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クラシック音楽のひとりごと
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2007/04/12のBlog
春の暖かさ。日中は汗ばむほどでした。
春風が吹きます。桜吹雪を眺めておりました。

今日はピアノ曲です。

J・S・バッハの平均律クラヴィーア曲集 第1巻 BWV846‐BWV869。
スビャトスラフ・リヒテルのピアノ独奏。
1970年7月、ザルツブルクのクレスハイム宮での録音。ピアノはベーゼンドルファー。

夢見るような残響、ロマンティックなピアノ。
リヒテルはリヒテルの道を行く。これがバッハかいな、と思うが、やはりバッハは偉大であって、こんなにロマンティックに弾いても、バッハはバッハ。
偉大な作曲家に偉大なピアニストの組合せ。素晴らしい演奏だと思う。

第1番の静謐で平穏な演奏が始まった途端、リヒテルの世界に引き込まれる。心が洗われるような演奏。今まで何回この第1番を聴いたことだろう。幸福感に満ちて、胸が熱くなる演奏と思う。疲れ切ったときに、この演奏を聴くとホッとしますぞ。

第2番は激情の表現。ロマン派そのものだ。めまぐるしく動くピアノ、表情もどんどん変わってゆく鮮やかさ。音色も多彩で、すごいピアニズム。

第3番は軽やかな羽毛のよう。小鳥の踊り。桜吹雪の中にいるような、華やかで軽やかで爽やかな演奏。
フーガも楽しい。リヒテルのピアニスティックな表現に酔ってしまいそう。

第4番の沈み込んでゆく感情。ここではリヒテルのピアノは内へ内へと向かってゆく。聴いていて内省を強いられるような表現。強いられると云っても、窮屈だということではなく、聴いているうちに、内なる自分との対話をせざるを得ないような・・・・そんな気分になると言うべきか。
特にフーガがスゴイ。トータル9分36秒の大曲。

第5番は高音の輝きが素晴らしい。ここでもフーガが素晴らしく、純白の輝きを感じさせる名演。

・・・・・・・。

さて、順番に書いていってもキリがありません。
どこから聴いても、このCDは凄いなと思います。第1巻2枚、第2巻2枚、計4枚組のCDですが、今や廉価盤で3000円程度で買えてしまうでしょう。
(昔は1万円しました・・・・・(T.T))
初めて聴いたときは、残響の多い録音に驚きましたが、今はこの残響・余韻があればこその名演と思えます。
ピアノの音はとても綺麗です。
ベーゼンドルファーの深々としたビロードのような音が素晴らしいです。
2007/04/11のBlog
年度初めの業務はだいぶ落ち着いてきましたが、峠を越えるのはまだのようです。
毎年のこととはいえ、ホンマにこの時期は忙しいですなぁ。

さて、今日はマーラーの交響曲第5番嬰ハ短調。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏。
1973年2月、ダーレムのイエス・キリスト教会での録音。DG盤。
こののち、BPOの録音はフィルハーモニーが殆どになったので、この録音は、イエス・キリスト教会最後期の録音になると思う。

カラヤンが作り上げる、耽美派のマーラー。
磨きに磨き上げた美音が洪水のように迫ってくる、スゴイ演奏。
マーラー独特のグロテスクさやドロドロした情念からは遠く離れた演奏であって、やや人工的な感もある。
とにかく徹底して美しさを追求した演奏と思う。えげつないマーラーはよくあるが、カラヤンはえげつなさから遠いところにいる。

第1楽章冒頭のトランペットが惚れ惚れするほど美しい。音も大きいが、音色も美しい。その後のフルオケの爆風は凄まじい。BPOが完璧なバランスで鳴っている。

第2楽章は抑制のきいた表現。旋律豊かに歌い、マーラー的な激情は薄い感じ。旋律が美しく歌われるので、ふと郷愁を誘われるような感じもある。ここでも楽器が見事な調和で鳴っていて、幻想曲風な演奏に聞こえる。

