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2007/05/18のBlog
[ 05:26 ]
[ 管弦楽曲 ]
四国は風が強い一日でした。そして、暑い・・・・。
夜になっても暑かったですね。いよいよ夏であります。
そういう夜には、この曲、「シェエラザード」ですね。
R・コルサコフの交響組曲「シェエラザード」。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏。
ヴァイオリンのソロはミシェル・シュヴァルベ。
1967年、ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。DG盤。
カラヤンらしく颯爽としたテンポでグイグイ進んでゆく「シェエラザード」。
対するシュヴァルベのヴァイオリンは香り立つような美しい音色と、滑らかで妖艶なポルタメントで、聴き手にネットリとまとわりついてくる。テクニック完璧、音色はエロティック。数ある「シェエラザード」の中で、屈指のソロ・ヴァイオリンと思う。
第1楽章は、荒々しい感じを前面に出してくるのだが、オケはピタッとついて、しかもアンサンブルが揃って抜群に巧い。聴いていて、ニヤリとなるほどの上手さ。このくらいオーケストラが上手いと、文句なし。スゴイ。カラヤン独特のテンポやダイナミズムの激変など、オケにとっては何のその、当たり前のようにサラッと進んでゆく。ベルリン・フィルは、やはり当代随一のオーケストラだと納得させられてしまう演奏。スーパー技術集団にして、しかも音楽性に溢れている。いや、ホンマに素晴らしい。
第2楽章は、オケの各プレーヤーのソロ演奏が楽しい。時に即興プレイのような趣きも感じられる。
ここでもカラヤンのテンポは速めだが、ここぞというところでは、念を押すような表情づけをしてみたり、タメをつくってみたり、なかなか芸が細かい。千両役者よろしく、大見得を切るようなところもある。いや、カッコイイ。実に決まっている。尤も、こういうところが、カラヤンが嫌われるところなのかもしれないが・・・・。
僕は慣れましたし、だいたい好きですな。
第3楽章は、抒情的な演奏。おそらくカラヤン得意のところだろう。雰囲気豊かに演奏を展開してゆく。優美と云うより、エロティックなまでに美しい仕上げになっている。
弦も管も万全の出来で、何度も云うが、巧すぎるくらい。
シュヴァルベのヴァイオリン・ソロも、高音が良く伸びて艶やか。時折、ゾッとするほどの色気を見せる。凄絶な美と云うべきか。
終楽章はベルリン・フィルのパワー全開。強烈なフォルティシモ、圧倒的な威力でオケが迫ってくる。
でも、オケにはまだ余裕がありそう。巨大排気量の車が、高速道をラクラク走っている感じ。まだナンボでもパワーが出るのに、余裕十分・・・って感じかな。
カラヤンの情景描写は実に巧みで、嵐の様子から難破・破滅まで、ワクワクさせるような描き方。全く聴かせ上手。
いやはや、カラヤンの話し上手に、スーパー・オケの上手さが重なって、あっという間の45分でありました。
録音は良好。
この時期としては、まずまずだと思います。
残響も十分。ただ、個々の楽器がもう少し鮮やかに収録できていればと思いますが。さすがに古びてきたのかな・・・・。
<「シェエラザード」は最も好きな管弦楽曲のひとつ>自己リンクです。
◆プレヴィン/ウィーン・フィル
◆チョン・ミュンフン/パリ・バスティーユ管
◆コンドラシン/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
◆クリヴィヌ/フィルハーモニア管
◆マゼール/ベルリン・フィル
◆デュトワ/モントリオール響
◆ムーティ/フィラデルフィア管
◆アシュケナージ/フィルハーモニア管
夜になっても暑かったですね。いよいよ夏であります。
そういう夜には、この曲、「シェエラザード」ですね。
R・コルサコフの交響組曲「シェエラザード」。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏。
ヴァイオリンのソロはミシェル・シュヴァルベ。
1967年、ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。DG盤。
カラヤンらしく颯爽としたテンポでグイグイ進んでゆく「シェエラザード」。
対するシュヴァルベのヴァイオリンは香り立つような美しい音色と、滑らかで妖艶なポルタメントで、聴き手にネットリとまとわりついてくる。テクニック完璧、音色はエロティック。数ある「シェエラザード」の中で、屈指のソロ・ヴァイオリンと思う。
第1楽章は、荒々しい感じを前面に出してくるのだが、オケはピタッとついて、しかもアンサンブルが揃って抜群に巧い。聴いていて、ニヤリとなるほどの上手さ。このくらいオーケストラが上手いと、文句なし。スゴイ。カラヤン独特のテンポやダイナミズムの激変など、オケにとっては何のその、当たり前のようにサラッと進んでゆく。ベルリン・フィルは、やはり当代随一のオーケストラだと納得させられてしまう演奏。スーパー技術集団にして、しかも音楽性に溢れている。いや、ホンマに素晴らしい。
第2楽章は、オケの各プレーヤーのソロ演奏が楽しい。時に即興プレイのような趣きも感じられる。
ここでもカラヤンのテンポは速めだが、ここぞというところでは、念を押すような表情づけをしてみたり、タメをつくってみたり、なかなか芸が細かい。千両役者よろしく、大見得を切るようなところもある。いや、カッコイイ。実に決まっている。尤も、こういうところが、カラヤンが嫌われるところなのかもしれないが・・・・。
僕は慣れましたし、だいたい好きですな。
第3楽章は、抒情的な演奏。おそらくカラヤン得意のところだろう。雰囲気豊かに演奏を展開してゆく。優美と云うより、エロティックなまでに美しい仕上げになっている。
弦も管も万全の出来で、何度も云うが、巧すぎるくらい。
シュヴァルベのヴァイオリン・ソロも、高音が良く伸びて艶やか。時折、ゾッとするほどの色気を見せる。凄絶な美と云うべきか。
終楽章はベルリン・フィルのパワー全開。強烈なフォルティシモ、圧倒的な威力でオケが迫ってくる。
でも、オケにはまだ余裕がありそう。巨大排気量の車が、高速道をラクラク走っている感じ。まだナンボでもパワーが出るのに、余裕十分・・・って感じかな。
カラヤンの情景描写は実に巧みで、嵐の様子から難破・破滅まで、ワクワクさせるような描き方。全く聴かせ上手。
いやはや、カラヤンの話し上手に、スーパー・オケの上手さが重なって、あっという間の45分でありました。
録音は良好。
この時期としては、まずまずだと思います。
残響も十分。ただ、個々の楽器がもう少し鮮やかに収録できていればと思いますが。さすがに古びてきたのかな・・・・。
<「シェエラザード」は最も好きな管弦楽曲のひとつ>自己リンクです。
◆プレヴィン/ウィーン・フィル
◆チョン・ミュンフン/パリ・バスティーユ管
◆コンドラシン/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
◆クリヴィヌ/フィルハーモニア管
◆マゼール/ベルリン・フィル
◆デュトワ/モントリオール響
◆ムーティ/フィラデルフィア管
◆アシュケナージ/フィルハーモニア管
2007/05/17のBlog
[ 05:55 ]
[ 器楽曲 ]
昨日は失礼しました。
「ダブリ買い」ならぬ、「ダブリ書き」。
スメタナSQの「ラズモフスキー第3番」は昨秋すでにエントリーしているにもかかわらず、スッカラカンと忘れて、2度書きしておりました。
