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クラシック音楽のひとりごと
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2007/09/20のBlog
マリア・カラスの69枚組のボックスが届きました。
じっくり、不世出の大歌手の名演を楽しめそうです。

ボックスが筒型になっているので取り出しにくいのと(画像を参照してください)、ブックレットが分かりにくいのとが難点ですが、価格は16,000円という、信じられないような値段でありまして、良心的というか、こんな価格で買ってエエんだろうかと不安なるというか・・・・複雑な気分であります。
ホンマにこんなに安うて、商売になるんじゃろうか?
全くありがたい時代になったもんです。いつも云ってますが。

さて、ノルマにトスカにルチアに・・・・・いろいろあるんですが、今日はミミ。
大好きなオペラから聴いております。


プッチーニの歌劇「ラ・ボエーム」。
アノトニーノ・ヴォットー指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団・合唱団の演奏。
マリア・カラス(S)、ジュセッペ・ディ・ステファノ(T)、ローランド・パネライ(Br)、アンナ・モッフォ(S)ほかのキャスト。
1956年8月、ミラノ・スカラ座でのモノラル録音。EMI盤。

マリア・カラスは、大歌手だと思う。

この演奏でのミミなどは、本来はカラスには合わない役柄なんじゃないかと思う。ミミにしては声が太いし、高音ももう少し透明感のあるヌケが欲しい。
しかし、強烈な表現力がそれを補って余りある。なんと強靱な声、そして絶妙な演技。オペラは歌の「劇」なのだと、つくづく思う。
カラスが演じるミミは、登場した頃は幼さが残る感じなのに、やがて恋を知る女に変化してゆく。その変貌の表現がスゴイ。そして、最後まで貧しいお針子であって、薄幸の女であることも、その歌唱からこぼれてくる。
声質を超える、素晴らしい表現力。これだから、カラスを聴く楽しさはたまらない。

ディ・ステファノは甘いロドルフォ。優しく柔らかく甘い声で、愛と憧憬とロマンを歌い上げる。そして、ナイーヴな詩人の心情、デリケートな感情を歌い尽くす。見事だと思う。そして、なんといっても声が美しい。これだけの美声のロドルフォは、なかなかいない。「冷たい手を」は絶唱。

相棒のパネライ演ずるマルチェルロも秀逸。冒頭からミミの登場までの、ロドルフォとの掛け合いが楽しい。

モッフォのムゼッタも綺麗な声が魅力。透明感のある声で、清潔感もあるが、もう少しあばずれ・蓮っ葉なところがあってもいいかな。
でも、「ムゼッタのワルツ」は実にイイし、ラストの祈りの場面などは涙を誘う可憐さ。モッフォ若かりし頃の名唱と云えそう。

ヴォットーの指揮は手堅い。素直で、美しいカンタービレに溢れた演奏ぶりで好感が持てる。

録音はモノラルですが、とても聴きやすい状態。
リマスタリングが成功しているんでしょう。
2007/09/19のBlog
秋なのにこの蒸し暑さ。午後は、不快指数高かったですね。
爽やかな秋風はいずこへ?

せめて、クラシック音楽は爽快に聴きましょう。
今日は若武者の初陣を懐かしいLPで・・・・・。

チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 作品23。
ヴァン・クライバーンのピアノ独奏、キリル・コンドラシン指揮交響楽団の演奏。
1958年5月30日、ニューヨークのカーネギー・ホールでの録音。RCA原盤。

1958年の第1回チャイコフスキー・コンクールで優勝したクライバーンが凱旋帰国、その直後に録音されたデビュー盤であり、超ベストセラー盤。時は東西冷戦の真っ最中、これは歴史的な(世界史的な)名盤だろう。

第1楽章、激しく情熱的な序奏部がスゴイ。覇気一杯のピアノに、オーケストラも盛り上がる。金管など大げさすぎるほど。
クライバーンのピアノは、主部に入ってもダイナミック。力強く、溌剌として、若武者の騎行のよう。モーションは大きく振りかぶり、投げれば剛球一直線。いや、実に気持ちいい。恐れを知らぬ若者が、ありったけの力をぶつけている。その意気や良し。

コンドラシンの伴奏もまた豪快。クライバーンの直球勝負に触発されたか、徐々に感興高まって、金管はバリバリ鳴らすし、弦楽はガンガン響かせる。全く面白い。ライブのような面白さがある。録音データによれば、一日での一発録り。実演のような盛り上がりがある。
(コンドラシンという人、チャイコフスキーが面白い。アルゲリッチのバックでバイエルン放送響を振ったフィリップス盤も、血潮がたぎるような熱い演奏だった)

