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クラシック音楽のひとりごと
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2007/07/02のBlog
涼しい風が吹く梅雨の晴れ間でありました。
「梅雨のあとさきの トパーズ色の風は・・・・」などと、古い歌の文句を思い出しつつ、今日もクラシック音楽を聴いています。
さあ、モーツァルト。管弦楽曲です。

モーツァルトのセレナード第7番 ニ長調 K.250「ハフナー」。
ウィリー・ボスコフスキー指揮ウィーン・モーツァルト合奏団の演奏。
ヴァイオリン独奏はアルフレート・シュタール。
1972年5月、ウィーンのソフィエンザールでの録音。

ボスコフスキーの演奏は楽しい。明るく、オシャレで、粋な紳士の音楽になる。
ヴァイオリンの出身のせいか、弦楽セクションの扱い方が巧いのも特徴だと思う。
艶やかで、匂うような色気も漂ってくるストリングスを聴くのは、快感でもある。

第1楽章はアレグロ・マエストーソ。
キュッ、キュッと艶やかに鳴るヴァイオリン群が魅力的。ああ、この音、ウィーンの音。
演奏は精力的で明朗快活なもの。爽快で推進力にあふれていて、気持ちよい。

第2楽章以降はアルフレート・シュタールのヴァイオリン独奏が匂うような音で美しい。色っぽく、オシャレで、ウィーン的な情緒タップリのモーツァルト。安心して身を任せられるヴァイオリンであり、また弦楽合奏だと思う。
ボスコフスキーの指揮も蕩けるような甘さ。

第3楽章のメヌエットでの、ホルンとのアンサンブルはめっぽう綺麗で、聴きごたえあり。
第4楽章のロンドは、クライスラーの編曲でも有名だが、小鳥のさえずりのような、さざ波が寄せてくるような、ヴァイオリンのパッセージが印象的。
ああ、エエ音やなぁ・・・・・とつくづく思う。

第5楽章からはウィーン・モーツァルト合奏団のアンサンブルが美しさを聴こう。
優美で典雅な音楽が続く中で、ホルンが抜群の音色で、ふっくらとした美しさを加えてゆく。
ボスコフスキーの指揮がまた良くて、ほんのちょっとした間合い、フレージングが粋でカッコイイ。
これぞ、ウィーンスタイルと云いたくなる演奏。
この端正さ、この気品。曰く言い難い魅力でありますな。
そういえば、ウィーン・モーツァルト合奏団の団員は、殆どがウィーン・フィルのメンバーでしょ。気心の知れた、同じ根っこを持つ弾き方であり、アンサンブル。これで悪いわけがないわいなぁ。

録音はDECCA特有の、個々の楽器を鮮やかに捉えているもので、今もちっとも古びていないし、実に聴きやすいもの。
さすがだなぁと思います。
2007/07/01のBlog
スカッと明るい夏空が広がります。

気温が上昇してくると、ジョギングの長距離はシンドイですな。そこで、最近は30分走って30分歩くようにしてます。先月は腰痛もあって、あまり走れなかったので、ウェストがちと弛んできました。気を取り直して、今月は緑の並木道、たんぼ道をトコトコ走りましょう。早朝から心地よい夏空が広がる季節でありますし。

そんな空を見上げつつ、今日もアバドの昔のレコードを聴いてます。

メンデルスゾーンの交響曲第4番 イ長調 作品90 「イタリア」。
クラウディオ・アバド指揮ロンドン交響楽団の演奏。
1967年の録音。DECCA原盤のLP。

アバド34歳。今から40年前の録音。
アバドがレコード・デビューして間もない頃のもの。デビュー盤がベートーヴェンの交響曲第7番で、このメンデルスゾーンが2枚目だったんじゃないか。

聴いているレコードは、日本でキングレコードからロンドン・レコードが独立して、直後に発売された廉価盤シリーズからのもの。1800円だから、ミドル・プライス盤か。
1981年11月の発売。懐かしいレコードであります。

アバドの若々しい気分が素直に発揮された名演。颯爽として足取りも軽く、生気に満ちている。涼やかに吹き抜ける風のような、スッキリした演奏。イタリア出身の青年らしい、晴れ上がった透明感がある。
アバドのリズムが素晴らしくよく弾み、ロンドン響のアンサンブルも良いので、音全体がしまって、爽やかな響きになっている。

第1楽章は、少々強引だが、若さで押し切ってしまう潔さ、力強さがある。何より、歌がイイ。メンデルスゾーンの淀みない旋律を、アバドは常に歌ってゆく。輝かしいカンタービレがたまらない。

