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2007/02/01のBlog
[ 02:33 ]
[ 協奏曲 ]
早くも2月。仕事はさらに多忙を極めます。
昨年4月から職掌が替わって、仕事量も責任も増えて辟易しとりますが、この2月から4月上旬までがどうも激務のピークのようです。いやはや。
さて、昨日はハイドン、今日はバッハ。
J・S・バッハのブランデンブルク協奏曲第5番ニ長調 BWV1050。
ルドルフ・バウムガルトナー指揮ルツェルン祝祭弦楽合奏団の演奏。
1978年5月、スイスのラ・ショードフォンでの録音。
何と幸福なバッハ。
音楽する喜びに溢れ、しかも、「バッハの音楽はこうだよなぁ」という確信に満ちたバッハ演奏。盤石の安定感と、新鮮な愉悦と。素晴らしいバッハだと思う。
ソロを受け持つヴァイオリン、フルート、チェンバロがみんな生き生きとしている。音楽の表情が若々しく、明るく、笑顔一杯。いや、もう、聴いていて楽しいことこの上ない。
そして、見事なアンサンブル。
フルートは名手オーレル・ニコレ。この人のフルートはいつも真剣真摯で正調正統。真面目なのだが決して音楽は冷たくならず、常に温かく穏やかなのがイイ。
「愛媛の真面目なジュースです」というのは当地の青果連「ポン・ジュース」のコピーだが、ニコレのフルートは、ホンマに真面目で美味い(巧い)のだ。
ヴァイオリンにはチェコの至宝、ヨセフ・スーク。細身でしなやかで軽やか、透きとおるような響きで、クリアに聴かせる。この音も快感。
チェンバロはスイスの女流、クリスティアーヌ・ジャコッテ。この人の通奏低音はれは聴きごたえあり。ソロも立派なもので、格調高い。この第5番は、いわばチェンバロ協奏曲全集だから、チェンバロは巧くないとね。
演奏はどこも素晴らしいのだが、あえて云えば、聴きどころは第1楽章のジャコッテのソロ・プレイ。これは圧巻。
そして、第2楽章の名手3人のソロとアンサンブル。息を呑む美しさ・・・とはよく云うが、こういう演奏のことを指すんじゃないか。
バウムガルトナーの指揮は安定。テンポは少し速め、背筋がピンと伸びて、堅実な指揮ぶり。随所に、個々のプレーヤーの自主性に任せて、「好きにやってエエよぉ」的なところがある。これも聴いていて楽しいものだ。
録音は今も極上。アナログ末期の、素晴らしい音。
CDもありますが、LPで聴く方が、弦の柔らかさがイイように思います。
あ、ボクの持つ全曲LP2枚組じは廉価盤で3000円でありました。
(レギュラー盤は5000円もした!!)
先日、DENONのクレスト1000シリーズで復活したらしいです。この名盤が安価に購入できるのは、クラシック音楽好きにとってはご同慶の至り。
いや、目出度いです。
昨年4月から職掌が替わって、仕事量も責任も増えて辟易しとりますが、この2月から4月上旬までがどうも激務のピークのようです。いやはや。
さて、昨日はハイドン、今日はバッハ。
J・S・バッハのブランデンブルク協奏曲第5番ニ長調 BWV1050。
ルドルフ・バウムガルトナー指揮ルツェルン祝祭弦楽合奏団の演奏。
1978年5月、スイスのラ・ショードフォンでの録音。
何と幸福なバッハ。
音楽する喜びに溢れ、しかも、「バッハの音楽はこうだよなぁ」という確信に満ちたバッハ演奏。盤石の安定感と、新鮮な愉悦と。素晴らしいバッハだと思う。
ソロを受け持つヴァイオリン、フルート、チェンバロがみんな生き生きとしている。音楽の表情が若々しく、明るく、笑顔一杯。いや、もう、聴いていて楽しいことこの上ない。
そして、見事なアンサンブル。
フルートは名手オーレル・ニコレ。この人のフルートはいつも真剣真摯で正調正統。真面目なのだが決して音楽は冷たくならず、常に温かく穏やかなのがイイ。
「愛媛の真面目なジュースです」というのは当地の青果連「ポン・ジュース」のコピーだが、ニコレのフルートは、ホンマに真面目で美味い(巧い)のだ。
ヴァイオリンにはチェコの至宝、ヨセフ・スーク。細身でしなやかで軽やか、透きとおるような響きで、クリアに聴かせる。この音も快感。
チェンバロはスイスの女流、クリスティアーヌ・ジャコッテ。この人の通奏低音はれは聴きごたえあり。ソロも立派なもので、格調高い。この第5番は、いわばチェンバロ協奏曲全集だから、チェンバロは巧くないとね。
演奏はどこも素晴らしいのだが、あえて云えば、聴きどころは第1楽章のジャコッテのソロ・プレイ。これは圧巻。
そして、第2楽章の名手3人のソロとアンサンブル。息を呑む美しさ・・・とはよく云うが、こういう演奏のことを指すんじゃないか。
バウムガルトナーの指揮は安定。テンポは少し速め、背筋がピンと伸びて、堅実な指揮ぶり。随所に、個々のプレーヤーの自主性に任せて、「好きにやってエエよぉ」的なところがある。これも聴いていて楽しいものだ。
録音は今も極上。アナログ末期の、素晴らしい音。
CDもありますが、LPで聴く方が、弦の柔らかさがイイように思います。
あ、ボクの持つ全曲LP2枚組じは廉価盤で3000円でありました。
(レギュラー盤は5000円もした!!)
先日、DENONのクレスト1000シリーズで復活したらしいです。この名盤が安価に購入できるのは、クラシック音楽好きにとってはご同慶の至り。
いや、目出度いです。
2007/01/31のBlog
[ 03:02 ]
[ 交響曲 ]
ハイドンの交響曲第101番 ニ長調 「時計」 Hob.I-101 。
アンタル・ドラティ指揮フィルハーモニア・フンガリカの演奏。
1972年11月、マールの聖ボニファティウス教会での録音。DECCA盤。
弦の魅力がたまらない。
フィルハーモニア・フンガリカの編成は大きくない。団員の数は、ハイドンにふさわしい室内オーケストラ程度だろう。だから、それぞれの弦楽器がしなやかに、シルクタッチで響く。何とも心地よく、幸福なハイドンの音楽が部屋に満たされてゆく。
ああ、エエ音楽やなぁ。
DECCAの素晴らしい録音が花を添える。35年も前の録音とは思えない新鮮な音がする。教会録音らしい温かい残響と、DECCA得意の楽器をクローズアップした録り方とが見事に調和している。
有名な第2楽章アンダンテが味わい深い。
(この音楽、ボクらの世代にとっては、夜11時半、文化放送の「百万人の英語」開始のテーマであって、この番組の後、大学受験ラジオ講座が始まるんであります)
静謐で穏健な音楽。弦のアンサンブルが素晴らしく良く、それに絡む木管も格調高い。スケールは大きくないが、見事な合奏の間から、「パパ・ハイドン」の微笑みが零れてくるような感じ。
第3楽章のメヌエットも名演。オケが巧い。もう、メチャクチャ巧い。
第一ヴァイオリンなんか、何人でやっているのだろう。殆ど1~2人で演奏しているように聞こえるくらいの、スゴイ揃い方。だから響きが軽やかで爽快。そして滑らか。
これを聴くのは快感だと思う。
ドラティの指揮は、伝統的なスタイル。
1970年代初頭、古楽器団体が珍しかった時代の、つまりハイドンを古楽器で演奏することもなかった時代の、古き良きスタイル。
