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クラシック音楽のひとりごと
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2007/03/10のBlog
いやはや、今週は激務でありました。
週末はノンビリしたいなと思ったんですが、これも、どうやらアカンようです。
休日出勤に法事等、仕事に加えて一族の当主たるものは冠婚葬祭もあって忙しいですな。やれやれ。

さて、今日はベートーヴェンの交響曲第3番変ホ長調「英雄」。
ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団の演奏。
1957年2月の録音。CBS盤。
セルのベートーヴェン全集としては、最も早く録音されたもの。もう50年前の録音になってしまった。


セルの音楽は、襟を正して聴きたい。

峻厳にして、正確で精緻、息詰まるような迫力。雄渾無比の音楽がスピーカーから飛び出してくる。
クリーヴランド管のアンサンブルが抜群なので、響きはスッキリしていて実に見通しがよい音楽でもある。

セルの指揮はテンポが伸縮して、自在な面白さがある。楽譜に忠実と云うよりは、(ボクはスコアを読んでゆくのが苦手なのだが)、他の演奏と比べるとテンポの変化が特徴的でとても面白い。フッと力を抜くところ、逆にグッと力をためるようにテンポを落とすところなど、セルは結構自由にやっている感じ。
アンサンブルが精巧な機械のような感じなので、指揮者もそうかというと、実はそんなことはなく、いろいろやっているのが面白い。

第1楽章は音の切り方が特徴。
特にスフォルツァンドの動きがよく聞こえる。終止符の前で短く音を切ってしまうのも面白い。切れ味鋭い日本刀で、バッサリと斬ってゆく感じ。その感触の気持ちよさ。

第2楽章は感動的な葬送行進曲。全く高貴な響き。音楽は透明度が高く、セルらしい見通しのよい演奏。
この明瞭さがセルのベートーヴェンだと思う。作曲者の書いた音が、全て鳴っている感じ。テンポは伸縮しつつ、コントラバスの太い音やトランペットの思い切った突出など、聴いていてワクワクしてくる感じもある。しかも、トータルでは背筋が伸びて、格調高い音楽になる。「品格」という、ひと頃流行った言葉を使いたくなるような表現。

さらに素晴らしい第3楽章。弦楽セクションが一体となって、さざ波のようなリズムを演出するのだが、これが全く乱れない完璧さ。その上に響くホルンの合奏。音楽も技術も最高に美しい。

終楽章は艶やかでブリリアント。オケが名技を発揮し、しかもフルパワーで鳴りまくる。ホンマによく鳴る。素晴らしい終曲だと思う。

録音は古いです。良くないです。
我が家にあるステレオ録音のレコード・CDの中で、セル/クリーヴランド管の録音は、屈指の音の悪さであります。我が家の装置との相性が悪いのかもしれませんが。
ホンマに残念。この演奏が、現在の音で蘇ったら、その辺にありふれている「エロイカ」など吹っ飛んでしまうでしょう。惜しいなぁ。実に惜しいなぁ。
2007/03/09のBlog
春三月。
朝は少し寒いし、日中の風は冷たく感じるのは暖冬だったせいでしょう。
平年のことを考えれば、暖かい早春でありますな。

さて、今日はベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品61。

アルトゥール・グリュミオーのヴァイオリン独奏、コリン・デイヴィス指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1974年1月、コンセルトヘボウでの録音。フィリップス盤。このCDはDUOシリーズの2枚組、他にメンデルスゾーン・ブラームス・チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲も入っている。いわゆる4大ヴァイオリン協奏集。

我が家にあるベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の中で、最もヴァイオリンの美しい演奏。
というか、ヴァイオリン独奏の美しさが際だつ演奏。

第1楽章の序奏部、オーケストラが全く素晴らしい。コンセルトヘボウ管にしては、やや明るめの響きで堂々とした歩み。あまり重くならず、貴公子のような感じ。若々しさも漂う序奏部。
そして、何よりグリュミオーの美音がたまらない。
テクニックは切れ味鋭く、しなやかで心地よい。寄せては返す波のように何度も出現するテーマが、こんなに気持ちよく聴ける演奏、そうはないんじゃないか。グリュミオーも実に気持ちよさそうに弾く。
クライスラーによるカデンツァも大変決まっている。カッコイイ。