第2楽章はストリングスの歌。深窓の令嬢のような気品を漂わせ、ヴァイオリンがはかなくも美しく歌ってゆく。メンデルスゾーン特有の、淡くほのかな悲しみが伝わる。
味わいで云えば、プレーン・ヨーグルト。透き通る悲しみ。ベタつかない感傷。サッパリとして、少し酸っぱい感じの美しさ。

第3楽章は、もう流麗そのもの。アバドのリズム処理が良いのだろう、独特のドライヴ感ががある。アクセントの付け方もおもしろく聴ける。

フィナーレは昂奮と歓喜のサルタレルロ。
イタリア人の血が騒ぐのをグッと抑えて、知性的にもってゆくのがアバド流かな。阿鼻叫喚にならず、気品と教養を感じさせるところが、若いといえども、さすがにアバドだなと思う。
40年経った今も、アバドの抑制は、変わらない。雀百まで踊り忘れず、ということか。

録音は素直で聴きやすいもの。
DECCAらしい、各楽器の鮮やかな音がエエです。
LPは音も柔らかく、聴きやすく仕上がっております。
2007/06/30のBlog
夕方から雷雨でした。カミナリは気持ち悪いですが、水不足のこの際、雷雨でも何でもエエので、降って欲しいものです。
1時間程度の雨でしたので、まだ不十分。水不足解消とはいかないようです。

さて、今日は久しぶりに大曲を聴きます。

マーラーの交響曲第7番 「夜の歌」。
クラウディオ・アバド指揮シカゴ交響楽団の演奏。
1984年1・2月、シカゴのオーケストラホールでの録音。DG盤。
アバドは後にベルリン・フィルと再録音(ライヴ)しているので、これは旧盤となる。

1970年代から80年代にかけてのアバドは、大活躍だった。
特に、アバドがシカゴ響でマーラーを振ると、オケが溌剌・いきいきとしだして、伸びやかな音楽になる。
常任のショルティも素晴らしい指揮者だと思うが、アバドとのコンビになると、シカゴ響が伸び伸びと、自然な息づかいで歌い始める。そう、「歌」に満ちた演奏になってゆく。カンタービレの演奏を聴かせてくれる。

アバドがイタリア出身で、ショルティがハンガリー出身だからと、その違いを片付けてしまうのは簡単だが、この演奏の違いは、両者の個性の違いをそのまま語っているような気がする。
この7番交響曲など、どこから聴き始めても、新鮮で瑞々しいアバドの指揮が楽しめる。
シカゴ響の反応も見事なもので、楽器のバランスも無理がなく、自然に鳴りはじめて、それがスケール大きな音楽に成長してゆく感じ。

発売されたときは、若々しく、新しい時代を予感させるようなマーラーだった。しなやかで、歌心にあふれ、弾力感に富んだマーラー。

シカゴ響のブラス・セクションは、いつもの通り余裕たっぷりで、素晴らしい鳴りっぷり。響きもふっくらで柔らかい。そのふくよかさは、DG録音のせいか、ショルティ盤(DECCA)に比べて、鋭さが影をひそめて、晴朗でフワッと広がる音になる。しかも、オケの中にバランスよく収まって、突出しないのがイイ。

木管も柔らかく滑らかな響きを聴かせるし、弦楽セクションも素晴らしいアンサンブルで、衣擦れのような、瑞々しく清澄な音が随所に聴ける。

アバドの若くしなやかな音楽の運びと、シカゴ響の巧さとが、高次元で結びついて素晴らしい演奏となっている。
これだけの「夜の歌」はそうは聴けないんじゃないか・・・・と当時は思ったものだった。

ただ、この曲が持っている奇怪さ、あの第2楽章と第4楽章の「夜曲」にまとわりつくような一種の妖しさ、第3楽章の魑魅魍魎が跋扈していそうな気味の悪さ・・・は減退している感じ。まあ、妖しさをアバドに求めるべきではないんだろうな。
フィナーレは、すべてを青天白日のもとにさらす快演。
アバド/シカゴ響のパワー全開の演奏が聴けます。

録音は今も一級品。
DGのこの時期のシカゴ響録音は、全てマルです。
2007/06/29のBlog
蒸し暑さ最高潮であります。
午前中にまとまった雨、午後からは強い日差し。いや、全く蒸し暑い。
夜はまだ真夏のような暑さではないんですが、日中の不快指数はこの時期が一番かな。たまらんです。

そういうときはサラッとした演奏を聴きたいもんです。
フランス人の演奏家で、サラッと聴きましょう。

J・S・バッハの管弦楽組曲第3番 ニ長調 BWV1068。
ジャン・フランソワ・パイヤール指揮パイヤール室内管弦楽団の演奏。
1976年12月、パリでの録音。ERATO盤のLP2枚組。定価5000円・・・・・・とは、当時としては当たり前、今から見れば恐るべき高価格。これは中古盤で購入したのだったかな。

