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2007/03/06のBlog
[ 04:05 ]
[ 協奏曲 ]
春の嵐でした。
凄まじい風。一時、雨も激しく降りました。台風なみの暴風雨でした。
そこで(と云うわけでもないんですが)、今日は嵐のような演奏を。
シューマンのピアノ協奏曲イ短調。
マルタ・アルゲリッチのピアノ独奏、チョン・ミュンフン指揮フランス国立放送フィルハーモニーの演奏。
2001年12月1日、パリのシャトレー劇場でのライヴ録音。DG盤。
エイズ撲滅キャンペーンのチャリティ・コンサートの録音らしいのだが、英語仏語不調法のため、よく分かりません(^^ゞ。
これは、職場の同僚にして盤鬼盤友が紹介してくれ、とにかくエエぞというので、入手したCDだが、どうも日本国内では発売されなかったらしい。輸入盤でも入らなかったのではなかろうか。何か、契約の関係かな。
演奏はもう、アルゲリッチの奔放なピアノを満喫できるもので、圧倒的、感動的。
この人の気質・音楽性に、シューマンのピアノ協奏曲はピッタリだと思う。あふれるロマン、奔流のように湧きだしてくる感情。
ピアノのダイナミズムも素晴らしいし、アーティキュレーションはアルゲリッチの個性丸出し。テンポの伸縮も自由自在、というか好き勝手に弾いている感じ。聴いていて、のけ反るような面白さ。アルゲリッチのライヴはこのくらいじゃないと面白くないわなぁ。
スタジオ録音では同じDGにロストロポーヴィチとの共演盤があったが、ありゃ、いったい何だったノダ?・・・と云いたいくらい。あんな大人しい演奏、アルゲリッチではないぞい。
融通無碍、勝手気まま、気の向くまま、情熱の奔流・・・・のようなピアノについたオケは、これ大健闘。
チョン・ミュンフンは立派な指揮者だと思う。アルゲリッチにつけるのだけでも大変だと思う。アンサンブルは乱れるところもあるのだが、致し方なし。協奏曲としても面白さは十分に堪能できる。
ピアノは即興的。たった今、生まれたばかりの曲のように演奏する。これぞ、アルゲリッチの真骨頂。聴き進むうちに、聴き手もどんどん興奮する。「おお、こんな風に弾くのか」とか、「ややっ、ここでこんなに突っ込むか」とか・・・感嘆しきり。
聴き慣れた曲なのに、新鮮なことこの上ない。
テンポが遅くなるところでは、これがまたゾクゾクするほど美しい。
清冽な石清水。生まれたばかりの赤ん坊の肌触り。青年の熱い憧憬と情熱 。・・・・とでも云おうか。
テンポが速くなるところでの、劇的な変化。アルゲリッチには経過句だの助走だのはない。バッサリと曲を斬ってゆく。一気に最高速へ突入してゆく潔さ。ギア・チェンジはローからトップへ一気に行く。凄まじい魂の燃焼。
いやはや、全編聴きどころだが、あえて云えば、第1楽章と第3楽章が面白い。
フォルティシモの美しさと速度の変化、ダイナミズムが、凄まじい表現意欲となって噴出する。スゴイ。絶句。
録音はピアノの音をしっかり捉えた好録音。
オケはやや平板なのが残念ですが、これはシャトレー劇場の音響がイマイチなのかもしれません。ライヴのハンディもありますしね。
アルゲリッチの鬼気迫るピアノは、十全に捉えきっていると思います。
凄まじい風。一時、雨も激しく降りました。台風なみの暴風雨でした。
そこで(と云うわけでもないんですが)、今日は嵐のような演奏を。
シューマンのピアノ協奏曲イ短調。
マルタ・アルゲリッチのピアノ独奏、チョン・ミュンフン指揮フランス国立放送フィルハーモニーの演奏。
2001年12月1日、パリのシャトレー劇場でのライヴ録音。DG盤。
エイズ撲滅キャンペーンのチャリティ・コンサートの録音らしいのだが、英語仏語不調法のため、よく分かりません(^^ゞ。
これは、職場の同僚にして盤鬼盤友が紹介してくれ、とにかくエエぞというので、入手したCDだが、どうも日本国内では発売されなかったらしい。輸入盤でも入らなかったのではなかろうか。何か、契約の関係かな。
演奏はもう、アルゲリッチの奔放なピアノを満喫できるもので、圧倒的、感動的。
この人の気質・音楽性に、シューマンのピアノ協奏曲はピッタリだと思う。あふれるロマン、奔流のように湧きだしてくる感情。
ピアノのダイナミズムも素晴らしいし、アーティキュレーションはアルゲリッチの個性丸出し。テンポの伸縮も自由自在、というか好き勝手に弾いている感じ。聴いていて、のけ反るような面白さ。アルゲリッチのライヴはこのくらいじゃないと面白くないわなぁ。
スタジオ録音では同じDGにロストロポーヴィチとの共演盤があったが、ありゃ、いったい何だったノダ?・・・と云いたいくらい。あんな大人しい演奏、アルゲリッチではないぞい。
融通無碍、勝手気まま、気の向くまま、情熱の奔流・・・・のようなピアノについたオケは、これ大健闘。
チョン・ミュンフンは立派な指揮者だと思う。アルゲリッチにつけるのだけでも大変だと思う。アンサンブルは乱れるところもあるのだが、致し方なし。協奏曲としても面白さは十分に堪能できる。
ピアノは即興的。たった今、生まれたばかりの曲のように演奏する。これぞ、アルゲリッチの真骨頂。聴き進むうちに、聴き手もどんどん興奮する。「おお、こんな風に弾くのか」とか、「ややっ、ここでこんなに突っ込むか」とか・・・感嘆しきり。
聴き慣れた曲なのに、新鮮なことこの上ない。
テンポが遅くなるところでは、これがまたゾクゾクするほど美しい。
清冽な石清水。生まれたばかりの赤ん坊の肌触り。青年の熱い憧憬と情熱 。・・・・とでも云おうか。
テンポが速くなるところでの、劇的な変化。アルゲリッチには経過句だの助走だのはない。バッサリと曲を斬ってゆく。一気に最高速へ突入してゆく潔さ。ギア・チェンジはローからトップへ一気に行く。凄まじい魂の燃焼。
いやはや、全編聴きどころだが、あえて云えば、第1楽章と第3楽章が面白い。
フォルティシモの美しさと速度の変化、ダイナミズムが、凄まじい表現意欲となって噴出する。スゴイ。絶句。
録音はピアノの音をしっかり捉えた好録音。
オケはやや平板なのが残念ですが、これはシャトレー劇場の音響がイマイチなのかもしれません。ライヴのハンディもありますしね。
アルゲリッチの鬼気迫るピアノは、十全に捉えきっていると思います。
2007/03/05のBlog
[ 03:05 ]
[ 交響曲 ]
昨日の「ロマンティック」に続いて、今日もブルックナーです。
ブルックナーの交響曲第5番変ロ長調。
ベルナルト・ハイティンク指揮ウィーン・フィルの演奏。
1988年3月と12月、ムジークフェラインザールでの録音。フィリップス盤。
第1楽章の冒頭は厳粛な開始。ここを聴くたび、ブルックナーはキリスト教会の人だったと思う。信仰告白のような粛々たる開始であり、オルガン奏者であった作曲者を偲ばせる重層的な響きが素晴らしい。
フォルティシモの爆発はウィーン・フィルらしく輝かしい。
ハイティンクの指揮も、フレージングが深々としていて、ブルックナーにはピッタリ。録音当時の1980年代後半は、ハイティンクがますます円熟して、悠揚迫らぬスケール雄大な指揮をするようになった時期だった。このCDを初めて聴いたとき、ハイティンクが真の巨匠になったことを実感したものだった。
第2楽章は、中世の吟遊詩人が歌うエレジーのような旋律が、ひときわ美しい。
ウィーン・フィルの弦楽セクションがしっとりと濡れたような音色で、味わい深い。シルクタッチの肌触りで、トロッとした響きも最高。フィリップスの録音スタッフの技術の冴えもあるのだろうが、全く美しい。
ここにも、ブルックナーの信仰が聴けるのだが、聴いている打ちにその渦に呑み込まれて、ああ、自分もキリスト教徒になってしまいそうな・・・それほどにウィーン・フィルの響きは感覚に迫ってくる。
