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2007/04/02のBlog
[ 04:28 ]
[ 協奏曲 ]
暖かい春の日でありました。
次男坊は今日が入学式。長男と同じアパートの生活の始まりです。
大阪豊中は家賃が安いです。昔ながらのアパートだからか(昔僕等が学生時代に暮らしていたような感じ)、6畳で24000円。長男は4畳半で17000円。風呂が共同とはいえ、このご時世では実に有り難いですな。
さて、今日はピアノ協奏曲です。
モーツァルトのピアノ協奏曲第22番変ホ長調 K.482。
内田光子のピアノ独奏、ジェフリー・テイト指揮イギリス室内管の演奏。
1986年7月、ロンドンでの録音。フィリップス盤。
「数あるモーツァルトの作品の中で、やはり最高傑作はピアノ協奏曲だ」・・・・・というのはクラシック音楽を聴き始めた頃、様々な本で読んだ。
確かにその通りだなぁと思う。素晴らしい作品の目白押し。
(尤も、モーツァルトの歌劇を聴いていると、「やはり最高作品はオペラじゃないか」と思うし、「ジュピター」を聴けば、これぞ古今無双の名作やなぁと思ってしまうのだが・・・・)
だから、モーツァルトのピアノ協奏曲は、特に第20番以降はちょいちょい買ってしまう。この内田光子のシリーズは、録音当初から評判高く、演奏も見事なもので、発売されるたびに1枚1枚購入してきたもの。当時は国内盤が高かったので、多くは輸入盤で買ったものだった(国内盤が3000円で輸入盤は2000円ちょっとだった)。
内田光子のピアノは、デリカシーのかたまり。
第1楽章の序奏部が終わって、ピアノが滑り込むように入ってくる部分の、ニュアンス一杯の弾き方が全く素晴らしい。 明るい曲想なのに、淋しさを表面にたたえて、表情豊かに演奏してゆく。
雄弁でもある。雄弁と云うより、内容が充実していると云うべきか。小声で静かに語っているようで、その中身はいっぱい詰まっている感じの演奏。ああ、内田のピアノはあまりに饒舌だ。素晴らしい。
第2楽章は哀しみが迸る。
ここでも内田のピアノはピアニシモが美しく、多彩な音色で語りかけてくる、このモノローグは内田独特のもので、ピアノの響きは哀しいくらいに美しい。
第3楽章は一転、明朗で天衣無縫のモーツァルト。春爛漫の暖かさ。
ピアノはもちろん素晴らしいのだが、テイト/イギリス室内管のバックがまた実にイイ。押し出すべきところではオケの奏者の名技が楽しめるし、内田のピアノが出るときにはさっと後方へ退いてゆく、その間合い、呼吸が実にイイ。分をわきまえた大人の風格の伴奏なのだが、その中に瑞々しく精気に濡れた音楽が息づく。この伴奏は聴いていて、実に楽しい。
録音は万全。
聴き慣れた演奏のせいか、もう録音から20年も経過してしまったのかという思いが強いですな。
ピアノの響きは素晴らしいし、音色の変化もよく捉えられております。
伴奏のストリングスも美しく、最新録音に全く引けを取りません。
次男坊は今日が入学式。長男と同じアパートの生活の始まりです。
大阪豊中は家賃が安いです。昔ながらのアパートだからか(昔僕等が学生時代に暮らしていたような感じ)、6畳で24000円。長男は4畳半で17000円。風呂が共同とはいえ、このご時世では実に有り難いですな。
さて、今日はピアノ協奏曲です。
モーツァルトのピアノ協奏曲第22番変ホ長調 K.482。
内田光子のピアノ独奏、ジェフリー・テイト指揮イギリス室内管の演奏。
1986年7月、ロンドンでの録音。フィリップス盤。
「数あるモーツァルトの作品の中で、やはり最高傑作はピアノ協奏曲だ」・・・・・というのはクラシック音楽を聴き始めた頃、様々な本で読んだ。
確かにその通りだなぁと思う。素晴らしい作品の目白押し。
(尤も、モーツァルトの歌劇を聴いていると、「やはり最高作品はオペラじゃないか」と思うし、「ジュピター」を聴けば、これぞ古今無双の名作やなぁと思ってしまうのだが・・・・)
だから、モーツァルトのピアノ協奏曲は、特に第20番以降はちょいちょい買ってしまう。この内田光子のシリーズは、録音当初から評判高く、演奏も見事なもので、発売されるたびに1枚1枚購入してきたもの。当時は国内盤が高かったので、多くは輸入盤で買ったものだった(国内盤が3000円で輸入盤は2000円ちょっとだった)。
内田光子のピアノは、デリカシーのかたまり。
第1楽章の序奏部が終わって、ピアノが滑り込むように入ってくる部分の、ニュアンス一杯の弾き方が全く素晴らしい。 明るい曲想なのに、淋しさを表面にたたえて、表情豊かに演奏してゆく。
雄弁でもある。雄弁と云うより、内容が充実していると云うべきか。小声で静かに語っているようで、その中身はいっぱい詰まっている感じの演奏。ああ、内田のピアノはあまりに饒舌だ。素晴らしい。
第2楽章は哀しみが迸る。
ここでも内田のピアノはピアニシモが美しく、多彩な音色で語りかけてくる、このモノローグは内田独特のもので、ピアノの響きは哀しいくらいに美しい。
第3楽章は一転、明朗で天衣無縫のモーツァルト。春爛漫の暖かさ。
ピアノはもちろん素晴らしいのだが、テイト/イギリス室内管のバックがまた実にイイ。押し出すべきところではオケの奏者の名技が楽しめるし、内田のピアノが出るときにはさっと後方へ退いてゆく、その間合い、呼吸が実にイイ。分をわきまえた大人の風格の伴奏なのだが、その中に瑞々しく精気に濡れた音楽が息づく。この伴奏は聴いていて、実に楽しい。
録音は万全。
聴き慣れた演奏のせいか、もう録音から20年も経過してしまったのかという思いが強いですな。
ピアノの響きは素晴らしいし、音色の変化もよく捉えられております。
伴奏のストリングスも美しく、最新録音に全く引けを取りません。
2007/04/01のBlog
[ 05:08 ]
[ 管弦楽曲 ]
4月1日。新年度です。
久しぶりにジョギングをしたら、田んぼ道では麦の穂が伸びて青々としておりました。
我が家周辺の桜はまだ2分咲きくらい。次の週末でも花見はいけそうですな。
さて、今日は編曲ものを。
ヘンデルの組曲「水上の音楽」(ハーティ/セル編曲)。
ジョージ・セル指揮ロンドン響の演奏。
1961年8月、ロンドンのキングズウェイ・ホールでの録音。DECCA盤。
第1楽章のアレグロが鳴り始めた途端、部屋の空気が一変。
何と豪華絢爛なオーケストラ、しかも煌めくサウンドが降り注ぐ感じ。
ロンドン響のフル・オーケストラのパワーが全開で、胸の空く快演。
ヘンデルの「水上の音楽」を室内オーケストラの演奏で聴き慣れた耳には、いや全く新鮮。これでもかというくらい、オケが鳴る。もう臆面もないくらい。
古楽器や室内オケの爽快な響きは感じられないが、濃厚でネットリとしたゴージャスなサウンドが素晴らしい。
第2楽章のエアの遅さもスゴイ。
タップリとしたテンポで、ロマンティックな味わい濃厚。遅すぎて、止まってしまうのではないかと思わせるところもある。聴いていてハラハラするほど。
古楽器以前の、近代ロマン濃厚な演奏だと思うが、しかし、今聴くとかえって新鮮なのだから面白い。
リズム感は殆ど感じられないので、音楽がヌルッとした感触になる。マーラーの5番交響曲のアダージェットのような感じもする・・・と云ったら言い過ぎかな。
第3楽章ブールでは、装飾音が聴きもの。
第4楽章はホーンパイプ。管楽器がひなびた味わいを出している。
第5楽章はアンダンテ・エスプレッシーヴォ。フルートは有終の美を表現して余すところがないし、ムード音楽寸前の甘さが漂う。ロマンの香り濃厚で、砂糖菓子をさらに甘くしたような感じの演奏。でも面白い。いや、だから楽しいのか。
