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2007/03/27のBlog
[ 04:43 ]
[ 交響曲 ]
葬儀でバタバタしているうちに、周囲はすっかり春になっていました。
暖かい陽射しが気持ちいい一日でした。田んぼ道では、荒起こしも進んでいるようです。田舎の春です。
そこで、今日はベートーヴェンの交響曲第6番ヘ長調「田園」。
ピエール・モントゥー指揮ウィーン・フィルの演奏。
1958年の録音。DECCA盤。ユニヴァーサルの全集からの1枚。
戦後の復興がなって、ウィーン・フィルが非常に充実していたと思われる1950年代末期の録音。約50年前の録音でヒスノイズも多いが、ウィーン・フィルの輝かしく艶やかな響きが心底楽しめる録音でもある。
特に管楽器がいかにもウィーン・フィル。ウィンナ・ホルンのコッテリした太く厚みのある音色、ウィンナ・オーボエの少しきつめで鼻をつくような音色など、芳しいばかり。
モントゥーらしく、ヴァイオリンは対向配置。ヴァイオリンの掛け合い、会話が実に楽しい。ベートーヴェンの交響曲は、この配置の方が楽しめる。作曲者が、そう書いていると思う。特にこの「田園」と7番交響曲は、対向配置で聴きたいと僕は思う。
さて、モントゥーの指揮。
テンポは基本的に速めのイン・テンポだが、適度に伸縮させている。リズムはよく弾み、音楽の流れはしなやか。響きも新鮮この上ないもので、ウィーン・フィルの音を十全に引き出していると思う。
モントゥー、この時83歳!
最晩年の演奏なのだが、衰えている様子が微塵も感じられない。何という年寄りか。指揮ぶりには貫禄を感じさせるところもあれば、ホンマに老人の指揮かいな?と思わせる瑞々しい響きのところもあって、なんとも素晴らしい。
第1と第2楽章の爽やかな演奏は、ウィーン・フィルの働きも大きいとは思うのだが、生まれてくる音楽はとても老人のものとは思えない。新鮮で涼風のような清冽さ。
第3楽章のスケルツォのリズムは若々しいし、第4楽章の嵐は豪快に荒れ狂う。
何より感動的なのはフィナーレ。
ベートーヴェンの神への感謝の歌が、モントゥーの長い人生への感謝の歌になって、リスニングルームに満ちてゆく。
自然を愛し、生きるものを慈しみ、人生への肯定の歌が、ここにはある。
底に流れるのは、音楽への愛。
ああ、今日もホンマにエエ音楽を聴かせてもらいました。
有り難いことです。
末筆ながら・・・・・(昨日のコメント欄にも書きました)
>コメントを頂戴した皆様
ご丁重なお言葉、恐縮です。どうもありがとうございます。
心から感謝しております。
この5日間は、目が回るような忙しさでした。
喪主というのは大変なものだということが、つくづく分かりました。
当地、四国伊予西条は弘法大師ゆかりの信心深い土地柄、毎晩家族で般若心経ほか真言のお勤めをしております。家族6人での読経はなかなかエエもんです。旋律のない合唱のようです。
皆様、どうもありがとうございました。
暖かい陽射しが気持ちいい一日でした。田んぼ道では、荒起こしも進んでいるようです。田舎の春です。
そこで、今日はベートーヴェンの交響曲第6番ヘ長調「田園」。
ピエール・モントゥー指揮ウィーン・フィルの演奏。
1958年の録音。DECCA盤。ユニヴァーサルの全集からの1枚。
戦後の復興がなって、ウィーン・フィルが非常に充実していたと思われる1950年代末期の録音。約50年前の録音でヒスノイズも多いが、ウィーン・フィルの輝かしく艶やかな響きが心底楽しめる録音でもある。
特に管楽器がいかにもウィーン・フィル。ウィンナ・ホルンのコッテリした太く厚みのある音色、ウィンナ・オーボエの少しきつめで鼻をつくような音色など、芳しいばかり。
モントゥーらしく、ヴァイオリンは対向配置。ヴァイオリンの掛け合い、会話が実に楽しい。ベートーヴェンの交響曲は、この配置の方が楽しめる。作曲者が、そう書いていると思う。特にこの「田園」と7番交響曲は、対向配置で聴きたいと僕は思う。
さて、モントゥーの指揮。
テンポは基本的に速めのイン・テンポだが、適度に伸縮させている。リズムはよく弾み、音楽の流れはしなやか。響きも新鮮この上ないもので、ウィーン・フィルの音を十全に引き出していると思う。
モントゥー、この時83歳!
最晩年の演奏なのだが、衰えている様子が微塵も感じられない。何という年寄りか。指揮ぶりには貫禄を感じさせるところもあれば、ホンマに老人の指揮かいな?と思わせる瑞々しい響きのところもあって、なんとも素晴らしい。
第1と第2楽章の爽やかな演奏は、ウィーン・フィルの働きも大きいとは思うのだが、生まれてくる音楽はとても老人のものとは思えない。新鮮で涼風のような清冽さ。
第3楽章のスケルツォのリズムは若々しいし、第4楽章の嵐は豪快に荒れ狂う。
何より感動的なのはフィナーレ。
ベートーヴェンの神への感謝の歌が、モントゥーの長い人生への感謝の歌になって、リスニングルームに満ちてゆく。
自然を愛し、生きるものを慈しみ、人生への肯定の歌が、ここにはある。
底に流れるのは、音楽への愛。
ああ、今日もホンマにエエ音楽を聴かせてもらいました。
有り難いことです。
末筆ながら・・・・・(昨日のコメント欄にも書きました)
>コメントを頂戴した皆様
ご丁重なお言葉、恐縮です。どうもありがとうございます。
心から感謝しております。
この5日間は、目が回るような忙しさでした。
喪主というのは大変なものだということが、つくづく分かりました。
当地、四国伊予西条は弘法大師ゆかりの信心深い土地柄、毎晩家族で般若心経ほか真言のお勤めをしております。家族6人での読経はなかなかエエもんです。旋律のない合唱のようです。
皆様、どうもありがとうございました。
2007/03/26のBlog
[ 03:58 ]
[ 声楽曲・オペラ ]
エントリーが5日間空きました。
今日はフォーレのレクイエム 作品48。
アンドレ・クリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団の演奏。
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)、ヴィクトリア・デ・ロス・アンヘレス(S)の独唱。合唱はエリザベート・ブラッスール合唱団。
1962年2~3月の録音。EMI盤。
ゆったりとしたテンポで、息の長い旋律が美しく歌われてゆく。
実にロマンティックで、心優しい演奏。
音楽はふくよかで、慈しみに溢れている。心の底から暖かくなってくるようなレクイエム。静謐な抒情も美しい。音量を少し絞って聴くと、味わい豊か。
穏やかな合唱も大変美しく素晴らしい。アンサンブルは少しゆるめだと思うが、残響成分が多く、部屋中に広がってゆく感じが特にイイ。「サンクトゥス」などは心洗われるような美しさ。
クリュイタンスの音楽の運びも見事なもので、どこにも無理がなく、自然に音楽が呼吸している感じ。
そして、二人の独唱がまた素晴らしい。穏やかで落ち着いた歌唱、技術的にも非常に巧いと思うし、とにかく美声。
フィッシャー=ディースカウの声など、たまらない魅力。
さらに、デ・ロス・アンヘレスの「ピエ・イエズ」は絶品。音楽の素晴らしさもさることながら、声の質、清らかさ、歌の姿勢、すべてが素晴らしいと思う。この曲、この声だけ取り出して聴く価値あり。
初めてフォーレのレクイエムを聴いたのが、この演奏でありました。
いろいろ他の演奏も聴いてきましたが、結局、このクリュイタンス盤に戻ります。
録音から、すでに45年。EMIはこの頃絶好調、録音も残響がふくよかで暖かく、演奏も暖かい名演盤と思います。
マーラーの交響曲第9番をエントリーした夜、父が死にました。
長い闘病生活でした。
結局マーラーが別れの曲になりました。
この5日間、通夜だの葬儀だの、一族郎党の本家として慌ただしく喪主をしておりました。
会葬者700人の喪主はなかなか大変でした。そうそうやるもんじゃありません。
我が家は御室派の真言宗、南無大師遍照金剛なんですが、今日は供養のためにレクイエムを聴いたのであります。