第3楽章のスケルツォは豪快に演奏できるところだが、ハイティンクの指揮で聴くと、豪快さより優美さが前面に出てくる。ブルックナーの野人的な雰囲気よりも、穏やかで気品のある風貌が前に出てくる感じ。ハイティンクの表現は、荒々しさよりも、穏和さ・優美さを重視しているようだ。
それを支えているのが、ウィーン・フィルの響きだろうと思う。ここでも、弦の美しさは超絶的。
フィナーレは悠々と流れる大河。仰ぎ見る高峰。感動的な表現になっている。
ウィーン・フィルの響きが素晴らしいので、ここでも厳めしいブルックナーではなく、大人の風格であって、親しみやすく微笑みを絶やさない誠実なブルックナーになっている。
壮大なフォルティシモも腰砕けにならず、オケの力にはまだ余裕がある感じ。
ハイティンクのまとめ方も上手い。実に構成のどっしりしたブルックナーだった。
録音は、いつものフィリップス、万全であります。
ホールトーンが豊かで、楽器の溶け合いも素晴らしく、ホールの上席で聴いている感じ。ムジークフェラインザールには行ったことがありませんが、こんな感じで鳴っているのだろうなと想像されます。
ナマなら、当然もっとエエ音がするんでしょう。一度、行ってみたいもんです。
そんなに気にさせられる優秀録音でした。
全国的に春の嵐。
もの凄い風です。台風なみの暴風。
この風のあと、またポカポカ陽気が戻るんでしょう。
今朝はジョギングはお休み。無理をしないことも大事ですな。
ブルックナーの交響曲第5番変ロ長調。
ベルナルト・ハイティンク指揮ウィーン・フィルの演奏。
1988年3月と12月、ムジークフェラインザールでの録音。フィリップス盤。
第1楽章の冒頭は厳粛な開始。ここを聴くたび、ブルックナーはキリスト教会の人だったと思う。信仰告白のような粛々たる開始であり、オルガン奏者であった作曲者を偲ばせる重層的な響きが素晴らしい。
フォルティシモの爆発はウィーン・フィルらしく輝かしい。
ハイティンクの指揮も、フレージングが深々としていて、ブルックナーにはピッタリ。録音当時の1980年代後半は、ハイティンクがますます円熟して、悠揚迫らぬスケール雄大な指揮をするようになった時期だった。このCDを初めて聴いたとき、ハイティンクが真の巨匠になったことを実感したものだった。
第2楽章は、中世の吟遊詩人が歌うエレジーのような旋律が、ひときわ美しい。
ウィーン・フィルの弦楽セクションがしっとりと濡れたような音色で、味わい深い。シルクタッチの肌触りで、トロッとした響きも最高。フィリップスの録音スタッフの技術の冴えもあるのだろうが、全く美しい。
ここにも、ブルックナーの信仰が聴けるのだが、聴いている打ちにその渦に呑み込まれて、ああ、自分もキリスト教徒になってしまいそうな・・・それほどにウィーン・フィルの響きは感覚に迫ってくる。
第3楽章のスケルツォは豪快に演奏できるところだが、ハイティンクの指揮で聴くと、豪快さより優美さが前面に出てくる。ブルックナーの野人的な雰囲気よりも、穏やかで気品のある風貌が前に出てくる感じ。ハイティンクの表現は、荒々しさよりも、穏和さ・優美さを重視しているようだ。
それを支えているのが、ウィーン・フィルの響きだろうと思う。ここでも、弦の美しさは超絶的。
フィナーレは悠々と流れる大河。仰ぎ見る高峰。感動的な表現になっている。
ウィーン・フィルの響きが素晴らしいので、ここでも厳めしいブルックナーではなく、大人の風格であって、親しみやすく微笑みを絶やさない誠実なブルックナーになっている。
壮大なフォルティシモも腰砕けにならず、オケの力にはまだ余裕がある感じ。
ハイティンクのまとめ方も上手い。実に構成のどっしりしたブルックナーだった。
録音は、いつものフィリップス、万全であります。
ホールトーンが豊かで、楽器の溶け合いも素晴らしく、ホールの上席で聴いている感じ。ムジークフェラインザールには行ったことがありませんが、こんな感じで鳴っているのだろうなと想像されます。
ナマなら、当然もっとエエ音がするんでしょう。一度、行ってみたいもんです。
そんなに気にさせられる優秀録音でした。
全国的に春の嵐。
もの凄い風です。台風なみの暴風。
この風のあと、またポカポカ陽気が戻るんでしょう。
今朝はジョギングはお休み。無理をしないことも大事ですな。
2007/03/04のBlog
[ 04:33 ]
[ 交響曲 ]
今日は休日出勤でした。
今月いっぱいは、どうにもこうにもならんくらい、忙しいでしょう。でも、午後4時には帰宅して、春の柔らかい陽射しを窓辺に楽しみつつクラシック音楽三昧であります。
これが楽しい。嬉しい。幸福を感じるときであります。
こういう時には、大好きな「ロマンティック」を聴きましょう。
で・・・・。
ブルックナーの交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」。
オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管の演奏。
1963年9月、ロンドンのキングズウェイホールでの録音。EMI盤。楽譜はノヴァーク版。
金管楽器が咆吼しまくり、壮大に鳴りまくる「ロマンティック」。聴き終えた後、胸がすっとする。
第1楽章は、クレンペラーにしてはかなり速めのテンポで、グイグイ進んでゆく。表情づけはあまりなく、素っ気ないくらい。ヴァイオリンの両翼配置が効果的で、掛け合いは面白いし、左右への広がり感がなかなかイイ。
木管などもサッパリした響きで、味わいは淡泊な印象を受けるが、技巧は万全。
スゴイのは金管。バリバリ鳴るのが心地よい。
第2楽章は着実な歩み。ホルンがやや明るめの音色、オーボエは逆にツンと澄まして寂寥感漂う音色。対比が面白い。弱音器つきの弦楽セクションが透明感のある響き。やや硬質なところもあるが、それがまた侘びしさを引き出している。名演と思う。
第3楽章になると、金管がさらに吼えまくる。全体的にギンギン鳴っているし、特にトランペットなど凄まじい響かせ方。バランス感はイマイチかな。アンサンブルもあまり揃っていないようだけれども、面白いことこの上なし。
トリオは一転、懐かしさを帯びた木管の音色が、涼やかな風のような感触で実にイイ音。絡んでくるヴァイオリン群も絶品。
この静けさと、金管の咆吼との対照が、何とも楽しい演奏。
終楽章はさらに劇的な表現。即興的というか、好き放題というか、緩急自在にクレンペラーは進めてゆく。フィルハーモニア管も好演、バリバリ鳴る金管は爽快で気持ちよい。ちょっとやり過ぎかなと思わないでもないが。
テンポが遅くなる穏やかな曲想では、優美きわまりない表現で、ウットリするほど。この終楽章は、他の演奏では得られない感動がある。
1963年の録音なので、もう40年以上になるのに、音そのものは実に素晴らしいですな。
EMI録音にしては、実にイイ・・・・・というより、この時期の方が、EMIはイイ音を遺してくれていると思います。
解像度はさほど高くはないんですが、アナログ特有の暖かい音で、耳あたりがとても良く、ホールトーンもよく拾っております。
今月いっぱいは、どうにもこうにもならんくらい、忙しいでしょう。でも、午後4時には帰宅して、春の柔らかい陽射しを窓辺に楽しみつつクラシック音楽三昧であります。
これが楽しい。嬉しい。幸福を感じるときであります。
こういう時には、大好きな「ロマンティック」を聴きましょう。
で・・・・。
ブルックナーの交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」。
オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管の演奏。
1963年9月、ロンドンのキングズウェイホールでの録音。EMI盤。楽譜はノヴァーク版。
金管楽器が咆吼しまくり、壮大に鳴りまくる「ロマンティック」。聴き終えた後、胸がすっとする。