第3楽章のスケルツォは、この曲の核心。
交響曲の歴史の中で長い間諧謔曲であったスケルツォは、マーラーのこの第5交響曲で、ついに交響曲の中心に成長したと思うのだが、カラヤン/BPOの演奏を聴いていると、そのことを強く実感する。美しく、はかなく、意味深い演奏。
カラヤンのコントロールが行き届いている感じ。オケが有機体のように、瞬間瞬間にその音色を変えてゆくのがスゴイ。無数の色やかたちに変化する音の万華鏡。
ソロのホルンは抜群の巧さ。それに絡むトランペットなどの管楽器も安定感があって、聴きごたえあり。

第4楽章は凄絶な美しさに貫かれたアダージェット。カラヤンの耽美派の面目躍如。これほど美しいアダージェットとなると・・・・・対抗しうる演奏は、そうは思いつかないぞい。

終楽章もBPOの巧さを堪能できるが、その響きに酔いながら、ふと、この演奏がR・シュトラウスの管弦楽曲に近いところにあると思った。マーラーが後期ロマン派であって、その世界にはR・シュトラウスがいることを、改めて気づかされるような演奏。
思えば、カラヤンはR・シュトラウスの名手であった。


録音から35年。アナログ全盛期の、素晴らしい録音。
イエス・キリスト教会での録音が効いていて、残響も豊かだし広がりも大きい。
のちの、フィルハーモニーでのカラヤン/BPOの録音が平板的で、低域がモコモコしたり、音がかぶるようなところがあるのに比べて、これは上々の音がします。
良い録音だと思います。
2007/04/10のBlog
久しぶりに今日は室内楽を。

シューベルトの弦楽四重奏曲第14番 ニ短調 D.810 「死と乙女」。
イタリア弦楽四重奏団の演奏。
1965年12月、スイスでの録音。フィリップスの昔懐かしい1300円盤LP。

しなやかに、よく歌うシューベルト。艶やかなヴァイオリン2本が特に美しく歌う。
美音で、抜けるような高音は、高原の風邪のように爽やかな空気を部屋に運んでくる。
リズムもよく弾み、実に軽やかで気持ちよい。

第1楽章はアレグロ。
暗くてやりきれない、時に劇的な旋律も、イタリアSQで聴くと爽やかな印象を受けるのだから、不思議なものだ。響きも充実していて、ヴィオラやチェロもよく歌う。
歌曲の作曲家であったシューベルト再現にふさわしいアプローチだと思う。

第2楽章はアンダンティーノ・コン・モート。
変奏曲主題はこの曲のタイトルになったものだが、さすがイタリアSQ、美しく香り高い演奏に仕上げている。チェロの深々とした音が特に素晴らしい楽章でもある。
可憐な乙女に忍び寄る死神の恐ろしさ、避けることの出来ない恐怖を表出して余すところがない。思えば、シューベルトはホンマにコワイ音楽を書いたものだ。

第3楽章はスケルツォ。速度記号はアレグロ・モルト。
よく弾み、よく歌うスケルツォ。ヴァイオリンの突き抜けるような高音の輝き、それに内声部を受け持つヴィオラが美しく絡んでゆくさまは、何とも云えず鮮やか。イタリアSQの響きは、いつも鮮やかで明るく、くすんだところがない。サラッとした陽光を思わせる明るさ、華やかさ。

フィナーレはプレスト。
ここでも、よくシェイプされたリズムが快適で、颯爽と音楽が進んでゆく。軽快でサッパリ、しかも歌は忘れない。見事なものだと思う。

「死と乙女」はいろいろ聴いてきましたが、これは僕が初めて買ったLPでして、今も愛着が強いものです。
「刷り込み」って云うんですかね。様々な演奏を聴いて、どれもエエなぁと思いつつ、結局最初に聴いた演奏に戻っちゃう・・・。でも、イタリアSQでシューベルトの弦楽四重奏曲に出会えたこと、良かったなぁと思えます。


