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2007/04/20のBlog
[ 05:06 ]
[ 室内楽曲 ]
夜はまだ冷え込みます。
年度初めの仕事の山もようやく一息ついたかいなぁ・・・・・・・と思ったら、連休前に片付けなければいけない仕事がまたドンとやってきました。ヤレヤレであります。
さて、今日は室内楽をモゾモゾ聴いております。
モーツァルトの弦楽四重奏曲第17番 変ロ長調 K.458「狩」。
ウィーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団の演奏。
1990年12月、ウィーンでの録音。
タワーレコードが発売しているウィーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団の8枚組BOXセットからの1枚。モーツァルトやハイドン、シューベルト、ブラームスの室内楽の選集で、なかなか聴きごたえがある。
すでにベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集も同じ8枚組で出ており、いずれも6000円なので、廉価盤であります。
「狩」を聴くのは楽しい、冒頭のあのヴァイオリンの下降してくる弾むような旋律が耳に入ってくるだけで、心も弾んでくる。
鳥の囀りを思わせるヴァイオリンのトリル、ヴィオラの音色の渋さ、チェロの響きの豊かさ。いずれも計算され尽くした見事な室内楽だと思う。
(いや、モーツァルトの天才は、計算などこざかしい人間業を行うはずもないか?)
キュッヒルのヴァイオリンはとても綺麗。
優しく典雅なウィーンスタイルに、厳しさと格調とを加えたような演奏ぶり。しなやかで流麗なヴァイオリンの中に、凛とした潔さを感じる。
第1楽章のアレグロ・ヴィヴァーチェ・アッサイは全く快活爽快な演奏。アンサンブルも緊密で、聴きごたえ十分。キュッヒルのヴァイオリンはもちろん爽やかで素晴らしいし、ハインツ・コルのヴィオラがイイ味わい。やや控えめながら、存在感のある渋い音色で2本のヴァイオリンを下支えしている。
第2楽章は遅めのテンポ。メヌエットがクッキリと響く。
第3楽章はアダージョ。ハイドンセット唯一のアダージョ。
これはこの演奏の白眉かな。モーツァルトの憂愁と思索が聞こえてくるような音楽になっている。
アンサンブルがよいので、響きが透明。研ぎ澄まされた理性というべきか、理知的な演奏というべきか。
第4楽章アレグロ・アッサイは爽快躍動鮮烈な名演。
ああ、「狩」を聴く楽しさ、ここに極まれり。
録音は抜群であります。
室内楽の楽しみを最高に味わえる名録音。透明度、広がり、残響どれをとっても最高水準と思います。
演奏も録音も爽やかな8枚組のセット。ボチボチと聴いていきたいと思います。
年度初めの仕事の山もようやく一息ついたかいなぁ・・・・・・・と思ったら、連休前に片付けなければいけない仕事がまたドンとやってきました。ヤレヤレであります。
さて、今日は室内楽をモゾモゾ聴いております。
モーツァルトの弦楽四重奏曲第17番 変ロ長調 K.458「狩」。
ウィーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団の演奏。
1990年12月、ウィーンでの録音。
タワーレコードが発売しているウィーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団の8枚組BOXセットからの1枚。モーツァルトやハイドン、シューベルト、ブラームスの室内楽の選集で、なかなか聴きごたえがある。
すでにベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集も同じ8枚組で出ており、いずれも6000円なので、廉価盤であります。
「狩」を聴くのは楽しい、冒頭のあのヴァイオリンの下降してくる弾むような旋律が耳に入ってくるだけで、心も弾んでくる。
鳥の囀りを思わせるヴァイオリンのトリル、ヴィオラの音色の渋さ、チェロの響きの豊かさ。いずれも計算され尽くした見事な室内楽だと思う。
(いや、モーツァルトの天才は、計算などこざかしい人間業を行うはずもないか?)
キュッヒルのヴァイオリンはとても綺麗。
優しく典雅なウィーンスタイルに、厳しさと格調とを加えたような演奏ぶり。しなやかで流麗なヴァイオリンの中に、凛とした潔さを感じる。
第1楽章のアレグロ・ヴィヴァーチェ・アッサイは全く快活爽快な演奏。アンサンブルも緊密で、聴きごたえ十分。キュッヒルのヴァイオリンはもちろん爽やかで素晴らしいし、ハインツ・コルのヴィオラがイイ味わい。やや控えめながら、存在感のある渋い音色で2本のヴァイオリンを下支えしている。
第2楽章は遅めのテンポ。メヌエットがクッキリと響く。
第3楽章はアダージョ。ハイドンセット唯一のアダージョ。
これはこの演奏の白眉かな。モーツァルトの憂愁と思索が聞こえてくるような音楽になっている。
アンサンブルがよいので、響きが透明。研ぎ澄まされた理性というべきか、理知的な演奏というべきか。
第4楽章アレグロ・アッサイは爽快躍動鮮烈な名演。
ああ、「狩」を聴く楽しさ、ここに極まれり。
録音は抜群であります。
室内楽の楽しみを最高に味わえる名録音。透明度、広がり、残響どれをとっても最高水準と思います。
演奏も録音も爽やかな8枚組のセット。ボチボチと聴いていきたいと思います。
2007/04/19のBlog
[ 05:40 ]
[ 交響曲 ]
冬に逆戻りしたような寒さでした。雨も一時的に強かったですね。
周囲ではインフルエンザが流行しています。
寒さも流感も、今年の「冬」は遅かったのかしら。
さて、今日はモーツァルトの爽やかな交響曲を。
モーツァルトの交響曲第29番 イ長調 K.201。
ハンス・グラーフ指揮モーツァルテウム管弦楽団の演奏。
録音は1980年代後半。13枚組2890円という超廉価盤・・・・・何という価格。
モーツァルテウム管弦楽団は、ザルツブルク音楽祭のマチネーコンサートでお馴染みの楽団。僕にとっては、正月三が日にこのコンサートの様子をNHK-FMが放送していたので、(そして、三が日といえばそんなに外出することもなく、酒を呑めない僕は結構ヒマであって)、よく聴いていた懐かしい楽団でもあります。
演奏は、この楽団(というよりアンサンブルか)らしく、小編成のオーケストラが美しく、アンサンブルも上々で実に心地よいもの。
合奏が整っているので、響きの余韻がとても美しい。
ヴァイオリン群の響きが消えてゆくときの美しさは、ため息が出るほど。よく揃っているのと、小編成なのと、録音が自然でシンプルなのと・・・・色々な要素がすべてプラスに働いて、美しい余韻になっているのだと思う。
そもそも、この交響曲は、モーツァルトにとってイタリア様式からオーストリア様式への分かれ目になった曲だということで、全体的に和やかで室内楽的な喜びにあふれている佳曲。
モーツァルテウム管弦楽団の、まさに室内楽をやっているような息のあった演奏が、実に楽しい。
グラーフの指揮は、のびのびと楽しんでやっていこうとする感じで、力みがなく、サラサラ系スッキリ系の演奏。これが、この曲には合っていると思う。
第1楽章は爽快な喜び。
第2楽章は穏やかな表情。弦楽セクションの抑えたトーンが何とも品が良い。優美でたおやかな演奏。
第3楽章は精密なメヌエット。アンサンブルの良さが生きている。
第4楽章は明朗で爽やかなフィナーレ。ロッシーニの序曲を思わせる爽快さ。
録音も爽やかな空間が広がる好録音。
