Blog
2007/01/19のBlog
[ 05:44 ]
[ 交響曲 ]
今日は久しぶりにマーラーを。
交響曲第5番 嬰ハ短調。
エリアフ・インバル指揮フランクフルト放送交響楽団の演奏。
1986年1月、フランクフルトのアルテ・オーパーでの録音。
懐かしい録音。すでに20年前になってしまった。
細部まで克明に描き込まれて、考え抜かれたマーラー。
インバルのマーラーは、情念でドロドロにならない。端正でクール。リズムには少々粘りがあるが、音楽のフォルムは崩れない。知的で冷静、スッキリ系。そして、初めからラストまで聴き通したときの充実感も大きい。
ステージには大編成のオーケストラが乗っているはずなんだが、その隅々までよく「見える」ような演奏でもある。インバルのマーラー全集の中でも、この第5番は傑作だと思う。
最高レベルの録音の良さもあるのだろう。この5番も殆どワン・ポイント録音に近いもので、鑑賞する上で実に聴きやすいだけでなく、オーディオ的快感も得られる。(第4番はホンマのワン・ポイント録音だった)。
オケの技術も素晴らしい。ナマ演奏でも感動したが、トランペットは全く巧い。そして、ホルン!
第3楽章のホルンの朗々とした音。たっぷりとした響きが気持ちよい。
もちろん、他の金管も巧いし、アンサンブルもしっかりしていて、バランスも実にイイ。名人芸が随所に出ていると云うことでもないのだが、見事な「ホルン協奏曲」になっている。
第4楽章の静謐な抒情も美しい。
インバルはこの楽章もそうだが、全体的にゆったり目のテンポを採って、先を急がず、一つ一つの音符を克明になぞってゆく感じ。ルバートはないし、聴き手を驚かせる演出もない、ゆったりと淡々とした演奏なのだが、そこからにじみ出てくる情趣は、とても美しいものだ。感情的に激することはないのだが、伝わるものは大きい。
弦楽セクションも見事、ゆっくりとうねりながら、デリケートな演奏を展開している。
思えば、2000年11月に、愛媛県にインバル/フランクフルト放送交響楽団がやってきて、この5番を実演で聴いた感動・・・・忘れられません。
このCDで聴いていた印象と全く変わらない素晴らしさ。
金管が抜群に巧く、特にトランペットとホルンはラストまで全く破綻なく吹ききって、非常に安定感のある演奏ぶりだったことを思い出します。
ホンモノやなぁ・・・とつくづく思ったことでした。
交響曲第5番 嬰ハ短調。
エリアフ・インバル指揮フランクフルト放送交響楽団の演奏。
1986年1月、フランクフルトのアルテ・オーパーでの録音。
懐かしい録音。すでに20年前になってしまった。
細部まで克明に描き込まれて、考え抜かれたマーラー。
インバルのマーラーは、情念でドロドロにならない。端正でクール。リズムには少々粘りがあるが、音楽のフォルムは崩れない。知的で冷静、スッキリ系。そして、初めからラストまで聴き通したときの充実感も大きい。
ステージには大編成のオーケストラが乗っているはずなんだが、その隅々までよく「見える」ような演奏でもある。インバルのマーラー全集の中でも、この第5番は傑作だと思う。
最高レベルの録音の良さもあるのだろう。この5番も殆どワン・ポイント録音に近いもので、鑑賞する上で実に聴きやすいだけでなく、オーディオ的快感も得られる。(第4番はホンマのワン・ポイント録音だった)。
オケの技術も素晴らしい。ナマ演奏でも感動したが、トランペットは全く巧い。そして、ホルン!
第3楽章のホルンの朗々とした音。たっぷりとした響きが気持ちよい。
もちろん、他の金管も巧いし、アンサンブルもしっかりしていて、バランスも実にイイ。名人芸が随所に出ていると云うことでもないのだが、見事な「ホルン協奏曲」になっている。
第4楽章の静謐な抒情も美しい。
インバルはこの楽章もそうだが、全体的にゆったり目のテンポを採って、先を急がず、一つ一つの音符を克明になぞってゆく感じ。ルバートはないし、聴き手を驚かせる演出もない、ゆったりと淡々とした演奏なのだが、そこからにじみ出てくる情趣は、とても美しいものだ。感情的に激することはないのだが、伝わるものは大きい。
弦楽セクションも見事、ゆっくりとうねりながら、デリケートな演奏を展開している。
思えば、2000年11月に、愛媛県にインバル/フランクフルト放送交響楽団がやってきて、この5番を実演で聴いた感動・・・・忘れられません。
このCDで聴いていた印象と全く変わらない素晴らしさ。
金管が抜群に巧く、特にトランペットとホルンはラストまで全く破綻なく吹ききって、非常に安定感のある演奏ぶりだったことを思い出します。
ホンモノやなぁ・・・とつくづく思ったことでした。
2007/01/18のBlog
[ 05:15 ]
[ 協奏曲 ]
今日は爽快な音楽を。
ヴィヴァルディの協奏曲集「調和の幻想」作品3より。
イ・ムジチ合奏団の演奏。ロベルト・ミケルッチ(Vn)などの独奏。
1962年6月、スイスでの録音。
イ・ムジチ合奏団の演奏は明るく爽やか。
南国イタリアの青空を思わせるような気持ちよさ。朗らかで屈託のないところがとてもイイ。
考え事をしてそれが進まないとき、仕事で腹が立ってそのまま家路についたときなど、人生思うようにならないことが色々あるわけで、でもそういったときには、こんなバロック音楽、特にヴィヴァルディの明朗さとイ・ムジチ合奏団の楽観的な朗らかさは、実によろしい。薬よりも遙かによく効く。イ・ムジチ合奏団のスコーンと突き抜けるような弦楽合奏を聴くと、まったく心が洗われ、、胸がスーッとする。
このCDは、「調和の幻想」作品3のうち、6番と8~12番の6曲を収めたもの。
ヴィヴァルディやアルビノーニなどのバロック音楽の協奏曲集は、全曲盤を初めから順番に聴いていくより、こうした抜粋盤で聴いたり、何曲か気に入ったものだけをピックアップして聴いたりする方が、心がくつろいでエエようでありますな。
さて、演奏は当時のコンマス、ミケルッチの冴えたヴァイオリンを中心に、名手が揃っているし、アンサンブルも極上、何しろ音がとても綺麗。
古楽器に慣れた今の耳で聴くと、ヴァイオリンの音が肉太でコッテリした感じがする。ピリオド楽器やその奏法に比べて、このイ・ムジチ合奏団の演奏は、よく脂が乗ったステーキのような味わいかな。でも、本当にこれは「旨い」。
解釈も浪漫的なところもあって、懐かしいような、今だとかえって新鮮のような。
ワタクシのようなオジサンには、こんな演奏の方が有り難い。
落ち着きます。
録音はさすがに45年前。やや古ぼけてきました。
でも、イ・ムジチの明るい響きは堪能できます。
さすがはフィリップスです。
さて、仕事が忙しくなってきました。
しかし、ヤル気が出ません(^^ゞ。
気力が充実しないので、なかなか仕事がはかどりません。
体調は万全なんですが、どうも、気が進まない仕事がこの頃多くて困ります。
いや、単なる愚痴ですが・・・・・スンマセン。
ヴィヴァルディの協奏曲集「調和の幻想」作品3より。
イ・ムジチ合奏団の演奏。ロベルト・ミケルッチ(Vn)などの独奏。
1962年6月、スイスでの録音。
イ・ムジチ合奏団の演奏は明るく爽やか。
南国イタリアの青空を思わせるような気持ちよさ。朗らかで屈託のないところがとてもイイ。
考え事をしてそれが進まないとき、仕事で腹が立ってそのまま家路についたときなど、人生思うようにならないことが色々あるわけで、でもそういったときには、こんなバロック音楽、特にヴィヴァルディの明朗さとイ・ムジチ合奏団の楽観的な朗らかさは、実によろしい。薬よりも遙かによく効く。イ・ムジチ合奏団のスコーンと突き抜けるような弦楽合奏を聴くと、まったく心が洗われ、、胸がスーッとする。
このCDは、「調和の幻想」作品3のうち、6番と8~12番の6曲を収めたもの。
ヴィヴァルディやアルビノーニなどのバロック音楽の協奏曲集は、全曲盤を初めから順番に聴いていくより、こうした抜粋盤で聴いたり、何曲か気に入ったものだけをピックアップして聴いたりする方が、心がくつろいでエエようでありますな。
さて、演奏は当時のコンマス、ミケルッチの冴えたヴァイオリンを中心に、名手が揃っているし、アンサンブルも極上、何しろ音がとても綺麗。