今日はフォーレのレクイエム 作品48。
アンドレ・クリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団の演奏。
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)、ヴィクトリア・デ・ロス・アンヘレス(S)の独唱。合唱はエリザベート・ブラッスール合唱団。
1962年2~3月の録音。EMI盤。
ゆったりとしたテンポで、息の長い旋律が美しく歌われてゆく。
実にロマンティックで、心優しい演奏。
音楽はふくよかで、慈しみに溢れている。心の底から暖かくなってくるようなレクイエム。静謐な抒情も美しい。音量を少し絞って聴くと、味わい豊か。
穏やかな合唱も大変美しく素晴らしい。アンサンブルは少しゆるめだと思うが、残響成分が多く、部屋中に広がってゆく感じが特にイイ。「サンクトゥス」などは心洗われるような美しさ。
クリュイタンスの音楽の運びも見事なもので、どこにも無理がなく、自然に音楽が呼吸している感じ。
そして、二人の独唱がまた素晴らしい。穏やかで落ち着いた歌唱、技術的にも非常に巧いと思うし、とにかく美声。
フィッシャー=ディースカウの声など、たまらない魅力。
さらに、デ・ロス・アンヘレスの「ピエ・イエズ」は絶品。音楽の素晴らしさもさることながら、声の質、清らかさ、歌の姿勢、すべてが素晴らしいと思う。この曲、この声だけ取り出して聴く価値あり。
初めてフォーレのレクイエムを聴いたのが、この演奏でありました。
いろいろ他の演奏も聴いてきましたが、結局、このクリュイタンス盤に戻ります。
録音から、すでに45年。EMIはこの頃絶好調、録音も残響がふくよかで暖かく、演奏も暖かい名演盤と思います。
マーラーの交響曲第9番をエントリーした夜、父が死にました。
長い闘病生活でした。
結局マーラーが別れの曲になりました。
この5日間、通夜だの葬儀だの、一族郎党の本家として慌ただしく喪主をしておりました。
会葬者700人の喪主はなかなか大変でした。そうそうやるもんじゃありません。
我が家は御室派の真言宗、南無大師遍照金剛なんですが、今日は供養のためにレクイエムを聴いたのであります。
2007/03/20のBlog
[ 03:04 ]
[ 交響曲 ]
春は異動の季節でもあります。
僕の職場でも人事異動が内示されました。多くの同僚が新しい職場に向かいます。
(僕は居残り・・・従って今年度も激務は続きます・・・・やれやれ)
春は別れの季節でもあるわけです。
で、取り出したのがマーラーの交響曲第9番ニ長調。
人生の別れの交響曲。
今日はベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏で。
1969年6月、コンセルトヘボウでの録音。フィリップス盤。
まずは、アムステルダム・コンセルトヘボウの音響の素晴らしさ。
1960年代末のアナログ録音だが、当時としては高水準の録音と思う。実にいい音。
聴き手を包み込んでくれる暖かさ、柔らかさ。
ハイティンクの解釈は正統的で、楽譜にも忠実。
情念渦巻くドロドロ系のマーラーではなく、爽やかで端正、スッキリ系のマーラー。僕は若い頃、このタイプは低カロリーの精進料理のような感じがして、あまり好みではなかったのだが、トシを取るにしたがってこのテの演奏が好みになってきた。栄養不足のような感があったのに、かえって、そこから味わい深く滋味あふれる情感がしみじみと漂ってくる演奏に思えてきた。
謂わば、瀬戸内の白身魚の味わい。淡泊でサラッとしているのに、独特の旨さがにじみ出てくる味わい。
そろそろ、シロギスが釣れ始める頃。近所の釣り好きなオイチャンが、「おう、今日はようけ釣れたぜよ」とまた持ってきてくれる季節。そういえば、このあいだのメバルは旨かった。間もなくタケノコメバルが滅法旨くなる季節だわい・・・・・。
ハイティンクのマーラーを聴いていると、そんなことを思う。
さて、その演奏。
ハイティンクの指揮はいつも通り真面目で誠実。そして、克明。
ハイティンクはまだ若く、一生懸命振っていく・・・・それにアムステルダム・コンセルトヘボウ管の奏者たちが、また懸命について行く・・・そういう感じの演奏。
前2つの楽章は、その真剣さが良い方向に働いて、傾聴に値する音楽になっている。
第3楽章は、やや余裕がない感じ。真面目すぎて、面白味に欠ける。何せ、この楽章はロンド・ブルレスケ。道化のような一面が欲しいのだが、ハイティンクまだ若い。表現がやや平板。
終楽章は名演。魂が浄化されてゆくような演奏。音響は素晴らしく、オケもよく鳴っている。
マーラー独特の、爛熟の極みとか、頽廃一歩手前の情緒とか、崩落寸前のロマンとか・・・そういう風味にはやや欠けるかもしれないが、コンセルトヘボウ管の響きはとても暖かく柔らかく、聴き手を包み込むよう。
特に弱音部のデリカシーはたまらない。コーダ直前の管楽器の味わいは格別だし、最終部分での弦楽が消え入るところの美しさは壮絶でありました。
次男坊も荷物の整理が出来ました。
新天地、大阪豊中に向かいます。ただし、長男の下宿と同じ。部屋は別としても、一人暮らしというより、二人暮らしみたいなもんですが。
いずれにせよ、我が家でも、春は異動の季節であります。
僕の職場でも人事異動が内示されました。多くの同僚が新しい職場に向かいます。
(僕は居残り・・・従って今年度も激務は続きます・・・・やれやれ)
春は別れの季節でもあるわけです。
で、取り出したのがマーラーの交響曲第9番ニ長調。
人生の別れの交響曲。
今日はベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏で。
1969年6月、コンセルトヘボウでの録音。フィリップス盤。
まずは、アムステルダム・コンセルトヘボウの音響の素晴らしさ。
1960年代末のアナログ録音だが、当時としては高水準の録音と思う。実にいい音。
聴き手を包み込んでくれる暖かさ、柔らかさ。
ハイティンクの解釈は正統的で、楽譜にも忠実。
情念渦巻くドロドロ系のマーラーではなく、爽やかで端正、スッキリ系のマーラー。僕は若い頃、このタイプは低カロリーの精進料理のような感じがして、あまり好みではなかったのだが、トシを取るにしたがってこのテの演奏が好みになってきた。栄養不足のような感があったのに、かえって、そこから味わい深く滋味あふれる情感がしみじみと漂ってくる演奏に思えてきた。
謂わば、瀬戸内の白身魚の味わい。淡泊でサラッとしているのに、独特の旨さがにじみ出てくる味わい。
そろそろ、シロギスが釣れ始める頃。近所の釣り好きなオイチャンが、「おう、今日はようけ釣れたぜよ」とまた持ってきてくれる季節。そういえば、このあいだのメバルは旨かった。間もなくタケノコメバルが滅法旨くなる季節だわい・・・・・。
ハイティンクのマーラーを聴いていると、そんなことを思う。
さて、その演奏。
ハイティンクの指揮はいつも通り真面目で誠実。そして、克明。
ハイティンクはまだ若く、一生懸命振っていく・・・・それにアムステルダム・コンセルトヘボウ管の奏者たちが、また懸命について行く・・・そういう感じの演奏。
前2つの楽章は、その真剣さが良い方向に働いて、傾聴に値する音楽になっている。
第3楽章は、やや余裕がない感じ。真面目すぎて、面白味に欠ける。何せ、この楽章はロンド・ブルレスケ。道化のような一面が欲しいのだが、ハイティンクまだ若い。表現がやや平板。
終楽章は名演。魂が浄化されてゆくような演奏。音響は素晴らしく、オケもよく鳴っている。
マーラー独特の、爛熟の極みとか、頽廃一歩手前の情緒とか、崩落寸前のロマンとか・・・そういう風味にはやや欠けるかもしれないが、コンセルトヘボウ管の響きはとても暖かく柔らかく、聴き手を包み込むよう。
特に弱音部のデリカシーはたまらない。コーダ直前の管楽器の味わいは格別だし、最終部分での弦楽が消え入るところの美しさは壮絶でありました。
次男坊も荷物の整理が出来ました。