すでに40年以上を経過した録音ですが、今も快適に聴けます。
アナログ盤で聴くヴァイオリンの爽やかな音は、心地よく癒される感じです。
部屋が爽快で涼やかな空気で満たされるのは、エエもんです。
2007/04/09のBlog
春霞の一日でした。
四国の連峰がボンヤリと夢見るように霞んでいた春の日でありました。

そこで今日は夢見るような音楽を。

ラヴェルの組曲「マ・メール・ロワ」。
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1989年11月、コンセルトヘボウでの録音。CBSソニー盤。

「マ・メール・ロワ」の原曲は、友人の子供のために作曲したピアノ連弾曲。
連弾曲はあまり聴かないが、その管弦楽版は素晴らしい。「マザー・グース」に取材したものというが、オーケストレーションが素晴らしく、夢見るような音楽になっている。

それをジュリーニ/ACOのコンビで聴くと、音楽が豊かで、柔らかく、ホンマに夢の世界に遊ぶような感覚になってしまう。
テンポがゆったりしていて、独特のテヌートもたまらない魅力。そして、ジュリーニらしい「歌」も。

第1曲「眠りの森の美女のパヴァーヌ」は、 弦楽セクションのデリケートな響きに魅了されてしまう。

第2曲「おやゆび小僧」も、秘やかでシックなヴァイオリンの音色が素晴らしい。オーボエの哀しみを含んだ色合いもイイ。くすんだ、渋い響きはコンセルトヘボウ管らしい。そして森の中の小鳥そのままの木管群。ラヴェルの編曲の妙がそのまま味わえる。

第3曲「パゴダの女王レドロネット」はもともと軽快な曲だが、 ジュリーニの棒で聴くと、ダンディな紳士の響きになる。ACOの音がここでも全く素晴らしい。奥行きのある、深みのある音。森の奥にひっそりとしずまる湖、その湖水のような穏やかさ。心が静かに落ち着いてくる響き。身を浸して聴くのにふさわしい音。淡い憂いを秘めたようなコンセルトヘボウ管の音に酔うのもイイもんだと思う。

第4曲は「美女と野獣の対話」。
これは美しいワルツだ。美女を表すクラリネットはもちろんイイが、野獣のコントラ・ファゴットの音がまた素晴らしく良い。深く、コクがあって、しみじみと情趣がある音。ホールの余韻も素晴らしく、音が消えてゆく瞬間の美しさは絶品。

終曲は「妖精の園」。ここもストリングスが美しく、デリケート。ソロ・ヴァイオリンの高音の細身の音も、匂うような美しさ。コンセルトヘボウ管の弦楽セクションの力量を聴く思いがする。

録音は、穏やかでシックなコンセルトヘボウ管の響きをよく捉えていると思います。
カップリングはドヴォルザークの8番交響曲という、ちょっと変わった組み合わせですが、これも素晴らしい演奏。
今や廉価盤です。
2007/04/08のBlog
伊予路では桜満開の週末です。
もうすぐ若葉の季節、ここのところ寒かったんですが、気温も少し上がってきました。

今日は器楽曲です。

ショパンの夜想曲集。
クラウディオ・アラウのピアノ独奏。
1977年~78年の録音。フィリップス盤。

アラウが弾くと、骨太のショパンになる。そこがイイ。
他の演奏家と比べると、ゴツゴツとしたところもある。ナヨナヨしたり、女々しくなるところがない。男性的で、内に強さを秘めたショパン。

イキでイナセでダンディなショパンでもある。背中で泣いて、顔では微笑んで・・・・そんな美学が伝わってくる演奏。
感情移入過多のショパンではなく、適度な思い入れと節度のあるピアニズムが実に良い。アッサリ系の演奏なのだが、演奏の底の方に、清冽な、美しい抒情が流れてゆく感じ。

