い響きも印象的。(ペーター・ダムの音だと思う)
第3楽章スケルツォはプレストの指定。
オケの輝きが増してきて、スウィトナーの指揮も堅実誠実、ここでもキビキビと気持ちよい。
そして終楽章もプレストで突き進む。青年の憧れ、夢、ロマンが健康的に語られてゆく。SKDの音も、ホンマに美しい。こういう響きで、若々しい溌剌とした音楽を聴くのは心地よいものだ。
録音良好、ホールトーンは名にし負うルカ教会、素晴らしい音響。
30年以上前とはとても思えない新鮮さ。
ウットリしてしまいます。
大学時代の友人と久しぶりの邂逅。三菱電機を経てわが母校の助教授に就任した友人が、高校への出張講義とかで伊予路に来たる。いや、懐かしい。25年ぶりの再会。年賀状は取り交わしてきたが、会うのは全くの久しぶり。時を忘れて語り合いました。
良かったのはデュッセルドルフに5年間勤務していた話。音楽には関心がない我が友でありますが、ドレスデン・シュターツカペレも、ウィーン・フィルも、ベルリンもミュンヘンも聴いたとのこと。しかも、普通のまともな席で7000円もしなかったはずだとの弁。
そんなにクラシック音楽が好きなら、オマエも行け・・・フランクフルトは12時間で行けるぞ・・・・何なら案内してやるぞ・・・・とも云われました。う~む・・・・・・行きたい。
我が友はイイ奴であります。ドイツ帰りの友と、西条のアサヒビールで乾杯。どや、アサヒも悪くないやろ。瀬戸内の魚も旨いし・・・・。
というわけで、今日はドイツ・ロマン派の佳曲を。
ウェーバーの交響曲第1番ハ長調 作品19。
オトマール・スウィトナー指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
1972年、ルカ教会でのアナログ録音。DENONのクレスト1000シリーズの1枚。
この曲は23分程度の短い交響曲なのだが、初期のドイツ・ロマン派の息吹が一杯の佳品。このCDでは、ドレスデン・シュターツカペレの音が、いつもながらに優しく柔らかく、ふくよかでマイルドで、とても聴きやすく仕上がっている。スウィトナーの堅実な指揮も素晴らしい。
第1楽章アレグロ。
どっしりした低音が楽章を通じて下支えしている。ウェーバーらしい、あの「魔弾の射手」のようなドイツ・ロマンの雰囲気、ドイツの森の雰囲気がとても良い。
弦楽セクションの音が、しっとりとしていて実に心地よい。
スウィトナーの指揮は誠実で精力的。推進力にあふれるリズムで、キビキビと進んでゆく。
第2楽章ではオーボエのソロが美しい。すこし鼻にかかったような甘さがイイ。
音楽はこの交響曲で最も美しいところ。綺麗な旋律の連続で、青年ウェーバーのモノローグを聴いているかのよう。ホルンの甘い響きも印象的。(ペーター・ダムの音だと思う)
第3楽章スケルツォはプレストの指定。
オケの輝きが増してきて、スウィトナーの指揮も堅実誠実、ここでもキビキビと気持ちよい。
そして終楽章もプレストで突き進む。青年の憧れ、夢、ロマンが健康的に語られてゆく。SKDの音も、ホンマに美しい。こういう響きで、若々しい溌剌とした音楽を聴くのは心地よいものだ。
録音良好、ホールトーンは名にし負うルカ教会、素晴らしい音響。
30年以上前とはとても思えない新鮮さ。
ウットリしてしまいます。
2006/12/08のBlog
[ 04:14 ]
[ 協奏曲 ]
四国は終日雨でした。夕方からは強く降りました。
どんよりと暗い、いかにも冬らしい雨でありました。
そして、相変わらず仕事は山のようにあります。
しかし、まあ、クラシック音楽と仕事とは別ですからね。せいぜい、音楽を楽しみましょう。
今日は、サン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番ロ短調 作品61。
イザベル・ヴァン・クーレンのヴァイオリン独奏、コリン・デイヴィス指揮ロンドン交響楽団の演奏。
このヴァイオリニストは可愛らしいですね。若々しい美人です。
1986年9月、ロンドンのウォルサムストウ・タウン・ホールでの録音。
・・・ということは、このジャケットから20年経過しているということか・・・・・う~む。
第1楽章から、むせ返るようなロマンの香りがいっぱい。冒頭のうねるようなヴァイオリンの独奏など、その最たるもの。
クーレンのヴァイオリンは素直で穏やか、若い女性特有の、真面目で素朴なところとナイーブなところを併せもつ。可愛らしいな、まだ蒼いなと思わせるところもあれば、ドキッとするような色気をたたえたところもあって、思わず引き込まれる多彩さ。音は綺麗で、やや細めの美音。よく抜けて、よく伸びて、実に爽やか。
デイヴィス/ロンドン響の伴奏はいたって堅実。しっかりと若い独奏者を支えてゆく。
第2楽章はアンダンティーノ・クワジ・アレグレット。この楽章こそ、このヴァイオリン協奏曲の白眉であり、このはかないまでの美しさがあるからこそ、この曲は今まで聴き継がれてきたのだろうと思う。単独でこの第2楽章だけ取り出して聴きたいくらい。名曲と思う。
クーレンのヴァイオリンは細身で頼りないくらいで、はかない美しさを表出している。若い時を思い出させるような、郷愁を誘うような美しい旋律、それを綺麗になぞってゆくヴァイオリン。