でも、ハイドンはこんな風に、大らかで穏やかに、明朗で爽やかに演奏してくれるドラティ風がイイんじゃないかと思います。
とりあえず、ボクには相性がエエようです。
これ、CD初期の輸入廉価盤。2枚組ボックスなのだが、ケースが大きい。今なら紙箱に紙のケース入り10枚組はいけそうなサイズなのに、たった2枚。スペース・ファクターが悪いが、当時は組み物というのはこんなにご大層なもんでした。
アンタル・ドラティ指揮フィルハーモニア・フンガリカの演奏。
1972年11月、マールの聖ボニファティウス教会での録音。DECCA盤。
弦の魅力がたまらない。
フィルハーモニア・フンガリカの編成は大きくない。団員の数は、ハイドンにふさわしい室内オーケストラ程度だろう。だから、それぞれの弦楽器がしなやかに、シルクタッチで響く。何とも心地よく、幸福なハイドンの音楽が部屋に満たされてゆく。
ああ、エエ音楽やなぁ。
DECCAの素晴らしい録音が花を添える。35年も前の録音とは思えない新鮮な音がする。教会録音らしい温かい残響と、DECCA得意の楽器をクローズアップした録り方とが見事に調和している。
有名な第2楽章アンダンテが味わい深い。
(この音楽、ボクらの世代にとっては、夜11時半、文化放送の「百万人の英語」開始のテーマであって、この番組の後、大学受験ラジオ講座が始まるんであります)
静謐で穏健な音楽。弦のアンサンブルが素晴らしく良く、それに絡む木管も格調高い。スケールは大きくないが、見事な合奏の間から、「パパ・ハイドン」の微笑みが零れてくるような感じ。
第3楽章のメヌエットも名演。オケが巧い。もう、メチャクチャ巧い。
第一ヴァイオリンなんか、何人でやっているのだろう。殆ど1~2人で演奏しているように聞こえるくらいの、スゴイ揃い方。だから響きが軽やかで爽快。そして滑らか。
これを聴くのは快感だと思う。
ドラティの指揮は、伝統的なスタイル。
1970年代初頭、古楽器団体が珍しかった時代の、つまりハイドンを古楽器で演奏することもなかった時代の、古き良きスタイル。
でも、ハイドンはこんな風に、大らかで穏やかに、明朗で爽やかに演奏してくれるドラティ風がイイんじゃないかと思います。
とりあえず、ボクには相性がエエようです。
これ、CD初期の輸入廉価盤。2枚組ボックスなのだが、ケースが大きい。今なら紙箱に紙のケース入り10枚組はいけそうなサイズなのに、たった2枚。スペース・ファクターが悪いが、当時は組み物というのはこんなにご大層なもんでした。
2007/01/30のBlog
[ 05:19 ]
[ 交響曲 ]
ここのところ仕事が忙しく、挫けけそうであります。
こういう時は、元気が出る音楽を聴きたいですね。ブラームスの第1交響曲なんか最適。暗から明へ、失望から希望へ、挫折から勇気へ。
終楽章など、気持ちいいくらいスッキリしますな。
そこで、今日はブラームスの交響曲第1番ハ短調。
レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィルの演奏。
1981年10月、ウィーンのムジークフェラインザールでのライヴ録音。
バーンスタインのブラームス全集からの1枚。LP4枚組で9000円という高価な(?)演奏。
第1楽章の雄大な序奏部、バーンスタインの指揮はのっけから精力的。実演(といっても客はいないのだが)らしい熱気、バーンスタインのうなり声を盛んにマイクが拾っている。
指揮の迫力は見事なもの。ただ、VPOを振るようになってから、バーンスタインはかつての荒々しさを見せなくなった。VPOの力にもよるのだろう、力ずくのブラームスではなく、造形的にも美しい演奏になっている。
木管の響きがたいそう印象的。哀愁漂う音色で、ブラームスらしい響きを醸し出す。
第2楽章は、しっとりとよく歌う。弦も管もきれいだが、とりわけソロ・ヴァイオリンが美しい。ゲアハルト・ヘッツェルのヴァイオリン。巧さと美しさを兼ね備えた、素晴らしいコンサート・マスターだった。
第3楽章のオーボエのソロ。上品で端正、独特の鼻声で歌ってゆく。バーンスタインのとるテンポは後半にいくに従って遅くなる。浪漫的。
そして終楽章。
まずはホルン!あの、歓喜のテーマ直前の、朗々と、太々と、高らかに鳴るホルン!
これぞ、ウィンナ・ホルンを聴く快感なり。何とエエ音か。仕事の忙しさなんぞ、軽く吹っ飛ぶ。
そして歓喜の主題。歩みは堂々悠然、王者の風格だ。がっしりした構築、ロマンの感情あふれる旋律線。劇的で力強く、感情は揺れ動いて全くロマン的。
木管は巧いし、弦楽セクションは素晴らしいアンサンブルだし、もう云うことなし。
壮大なコーダはさらに爽快雄大。
実に元気が出る。ああ、勇気凛々海の色。(ちょいと古いか)。
録音は少しホコリっぽいところもありますが、まずまずの出来。
その昔、レコード・アカデミー賞を受けた名盤だけのことはある、今も十分感動的な一枚でありました。
1月も末になりました。まだ、日の出が遅いです。
真っ暗な中、ジョギングするのは淋しいものなんですが、さあ、行ってきましょう。
走り終える6時半頃、四国山脈がようやく白んできます。これは美しい。
<ブラームスの1番も沢山聴いてきました。大好きな曲です。>
★ショルティ/シカゴ響
★カラヤン/ベルリン・フィル
★ベイヌム/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
★ベーム/ウィーン・フィル NHKライヴ
★マゼール/クリーヴランド管
★ザンデルリンク/ドレスデン・シュターツカペレ
こういう時は、元気が出る音楽を聴きたいですね。ブラームスの第1交響曲なんか最適。暗から明へ、失望から希望へ、挫折から勇気へ。
終楽章など、気持ちいいくらいスッキリしますな。
そこで、今日はブラームスの交響曲第1番ハ短調。
レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィルの演奏。
1981年10月、ウィーンのムジークフェラインザールでのライヴ録音。
バーンスタインのブラームス全集からの1枚。LP4枚組で9000円という高価な(?)演奏。
第1楽章の雄大な序奏部、バーンスタインの指揮はのっけから精力的。実演(といっても客はいないのだが)らしい熱気、バーンスタインのうなり声を盛んにマイクが拾っている。
指揮の迫力は見事なもの。ただ、VPOを振るようになってから、バーンスタインはかつての荒々しさを見せなくなった。VPOの力にもよるのだろう、力ずくのブラームスではなく、造形的にも美しい演奏になっている。
木管の響きがたいそう印象的。哀愁漂う音色で、ブラームスらしい響きを醸し出す。
第2楽章は、しっとりとよく歌う。弦も管もきれいだが、とりわけソロ・ヴァイオリンが美しい。ゲアハルト・ヘッツェルのヴァイオリン。巧さと美しさを兼ね備えた、素晴らしいコンサート・マスターだった。
第3楽章のオーボエのソロ。上品で端正、独特の鼻声で歌ってゆく。バーンスタインのとるテンポは後半にいくに従って遅くなる。浪漫的。
そして終楽章。
まずはホルン!あの、歓喜のテーマ直前の、朗々と、太々と、高らかに鳴るホルン!