僕は若い頃、アラウのショパンを聴いて、もう少し情熱的にやってくれてもイイかな・・・と思ったものだが、トシを取ると嗜好が変わってくるもので、アラウのショパンが肌に合うようになった。
ベタつかず、甘すぎず、ハーフ・ビターのチョコレートのよう。今も沢山ある砂糖菓子のように甘いショパンより、ずっとイイ。

著名な変ホ長調のもの、作品9の2などは、もう貫禄の表現。適度なルバートに上品なピアニズム、端正な造形。
これは大人のショパンだなぁ。酸いも甘いも味わい尽くした、人生の達人のショパン。
もちろん、ショパンのサロン風のところもしっかり残して弾いているのも、さすがにアラウ。

録音から30年を経過しても、素晴らしい音で楽しめます。
70年代以降のフィリップス録音には、ホンマにハズレがありません。
アラウのピアノには芯があって、残響もしっとりと柔らかく、ノクターンにはピッタリだと思います。


若い頃は、よくショパンを聴きました。
ノクターンなど、ホンマによく聴きました。
あの独特の甘い旋律と美しい和音は、今も青春の響きであります。
雨が降るとき、あるいは若葉の季節が近くなると、ショパンを聴きたくなります。
オジンのノスタルジーですかな。
2007/04/07のBlog
年度初めは忙しいですね。その多忙の中、昨晩は新任・転任者の歓迎会。
新しい人たちの登場で、また職場に新しい風が吹きそうです。
異動・転勤の人は大変ですが、新しい職場というのはまた気分が新鮮になってエエもんですな。ワタシは転勤好きです。

今日はブラームスの交響曲第2番 ニ長調 作品73。

ホルスト・シュタイン指揮バンベルク交響楽団の演奏。
1997年7月、バンベルク響の本拠、ヨゼフ・カイルベルト・ザールでのライヴ録音。

シュタインのブラームスは誠実で着実。派手さはないものの、聴いた後の充実感が大きい。目立たないが、しっかりと仕事をこなす職人肌の演奏とでもいうべきか。
このコンビでの3番交響曲でも感じたことだが、渋いが堅実、とても良いブラームスだと思う。

弦楽セクションの柔らかい音がたまらなく美しい。やさしく、柔らかく、しかし芯の通った強さもあって、しなやかな弾力感も心地よい。このストリングスの美しさに木管の渋い音が加わって、バンベルク響特有の、しっとりと落ち着いた響きが醸成されてくる。
ブラームスらしく、個々の楽器がよく融け合って、色合いもシックで耳に馴染みやすい音響になっていく。

シュタインの指揮は正攻法で、基本的にはイン・テンポ。あまりテンポを揺らさず、ルバートも殆どない。速度感も全く中庸。
こういう演奏は面白くないことが多いのだが、このシュタイン盤から出てくる音の充実感、味わい深さは何なのだろう。これぞブラームスと云うべき音の渋さ。様々な音の絵の具をパレットで丁寧に混ぜ合わせたような音。
ブラームスは原色を使わない。その奥ゆかしさが、この演奏にはある。

第2楽章が特にイイ。サウンドの渋さ、ゆったりしたテンポ、弦と管の会話など、極上の演奏になっている。まさに、「ブラームスの田園」というべきのどかさ、素朴さ。

録音は上々で、ライヴ録音のハンディを感じさせない素晴らしさ。
音の融け合い、楽器のバランスなど文句なし。
左右の広がりにはやや欠ける感じで、中央に響きの厚さが寄ってくる。
音そのものは、ブラームス的と云うしかない・・・・その落ち着きが良いです。
2007/04/06のBlog
冷えます。日中の陽光は強いんですが気温は低いですね。
これで満開の桜は週末までもつかな・・・・。
のんびり、花見をしたいもんです。

さて、今日はシューベルトの大曲を。

シューベルトの交響曲第9番ハ長調「グレート」。
(これ、番号はやはり「9番」がエエですね。しっくりきます)
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮バイエルン放送交響楽団の演奏。
1993年2月27日と28日、ミュンヘンのヘルクレスザールでのライヴ録音。CBSソニー盤。