いや、もう激しい記憶力の減退。頭頂葉、海馬の衰えでありましょうか・・・・・。
「ダブリ買い」は、しばしばなので、もう仕方ないなと諦めちゃいるんですが、ブログのエントリーも忘れてしまうようになりました。
スンマセン。
以後気をつけますが、寄る年波、どうも自信がありません。そして、音楽を聴いた印象は、時々の体調、ココロの調子でも変わるもんです。今後ダブリ書きの際に、「オマエ、あのときと感想が違うやないか」と責めんといてください。先にあやまっときます。スンマセン。
で、今日はホロヴィッツを聴いています。
(ホロヴィッツはすでに「熱情」をエントリーしておりました。アブナイ、アブナイ・・・(^^ゞ)
ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番 嬰ハ短調「月光」。
ピアノ独奏はウラディーミル・ホロヴィッツ
1972年の録音で、CBSソニー原盤。「熱情」・「悲愴」とのいわゆる三大ソナタ盤。
第1楽章のホロヴィッツは、詩的で抒情的。美しいアダージョ・ソステヌートをつくる。
ペダルを多用しながら、幻想的な表情づけを行っている。感情の静かなたゆたいとでも云おうか。
たっぷりりしたテンポが心地よい。柔らかくロマンティックな演奏だと思う。
第2楽章は克明な弾き方。丁寧で慈しむような感じ。
大家風の表現で、ルバートも随所に見られて、独特のアーティキュレーションもある。
さすがホロヴィッツと云うべきかな。
終楽章は快速。ダイナミックレンジが大きく、スケールも大きい。揺れるテンポに、激しい感情の高まり。聴き手を昂奮させるような表現だと思う。
そして、見事なスタッカート。
着実に普通に弾いていた前二つの楽章がウソのよう。これが本来のホロヴィッツか。
テクニック・表現力をすべて解放して炸裂させる。
目眩くような高速パッセージも聴きもの。圧倒的な表現だと思う。
盛り上がる感情、鮮やかな音色、飛び跳ねるピアニズム。
素晴らしいフィナーレと思う。
ホロヴィッツはスゴイ。
録音は標準的。
ホロヴィッツのピアノを(特に色彩的なところを)完全に捉えきっているのかな・・・とも思いますが、この時期としてはまずまずかもしれません。
「ダブリ買い」ならぬ、「ダブリ書き」。
スメタナSQの「ラズモフスキー第3番」は昨秋すでにエントリーしているにもかかわらず、スッカラカンと忘れて、2度書きしておりました。
いや、もう激しい記憶力の減退。頭頂葉、海馬の衰えでありましょうか・・・・・。
「ダブリ買い」は、しばしばなので、もう仕方ないなと諦めちゃいるんですが、ブログのエントリーも忘れてしまうようになりました。
スンマセン。
以後気をつけますが、寄る年波、どうも自信がありません。そして、音楽を聴いた印象は、時々の体調、ココロの調子でも変わるもんです。今後ダブリ書きの際に、「オマエ、あのときと感想が違うやないか」と責めんといてください。先にあやまっときます。スンマセン。
で、今日はホロヴィッツを聴いています。
(ホロヴィッツはすでに「熱情」をエントリーしておりました。アブナイ、アブナイ・・・(^^ゞ)
ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番 嬰ハ短調「月光」。
ピアノ独奏はウラディーミル・ホロヴィッツ
1972年の録音で、CBSソニー原盤。「熱情」・「悲愴」とのいわゆる三大ソナタ盤。
第1楽章のホロヴィッツは、詩的で抒情的。美しいアダージョ・ソステヌートをつくる。
ペダルを多用しながら、幻想的な表情づけを行っている。感情の静かなたゆたいとでも云おうか。
たっぷりりしたテンポが心地よい。柔らかくロマンティックな演奏だと思う。
第2楽章は克明な弾き方。丁寧で慈しむような感じ。
大家風の表現で、ルバートも随所に見られて、独特のアーティキュレーションもある。
さすがホロヴィッツと云うべきかな。
終楽章は快速。ダイナミックレンジが大きく、スケールも大きい。揺れるテンポに、激しい感情の高まり。聴き手を昂奮させるような表現だと思う。
そして、見事なスタッカート。
着実に普通に弾いていた前二つの楽章がウソのよう。これが本来のホロヴィッツか。
テクニック・表現力をすべて解放して炸裂させる。
目眩くような高速パッセージも聴きもの。圧倒的な表現だと思う。
盛り上がる感情、鮮やかな音色、飛び跳ねるピアニズム。
素晴らしいフィナーレと思う。
ホロヴィッツはスゴイ。
録音は標準的。
ホロヴィッツのピアノを(特に色彩的なところを)完全に捉えきっているのかな・・・とも思いますが、この時期としてはまずまずかもしれません。
2007/05/16のBlog
[ 05:48 ]
[ 室内楽曲 ]
爽やかな季節です。
日中は気温がかなり上がってきましたが、朝晩は涼しくて心地よいですな。
この時期と中秋がクラシック音楽を聴くには最高の季節。
人生の幸福を感じる時です・・・・・と云うのはチト大袈裟でしたかな。
さて今日は室内楽を。
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第9番 ハ長調 作品59-3「ラズモフスキー第3番」。
スメタナ弦楽四重奏団の演奏。1979年10月プラハ芸術家の家、ドヴォルザークホールでのPCM(つまりデジタル)録音。DENON原盤。
ボヘミアの弦の伝統を受け継いだ見事なアンサンブル。
4つの音がきれいに重なったときの、得も言われぬ弾力感。「練り絹のような」という形容句が、ホンマにこの団体にはピッタリ来る感じ。
しなやかで、美しく、やや細身の音は、この団体の特徴だとは思うのだが、DENONのPCM録音の特質が出ているのかもしれない。その分、音楽がシャープでスリムな造形となって、ベートーヴェンの覇気・若々しさを伝えてくれる。
スメタナSQのベートーヴェンは、ブヨブヨしていない。ふっくらもしていない。
聴いていると、左右のスピーカーの間に、筋肉質の精悍なベートーヴェン、躍動する青年の心意気のベートーヴェンが現れてくる。
例えば、第2楽章のアンダンテ・コン・モート・クワジ・アレグレット。
水も漏らさぬ呼吸の合い方が、スゴイ。洗練された旋律の歌わせ方も、全く美しい。
そして生命力に満ちた弾力感、躍動感。実に魅力的だと思う。
楽章の後半に進むにしたがって、緊迫感が増してゆくのもイイ。
美しく、しかも(矛盾しているようだが)強靱な演奏だと思う。
そして、終楽章のフーガ。
これも強さを秘めたアレグロ・モルト。精妙な彫琢と、絶妙なアンサンブル。それぞれの楽器の音色も美しく、音そのものも引き締まっていて、とてもカッコイイ。
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲なので、音色は色彩的なものではないし、そんなに華麗なことはないのだが、スメタナSQで聴くと、その音に聴き惚れてしまう。
これ誠に陳腐だが、「さすがにチェコは弦の国やなぁ」という感想になってしまう・・・。
1970年代末期、デジタル録音で先行していたDENONの、自慢のPCM録音。
透明感のある録音は、今も十分に聴きごたえがあります。
個々の楽器の美しさ、四重奏としてのバランスも良く、心地よく聴ける1枚であります。
日中は気温がかなり上がってきましたが、朝晩は涼しくて心地よいですな。
この時期と中秋がクラシック音楽を聴くには最高の季節。
人生の幸福を感じる時です・・・・・と云うのはチト大袈裟でしたかな。
さて今日は室内楽を。
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第9番 ハ長調 作品59-3「ラズモフスキー第3番」。