「管楽器はフランス人が巧い。管を聴くならフランスだぜよ」と、知り合いの高校の音楽教師が云います。彼の専門はファゴット。かつてはN響のトラを務めたこともある名人(人間的には芸人)であります。教わることが多いのだが、その彼の言葉、管はフランス。

なるほど、このパイヤール盤などを聴いていると、確かに巧い。
そして独特の音。軽く明るく、キャァキャァとはしゃぐ女子高生のような感じの音。
少し鼻にかかったような音。また、明るく突き抜けるような独特の高音。少しきつめだが清澄な音。
おきゃんなパリ・ジェンヌか、弾けるようなシャンパンか、さくっと歯触りの良いフランスパンか。思わずそんなことを想像してしまう。
パイヤール室内管の演奏を聴いていると、ああ、フランス人の団体だったと納得してしまう。

録音は1976年、このころは、グローバル化以前の時代、お国訛りの演奏がナンボでも聴けた時代だった。このパイヤール室内管も例外ではなく、フランス人ばかりのはず。
もちろん、パイヤールの指揮は普遍的、汎ヨーロッパ的なものだと思うが、演奏しているメンバーがもう生粋のフランス訛りを聴かせてくれるから、楽しい。

弦楽セクションはとても美しい。よく揃っている。(フランス人の割には、と言ったら怒られるか?)
実に美しく雰囲気豊かであって、いやはやムード音楽もかくやと思わせるほどの余情タップリ。だから、「G線上のアリア」(「エア」と云うべきか)がとりわけ美しい。ゆったりとしたテンポでよく歌っている。その歌の、上品なこと。

管楽器が巧いので、ガヴォットなども力強く、クッキリとした演奏になっている。曖昧なところがなく、青天の下のバッハという感じ。そして、それがまた実に気持ちよい。
終曲ではトランペットが大活躍。名人芸を堪能できる。

演奏は全体的に中庸のテンポ、妙なアゴーギクはなく、フレージングは自然で心地よい。昔懐かしいスタイルと云うべきでしょうか。
ゆったりと楽しめるバッハでありました。

録音は今も上々。アナログ録音の柔らかさがエエです。
2007/06/28のBlog
梅雨明け前の、蒸し暑い日でありました。
さすがに日中は冷房を入れないと仕事になりません。

高校2年の末っ子は一足早く期末考査中。来週から北海道への修学旅行を控えて、ほかの学年より早めの考査だそうです。ただ、この頃は愛媛の県立高校にも冷房が入るようになりまして(都会と比べるとだいぶ遅かったようですが)、受験は快適とのこと。贅沢だなぁと思いつつも、まあ、そんな時代なんでしょうか。

さて、今日はモーツァルトのピアノ協奏曲第17番 ト長調 K.453。

先日、シュミットのピアノで聴いたばかりなんですが・・・・このごろ気に入って同曲異演盤を何枚か聴いておりました。その中の一つであります。

アンドレ・プレヴィンのピアノと指揮、ウィーン・フィルの演奏。
1984年4月、ウィーンのソフィエンザールでの録音。フィリップス原盤。

第1楽章は緑の風のよう。
冒頭の序奏部から、ワクワクさせてくれる。オケの音が素晴らしくイイ。派手ではないのだが、柔らかく温かく、真綿に包まれたようなフワリとした感触がたまらない。
プレヴィンのピアノはコロコロとよく転がって、可愛らしい。ロココの趣味か、オシャレで実に愛らしいピアノ。エッジが丸みを帯びているのも、この協奏曲にふさわしいと思う。かすかに光沢を持った感じの音でもあって、綺麗なのだが、磨き立てすぎないのがよい。プレヴィンはピアノと指揮を兼ねて、自分の思い描くモーツァルトを楽しく演奏している感じ。
カデンツァは最高。プレヴィンの芸達者にほとほと感心させられた。

第2楽章は心癒されるようなアンダンテ。
木管の会話が楽しい。オーボエ、フルート、ファゴットのアンサンブルがとても美しく、重なり合うハーモニーの妙など、センス抜群。さすが、ウィーン・フィル。
長調と短調の微妙な移ろいも味わい深い。
プレヴィンのソロはデリケートの極み。繊細なアーティキュレーション、タッチも様々に変化させて、ニュアンスに富んでいるも素晴らしいと思う。

フィナーレは心弾む楽しいロンド。
序奏部の楽しさは、オペラに通じる楽しさ、ワクワク感。パパゲーノが出てきそうな感じ。
ヴァイオリン群のキュッキュッという響きも楽しいし、次々と出てくる変奏も楽しい。
プレヴィンのピアノは、表情豊かで、タッチもフレージングも自然で心地よい。
これは、素晴らしい演奏と云うべきでしょう。