悠揚迫らぬテンポで大人の風格を漂わせる。ジュリーニらしく、実によく歌うシューベルト。

第1楽章の序奏部はスケール雄大。その後、主部に入るところでアッチェランドしないのがジュリーニ流。ゆったり、タップリ、旋律を十分に歌わせながら進んでゆく。そして、音が持続するテヌートがイイ。音がよく伸びて、味わい豊かな演奏になっている。
彫りも深く、堂々たる王者の歩み。押しも押されもしない強さ、頑固さ。
いつも思うのだが、ジュリーニはジュリーニの道をひたすら進む。この遅さ、雄大さ。もう、見事としか云いようがない。

第2楽章はアンダンテ・コン・モート。
ここでも歌が素晴らしい。オーボエやクラリネットの美しいカンタービレ。内声部のヴィオラやチェロもよく歌っている。
途中、止まってしまいそうなくらいにテンポ落とすのもジュリーニ流。そこが、またしかし、哀しいくらいに美しい。

第3楽章も歌うスケルツォ。リズムより歌。弾むよりも優美なカンタービレをジュリーニは目指す。もう徹底している。
トリオでも濃厚な味わいもスゴイ。遅く、美しく、旋律線がどんどん延びてゆくトリオ。思い入れも強い感じ。これは、たっぷりと水を湛えた大河のよう。悠久の流れ。

終楽章も堂々と進む。ドッシリと落ち着いた低音に、しなやかに歌うヴァイオリン群がからんゆくところなど、全く綺麗。
圧倒的で感動的なフィナーレになっていると思う。

録音はライヴらしい、ステージを彷彿とさせる感じの録り方。
ホール中央のやや後方の席で聴いている感じ。
ステージとは距離があり、個々の楽器の融け合いが美しい。
鮮烈と云うよりは、渋めの落ち着いた好録音と云うべきでしょう。

ジュリーニとしては再録音盤です。
1970年代にDGにシカゴ響と録音してます。ジュリーニの意図の徹底、覇気、豪快さなどで、旧盤が上回るような気もしますが、この新盤もふっくらとした良さがあります。
2007/04/05のBlog
花冷えです。寒い春の一日でした。
新年度の激務は続きます。周囲で異動が多かったので、やや仕事に支障を来してますな。新人さん、転任さんに早く仕事を覚えてもらわなくちゃね。

さて、今日はオーケストラ曲の名曲を。

ムソルグスキー(ラヴェル編)の組曲「展覧会の絵」。
クラウディオ・アバド指揮ロンドン交響楽団の演奏。
1981年11月の録音。DG盤。
アバドにとっては初めての録音。(後年、ベルリン・フィルと再録音している)

アバドがまだ若く、将来を嘱望されていた頃のイキのイイ演奏。
ラヴェルよりムソルグスキー寄りの演奏で、ロシアの土俗的な雰囲気と、西欧的な洗練を加えたような演奏。
フランス的な軽さを表出したり、キラキラとした管弦楽を追求する路線ではなく、あくまでもムソルグスキーの原曲のロシア風のところ、荒々しいところなどが前に出てくる感じ。
ロンドン響は好調。音が輝かしく、しかも重い。ズシッと来る重量感がある。イギリスのオーケストラから、腹にこたえるような重量級の音を引き出すのだから、さすが、アバドやなぁ、ただ者ではないなぁ・・と初めて聴いたときは思ったものだ。

「プロムナード」はその最たるもので、金管の荒っぽさ、野太さなど実に雰囲気豊か。全体的には洗練された感じなのに、個々の音は、荒々しく逞しい。

圧巻は「バーバ・ヤーガの小屋」から「キエフの大門」に至るラストのところ。
管弦楽が強靱で剛毅に鳴り渡る。逞しく強い響き。金管などゴリゴリ鳴っている感じ。

アバドの指揮は端正なもので、楽器のバランスもよく、管弦楽はしなやかに流れるのだが、音の強さがこのムソルグスキーの特徴といえそう。

デジタル初期の録音ですが、そんなに硬くもなく聴きやすい音です。
アバドのロンドン響時代の録音は、概して聴きやすいものが多いんです。
アナログ的な良さを感じる音質とでも言いましょうか。