スメタナ弦楽四重奏団の演奏。1979年10月プラハ芸術家の家、ドヴォルザークホールでのPCM(つまりデジタル)録音。DENON原盤。
ボヘミアの弦の伝統を受け継いだ見事なアンサンブル。
4つの音がきれいに重なったときの、得も言われぬ弾力感。「練り絹のような」という形容句が、ホンマにこの団体にはピッタリ来る感じ。
しなやかで、美しく、やや細身の音は、この団体の特徴だとは思うのだが、DENONのPCM録音の特質が出ているのかもしれない。その分、音楽がシャープでスリムな造形となって、ベートーヴェンの覇気・若々しさを伝えてくれる。
スメタナSQのベートーヴェンは、ブヨブヨしていない。ふっくらもしていない。
聴いていると、左右のスピーカーの間に、筋肉質の精悍なベートーヴェン、躍動する青年の心意気のベートーヴェンが現れてくる。
例えば、第2楽章のアンダンテ・コン・モート・クワジ・アレグレット。
水も漏らさぬ呼吸の合い方が、スゴイ。洗練された旋律の歌わせ方も、全く美しい。
そして生命力に満ちた弾力感、躍動感。実に魅力的だと思う。
楽章の後半に進むにしたがって、緊迫感が増してゆくのもイイ。
美しく、しかも(矛盾しているようだが)強靱な演奏だと思う。
そして、終楽章のフーガ。
これも強さを秘めたアレグロ・モルト。精妙な彫琢と、絶妙なアンサンブル。それぞれの楽器の音色も美しく、音そのものも引き締まっていて、とてもカッコイイ。
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲なので、音色は色彩的なものではないし、そんなに華麗なことはないのだが、スメタナSQで聴くと、その音に聴き惚れてしまう。
これ誠に陳腐だが、「さすがにチェコは弦の国やなぁ」という感想になってしまう・・・。
1970年代末期、デジタル録音で先行していたDENONの、自慢のPCM録音。
透明感のある録音は、今も十分に聴きごたえがあります。
個々の楽器の美しさ、四重奏としてのバランスも良く、心地よく聴ける1枚であります。
2007/05/15のBlog
[ 04:23 ]
[ 交響曲 ]
雲一つない五月晴れ。
良い天気でした。これだけの上天気、さて1年に何回あるかしら。
しかも風は緑。新緑の黄緑が徐々に濃くなって、その中を風が吹きます。
四国の田舎では、緑風が爽やかに吹いてます。
さて、今日は時間が取れたので大曲を行きます。
マーラーの交響曲第2番 ハ短調「復活」。
クラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィルの演奏。
ソプラノはエディット・マティス、メゾ・ソプラノはドリス・ゾッフェル。
1981年5月、ロンドンのキングズウェイホールでの録音。EMI盤。
テンシュテット入魂の指揮、そしてロンドン・フィル渾身の演奏。
ロンドン・フィルは決して巧いオケではないと思うし、アンサンブルは乱れるところもあるのだが、その熱気は素晴らしい。
テンシュテット独特の粘りにも敏感に反応し、献身的でさえある。テンシュテットがオケに慕われている様子がビンビン伝わってくる。こういう演奏を聴くのは嬉しい。指揮者も幸福だったろう。
テンシュテット/ロンドン・フィルのマーラー全集の第6作。1982年発売のLPは2枚組で5600円もした。今ならEMIの激安ボックス廉価盤で全集が買えてしまう。
テンシュテットのマーラーは発売されるたびに話題となり、世評高い全集だったが、ビンボー学生であった僕にはなかなか手が届かなかった。
あのころ、マゼール、アバド、ショルティ再録音、ノイマンのマーラー全集が進行し、その後インバル、シノーポリ、バーンスタイン再録音、小澤の全集が始まる・・・・・一大マーラー・ブームがやってくるころだった。
第1楽章は力感溢れる演奏。時にオケが悲鳴を上げている。
激しく劇的な楽章だが、テンシュテットが振るとさらにそれが際だつ。優美さとは無縁の激しい演奏。
第2楽章のアンダンテ・モデラートが素晴らしい。オーケストラがデリカシーの塊のようになって、鋭敏に反応してゆく。特に弦楽セクションが良い。中でもチェロがイイ。
第3楽章はマーラーらしい怪異でグロテスクなスケルツォ。ダイナミックレンジが広く、テンシュテットの指揮も、よくテンポを動かして面白いし、迫力も十分。強めのティンパニも効果的。だいたい、テンシュテットのマーラーではティンパニが強い。強打が印象的。これテンシュテットの特質かな。
第4楽章の歌唱は好調、素直な歌い方で好感が持てた。
フィナーレは豪快にして繊細な演奏。テンシュテットの粘り強さが良い方向に働いた演奏と思う。ラストはやはり感動的。壮大な交響曲だと思う。
録音はデジタル初期特有の硬さ・平板さが残っているんですが、まずまず聴きやすい感じ。
音の潤いと残響がイマイチかなと思いますが、演奏の迫力がスゴイので、若干の録音の不備を忘れさせます。
音そのものはあまり美しくないです。耽美的な演奏に慣れていると(ベルティーニとかカラヤンとか)、テンシュテット盤は、アンサンブルは悪いし、磨かれていないし・・・・違和感があるかもしれません。
ただ、テンシュテットはマーラーに関しては、アンサンブルを磨くとか、縦の線を揃えるとか、ということにはあまり関心がなかったんじゃないかと思います。
情熱、喜怒哀楽、粘り、集中力、音の塊・・・・そんなものをマーラーで表現したかったのかなと思う・・・・そんな演奏でありました。
良い天気でした。これだけの上天気、さて1年に何回あるかしら。
しかも風は緑。新緑の黄緑が徐々に濃くなって、その中を風が吹きます。
四国の田舎では、緑風が爽やかに吹いてます。
さて、今日は時間が取れたので大曲を行きます。
マーラーの交響曲第2番 ハ短調「復活」。
クラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィルの演奏。
ソプラノはエディット・マティス、メゾ・ソプラノはドリス・ゾッフェル。
1981年5月、ロンドンのキングズウェイホールでの録音。EMI盤。
テンシュテット入魂の指揮、そしてロンドン・フィル渾身の演奏。
ロンドン・フィルは決して巧いオケではないと思うし、アンサンブルは乱れるところもあるのだが、その熱気は素晴らしい。
テンシュテット独特の粘りにも敏感に反応し、献身的でさえある。テンシュテットがオケに慕われている様子がビンビン伝わってくる。こういう演奏を聴くのは嬉しい。指揮者も幸福だったろう。
テンシュテット/ロンドン・フィルのマーラー全集の第6作。1982年発売のLPは2枚組で5600円もした。今ならEMIの激安ボックス廉価盤で全集が買えてしまう。
テンシュテットのマーラーは発売されるたびに話題となり、世評高い全集だったが、ビンボー学生であった僕にはなかなか手が届かなかった。
あのころ、マゼール、アバド、ショルティ再録音、ノイマンのマーラー全集が進行し、その後インバル、シノーポリ、バーンスタイン再録音、小澤の全集が始まる・・・・・一大マーラー・ブームがやってくるころだった。
第1楽章は力感溢れる演奏。時にオケが悲鳴を上げている。
激しく劇的な楽章だが、テンシュテットが振るとさらにそれが際だつ。優美さとは無縁の激しい演奏。
第2楽章のアンダンテ・モデラートが素晴らしい。オーケストラがデリカシーの塊のようになって、鋭敏に反応してゆく。特に弦楽セクションが良い。中でもチェロがイイ。
第3楽章はマーラーらしい怪異でグロテスクなスケルツォ。ダイナミックレンジが広く、テンシュテットの指揮も、よくテンポを動かして面白いし、迫力も十分。強めのティンパニも効果的。だいたい、テンシュテットのマーラーではティンパニが強い。強打が印象的。これテンシュテットの特質かな。