新天地、大阪豊中に向かいます。ただし、長男の下宿と同じ。部屋は別としても、一人暮らしというより、二人暮らしみたいなもんですが。
いずれにせよ、我が家でも、春は異動の季節であります。
2007/03/19のBlog
[ 05:51 ]
[ 室内楽曲 ]
3月は激務です。連日の休日出勤で疲れます。
ジョギングもままなりません。
そんな中、しかし着実に春は来てます。
日の暮れるのが遅くなってきました。職場の桜の蕾も膨らんできてます。
そこで今日も「春」を聴きます。
ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ長調 作品24「春」。
ウート・ウーギのヴァイオリン独奏、ピアノはヴォルフガング・サヴァリッシュ。
1982年6月、ミュンヘンでのデジタル録音。
ウーギの自然なフレージングが心地よく、サヴァリッシュのエッジが丸みを帯びたピアノが美しい。ベートーヴェンの「春」らしい、爽やかで暖かい印象を残す1枚。
録音は残響が綺麗で、ややエコーがかかる感じもするが、ヴァイオリンの高音域が減衰してゆくときの余韻が、実に美しい。心洗われるような音。
ウーギのヴァイオリンは、抒情的でありながらも、スタイルはスマートでフレッシュ、技術的には相当なテクニシャンと思われる。高音の聴感が、ややきつく感じるのは惜しいが(録音のせいかな?)、明るく優美な響きで好感が持てる。
早春と云うより、春たけなわの明るさ、大らかさがある。しかも勢いがあってよく歌うヴァイオリン、カンタービレが大変美しいのもイイ。
サヴァリッシュのピアノは、伴奏に徹して控えめ。ウーギを引き立てようと意識しているのが分かる。ピアノの音色は刻々と変化して、ニュアンス多彩。見事なもんだわい。
指揮者の余芸ではない、本職の巧さ。
特に第2楽章のピアノは絶品の美しさ。円満で穏やか、冗舌ではないが素直な人柄を思わせる、しなやかな音楽が流れてゆく。
ベートーヴェンが書いた最も幸福な曲の一つを聴きながら、窓の外に広がる春の田園を眺めます。
野鳥が増えました。ウグイスも鳴いてます。
気持ちよい春風も吹いてます。
伊予路はいよいよ春本番です。
ジョギングもままなりません。
そんな中、しかし着実に春は来てます。
日の暮れるのが遅くなってきました。職場の桜の蕾も膨らんできてます。
そこで今日も「春」を聴きます。
ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ長調 作品24「春」。
ウート・ウーギのヴァイオリン独奏、ピアノはヴォルフガング・サヴァリッシュ。
1982年6月、ミュンヘンでのデジタル録音。
ウーギの自然なフレージングが心地よく、サヴァリッシュのエッジが丸みを帯びたピアノが美しい。ベートーヴェンの「春」らしい、爽やかで暖かい印象を残す1枚。
録音は残響が綺麗で、ややエコーがかかる感じもするが、ヴァイオリンの高音域が減衰してゆくときの余韻が、実に美しい。心洗われるような音。
ウーギのヴァイオリンは、抒情的でありながらも、スタイルはスマートでフレッシュ、技術的には相当なテクニシャンと思われる。高音の聴感が、ややきつく感じるのは惜しいが(録音のせいかな?)、明るく優美な響きで好感が持てる。
早春と云うより、春たけなわの明るさ、大らかさがある。しかも勢いがあってよく歌うヴァイオリン、カンタービレが大変美しいのもイイ。
サヴァリッシュのピアノは、伴奏に徹して控えめ。ウーギを引き立てようと意識しているのが分かる。ピアノの音色は刻々と変化して、ニュアンス多彩。見事なもんだわい。
指揮者の余芸ではない、本職の巧さ。
特に第2楽章のピアノは絶品の美しさ。円満で穏やか、冗舌ではないが素直な人柄を思わせる、しなやかな音楽が流れてゆく。
ベートーヴェンが書いた最も幸福な曲の一つを聴きながら、窓の外に広がる春の田園を眺めます。
野鳥が増えました。ウグイスも鳴いてます。
気持ちよい春風も吹いてます。
伊予路はいよいよ春本番です。
2007/03/18のBlog
[ 05:02 ]
[ 協奏曲 ]
春が来ると、ヴィヴァルディの「四季」を聴きたくなる・・・・。
風は冷たかったのですが、良い天気の休日でした。
春の陽射し、暖かかったですね。
お墓の掃除も出来て、今日から彼岸です。親類も墓参りに来るでしょう。
春です。
だから、春が来ると、ヴィヴァルディの「四季」を聴きたくなる・・・・。
「春」のあの第1楽章の爽やかな音楽は、心をウキウキさせますな。
そこで、今日はヴィヴァルディ「四季」。
フェリックス・アーヨのヴァイオリン独奏、イ・ムジチ合奏団の演奏。
1959年4月、ウィーンでの録音。フィリップス盤。
昨日も書いたが、これぞクラシック音楽入門のド定盤であって、人口に膾炙した名盤中の名盤。
滑らかで流れるようなストリングス、輝かしく艶やかなアーヨのソロ・ヴァイオリン。
イタリアの地中海、蒼い海に光る波のようなキラキラしたところもあれば、南国の燦々とした陽光を浴びた暖かく軟らかい表情も随所にみられる演奏。
明朗で、屈託なく、実に伸びやか。
そもそもヴィヴァルディという人は、良い意味でスッカラカンとした明朗で屈託ない音楽を書き続けた作曲家だと思うが、この「四季」はとても気持ちよく、音楽が鳴る。
アーヨのソロが、最高に美しい。伸び伸びとして、幸福な音色。
イ・ムジチのアンサンブルも美しく、残響も十分で、わが部屋に、まさに春が来たような気分になる。
色で例えれば、これは桜色。美しいピンク。
あまりの明るさに、聴いていて、照れくさくなってしまうのはオジンの恥じらいかな。
「春」だけでなく、続く夏・秋・冬も演奏は美麗を極める。
レガートの気持ちよいこと。
聴き終えたときに、爽やかで、そしてほんのりと頬が染まるような感動がある。
ああ、これ、わが青春期の演奏でもありました。
録音も50年近く経過したものとはとても思われない爽やかさ。
今も十分に鑑賞に値する素晴らしさ。
もちろん、現代の最新録音と比べれば、少し音がこもり気味かなとも思うが、なに、聴き進むうちにそんなことは全く気にならなくなる。
爽やかさと柔らかさとに包まれて、ヴィヴァルディの明るさに照射されるような録音。
古き懐かしきアナログの時代が、鮮やかに蘇ります。
まさに名録音、名演奏と云ってエエでしょう。
風は冷たかったのですが、良い天気の休日でした。
春の陽射し、暖かかったですね。
お墓の掃除も出来て、今日から彼岸です。親類も墓参りに来るでしょう。
春です。
だから、春が来ると、ヴィヴァルディの「四季」を聴きたくなる・・・・。
「春」のあの第1楽章の爽やかな音楽は、心をウキウキさせますな。
そこで、今日はヴィヴァルディ「四季」。
フェリックス・アーヨのヴァイオリン独奏、イ・ムジチ合奏団の演奏。
1959年4月、ウィーンでの録音。フィリップス盤。
昨日も書いたが、これぞクラシック音楽入門のド定盤であって、人口に膾炙した名盤中の名盤。
滑らかで流れるようなストリングス、輝かしく艶やかなアーヨのソロ・ヴァイオリン。
イタリアの地中海、蒼い海に光る波のようなキラキラしたところもあれば、南国の燦々とした陽光を浴びた暖かく軟らかい表情も随所にみられる演奏。
明朗で、屈託なく、実に伸びやか。
そもそもヴィヴァルディという人は、良い意味でスッカラカンとした明朗で屈託ない音楽を書き続けた作曲家だと思うが、この「四季」はとても気持ちよく、音楽が鳴る。
アーヨのソロが、最高に美しい。伸び伸びとして、幸福な音色。
イ・ムジチのアンサンブルも美しく、残響も十分で、わが部屋に、まさに春が来たような気分になる。
色で例えれば、これは桜色。美しいピンク。
あまりの明るさに、聴いていて、照れくさくなってしまうのはオジンの恥じらいかな。
「春」だけでなく、続く夏・秋・冬も演奏は美麗を極める。
レガートの気持ちよいこと。
聴き終えたときに、爽やかで、そしてほんのりと頬が染まるような感動がある。
ああ、これ、わが青春期の演奏でもありました。
録音も50年近く経過したものとはとても思われない爽やかさ。
