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クラシック音楽のひとりごと
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2007/03/02のBlog
高校の卒業式は、雲一つない見事な快晴。
爛漫の春でありました。青春の旅立ちでありました。
また新しく若者の季節が始まりました。

そこで、今日はベートーヴェンの青春のコンチェルトを。
明るく若々しく、瑞々しい精気に濡れた、素敵なピアノ協奏曲であります。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番 ハ長調 作品15。
ペーター・レーゼルのピアノ独奏、クラウス・ペーター・フロール指揮ベルリン交響楽団の演奏。
1991年、東ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。

ドイツ・シャルプラッテンの録音のせいか、ピアノもオーケストラもしっとりと落ち着いた響きで捉えられている。よく云う「いぶし銀」の響き。このレーベルの音は、派手ではないが、渋く落ち着いて聴けるのが良い。聴き疲れもしないので、自然な録音と云うべきなのかもしれない。
聴きやすいといっても、ムード音楽のような、エコーの利いた安直さではなく、また、これ見よがしの(聴きよがしというべきなのかな?)ところがなく、勤勉で実直、温厚篤実な録音であり、また演奏もそういう感じで好ましい。

レーゼルのピアノは、豊麗で柔らかく、しかも適度の湿気がある心地よさ。そして、残響も夢見るように美しい。教会録音の特徴だと思うが、例えば、第1楽章のカデンツァなどホンマに綺麗。第2楽章冒頭のソロなども、ハッとするほど美しい。ニュアンス一杯で、特に響きの余韻がたまらない。

フロール指揮するベルリン響も真剣な演奏ぶり。
この楽団は、ザンデルリンクが振ったチャイコフスキーの後期交響曲集(DENON)やシベリウス(独シャルプラッテン)、ブラームス(カプリッチョ)などの交響曲全集でおなじみなのだが、フロールが振ると、やや響きが明るい感じ。ザンデルリンクの重厚さに比べると、爽快、軽快と云っても良いだろう。
このピアノ協奏曲第1番ハ長調は、ベートーヴェンの初期作品だから、その古典的な佇まいには、ベルリン響の演奏はふさわしい響きと思えるし、。ハイドンやモーツァルトに通じる、こういうしなやかで軽やかな響きで聴きたいと思う。

第3楽章は聴きごたえあり。
レーゼルの弾むようなピアノに、ベルリン響のストリングスが柔らかく絡んでくるところなど絶品。その肌触りは、木綿の素朴な質感。自然の感触。シルクタッチではないのだが、実直で滋味あふれる響きが何とも好ましい。

録音は1990年代デジタルだが、アナログっぽい柔らかさがイイ。
解像度が低いのかな、フワッとした感触は好みであります。
ドイツ・シャルプラッテンの音らしい録音です。
2007/03/01のBlog
今日はショパンを聴いてます。

「24の前奏曲」 作品28。
ニキタ・マガロフのピアノ独奏。
1991年4月、江戸川区民総合センターでの録音。DENONのクレスト1000シリーズの廉価盤。
マガロフ79歳。死の前年の録音。ピアノはスタインウェイ。
明瞭で柔らかいタッチ。感情の起伏は大きいが、それに流されない構成力。老巨匠マガロフの穏やかな表情そのままのショパン。

DENONの優秀録音で、スタインウェイが大変美しく捉えられている。
カツンというタッチが、緩やかにホール全体に溶けてゆくのが「見える」ような録音。聞こえるというより、見える感じ。
音の余韻が得も言われぬ穏やかな表情を生んでゆく。心安まるショパン。味わい深く、しみじみ感動がこみ上げてくるショパン。
驚かせたり、ドキッとさせたりするショパンではなく、淡々としているショパン。
マガロフが永年親しんで、研鑽を積んできたのであろうショパンの小曲が、サラッと目の前に現れるだけなのだが、これが何とも清らかで美しい。
蒸留水のような澄み方ではなく、色々なものが混じっている感じ(ミネラルもおそらく不純物も)、だから自然な水の味わい。
すべて達観したようなピアノと云うべきか。