ああ、ホンマに綺麗なメロディ。まっこと、サン=サーンスは、美しい音楽を書いたなぁ。
ヴァイオリンもオーケストラもデリカシー十分の演奏。感傷が趨るような楽章なのだが、その表現はベタつかない。サン=サーンスはこうでなくちゃ。
第3楽章はヴァイオリンと管弦楽が一体となったフィナーレ。
クレーンの技巧は確かなもので、快速パッセージも難なく弾きこなすし、高音での伸びは気持ちよく、低音での軋み、うねりも強靱。
ああ、この曲はサラサーテの助言で作られたものだった。見事な技巧を発揮する曲だったなぁ。
ラストは白熱の演奏。オケも素晴らしい迫力。デイヴィスはロンドン響の実力を全部発揮させた感じ。
録音はまずまずといったところ。
フィリップスならもう少し出来たんじゃないかと思いますが・・・。
ロンドンでのフィリップス録音は、なかなか本拠オランダのようにはいかないようです。オランダでの、コンセルトヘボウの音響が良すぎる訳で、聴き手にはフィリップス録音は超優秀というイメージがありすぎまして、だから「もう少し」と思ってしまうんでしょうが・・・(^^ゞ。
どんよりと暗い、いかにも冬らしい雨でありました。
そして、相変わらず仕事は山のようにあります。
しかし、まあ、クラシック音楽と仕事とは別ですからね。せいぜい、音楽を楽しみましょう。
今日は、サン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番ロ短調 作品61。
イザベル・ヴァン・クーレンのヴァイオリン独奏、コリン・デイヴィス指揮ロンドン交響楽団の演奏。
このヴァイオリニストは可愛らしいですね。若々しい美人です。
1986年9月、ロンドンのウォルサムストウ・タウン・ホールでの録音。
・・・ということは、このジャケットから20年経過しているということか・・・・・う~む。
第1楽章から、むせ返るようなロマンの香りがいっぱい。冒頭のうねるようなヴァイオリンの独奏など、その最たるもの。
クーレンのヴァイオリンは素直で穏やか、若い女性特有の、真面目で素朴なところとナイーブなところを併せもつ。可愛らしいな、まだ蒼いなと思わせるところもあれば、ドキッとするような色気をたたえたところもあって、思わず引き込まれる多彩さ。音は綺麗で、やや細めの美音。よく抜けて、よく伸びて、実に爽やか。
デイヴィス/ロンドン響の伴奏はいたって堅実。しっかりと若い独奏者を支えてゆく。
第2楽章はアンダンティーノ・クワジ・アレグレット。この楽章こそ、このヴァイオリン協奏曲の白眉であり、このはかないまでの美しさがあるからこそ、この曲は今まで聴き継がれてきたのだろうと思う。単独でこの第2楽章だけ取り出して聴きたいくらい。名曲と思う。
クーレンのヴァイオリンは細身で頼りないくらいで、はかない美しさを表出している。若い時を思い出させるような、郷愁を誘うような美しい旋律、それを綺麗になぞってゆくヴァイオリン。
ああ、ホンマに綺麗なメロディ。まっこと、サン=サーンスは、美しい音楽を書いたなぁ。
ヴァイオリンもオーケストラもデリカシー十分の演奏。感傷が趨るような楽章なのだが、その表現はベタつかない。サン=サーンスはこうでなくちゃ。
第3楽章はヴァイオリンと管弦楽が一体となったフィナーレ。
クレーンの技巧は確かなもので、快速パッセージも難なく弾きこなすし、高音での伸びは気持ちよく、低音での軋み、うねりも強靱。
ああ、この曲はサラサーテの助言で作られたものだった。見事な技巧を発揮する曲だったなぁ。
ラストは白熱の演奏。オケも素晴らしい迫力。デイヴィスはロンドン響の実力を全部発揮させた感じ。
録音はまずまずといったところ。
フィリップスならもう少し出来たんじゃないかと思いますが・・・。
ロンドンでのフィリップス録音は、なかなか本拠オランダのようにはいかないようです。オランダでの、コンセルトヘボウの音響が良すぎる訳で、聴き手にはフィリップス録音は超優秀というイメージがありすぎまして、だから「もう少し」と思ってしまうんでしょうが・・・(^^ゞ。
2006/12/07のBlog
[ 05:07 ]
[ 室内楽曲 ]
今日はチャイコフスキーの弦楽四重奏曲第1番ニ長調 作品11です。
演奏はアマデウス弦楽四重奏団で。
寒くなると聴きたくなる音楽がある。
チャイコフスキーなんかが、その典型かな。
チャイコフスキーの曲は、部屋を暖めながら、ゆっくり聴きたいなものだ。「少し寒いな、暖房が欲しいな」なんて云いながら、彼の音楽を聴くのは、季節感があって良いものだと思う。
今日の聴いている弦楽四重奏曲第1番もそのたぐい。
この曲は、ボロディンの弦楽四重奏曲第2番とカップリングされることが多く、どちらもロシアの平原や身にしみる寒気などを想像させてくれるし、哀愁漂う美しい旋律に恵まれた名品だと思う。
演奏はアマデウスSQ。
ロシア臭は薄く、ヨーロッパ的な洗練が前面に出てくるが、この曲が佳品であることを十分に伝えてくれる。
第1楽章はアンサンブルの強固さ・精確さよりも、曲の流れを重視した音楽づくり。よく歌い、よく流れる。しかも滑らかだ。ただ流麗なのではなく、ここぞのフォルテではスケールが大きい。チェロの低音のコントロールが素晴らしい。