第4楽章の歌唱は好調、素直な歌い方で好感が持てた。
フィナーレは豪快にして繊細な演奏。テンシュテットの粘り強さが良い方向に働いた演奏と思う。ラストはやはり感動的。壮大な交響曲だと思う。
録音はデジタル初期特有の硬さ・平板さが残っているんですが、まずまず聴きやすい感じ。
音の潤いと残響がイマイチかなと思いますが、演奏の迫力がスゴイので、若干の録音の不備を忘れさせます。
音そのものはあまり美しくないです。耽美的な演奏に慣れていると(ベルティーニとかカラヤンとか)、テンシュテット盤は、アンサンブルは悪いし、磨かれていないし・・・・違和感があるかもしれません。
ただ、テンシュテットはマーラーに関しては、アンサンブルを磨くとか、縦の線を揃えるとか、ということにはあまり関心がなかったんじゃないかと思います。
情熱、喜怒哀楽、粘り、集中力、音の塊・・・・そんなものをマーラーで表現したかったのかなと思う・・・・そんな演奏でありました。
2007/05/14のBlog
[ 05:30 ]
[ 協奏曲 ]
爽やかな風、爽やかな空、いい休日でした。
・・・・・にもかかわらず、終日自室にこもって在宅業務であります。
トホホ・・・・。
そういうときは、音楽であります。音楽は沢山「ながら聴き」しましたな。
その中で良かったのは、
グリーグのピアノ協奏曲 イ短調 作品16。
ゲザ・アンダのピアノ独奏、ラファエル・クーベリック指揮ベルリン・フィルの演奏。
1963年の録音、DG盤。
懐かしいCDであります。1300円LPグラモフォン・スペシャル(MGWナンバー)で聴いていたものを、CDの廉価盤で買い直した物。それでも当時は2800円の定価がついていた(レギュラー盤は3500円もした時代でありますな)。
CD時代になって、音が良くなったなぁと実感した記憶がある。
第1楽章のオケの伴奏が素晴らしく良い。深々としたフレージングで、望郷の思いを誘うような伴奏。とても抒情的で、先頃聴いたクーベリックのスラヴ舞曲集にも通ずる情感が漂う。美しい旋律を美しく歌わせた名演。スケールも大きいし、オケがまた素晴らしく巧い。フルートやホルンの響きが魅力的。
アンダのピアノは清潔で純粋。一音一音を丁寧に弾いてゆくもので、ゴツゴツした肌触りのところと、柔らかく滑るようなところと、鮮やかに弾きわけている。聴いていて楽しい。ニュアンスも多彩でテクニックも万全。クーベリックとの呼吸もピタッと合っている感じ。
第2楽章もオケの序奏が美しい。この弱音の楚々とした響きはグリーグの美質だが、クーベリック/BPOはその美しさを余すところなく表出してみせる。素晴らしいと思う。ロマン派の音楽を振らせたら(特に国民楽派)、やはりクーベリックは上手い。
そこに滑り込んでくるアンダのピアノが、また純白に輝いて綺麗なこと。真珠の光がこぼれるような感じ。左右のスピーカーの間から、その光が見える・・・・・ような錯覚に陥る。ホンマに綺麗。
終楽章はアンダのピアノの多彩さが聴きもの。意識的にテンポを揺らして、実にメランコリック。そしてロマンティック。前の2つの楽章では抑え気味だったアンダの情念が、ここで表に出てきているようで面白い。オケもよくついていて、壮大なフィナーレを迎える。
録音から40年以上。
でも、聴きやすいエエ音してます。
長いことレコードで聴いてきたものなので、演奏そのものは愛着深いです。
その愛着が、録音の古さを忘れさせる・・・・というより、古さが懐かしさを誘う感じです。
若い頃、一生懸命聴いていた自分を思い出すような・・・・・面はゆさと云いますか。
・・・・・にもかかわらず、終日自室にこもって在宅業務であります。
トホホ・・・・。
そういうときは、音楽であります。音楽は沢山「ながら聴き」しましたな。
その中で良かったのは、
グリーグのピアノ協奏曲 イ短調 作品16。
ゲザ・アンダのピアノ独奏、ラファエル・クーベリック指揮ベルリン・フィルの演奏。
1963年の録音、DG盤。
懐かしいCDであります。1300円LPグラモフォン・スペシャル(MGWナンバー)で聴いていたものを、CDの廉価盤で買い直した物。それでも当時は2800円の定価がついていた(レギュラー盤は3500円もした時代でありますな)。
CD時代になって、音が良くなったなぁと実感した記憶がある。
第1楽章のオケの伴奏が素晴らしく良い。深々としたフレージングで、望郷の思いを誘うような伴奏。とても抒情的で、先頃聴いたクーベリックのスラヴ舞曲集にも通ずる情感が漂う。美しい旋律を美しく歌わせた名演。スケールも大きいし、オケがまた素晴らしく巧い。フルートやホルンの響きが魅力的。
アンダのピアノは清潔で純粋。一音一音を丁寧に弾いてゆくもので、ゴツゴツした肌触りのところと、柔らかく滑るようなところと、鮮やかに弾きわけている。聴いていて楽しい。ニュアンスも多彩でテクニックも万全。クーベリックとの呼吸もピタッと合っている感じ。
第2楽章もオケの序奏が美しい。この弱音の楚々とした響きはグリーグの美質だが、クーベリック/BPOはその美しさを余すところなく表出してみせる。素晴らしいと思う。ロマン派の音楽を振らせたら(特に国民楽派)、やはりクーベリックは上手い。
そこに滑り込んでくるアンダのピアノが、また純白に輝いて綺麗なこと。真珠の光がこぼれるような感じ。左右のスピーカーの間から、その光が見える・・・・・ような錯覚に陥る。ホンマに綺麗。
終楽章はアンダのピアノの多彩さが聴きもの。意識的にテンポを揺らして、実にメランコリック。そしてロマンティック。前の2つの楽章では抑え気味だったアンダの情念が、ここで表に出てきているようで面白い。オケもよくついていて、壮大なフィナーレを迎える。
録音から40年以上。
でも、聴きやすいエエ音してます。
長いことレコードで聴いてきたものなので、演奏そのものは愛着深いです。
その愛着が、録音の古さを忘れさせる・・・・というより、古さが懐かしさを誘う感じです。
若い頃、一生懸命聴いていた自分を思い出すような・・・・・面はゆさと云いますか。
2007/05/13のBlog
[ 04:59 ]
[ 交響曲 ]
穏やかな初夏の一日を、僕は何と休日出勤でありました。
たまっていた書類の山を片付けて、ホッと一息ついたのが黄昏時。
ヤレヤレであります。
おかげさまで、日曜日は休み。といっても在宅業務持ち帰りですが・・・・・(^^ゞ。
さて、今日はセルのベートーヴェンを聴きます。
ベートーヴェンの交響曲第8番 ヘ長調 作品93。
ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団の演奏。
1961年、セヴェランス・ホールでの録音。CBS盤。
(我が家の1300円廉価盤LPでは、1959年10月30日の録音になっております)
テンポ・リズム・造形、どれをとっても完璧。全くスキのないアポロン的な名演。・・・・というと大袈裟な、まさに大讃辞になってしまうのだが、いやはや、もう神がセルをして音楽を語らせた、としか云いようのない名演。
これだけ均整のとれた構成で、しかも全編にわたって緊張感を保ち続けながら最上級のパフォーマンスを聴かせてくれる演奏は、チト他には考えられない。
セルより情熱的な演奏はナンボでもあるだろうし、カッコよく演出巧みな演奏だっていくらでもあるだろう(・・・僕はミーハーなので、そういう演奏も大好きでっせ)。
でも、セルほど高潔でなおかつ高次元で、この交響曲をまとめあげた指揮者は他にいなかったんじゃないかと思われる。
