ニックネーム:   パスワード:
| MyDoblogトップ | Doblogポータル | Doblogガイド | ユーザ登録 | 使い方 | よくある質問 | ツールバー | サポート |
クラシック音楽のひとりごと
Blog
[ 総Blog数:1278件 ] [ このMyDoblogをブックマークする ] [ RSS0.91   RSS1.0   RSS2.0 ] [ ATOM ]
2007/07/06のBlog
梅雨の晴れ間。
でも、また雨が続く予報です。結構なことです。愛媛県の水不足解消にはもう一歩です。小中学校のプールも使用できるようになりました。
愛媛県東部・香川県境地域では、まだまだ不足のようです。早明浦ダムの地域が心配ですね。

さて、今日はJ・シュトラウスのウィンナ・ワルツ集を。
ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団の演奏。
1958~69年の録音。CBSソニーの廉価盤。1000円盤。

フィラデルフィア管のリッチでゴージャスなサウンドでウィンナ・ワルツを聴く贅沢。音楽を聴く喜びとは、こういう贅沢を云うんじゃないかと思わせるほど。
ストリングスはシルクタッチで柔らかく、金管は張りがあって輝かしく、鮮やかに鳴り渡る。木管は品が良く優しい響きを繰り出してくるし、打楽器の押し出しも見事なもんだ。実に光彩あふれる演奏。

いわゆる本場物とは違うのだろうが、オーマンディはこんなポピュラーな音楽を(しかも小品だ)振らせても超一流の指揮者だったと、つくづく思う。
オーマンディに匹敵するのは、もうカラヤン、バーンスタインぐらいしかいないんじゃないか。
(それに、オーマンディの出身はハンガリーだし、ということはかつてのオーストリア=ハンガリー帝国、あのハプスブルク帝国になるわけだから、本場とは違っても地元の音楽にはなりそうだしね・・・というのはこじつけかな?(^^ゞ)

ちょっとしたルバートはセンスがよいし、リズムの取り方もオシャレで粋。そして出てくるサウンドは豪華で幸福な明るさを保ち続ける。
ああ、オーマンディは素晴らしい指揮者だった。
予定調和のような趣もあるが、実に気持ちよく聴ける。

個々の曲をあげるときりがないので、代表的な演奏のみ、感想を。

「美しく青きドナウ」のスケール豊かな表現。

「トリッチ・トラッチ・ポルカ」は思わず走り出したくなるリズム感。(これは、小学校の運動会で聴きすぎたせいかしらん?)

「ウィーンの森の物語」は、洗練された表現。ちょいとしたルバートがセンスよし。ヴァイオリンとハープのソロの美しさはため息もの。

「春の声」ではオーケストラがさらに輝きを増してくる感じ。聴いていると、部屋の中が七色に変化するような気分になる。色彩感溢れる音のシャワーだな。

「雷鳴と電光」のリズム感、ドライヴ感も見事なもの。ただ、この曲だけはチト録音が古いのか、弦が少しかすれるのが惜しい。

録音は標準的です。
録音年の間隔が開いているので、まずますのものから、やや古びたものまで、いろいろですが、フィラデルフィア管のゴージャス・サウンドを味わうには、問題なしでしょう。

2007/07/05のBlog
雨が小粒の真珠なら 恋はピンクのバラの花・・・・・・・♪

梅雨の天気が続きます。シトシト雨の中、相合い傘の(懐かしい言葉ですな)の若いカップルを街で見つけました。(「カップル」はまだ現役の言葉かな?さすがに「アベック」は死語になりつつあるようで・・・・)
仲の良さそうな若者を眺めつつ、ついつい、橋幸夫の歌を思い出してしまうワタクシはオイチャンでありました。

さて、今日もブラームスを聴いてます。

ブラームスの交響曲第3番 へ長調 作品90。
スタニスラフ・スクロヴァチェフスキー指揮ハレ管弦楽団の演奏。
1987年11月、マンチェスター・フリートレードホールでの録音。イギリスのIMPへの全集録音から。

贅肉をそぎ落とした、スッキリした響きのブラームス。
あの巨体のブラームスのイメージではなく、筋肉質で運動能力も高く、しかも思索の好きな若者風のブラームス。

ハレ管は健闘。イギリスの地方オケの実力の高さをうかがい知ることが出来る好演。
アンサンブルは少しゆるめで、響きも時々ざらつくところもあるのだが、真摯で懸命に演奏している様子が伝わってくる。そこが聴いていて嬉しい。