この曲の白眉であり、この演奏の核心だと思う。
テンポはゆったりで、ストリングスの美しさも絶品。
いやはや、この甘さ、柔らかさ、ゴージャスさ。
セルという指揮者は決して冷たい演奏をさせる人じゃないことは、この演奏を聴けば分かるような気がする。
終楽章はアラ・ホーン・パイプ。ホルンもトランペットも豪壮華麗、爽快に鳴り渡る心地よさ。ストリングスも全開で、光彩陸離たる名演。
録音がまた素晴らしいんです。
さすがはDECCA。アナログ録音の見事なこと。
柔らかく鮮やかなサウンドが豊かに展開してゆく。とても45年前のものとは思えない瑞々しさ。
CBS(ソニー)のセル/クリーヴランド管のレコード・CDでは、こうはいかないんです。
久しぶりにジョギングをしたら、田んぼ道では麦の穂が伸びて青々としておりました。
我が家周辺の桜はまだ2分咲きくらい。次の週末でも花見はいけそうですな。
さて、今日は編曲ものを。
ヘンデルの組曲「水上の音楽」(ハーティ/セル編曲)。
ジョージ・セル指揮ロンドン響の演奏。
1961年8月、ロンドンのキングズウェイ・ホールでの録音。DECCA盤。
第1楽章のアレグロが鳴り始めた途端、部屋の空気が一変。
何と豪華絢爛なオーケストラ、しかも煌めくサウンドが降り注ぐ感じ。
ロンドン響のフル・オーケストラのパワーが全開で、胸の空く快演。
ヘンデルの「水上の音楽」を室内オーケストラの演奏で聴き慣れた耳には、いや全く新鮮。これでもかというくらい、オケが鳴る。もう臆面もないくらい。
古楽器や室内オケの爽快な響きは感じられないが、濃厚でネットリとしたゴージャスなサウンドが素晴らしい。
第2楽章のエアの遅さもスゴイ。
タップリとしたテンポで、ロマンティックな味わい濃厚。遅すぎて、止まってしまうのではないかと思わせるところもある。聴いていてハラハラするほど。
古楽器以前の、近代ロマン濃厚な演奏だと思うが、しかし、今聴くとかえって新鮮なのだから面白い。
リズム感は殆ど感じられないので、音楽がヌルッとした感触になる。マーラーの5番交響曲のアダージェットのような感じもする・・・と云ったら言い過ぎかな。
第3楽章ブールでは、装飾音が聴きもの。
第4楽章はホーンパイプ。管楽器がひなびた味わいを出している。
第5楽章はアンダンテ・エスプレッシーヴォ。フルートは有終の美を表現して余すところがないし、ムード音楽寸前の甘さが漂う。ロマンの香り濃厚で、砂糖菓子をさらに甘くしたような感じの演奏。でも面白い。いや、だから楽しいのか。
この曲の白眉であり、この演奏の核心だと思う。
テンポはゆったりで、ストリングスの美しさも絶品。
いやはや、この甘さ、柔らかさ、ゴージャスさ。
セルという指揮者は決して冷たい演奏をさせる人じゃないことは、この演奏を聴けば分かるような気がする。
終楽章はアラ・ホーン・パイプ。ホルンもトランペットも豪壮華麗、爽快に鳴り渡る心地よさ。ストリングスも全開で、光彩陸離たる名演。
録音がまた素晴らしいんです。
さすがはDECCA。アナログ録音の見事なこと。
柔らかく鮮やかなサウンドが豊かに展開してゆく。とても45年前のものとは思えない瑞々しさ。
CBS(ソニー)のセル/クリーヴランド管のレコード・CDでは、こうはいかないんです。
2007/03/31のBlog
[ 05:34 ]
[ 交響曲 ]
さて、年度の変わり目です。
気合いを入れて頑張りましょう。
そこで、今日はベートーヴェンの交響曲第7番イ長調 作品92。
ジョージ・セル指揮クリーヴランド管の演奏。
1959年10月、セヴェランス・ホールでの録音。CBSソニー盤。
録音がイマイチなのを除けば、全く非の打ちどころのないベト7のレコード。
リズムの神化、舞踏の聖化と呼ばれた意味が、この演奏を聴いて初めて理解できた。
克明なリズム。音符が飛び跳ねる。アンサンブルも完璧。
特に音の出始めと終わりがピタッと揃っていて、爽快な印象を受ける。アインザッツが揃うと、音楽はこれほど気持ち良いのかと思う。
迫力も桁違い。音がどんどん前に出てくる。しかも、その音の後方でしっかり演奏している他の楽器まで、実に見通しがイイ。
そしてセルの指揮!曲の隅々まで抉り出してくる感じで、今まで聞こえなかった新しい音が(実はその音は楽譜にちゃんと書いてあるのだが)、ナンボでも出てくる。
いやはや、再現芸術の極致。
オケの響きも極上で、室内楽の延長線上にあるような音。スッキリした味わいはクリーヴランド管独特のものだと思う。
第1楽章の活気が素晴らしい。快速テンポでグイグイ進んでゆく。元気が腹の底から湧いてくる感じ。熱気も十分だが、あおり立てるようなあざとさはない。そこがセルの品の良さだろう。
第2楽章も颯爽としたテンポで、心地よいアレグレット。
そう、第7交響曲には緩徐楽章はないのだった。あくまでも速く、しかし痛切な音楽が奏でられてゆく。
第3楽章はメリハリ十分で、退屈しない。畳み掛けるような迫力もある。
そして、歓喜のフィナーレ。一気呵成の強靱さ。セルの演奏を聴いていると背筋が伸びてくる。高潔なベートーヴェンだと思う。
ベートーヴェンが、なよなよとせず、スクッと立つ。その姿勢の何と美しく凛々しいこと。
初めに書いたように、録音はイマイチです。
でも演奏は、古今東西の第7交響曲の録音のなかでも、トップクラスの名演と思います。何より清潔で、志操の高い演奏だと思います。
気合いを入れて頑張りましょう。
そこで、今日はベートーヴェンの交響曲第7番イ長調 作品92。
ジョージ・セル指揮クリーヴランド管の演奏。
1959年10月、セヴェランス・ホールでの録音。CBSソニー盤。
録音がイマイチなのを除けば、全く非の打ちどころのないベト7のレコード。
リズムの神化、舞踏の聖化と呼ばれた意味が、この演奏を聴いて初めて理解できた。
克明なリズム。音符が飛び跳ねる。アンサンブルも完璧。
特に音の出始めと終わりがピタッと揃っていて、爽快な印象を受ける。アインザッツが揃うと、音楽はこれほど気持ち良いのかと思う。
迫力も桁違い。音がどんどん前に出てくる。しかも、その音の後方でしっかり演奏している他の楽器まで、実に見通しがイイ。
そしてセルの指揮!曲の隅々まで抉り出してくる感じで、今まで聞こえなかった新しい音が(実はその音は楽譜にちゃんと書いてあるのだが)、ナンボでも出てくる。
いやはや、再現芸術の極致。
オケの響きも極上で、室内楽の延長線上にあるような音。スッキリした味わいはクリーヴランド管独特のものだと思う。
第1楽章の活気が素晴らしい。快速テンポでグイグイ進んでゆく。元気が腹の底から湧いてくる感じ。熱気も十分だが、あおり立てるようなあざとさはない。そこがセルの品の良さだろう。
第2楽章も颯爽としたテンポで、心地よいアレグレット。
そう、第7交響曲には緩徐楽章はないのだった。あくまでも速く、しかし痛切な音楽が奏でられてゆく。
第3楽章はメリハリ十分で、退屈しない。畳み掛けるような迫力もある。
そして、歓喜のフィナーレ。一気呵成の強靱さ。セルの演奏を聴いていると背筋が伸びてくる。高潔なベートーヴェンだと思う。
ベートーヴェンが、なよなよとせず、スクッと立つ。その姿勢の何と美しく凛々しいこと。
初めに書いたように、録音はイマイチです。
でも演奏は、古今東西の第7交響曲の録音のなかでも、トップクラスの名演と思います。何より清潔で、志操の高い演奏だと思います。
2007/03/30のBlog
[ 05:20 ]
[ 協奏曲 ]
暖かい春になりました。