僕もこのように美しく淡々と年を取りたいものだと、つくづく思う。

特によいのは第13番のレント。15番雨だれ、17番のアレグレット。
4番のラルゴや9番、20番のラルゴもイイ。
技巧的な衰えもあるのだろうが、概して遅い曲の方がジンとくる。

自然なフレージングもイイし、あまりルバートを用いないところも良い。

DENONの録音はとにかく素晴らしい。
生演奏を彷彿とさせる臨場感。夢見るような余韻。これは日本のレーベルの誇りであります。(今は・・・・・・過去形にすべきでしょうか)


さて、今日3月1日は愛媛県の県立高校の卒業式。
次男が卒業です。3カ年皆勤だったと自慢しておりました。
そかそか、オマエは風邪も引けんのかい・・・・と云うとニヤリとしておりました。

2007/02/28のBlog
黄昏時から大雨、突風そして雷。
春雷だったのかな?・・・そういえば、気温も少し上がったような・・・。
もうすぐ啓蟄。虫たちも雷に驚いて、冬眠から醒めるでしょう。

さて、今日はブルックナーの交響曲第7番ホ長調。
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏
1980年6月~7月、ドレスデンのルカ教会での録音。DENON盤。

自然な息づかいで滔々と流れるブルックナー。
素朴な自然人ブルックナーの音楽を、煽らず、華美に奔らず、着実に表現してゆく。
ドレスデン・シュターツカペレのアンサンブルが見事で、サウンドは鮮烈で透明感がある。ルカ教会の音響も最高級の美しさ。個々の楽器もほどよくブレンドされていて、響きが柔らかく肌触りが良い。聴いていて実に心地よい。

フォルティシモが暖かく柔らかく、まろやかなのもこの楽団の特徴だろう。金属的、刺激的なシャリシャリ音が出てこない。輝かしいのに、フワッとした感触がいつまでも耳に残る感じ。そして、高音部が爽やかに抜けてゆく。ルカ教会の高い天井をさらに突き抜けるような爽快感、透明感。

ちょうど、青く澄んだ湖水に森が映りこんでいるジャケット写真のように、清澄な音がどこまでも続いてゆく。

これだけ素晴らしいオーケストラを従えて、あとは、ブルックナーの楽譜(ハース版)に任せて、ブロムシュテットが棒を振れば、もう十分な名演。
自然なアーティキュレーション、深々としたフレージングも、実に気分が良い。さすがブロムシュテット、見事なブルックナーだと思う。

第1楽章の終盤で、音楽が静かに沈み込んでゆくところの、柔らかい光が差し込んでくるような表現。宗教的な敬虔さを感じさせる素晴らしい表現。
第2楽章は神々しいばかりの美しさ。奇をてらわず、真摯に演奏すると、ブルックナーの音楽には後光が差してくる。優雅なアダージョだが、底を流れる感情は雄渾なもの。
第3楽章は力強いスケルツォ。金管の強奏などは実に剛毅であって逞しい。自然体の力強さ。
フィナーレも迫力十分で、見事な締めくくり。アンサンブルが精緻で、ブロムシュテットの棒に敏感に反応するオケが素晴らしい。ラストは大聖堂の建造物を仰ぐような壮大さ。感動的な演奏だと思う。

今も本当に素晴らしい録音。
DENONは日本の誇りであります(ありました・・・か)
2007/02/27のBlog
今日はコンセルトヘボウ管のハイドンを。演奏も良いんですが、音がイイので引き込まれます。

ハイドンの交響曲第93番ニ長調 Hob.I-93。
コリン・デイヴィス指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1981年1月、コンセルトヘボウでの録音。フィリップス原盤。

