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2007/10/18のBlog
[ 06:08 ]
[ 交響曲 ]
ゆく秋の伊予の国の西条の屋台の上なるひとひらの雲・・・・・・・
とは佐々木大先生のパクリでありますが(^^ゞ、祭りの片付けも済んで、いよいよ伊予路は秋であります。夜も長くなりました。冷え込みも感じるようになりました。
そこで、今日はマーラーの交響曲第7番「夜の歌」。
サイモン・ラトル指揮バーミンガム市交響楽団の演奏。
1991年6月の録音。廉価盤で出たEMIの全集から。
第1楽章の冒頭、一歩一歩踏みしめながら進んでゆくような開始。一つの音、フレーズを大切にしつつ、じっくりと聴かせようとする感じ。ラトルのデリカシーに富んだ目配りだろう。
バーミンガム市響の反応も敏感で、指揮者との信頼関係を思わせる。
途中からテンポが上がってゆくが、それでも着実な進行という印象は変わらない。
木管と金管の細やかな動きが実によく聞こえる。ラトルが意識してやらせているのだと思うが、ふだん聴き逃してしまいそうな微妙な音たちが、耳に飛び込んでくる新鮮。
面白い表現が随所にある。
第2楽章は夜曲のⅠ。
冒頭、秋風のような涼やかさで始まるのだが、徐々に妖しい表現に変わってゆく。マーラーの分裂症的な傾向がよく出ていると思う。やはり、マーラーはこうでなくちゃね。
刻々と表情を変えてゆく音楽を、CBSOがフットワーク軽く反応してゆくのがイイ。このオケは鋭敏なオーケストラだと思う。イギリスの地方で、こういうオケを作っていたこと・・・・ラトル恐るべし。
第3楽章は、本来妖しさ一杯の楽章なのだが、ラトル盤はスッキリ系で、濃厚な味わいから遠い。脂身の少ない薄切りの肉のサッパリとした味わいという感じ。
時折前面に出てくるソロ・ヴァイオリンが絶妙の美しさ。コンマスの音なのだろうが、実にいい音で心地よい。
第4楽章の夜曲Ⅱ。速めのテンポでサラッと過ぎてゆく。ここでもヴァイオリンが美しく、ウットリする。
終楽章も阿鼻叫喚にならず、よく整理が行き届いた知的な演奏。
そして、響きはスッキリとしてモコモコしない。着ぶくれしていない爽快なサウンドが心地よい。一聴、淡泊な印象のマーラーなのだが、見通しがよいぶん、いろいろな音が聞こえてきて楽しい。新鮮で柔軟性に富んだマーラーと云うべきか。
そういえば、ラトルのマーラーは哀しくありません。
マーラーの音楽には、底の方に哀しみが流れているように思うんですが、ラトルにはそのあたりの哀愁とか感傷とかには関心がないのかもしれません。
純音楽的なマーラーと云うべきなんでしょう。
録音状態良好。
良い音で楽しめました。
とは佐々木大先生のパクリでありますが(^^ゞ、祭りの片付けも済んで、いよいよ伊予路は秋であります。夜も長くなりました。冷え込みも感じるようになりました。
そこで、今日はマーラーの交響曲第7番「夜の歌」。
サイモン・ラトル指揮バーミンガム市交響楽団の演奏。
1991年6月の録音。廉価盤で出たEMIの全集から。
第1楽章の冒頭、一歩一歩踏みしめながら進んでゆくような開始。一つの音、フレーズを大切にしつつ、じっくりと聴かせようとする感じ。ラトルのデリカシーに富んだ目配りだろう。
バーミンガム市響の反応も敏感で、指揮者との信頼関係を思わせる。
途中からテンポが上がってゆくが、それでも着実な進行という印象は変わらない。
木管と金管の細やかな動きが実によく聞こえる。ラトルが意識してやらせているのだと思うが、ふだん聴き逃してしまいそうな微妙な音たちが、耳に飛び込んでくる新鮮。
面白い表現が随所にある。
第2楽章は夜曲のⅠ。
冒頭、秋風のような涼やかさで始まるのだが、徐々に妖しい表現に変わってゆく。マーラーの分裂症的な傾向がよく出ていると思う。やはり、マーラーはこうでなくちゃね。
刻々と表情を変えてゆく音楽を、CBSOがフットワーク軽く反応してゆくのがイイ。このオケは鋭敏なオーケストラだと思う。イギリスの地方で、こういうオケを作っていたこと・・・・ラトル恐るべし。