第1楽章は、クレンペラーにしてはかなり速めのテンポで、グイグイ進んでゆく。表情づけはあまりなく、素っ気ないくらい。ヴァイオリンの両翼配置が効果的で、掛け合いは面白いし、左右への広がり感がなかなかイイ。
木管などもサッパリした響きで、味わいは淡泊な印象を受けるが、技巧は万全。
スゴイのは金管。バリバリ鳴るのが心地よい。
第2楽章は着実な歩み。ホルンがやや明るめの音色、オーボエは逆にツンと澄まして寂寥感漂う音色。対比が面白い。弱音器つきの弦楽セクションが透明感のある響き。やや硬質なところもあるが、それがまた侘びしさを引き出している。名演と思う。
第3楽章になると、金管がさらに吼えまくる。全体的にギンギン鳴っているし、特にトランペットなど凄まじい響かせ方。バランス感はイマイチかな。アンサンブルもあまり揃っていないようだけれども、面白いことこの上なし。
トリオは一転、懐かしさを帯びた木管の音色が、涼やかな風のような感触で実にイイ音。絡んでくるヴァイオリン群も絶品。
この静けさと、金管の咆吼との対照が、何とも楽しい演奏。
終楽章はさらに劇的な表現。即興的というか、好き放題というか、緩急自在にクレンペラーは進めてゆく。フィルハーモニア管も好演、バリバリ鳴る金管は爽快で気持ちよい。ちょっとやり過ぎかなと思わないでもないが。
テンポが遅くなる穏やかな曲想では、優美きわまりない表現で、ウットリするほど。この終楽章は、他の演奏では得られない感動がある。
1963年の録音なので、もう40年以上になるのに、音そのものは実に素晴らしいですな。
EMI録音にしては、実にイイ・・・・・というより、この時期の方が、EMIはイイ音を遺してくれていると思います。
解像度はさほど高くはないんですが、アナログ特有の暖かい音で、耳あたりがとても良く、ホールトーンもよく拾っております。
2007/03/03のBlog
[ 04:01 ]
[ 室内楽曲 ]
今日は渋い曲です。
時に、室内楽をモゾモゾ聴くのもエエもんです。
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第15番 イ短調 作品132。
アマデウス弦楽四重奏団の演奏。
1962年4月、西ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。DG盤。
ベートーヴェン後期の弦楽四重奏曲は、とっつきにくい。しかし、じっくり聴いていると、人生の深淵を垣間見るような不思議な気分になる。
この作品132もそう。
第1楽章のアッサイ・ソステヌートの厳粛な開始。襟を正して聴かざるを得ない気分。ただ、アマデウスSQの演奏は、穏やかな表情で始まり、旋律線を柔らかく歌わせてゆくのがイイ。
第2楽章はアレグロ・マ・ノン・タント。スケルツォ楽章にあたるものだろう。アンサンブルは緊密だが、それが厳しさ・いかめしさにならず、独特の柔らかさや微笑みのような表情になっているのがアマデウスの良さだろうと思う。
そして、第3楽章のモルト・アダージョ。
約15分かかるこの曲の核心。「病癒えたものの神に対する聖なる感謝の歌」とベートーヴェンも書いている、まさに言葉通りの演奏。
アマデウスSQの演奏は、しなやかに旋律を歌わせ、甘美な音色(これが往時のウィーン・スタイルか)で、この緩徐楽章の魅力を余すところなく引き出してゆく。
2つのヴァイオリンが息長く旋律を歌っていく。そのフレージングがとても自然で深々としている。ヴィオラもチェロも呼吸が見事に合っている。聴いていて目頭が熱くなってくる。
ああ、ベートーヴェン晩年の境地は、こんなに澄んだ心を歌っている。神への畏敬というか、偉大なるものへの帰依というか。心の奥底で深い感動が広がる演奏。
第4楽章のアラ・マルチア・アッサイ・ヴィヴァーチェは経過句。これを過ぎると感動的なフィナーレ、アレグロ・アッパシオナート。
アマデウスの柔和な表現がここでも美しい。よく歌う旋律はここでも変わらないが、曲想もあって、音楽の表情は、一層雄渾なものになっている。
最後のプレストは見事な締めくくり。
アマデウスSQは、1948年にロンドンで結成されたイギリスの団体。メンバーは3人がウィーン出身、チェロのマーティン・ロヴェットが英国出身。結成当時からのメンバーで活躍し続けたのだが、ヴィオラのピーター・シドロフが1987年に急逝し、惜しくも解散となった名クワルテットだった。
これアマデウスSQによるベートーヴェン弦楽四重奏曲全集からの1枚。
録音はさすがに古びてきました。
惜しいかな、弦がザラつくところもあります。
教会録音の余韻が美しいだけに、う~ん・・・・ちょいと惜しいですな。
時に、室内楽をモゾモゾ聴くのもエエもんです。
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第15番 イ短調 作品132。
アマデウス弦楽四重奏団の演奏。
1962年4月、西ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。DG盤。
ベートーヴェン後期の弦楽四重奏曲は、とっつきにくい。しかし、じっくり聴いていると、人生の深淵を垣間見るような不思議な気分になる。
この作品132もそう。
第1楽章のアッサイ・ソステヌートの厳粛な開始。襟を正して聴かざるを得ない気分。ただ、アマデウスSQの演奏は、穏やかな表情で始まり、旋律線を柔らかく歌わせてゆくのがイイ。
第2楽章はアレグロ・マ・ノン・タント。スケルツォ楽章にあたるものだろう。アンサンブルは緊密だが、それが厳しさ・いかめしさにならず、独特の柔らかさや微笑みのような表情になっているのがアマデウスの良さだろうと思う。
そして、第3楽章のモルト・アダージョ。
約15分かかるこの曲の核心。「病癒えたものの神に対する聖なる感謝の歌」とベートーヴェンも書いている、まさに言葉通りの演奏。
アマデウスSQの演奏は、しなやかに旋律を歌わせ、甘美な音色(これが往時のウィーン・スタイルか)で、この緩徐楽章の魅力を余すところなく引き出してゆく。
2つのヴァイオリンが息長く旋律を歌っていく。そのフレージングがとても自然で深々としている。ヴィオラもチェロも呼吸が見事に合っている。聴いていて目頭が熱くなってくる。
ああ、ベートーヴェン晩年の境地は、こんなに澄んだ心を歌っている。神への畏敬というか、偉大なるものへの帰依というか。心の奥底で深い感動が広がる演奏。
第4楽章のアラ・マルチア・アッサイ・ヴィヴァーチェは経過句。これを過ぎると感動的なフィナーレ、アレグロ・アッパシオナート。
アマデウスの柔和な表現がここでも美しい。よく歌う旋律はここでも変わらないが、曲想もあって、音楽の表情は、一層雄渾なものになっている。
最後のプレストは見事な締めくくり。
アマデウスSQは、1948年にロンドンで結成されたイギリスの団体。メンバーは3人がウィーン出身、チェロのマーティン・ロヴェットが英国出身。結成当時からのメンバーで活躍し続けたのだが、ヴィオラのピーター・シドロフが1987年に急逝し、惜しくも解散となった名クワルテットだった。
これアマデウスSQによるベートーヴェン弦楽四重奏曲全集からの1枚。
録音はさすがに古びてきました。
惜しいかな、弦がザラつくところもあります。
教会録音の余韻が美しいだけに、う~ん・・・・ちょいと惜しいですな。
2007/03/02のBlog
[ 04:35 ]
[ 協奏曲 ]
高校の卒業式は、雲一つない見事な快晴。
爛漫の春でありました。青春の旅立ちでありました。
また新しく若者の季節が始まりました。
そこで、今日はベートーヴェンの青春のコンチェルトを。