古楽器に慣れた今の耳で聴くと、ヴァイオリンの音が肉太でコッテリした感じがする。ピリオド楽器やその奏法に比べて、このイ・ムジチ合奏団の演奏は、よく脂が乗ったステーキのような味わいかな。でも、本当にこれは「旨い」。
解釈も浪漫的なところもあって、懐かしいような、今だとかえって新鮮のような。
ワタクシのようなオジサンには、こんな演奏の方が有り難い。
落ち着きます。
録音はさすがに45年前。やや古ぼけてきました。
でも、イ・ムジチの明るい響きは堪能できます。
さすがはフィリップスです。
さて、仕事が忙しくなってきました。
しかし、ヤル気が出ません(^^ゞ。
気力が充実しないので、なかなか仕事がはかどりません。
体調は万全なんですが、どうも、気が進まない仕事がこの頃多くて困ります。
いや、単なる愚痴ですが・・・・・スンマセン。
2007/01/17のBlog
[ 05:09 ]
[ 交響曲 ]
久しぶりの雨。ここのところ、晴天続きだったのでいいお湿り。
異常乾燥注意報がおさまるかな。
さて、今日はLPを取り出して。
キングの「Very Best Classic 2000」シリーズ。
昔はこういう定額の名曲シリーズをレコード各社が発売していたものです。
だいたい100枚。全部買えば、クラシック音楽の名曲の多くをカバーできますよ・・・・という感じで宣伝するんです。パンフレットもレコード屋に行くと沢山置いてありました。
CDに切り替わってもやっているようだから、これはレコード会社の常套手段だろうけれど、クラシック音楽を聴き始めた頃は、これが結構助かったんです。
(もっとも、ボクの嗜好は今もその定盤シリーズの域を出ていないんですが・・・・)
その中から。
ドヴォルザークの交響曲第9番ホ短調 作品95「新世界から」。
イシュトヴァン・ケルテス指揮ウィーン・フィルの演奏。
1960年の録音、DECCA原盤。ケルテスのデビュー盤(だったと思う)。
人口に膾炙した名盤。
第1楽章からダイナミックで情熱的、シャープで若々しく溌剌として鋭敏、男性的な音楽の運び。ケルテスの燃えたぎる若さが爆発、オケもそれに応えて、圧倒的な迫力で驀進する。
もちろん、迫力だけでなく、ウィーン・フィルらしいしなやかな弦楽セクションが、柔和な表情で歌うところもあって、曲が進むにしたがって、どんどん音楽が変わってゆく。千変万化とはこのことか。実に起伏の大きい演奏。
第2楽章の、イングリッシュ・ホルンの歌うラルゴは、どこまでも甘い調べ。「遠き山に日は落ちて」と子供の頃に歌、これまさに望郷の歌。感傷の歌。
弦楽セクションのピアニシモはニュアンス抜群だし、管楽器も非常に巧い。本当に巧い。アンサンブルがまたイイ。いやはや、言葉を失う素晴らしさ。
第3楽章のスケルツォは、どうかすると退屈してしまうところだが、ケルテスが振ると面白さ・楽しさいっぱい。楽器のバランスが良く、実にオケがよく鳴っている。DECCAの録音効果も素晴らしく、空間が広々としている。高音の鮮烈さもスカッと爽快。生気に満ちて、推進力抜群のスケルツォになっている。途中、民謡風の部分ではテンポがグッと落として、歌い上げるところなどもたまらない魅力。トリオでは管楽器よりも弦楽器が浮かび上がって、しなやかな舞曲であることを聴き手に伝える。
いや、全く見事な設計。感嘆しきり。
第4楽章は、ケルテスの若い血潮がたぎる。アンサンブルは少し荒くなる感じだが、演奏は逞しく力強く、全く明快。ケルテス、まさに騎虎の勢い。そして、そのケルテスの荒さをウィーン・フィルの力が、優美に補ってゆく様子がまた実にイイ。
荒々しくも美しく格調高いという、二律背反を高次元で止揚させた演奏・・・・と云うべきか。希有の演奏であることは間違いない・・・・と力説しておきまひょか。
録音からもう半世紀近く。いまだにこれをしのぐ演奏には出会えない、名盤中の名盤と云えそう・・・であります。
※ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界」の自己リンクです。
うわっ・・・今回で「新世界」8枚目のエントリー(^^ゞ。 でも好きだからしょうがない。
バーンスタイン/NYP盤
ノイマン/チェコ・フィル盤
ジュリーニ/シカゴ響盤
フリッチャイ/ベルリン・フィル盤
ドホナーニ/クリーヴランド管盤
ショルティ/シカゴ響盤
ジュリーニ/ロイヤル・コンセルトヘボウ管盤
異常乾燥注意報がおさまるかな。
さて、今日はLPを取り出して。
キングの「Very Best Classic 2000」シリーズ。
昔はこういう定額の名曲シリーズをレコード各社が発売していたものです。
だいたい100枚。全部買えば、クラシック音楽の名曲の多くをカバーできますよ・・・・という感じで宣伝するんです。パンフレットもレコード屋に行くと沢山置いてありました。
CDに切り替わってもやっているようだから、これはレコード会社の常套手段だろうけれど、クラシック音楽を聴き始めた頃は、これが結構助かったんです。
(もっとも、ボクの嗜好は今もその定盤シリーズの域を出ていないんですが・・・・)
その中から。
ドヴォルザークの交響曲第9番ホ短調 作品95「新世界から」。
イシュトヴァン・ケルテス指揮ウィーン・フィルの演奏。
1960年の録音、DECCA原盤。ケルテスのデビュー盤(だったと思う)。
人口に膾炙した名盤。
第1楽章からダイナミックで情熱的、シャープで若々しく溌剌として鋭敏、男性的な音楽の運び。ケルテスの燃えたぎる若さが爆発、オケもそれに応えて、圧倒的な迫力で驀進する。
もちろん、迫力だけでなく、ウィーン・フィルらしいしなやかな弦楽セクションが、柔和な表情で歌うところもあって、曲が進むにしたがって、どんどん音楽が変わってゆく。千変万化とはこのことか。実に起伏の大きい演奏。
第2楽章の、イングリッシュ・ホルンの歌うラルゴは、どこまでも甘い調べ。「遠き山に日は落ちて」と子供の頃に歌、これまさに望郷の歌。感傷の歌。
弦楽セクションのピアニシモはニュアンス抜群だし、管楽器も非常に巧い。本当に巧い。アンサンブルがまたイイ。いやはや、言葉を失う素晴らしさ。
第3楽章のスケルツォは、どうかすると退屈してしまうところだが、ケルテスが振ると面白さ・楽しさいっぱい。楽器のバランスが良く、実にオケがよく鳴っている。DECCAの録音効果も素晴らしく、空間が広々としている。高音の鮮烈さもスカッと爽快。生気に満ちて、推進力抜群のスケルツォになっている。途中、民謡風の部分ではテンポがグッと落として、歌い上げるところなどもたまらない魅力。トリオでは管楽器よりも弦楽器が浮かび上がって、しなやかな舞曲であることを聴き手に伝える。
いや、全く見事な設計。感嘆しきり。
第4楽章は、ケルテスの若い血潮がたぎる。アンサンブルは少し荒くなる感じだが、演奏は逞しく力強く、全く明快。ケルテス、まさに騎虎の勢い。そして、そのケルテスの荒さをウィーン・フィルの力が、優美に補ってゆく様子がまた実にイイ。
荒々しくも美しく格調高いという、二律背反を高次元で止揚させた演奏・・・・と云うべきか。希有の演奏であることは間違いない・・・・と力説しておきまひょか。
録音からもう半世紀近く。いまだにこれをしのぐ演奏には出会えない、名盤中の名盤と云えそう・・・であります。
※ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界」の自己リンクです。
うわっ・・・今回で「新世界」8枚目のエントリー(^^ゞ。 でも好きだからしょうがない。
バーンスタイン/NYP盤
ノイマン/チェコ・フィル盤
ジュリーニ/シカゴ響盤
フリッチャイ/ベルリン・フィル盤
ドホナーニ/クリーヴランド管盤
ショルティ/シカゴ響盤
ジュリーニ/ロイヤル・コンセルトヘボウ管盤
2007/01/16のBlog
[ 05:05 ]
[ 管弦楽曲 ]
「のだめカンタービレ」のアニメ版が始まった・・・・・そうです。
・・・・そうです、というのはネットでそのことを知ったのであります。深夜枠なのに視聴率もいいそうです。
でも、愛媛県では放送していない!