第1楽章はインテンポで、推進力も十分。後半へ行くほど、熱気を帯びて演奏が盛り上がってゆく。スタジオ録音のはずなのだが、ライヴ的な感興がある。この楽章はブラームスのヒロイックな一面が聴ける楽章だと思うが、特に後半部でその感が強くなる。

第2楽章は木管のアンサンブルのひなびた表現が好ましい。田舎のたんぼ道に吹く、涼しい自然の風のような感じ。飾りだてたりしないのがイイ。
テンポはゆっくりで情感豊かに進行する。ブラームスの慈愛というか、寂しげだが優しく暖かい眼差しを見るような気持ちになる。

第3楽章は馴染み深いポコ・アレグレット。僕は、若い頃、この哀愁漂う旋律に酔ったものだ・・・・。
スクロヴァチェフスキーの演奏も、実にメロディが美しく、よく歌う。ストリングスのむせび泣くような表現は見事だと思う。ヴァイオリンの弦の間から零れる潤い、濡れたような輝きはたまらない。ホルンのソロも絶品。
もちろん、きりっと一本筋が通った男性的な逞しさも感じる。詩情たっぷりではあるのだが、感傷に流れすぎないのがカッコイイ。

フィナーレは緊張感に富んだもの。第1楽章冒頭のピリッとした表現が戻ってくる。
ハレ管の響きがやや薄め、もう少しファイト!という感じではあるのだが、コーダに入ると堂々とした響きになって、見事な終曲をかたちづくってゆく。

録音は極上。素晴らしい響きで聴けます。
特に音場がよく出ており、高さがあります。
金管が上から降ってくるような感じで、これは心地よいです。
2007/07/04のBlog
腰痛であります。
理由は後にするとして・・・・・、今日は渋い演奏を聴いてます。

ブラームスの交響曲第2番 ニ長調 作品73。
ピエール・モントゥー指揮ロンドン交響楽団の演奏。
1962年11月、ロンドンでの録音。フィリップス盤。

録音当時、モントゥー87歳。暖かく、渋く、慈しむようなブラームス。
声高ではなく、慎み深い表現が大人風だと思う。人生の何たるか、この世界の何たるかを知り尽くし、それを伝えようとするかのよう。

第1楽章からよく歌う演奏。音色はロンドン響独特と云うべきか、やや暗めで落ち着いた音。これがまた、ブラームスによく合う。モントゥーの採るテンポはやや速めで、はじめは素っ気なく感じるのだが、途中から適度に伸縮るので単調にならない。いくつか、グッとテンポを落として、タメをつくるところもある。そのあたりが実に自然で、無理がない。巧いと思う。
汲めども尽きぬ滋味が、じわじわとにじみ出てくるような演奏と云えると思う。

第2楽章はブラームスのロマンが一杯。
ヴァイオリンの両翼配置が効果的。チェロやホルンの切々とした響きには、涙を誘われる。ああ、これ、モントゥーのブラームスへの愛情表現なんだろうな。
ブラームス特有の幾重にも重なる旋律、それぞれがよく歌って、実に味わい深い。モントゥー練達の芸と云えそう。

第3楽章は一転、輝かしいヴァイオリンに耳を奪われる。すかっと鮮やかな表現。もちろん、ブラームスの音楽だから羽目を外したりはしない、品の良いグラティオーソになっている。

そして、フィナーレは節度とゆとりのある表現。いたずらに騒ぎ立てず、煽らず、じっくりと音符を重ねながら聴かせる。テンポは速めのイン・テンポ。精力的な表現だとは思うが、それ以上に音楽の中身が素晴らしい。充実して、はち切れんばかり。説得力も強い名演と思う。

録音はさすがに古びてきたような気がします。
でも、モントゥーの長寿のおかげで、ステレオ録音が遺されたことを幸運とすべきでしょう。ロンドン響も好演、素晴らしいCDでありました。


昨日は職場対抗のソフトボール大会でありました。
若い士が活躍する場なので、まあ応援に行こうわいとタカをくくっていたら、人手不足とのことで9番指名打者で出場することに・・・・・。やれやれ・・・・。
ゲームは緊迫、1点を争う展開。・・・・・で、そこは昔取った杵柄、チャンスに勝ち越しタイムリー、どうだ、オイチャンを見直したか。ガハハ。