第2楽章は、高貴な表情と美音の洪水が心に残る。
グリュミオーの美音を最も味わえるのは、この第2楽章じゃないか思う。
ホンマに艶やかなヴァイオリン。虹色に色彩を変えて、キラキラと光がこぼれてくるような音色。清冽にしてたおやか、朝露に濡れた草花のようなしっとり感もイイ。
ヴァイオリンそのものの美音だけではない。独奏も伴奏も、実に真摯な演奏態度で、時に祈りの表情さえ見せる。
伴奏は控えめで、グリュミオーの美音を上手に引き出している感じ。抑え気味のところが心憎い。

終楽章は愉悦の演奏。
ヴァイオリンとオーケストラが楽しく会話してゆく。心弾むロンド。
春の息吹が周辺に漂ってくる。
イイ演奏を聴くと、心が明るくなる。
コンセルトヘボウ管の立派な伴奏で、グリュミオーのソロが一層引き立つ。楽器のバランス・音量も絶妙、ふっくらした肉厚の響きも、いや全く心地よい。

録音は、1970年代アナログ全盛期の見事なもの。
コンセルトヘボウの響きが、いつもながら素晴らしく、演奏の良さが十全に引き出された好録音と思います。
このホールトーン、我が家の装置と実に相性がよいのです。
2007/03/08のBlog
今日はマーラーです。

交響曲第1番ニ長調「巨人」。
ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団の演奏。
1961年1~2月の録音。プロデューサーはジョン・マックルーア。

人口に膾炙した名盤。
北陸の輸入通販の雄、ヤマチクの年末バーゲンで購入したワルターのオリジナル・ジャケット・コレクションBOXの1枚。このコレクションには何種類かあるはずだが、僕が入手したのは、マーラーとブルックナー選集BOX。

この「巨人」はLPで愛聴してきたもの。
LPはソニーがようやくワルターの廉価盤を発売した昭和56年に買ったもの。それでも、1500円は当時ビンボー学生だった自分には痛かったが。
CD時代直前、録音当時のエンジニア兼プロデューサーだったジョン・マックルーア自身がリミックスしたものとして話題になったものでもあって、懐かしい演奏でもある。

ワルターの音楽は、とにかく優しい。慈愛に満ちた母性の優しさとでも云おうか。
ちょうど今頃の、春の柔らかい陽射しのように、心の中が暖かくなってくるような演奏。メロディーラインが美しく歌われ、愛情にあふれている。ポルタメントが効いているのだろう、聴いていると、頬を優しく撫でられるような快感がある。

劇烈なところでも、絶叫しすぎないのもイイ。ワルターの作る音楽は、決してパワーが不足しているのではないのだが、血が噴き出してしまう寸前で安定を保つところがある。そのあたりが。優しさとか暖かさになるのだと思う。

この魅力に取り憑かれると、「やっぱり、マーラーを聴くにはワルターだな」としたり顔で云ってしまうことになるのだろう。

第1楽章では瑞々しい若者の目覚めと憧れとを見事に描き出しているし、第2楽章の青春の煩悶、第3楽章の若者特有の切なさの表現も良い。
終楽章も阿鼻叫喚にならない端正さ。
ああ、やっぱり、エエなぁ。

コロンビア響は、今の耳で聴くとやや非力かな。
アンサンブルはややユルく、大らかな感じでマーラーを奏でてゆく。
弦楽セクションにもう少し潤いがあれば・・・・とも思う。管楽器は立派。
ワルターの楽器の扱い方は、まさに巨匠の芸であって、木管の処理など巧いし、実に美しい。

録音からすでに45年。CDの音はまずまずだと思います。
巷間、最も良いワルターのステレオ録音のCDは、CD時代最初期のマックルーアによるものだったらしいです。
どうも、僕のCDはジョン・マックルーアのリミックスではないようですが、音はまずまずよろしいです。