桜も開花して、心が弾む風景が伊予路の田園に広がります。
少し蒸し暑いくらいの陽気。
そこで今日は春の暖かさにふさわしーベートーヴェンを。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番ト長調。
アルトゥール・ルービンシュタインのピアノ独奏、エーリッヒ・ラインスドルフ指揮ボストン交響楽団の演奏。
1964年、ボストンでの録音。RCA原盤。
ラインスドルフ/BSOのベートーヴェン交響曲全集でも感じたことだが、オケの音色が渋く、響きもしっとりとしていて実に心地よい。
謂わば、ヨーロッパ系の音。
いたずらにオケの明晰さを追求するのではなく、響きの温かさ大切にしつつ、音楽の中身の充実を図っている感じ。ヨーロッパ・トーンでしなやかな音楽が流れてくるのだが、実は質実剛健というべきか。
ルービンシュタインのピアノは、コロコロとよく転がる玉のよう。録音のせいかもしれないが、豪快にバリバリ弾くのではなく、一音一音を慈しみながら弾いてゆく感じ。モーツァルトにも合いそうなくらい、控えめで丸味を帯びた音が実にイイ。
弱音部が特に良い。しなやかなボストンの弦楽を背景にして、なだらかで美しい稜線を描くような演奏。とても綺麗。
技術的には完璧だし、快速パッセージでも音が均質に鳴る。その音がふっくらと優しく、幸福なピアノ独奏だと思う。
そう、ルービンシュタインのピアノはいつも幸福に満ちている。円満でふくよか、微笑みを絶やさない、そしてダンディなピアノ。
人生には病むときもあるし、辛いときもあるし、翳りもあるだろう。でも、やはり人生は楽しい。生きてゆくのは悪くないもんだ・・・・とでも云っているような、幸福なピアノ。
べらぼうに巧いテクニック、そして、功成り名を遂げて、あふれる富まで手に入れたオトコのピアノとでも云うべきか。
カデンツァが特に楽しい。適度に入る即興演奏もイイし、何より、ピアノのソロが羽ばたくように自由闊達。
第1楽章の幸福感、終楽章の愉悦感、どちらもこの季節の、桜咲く春にふさわしい名演。
録音は標準レベルだと思います。
ピアノの丸い響きとボストン響の渋い音とが特に美しく上品なので、録音年代の古さを忘れます。
心地よい演奏でありました。
桜も開花して、心が弾む風景が伊予路の田園に広がります。
少し蒸し暑いくらいの陽気。
そこで今日は春の暖かさにふさわしーベートーヴェンを。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番ト長調。
アルトゥール・ルービンシュタインのピアノ独奏、エーリッヒ・ラインスドルフ指揮ボストン交響楽団の演奏。
1964年、ボストンでの録音。RCA原盤。
ラインスドルフ/BSOのベートーヴェン交響曲全集でも感じたことだが、オケの音色が渋く、響きもしっとりとしていて実に心地よい。
謂わば、ヨーロッパ系の音。
いたずらにオケの明晰さを追求するのではなく、響きの温かさ大切にしつつ、音楽の中身の充実を図っている感じ。ヨーロッパ・トーンでしなやかな音楽が流れてくるのだが、実は質実剛健というべきか。
ルービンシュタインのピアノは、コロコロとよく転がる玉のよう。録音のせいかもしれないが、豪快にバリバリ弾くのではなく、一音一音を慈しみながら弾いてゆく感じ。モーツァルトにも合いそうなくらい、控えめで丸味を帯びた音が実にイイ。
弱音部が特に良い。しなやかなボストンの弦楽を背景にして、なだらかで美しい稜線を描くような演奏。とても綺麗。
技術的には完璧だし、快速パッセージでも音が均質に鳴る。その音がふっくらと優しく、幸福なピアノ独奏だと思う。
そう、ルービンシュタインのピアノはいつも幸福に満ちている。円満でふくよか、微笑みを絶やさない、そしてダンディなピアノ。
人生には病むときもあるし、辛いときもあるし、翳りもあるだろう。でも、やはり人生は楽しい。生きてゆくのは悪くないもんだ・・・・とでも云っているような、幸福なピアノ。
べらぼうに巧いテクニック、そして、功成り名を遂げて、あふれる富まで手に入れたオトコのピアノとでも云うべきか。
カデンツァが特に楽しい。適度に入る即興演奏もイイし、何より、ピアノのソロが羽ばたくように自由闊達。
第1楽章の幸福感、終楽章の愉悦感、どちらもこの季節の、桜咲く春にふさわしい名演。
録音は標準レベルだと思います。
ピアノの丸い響きとボストン響の渋い音とが特に美しく上品なので、録音年代の古さを忘れます。
心地よい演奏でありました。
2007/03/29のBlog
[ 05:39 ]
[ 交響曲 ]
今日はスッキリ爽やかな交響曲です。
ハイドンの交響曲第101番 ニ長調「時計」。
プラハ室内管弦楽団の演奏。リーダーはブジェスティラフ・ノヴォトニー。
1982年6月の録音、スプラフォン原盤(日本発売はDENON)。
チェコの名アンサンブル、プラハ室内管が指揮者なしで演奏したハイドンのロンドン交響曲全集からのもの。監修のノヴォトニーは、プラハSQのメンバー。
このCDは、DENONが出した名曲全集の中におさめられているもの。
さて、演奏は素晴らしい。
克明なアンサンブル。細かなところまでスッキリ聞こえてくるので、爽快な印象を受ける。リズムも実に軽快なハイドン。
響きも美しく、東欧の弦楽の美しさを満喫できる1枚。この美しさ、名産のクリスタルに喩えてみたいくらい。楽器は現代楽器なのだが、響きは全く新鮮で心地よい。
全編に渡って、瑞々しい響きを味わえるのだが、特に第2楽章の、あの有名な時計のリズムところなど、弦が匂うような感じ。
正確で上品なアンサンブルが際だち、だから音楽がブクブク肥満せず、輪郭がはっきりしている。明快明瞭、青空にスカッと抜けてゆくような爽やかさ。
我が家の庭先の畑で取れる野菜を、ジャブジャブと洗って、サラダオイルを軽く一振り、シャクシャク喰うときの旨さ。このハイドンは、そんな旨さ。
プラハ室内管が作り出す音楽は、我が家のような田舎の佇まいではないが、それでも都会的なスマートな響きの中に、質朴な薫りがある。そこが、新鮮で、イイ。美味い。
録音は、小編成の室内オケの響きを見事に捉えたもの。
ソロの音も艶やかだし、トゥッティが消えてゆくときの残響も、実に美しい。
ハイドンの爽快な響きというと、このごろはピリオド楽器の専売特許なんでしょうが、どうしてどうして、こういう現代楽器を使った室内オケの音も、エエもんです。
このDENONの名曲全集は「マイ・クラシック・ギャラリー」というもので、全65枚のセットです。某オークションではしばしば見かけますし、ブック・オフなどにもよく並んでいますが、演奏は1980年代までの名盤が目白押し。
録音状態も、DENONの誇る「PCM録音」(つまりデジタル録音)が殆どなので、今も最高レベルの音で聴けます・・・・・。と、最近元気のないDENONレーベルを応援してみました。
ハイドンの交響曲第101番 ニ長調「時計」。
プラハ室内管弦楽団の演奏。リーダーはブジェスティラフ・ノヴォトニー。
1982年6月の録音、スプラフォン原盤(日本発売はDENON)。
チェコの名アンサンブル、プラハ室内管が指揮者なしで演奏したハイドンのロンドン交響曲全集からのもの。監修のノヴォトニーは、プラハSQのメンバー。
このCDは、DENONが出した名曲全集の中におさめられているもの。
さて、演奏は素晴らしい。
克明なアンサンブル。細かなところまでスッキリ聞こえてくるので、爽快な印象を受ける。リズムも実に軽快なハイドン。
響きも美しく、東欧の弦楽の美しさを満喫できる1枚。この美しさ、名産のクリスタルに喩えてみたいくらい。楽器は現代楽器なのだが、響きは全く新鮮で心地よい。