ここまではカッコ良かったんですが、その後連打が出て、アタクシはダイヤモンドを必死に走るハメに・・・生還したはいいものの、腰に激痛が・・・・・。

トシを取ったらアキマヘン。加齢生活を健康に生きましょう。
同世代の方々、無理したらアカンでっせ(^^ゞ。


2007/07/03のBlog
当地、伊予西条では朝から雷雨、大雨、久しぶりにまとまった雨でした。
四国では水不足の折、恵みの雨でありました。
ただ、もう少しまとまって降ってくれないと、早明浦や石手のダムは苦しいようです。

さて、今日は涼やかなヴァイオリンを。

モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番 イ長調 K.219「トルコ風」。
ギドン・クレーメルのヴァイオリン独奏、ニコラス・アーノンクール指揮ウィーン・フィルの演奏。
1987年1月、ウィーンのコンツェルトハウスでの録音。DG盤。

クレーメルの人間離れしたテクニックは凄い。
でも、モーツァルトにはそんな名技は要らない。だから、クレーメルではイカンか、というと、そうではないのであって、クレーメルの音楽性は、そんな技巧を越えた高みにあって、モーツァルトへの様式観も素晴らしいし、ヴァイオリンの音そのものの洗練も文句なし。
圧倒的なテクニックの上に、素敵な音色、古典やロココへの洞察が加わり、さらに音楽を楽しむハートがそこに重なってゆくのだから、もうこれは最高のモーツァルト演奏じゃないか・・・・・・。

アーノンクール率いるウィーン・フィルがまた素晴らしい音で応じる。
冒頭のトゥッティを耳にした途端に、幸福な気持ちにさせられる。

第1楽章のアレグロは爽快で幸福感に満ちた演奏。
夏の涼しい風に頬を打たれるような気分。ああ、クレーメルのヴァイオリンは何という美音。

第2楽章は高貴なアダージョ。ムード的にならない、志操の高さがクレーメル。
アーノンクールの指揮には独特のアクセントがあって、時々ギョッとさせられるが、慣れれば何てことはないか。初めて聴くときには、強弱のつけ方に少し驚くかも。
クレーメルのヴァイオリンは細身の音で、クールな響き。特に高音が糸を引くような細さで印象的。滑らかで繊細な音は、冷たく冴えてゆく。素晴らしい響き。

第3楽章は、この曲のニックネームにもなったトルコのリズムが楽しい。刻々と曲想が変化して、ニュアンスも多彩な演奏、
クレーメルとアーノンクールの共演は、このCDが初めてだったか。息のあったコンビだと思う。

録音は今も瑞々しく、心地よいもの。
DGがふだん行うムジークフェラインザールではなく、コンツェルトハウスでの録音。こじんまりした感じの音作りで、豊かなスケール感はないものの、モーツァルトにはこんな感じの音の方がエエような気がします。
2007/07/02のBlog
涼しい風が吹く梅雨の晴れ間でありました。
「梅雨のあとさきの トパーズ色の風は・・・・」などと、古い歌の文句を思い出しつつ、今日もクラシック音楽を聴いています。
さあ、モーツァルト。管弦楽曲です。

モーツァルトのセレナード第7番 ニ長調 K.250「ハフナー」。
ウィリー・ボスコフスキー指揮ウィーン・モーツァルト合奏団の演奏。
ヴァイオリン独奏はアルフレート・シュタール。
1972年5月、ウィーンのソフィエンザールでの録音。

ボスコフスキーの演奏は楽しい。明るく、オシャレで、粋な紳士の音楽になる。
ヴァイオリンの出身のせいか、弦楽セクションの扱い方が巧いのも特徴だと思う。
艶やかで、匂うような色気も漂ってくるストリングスを聴くのは、快感でもある。

第1楽章はアレグロ・マエストーソ。
キュッ、キュッと艶やかに鳴るヴァイオリン群が魅力的。ああ、この音、ウィーンの音。
演奏は精力的で明朗快活なもの。爽快で推進力にあふれていて、気持ちよい。

第2楽章以降はアルフレート・シュタールのヴァイオリン独奏が匂うような音で美しい。色っぽく、オシャレで、ウィーン的な情緒タップリのモーツァルト。安心して身を任せられるヴァイオリンであり、また弦楽合奏だと思う。
ボスコフスキーの指揮も蕩けるような甘さ。