デジタル初期の録音だが、デジタル臭くない。
デジタル録音は、当初は響きが硬い・高音がキツイ・広がりがない・・・・などと一般的に云われたが(要はマスタリングやDACの問題だったようだが)、フィリップスはアナログ時代の音とあまり変わらず、柔らかく温かみのある音を続けていた。当録音も、その一つといえると思う。
コンセルトヘボウ管の音としか云いようのない、聴き手を柔らかく包み込むようなサウンド。響きはほの暗いのだが、頬を撫でてゆくような優しさがある。そして、ホールトーンが最高に美しい。この音響は、コンセルトヘボウ管の最大の強みだろう。

デイヴィスの指揮は清新で溌剌。リズムはよく弾むし、実に軽快。ただ、室内オケのような機能性重視ではなく、こぢんまりとまとまらせるようなこともなく、あくまで大らかでふっくらとした響きを追求してゆく感じ。
そして、堅実で端正、男性的な強さもあるし、知的な紳士風の演奏でもある。

20分あまりの短い交響曲だが、内容は充実。ニックネームが付いたハイドンの他の交響曲に負けない魅力を持っている。
特に第2楽章の多彩な響きが良い。ラルゴ・カンタービレの変奏曲だが、ピアニシモの美しさ、音が消えてゆくときの美しさは格別。コンセルトヘボウの残響が効果的。
短いフレーズだが、個々の楽器のソロがまた大変美しく、また楽しい。弦楽セクションも、、練り絹のようなしっとりとした、湿気を含んだような柔らかさが全く綺麗で、何とも云えない味わい。
響き全体も、木質の自然な肌触りというべきか、この良質な響きの前では、聴いていて心の中まで洗われるような気がする。

今はCD2枚組2セットで廉価盤化されてます。
フィリップスのDUOシリーズ。
LP時代の音そのままの、柔らかいエエ音してます。


長男がようやく帰省し、久しぶりに家族全員が揃いました。
次男坊の大学受験もほぼ終わり。あとは住む場所が東京か大阪か。
これから、卒業式やら、引っ越しやら、春に向けての準備が始まります。
四国は土日の寒さが終わって、また春の陽気になってます。
2007/02/26のBlog
シューベルトの「未完成」は、このごろは「第7番」だそうです。
でも、ボクにとっては、未完成は8番で、グレートは9番。
当分、これで行きます。

シューベルト交響曲第8番ロ短調「未完成」。
カール・ベーム指揮ベルリン・フィルの演奏。
1966年2月、西ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。DG盤。

第1楽章は大変ゆったりと進む。遅い、非常に遅い。じっくりと歩みを進める未完成交響曲。いやはや、鈍足ベームの面目躍如だなぁ。
今の耳で聴くととてもロマンティックな解釈だが、フレージングやアーティキュレーションは自然で、実に格調高い。弦楽セクションを前面に押し出して、バランスよく管楽器が配される響き。構成がガッチリしていて堅牢なのは、いかにもベームの指揮という感じがする。きちんと小さなフレーズを積み上げていって、全体像を作り上げてゆく職人芸の味わいもある。素晴らしいのは、その積み上げの作業の際に、ベームには作品の完成像が見えていて、ひたすらその理想を目指してオケに演奏させてゆく真剣さ・謹厳さだろう。
その点では押しも押されもせぬ堂々とした演奏といえると思う。

第2楽章も腰がすわったシューベルト。
重厚そのもの。軽さなどは微塵もない。
スケールも大きいが、小さなフレーズを積み上げる姿勢は第1楽章と全く変わらない。もっと歌っても良いかなと思うのだが、ベームはそういうところでも構成・形態を重んじている感じ。

そんな気持ちで聴いていると、この演奏はどんどん内省的な姿になる。
スケールは大きく、まさに名曲の威容を誇るのだが、どんどん心の中に沈潜してゆくような趣きもある。
終わってみれば、心にしみじみとした感動が残っている。