全編に渡って、瑞々しい響きを味わえるのだが、特に第2楽章の、あの有名な時計のリズムところなど、弦が匂うような感じ。
正確で上品なアンサンブルが際だち、だから音楽がブクブク肥満せず、輪郭がはっきりしている。明快明瞭、青空にスカッと抜けてゆくような爽やかさ。
我が家の庭先の畑で取れる野菜を、ジャブジャブと洗って、サラダオイルを軽く一振り、シャクシャク喰うときの旨さ。このハイドンは、そんな旨さ。
プラハ室内管が作り出す音楽は、我が家のような田舎の佇まいではないが、それでも都会的なスマートな響きの中に、質朴な薫りがある。そこが、新鮮で、イイ。美味い。
録音は、小編成の室内オケの響きを見事に捉えたもの。
ソロの音も艶やかだし、トゥッティが消えてゆくときの残響も、実に美しい。
ハイドンの爽快な響きというと、このごろはピリオド楽器の専売特許なんでしょうが、どうしてどうして、こういう現代楽器を使った室内オケの音も、エエもんです。
このDENONの名曲全集は「マイ・クラシック・ギャラリー」というもので、全65枚のセットです。某オークションではしばしば見かけますし、ブック・オフなどにもよく並んでいますが、演奏は1980年代までの名盤が目白押し。
録音状態も、DENONの誇る「PCM録音」(つまりデジタル録音)が殆どなので、今も最高レベルの音で聴けます・・・・・。と、最近元気のないDENONレーベルを応援してみました。
2007/03/28のBlog
[ 05:29 ]
[ 室内楽曲 ]
春の雨です。
少し気温が下がりましたが、やさしい雨でした。
昔、小椋佳が「春の雨はやさしいはずなのに」という歌を思い出しましたな。春の雨の日の黄昏時は風情がありました。
さて、今日はベートーヴェンの青春の曲。
ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第2番 イ長調 作品12の2。
ヘンリク・シェリングのヴァイオリン、イングリッド・ヘブラーのピアノ。
1978年1月、スイスのラ・ショード・フォンでのアナログ録音。フィリップス原盤の全集からの1枚。
ベートーヴェン初期の曲を聴く楽しみは、こういう曲を聴いているときに特に感じる。
頬が火照るような青春の情熱、新しいものをつくろうとする野心、向上心などが音楽の行間から聞こえてくる。響いてくる。
このヴァイオリン・ソナタ第2番も、そういった若きベートーヴェンの心が伝わってくる佳作と思う。
第1楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェ。
メロディアスな音楽ではないのだが、弾むような若々しさと覇気があふれてくる。シェリングのヴァイオリンはもちろん、ヘブラーのピアノが実に雄弁で迫力がある。
第2楽章はアンダンテ・ピウ・トスト・アレグレット。
旋律が美しくロマンティック。ヴァイオリンの高音の強さは、時に青春の哀しみや憧れを伝える。
しなやかでよく流れるヴァイオリンだが、そこはシェリング、端正な姿勢を崩さない。格調高いヴァイオリン。
ヘブラーのピアノもシェリングをよく支えているが、時々、フォルテの迫力で前にズンと出てくるのは面白い。
終楽章はアレグロ・ピアチェヴォーレ。
喜びと希望に満ちたロンド。シェリングは端然としつつも、気持ち良く歌ってゆく。音は克明で、カッチリした感じ。彼の真摯で端正なところは、いつ聴いても良いなぁと思う。
録音が素晴らしい出来。
アナログ最末期の名作です。
ヴァイオリンとピアノのバランスが絶妙で、響きも全く美しい。ヴァイオリンは中央やや左、ピアノがやや右にクッキリと定位して、残響もさすがに美麗。
たしか、1980年度レコードアカデミー録音部門賞を受賞したのだった・・・・・と思い出します。
いや、全くの名録音。
少し気温が下がりましたが、やさしい雨でした。
昔、小椋佳が「春の雨はやさしいはずなのに」という歌を思い出しましたな。春の雨の日の黄昏時は風情がありました。
さて、今日はベートーヴェンの青春の曲。
ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第2番 イ長調 作品12の2。
ヘンリク・シェリングのヴァイオリン、イングリッド・ヘブラーのピアノ。
1978年1月、スイスのラ・ショード・フォンでのアナログ録音。フィリップス原盤の全集からの1枚。
ベートーヴェン初期の曲を聴く楽しみは、こういう曲を聴いているときに特に感じる。
頬が火照るような青春の情熱、新しいものをつくろうとする野心、向上心などが音楽の行間から聞こえてくる。響いてくる。
このヴァイオリン・ソナタ第2番も、そういった若きベートーヴェンの心が伝わってくる佳作と思う。
第1楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェ。
メロディアスな音楽ではないのだが、弾むような若々しさと覇気があふれてくる。シェリングのヴァイオリンはもちろん、ヘブラーのピアノが実に雄弁で迫力がある。
第2楽章はアンダンテ・ピウ・トスト・アレグレット。
旋律が美しくロマンティック。ヴァイオリンの高音の強さは、時に青春の哀しみや憧れを伝える。
しなやかでよく流れるヴァイオリンだが、そこはシェリング、端正な姿勢を崩さない。格調高いヴァイオリン。
ヘブラーのピアノもシェリングをよく支えているが、時々、フォルテの迫力で前にズンと出てくるのは面白い。
終楽章はアレグロ・ピアチェヴォーレ。
喜びと希望に満ちたロンド。シェリングは端然としつつも、気持ち良く歌ってゆく。音は克明で、カッチリした感じ。彼の真摯で端正なところは、いつ聴いても良いなぁと思う。
録音が素晴らしい出来。
アナログ最末期の名作です。
ヴァイオリンとピアノのバランスが絶妙で、響きも全く美しい。ヴァイオリンは中央やや左、ピアノがやや右にクッキリと定位して、残響もさすがに美麗。
たしか、1980年度レコードアカデミー録音部門賞を受賞したのだった・・・・・と思い出します。
いや、全くの名録音。
2007/03/27のBlog
[ 04:43 ]
[ 交響曲 ]
葬儀でバタバタしているうちに、周囲はすっかり春になっていました。
暖かい陽射しが気持ちいい一日でした。田んぼ道では、荒起こしも進んでいるようです。田舎の春です。
そこで、今日はベートーヴェンの交響曲第6番ヘ長調「田園」。
ピエール・モントゥー指揮ウィーン・フィルの演奏。
1958年の録音。DECCA盤。ユニヴァーサルの全集からの1枚。
戦後の復興がなって、ウィーン・フィルが非常に充実していたと思われる1950年代末期の録音。約50年前の録音でヒスノイズも多いが、ウィーン・フィルの輝かしく艶やかな響きが心底楽しめる録音でもある。
特に管楽器がいかにもウィーン・フィル。ウィンナ・ホルンのコッテリした太く厚みのある音色、ウィンナ・オーボエの少しきつめで鼻をつくような音色など、芳しいばかり。
モントゥーらしく、ヴァイオリンは対向配置。ヴァイオリンの掛け合い、会話が実に楽しい。ベートーヴェンの交響曲は、この配置の方が楽しめる。作曲者が、そう書いていると思う。特にこの「田園」と7番交響曲は、対向配置で聴きたいと僕は思う。
さて、モントゥーの指揮。
テンポは基本的に速めのイン・テンポだが、適度に伸縮させている。リズムはよく弾み、音楽の流れはしなやか。響きも新鮮この上ないもので、ウィーン・フィルの音を十全に引き出していると思う。
モントゥー、この時83歳!