第2楽章のスッキリした抒情もイイ。
メソメソしない、しっかりとした克明な弾き方だが、淡い感傷が底の方を流れている。
コンドラシンの指揮は見事なもので、オーケストラは、この若武者を暖かく包み込んでゆく。
録音のせいか、管楽器のソロが前に出すぎるのは、いささか気になるが。

フィナーレは豪快華麗な演奏。
クライバーンの技巧は見事。めくるめくピアニズムが楽しい。キラキラした音、激しい音もあって、実に颯爽とした演奏。気持ちいい。
若いって、エエですね。

録音はさすがに古びてきました。高音がやや詰まり気味。
残響も少ないので、乾いた感じの音。ただ、ナマナマしさは強いです。
このころのRCAは、こんな感じの音が多いようですが、当時のアメリカ人の好みだったのかな?

で、コンドラシン指揮交響楽団という表記、実際は何というオケだったんでしょう。


クラシカルな某 さんから、コメントを頂戴しました。
「この録音についてを直接テーマとしているわけではありませんが、評論家・山崎氏の下記サイトで関連話題を読むことが出来ます。
 http://www.saturn.dti.ne.jp/~arakicho/ 
この中の「ウィーン60/本文へ」のコーナーに移り、その中の第25章にクライバーンのことが・・・。」

クラシカルな某 さん、ありがとうございました

で、コンドラシン指揮の交響楽団は、RCA交響楽団と表記したものがあるようです。
実際は、シンフォニー・オブ・ジ・エア・・・・のことかな。
2007/09/18のBlog
午後から激しい雨。一気に降って、あがって、また土砂降り・・・・。
そんな天気の繰り返しでありました。蒸し暑い3連休でした。
おかげさまで、この3日間で四国山系にまとまった雨が降り、渇水地域の不安は解消のようです。

さて、今日はマーラーです。

マーラーの交響曲第6番 イ短調「悲劇的」。
小澤征爾指揮ボストン交響楽団の演奏。
1992年1~2月、ボストン、シンフォニーホールでのライヴ録音。フィリップス盤。

小澤のマーラー演奏には、錯綜してこんがらがった楽譜の綾を解きほぐして、一本のまっすぐな糸に直してゆくような趣がある。
オーケストラをよく整理して、聴き手に分かりやすいようにマーラーの音楽を響かせる。サービスが精神旺盛であると云うべきか。複雑なマーラーの音楽が、平易で楽しいものに聞こえるのは、小澤の得難い個性であると思う。
テンポは全体的に中庸で、妥当なもの。

第1楽章は、仕上げが美麗で端正。ボストン響の音色や響きも非常に美しい。音が全体的に柔らかく、優しい響きになっている。荒々しさとか粗暴には無縁の演奏。だから、「悲劇的」というには、切迫感・緊張感がやや足りないかな。
弦楽セクションの柔らかさ、練り絹のようなしっとり感は、ボストン響独特のもの。小澤が常任になってから、さらに美しくなったように思う。
木管や金管も刺激音が少ないので、耳当たりが良い(マーラーではもっと軋むような音があってもいかなとも思うが)。
だから、大音量でも音がマイルドで、楽器の溶けあいもよいので、クリーミーなサウンドになる。これを聴くのは楽しいものだ。

第2楽章も同様で、マイルドな音が際だつ。小澤のマーラーの一大特徴と思われる。
この刺激音の少なさ、緻密な設計、そしてオケの自在な解放。おそらく小澤の棒は80%まで追い込んでおいて、残り20%はオケの自主性に任せているような・・・そんな感じで聴いた。小澤のマーラーは自主性を重んじる。これが、素敵なサウンドを生み出しているのだろうと思う。

第3楽章は、ふつうにアンダンテ・モデラートをおいている。
いつ聴いても美しい楽章と思う。実に綺麗で、サラサラした音楽。特に小澤で聴くと、音楽が空虚なものにならない。
渓流の清々しさ、朝露に濡れた草花の潤い・・・・そんな感じの情趣が伝わる。これは小澤の傑作だろう。このデリカシー、はかなさは、小澤盤でしか聴けない。

フィナーレは表情多彩だが、どれも端正な表現で、仕上げはアッサリ系。
アクは強くなく、サラサラした、水彩画のようなマーラーになっている。日本料理で云えば(例えが悪いが)、精進料理・上品な懐石料理といった感じで、聴いていて面白い。
ハンマーはさすがに強烈。ただ、あまり哀しみを引きずっていないのが、かえって良い。

録音はフィリップス特有の、残響豊かなヨーロッパ・トーン。
音場は広大、ただし定位は少し甘い感じでもあります。
でも、この余韻は、やはり素晴らしいと思います。

さて、小澤のマーラーは近頃店頭では見かけませんが、廃盤ですかね?
2007/09/17のBlog
今日もバッハのピアノ曲です。

グールドの80枚組ボックスセットが発売されるという。HMVでは3万円以下で買えるそうな。
どなたか、もうオーダーしましたか?