第1楽章の開始から精緻で精密なオーケストラ演奏が楽しめる。「究極」なんて、そうそう使いたくない言葉だが、セル/クリーヴランドの潔癖な演奏で聴くと、この言葉を安売りしたくなる。もの凄い合奏。
第2楽章は愛らしいメトロノーム楽章。完璧なバランスでオーケストラが鳴っているのが分かる。セルのコントロールが行き届いているのが伝わってくる。正鵠としか云いようがないテンポ。自然なアーティキュレーション。
全く、確信に満ちた表現だと思う。
第3楽章は、中間部での、ホルンの響きにクラリネットが絡むところが息を呑む美しさ。そして、その2つの楽器の前で、チェロがリズムを着実に刻みながら、アンサンブルを整えているのも素晴らしい。こういうのを有機的なアンサンブルというんだろうな。
終楽章は慌てず騒がず、テンポは自然なもの。性急な感じは一切ないのに、聴き手に踏み込んでくる迫力、畳みかけてくる重量感がスゴイ。
セルは煽ったりしない。古典的で清潔端正な佇まいは終始一貫している。これほど背筋が伸びて姿勢の良いベートーヴェンは、ちょっと思いつかない。素晴らしい。
ああ、ベートーヴェンを聴いたなぁ・・・・と心の底から満足できる演奏であります。
このCDで聴く録音は、やはりイマイチ。
低域を少し持ち上げて聴くとちょうど良い感じ。
高音のきつさが和らいで、聴きやすい音になります。
たまっていた書類の山を片付けて、ホッと一息ついたのが黄昏時。
ヤレヤレであります。
おかげさまで、日曜日は休み。といっても在宅業務持ち帰りですが・・・・・(^^ゞ。
さて、今日はセルのベートーヴェンを聴きます。
ベートーヴェンの交響曲第8番 ヘ長調 作品93。
ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団の演奏。
1961年、セヴェランス・ホールでの録音。CBS盤。
(我が家の1300円廉価盤LPでは、1959年10月30日の録音になっております)
テンポ・リズム・造形、どれをとっても完璧。全くスキのないアポロン的な名演。・・・・というと大袈裟な、まさに大讃辞になってしまうのだが、いやはや、もう神がセルをして音楽を語らせた、としか云いようのない名演。
これだけ均整のとれた構成で、しかも全編にわたって緊張感を保ち続けながら最上級のパフォーマンスを聴かせてくれる演奏は、チト他には考えられない。
セルより情熱的な演奏はナンボでもあるだろうし、カッコよく演出巧みな演奏だっていくらでもあるだろう(・・・僕はミーハーなので、そういう演奏も大好きでっせ)。
でも、セルほど高潔でなおかつ高次元で、この交響曲をまとめあげた指揮者は他にいなかったんじゃないかと思われる。
第1楽章の開始から精緻で精密なオーケストラ演奏が楽しめる。「究極」なんて、そうそう使いたくない言葉だが、セル/クリーヴランドの潔癖な演奏で聴くと、この言葉を安売りしたくなる。もの凄い合奏。
第2楽章は愛らしいメトロノーム楽章。完璧なバランスでオーケストラが鳴っているのが分かる。セルのコントロールが行き届いているのが伝わってくる。正鵠としか云いようがないテンポ。自然なアーティキュレーション。
全く、確信に満ちた表現だと思う。
第3楽章は、中間部での、ホルンの響きにクラリネットが絡むところが息を呑む美しさ。そして、その2つの楽器の前で、チェロがリズムを着実に刻みながら、アンサンブルを整えているのも素晴らしい。こういうのを有機的なアンサンブルというんだろうな。
終楽章は慌てず騒がず、テンポは自然なもの。性急な感じは一切ないのに、聴き手に踏み込んでくる迫力、畳みかけてくる重量感がスゴイ。
セルは煽ったりしない。古典的で清潔端正な佇まいは終始一貫している。これほど背筋が伸びて姿勢の良いベートーヴェンは、ちょっと思いつかない。素晴らしい。
ああ、ベートーヴェンを聴いたなぁ・・・・と心の底から満足できる演奏であります。
このCDで聴く録音は、やはりイマイチ。
低域を少し持ち上げて聴くとちょうど良い感じ。
高音のきつさが和らいで、聴きやすい音になります。
2007/05/12のBlog
[ 04:59 ]
[ 室内楽曲 ]
まさに風薫る五月。
サラッと爽やかな一日でした。こういう日はクラシック音楽を聴くのが楽しい!
ソファに深く腰を下ろして聴いていると、実に心地よく、次第にウトウトと・・・・・。
何という贅沢。これ、王侯貴族の気分ですか・・・・(^^ゞ。
さて、今日は室内楽を。
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第7番 ヘ長調 作品59-1「ラズモフスキー第1番」。
ウィーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団の演奏。
(演奏団体の名前が長すぎて、このDoblogではタイトル欄に入りきらない・・・・ Wiener Musikverein Quartett ・・・ということでWMQと略してエエんかな?)
1990年9月、ウィーンでの録音。タワーレコード発売の廉価盤全集からの1枚。
ラズモフスキー1番は、英雄交響曲だろう。
勇壮な開始、ヒロイックな主題、理想を追い求める真摯な音楽。
少々押しつけがましいところもあるが、それがまたベートーヴェンだわなぁ。でも、この真面目さからは、純粋な魂、懸命な青年の声(青年といってもこのとき作曲者は35才くらいのはずだが)が聞こえてくる。
演奏は素晴らしいのひとこと。
第1楽章の緊密なアンサンブルが印象的。合奏の息が合うと、こんなに澄みきった響きになるのかと思う。実に透明で、爽快な音。
録音の良さもあるのだろうが、突き抜ける高音と胸にしみる低音とが綺麗にブレンドされ、得も言われぬ美しい響きになっている。
ウィーン・ムジークフェラインSQの採るテンポは自然で、いきり立ったところがない。フレージングも伸びやかで心地よい。ウィーン的な柔軟さと、現代的な切れ味を併せ持った演奏とでも云おうか。
ライナー・キュッヒルのヴァイオリンは、天馬空を行く闊達さ。巧い。綺麗。ポルタメントもヴィヴラートもうっとりする。
第2楽章の理屈っぽさも、このSQで聴くと楽しい。音が透明だからかな。
第3楽章では、痛切で清冽な哀しみが奔る。二つのヴァイオリンの泣きの表情は美しい。それにもまして、ヴィオラの渋さがイイ。忍び泣き。
アンサンブルはここでも素晴らしく、4つの楽器の余韻が同時に消えてゆくときの美しさは、壮絶ですらある。
終楽章は中期ベートーヴェンの潔さ。
激しく熱く、時にしんねりむっつり、いかにもベートーヴェンかな。演奏に歌があるのもイイ。名演と思う。
録音は抜群。弦楽四重奏曲で、これだけの音を聴かせてくれたら大満足。
余韻が美しく、大変気持ちがエエです。
だからウトウトしてしまったんですかいなぁ・・・・・・・・。
サラッと爽やかな一日でした。こういう日はクラシック音楽を聴くのが楽しい!
ソファに深く腰を下ろして聴いていると、実に心地よく、次第にウトウトと・・・・・。
何という贅沢。これ、王侯貴族の気分ですか・・・・(^^ゞ。
さて、今日は室内楽を。
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第7番 ヘ長調 作品59-1「ラズモフスキー第1番」。
ウィーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団の演奏。
(演奏団体の名前が長すぎて、このDoblogではタイトル欄に入りきらない・・・・ Wiener Musikverein Quartett ・・・ということでWMQと略してエエんかな?)