激安でこんな全集が聴けてしまう、ホンマにエエ時代でありますな。
周囲ではインフルエンザが流行しています。
寒さも流感も、今年の「冬」は遅かったのかしら。
さて、今日はモーツァルトの爽やかな交響曲を。
モーツァルトの交響曲第29番 イ長調 K.201。
ハンス・グラーフ指揮モーツァルテウム管弦楽団の演奏。
録音は1980年代後半。13枚組2890円という超廉価盤・・・・・何という価格。
モーツァルテウム管弦楽団は、ザルツブルク音楽祭のマチネーコンサートでお馴染みの楽団。僕にとっては、正月三が日にこのコンサートの様子をNHK-FMが放送していたので、(そして、三が日といえばそんなに外出することもなく、酒を呑めない僕は結構ヒマであって)、よく聴いていた懐かしい楽団でもあります。
演奏は、この楽団(というよりアンサンブルか)らしく、小編成のオーケストラが美しく、アンサンブルも上々で実に心地よいもの。
合奏が整っているので、響きの余韻がとても美しい。
ヴァイオリン群の響きが消えてゆくときの美しさは、ため息が出るほど。よく揃っているのと、小編成なのと、録音が自然でシンプルなのと・・・・色々な要素がすべてプラスに働いて、美しい余韻になっているのだと思う。
そもそも、この交響曲は、モーツァルトにとってイタリア様式からオーストリア様式への分かれ目になった曲だということで、全体的に和やかで室内楽的な喜びにあふれている佳曲。
モーツァルテウム管弦楽団の、まさに室内楽をやっているような息のあった演奏が、実に楽しい。
グラーフの指揮は、のびのびと楽しんでやっていこうとする感じで、力みがなく、サラサラ系スッキリ系の演奏。これが、この曲には合っていると思う。
第1楽章は爽快な喜び。
第2楽章は穏やかな表情。弦楽セクションの抑えたトーンが何とも品が良い。優美でたおやかな演奏。
第3楽章は精密なメヌエット。アンサンブルの良さが生きている。
第4楽章は明朗で爽やかなフィナーレ。ロッシーニの序曲を思わせる爽快さ。
録音も爽やかな空間が広がる好録音。
激安でこんな全集が聴けてしまう、ホンマにエエ時代でありますな。
2007/04/18のBlog
[ 05:03 ]
[ 管弦楽曲 ]
寒冷前線の影響か、冷え込みました。
風邪も流行っているそうで、遅まきながらインフルエンザが周囲で出てます。
年度初めの業務の多忙さはやや緩和してきましたが、連休まで、あと2つほど大きな仕事を完了させなくちゃいけません。
トシをとると責任が増えてシンドイですなぁ・・・・・。
さて、今日はR・シュトラウスの豪華な曲をいきましょう。
交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」作品30。
ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
ヴァイオリンの独奏はヘルマン・クレバース。
1973年4月、コンセルトヘボウでの録音。フィリップス盤。
アムステルダム・コンセルトヘボウ管の暖かく柔らかい音が印象的な佳演。
オーディオ的にも文句ない録音。冒頭だけ聴いてもスッキリする。
あの壮大華麗な冒頭は、ボクらが若い頃のオーディオ・ブームで盛んにデモされたものだった。1970年代から1980年代末は、ステレオの日進月歩の時代。R・シュトラウスやマーラーなどは、その時代にふさわしい作曲家だったろう。
このハイティンク盤もその中の一つ。
ただ、R・シュトラウスというと虚仮威し的な、音の饗宴に終わってしまって内容空疎な演奏が結構多かった中で、ハイティンクのR・シュトラウスは充実していて中身がはち切れんばかりなのが素晴らしい。外面よりも内面という感じ。
アムステルダム・コンセルトヘボウ管の音も、フルスケールの最強奏でも崩れないのはさすが。テンポやフレージングも心地よく、妙なアゴーギクもないので実に耳あたりがよろしい。
特に冒頭の大演奏が終わって、「現実に背を向ける人々」の部分の安らかな響きが素晴らしい。激しい音響が済んで、暖かく包み込まれるような気持ちよさ。柔らかく、ふっくらとした響きは真綿のようで、これに身を任せるのは至福の境地か。
ハイティンクのフレージングが良いので、オケが気持ちよく演奏しているのが伝わってくる。
随所に感じるのはアンサンブルの緊密さ。お互いの音をよく聴き合いながら、それぞれの楽器がコンセルトヘボウの見事な残響の中で、様々な色彩となって融け合う様子は、ホンマに素晴らしい。
ヴァイオリンのソロはコンマスのヘルマン・クレバース。当時ヨーロッパ最高と謳われたという名コンマスを聴けるのは嬉しい。全くエエ音。
常任指揮者に就任して10年余、ハイティンクとコンセルトヘボウ管がお互いを理解し合う、円満な関係になっているのが聞こえてくるような演奏。
何も激しくガンガン鳴らすのがR・シュトラウスじゃないですな。
こういう「ツァラトゥストラ」もエエなぁと思います。
音響は、70年代アナログ録音の粋、大変聴きやすい録音であります。
オーディオ的な快感であり、オーケストラに包まれる幸福を味わえます。
風邪も流行っているそうで、遅まきながらインフルエンザが周囲で出てます。
年度初めの業務の多忙さはやや緩和してきましたが、連休まで、あと2つほど大きな仕事を完了させなくちゃいけません。
トシをとると責任が増えてシンドイですなぁ・・・・・。
さて、今日はR・シュトラウスの豪華な曲をいきましょう。
交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」作品30。
ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
ヴァイオリンの独奏はヘルマン・クレバース。
1973年4月、コンセルトヘボウでの録音。フィリップス盤。
アムステルダム・コンセルトヘボウ管の暖かく柔らかい音が印象的な佳演。
オーディオ的にも文句ない録音。冒頭だけ聴いてもスッキリする。
あの壮大華麗な冒頭は、ボクらが若い頃のオーディオ・ブームで盛んにデモされたものだった。1970年代から1980年代末は、ステレオの日進月歩の時代。R・シュトラウスやマーラーなどは、その時代にふさわしい作曲家だったろう。
このハイティンク盤もその中の一つ。
ただ、R・シュトラウスというと虚仮威し的な、音の饗宴に終わってしまって内容空疎な演奏が結構多かった中で、ハイティンクのR・シュトラウスは充実していて中身がはち切れんばかりなのが素晴らしい。外面よりも内面という感じ。
アムステルダム・コンセルトヘボウ管の音も、フルスケールの最強奏でも崩れないのはさすが。テンポやフレージングも心地よく、妙なアゴーギクもないので実に耳あたりがよろしい。
特に冒頭の大演奏が終わって、「現実に背を向ける人々」の部分の安らかな響きが素晴らしい。激しい音響が済んで、暖かく包み込まれるような気持ちよさ。柔らかく、ふっくらとした響きは真綿のようで、これに身を任せるのは至福の境地か。
ハイティンクのフレージングが良いので、オケが気持ちよく演奏しているのが伝わってくる。
随所に感じるのはアンサンブルの緊密さ。お互いの音をよく聴き合いながら、それぞれの楽器がコンセルトヘボウの見事な残響の中で、様々な色彩となって融け合う様子は、ホンマに素晴らしい。
ヴァイオリンのソロはコンマスのヘルマン・クレバース。当時ヨーロッパ最高と謳われたという名コンマスを聴けるのは嬉しい。全くエエ音。
常任指揮者に就任して10年余、ハイティンクとコンセルトヘボウ管がお互いを理解し合う、円満な関係になっているのが聞こえてくるような演奏。
何も激しくガンガン鳴らすのがR・シュトラウスじゃないですな。