ベルリン・フィルの合奏力は極上のもの。弦も管も巧い。
特にこの交響曲では、ベルリン・フィルの木管プレーヤーの妙技が楽しめる。決してアクロバティックではないのだが、木管群は巧い。確実性が高いと云うか、打席に立てば常に安打を放つというか・・・・・ホンマに巧い。
これで、もう少し音色の変化、鮮やかさがあればエエのに(例えばVPOのように)・・・と思うのは欲張りですか。

録音はさすがに古びてきました。この時期のDGらしい、マルチ・モノだと思うのだが、ややペタッとした感じの音。奥行き・残響が少々不足しているかな。
演奏が素晴らしいだけに、ちょいと惜しい感じであります。

2007/02/25のBlog
冷たい風の休日。冬が戻りました。
そこで、チャイコフスキーを聴こうと棚を眺めながら、懐かしいLPを取り出しました。
今日はレコードです。

チャイコフスキーの交響曲第4番ヘ短調 作品36。
ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1978年12月、コンセルトヘボウでの録音。フィリップス原盤のLP全集から。
これは、「マンフレッド交響曲」を含む7枚組だった。

アムステルダム・コンセルトヘボウ管の、やや暗く、しっとりとした響きがこの曲に似合うと思うのだが、どうだろう。
金管の雄叫びが目立つ曲なので、かえって、こんな渋めの響き、クセのない演奏の方が聴いていて落ち着く感じがする。

ハイティンクの解釈は中庸中道路線と云うべきか。激することはなく、テンポも速すぎず遅すぎず、楽器のバランスも何かが突出することもなく、実にちょうどよい。
もともとこの曲は激情的な曲想を持つし、金管や木管など、その気になればスタンドプレーができる曲だと思うのだが、この演奏は、全くそういうところがない。実に、何の変哲もなく、だから、「目立たない」。聴きようによっては「面白くない」
フィリップスの録音が良いからだろうが、楽器のが心地よくブレンドされていて、耳当たりがまたイイ。刺激音が殆どないと云っていい。

演奏は背筋が伸びて品良く端正。ロシア臭が殆どなく、西欧的、汎世界的なチャイコフスキーだと思う。
第1楽章はさすがに壮大。金管がほれぼれする鳴り渡るが、トランペットもホルンも分をわきまえている感じで、オケの中に綺麗に収まっている。弦楽セクションもハイティンクの棒に柔軟に反応して、正攻法の演奏。

第2楽章はオーボエの暗いメロディが泣かせる。
弦も管もほの暗い響き。長調に転調していくところでも、その哀愁は変わらない。これはロシアというより、ヨーロッパ的な哀感かな。寒さはあまりない。

第3楽章でもピチカートに絡むオーボエやフルートが良い。「ワインを飲んだときのほろ酔いの気分」は作曲者の言葉だが、楽章最後では実にユーモラス。

終楽章はカタルシスの音楽。爆発大噴火、暴風雨。しかし、ACOはその下品な叫喚の一歩前でグッと踏みとどまって、端正な姿勢を保っている。さすがの品の良さと云うべきか。

録音は今も極上。30年前の録音とはとても思えません。
アナログ最末期・全盛期の最高級の録音。
フィリップスの、暖かい音が印象的であります。
2007/02/24のBlog
暖かい春の一日でした。職場の暖房が必要なかったくらい。
午後から風が強くなって、これも春の風でした。
もっとも、今日からは寒くなる予報ですが。

さて、今日は少し(かなりか?)古い演奏を。

モーツァルトのセレナード第13番ト長調 K.525「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」。ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団の演奏。
1958年、ハリウッドでの録音。CBS盤。

何と柔らかいモーツァルト。
春の暖かい陽射しを浴びたモーツァルト。「モーツァルトはピンク色」とはドラマ「のだめカンタービレ」での言葉だが、確かにこれはピンクのモーツァルトだ。
冒頭の有名な旋律が流れ始めた瞬間、わが部屋の空気が変わったような気がした。