第2楽章はお目当てのアンダンテ・カンタービレ。ほのかに暖かく、懐かしさがこみ上げてくるような旋律。
暖炉の前で年寄りの昔話を聞かせられるような温もり。あるいは寒気の中で温かいミルクをすするような安堵感。そんな雰囲気が実に良い。
アマデウスSQの各奏者の響きがとても美しい。しかし、弱音器を付けると、どうしてこう美しく、また切ないのだろう。
第3楽章のスケルツォはヴァイオリンの音色が特に綺麗で、よく歌う。上品な舞曲のような雰囲気。
終楽章フィナーレは精力的。活気に満ちた演奏ぶりで、時に荒々しい響きが特徴的。
アマデウスSQの演奏は、少しアンサンブルが弱い感じ。
音色は素晴らしいし、個々の奏者は巧いなぁと思います。
アンサンブルよりも、歌うところでの流麗感、あるいは激しい部分での、荒々しい土俗的表現を重視したのかもしれません。
録音は標準レベル。1970年代後半の録音だと思います。
演奏はアマデウス弦楽四重奏団で。
寒くなると聴きたくなる音楽がある。
チャイコフスキーなんかが、その典型かな。
チャイコフスキーの曲は、部屋を暖めながら、ゆっくり聴きたいなものだ。「少し寒いな、暖房が欲しいな」なんて云いながら、彼の音楽を聴くのは、季節感があって良いものだと思う。
今日の聴いている弦楽四重奏曲第1番もそのたぐい。
この曲は、ボロディンの弦楽四重奏曲第2番とカップリングされることが多く、どちらもロシアの平原や身にしみる寒気などを想像させてくれるし、哀愁漂う美しい旋律に恵まれた名品だと思う。
演奏はアマデウスSQ。
ロシア臭は薄く、ヨーロッパ的な洗練が前面に出てくるが、この曲が佳品であることを十分に伝えてくれる。
第1楽章はアンサンブルの強固さ・精確さよりも、曲の流れを重視した音楽づくり。よく歌い、よく流れる。しかも滑らかだ。ただ流麗なのではなく、ここぞのフォルテではスケールが大きい。チェロの低音のコントロールが素晴らしい。
第2楽章はお目当てのアンダンテ・カンタービレ。ほのかに暖かく、懐かしさがこみ上げてくるような旋律。
暖炉の前で年寄りの昔話を聞かせられるような温もり。あるいは寒気の中で温かいミルクをすするような安堵感。そんな雰囲気が実に良い。
アマデウスSQの各奏者の響きがとても美しい。しかし、弱音器を付けると、どうしてこう美しく、また切ないのだろう。
第3楽章のスケルツォはヴァイオリンの音色が特に綺麗で、よく歌う。上品な舞曲のような雰囲気。
終楽章フィナーレは精力的。活気に満ちた演奏ぶりで、時に荒々しい響きが特徴的。
アマデウスSQの演奏は、少しアンサンブルが弱い感じ。
音色は素晴らしいし、個々の奏者は巧いなぁと思います。
アンサンブルよりも、歌うところでの流麗感、あるいは激しい部分での、荒々しい土俗的表現を重視したのかもしれません。
録音は標準レベル。1970年代後半の録音だと思います。
2006/12/06のBlog
[ 02:27 ]
[ 管弦楽曲 ]
当地愛媛県では今、テレビドラマ「白い巨塔」を再放送しております(テレビ愛媛)。
平日午後の3時半からの放送なので、留守録して毎日観ておりますが、これは面白いですな。
ボクはTVドラマを見る習慣があまりないので(「のだめカンタービレ」は別です)、この「白い巨塔」はリアルタイムでは見ていませんでした。評判高く、視聴率も良かったとは聞いてはいたんですが、なるほど、確かによく出来てます。原作も面白かったし、田宮二朗が主演したドラマも素晴らしかったが(1970年代末だったか?あの頃はよく見ていた(^^ゞ)、唐沢寿明演ずる財前五郎も、なかなかカッコエエですな。
特に彼が手術前に、タンホイザー序曲を口ずさみながら、指先のシミュレーションを行うのが、実にカッコイイんです。いや全く画面と音楽がピッタリとはまって、カッコイイんです。
やるなぁ・・・・・ここで、タンホイザーかい。
では、こちらも対抗して、タンホイザーを聴こうじゃないのさ。
しかし、これほどカッコよく決まっているタンホイザーとなると、そうは多くないぞい。ここは、やはりカラヤンにご登場願おうか(^-^)。
では。
ワーグナー:歌劇「タンホイザー」序曲とヴェーヌスベルグの音楽(パリ版)。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏。
1974年、ベルリンのフィルハーモニー・ホールでの録音。
EMI盤のカラヤン/BPOのワーグナー管弦楽曲集2枚組LPから。カラヤン/BPO全盛期の名盤と思う。
演奏はもう美麗壮麗豪華絢爛千両役者的な素晴らしさ。
睨みを利かせて見得を切る歌舞伎役者。
演出・設計が抜群に上手く、聴かせ上手であることこの上ない。
アンサンブルは完璧。特に管楽器がメチャクチャ巧い。
そして、美しい。ワーグナーをこんなに美しく、いわば耽美的に演奏させたら、カラヤンの右に出る者はいないんじゃないか。
冒頭からラスト、ヴェーヌスベルグの音楽まで、息もつかせぬ、全く飽きさせない演奏。「カラヤンって、やっぱり綺麗やなぁ」、「ホンマにベルリン・フィルって巧いなぁ」・・・感嘆しきり。
録音がまたよろしい。