第3楽章のメヌエットでの、ホルンとのアンサンブルはめっぽう綺麗で、聴きごたえあり。
第4楽章のロンドは、クライスラーの編曲でも有名だが、小鳥のさえずりのような、さざ波が寄せてくるような、ヴァイオリンのパッセージが印象的。
ああ、エエ音やなぁ・・・・・とつくづく思う。

第5楽章からはウィーン・モーツァルト合奏団のアンサンブルが美しさを聴こう。
優美で典雅な音楽が続く中で、ホルンが抜群の音色で、ふっくらとした美しさを加えてゆく。
ボスコフスキーの指揮がまた良くて、ほんのちょっとした間合い、フレージングが粋でカッコイイ。
これぞ、ウィーンスタイルと云いたくなる演奏。
この端正さ、この気品。曰く言い難い魅力でありますな。
そういえば、ウィーン・モーツァルト合奏団の団員は、殆どがウィーン・フィルのメンバーでしょ。気心の知れた、同じ根っこを持つ弾き方であり、アンサンブル。これで悪いわけがないわいなぁ。

録音はDECCA特有の、個々の楽器を鮮やかに捉えているもので、今もちっとも古びていないし、実に聴きやすいもの。
さすがだなぁと思います。
2007/07/01のBlog
スカッと明るい夏空が広がります。

気温が上昇してくると、ジョギングの長距離はシンドイですな。そこで、最近は30分走って30分歩くようにしてます。先月は腰痛もあって、あまり走れなかったので、ウェストがちと弛んできました。気を取り直して、今月は緑の並木道、たんぼ道をトコトコ走りましょう。早朝から心地よい夏空が広がる季節でありますし。

そんな空を見上げつつ、今日もアバドの昔のレコードを聴いてます。

メンデルスゾーンの交響曲第4番 イ長調 作品90 「イタリア」。
クラウディオ・アバド指揮ロンドン交響楽団の演奏。
1967年の録音。DECCA原盤のLP。

アバド34歳。今から40年前の録音。
アバドがレコード・デビューして間もない頃のもの。デビュー盤がベートーヴェンの交響曲第7番で、このメンデルスゾーンが2枚目だったんじゃないか。

聴いているレコードは、日本でキングレコードからロンドン・レコードが独立して、直後に発売された廉価盤シリーズからのもの。1800円だから、ミドル・プライス盤か。
1981年11月の発売。懐かしいレコードであります。

アバドの若々しい気分が素直に発揮された名演。颯爽として足取りも軽く、生気に満ちている。涼やかに吹き抜ける風のような、スッキリした演奏。イタリア出身の青年らしい、晴れ上がった透明感がある。
アバドのリズムが素晴らしくよく弾み、ロンドン響のアンサンブルも良いので、音全体がしまって、爽やかな響きになっている。

第1楽章は、少々強引だが、若さで押し切ってしまう潔さ、力強さがある。何より、歌がイイ。メンデルスゾーンの淀みない旋律を、アバドは常に歌ってゆく。輝かしいカンタービレがたまらない。

第2楽章はストリングスの歌。深窓の令嬢のような気品を漂わせ、ヴァイオリンがはかなくも美しく歌ってゆく。メンデルスゾーン特有の、淡くほのかな悲しみが伝わる。
味わいで云えば、プレーン・ヨーグルト。透き通る悲しみ。ベタつかない感傷。サッパリとして、少し酸っぱい感じの美しさ。

第3楽章は、もう流麗そのもの。アバドのリズム処理が良いのだろう、独特のドライヴ感ががある。アクセントの付け方もおもしろく聴ける。

フィナーレは昂奮と歓喜のサルタレルロ。
イタリア人の血が騒ぐのをグッと抑えて、知性的にもってゆくのがアバド流かな。阿鼻叫喚にならず、気品と教養を感じさせるところが、若いといえども、さすがにアバドだなと思う。
40年経った今も、アバドの抑制は、変わらない。雀百まで踊り忘れず、ということか。

録音は素直で聴きやすいもの。
DECCAらしい、各楽器の鮮やかな音がエエです。
LPは音も柔らかく、聴きやすく仕上がっております。
2007/06/30のBlog
夕方から雷雨でした。カミナリは気持ち悪いですが、水不足のこの際、雷雨でも何でもエエので、降って欲しいものです。
1時間程度の雨でしたので、まだ不十分。水不足解消とはいかないようです。