明るく若々しく、瑞々しい精気に濡れた、素敵なピアノ協奏曲であります。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番 ハ長調 作品15。
ペーター・レーゼルのピアノ独奏、クラウス・ペーター・フロール指揮ベルリン交響楽団の演奏。
1991年、東ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。
ドイツ・シャルプラッテンの録音のせいか、ピアノもオーケストラもしっとりと落ち着いた響きで捉えられている。よく云う「いぶし銀」の響き。このレーベルの音は、派手ではないが、渋く落ち着いて聴けるのが良い。聴き疲れもしないので、自然な録音と云うべきなのかもしれない。
聴きやすいといっても、ムード音楽のような、エコーの利いた安直さではなく、また、これ見よがしの(聴きよがしというべきなのかな?)ところがなく、勤勉で実直、温厚篤実な録音であり、また演奏もそういう感じで好ましい。
レーゼルのピアノは、豊麗で柔らかく、しかも適度の湿気がある心地よさ。そして、残響も夢見るように美しい。教会録音の特徴だと思うが、例えば、第1楽章のカデンツァなどホンマに綺麗。第2楽章冒頭のソロなども、ハッとするほど美しい。ニュアンス一杯で、特に響きの余韻がたまらない。
フロール指揮するベルリン響も真剣な演奏ぶり。
この楽団は、ザンデルリンクが振ったチャイコフスキーの後期交響曲集(DENON)やシベリウス(独シャルプラッテン)、ブラームス(カプリッチョ)などの交響曲全集でおなじみなのだが、フロールが振ると、やや響きが明るい感じ。ザンデルリンクの重厚さに比べると、爽快、軽快と云っても良いだろう。
このピアノ協奏曲第1番ハ長調は、ベートーヴェンの初期作品だから、その古典的な佇まいには、ベルリン響の演奏はふさわしい響きと思えるし、。ハイドンやモーツァルトに通じる、こういうしなやかで軽やかな響きで聴きたいと思う。
第3楽章は聴きごたえあり。
レーゼルの弾むようなピアノに、ベルリン響のストリングスが柔らかく絡んでくるところなど絶品。その肌触りは、木綿の素朴な質感。自然の感触。シルクタッチではないのだが、実直で滋味あふれる響きが何とも好ましい。
録音は1990年代デジタルだが、アナログっぽい柔らかさがイイ。
解像度が低いのかな、フワッとした感触は好みであります。
ドイツ・シャルプラッテンの音らしい録音です。
爛漫の春でありました。青春の旅立ちでありました。
また新しく若者の季節が始まりました。
そこで、今日はベートーヴェンの青春のコンチェルトを。
明るく若々しく、瑞々しい精気に濡れた、素敵なピアノ協奏曲であります。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番 ハ長調 作品15。
ペーター・レーゼルのピアノ独奏、クラウス・ペーター・フロール指揮ベルリン交響楽団の演奏。
1991年、東ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。
ドイツ・シャルプラッテンの録音のせいか、ピアノもオーケストラもしっとりと落ち着いた響きで捉えられている。よく云う「いぶし銀」の響き。このレーベルの音は、派手ではないが、渋く落ち着いて聴けるのが良い。聴き疲れもしないので、自然な録音と云うべきなのかもしれない。
聴きやすいといっても、ムード音楽のような、エコーの利いた安直さではなく、また、これ見よがしの(聴きよがしというべきなのかな?)ところがなく、勤勉で実直、温厚篤実な録音であり、また演奏もそういう感じで好ましい。
レーゼルのピアノは、豊麗で柔らかく、しかも適度の湿気がある心地よさ。そして、残響も夢見るように美しい。教会録音の特徴だと思うが、例えば、第1楽章のカデンツァなどホンマに綺麗。第2楽章冒頭のソロなども、ハッとするほど美しい。ニュアンス一杯で、特に響きの余韻がたまらない。
フロール指揮するベルリン響も真剣な演奏ぶり。
この楽団は、ザンデルリンクが振ったチャイコフスキーの後期交響曲集(DENON)やシベリウス(独シャルプラッテン)、ブラームス(カプリッチョ)などの交響曲全集でおなじみなのだが、フロールが振ると、やや響きが明るい感じ。ザンデルリンクの重厚さに比べると、爽快、軽快と云っても良いだろう。
このピアノ協奏曲第1番ハ長調は、ベートーヴェンの初期作品だから、その古典的な佇まいには、ベルリン響の演奏はふさわしい響きと思えるし、。ハイドンやモーツァルトに通じる、こういうしなやかで軽やかな響きで聴きたいと思う。
第3楽章は聴きごたえあり。
レーゼルの弾むようなピアノに、ベルリン響のストリングスが柔らかく絡んでくるところなど絶品。その肌触りは、木綿の素朴な質感。自然の感触。シルクタッチではないのだが、実直で滋味あふれる響きが何とも好ましい。
録音は1990年代デジタルだが、アナログっぽい柔らかさがイイ。
解像度が低いのかな、フワッとした感触は好みであります。
ドイツ・シャルプラッテンの音らしい録音です。
2007/03/01のBlog
[ 05:21 ]
[ 器楽曲 ]
今日はショパンを聴いてます。
「24の前奏曲」 作品28。
ニキタ・マガロフのピアノ独奏。
1991年4月、江戸川区民総合センターでの録音。DENONのクレスト1000シリーズの廉価盤。
マガロフ79歳。死の前年の録音。ピアノはスタインウェイ。
明瞭で柔らかいタッチ。感情の起伏は大きいが、それに流されない構成力。老巨匠マガロフの穏やかな表情そのままのショパン。
DENONの優秀録音で、スタインウェイが大変美しく捉えられている。
カツンというタッチが、緩やかにホール全体に溶けてゆくのが「見える」ような録音。聞こえるというより、見える感じ。
音の余韻が得も言われぬ穏やかな表情を生んでゆく。心安まるショパン。味わい深く、しみじみ感動がこみ上げてくるショパン。
驚かせたり、ドキッとさせたりするショパンではなく、淡々としているショパン。
マガロフが永年親しんで、研鑽を積んできたのであろうショパンの小曲が、サラッと目の前に現れるだけなのだが、これが何とも清らかで美しい。
蒸留水のような澄み方ではなく、色々なものが混じっている感じ(ミネラルもおそらく不純物も)、だから自然な水の味わい。
すべて達観したようなピアノと云うべきか。
僕もこのように美しく淡々と年を取りたいものだと、つくづく思う。
特によいのは第13番のレント。15番雨だれ、17番のアレグレット。
4番のラルゴや9番、20番のラルゴもイイ。
技巧的な衰えもあるのだろうが、概して遅い曲の方がジンとくる。
自然なフレージングもイイし、あまりルバートを用いないところも良い。
DENONの録音はとにかく素晴らしい。
生演奏を彷彿とさせる臨場感。夢見るような余韻。これは日本のレーベルの誇りであります。(今は・・・・・・過去形にすべきでしょうか)
さて、今日3月1日は愛媛県の県立高校の卒業式。
次男が卒業です。3カ年皆勤だったと自慢しておりました。
そかそか、オマエは風邪も引けんのかい・・・・と云うとニヤリとしておりました。
「24の前奏曲」 作品28。
ニキタ・マガロフのピアノ独奏。
1991年4月、江戸川区民総合センターでの録音。DENONのクレスト1000シリーズの廉価盤。
マガロフ79歳。死の前年の録音。ピアノはスタインウェイ。
明瞭で柔らかいタッチ。感情の起伏は大きいが、それに流されない構成力。老巨匠マガロフの穏やかな表情そのままのショパン。
DENONの優秀録音で、スタインウェイが大変美しく捉えられている。
カツンというタッチが、緩やかにホール全体に溶けてゆくのが「見える」ような録音。聞こえるというより、見える感じ。
音の余韻が得も言われぬ穏やかな表情を生んでゆく。心安まるショパン。味わい深く、しみじみ感動がこみ上げてくるショパン。