これぞ、ウィンナ・ホルンを聴く快感なり。何とエエ音か。仕事の忙しさなんぞ、軽く吹っ飛ぶ。
そして歓喜の主題。歩みは堂々悠然、王者の風格だ。がっしりした構築、ロマンの感情あふれる旋律線。劇的で力強く、感情は揺れ動いて全くロマン的。
木管は巧いし、弦楽セクションは素晴らしいアンサンブルだし、もう云うことなし。
壮大なコーダはさらに爽快雄大。
実に元気が出る。ああ、勇気凛々海の色。(ちょいと古いか)。
録音は少しホコリっぽいところもありますが、まずまずの出来。
その昔、レコード・アカデミー賞を受けた名盤だけのことはある、今も十分感動的な一枚でありました。
1月も末になりました。まだ、日の出が遅いです。
真っ暗な中、ジョギングするのは淋しいものなんですが、さあ、行ってきましょう。
走り終える6時半頃、四国山脈がようやく白んできます。これは美しい。
<ブラームスの1番も沢山聴いてきました。大好きな曲です。>
★ショルティ/シカゴ響
★カラヤン/ベルリン・フィル
★ベイヌム/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
★ベーム/ウィーン・フィル NHKライヴ
★マゼール/クリーヴランド管
★ザンデルリンク/ドレスデン・シュターツカペレ
2007/01/29のBlog
[ 04:47 ]
[ 協奏曲 ]
月曜日です。今週も激務です。
今日はドヴォルザークのチェロ協奏曲ロ短調 作品104を。
堤剛のチェロ独奏、ズデニェク・コシュラー指揮チェコ・フィルの演奏。
1981年8月、プラハ・芸術家の家での録音。
日本のソニーの海外録音。CD発売前夜、ソニーはCD開発メーカーの威信に懸けて、自社制作のデジタル録音レコードを、しばしば発売していた。ソニーの専属演奏家でいえば、チェロは堤、ピアノは中村紘子。オーボエの宮本文昭はまだだったかな。
日本のレコード会社が元気だった頃だ。
このCDのプロデューサーは大賀典雄。後年のソニー社長・名誉会長になった大賀は、当時クラシック部門のプロデューサーであった。
エンジニアは半田健一。この人も、日本の録音エンジニアとして著名な人だった。
LPでは、マスターサウンド・シリーズで発売されていたもので、おぼろげな記憶だが1枚3200円もしたと思う。
録音は確かに美しい。
チェコ・フィルの深々とした響きが美しいし、木質の肌触りの音色も温かく聞こえる。オーケストラのスケール感も十分に捉えられているし、ダイナミックなサウンドが展開する。たっぷりした響き。
そして、堤のチェロがまた大変に美しい。
演奏は安定感に富んだ正統派。
格調高い堤のチェロ、オーケストラとの会話も楽しい。冒頭の序奏部、ホルンの響きは朗々として、チェロの厚みがあって深々とした歌に負けないな・・・と思いながら、素晴らしい音響に身を浸してゆく悦びがある。
よくまとまっている第1楽章、大きく盛り上がる終楽章も良いのだが、特に情念豊かな第2楽章がことのほか美しい。
堤のチェロが情感たっぷり、哀愁抒情漂う音色で、切々と歌うのは感動的。稀代のメロディ・メーカーだったドヴォルザークの最も美しい旋律の数々が聴ける。いやはや、ウットリしてしまう。
コシュラーの指揮は端正でしなやか。チェコ・フィルの反応もイイ。
第1楽章の序奏部からして美しく、名曲の伴奏に全くふさわしい。
何回か再発されて、多分今も現役盤(廉価盤かな?)でしょう。
CD初期の懐かしい名演奏とボクは思っています。
今日はドヴォルザークのチェロ協奏曲ロ短調 作品104を。
堤剛のチェロ独奏、ズデニェク・コシュラー指揮チェコ・フィルの演奏。
1981年8月、プラハ・芸術家の家での録音。
日本のソニーの海外録音。CD発売前夜、ソニーはCD開発メーカーの威信に懸けて、自社制作のデジタル録音レコードを、しばしば発売していた。ソニーの専属演奏家でいえば、チェロは堤、ピアノは中村紘子。オーボエの宮本文昭はまだだったかな。
日本のレコード会社が元気だった頃だ。
このCDのプロデューサーは大賀典雄。後年のソニー社長・名誉会長になった大賀は、当時クラシック部門のプロデューサーであった。
エンジニアは半田健一。この人も、日本の録音エンジニアとして著名な人だった。
LPでは、マスターサウンド・シリーズで発売されていたもので、おぼろげな記憶だが1枚3200円もしたと思う。
録音は確かに美しい。
チェコ・フィルの深々とした響きが美しいし、木質の肌触りの音色も温かく聞こえる。オーケストラのスケール感も十分に捉えられているし、ダイナミックなサウンドが展開する。たっぷりした響き。
そして、堤のチェロがまた大変に美しい。
演奏は安定感に富んだ正統派。
格調高い堤のチェロ、オーケストラとの会話も楽しい。冒頭の序奏部、ホルンの響きは朗々として、チェロの厚みがあって深々とした歌に負けないな・・・と思いながら、素晴らしい音響に身を浸してゆく悦びがある。
よくまとまっている第1楽章、大きく盛り上がる終楽章も良いのだが、特に情念豊かな第2楽章がことのほか美しい。
堤のチェロが情感たっぷり、哀愁抒情漂う音色で、切々と歌うのは感動的。稀代のメロディ・メーカーだったドヴォルザークの最も美しい旋律の数々が聴ける。いやはや、ウットリしてしまう。
コシュラーの指揮は端正でしなやか。チェコ・フィルの反応もイイ。
第1楽章の序奏部からして美しく、名曲の伴奏に全くふさわしい。
何回か再発されて、多分今も現役盤(廉価盤かな?)でしょう。
CD初期の懐かしい名演奏とボクは思っています。
2007/01/28のBlog
[ 04:49 ]
[ 協奏曲 ]
1月27日はモーツァルトの誕生日でありました。
そこで、いろいろ聴きましたが、久しぶりに取り出してみたピアノ協奏曲が良かったですな。今日はその曲をいきましょう。
モーツァルトのピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K.467。
ダニエル・バレンボイムのピアノ独奏と指揮、ベルリン・フィルの演奏。
1980年代末の録音。
バレンボイムのピアノの音が、刻一刻と変化してゆく面白さ。
硬質な響きが特に綺麗。フォルテの部分でのカツンとした音が気持ちよく響く。クールでやや硬めの音なのだが、響きはとても美しい。
かと思えば、ピアニシモでは丸みを帯びた帯びて、ソフトな音色で迫ってくる。フワッと柔らかく頬を撫でる風のようなタッチ。これもホンマに美しい。
ピアノの音色は色で例えれば白。でも、純白ではないな。
わずかに黄緑がかった白。とてもきれい。若葉の匂いのするような白色。
演奏で特に素晴らしいのは第2楽章。
バレンボイムのソロが際だって美しく、実によく響く、鳴る。独特のルバートやフレージングが面白い。ドキドキする音楽の運び。
大役者が見得を切るようなところもある。別に、あざといと云うわけでないのだが、役者のようなカッコ良さがある。
ボクは好きだが、こういうタイプの、少々演出めいたところがある演奏、嫌いな人にとってはイヤでたまらないかもしれない。
バレンボイムの日本での評判があまりよろしくないのは、こういうところかな。
でもオケの統率は見事で、気持ちいいくらい鳴っているし、ソロも全く闊達で、音色の変化などふるいつきたくなるような魅力満載。
指揮も巧けりゃ、ピアノもスゴイ。やっぱり、この人は天才だよなぁと、つくづく思う。
バックのオケも大変よろしい。
ベルリン・フィルの低音が深々として、しかも芯があって心地よい。剛毅なところもあって、フォルテのところなどコシが強い。しなやかで柔らかい弦楽のアンサンブルも素晴らしく、ピアノ独奏だけでなく、管弦楽を聴く楽しみがある。
録音も1980年代末、今も十分現役盤の素晴らしさ。
心地よい、ピアノ協奏曲録音だと思います。
20番から27盤まで、甲乙つけがたい名演だと思いますが、今や、これ廉価盤。
良い時代であります。
<K.467の自己リンクです>
★ケンプ(Pf)・クレー/バイエルン放送響
★ラローチャ(Pf)・デイヴィス/イギリス室内管
★アンダ(Pfと指揮)/ウィーン響
★ブレンデル(Pf)・マリナー/アカデミー室内管
さて、1月27日はモーツァルトの誕生日であり、ワタクシら夫婦の22回目の結婚記念日でもありました。「どないしよ?何かお祝いでもするで?」と妻と相談したものの、妻と母は入院中の父の介護、長男は大阪で後期試験中、三男は朝から高校で模試・午後から合唱コンサートのリハーサル、次男は本屋等の外出(そろそろ2次試験の準備をすると言ってから、はや1週間。「そろそろ」が長い。やれやれ・・・・)、かく言うワタクシは休日出勤・・・・。みんな、なかなか忙しいもんです。そうこうしているうちに、一日が過ぎました。
そんなもんかもしれません。
そこで、いろいろ聴きましたが、久しぶりに取り出してみたピアノ協奏曲が良かったですな。今日はその曲をいきましょう。
モーツァルトのピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K.467。
ダニエル・バレンボイムのピアノ独奏と指揮、ベルリン・フィルの演奏。
1980年代末の録音。
バレンボイムのピアノの音が、刻一刻と変化してゆく面白さ。
硬質な響きが特に綺麗。フォルテの部分でのカツンとした音が気持ちよく響く。クールでやや硬めの音なのだが、響きはとても美しい。
かと思えば、ピアニシモでは丸みを帯びた帯びて、ソフトな音色で迫ってくる。フワッと柔らかく頬を撫でる風のようなタッチ。これもホンマに美しい。
ピアノの音色は色で例えれば白。でも、純白ではないな。
わずかに黄緑がかった白。とてもきれい。若葉の匂いのするような白色。
演奏で特に素晴らしいのは第2楽章。
バレンボイムのソロが際だって美しく、実によく響く、鳴る。独特のルバートやフレージングが面白い。ドキドキする音楽の運び。
大役者が見得を切るようなところもある。別に、あざといと云うわけでないのだが、役者のようなカッコ良さがある。
ボクは好きだが、こういうタイプの、少々演出めいたところがある演奏、嫌いな人にとってはイヤでたまらないかもしれない。
バレンボイムの日本での評判があまりよろしくないのは、こういうところかな。
でもオケの統率は見事で、気持ちいいくらい鳴っているし、ソロも全く闊達で、音色の変化などふるいつきたくなるような魅力満載。
指揮も巧けりゃ、ピアノもスゴイ。やっぱり、この人は天才だよなぁと、つくづく思う。
バックのオケも大変よろしい。
ベルリン・フィルの低音が深々として、しかも芯があって心地よい。剛毅なところもあって、フォルテのところなどコシが強い。しなやかで柔らかい弦楽のアンサンブルも素晴らしく、ピアノ独奏だけでなく、管弦楽を聴く楽しみがある。
録音も1980年代末、今も十分現役盤の素晴らしさ。
心地よい、ピアノ協奏曲録音だと思います。
20番から27盤まで、甲乙つけがたい名演だと思いますが、今や、これ廉価盤。
良い時代であります。
<K.467の自己リンクです>
★ケンプ(Pf)・クレー/バイエルン放送響
★ラローチャ(Pf)・デイヴィス/イギリス室内管
★アンダ(Pfと指揮)/ウィーン響
★ブレンデル(Pf)・マリナー/アカデミー室内管
さて、1月27日はモーツァルトの誕生日であり、ワタクシら夫婦の22回目の結婚記念日でもありました。「どないしよ?何かお祝いでもするで?」と妻と相談したものの、妻と母は入院中の父の介護、長男は大阪で後期試験中、三男は朝から高校で模試・午後から合唱コンサートのリハーサル、次男は本屋等の外出(そろそろ2次試験の準備をすると言ってから、はや1週間。「そろそろ」が長い。やれやれ・・・・)、かく言うワタクシは休日出勤・・・・。みんな、なかなか忙しいもんです。そうこうしているうちに、一日が過ぎました。
そんなもんかもしれません。
2007/01/27のBlog
[ 06:42 ]
[ 交響曲 ]
今日はハイドンです。
交響曲第99番変ホ長調 (Hob.I:99)。
ギュンター・ヘルビッヒ指揮ドレスデン・フィルの演奏。
1974年1月、ドレスデンのルカ教会での録音。ドイツ・シャルプラッテンの原盤で、このCDはedelから出ている廉価盤のロンドンセット。
ハイドンのロンドン・セットは、愛称がない交響曲も名作揃い。
この99番もそうで、実にハイドンらしい、愛らしい佳品だと思う。
第1楽章はアダージョ~ヴィヴァーチェ・アッサイ。
序奏部の雄大さから一転、快速快活で実に軽やかな演奏が進んでゆく。聴きながら思わず小走りに走り出したくなるような演奏。ヘルビッヒのリズム感がとても良く、それに反応するドレスデン・フィルがまた鋭敏で実にイイ。
そして、何度でも書くが、ドレスデン・ルカ教会の音響!