こういう「ツァラトゥストラ」もエエなぁと思います。
音響は、70年代アナログ録音の粋、大変聴きやすい録音であります。
オーディオ的な快感であり、オーケストラに包まれる幸福を味わえます。
2007/04/17のBlog
[ 04:15 ]
[ 器楽曲 ]
今日は怒っております。
まあ、ヒドイ数のトラックバック。全部アメリカのサイトからのもの。そして、いったんどこかに飛んで最後には何かの販売店(英語だから分からん!)にたどり着くことになっています。
昨日は特にひどかった。午後6時頃と9時頃、2度にわたる大TB攻撃が押し寄せたらしく、もう、TB欄が英語だらけ。ワタシャ、その削除に追われました。
「エエ加減にせぇよ、オラ。なめたらアカンぜよ。」と売られた喧嘩は買わなアカンと思うんですが、何せ相手はネットの世界、振り上げた拳を下ろす場所がない・・・・・やれやれであります(^^ゞ。
ここのDoblog、今や大変軽くなって、しかもシンプルな操作なので僕は気に入っているんですが、TBが時折文字化けするのと今回のような米国からの波状攻撃(実は他の国かもしれませんが)だけは、何とかして欲しいなと思います。
さて、音楽であります。
J・S・バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第1番 ロ短調 BWV1002。
ナタン・ミルシテインのヴァイオリン独奏。
1973年9月録音のDG盤。
ミルシテイン70歳とは信じられないような瑞々しい演奏。技巧も素晴らしいし、音楽が精気に濡れて若々しい。
尤も、バッハの「無伴奏のヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」のような高みにある作品ともなると、ヴァイオリニストがどうだの、演奏がどうだのと云っても、そんなものは超越しまうような気がする。
そこそこの腕のヴァイオリンで聴かせてくれれば、大概、感動してしまう。そんな作品。
クラシック音楽を聴くのはボクの趣味であって、楽しみのために聴いているので、くつろいで本など読みながら聴いているときもあるし、家での持ち帰り仕事中に流しっぱなしで聴いていることも多い。
でも、時々、聴いていて襟を正してしまう、背筋を伸ばして聴きたい(聴かざるを得ない)という音楽もある。スピーカーに正対して、耳を澄ませてしまう音楽。
バッハのこの作品集も、その一つであって、聴くたびに、やはりこれはスゴイ音楽だわいなぁと思う。
さて、演奏。
ミルシテインのバッハは音が濃密。美しく艶があって、ため息が出るほど。
精神の充実も深い。集中力もスゴイ。鬼気迫るところもある。
もちろん、舞曲の楽しいところでは、リズミカルに弾むところもあるのだが、技巧が素晴らしいのとフレージングが清潔なのとで、易きに流れない。
聴きながら、遙か遠い世界のもの、ふだん意識しない形而上的なもの、或いは、もうとうの昔に忘れてしまった若き日々の純粋な物思いのようなもの・・・・そんなものを思ったり、気づかされたり・・・・・。
ヴァイオリン1本の音楽、たったそれだけなのに・・・・。
ああ、バッハの音楽はスゴイなぁ・・・と思うんです。
バッハの名曲、そしてミルシテインの名演のおかげで、冒頭の怒りが少しおさまりました。
まあ、ヒドイ数のトラックバック。全部アメリカのサイトからのもの。そして、いったんどこかに飛んで最後には何かの販売店(英語だから分からん!)にたどり着くことになっています。
昨日は特にひどかった。午後6時頃と9時頃、2度にわたる大TB攻撃が押し寄せたらしく、もう、TB欄が英語だらけ。ワタシャ、その削除に追われました。
「エエ加減にせぇよ、オラ。なめたらアカンぜよ。」と売られた喧嘩は買わなアカンと思うんですが、何せ相手はネットの世界、振り上げた拳を下ろす場所がない・・・・・やれやれであります(^^ゞ。
ここのDoblog、今や大変軽くなって、しかもシンプルな操作なので僕は気に入っているんですが、TBが時折文字化けするのと今回のような米国からの波状攻撃(実は他の国かもしれませんが)だけは、何とかして欲しいなと思います。
さて、音楽であります。
J・S・バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第1番 ロ短調 BWV1002。
ナタン・ミルシテインのヴァイオリン独奏。
1973年9月録音のDG盤。
ミルシテイン70歳とは信じられないような瑞々しい演奏。技巧も素晴らしいし、音楽が精気に濡れて若々しい。
尤も、バッハの「無伴奏のヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」のような高みにある作品ともなると、ヴァイオリニストがどうだの、演奏がどうだのと云っても、そんなものは超越しまうような気がする。
そこそこの腕のヴァイオリンで聴かせてくれれば、大概、感動してしまう。そんな作品。
クラシック音楽を聴くのはボクの趣味であって、楽しみのために聴いているので、くつろいで本など読みながら聴いているときもあるし、家での持ち帰り仕事中に流しっぱなしで聴いていることも多い。
でも、時々、聴いていて襟を正してしまう、背筋を伸ばして聴きたい(聴かざるを得ない)という音楽もある。スピーカーに正対して、耳を澄ませてしまう音楽。
バッハのこの作品集も、その一つであって、聴くたびに、やはりこれはスゴイ音楽だわいなぁと思う。
さて、演奏。
ミルシテインのバッハは音が濃密。美しく艶があって、ため息が出るほど。
精神の充実も深い。集中力もスゴイ。鬼気迫るところもある。
もちろん、舞曲の楽しいところでは、リズミカルに弾むところもあるのだが、技巧が素晴らしいのとフレージングが清潔なのとで、易きに流れない。
聴きながら、遙か遠い世界のもの、ふだん意識しない形而上的なもの、或いは、もうとうの昔に忘れてしまった若き日々の純粋な物思いのようなもの・・・・そんなものを思ったり、気づかされたり・・・・・。
ヴァイオリン1本の音楽、たったそれだけなのに・・・・。
ああ、バッハの音楽はスゴイなぁ・・・と思うんです。
バッハの名曲、そしてミルシテインの名演のおかげで、冒頭の怒りが少しおさまりました。
2007/04/16のBlog
[ 05:06 ]
[ 協奏曲 ]
暖かい春の夜でありました。
こういう日にはロマンティックな音楽を聴きたくなります。
そこで・・・・・・。
ショパンのピアノ協奏曲第2番 ヘ短調 作品21。
ホルヘ・ボレットのピアノ独奏、シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団の演奏。
1988年6月、モントリオールのサン・ウスタシュでの録音。
第1楽章はマエストーソ。
オーケストラの甘い旋律が印象的な序奏部。柔らかく甘やかな表情の響きが実にイイ。
ボレットのソロはゆったりしたテンポで、ルバートも随所にあって風格十分。ピアノは粒ぞろいで輝くような音。響きには透明感があって、しかも中身には芯があってみっしりと充実している感じ。ヴィルトゥオジティも十分、高速パッセージではボレットの技の冴えを堪能できる。
デュトワとの呼吸もピッタリ、互いを尊重しつつ演奏している様子がよく分かる。言わば、「協調曲」。ベテラン同士の、互いを思いやる演奏が美しい。
第2楽章はラルゲット。
春の夜を思わせる美しい曲。ボレットのソロは柔らかく、草書風の弾き方。
ピアニシモでは、月の光がこぼれてくるような蒼白い輝き。ため息が出るような瞬間。
装飾音もあるし、タッチも微妙に変化させて、ニュアンスが実に多彩。