今も十分に鑑賞に値する素晴らしさ。
もちろん、現代の最新録音と比べれば、少し音がこもり気味かなとも思うが、なに、聴き進むうちにそんなことは全く気にならなくなる。
爽やかさと柔らかさとに包まれて、ヴィヴァルディの明るさに照射されるような録音。
古き懐かしきアナログの時代が、鮮やかに蘇ります。
まさに名録音、名演奏と云ってエエでしょう。
2007/03/17のBlog
[ 05:11 ]
[ 交響曲 ]
「未完成」を聴くと、つい、「運命」を聴きたくなる・・・・。
昔、LP入門のド定盤は「運命・未完成」のカップリングでありました。
RCAならミュンシュ、CBSならワルターにバーンスタイン(のちマゼール)、EMIはクリュイタンスだったかな・・・。どこのレーベルもこの組み合わせで、ホンマ、ナンボでも出しよりました。
中でも圧倒的に売れたのはカラヤン/BPOのDG盤。レコード番号MG2001。クラシックのLPなんか、本当に売れないのだが、このカラヤンの「運命・未完成」と、イ・ムジチ合奏団のヴィヴァルディ「四季」(アーヨのソロ)だけは、群を抜いて売れたそうな。
マーラーやブルックナーなんて、あまりに長すぎて多くの人には聴かれなかった時代ののんびりしたこれはお話ですな。
というわけで、今日は「運命」、いきます。
ベートーヴェンの交響曲第5番ハ短調「運命」。
オトマール・スウィトナー指揮ベルリン・シュターツカペレの演奏。
1981年8月、東ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。DENON盤。
デンマークのB&K社が特別試作したマイクを使用し、優秀録音としても評判になったLP。東独のペータース出版のギュルケ版の楽譜を用いて、第3楽章を繰り返していることでも話題になった1枚。
それにしても、「運命」1曲35分で1枚2800円もした時代。高かったなぁ。音楽を有り難く拝聴する感覚だった時代ですな。LPを袋から取り出して、「ヒゲ」が付かないようにターンテーブルに載せ、クリーナーでホコリを払い、静かに針を落としてゆく・・・・・。儀式のように準備しながら、この「運命」を聴いたもんです。
演奏は、力強く逞しく剛毅なベートーヴェン。
その身体は筋肉質でよく締まっていて、脂肪分の少ないスタイリッシュな肉体。
動きは美しくしなやかで、シャープな切れ味も見せる。
ドイツ的な堅牢さで、ビシッと決まった構成感も素晴らしい。安定度抜群。
伝統工芸の職人の技のような趣がたまらない魅力。
古典的な格調の高さが感じられる名演奏だと思うのだが、終楽章では、圧倒的な迫力の勝利の凱歌とともに、ロマンの薫りも漂ってくる。
ベルリン・シュターツカペレの音は、ややくすんだ感じの響きで、ツヤツヤしてはいないのだが、質実剛健で、木質の感触が好ましい。素朴な工芸品のような魅力にあふれている。心落ち着く、エエ音。
録音は最高。
DENONが絶好調だった時代の名録音で、音質は今も瑞々しく、量感豊かに聴き手に迫ってくる。奥行き、左右の広がり、高さとも十分で、ステージを彷彿とさせる。しかも、弦楽セクションと管楽器が見事に定位して、それぞれの位置できちんと弾き、吹いている。
これは、快感であります。
昔、LP入門のド定盤は「運命・未完成」のカップリングでありました。
RCAならミュンシュ、CBSならワルターにバーンスタイン(のちマゼール)、EMIはクリュイタンスだったかな・・・。どこのレーベルもこの組み合わせで、ホンマ、ナンボでも出しよりました。
中でも圧倒的に売れたのはカラヤン/BPOのDG盤。レコード番号MG2001。クラシックのLPなんか、本当に売れないのだが、このカラヤンの「運命・未完成」と、イ・ムジチ合奏団のヴィヴァルディ「四季」(アーヨのソロ)だけは、群を抜いて売れたそうな。
マーラーやブルックナーなんて、あまりに長すぎて多くの人には聴かれなかった時代ののんびりしたこれはお話ですな。
というわけで、今日は「運命」、いきます。
ベートーヴェンの交響曲第5番ハ短調「運命」。
オトマール・スウィトナー指揮ベルリン・シュターツカペレの演奏。
1981年8月、東ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。DENON盤。
デンマークのB&K社が特別試作したマイクを使用し、優秀録音としても評判になったLP。東独のペータース出版のギュルケ版の楽譜を用いて、第3楽章を繰り返していることでも話題になった1枚。
それにしても、「運命」1曲35分で1枚2800円もした時代。高かったなぁ。音楽を有り難く拝聴する感覚だった時代ですな。LPを袋から取り出して、「ヒゲ」が付かないようにターンテーブルに載せ、クリーナーでホコリを払い、静かに針を落としてゆく・・・・・。儀式のように準備しながら、この「運命」を聴いたもんです。
演奏は、力強く逞しく剛毅なベートーヴェン。
その身体は筋肉質でよく締まっていて、脂肪分の少ないスタイリッシュな肉体。
動きは美しくしなやかで、シャープな切れ味も見せる。
ドイツ的な堅牢さで、ビシッと決まった構成感も素晴らしい。安定度抜群。
伝統工芸の職人の技のような趣がたまらない魅力。
古典的な格調の高さが感じられる名演奏だと思うのだが、終楽章では、圧倒的な迫力の勝利の凱歌とともに、ロマンの薫りも漂ってくる。
ベルリン・シュターツカペレの音は、ややくすんだ感じの響きで、ツヤツヤしてはいないのだが、質実剛健で、木質の感触が好ましい。素朴な工芸品のような魅力にあふれている。心落ち着く、エエ音。
録音は最高。
DENONが絶好調だった時代の名録音で、音質は今も瑞々しく、量感豊かに聴き手に迫ってくる。奥行き、左右の広がり、高さとも十分で、ステージを彷彿とさせる。しかも、弦楽セクションと管楽器が見事に定位して、それぞれの位置できちんと弾き、吹いている。
これは、快感であります。
2007/03/16のBlog
[ 05:58 ]
[ 交響曲 ]
今日はシューベルトの交響曲第8番ロ短調「未完成」。
チョン・ミュンフン指揮フランス国立放送フィルハーモニーの演奏。
2001年12月1日、パリのシャトレー劇場でのライヴ録音。DG盤。
先日エントリーしたアルゲリッチのシューマン・ピアノ協奏曲とのカップリング。
エイズ撲滅キャンペーンのチャリティ・コンサートの録音らしい。
第1楽章はニュアンス多彩なストリングスを楽しめる。
ホルンが時々ヌッと顔を出して、ドキッとする迫力がある。実に効果的な強調。
チェロがヴァイオリンに応じて丹念に弾いているのがよく聞こえる。ふだんボンヤリ聴いているCD・レコードでは聞こえない音が、チョン・ミュンフンの指揮で聴くと、耳に飛び込んでくる。曲のありようが変化してくる感じ。「なるほど、こうだったのか・・・」と気づく場面が多い。微妙なニュアンスだと思うのだが、そこを抉り出して聴き手に示すチョンの慧眼が感じられる。
テンポは遅く、思い入れタップリの演奏。最近の演奏としては、たいそうロマンティック。初期ロマン派のシューベルトが、後期ロマン派、例えばワーグナーのような濃厚な雰囲気を持って迫ってくる感じ。
深々としたフレージング、もったいぶったアーティキュレーション。
旋律はよく歌い、表現は濃厚。
第2楽章は管楽器の多彩な表現が素晴らしい。どの管も巧いし、一生懸命やっている感じ。特にオーボエとホルンは独特の味わいがあって聴きごたえがある。
フランス国立放送フィルはどういうオケなのかよく分からないのだが、個々の奏者はなかなか腕達者だと思う。
アンサンブルは少し怪しいところもあるのだが、演奏にはライヴ特有の熱気があって、感興豊か。一発勝負の真剣さもイイ。
コーダは凄まじい。マーラーの9番のラストのような、息詰まる持続音。スゴイ迫力。
やられた・・・という感じ。
録音は一発録りのハンディもあるのだろうが、やや平板なものになっている。
奥行きがやや不足している。
各楽器の音は鮮烈で美しいだけに、ちと惜しいかな。