柔らかく温かく、極上の音響空間を作り出す。この安らぎ、この心地よさ。たまらない。
第2楽章はアダージョ。てゅんはんくらいの、いかにもハイドンのアダージョらしい落ち着いた音楽。優美で豊か、ふっくらと穏やかな表情が愛らしい。
特に、弦楽セクションと木管セクションの会話が美しい。木管のアンサンブルは生地でデリケート。フルートとファゴットが中でも良い。ドレスデン・フィルの能力の高さはここからも分かる。
ドレスデンのオーケストラは、まずもってドレスデン・シュターツカペレであるとは思うが、2番手オケのドレスデン・フィルでもこの巧さ。いやはやなんとも、ドイツって(東ドイツと云うべきか)、すごいですねぇ。侮りがたい、これは名演でありますな。
第3楽章メヌエットの速度指示はアレグレット。優美な音楽で、古典的な佇まい、端正なつくり。ヘルビッヒの指揮も、背筋が伸びて、正統的・格調高い音楽づくりを目指している感じ。
オケ後方で鳴るトランペットの奥ゆかしいまでの美しさ。オーケストラ全体とよく融け合って、全く美しい。素晴らしい響き。
終楽章はヴィヴァーチェ。第1楽章の明朗が戻って、爽やかなフィナーレになっている。ヘルビッヒ/ドレスデン・フィルの安定した響きに包まれて、極上の音楽世界に浸れます。
録音もしっとり落ち着きがあって聴きやすいもの。
キラキラとした鮮やかさはないが、これぞルカ教会の音とでも云うべき、木質の、使い込んだ道具の感触のような、懐かしささえ漂う柔らかさが素晴らしい。
良い音だと思います。
交響曲第99番変ホ長調 (Hob.I:99)。
ギュンター・ヘルビッヒ指揮ドレスデン・フィルの演奏。
1974年1月、ドレスデンのルカ教会での録音。ドイツ・シャルプラッテンの原盤で、このCDはedelから出ている廉価盤のロンドンセット。
ハイドンのロンドン・セットは、愛称がない交響曲も名作揃い。
この99番もそうで、実にハイドンらしい、愛らしい佳品だと思う。
第1楽章はアダージョ~ヴィヴァーチェ・アッサイ。
序奏部の雄大さから一転、快速快活で実に軽やかな演奏が進んでゆく。聴きながら思わず小走りに走り出したくなるような演奏。ヘルビッヒのリズム感がとても良く、それに反応するドレスデン・フィルがまた鋭敏で実にイイ。
そして、何度でも書くが、ドレスデン・ルカ教会の音響!
柔らかく温かく、極上の音響空間を作り出す。この安らぎ、この心地よさ。たまらない。
第2楽章はアダージョ。てゅんはんくらいの、いかにもハイドンのアダージョらしい落ち着いた音楽。優美で豊か、ふっくらと穏やかな表情が愛らしい。
特に、弦楽セクションと木管セクションの会話が美しい。木管のアンサンブルは生地でデリケート。フルートとファゴットが中でも良い。ドレスデン・フィルの能力の高さはここからも分かる。
ドレスデンのオーケストラは、まずもってドレスデン・シュターツカペレであるとは思うが、2番手オケのドレスデン・フィルでもこの巧さ。いやはやなんとも、ドイツって(東ドイツと云うべきか)、すごいですねぇ。侮りがたい、これは名演でありますな。
第3楽章メヌエットの速度指示はアレグレット。優美な音楽で、古典的な佇まい、端正なつくり。ヘルビッヒの指揮も、背筋が伸びて、正統的・格調高い音楽づくりを目指している感じ。
オケ後方で鳴るトランペットの奥ゆかしいまでの美しさ。オーケストラ全体とよく融け合って、全く美しい。素晴らしい響き。
終楽章はヴィヴァーチェ。第1楽章の明朗が戻って、爽やかなフィナーレになっている。ヘルビッヒ/ドレスデン・フィルの安定した響きに包まれて、極上の音楽世界に浸れます。
録音もしっとり落ち着きがあって聴きやすいもの。
キラキラとした鮮やかさはないが、これぞルカ教会の音とでも云うべき、木質の、使い込んだ道具の感触のような、懐かしささえ漂う柔らかさが素晴らしい。
良い音だと思います。
2007/01/26のBlog
[ 03:47 ]
[ 協奏曲 ]
今週は忙しいのです。一杯一杯になってます。
でも、音楽は聴くんです。仕事の忙しさと趣味は関係ありません。
仕事と趣味の両立・・・・・なんて云いつつ、やはりクラシック音楽を聴けるのは幸福ですなぁ。
今日はモーツァルトです。
ピアノ協奏曲第26番ニ長調K.537「戴冠式」。
華やかで良い曲です。
フリードリヒ・グルダのピアノ独奏、ニコラス・アーノンクール指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1983年9月、コンセルトヘボウでの録音。TELDEC原盤。
オーケストラが雄弁、ピアノは自由闊達、変幻自在。
アーノンクールとフリードリヒ・グルダ、2つの稀代の個性が結びついて(ぶつかり合ってはいないな・・・)、鮮やかな演奏を聴かせてくれる。
第1楽章からグルダは絶好調。
途中、鼻歌は歌うわ、ブツブツ独り言は呟くわ、もう演奏中なのに(だからか?)うるさいぞ(笑)。
まあそれだけ感興豊かに、ノリまくって演奏しているということか。
ピアノは研ぎ澄まされた音色で美しいし、自在なメカニックで大変楽しい。
アーノンクール/ACOは、モーツァルトにしてはやや派手、金管が目立つくらい迫力ある伴奏。劇的で力強い。
第2楽章では、グルダのピアノを満喫できる。
テンポも自在に動かしていくし、タッチも微妙に変化させてニュアンスたっぷり。装飾音も効果的。鼻歌さえなければ、これ最高のラルゲット。(グルダ、うるさいぞ(^^ゞ)
ピアノの音色にハッとする瞬間もあれば、ウットリするような美しさが続くところも。
さすがだなぁと思う。
終楽章は、丁々発止。
グルダとアーノンクールが互いの長所美点をぶつけ合って、聴くほどにスリリング。そして、それが昇華して美しいモーツァルトになってゆく。
互いに自在。グルダの燦めくようなピアノ、アーノンクール独特のアーティキュレーション。どちらも偉大な個性だ。新種の精神に富んだ芸術家の美しい融合。
そして、それを包み込んでしまうモーツァルトの偉大さ。
素晴らしい演奏と思う。
録音は現代でも十分に通用する見事なもの。
好録音であります。
グルダのピアノが特に美しく録られていて、心地よい。
グルダの弾くモーツァルトのピアノ協奏曲は、アバド/VPOとの演奏がDGに4曲ほど遺されていますが、こちらアーノンクール盤の方が録音・演奏とも上出来に思えます。
<自己リンクです>
★バレンボイム/イギリス室内管の弾き振り盤
★内田光子/テイト/イギリス室内管
でも、音楽は聴くんです。仕事の忙しさと趣味は関係ありません。
仕事と趣味の両立・・・・・なんて云いつつ、やはりクラシック音楽を聴けるのは幸福ですなぁ。
今日はモーツァルトです。
ピアノ協奏曲第26番ニ長調K.537「戴冠式」。
華やかで良い曲です。
フリードリヒ・グルダのピアノ独奏、ニコラス・アーノンクール指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1983年9月、コンセルトヘボウでの録音。TELDEC原盤。
オーケストラが雄弁、ピアノは自由闊達、変幻自在。
アーノンクールとフリードリヒ・グルダ、2つの稀代の個性が結びついて(ぶつかり合ってはいないな・・・)、鮮やかな演奏を聴かせてくれる。
第1楽章からグルダは絶好調。