最晩年の演奏なのだが、衰えている様子が微塵も感じられない。何という年寄りか。指揮ぶりには貫禄を感じさせるところもあれば、ホンマに老人の指揮かいな?と思わせる瑞々しい響きのところもあって、なんとも素晴らしい。
第1と第2楽章の爽やかな演奏は、ウィーン・フィルの働きも大きいとは思うのだが、生まれてくる音楽はとても老人のものとは思えない。新鮮で涼風のような清冽さ。
第3楽章のスケルツォのリズムは若々しいし、第4楽章の嵐は豪快に荒れ狂う。
何より感動的なのはフィナーレ。
ベートーヴェンの神への感謝の歌が、モントゥーの長い人生への感謝の歌になって、リスニングルームに満ちてゆく。
自然を愛し、生きるものを慈しみ、人生への肯定の歌が、ここにはある。
底に流れるのは、音楽への愛。
ああ、今日もホンマにエエ音楽を聴かせてもらいました。
有り難いことです。
末筆ながら・・・・・(昨日のコメント欄にも書きました)
>コメントを頂戴した皆様
ご丁重なお言葉、恐縮です。どうもありがとうございます。
心から感謝しております。
この5日間は、目が回るような忙しさでした。
喪主というのは大変なものだということが、つくづく分かりました。
当地、四国伊予西条は弘法大師ゆかりの信心深い土地柄、毎晩家族で般若心経ほか真言のお勤めをしております。家族6人での読経はなかなかエエもんです。旋律のない合唱のようです。
皆様、どうもありがとうございました。
暖かい陽射しが気持ちいい一日でした。田んぼ道では、荒起こしも進んでいるようです。田舎の春です。
そこで、今日はベートーヴェンの交響曲第6番ヘ長調「田園」。
ピエール・モントゥー指揮ウィーン・フィルの演奏。
1958年の録音。DECCA盤。ユニヴァーサルの全集からの1枚。
戦後の復興がなって、ウィーン・フィルが非常に充実していたと思われる1950年代末期の録音。約50年前の録音でヒスノイズも多いが、ウィーン・フィルの輝かしく艶やかな響きが心底楽しめる録音でもある。
特に管楽器がいかにもウィーン・フィル。ウィンナ・ホルンのコッテリした太く厚みのある音色、ウィンナ・オーボエの少しきつめで鼻をつくような音色など、芳しいばかり。
モントゥーらしく、ヴァイオリンは対向配置。ヴァイオリンの掛け合い、会話が実に楽しい。ベートーヴェンの交響曲は、この配置の方が楽しめる。作曲者が、そう書いていると思う。特にこの「田園」と7番交響曲は、対向配置で聴きたいと僕は思う。
さて、モントゥーの指揮。
テンポは基本的に速めのイン・テンポだが、適度に伸縮させている。リズムはよく弾み、音楽の流れはしなやか。響きも新鮮この上ないもので、ウィーン・フィルの音を十全に引き出していると思う。
モントゥー、この時83歳!
最晩年の演奏なのだが、衰えている様子が微塵も感じられない。何という年寄りか。指揮ぶりには貫禄を感じさせるところもあれば、ホンマに老人の指揮かいな?と思わせる瑞々しい響きのところもあって、なんとも素晴らしい。
第1と第2楽章の爽やかな演奏は、ウィーン・フィルの働きも大きいとは思うのだが、生まれてくる音楽はとても老人のものとは思えない。新鮮で涼風のような清冽さ。
第3楽章のスケルツォのリズムは若々しいし、第4楽章の嵐は豪快に荒れ狂う。
何より感動的なのはフィナーレ。
ベートーヴェンの神への感謝の歌が、モントゥーの長い人生への感謝の歌になって、リスニングルームに満ちてゆく。
自然を愛し、生きるものを慈しみ、人生への肯定の歌が、ここにはある。
底に流れるのは、音楽への愛。
ああ、今日もホンマにエエ音楽を聴かせてもらいました。
有り難いことです。
末筆ながら・・・・・(昨日のコメント欄にも書きました)
>コメントを頂戴した皆様
ご丁重なお言葉、恐縮です。どうもありがとうございます。
心から感謝しております。
この5日間は、目が回るような忙しさでした。
喪主というのは大変なものだということが、つくづく分かりました。
当地、四国伊予西条は弘法大師ゆかりの信心深い土地柄、毎晩家族で般若心経ほか真言のお勤めをしております。家族6人での読経はなかなかエエもんです。旋律のない合唱のようです。
皆様、どうもありがとうございました。
2007/03/26のBlog
[ 03:58 ]
[ 声楽曲・オペラ ]
エントリーが5日間空きました。
今日はフォーレのレクイエム 作品48。
アンドレ・クリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団の演奏。
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)、ヴィクトリア・デ・ロス・アンヘレス(S)の独唱。合唱はエリザベート・ブラッスール合唱団。
1962年2~3月の録音。EMI盤。
ゆったりとしたテンポで、息の長い旋律が美しく歌われてゆく。
実にロマンティックで、心優しい演奏。
音楽はふくよかで、慈しみに溢れている。心の底から暖かくなってくるようなレクイエム。静謐な抒情も美しい。音量を少し絞って聴くと、味わい豊か。
穏やかな合唱も大変美しく素晴らしい。アンサンブルは少しゆるめだと思うが、残響成分が多く、部屋中に広がってゆく感じが特にイイ。「サンクトゥス」などは心洗われるような美しさ。
クリュイタンスの音楽の運びも見事なもので、どこにも無理がなく、自然に音楽が呼吸している感じ。
そして、二人の独唱がまた素晴らしい。穏やかで落ち着いた歌唱、技術的にも非常に巧いと思うし、とにかく美声。
フィッシャー=ディースカウの声など、たまらない魅力。
さらに、デ・ロス・アンヘレスの「ピエ・イエズ」は絶品。音楽の素晴らしさもさることながら、声の質、清らかさ、歌の姿勢、すべてが素晴らしいと思う。この曲、この声だけ取り出して聴く価値あり。
初めてフォーレのレクイエムを聴いたのが、この演奏でありました。
いろいろ他の演奏も聴いてきましたが、結局、このクリュイタンス盤に戻ります。
録音から、すでに45年。EMIはこの頃絶好調、録音も残響がふくよかで暖かく、演奏も暖かい名演盤と思います。
マーラーの交響曲第9番をエントリーした夜、父が死にました。
長い闘病生活でした。
結局マーラーが別れの曲になりました。
この5日間、通夜だの葬儀だの、一族郎党の本家として慌ただしく喪主をしておりました。
会葬者700人の喪主はなかなか大変でした。そうそうやるもんじゃありません。
我が家は御室派の真言宗、南無大師遍照金剛なんですが、今日は供養のためにレクイエムを聴いたのであります。
今日はフォーレのレクイエム 作品48。
アンドレ・クリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団の演奏。
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)、ヴィクトリア・デ・ロス・アンヘレス(S)の独唱。合唱はエリザベート・ブラッスール合唱団。
1962年2~3月の録音。EMI盤。
ゆったりとしたテンポで、息の長い旋律が美しく歌われてゆく。
実にロマンティックで、心優しい演奏。