次男坊の行く先は大阪になりました。
長男と一緒に住むことになりそうです。新しい季節の始まりです。
そんなわけで、今日は青春の交響曲を聴いてみたのです。

2007/03/07のBlog
春の嵐の後は冷え込みました。
でも、冬の寒さではないですな。春先の、花冷えのような寒さ。日中は暖房が要らない程度の。
間もなく愛媛県は高校入試、中学校では卒業式であります。
高校を先日卒業した次男坊も、荷物をまとめ始めました。春です。

さて、今日はバレエ音楽を。

プロコフィエフのバレエ組曲「ロメオとジュリエット」。
リッカルド・ムーティ指揮フィラデルフィア管弦楽団の演奏。
1981年2月18日、フィラデルフィアのオールド・メットでの録音。EMI盤。
何と、1日でのセッション。1200円の廉価盤CD。

この曲は、美しい旋律と場面描写の劇的な鮮やかさが素晴らしいプロコフィエフの名曲。
ムーティは、フィラデルフィア管のゴージャス・サウンドを生かして、大胆に、ダイナミックに描いてゆく。バレエ音楽というよりは、交響詩に近い感じの表現。シンフォニックなスケール感は、他の演奏と比べると、より際だつ感じ。バレエのための付随音楽ではない、大作名作の価値ある作品だと云わんばかりの迫力であり、豪快さ。
大袈裟な表現だなぁと思う部分もあるが、そこは若武者ムーティ、騎虎の勢いで乗り切ってしまう。

もちろん、ムーティらしい、輝かしいカンタービレも楽しい。よく歌い、元気よく演奏するオーケストラ。やっぱり、ムーティはこうでなくちゃね。

第1組曲の3曲目、「マドリガル」の美しさは絶品。
ヴァイオリンはロメオを、フルートはジュリエットを表しているのだが、このフルートの旋律は、プロコフィエフが書いた最も可憐なメロディの一つあって、フィラデルフィア管の演奏も素晴らしく美しい。フルートの音色など、ホンマに綺麗。

このジュリエットのテーマはその後も出てくるのだが、ムーティは実にデリケートに弾かせてゆく。ソロ・ヴァイオリンで出てくる時の美しさは、ちょっと表現できないほど、優しく美しい。匂うような艶やかさもある。

第2組曲の冒頭「モンタギュー家とキャプレット家」は、今や有名曲。
「のだめカンタービレ」ではシュトレーゼマン登場のテーマ、ソフトバンクの携帯電話のCMで、さんざん聴かされた音楽だが、フィラデルフィア管で聴くとまた格別の味わい。何しろ勇壮でシンフォニック、そして鮮烈なフィラデルフィア・サウンドが炸裂する。
いや、まことムーティはカッコイイ。

1981年といえば、オーマンディの後を受けて、ムーティはフィラデルフィア管の音楽監督に就任したばかりの頃だが、すっかりオケを掌握して指揮している感じ。
オケは生き生き、指揮者も楽しそうだ。

録音は標準的。
EMI的な平板さは致し方ないにしても、もう少し楽器の解像度が高ければ、あるいは奥行き感があればエエのにと思います。
弦楽セクションは良い音なんですが。
2007/03/06のBlog
春の嵐でした。
凄まじい風。一時、雨も激しく降りました。台風なみの暴風雨でした。

そこで(と云うわけでもないんですが)、今日は嵐のような演奏を。

シューマンのピアノ協奏曲イ短調。
マルタ・アルゲリッチのピアノ独奏、チョン・ミュンフン指揮フランス国立放送フィルハーモニーの演奏。
2001年12月1日、パリのシャトレー劇場でのライヴ録音。DG盤。
エイズ撲滅キャンペーンのチャリティ・コンサートの録音らしいのだが、英語仏語不調法のため、よく分かりません(^^ゞ。

これは、職場の同僚にして盤鬼盤友が紹介してくれ、とにかくエエぞというので、入手したCDだが、どうも日本国内では発売されなかったらしい。輸入盤でも入らなかったのではなかろうか。何か、契約の関係かな。