1枚400円以下で手に入るとなると、僕はグールドの良い聴き手ではなかったが、う~ん・・・・欲しいもんです。20世紀後半を代表するピアニストの全貌が分かる全集、価格も激安、欲しいなぁ・・・・。財布と相談中であります。

で、今日取り出したのはグールドのバッハ。
J・S・バッハの 平均律クラヴィーア曲集 第1巻。
グレン・グールドのピアノ独奏。
1962年11月~ ニューヨークの30番街スタジオ等での録音。
CBS原盤。このCDは第2巻とともに3枚組になっている全曲盤。

ペダルを使わない独特のノン・レガート奏法。
音は粒だちよく磨き上げられて、鏡面仕上げのように美しい。その輝きは、ピカピカの光輝ではなく、パール色の自然な光の反映という感じ。光り輝くところと、ややくすんだ光を放つところと、光る具合が様々な感じの美しさが、グールドのピアノにはある。

その音は均質で、高音も低音も同じ強さで美しく鳴る。感情的な思い入れを排して、時に無機的な感じのところもあるのだが、だからこそ、バッハの世界が無限に広がってゆく。
響きは多様。曲調に従って万華鏡のように変化してゆく。これを味わうのは楽しい。ピアノ一台でこんなにいろいろな響きがでてくるものか。そして、こんなに世界が広がるものか。グールドの案内で、バッハの世界を旅する感覚になる。時に、ジェットコースターに乗ったような気分になったりもする。

特に楽しいのはフーガ。
グールドで聴くと、バッハが対位法の大家であったことが、ド素人の僕にもよく分かる。対向旋律がくっきりと表現されて、ああ、なるほどバッハはポリフォニーの作曲家であったのだと、つくづく思わされる。
そして、グールド特有のアーティキュレーションによって、音楽の表情が生き生きとしている。それが素晴らしい。

この平均律クラヴィーア曲集、聴き始めたら、あっという間に1時間くらい経過してしまいます。聴いていて楽しい、面白い、そして時にハッとさせられる・・・・こういうのを名演奏って云うんでしょう。

録音から40年経過、しかしまだ音は瑞々しく、クールなグールドの音を伝えます。
もともと、ツヤツヤした録音ではないので、あまり古びないですな。

さて、グールドのボックス、どうしましょう。
皆さんは、買いますか?・・・・・
2007/09/16のBlog
夜中に雨が降っては、日中は蒸し暑い・・・という日々です。
9月も半ばを迎えて、まだ、残暑であります。いやはや。

さて、今夜は雨音を聞きながら、ウィルヘルム・ケンプのピアノ独奏によるJ・S・バッハの名演(コラール前奏曲)集を。
1974~75年、ドイツ、ハノーファーでの録音。DG盤の廉価盤2枚組。

夜中に、ふとバッハを聴く。ピアノ曲集などをモゾモゾと。
あまり上手なピアノでなくて良い。キラキラと鮮烈である必要はない。夜中だから、しっとりと聴きたい。ほっと落ち着く音で聴きたい。
ボリュームは絞り気味、家人が目を覚まさぬように。
ふだんはターンベリーをガンガン鳴らして、オーケストラ曲を聴いているので、ついついボリュームを上げてしまいがち。今日は、ゆっくりと静かに上げてゆく。

このケンプのレコードは、残響成分が多く、ゆったりと聴けるのがイイ。
ピアノの音のエッジは丸く、カツンとした響きからは遠いのだが、夜中にはちょうどいい。
ケンプも技巧をひけらかすタイプではなく、じっくり、ゆっくりと弾いてゆく。
録音当時、ケンプは80歳。ドイツの伝統を背負うピアニストとして、最長老だったころだ。