EMIはデジタル時代になってから音質が低下したとボクは思っているが、アナログ時代は素晴らしかった。特に1960年代から70年代には、上質の録音が多い。
これもその一つ。
カラヤンが磨きに磨き上げたベルリン・フィルの音で、官能的なワーグナーが聴けます。これなら、財前のワーグナー、財前の手術の腕前に負けないでしょ。
平日午後の3時半からの放送なので、留守録して毎日観ておりますが、これは面白いですな。
ボクはTVドラマを見る習慣があまりないので(「のだめカンタービレ」は別です)、この「白い巨塔」はリアルタイムでは見ていませんでした。評判高く、視聴率も良かったとは聞いてはいたんですが、なるほど、確かによく出来てます。原作も面白かったし、田宮二朗が主演したドラマも素晴らしかったが(1970年代末だったか?あの頃はよく見ていた(^^ゞ)、唐沢寿明演ずる財前五郎も、なかなかカッコエエですな。
特に彼が手術前に、タンホイザー序曲を口ずさみながら、指先のシミュレーションを行うのが、実にカッコイイんです。いや全く画面と音楽がピッタリとはまって、カッコイイんです。
やるなぁ・・・・・ここで、タンホイザーかい。
では、こちらも対抗して、タンホイザーを聴こうじゃないのさ。
しかし、これほどカッコよく決まっているタンホイザーとなると、そうは多くないぞい。ここは、やはりカラヤンにご登場願おうか(^-^)。
では。
ワーグナー:歌劇「タンホイザー」序曲とヴェーヌスベルグの音楽(パリ版)。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏。
1974年、ベルリンのフィルハーモニー・ホールでの録音。
EMI盤のカラヤン/BPOのワーグナー管弦楽曲集2枚組LPから。カラヤン/BPO全盛期の名盤と思う。
演奏はもう美麗壮麗豪華絢爛千両役者的な素晴らしさ。
睨みを利かせて見得を切る歌舞伎役者。
演出・設計が抜群に上手く、聴かせ上手であることこの上ない。
アンサンブルは完璧。特に管楽器がメチャクチャ巧い。
そして、美しい。ワーグナーをこんなに美しく、いわば耽美的に演奏させたら、カラヤンの右に出る者はいないんじゃないか。
冒頭からラスト、ヴェーヌスベルグの音楽まで、息もつかせぬ、全く飽きさせない演奏。「カラヤンって、やっぱり綺麗やなぁ」、「ホンマにベルリン・フィルって巧いなぁ」・・・感嘆しきり。
録音がまたよろしい。
EMIはデジタル時代になってから音質が低下したとボクは思っているが、アナログ時代は素晴らしかった。特に1960年代から70年代には、上質の録音が多い。
これもその一つ。
カラヤンが磨きに磨き上げたベルリン・フィルの音で、官能的なワーグナーが聴けます。これなら、財前のワーグナー、財前の手術の腕前に負けないでしょ。
2006/12/05のBlog
[ 04:53 ]
[ 声楽曲・オペラ ]
ドラマ「のだめカンタービレ」は相変わらず面白く楽しいですね。若い音楽家たちのエネルギーがテレビの画面から、はじけてきます。若いってエエですね。
ドラマに触発されて、オーボエ協奏曲かブラームスの1番交響曲にしようかと思いましたが、さすがに今日はモーツァルトの命日です。そしてモーツァルト・イヤーも終わります。
命日だからと「レクイエム」も何だなぁと思い、賑やかなのが好きだったモーツァルトらしい名曲を行きます。
これだけ騒々しく滑稽でワクワクしてくるオペラも、そうはないと思います。
では、モーツァルトの命日に。
モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」・・・・・(^-^)。
ゲオルク・ショルティ指揮ロンドン・フィルの演奏。
1981年、ロンドンのキングズウェイ・ホールでのデジタル録音。DECCA原盤。
キャストは素晴らしい。豪華メンバーだと思う。
伯爵夫人; キリ・テ・カナワ
伯爵; トーマス・アレン
フィガロ; サミュエル・ラミー。
スザンナ; ルチア・ポップ
ケルビーノ;フレデリカ・フォン・シュターデ。
バルトロ; クルト・モル
快速爽快、切れ味鋭い刀でスパッと切ったような、スッキリした序曲。4分かからない速さで駆け抜ける。推進力抜群、しかもさすがにショルティ、オケがよく鳴っている。「ワシはショルティ、文句あるか?」とでも云っているかのよう。でも、セカセカしすぎかな?・・・・・。
フィガロを演じるはサミュエル・ラミー。若々しく力強いフィガロ。頭の回転の速さはもう一つかなという気もするが、声はとても美しい。妙なイヤらしさや変な色気がないので、好感が持てる。声色もいろいろ変化させており、聴いていて楽しい。
バルトロはクルト・モル。もう少し年寄り臭さがあってもいいかな。正直誠実、真摯な歌唱だとは思うが、もう少し「汚さ」が欲しい感じ。正攻法のバルトロも悪くはないんだが。
フレデリカ・フォン・シュターデのケルビーノは、まさに適役。透明で蒼い声質が、この多感な美少年にピッタリ。「自分で自分が分からない」や「恋とはどんなものかしら」の有名な(ある意味で聴き古した)アリアが、全く新鮮に響く。この時期のシュターデは本当に絶好調だったんだなぁ。
そして、ルチア・ポップ!