テンポは基本的にやや遅めで、ゆったりしたもの。そして伸縮自在。
適度にルバートがかかって、演出も巧み。リズムは克明だし、旋律線もハッキリしている。しかし、全体がソフト・フォーカスの写真のような、暖かく穏やかな雰囲気に満ちている。これぞ巨匠の芸であり、「ワルターのモーツァルトは温かい」と云われる所以だろう。

第1楽章の初めから、羽毛のように軽く優しいモーツァルトの音楽がが展開する。ふわふわと優しく、頬を撫でるそよ風のような演奏。テンポは遅いのだが、伸び縮みもあって味わい豊か。

第2楽章はさらにゆったり感が増す。しっとりと濡れたような感じでストリングスが弾いているのだが、その表情には微笑みが浮かんでいる。ポルタメントがかかっているのかな、音を伸ばしながら徐々に消えてゆく時の余韻がすこぶる美しい。ロマンティックな感じさえする。

第3楽章はスッキリと爽快。
終楽章はゆったり感が戻って、音楽の歩みは静かに着実に進んでゆく感じ。メロディラインがとても綺麗で、アンサンブルは愉悦感に富んでいる。楽しそうに演奏しているのが伝わってくる。
そうだよな、ワルターの指揮でモーツァルトが弾けるんだから、嬉しいだろうなぁ・・・と思う。

確かに、これ、一時代を画したモーツァルト演奏であります。終始、優しい表情のモーツァルトでありました。
久しぶりに取り出してみて、懐かしさ一杯になりました。
こういう素敵な演奏を聴いて、僕は育ってきたんであります。

録音からそろそろ50年。
そんなになるのなかぁ・・・・そんな昔とは思えないほど新鮮な音がします。ジョン・マックルーアの素晴らしいリミックスが効いているのでしょう。
エエ音で聴けます。


ここのところアクセスが1000件を越えます。ビックリしています。
お読みいただきありがとうございます。初めての方は、どうぞよろしくお願いします。
それとも、何とかリーダー、検索ロボットの見回りが増えたのかな?
2007/02/23のBlog
今朝、伊予西条は雨です。何となく暖かい雨です。春雨です。
こういう日は無理して走らないのが肝心。何事もほどほどがよろしいようです。
ジョギング休養日。今月目標の150㎞、すでに達成してます。

さて、今日は録音の話を少し。

エルガーの行進曲「威風堂々」作品39から。
ネヴィル・マリナー指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1977年6月、コンセルトヘボウでの録音。フィリップス原盤。
LPでは「エニグマ変奏曲」のB面に収められていました。CDだと「惑星」の余白に収められている演奏です。

英国の指揮者マリナーが、オランダのオーケストラを振って見事な英国音楽を聴かせてくれる。
なにしろ、録音が素晴らしい。アナログ全盛期の、豊かな肉付きと柔らかい余韻がたまらない魅力を放っている。
マリナーの「惑星」でも触れたが、コンセルトヘボウの響きが素晴らしく、マイルドで上品、まったく英国紳士のような穏やかで品のある音響が展開する。

第1番ニ長調の中間部、イギリスの第2の国歌として有名な部分など、オケの融け合いがクリーミーな響きとなって現れる。音量を上げても、端正な音楽が全然崩れず、ホールトーンの豊かさはさらに増してゆく。
テンポもゆったりで、よく歌う演奏。フレージングが自然で深々としているのが心地よいし、マリナーの指揮はあくまでも中庸の表現を指向し、あざとさがないのも良い。実にダンディ。

第4番ト長調も有名な曲。
これもゆったりテンポで、スムーズな音楽の運びが気持ち良い。アンサンブルは1番よりさらに良いか。響きは全く素晴らしく、徐々に消えてゆく音の余韻の何とも云えない美しさ。言葉にならん・・・・。

アムステルダム・コンセルトヘボウ管は、蘭フィリップス自国のオケだけに、夥しい録音があって、優秀録音も数多いと思います。
挙げていけば、それこそ十指に余るほど。ナンボでもあります。
我が家にも素晴らしいフィリップスのコンセルトヘボウ録音が沢山ありますが、この「惑星」・「威風堂々」はその中でも屈指の名録音と思います。