コラール前奏曲が、しみじみとしていて味わい深い。そして、バッハの音楽が持つ慰藉が、静かに、淀みなく流れてくる。

録音状態はそう良くもなく、ケンプのピアノもそんなにスゴイわけじゃない。曲だってバッハの有名曲で、ありきたりのものだ。特に変わったレコードではない。

でも、こういうLPを夜中に聴くのはエエもんです。疲れを忘れます。そして、やがてまどろみの中へ・・・・。いつしか眠りこけて・・・。

曲目は、有名なもの。

コラール前奏曲では、「いざ来ませ、異邦人の救い主」、「いまぞ、その時」、「目覚めよと呼ぶ声す」、「楽しい喜びの声で」など。
特に胸にジンとくるのは「主よ、人の望みの喜びよ」。何度聴いても、心にしみる名曲と思う。
「シチリアーノ ト短調」や、「ラルーゴ」(BWV1056より)もよろしい。
グルックの「オルフェオの嘆きと精霊の踊り」も、しみじみとした名演。

これCDでは現役盤でしょうか?

演奏は確信に満ちたもので、毎日の生活と文化の伝統に根ざしたバッハという感じ。
新鮮な閃きはないものの(別になくてもエエですな)、「バッハというのは、こういうもんや」と信じて演奏している風情が、実によろしいんです。
ケンプのバッハでありました。
2007/09/15のBlog
週末、台風北上で蒸し暑い一日でした。
さて、3連休の予定は、「出・出・休」というものでして、のんびりクラシック音楽・・・・というわけにはいかんのですが、せめて秋の夜長はゆっくり寛いで聴きたいもんです。
オペラなどエエなぁと思いつつ、全曲盤は長いので、今日はハイライト盤を。


モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」(抜粋盤)。
リッカルド・ムーティ指揮ウィーン・フィル、ウィーン国立歌劇場合唱団の演奏。
1986年9月の録音。EMIの廉価盤。

オーケストラが大変美しい。この輝きと柔らかさとを併せもつオケは、そうはないんじゃないか。厚みもあるし、軽快さもある。矛盾するような様々な要素を持つウィーン・フィルに乗って歌う歌手たちは、さぞや気分が良かっただろう。

キャストもなかなかよろしい。ただ、おそらくほとんどのメンバーが「フィガロ」初録音だったと思う。皆、健闘。

まずは、スザンナのキャスリーン・バトル。彼女がニッカウヰスキーだったか、テレビのCMに登場して「オンブラ・マイ・フ」を歌ったときの衝撃を思い出す。声がとにかくイイ。スザンナは可愛くなくちゃ。バトルの声はチャーミングで綺麗で、申し分なし。

フィガロを演ずるのはトーマス・アレン。渋めの低音だが時に荒々しい声もあって、表現の幅が広い。知性的な面もある。
フィガロは権謀術数を乗り越えてゆく賢者。その声にふさわしい。重唱よし、独唱も聴かせる。「もう飛ぶまいぞこの蝶々」では怒りと力強さが出ていて良かった。装飾もほどこされていて、聴いていて少しドッキリ。

アン・マレーが演ずるケルビーノは、ハスキーな感じの声で、蒼い色気がよろしい。
伯爵のジョルマ・ハイニネンの声がまたイイ。
伯爵夫人はマーガレット・プライス。涙がこぼれそうなくらい、この人の歌唱は高貴だ。貫禄の名唱、確信に満ちた歌は、いつ聴いても感動する。年老いてゆく女声の哀しみを美しく歌い上げる。朗々と美しい声。彼女の歌ったイゾルデを思い出す。

さて、ムーティの指揮はメリハリがきいていて、清新溌剌、気持ちよい。手練手管を弄するのではなく、一直線に進んでゆく若さがイイ。その中に、ムーティの熱いカンタービレが聴ける。(それに応ずるウィーン・フィルも素晴らしい)
いわば、ストレートをグイグイ放り込む若いピッチャーという感じなのだが、その潔さや良し。

録音は上々。これ、EMIの録音かいな?と思うほど良いです。
(1980年代以降のEMI録音は、あまり良くないと僕は思っています)
新鮮爽快な音がします。
演奏と同じ方向の音です。別にわざわざそういう風に録音したんではないんでしょうが、CDって不思議です。
録音も爽快です。

他の配役は、マルチェリーナ(マリアーナ・ニコレスコ)、アントーニオ(フランコ・デ・グランディス)、バジリオ(アレッジャンドロ・ラミレッツ)、バルトロ(クルト・リドル)、バルバリーナ(パトリッツィア・ペイス)、ドン・クルツィオ(エルネスト・ガヴァッツィ)らです。
2007/09/14のBlog
今日は大好きな演奏を。