ああ、それにしても美しい旋律。ショパンが書いた最も綺麗なメロディの一つではなかろうか。青春時代に胸をときめかせて聴き入った思い出が甦ってくる。
フィナーレはアレグロ・ヴィヴァーチェ。
ボレットのピアノはますます好調。さすがにヴィルトゥオーゾ、目まぐるしく指が回転して、メランコリックな終曲を演出してゆく。オケとの協調も見事で文句なしの名演。
録音はDECCAらしい鮮やかなもの。
ピアノを前面に出して、オケを後方に配置。奥行き・左右ともよく広がり、コンサートホールで聴くような快感あり。
ボレットのピアノのカツンとした音もよく録れていると思う。
この演奏を聴きながら、ふと窓の外を見やると、夕食を終えたのか、近くのレストランから出てくる二人連れあり。仲のよい若いカップル。
ああ、このショパンも、恋人を思いながら作曲したのだった。第2楽章の美しさは、この春の夜、若い恋人たちにこそふさわしい。
ホンマ、若いってエエですね。
こういう日にはロマンティックな音楽を聴きたくなります。
そこで・・・・・・。
ショパンのピアノ協奏曲第2番 ヘ短調 作品21。
ホルヘ・ボレットのピアノ独奏、シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団の演奏。
1988年6月、モントリオールのサン・ウスタシュでの録音。
第1楽章はマエストーソ。
オーケストラの甘い旋律が印象的な序奏部。柔らかく甘やかな表情の響きが実にイイ。
ボレットのソロはゆったりしたテンポで、ルバートも随所にあって風格十分。ピアノは粒ぞろいで輝くような音。響きには透明感があって、しかも中身には芯があってみっしりと充実している感じ。ヴィルトゥオジティも十分、高速パッセージではボレットの技の冴えを堪能できる。
デュトワとの呼吸もピッタリ、互いを尊重しつつ演奏している様子がよく分かる。言わば、「協調曲」。ベテラン同士の、互いを思いやる演奏が美しい。
第2楽章はラルゲット。
春の夜を思わせる美しい曲。ボレットのソロは柔らかく、草書風の弾き方。
ピアニシモでは、月の光がこぼれてくるような蒼白い輝き。ため息が出るような瞬間。
装飾音もあるし、タッチも微妙に変化させて、ニュアンスが実に多彩。
ああ、それにしても美しい旋律。ショパンが書いた最も綺麗なメロディの一つではなかろうか。青春時代に胸をときめかせて聴き入った思い出が甦ってくる。
フィナーレはアレグロ・ヴィヴァーチェ。
ボレットのピアノはますます好調。さすがにヴィルトゥオーゾ、目まぐるしく指が回転して、メランコリックな終曲を演出してゆく。オケとの協調も見事で文句なしの名演。
録音はDECCAらしい鮮やかなもの。
ピアノを前面に出して、オケを後方に配置。奥行き・左右ともよく広がり、コンサートホールで聴くような快感あり。
ボレットのピアノのカツンとした音もよく録れていると思う。
この演奏を聴きながら、ふと窓の外を見やると、夕食を終えたのか、近くのレストランから出てくる二人連れあり。仲のよい若いカップル。
ああ、このショパンも、恋人を思いながら作曲したのだった。第2楽章の美しさは、この春の夜、若い恋人たちにこそふさわしい。
ホンマ、若いってエエですね。
2007/04/15のBlog
[ 06:08 ]
[ 交響曲 ]
汗ばむほどの暖かい陽気。
久しぶりの休日、昼下がりは音楽三昧でありました。
なかでも良かったのはモーツァルトの交響曲第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」。
ヨーゼフ・クリップス指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1972年6月、コンセルトヘボウでの録音。フィリップス盤。
モーツァルト最高の交響曲が、素晴らしく幸福に鳴り渡る。ああ、「ジュピター」はかくあって欲しいと思う気持ちを満たしてくれる演奏。
30分間、ひたすらモーツァルトの天才の響きに身を浸しても良し、クリップスの指揮にいちいち頷くも良し、コンセルトヘボウ管のあの懐かしさを伴う暖かい響きに酔うのも良し。
ふっくらと豊かで、愉悦に満ちたモーツァルト。
大編成のオーケストラによる、往年の懐かしいスタイルだが、音楽は清潔で端正、ブヨブヨしたところがないので、爽やかな聴感。
フレージングもアーティキュレーションも自然で穏やかなので、聴いていて実に心地よい。懐かしいオールディーズ、スタンダードナンバーを聴くような安心感がある。
音も素晴らしい。35年も昔の録音とは思えない新鮮さ、自然さ、暖かさ。
コンセルトヘボウの豊かなホールトーンに、アムステルダム・コンセルトヘボウ管特有のほの暗く落ち着いたサウンドが、温もりを伴って部屋中に広がってゆく。
これ、最高の幸福感。至福のひととき。
クリップスの指揮は、ゆったりしたテンポで、気持ちよく進んでゆく。適度な推進力もあるし、リズム感もイイ。
どこにも無理がなく、自然な音楽の運び方で、全く心安まる感じ。
奇をてらったところとか、これ見よがしの(聴きよがしか?)ところがない。
言わば何の変哲もないモーツァルト。
でも、いや、だからこそと云うべきか、様々な味わいが楽しめるモーツァルト。
微妙なニュアンスや味わい深い響きの変化、心の襞をくすぐるような音色の陰影・・・・じっくり聴いていると何とも云えないニュアンス。
そして、音楽全体の品の良さ。
これは、例えていえば、日本人なら飽きることのないコメのメシ。汲み上げた井戸水の美味さ。
昔ながらのやり方で自然に演奏したら、こんなに味わい深いものになってしまった・・・・という感じかな。
もう、肌に染みついてしまった感覚のようなものかもしれない。
ああ、クリップスは素晴らしいモーツァルト指揮者でありました。
21番以降の全集がHMVのサイトで発売されています。(DECCA盤のようですが、同じ音源でしょう)
非常に欲しい気持ちでいます。物欲であります。買うべきでしょうか・・・・・。
久しぶりの休日、昼下がりは音楽三昧でありました。
なかでも良かったのはモーツァルトの交響曲第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」。
ヨーゼフ・クリップス指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1972年6月、コンセルトヘボウでの録音。フィリップス盤。
モーツァルト最高の交響曲が、素晴らしく幸福に鳴り渡る。ああ、「ジュピター」はかくあって欲しいと思う気持ちを満たしてくれる演奏。
30分間、ひたすらモーツァルトの天才の響きに身を浸しても良し、クリップスの指揮にいちいち頷くも良し、コンセルトヘボウ管のあの懐かしさを伴う暖かい響きに酔うのも良し。
ふっくらと豊かで、愉悦に満ちたモーツァルト。
大編成のオーケストラによる、往年の懐かしいスタイルだが、音楽は清潔で端正、ブヨブヨしたところがないので、爽やかな聴感。
フレージングもアーティキュレーションも自然で穏やかなので、聴いていて実に心地よい。懐かしいオールディーズ、スタンダードナンバーを聴くような安心感がある。
音も素晴らしい。35年も昔の録音とは思えない新鮮さ、自然さ、暖かさ。
コンセルトヘボウの豊かなホールトーンに、アムステルダム・コンセルトヘボウ管特有のほの暗く落ち着いたサウンドが、温もりを伴って部屋中に広がってゆく。
これ、最高の幸福感。至福のひととき。
クリップスの指揮は、ゆったりしたテンポで、気持ちよく進んでゆく。適度な推進力もあるし、リズム感もイイ。
どこにも無理がなく、自然な音楽の運び方で、全く心安まる感じ。
奇をてらったところとか、これ見よがしの(聴きよがしか?)ところがない。