録音は、ピアノの音がとても綺麗に捉えられています。さすがフィリップス。
安心して聴けます。
発売当時から、名録音として話題になったのCDでもありますね。
2007/06/27のBlog
昨日はDoblogが混み合っていて、エントリーできませんでした。
久しぶりの、Doblogトラブルでした。以前はよくあったんですが、最近は実に軽くなって喜んでおりました。(Doblogの人口が少ないせいかもしれません)
まあ、たまには仕方ないですな。

それにしても、暑い一日でありました。午後からもうたまらない蒸し暑さ。
気温そのものは30度を超えた程度なんでしょうが、まあ夜まで暑かったですね。

そこで取り出したのは夕涼みの音楽。
ディーリアスがエエです。

ディーリアスの「河の上の夏の夜」。
サー・トマス・ビーチャム指揮ロイヤル・フィルの演奏。
1957年3月28日の録音。EMI原盤。
「音の詩人・ディーリアス 1800シリーズ」と称したLP盤。

この曲は1911年、グレで書かれたもので、ロアン河の風景とディーリアス自身が好きだった舟遊びを音楽化したものだろうと思う。

漂う感じのリズムは河面を滑りゆく小舟のようであり、また弦楽の淡くほのかな響きは夜霧のよう。
チェロの奏でる主題は夏の夜のおぼろげな風景を表しているような感じ。

ディーリアスの音楽は、ピアノとピアニシモで書かれた音楽。声高に叫ばず、身を捩りもせず、心の奥底は隠しながら、そこはかとなく哀しみを漂わせる。この「河の上の夏の夜」もそんな音楽、霞んだような繊細な響きは夜の深さを表出しつつ、この人の哀しみを静かに伝えてくる。

ビーチャムの指揮は貫禄。このLPに所収されている曲はどれもゆったりと心地よい気分で聴ける。(「春初めてのかっこうを聴いて」、「ブリッグの定期市」や「そりすべり」などが入っている)
触ると壊れてしまいそうなディーリアスの音楽を、暖かく包むように、慈しむように演奏した名演と思う。ああ、ビーチャムはディーリアスが好きだったんだなぁ。

録音から、今年でちょうど50年。
LPで聴いているので(カートリッジはVM型)、フワッとした柔らかい音がするんですが、いささか古ぼけた感じもします。
ところが、この古ぼけた音が、雨に煙るような独特の味わいを醸し出すんですから、オーディオは摩訶不思議なもんです。
実に聴きやすい。

ディーリアスは、最新の鮮やかな録音より、少々古い方が合うような気がします。
不思議な作曲家でもありますな。
2007/06/25のBlog
休日はのんびりとLPを取り出します。
平日は忙しくて、なかなかそういう気分になれませんが、せめて休日くらいはゆっくりしたいもんです。朝7時に家を出て、帰宅は8時。通勤は往復1時間なので、労働時間はほぼ12時間・・・・・ん~~、ちょいと働き過ぎかいな。一般的日本人としては、まぁこんなもんなんでしょう。

さて、今日はベートーヴェンの若番交響曲を。

ベートーヴェンの交響曲第2番 ニ長調 作品36。
レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィルの演奏。
1978年2月、ウィーンのムジークフェラインザールでの録音。DG盤。
ウィーン・フィル伝統の響きに、バーンスタインのフレッシュな感覚が加わって生まれた素晴らしいベートーヴェン全集からの1枚。
発売当初は大いに話題になったものだが、あれから27年、今はどうなのかな?まだ、聴かれているのかな?

第1楽章の序奏部は重量級の響き。ああ、これぞ伝統の音、ウィーン・フィルの音だなぁと思う。
そして主部に入ると、バーンスタインの指揮は一気に加速、スパークしていく。非常にエネルギッシュで推進力抜群。細部のアンサンブルなどが荒くなることなく、丁寧な仕上げにもなっている。これはウィーン・フィルの功績かな。よく反応して、美しい合奏で応えている。
特に弦楽セクション、ヴァイオリン群がイイ音を出している。力強さも十分。
楽章終盤に向けてひた走る力も実に良い。

それだけに、第2楽章のラルゲットは心穏やかに優しく響く。
このころ、ベートーヴェンの耳疾は深刻化していたはずで、そのことを思うと、この楽章の穏やかさが心に染みる。苦しいのに、つらいのに、ベートーヴェンはエエ音楽を書いたなぁ、と思う。
バーンスタインはここではじっくり腰を据えて演奏させている。急がず慌てず、ベートーヴェンの思いを表出する。オケも美しく、穏やかな演奏ぶり。
終盤ではウィーン・フィルのヴァイオリンが、むせび泣くような音を響かせる。これは感動的。艶やかで輝かしいのはもちろんだが、こうして泣くようなヴァイオリンもウィーン・フィルなんだわい。