1990年9月、ウィーンでの録音。タワーレコード発売の廉価盤全集からの1枚。
ラズモフスキー1番は、英雄交響曲だろう。
勇壮な開始、ヒロイックな主題、理想を追い求める真摯な音楽。
少々押しつけがましいところもあるが、それがまたベートーヴェンだわなぁ。でも、この真面目さからは、純粋な魂、懸命な青年の声(青年といってもこのとき作曲者は35才くらいのはずだが)が聞こえてくる。
演奏は素晴らしいのひとこと。
第1楽章の緊密なアンサンブルが印象的。合奏の息が合うと、こんなに澄みきった響きになるのかと思う。実に透明で、爽快な音。
録音の良さもあるのだろうが、突き抜ける高音と胸にしみる低音とが綺麗にブレンドされ、得も言われぬ美しい響きになっている。
ウィーン・ムジークフェラインSQの採るテンポは自然で、いきり立ったところがない。フレージングも伸びやかで心地よい。ウィーン的な柔軟さと、現代的な切れ味を併せ持った演奏とでも云おうか。
ライナー・キュッヒルのヴァイオリンは、天馬空を行く闊達さ。巧い。綺麗。ポルタメントもヴィヴラートもうっとりする。
第2楽章の理屈っぽさも、このSQで聴くと楽しい。音が透明だからかな。
第3楽章では、痛切で清冽な哀しみが奔る。二つのヴァイオリンの泣きの表情は美しい。それにもまして、ヴィオラの渋さがイイ。忍び泣き。
アンサンブルはここでも素晴らしく、4つの楽器の余韻が同時に消えてゆくときの美しさは、壮絶ですらある。
終楽章は中期ベートーヴェンの潔さ。
激しく熱く、時にしんねりむっつり、いかにもベートーヴェンかな。演奏に歌があるのもイイ。名演と思う。
録音は抜群。弦楽四重奏曲で、これだけの音を聴かせてくれたら大満足。
余韻が美しく、大変気持ちがエエです。
だからウトウトしてしまったんですかいなぁ・・・・・・・・。
2007/05/11のBlog
[ 05:20 ]
[ 協奏曲 ]
蒸し暑さから一転、冷涼な一日でありました。
五月の風が涼しい・・・・というより寒いくらい。これ、体調に悪いですな・・・・と書こうとしていたら、風邪気味であることに気づきました。
何ということ、風邪など引くとは何年ぶりか・・・・・・こりゃイカン。
こういうときはモーツァルトを聴いて、サッサと寝てしまいたいもんですな。
そこで、今日はモーツァルトのピアノ協奏曲第17番 ト長調 K453。
アンネローゼ・シュミットのピアノ独奏、クルト・マズア指揮ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏。
1970年~77年頃、ドレスデンのルカ教会で録音。ベルリン・クラシックスから出た輸入廉価盤のCD10枚組全集から。
第1楽章の序奏がとても可愛らしい。軽やかで愛くるしい旋律なのだが、ドレスデン・フィルの響きが美しくスッキリしている。五月のそよ風のように明るく爽やかさ。
シュミットのピアノも明快にして軽快。全く可愛らしい。タッチは柔らかく、しっとりと落ち着いた響きが好ましい。曲想にピッタリの弾き方で、聴いていてウンウンと頷いてしまった。シュミットの微笑みが浮かんでくるような演奏。彼女の全集の中でも、ごの17番は最も良い出来なのじゃないかと思わせる。晴朗で爽やかな旋律、幸福感や輝きに満ちたピアノとオケ、実に素晴らしい。
特にカデンツァが良い。咲き誇る花のような美しさ。
第2楽章は恋人の甘い語らい。ピアノの響きは、柔らかく、暖かく、軽く、やさしい。
曲想が微妙に変化してゆくのをシュミットは的確に捉えて、丹念に弾いてゆく。華やぎから暗鬱の表情へ、また軽快な表情へと、モーツァルトらしい移ろいのなかで、ピアノは通してデリケート。
彼女のピアノの音色は桜色。少し頬を染めたような音色といった趣で、ニュアンスに富んでいるのがイイ。
フィナーレも愛らしい。愉悦に富んで、しかもリズミカルな仕上げ。
心浮き立つようなロンド。やや湿気を含んだ色気も感じる。ああ、美しい。
そして、モーツァルトを聴いた後の幸福感が、この演奏からもこみ上げてくる・・・。
この全集は、さて、世評はどうなんでしょう。
オケもイイし、演奏は味わい深く何度聴いても飽きません。
熱情激情的なモーツァルトではないですし、才気の閃きが迸るようなものでもありません。
でも、日常的なモーツァルトはこんな感じかなと思います。毎日食べても飽きないコメのメシのような演奏とでも云いましょうか。
録音はアナログ時代の好録音。
今も、柔らかく、ホッとするような穏やかさであります。
五月の風が涼しい・・・・というより寒いくらい。これ、体調に悪いですな・・・・と書こうとしていたら、風邪気味であることに気づきました。
何ということ、風邪など引くとは何年ぶりか・・・・・・こりゃイカン。
こういうときはモーツァルトを聴いて、サッサと寝てしまいたいもんですな。
そこで、今日はモーツァルトのピアノ協奏曲第17番 ト長調 K453。
アンネローゼ・シュミットのピアノ独奏、クルト・マズア指揮ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏。
1970年~77年頃、ドレスデンのルカ教会で録音。ベルリン・クラシックスから出た輸入廉価盤のCD10枚組全集から。
第1楽章の序奏がとても可愛らしい。軽やかで愛くるしい旋律なのだが、ドレスデン・フィルの響きが美しくスッキリしている。五月のそよ風のように明るく爽やかさ。
シュミットのピアノも明快にして軽快。全く可愛らしい。タッチは柔らかく、しっとりと落ち着いた響きが好ましい。曲想にピッタリの弾き方で、聴いていてウンウンと頷いてしまった。シュミットの微笑みが浮かんでくるような演奏。彼女の全集の中でも、ごの17番は最も良い出来なのじゃないかと思わせる。晴朗で爽やかな旋律、幸福感や輝きに満ちたピアノとオケ、実に素晴らしい。
特にカデンツァが良い。咲き誇る花のような美しさ。
第2楽章は恋人の甘い語らい。ピアノの響きは、柔らかく、暖かく、軽く、やさしい。
曲想が微妙に変化してゆくのをシュミットは的確に捉えて、丹念に弾いてゆく。華やぎから暗鬱の表情へ、また軽快な表情へと、モーツァルトらしい移ろいのなかで、ピアノは通してデリケート。
彼女のピアノの音色は桜色。少し頬を染めたような音色といった趣で、ニュアンスに富んでいるのがイイ。
フィナーレも愛らしい。愉悦に富んで、しかもリズミカルな仕上げ。
心浮き立つようなロンド。やや湿気を含んだ色気も感じる。ああ、美しい。
そして、モーツァルトを聴いた後の幸福感が、この演奏からもこみ上げてくる・・・。
この全集は、さて、世評はどうなんでしょう。
オケもイイし、演奏は味わい深く何度聴いても飽きません。
熱情激情的なモーツァルトではないですし、才気の閃きが迸るようなものでもありません。
でも、日常的なモーツァルトはこんな感じかなと思います。毎日食べても飽きないコメのメシのような演奏とでも云いましょうか。
録音はアナログ時代の好録音。
今も、柔らかく、ホッとするような穏やかさであります。
2007/05/10のBlog
[ 05:22 ]
[ 管弦楽曲 ]
暑い一日でした。
四国一帯は真夏日。新居浜では光化学スモッグ注意報が出ました。
陽射しがきつかったですね。久しぶりの注意報でした。
さて、今日もコンセルトヘボウ管の演奏を聴いています。
ただし、録音は昨日のDECCAではなく、本家オランダのフィリップスで。
取り出したのはブラームスのセレナード第1番 ニ長調 作品11。
ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1976年、コンセルトヘボウでの録音。フィリップス原盤のブラームス交響曲全集からの1枚。
ブラームスのセレナードは2曲とも25~6歳の作品で、彼としては幸福な時期(デトモルトの宮廷で宮廷楽団の指揮をしたり夫人たちにピアノを教えたりという)にあたり、その心情がこの曲にもあらわれて、伸びやかでくつろいでいる感じや、牧歌的で穏やかな表情がうかがえる。