ベートーヴェンの交響曲第8番 ヘ長調 作品93。
オトマール・スウィトナー指揮ベルリン・シュターツカペレの演奏。
1983年9月、東ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。DENON盤。

ベルリン・シュターツカペレの音が素晴らしい。
第1楽章の最初の音が出た瞬間から、柔らかく暖かく、そして渋く落ち着いた響きでリスニングルームが満たされる。この幸福感・充実感はかけがえのないもの。
ふだんからお互いの音を聴きあって、長い年月の間に作り出した響きだろう。「プロイセン以来の伝統」などと、東洋の島国のさらにまた離れ小島の住人が、軽々しく云いたくはないが、この音は、長い伝統の響きとしか云いようがない。
教会でのロケーションも功を奏してるし、何よりDENONの録音技術は当時世界最高水準にあったと思う。
(1980年代前半のDENONのレコード・CDは、全く素晴らしい音がしていたと思う。我が家では、他のレーベルに圧倒的に凌駕するイイ音で鳴ったものだった)

スウィトナーの指揮は、伝統の中に清潔な新しい空気を吹き込んだ感じ。
テンポは中庸だが、リズムはよく弾み、7番交響曲との連続性を感じさせる。ストリングスの響きは新鮮、構成も安定感があって盤石。
解釈は古典的様式を離れず、現代のスタイルと比べれば古いのだろうが、僕にとってはこのくらいがちょうどいい。
豊かな響きでベートーヴェンが鳴る。

第1楽章は、格調の高さがイイ。
第2楽章は、メトロノーム・リズムの見事な処理。
第3楽章は安定したメヌエット。ベルリン・シュターツカペレの音が素晴らしく、時がたつのを忘れてしまう。管楽器が特に良い。木管も金管もイイ音だが、特にホルンが絶品。
フィナーレは着実な終曲。この安定感は、格別だと思う。

録音は今も極上です。
我が家のシステムと相性がいいんでしょうが、東独・プロイセンの響きが蘇る感じです。今も、最も良い音で聴けるベートーヴェン全集の一つと思います。


スウィトナー/ベルリン・シュターツカペレのベートーヴェン全集
■第1番・第2番
■第3番「英雄」
■第4番
■第5番「運命」
■第6番「田園」
■第7番
エントリーで残すは第9番「合唱」のみとなりました。
2007/09/13のBlog
職場の懇親会で「いもだき」をしてきました。
いやぁ、今年初の「いもだき」、旨かったですな。ラストのうどんも上々、秋風も涼しく、気分のいい宵でありました。

さて、今日はモーツァルトの短いピアノ・ソナタを。

モーツァルトのピアノ・ソナタ第15番 ハ長調 K.545。
ピアノ独奏はマリア・ジョアオ・ピリス。
1974年1月、東京イイノ・ホールでのPCM録音。ピリスはその後DGに再録音しているので、これは旧盤となる。
DENONの名曲全集「マイ・クラシック・ギャラリー」からの1枚。古本屋などでよく見かけるものであります。

モーツァルトのK.545は、初心者用のピアノ・ソナタ。「ソナチネ」にも載っている有名曲。子供のピアノの発表会などでもお馴染みの曲。
我が家の家族は、母と僕以外はピアノを弾くので(妻と息子3人)、彼らが云うには、この程度は弾けるとのこと。そう難しくはないんですな。(自分では弾けないので、その難易度がよく分からない・・・・(^^ゞ)

でも、弾くのと聴くのでは大違いで、「聴かせるように弾く」のは難しそう。
しかも、この曲、モーツァルトの天衣無縫とともに、大人のピアニストからは透き通った哀しみが、子供の発表会だと無邪気な微笑みが、聞こえてくる。不思議な曲だと思う。

本盤のピリスのピアノはニュアンス多彩。
音色や音量の変化、響き・ペダルの変化など、実にその幅が大きく、しかも非常にデリケートな演奏。
モーツァルトを弾くのは簡単なれど、聴かせるには、ことほどさように難しい。そう云っているようなピリスのピアノ。
聴くなら、こんなデリカシーに満ちたピアノで聴きたいものと、つくづく思う。