音楽はふくよかで、慈しみに溢れている。心の底から暖かくなってくるようなレクイエム。静謐な抒情も美しい。音量を少し絞って聴くと、味わい豊か。
穏やかな合唱も大変美しく素晴らしい。アンサンブルは少しゆるめだと思うが、残響成分が多く、部屋中に広がってゆく感じが特にイイ。「サンクトゥス」などは心洗われるような美しさ。
クリュイタンスの音楽の運びも見事なもので、どこにも無理がなく、自然に音楽が呼吸している感じ。
そして、二人の独唱がまた素晴らしい。穏やかで落ち着いた歌唱、技術的にも非常に巧いと思うし、とにかく美声。
フィッシャー=ディースカウの声など、たまらない魅力。
さらに、デ・ロス・アンヘレスの「ピエ・イエズ」は絶品。音楽の素晴らしさもさることながら、声の質、清らかさ、歌の姿勢、すべてが素晴らしいと思う。この曲、この声だけ取り出して聴く価値あり。
初めてフォーレのレクイエムを聴いたのが、この演奏でありました。
いろいろ他の演奏も聴いてきましたが、結局、このクリュイタンス盤に戻ります。
録音から、すでに45年。EMIはこの頃絶好調、録音も残響がふくよかで暖かく、演奏も暖かい名演盤と思います。
マーラーの交響曲第9番をエントリーした夜、父が死にました。
長い闘病生活でした。
結局マーラーが別れの曲になりました。
この5日間、通夜だの葬儀だの、一族郎党の本家として慌ただしく喪主をしておりました。
会葬者700人の喪主はなかなか大変でした。そうそうやるもんじゃありません。
我が家は御室派の真言宗、南無大師遍照金剛なんですが、今日は供養のためにレクイエムを聴いたのであります。
2007/03/20のBlog
[ 03:04 ]
[ 交響曲 ]
春は異動の季節でもあります。
僕の職場でも人事異動が内示されました。多くの同僚が新しい職場に向かいます。
(僕は居残り・・・従って今年度も激務は続きます・・・・やれやれ)
春は別れの季節でもあるわけです。
で、取り出したのがマーラーの交響曲第9番ニ長調。
人生の別れの交響曲。
今日はベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏で。
1969年6月、コンセルトヘボウでの録音。フィリップス盤。
まずは、アムステルダム・コンセルトヘボウの音響の素晴らしさ。
1960年代末のアナログ録音だが、当時としては高水準の録音と思う。実にいい音。
聴き手を包み込んでくれる暖かさ、柔らかさ。
ハイティンクの解釈は正統的で、楽譜にも忠実。
情念渦巻くドロドロ系のマーラーではなく、爽やかで端正、スッキリ系のマーラー。僕は若い頃、このタイプは低カロリーの精進料理のような感じがして、あまり好みではなかったのだが、トシを取るにしたがってこのテの演奏が好みになってきた。栄養不足のような感があったのに、かえって、そこから味わい深く滋味あふれる情感がしみじみと漂ってくる演奏に思えてきた。
謂わば、瀬戸内の白身魚の味わい。淡泊でサラッとしているのに、独特の旨さがにじみ出てくる味わい。
そろそろ、シロギスが釣れ始める頃。近所の釣り好きなオイチャンが、「おう、今日はようけ釣れたぜよ」とまた持ってきてくれる季節。そういえば、このあいだのメバルは旨かった。間もなくタケノコメバルが滅法旨くなる季節だわい・・・・・。
ハイティンクのマーラーを聴いていると、そんなことを思う。
さて、その演奏。
ハイティンクの指揮はいつも通り真面目で誠実。そして、克明。
ハイティンクはまだ若く、一生懸命振っていく・・・・それにアムステルダム・コンセルトヘボウ管の奏者たちが、また懸命について行く・・・そういう感じの演奏。
前2つの楽章は、その真剣さが良い方向に働いて、傾聴に値する音楽になっている。
第3楽章は、やや余裕がない感じ。真面目すぎて、面白味に欠ける。何せ、この楽章はロンド・ブルレスケ。道化のような一面が欲しいのだが、ハイティンクまだ若い。表現がやや平板。
終楽章は名演。魂が浄化されてゆくような演奏。音響は素晴らしく、オケもよく鳴っている。
マーラー独特の、爛熟の極みとか、頽廃一歩手前の情緒とか、崩落寸前のロマンとか・・・そういう風味にはやや欠けるかもしれないが、コンセルトヘボウ管の響きはとても暖かく柔らかく、聴き手を包み込むよう。
特に弱音部のデリカシーはたまらない。コーダ直前の管楽器の味わいは格別だし、最終部分での弦楽が消え入るところの美しさは壮絶でありました。
次男坊も荷物の整理が出来ました。
新天地、大阪豊中に向かいます。ただし、長男の下宿と同じ。部屋は別としても、一人暮らしというより、二人暮らしみたいなもんですが。
いずれにせよ、我が家でも、春は異動の季節であります。
僕の職場でも人事異動が内示されました。多くの同僚が新しい職場に向かいます。
(僕は居残り・・・従って今年度も激務は続きます・・・・やれやれ)
春は別れの季節でもあるわけです。
で、取り出したのがマーラーの交響曲第9番ニ長調。
人生の別れの交響曲。
今日はベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏で。
1969年6月、コンセルトヘボウでの録音。フィリップス盤。
まずは、アムステルダム・コンセルトヘボウの音響の素晴らしさ。
1960年代末のアナログ録音だが、当時としては高水準の録音と思う。実にいい音。
聴き手を包み込んでくれる暖かさ、柔らかさ。
ハイティンクの解釈は正統的で、楽譜にも忠実。
情念渦巻くドロドロ系のマーラーではなく、爽やかで端正、スッキリ系のマーラー。僕は若い頃、このタイプは低カロリーの精進料理のような感じがして、あまり好みではなかったのだが、トシを取るにしたがってこのテの演奏が好みになってきた。栄養不足のような感があったのに、かえって、そこから味わい深く滋味あふれる情感がしみじみと漂ってくる演奏に思えてきた。
謂わば、瀬戸内の白身魚の味わい。淡泊でサラッとしているのに、独特の旨さがにじみ出てくる味わい。
そろそろ、シロギスが釣れ始める頃。近所の釣り好きなオイチャンが、「おう、今日はようけ釣れたぜよ」とまた持ってきてくれる季節。そういえば、このあいだのメバルは旨かった。間もなくタケノコメバルが滅法旨くなる季節だわい・・・・・。
ハイティンクのマーラーを聴いていると、そんなことを思う。
さて、その演奏。
ハイティンクの指揮はいつも通り真面目で誠実。そして、克明。
ハイティンクはまだ若く、一生懸命振っていく・・・・それにアムステルダム・コンセルトヘボウ管の奏者たちが、また懸命について行く・・・そういう感じの演奏。
前2つの楽章は、その真剣さが良い方向に働いて、傾聴に値する音楽になっている。
第3楽章は、やや余裕がない感じ。真面目すぎて、面白味に欠ける。何せ、この楽章はロンド・ブルレスケ。道化のような一面が欲しいのだが、ハイティンクまだ若い。表現がやや平板。
終楽章は名演。魂が浄化されてゆくような演奏。音響は素晴らしく、オケもよく鳴っている。
マーラー独特の、爛熟の極みとか、頽廃一歩手前の情緒とか、崩落寸前のロマンとか・・・そういう風味にはやや欠けるかもしれないが、コンセルトヘボウ管の響きはとても暖かく柔らかく、聴き手を包み込むよう。