途中、鼻歌は歌うわ、ブツブツ独り言は呟くわ、もう演奏中なのに(だからか?)うるさいぞ(笑)。
まあそれだけ感興豊かに、ノリまくって演奏しているということか。
ピアノは研ぎ澄まされた音色で美しいし、自在なメカニックで大変楽しい。
アーノンクール/ACOは、モーツァルトにしてはやや派手、金管が目立つくらい迫力ある伴奏。劇的で力強い。
第2楽章では、グルダのピアノを満喫できる。
テンポも自在に動かしていくし、タッチも微妙に変化させてニュアンスたっぷり。装飾音も効果的。鼻歌さえなければ、これ最高のラルゲット。(グルダ、うるさいぞ(^^ゞ)
ピアノの音色にハッとする瞬間もあれば、ウットリするような美しさが続くところも。
さすがだなぁと思う。
終楽章は、丁々発止。
グルダとアーノンクールが互いの長所美点をぶつけ合って、聴くほどにスリリング。そして、それが昇華して美しいモーツァルトになってゆく。
互いに自在。グルダの燦めくようなピアノ、アーノンクール独特のアーティキュレーション。どちらも偉大な個性だ。新種の精神に富んだ芸術家の美しい融合。
そして、それを包み込んでしまうモーツァルトの偉大さ。
素晴らしい演奏と思う。
録音は現代でも十分に通用する見事なもの。
好録音であります。
グルダのピアノが特に美しく録られていて、心地よい。
グルダの弾くモーツァルトのピアノ協奏曲は、アバド/VPOとの演奏がDGに4曲ほど遺されていますが、こちらアーノンクール盤の方が録音・演奏とも上出来に思えます。
<自己リンクです>
★バレンボイム/イギリス室内管の弾き振り盤
★内田光子/テイト/イギリス室内管
2007/01/25のBlog
[ 05:58 ]
[ 管弦楽曲 ]
今日はワーグナーの管弦楽曲集。
ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団の演奏。
1970年前後の録音、RCA原盤。
BMGビクターが出している「The Best Collection of Classical Music」という名曲全集からの1枚。中古盤屋や古本屋で格安で売っているアレです。
P1988とあるので、1988年の発売。
ああ、バブル全盛期。
CDはまだまだ高価であって、だからこそというべきか、80~100枚単位のクラシック音楽名曲全集が各社から発売され、家庭に販売されたのだろう。当時のバブル景気、家庭にはこのくらい(全集では多分定価で20万円くらいしたのではないか?)は買える可処分所得があったということか。一つの贅沢品ですな。百科事典を揃えてみたくなる心情と似ているかもしれません。収入も増えた、新居も成った、子供も出来た、さあ、次は百科事典と名曲、教養と情操の教育だ・・・。
今やその役目も済んで(イヤ、殆ど聴かずに置き場所に困って売り飛ばしたか?)、古本屋にボロボロ出てくる時代。某オークションでは1枚あたり100~200円程度で落札できる有り難さ。
そして、巡りめぐってボクの手元に。ボクとしては、これ、貴重な音源であり、供給源であります。重宝してます。
ということで、オーマンディのワーグナー管弦楽曲集をCDプレーヤーに載せて、聴き始めたところ・・・・。
録音は1970年頃、さすがに古くなりました。しかも、このころのRCAはあまり録音技術に関心がなかったのか、イイ録音が少ないんです。
案の定、録音イマイチやなぁ・・・と思って、CDを換えようとしたら、動けなくなりました。
何たる美音!
美しい、豊麗、鮮やか、ゴージャス。いや全く、素晴らしいフィラデルフィア・サウンド。
この音に捉えられたら、もう動けない。録音の古さなど関係なし。オーケストラの音としては極致のような美音。
もちろん、ワーグナーの音とは違うんです。ドイツの深々とした木質感の音とは違うんです。磨きぬかれた、屈託ない、ピカピカのアメリカン・サウンドであります。ワーグナーには豪華すぎる、こんな音をワーグナーは予定していなかっただろうと思うんです。
しかし、これだけの美音でワーグナーを聴ける贅沢・幸福。たまりませんな。
ワーグナーの音楽には、確かにフィラデルフィア・サウンドのような、言わば媚薬のように美しく感覚的な音、そしてゴージャスな音を出せるオーケストラを期待している要素があるようにも思います。
全6曲の管弦楽曲集。
1「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲
2「タンホイザー」序曲とバッカナール
3「ワルキューレ」ワルキューレの騎行
4「ローエングリン」第3幕前奏曲
5「トリスタンとイゾルデ」~前奏曲と愛の死
6「指環~神々の黄昏ジークフリート」ジークフリートの葬送行進曲
ワーグナー管弦楽曲集も沢山聴いてきました(自己リンクです)
■カラヤン/ベルリン・フィルの「タンホイザー」序曲
■ティーレマン/フィラデルフィア管の「パルジファル」の音楽
■テンシュテット/ロンドン・フィルの「リエンツィ」序曲
■マゼール/ベルリン・フィルの「指環」管弦楽曲集
■ベーム/ウィーン・フィルの「タンホイザー」序曲
■カラヤン/ドレスデン・シュターツカペレの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲
■ショルティ/ウィーン・フィルの「指環」管弦楽曲集
■ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管の管弦楽曲集
■ショルティ/シカゴ響の管弦楽曲集
■バレンボイム/シカゴ響の管弦楽曲集
■ホルスト・シュタイン/ウィーン・フィルの管弦楽曲集
ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団の演奏。
1970年前後の録音、RCA原盤。
BMGビクターが出している「The Best Collection of Classical Music」という名曲全集からの1枚。中古盤屋や古本屋で格安で売っているアレです。
P1988とあるので、1988年の発売。
ああ、バブル全盛期。
CDはまだまだ高価であって、だからこそというべきか、80~100枚単位のクラシック音楽名曲全集が各社から発売され、家庭に販売されたのだろう。当時のバブル景気、家庭にはこのくらい(全集では多分定価で20万円くらいしたのではないか?)は買える可処分所得があったということか。一つの贅沢品ですな。百科事典を揃えてみたくなる心情と似ているかもしれません。収入も増えた、新居も成った、子供も出来た、さあ、次は百科事典と名曲、教養と情操の教育だ・・・。
今やその役目も済んで(イヤ、殆ど聴かずに置き場所に困って売り飛ばしたか?)、古本屋にボロボロ出てくる時代。某オークションでは1枚あたり100~200円程度で落札できる有り難さ。
そして、巡りめぐってボクの手元に。ボクとしては、これ、貴重な音源であり、供給源であります。重宝してます。
ということで、オーマンディのワーグナー管弦楽曲集をCDプレーヤーに載せて、聴き始めたところ・・・・。
録音は1970年頃、さすがに古くなりました。しかも、このころのRCAはあまり録音技術に関心がなかったのか、イイ録音が少ないんです。
案の定、録音イマイチやなぁ・・・と思って、CDを換えようとしたら、動けなくなりました。
何たる美音!