彼女のスザンナは最高。可憐で、キュートで、頭の回転が速く、女性としての芯の強さも持っている・・・・すばらしい表現力。
スザンナはこの歌劇の最初から最後まで活躍するキャスト。ポップという最高のスザンナを得て、このショルティ盤はさらに価値を増したと思う。
(ポップはマリナー盤での伯爵夫人も素晴らしかったが。)
伯爵夫人のキリ・テ・カナワは貫禄の歌唱。ゆっくりとしたアリアは高貴でもあるんだが、もったいぶった歌い方という気もする。モノローグなど、とても立派だと思う。伯爵夫人の抱える悩み、内面の掘り下げについては、やや疑問があるが・・・。
重唱が美しいことも、この演奏の良いところ。(というより、重唱の出来が良くないと「フィガロ」の面白さ・楽しさは半減してしまう。)
第1幕の終わりの六重唱など、その最たるもので、素晴らしい出来。
「手紙のアリア」なども極上の美しさ。言葉を失いますな。
録音はスッキリしていて、聴きやすい。
デジタル初期の録音だが、特に硬くもない。
DECCAらしい鮮明さで、家庭で聴くには十分すぎるくらいの優秀録音と思います。
ドラマに触発されて、オーボエ協奏曲かブラームスの1番交響曲にしようかと思いましたが、さすがに今日はモーツァルトの命日です。そしてモーツァルト・イヤーも終わります。
命日だからと「レクイエム」も何だなぁと思い、賑やかなのが好きだったモーツァルトらしい名曲を行きます。
これだけ騒々しく滑稽でワクワクしてくるオペラも、そうはないと思います。
では、モーツァルトの命日に。
モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」・・・・・(^-^)。
ゲオルク・ショルティ指揮ロンドン・フィルの演奏。
1981年、ロンドンのキングズウェイ・ホールでのデジタル録音。DECCA原盤。
キャストは素晴らしい。豪華メンバーだと思う。
伯爵夫人; キリ・テ・カナワ
伯爵; トーマス・アレン
フィガロ; サミュエル・ラミー。
スザンナ; ルチア・ポップ
ケルビーノ;フレデリカ・フォン・シュターデ。
バルトロ; クルト・モル
快速爽快、切れ味鋭い刀でスパッと切ったような、スッキリした序曲。4分かからない速さで駆け抜ける。推進力抜群、しかもさすがにショルティ、オケがよく鳴っている。「ワシはショルティ、文句あるか?」とでも云っているかのよう。でも、セカセカしすぎかな?・・・・・。
フィガロを演じるはサミュエル・ラミー。若々しく力強いフィガロ。頭の回転の速さはもう一つかなという気もするが、声はとても美しい。妙なイヤらしさや変な色気がないので、好感が持てる。声色もいろいろ変化させており、聴いていて楽しい。
バルトロはクルト・モル。もう少し年寄り臭さがあってもいいかな。正直誠実、真摯な歌唱だとは思うが、もう少し「汚さ」が欲しい感じ。正攻法のバルトロも悪くはないんだが。
フレデリカ・フォン・シュターデのケルビーノは、まさに適役。透明で蒼い声質が、この多感な美少年にピッタリ。「自分で自分が分からない」や「恋とはどんなものかしら」の有名な(ある意味で聴き古した)アリアが、全く新鮮に響く。この時期のシュターデは本当に絶好調だったんだなぁ。
そして、ルチア・ポップ!