第3楽章は、本来妖しさ一杯の楽章なのだが、ラトル盤はスッキリ系で、濃厚な味わいから遠い。脂身の少ない薄切りの肉のサッパリとした味わいという感じ。
時折前面に出てくるソロ・ヴァイオリンが絶妙の美しさ。コンマスの音なのだろうが、実にいい音で心地よい。
第4楽章の夜曲Ⅱ。速めのテンポでサラッと過ぎてゆく。ここでもヴァイオリンが美しく、ウットリする。
終楽章も阿鼻叫喚にならず、よく整理が行き届いた知的な演奏。
そして、響きはスッキリとしてモコモコしない。着ぶくれしていない爽快なサウンドが心地よい。一聴、淡泊な印象のマーラーなのだが、見通しがよいぶん、いろいろな音が聞こえてきて楽しい。新鮮で柔軟性に富んだマーラーと云うべきか。
そういえば、ラトルのマーラーは哀しくありません。
マーラーの音楽には、底の方に哀しみが流れているように思うんですが、ラトルにはそのあたりの哀愁とか感傷とかには関心がないのかもしれません。
純音楽的なマーラーと云うべきなんでしょう。
録音状態良好。
良い音で楽しめました。
2007/10/17のBlog
[ 05:31 ]
[ 交響曲 ]
西条祭りの期間、ブログを休んでおりました。
服喪の年ゆえ、だんじりを担ぐことはしませんが、ほとんどの西条人はこの2日間は仕事を休みます。(盆や正月よりも帰省の西条人が多い期間でもあります)
そこでブログを休んでおりました。失礼いたしました。エエお祭りでした。
祭りが済むと、田舎は晩秋、やがて冬であります。
さて、今日は田舎風の交響曲を。
ドヴォルザークの交響曲第8番 ト長調 作品88。
この曲の第3楽章以降は、ボヘミア人ドヴォルザークの田舎くささ丸出しで、僕は好きです。草の匂いのする交響曲だと思います。
イヴァン・アンゲロフ指揮スロヴァキア放送響の演奏で。
2001~2004年録音の激安廉価盤全集からの1枚。
スロヴァキアはチェコの東方に広がる国。ここもチェコ同様「弦の国」なのか、このドヴォルザークの8番交響曲は、大変に弦がイイ。
しっとりと濡れたような音で、決して派手な音ではないのだが、美しく、そして心に染みいるような穏やかな音で響く。
全体的にオケの健闘が光る。
アンゲロフの指揮はなかなか精力的で、正統的ドヴォルザークの解釈だと思うのだが、時には金管を浮き立たせて、「おお?」と思わせるところがある。なかなか面白い。
ティンパニの強打も目立つ感じ。スッキリと気持ちよい音で鳴る。
第1楽章は、序奏部の郷愁を誘うメロディが美しく響く。
主部に入ると迫力がどんどん増してゆく。スケールが大きく見事なもの。
第2楽章は透明度の高いアンサンブルと木管の精確さがイイ。音楽のうねりも適度にあって見事な構成と思う。
ドヴォルザークらしい旋律で一杯の第3楽章は、ボヘミアの田舎風の表現。素朴でひとなつこい表現がイイ。弦の美しさが際だっているが、木管の腕前も相当なものだ。
フィナーレは活気溢れる変奏曲。冒頭のトランペットはやや金属的だが、朗々と鳴り渡って気持ちよい。
金管ではホルンもバリバリと吹いて、絶好調と見た。
アンゲロフも気合い十分。オケを叱咤して、グイグイ引っ張っている感じ。
録音は上々。
各楽器の音がよく捉えられていて、音場感・融け合いも良い。
好録音と思います。
激安全集とはいえ、商品としてはなかなか素晴らしいです。
今年の西条祭りも、無事に終了しました。
わが屋台も安全運行、地域住民の手で、爽やかに気持ちよく奉納できました。
僕は、ラストの「川入り」でのお弁当当番でありました。自治会の地区ごとの分担で女性たちが作ったおにぎりにおかず、それを頬ばるかき夫の姿は美しいもんです。
そしてまた綺麗な川入りでした。夕映えの中のだんじりは、ことのほか美しいのであります。
西条の祭りが済むと、田舎には晩秋、冬がやってきます。気温も下がってきました。
服喪の年ゆえ、だんじりを担ぐことはしませんが、ほとんどの西条人はこの2日間は仕事を休みます。(盆や正月よりも帰省の西条人が多い期間でもあります)
そこでブログを休んでおりました。失礼いたしました。エエお祭りでした。
祭りが済むと、田舎は晩秋、やがて冬であります。
さて、今日は田舎風の交響曲を。
ドヴォルザークの交響曲第8番 ト長調 作品88。