第3楽章はスケルツォ。
モーツァルト的・ハイドン的な世界から訣別したと云うべきスケルツォ。逞しく力強いスケルツォ。まさにベートーヴェンのスケルツォだと思う。
そしてこの交響曲では、スフォルツァンドが多用される。これもモーツァルトやハイドンにはなかったことだろう。バーンスタインが振ると、このスフォルツァンドが力強いエネルギーの噴出になる。短い楽章だが、意味は大きい。

そしてアレグロ・モルトのフィナーレ。
弦と管が一体となって驀進するのだが、ウィーン・フィルの有機的なアンサンブルが美しく、音楽は確固たるフォルムを崩さない。
バーンスタイン特有の前向き・楽観的な音楽の運びも、ここではうまく作用して、豊かな実りを聴かせてくれる。

録音は、低音の重点を置いている感じで、ウィーン・フィルの音が重心低く、落ち着いている。輝かしさよりも、柔らかさに重きを置いたのかな。
アナログ末期の録音で、ふっくらと聴きやすい、聴き疲れしないところがバーンスタインの全集のエエところだと思います。
2007/06/24のBlog
四国はこの数日、典型的な梅雨空です。
降ったりやんだりのシトシト雨。「モナリザの微笑み」じゃありませんが、今日も、雨がしとしと日曜日になるんでしょう。(この意は若い人にはワカランか・・・・(^^ゞ・・・)

で、結局、Vistaのデュアルブートはさっさと放り捨てて、4年ぶりにXPをクリーン・インストールしました。ああ、気持ちエエ。更地はエエもんです。PCが軽くなった感じ、ダイエットできた感じでありますな。これで、ウィルスソフトを入れなんだら、軽いままでいけるのになぁ・・・・・。

さて、今日は季節外れの曲。軽く流しておこうと思ったら(PCの再セットアップしながら聴くのでありますから)、アキマヘン、もう初めから聴き入ってしまいました。素晴らしい演奏でありました。

ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ長調 作品24「春」。
ギドン・クレーメルのヴァイオリン独奏、ピアノはマルタ・アルゲリッチ。
1987年3月、ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。DG原盤。

第1楽章から、もう、スゴイ演奏。
クレーメルとアルゲリッチ、2つの個性がぶつかり合い、時に協調・協奏し、時に争うような「競奏」もあり、変化に富んで断然面白い。
ヴァイオリンが歌えば、ピアノがふくよかに応じ、ピアノが燦めけばヴァイオリンが切り裂く。たった今、この名曲が生まれたような、瑞々しい演奏。
これが、今まで聴き慣れたベートーヴェンの「春」なのかな?と思ってしまう。今まで聴いてきたものと全然違う。

テンポは緩急自在で、大いに揺れる。フレージングも自由(気ままなくらい)なもの。アクセントが独特で、クレーメルが強く響かせるとドキッとする。そして、それに応えるアルゲリッチのピアノがまたドキドキするほど新鮮。
いや、実に鋭い演奏。

ダイナミクスも広大で、時にあざといほどの表情がある。激しいかと思えば、優美きわまりなくヴァイオリンとピアノが歌い始める。スゴイ。今まで聴いてきた演奏は、ありゃ、何だったんかいな。

第2楽章は一転、タップリとした歌、歌、歌。
クレーメルが優しく歌い始めると、アルゲリッチが新妻のような初々しさで応じる。この緊密さ、互いの音楽に対する愛情の細やかさは、たまらない魅力。
素晴らしい歌で、胸がいっぱいになる。
あの第1楽章はいったい何だったんだ?と云いたくなるくらい、優しい音楽。

第3楽章は生き生きしたリズムと力強さとが特徴。二人とも、アクセントが独特で、ほんの短い楽章なのに聴いていてドキドキする。

そして、見事に決まった終楽章のロンド。
迫力は十分だし、優美に決めるところは流麗きわまりないし、もう演奏全体が雄弁であって、説得力も強い。強烈な個性の幸せな共演であり、協演であり、競演。
いやはや、スゴイ演奏でありました。

録音がまた素晴らしい。
ヴァイオリン・ソナタというと、ついついヴァイオリンがメインになってしまい(当然なのだが)、ピアノの音が籠もったりボケたりで、うまく録音出来ていないことが多いのだが、このCDはピアノの音も大変素晴らしい。
アルゲリッチの表情まで想像できそうなリアルな感じでピアノが録れてます。
エエ録音だと思います。
2007/06/23のBlog
ブルックナーを聴き続けてしまいました。
ブルックナーの交響曲は大曲ばかりですが、その大きな流れに身を浸す感じで聴くのはエエですね。ソファーに深く腰を沈めて聴いていると、体全体が浮き上がってゆくような錯覚に陥ることもあります。