何より興味が尽きないのは、このセレナードが、ブラームスの本格的なオーケストラ曲になっていることだ。ブラームスはなかなか交響曲を書かなかったので、この曲はその準備段階に当たるわけで、聴き手としては、面白く聴けると思う。
さて、ハイティンクは絶好調。
録音で聴く限り、1970年代半ば以降、ハイティンクは自信に溢れていったと思う。アムステルダム・コンセルトヘボウ管との意思の疎通も十分で、演奏は格調高く風格豊かなブラームスに仕上がっている。
アムステルダム・コンセルトヘボウ管の音も極上の美しさ。実に渋いブラームス・トーンであって、柔らかい残響とともに、若きブラームスの新鮮なロマンを表出して余すところがない。
そういえば、この時ブラームスはフォン・ジーボルト嬢と熱愛中だったという。伸びやかで初々しい抒情が漂うのは、そのせいかもしれない。
中でも美しいのは、第3楽章。ホルンのみのアンサンブルのところなど、惚れ惚れするほど美しい。センチメンタルな響き、メロディにコンセルトヘボウ管の渋さがまた何と合うことか。いやはや、綺麗。
録音はアナログ全盛期の、大変美しいもの。
フィリップスらしい、またACOらしい、柔らかなブラームス。
極上の一枚であります。
四国一帯は真夏日。新居浜では光化学スモッグ注意報が出ました。
陽射しがきつかったですね。久しぶりの注意報でした。
さて、今日もコンセルトヘボウ管の演奏を聴いています。
ただし、録音は昨日のDECCAではなく、本家オランダのフィリップスで。
取り出したのはブラームスのセレナード第1番 ニ長調 作品11。
ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1976年、コンセルトヘボウでの録音。フィリップス原盤のブラームス交響曲全集からの1枚。
ブラームスのセレナードは2曲とも25~6歳の作品で、彼としては幸福な時期(デトモルトの宮廷で宮廷楽団の指揮をしたり夫人たちにピアノを教えたりという)にあたり、その心情がこの曲にもあらわれて、伸びやかでくつろいでいる感じや、牧歌的で穏やかな表情がうかがえる。
何より興味が尽きないのは、このセレナードが、ブラームスの本格的なオーケストラ曲になっていることだ。ブラームスはなかなか交響曲を書かなかったので、この曲はその準備段階に当たるわけで、聴き手としては、面白く聴けると思う。
さて、ハイティンクは絶好調。
録音で聴く限り、1970年代半ば以降、ハイティンクは自信に溢れていったと思う。アムステルダム・コンセルトヘボウ管との意思の疎通も十分で、演奏は格調高く風格豊かなブラームスに仕上がっている。
アムステルダム・コンセルトヘボウ管の音も極上の美しさ。実に渋いブラームス・トーンであって、柔らかい残響とともに、若きブラームスの新鮮なロマンを表出して余すところがない。
そういえば、この時ブラームスはフォン・ジーボルト嬢と熱愛中だったという。伸びやかで初々しい抒情が漂うのは、そのせいかもしれない。
中でも美しいのは、第3楽章。ホルンのみのアンサンブルのところなど、惚れ惚れするほど美しい。センチメンタルな響き、メロディにコンセルトヘボウ管の渋さがまた何と合うことか。いやはや、綺麗。
録音はアナログ全盛期の、大変美しいもの。
フィリップスらしい、またACOらしい、柔らかなブラームス。
極上の一枚であります。
2007/05/09のBlog
[ 05:38 ]
[ 交響曲 ]
若葉風の中、松山への出張でありました。
道中、桜三里の緑が目に眩しかったこと!エエ季節になりました。
その車の中で聴いていたのがシャイーのマーラー。
イイ演奏だったので、帰宅して改めて聴き直しました。
マーラーの交響曲第4番 ト長調。
リッカルド・シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管の演奏。
ソプラノ独唱はバーバラ・ボニー。
1999年9月、アムステルダム・コンセルトヘボウでの録音。DECCA盤。
たっぷりと歌うマーラー。
フレージングが深く、旋律線が十分に歌われてゆく。マーラー独特の対向旋律も注意深く処理されていて、知・情・意のバランスがとれている演奏。
旋律には慎重でデリケートな扱いをしている感じで、その上で、よく歌ってゆく演奏と云うべきか。
そしてコンセルトヘボウ管の音色がとても綺麗。DECCA録音のせいか、コンセルトヘボウ管にしてはやや明るめのトーンで、融け合いが見事。
個々の楽器の響きは鮮烈で、シャープな音がするのだが、全体の音楽として聴くと、実によく融け合っている。このへんが、コンセルトヘボウ管の美質だろうな。
全楽章とも、シャイーの繊細な歌とオケの美しさにほれぼれするが(録音も抜群で、オーディオ的な快感もある)、特によいのは第2楽章。
ホルンやソロ・ヴァイオリンのダイナミックな響きは格別だし、歌も良い。
静謐な第3楽章ではアンサンブルが素晴らしく、弦楽セクションの響きが全く美しい。
第4楽章でのボニーの歌唱はさすがに見事。リートの歌い手らしい表現力。声も発音も綺麗。清潔でキリッとした歌いぶりが好ましい
言葉を大切にし、情感豊かに盛り上がり歌唱であって、コンセルトヘボウ管との息もよく合っている。シャイーの合わせ方が上手いのかな。(協奏曲ではないけれど)
1999年の録音なので、まあ最新のスゴイ音で聴けます。
DECCA録音の素晴らしさはいつものことですが、特に、このシャイーのマーラー全集は音が良いです。
その鮮烈さは圧倒的。
快感であります。
道中、桜三里の緑が目に眩しかったこと!エエ季節になりました。
その車の中で聴いていたのがシャイーのマーラー。
イイ演奏だったので、帰宅して改めて聴き直しました。
マーラーの交響曲第4番 ト長調。
リッカルド・シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管の演奏。
ソプラノ独唱はバーバラ・ボニー。
1999年9月、アムステルダム・コンセルトヘボウでの録音。DECCA盤。
たっぷりと歌うマーラー。
フレージングが深く、旋律線が十分に歌われてゆく。マーラー独特の対向旋律も注意深く処理されていて、知・情・意のバランスがとれている演奏。
旋律には慎重でデリケートな扱いをしている感じで、その上で、よく歌ってゆく演奏と云うべきか。
そしてコンセルトヘボウ管の音色がとても綺麗。DECCA録音のせいか、コンセルトヘボウ管にしてはやや明るめのトーンで、融け合いが見事。
個々の楽器の響きは鮮烈で、シャープな音がするのだが、全体の音楽として聴くと、実によく融け合っている。このへんが、コンセルトヘボウ管の美質だろうな。
全楽章とも、シャイーの繊細な歌とオケの美しさにほれぼれするが(録音も抜群で、オーディオ的な快感もある)、特によいのは第2楽章。
ホルンやソロ・ヴァイオリンのダイナミックな響きは格別だし、歌も良い。
静謐な第3楽章ではアンサンブルが素晴らしく、弦楽セクションの響きが全く美しい。
第4楽章でのボニーの歌唱はさすがに見事。リートの歌い手らしい表現力。声も発音も綺麗。清潔でキリッとした歌いぶりが好ましい
言葉を大切にし、情感豊かに盛り上がり歌唱であって、コンセルトヘボウ管との息もよく合っている。シャイーの合わせ方が上手いのかな。(協奏曲ではないけれど)
1999年の録音なので、まあ最新のスゴイ音で聴けます。
DECCA録音の素晴らしさはいつものことですが、特に、このシャイーのマーラー全集は音が良いです。
その鮮烈さは圧倒的。
快感であります。
2007/05/08のBlog
[ 02:42 ]
[ 協奏曲 ]
連休明け。
何となくどんよりした気分で仕事再開でありました。そして、蒸し暑かったこと!