フランス国立放送フィルはチョンの棒によくついて、意欲的な演奏をしていると思うが、響きがやや薄いところもある感じ。フランスのオケにしては(という言い方はどうかとも思うのだが)、アンサンブルはイイんじゃないかと思う。
この一週間、寒さが戻ってます。
「2月の方がぬくかったわなぁ」というのがこの数日の時候の挨拶。
ま、これが本来の早春の肌寒さなんでしょうが・・・。
冷たい雨を眺めながらの「未完成」、エエ演奏でした。
チョン・ミュンフン指揮フランス国立放送フィルハーモニーの演奏。
2001年12月1日、パリのシャトレー劇場でのライヴ録音。DG盤。
先日エントリーしたアルゲリッチのシューマン・ピアノ協奏曲とのカップリング。
エイズ撲滅キャンペーンのチャリティ・コンサートの録音らしい。
第1楽章はニュアンス多彩なストリングスを楽しめる。
ホルンが時々ヌッと顔を出して、ドキッとする迫力がある。実に効果的な強調。
チェロがヴァイオリンに応じて丹念に弾いているのがよく聞こえる。ふだんボンヤリ聴いているCD・レコードでは聞こえない音が、チョン・ミュンフンの指揮で聴くと、耳に飛び込んでくる。曲のありようが変化してくる感じ。「なるほど、こうだったのか・・・」と気づく場面が多い。微妙なニュアンスだと思うのだが、そこを抉り出して聴き手に示すチョンの慧眼が感じられる。
テンポは遅く、思い入れタップリの演奏。最近の演奏としては、たいそうロマンティック。初期ロマン派のシューベルトが、後期ロマン派、例えばワーグナーのような濃厚な雰囲気を持って迫ってくる感じ。
深々としたフレージング、もったいぶったアーティキュレーション。
旋律はよく歌い、表現は濃厚。
第2楽章は管楽器の多彩な表現が素晴らしい。どの管も巧いし、一生懸命やっている感じ。特にオーボエとホルンは独特の味わいがあって聴きごたえがある。
フランス国立放送フィルはどういうオケなのかよく分からないのだが、個々の奏者はなかなか腕達者だと思う。
アンサンブルは少し怪しいところもあるのだが、演奏にはライヴ特有の熱気があって、感興豊か。一発勝負の真剣さもイイ。
コーダは凄まじい。マーラーの9番のラストのような、息詰まる持続音。スゴイ迫力。
やられた・・・という感じ。
録音は一発録りのハンディもあるのだろうが、やや平板なものになっている。
奥行きがやや不足している。
各楽器の音は鮮烈で美しいだけに、ちと惜しいかな。
フランス国立放送フィルはチョンの棒によくついて、意欲的な演奏をしていると思うが、響きがやや薄いところもある感じ。フランスのオケにしては(という言い方はどうかとも思うのだが)、アンサンブルはイイんじゃないかと思う。
この一週間、寒さが戻ってます。
「2月の方がぬくかったわなぁ」というのがこの数日の時候の挨拶。
ま、これが本来の早春の肌寒さなんでしょうが・・・。
冷たい雨を眺めながらの「未完成」、エエ演奏でした。
2007/03/15のBlog
[ 05:44 ]
[ 管弦楽曲 ]
ジョージ・セルは偉大な指揮者でありました。
彼は1970年の万国博覧会で来日、帰国間もなく亡くなったので、僕はナマを聴くことは出来ませんでしたが、遺されたLP(CD)はホンマに素晴らしい演奏ばかりだと思います。
ただ、録音がよろしくない。
1960年前後のCBSの録音は、セル以外はあまり悪くはないのに、セルの録音状態は(我が家で相性が悪いんじゃないかと思わせるくらい・・・・)、悪いんです。
先日の「エロイカ」のエントリーで、「WEB美術館」のSummyさんからは「DSDマスタリングが良い」と教えてもらい、「おんがくだいすき」のあるべりっひさんからは、「SACDは良い」とのコメントを頂戴し、現在食指を動かしているところです。
(我が家にはSACDプレーヤーはありませんので・・・・・・欲しくなりました・・・・ガハハ)
セルのCBS録音のCDで、エエ音のはないんかいなぁ・・・・と探してみたところ、ああ、これは結構良かったんじゃないか・・・・と思い出したのが、今日の1枚であります。
ワーグナーの「ニーベルングの指環」管弦楽曲集。
ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団の演奏。
1968年10~11月の録音。CBS盤。
曲目はおなじみのもの。
1「ラインの黄金」~ワルハラ城への神々の入場
2「ワルキューレ」~ワルキューレの騎行
3「ワルキューレ」~魔の炎の音楽
4「ジークフリート」~森のささやき
5「神々のたそがれ」~夜明けとジークフリートのラインへの旅
6「神々のたそがれ」~ジークフリートの葬送行進曲と終曲
演奏は一糸乱れぬアンサンブルで迫力十分。しかもサウンドは鮮明で透明度が高く、見通しの良いワーグナーが眼前に展開する。
例えば「ワルキューレの騎行」の凄まじい力。コッポラの名作「地獄の黙示録」で聴いたショルティ盤よりさらに迫力があって、恐ろしいまでに中身の詰まった響き。超低空飛行の爆撃で、オケのフルパワーを堪能できる。
トランペットの輝かしさは特筆もの。セルの演奏は冷徹だの、冷たいだのと世評があるが、このワルキューレは熱い。
「魔の炎の音楽」もカロリーが高い演奏。勇壮で豪快、ヴォータンの強さと哀しみがよく出ているし、音楽はさらに充実してくる。クリーヴランド管の音も強く、逞しい。
一転、「森のささやき」は洗練された繊細な音楽。ニュアンスも多彩で、豪華な絨毯を美しい糸で丁寧に織り上げてゆくような感じ。この曲で活躍する木管がやはり印象的。フルートもクラリネットも味わい深い演奏。何層にも美しさを重ね合わせたような音楽だと思う。聴きごたえ十分。
「神々のたそがれ」からの2曲は、壮麗無比であって、感動的。ああ、ジークフリートはホンマの英雄やったなぁ・・・と思わせる演奏。オケの力が逞しく、怒濤の迫力で迫ってくる。終曲でのストリングスは、天国的な美しさ。感動的。
録音は標準だと思います・・・が、セルのCDにしては最上の部類かもしれません。
1960年代後半の録音のせいか、大変良いです。(セルにしては・・・)
高音がカサつかず、低音も十分な力。経年劣化は否めないですが、感傷には十分。
セルの「エロイカ」のエントリーで頂いた助言のとおり、低域を少し持ち上げたのが良かったのでしょうか。
セルのCBS録音では低域を持ち上げる・・・これ試していきたいと思います。
彼は1970年の万国博覧会で来日、帰国間もなく亡くなったので、僕はナマを聴くことは出来ませんでしたが、遺されたLP(CD)はホンマに素晴らしい演奏ばかりだと思います。
ただ、録音がよろしくない。
1960年前後のCBSの録音は、セル以外はあまり悪くはないのに、セルの録音状態は(我が家で相性が悪いんじゃないかと思わせるくらい・・・・)、悪いんです。
先日の「エロイカ」のエントリーで、「WEB美術館」のSummyさんからは「DSDマスタリングが良い」と教えてもらい、「おんがくだいすき」のあるべりっひさんからは、「SACDは良い」とのコメントを頂戴し、現在食指を動かしているところです。
(我が家にはSACDプレーヤーはありませんので・・・・・・欲しくなりました・・・・ガハハ)
セルのCBS録音のCDで、エエ音のはないんかいなぁ・・・・と探してみたところ、ああ、これは結構良かったんじゃないか・・・・と思い出したのが、今日の1枚であります。
ワーグナーの「ニーベルングの指環」管弦楽曲集。
ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団の演奏。
1968年10~11月の録音。CBS盤。
曲目はおなじみのもの。
1「ラインの黄金」~ワルハラ城への神々の入場
2「ワルキューレ」~ワルキューレの騎行
3「ワルキューレ」~魔の炎の音楽
4「ジークフリート」~森のささやき
5「神々のたそがれ」~夜明けとジークフリートのラインへの旅
6「神々のたそがれ」~ジークフリートの葬送行進曲と終曲
演奏は一糸乱れぬアンサンブルで迫力十分。しかもサウンドは鮮明で透明度が高く、見通しの良いワーグナーが眼前に展開する。