演奏はもう、アルゲリッチの奔放なピアノを満喫できるもので、圧倒的、感動的。
この人の気質・音楽性に、シューマンのピアノ協奏曲はピッタリだと思う。あふれるロマン、奔流のように湧きだしてくる感情。
ピアノのダイナミズムも素晴らしいし、アーティキュレーションはアルゲリッチの個性丸出し。テンポの伸縮も自由自在、というか好き勝手に弾いている感じ。聴いていて、のけ反るような面白さ。アルゲリッチのライヴはこのくらいじゃないと面白くないわなぁ。

スタジオ録音では同じDGにロストロポーヴィチとの共演盤があったが、ありゃ、いったい何だったノダ?・・・と云いたいくらい。あんな大人しい演奏、アルゲリッチではないぞい。

融通無碍、勝手気まま、気の向くまま、情熱の奔流・・・・のようなピアノについたオケは、これ大健闘。
チョン・ミュンフンは立派な指揮者だと思う。アルゲリッチにつけるのだけでも大変だと思う。アンサンブルは乱れるところもあるのだが、致し方なし。協奏曲としても面白さは十分に堪能できる。

ピアノは即興的。たった今、生まれたばかりの曲のように演奏する。これぞ、アルゲリッチの真骨頂。聴き進むうちに、聴き手もどんどん興奮する。「おお、こんな風に弾くのか」とか、「ややっ、ここでこんなに突っ込むか」とか・・・感嘆しきり。
聴き慣れた曲なのに、新鮮なことこの上ない。

テンポが遅くなるところでは、これがまたゾクゾクするほど美しい。
清冽な石清水。生まれたばかりの赤ん坊の肌触り。青年の熱い憧憬と情熱 。・・・・とでも云おうか。
テンポが速くなるところでの、劇的な変化。アルゲリッチには経過句だの助走だのはない。バッサリと曲を斬ってゆく。一気に最高速へ突入してゆく潔さ。ギア・チェンジはローからトップへ一気に行く。凄まじい魂の燃焼。

いやはや、全編聴きどころだが、あえて云えば、第1楽章と第3楽章が面白い。
フォルティシモの美しさと速度の変化、ダイナミズムが、凄まじい表現意欲となって噴出する。スゴイ。絶句。


録音はピアノの音をしっかり捉えた好録音。
オケはやや平板なのが残念ですが、これはシャトレー劇場の音響がイマイチなのかもしれません。ライヴのハンディもありますしね。
アルゲリッチの鬼気迫るピアノは、十全に捉えきっていると思います。
2007/03/05のBlog
昨日の「ロマンティック」に続いて、今日もブルックナーです。

ブルックナーの交響曲第5番変ロ長調。
ベルナルト・ハイティンク指揮ウィーン・フィルの演奏。
1988年3月と12月、ムジークフェラインザールでの録音。フィリップス盤。

第1楽章の冒頭は厳粛な開始。ここを聴くたび、ブルックナーはキリスト教会の人だったと思う。信仰告白のような粛々たる開始であり、オルガン奏者であった作曲者を偲ばせる重層的な響きが素晴らしい。
フォルティシモの爆発はウィーン・フィルらしく輝かしい。
ハイティンクの指揮も、フレージングが深々としていて、ブルックナーにはピッタリ。録音当時の1980年代後半は、ハイティンクがますます円熟して、悠揚迫らぬスケール雄大な指揮をするようになった時期だった。このCDを初めて聴いたとき、ハイティンクが真の巨匠になったことを実感したものだった。

第2楽章は、中世の吟遊詩人が歌うエレジーのような旋律が、ひときわ美しい。
ウィーン・フィルの弦楽セクションがしっとりと濡れたような音色で、味わい深い。シルクタッチの肌触りで、トロッとした響きも最高。フィリップスの録音スタッフの技術の冴えもあるのだろうが、全く美しい。
ここにも、ブルックナーの信仰が聴けるのだが、聴いている打ちにその渦に呑み込まれて、ああ、自分もキリスト教徒になってしまいそうな・・・それほどにウィーン・フィルの響きは感覚に迫ってくる。

第3楽章のスケルツォは豪快に演奏できるところだが、ハイティンクの指揮で聴くと、豪快さより優美さが前面に出てくる。ブルックナーの野人的な雰囲気よりも、穏やかで気品のある風貌が前に出てくる感じ。ハイティンクの表現は、荒々しさよりも、穏和さ・優美さを重視しているようだ。
それを支えているのが、ウィーン・フィルの響きだろうと思う。ここでも、弦の美しさは超絶的。