2007/04/04のBlog
花冷えの寒さ。四国は夜来の風雨です・・・といえば「春眠暁を覚えず」でありますが、ワタシは早朝に目覚めます。目覚めてしまいます。トシですなぁ・・・・。
そのかわり夜はすぐに眠くなります。10時には床に入りたくなります。出来ればもっと早く眠りたいくらい。
明るくなると目覚め、暗くなると寝てしまう・・・・・・四国の島国田園田舎生活を満喫と言いたいところですが、仕事は激務です。この2カ月は全く忙しい・・・・・。何とかならんもんかいな。

さて、今日はブラームスの交響曲第1番ハ短調 作品68。

オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管の演奏。
1956年10月、ロンドンのキングズウェイホールでの録音。EMI盤。

第1楽章の冒頭から、ブラームスの1番交響曲らしく、ものものしい感じの開始。
ティンパニの強打が凄まじい。迫力満点。ズシッと来るのが心地よい。響きがこもり気味なのが残念だが、録音から50年経過したことを考えれば仕方ないかな。
テンポはクレンペラーにしては速め。推進力十分で、熱気に溢れている。フィルハーモニア管の奏者たちのヤル気が伝わってくる感じ。
ヴァイオリンの両翼配置が効いていて、掛け合いが楽しいし、音楽が徐々に盛り上がってゆく時の音の広がりが楽しめる。

第2楽章はオーボエの活躍が楽しめる。達者なソロだと思う。
この時期のフィルハーモニア管は概して木管が味わい深いようだ。そして弦の美しさも格別。特に音の持続感というか、音が伸びてゆくときの響きはとても美しい。
クレンペラーは旋律線を生かしながら、ノスタルジックな雰囲気を作り出してゆく。

第3楽章は余裕たっぷり。貫禄の演奏というべきかな。特に何もしていないようで、生まれてくる音楽は豊饒そのもの。ここでも、オケの巧さに感心する。

そして、終楽章の盛り上がり。グイグイと音楽が進んで、燃焼度も高い。
クレンペラーといえばクールな演奏、堅固な造形が特徴の指揮者だと思うのだが、ここではさすがに熱く燃え上がっている。オケの熱気もハンパじゃない。
フィルハーモニア管は全く好演。おそらく、当時、絶好調だったのじゃないかと思われる。ソロも巧い。コーダ近くでのソロ・ヴァイオリンの浮遊するような響きはたいそう魅力的だし、ホルンの懐かしさを誘う響きもこれまた美しい。

録音から50年。
さすがに音は古びてきた感じです。もともとブラームスの交響曲はそんなに鮮やかに鳴らない曲だとは思いますが、それにしても響きはくすんできている感じ。
ただ、演奏は素晴らしいです。
オケの巧さも感心しますしね。
2007/04/03のBlog
黄砂が降りました。石鎚山が黄砂で霞むのは久しぶりです。
今年は多いようです。

さて、今日は昔話を一つ。

昔、LP全盛期のレコード屋は、透明の箱に沢山のレコードを放り込んであって(クラシック音楽ならジャンル別にしてあった)、ボクらはそれを「エサ箱」と称していたのだが、1枚1枚ジャケットを眺めながら、タスキの文字を確認しつつ、目当てのレコードや掘り出し物を探したものだった。

学生の頃は特にビンボーだったので、何時間もエサ箱を漁りつつ、でも結局1枚程度しか買う金がなく、だからこそ選ぶのは必死であって(何しろ数日昼飯を抜いて、そのカネで買うのだからハングリー精神は文字通り旺盛であった)、ジャケット裏のライナーなども丁寧に読んでから買うのだった(尤も、タスキが邪魔してライナー全てを読むことは出来なかったが)。