第1楽章のアレグロは可愛らしく、無垢の響き。テンポもそう速くなく、中庸と思う。音色は刻々と変化して多彩。聴き惚れてしまう。

第2楽章はアンダンテ。穏当なテンポ、ピアノの音は丸みを帯びてソフトタッチ、幼子の無邪気さと、透徹した哀しみが同時に聞こえてくる。

フィナーレ(ロンド)は音がやや硬質に変化して、エッジが鋭くなる感じ。「カツン」という音が出てくる。前2楽章に比べて、音の大きな変化。速度変われば音色も変わる。ピリスの自然な芸だと思うが、スゴイ。この人、ホンマのモーツァルト弾きやわ。

全曲9分の小曲であります。
その短い時間の中に、いっぱい音楽が詰まっておりました。
録音は上々。30年以上経過しても、美しく聞こえます。
さすがDENON。日本の誇るPCM録音。
2007/09/12のBlog
朝晩はめっきり涼しくなりました。クラシック音楽を聴くのにいい季節です。

昨日の「ロシア管弦楽名曲集」では、フェドセーエフ率いるモスクワ放送響のバリバリの金管に圧倒されました。ロシアはスゴイです。下品なくらい、愛らしいくらいに吹きまくります。いやぁ、耳にはきつかった(^^ゞ。

で、その口直しに(「耳直し」なんて言葉はないぞな)、上品でマイルド金管を聴いてみたくなり・・・・取り出したのは・・・・・。

ムソルグスキー(ラヴェル編)組曲「展覧会の絵」。
リッカルド・ムーティ指揮フィラデルフィア管弦楽団の演奏。
1990年10月の録音。フィリップス盤。今や1,000円盤ですな。
ムーティは1978年に同じコンビでEMIに録音しているので、これは再録音盤になる。

芸術の秋。
僕には美術の趣味素養はないので、ムソルグスキーとラヴェルが描くハルトマンの絵画を観て(、いや、聴いて回りましょう。

演奏は、テンポの緩急に音量の強弱など、メリハリをきかせて、それぞれの曲の精確を描き分けようとしたもの。ダイナミック・レンジは広大で、テンポは時にグッと落として効果をねらったところもあり。
全体的な造形はスタイリッシュで、穏当な仕上げであって、若武者ムーティも老成してきたのかなとの印象。カンタービレは健在。旋律をたっぷりと歌わせ、盛り上がるところでは灼熱のカンタービレ。これこそムーティと思う。

フィリップスの録音がマイルドなので、演奏に激しさがあまり感じられない。
フィラデルフィア管のゴージャスなサウンドはいつも通りだが、CBSやEMI、RCAでのフィラデルフィア管の録音に比べると、大人しく上品な感じがする。フィリップス特有のヨーロッパ・トーンと云うべきかな。
個々の楽器は非常にイイ音で捉えられており、聴感は実に心地よい。

フィラデルフィア管のアンサンブルは見事なまでに美しい。
例えば、「ブイドロ」の弦楽合奏は、強烈な印象を与える。弦楽器がそれぞれ光を発しているような美しさ。
「プロムナード」では管楽器の技量の確かさが伝わる。金管も木管も抜群。余裕綽々で、技量の80%程度しか発揮していないのではないか、まだまだ余力があるのではないか、という感じの演奏になっている。
「カタコンブ」では金管アンサンブルの妙技を。音がまろやかで、刺激音が皆無なのが大人の風格。
そして、「バーバ・ヤーガの小屋」から「キエフの大門」、フィラデルフィア管の能力全開、壮麗きわまりない演奏、ムーティのカンタービレが素晴らしい。金管の迫力もさすがだが、オケ全体的にトロッと融け合う音が、さらに素晴らしい。強烈なフォルティシモなのだが、実に音はマイルドだった。


録音は大変素晴らしいものです。
ヨーロッパ・トーンの柔らかさ、残響の美しさも素晴らしいです。
2007/09/11のBlog
今日はロシア管弦楽名曲集です。
涼しくなってきましたので、秋の夜長にロシア音楽の小品なんぞもエエですね。

演奏はウラディーミル・フェドセーエフ指揮モスクワ放送交響楽団奏。
1981年6~7月、モスクワでの録音。
このCDは、古本屋などでよく見かける名曲全集物(これはビクター発売)の一つ。

1980年前後、デジタル録音が開始されると、各レーベルとも競ってデジタルに移行していった。日本のレコード会社もすぐに対応したものだ(DENONなどはそのずっと前からPCM録音と称してデジタル録音を行っていたが)。
当時、デジタル録音機材は先発国だった日本に豊富だったはずで、メロディア・レーベルを抱えていたJVC日本ビクターも、機材をモスクワに持ち込んで、フェドセーエフ/モスクワ放送響の演奏をLP6枚分ほど録音したのだった。
その頃の日本はオーディオ・ブームの全盛期だったが、ビクターは、中でも技術力の高いメーカーとして人気を博していたと思う。MCカートリッジやスピーカーに名品があった。

さて、その録音。
今聴くと、かなり金属的に響くところがあり、いかにもデジタル初期だなぁと思わせるのだが、その金属的なところがかえって効果を上げていると思う。
(というより、わざとそういう音づくりをしたのだろうか?)