フィナーレは悠々と流れる大河。仰ぎ見る高峰。感動的な表現になっている。
ウィーン・フィルの響きが素晴らしいので、ここでも厳めしいブルックナーではなく、大人の風格であって、親しみやすく微笑みを絶やさない誠実なブルックナーになっている。
壮大なフォルティシモも腰砕けにならず、オケの力にはまだ余裕がある感じ。
ハイティンクのまとめ方も上手い。実に構成のどっしりしたブルックナーだった。

録音は、いつものフィリップス、万全であります。
ホールトーンが豊かで、楽器の溶け合いも素晴らしく、ホールの上席で聴いている感じ。ムジークフェラインザールには行ったことがありませんが、こんな感じで鳴っているのだろうなと想像されます。
ナマなら、当然もっとエエ音がするんでしょう。一度、行ってみたいもんです。
そんなに気にさせられる優秀録音でした。

全国的に春の嵐。
もの凄い風です。台風なみの暴風。
この風のあと、またポカポカ陽気が戻るんでしょう。
今朝はジョギングはお休み。無理をしないことも大事ですな。
2007/03/04のBlog
今日は休日出勤でした。
今月いっぱいは、どうにもこうにもならんくらい、忙しいでしょう。でも、午後4時には帰宅して、春の柔らかい陽射しを窓辺に楽しみつつクラシック音楽三昧であります。

これが楽しい。嬉しい。幸福を感じるときであります。
こういう時には、大好きな「ロマンティック」を聴きましょう。

で・・・・。

ブルックナーの交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」。
オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管の演奏。
1963年9月、ロンドンのキングズウェイホールでの録音。EMI盤。楽譜はノヴァーク版。

金管楽器が咆吼しまくり、壮大に鳴りまくる「ロマンティック」。聴き終えた後、胸がすっとする。

第1楽章は、クレンペラーにしてはかなり速めのテンポで、グイグイ進んでゆく。表情づけはあまりなく、素っ気ないくらい。ヴァイオリンの両翼配置が効果的で、掛け合いは面白いし、左右への広がり感がなかなかイイ。
木管などもサッパリした響きで、味わいは淡泊な印象を受けるが、技巧は万全。
スゴイのは金管。バリバリ鳴るのが心地よい。

第2楽章は着実な歩み。ホルンがやや明るめの音色、オーボエは逆にツンと澄まして寂寥感漂う音色。対比が面白い。弱音器つきの弦楽セクションが透明感のある響き。やや硬質なところもあるが、それがまた侘びしさを引き出している。名演と思う。

第3楽章になると、金管がさらに吼えまくる。全体的にギンギン鳴っているし、特にトランペットなど凄まじい響かせ方。バランス感はイマイチかな。アンサンブルもあまり揃っていないようだけれども、面白いことこの上なし。
トリオは一転、懐かしさを帯びた木管の音色が、涼やかな風のような感触で実にイイ音。絡んでくるヴァイオリン群も絶品。
この静けさと、金管の咆吼との対照が、何とも楽しい演奏。

終楽章はさらに劇的な表現。即興的というか、好き放題というか、緩急自在にクレンペラーは進めてゆく。フィルハーモニア管も好演、バリバリ鳴る金管は爽快で気持ちよい。ちょっとやり過ぎかなと思わないでもないが。
テンポが遅くなる穏やかな曲想では、優美きわまりない表現で、ウットリするほど。この終楽章は、他の演奏では得られない感動がある。

1963年の録音なので、もう40年以上になるのに、音そのものは実に素晴らしいですな。
EMI録音にしては、実にイイ・・・・・というより、この時期の方が、EMIはイイ音を遺してくれていると思います。
解像度はさほど高くはないんですが、アナログ特有の暖かい音で、耳あたりがとても良く、ホールトーンもよく拾っております。
2007/03/03のBlog
今日は渋い曲です。
時に、室内楽をモゾモゾ聴くのもエエもんです。

ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第15番 イ短調 作品132。
アマデウス弦楽四重奏団の演奏。
1962年4月、西ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。DG盤。

ベートーヴェン後期の弦楽四重奏曲は、とっつきにくい。しかし、じっくり聴いていると、人生の深淵を垣間見るような不思議な気分になる。
この作品132もそう。

第1楽章のアッサイ・ソステヌートの厳粛な開始。襟を正して聴かざるを得ない気分。ただ、アマデウスSQの演奏は、穏やかな表情で始まり、旋律線を柔らかく歌わせてゆくのがイイ。
第2楽章はアレグロ・マ・ノン・タント。スケルツォ楽章にあたるものだろう。アンサンブルは緊密だが、それが厳しさ・いかめしさにならず、独特の柔らかさや微笑みのような表情になっているのがアマデウスの良さだろうと思う。

そして、第3楽章のモルト・アダージョ。
約15分かかるこの曲の核心。「病癒えたものの神に対する聖なる感謝の歌」とベートーヴェンも書いている、まさに言葉通りの演奏。
アマデウスSQの演奏は、しなやかに旋律を歌わせ、甘美な音色(これが往時のウィーン・スタイルか)で、この緩徐楽章の魅力を余すところなく引き出してゆく。
2つのヴァイオリンが息長く旋律を歌っていく。そのフレージングがとても自然で深々としている。ヴィオラもチェロも呼吸が見事に合っている。聴いていて目頭が熱くなってくる。
ああ、ベートーヴェン晩年の境地は、こんなに澄んだ心を歌っている。神への畏敬というか、偉大なるものへの帰依というか。心の奥底で深い感動が広がる演奏。

第4楽章のアラ・マルチア・アッサイ・ヴィヴァーチェは経過句。これを過ぎると感動的なフィナーレ、アレグロ・アッパシオナート。
アマデウスの柔和な表現がここでも美しい。よく歌う旋律はここでも変わらないが、曲想もあって、音楽の表情は、一層雄渾なものになっている。
最後のプレストは見事な締めくくり。

アマデウスSQは、1948年にロンドンで結成されたイギリスの団体。メンバーは3人がウィーン出身、チェロのマーティン・ロヴェットが英国出身。結成当時からのメンバーで活躍し続けたのだが、ヴィオラのピーター・シドロフが1987年に急逝し、惜しくも解散となった名クワルテットだった。

これアマデウスSQによるベートーヴェン弦楽四重奏曲全集からの1枚。
録音はさすがに古びてきました。
惜しいかな、弦がザラつくところもあります。
教会録音の余韻が美しいだけに、う~ん・・・・ちょいと惜しいですな。
2007/03/02のBlog
高校の卒業式は、雲一つない見事な快晴。
爛漫の春でありました。青春の旅立ちでありました。
また新しく若者の季節が始まりました。

そこで、今日はベートーヴェンの青春のコンチェルトを。
明るく若々しく、瑞々しい精気に濡れた、素敵なピアノ協奏曲であります。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番 ハ長調 作品15。
ペーター・レーゼルのピアノ独奏、クラウス・ペーター・フロール指揮ベルリン交響楽団の演奏。
1991年、東ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。

ドイツ・シャルプラッテンの録音のせいか、ピアノもオーケストラもしっとりと落ち着いた響きで捉えられている。よく云う「いぶし銀」の響き。このレーベルの音は、派手ではないが、渋く落ち着いて聴けるのが良い。聴き疲れもしないので、自然な録音と云うべきなのかもしれない。
聴きやすいといっても、ムード音楽のような、エコーの利いた安直さではなく、また、これ見よがしの(聴きよがしというべきなのかな?)ところがなく、勤勉で実直、温厚篤実な録音であり、また演奏もそういう感じで好ましい。

レーゼルのピアノは、豊麗で柔らかく、しかも適度の湿気がある心地よさ。そして、残響も夢見るように美しい。教会録音の特徴だと思うが、例えば、第1楽章のカデンツァなどホンマに綺麗。第2楽章冒頭のソロなども、ハッとするほど美しい。ニュアンス一杯で、特に響きの余韻がたまらない。