この曲の第3楽章以降は、ボヘミア人ドヴォルザークの田舎くささ丸出しで、僕は好きです。草の匂いのする交響曲だと思います。
イヴァン・アンゲロフ指揮スロヴァキア放送響の演奏で。
2001~2004年録音の激安廉価盤全集からの1枚。
スロヴァキアはチェコの東方に広がる国。ここもチェコ同様「弦の国」なのか、このドヴォルザークの8番交響曲は、大変に弦がイイ。
しっとりと濡れたような音で、決して派手な音ではないのだが、美しく、そして心に染みいるような穏やかな音で響く。
全体的にオケの健闘が光る。
アンゲロフの指揮はなかなか精力的で、正統的ドヴォルザークの解釈だと思うのだが、時には金管を浮き立たせて、「おお?」と思わせるところがある。なかなか面白い。
ティンパニの強打も目立つ感じ。スッキリと気持ちよい音で鳴る。
第1楽章は、序奏部の郷愁を誘うメロディが美しく響く。
主部に入ると迫力がどんどん増してゆく。スケールが大きく見事なもの。
第2楽章は透明度の高いアンサンブルと木管の精確さがイイ。音楽のうねりも適度にあって見事な構成と思う。
ドヴォルザークらしい旋律で一杯の第3楽章は、ボヘミアの田舎風の表現。素朴でひとなつこい表現がイイ。弦の美しさが際だっているが、木管の腕前も相当なものだ。
フィナーレは活気溢れる変奏曲。冒頭のトランペットはやや金属的だが、朗々と鳴り渡って気持ちよい。
金管ではホルンもバリバリと吹いて、絶好調と見た。
アンゲロフも気合い十分。オケを叱咤して、グイグイ引っ張っている感じ。
録音は上々。
各楽器の音がよく捉えられていて、音場感・融け合いも良い。
好録音と思います。
激安全集とはいえ、商品としてはなかなか素晴らしいです。
今年の西条祭りも、無事に終了しました。
わが屋台も安全運行、地域住民の手で、爽やかに気持ちよく奉納できました。
僕は、ラストの「川入り」でのお弁当当番でありました。自治会の地区ごとの分担で女性たちが作ったおにぎりにおかず、それを頬ばるかき夫の姿は美しいもんです。
そしてまた綺麗な川入りでした。夕映えの中のだんじりは、ことのほか美しいのであります。
西条の祭りが済むと、田舎には晩秋、冬がやってきます。気温も下がってきました。
2007/10/14のBlog
[ 05:50 ]
[ 交響曲 ]
今日は休日につき大曲を。
マーラーの交響曲第9番 ニ長調。
リッカルド・シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管の演奏。
2004年6月、アムステルダム、コンセルトヘボウでのライヴ録音。DECCA盤。
素晴らしい録音であり、音響。
豊かな量感と、艶やかな響きで魅了される1枚。音場は広大で、全体的な迫力は十分だし、しかも個々の楽器も実に美しく捉えられている。
こんな良い音で聴けるシアワセ・・・・・・・・・エエ時代であります。
シャイーの指揮は、ゆったりとしたテンポで、粘り着くようなマーラーの旋律をよく歌わせた演奏。第1楽章の腰の据わった表現と豊かな歌、終楽章の精妙なアダージョが出色の出来ばえと思われる。
ロイヤル・コンセルトヘボウ管の響きは素晴らしいし、技術的にも世界最高峰ものであって、全くよく練られている。
シャイーがじっくりと年月をかけてロイヤル・コンセルトヘボウ管と築いてきた信頼関係と、自身のマーラー観と研究の発露がこの演奏にはある。自信がみなぎって、交響曲全体の隅々まで確信を持ってすすめているのがよく分かる。安定感抜群。
録音が素晴らしいので、そのあたりがよく伝わる。さすがDECCA、しかも最近の録音はどれも素晴らしい。
金管群の安定度も抜群。音は少しくすんだ感じで、これはロイヤル・コンセルトヘボウ管の弦楽セクションにも云えることだが、いたずらに煌びやかではないのがイイ。品がよろしい。
フィリップス録音での豊かなホールトーンを大きく録ったものに対して、DECCAの場合は、オンマイク気味で、響きが明るくなる感じはする。
技術的にも全く破綻なし。ライヴ録音と云うが、そのハンディを感じさせない美しい演奏。
(いや、それにしてもマーラーの第九交響曲は、ライヴ録音の名演が多いものだ。カラヤン/BPOに、バーンスタイン/BPO、古くは戦前のワルター/VPO、最近ではアバド/BPOが凄かった)