そして、コメントをいただいていると、ホンマに皆さん、ブルックナーがお好きなんだなぁと思います。名演盤、教えてください、是非、紹介してください。
四国の草深い田舎住まいゆえ、なかなか実演を聴きに行けません。CDやレコードで活を癒していますので、是非、いろいろ教えてください。

さて、掉尾は9番。

ブルックナーの交響曲第9番 ニ短調。
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮ウィーン・フィルの演奏。
1988年6月、ウィーンのムジークフェラインザールでの録音。DG盤。

ジュリーニはブルックナーの後期三大交響曲をDGに遺してくれた。いずれも名演と思う。ゆったりと、深々とオケを鳴らして、歌にあふれた演奏だった。
この9番交響曲も、70分に及ぶ大作。

第1楽章は物々しく、ゆったりと始まる。
遅い。大変遅い。止まりそうなところさえある遅さ。スケール雄大で、ブルックナー最後の交響曲にふさわしい開始と思う。
そして、歌。ジュリーニはいつだって歌う。このブルックナーも例外ではない。歌、歌、旋律線がとにかく美しく歌われる。
オケも大変に美しい響きで応じている。さすがにウィーン・フィル。弦の柔らかさと高貴ささえ感じる輝き。あまたあるオーケストラの中でも別格の美しさと思う。頬を愛撫し、心の中にノスタルジーを起こさせるような、優しい弦の音がたまらない。
ジュリーニ独特のテヌート奏法もイイ。一つ一つの音を丁寧に伸ばしつつ、こぼれるような歌を盛り込んでゆく。ああ、いつだってジュリーニは彼の王道をゆく。このメロディ・ラインはやがてどんどん澄んでいって、高貴な感じさえ醸し出してゆく。

第2楽章はスケルツォ。
金管群は豪快だが、アンサンブルが達者で、響きがだぶつかないのがイイ。ティンパニの強打も、合奏の中によく融け込んで、オーケストラ全体がシルクのような肌触りで響いてゆくのが素晴らしい。
テンポはここでも遅め。ゆったりと克明に進んでゆくのだが、この野人的なリズムでさえも、ジュリーニが振ると、歌心を感じてしまう。スゴイ個性だと思う。

そして、感動的なフィナーレ。ブルックナー自身は、第4楽章の準備もしていたのだろうが、この9番交響曲は、このアダージョで完結しているような気がする。それだけ名品ということか。
演奏はもう大変に美しいアダージョであって、滔々と流れてゆく大河のよう。弦楽セクションの美しさと鮮やかさはいかばかりか。木管の味わい深い響きも、花を添える。
ブルックナーが自身の作品の中で、最も美しいと自信を持って語ったという。ジュリーニとウィーン・フィルで聴くと、まさに、至高のアダージョと思われてくる。

ブルックナーの最高傑作は、完成されている第8交響曲だと僕は思います。しかし、ジュリーニのこのフィナーレを聴くと、この未完の交響曲こそ、最高傑作になるはずだったか・・・・・とも思います。いや、ホンマに名品ですなぁ。


1980年代末の録音なので、今も新鮮で聴きやすい音です。
オケの瑞々しさや、パワー全開の迫力など、文句なしです。


※ ブルックナーの交響曲第9番 自己リンクです ※
■ハイティンク/ロイヤル・コンセルトヘボウ管
■シューリヒト/ウィーン・フィル
■ヴァント/北ドイツ放送響
■ショルティ/シカゴ響
2007/06/22のBlog
今日は大曲です。

ブルックナーの交響曲第8番 ハ短調。
ロリン・マゼール指揮ベルリン・フィルの演奏。
1989年6月、ベルリンのフィルハーモニーでの録音。EMI盤。

初出の時は2枚組5600円という高価盤だったが(当時としては当たり前か)、今やEMIのRED LINE シリーズの廉価盤。国内盤でも1300円で買えてしまう・・・・・・。

当たり外れの多いマゼールの、これは大当たりの演奏。
マゼールはヤル気満々、迫力も十分。スケール大きなブルックナーを聴かせてくれる。
様々なところで入念な表情づけを行うのはいつものマゼールだが、それがイヤラシクならずに、説得力をもって聴き手に迫ってくる。その点では、いたって真摯で懸命な演奏と思う。
ベルリン・フィルも絶好調。録音された時期を考えると、おそらくマゼールは次期BPOの音楽監督に就任する気でいたろうと思う。
その期待、ヤル気が演奏にも反映しているように思う。