さて、今日は久しぶりに大曲を聴きます。

マーラーの交響曲第7番 「夜の歌」。
クラウディオ・アバド指揮シカゴ交響楽団の演奏。
1984年1・2月、シカゴのオーケストラホールでの録音。DG盤。
アバドは後にベルリン・フィルと再録音(ライヴ)しているので、これは旧盤となる。

1970年代から80年代にかけてのアバドは、大活躍だった。
特に、アバドがシカゴ響でマーラーを振ると、オケが溌剌・いきいきとしだして、伸びやかな音楽になる。
常任のショルティも素晴らしい指揮者だと思うが、アバドとのコンビになると、シカゴ響が伸び伸びと、自然な息づかいで歌い始める。そう、「歌」に満ちた演奏になってゆく。カンタービレの演奏を聴かせてくれる。

アバドがイタリア出身で、ショルティがハンガリー出身だからと、その違いを片付けてしまうのは簡単だが、この演奏の違いは、両者の個性の違いをそのまま語っているような気がする。
この7番交響曲など、どこから聴き始めても、新鮮で瑞々しいアバドの指揮が楽しめる。
シカゴ響の反応も見事なもので、楽器のバランスも無理がなく、自然に鳴りはじめて、それがスケール大きな音楽に成長してゆく感じ。

発売されたときは、若々しく、新しい時代を予感させるようなマーラーだった。しなやかで、歌心にあふれ、弾力感に富んだマーラー。

シカゴ響のブラス・セクションは、いつもの通り余裕たっぷりで、素晴らしい鳴りっぷり。響きもふっくらで柔らかい。そのふくよかさは、DG録音のせいか、ショルティ盤(DECCA)に比べて、鋭さが影をひそめて、晴朗でフワッと広がる音になる。しかも、オケの中にバランスよく収まって、突出しないのがイイ。

木管も柔らかく滑らかな響きを聴かせるし、弦楽セクションも素晴らしいアンサンブルで、衣擦れのような、瑞々しく清澄な音が随所に聴ける。

アバドの若くしなやかな音楽の運びと、シカゴ響の巧さとが、高次元で結びついて素晴らしい演奏となっている。
これだけの「夜の歌」はそうは聴けないんじゃないか・・・・と当時は思ったものだった。

ただ、この曲が持っている奇怪さ、あの第2楽章と第4楽章の「夜曲」にまとわりつくような一種の妖しさ、第3楽章の魑魅魍魎が跋扈していそうな気味の悪さ・・・は減退している感じ。まあ、妖しさをアバドに求めるべきではないんだろうな。
フィナーレは、すべてを青天白日のもとにさらす快演。
アバド/シカゴ響のパワー全開の演奏が聴けます。

録音は今も一級品。
DGのこの時期のシカゴ響録音は、全てマルです。
2007/06/29のBlog
蒸し暑さ最高潮であります。
午前中にまとまった雨、午後からは強い日差し。いや、全く蒸し暑い。
夜はまだ真夏のような暑さではないんですが、日中の不快指数はこの時期が一番かな。たまらんです。

そういうときはサラッとした演奏を聴きたいもんです。
フランス人の演奏家で、サラッと聴きましょう。

J・S・バッハの管弦楽組曲第3番 ニ長調 BWV1068。
ジャン・フランソワ・パイヤール指揮パイヤール室内管弦楽団の演奏。
1976年12月、パリでの録音。ERATO盤のLP2枚組。定価5000円・・・・・・とは、当時としては当たり前、今から見れば恐るべき高価格。これは中古盤で購入したのだったかな。

「管楽器はフランス人が巧い。管を聴くならフランスだぜよ」と、知り合いの高校の音楽教師が云います。彼の専門はファゴット。かつてはN響のトラを務めたこともある名人(人間的には芸人)であります。教わることが多いのだが、その彼の言葉、管はフランス。

なるほど、このパイヤール盤などを聴いていると、確かに巧い。
そして独特の音。軽く明るく、キャァキャァとはしゃぐ女子高生のような感じの音。
少し鼻にかかったような音。また、明るく突き抜けるような独特の高音。少しきつめだが清澄な音。
おきゃんなパリ・ジェンヌか、弾けるようなシャンパンか、さくっと歯触りの良いフランスパンか。思わずそんなことを想像してしまう。
パイヤール室内管の演奏を聴いていると、ああ、フランス人の団体だったと納得してしまう。