思えば、シャイーがコンセルトヘボウの音楽監督に選ばれたのが1988年だった。
メンゲルベルク、ベイヌム、ハイティンクと自国出身の指揮者が続いたロイヤル・コンセルトヘボウ管としては、初めての外国人指揮者だったこともあって、就任当時話題になったものだった。、
この演奏は、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管に移るシャイーの、ラストコンサート。コンセルトヘボウ管との別れの名演と云えるのでしょう。
秋の休日、のどかな一日でありました。
西条祭りのいよいよ始まり、どの屋台も準備に余念がありません。
我が家はこの春に父が死にましたので、服喪中。「だんじり」には触りません。祭りが例年の行事なら、服喪中のつつしみはこれも昔ながらの田舎の習慣です。文化の継承です。
ということで、今年は「かき夫」はせずに、自治会のお弁当当番であります。これも大切な仕事、文化の継承であります。
マーラーの交響曲第9番 ニ長調。
リッカルド・シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管の演奏。
2004年6月、アムステルダム、コンセルトヘボウでのライヴ録音。DECCA盤。
素晴らしい録音であり、音響。
豊かな量感と、艶やかな響きで魅了される1枚。音場は広大で、全体的な迫力は十分だし、しかも個々の楽器も実に美しく捉えられている。
こんな良い音で聴けるシアワセ・・・・・・・・・エエ時代であります。
シャイーの指揮は、ゆったりとしたテンポで、粘り着くようなマーラーの旋律をよく歌わせた演奏。第1楽章の腰の据わった表現と豊かな歌、終楽章の精妙なアダージョが出色の出来ばえと思われる。
ロイヤル・コンセルトヘボウ管の響きは素晴らしいし、技術的にも世界最高峰ものであって、全くよく練られている。
シャイーがじっくりと年月をかけてロイヤル・コンセルトヘボウ管と築いてきた信頼関係と、自身のマーラー観と研究の発露がこの演奏にはある。自信がみなぎって、交響曲全体の隅々まで確信を持ってすすめているのがよく分かる。安定感抜群。
録音が素晴らしいので、そのあたりがよく伝わる。さすがDECCA、しかも最近の録音はどれも素晴らしい。
金管群の安定度も抜群。音は少しくすんだ感じで、これはロイヤル・コンセルトヘボウ管の弦楽セクションにも云えることだが、いたずらに煌びやかではないのがイイ。品がよろしい。
フィリップス録音での豊かなホールトーンを大きく録ったものに対して、DECCAの場合は、オンマイク気味で、響きが明るくなる感じはする。
技術的にも全く破綻なし。ライヴ録音と云うが、そのハンディを感じさせない美しい演奏。
(いや、それにしてもマーラーの第九交響曲は、ライヴ録音の名演が多いものだ。カラヤン/BPOに、バーンスタイン/BPO、古くは戦前のワルター/VPO、最近ではアバド/BPOが凄かった)
思えば、シャイーがコンセルトヘボウの音楽監督に選ばれたのが1988年だった。
メンゲルベルク、ベイヌム、ハイティンクと自国出身の指揮者が続いたロイヤル・コンセルトヘボウ管としては、初めての外国人指揮者だったこともあって、就任当時話題になったものだった。、
この演奏は、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管に移るシャイーの、ラストコンサート。コンセルトヘボウ管との別れの名演と云えるのでしょう。
秋の休日、のどかな一日でありました。
西条祭りのいよいよ始まり、どの屋台も準備に余念がありません。
我が家はこの春に父が死にましたので、服喪中。「だんじり」には触りません。祭りが例年の行事なら、服喪中のつつしみはこれも昔ながらの田舎の習慣です。文化の継承です。
ということで、今年は「かき夫」はせずに、自治会のお弁当当番であります。これも大切な仕事、文化の継承であります。
2007/10/13のBlog
[ 06:55 ]
[ 管弦楽曲 ]
空が澄んできました。