例えば「ワルキューレの騎行」の凄まじい力。コッポラの名作「地獄の黙示録」で聴いたショルティ盤よりさらに迫力があって、恐ろしいまでに中身の詰まった響き。超低空飛行の爆撃で、オケのフルパワーを堪能できる。
トランペットの輝かしさは特筆もの。セルの演奏は冷徹だの、冷たいだのと世評があるが、このワルキューレは熱い。
「魔の炎の音楽」もカロリーが高い演奏。勇壮で豪快、ヴォータンの強さと哀しみがよく出ているし、音楽はさらに充実してくる。クリーヴランド管の音も強く、逞しい。
一転、「森のささやき」は洗練された繊細な音楽。ニュアンスも多彩で、豪華な絨毯を美しい糸で丁寧に織り上げてゆくような感じ。この曲で活躍する木管がやはり印象的。フルートもクラリネットも味わい深い演奏。何層にも美しさを重ね合わせたような音楽だと思う。聴きごたえ十分。
「神々のたそがれ」からの2曲は、壮麗無比であって、感動的。ああ、ジークフリートはホンマの英雄やったなぁ・・・と思わせる演奏。オケの力が逞しく、怒濤の迫力で迫ってくる。終曲でのストリングスは、天国的な美しさ。感動的。
録音は標準だと思います・・・が、セルのCDにしては最上の部類かもしれません。
1960年代後半の録音のせいか、大変良いです。(セルにしては・・・)
高音がカサつかず、低音も十分な力。経年劣化は否めないですが、感傷には十分。
セルの「エロイカ」のエントリーで頂いた助言のとおり、低域を少し持ち上げたのが良かったのでしょうか。
セルのCBS録音では低域を持ち上げる・・・これ試していきたいと思います。
2007/03/14のBlog
[ 04:34 ]
[ 管弦楽曲 ]
次男坊が大学でパソコンが必要ということで、ノートパソコンを久しぶりに買おうと思っております。で、Web上で探してみたら、今や時代はVistaなんですね。Officeは2007になってるし・・・・。OSもアプリもどんどん新しくして、一緒くたにして買わせて・・・う~ん・・・・またもMicrosoftを儲けさせることになるのかと思うと、ムカムカしてきますな・・・・。ありゃ、OSはHomeBasicばかりだが、それじゃ、「エアロ」が使えないやんか。
手持ちのXPに2003をセットアップできるノートパソコンでも探そうかなと思いますが、時代遅れでしょうかね?入学祝いに新しいのを買わないのも変やしなぁ・・・・・。
さて、今日はR・シュトラウスの管弦楽曲集。
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
1989年2月、ドレスデンのルカ教会での録音。DENON原盤。
クレスト1000シリーズからの1枚。
一聴、その音のまろやかさに驚く。ほんのりと甘くまたほろ苦く、上質のチョコレートのようなまったり感。ああ、これぞ、ドレスデン・シュターツカペレの音。
いつ聴いても見事なアンサンブル、楽器の音の融け合い、味わい深い響き。
R・シュトラウスの管弦楽曲を聴くときの刺激音が全くと云っていいほど、ない。楽器のバランスや音量がちょうど良いのだろうが、ルカ教会の音響、楽器のブレンドも素晴らしいのだろうと思う。何とも云えない良い音で、耳をつんざくような金属音が皆無なのがスゴイ。
派手ではないし、聞こえよがしのところもない。それこそ、飾り気のない質朴な音なのだが、聴けば聴くほど、自然な感じで、肌に馴染んでくる音。
そして、初めに書いたように、甘かったりほろ苦かったり、実に味わい多彩の音。
「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」では、ホルンの見事な音が聴ける。力強く朗々と、しかも深々とした包容力のある音が素晴らしい。男性的な逞しさもある。ペーター・ダムのホルンだろう。
これに絡んでくるオーボエやフルートの可愛らしさも良い。ティンパニの堅実で多彩な音もイイ。弦楽セクションの柔らかくほの暗い響きも、この曲に落ち着いたドイツの伝統の重みを加えている。
ブロムシュテットの設計・演出もあざとくないもので、見通しの良い見事なもの。その棒に敏感に反応するドレスデン・シュターツカペレの素晴らしさは、今さら云うまでもない。
「メタモルフォーゼン」の哀しみは痛切。爆撃を受けたドレスデンへの作曲者想いを、奏者も共有しているような演奏。R・シュトラウスの書いた23声部の対位法も見事だし、美しくも儚い祈りのオマージュになっている。弦楽セクションの落ち着いた音、見事なホールトーン。
同様のことが「死と変容」でも云える。全く、美しさの極み。その美しさに、ちっともイヤミがなく、こうとしか表現しようがないといった迫力、切羽詰まった緊張感も感じられるのがイイ。誠実で、真摯な演奏というのは、いつ聴いても心地よいものだと思う。
録音は今も最高レベル。
ブロムシュテットがドレスデン・シュターツカペレと録音したDENON盤は、すべてが優秀録音と云って良いと思う。
我が家では相性抜群に良し。
最高の席で、SKDの音を鑑賞できる贅沢・・・・。
いつも書いておりますが、この名演奏が1050円(税込み)で買えてしまう幸福。有り難い時代です。
手持ちのXPに2003をセットアップできるノートパソコンでも探そうかなと思いますが、時代遅れでしょうかね?入学祝いに新しいのを買わないのも変やしなぁ・・・・・。
さて、今日はR・シュトラウスの管弦楽曲集。
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
1989年2月、ドレスデンのルカ教会での録音。DENON原盤。
クレスト1000シリーズからの1枚。
一聴、その音のまろやかさに驚く。ほんのりと甘くまたほろ苦く、上質のチョコレートのようなまったり感。ああ、これぞ、ドレスデン・シュターツカペレの音。
いつ聴いても見事なアンサンブル、楽器の音の融け合い、味わい深い響き。
R・シュトラウスの管弦楽曲を聴くときの刺激音が全くと云っていいほど、ない。楽器のバランスや音量がちょうど良いのだろうが、ルカ教会の音響、楽器のブレンドも素晴らしいのだろうと思う。何とも云えない良い音で、耳をつんざくような金属音が皆無なのがスゴイ。
派手ではないし、聞こえよがしのところもない。それこそ、飾り気のない質朴な音なのだが、聴けば聴くほど、自然な感じで、肌に馴染んでくる音。
そして、初めに書いたように、甘かったりほろ苦かったり、実に味わい多彩の音。
「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」では、ホルンの見事な音が聴ける。力強く朗々と、しかも深々とした包容力のある音が素晴らしい。男性的な逞しさもある。ペーター・ダムのホルンだろう。
これに絡んでくるオーボエやフルートの可愛らしさも良い。ティンパニの堅実で多彩な音もイイ。弦楽セクションの柔らかくほの暗い響きも、この曲に落ち着いたドイツの伝統の重みを加えている。
ブロムシュテットの設計・演出もあざとくないもので、見通しの良い見事なもの。その棒に敏感に反応するドレスデン・シュターツカペレの素晴らしさは、今さら云うまでもない。
「メタモルフォーゼン」の哀しみは痛切。爆撃を受けたドレスデンへの作曲者想いを、奏者も共有しているような演奏。R・シュトラウスの書いた23声部の対位法も見事だし、美しくも儚い祈りのオマージュになっている。弦楽セクションの落ち着いた音、見事なホールトーン。
同様のことが「死と変容」でも云える。全く、美しさの極み。その美しさに、ちっともイヤミがなく、こうとしか表現しようがないといった迫力、切羽詰まった緊張感も感じられるのがイイ。誠実で、真摯な演奏というのは、いつ聴いても心地よいものだと思う。
録音は今も最高レベル。
ブロムシュテットがドレスデン・シュターツカペレと録音したDENON盤は、すべてが優秀録音と云って良いと思う。
我が家では相性抜群に良し。
最高の席で、SKDの音を鑑賞できる贅沢・・・・。
いつも書いておりますが、この名演奏が1050円(税込み)で買えてしまう幸福。有り難い時代です。
2007/03/13のBlog
[ 03:33 ]