というのは金管がバリバリと唸りを上げて、前面に出てきて咆哮するのだが、かえってこの曲集とすれば効果的だったりする。「おいおい、そんなにバリバリ演ったら、ちと下品なんではないかい?}と思って聴いていると、だんだん慣れてきて、ああ、やっぱりロシアなんや・・・と納得させられてしまう。これが土の匂い、土俗性、ロシアの大地の音かもしれない・・・・と思ってしまう。

重低音も凄まじい。聴いていて、少し恥ずかしくなりそう。でも、これがロシアだわい。ガシガシ演奏してくれる方が、かえって心地よい。
木管もひなびた音というより、鋭利で野性的な感じがする。

こういう音で聴く「スラヴ行進曲」、エエですぞ。
洗練なんてクソ食らえ、野性的でガンガン進んでゆく。ラストの速さも凄まじいが、バリバリ鳴らしておいて、ストンと終わってしまう落差。これがまたショック。

「イタリア奇想曲」は、ヨーロッパへの憧れ。ロシアはやっぱり寒い。景気づけに、グイグイ音楽を進めようぜ、といった感じの演奏。カッコイイというより、筋骨隆々・男の迫力、タフガイの魅力というべきか。

「ルスランとリュドミラ序曲」は、力業。豪快速攻、野球で云えば、来た球は全部打つぞというバッター。天晴れで気持ちいい。少々のボール球でも、当たりが良ければヒットになるでしょ。ツボにはまれば、場外本塁打や。

「だったん人の行進」、これフェドセーエフ/モスクワ放送響のコンビに最も相性のいい曲かも。ズシンと響く重低音は広大なロシアの大地を思わせる力強さ。

そして、「中央アジアの草原にて」。
これは、以前にエントリーしておりますので、そちらをご覧下さい。

青春の懐かしい思いがいっぱい詰まった演奏であります。


録音は、そういうわけで金属的。
でも、それが快感になってしまう不思議な演奏であります。
クラシック音楽って面白いなと思います。
2007/09/10のBlog
休日は、録りだめしていた映画を観たり、昼寝をしたり・・・・。
そして、大曲を聴きました。

ワーグナーの楽劇「ラインの黄金」。
マレク・ヤノフスキ指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
1980年12月、ドレスデン・ルカ教会での録音。RCA輸入盤。

これは、デジタル初の「リング」録音として、発売当時に非常に話題になったもの。
日本のDENON、西独オイロディスク、東独VEBシャルプラッテンの共同制作というのも話題だったし、第2次大戦で灰燼に帰したドレスデン国立歌劇場のゼンパー・オパー再建落成を記念して、「リング」上演プロジェクトが進行しているときの録音であったことも、話題を増幅させたのだった。

1982年初出当時、レコード3枚組7,500円。2年後に全曲が完成し、そのときはCD化されて発売、全曲で何と63,000円!昭和59年春のことであります。
欲しかったなぁ・・・・でも若い僕はビンボーでとてもじゃないが手が出なかった。買えんかったなぁ。

月日は流れて幾星霜、2007年この春、HMVのバーゲンで見つけました。レーベルはRCAに変わっているが、中身は同じ。その全曲盤は5,800円。僕は目を疑ったなぁ。何と十分の一以下の価格。いやはや、欣喜雀躍して僕はクリックしたのであります。
23年の時を経ての、ドレスデン・シュターツカペレの全曲盤との出会い。ああ、待ってたよ。

このヤノフスキ盤、「ラインの黄金」から順番通りに発売されたのだが、昭和57年の初出当時は世評絶賛。ところが翌年に「ワルキューレ」と「ジークフリート」が出る頃にはその賞賛はどこへやら、昭和59年「神々の黄昏」の時には、雑誌でも(「レコ芸」とかね)扱いが小さかった・・・・。
曰く、スケールが小さい、歌手が昔に比べて小粒、ヤノフスキの指揮が未熟・・・・。