我が家のオーディオは色々変わってきました。
スピーカーはDENONのSC101、YAMAHAのNS690Ⅲ、DAIATONEのDS800、そしてタンノイのターンベリーに変わりました。
そのスピーカーを決めるとき、この「惑星」と「威風堂々」はLP時代からテスト盤でありました。愛聴盤です。
2007/02/22のBlog
高校時代からの故郷の友人二人に伊予柑を送りました。
早速電話をくれたので、ひとしきり仕事談義に健康談議。1月末にいつもの仲間たちで久しぶりに逢ったこと(オマエ以外は揃っていたと云われました)、皆それぞれに忙しく、またそろそろ健康に不安を感じ始めていることなど。なるほど、みんなトシを取ったんだなぁ・・・。

さて、今日はシューマンのピアノ協奏曲イ短調 作品54 であります。

ペーター・レーゼルのピアノ独奏、クルト・マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏。
1980年、ライプツィヒのパウル・ゲルハルト教会での録音。原盤は独シャルプラッテン。僕が持っているのはedelレーベルから出ているレーゼル独奏のピアノ協奏曲集10枚組BOXセット。
このCDのカップリングは同じシューマンの「序奏とアレグロ・アパッショナート」、「序奏と協奏的アレグロ」。シューマンのピアノと管弦楽の楽しみが一気に味わえる。

ペーター・レーゼルは東独・ドレスデン生まれのピアニスト。ソ連の名ピアニスト(名伴奏者?)レフ・オボーリンに学んだせいなのか、彼の演奏を聴いているとドイツ風堅実さより、音色の多彩さやヴィルトゥオジティなどを感じさせるところがある。

このシューマンは、しかし、レーゼルのピアノも良いのだが、オーケストラに耳奪われてしまう。ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管の響きが、とにかく美しいから。
ゲルハルト教会の残響の素晴らしさもあって、実にかぐわしい響きになっている。オケの音色はデリケートに変化するし。無理のないフレージングというべきなのか、各奏者の紡ぎ出す音の空気感が素晴らしいと云うべきなのか、聴いていてたまらない心地よさ。

レーゼルのピアノも軽やかで、その中に芯が通っていて、特に高音がウットリするほど美しい。

演奏はシューマンのロマンが噴出する第1楽章と終楽章が素晴らしい。どちらかというと、第1楽章の方が奔流のような勢いがあってイイかな。
さらに良いのは第2楽章の内省。心の奥底に沈み込んでゆくような感情。そして清々しい抒情がピアノから流れ出してくる。レーゼルのピアノはホンマに清潔、透明感があって全く綺麗。

惜しいのは、ゲヴァントハウス管のアンサンブルがもう一歩かな・・・というところ。
これは、マズアの指揮でいつも感じることではあるのだが・・・・・・。

1980年のアナログ録音のCD化。アナログ最末期(だから全盛期)の、ビロードのような柔らかさが見事に復刻されています。

僕はこのBOXセットを北陸CD通販の雄「ヤマチク」の年末バーゲンで購入したんですが、10枚で3000円もしなかったはずです。
恐るべき安価なんですが、音はさらに驚嘆するほどよろしいです。
こんな値段で買うてしまってエエんかいな・・・・と不安になるくらい。

2007/02/21のBlog
朝ジョグをしていると、終盤で四国山脈の上空が赤紫色に染まってきます。
これはホンマに美しい。一年で夜明けが一番綺麗な時です。
その昔、清少納言はよくぞ「春は曙」と云ったもんです。

さて、今日はベートーヴェン若書きの交響曲を。
早春にふさわしく。

ベートーヴェンの交響曲第2番 ニ長調 作品36。
アンドレ・クリュイタンス指揮ベルリン・フィルの演奏。
1959年4月、ベルリンのグリューネヴァルト教会での録音。EMI盤。