四国の田舎の空は高いです。そして青いです。秋です。
さて、今日はワーグナーの序曲・前奏曲集。
ロリン・マゼール指揮フィルハーモニア管の演奏。
1977年頃の録音。CBS盤。
マゼール会心の当たり、左中間を深々と破る二塁打。
・・・・とでも云おうか。気持ちよく、スパッと抜けのよいワーグナー。
音がキリリと立って鋭い。刺激的なほどとんがって聴き手に迫ってくる。
(録音状態は上々であります。カサカサ・トゲトゲしい音はないし、刺激音が多い劣悪録音という意味ではないので念のため)
まず、「さまよえるオランダ人」序曲。
トランペットの爽快な音が聴きもの。実に気持ちよい。
後方ではティンパニがスコーンと改心の鳴りっぷり。
やがて金管が鋭く切れ込んでくる。それに応える弦楽もシャープ。
テンポは速めで、要所をグイッと締めてゆく演奏。ワーグナーの様々なモティーフを鮮やかに描ききった名演と思う。
「リエンツィ」序曲。
メリハリがきいて、覇気に富んだ演奏。元気いっぱいにオケが鳴っている。演奏者も実に気持ちよさそうに弾いている感じ。
金管がここでもシャープ。弦楽セクションは落ち着いた響きで応じる。
後半では精力的な演奏になって、一気呵成の突進。オーケストラが燃え上がる。テンポは快速、マゼール会心のドライブ。
「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲。
これも活気あふれる演奏。迫力・推進力とも十分で、マゼールのやる気が伝わってくる演奏。
ラストの壮大さがスゴイ。大げさなくらいの盛り上げで、聴いていてニヤリとしてしまう。
そしてテンポの落とし方のエグイこと。マゼールはこうでなくちゃイケマセン。
「タンホイザー」序曲。
起伏に富んだこの曲を存分にドライブするマゼールこそ素晴らしい。アンサンブルはイマイチなのだが、あまり気にならない。マゼール・ワールドを堪能すべき演奏と思う。
録音状態は上々であります。
やや乾き気味の音なので、高音の瑞々しさがもう少し欲しいかなとも思うんですが、1970年代のCBSソニーというと、こんな感じの録音が多かったように思います。
四国の田舎の空は高いです。そして青いです。秋です。
さて、今日はワーグナーの序曲・前奏曲集。
ロリン・マゼール指揮フィルハーモニア管の演奏。
1977年頃の録音。CBS盤。
マゼール会心の当たり、左中間を深々と破る二塁打。
・・・・とでも云おうか。気持ちよく、スパッと抜けのよいワーグナー。
音がキリリと立って鋭い。刺激的なほどとんがって聴き手に迫ってくる。
(録音状態は上々であります。カサカサ・トゲトゲしい音はないし、刺激音が多い劣悪録音という意味ではないので念のため)
まず、「さまよえるオランダ人」序曲。
トランペットの爽快な音が聴きもの。実に気持ちよい。
後方ではティンパニがスコーンと改心の鳴りっぷり。
やがて金管が鋭く切れ込んでくる。それに応える弦楽もシャープ。
テンポは速めで、要所をグイッと締めてゆく演奏。ワーグナーの様々なモティーフを鮮やかに描ききった名演と思う。
「リエンツィ」序曲。
メリハリがきいて、覇気に富んだ演奏。元気いっぱいにオケが鳴っている。演奏者も実に気持ちよさそうに弾いている感じ。
金管がここでもシャープ。弦楽セクションは落ち着いた響きで応じる。
後半では精力的な演奏になって、一気呵成の突進。オーケストラが燃え上がる。テンポは快速、マゼール会心のドライブ。
「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲。
これも活気あふれる演奏。迫力・推進力とも十分で、マゼールのやる気が伝わってくる演奏。
ラストの壮大さがスゴイ。大げさなくらいの盛り上げで、聴いていてニヤリとしてしまう。
そしてテンポの落とし方のエグイこと。マゼールはこうでなくちゃイケマセン。
「タンホイザー」序曲。
起伏に富んだこの曲を存分にドライブするマゼールこそ素晴らしい。アンサンブルはイマイチなのだが、あまり気にならない。マゼール・ワールドを堪能すべき演奏と思う。
録音状態は上々であります。