美しい、豊麗、鮮やか、ゴージャス。いや全く、素晴らしいフィラデルフィア・サウンド。
この音に捉えられたら、もう動けない。録音の古さなど関係なし。オーケストラの音としては極致のような美音。
もちろん、ワーグナーの音とは違うんです。ドイツの深々とした木質感の音とは違うんです。磨きぬかれた、屈託ない、ピカピカのアメリカン・サウンドであります。ワーグナーには豪華すぎる、こんな音をワーグナーは予定していなかっただろうと思うんです。
しかし、これだけの美音でワーグナーを聴ける贅沢・幸福。たまりませんな。
ワーグナーの音楽には、確かにフィラデルフィア・サウンドのような、言わば媚薬のように美しく感覚的な音、そしてゴージャスな音を出せるオーケストラを期待している要素があるようにも思います。
全6曲の管弦楽曲集。
1「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲
2「タンホイザー」序曲とバッカナール
3「ワルキューレ」ワルキューレの騎行
4「ローエングリン」第3幕前奏曲
5「トリスタンとイゾルデ」~前奏曲と愛の死
6「指環~神々の黄昏ジークフリート」ジークフリートの葬送行進曲
ワーグナー管弦楽曲集も沢山聴いてきました(自己リンクです)
■カラヤン/ベルリン・フィルの「タンホイザー」序曲
■ティーレマン/フィラデルフィア管の「パルジファル」の音楽
■テンシュテット/ロンドン・フィルの「リエンツィ」序曲
■マゼール/ベルリン・フィルの「指環」管弦楽曲集
■ベーム/ウィーン・フィルの「タンホイザー」序曲
■カラヤン/ドレスデン・シュターツカペレの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲
■ショルティ/ウィーン・フィルの「指環」管弦楽曲集
■ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管の管弦楽曲集
■ショルティ/シカゴ響の管弦楽曲集
■バレンボイム/シカゴ響の管弦楽曲集
■ホルスト・シュタイン/ウィーン・フィルの管弦楽曲集
2007/01/24のBlog
[ 05:25 ]
[ 交響曲 ]
暖冬だそうです。雪が降らない、雪がない・・・・。
四国はもともと殆ど雪が降らない土地柄なのでピンと来ませんが、確かにこの数日もヌクいですな。
この調子で、夏も暑かったら大変に困るように思うんですが。う~む。
さて、今日の音楽はベルリオーズです。
狂気の音楽。
でも、今日の演奏はあまり狂っていないです。エレガントな狂気とでも云いますか・・・・。
では。
ベルリオーズの幻想交響曲 作品14a。
シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団の演奏。
1984年5月、モントリオールの聖コスタッシュ教会での録音。DECCA原盤。
磨きに磨き上げた美音の連続。
実に耽美的な演奏で、出てくる音が全て美しいので、聴いているうちに感覚が麻痺してゆくような錯覚に陥る。あまりの美しさに、カラダ全体が蕩けてしまいそうな感じ。
そして、DECCAの極上録音が花を添える。教会での録音を生かして、奥行き・高さに優れ、残響も実に豊か。20年以上昔の録音とはとても思えない。現役バリバリの、素晴らしい録音。
グロテスクさは感じられない。「断頭台への行進」や「ワルプルギスの夜の夢」でも、実に美しい。オーケストラの迫力は十分だし、音響的な快感があるのだが、それがとても美麗で、怪しげなところやドロドロしたところがない。音楽のフォルムはラストまで崩れず(いや、後半からラストに至るほど音楽がキリッとしてくる感じ)、スタイリッシュでカッコイイのがデュトワ流なのだ。
終楽章の、例の骸骨の踊りのようなコル・レーニョの部分でさえ、不気味さがなく、整然とした感じ。これ、稀有の個性。デュトワはカッコイイのだ。
モントリオール響のアンサンブルはほぼ完璧。フランス的に洗練されたとでも云うべきか、明るく爽やかで、とてもカラフルなオーケストラ。
第1楽章の「夢と情熱」など、エレガントで、深窓のご令嬢の登場といった感じ。上品な演奏で、響きも実に優美。情熱的というよりは、クールな感じさえする。
第2・第3楽章ではベルリオーズのオーケストレーションの妙味が、モントリオール響の好演で、存分に発揮されている。ワルツなど実にクリアな響きで、夾雑物なし、一点の濁りもない音。こういう響きこそ、デュトワが望んだところだろう。
全体的なスタイルはオーソドックス。そして、音楽の運びは実にクリアでクールでシャープ。名演奏と思う。
発売は昭和60年。
この年のレコードアカデミー賞録音賞受賞の名演盤。
懐かしくなってしまいましたが、今も十分に現役盤でしょう。
※幻想交響曲も沢山聴いてきました(自己リンクです)
○デイヴィス/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
○ハイティンク/ウィーン・フィル
○チョン・ミュンフン/パリ・バスティーユ管
○カラヤン/ベルリン・フィル(1964年盤)
○アバド/シカゴ響
○ブーレーズ/クリーヴランド管
次男坊のセンター試験も無事に終了。地理Bと物理が少し難しかったようです。
英数は簡単、国語と化学はあんなものだろうとは次男の弁。偉そうに・・・と思いつつも、まあほどほどだったようで。
四国はもともと殆ど雪が降らない土地柄なのでピンと来ませんが、確かにこの数日もヌクいですな。
この調子で、夏も暑かったら大変に困るように思うんですが。う~む。
さて、今日の音楽はベルリオーズです。
狂気の音楽。
でも、今日の演奏はあまり狂っていないです。エレガントな狂気とでも云いますか・・・・。
では。
ベルリオーズの幻想交響曲 作品14a。
シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団の演奏。
1984年5月、モントリオールの聖コスタッシュ教会での録音。DECCA原盤。
磨きに磨き上げた美音の連続。
実に耽美的な演奏で、出てくる音が全て美しいので、聴いているうちに感覚が麻痺してゆくような錯覚に陥る。あまりの美しさに、カラダ全体が蕩けてしまいそうな感じ。
そして、DECCAの極上録音が花を添える。教会での録音を生かして、奥行き・高さに優れ、残響も実に豊か。20年以上昔の録音とはとても思えない。現役バリバリの、素晴らしい録音。
グロテスクさは感じられない。「断頭台への行進」や「ワルプルギスの夜の夢」でも、実に美しい。オーケストラの迫力は十分だし、音響的な快感があるのだが、それがとても美麗で、怪しげなところやドロドロしたところがない。音楽のフォルムはラストまで崩れず(いや、後半からラストに至るほど音楽がキリッとしてくる感じ)、スタイリッシュでカッコイイのがデュトワ流なのだ。
終楽章の、例の骸骨の踊りのようなコル・レーニョの部分でさえ、不気味さがなく、整然とした感じ。これ、稀有の個性。デュトワはカッコイイのだ。
モントリオール響のアンサンブルはほぼ完璧。フランス的に洗練されたとでも云うべきか、明るく爽やかで、とてもカラフルなオーケストラ。
第1楽章の「夢と情熱」など、エレガントで、深窓のご令嬢の登場といった感じ。上品な演奏で、響きも実に優美。情熱的というよりは、クールな感じさえする。
第2・第3楽章ではベルリオーズのオーケストレーションの妙味が、モントリオール響の好演で、存分に発揮されている。ワルツなど実にクリアな響きで、夾雑物なし、一点の濁りもない音。こういう響きこそ、デュトワが望んだところだろう。
全体的なスタイルはオーソドックス。そして、音楽の運びは実にクリアでクールでシャープ。名演奏と思う。
発売は昭和60年。
この年のレコードアカデミー賞録音賞受賞の名演盤。
懐かしくなってしまいましたが、今も十分に現役盤でしょう。
※幻想交響曲も沢山聴いてきました(自己リンクです)
○デイヴィス/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
○ハイティンク/ウィーン・フィル
○チョン・ミュンフン/パリ・バスティーユ管
○カラヤン/ベルリン・フィル(1964年盤)
○アバド/シカゴ響
○ブーレーズ/クリーヴランド管
次男坊のセンター試験も無事に終了。地理Bと物理が少し難しかったようです。
英数は簡単、国語と化学はあんなものだろうとは次男の弁。偉そうに・・・と思いつつも、まあほどほどだったようで。
2007/01/23のBlog
[ 05:26 ]
[ 管弦楽曲 ]
昨日はDoblogの不調で、記事投稿等の更新動作が不能状態でした。
昼頃に復旧したらしいですな。ここDoblogは、時々そういうことがあります。
何度でもボクは云いますが、タダで使わせてもらって、楽しく遊ばせてもらって、ホンマに有り難いと思っとります。Doblogの維持管理、大変だと思うんですが、「儲け」につながってるんでしょうかね?企業活動なので、利益が出ないとしょうもないと思うんですが、さて、どんなになってるんやろか・・・・・タダ使いのボクは心配しとります。
閑話休題、今日はLPレコードを聴いています。
J・S・バッハの管弦楽組曲第2番 ロ短調 BWV1067。
ラ・プティット・バンドの演奏。
コンサートマスターがシギスヴァルト・クイケン。フラウト・トラヴェルソ独奏はバルトルド・クイケン。
1981年9月、ドイツ南西部、シュライデンのシュロス教会での録音。
独ハルモニア・ムンディの原盤。LPには独ELECTROLA発売とある輸入盤。
このレコードを初めて聴いたときには、独特のアーティキュレーションやフレージングに戸惑ったものだった。何となくぶつ切りの音楽に聞こえて、新時代、オリジナル楽器の演奏とはこんなものかと、少々ガッカリした記憶がある。
当時、世はオリジナル楽器がいよいよ盛期を迎えようとしていた頃。次々と古楽器アンサンブルが結成され、バッハやヘンデルの大御所からバロック音楽を見直そうとする動きが活発だった。
僕はコレギウム・アウレウム合奏団でオリジナル楽器に親しんでいて、その柔らかく素朴でひなびた響きの魅力に惚れ込んでいたので、ラ・プティット・バンドなどを初めとした新世代の古楽器演奏は、何とも素っ気なく、味わいのない演奏に思えたものだった。
いや、もう、とにかく沢山の古楽器団体がバッハを競って録音し、まさに百花繚乱というか、百家争鳴というか・・・・そんな状態だった。
さて、この演奏、今聴き直すと、非常に新鮮な名演。
フラウト・トラヴェルソのバルトルド・クイケンは、1980年代は絶好調、トラヴェルソ界のトップリーダーとして快走していた。(今もそうなのかな?)