[ 交響曲 ]
今日は通俗名曲の決定盤であります。
ドヴォルザークの交響曲第9番ホ短調「新世界より」。
この曲ほど、楽しく美しく、時にホロリとさせられ、最後には気分が昂奮、高揚する音楽はあまりないんじゃないかと思います。
第2楽章は小学校の下校の音楽、第4楽章はテレビのコマーシャルだったぞ・・・・クラシック音楽には無縁の、片田舎の貧乏な家庭に育った子供でも、ガキの頃から親しんでいる交響曲でもありました。
このブログでは、9回目のエントリーでもあります。
今日の演奏は・・・・。
イヴァン・フィッシャー指揮ブダペスト祝祭管弦楽団の演奏。
2000年2~3月、ブダペストでの録音。フィリップス盤。
第1楽章の序奏部が過ぎると、グングン加速してゆく。フォルティシモが劇的で、ダイナミズムが大きい。強弱をハッキリつけたメリハリのある演奏。ティンパニの最強打も凄まじい。
フィッシャーのテンポは速め。一気呵成に突っ走ってゆく感じ。しかし、その中に込められた想いがヒシヒシと伝わってくる浪漫的な演奏。血潮が滾る、情熱が迸る。
金管は逞しく鳴り渡り、弦楽セクションはひときわ美しいアンサンブル。輝かしいばかりでなく、よく揃ってしなやかな響きをつくり出している。
第2楽章は、イングリッシュ・ホルンの名旋律が、たっぷりと歌われて大変に美しい。録音がよいので、ソロがクッキリと左右スピーカーの中央に定位する。これはイイ。
その後の弦楽の静謐な歌わせ方も極上の美。懐かしく、センチメンタルな音楽だが、フィッシャーは情緒的に流されすぎず、その寸前で止めて構成感を前面に出してゆく。
これは交響曲であって、ソナタ形式の音楽なのだと云わんばかりに。
第3楽章は生き生きと弾むリズムが聴きもの。フィッシャーの指揮はボヘミアを意識したものだと思うが、特に中間部での舞曲の扱いは巧い。迫力も十分で、ブダペスト祝祭管も気持ちよく演奏しているのが分かる。自分たちの郷土の音楽であり、フレージングはとても自然で心地よい。
そして圧倒的な終楽章。
ダイナミクスが広く、楽器の鳴りっぷりも良い。ブダペスト祝祭管はフィッシャーが主宰する団体だと思うが、技術的には高いレベルにあると思う。腕っこきが揃っているんじゃなかろうか。
素晴らしいオーケストラ音楽。堂々たる終曲。
録音がまたよろしい。
フィリップスの最新録音であって、空気感が自然で、心地よい。
コンサートホールの最上席で聴いているような錯覚に陥る。
極上録音とはこういうのを云うんでしょうか。
音の輝き、音場の広さ、個々の楽器の美しさも十全に捉えきった名録音であります。
★「新世界交響曲」過去のエントリーであります★
ケルテス/ウィーン・フィル盤
バーンスタイン/NYP盤
ノイマン/チェコ・フィル盤
ジュリーニ/シカゴ響盤
フリッチャイ/ベルリン・フィル盤
ドホナーニ/クリーヴランド管盤
ショルティ/シカゴ響盤
ジュリーニ/ロイヤル・コンセルトヘボウ管盤
ドヴォルザークの交響曲第9番ホ短調「新世界より」。
この曲ほど、楽しく美しく、時にホロリとさせられ、最後には気分が昂奮、高揚する音楽はあまりないんじゃないかと思います。
第2楽章は小学校の下校の音楽、第4楽章はテレビのコマーシャルだったぞ・・・・クラシック音楽には無縁の、片田舎の貧乏な家庭に育った子供でも、ガキの頃から親しんでいる交響曲でもありました。
このブログでは、9回目のエントリーでもあります。
今日の演奏は・・・・。
イヴァン・フィッシャー指揮ブダペスト祝祭管弦楽団の演奏。
2000年2~3月、ブダペストでの録音。フィリップス盤。
第1楽章の序奏部が過ぎると、グングン加速してゆく。フォルティシモが劇的で、ダイナミズムが大きい。強弱をハッキリつけたメリハリのある演奏。ティンパニの最強打も凄まじい。
フィッシャーのテンポは速め。一気呵成に突っ走ってゆく感じ。しかし、その中に込められた想いがヒシヒシと伝わってくる浪漫的な演奏。血潮が滾る、情熱が迸る。
金管は逞しく鳴り渡り、弦楽セクションはひときわ美しいアンサンブル。輝かしいばかりでなく、よく揃ってしなやかな響きをつくり出している。
第2楽章は、イングリッシュ・ホルンの名旋律が、たっぷりと歌われて大変に美しい。録音がよいので、ソロがクッキリと左右スピーカーの中央に定位する。これはイイ。
その後の弦楽の静謐な歌わせ方も極上の美。懐かしく、センチメンタルな音楽だが、フィッシャーは情緒的に流されすぎず、その寸前で止めて構成感を前面に出してゆく。
これは交響曲であって、ソナタ形式の音楽なのだと云わんばかりに。
第3楽章は生き生きと弾むリズムが聴きもの。フィッシャーの指揮はボヘミアを意識したものだと思うが、特に中間部での舞曲の扱いは巧い。迫力も十分で、ブダペスト祝祭管も気持ちよく演奏しているのが分かる。自分たちの郷土の音楽であり、フレージングはとても自然で心地よい。
そして圧倒的な終楽章。
ダイナミクスが広く、楽器の鳴りっぷりも良い。ブダペスト祝祭管はフィッシャーが主宰する団体だと思うが、技術的には高いレベルにあると思う。腕っこきが揃っているんじゃなかろうか。
素晴らしいオーケストラ音楽。堂々たる終曲。
録音がまたよろしい。
フィリップスの最新録音であって、空気感が自然で、心地よい。
コンサートホールの最上席で聴いているような錯覚に陥る。
極上録音とはこういうのを云うんでしょうか。
音の輝き、音場の広さ、個々の楽器の美しさも十全に捉えきった名録音であります。
★「新世界交響曲」過去のエントリーであります★
ケルテス/ウィーン・フィル盤
バーンスタイン/NYP盤
ノイマン/チェコ・フィル盤
ジュリーニ/シカゴ響盤
フリッチャイ/ベルリン・フィル盤
ドホナーニ/クリーヴランド管盤
ショルティ/シカゴ響盤
ジュリーニ/ロイヤル・コンセルトヘボウ管盤
2007/03/12のBlog
[ 05:27 ]
[ 管弦楽曲 ]
春三月とはいえ、弥生の風は冷たかったですな。
日中の陽射しは春たけなわなんですが、風が強かった・・・。
今日はモーツァルトです。
ディヴェルティメント第17番 ニ長調 K.334。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏。
1987年4月、ベルリンでの録音。DG盤。
カラヤンは1960年代に同じDGにこの曲を録音しているので、再録音盤になる。
カラヤンは、モーツァルトと同じオーストリアのザルツブルクの生まれ。
だからモーツァルト指揮者かというと、そうでもない。オペラは4作しか録音していないし(ただし、録音したものは傾聴すべき演奏と思う)、交響曲も後期の名曲程度。あれほどのレパートリーを誇りながら、ピアノ協奏曲の伴奏録音も、殆どない。
でも、セレナードやディヴェルティメントは気に入っていたのか、このK.334を初め、難解も録音しているのが嬉しい。何しろ、カラヤンのモーツァルトはゴージャスで壮麗、豪華絢爛なものだから。
(だからカラヤンのモーツァルトはキライだ、と云う人も多いだろうけれど)
このK.334は、最も有名なディヴェルティメントの一つだと思うが、カラヤン/BPOで聴くと、ムード満点で、贅沢な雰囲気一杯。高級レストランで、上等なワインを飲みながらフルコースの料理を楽しんでいるような気持ちになってくる。
BPOの美しさは無類のもの。磨き上げられた美音と均質なアンサンブルで、極上の美しさ。
響きがやや厚ぼったいのと、リズムが少し重いのが特徴で、だからこそゴージャスな雰囲気が漂う。妖艶な美女が微笑みながら、モーツァルトの案内をしてくれているような感じ。もう少し軽快で爽やかな響きでもイイかな・・・とも思うが、そうなると、この妖しいまでの美しさは後退してしまうかもしれない。
聴きごたえがあるのは、やはり有名なメヌエット。
第2楽章の変奏曲では曲想の描き分けが見事だし、第4楽章のアダージョではまとわりつくようなストリングスが実にエロティック。
カラヤンのモーツァルトらしい、艶っぽいものであります。
録音は、デジタル録音のカラヤン共通の、響きの重さがあります。