驚かせたり、ドキッとさせたりするショパンではなく、淡々としているショパン。
マガロフが永年親しんで、研鑽を積んできたのであろうショパンの小曲が、サラッと目の前に現れるだけなのだが、これが何とも清らかで美しい。
蒸留水のような澄み方ではなく、色々なものが混じっている感じ(ミネラルもおそらく不純物も)、だから自然な水の味わい。
すべて達観したようなピアノと云うべきか。
僕もこのように美しく淡々と年を取りたいものだと、つくづく思う。
特によいのは第13番のレント。15番雨だれ、17番のアレグレット。
4番のラルゴや9番、20番のラルゴもイイ。
技巧的な衰えもあるのだろうが、概して遅い曲の方がジンとくる。
自然なフレージングもイイし、あまりルバートを用いないところも良い。
DENONの録音はとにかく素晴らしい。
生演奏を彷彿とさせる臨場感。夢見るような余韻。これは日本のレーベルの誇りであります。(今は・・・・・・過去形にすべきでしょうか)
さて、今日3月1日は愛媛県の県立高校の卒業式。
次男が卒業です。3カ年皆勤だったと自慢しておりました。
そかそか、オマエは風邪も引けんのかい・・・・と云うとニヤリとしておりました。
2007/02/28のBlog
[ 05:14 ]
[ 交響曲 ]
黄昏時から大雨、突風そして雷。
春雷だったのかな?・・・そういえば、気温も少し上がったような・・・。
もうすぐ啓蟄。虫たちも雷に驚いて、冬眠から醒めるでしょう。
さて、今日はブルックナーの交響曲第7番ホ長調。
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏
1980年6月~7月、ドレスデンのルカ教会での録音。DENON盤。
自然な息づかいで滔々と流れるブルックナー。
素朴な自然人ブルックナーの音楽を、煽らず、華美に奔らず、着実に表現してゆく。
ドレスデン・シュターツカペレのアンサンブルが見事で、サウンドは鮮烈で透明感がある。ルカ教会の音響も最高級の美しさ。個々の楽器もほどよくブレンドされていて、響きが柔らかく肌触りが良い。聴いていて実に心地よい。
フォルティシモが暖かく柔らかく、まろやかなのもこの楽団の特徴だろう。金属的、刺激的なシャリシャリ音が出てこない。輝かしいのに、フワッとした感触がいつまでも耳に残る感じ。そして、高音部が爽やかに抜けてゆく。ルカ教会の高い天井をさらに突き抜けるような爽快感、透明感。
ちょうど、青く澄んだ湖水に森が映りこんでいるジャケット写真のように、清澄な音がどこまでも続いてゆく。
これだけ素晴らしいオーケストラを従えて、あとは、ブルックナーの楽譜(ハース版)に任せて、ブロムシュテットが棒を振れば、もう十分な名演。
自然なアーティキュレーション、深々としたフレージングも、実に気分が良い。さすがブロムシュテット、見事なブルックナーだと思う。
第1楽章の終盤で、音楽が静かに沈み込んでゆくところの、柔らかい光が差し込んでくるような表現。宗教的な敬虔さを感じさせる素晴らしい表現。
第2楽章は神々しいばかりの美しさ。奇をてらわず、真摯に演奏すると、ブルックナーの音楽には後光が差してくる。優雅なアダージョだが、底を流れる感情は雄渾なもの。
第3楽章は力強いスケルツォ。金管の強奏などは実に剛毅であって逞しい。自然体の力強さ。
フィナーレも迫力十分で、見事な締めくくり。アンサンブルが精緻で、ブロムシュテットの棒に敏感に反応するオケが素晴らしい。ラストは大聖堂の建造物を仰ぐような壮大さ。感動的な演奏だと思う。
今も本当に素晴らしい録音。
DENONは日本の誇りであります(ありました・・・か)
春雷だったのかな?・・・そういえば、気温も少し上がったような・・・。
もうすぐ啓蟄。虫たちも雷に驚いて、冬眠から醒めるでしょう。
さて、今日はブルックナーの交響曲第7番ホ長調。
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏
1980年6月~7月、ドレスデンのルカ教会での録音。DENON盤。
自然な息づかいで滔々と流れるブルックナー。
素朴な自然人ブルックナーの音楽を、煽らず、華美に奔らず、着実に表現してゆく。
ドレスデン・シュターツカペレのアンサンブルが見事で、サウンドは鮮烈で透明感がある。ルカ教会の音響も最高級の美しさ。個々の楽器もほどよくブレンドされていて、響きが柔らかく肌触りが良い。聴いていて実に心地よい。
フォルティシモが暖かく柔らかく、まろやかなのもこの楽団の特徴だろう。金属的、刺激的なシャリシャリ音が出てこない。輝かしいのに、フワッとした感触がいつまでも耳に残る感じ。そして、高音部が爽やかに抜けてゆく。ルカ教会の高い天井をさらに突き抜けるような爽快感、透明感。
ちょうど、青く澄んだ湖水に森が映りこんでいるジャケット写真のように、清澄な音がどこまでも続いてゆく。
これだけ素晴らしいオーケストラを従えて、あとは、ブルックナーの楽譜(ハース版)に任せて、ブロムシュテットが棒を振れば、もう十分な名演。
自然なアーティキュレーション、深々としたフレージングも、実に気分が良い。さすがブロムシュテット、見事なブルックナーだと思う。
第1楽章の終盤で、音楽が静かに沈み込んでゆくところの、柔らかい光が差し込んでくるような表現。宗教的な敬虔さを感じさせる素晴らしい表現。
第2楽章は神々しいばかりの美しさ。奇をてらわず、真摯に演奏すると、ブルックナーの音楽には後光が差してくる。優雅なアダージョだが、底を流れる感情は雄渾なもの。
第3楽章は力強いスケルツォ。金管の強奏などは実に剛毅であって逞しい。自然体の力強さ。
フィナーレも迫力十分で、見事な締めくくり。アンサンブルが精緻で、ブロムシュテットの棒に敏感に反応するオケが素晴らしい。ラストは大聖堂の建造物を仰ぐような壮大さ。感動的な演奏だと思う。
今も本当に素晴らしい録音。
DENONは日本の誇りであります(ありました・・・か)
2007/02/27のBlog
[ 05:13 ]
[ 交響曲 ]
今日はコンセルトヘボウ管のハイドンを。演奏も良いんですが、音がイイので引き込まれます。
ハイドンの交響曲第93番ニ長調 Hob.I-93。
コリン・デイヴィス指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1981年1月、コンセルトヘボウでの録音。フィリップス原盤。
デジタル初期の録音だが、デジタル臭くない。
デジタル録音は、当初は響きが硬い・高音がキツイ・広がりがない・・・・などと一般的に云われたが(要はマスタリングやDACの問題だったようだが)、フィリップスはアナログ時代の音とあまり変わらず、柔らかく温かみのある音を続けていた。当録音も、その一つといえると思う。
コンセルトヘボウ管の音としか云いようのない、聴き手を柔らかく包み込むようなサウンド。響きはほの暗いのだが、頬を撫でてゆくような優しさがある。そして、ホールトーンが最高に美しい。この音響は、コンセルトヘボウ管の最大の強みだろう。
デイヴィスの指揮は清新で溌剌。リズムはよく弾むし、実に軽快。ただ、室内オケのような機能性重視ではなく、こぢんまりとまとまらせるようなこともなく、あくまで大らかでふっくらとした響きを追求してゆく感じ。
そして、堅実で端正、男性的な強さもあるし、知的な紳士風の演奏でもある。
20分あまりの短い交響曲だが、内容は充実。ニックネームが付いたハイドンの他の交響曲に負けない魅力を持っている。
特に第2楽章の多彩な響きが良い。ラルゴ・カンタービレの変奏曲だが、ピアニシモの美しさ、音が消えてゆくときの美しさは格別。コンセルトヘボウの残響が効果的。
短いフレーズだが、個々の楽器のソロがまた大変美しく、また楽しい。弦楽セクションも、、練り絹のようなしっとりとした、湿気を含んだような柔らかさが全く綺麗で、何とも云えない味わい。