録音は1976年、このころは、グローバル化以前の時代、お国訛りの演奏がナンボでも聴けた時代だった。このパイヤール室内管も例外ではなく、フランス人ばかりのはず。
もちろん、パイヤールの指揮は普遍的、汎ヨーロッパ的なものだと思うが、演奏しているメンバーがもう生粋のフランス訛りを聴かせてくれるから、楽しい。

弦楽セクションはとても美しい。よく揃っている。(フランス人の割には、と言ったら怒られるか?)
実に美しく雰囲気豊かであって、いやはやムード音楽もかくやと思わせるほどの余情タップリ。だから、「G線上のアリア」(「エア」と云うべきか)がとりわけ美しい。ゆったりとしたテンポでよく歌っている。その歌の、上品なこと。

管楽器が巧いので、ガヴォットなども力強く、クッキリとした演奏になっている。曖昧なところがなく、青天の下のバッハという感じ。そして、それがまた実に気持ちよい。
終曲ではトランペットが大活躍。名人芸を堪能できる。

演奏は全体的に中庸のテンポ、妙なアゴーギクはなく、フレージングは自然で心地よい。昔懐かしいスタイルと云うべきでしょうか。
ゆったりと楽しめるバッハでありました。

録音は今も上々。アナログ録音の柔らかさがエエです。
2007/06/28のBlog
梅雨明け前の、蒸し暑い日でありました。
さすがに日中は冷房を入れないと仕事になりません。

高校2年の末っ子は一足早く期末考査中。来週から北海道への修学旅行を控えて、ほかの学年より早めの考査だそうです。ただ、この頃は愛媛の県立高校にも冷房が入るようになりまして(都会と比べるとだいぶ遅かったようですが)、受験は快適とのこと。贅沢だなぁと思いつつも、まあ、そんな時代なんでしょうか。

さて、今日はモーツァルトのピアノ協奏曲第17番 ト長調 K.453。

先日、シュミットのピアノで聴いたばかりなんですが・・・・このごろ気に入って同曲異演盤を何枚か聴いておりました。その中の一つであります。

アンドレ・プレヴィンのピアノと指揮、ウィーン・フィルの演奏。
1984年4月、ウィーンのソフィエンザールでの録音。フィリップス原盤。

第1楽章は緑の風のよう。
冒頭の序奏部から、ワクワクさせてくれる。オケの音が素晴らしくイイ。派手ではないのだが、柔らかく温かく、真綿に包まれたようなフワリとした感触がたまらない。
プレヴィンのピアノはコロコロとよく転がって、可愛らしい。ロココの趣味か、オシャレで実に愛らしいピアノ。エッジが丸みを帯びているのも、この協奏曲にふさわしいと思う。かすかに光沢を持った感じの音でもあって、綺麗なのだが、磨き立てすぎないのがよい。プレヴィンはピアノと指揮を兼ねて、自分の思い描くモーツァルトを楽しく演奏している感じ。
カデンツァは最高。プレヴィンの芸達者にほとほと感心させられた。

第2楽章は心癒されるようなアンダンテ。
木管の会話が楽しい。オーボエ、フルート、ファゴットのアンサンブルがとても美しく、重なり合うハーモニーの妙など、センス抜群。さすが、ウィーン・フィル。
長調と短調の微妙な移ろいも味わい深い。
プレヴィンのソロはデリケートの極み。繊細なアーティキュレーション、タッチも様々に変化させて、ニュアンスに富んでいるも素晴らしいと思う。

フィナーレは心弾む楽しいロンド。
序奏部の楽しさは、オペラに通じる楽しさ、ワクワク感。パパゲーノが出てきそうな感じ。
ヴァイオリン群のキュッキュッという響きも楽しいし、次々と出てくる変奏も楽しい。
プレヴィンのピアノは、表情豊かで、タッチもフレージングも自然で心地よい。
これは、素晴らしい演奏と云うべきでしょう。

録音は、ピアノの音がとても綺麗に捉えられています。さすがフィリップス。
安心して聴けます。
発売当時から、名録音として話題になったのCDでもありますね。
2007/06/27のBlog
昨日はDoblogが混み合っていて、エントリーできませんでした。
久しぶりの、Doblogトラブルでした。以前はよくあったんですが、最近は実に軽くなって喜んでおりました。(Doblogの人口が少ないせいかもしれません)
まあ、たまには仕方ないですな。