初夏の爽やかさよりも、梅雨時の湿気を思わせる陽気でした。
カエルの合唱も日本の夏ですが、この湿度も日本の夏であります。
さて、今日もモーツァルトです。
モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調 K.216。
ジノ・フランチェスカッティのヴァイオリン独奏、、ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団の演奏。
1958年のステレオ録音、CBSソニー盤。
モーツァルトのヴァイオリン協奏曲は全部で5曲。いずれも1775年に作曲されている。この時モーツァルト19歳。どれも、青春の爽快さを感じさせる名作だと思う。おそらく、モーツァルト自身が独奏者となってザルツブルクで弾いていたのだろう。
この3番も、青春時代のモーツァルトの爽やかさがよく出ている佳品。若々しく清らかな美しさが伝わってくる。
フランチェスカッティのソロが全く美しい。珠玉の美しさ。
鮮烈とか輝かしいというより、上品に光を反射する真珠のような美音と云うべきか。
技巧も万全で、第1楽章のカデンツァなどはため息が出るほど綺麗。
ワルターの伴奏がまた素晴らしい。
柔らかく温かく、ふっくらとしていて実に心地よい。母性的な温かさ。第1楽章の序奏部からして、ホッとする感じの管弦楽になっている。
この時ワルター82歳。19歳の音楽を、あの老大家・名指揮者が誠実に指揮しているだけでも涙が出そうな話だが、第2楽章のアダージョの美しさなど、得も言われぬ風情だと思う。
間もなく最期のときを迎える大指揮者の名演と思う。
ベテラン同士の音楽だけに、全編が味わいに満ちた名演だと思うが、特に第2楽章は優美で情感豊か。ロマンティックな解釈だと思うし、今の耳で聴くと様式的にチト古いのかなとも思うが、この感情細やかな演奏は代え難い魅力。
指揮もソロも素晴らしい。
録音は、いまから半世紀前のものとは思えないくらい良好であります。
オケの柔らかさも、ソロの美しさもよく録れていると思います。
良いコンビでありました。
何となくどんよりした気分で仕事再開でありました。そして、蒸し暑かったこと!
初夏の爽やかさよりも、梅雨時の湿気を思わせる陽気でした。
カエルの合唱も日本の夏ですが、この湿度も日本の夏であります。
さて、今日もモーツァルトです。
モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調 K.216。
ジノ・フランチェスカッティのヴァイオリン独奏、、ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団の演奏。
1958年のステレオ録音、CBSソニー盤。
モーツァルトのヴァイオリン協奏曲は全部で5曲。いずれも1775年に作曲されている。この時モーツァルト19歳。どれも、青春の爽快さを感じさせる名作だと思う。おそらく、モーツァルト自身が独奏者となってザルツブルクで弾いていたのだろう。
この3番も、青春時代のモーツァルトの爽やかさがよく出ている佳品。若々しく清らかな美しさが伝わってくる。
フランチェスカッティのソロが全く美しい。珠玉の美しさ。
鮮烈とか輝かしいというより、上品に光を反射する真珠のような美音と云うべきか。
技巧も万全で、第1楽章のカデンツァなどはため息が出るほど綺麗。
ワルターの伴奏がまた素晴らしい。
柔らかく温かく、ふっくらとしていて実に心地よい。母性的な温かさ。第1楽章の序奏部からして、ホッとする感じの管弦楽になっている。
この時ワルター82歳。19歳の音楽を、あの老大家・名指揮者が誠実に指揮しているだけでも涙が出そうな話だが、第2楽章のアダージョの美しさなど、得も言われぬ風情だと思う。
間もなく最期のときを迎える大指揮者の名演と思う。
ベテラン同士の音楽だけに、全編が味わいに満ちた名演だと思うが、特に第2楽章は優美で情感豊か。ロマンティックな解釈だと思うし、今の耳で聴くと様式的にチト古いのかなとも思うが、この感情細やかな演奏は代え難い魅力。
指揮もソロも素晴らしい。
録音は、いまから半世紀前のものとは思えないくらい良好であります。
オケの柔らかさも、ソロの美しさもよく録れていると思います。
良いコンビでありました。
2007/05/07のBlog
[ 04:04 ]
[ 室内楽曲 ]
連休の最終日は、四国は雨でした。初夏の雨です。
我が家周辺の田んぼには水が入りましたので、早速カエルの合唱が始まっています。毎年のこととはいえ、自然の生命力はスゴイですな。早くもカエル集団の登場です。これから真夏まで、夜の静けさはなくなります。
でも、自動車の排気音や人々の嬌声よりはマシかな。都会に比べりゃ、静かなもんです。
さて、今日はモーツァルトの室内楽を聴きます。
モーツァルトのフルート四重奏曲集。
バルトルド・クイケン(fl)・コレギウム・アウレウム団員による演奏。
1975年11月、ドイツのシュヴェッツィンゲン・狩の間での録音。ドイツ・ハルモニアムンディ原盤。
フルート四重奏曲は全4曲。
1 フルート四重奏曲第1番ニ長調 K.285
2 フルート四重奏曲第2番ト長調 K.285a
3 フルート四重奏曲第3番ハ長調 K.Anh.171(285b)
4 フルート四重奏曲第4番イ長調 K.298
バルトルド・クイケンのフラウト・トラヴェルソの音色が、実に素朴でひなびていて味わい豊か。現代楽器のフルートを聴き慣れている耳には実に新鮮で清冽、清々しく聞こえる。暖かく、柔らかく、そして古拙・稚拙の美しさと云うべきか。
聴いていて微笑ましくなるような愛らしい音。
クイケンの技巧は確かなものだが、録音当時まだまだ若かったクイケンの華やぎも感じる。瑞々しく精気に濡れた演奏ぶり。
表現も多彩で、ニュアンスの表出も巧いもんだと思う。後年、押しも押されもしない大家に成長するバルトルド・クイケンの、若き演奏として注目していいかもしれない。
バックのコレギウム・アウレウム合奏団員の演奏も見事。ヴァイオリンは、フランツ=ヨーゼフ・マイアー。コレギウム・アウレウム合奏団のコンマスを長らく務めた名手が参加している。
オリジナル楽器の青っぽい響きが何とも爽やかで、清々しい。清涼飲料を飲んだときの、スーッと喉を通ってゆく快感。
録音も最高水準と思う。アナログ全盛期の柔らかさ。
残響成分がとても美しく、ステレオの前で目を閉じると、録音場所の「狩の間」で聴いているような錯覚に陥る生々しさ。
素晴らしい音で今も聴けると思います。
我が家周辺の田んぼには水が入りましたので、早速カエルの合唱が始まっています。毎年のこととはいえ、自然の生命力はスゴイですな。早くもカエル集団の登場です。これから真夏まで、夜の静けさはなくなります。
でも、自動車の排気音や人々の嬌声よりはマシかな。都会に比べりゃ、静かなもんです。
さて、今日はモーツァルトの室内楽を聴きます。
モーツァルトのフルート四重奏曲集。
バルトルド・クイケン(fl)・コレギウム・アウレウム団員による演奏。
1975年11月、ドイツのシュヴェッツィンゲン・狩の間での録音。ドイツ・ハルモニアムンディ原盤。
フルート四重奏曲は全4曲。
1 フルート四重奏曲第1番ニ長調 K.285
2 フルート四重奏曲第2番ト長調 K.285a
3 フルート四重奏曲第3番ハ長調 K.Anh.171(285b)
4 フルート四重奏曲第4番イ長調 K.298
バルトルド・クイケンのフラウト・トラヴェルソの音色が、実に素朴でひなびていて味わい豊か。現代楽器のフルートを聴き慣れている耳には実に新鮮で清冽、清々しく聞こえる。暖かく、柔らかく、そして古拙・稚拙の美しさと云うべきか。
聴いていて微笑ましくなるような愛らしい音。
クイケンの技巧は確かなものだが、録音当時まだまだ若かったクイケンの華やぎも感じる。瑞々しく精気に濡れた演奏ぶり。
表現も多彩で、ニュアンスの表出も巧いもんだと思う。後年、押しも押されもしない大家に成長するバルトルド・クイケンの、若き演奏として注目していいかもしれない。
バックのコレギウム・アウレウム合奏団員の演奏も見事。ヴァイオリンは、フランツ=ヨーゼフ・マイアー。コレギウム・アウレウム合奏団のコンマスを長らく務めた名手が参加している。
オリジナル楽器の青っぽい響きが何とも爽やかで、清々しい。清涼飲料を飲んだときの、スーッと喉を通ってゆく快感。
録音も最高水準と思う。アナログ全盛期の柔らかさ。
残響成分がとても美しく、ステレオの前で目を閉じると、録音場所の「狩の間」で聴いているような錯覚に陥る生々しさ。
素晴らしい音で今も聴けると思います。