やや詰まった感じ、高音のヌケがもう一つあればと思います。
残響は少し人工的な感じもしますが、デジタル時代に入っての1980年代のDGは、こういう音づくりだったように思います。
日中の陽射しは春たけなわなんですが、風が強かった・・・。
今日はモーツァルトです。
ディヴェルティメント第17番 ニ長調 K.334。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏。
1987年4月、ベルリンでの録音。DG盤。
カラヤンは1960年代に同じDGにこの曲を録音しているので、再録音盤になる。
カラヤンは、モーツァルトと同じオーストリアのザルツブルクの生まれ。
だからモーツァルト指揮者かというと、そうでもない。オペラは4作しか録音していないし(ただし、録音したものは傾聴すべき演奏と思う)、交響曲も後期の名曲程度。あれほどのレパートリーを誇りながら、ピアノ協奏曲の伴奏録音も、殆どない。
でも、セレナードやディヴェルティメントは気に入っていたのか、このK.334を初め、難解も録音しているのが嬉しい。何しろ、カラヤンのモーツァルトはゴージャスで壮麗、豪華絢爛なものだから。
(だからカラヤンのモーツァルトはキライだ、と云う人も多いだろうけれど)
このK.334は、最も有名なディヴェルティメントの一つだと思うが、カラヤン/BPOで聴くと、ムード満点で、贅沢な雰囲気一杯。高級レストランで、上等なワインを飲みながらフルコースの料理を楽しんでいるような気持ちになってくる。
BPOの美しさは無類のもの。磨き上げられた美音と均質なアンサンブルで、極上の美しさ。
響きがやや厚ぼったいのと、リズムが少し重いのが特徴で、だからこそゴージャスな雰囲気が漂う。妖艶な美女が微笑みながら、モーツァルトの案内をしてくれているような感じ。もう少し軽快で爽やかな響きでもイイかな・・・とも思うが、そうなると、この妖しいまでの美しさは後退してしまうかもしれない。
聴きごたえがあるのは、やはり有名なメヌエット。
第2楽章の変奏曲では曲想の描き分けが見事だし、第4楽章のアダージョではまとわりつくようなストリングスが実にエロティック。
カラヤンのモーツァルトらしい、艶っぽいものであります。
録音は、デジタル録音のカラヤン共通の、響きの重さがあります。
やや詰まった感じ、高音のヌケがもう一つあればと思います。
残響は少し人工的な感じもしますが、デジタル時代に入っての1980年代のDGは、こういう音づくりだったように思います。
2007/03/11のBlog
[ 05:02 ]
[ 協奏曲 ]
昨日のエントリーではコメントを沢山頂戴しました。ありがとうございました。
嬉しいものですね。
どうぞ、初めてお立ち寄りの方も、コメントをお残し下さい。
それにしても、さすが、セル/クリーヴランド管。今なお絶大な人気です。そりゃ、そうです。演奏はスゴイですもん。録音状態のことも、コメント・助言を頂きましたので、少し再生に気をつけてみたいと思います。
さて、今日はホルンの音色を楽しみます。
R・シュトラウスのホルン協奏曲第1番変ホ長調 作品11。
ペーター・ダムのホルン独奏、ルドルフ・ケンペ指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
1975年9月、ドレスデンのルカ教会での収録。EMI盤。
ケンペ/SKDによるR・シュトラウス管弦楽曲集BOXに収められている1枚。
第1楽章の冒頭から、勇壮な音が響き渡る。いかにもR・シュトラウス。やや虚仮威し的なところがある。そして、英雄的な開始・・・・と思ったらこの曲は変ホ長調。ああ、この調性は、「エロイカ」のものだった。
名手、ペーター・ダムのホルンの、甘く太く朗々たる響きに耳を奪われてしまう。何という美しさ。大人の風格で暖かく聴き手を包み込んでしまうホルン。
高速パッセージも難なく吹いてしまう技術の確かさ。そして、そのテクニックをひけらかすことなく、サラッと進んでしまう潔さ。オーケストラの中に見事に収まって、妙に突出しないのも、奥ゆかしい美学、品格を感じさせる。素晴らしいソロだと思う。
第2楽章はアンダンテ。ここでもホルンの響きは冴え冴えとして哀しいほどに美しい。
春の夜の月のような麗しさとでも云おうか。
オーケストラも美しい。管楽器も弦楽器も、シルクタッチで柔らかくホルンに絡んでくる。その絡む音色の微妙なニュアンスの変化が、またたまらない魅力でもある。ドレスデン・シュターツカペレの響きは、ホンマにいつも素晴らしい。
終楽章では快活なホルンを楽しめる。小回りのきく演奏で、「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」に通じる軽快さ、明るさが面白い。
オケの響きは相変わらず美しく、特に楽器のバランスや融け合いがイイ。
ケンペの指揮は堅実そのもので、変な節回しがない分、格調の高さを感じさせてくれる。
録音は標準的。
ルカ教会の残響は素晴らしいんですが、音そのものは少し古びてきた感じもします。
融け合いは良いんですが、個々の楽器は少しくすんだ音になってます。
(そういう音に録音しているのかもしれませんが)
日曜の朝、伊予路は雨です。春の雨がやさしく降ってます。
今朝はジョギングはおやすみです。
何事も無理はしない、身の丈相応、分相応がよろしいようで。
嬉しいものですね。
どうぞ、初めてお立ち寄りの方も、コメントをお残し下さい。
それにしても、さすが、セル/クリーヴランド管。今なお絶大な人気です。そりゃ、そうです。演奏はスゴイですもん。録音状態のことも、コメント・助言を頂きましたので、少し再生に気をつけてみたいと思います。
さて、今日はホルンの音色を楽しみます。
R・シュトラウスのホルン協奏曲第1番変ホ長調 作品11。
ペーター・ダムのホルン独奏、ルドルフ・ケンペ指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
1975年9月、ドレスデンのルカ教会での収録。EMI盤。
ケンペ/SKDによるR・シュトラウス管弦楽曲集BOXに収められている1枚。
第1楽章の冒頭から、勇壮な音が響き渡る。いかにもR・シュトラウス。やや虚仮威し的なところがある。そして、英雄的な開始・・・・と思ったらこの曲は変ホ長調。ああ、この調性は、「エロイカ」のものだった。
名手、ペーター・ダムのホルンの、甘く太く朗々たる響きに耳を奪われてしまう。何という美しさ。大人の風格で暖かく聴き手を包み込んでしまうホルン。
高速パッセージも難なく吹いてしまう技術の確かさ。そして、そのテクニックをひけらかすことなく、サラッと進んでしまう潔さ。オーケストラの中に見事に収まって、妙に突出しないのも、奥ゆかしい美学、品格を感じさせる。素晴らしいソロだと思う。
第2楽章はアンダンテ。ここでもホルンの響きは冴え冴えとして哀しいほどに美しい。
春の夜の月のような麗しさとでも云おうか。
オーケストラも美しい。管楽器も弦楽器も、シルクタッチで柔らかくホルンに絡んでくる。その絡む音色の微妙なニュアンスの変化が、またたまらない魅力でもある。ドレスデン・シュターツカペレの響きは、ホンマにいつも素晴らしい。
終楽章では快活なホルンを楽しめる。小回りのきく演奏で、「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」に通じる軽快さ、明るさが面白い。
オケの響きは相変わらず美しく、特に楽器のバランスや融け合いがイイ。
ケンペの指揮は堅実そのもので、変な節回しがない分、格調の高さを感じさせてくれる。
録音は標準的。
ルカ教会の残響は素晴らしいんですが、音そのものは少し古びてきた感じもします。
融け合いは良いんですが、個々の楽器は少しくすんだ音になってます。
(そういう音に録音しているのかもしれませんが)
日曜の朝、伊予路は雨です。春の雨がやさしく降ってます。
今朝はジョギングはおやすみです。
何事も無理はしない、身の丈相応、分相応がよろしいようで。