クリュイタンス指揮する洗練された優雅なベートーヴェン全集からの1枚。

ベートーヴェンの交響曲を演奏するのに、洗練とか優雅さとかが必要なのかどうか、ド素人の僕には分からないが、数あるベートーヴェン演奏の中で、クリュイタンス盤は、その洗練されたセンスの良さで、ホンマに個性的だなと思う。

端正で上品、典雅な・・・という形容句は、クリュイタンスという指揮者の個性を表しているのだが、だからといって、このベートーヴェンが弱々しいとか女々しいとかいうのではない。
オケがベルリン・フィルなので、響きは実に剛毅で力強く逞しい。1959年といえば、カラヤンが終身指揮者に就任して間もない頃であって、往年のガッチリとしたドイツ風のベルリン・フィルの音が残っていた頃だったろう。
なるほど、スピーカーから飛び出してくる音の塊としての強靱さは・迫力は十分で、クリュイタンスの指揮が粋で洗練されているといっても、ベートーヴェンの音楽が腰砕けにはならない。その点では、指揮とオケ、双方の美点が融合した、これは素晴らしいベートーヴェン全集だと思う。


さて、この2番の演奏はというと・・・やはり、クリュイタンスの美質がよく出ている名演奏と思う。
第1楽章アレグロ・コン・ブリオが、興奮しすぎず、また速くなりすぎずに抑制が利いていて、上品なフォルムに仕上がっている。
第2楽章では穏やかで柔和な表情が印象的。クリュイタンスが振ると、ラルゲットがホンマに典雅に聞こえる。もちろん、それだけに終始せず、響きが充実しているのも素晴らしい。特に内声部、低音がズシッと来る重さがイイ。これがベルリン・フィルの実力だろう。
第3楽章からフィナーレにかけても、クリュイタンスの制御がよくきいていて、暴力的な響きにならない。叫ぶ一歩手前で自制する品の良さ。

迫力や興奮を求めるなら、他の演奏があるでしょ。
僕は、こんな演奏の方がこのごろ好みになってますな。

録音はこの時期としては良好。優秀録音の部類でしょう。
EMIの録音は、1950年代末から1960年代にかけてが最も良かったんじゃないかと思われます。

さて、夜明けの赤紫を見に、ひとっ走りに出ましょう。

2007/02/20のBlog
すっかり春の陽気。四国はうららかな良い天気でした。
相変わらず仕事は激務ですが、職場の窓からふと眺める景色は、春の風情。
銅山峰に霞がかかってます。

さて、しばらくオーケストラ曲ばかり聴いていたので、今日はコンチェルトをいきましょう。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番ト長調。
マレイ・ペライアのピアノ独奏、ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1984年10月の録音。ハイティンクにしては珍しい、CBSソニー原盤。これは、ペライアの専属だからですな。

ペライアのピアノは滑らかで柔らかく温かい。
窓から射し込んでくる早春の陽光のような暖かさ。
ハイティンク/ACOの伴奏がまた実に良い。ふっくらとして、包容力があって。

第1楽章はアレグロ・モデラート。幾分速めのテンポで進んでゆく。
ペライアのピアノは出だしから非常に美しい。透明感があるのに、冷たくはなく、優しく温もりがある。聴き手の心を安らかに、幸福にさせる音。そして、一つ一つの音が粒立ちよく響く。
ふっくらと炊きあがったご飯の、お米一粒一粒が湯気を出してキラキラしながら立っている・・・・あんな感じの音。懐かしいような、優しいような、母性を感じさせるような音が実に良い。

ハイティンク/ACOの伴奏は職人芸。手堅い。
ハイティンクはベートーヴェンのピアノ協奏曲を数多く伴奏・録音している。このペライアとの全集だけでなく、かつてはクラウディオ・アラウとACOで、ブレンデルとはLPOで、アンドラーシュ・シフとはSKDで。何と、4種の全集録音を果たしている。いや、全くのベテラン。