第1楽章は、幾分速めのテンポで押し通す。音楽は雄大で、ベルリン・フィルが実に良く鳴る。
オケの音が素晴らしい。EMIの録音も上々で、各楽器が実に気持ちよく鳴っている。ブルックナー後期の交響曲は、やはり、これくらい機能万全のオケで聴きたいと思う。
骨太の逞しい演奏がカッコイイ。

第2楽章でもベルリン・フィルのパワー全開。
金管の咆吼が凄まじく、速めのテンポでモタモタせずに進むのがマゼール流。スッキリしたスケルツォだと思う。
造形はあくまでもスタイリッシュ、ティンパニなどは実に強烈だが、その造形からはみださないのはさすが。

第3楽章は至高のアダージョ。ブルックナー最高の緩徐楽章と思うのだが、マゼールは真摯な指揮ぶりで、この敬虔な楽章を極めて美しく再現する。美しさが中身からにじみ出てくる感じで、表面をコテコテ化粧させるのが好きなマゼールにしては珍しい。
強弱のつけ方も自然だし、フレージングも実に心地よい。
ホルンをはじめとする金管セクションは万全の出来、文句なし。滅茶苦茶巧い。深々とした音で鳴るので、音楽は上滑りしない。
弦楽セクションもしっとりと美しい。EMIにしては、ホンマにエエ音だと思う。柔らかく厚く、しっかり弾ききる。
コーダでの爆発も凄まじい。テンポがグッと落ちて、これぞマゼール、見得を切るのがまたカッコイイ。

終楽章は冒頭のティンパニがのけ反るほどの迫力。夥しい録音のあるブル8でも、最も強烈なティンパニだろう。なに、中途半端にヤルよりは、これだけ叩いてくれる方が気持ちいい。
演奏はもう圧倒的。終楽章になってますますベルリン・フィルは好調、マゼールの指揮も最高潮。納得のいく演奏だったのではなかろうか。

素晴らしい演奏。
数多いマゼールの録音の中で、屈指の名盤と僕は思うとります。
ヘビー級の曲であり録音ですが、聴き終わったあとの感動はスッキリしたものでもあります。胃にもたれない感動と云いましょうか。


WindowsXP、未だ起動せず・・・・・。
VistaはXPとは別のHDに入れているのに、Vistaが自分でドライブをCドライブにしてしまって、デュアルブートできません。
VistaのHDをBIOSで切ってもダメ、ケーブルを外してもダメ。「Vistaを起動できんぞ、何とかせよ」というメッセージばかりで、XPのかけらも出てきません。

しかし、この手のトラブルは、いかにも、あちこちで起きてそうな感じ。
ネットで検索していれば、何か対処法が引っかかるかな?
いずれにせよ、この週末は、その対策に追われそうです。


※ ブルックナーの交響曲第8番の 自己リンクです ※
■シノーポリ/ドレスデン・シュターツカペレ
■カラヤン/ベルリン・フィル
■ベイヌム/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
■ジュリーニ/ウィーン・フィル
■スウィトナー/ベルリン・シュターツカペレ
■ベーム/ウィーン・フィル
2007/06/21のBlog
windows Vista をデュアル・ブートで使おうと、別ドライヴのHDにセットアップしました。
常用はXPで、空いた時間には、さあ、新しいOSに慣れるぞ・・・・と思ったら、Vistaしか立ち上がらなくなってしまいました・・・・・^^;・・・・・。

おそらく、XPのシステムのプロパティの「起動と回復」のところでの、「オペレーティングシステムを表示する時間」をゼロにしていたからではないかと思っているんですが・・・・・これを直そうにも、XPが起動しなくてはどうしようもありません。

どなたか、ご教示いただける方いらしゃいましたら、お助けください。
XPが起動できる方法、ないでしょうか・・・・・・。

というわけで、今、Vistaからこのブログを書いてます。


さて、今日聴いたのは、またもブックなーです。

ブルックナーの交響曲第7番 ホ長調 (ノヴァーク版)。
クラウディオ・アバド指揮ウィーン・フィルの演奏。
1992年3月、ウィーンでの録音。DG盤。

アバドらしい、晴朗で柔らかい歌に満ちた、透明感のあるブルックナー。
サウンドがモコモコしておらず、軽やかで明るい。テンポも実に自然な歩みであって、フレージングも実に心地よい。