残念。これ、田舎の悲哀ですな。
僕が四国に住み始めた20年前は、民法は2局しかなかったしなぁ・・・(日テレとフジ系のみ)。都会と地方の格差は、まだまだ続きます。
さて、気を取り直して音楽を。
今日も、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管の音を聴きます。
フィリップスの録音が良く、素晴らしい音響で聴けます。
シューベルトの劇音楽「ロザムンデ」 D.797。
クルト・マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏。
ソプラノ独唱はエリー・アメリング。
1983年12月、ライプツィヒでの録音。
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管の音が滑らかで温かく、大変心地よい。
木質の肌触りで何とも云えないふっくらした感触。肌理の細かい質感。しっとりとした上質の絹織物に包まれるような感触がたまらない。聴き手の心に安心感が芽生えてくるような音。ホールトーンも最高だと思う。
このCDはフィリップスが東独のドイツ・シャルプラッテンと共同で制作したものだが、実に良い音だと思う。ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管が持つふくよかさ、自然な肌触り、柔らかい残響などを、フィリップスの録音スタッフが見事に捉えていると思う。
思えば東独当時、このライプツィヒ・ゲヴァントハウス管をはじめ、ドレスデン・シュターツカペレやベルリン・シュターツカペレは、ドイツ的な渋い音色の伝統を保持しつつ、まろやかで温かみのある音のレコードを世に送り出していた。ベルリン・フィルやウィーン・フィル、あるいは英仏蘭のオーケストラが国際的・汎世界的な音になっていったのに対して、田舎の素朴さ・地方都市の方言のような温もりが、これら東独のオケには、あった。時に取り出して聴くその音は、今も極上。至福の響きを醸し出す。
このシューベルト「ロザムンデ」もそんな音、そんな音楽であって、弦楽合奏などはホンマに美しい限り。
この音楽はシューベルトの佳作。ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管は初期のロマン派らしい爽やかな香気を美しく再現している。そしてシューベルトらしくよく歌う。
マズアの指揮は安定したもの。あまり手管を加えていない感じ。何もしていないというと、言葉が悪いか。
ロマンツェで聴けるエリー・アメリングの歌。これ絶品。
このころのアメリングは絶好調、フィリップス・レーベルの女性リートのエース。シューベルトの歌曲集など、最高だった。
間奏曲第3番は、お馴染み「ロザムンデの音楽」。即興曲にも弦楽四重奏「ロザムンデ」にも使われた著名な旋律だが、ゲヴァントハウス管のストリングスの合奏で聴くのは、また感興あふれるもの。落ち着いたテンポでシックに決めている。
いい音楽だなぁと思う。
劇音楽全曲で約60分。こういう音楽を、素晴らしい音で聴けるのは幸福なことでありますな。
・・・・そうです、というのはネットでそのことを知ったのであります。深夜枠なのに視聴率もいいそうです。
でも、愛媛県では放送していない!
残念。これ、田舎の悲哀ですな。
僕が四国に住み始めた20年前は、民法は2局しかなかったしなぁ・・・(日テレとフジ系のみ)。都会と地方の格差は、まだまだ続きます。
さて、気を取り直して音楽を。
今日も、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管の音を聴きます。
フィリップスの録音が良く、素晴らしい音響で聴けます。
シューベルトの劇音楽「ロザムンデ」 D.797。
クルト・マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏。
ソプラノ独唱はエリー・アメリング。
1983年12月、ライプツィヒでの録音。
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管の音が滑らかで温かく、大変心地よい。
木質の肌触りで何とも云えないふっくらした感触。肌理の細かい質感。しっとりとした上質の絹織物に包まれるような感触がたまらない。聴き手の心に安心感が芽生えてくるような音。ホールトーンも最高だと思う。
このCDはフィリップスが東独のドイツ・シャルプラッテンと共同で制作したものだが、実に良い音だと思う。ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管が持つふくよかさ、自然な肌触り、柔らかい残響などを、フィリップスの録音スタッフが見事に捉えていると思う。
思えば東独当時、このライプツィヒ・ゲヴァントハウス管をはじめ、ドレスデン・シュターツカペレやベルリン・シュターツカペレは、ドイツ的な渋い音色の伝統を保持しつつ、まろやかで温かみのある音のレコードを世に送り出していた。ベルリン・フィルやウィーン・フィル、あるいは英仏蘭のオーケストラが国際的・汎世界的な音になっていったのに対して、田舎の素朴さ・地方都市の方言のような温もりが、これら東独のオケには、あった。時に取り出して聴くその音は、今も極上。至福の響きを醸し出す。
このシューベルト「ロザムンデ」もそんな音、そんな音楽であって、弦楽合奏などはホンマに美しい限り。
この音楽はシューベルトの佳作。ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管は初期のロマン派らしい爽やかな香気を美しく再現している。そしてシューベルトらしくよく歌う。
マズアの指揮は安定したもの。あまり手管を加えていない感じ。何もしていないというと、言葉が悪いか。
ロマンツェで聴けるエリー・アメリングの歌。これ絶品。
このころのアメリングは絶好調、フィリップス・レーベルの女性リートのエース。シューベルトの歌曲集など、最高だった。
間奏曲第3番は、お馴染み「ロザムンデの音楽」。即興曲にも弦楽四重奏「ロザムンデ」にも使われた著名な旋律だが、ゲヴァントハウス管のストリングスの合奏で聴くのは、また感興あふれるもの。落ち着いたテンポでシックに決めている。
いい音楽だなぁと思う。
劇音楽全曲で約60分。こういう音楽を、素晴らしい音で聴けるのは幸福なことでありますな。
2007/01/15のBlog
[ 05:33 ]
[ 交響曲 ]
どうも年末年始の休暇で太ったようであります。
結構走ったり、歩いたりしたのに、食べる量が多かったのか、ジョギング・デブ、ウォーキング・ブタになってます。黒字をため込んではイカンですな。
腹筋・腕立ても入れて、筋力アップによるエネルギー消費量の増加を目指しましょう。
さて、今日の音楽はシューマンです。
シューマンの交響曲第3番変ホ長調 作品97 「ライン」。
フランツ・コンヴィチュニー指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏。
1960年頃の録音。edelレーベルの激安ボックスからの1枚。
録音はさすがに古びて、CDのマスタリングもイマイチなのか、LGO自慢の重厚な低音にやや不足する感じ。高音に潤いがなく、カサカサしているところがある。45年も前の録音だから、仕方ないか。
さて、シューマンの交響曲は大好きだが、彼のピアノ曲や歌曲はあまり聴かない。若い頃のからオーケストラ音楽ばかり聴いてきたせいか、食わず嫌いなのか。歌曲はどうしても言葉の壁があってピンと来ないしなぁ。
人はシューマンとくればまずピアノ曲に歌曲がイイと云うのだろうが・・・。
コンヴィチュニー/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のコンビの演奏は、正統的なドイツ風、勤勉で頑固、カッチリとまとまった造形で、襟を正したような演奏。古典的な演奏なのだが、その中からシューマンの時代の空気、ロマンの芳香が立ち上ってくる演奏。
シューマンのオーケストレーションは、楽器を重ねすぎて野暮ったいとも云われるが、それがまた、シューマンの交響曲スキな者にとっては良いのであって、このモヤモヤっとした聴感がたまらない魅力でもある。
さすがにブラームスになるとオーケストレーションは上手くなっているらしく、ヴィオラのパートなど、かなり凝っているらしいとは聴いたが、シューマンではヴァイオリンと重なってしまったり、低音部を単純に繰り返すだけになってしまっているらしい。
第1楽章の、ライン川を思わせる雄大な音楽は実に心地よいし、第2楽章の静謐は全くロマン派の音楽。第4楽章になれば、さらにロマンの薫り高くなる。
終楽章は、貫禄のフィナーレ。味わい深いライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の音。