彼女のスザンナは最高。可憐で、キュートで、頭の回転が速く、女性としての芯の強さも持っている・・・・すばらしい表現力。
スザンナはこの歌劇の最初から最後まで活躍するキャスト。ポップという最高のスザンナを得て、このショルティ盤はさらに価値を増したと思う。
(ポップはマリナー盤での伯爵夫人も素晴らしかったが。)
伯爵夫人のキリ・テ・カナワは貫禄の歌唱。ゆっくりとしたアリアは高貴でもあるんだが、もったいぶった歌い方という気もする。モノローグなど、とても立派だと思う。伯爵夫人の抱える悩み、内面の掘り下げについては、やや疑問があるが・・・。
重唱が美しいことも、この演奏の良いところ。(というより、重唱の出来が良くないと「フィガロ」の面白さ・楽しさは半減してしまう。)
第1幕の終わりの六重唱など、その最たるもので、素晴らしい出来。
「手紙のアリア」なども極上の美しさ。言葉を失いますな。
録音はスッキリしていて、聴きやすい。
デジタル初期の録音だが、特に硬くもない。
DECCAらしい鮮明さで、家庭で聴くには十分すぎるくらいの優秀録音と思います。
2006/12/04のBlog
[ 05:04 ]
[ 交響曲 ]
一気の冬。
四国は真冬になりました。あまりに身体が冷えるので、風邪でも引いたんじゃないかと思いました。
寒さに身体が慣れていなかったんですな。早いとこ、慣らしとかんとイカンなぁ・・・。
さて、モーツァルト・イヤーも押し詰まってきました。
命日も明日です。そこで、今日は晩年の作品を。
モーツァルトの交響曲第39番変ホ長調 K.543。
ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団の演奏。
1980年の録音、CBSのクーベリックのモーツァルト後期交響曲集からの1枚。
第1楽章は「魔笛」を思い出させるような序奏部で始まる。
柔らかく格調高い開始。テンポは中庸で、正統的なモーツァルト。どこをとっても盤石の安定感がある。
バイエルン放送響の音がイイ。明朗穏和で落ち着いた音。派手な明るさではなく、陰影のある渋い明るさであって、それがこの39番交響曲にはふさわしい。
モーツァルトの晩年特有の、澄みきった境地には、クーベリック/バイエルン放送響が紡ぎ出すこの音が似合う。
この音に包み込まれるのは(いつもクーベリックの演奏で云うことなのだが)、至福の時間。
第2楽章はアンダンテ。静謐な感情が流れてゆく。
クーベリック/バイエルン放送響の演奏は、ピリオド楽器の演奏に慣れた現代の耳で聴くと、ずいぶんロマンティックに聞こえる。でも、この充実感は何物にも代え難い。
モーツァルト独特の、長調なのに哀しい、明るい曲調なのに淋しい・・という特徴がよく出ている演奏と思う。
第3楽章メヌエットは、さらに上をゆく名演。
クラリネットを用いたトリオの柔らかさ。2本のクラリネットの何ともひなびた美しさ、それに絡むフルートの気品。絶品やなぁ。
第4楽章フィナーレはアレグロ。テンポはここでも心地よい。
速くなりすぎず、もたれもせず、気持ちよく呼吸できるテンポ。
内声部が充実していて、ヴィオラやファゴットの渋い音も実に効果的。淡い色調が、無限のイマジネーションを誘う・・・・・。
録音は残響成分が適度で、録音会場のヘルクレスザールのホールトーンの美しさを味わえる。一つ一つの楽器をクローズアップしすぎないのが良いようだ。
ああ、ヨーロッパの音。
素晴らしいオーケストラ音楽。
※クーベリックのモーツァルトです。
交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」
同じく36番「リンツ」
四国は真冬になりました。あまりに身体が冷えるので、風邪でも引いたんじゃないかと思いました。
寒さに身体が慣れていなかったんですな。早いとこ、慣らしとかんとイカンなぁ・・・。
さて、モーツァルト・イヤーも押し詰まってきました。
命日も明日です。そこで、今日は晩年の作品を。
モーツァルトの交響曲第39番変ホ長調 K.543。
ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団の演奏。
1980年の録音、CBSのクーベリックのモーツァルト後期交響曲集からの1枚。
第1楽章は「魔笛」を思い出させるような序奏部で始まる。
柔らかく格調高い開始。テンポは中庸で、正統的なモーツァルト。どこをとっても盤石の安定感がある。
バイエルン放送響の音がイイ。明朗穏和で落ち着いた音。派手な明るさではなく、陰影のある渋い明るさであって、それがこの39番交響曲にはふさわしい。
モーツァルトの晩年特有の、澄みきった境地には、クーベリック/バイエルン放送響が紡ぎ出すこの音が似合う。
この音に包み込まれるのは(いつもクーベリックの演奏で云うことなのだが)、至福の時間。
第2楽章はアンダンテ。静謐な感情が流れてゆく。
クーベリック/バイエルン放送響の演奏は、ピリオド楽器の演奏に慣れた現代の耳で聴くと、ずいぶんロマンティックに聞こえる。でも、この充実感は何物にも代え難い。
モーツァルト独特の、長調なのに哀しい、明るい曲調なのに淋しい・・という特徴がよく出ている演奏と思う。
第3楽章メヌエットは、さらに上をゆく名演。
クラリネットを用いたトリオの柔らかさ。2本のクラリネットの何ともひなびた美しさ、それに絡むフルートの気品。絶品やなぁ。
第4楽章フィナーレはアレグロ。テンポはここでも心地よい。
速くなりすぎず、もたれもせず、気持ちよく呼吸できるテンポ。