特に弱音部のデリカシーはたまらない。コーダ直前の管楽器の味わいは格別だし、最終部分での弦楽が消え入るところの美しさは壮絶でありました。
次男坊も荷物の整理が出来ました。
新天地、大阪豊中に向かいます。ただし、長男の下宿と同じ。部屋は別としても、一人暮らしというより、二人暮らしみたいなもんですが。
いずれにせよ、我が家でも、春は異動の季節であります。
2007/03/19のBlog
[ 05:51 ]
[ 室内楽曲 ]
3月は激務です。連日の休日出勤で疲れます。
ジョギングもままなりません。
そんな中、しかし着実に春は来てます。
日の暮れるのが遅くなってきました。職場の桜の蕾も膨らんできてます。
そこで今日も「春」を聴きます。
ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ長調 作品24「春」。
ウート・ウーギのヴァイオリン独奏、ピアノはヴォルフガング・サヴァリッシュ。
1982年6月、ミュンヘンでのデジタル録音。
ウーギの自然なフレージングが心地よく、サヴァリッシュのエッジが丸みを帯びたピアノが美しい。ベートーヴェンの「春」らしい、爽やかで暖かい印象を残す1枚。
録音は残響が綺麗で、ややエコーがかかる感じもするが、ヴァイオリンの高音域が減衰してゆくときの余韻が、実に美しい。心洗われるような音。
ウーギのヴァイオリンは、抒情的でありながらも、スタイルはスマートでフレッシュ、技術的には相当なテクニシャンと思われる。高音の聴感が、ややきつく感じるのは惜しいが(録音のせいかな?)、明るく優美な響きで好感が持てる。
早春と云うより、春たけなわの明るさ、大らかさがある。しかも勢いがあってよく歌うヴァイオリン、カンタービレが大変美しいのもイイ。
サヴァリッシュのピアノは、伴奏に徹して控えめ。ウーギを引き立てようと意識しているのが分かる。ピアノの音色は刻々と変化して、ニュアンス多彩。見事なもんだわい。
指揮者の余芸ではない、本職の巧さ。
特に第2楽章のピアノは絶品の美しさ。円満で穏やか、冗舌ではないが素直な人柄を思わせる、しなやかな音楽が流れてゆく。
ベートーヴェンが書いた最も幸福な曲の一つを聴きながら、窓の外に広がる春の田園を眺めます。
野鳥が増えました。ウグイスも鳴いてます。
気持ちよい春風も吹いてます。
伊予路はいよいよ春本番です。
ジョギングもままなりません。
そんな中、しかし着実に春は来てます。
日の暮れるのが遅くなってきました。職場の桜の蕾も膨らんできてます。
そこで今日も「春」を聴きます。
ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ長調 作品24「春」。
ウート・ウーギのヴァイオリン独奏、ピアノはヴォルフガング・サヴァリッシュ。
1982年6月、ミュンヘンでのデジタル録音。
ウーギの自然なフレージングが心地よく、サヴァリッシュのエッジが丸みを帯びたピアノが美しい。ベートーヴェンの「春」らしい、爽やかで暖かい印象を残す1枚。
録音は残響が綺麗で、ややエコーがかかる感じもするが、ヴァイオリンの高音域が減衰してゆくときの余韻が、実に美しい。心洗われるような音。
ウーギのヴァイオリンは、抒情的でありながらも、スタイルはスマートでフレッシュ、技術的には相当なテクニシャンと思われる。高音の聴感が、ややきつく感じるのは惜しいが(録音のせいかな?)、明るく優美な響きで好感が持てる。
早春と云うより、春たけなわの明るさ、大らかさがある。しかも勢いがあってよく歌うヴァイオリン、カンタービレが大変美しいのもイイ。
サヴァリッシュのピアノは、伴奏に徹して控えめ。ウーギを引き立てようと意識しているのが分かる。ピアノの音色は刻々と変化して、ニュアンス多彩。見事なもんだわい。
指揮者の余芸ではない、本職の巧さ。
特に第2楽章のピアノは絶品の美しさ。円満で穏やか、冗舌ではないが素直な人柄を思わせる、しなやかな音楽が流れてゆく。
ベートーヴェンが書いた最も幸福な曲の一つを聴きながら、窓の外に広がる春の田園を眺めます。
野鳥が増えました。ウグイスも鳴いてます。
気持ちよい春風も吹いてます。
伊予路はいよいよ春本番です。
2007/03/18のBlog
[ 05:02 ]
[ 協奏曲 ]
春が来ると、ヴィヴァルディの「四季」を聴きたくなる・・・・。
風は冷たかったのですが、良い天気の休日でした。
春の陽射し、暖かかったですね。
お墓の掃除も出来て、今日から彼岸です。親類も墓参りに来るでしょう。
春です。
だから、春が来ると、ヴィヴァルディの「四季」を聴きたくなる・・・・。
「春」のあの第1楽章の爽やかな音楽は、心をウキウキさせますな。
そこで、今日はヴィヴァルディ「四季」。
フェリックス・アーヨのヴァイオリン独奏、イ・ムジチ合奏団の演奏。
1959年4月、ウィーンでの録音。フィリップス盤。
昨日も書いたが、これぞクラシック音楽入門のド定盤であって、人口に膾炙した名盤中の名盤。
滑らかで流れるようなストリングス、輝かしく艶やかなアーヨのソロ・ヴァイオリン。
イタリアの地中海、蒼い海に光る波のようなキラキラしたところもあれば、南国の燦々とした陽光を浴びた暖かく軟らかい表情も随所にみられる演奏。
明朗で、屈託なく、実に伸びやか。
そもそもヴィヴァルディという人は、良い意味でスッカラカンとした明朗で屈託ない音楽を書き続けた作曲家だと思うが、この「四季」はとても気持ちよく、音楽が鳴る。
アーヨのソロが、最高に美しい。伸び伸びとして、幸福な音色。
イ・ムジチのアンサンブルも美しく、残響も十分で、わが部屋に、まさに春が来たような気分になる。
色で例えれば、これは桜色。美しいピンク。
あまりの明るさに、聴いていて、照れくさくなってしまうのはオジンの恥じらいかな。
「春」だけでなく、続く夏・秋・冬も演奏は美麗を極める。
レガートの気持ちよいこと。
聴き終えたときに、爽やかで、そしてほんのりと頬が染まるような感動がある。
ああ、これ、わが青春期の演奏でもありました。
録音も50年近く経過したものとはとても思われない爽やかさ。
今も十分に鑑賞に値する素晴らしさ。
もちろん、現代の最新録音と比べれば、少し音がこもり気味かなとも思うが、なに、聴き進むうちにそんなことは全く気にならなくなる。
爽やかさと柔らかさとに包まれて、ヴィヴァルディの明るさに照射されるような録音。
古き懐かしきアナログの時代が、鮮やかに蘇ります。
まさに名録音、名演奏と云ってエエでしょう。
風は冷たかったのですが、良い天気の休日でした。
春の陽射し、暖かかったですね。
お墓の掃除も出来て、今日から彼岸です。親類も墓参りに来るでしょう。
春です。
だから、春が来ると、ヴィヴァルディの「四季」を聴きたくなる・・・・。
「春」のあの第1楽章の爽やかな音楽は、心をウキウキさせますな。
そこで、今日はヴィヴァルディ「四季」。
フェリックス・アーヨのヴァイオリン独奏、イ・ムジチ合奏団の演奏。
1959年4月、ウィーンでの録音。フィリップス盤。