でも、そんなことはどうでもエエんです。僕にとってはこの23年の月日が大切であって、勿論、「リング」全曲など今でも難物なんですが、若造時代に比べれば少々耳には慣れました。もっとも、今も僕はワーグナーの良い聴き手ではありませんが。

さて、この「ラインの黄金」。
DENONの録音が圧倒的に素晴らしい。イイ音。最高であります。
ドレスデン・シュターツカペレの音も、もちろん最高。ルカ教会の残響は極上であって、SKDの音はまろやかでクリーミー。このサウンドはやはり最高。

テオ・アダムのヴォータン、ペーター・シュライアーのローゲなど、男声陣はベスト・キャスト。女声陣も充実。

涙ものは、ラインの乙女・ヴォークリンデにルチア・ポップ!
これ、いわば端役です。それをポップが熱唱します。真摯に、天下の美声で歌ってくれます。ああ、こんな端役で、そんなに立派に歌わんでもエエのに、と思いたくなるほど、ポップの歌唱は素晴らしい。涙なしには聴けません。彼女はホンマに最高の歌手でした。


「リング」の細かなところはよく分かりません。
偉そうなことも書けません。素人です。
でも、せっかく出会えた演奏、徐々に、じっくり、楽しみを急がずに、聴いていきたいと思います。
2007/09/09のBlog
今日は松山で身内の結婚式・披露宴。
昼に出発して帰宅は夜8時。いやぁ、長かった。料理も多く、ちと喰いすぎましたな。
しかし、当世若者風の、心温まるいい結婚式でありました。

さて、今日もLPを聴いてます。

モーツァルトのピアノ協奏曲第24番 ハ短調 K.491。
ウラディーミル・アシュケナージのピアノと指揮、フィルハーモニア管の演奏。
1979年5月、ロンドンのキングズウェイホールでの録音。
タスキには「ロンドンBEST150シリーズ」と銘打ってあり、レコード会社がよくやる自レーベルの名盤選の1枚です。

モーツァルトの後期のピアノ協奏曲で短調は2つ。20番と24番。
暗いのは24番の方。救いのない、出口のない暗鬱が忍び寄ってくる感じがある。
曲想は短調といいながら、相次ぐ転調の中でほのぼのとした明るさを持つところもあるのだが、そこにも不安に駆られるような気分がある。
やはり、モーツァルトとしては独特の協奏曲と思う。

さて、この演奏は名ピアニストのアシュケナージが「指揮もするのか」と話題になったころの1枚。アシュケナージは、モーツァルトのピアノ協奏曲での弾き振りをステップにして、指揮者に転じていったのだった。
ちょうど、この録音の前後、1980年代に入るとアシュケナージは指揮者になっていった・・・・・。ピアノで弾くべきレパートリーがなくなってしまったからかな?それくらい、ピアニストのアシュケナージは録音が膨大だった。

それにしてもアシュケナージのピアノはイイ。
第1楽章のカデンツァなど、才気煥発、センスに溢れたもので、惚れ惚れする素晴らしさ。ピアノの音色がいつもながら、ホンマにキレイ。

第2楽章のラルゲット、デリケートな響きが実に良い。アシュケナージにしては珍しく音に丸みを持たせた、霞がかったような音で聴かせる。ふだんは、クリスタル・グラスのようにクールで煌めくような音なのに、このモーツァルトでは、暖かく丸い音で、ロココ趣味を引き出そうとしたのかな。
たっぷりと音を鳴らすところ、時にグッとテンポを落としてためるところなどは、さすがの芸と思う。
フィルハーモニア管の伴奏は、木管がキレイ。アンサンブルが美しい。

フィナーレはアレグレット。
ここでもピアノのソロが格別に美しい。木管とピアノの語らいも良い。木管群とソロを奪い合うかのような、まさに協奏曲的な表現。
中間部からラストへの盛り上がりも十分で、見事な変奏曲が完成する。
曲想の暗さを聴くにつけ、モーツァルトは何を思い、何を考えながら、この曲を作ったのかなと想像してしまう。(結局想像もつかないのだが・・・・・(^^ゞ)

アシュケナージのピアノは最高です。
ただ、オケの統率に関しては、不十分だったのかなと今聴いて思います。
時に伴奏がのっぺりとなって、表情がなくなるところがありました。
(だから、アシュケナージにはもっとピアノを弾いて欲しいわけで・・・・)

録音状態良好。
少し乾燥した感じの音がします。ウェットな音ではなく、サラサラとして、カラッと明るい音が特徴の録音と思いました。
特に弦がそんな感じです。