内声部が充実していて、ヴィオラやファゴットの渋い音も実に効果的。淡い色調が、無限のイマジネーションを誘う・・・・・。
録音は残響成分が適度で、録音会場のヘルクレスザールのホールトーンの美しさを味わえる。一つ一つの楽器をクローズアップしすぎないのが良いようだ。
ああ、ヨーロッパの音。
素晴らしいオーケストラ音楽。
※クーベリックのモーツァルトです。
交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」
同じく36番「リンツ」
2006/12/03のBlog
[ 05:26 ]
[ 協奏曲 ]
荒れた天気の週末でした。
晴れたかと思えば、風が強くなり、激しい風雨に・・・・雨がやんだ後に晴れ上がり、また風雨が・・・。
気温もグッと下がりました。今日はどうかな・・・。
さて、今日はモーツァルトのフルートとハープのための協奏曲ハ長調 K.229。
フルートはヨハネス・ヴァルター、ハープはユッタ・ツォフ。
オトマール・スウィトナー指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
1975年3月、ドレスデンのルカ教会での録音。ドイツ・シャルプラッテン(徳間音工)のLPレコード。
ハープの音がイイ。右のスピーカーから、透きとおるような美音が響く。抜けるような色白の美女が、柔らかく微笑んでいるような感じ。何とも云えぬ良い音がする。
ヴァルターのフルートは中央やや左寄りで、これも澄みきった音色で、暖かくやさしく響く。良い音だと思う。
第1楽章。
スウィトナーのとるテンポはいつも通り速め。贅肉のない、スリムでスッキリ系のモーツァルト。青年の風貌の演奏だが、味わいは薄くない。
ルカ教会の残響もものをいっていて、とても暖かくふっくらしとたサウンド。これこそ、ドレスデン・シュターツカペレの音だ。華麗な第一主題も、ギラつかずにしっとりと心地よい。
素晴らしいのはスケルツォ。ヴァルターとツォフ、二人の確かなテクニックと息のあったアンサンブルが聴きもの。アイ・コンタクトしているのが見えるような、暖かみのある演奏になっている。
第2楽章も、明朗で穏やか、包まれるような暖かい響きが気持ちよい。そして、フルートとハープの見事な協奏。
この2つの楽器だけで、春のような温もりを表出してしまうモーツァルトの天才。幸福感一杯の演奏になっている。
ここでもカデンツァが素晴らしい。このLPのカデンツァはすべてジョン・トマスの作。本当に綺麗なフルートの歌、ハープの美音。
終楽章は軽快で華麗なロンド・アレグロ。ハープは堅実なテクニックを披露してくれる。フルートが加わると全くギャラントなスタイルになって、華やかなエンディングを迎える。
ああ、素敵な音楽。幸福な音楽。
そういえば、独奏者の二人、フルートのヨハネス・ヴァルター、ハープのユッタ・ツォフは、ドレスデン・シュターツカペレの首席。この演奏は、気心の知れたいつものメンバーがちょっと前に出て、みんなで協奏を楽しんでいるんです。
レコードの録音から30年。
少し古びたような感じもしますが、さすがはルカ教会。見事な音響が部屋に広がります。
LPらしい柔らかく落ち着いた音。
これ徳間音工の廉価盤、1000円盤のLPだったと思いますが、時を越えて、エエ音してます。
追記;これ、1500円盤でした。1982年の発売です。ドイツ・シャルプラッテン1500シリーズで、スウィトナーのモーツァルトなどが廉価発売されたのでした。
これ、今、CDで買うと1000円盤ですね。時代は変わりました・・・・。
晴れたかと思えば、風が強くなり、激しい風雨に・・・・雨がやんだ後に晴れ上がり、また風雨が・・・。
気温もグッと下がりました。今日はどうかな・・・。
さて、今日はモーツァルトのフルートとハープのための協奏曲ハ長調 K.229。
フルートはヨハネス・ヴァルター、ハープはユッタ・ツォフ。
オトマール・スウィトナー指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
1975年3月、ドレスデンのルカ教会での録音。ドイツ・シャルプラッテン(徳間音工)のLPレコード。
ハープの音がイイ。右のスピーカーから、透きとおるような美音が響く。抜けるような色白の美女が、柔らかく微笑んでいるような感じ。何とも云えぬ良い音がする。
ヴァルターのフルートは中央やや左寄りで、これも澄みきった音色で、暖かくやさしく響く。良い音だと思う。
第1楽章。
スウィトナーのとるテンポはいつも通り速め。贅肉のない、スリムでスッキリ系のモーツァルト。青年の風貌の演奏だが、味わいは薄くない。
ルカ教会の残響もものをいっていて、とても暖かくふっくらしとたサウンド。これこそ、ドレスデン・シュターツカペレの音だ。華麗な第一主題も、ギラつかずにしっとりと心地よい。
素晴らしいのはスケルツォ。ヴァルターとツォフ、二人の確かなテクニックと息のあったアンサンブルが聴きもの。アイ・コンタクトしているのが見えるような、暖かみのある演奏になっている。
第2楽章も、明朗で穏やか、包まれるような暖かい響きが気持ちよい。そして、フルートとハープの見事な協奏。
この2つの楽器だけで、春のような温もりを表出してしまうモーツァルトの天才。幸福感一杯の演奏になっている。
ここでもカデンツァが素晴らしい。このLPのカデンツァはすべてジョン・トマスの作。本当に綺麗なフルートの歌、ハープの美音。