それにしても、暑い一日でありました。午後からもうたまらない蒸し暑さ。
気温そのものは30度を超えた程度なんでしょうが、まあ夜まで暑かったですね。

そこで取り出したのは夕涼みの音楽。
ディーリアスがエエです。

ディーリアスの「河の上の夏の夜」。
サー・トマス・ビーチャム指揮ロイヤル・フィルの演奏。
1957年3月28日の録音。EMI原盤。
「音の詩人・ディーリアス 1800シリーズ」と称したLP盤。

この曲は1911年、グレで書かれたもので、ロアン河の風景とディーリアス自身が好きだった舟遊びを音楽化したものだろうと思う。

漂う感じのリズムは河面を滑りゆく小舟のようであり、また弦楽の淡くほのかな響きは夜霧のよう。
チェロの奏でる主題は夏の夜のおぼろげな風景を表しているような感じ。

ディーリアスの音楽は、ピアノとピアニシモで書かれた音楽。声高に叫ばず、身を捩りもせず、心の奥底は隠しながら、そこはかとなく哀しみを漂わせる。この「河の上の夏の夜」もそんな音楽、霞んだような繊細な響きは夜の深さを表出しつつ、この人の哀しみを静かに伝えてくる。

ビーチャムの指揮は貫禄。このLPに所収されている曲はどれもゆったりと心地よい気分で聴ける。(「春初めてのかっこうを聴いて」、「ブリッグの定期市」や「そりすべり」などが入っている)
触ると壊れてしまいそうなディーリアスの音楽を、暖かく包むように、慈しむように演奏した名演と思う。ああ、ビーチャムはディーリアスが好きだったんだなぁ。

録音から、今年でちょうど50年。
LPで聴いているので(カートリッジはVM型)、フワッとした柔らかい音がするんですが、いささか古ぼけた感じもします。
ところが、この古ぼけた音が、雨に煙るような独特の味わいを醸し出すんですから、オーディオは摩訶不思議なもんです。
実に聴きやすい。

ディーリアスは、最新の鮮やかな録音より、少々古い方が合うような気がします。
不思議な作曲家でもありますな。
2007/06/25のBlog
休日はのんびりとLPを取り出します。
平日は忙しくて、なかなかそういう気分になれませんが、せめて休日くらいはゆっくりしたいもんです。朝7時に家を出て、帰宅は8時。通勤は往復1時間なので、労働時間はほぼ12時間・・・・・ん~~、ちょいと働き過ぎかいな。一般的日本人としては、まぁこんなもんなんでしょう。

さて、今日はベートーヴェンの若番交響曲を。

ベートーヴェンの交響曲第2番 ニ長調 作品36。
レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィルの演奏。
1978年2月、ウィーンのムジークフェラインザールでの録音。DG盤。
ウィーン・フィル伝統の響きに、バーンスタインのフレッシュな感覚が加わって生まれた素晴らしいベートーヴェン全集からの1枚。
発売当初は大いに話題になったものだが、あれから27年、今はどうなのかな?まだ、聴かれているのかな?

第1楽章の序奏部は重量級の響き。ああ、これぞ伝統の音、ウィーン・フィルの音だなぁと思う。
そして主部に入ると、バーンスタインの指揮は一気に加速、スパークしていく。非常にエネルギッシュで推進力抜群。細部のアンサンブルなどが荒くなることなく、丁寧な仕上げにもなっている。これはウィーン・フィルの功績かな。よく反応して、美しい合奏で応えている。
特に弦楽セクション、ヴァイオリン群がイイ音を出している。力強さも十分。
楽章終盤に向けてひた走る力も実に良い。

それだけに、第2楽章のラルゲットは心穏やかに優しく響く。
このころ、ベートーヴェンの耳疾は深刻化していたはずで、そのことを思うと、この楽章の穏やかさが心に染みる。苦しいのに、つらいのに、ベートーヴェンはエエ音楽を書いたなぁ、と思う。
バーンスタインはここではじっくり腰を据えて演奏させている。急がず慌てず、ベートーヴェンの思いを表出する。オケも美しく、穏やかな演奏ぶり。
終盤ではウィーン・フィルのヴァイオリンが、むせび泣くような音を響かせる。これは感動的。艶やかで輝かしいのはもちろんだが、こうして泣くようなヴァイオリンもウィーン・フィルなんだわい。