ああ、やっぱりドイツの音だなぁ。
ただ、コンヴィチュニーがそうであったのか、或いはこの世代の指揮者がそうであったのか、アンサンブルはかなりいい加減であります。
現代の精妙な演奏になれてしまうと、「オイオイ?」というところが結構ありますな。
それがまた、味わい深かったりして・・・・。
※シューマンの「ライン」もよく聴いてきました。
クーベリック/バイエルン放送響の演奏
ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏
結構走ったり、歩いたりしたのに、食べる量が多かったのか、ジョギング・デブ、ウォーキング・ブタになってます。黒字をため込んではイカンですな。
腹筋・腕立ても入れて、筋力アップによるエネルギー消費量の増加を目指しましょう。
さて、今日の音楽はシューマンです。
シューマンの交響曲第3番変ホ長調 作品97 「ライン」。
フランツ・コンヴィチュニー指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏。
1960年頃の録音。edelレーベルの激安ボックスからの1枚。
録音はさすがに古びて、CDのマスタリングもイマイチなのか、LGO自慢の重厚な低音にやや不足する感じ。高音に潤いがなく、カサカサしているところがある。45年も前の録音だから、仕方ないか。
さて、シューマンの交響曲は大好きだが、彼のピアノ曲や歌曲はあまり聴かない。若い頃のからオーケストラ音楽ばかり聴いてきたせいか、食わず嫌いなのか。歌曲はどうしても言葉の壁があってピンと来ないしなぁ。
人はシューマンとくればまずピアノ曲に歌曲がイイと云うのだろうが・・・。
コンヴィチュニー/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のコンビの演奏は、正統的なドイツ風、勤勉で頑固、カッチリとまとまった造形で、襟を正したような演奏。古典的な演奏なのだが、その中からシューマンの時代の空気、ロマンの芳香が立ち上ってくる演奏。
シューマンのオーケストレーションは、楽器を重ねすぎて野暮ったいとも云われるが、それがまた、シューマンの交響曲スキな者にとっては良いのであって、このモヤモヤっとした聴感がたまらない魅力でもある。
さすがにブラームスになるとオーケストレーションは上手くなっているらしく、ヴィオラのパートなど、かなり凝っているらしいとは聴いたが、シューマンではヴァイオリンと重なってしまったり、低音部を単純に繰り返すだけになってしまっているらしい。
第1楽章の、ライン川を思わせる雄大な音楽は実に心地よいし、第2楽章の静謐は全くロマン派の音楽。第4楽章になれば、さらにロマンの薫り高くなる。
終楽章は、貫禄のフィナーレ。味わい深いライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の音。
ああ、やっぱりドイツの音だなぁ。
ただ、コンヴィチュニーがそうであったのか、或いはこの世代の指揮者がそうであったのか、アンサンブルはかなりいい加減であります。
現代の精妙な演奏になれてしまうと、「オイオイ?」というところが結構ありますな。
それがまた、味わい深かったりして・・・・。
※シューマンの「ライン」もよく聴いてきました。
クーベリック/バイエルン放送響の演奏
ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏
2007/01/14のBlog
[ 05:27 ]
[ 協奏曲 ]
四国伊予西条では、1月16日は仏様のお正月。
その準備で、墓の掃除をしておりました。年末にも掃除してますので、大したことはないんですが、当地らしい行事で信心深いことやなぁと思います。僕は一応、本家の当主になるのでご先祖様の墓守もするんです。
今日は檀那寺の西福寺にお布施を持って行きます。毎年のこととはいえ、これ、寒中の行事になります。四国は冬本番であります。
さて、今日はヴァイオリン協奏曲を。
メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調 作品64。
ヤッシャ・ハイフェッツのヴァイオリン独奏、シャルル・ミュンシュ指揮ボストン交響楽団の演奏。
1959年2月、ボストンのシンフォニー・ホールでの録音。RCA原盤。
速い、速い。快速のメンデルスゾーン。
その速さの中から、メンデルスゾーン特有の、淡く儚く繊細なロマンが浮かび上がってくる。そしてこの曲特有の高貴な、凛とした佇まいも。
ハイフェッツの完璧な技巧とミュンシュ/ボストン響の情熱的な音楽運びとが満喫できる1枚。ハイフェッツが巧いのは当然だが、オケも上手い。ステレオ初期からの名盤誉れ高いものでもある。録音はさすがに古びてきた感じだが、鑑賞には差し支えない。
第1楽章はまさにアレグロ・モルト・「アッパショナート」。
快速でクール。やや乾いた音で、ヒンヤリとした肌触りのハイフェッツのヴァイオリンから、クールな情熱が湧き上がる。速く細かなパッセージなど、楽々と、しかも一音一音粒立ちよく弾ききってしまう技巧もスゴイ。そして、その技巧をひけらかすことなく(技巧に関心がある風でもなく)、サッサと前に進んでしまうのが実にカッコイイ。
硬質だが、妥協を許さず、徹底的に研ぎ澄ましたような音が、爽やかなロマンを伝えてくれる。ベタベタしないのがイイ。
第2楽章アンダンテは、心静かにハイフェッツのヴァイオリンに耳を傾けたい。サラッと弾いてしまうヴァイオリンなのだが、そこに揺れ動く感情、澄明な抒情が微かに漂ってくる。細身でクールな音色が、ここでも素晴らしい。
終楽章はミュンシュ/ボストン響の伴奏も聴きもの。目眩くようなヴァイオリンのバックで、ミュンシュが情熱を滾らせて、ボストン響を叱咤する。素晴らしい盛り上がり。でも、やはりベタベタしない。そこがイイ。
ハイフェッツのテクニックは圧倒的。というより、その技巧があまりにも当たり前のようであって、表情一つ変えないで弾いていそうな感じで聞こえてくるのがスゴイ。
汗もかかずにメンデルスゾーンを弾いてしまった・・・という演奏だが、決して冷たいとか機械的にはなっておらず、クールな音色・表情からメンデルスゾーンのノーブルなロマンが伝わってくる。
録音から間もなく50年。
さすがに音が古びてきました。もう少し残響があれば良いのにとも思います。
この時期の協奏曲録音は、オン・マイクのものが多いので仕方ないでしょうが。
※メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲も沢山聴いてきました。
ミンツのVn ・ アバド/シカゴ響
スターンのVn ・小澤征爾/ボストン響
ムターのVn ・カラヤン/ベルリン・フィル
シェリングのVn ・ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
その準備で、墓の掃除をしておりました。年末にも掃除してますので、大したことはないんですが、当地らしい行事で信心深いことやなぁと思います。僕は一応、本家の当主になるのでご先祖様の墓守もするんです。
今日は檀那寺の西福寺にお布施を持って行きます。毎年のこととはいえ、これ、寒中の行事になります。四国は冬本番であります。
さて、今日はヴァイオリン協奏曲を。
メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調 作品64。
ヤッシャ・ハイフェッツのヴァイオリン独奏、シャルル・ミュンシュ指揮ボストン交響楽団の演奏。
1959年2月、ボストンのシンフォニー・ホールでの録音。RCA原盤。
速い、速い。快速のメンデルスゾーン。
その速さの中から、メンデルスゾーン特有の、淡く儚く繊細なロマンが浮かび上がってくる。そしてこの曲特有の高貴な、凛とした佇まいも。
ハイフェッツの完璧な技巧とミュンシュ/ボストン響の情熱的な音楽運びとが満喫できる1枚。ハイフェッツが巧いのは当然だが、オケも上手い。ステレオ初期からの名盤誉れ高いものでもある。録音はさすがに古びてきた感じだが、鑑賞には差し支えない。
第1楽章はまさにアレグロ・モルト・「アッパショナート」。
快速でクール。やや乾いた音で、ヒンヤリとした肌触りのハイフェッツのヴァイオリンから、クールな情熱が湧き上がる。速く細かなパッセージなど、楽々と、しかも一音一音粒立ちよく弾ききってしまう技巧もスゴイ。そして、その技巧をひけらかすことなく(技巧に関心がある風でもなく)、サッサと前に進んでしまうのが実にカッコイイ。
硬質だが、妥協を許さず、徹底的に研ぎ澄ましたような音が、爽やかなロマンを伝えてくれる。ベタベタしないのがイイ。