言わば何の変哲もないモーツァルト。
でも、いや、だからこそと云うべきか、様々な味わいが楽しめるモーツァルト。
微妙なニュアンスや味わい深い響きの変化、心の襞をくすぐるような音色の陰影・・・・じっくり聴いていると何とも云えないニュアンス。
そして、音楽全体の品の良さ。
これは、例えていえば、日本人なら飽きることのないコメのメシ。汲み上げた井戸水の美味さ。
昔ながらのやり方で自然に演奏したら、こんなに味わい深いものになってしまった・・・・という感じかな。
もう、肌に染みついてしまった感覚のようなものかもしれない。
ああ、クリップスは素晴らしいモーツァルト指揮者でありました。
21番以降の全集がHMVのサイトで発売されています。(DECCA盤のようですが、同じ音源でしょう)
非常に欲しい気持ちでいます。物欲であります。買うべきでしょうか・・・・・。
2007/04/14のBlog
[ 05:40 ]
[ 管弦楽曲 ]
職場の部署の歓迎会で暴飲暴食。(ワタシは烏龍茶とコーラですが)。
いやぁ、若い人はよく喰う、よく飲む。そしてよく笑い、よく歌う。
今年異動してきた新人たちは元気一杯であります。
アカンアカン、こいつらと付き合いよったら、ベルト穴が足りなくなってしまうぞよ。土日は節制しようと思います・・・・・・。
さて、今日はカッコイイ曲を。
チャイコフスキーの「イタリア奇想曲」。
レナード・バーンスタイン指揮イスラエル・フィルの演奏。
1984年5月、テルアヴィブのマン・オーディトリアムでの録音。DG盤。
ショーマンシップにあふれた大指揮者バーンスタインが、稀代のメロディ・メーカーであったチャイコフスキーの、これまたショーマンシップによって作曲された名曲を、楽しく明るく演奏したもの。
聴いていてワクワクしてくる楽しい演奏。
冒頭のトランペットが気持ちいい。スカッと爽やか、という昔の宣伝文句で喩えたくらいの爽快さ。そして金管の合奏も見事なもので、さあ、これから楽しい曲が始まるよと宣言しているような感じ。
途中、暗鬱な旋律もあるのだが、(そこがロシア臭くてイイという向きもあろうが)、そこを軽く吹っ飛ばして、明るくイタリアの空を思わせるような部分が最高に心地よい。
このCDでいうと、開始8分後くらいのところ。モヤモヤしたところがスッキリと晴れ上がって、雲一つない青空のような演奏。胸を張って、英雄的な旋律もカッコイイ。ストリングスの刻みもイイし、よく歌うところも鮮やか。
バーンスタインの指揮は演出巧みで、さすがというべきか。
イスラエル・フィルは弦楽セクションの美しさで有名だが、管楽器も絶好調と思える。よく鳴って、気持ちいい。
この曲は、屈託なくオーケストラが鳴りまくってくれれば、それだけでスカッとするのだが、バーンスタインのメリハリの利いた(そして、どこかアッケラカンとした)指揮で聴くのはまた格別に心地よいものだ。
録音はもう一歩かな。
1980年代前半のDG特有の、平板な感じなのがちと惜しい。
音が少し硬く、奥行きに欠けるのが惜しまれる。
特にイスラエル・フィルの弦楽セクションの響きがイイだけに、う~む。
カップリングは幻想序曲「ハムレット」にスラヴ行進曲、大序曲「1812年」。
いずれもレニーらしい、カッコイイ演奏。
いやぁ、若い人はよく喰う、よく飲む。そしてよく笑い、よく歌う。
今年異動してきた新人たちは元気一杯であります。
アカンアカン、こいつらと付き合いよったら、ベルト穴が足りなくなってしまうぞよ。土日は節制しようと思います・・・・・・。
さて、今日はカッコイイ曲を。
チャイコフスキーの「イタリア奇想曲」。
レナード・バーンスタイン指揮イスラエル・フィルの演奏。
1984年5月、テルアヴィブのマン・オーディトリアムでの録音。DG盤。
ショーマンシップにあふれた大指揮者バーンスタインが、稀代のメロディ・メーカーであったチャイコフスキーの、これまたショーマンシップによって作曲された名曲を、楽しく明るく演奏したもの。
聴いていてワクワクしてくる楽しい演奏。
冒頭のトランペットが気持ちいい。スカッと爽やか、という昔の宣伝文句で喩えたくらいの爽快さ。そして金管の合奏も見事なもので、さあ、これから楽しい曲が始まるよと宣言しているような感じ。
途中、暗鬱な旋律もあるのだが、(そこがロシア臭くてイイという向きもあろうが)、そこを軽く吹っ飛ばして、明るくイタリアの空を思わせるような部分が最高に心地よい。
このCDでいうと、開始8分後くらいのところ。モヤモヤしたところがスッキリと晴れ上がって、雲一つない青空のような演奏。胸を張って、英雄的な旋律もカッコイイ。ストリングスの刻みもイイし、よく歌うところも鮮やか。
バーンスタインの指揮は演出巧みで、さすがというべきか。
イスラエル・フィルは弦楽セクションの美しさで有名だが、管楽器も絶好調と思える。よく鳴って、気持ちいい。
この曲は、屈託なくオーケストラが鳴りまくってくれれば、それだけでスカッとするのだが、バーンスタインのメリハリの利いた(そして、どこかアッケラカンとした)指揮で聴くのはまた格別に心地よいものだ。
録音はもう一歩かな。
1980年代前半のDG特有の、平板な感じなのがちと惜しい。
音が少し硬く、奥行きに欠けるのが惜しまれる。
特にイスラエル・フィルの弦楽セクションの響きがイイだけに、う~む。
カップリングは幻想序曲「ハムレット」にスラヴ行進曲、大序曲「1812年」。
いずれもレニーらしい、カッコイイ演奏。
2007/04/13のBlog
[ 04:51 ]
[ 管弦楽曲 ]
このブログで取り上げるたびに、多くの方々が褒めちぎる・・・。
セルとクリーヴランド管のコンビは、ホンマにスゴかった。
例えば、こんな小曲でも彼らの威力は発揮されます。
で・・・・。
ブラームスの「ハイドンの主題による変奏曲」 作品56a。
ジョージ・セル指揮クリーヴランド管の演奏。
1966年10月24日、セヴェランス・ホールでの録音。CBSソニーのブラームス交響曲全集に所収。
冒頭の主題は、速めのテンポで淡々と進んでゆく。余計な色づけがなく、情緒的なものは感じられない、端然とした演奏。
第1変奏でのオーケストラの揃い方は、いつものクリーヴランド管。弦楽セクション、特にヴァイオリン群の締まりがイイ。小股が切れ上がった歩き方とでも云うべきか、実にカッコイイし、切れ味よろしい。
第3変奏では、柔和な表情が印象的。特に管楽器の味わい深さ。音色が美しく、響きも自然な感じが良い。曲に陰影を与え、ふっくらとした暖かさを漂わせている。淡々とした感じでもあるのだが、力みがなく、聴いていて心安まる。出色はホルン。素晴らしい音。
第8変奏と終曲のパッサカリアは圧倒的。精密精緻で迫力も十分、ブラームスが変奏曲の大家であったことを証明するような演奏。
ああ、それにしてもセル/クリーヴランド管の演奏は、いつ聴いても最高のアンサンブルであって、作品に向かう真摯な姿勢がホンマに美しい。
剛毅に描き出すこともあれば、フッと力を緩めた穏やかな表情で甘く旋律を歌ってみたり、変奏曲の個性を十全に引き出す見事さは、何と云えばいいのか。硬軟取り混ぜた幅の広さ、喩えれば、ストレート良し変化球良しの万能型投手のような演奏ぶり。まさに、オール・ラウンダーのコンビでありました。
録音はいつも通り、もう一つ良ければと思いますが、感傷に支障はありません。
演奏が素晴らしいので、録音の善し悪しを超えます。
様々な方の助言によりますと、低域をブーストするとエエようです。
お試し下さい。
昨日の朝、PCがハングして、そのままBIOSが立ち上がらなくなってしまいました。
こりゃアカン、ついに逝ってしまったかと思い、昼間の仕事中も、新しいPCを買わないかんかいなぁと考えておりました。