第3楽章はスケルツォ。
モーツァルト的・ハイドン的な世界から訣別したと云うべきスケルツォ。逞しく力強いスケルツォ。まさにベートーヴェンのスケルツォだと思う。
そしてこの交響曲では、スフォルツァンドが多用される。これもモーツァルトやハイドンにはなかったことだろう。バーンスタインが振ると、このスフォルツァンドが力強いエネルギーの噴出になる。短い楽章だが、意味は大きい。

そしてアレグロ・モルトのフィナーレ。
弦と管が一体となって驀進するのだが、ウィーン・フィルの有機的なアンサンブルが美しく、音楽は確固たるフォルムを崩さない。
バーンスタイン特有の前向き・楽観的な音楽の運びも、ここではうまく作用して、豊かな実りを聴かせてくれる。

録音は、低音の重点を置いている感じで、ウィーン・フィルの音が重心低く、落ち着いている。輝かしさよりも、柔らかさに重きを置いたのかな。
アナログ末期の録音で、ふっくらと聴きやすい、聴き疲れしないところがバーンスタインの全集のエエところだと思います。
2007/06/24のBlog
四国はこの数日、典型的な梅雨空です。
降ったりやんだりのシトシト雨。「モナリザの微笑み」じゃありませんが、今日も、雨がしとしと日曜日になるんでしょう。(この意は若い人にはワカランか・・・・(^^ゞ・・・)

で、結局、Vistaのデュアルブートはさっさと放り捨てて、4年ぶりにXPをクリーン・インストールしました。ああ、気持ちエエ。更地はエエもんです。PCが軽くなった感じ、ダイエットできた感じでありますな。これで、ウィルスソフトを入れなんだら、軽いままでいけるのになぁ・・・・・。

さて、今日は季節外れの曲。軽く流しておこうと思ったら(PCの再セットアップしながら聴くのでありますから)、アキマヘン、もう初めから聴き入ってしまいました。素晴らしい演奏でありました。

ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番ヘ長調 作品24「春」。
ギドン・クレーメルのヴァイオリン独奏、ピアノはマルタ・アルゲリッチ。
1987年3月、ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。DG原盤。

第1楽章から、もう、スゴイ演奏。
クレーメルとアルゲリッチ、2つの個性がぶつかり合い、時に協調・協奏し、時に争うような「競奏」もあり、変化に富んで断然面白い。
ヴァイオリンが歌えば、ピアノがふくよかに応じ、ピアノが燦めけばヴァイオリンが切り裂く。たった今、この名曲が生まれたような、瑞々しい演奏。
これが、今まで聴き慣れたベートーヴェンの「春」なのかな?と思ってしまう。今まで聴いてきたものと全然違う。

テンポは緩急自在で、大いに揺れる。フレージングも自由(気ままなくらい)なもの。アクセントが独特で、クレーメルが強く響かせるとドキッとする。そして、それに応えるアルゲリッチのピアノがまたドキドキするほど新鮮。
いや、実に鋭い演奏。

ダイナミクスも広大で、時にあざといほどの表情がある。激しいかと思えば、優美きわまりなくヴァイオリンとピアノが歌い始める。スゴイ。今まで聴いてきた演奏は、ありゃ、何だったんかいな。

第2楽章は一転、タップリとした歌、歌、歌。
クレーメルが優しく歌い始めると、アルゲリッチが新妻のような初々しさで応じる。この緊密さ、互いの音楽に対する愛情の細やかさは、たまらない魅力。
素晴らしい歌で、胸がいっぱいになる。
あの第1楽章はいったい何だったんだ?と云いたくなるくらい、優しい音楽。

第3楽章は生き生きしたリズムと力強さとが特徴。二人とも、アクセントが独特で、ほんの短い楽章なのに聴いていてドキドキする。

そして、見事に決まった終楽章のロンド。
迫力は十分だし、優美に決めるところは流麗きわまりないし、もう演奏全体が雄弁であって、説得力も強い。強烈な個性の幸せな共演であり、協演であり、競演。
いやはや、スゴイ演奏でありました。

録音がまた素晴らしい。
ヴァイオリン・ソナタというと、ついついヴァイオリンがメインになってしまい(当然なのだが)、ピアノの音が籠もったりボケたりで、うまく録音出来ていないことが多いのだが、このCDはピアノの音も大変素晴らしい。
アルゲリッチの表情まで想像できそうなリアルな感じでピアノが録れてます。
エエ録音だと思います。