終楽章は軽快で華麗なロンド・アレグロ。ハープは堅実なテクニックを披露してくれる。フルートが加わると全くギャラントなスタイルになって、華やかなエンディングを迎える。
ああ、素敵な音楽。幸福な音楽。
そういえば、独奏者の二人、フルートのヨハネス・ヴァルター、ハープのユッタ・ツォフは、ドレスデン・シュターツカペレの首席。この演奏は、気心の知れたいつものメンバーがちょっと前に出て、みんなで協奏を楽しんでいるんです。
レコードの録音から30年。
少し古びたような感じもしますが、さすがはルカ教会。見事な音響が部屋に広がります。
LPらしい柔らかく落ち着いた音。
これ徳間音工の廉価盤、1000円盤のLPだったと思いますが、時を越えて、エエ音してます。
追記;これ、1500円盤でした。1982年の発売です。ドイツ・シャルプラッテン1500シリーズで、スウィトナーのモーツァルトなどが廉価発売されたのでした。
これ、今、CDで買うと1000円盤ですね。時代は変わりました・・・・。
2006/12/02のBlog
[ 05:25 ]
[ 協奏曲 ]
さすがに師走年末。仕事が忙しくなってきました・・・・。
週末はゆっくりできないかもしれんですなぁ。
さて、今日もモーツァルトのピアノ協奏曲を行きます。
懐かしい大家の演奏を聴きたくなりました。そこで・・・・・
モーツァルトのピアノ協奏曲第27番 変ロ長調 K.595。
エミール・ギレリスのピアノ、カール・ベーム指揮ウィーン・フィルの演奏。
1973年の録音。DG盤。
第1楽章、ゆったりしたテンポで始まる。包容力のある管弦楽。ウィーン・フィルの音が何とも優美で柔らかく、うっとりしてしまう。
ギレリスのピアノも大人の風格。長いこと云われ続けてきた「鋼鉄のピアニスト」などではない、柔らかく冴え冴えとした音色のピアノで、しかも、刻々と音色が移り変わってゆくニュアンス一杯のピアノ。そして、デリカシーにあふれたタッチ。
ギレリスは、モーツァルト最後のピアノ協奏曲となったこの夕映えのような曲を、慈しむように、省みるように弾いてゆく。
音が美しい。初冬の澄んだ空に浮かぶ蒼白い月のような感じ。冴えきって、素晴らしくよく切れる日本刀のような感じのピアノ。無駄な音など一つもないし、濁った音が全くないピアノ。余分なところを削りに削った純米酒とでも云おうか。
清澄なこの曲を弾くためのピアノ・・・・・・そんな音。
第2楽章のテンポはとても遅い。実にゆったりとした足取りの中に、ピアノも管弦楽も、無限のニュアンスが宿っている。ホルンの柔らかい響きにコクが加わって何とも美しい。ギレリスのピアノはどんどん純化して、真っ白な感じ。澄みきった音色がこの緩徐楽章に全くふさわしい。
ウィーン・フィルの美しさも格別。ピアノもオケも、これだけ美しいK.595は、そうはないんじゃないか。
終楽章は、さらに感動的。
美しさの極み、至純のピアノ。ギレリスのピアノはますます冴えて。内面に深く入り込んでゆく。カデンツァが素晴らしい。ギレリスって、こんなに綺麗な音のピアニストだったかいな・・・・と再確認。
ベーム/VPOの伴奏も素晴らしい。バックでさやさやと奏でるストリングスの美しさと云ったら・・・。
録音から33年。
少し古びた感じもしますが、ギレリスのピアノはよく捉えられています。
カップリングのK.365は娘エレーナ・ギレリスとの協演。
これもイイ演奏でありました。
週末はゆっくりできないかもしれんですなぁ。
さて、今日もモーツァルトのピアノ協奏曲を行きます。
懐かしい大家の演奏を聴きたくなりました。そこで・・・・・
モーツァルトのピアノ協奏曲第27番 変ロ長調 K.595。
エミール・ギレリスのピアノ、カール・ベーム指揮ウィーン・フィルの演奏。
1973年の録音。DG盤。
第1楽章、ゆったりしたテンポで始まる。包容力のある管弦楽。ウィーン・フィルの音が何とも優美で柔らかく、うっとりしてしまう。
ギレリスのピアノも大人の風格。長いこと云われ続けてきた「鋼鉄のピアニスト」などではない、柔らかく冴え冴えとした音色のピアノで、しかも、刻々と音色が移り変わってゆくニュアンス一杯のピアノ。そして、デリカシーにあふれたタッチ。
ギレリスは、モーツァルト最後のピアノ協奏曲となったこの夕映えのような曲を、慈しむように、省みるように弾いてゆく。
音が美しい。初冬の澄んだ空に浮かぶ蒼白い月のような感じ。冴えきって、素晴らしくよく切れる日本刀のような感じのピアノ。無駄な音など一つもないし、濁った音が全くないピアノ。余分なところを削りに削った純米酒とでも云おうか。
清澄なこの曲を弾くためのピアノ・・・・・・そんな音。
第2楽章のテンポはとても遅い。実にゆったりとした足取りの中に、ピアノも管弦楽も、無限のニュアンスが宿っている。ホルンの柔らかい響きにコクが加わって何とも美しい。ギレリスのピアノはどんどん純化して、真っ白な感じ。澄みきった音色がこの緩徐楽章に全くふさわしい。
ウィーン・フィルの美しさも格別。ピアノもオケも、これだけ美しいK.595は、そうはないんじゃないか。
終楽章は、さらに感動的。
美しさの極み、至純のピアノ。ギレリスのピアノはますます冴えて。内面に深く入り込んでゆく。カデンツァが素晴らしい。ギレリスって、こんなに綺麗な音のピアニストだったかいな・・・・と再確認。
ベーム/VPOの伴奏も素晴らしい。バックでさやさやと奏でるストリングスの美しさと云ったら・・・。
録音から33年。
少し古びた感じもしますが、ギレリスのピアノはよく捉えられています。
カップリングのK.365は娘エレーナ・ギレリスとの協演。
これもイイ演奏でありました。