昨日も書いたが、これぞクラシック音楽入門のド定盤であって、人口に膾炙した名盤中の名盤。
滑らかで流れるようなストリングス、輝かしく艶やかなアーヨのソロ・ヴァイオリン。
イタリアの地中海、蒼い海に光る波のようなキラキラしたところもあれば、南国の燦々とした陽光を浴びた暖かく軟らかい表情も随所にみられる演奏。
明朗で、屈託なく、実に伸びやか。
そもそもヴィヴァルディという人は、良い意味でスッカラカンとした明朗で屈託ない音楽を書き続けた作曲家だと思うが、この「四季」はとても気持ちよく、音楽が鳴る。
アーヨのソロが、最高に美しい。伸び伸びとして、幸福な音色。
イ・ムジチのアンサンブルも美しく、残響も十分で、わが部屋に、まさに春が来たような気分になる。
色で例えれば、これは桜色。美しいピンク。
あまりの明るさに、聴いていて、照れくさくなってしまうのはオジンの恥じらいかな。
「春」だけでなく、続く夏・秋・冬も演奏は美麗を極める。
レガートの気持ちよいこと。
聴き終えたときに、爽やかで、そしてほんのりと頬が染まるような感動がある。
ああ、これ、わが青春期の演奏でもありました。
録音も50年近く経過したものとはとても思われない爽やかさ。
今も十分に鑑賞に値する素晴らしさ。
もちろん、現代の最新録音と比べれば、少し音がこもり気味かなとも思うが、なに、聴き進むうちにそんなことは全く気にならなくなる。
爽やかさと柔らかさとに包まれて、ヴィヴァルディの明るさに照射されるような録音。
古き懐かしきアナログの時代が、鮮やかに蘇ります。
まさに名録音、名演奏と云ってエエでしょう。
2007/03/17のBlog
[ 05:11 ]
[ 交響曲 ]
「未完成」を聴くと、つい、「運命」を聴きたくなる・・・・。
昔、LP入門のド定盤は「運命・未完成」のカップリングでありました。
RCAならミュンシュ、CBSならワルターにバーンスタイン(のちマゼール)、EMIはクリュイタンスだったかな・・・。どこのレーベルもこの組み合わせで、ホンマ、ナンボでも出しよりました。
中でも圧倒的に売れたのはカラヤン/BPOのDG盤。レコード番号MG2001。クラシックのLPなんか、本当に売れないのだが、このカラヤンの「運命・未完成」と、イ・ムジチ合奏団のヴィヴァルディ「四季」(アーヨのソロ)だけは、群を抜いて売れたそうな。
マーラーやブルックナーなんて、あまりに長すぎて多くの人には聴かれなかった時代ののんびりしたこれはお話ですな。
というわけで、今日は「運命」、いきます。
ベートーヴェンの交響曲第5番ハ短調「運命」。
オトマール・スウィトナー指揮ベルリン・シュターツカペレの演奏。
1981年8月、東ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。DENON盤。
デンマークのB&K社が特別試作したマイクを使用し、優秀録音としても評判になったLP。東独のペータース出版のギュルケ版の楽譜を用いて、第3楽章を繰り返していることでも話題になった1枚。
それにしても、「運命」1曲35分で1枚2800円もした時代。高かったなぁ。音楽を有り難く拝聴する感覚だった時代ですな。LPを袋から取り出して、「ヒゲ」が付かないようにターンテーブルに載せ、クリーナーでホコリを払い、静かに針を落としてゆく・・・・・。儀式のように準備しながら、この「運命」を聴いたもんです。
演奏は、力強く逞しく剛毅なベートーヴェン。
その身体は筋肉質でよく締まっていて、脂肪分の少ないスタイリッシュな肉体。
動きは美しくしなやかで、シャープな切れ味も見せる。
ドイツ的な堅牢さで、ビシッと決まった構成感も素晴らしい。安定度抜群。
伝統工芸の職人の技のような趣がたまらない魅力。
古典的な格調の高さが感じられる名演奏だと思うのだが、終楽章では、圧倒的な迫力の勝利の凱歌とともに、ロマンの薫りも漂ってくる。
ベルリン・シュターツカペレの音は、ややくすんだ感じの響きで、ツヤツヤしてはいないのだが、質実剛健で、木質の感触が好ましい。素朴な工芸品のような魅力にあふれている。心落ち着く、エエ音。
録音は最高。
DENONが絶好調だった時代の名録音で、音質は今も瑞々しく、量感豊かに聴き手に迫ってくる。奥行き、左右の広がり、高さとも十分で、ステージを彷彿とさせる。しかも、弦楽セクションと管楽器が見事に定位して、それぞれの位置できちんと弾き、吹いている。
これは、快感であります。
昔、LP入門のド定盤は「運命・未完成」のカップリングでありました。
RCAならミュンシュ、CBSならワルターにバーンスタイン(のちマゼール)、EMIはクリュイタンスだったかな・・・。どこのレーベルもこの組み合わせで、ホンマ、ナンボでも出しよりました。
中でも圧倒的に売れたのはカラヤン/BPOのDG盤。レコード番号MG2001。クラシックのLPなんか、本当に売れないのだが、このカラヤンの「運命・未完成」と、イ・ムジチ合奏団のヴィヴァルディ「四季」(アーヨのソロ)だけは、群を抜いて売れたそうな。
マーラーやブルックナーなんて、あまりに長すぎて多くの人には聴かれなかった時代ののんびりしたこれはお話ですな。
というわけで、今日は「運命」、いきます。
ベートーヴェンの交響曲第5番ハ短調「運命」。
オトマール・スウィトナー指揮ベルリン・シュターツカペレの演奏。
1981年8月、東ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。DENON盤。
デンマークのB&K社が特別試作したマイクを使用し、優秀録音としても評判になったLP。東独のペータース出版のギュルケ版の楽譜を用いて、第3楽章を繰り返していることでも話題になった1枚。
それにしても、「運命」1曲35分で1枚2800円もした時代。高かったなぁ。音楽を有り難く拝聴する感覚だった時代ですな。LPを袋から取り出して、「ヒゲ」が付かないようにターンテーブルに載せ、クリーナーでホコリを払い、静かに針を落としてゆく・・・・・。儀式のように準備しながら、この「運命」を聴いたもんです。
演奏は、力強く逞しく剛毅なベートーヴェン。
その身体は筋肉質でよく締まっていて、脂肪分の少ないスタイリッシュな肉体。
動きは美しくしなやかで、シャープな切れ味も見せる。
ドイツ的な堅牢さで、ビシッと決まった構成感も素晴らしい。安定度抜群。
伝統工芸の職人の技のような趣がたまらない魅力。
古典的な格調の高さが感じられる名演奏だと思うのだが、終楽章では、圧倒的な迫力の勝利の凱歌とともに、ロマンの薫りも漂ってくる。
ベルリン・シュターツカペレの音は、ややくすんだ感じの響きで、ツヤツヤしてはいないのだが、質実剛健で、木質の感触が好ましい。素朴な工芸品のような魅力にあふれている。心落ち着く、エエ音。
録音は最高。
DENONが絶好調だった時代の名録音で、音質は今も瑞々しく、量感豊かに聴き手に迫ってくる。奥行き、左右の広がり、高さとも十分で、ステージを彷彿とさせる。しかも、弦楽セクションと管楽器が見事に定位して、それぞれの位置できちんと弾き、吹いている。
これは、快感であります。