やや乾き気味の音なので、高音の瑞々しさがもう少し欲しいかなとも思うんですが、1970年代のCBSソニーというと、こんな感じの録音が多かったように思います。
2007/10/12のBlog
[ 06:22 ]
[ 協奏曲 ]
ensembleさんとの共催「秋はブラームス」第2弾・・・・・であります。
と格好つけて書いてますが・・・・、今日の演奏、聴き終わってみると、秋よりも春の方が似合うかな・・・・という感じでした。
明るく爽やかで輝かしく・・・・・ちとブラームスっぽくない感じなんですが・・。では。
ブラームスのピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 作品83。
アルトゥール・ルービンシュタインのピアノ独奏、ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団の演奏。
1971年11月の録音。RCA原盤。
ルービンシュタインのグランドマナーが心地よい演奏。
大らかで風格十分。そしてピアノを弾くことを心から楽しんでいる様子が伝わってくる演奏。
オーケストラも雄弁。オーマンディ/フィラデルフィア管が持ち前の明るく華麗なサウンドを惜しげもなく披露し、ピアノに負けず劣らず煌びやかな伴奏を展開する。かなり派手な色彩なのだが、ピアノも含めて、これぞアメリカン・サウンドという気もする。
技術的にはもう完璧で、申し分ない伴奏と思われる。
ルービンシュタインのピアノは、ヴィルトォーゾ風のピアノであって、音は粒立ち良く、キラキラと輝くばかりで、たいそう美しい。光を受けて、万華鏡のように様々に変化する音色がまた素晴らしい。虹色に輝く・・・という表現は、こういうピアノのためにあるんじゃないか。
ブラームスにしては少し派手すぎるかなとも思うが(ドイツ風とは全く違う・・)、ルービンシュタインのように堂々と、臆面もなく弾いてくれると、かえって、こっちのやり方が本道のように思えてくるから不思議なもんだ。
達人の芸というのは、こういうものなのだろう。
第1楽章は豪華絢爛。
第2楽章も華麗なピアニズムが楽しい。
第3楽章はチェロの響きが素晴らしい。深い音というよりは、ベルベットのような感触で明るめの音。これもフィラデルフィア管の特徴なのかな。
テンポは遅くゆったり、大人の風格。
そしてフィナーレは、未来へ向かう明るいロンド。
そう、ルービンシュタインもオーマンディも、明るいんです。ブラームス的な翳りとか感情の襞とか、そういうものとは遠いんです。
でも、楽しい。聴いていて気持ちが明るくなる演奏です。
そういう演奏は、名演と僕は思います。
録音は少し古びてきました。
もう少し高音も低音も伸びて欲しいところです。
ピアノの音はまずまず。もう一歩、艶があればさらに良かったんでしょうが。
と格好つけて書いてますが・・・・、今日の演奏、聴き終わってみると、秋よりも春の方が似合うかな・・・・という感じでした。
明るく爽やかで輝かしく・・・・・ちとブラームスっぽくない感じなんですが・・。では。
ブラームスのピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 作品83。
アルトゥール・ルービンシュタインのピアノ独奏、ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団の演奏。
1971年11月の録音。RCA原盤。
ルービンシュタインのグランドマナーが心地よい演奏。
大らかで風格十分。そしてピアノを弾くことを心から楽しんでいる様子が伝わってくる演奏。
オーケストラも雄弁。オーマンディ/フィラデルフィア管が持ち前の明るく華麗なサウンドを惜しげもなく披露し、ピアノに負けず劣らず煌びやかな伴奏を展開する。かなり派手な色彩なのだが、ピアノも含めて、これぞアメリカン・サウンドという気もする。
技術的にはもう完璧で、申し分ない伴奏と思われる。
ルービンシュタインのピアノは、ヴィルトォーゾ風のピアノであって、音は粒立ち良く、キラキラと輝くばかりで、たいそう美しい。光を受けて、万華鏡のように様々に変化する音色がまた素晴らしい。虹色に輝く・・・という表現は、こういうピアノのためにあるんじゃないか。