第2楽章はアンダンテ・コン・モート。
ペライアのピアノはデリカシーの塊。このピアニストの弱音は聴きごたえがある。ピアニシモの方が雄弁。ニュアンス多彩で、色彩感もある。音は静謐そのものなのに、何と多くのことをペライアは伝えるのだろう。悦びや哀しみ、憧れや傷心・・・・いろいろな感情が伝わってくる。

フィナーレはロンド・ヴィヴァーチェ。早春にふさわしい明るい音楽。
ペライアの華麗なピアニズムを堪能できる楽章。冗舌の一歩手前で止める品の良さ。高音のヌケが素晴らしく、聴いていて実に気持ちよい。
ハイティンク/ACOの伴奏は、ペライアにそっと寄り添い、室内楽的な精緻さで支えてゆく。アンサンブルの良さは第1楽章から一貫しているのだが、特に終楽章では緊密感がある。ハイティンクの筋の通った指揮で、この名演奏が支えられているのが分かる。


フィリップス・トーンとは違ったコンセルトヘボウ管の響きが楽しめる録音です。
ペライアのピアノはとても綺麗に捉えられていますし、ホールの余韻も楽しめます。
フィリップスより少し明るめの音、色づけは淡彩画ふうの感じ。
品の良い好録音と云えるでしょう。
2007/02/19のBlog
休日のLSD、ゆっくりのんびりと12㎞。
たんぼ道は春の風情で、空気も冬の冷たさがありません。長袖Tシャツにベストを羽織れば汗だくになってしまうほど、気温もここのところ安定してます。
空はどんより、ジョグの終わりの方ではまた雨に降られたものの、冷たい雨ではなかったですな。春です。

さて、今日は古い懐かしいLPを取り出してます。

J・S・バッハの管弦楽組曲第1番ハ長調 BWV1066。
カール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団の演奏。
1960年の録音。独アルヒーフ原盤のLP2枚組。

リヒターが紡ぎ出す峻厳なバッハ。
真正純正、ドイツ風の、そして今聴くとロマンの香りさえ漂わせる正統的な大バッハ。
正統的というより「伝統的」と云うべきか。

ミュンヘン・バッハ管のメンバーが、リヒターの真摯誠実な姿勢に触発されて、懸命に演奏しているのが伝わってくる。実にヒューマンな演奏。いや、演奏というより奉仕に近いかもしれない。その奉仕の方向は、リヒターに、バッハに、そして(おそらく)キリスト教的な神に。

1960年の録音から46年。ほぼ半世紀を経た今の耳には、何とも濃厚、肉厚でロマンティックなバッハに思える(もたれるようなところもある)が、演奏の充実感・熱気は時を越えてくる。じんわりと熱い感動がこみ上げる。
若かった頃に聴いた感動、何か大きなもの、遙かなものをリヒターによって教えられた記憶が蘇ってくる。これ、ノスタルジーかいな。

序曲のスケールの大きさ。偉大な音楽。「これがバッハの音楽だ」と言わんばかりの自信。経験と努力とによって培われた真実のようなものが、この序曲からは聞こえてくる。耳を澄ませば、精確なテンポ、心地よいフレージング、清潔なアーティキュレーションなど、今もなお新鮮に響く。スタイルは古くなっても、この演奏の生命力・迫力は普遍的なものだぁと思ってしまう。

舞曲にはいると、爽やかな愉悦が聞こえてくる。アンサンブルの緊密さも素晴らしい。リヒターの統率力だろう。この合奏があるからこそ、舞曲の悦び、楽しさが伝わる。

録音はこの時期のものとしては上々。
アルヒーフらしい、渋めの音づくり。楽器をクローズアップするよりは、全体の溶け合いを重視している感じ。
CDも悪くないが、LPで聴く方が、当時の雰囲気、時代の空気のようなものが伝わって味わい深い感じがします。