第2楽章アンダンテは、心静かにハイフェッツのヴァイオリンに耳を傾けたい。サラッと弾いてしまうヴァイオリンなのだが、そこに揺れ動く感情、澄明な抒情が微かに漂ってくる。細身でクールな音色が、ここでも素晴らしい。
終楽章はミュンシュ/ボストン響の伴奏も聴きもの。目眩くようなヴァイオリンのバックで、ミュンシュが情熱を滾らせて、ボストン響を叱咤する。素晴らしい盛り上がり。でも、やはりベタベタしない。そこがイイ。
ハイフェッツのテクニックは圧倒的。というより、その技巧があまりにも当たり前のようであって、表情一つ変えないで弾いていそうな感じで聞こえてくるのがスゴイ。
汗もかかずにメンデルスゾーンを弾いてしまった・・・という演奏だが、決して冷たいとか機械的にはなっておらず、クールな音色・表情からメンデルスゾーンのノーブルなロマンが伝わってくる。
録音から間もなく50年。
さすがに音が古びてきました。もう少し残響があれば良いのにとも思います。
この時期の協奏曲録音は、オン・マイクのものが多いので仕方ないでしょうが。
※メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲も沢山聴いてきました。
ミンツのVn ・ アバド/シカゴ響
スターンのVn ・小澤征爾/ボストン響
ムターのVn ・カラヤン/ベルリン・フィル
シェリングのVn ・ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
2007/01/13のBlog
[ 07:28 ]
[ 交響曲 ]
昨晩は新居浜市内の同業者の新年会。
僕の業界は非常に狭いので、お互いに知り合いばかり、気を遣うこともなく、遅くまで騒がせてもらいました。2次会はイマイチだったが、1次会の料理は結構な代物。なかなか美味い中華でありました。
さて、今日は本格的な交響曲を聴きましょう。
ベートーヴェンの交響曲第3番変ホ長調 作品55 「英雄」。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏。
1962年、ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。DG盤。
一人の指揮者がベートーヴェンの交響曲全集を録音することでさえ大変な作業のに、一つのレーベルに3回も、しかも10年に一度ずつ録音してしまったのだから、カラヤンはやはりスゴイ。そしてその3つの全集が、どれも高い水準でまとまった演奏になっているのは、さらにスゴイと思う。
この演奏は、その1つめの全集からのもの。
カラヤンがベルリン・フィルの終身指揮者となって、ようやく自分の手兵になりはじめた頃のベルリン・フィルの音が聴ける。
後年の流線型で細部まで彫琢をきわめた演奏に比べると、やや荒く逞しく意志的なベートーヴェンになっていると思う。少しゴツゴツしているが、だからこそ、雄渾で男性的な力強さが表出されていて、「英雄」にふさわしいと思える。
特に第1楽章は、そんなガッツにあふれる演奏だろう。
第2楽章になると優美さが(カラヤン得意の!)出てくる。葬送行進曲なので、悲痛な旋律が続くのだが、表面は輝くように美しい。後年のヌメヌメ・ツルツルとした肌合いはないものの、やはりカラヤンが振る葬送行進曲は、美しさをまず表現することが目指されているようだ。
フォルティシモの盛り上がり、レガートの音の伸ばし方、或いは休止でのスパッとした音の切り方・切れ味は、さすがにカラヤン。見得を切る千両役者だわなぁ。
第3楽章のスケルツォはとてもスタイリッシュ。流麗でスポーティ、実にカッコイイ。音楽の流れに乗ってゆくサーファーのよう、と云ったら言い過ぎか。ホルンのアンサンブルは非常に上手いしコクがある。そして、美しい。
終楽章は変奏曲。変奏の大家たるベートーヴェン得意の楽章。
カラヤンは各変奏の特徴をきちんと描き分け、聴き手にさりげなく差し出してくる。一見、解説者風、でも味わい深く堪能できる。演出巧者カラヤンの面目躍如。
録音から45年。古い録音になりました。
しかし、音は上々。ベルリンのイエス・キリスト教会の音響が良く、今も大変聴きやすい録音であります。
録音場所としては、のちに完成するフィルハーモニー・ホールより、こちらイエス・キリスト教会の方が、はるかにイイのではないかと思います。
もっとも、ベートーヴェンの交響曲については、録音の善し悪しはあまり気にはならないんですけれど。
僕の業界は非常に狭いので、お互いに知り合いばかり、気を遣うこともなく、遅くまで騒がせてもらいました。2次会はイマイチだったが、1次会の料理は結構な代物。なかなか美味い中華でありました。
さて、今日は本格的な交響曲を聴きましょう。
ベートーヴェンの交響曲第3番変ホ長調 作品55 「英雄」。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏。
1962年、ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。DG盤。
一人の指揮者がベートーヴェンの交響曲全集を録音することでさえ大変な作業のに、一つのレーベルに3回も、しかも10年に一度ずつ録音してしまったのだから、カラヤンはやはりスゴイ。そしてその3つの全集が、どれも高い水準でまとまった演奏になっているのは、さらにスゴイと思う。
この演奏は、その1つめの全集からのもの。
カラヤンがベルリン・フィルの終身指揮者となって、ようやく自分の手兵になりはじめた頃のベルリン・フィルの音が聴ける。
後年の流線型で細部まで彫琢をきわめた演奏に比べると、やや荒く逞しく意志的なベートーヴェンになっていると思う。少しゴツゴツしているが、だからこそ、雄渾で男性的な力強さが表出されていて、「英雄」にふさわしいと思える。
特に第1楽章は、そんなガッツにあふれる演奏だろう。
第2楽章になると優美さが(カラヤン得意の!)出てくる。葬送行進曲なので、悲痛な旋律が続くのだが、表面は輝くように美しい。後年のヌメヌメ・ツルツルとした肌合いはないものの、やはりカラヤンが振る葬送行進曲は、美しさをまず表現することが目指されているようだ。
フォルティシモの盛り上がり、レガートの音の伸ばし方、或いは休止でのスパッとした音の切り方・切れ味は、さすがにカラヤン。見得を切る千両役者だわなぁ。
第3楽章のスケルツォはとてもスタイリッシュ。流麗でスポーティ、実にカッコイイ。音楽の流れに乗ってゆくサーファーのよう、と云ったら言い過ぎか。ホルンのアンサンブルは非常に上手いしコクがある。そして、美しい。
終楽章は変奏曲。変奏の大家たるベートーヴェン得意の楽章。
カラヤンは各変奏の特徴をきちんと描き分け、聴き手にさりげなく差し出してくる。一見、解説者風、でも味わい深く堪能できる。演出巧者カラヤンの面目躍如。
録音から45年。古い録音になりました。
しかし、音は上々。ベルリンのイエス・キリスト教会の音響が良く、今も大変聴きやすい録音であります。
録音場所としては、のちに完成するフィルハーモニー・ホールより、こちらイエス・キリスト教会の方が、はるかにイイのではないかと思います。
もっとも、ベートーヴェンの交響曲については、録音の善し悪しはあまり気にはならないんですけれど。
2007/01/12のBlog
[ 05:22 ]
[ 交響曲 ]
ああ、寒い。日中はそうでもないが、朝晩は冷える。
朝は7時に家を出て、帰宅は夜も8時半頃だと、いやはや、この冷え込みが応えるなぁ・・・。こういう時期の風呂は有り難い・・・・いっぺんに温もりますな。
さて、今日は華麗な音楽を聴きます。
サン=サーンスの交響曲第3番 ハ短調 作品78「オルガン付き」。
シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団の演奏。
オルガン独奏はピーター・ ハーフォード。
1982年6月、モントリオールの聖ユスターシュ教会での録音。
サン=サーンスの「オルガン付き」はロマンの香り高い交響曲。
デュトワ/モントリオール響のコンビだと噎せ返るようなロマンの芳香はやや薄くなるが、オーケストラは非常に巧いし、DECCA録音は相変わらず素晴らしいので、華やかで鮮烈な音楽になる。特に録音は今も極上、オーディオ的快感に浸れる名録音。
全編にわたって、デュトワの舵取りに安心して身を任せられる名曲の名演奏だが、やはり素晴らしいのは第2楽章か。
バックにオルガンが上品に流れ、聴き手に宗教的な感情さえ喚起させる美しさ。弦楽合奏がまた最高に美しい。キメの細かいアンサンブルがとにかく素晴らしい。
静謐静寂、心洗われる美麗な演奏になっている。
そして第4楽章の華麗さ。
オルガンはイギリスの名手・ハーフォード。華やかでありながら上品さも併せもつ見事な演奏ぶり。音色もあまり派手にならず、モントリオール響と一体となって交響的な演奏を行っている。
弦はもちろん、管楽器の自発性あふれるアンサンブルも好ましい。