フロール指揮するベルリン響も真剣な演奏ぶり。
この楽団は、ザンデルリンクが振ったチャイコフスキーの後期交響曲集(DENON)やシベリウス(独シャルプラッテン)、ブラームス(カプリッチョ)などの交響曲全集でおなじみなのだが、フロールが振ると、やや響きが明るい感じ。ザンデルリンクの重厚さに比べると、爽快、軽快と云っても良いだろう。
このピアノ協奏曲第1番ハ長調は、ベートーヴェンの初期作品だから、その古典的な佇まいには、ベルリン響の演奏はふさわしい響きと思えるし、。ハイドンやモーツァルトに通じる、こういうしなやかで軽やかな響きで聴きたいと思う。

第3楽章は聴きごたえあり。
レーゼルの弾むようなピアノに、ベルリン響のストリングスが柔らかく絡んでくるところなど絶品。その肌触りは、木綿の素朴な質感。自然の感触。シルクタッチではないのだが、実直で滋味あふれる響きが何とも好ましい。

録音は1990年代デジタルだが、アナログっぽい柔らかさがイイ。
解像度が低いのかな、フワッとした感触は好みであります。
ドイツ・シャルプラッテンの音らしい録音です。
2007/03/01のBlog
今日はショパンを聴いてます。

「24の前奏曲」 作品28。
ニキタ・マガロフのピアノ独奏。
1991年4月、江戸川区民総合センターでの録音。DENONのクレスト1000シリーズの廉価盤。
マガロフ79歳。死の前年の録音。ピアノはスタインウェイ。
明瞭で柔らかいタッチ。感情の起伏は大きいが、それに流されない構成力。老巨匠マガロフの穏やかな表情そのままのショパン。

DENONの優秀録音で、スタインウェイが大変美しく捉えられている。
カツンというタッチが、緩やかにホール全体に溶けてゆくのが「見える」ような録音。聞こえるというより、見える感じ。
音の余韻が得も言われぬ穏やかな表情を生んでゆく。心安まるショパン。味わい深く、しみじみ感動がこみ上げてくるショパン。
驚かせたり、ドキッとさせたりするショパンではなく、淡々としているショパン。
マガロフが永年親しんで、研鑽を積んできたのであろうショパンの小曲が、サラッと目の前に現れるだけなのだが、これが何とも清らかで美しい。
蒸留水のような澄み方ではなく、色々なものが混じっている感じ(ミネラルもおそらく不純物も)、だから自然な水の味わい。
すべて達観したようなピアノと云うべきか。

僕もこのように美しく淡々と年を取りたいものだと、つくづく思う。

特によいのは第13番のレント。15番雨だれ、17番のアレグレット。
4番のラルゴや9番、20番のラルゴもイイ。
技巧的な衰えもあるのだろうが、概して遅い曲の方がジンとくる。

自然なフレージングもイイし、あまりルバートを用いないところも良い。

DENONの録音はとにかく素晴らしい。
生演奏を彷彿とさせる臨場感。夢見るような余韻。これは日本のレーベルの誇りであります。(今は・・・・・・過去形にすべきでしょうか)


さて、今日3月1日は愛媛県の県立高校の卒業式。
次男が卒業です。3カ年皆勤だったと自慢しておりました。
そかそか、オマエは風邪も引けんのかい・・・・と云うとニヤリとしておりました。

2007/02/28のBlog
黄昏時から大雨、突風そして雷。
春雷だったのかな?・・・そういえば、気温も少し上がったような・・・。
もうすぐ啓蟄。虫たちも雷に驚いて、冬眠から醒めるでしょう。

さて、今日はブルックナーの交響曲第7番ホ長調。
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏
1980年6月~7月、ドレスデンのルカ教会での録音。DENON盤。

自然な息づかいで滔々と流れるブルックナー。
素朴な自然人ブルックナーの音楽を、煽らず、華美に奔らず、着実に表現してゆく。
ドレスデン・シュターツカペレのアンサンブルが見事で、サウンドは鮮烈で透明感がある。ルカ教会の音響も最高級の美しさ。個々の楽器もほどよくブレンドされていて、響きが柔らかく肌触りが良い。聴いていて実に心地よい。