ジャケットの絵や写真が良いと、演奏も当然良いものだろうという、妙な先入観があったが、でもその感覚はだいたい合っていたと思う。良いジャケットは演奏もイイ。あまり外れたことはないような気がする。

今日のLPもそんな1枚。
ただし、これは僕が買う以前から評価が確立していた、ド定盤でありますが。

モーツァルトの交響曲第40番 ト短調 K.550。
ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団の演奏。
1959年1月の録音。CBSソニーのLP盤。

僕が購入した頃は、「哀しみのシンフォニー」と呼ばれていた(シルヴィ・バルタンが歌っていたからか)。今はどうなのだろう。
ワルターのは、「微笑みと哀しみのシンフォニー」といったところか。

流麗でやさしいレガート。適度なポルタメントが郷愁や暖かさを漂わせて、穏やかに聴き手を包んでくる。この柔らかさは格別。
テンポは中庸。現代の演奏と比較すると遅めになるのだろうが、僕にはこのくらいの方が肌に合う。

第1楽章の柔らかさ。羽毛の軽さとでも云うべきか。軽く柔らかく、暖かく浮遊する音楽のようで、慈しみに溢れている。
第2楽章は木管の扱いが巧く、音楽全体が静かで穏やかな表情。その中に優しい微笑みがある。これぞワルターと云いたいくらい。
第3楽章は決然としたメヌエット。劇的なところもあるが、それが激情のようにならないのがワルターであって、優雅な表情はたまらない魅力。
そして、終楽章哀しみ。迸る感情が、ワルターの優しさに包まれて上品に響く。

録音も上々。LPの音はさすがに古びてきましたが、CDは結構イケます。
48年前の録音としては、素晴らしいものと思えます。
もっとも、演奏が素晴らしいので録音の古さなど、どうでもイイのですが。

ああ、故郷に帰ったような気分になるモーツァルト。
昔々、クラシック音楽を聴き始めた頃の、原点を思い出させてくれます。
2007/04/02のBlog
暖かい春の日でありました。
次男坊は今日が入学式。長男と同じアパートの生活の始まりです。
大阪豊中は家賃が安いです。昔ながらのアパートだからか(昔僕等が学生時代に暮らしていたような感じ)、6畳で24000円。長男は4畳半で17000円。風呂が共同とはいえ、このご時世では実に有り難いですな。

さて、今日はピアノ協奏曲です。

モーツァルトのピアノ協奏曲第22番変ホ長調 K.482。
内田光子のピアノ独奏、ジェフリー・テイト指揮イギリス室内管の演奏。
1986年7月、ロンドンでの録音。フィリップス盤。

「数あるモーツァルトの作品の中で、やはり最高傑作はピアノ協奏曲だ」・・・・・というのはクラシック音楽を聴き始めた頃、様々な本で読んだ。
確かにその通りだなぁと思う。素晴らしい作品の目白押し。
(尤も、モーツァルトの歌劇を聴いていると、「やはり最高作品はオペラじゃないか」と思うし、「ジュピター」を聴けば、これぞ古今無双の名作やなぁと思ってしまうのだが・・・・)
だから、モーツァルトのピアノ協奏曲は、特に第20番以降はちょいちょい買ってしまう。この内田光子のシリーズは、録音当初から評判高く、演奏も見事なもので、発売されるたびに1枚1枚購入してきたもの。当時は国内盤が高かったので、多くは輸入盤で買ったものだった(国内盤が3000円で輸入盤は2000円ちょっとだった)。

内田光子のピアノは、デリカシーのかたまり。
第1楽章の序奏部が終わって、ピアノが滑り込むように入ってくる部分の、ニュアンス一杯の弾き方が全く素晴らしい。 明るい曲想なのに、淋しさを表面にたたえて、表情豊かに演奏してゆく。
雄弁でもある。雄弁と云うより、内容が充実していると云うべきか。小声で静かに語っているようで、その中身はいっぱい詰まっている感じの演奏。ああ、内田のピアノはあまりに饒舌だ。素晴らしい。