この当時、まさにデュトワは絶好調だった。
ラヴェルの管弦楽曲集を2枚出して、次はファリャだったか。
そして4枚目の国内発売がこのサン=サーンスだったと思う。演奏は極上だし、オーディオ的にも極上録音であって、好評を博したと思う。
DECCAレーベルではアンセルメ以来のフランス音楽のスペシャリストとして、かなりプッシュしていたんじゃないかな。
アルゲリッチに逃げられたり、協奏曲の伴奏ばかりしていたり、やや不遇の時代を越えて、ようやくデュトワの時代が来た・・・・という感じだったか。
僕がクラシック音楽を好きになって懸命に聴いていた頃と、デュトワがどんどん録音して一気に大指揮者になってゆく時期が同じなので、思い出深い演奏でもあります。
そして、今聴いても、ホンマに素晴らしい録音。
デュトワ/モントリオールの録音はほぼすべて極上と言ってエエでしょう。
朝は7時に家を出て、帰宅は夜も8時半頃だと、いやはや、この冷え込みが応えるなぁ・・・。こういう時期の風呂は有り難い・・・・いっぺんに温もりますな。
さて、今日は華麗な音楽を聴きます。
サン=サーンスの交響曲第3番 ハ短調 作品78「オルガン付き」。
シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団の演奏。
オルガン独奏はピーター・ ハーフォード。
1982年6月、モントリオールの聖ユスターシュ教会での録音。
サン=サーンスの「オルガン付き」はロマンの香り高い交響曲。
デュトワ/モントリオール響のコンビだと噎せ返るようなロマンの芳香はやや薄くなるが、オーケストラは非常に巧いし、DECCA録音は相変わらず素晴らしいので、華やかで鮮烈な音楽になる。特に録音は今も極上、オーディオ的快感に浸れる名録音。
全編にわたって、デュトワの舵取りに安心して身を任せられる名曲の名演奏だが、やはり素晴らしいのは第2楽章か。
バックにオルガンが上品に流れ、聴き手に宗教的な感情さえ喚起させる美しさ。弦楽合奏がまた最高に美しい。キメの細かいアンサンブルがとにかく素晴らしい。
静謐静寂、心洗われる美麗な演奏になっている。
そして第4楽章の華麗さ。
オルガンはイギリスの名手・ハーフォード。華やかでありながら上品さも併せもつ見事な演奏ぶり。音色もあまり派手にならず、モントリオール響と一体となって交響的な演奏を行っている。
弦はもちろん、管楽器の自発性あふれるアンサンブルも好ましい。
この当時、まさにデュトワは絶好調だった。
ラヴェルの管弦楽曲集を2枚出して、次はファリャだったか。
そして4枚目の国内発売がこのサン=サーンスだったと思う。演奏は極上だし、オーディオ的にも極上録音であって、好評を博したと思う。
DECCAレーベルではアンセルメ以来のフランス音楽のスペシャリストとして、かなりプッシュしていたんじゃないかな。
アルゲリッチに逃げられたり、協奏曲の伴奏ばかりしていたり、やや不遇の時代を越えて、ようやくデュトワの時代が来た・・・・という感じだったか。
僕がクラシック音楽を好きになって懸命に聴いていた頃と、デュトワがどんどん録音して一気に大指揮者になってゆく時期が同じなので、思い出深い演奏でもあります。
そして、今聴いても、ホンマに素晴らしい録音。
デュトワ/モントリオールの録音はほぼすべて極上と言ってエエでしょう。
2007/01/11のBlog
[ 05:53 ]
[ 室内楽曲 ]
本格的に寒いです。
四国はこれから寒さが本番。2月上旬までの1カ月続きます。
仕事は一山越えて、また今日からコツコツ準備をしております。3月末までが激務であります。
でもクラシック音楽は聴くんです。仕事と趣味は別。どんなに忙しくたって、趣味に走ってしまう。いやいや忙しいからこそ趣味の世界に。
ありゃ?暇なときはもちろんクラシック音楽を聴いているのだから、別に忙しさとは関係ないか。ガハハ。
寒くなったので部屋を暖めて、今日は室内楽を。モゾモゾ聴きましょう。
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第1番 ヘ長調 作品18の1.
ウィーン・ムジークフェラインザール弦楽四重奏団の演奏。
1990年1月、ウィーンのショッテンシュティフト、フェストザールでの録音。
タワーレコードが発売している8枚組6000円の全集から。
ポツポツ聴き始めておりますが、これは「買い」ですぞ(^-^)。
残響のとても豊かな録音で、非常にふっくらとした音楽になっている。若いベートーヴェンのとげとげしさ、荒々しさが幾分緩和されている感じ。
キュッヘルの第一ヴァイオリンは緩急自在。ときに鋭い踏み込みがあり、また得も言われぬ優美な音で、聴き手を愛撫するように弾くときもある。名手だなぁと思う。
そして、アンサンブルの中にきちんと収まっているのは、やはりこの人、ソリストではなくオーケストラの人だと思う。コンサートマスターらしいリードであり、気配りだと思う。
ヴィオラの音も実にしっとりとしていて心地よいし、チェロが奥ゆかしく深々とした響きで好ましい。残響が良いのも実にイイ。
第1楽章は青年ベートーヴェンの快活さ。速度はアレグロ・コン・ブリオ。ベートーヴェン得意の速度記号を、4人が溌剌と弾いてゆく。
第2楽章はアダージョ。悲哀の歌。旋律が息長く歌われて、よく伸びてゆく。4人の音がよく融け合って、とても綺麗。
第3楽章は活発なスケルツォ。緊密なアンサンブルを聴かせてくれる。よく合わせている、というより、4人の鼓動・拍動がピッタリ合っている感じ。休止符の直前、音がフッと消えてゆくところまでよく合って美しい。
終楽章、ここでも4人の対話が美しい。ベートーヴェンなので、それほど旋律美が際だつことはないのだが、4つの楽器の交わす会話が大変自然で、聴いていて楽しい。微笑みながら、ウィットに富んだ会話を楽しんでいる感じ。柔らかく、穏やかで、よく聴いているとテクニックがバツグンで、でも技巧が前面に出ることはなく、あくまでも上品に、慎み深いほどであって・・・・・。
こんな感じで、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲を全曲楽しめるのであれば、このセットは、やはり「買い」だと思いますな。
四国はこれから寒さが本番。2月上旬までの1カ月続きます。
仕事は一山越えて、また今日からコツコツ準備をしております。3月末までが激務であります。
でもクラシック音楽は聴くんです。仕事と趣味は別。どんなに忙しくたって、趣味に走ってしまう。いやいや忙しいからこそ趣味の世界に。
ありゃ?暇なときはもちろんクラシック音楽を聴いているのだから、別に忙しさとは関係ないか。ガハハ。
寒くなったので部屋を暖めて、今日は室内楽を。モゾモゾ聴きましょう。
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第1番 ヘ長調 作品18の1.
ウィーン・ムジークフェラインザール弦楽四重奏団の演奏。
1990年1月、ウィーンのショッテンシュティフト、フェストザールでの録音。
タワーレコードが発売している8枚組6000円の全集から。
ポツポツ聴き始めておりますが、これは「買い」ですぞ(^-^)。
残響のとても豊かな録音で、非常にふっくらとした音楽になっている。若いベートーヴェンのとげとげしさ、荒々しさが幾分緩和されている感じ。
キュッヘルの第一ヴァイオリンは緩急自在。ときに鋭い踏み込みがあり、また得も言われぬ優美な音で、聴き手を愛撫するように弾くときもある。名手だなぁと思う。
そして、アンサンブルの中にきちんと収まっているのは、やはりこの人、ソリストではなくオーケストラの人だと思う。コンサートマスターらしいリードであり、気配りだと思う。
ヴィオラの音も実にしっとりとしていて心地よいし、チェロが奥ゆかしく深々とした響きで好ましい。残響が良いのも実にイイ。
第1楽章は青年ベートーヴェンの快活さ。速度はアレグロ・コン・ブリオ。ベートーヴェン得意の速度記号を、4人が溌剌と弾いてゆく。
第2楽章はアダージョ。悲哀の歌。旋律が息長く歌われて、よく伸びてゆく。4人の音がよく融け合って、とても綺麗。
第3楽章は活発なスケルツォ。緊密なアンサンブルを聴かせてくれる。よく合わせている、というより、4人の鼓動・拍動がピッタリ合っている感じ。休止符の直前、音がフッと消えてゆくところまでよく合って美しい。
終楽章、ここでも4人の対話が美しい。ベートーヴェンなので、それほど旋律美が際だつことはないのだが、4つの楽器の交わす会話が大変自然で、聴いていて楽しい。微笑みながら、ウィットに富んだ会話を楽しんでいる感じ。柔らかく、穏やかで、よく聴いているとテクニックがバツグンで、でも技巧が前面に出ることはなく、あくまでも上品に、慎み深いほどであって・・・・・。