が、冷静に考えてみれば、何のことはない。ワタシのPCのマザーボードはASUSのものなので、トラブルの際にはモノを喋ります。英語で聴き取りにくいんですが、「システムがおかしい、VGAがおかしい」と云っているようであります。高2の息子と4つの耳で確認して、結局蓋を開けて、ビデオボード(AGP)をグイッと差し直したら解決。
なに、ボードが緩んでいただけなんでありました。
慌てた自分が情けない・・・・・いやはや(^^ゞ。
セルとクリーヴランド管のコンビは、ホンマにスゴかった。
例えば、こんな小曲でも彼らの威力は発揮されます。
で・・・・。
ブラームスの「ハイドンの主題による変奏曲」 作品56a。
ジョージ・セル指揮クリーヴランド管の演奏。
1966年10月24日、セヴェランス・ホールでの録音。CBSソニーのブラームス交響曲全集に所収。
冒頭の主題は、速めのテンポで淡々と進んでゆく。余計な色づけがなく、情緒的なものは感じられない、端然とした演奏。
第1変奏でのオーケストラの揃い方は、いつものクリーヴランド管。弦楽セクション、特にヴァイオリン群の締まりがイイ。小股が切れ上がった歩き方とでも云うべきか、実にカッコイイし、切れ味よろしい。
第3変奏では、柔和な表情が印象的。特に管楽器の味わい深さ。音色が美しく、響きも自然な感じが良い。曲に陰影を与え、ふっくらとした暖かさを漂わせている。淡々とした感じでもあるのだが、力みがなく、聴いていて心安まる。出色はホルン。素晴らしい音。
第8変奏と終曲のパッサカリアは圧倒的。精密精緻で迫力も十分、ブラームスが変奏曲の大家であったことを証明するような演奏。
ああ、それにしてもセル/クリーヴランド管の演奏は、いつ聴いても最高のアンサンブルであって、作品に向かう真摯な姿勢がホンマに美しい。
剛毅に描き出すこともあれば、フッと力を緩めた穏やかな表情で甘く旋律を歌ってみたり、変奏曲の個性を十全に引き出す見事さは、何と云えばいいのか。硬軟取り混ぜた幅の広さ、喩えれば、ストレート良し変化球良しの万能型投手のような演奏ぶり。まさに、オール・ラウンダーのコンビでありました。
録音はいつも通り、もう一つ良ければと思いますが、感傷に支障はありません。
演奏が素晴らしいので、録音の善し悪しを超えます。
様々な方の助言によりますと、低域をブーストするとエエようです。
お試し下さい。
昨日の朝、PCがハングして、そのままBIOSが立ち上がらなくなってしまいました。
こりゃアカン、ついに逝ってしまったかと思い、昼間の仕事中も、新しいPCを買わないかんかいなぁと考えておりました。
が、冷静に考えてみれば、何のことはない。ワタシのPCのマザーボードはASUSのものなので、トラブルの際にはモノを喋ります。英語で聴き取りにくいんですが、「システムがおかしい、VGAがおかしい」と云っているようであります。高2の息子と4つの耳で確認して、結局蓋を開けて、ビデオボード(AGP)をグイッと差し直したら解決。
なに、ボードが緩んでいただけなんでありました。
慌てた自分が情けない・・・・・いやはや(^^ゞ。
2007/04/12のBlog
[ 05:44 ]
[ 器楽曲 ]
春の暖かさ。日中は汗ばむほどでした。
春風が吹きます。桜吹雪を眺めておりました。
今日はピアノ曲です。
J・S・バッハの平均律クラヴィーア曲集 第1巻 BWV846‐BWV869。
スビャトスラフ・リヒテルのピアノ独奏。
1970年7月、ザルツブルクのクレスハイム宮での録音。ピアノはベーゼンドルファー。
夢見るような残響、ロマンティックなピアノ。
リヒテルはリヒテルの道を行く。これがバッハかいな、と思うが、やはりバッハは偉大であって、こんなにロマンティックに弾いても、バッハはバッハ。
偉大な作曲家に偉大なピアニストの組合せ。素晴らしい演奏だと思う。
第1番の静謐で平穏な演奏が始まった途端、リヒテルの世界に引き込まれる。心が洗われるような演奏。今まで何回この第1番を聴いたことだろう。幸福感に満ちて、胸が熱くなる演奏と思う。疲れ切ったときに、この演奏を聴くとホッとしますぞ。
第2番は激情の表現。ロマン派そのものだ。めまぐるしく動くピアノ、表情もどんどん変わってゆく鮮やかさ。音色も多彩で、すごいピアニズム。
第3番は軽やかな羽毛のよう。小鳥の踊り。桜吹雪の中にいるような、華やかで軽やかで爽やかな演奏。
フーガも楽しい。リヒテルのピアニスティックな表現に酔ってしまいそう。
第4番の沈み込んでゆく感情。ここではリヒテルのピアノは内へ内へと向かってゆく。聴いていて内省を強いられるような表現。強いられると云っても、窮屈だということではなく、聴いているうちに、内なる自分との対話をせざるを得ないような・・・・そんな気分になると言うべきか。
特にフーガがスゴイ。トータル9分36秒の大曲。
第5番は高音の輝きが素晴らしい。ここでもフーガが素晴らしく、純白の輝きを感じさせる名演。
・・・・・・・。
さて、順番に書いていってもキリがありません。
どこから聴いても、このCDは凄いなと思います。第1巻2枚、第2巻2枚、計4枚組のCDですが、今や廉価盤で3000円程度で買えてしまうでしょう。
(昔は1万円しました・・・・・(T.T))
初めて聴いたときは、残響の多い録音に驚きましたが、今はこの残響・余韻があればこその名演と思えます。
ピアノの音はとても綺麗です。
ベーゼンドルファーの深々としたビロードのような音が素晴らしいです。
春風が吹きます。桜吹雪を眺めておりました。
今日はピアノ曲です。
J・S・バッハの平均律クラヴィーア曲集 第1巻 BWV846‐BWV869。
スビャトスラフ・リヒテルのピアノ独奏。
1970年7月、ザルツブルクのクレスハイム宮での録音。ピアノはベーゼンドルファー。
夢見るような残響、ロマンティックなピアノ。
リヒテルはリヒテルの道を行く。これがバッハかいな、と思うが、やはりバッハは偉大であって、こんなにロマンティックに弾いても、バッハはバッハ。
偉大な作曲家に偉大なピアニストの組合せ。素晴らしい演奏だと思う。
第1番の静謐で平穏な演奏が始まった途端、リヒテルの世界に引き込まれる。心が洗われるような演奏。今まで何回この第1番を聴いたことだろう。幸福感に満ちて、胸が熱くなる演奏と思う。疲れ切ったときに、この演奏を聴くとホッとしますぞ。
第2番は激情の表現。ロマン派そのものだ。めまぐるしく動くピアノ、表情もどんどん変わってゆく鮮やかさ。音色も多彩で、すごいピアニズム。
第3番は軽やかな羽毛のよう。小鳥の踊り。桜吹雪の中にいるような、華やかで軽やかで爽やかな演奏。
フーガも楽しい。リヒテルのピアニスティックな表現に酔ってしまいそう。
第4番の沈み込んでゆく感情。ここではリヒテルのピアノは内へ内へと向かってゆく。聴いていて内省を強いられるような表現。強いられると云っても、窮屈だということではなく、聴いているうちに、内なる自分との対話をせざるを得ないような・・・・そんな気分になると言うべきか。
特にフーガがスゴイ。トータル9分36秒の大曲。
第5番は高音の輝きが素晴らしい。ここでもフーガが素晴らしく、純白の輝きを感じさせる名演。
・・・・・・・。
さて、順番に書いていってもキリがありません。
どこから聴いても、このCDは凄いなと思います。第1巻2枚、第2巻2枚、計4枚組のCDですが、今や廉価盤で3000円程度で買えてしまうでしょう。
(昔は1万円しました・・・・・(T.T))
初めて聴いたときは、残響の多い録音に驚きましたが、今はこの残響・余韻があればこその名演と思えます。
ピアノの音はとても綺麗です。