フォルティシモが暖かく柔らかく、まろやかなのもこの楽団の特徴だろう。金属的、刺激的なシャリシャリ音が出てこない。輝かしいのに、フワッとした感触がいつまでも耳に残る感じ。そして、高音部が爽やかに抜けてゆく。ルカ教会の高い天井をさらに突き抜けるような爽快感、透明感。

ちょうど、青く澄んだ湖水に森が映りこんでいるジャケット写真のように、清澄な音がどこまでも続いてゆく。

これだけ素晴らしいオーケストラを従えて、あとは、ブルックナーの楽譜(ハース版)に任せて、ブロムシュテットが棒を振れば、もう十分な名演。
自然なアーティキュレーション、深々としたフレージングも、実に気分が良い。さすがブロムシュテット、見事なブルックナーだと思う。

第1楽章の終盤で、音楽が静かに沈み込んでゆくところの、柔らかい光が差し込んでくるような表現。宗教的な敬虔さを感じさせる素晴らしい表現。
第2楽章は神々しいばかりの美しさ。奇をてらわず、真摯に演奏すると、ブルックナーの音楽には後光が差してくる。優雅なアダージョだが、底を流れる感情は雄渾なもの。
第3楽章は力強いスケルツォ。金管の強奏などは実に剛毅であって逞しい。自然体の力強さ。
フィナーレも迫力十分で、見事な締めくくり。アンサンブルが精緻で、ブロムシュテットの棒に敏感に反応するオケが素晴らしい。ラストは大聖堂の建造物を仰ぐような壮大さ。感動的な演奏だと思う。

今も本当に素晴らしい録音。
DENONは日本の誇りであります(ありました・・・か)
2007/02/27のBlog
今日はコンセルトヘボウ管のハイドンを。演奏も良いんですが、音がイイので引き込まれます。

ハイドンの交響曲第93番ニ長調 Hob.I-93。
コリン・デイヴィス指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1981年1月、コンセルトヘボウでの録音。フィリップス原盤。

デジタル初期の録音だが、デジタル臭くない。
デジタル録音は、当初は響きが硬い・高音がキツイ・広がりがない・・・・などと一般的に云われたが(要はマスタリングやDACの問題だったようだが)、フィリップスはアナログ時代の音とあまり変わらず、柔らかく温かみのある音を続けていた。当録音も、その一つといえると思う。
コンセルトヘボウ管の音としか云いようのない、聴き手を柔らかく包み込むようなサウンド。響きはほの暗いのだが、頬を撫でてゆくような優しさがある。そして、ホールトーンが最高に美しい。この音響は、コンセルトヘボウ管の最大の強みだろう。

デイヴィスの指揮は清新で溌剌。リズムはよく弾むし、実に軽快。ただ、室内オケのような機能性重視ではなく、こぢんまりとまとまらせるようなこともなく、あくまで大らかでふっくらとした響きを追求してゆく感じ。
そして、堅実で端正、男性的な強さもあるし、知的な紳士風の演奏でもある。

20分あまりの短い交響曲だが、内容は充実。ニックネームが付いたハイドンの他の交響曲に負けない魅力を持っている。
特に第2楽章の多彩な響きが良い。ラルゴ・カンタービレの変奏曲だが、ピアニシモの美しさ、音が消えてゆくときの美しさは格別。コンセルトヘボウの残響が効果的。
短いフレーズだが、個々の楽器のソロがまた大変美しく、また楽しい。弦楽セクションも、、練り絹のようなしっとりとした、湿気を含んだような柔らかさが全く綺麗で、何とも云えない味わい。
響き全体も、木質の自然な肌触りというべきか、この良質な響きの前では、聴いていて心の中まで洗われるような気がする。

今はCD2枚組2セットで廉価盤化されてます。
フィリップスのDUOシリーズ。
LP時代の音そのままの、柔らかいエエ音してます。


長男がようやく帰省し、久しぶりに家族全員が揃いました。
次男坊の大学受験もほぼ終わり。あとは住む場所が東京か大阪か。
これから、卒業式やら、引っ越しやら、春に向けての準備が始まります。
四国は土日の寒さが終わって、また春の陽気になってます。