こんな感じで、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲を全曲楽しめるのであれば、このセットは、やはり「買い」だと思いますな。
2007/01/10のBlog
[ 05:49 ]
[ 交響曲 ]
今日は大曲です。
ブルックナーの交響曲第9番ニ短調。
ベルナルト・ハイティンク指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管の演奏。
1981年11月、コンセルトヘボウでの録音。
ハイティンクとしては9番の再録音盤になる。
素晴らしい音。
コンセルトヘボウ管の温かみがあってふっくらとした音の大河に、身を浸す快感がある。テンポはやや遅めで、曲そのものが持つスケール雄大な音響が展開する。悠揚迫らぬブルックナーであって、巨匠風の演奏でもある。
確かに、今思えば、1980年前後からハイティンクは巨匠になっていた。
ブルックナー最晩年の大曲、完成していれば代表作になったであろうこの未完の大曲を、ハイティンクは大宇宙の鳴動のように、大きな広がりを持って描き尽くしてゆく。
低音の充実がスゴイ。コントラバスやチェロの深々とした響き、ティンパニの腹に響く強打、トロンボーンの豊かな音。いずれも立派なものだ。
しかも、聞こえよがしにガンガン鳴らすのではなく、上品に、端正に、そして素晴らしい音響効果をもって鳴らしてゆく。そこがイイ。聴いていて、全く快感だ。
ブルックナーの交響曲は、山野をハイキングするような楽しさや、大河小説を読んでゆくような面白さにあふれているのだが、ハイティンクが指揮するこの9番交響曲も同様で、悠久と流れてきた大河に身を任せるようなところがあって、その男性的な逞しさに圧倒されつつ、何か大きなものに包まれている安心感がある。
息の長い、自然なフレージングが素晴らしいし、何度も出てくる反復進行のスケールの大きさも特筆もの。
オケも万全で、素晴らしい反応を見せるとともに余裕ある響きをつくりだす。
ブルックナーがこんなにも親しみやすい、慈悲深い表情で演奏されるのは、そう滅多にないんじゃないかと思われる。
名演だなぁと思う。
ハイティンクのブルックナーは1960年代の全集以降、再録音が結構あって、コンセルトヘボウ管とは7・8・9番が再録音あり。この9番はその再録音盤。
ウィーン・フィルとも全集企画があったのだろう、3・4・5・8番がVPO盤で聴ける。もっとも。いずれも全集完成に至らなかったのは、ハイティンクがどんどん巨匠風の演奏を展開していっただけに、つくづく惜しいと思う。(もう無理だろうなぁ)。
ベルリン・フィルとの再録音盤マーラー全集も7番までで止まってしまったし・・・。
ハイティンクの新盤を是非フィリップスの録音で聴いてみたいものだが。
と思っていたら・・・・・
いつもコメントを下さるshiberaさんから、こういう書き込みを頂きました。
「でももっと残念だったのは、ハイティンク_VPOの全集録音が頓挫してしまったこと。このコンビこそ、内面からの充実した響きが外面の整えられた美しさと調和し、音楽芸術に昇華するという、ブルックナー演奏の理想を体現してくれたように思います。」
(シノーポリのブルックナー8番交響曲でのコメントです)
いや全く同感。
同じ思いの方がいらっしゃる。嬉しいことです。
ブルックナーの交響曲第9番ニ短調。
ベルナルト・ハイティンク指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管の演奏。
1981年11月、コンセルトヘボウでの録音。
ハイティンクとしては9番の再録音盤になる。
素晴らしい音。
コンセルトヘボウ管の温かみがあってふっくらとした音の大河に、身を浸す快感がある。テンポはやや遅めで、曲そのものが持つスケール雄大な音響が展開する。悠揚迫らぬブルックナーであって、巨匠風の演奏でもある。
確かに、今思えば、1980年前後からハイティンクは巨匠になっていた。
ブルックナー最晩年の大曲、完成していれば代表作になったであろうこの未完の大曲を、ハイティンクは大宇宙の鳴動のように、大きな広がりを持って描き尽くしてゆく。
低音の充実がスゴイ。コントラバスやチェロの深々とした響き、ティンパニの腹に響く強打、トロンボーンの豊かな音。いずれも立派なものだ。
しかも、聞こえよがしにガンガン鳴らすのではなく、上品に、端正に、そして素晴らしい音響効果をもって鳴らしてゆく。そこがイイ。聴いていて、全く快感だ。
ブルックナーの交響曲は、山野をハイキングするような楽しさや、大河小説を読んでゆくような面白さにあふれているのだが、ハイティンクが指揮するこの9番交響曲も同様で、悠久と流れてきた大河に身を任せるようなところがあって、その男性的な逞しさに圧倒されつつ、何か大きなものに包まれている安心感がある。
息の長い、自然なフレージングが素晴らしいし、何度も出てくる反復進行のスケールの大きさも特筆もの。
オケも万全で、素晴らしい反応を見せるとともに余裕ある響きをつくりだす。
ブルックナーがこんなにも親しみやすい、慈悲深い表情で演奏されるのは、そう滅多にないんじゃないかと思われる。
名演だなぁと思う。
ハイティンクのブルックナーは1960年代の全集以降、再録音が結構あって、コンセルトヘボウ管とは7・8・9番が再録音あり。この9番はその再録音盤。
ウィーン・フィルとも全集企画があったのだろう、3・4・5・8番がVPO盤で聴ける。もっとも。いずれも全集完成に至らなかったのは、ハイティンクがどんどん巨匠風の演奏を展開していっただけに、つくづく惜しいと思う。(もう無理だろうなぁ)。
ベルリン・フィルとの再録音盤マーラー全集も7番までで止まってしまったし・・・。
ハイティンクの新盤を是非フィリップスの録音で聴いてみたいものだが。
と思っていたら・・・・・
いつもコメントを下さるshiberaさんから、こういう書き込みを頂きました。
「でももっと残念だったのは、ハイティンク_VPOの全集録音が頓挫してしまったこと。このコンビこそ、内面からの充実した響きが外面の整えられた美しさと調和し、音楽芸術に昇華するという、ブルックナー演奏の理想を体現してくれたように思います。」
(シノーポリのブルックナー8番交響曲でのコメントです)
いや全く同感。
同じ思いの方がいらっしゃる。嬉しいことです。
2007/01/09のBlog
[ 04:18 ]
[ 管弦楽曲 ]
ストラヴィンスキーは苦手な作曲家でありました。
学生時代、クラシック音楽を聴き始めた頃、同じくクラシック音楽好きの友人が盛んにストラヴィンスキーがイイと褒めておりまして、是非聴けと云いました。
聴くなら何がイイかなと訊ねると、答えは断然「春の祭典」だと。
なるほど、そんな名作なのかと、早速聴いてみたところ、ちっとも分からない、面白くない。騒々しいだけの、ビートの音楽。
僕は当時、パッヘルベルのカノンやアルビノーニのアダージョ、バッハのG線上のアリアやヴィヴァルディの「四季」など、典型的な入門音楽を好んでいた初心者であって、いきなりストラヴィンスキーはキツかった。「春の祭典」なんか、分かるはずがない。無茶な話でありました。クラシック音楽を聴き始める前は、2人だった頃のオフコースやかぐや姫、風とかね、抒情派フォークと呼ばれる、メロディの綺麗な音楽を好んでいたのに。
だから、初心者に「ハルサイ」を勧めちゃイケナイ。
(ロックに親しんでいる人なら、構わないような気もするが・・・)
今思うと、「ハルサイ」流行の時代だったんですな。1970年代から80年代初頭は、次から次へ「春の祭典」が録音されておりました。毎月のように新譜が出たし、そのたびに録音が素晴らしいと賞賛され、ちょうどオーディオ・ブーム最高潮の時代と重なっておりましたので、大編成のオーケストラ作品として人気作品になってました。
日本のオーケストラもしばしば演奏会の曲目にしてましたっけ・・・。
ストラヴィンスキーのアレルギーがしばらく続きました。
が、ある日「火の鳥」や組曲「プルチネルラ」を聴いて、ビックリ。「これなら聴ける・・・・」
そう、「プルチネルラ」はストラヴィンスキーの作品の中でも特に聴きやすい音楽。
バッハの管弦楽組曲などと同じような構成で、旋律も美しく、大変聴きやすい。
これを聴いたとき、僕は友人を恨んだなぁ。初めから、こっちを勧めてくれりゃ良かったのに・・・・。
以来、ストラヴィンスキーは「プルチネルラ」から聴きましょうと、僕は人に言います。
前振りが長くなりました。
で、今日の音楽。
ストラヴィンスキー作曲 組曲「プルチネルラ」。
ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管弦楽団の演奏。
1967年11月、ロンドンのキングズウェイホールでの録音。DECCA原盤。
このCDは、ユニヴァーサルから出ているPANORAMAシリーズ(2枚組で1500円は安い!)の中から、ストラヴィンスキー作品集として発売されているもの。