ベーゼンドルファーの深々としたビロードのような音が素晴らしいです。
2007/04/11のBlog
[ 05:30 ]
[ 交響曲 ]
年度初めの業務はだいぶ落ち着いてきましたが、峠を越えるのはまだのようです。
毎年のこととはいえ、ホンマにこの時期は忙しいですなぁ。
さて、今日はマーラーの交響曲第5番嬰ハ短調。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏。
1973年2月、ダーレムのイエス・キリスト教会での録音。DG盤。
こののち、BPOの録音はフィルハーモニーが殆どになったので、この録音は、イエス・キリスト教会最後期の録音になると思う。
カラヤンが作り上げる、耽美派のマーラー。
磨きに磨き上げた美音が洪水のように迫ってくる、スゴイ演奏。
マーラー独特のグロテスクさやドロドロした情念からは遠く離れた演奏であって、やや人工的な感もある。
とにかく徹底して美しさを追求した演奏と思う。えげつないマーラーはよくあるが、カラヤンはえげつなさから遠いところにいる。
第1楽章冒頭のトランペットが惚れ惚れするほど美しい。音も大きいが、音色も美しい。その後のフルオケの爆風は凄まじい。BPOが完璧なバランスで鳴っている。
第2楽章は抑制のきいた表現。旋律豊かに歌い、マーラー的な激情は薄い感じ。旋律が美しく歌われるので、ふと郷愁を誘われるような感じもある。ここでも楽器が見事な調和で鳴っていて、幻想曲風な演奏に聞こえる。
第3楽章のスケルツォは、この曲の核心。
交響曲の歴史の中で長い間諧謔曲であったスケルツォは、マーラーのこの第5交響曲で、ついに交響曲の中心に成長したと思うのだが、カラヤン/BPOの演奏を聴いていると、そのことを強く実感する。美しく、はかなく、意味深い演奏。
カラヤンのコントロールが行き届いている感じ。オケが有機体のように、瞬間瞬間にその音色を変えてゆくのがスゴイ。無数の色やかたちに変化する音の万華鏡。
ソロのホルンは抜群の巧さ。それに絡むトランペットなどの管楽器も安定感があって、聴きごたえあり。
第4楽章は凄絶な美しさに貫かれたアダージェット。カラヤンの耽美派の面目躍如。これほど美しいアダージェットとなると・・・・・対抗しうる演奏は、そうは思いつかないぞい。
終楽章もBPOの巧さを堪能できるが、その響きに酔いながら、ふと、この演奏がR・シュトラウスの管弦楽曲に近いところにあると思った。マーラーが後期ロマン派であって、その世界にはR・シュトラウスがいることを、改めて気づかされるような演奏。
思えば、カラヤンはR・シュトラウスの名手であった。
録音から35年。アナログ全盛期の、素晴らしい録音。
イエス・キリスト教会での録音が効いていて、残響も豊かだし広がりも大きい。
のちの、フィルハーモニーでのカラヤン/BPOの録音が平板的で、低域がモコモコしたり、音がかぶるようなところがあるのに比べて、これは上々の音がします。
良い録音だと思います。
毎年のこととはいえ、ホンマにこの時期は忙しいですなぁ。
さて、今日はマーラーの交響曲第5番嬰ハ短調。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏。
1973年2月、ダーレムのイエス・キリスト教会での録音。DG盤。
こののち、BPOの録音はフィルハーモニーが殆どになったので、この録音は、イエス・キリスト教会最後期の録音になると思う。
カラヤンが作り上げる、耽美派のマーラー。
磨きに磨き上げた美音が洪水のように迫ってくる、スゴイ演奏。
マーラー独特のグロテスクさやドロドロした情念からは遠く離れた演奏であって、やや人工的な感もある。
とにかく徹底して美しさを追求した演奏と思う。えげつないマーラーはよくあるが、カラヤンはえげつなさから遠いところにいる。
第1楽章冒頭のトランペットが惚れ惚れするほど美しい。音も大きいが、音色も美しい。その後のフルオケの爆風は凄まじい。BPOが完璧なバランスで鳴っている。
第2楽章は抑制のきいた表現。旋律豊かに歌い、マーラー的な激情は薄い感じ。旋律が美しく歌われるので、ふと郷愁を誘われるような感じもある。ここでも楽器が見事な調和で鳴っていて、幻想曲風な演奏に聞こえる。
第3楽章のスケルツォは、この曲の核心。
交響曲の歴史の中で長い間諧謔曲であったスケルツォは、マーラーのこの第5交響曲で、ついに交響曲の中心に成長したと思うのだが、カラヤン/BPOの演奏を聴いていると、そのことを強く実感する。美しく、はかなく、意味深い演奏。
カラヤンのコントロールが行き届いている感じ。オケが有機体のように、瞬間瞬間にその音色を変えてゆくのがスゴイ。無数の色やかたちに変化する音の万華鏡。
ソロのホルンは抜群の巧さ。それに絡むトランペットなどの管楽器も安定感があって、聴きごたえあり。
第4楽章は凄絶な美しさに貫かれたアダージェット。カラヤンの耽美派の面目躍如。これほど美しいアダージェットとなると・・・・・対抗しうる演奏は、そうは思いつかないぞい。
終楽章もBPOの巧さを堪能できるが、その響きに酔いながら、ふと、この演奏がR・シュトラウスの管弦楽曲に近いところにあると思った。マーラーが後期ロマン派であって、その世界にはR・シュトラウスがいることを、改めて気づかされるような演奏。
思えば、カラヤンはR・シュトラウスの名手であった。
録音から35年。アナログ全盛期の、素晴らしい録音。
イエス・キリスト教会での録音が効いていて、残響も豊かだし広がりも大きい。
のちの、フィルハーモニーでのカラヤン/BPOの録音が平板的で、低域がモコモコしたり、音がかぶるようなところがあるのに比べて、これは上々の音がします。
良い録音だと思います。
2007/04/10のBlog
[ 05:44 ]
[ 室内楽曲 ]
久しぶりに今日は室内楽を。
シューベルトの弦楽四重奏曲第14番 ニ短調 D.810 「死と乙女」。
イタリア弦楽四重奏団の演奏。
1965年12月、スイスでの録音。フィリップスの昔懐かしい1300円盤LP。
しなやかに、よく歌うシューベルト。艶やかなヴァイオリン2本が特に美しく歌う。
美音で、抜けるような高音は、高原の風邪のように爽やかな空気を部屋に運んでくる。
リズムもよく弾み、実に軽やかで気持ちよい。
第1楽章はアレグロ。
暗くてやりきれない、時に劇的な旋律も、イタリアSQで聴くと爽やかな印象を受けるのだから、不思議なものだ。響きも充実していて、ヴィオラやチェロもよく歌う。
歌曲の作曲家であったシューベルト再現にふさわしいアプローチだと思う。
第2楽章はアンダンティーノ・コン・モート。
変奏曲主題はこの曲のタイトルになったものだが、さすがイタリアSQ、美しく香り高い演奏に仕上げている。チェロの深々とした音が特に素晴らしい楽章でもある。
可憐な乙女に忍び寄る死神の恐ろしさ、避けることの出来ない恐怖を表出して余すところがない。思えば、シューベルトはホンマにコワイ音楽を書いたものだ。
第3楽章はスケルツォ。速度記号はアレグロ・モルト。
よく弾み、よく歌うスケルツォ。ヴァイオリンの突き抜けるような高音の輝き、それに内声部を受け持つヴィオラが美しく絡んでゆくさまは、何とも云えず鮮やか。イタリアSQの響きは、いつも鮮やかで明るく、くすんだところがない。サラッとした陽光を思わせる明るさ、華やかさ。
フィナーレはプレスト。
ここでも、よくシェイプされたリズムが快適で、颯爽と音楽が進んでゆく。軽快でサッパリ、しかも歌は忘れない。見事なものだと思う。
「死と乙女」はいろいろ聴いてきましたが、これは僕が初めて買ったLPでして、今も愛着が強いものです。