膝を少々痛めてからジョギングは中断、歩くようにしております。ブルックナーを聴くのは、その散歩・散策に似ている感じ。ジョギングよりウォーキング、いや、さらにもう少し遅いペースで聴いている感じかな。
当地、伊予西条で云えば、ふと仰ぎ見る石鎚山の端然とした佇まい、市内あちこちの「うちぬき水」、そしてのたりのたりと穏やかな瀬戸の内海などをのんびり眺めながら、歩くのに似ているかな。ブルックナーを聴きながら、散策している気持ちになります。

アバドで聴くブルックナーは全く晴れやか。
空は青く澄んで、風は緑風。小鳥の声も田舎住まいには楽しく響くし、葉擦れの音も実に爽やか。そんなブルックナー。

この演奏のできは前2つの楽章がエエように思う。
長丁場の音楽だが、聴き手を飽きさせないのは、アバドのフレッシュな統率のたまもの。
ウィーン・フィルはさすがの巧さ。ベーム、カラヤン、ジュリーニといった大御所とウィーン・フィルは共演しているが(いずれもDGだった)、それらに比べると、響きが晴朗で見通しが良い。音楽がしなやかに息づいて、滔々と流れてゆくのも良い。

特に第2楽章のアダージョは絶品。
美しいと云うより、楽しい感じ。(というとアバドに失礼か)。
でもこの指揮者のカンタービレが自然に出てしまうのが楽しい。ブルックナーだから、おそらく荘厳にやろうとしているのだろうと思うのだが、つい、明るく歌い上げるブルックナーになってしまっているのが、好ましいし、かえって自然な感じがする。
アバドのブルックナーは、その点で親しみやすく、つき合いやすいブルックナーなのだろう。

録音はさすがの新しさ、素晴らしい音で聴けます。
好録音で、特に弦楽が素晴らしいと思います。

さあ、iPodに入れて、散歩に出ましょうか。

※ ブルックナーの交響曲第7番 自己リンクです ※
■ブロムシュテット/ドレスデン・シュターツカペレ
■ティントナー/ロイヤル・スコットランド・ナショナル管
■シノーポリ/ドレスデン・シュターツカペレ
■朝比奈隆/東京交響楽団
■ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
■マタチッチ/チェコ・フィル

2007/06/20のBlog
降ったりやんだりの、いかにも梅雨らしい、シトシト雨。
どうせ降るなら、もう少し強く降ってくれても・・・・と四国の水瓶が各地でピンチの今、思います。

そんな雨を窓越しに眺めながら、アナログレコードを今日は聴いております。

グリーグのピアノ協奏曲 イ短調 作品。
クラウディオ・アラウのピアノ独奏、クリスト・フォン・ドホナーニ指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1963年録音。蘭フィリップス盤のLP。

LP独特の暖かさに、アラウの大家然とした豊かなピアノが響く。
バックは名にし負うアムステルダム・コンセルトヘボウ管。これもふっくらと暖色系の響きで柔らかい。ああ、素晴らしい音。
アナログ・レコード万歳!・・と云いたくなる1枚。この音はCDでは出ない。蘭フィリップスは、もうこの頃から(45年も前から)エエ録音をしよったんじゃなぁ・・・・と感動しました。

演奏は全体的に遅め。
第1楽章など、グリーグ特有の冷涼感・爽やかさからは、やや遠い感じ。聴きようによってはモッサリした感じなのだが、音が柔らかく暖かいのと同じ雰囲気で、演奏は慈愛に満ちたものになっている。
アラウは心温まる演奏をする人なのだ、エスプレッシーヴォのピアニストなんだと改めて思う。

ドホナーニの指揮も風格があって、アラウに合わせてゆったりと心地よい。特にチェロの響かせ方がイイ。これも慈しみにあふれて優しい。
後年、男性的でスパッと切れ味良い演奏になってゆくドホナーニからは想像しがたい穏やかさ、暖かさ。アラウの人間性、そのピアノに触発されたのかな・・・・と思えるほど、この演奏はふっくらしている。
(クリーヴランド管とDECCAに録音したドヴォルザークの交響曲8番・9番やマーラー・シリーズは男性的で筋肉質、実に逞しいものだった)

アラウのピアノは芯があって、中身が伴う充実した音。ズシッとくる重量感もイイ。光り輝くパッセージも、そんなに鮮やかにせず、渋く光らせる感じ。しっとりとした質感もある。第2楽章の叙情的な旋律も、手応えがあって、ムード音楽的に流れないのが良い。

フィナーレは圧倒的。ピアノも管弦楽もすべてが充実して、アラウのおおらかな世界に引き込まれる。

録音は最新録音に負けません。
いや、聴きようによっては、上回るほど。
大家の息づかい、本質的な暖かさ、包容力などが伝わる名録音と思います。


※グリーグのピアノ協奏曲も大好きです※
■アンダ(Pf)・クーベリック/ベルリン・フィル