響き全体も、木質の自然な肌触りというべきか、この良質な響きの前では、聴いていて心の中まで洗われるような気がする。
今はCD2枚組2セットで廉価盤化されてます。
フィリップスのDUOシリーズ。
LP時代の音そのままの、柔らかいエエ音してます。
長男がようやく帰省し、久しぶりに家族全員が揃いました。
次男坊の大学受験もほぼ終わり。あとは住む場所が東京か大阪か。
これから、卒業式やら、引っ越しやら、春に向けての準備が始まります。
四国は土日の寒さが終わって、また春の陽気になってます。
ハイドンの交響曲第93番ニ長調 Hob.I-93。
コリン・デイヴィス指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1981年1月、コンセルトヘボウでの録音。フィリップス原盤。
デジタル初期の録音だが、デジタル臭くない。
デジタル録音は、当初は響きが硬い・高音がキツイ・広がりがない・・・・などと一般的に云われたが(要はマスタリングやDACの問題だったようだが)、フィリップスはアナログ時代の音とあまり変わらず、柔らかく温かみのある音を続けていた。当録音も、その一つといえると思う。
コンセルトヘボウ管の音としか云いようのない、聴き手を柔らかく包み込むようなサウンド。響きはほの暗いのだが、頬を撫でてゆくような優しさがある。そして、ホールトーンが最高に美しい。この音響は、コンセルトヘボウ管の最大の強みだろう。
デイヴィスの指揮は清新で溌剌。リズムはよく弾むし、実に軽快。ただ、室内オケのような機能性重視ではなく、こぢんまりとまとまらせるようなこともなく、あくまで大らかでふっくらとした響きを追求してゆく感じ。
そして、堅実で端正、男性的な強さもあるし、知的な紳士風の演奏でもある。
20分あまりの短い交響曲だが、内容は充実。ニックネームが付いたハイドンの他の交響曲に負けない魅力を持っている。
特に第2楽章の多彩な響きが良い。ラルゴ・カンタービレの変奏曲だが、ピアニシモの美しさ、音が消えてゆくときの美しさは格別。コンセルトヘボウの残響が効果的。
短いフレーズだが、個々の楽器のソロがまた大変美しく、また楽しい。弦楽セクションも、、練り絹のようなしっとりとした、湿気を含んだような柔らかさが全く綺麗で、何とも云えない味わい。
響き全体も、木質の自然な肌触りというべきか、この良質な響きの前では、聴いていて心の中まで洗われるような気がする。
今はCD2枚組2セットで廉価盤化されてます。
フィリップスのDUOシリーズ。
LP時代の音そのままの、柔らかいエエ音してます。
長男がようやく帰省し、久しぶりに家族全員が揃いました。
次男坊の大学受験もほぼ終わり。あとは住む場所が東京か大阪か。
これから、卒業式やら、引っ越しやら、春に向けての準備が始まります。
四国は土日の寒さが終わって、また春の陽気になってます。
2007/02/26のBlog
[ 05:15 ]
[ 交響曲 ]
シューベルトの「未完成」は、このごろは「第7番」だそうです。
でも、ボクにとっては、未完成は8番で、グレートは9番。
当分、これで行きます。
シューベルト交響曲第8番ロ短調「未完成」。
カール・ベーム指揮ベルリン・フィルの演奏。
1966年2月、西ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。DG盤。
第1楽章は大変ゆったりと進む。遅い、非常に遅い。じっくりと歩みを進める未完成交響曲。いやはや、鈍足ベームの面目躍如だなぁ。
今の耳で聴くととてもロマンティックな解釈だが、フレージングやアーティキュレーションは自然で、実に格調高い。弦楽セクションを前面に押し出して、バランスよく管楽器が配される響き。構成がガッチリしていて堅牢なのは、いかにもベームの指揮という感じがする。きちんと小さなフレーズを積み上げていって、全体像を作り上げてゆく職人芸の味わいもある。素晴らしいのは、その積み上げの作業の際に、ベームには作品の完成像が見えていて、ひたすらその理想を目指してオケに演奏させてゆく真剣さ・謹厳さだろう。
その点では押しも押されもせぬ堂々とした演奏といえると思う。
第2楽章も腰がすわったシューベルト。
重厚そのもの。軽さなどは微塵もない。
スケールも大きいが、小さなフレーズを積み上げる姿勢は第1楽章と全く変わらない。もっと歌っても良いかなと思うのだが、ベームはそういうところでも構成・形態を重んじている感じ。
そんな気持ちで聴いていると、この演奏はどんどん内省的な姿になる。
スケールは大きく、まさに名曲の威容を誇るのだが、どんどん心の中に沈潜してゆくような趣きもある。
終わってみれば、心にしみじみとした感動が残っている。
ベルリン・フィルの合奏力は極上のもの。弦も管も巧い。
特にこの交響曲では、ベルリン・フィルの木管プレーヤーの妙技が楽しめる。決してアクロバティックではないのだが、木管群は巧い。確実性が高いと云うか、打席に立てば常に安打を放つというか・・・・・ホンマに巧い。
これで、もう少し音色の変化、鮮やかさがあればエエのに(例えばVPOのように)・・・と思うのは欲張りですか。
録音はさすがに古びてきました。この時期のDGらしい、マルチ・モノだと思うのだが、ややペタッとした感じの音。奥行き・残響が少々不足しているかな。
演奏が素晴らしいだけに、ちょいと惜しい感じであります。
でも、ボクにとっては、未完成は8番で、グレートは9番。
当分、これで行きます。
シューベルト交響曲第8番ロ短調「未完成」。
カール・ベーム指揮ベルリン・フィルの演奏。
1966年2月、西ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。DG盤。
第1楽章は大変ゆったりと進む。遅い、非常に遅い。じっくりと歩みを進める未完成交響曲。いやはや、鈍足ベームの面目躍如だなぁ。
今の耳で聴くととてもロマンティックな解釈だが、フレージングやアーティキュレーションは自然で、実に格調高い。弦楽セクションを前面に押し出して、バランスよく管楽器が配される響き。構成がガッチリしていて堅牢なのは、いかにもベームの指揮という感じがする。きちんと小さなフレーズを積み上げていって、全体像を作り上げてゆく職人芸の味わいもある。素晴らしいのは、その積み上げの作業の際に、ベームには作品の完成像が見えていて、ひたすらその理想を目指してオケに演奏させてゆく真剣さ・謹厳さだろう。
その点では押しも押されもせぬ堂々とした演奏といえると思う。
第2楽章も腰がすわったシューベルト。
重厚そのもの。軽さなどは微塵もない。
スケールも大きいが、小さなフレーズを積み上げる姿勢は第1楽章と全く変わらない。もっと歌っても良いかなと思うのだが、ベームはそういうところでも構成・形態を重んじている感じ。
そんな気持ちで聴いていると、この演奏はどんどん内省的な姿になる。
スケールは大きく、まさに名曲の威容を誇るのだが、どんどん心の中に沈潜してゆくような趣きもある。
終わってみれば、心にしみじみとした感動が残っている。
ベルリン・フィルの合奏力は極上のもの。弦も管も巧い。
特にこの交響曲では、ベルリン・フィルの木管プレーヤーの妙技が楽しめる。決してアクロバティックではないのだが、木管群は巧い。確実性が高いと云うか、打席に立てば常に安打を放つというか・・・・・ホンマに巧い。
これで、もう少し音色の変化、鮮やかさがあればエエのに(例えばVPOのように)・・・と思うのは欲張りですか。
録音はさすがに古びてきました。この時期のDGらしい、マルチ・モノだと思うのだが、ややペタッとした感じの音。奥行き・残響が少々不足しているかな。
演奏が素晴らしいだけに、ちょいと惜しい感じであります。