自由闊達、緩急自在の演奏。しかも、即興的であって、今まさに音楽が生まれているような鮮烈さがある。取れたての新鮮野菜、泥つきのものをジャブジャブ洗って、そのまんま口にしたときの、青みがかった鮮烈な美味さ、とでも云おうか。爽快な名演。
シギスヴァルト・クイケン率いるラ・プティット・バンドも大変巧い。
精力的で活気あふれるバッハ。生きが良く、飛び跳ねているようなバッハ。これも爽快。
特にアンサンブルが抜群で、古楽器団体の合奏の精度がどんどん上昇してゆく時代の、象徴のような演奏。
(コレギウム・アウレウム合奏団なんか、結構ユルかったものね。でも、そのユルさが魅力でもあるんだが・・・・)
デジタル初期の録音。
オリジナル楽器の響きが、オンマイクで捉えられているので、初めて聴いたときに、ややキツいと感じたように思う。
しかし、やはりLPで聴くクラシック音楽は格別、独特の柔らかさ、トロッとした味わい、そしてふっくらとした教会録音特有の残響がエエです。
昼頃に復旧したらしいですな。ここDoblogは、時々そういうことがあります。
何度でもボクは云いますが、タダで使わせてもらって、楽しく遊ばせてもらって、ホンマに有り難いと思っとります。Doblogの維持管理、大変だと思うんですが、「儲け」につながってるんでしょうかね?企業活動なので、利益が出ないとしょうもないと思うんですが、さて、どんなになってるんやろか・・・・・タダ使いのボクは心配しとります。
閑話休題、今日はLPレコードを聴いています。
J・S・バッハの管弦楽組曲第2番 ロ短調 BWV1067。
ラ・プティット・バンドの演奏。
コンサートマスターがシギスヴァルト・クイケン。フラウト・トラヴェルソ独奏はバルトルド・クイケン。
1981年9月、ドイツ南西部、シュライデンのシュロス教会での録音。
独ハルモニア・ムンディの原盤。LPには独ELECTROLA発売とある輸入盤。
このレコードを初めて聴いたときには、独特のアーティキュレーションやフレージングに戸惑ったものだった。何となくぶつ切りの音楽に聞こえて、新時代、オリジナル楽器の演奏とはこんなものかと、少々ガッカリした記憶がある。
当時、世はオリジナル楽器がいよいよ盛期を迎えようとしていた頃。次々と古楽器アンサンブルが結成され、バッハやヘンデルの大御所からバロック音楽を見直そうとする動きが活発だった。
僕はコレギウム・アウレウム合奏団でオリジナル楽器に親しんでいて、その柔らかく素朴でひなびた響きの魅力に惚れ込んでいたので、ラ・プティット・バンドなどを初めとした新世代の古楽器演奏は、何とも素っ気なく、味わいのない演奏に思えたものだった。
いや、もう、とにかく沢山の古楽器団体がバッハを競って録音し、まさに百花繚乱というか、百家争鳴というか・・・・そんな状態だった。
さて、この演奏、今聴き直すと、非常に新鮮な名演。
フラウト・トラヴェルソのバルトルド・クイケンは、1980年代は絶好調、トラヴェルソ界のトップリーダーとして快走していた。(今もそうなのかな?)
自由闊達、緩急自在の演奏。しかも、即興的であって、今まさに音楽が生まれているような鮮烈さがある。取れたての新鮮野菜、泥つきのものをジャブジャブ洗って、そのまんま口にしたときの、青みがかった鮮烈な美味さ、とでも云おうか。爽快な名演。
シギスヴァルト・クイケン率いるラ・プティット・バンドも大変巧い。
精力的で活気あふれるバッハ。生きが良く、飛び跳ねているようなバッハ。これも爽快。
特にアンサンブルが抜群で、古楽器団体の合奏の精度がどんどん上昇してゆく時代の、象徴のような演奏。
(コレギウム・アウレウム合奏団なんか、結構ユルかったものね。でも、そのユルさが魅力でもあるんだが・・・・)
デジタル初期の録音。
オリジナル楽器の響きが、オンマイクで捉えられているので、初めて聴いたときに、ややキツいと感じたように思う。
しかし、やはりLPで聴くクラシック音楽は格別、独特の柔らかさ、トロッとした味わい、そしてふっくらとした教会録音特有の残響がエエです。
2007/01/21のBlog
[ 05:26 ]
[ 管弦楽曲 ]
大寒といいつつ、四国は春先のような暖かさ。
穏やかな陽気です。
さて今日は、ドヴォルザークのスラヴ舞曲全曲 作品46と72。
ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏。
1985年3~4月、プラハの「芸術家の家」での録音。スプラフォン原盤で、DENON発売。
一聴、音が軽い感じ。
ホールや録音の状態のせいかなと思ったが、聴き続けていると、これ、チェコ・フィルの独特の弦の音だと分かった。
軽いのではなく、ストリングスが細くしなやかなのだ。音が薄いとか弱いとかではなくて、シルクタッチのヴァイオリン群が、よく伸びて揃っているから、「軽く」感じたのだな・・・・。
ドイツ的な重低音サウンドではなく、文字通り、スラヴの舞曲としての軽快さや素朴な爽やかさがよく出ている音なのだと思う。
どの曲もノイマン/チェコ・フィルの肌に染みついたような郷土の音楽であって、自分たちの音楽という自信と手堅さがうかがえる演奏。派手さはなく、堅実そのものの演奏で、しかも先に書いたような独特のしなやかな音響。細くよく伸びた弦、やや地味だがしっかり吹いている管楽器、どちらも音色はとても美しい。「燻し銀の響き」とはよく使う表現だが、こういう音のことを云うのかな。
抒情的で、郷愁を誘う旋律のオンパレード。屈指のメロディーメーカーであったドヴォルザークの本領発揮というか、彼の体臭がプンプン匂ってくる曲ばかり。
さて、この中からあえて挙げるとすれば・・・・・・。
第3番のポルカは軽やかなリズムに乗って踊り出したくなるような名曲。しかも旋律が哀愁漂う美しさ。
第4番と6番はソウセツカー。この全曲集の中では規模が大きく、6分かかる。スメタナの「モルダウ」を思わせるようなスケール感が魅力。
第10番マズルカはお馴染みの曲。大人気ドラマ「のだめカンタービレ」でも効果的に使われていた美しい曲。これはチェコ・フィルの弦が特に綺麗。ノイマンの指揮ぶりも、まさにお国もの。気持ちよく演奏しているのが伝わってくる。
先日の宴会、スナックで僕が歌った演歌のようなものか。(細川たかしを歌いました)
あれ、オジサンたちは「自然にコブシが回る」でしょ?・・・・あれと同じ感覚かなと云うと、ノイマン/チェコ・フィルに失礼かいな。。。(^^ゞ
穏やかな陽気です。
さて今日は、ドヴォルザークのスラヴ舞曲全曲 作品46と72。
ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏。
1985年3~4月、プラハの「芸術家の家」での録音。スプラフォン原盤で、DENON発売。
一聴、音が軽い感じ。
ホールや録音の状態のせいかなと思ったが、聴き続けていると、これ、チェコ・フィルの独特の弦の音だと分かった。
軽いのではなく、ストリングスが細くしなやかなのだ。音が薄いとか弱いとかではなくて、シルクタッチのヴァイオリン群が、よく伸びて揃っているから、「軽く」感じたのだな・・・・。
ドイツ的な重低音サウンドではなく、文字通り、スラヴの舞曲としての軽快さや素朴な爽やかさがよく出ている音なのだと思う。