序曲やセレナータなど、とてもメロディアスで美しい。
スケルツィーノは溌剌としていて親しみやすいし、トッカータやガヴォットは古典的な均整の取れた美しい楽曲だと思う。
ペルゴレージの影響を受けた作品と云うが、近代の作曲家がつくった美しいバロック音楽、とでもいった感じの作品であり演奏だろう。
マリナー/アカデミー室内管は、1960年代に斬新で爽快、時に前衛的な演奏を展開していたが、この曲でもそのリズムの良さ、ストリングスの爽やかさ、管楽器の切れ味鋭い演奏など、好調な様子がうかがえる。
録音は、40年経過した今も十分に標準レベル。
DECCA録音は、いつも本当に素晴らしい。
※昨日から、文字のサイズを少し大きくしてみました。Doblogの標準文字サイズは小さいんです。老眼が少々入ってきた僕には見やすくなりましたが、さて・・・・・・。
学生時代、クラシック音楽を聴き始めた頃、同じくクラシック音楽好きの友人が盛んにストラヴィンスキーがイイと褒めておりまして、是非聴けと云いました。
聴くなら何がイイかなと訊ねると、答えは断然「春の祭典」だと。
なるほど、そんな名作なのかと、早速聴いてみたところ、ちっとも分からない、面白くない。騒々しいだけの、ビートの音楽。
僕は当時、パッヘルベルのカノンやアルビノーニのアダージョ、バッハのG線上のアリアやヴィヴァルディの「四季」など、典型的な入門音楽を好んでいた初心者であって、いきなりストラヴィンスキーはキツかった。「春の祭典」なんか、分かるはずがない。無茶な話でありました。クラシック音楽を聴き始める前は、2人だった頃のオフコースやかぐや姫、風とかね、抒情派フォークと呼ばれる、メロディの綺麗な音楽を好んでいたのに。
だから、初心者に「ハルサイ」を勧めちゃイケナイ。
(ロックに親しんでいる人なら、構わないような気もするが・・・)
今思うと、「ハルサイ」流行の時代だったんですな。1970年代から80年代初頭は、次から次へ「春の祭典」が録音されておりました。毎月のように新譜が出たし、そのたびに録音が素晴らしいと賞賛され、ちょうどオーディオ・ブーム最高潮の時代と重なっておりましたので、大編成のオーケストラ作品として人気作品になってました。
日本のオーケストラもしばしば演奏会の曲目にしてましたっけ・・・。
ストラヴィンスキーのアレルギーがしばらく続きました。
が、ある日「火の鳥」や組曲「プルチネルラ」を聴いて、ビックリ。「これなら聴ける・・・・」
そう、「プルチネルラ」はストラヴィンスキーの作品の中でも特に聴きやすい音楽。
バッハの管弦楽組曲などと同じような構成で、旋律も美しく、大変聴きやすい。
これを聴いたとき、僕は友人を恨んだなぁ。初めから、こっちを勧めてくれりゃ良かったのに・・・・。
以来、ストラヴィンスキーは「プルチネルラ」から聴きましょうと、僕は人に言います。
前振りが長くなりました。
で、今日の音楽。
ストラヴィンスキー作曲 組曲「プルチネルラ」。
ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管弦楽団の演奏。
1967年11月、ロンドンのキングズウェイホールでの録音。DECCA原盤。
このCDは、ユニヴァーサルから出ているPANORAMAシリーズ(2枚組で1500円は安い!)の中から、ストラヴィンスキー作品集として発売されているもの。
序曲やセレナータなど、とてもメロディアスで美しい。
スケルツィーノは溌剌としていて親しみやすいし、トッカータやガヴォットは古典的な均整の取れた美しい楽曲だと思う。
ペルゴレージの影響を受けた作品と云うが、近代の作曲家がつくった美しいバロック音楽、とでもいった感じの作品であり演奏だろう。
マリナー/アカデミー室内管は、1960年代に斬新で爽快、時に前衛的な演奏を展開していたが、この曲でもそのリズムの良さ、ストリングスの爽やかさ、管楽器の切れ味鋭い演奏など、好調な様子がうかがえる。
録音は、40年経過した今も十分に標準レベル。
DECCA録音は、いつも本当に素晴らしい。
※昨日から、文字のサイズを少し大きくしてみました。Doblogの標準文字サイズは小さいんです。老眼が少々入ってきた僕には見やすくなりましたが、さて・・・・・・。
2007/01/08のBlog
[ 05:53 ]
[ 交響曲 ]
3連休の3日目。四国は強風で、寒い日々です。いよいよ「寒」であります。
こういう寒い日にはチャイコフスキーです。
今日はチャイコフスキーの交響曲第4番 ヘ短調 作品36。
クラウディオ・アバド指揮シカゴ交響楽団の演奏。
1988年4月の録音。CBS盤。
アバド/シカゴ響によるチャイコフスキー交響曲全集から。これ、輸入盤では購いやすい廉価盤になっている。アバドは1970年代にDGにチャイコフスキーの4~6番を録音しているので、これは2度目の4番録音ということになるんだろう。
第1楽章は、曲想に応じた暗い音色が印象的。冒頭のファンファーレでも暗い音。いつもは爽快豪快明快なシカゴ響なのに。
オーケストラは例によってメチャクチャ巧く、どこをとっても超一流なのだろうが、さらにアバドは音そのものを、チャイコフスキー模様、ロシア色に染めてゆく。
深々とした低音も良いし、暗鬱な雰囲気も実にイイ。冬のどんよりした空を眺めるかのよう。
録音は、DECCAともDGとも違う、CBS独特の音がする。奥行き深く、間接音が多めで、残響成分も多い。全体的にヨーロッパ・トーンという感じがする。このふくよかな音はチャイコフスキーにふさわしい。DECCAだと、輝かしく鮮烈な音になる。
演奏を反映した良い録音であります。
その奥行き深い録音が生きたのが、第2楽章。
オーボエの音が暗く遠くから響く。何ともニュアンス豊かな音。しかも洗練されているのがアバドの強み。これは素晴らしい音楽だと思う。
弦も管もデリカシーいっぱい。
第3楽章のピチカート、木管も金管もビシッと決まったアンサンブルはシカゴ響ならでは。余裕綽々で演奏しているのだからさすがとしか云いようがない。
ピチカートの残響、倍音成分がホールの上方にのぼってゆくのが見えるような録音。いや、素晴らしい。
終楽章は壮大なフィナーレ。勝利の行進。怒濤の迫力。
シカゴ響の能力全開(いや、まだ余裕がありそう・・・)で、カッコイイことこの上なし。金管の炸裂は、全く爽快。上手い、スゴイ、デカイ。そういう音楽。
さて、明日から新学期ということで、長男は大阪に戻りました。
次男坊はセンター試験直前模試とかで高校へ。
三男坊はこれも新学期早々の模試の準備とかで机に向かいます。
妻は誕生日を祝いました。それぞれ、新しい日々が始まっております。
こういう寒い日にはチャイコフスキーです。
今日はチャイコフスキーの交響曲第4番 ヘ短調 作品36。
クラウディオ・アバド指揮シカゴ交響楽団の演奏。
1988年4月の録音。CBS盤。
アバド/シカゴ響によるチャイコフスキー交響曲全集から。これ、輸入盤では購いやすい廉価盤になっている。アバドは1970年代にDGにチャイコフスキーの4~6番を録音しているので、これは2度目の4番録音ということになるんだろう。
第1楽章は、曲想に応じた暗い音色が印象的。冒頭のファンファーレでも暗い音。いつもは爽快豪快明快なシカゴ響なのに。
オーケストラは例によってメチャクチャ巧く、どこをとっても超一流なのだろうが、さらにアバドは音そのものを、チャイコフスキー模様、ロシア色に染めてゆく。
深々とした低音も良いし、暗鬱な雰囲気も実にイイ。冬のどんよりした空を眺めるかのよう。
録音は、DECCAともDGとも違う、CBS独特の音がする。奥行き深く、間接音が多めで、残響成分も多い。全体的にヨーロッパ・トーンという感じがする。このふくよかな音はチャイコフスキーにふさわしい。DECCAだと、輝かしく鮮烈な音になる。
演奏を反映した良い録音であります。
その奥行き深い録音が生きたのが、第2楽章。
オーボエの音が暗く遠くから響く。何ともニュアンス豊かな音。しかも洗練されているのがアバドの強み。これは素晴らしい音楽だと思う。
弦も管もデリカシーいっぱい。
第3楽章のピチカート、木管も金管もビシッと決まったアンサンブルはシカゴ響ならでは。余裕綽々で演奏しているのだからさすがとしか云いようがない。
ピチカートの残響、倍音成分がホールの上方にのぼってゆくのが見えるような録音。いや、素晴らしい。
終楽章は壮大なフィナーレ。勝利の行進。怒濤の迫力。
シカゴ響の能力全開(いや、まだ余裕がありそう・・・)で、カッコイイことこの上なし。金管の炸裂は、全く爽快。上手い、スゴイ、デカイ。そういう音楽。
さて、明日から新学期ということで、長男は大阪に戻りました。
次男坊はセンター試験直前模試とかで高校へ。
三男坊はこれも新学期早々の模試の準備とかで机に向かいます。
妻は誕生日を祝いました。それぞれ、新しい日々が始まっております。