2007/02/25のBlog
[ 04:26 ]
[ 交響曲 ]
冷たい風の休日。冬が戻りました。
そこで、チャイコフスキーを聴こうと棚を眺めながら、懐かしいLPを取り出しました。
今日はレコードです。
チャイコフスキーの交響曲第4番ヘ短調 作品36。
ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1978年12月、コンセルトヘボウでの録音。フィリップス原盤のLP全集から。
これは、「マンフレッド交響曲」を含む7枚組だった。
アムステルダム・コンセルトヘボウ管の、やや暗く、しっとりとした響きがこの曲に似合うと思うのだが、どうだろう。
金管の雄叫びが目立つ曲なので、かえって、こんな渋めの響き、クセのない演奏の方が聴いていて落ち着く感じがする。
ハイティンクの解釈は中庸中道路線と云うべきか。激することはなく、テンポも速すぎず遅すぎず、楽器のバランスも何かが突出することもなく、実にちょうどよい。
もともとこの曲は激情的な曲想を持つし、金管や木管など、その気になればスタンドプレーができる曲だと思うのだが、この演奏は、全くそういうところがない。実に、何の変哲もなく、だから、「目立たない」。聴きようによっては「面白くない」
フィリップスの録音が良いからだろうが、楽器のが心地よくブレンドされていて、耳当たりがまたイイ。刺激音が殆どないと云っていい。
演奏は背筋が伸びて品良く端正。ロシア臭が殆どなく、西欧的、汎世界的なチャイコフスキーだと思う。
第1楽章はさすがに壮大。金管がほれぼれする鳴り渡るが、トランペットもホルンも分をわきまえている感じで、オケの中に綺麗に収まっている。弦楽セクションもハイティンクの棒に柔軟に反応して、正攻法の演奏。
第2楽章はオーボエの暗いメロディが泣かせる。
弦も管もほの暗い響き。長調に転調していくところでも、その哀愁は変わらない。これはロシアというより、ヨーロッパ的な哀感かな。寒さはあまりない。
第3楽章でもピチカートに絡むオーボエやフルートが良い。「ワインを飲んだときのほろ酔いの気分」は作曲者の言葉だが、楽章最後では実にユーモラス。
終楽章はカタルシスの音楽。爆発大噴火、暴風雨。しかし、ACOはその下品な叫喚の一歩前でグッと踏みとどまって、端正な姿勢を保っている。さすがの品の良さと云うべきか。
録音は今も極上。30年前の録音とはとても思えません。
アナログ最末期・全盛期の最高級の録音。
フィリップスの、暖かい音が印象的であります。
そこで、チャイコフスキーを聴こうと棚を眺めながら、懐かしいLPを取り出しました。
今日はレコードです。
チャイコフスキーの交響曲第4番ヘ短調 作品36。
ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1978年12月、コンセルトヘボウでの録音。フィリップス原盤のLP全集から。
これは、「マンフレッド交響曲」を含む7枚組だった。
アムステルダム・コンセルトヘボウ管の、やや暗く、しっとりとした響きがこの曲に似合うと思うのだが、どうだろう。
金管の雄叫びが目立つ曲なので、かえって、こんな渋めの響き、クセのない演奏の方が聴いていて落ち着く感じがする。
ハイティンクの解釈は中庸中道路線と云うべきか。激することはなく、テンポも速すぎず遅すぎず、楽器のバランスも何かが突出することもなく、実にちょうどよい。
もともとこの曲は激情的な曲想を持つし、金管や木管など、その気になればスタンドプレーができる曲だと思うのだが、この演奏は、全くそういうところがない。実に、何の変哲もなく、だから、「目立たない」。聴きようによっては「面白くない」
フィリップスの録音が良いからだろうが、楽器のが心地よくブレンドされていて、耳当たりがまたイイ。刺激音が殆どないと云っていい。
演奏は背筋が伸びて品良く端正。ロシア臭が殆どなく、西欧的、汎世界的なチャイコフスキーだと思う。
第1楽章はさすがに壮大。金管がほれぼれする鳴り渡るが、トランペットもホルンも分をわきまえている感じで、オケの中に綺麗に収まっている。弦楽セクションもハイティンクの棒に柔軟に反応して、正攻法の演奏。
第2楽章はオーボエの暗いメロディが泣かせる。
弦も管もほの暗い響き。長調に転調していくところでも、その哀愁は変わらない。これはロシアというより、ヨーロッパ的な哀感かな。寒さはあまりない。
第3楽章でもピチカートに絡むオーボエやフルートが良い。「ワインを飲んだときのほろ酔いの気分」は作曲者の言葉だが、楽章最後では実にユーモラス。
終楽章はカタルシスの音楽。爆発大噴火、暴風雨。しかし、ACOはその下品な叫喚の一歩前でグッと踏みとどまって、端正な姿勢を保っている。さすがの品の良さと云うべきか。
録音は今も極上。30年前の録音とはとても思えません。
アナログ最末期・全盛期の最高級の録音。
フィリップスの、暖かい音が印象的であります。
2007/02/24のBlog
[ 05:51 ]
[ 管弦楽曲 ]
暖かい春の一日でした。職場の暖房が必要なかったくらい。
午後から風が強くなって、これも春の風でした。
もっとも、今日からは寒くなる予報ですが。
さて、今日は少し(かなりか?)古い演奏を。
モーツァルトのセレナード第13番ト長調 K.525「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」。ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団の演奏。
1958年、ハリウッドでの録音。CBS盤。
何と柔らかいモーツァルト。
春の暖かい陽射しを浴びたモーツァルト。「モーツァルトはピンク色」とはドラマ「のだめカンタービレ」での言葉だが、確かにこれはピンクのモーツァルトだ。
冒頭の有名な旋律が流れ始めた瞬間、わが部屋の空気が変わったような気がした。
テンポは基本的にやや遅めで、ゆったりしたもの。そして伸縮自在。
適度にルバートがかかって、演出も巧み。リズムは克明だし、旋律線もハッキリしている。しかし、全体がソフト・フォーカスの写真のような、暖かく穏やかな雰囲気に満ちている。これぞ巨匠の芸であり、「ワルターのモーツァルトは温かい」と云われる所以だろう。
第1楽章の初めから、羽毛のように軽く優しいモーツァルトの音楽がが展開する。ふわふわと優しく、頬を撫でるそよ風のような演奏。テンポは遅いのだが、伸び縮みもあって味わい豊か。
第2楽章はさらにゆったり感が増す。しっとりと濡れたような感じでストリングスが弾いているのだが、その表情には微笑みが浮かんでいる。ポルタメントがかかっているのかな、音を伸ばしながら徐々に消えてゆく時の余韻がすこぶる美しい。ロマンティックな感じさえする。
第3楽章はスッキリと爽快。
終楽章はゆったり感が戻って、音楽の歩みは静かに着実に進んでゆく感じ。メロディラインがとても綺麗で、アンサンブルは愉悦感に富んでいる。楽しそうに演奏しているのが伝わってくる。
そうだよな、ワルターの指揮でモーツァルトが弾けるんだから、嬉しいだろうなぁ・・・と思う。
確かに、これ、一時代を画したモーツァルト演奏であります。終始、優しい表情のモーツァルトでありました。
久しぶりに取り出してみて、懐かしさ一杯になりました。
こういう素敵な演奏を聴いて、僕は育ってきたんであります。
録音からそろそろ50年。
そんなになるのなかぁ・・・・そんな昔とは思えないほど新鮮な音がします。ジョン・マックルーアの素晴らしいリミックスが効いているのでしょう。
エエ音で聴けます。
ここのところアクセスが1000件を越えます。ビックリしています。
お読みいただきありがとうございます。初めての方は、どうぞよろしくお願いします。
それとも、何とかリーダー、検索ロボットの見回りが増えたのかな?