ブラームスにしては少し派手すぎるかなとも思うが(ドイツ風とは全く違う・・)、ルービンシュタインのように堂々と、臆面もなく弾いてくれると、かえって、こっちのやり方が本道のように思えてくるから不思議なもんだ。
達人の芸というのは、こういうものなのだろう。
第1楽章は豪華絢爛。
第2楽章も華麗なピアニズムが楽しい。
第3楽章はチェロの響きが素晴らしい。深い音というよりは、ベルベットのような感触で明るめの音。これもフィラデルフィア管の特徴なのかな。
テンポは遅くゆったり、大人の風格。
そしてフィナーレは、未来へ向かう明るいロンド。
そう、ルービンシュタインもオーマンディも、明るいんです。ブラームス的な翳りとか感情の襞とか、そういうものとは遠いんです。
でも、楽しい。聴いていて気持ちが明るくなる演奏です。
そういう演奏は、名演と僕は思います。
録音は少し古びてきました。
もう少し高音も低音も伸びて欲しいところです。
ピアノの音はまずまず。もう一歩、艶があればさらに良かったんでしょうが。
2007/10/11のBlog
[ 05:23 ]
[ 交響曲 ]
ジョギングしていると、ようやく秋を肌で感じられるようになりました。
この涼しい風、朝露に濡れた草むら、刈り取りが進むたんぼ道・・・・・ああ、秋です。
そして、「秋はブラームス」。
信州の頑固店主ensembleさんと一緒に、秋はブラームスを聴きましょう。
どうぞ、ご覧いただいている皆さんも、ブラームスをお聴きになりませんか?
秋のこの風、この匂い、この空にきっと似合うと思います。
で、今日は夭折の指揮者・ケルテス最晩年の名品を。
ブラームスの交響曲第3番 ヘ長調 作品90。
イシュトバン・ケルテス指揮ウィーン・フィルの演奏。
1973年2月、ウィーンのソフィエンザールでの録音。DECCA盤。
ウィーン・フィルの管楽器がたまらない。ウィンナ・オーボエ、ウィンナ・ホルン・・・エエ音やなぁ。
DECCA録音がまた素晴らしく、30数年を経過した今も色褪せない、美しい録音。ウィーン・フィルの素晴らしい響きを堪能できる。やはり、ウィーン・フィルを聴くなら、DECCAの艶やかさがエエなぁと思う。
演奏はケルテスの覇気がウィーン・フィルのメンバーを触発したか、元気よく溌剌としたブラームスになっている。暗く沈み込むような旋律のところでも、爽快な趣が感じられるのは独特。ケルテスは端倪すべからざる指揮者だった。
第1楽章のヴァイオリン群の色気ある響きがたまらない。そして断片的に出てくる管楽器のソロがまた最高によろしい。ケルテスの音楽の運びはイン・テンポ。快活に進んでゆく。
そういえば、この楽章はアレグロ・コン・ブリオだった。でも、ベートーヴェン的なそれではなく(例えば「運命」のような)、やはりブラームス的な感じ。つまり、ためらい、立ち止まり、振り返り・・・・言い回しは婉曲的なものになっているという・・・いかにもブラームス的な音楽だと思う。
第2・3楽章は、ウィーン・フィルの管楽器を楽しみたい。
ウィンナ・オーボエのややきつめの音、そしてよく歌うところなどは絶品。クラリネットやフルートの優しい響きも良い。そして、後方ではホルンが秘やかに鳴っている・・・・その美しさときたら!
もちろん弦楽セクションのアンサンブルは、もう云うことなしであって、美しさの極致。第3楽章でのチェロの合奏などは、しみじみ、涙が出るほど美しい。
アンサンブルが良いのも特筆もので、さすがにウィーン・フィル。第3楽章のコーダなど、弦がうねるように響きながら、むせび泣くよう。
フィナーレは第1楽章のドライブ感が戻ってくる。
ケルテスの指揮は切れ味良く、スッキリと心地よい。フレーズは短めに切って、それを積み重ねながら音楽をつくってゆく。
覇気と活力、これがケルテスのブラームスなんでしょう。
イイ指揮者でした。
この涼しい風、朝露に濡れた草むら、刈り取りが進むたんぼ道・・・・・ああ、秋です。
そして、「秋はブラームス」。
信州の頑固店主ensembleさんと一緒に、秋はブラームスを聴きましょう。
どうぞ、ご覧いただいている皆さんも、ブラームスをお聴きになりませんか?