どの曲もノイマン/チェコ・フィルの肌に染みついたような郷土の音楽であって、自分たちの音楽という自信と手堅さがうかがえる演奏。派手さはなく、堅実そのものの演奏で、しかも先に書いたような独特のしなやかな音響。細くよく伸びた弦、やや地味だがしっかり吹いている管楽器、どちらも音色はとても美しい。「燻し銀の響き」とはよく使う表現だが、こういう音のことを云うのかな。
抒情的で、郷愁を誘う旋律のオンパレード。屈指のメロディーメーカーであったドヴォルザークの本領発揮というか、彼の体臭がプンプン匂ってくる曲ばかり。
さて、この中からあえて挙げるとすれば・・・・・・。
第3番のポルカは軽やかなリズムに乗って踊り出したくなるような名曲。しかも旋律が哀愁漂う美しさ。
第4番と6番はソウセツカー。この全曲集の中では規模が大きく、6分かかる。スメタナの「モルダウ」を思わせるようなスケール感が魅力。
第10番マズルカはお馴染みの曲。大人気ドラマ「のだめカンタービレ」でも効果的に使われていた美しい曲。これはチェコ・フィルの弦が特に綺麗。ノイマンの指揮ぶりも、まさにお国もの。気持ちよく演奏しているのが伝わってくる。
先日の宴会、スナックで僕が歌った演歌のようなものか。(細川たかしを歌いました)
あれ、オジサンたちは「自然にコブシが回る」でしょ?・・・・あれと同じ感覚かなと云うと、ノイマン/チェコ・フィルに失礼かいな。。。(^^ゞ
2007/01/20のBlog
[ 04:25 ]
[ 交響曲 ]
BISのシベリウス作品集を購入してから、この冬はシベリウスを沢山聴いてます。
今日は、シベリウスの交響曲第2番ニ長調 作品43。
パーヴォ・ベルグルンド指揮ヨーロッパ室内管弦楽団の演奏。
1997年10月、オランダでの録音。Finlandia原盤。
僕にとってのシベリウスの交響曲第2番は、彼の代表作であって、クラシック音楽を聴き始めた頃から親しんできたもの。
作曲の時期は第1番とさほど離れていないらしいのだが、何となくチャイコフスキーっぽかったりドヴォルザークやブラームス的なところがある第1番に比べると、この第2番は純粋のシベリウス音楽になっているように思う。
ベルグルンド/ヨーロッパ室内管の演奏は、凍りつくような、クールで澄みきった響きが印象的。曖昧なものとか妥協とか、甘えとか、一切の余計なものを排して、徹底した純粋さを追求したような音楽になっている。
シベリウスを演奏するのに、余分なものは要らない、脂肪はどんどんそぎ落とせ・・・とでも云っているかのよう。ベルグルンドの指揮には、妙な思い入れや演出もないし、テンポも殆ど揺らさない。ひたすらシベリウスの音楽を忠実に再現したら、こういう贅肉のないスッキリした演奏になってしまった・・・という感じか。
第1楽章は北欧のヒンヤリとした空気の中にいるような音楽。透きとおったアンサンブルの美しさは弦楽合奏の極致かもしれない。オケはやや編成を大きくしているのか、室内オーケストラの薄い響きではない。ただ、アンサンブルがキッチリしているので、透徹した感じがする。非常に上手いオケだと思う。水が澄んでいるので、湖の底が見えてしまうような演奏とでも云おうか。
第2楽章の響きも渋い。派手にならず、北欧の自然をそのまま写し取って再現したような感じの、澄んだ響きが心地よい。ここでもオケの音響は混じりっ気なし、蒸留水のような透明感。すごいアンサンブルだと思う。ここまでやってしまって、ベルグルンドはこの先どうするのかと心配になるくらい。
管楽器も甘さを抑えて、やはりクール。テクニックは抜群と思う。この演奏は甘くロマンティックに響かせないところに特徴がある。
第3楽章はトゥッティのあとの静寂がスゴイ。こんな寂寥感は、ベルグルンド盤で初めて味わうもの。凄みのあるゲネラルパウゼ。
だから、その後の木管群の響きが哀愁に包まれて、大変に味わい深い。
フィナーレは音量も上がって強靱な合奏が聴ける。しかし、見通しの良い響きは相変わらず。金管も活躍するが、熱くなりすぎないのがシベリウス的でよい。
コーダでのクレッシェンドは圧巻。全ての楽器が実によく鳴っているとともに、ラストまでクールさを失わないのが素晴らしい。
録音はここ最近のものゆえ、極上であります。
ダイナミックレンジ広大、特にピアニシモが美しく、空気感がたまらないですな。
シベリウスの心の中、内的な風景まで聞こえてきそうな、澄んだ録音。
今日は土曜日。
今日からセンター試験であります。
次男坊は昨日から松山へ。道後に宿泊しております。
早速、道後温泉に入ったとか。イイ湯だったと・・・・。
センター試験が目的なのか、道後温泉が目的なのか・・・・・いやはや。
今日は、シベリウスの交響曲第2番ニ長調 作品43。
パーヴォ・ベルグルンド指揮ヨーロッパ室内管弦楽団の演奏。
1997年10月、オランダでの録音。Finlandia原盤。
僕にとってのシベリウスの交響曲第2番は、彼の代表作であって、クラシック音楽を聴き始めた頃から親しんできたもの。
作曲の時期は第1番とさほど離れていないらしいのだが、何となくチャイコフスキーっぽかったりドヴォルザークやブラームス的なところがある第1番に比べると、この第2番は純粋のシベリウス音楽になっているように思う。
ベルグルンド/ヨーロッパ室内管の演奏は、凍りつくような、クールで澄みきった響きが印象的。曖昧なものとか妥協とか、甘えとか、一切の余計なものを排して、徹底した純粋さを追求したような音楽になっている。
シベリウスを演奏するのに、余分なものは要らない、脂肪はどんどんそぎ落とせ・・・とでも云っているかのよう。ベルグルンドの指揮には、妙な思い入れや演出もないし、テンポも殆ど揺らさない。ひたすらシベリウスの音楽を忠実に再現したら、こういう贅肉のないスッキリした演奏になってしまった・・・という感じか。
第1楽章は北欧のヒンヤリとした空気の中にいるような音楽。透きとおったアンサンブルの美しさは弦楽合奏の極致かもしれない。オケはやや編成を大きくしているのか、室内オーケストラの薄い響きではない。ただ、アンサンブルがキッチリしているので、透徹した感じがする。非常に上手いオケだと思う。水が澄んでいるので、湖の底が見えてしまうような演奏とでも云おうか。
第2楽章の響きも渋い。派手にならず、北欧の自然をそのまま写し取って再現したような感じの、澄んだ響きが心地よい。ここでもオケの音響は混じりっ気なし、蒸留水のような透明感。すごいアンサンブルだと思う。ここまでやってしまって、ベルグルンドはこの先どうするのかと心配になるくらい。
管楽器も甘さを抑えて、やはりクール。テクニックは抜群と思う。この演奏は甘くロマンティックに響かせないところに特徴がある。
第3楽章はトゥッティのあとの静寂がスゴイ。こんな寂寥感は、ベルグルンド盤で初めて味わうもの。凄みのあるゲネラルパウゼ。
だから、その後の木管群の響きが哀愁に包まれて、大変に味わい深い。
フィナーレは音量も上がって強靱な合奏が聴ける。しかし、見通しの良い響きは相変わらず。金管も活躍するが、熱くなりすぎないのがシベリウス的でよい。
コーダでのクレッシェンドは圧巻。全ての楽器が実によく鳴っているとともに、ラストまでクールさを失わないのが素晴らしい。
録音はここ最近のものゆえ、極上であります。
ダイナミックレンジ広大、特にピアニシモが美しく、空気感がたまらないですな。
シベリウスの心の中、内的な風景まで聞こえてきそうな、澄んだ録音。
今日は土曜日。
今日からセンター試験であります。
次男坊は昨日から松山へ。道後に宿泊しております。
早速、道後温泉に入ったとか。イイ湯だったと・・・・。
センター試験が目的なのか、道後温泉が目的なのか・・・・・いやはや。