午後から風が強くなって、これも春の風でした。
もっとも、今日からは寒くなる予報ですが。
さて、今日は少し(かなりか?)古い演奏を。
モーツァルトのセレナード第13番ト長調 K.525「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」。ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団の演奏。
1958年、ハリウッドでの録音。CBS盤。
何と柔らかいモーツァルト。
春の暖かい陽射しを浴びたモーツァルト。「モーツァルトはピンク色」とはドラマ「のだめカンタービレ」での言葉だが、確かにこれはピンクのモーツァルトだ。
冒頭の有名な旋律が流れ始めた瞬間、わが部屋の空気が変わったような気がした。
テンポは基本的にやや遅めで、ゆったりしたもの。そして伸縮自在。
適度にルバートがかかって、演出も巧み。リズムは克明だし、旋律線もハッキリしている。しかし、全体がソフト・フォーカスの写真のような、暖かく穏やかな雰囲気に満ちている。これぞ巨匠の芸であり、「ワルターのモーツァルトは温かい」と云われる所以だろう。
第1楽章の初めから、羽毛のように軽く優しいモーツァルトの音楽がが展開する。ふわふわと優しく、頬を撫でるそよ風のような演奏。テンポは遅いのだが、伸び縮みもあって味わい豊か。
第2楽章はさらにゆったり感が増す。しっとりと濡れたような感じでストリングスが弾いているのだが、その表情には微笑みが浮かんでいる。ポルタメントがかかっているのかな、音を伸ばしながら徐々に消えてゆく時の余韻がすこぶる美しい。ロマンティックな感じさえする。
第3楽章はスッキリと爽快。
終楽章はゆったり感が戻って、音楽の歩みは静かに着実に進んでゆく感じ。メロディラインがとても綺麗で、アンサンブルは愉悦感に富んでいる。楽しそうに演奏しているのが伝わってくる。
そうだよな、ワルターの指揮でモーツァルトが弾けるんだから、嬉しいだろうなぁ・・・と思う。
確かに、これ、一時代を画したモーツァルト演奏であります。終始、優しい表情のモーツァルトでありました。
久しぶりに取り出してみて、懐かしさ一杯になりました。
こういう素敵な演奏を聴いて、僕は育ってきたんであります。
録音からそろそろ50年。
そんなになるのなかぁ・・・・そんな昔とは思えないほど新鮮な音がします。ジョン・マックルーアの素晴らしいリミックスが効いているのでしょう。
エエ音で聴けます。
ここのところアクセスが1000件を越えます。ビックリしています。
お読みいただきありがとうございます。初めての方は、どうぞよろしくお願いします。
それとも、何とかリーダー、検索ロボットの見回りが増えたのかな?
2007/02/23のBlog
[ 05:16 ]
[ 管弦楽曲 ]
今朝、伊予西条は雨です。何となく暖かい雨です。春雨です。
こういう日は無理して走らないのが肝心。何事もほどほどがよろしいようです。
ジョギング休養日。今月目標の150㎞、すでに達成してます。
さて、今日は録音の話を少し。
エルガーの行進曲「威風堂々」作品39から。
ネヴィル・マリナー指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1977年6月、コンセルトヘボウでの録音。フィリップス原盤。
LPでは「エニグマ変奏曲」のB面に収められていました。CDだと「惑星」の余白に収められている演奏です。
英国の指揮者マリナーが、オランダのオーケストラを振って見事な英国音楽を聴かせてくれる。
なにしろ、録音が素晴らしい。アナログ全盛期の、豊かな肉付きと柔らかい余韻がたまらない魅力を放っている。
マリナーの「惑星」でも触れたが、コンセルトヘボウの響きが素晴らしく、マイルドで上品、まったく英国紳士のような穏やかで品のある音響が展開する。
第1番ニ長調の中間部、イギリスの第2の国歌として有名な部分など、オケの融け合いがクリーミーな響きとなって現れる。音量を上げても、端正な音楽が全然崩れず、ホールトーンの豊かさはさらに増してゆく。
テンポもゆったりで、よく歌う演奏。フレージングが自然で深々としているのが心地よいし、マリナーの指揮はあくまでも中庸の表現を指向し、あざとさがないのも良い。実にダンディ。
第4番ト長調も有名な曲。
これもゆったりテンポで、スムーズな音楽の運びが気持ち良い。アンサンブルは1番よりさらに良いか。響きは全く素晴らしく、徐々に消えてゆく音の余韻の何とも云えない美しさ。言葉にならん・・・・。
アムステルダム・コンセルトヘボウ管は、蘭フィリップス自国のオケだけに、夥しい録音があって、優秀録音も数多いと思います。
挙げていけば、それこそ十指に余るほど。ナンボでもあります。
我が家にも素晴らしいフィリップスのコンセルトヘボウ録音が沢山ありますが、この「惑星」・「威風堂々」はその中でも屈指の名録音と思います。
我が家のオーディオは色々変わってきました。
スピーカーはDENONのSC101、YAMAHAのNS690Ⅲ、DAIATONEのDS800、そしてタンノイのターンベリーに変わりました。
そのスピーカーを決めるとき、この「惑星」と「威風堂々」はLP時代からテスト盤でありました。愛聴盤です。
こういう日は無理して走らないのが肝心。何事もほどほどがよろしいようです。
ジョギング休養日。今月目標の150㎞、すでに達成してます。
さて、今日は録音の話を少し。
エルガーの行進曲「威風堂々」作品39から。
ネヴィル・マリナー指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1977年6月、コンセルトヘボウでの録音。フィリップス原盤。
LPでは「エニグマ変奏曲」のB面に収められていました。CDだと「惑星」の余白に収められている演奏です。
英国の指揮者マリナーが、オランダのオーケストラを振って見事な英国音楽を聴かせてくれる。
なにしろ、録音が素晴らしい。アナログ全盛期の、豊かな肉付きと柔らかい余韻がたまらない魅力を放っている。
マリナーの「惑星」でも触れたが、コンセルトヘボウの響きが素晴らしく、マイルドで上品、まったく英国紳士のような穏やかで品のある音響が展開する。
第1番ニ長調の中間部、イギリスの第2の国歌として有名な部分など、オケの融け合いがクリーミーな響きとなって現れる。音量を上げても、端正な音楽が全然崩れず、ホールトーンの豊かさはさらに増してゆく。
テンポもゆったりで、よく歌う演奏。フレージングが自然で深々としているのが心地よいし、マリナーの指揮はあくまでも中庸の表現を指向し、あざとさがないのも良い。実にダンディ。
第4番ト長調も有名な曲。
これもゆったりテンポで、スムーズな音楽の運びが気持ち良い。アンサンブルは1番よりさらに良いか。響きは全く素晴らしく、徐々に消えてゆく音の余韻の何とも云えない美しさ。言葉にならん・・・・。
アムステルダム・コンセルトヘボウ管は、蘭フィリップス自国のオケだけに、夥しい録音があって、優秀録音も数多いと思います。
挙げていけば、それこそ十指に余るほど。ナンボでもあります。
我が家にも素晴らしいフィリップスのコンセルトヘボウ録音が沢山ありますが、この「惑星」・「威風堂々」はその中でも屈指の名録音と思います。
我が家のオーディオは色々変わってきました。
スピーカーはDENONのSC101、YAMAHAのNS690Ⅲ、DAIATONEのDS800、そしてタンノイのターンベリーに変わりました。
そのスピーカーを決めるとき、この「惑星」と「威風堂々」はLP時代からテスト盤でありました。愛聴盤です。