「刷り込み」って云うんですかね。様々な演奏を聴いて、どれもエエなぁと思いつつ、結局最初に聴いた演奏に戻っちゃう・・・。でも、イタリアSQでシューベルトの弦楽四重奏曲に出会えたこと、良かったなぁと思えます。
すでに40年以上を経過した録音ですが、今も快適に聴けます。
アナログ盤で聴くヴァイオリンの爽やかな音は、心地よく癒される感じです。
部屋が爽快で涼やかな空気で満たされるのは、エエもんです。
シューベルトの弦楽四重奏曲第14番 ニ短調 D.810 「死と乙女」。
イタリア弦楽四重奏団の演奏。
1965年12月、スイスでの録音。フィリップスの昔懐かしい1300円盤LP。
しなやかに、よく歌うシューベルト。艶やかなヴァイオリン2本が特に美しく歌う。
美音で、抜けるような高音は、高原の風邪のように爽やかな空気を部屋に運んでくる。
リズムもよく弾み、実に軽やかで気持ちよい。
第1楽章はアレグロ。
暗くてやりきれない、時に劇的な旋律も、イタリアSQで聴くと爽やかな印象を受けるのだから、不思議なものだ。響きも充実していて、ヴィオラやチェロもよく歌う。
歌曲の作曲家であったシューベルト再現にふさわしいアプローチだと思う。
第2楽章はアンダンティーノ・コン・モート。
変奏曲主題はこの曲のタイトルになったものだが、さすがイタリアSQ、美しく香り高い演奏に仕上げている。チェロの深々とした音が特に素晴らしい楽章でもある。
可憐な乙女に忍び寄る死神の恐ろしさ、避けることの出来ない恐怖を表出して余すところがない。思えば、シューベルトはホンマにコワイ音楽を書いたものだ。
第3楽章はスケルツォ。速度記号はアレグロ・モルト。
よく弾み、よく歌うスケルツォ。ヴァイオリンの突き抜けるような高音の輝き、それに内声部を受け持つヴィオラが美しく絡んでゆくさまは、何とも云えず鮮やか。イタリアSQの響きは、いつも鮮やかで明るく、くすんだところがない。サラッとした陽光を思わせる明るさ、華やかさ。
フィナーレはプレスト。
ここでも、よくシェイプされたリズムが快適で、颯爽と音楽が進んでゆく。軽快でサッパリ、しかも歌は忘れない。見事なものだと思う。
「死と乙女」はいろいろ聴いてきましたが、これは僕が初めて買ったLPでして、今も愛着が強いものです。
「刷り込み」って云うんですかね。様々な演奏を聴いて、どれもエエなぁと思いつつ、結局最初に聴いた演奏に戻っちゃう・・・。でも、イタリアSQでシューベルトの弦楽四重奏曲に出会えたこと、良かったなぁと思えます。
すでに40年以上を経過した録音ですが、今も快適に聴けます。
アナログ盤で聴くヴァイオリンの爽やかな音は、心地よく癒される感じです。
部屋が爽快で涼やかな空気で満たされるのは、エエもんです。
2007/04/09のBlog
[ 05:56 ]
[ 管弦楽曲 ]
春霞の一日でした。
四国の連峰がボンヤリと夢見るように霞んでいた春の日でありました。
そこで今日は夢見るような音楽を。
ラヴェルの組曲「マ・メール・ロワ」。
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1989年11月、コンセルトヘボウでの録音。CBSソニー盤。
「マ・メール・ロワ」の原曲は、友人の子供のために作曲したピアノ連弾曲。
連弾曲はあまり聴かないが、その管弦楽版は素晴らしい。「マザー・グース」に取材したものというが、オーケストレーションが素晴らしく、夢見るような音楽になっている。
それをジュリーニ/ACOのコンビで聴くと、音楽が豊かで、柔らかく、ホンマに夢の世界に遊ぶような感覚になってしまう。
テンポがゆったりしていて、独特のテヌートもたまらない魅力。そして、ジュリーニらしい「歌」も。
第1曲「眠りの森の美女のパヴァーヌ」は、 弦楽セクションのデリケートな響きに魅了されてしまう。
第2曲「おやゆび小僧」も、秘やかでシックなヴァイオリンの音色が素晴らしい。オーボエの哀しみを含んだ色合いもイイ。くすんだ、渋い響きはコンセルトヘボウ管らしい。そして森の中の小鳥そのままの木管群。ラヴェルの編曲の妙がそのまま味わえる。
第3曲「パゴダの女王レドロネット」はもともと軽快な曲だが、 ジュリーニの棒で聴くと、ダンディな紳士の響きになる。ACOの音がここでも全く素晴らしい。奥行きのある、深みのある音。森の奥にひっそりとしずまる湖、その湖水のような穏やかさ。心が静かに落ち着いてくる響き。身を浸して聴くのにふさわしい音。淡い憂いを秘めたようなコンセルトヘボウ管の音に酔うのもイイもんだと思う。
第4曲は「美女と野獣の対話」。
これは美しいワルツだ。美女を表すクラリネットはもちろんイイが、野獣のコントラ・ファゴットの音がまた素晴らしく良い。深く、コクがあって、しみじみと情趣がある音。ホールの余韻も素晴らしく、音が消えてゆく瞬間の美しさは絶品。
終曲は「妖精の園」。ここもストリングスが美しく、デリケート。ソロ・ヴァイオリンの高音の細身の音も、匂うような美しさ。コンセルトヘボウ管の弦楽セクションの力量を聴く思いがする。
録音は、穏やかでシックなコンセルトヘボウ管の響きをよく捉えていると思います。
カップリングはドヴォルザークの8番交響曲という、ちょっと変わった組み合わせですが、これも素晴らしい演奏。
今や廉価盤です。
四国の連峰がボンヤリと夢見るように霞んでいた春の日でありました。
そこで今日は夢見るような音楽を。
ラヴェルの組曲「マ・メール・ロワ」。
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1989年11月、コンセルトヘボウでの録音。CBSソニー盤。
「マ・メール・ロワ」の原曲は、友人の子供のために作曲したピアノ連弾曲。
連弾曲はあまり聴かないが、その管弦楽版は素晴らしい。「マザー・グース」に取材したものというが、オーケストレーションが素晴らしく、夢見るような音楽になっている。
それをジュリーニ/ACOのコンビで聴くと、音楽が豊かで、柔らかく、ホンマに夢の世界に遊ぶような感覚になってしまう。
テンポがゆったりしていて、独特のテヌートもたまらない魅力。そして、ジュリーニらしい「歌」も。
第1曲「眠りの森の美女のパヴァーヌ」は、 弦楽セクションのデリケートな響きに魅了されてしまう。
第2曲「おやゆび小僧」も、秘やかでシックなヴァイオリンの音色が素晴らしい。オーボエの哀しみを含んだ色合いもイイ。くすんだ、渋い響きはコンセルトヘボウ管らしい。そして森の中の小鳥そのままの木管群。ラヴェルの編曲の妙がそのまま味わえる。
第3曲「パゴダの女王レドロネット」はもともと軽快な曲だが、 ジュリーニの棒で聴くと、ダンディな紳士の響きになる。ACOの音がここでも全く素晴らしい。奥行きのある、深みのある音。森の奥にひっそりとしずまる湖、その湖水のような穏やかさ。心が静かに落ち着いてくる響き。身を浸して聴くのにふさわしい音。淡い憂いを秘めたようなコンセルトヘボウ管の音に酔うのもイイもんだと思う。
第4曲は「美女と野獣の対話」。
これは美しいワルツだ。美女を表すクラリネットはもちろんイイが、野獣のコントラ・ファゴットの音がまた素晴らしく良い。深く、コクがあって、しみじみと情趣がある音。ホールの余韻も素晴らしく、音が消えてゆく瞬間の美しさは絶品。
終曲は「妖精の園」。ここもストリングスが美しく、デリケート。ソロ・ヴァイオリンの高音の細身の音も、匂うような美しさ。コンセルトヘボウ管の弦楽セクションの力量を聴く思いがする。
録音は、穏やかでシックなコンセルトヘボウ管の響きをよく捉えていると思います。
カップリングはドヴォルザークの8番交響曲という、ちょっと変わった組み合わせですが、これも素晴らしい演奏。
今や廉価盤です。