第2楽章は哀しみが迸る。
ここでも内田のピアノはピアニシモが美しく、多彩な音色で語りかけてくる、このモノローグは内田独特のもので、ピアノの響きは哀しいくらいに美しい。

第3楽章は一転、明朗で天衣無縫のモーツァルト。春爛漫の暖かさ。
ピアノはもちろん素晴らしいのだが、テイト/イギリス室内管のバックがまた実にイイ。押し出すべきところではオケの奏者の名技が楽しめるし、内田のピアノが出るときにはさっと後方へ退いてゆく、その間合い、呼吸が実にイイ。分をわきまえた大人の風格の伴奏なのだが、その中に瑞々しく精気に濡れた音楽が息づく。この伴奏は聴いていて、実に楽しい。

録音は万全。
聴き慣れた演奏のせいか、もう録音から20年も経過してしまったのかという思いが強いですな。
ピアノの響きは素晴らしいし、音色の変化もよく捉えられております。
伴奏のストリングスも美しく、最新録音に全く引けを取りません。
2007/04/01のBlog
4月1日。新年度です。
久しぶりにジョギングをしたら、田んぼ道では麦の穂が伸びて青々としておりました。
我が家周辺の桜はまだ2分咲きくらい。次の週末でも花見はいけそうですな。

さて、今日は編曲ものを。

ヘンデルの組曲「水上の音楽」(ハーティ/セル編曲)。
ジョージ・セル指揮ロンドン響の演奏。
1961年8月、ロンドンのキングズウェイ・ホールでの録音。DECCA盤。

第1楽章のアレグロが鳴り始めた途端、部屋の空気が一変。
何と豪華絢爛なオーケストラ、しかも煌めくサウンドが降り注ぐ感じ。
ロンドン響のフル・オーケストラのパワーが全開で、胸の空く快演。

ヘンデルの「水上の音楽」を室内オーケストラの演奏で聴き慣れた耳には、いや全く新鮮。これでもかというくらい、オケが鳴る。もう臆面もないくらい。
古楽器や室内オケの爽快な響きは感じられないが、濃厚でネットリとしたゴージャスなサウンドが素晴らしい。

第2楽章のエアの遅さもスゴイ。
タップリとしたテンポで、ロマンティックな味わい濃厚。遅すぎて、止まってしまうのではないかと思わせるところもある。聴いていてハラハラするほど。
古楽器以前の、近代ロマン濃厚な演奏だと思うが、しかし、今聴くとかえって新鮮なのだから面白い。
リズム感は殆ど感じられないので、音楽がヌルッとした感触になる。マーラーの5番交響曲のアダージェットのような感じもする・・・と云ったら言い過ぎかな。

第3楽章ブールでは、装飾音が聴きもの。
第4楽章はホーンパイプ。管楽器がひなびた味わいを出している。

第5楽章はアンダンテ・エスプレッシーヴォ。フルートは有終の美を表現して余すところがないし、ムード音楽寸前の甘さが漂う。ロマンの香り濃厚で、砂糖菓子をさらに甘くしたような感じの演奏。でも面白い。いや、だから楽しいのか。
この曲の白眉であり、この演奏の核心だと思う。
テンポはゆったりで、ストリングスの美しさも絶品。
いやはや、この甘さ、柔らかさ、ゴージャスさ。
セルという指揮者は決して冷たい演奏をさせる人じゃないことは、この演奏を聴けば分かるような気がする。

終楽章はアラ・ホーン・パイプ。ホルンもトランペットも豪壮華麗、爽快に鳴り渡る心地よさ。ストリングスも全開で、光彩陸離たる名演。


録音がまた素晴らしいんです。
さすがはDECCA。アナログ録音の見事なこと。
柔らかく鮮やかなサウンドが豊かに展開してゆく。とても45年前のものとは思えない瑞々しさ。
CBS(ソニー)のセル/クリーヴランド管のレコード・CDでは、こうはいかないんです。