秋のこの風、この匂い、この空にきっと似合うと思います。
で、今日は夭折の指揮者・ケルテス最晩年の名品を。
ブラームスの交響曲第3番 ヘ長調 作品90。
イシュトバン・ケルテス指揮ウィーン・フィルの演奏。
1973年2月、ウィーンのソフィエンザールでの録音。DECCA盤。
ウィーン・フィルの管楽器がたまらない。ウィンナ・オーボエ、ウィンナ・ホルン・・・エエ音やなぁ。
DECCA録音がまた素晴らしく、30数年を経過した今も色褪せない、美しい録音。ウィーン・フィルの素晴らしい響きを堪能できる。やはり、ウィーン・フィルを聴くなら、DECCAの艶やかさがエエなぁと思う。
演奏はケルテスの覇気がウィーン・フィルのメンバーを触発したか、元気よく溌剌としたブラームスになっている。暗く沈み込むような旋律のところでも、爽快な趣が感じられるのは独特。ケルテスは端倪すべからざる指揮者だった。
第1楽章のヴァイオリン群の色気ある響きがたまらない。そして断片的に出てくる管楽器のソロがまた最高によろしい。ケルテスの音楽の運びはイン・テンポ。快活に進んでゆく。
そういえば、この楽章はアレグロ・コン・ブリオだった。でも、ベートーヴェン的なそれではなく(例えば「運命」のような)、やはりブラームス的な感じ。つまり、ためらい、立ち止まり、振り返り・・・・言い回しは婉曲的なものになっているという・・・いかにもブラームス的な音楽だと思う。
第2・3楽章は、ウィーン・フィルの管楽器を楽しみたい。
ウィンナ・オーボエのややきつめの音、そしてよく歌うところなどは絶品。クラリネットやフルートの優しい響きも良い。そして、後方ではホルンが秘やかに鳴っている・・・・その美しさときたら!
もちろん弦楽セクションのアンサンブルは、もう云うことなしであって、美しさの極致。第3楽章でのチェロの合奏などは、しみじみ、涙が出るほど美しい。
アンサンブルが良いのも特筆もので、さすがにウィーン・フィル。第3楽章のコーダなど、弦がうねるように響きながら、むせび泣くよう。
フィナーレは第1楽章のドライブ感が戻ってくる。
ケルテスの指揮は切れ味良く、スッキリと心地よい。フレーズは短めに切って、それを積み重ねながら音楽をつくってゆく。
覇気と活力、これがケルテスのブラームスなんでしょう。
イイ指揮者でした。
2007/10/10のBlog
[ 04:58 ]
[ 交響曲 ]
秋雨です。
午後から少し気温が下がって、いかにも秋の雨の日でありました。
(というのは、今年の秋は雨の日でも暑く、なかなか涼しくならないんです。)
さて、今日はシューベルトを。
シューベルトの交響曲第5番 変ロ長調 D.485。
コリン・デイヴィス指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
1994年2月、ドレスデンのルカ教会での録音。RCA盤。
C・デイヴィスはフィリップス・レーベルで、ボストン響と「未完成」と「グレート」を録音していたが、ドレスデン・シュターツカペレとRCAに全集録音したもの。
僕はデイヴィスの「グレート」がLP時代から大好きだったので、待望の全集であった。
この第5番は、ドレスデン・シュターツカペレの素晴らしい響きに酔わされる1枚。
深みがあって、コクがあって、時にハーフビターの味わい深さもあるし、衣擦れの少しエロティックな感触まである素晴らしい響き。
いつ聴いてもSKDはイイ。
デイヴィスの指揮は正攻法。正々堂々、奇を衒うことなく、精確精妙に演奏させることを心がけているようだ。精力的で血気盛んなに進めてゆくところもあるが、それもこの青春を思わせる交響曲にふさわしいと云うべきだろう。
ルカ教会の録音はホンマに素晴らしい。SKD録音の響きを支えているのは、この「ルカ・スタジオ」と称されるこの教会あってのものかな。特に弦楽セクションが柔らかくまろやかで、真綿のような温かい触感が最高にイイ。
第1楽章アレグロの躍動感に満ちた開始。この交響曲演奏の幸福な仕上がりを予感させる、暖かい始まり。アンサンブルは美しく、音楽はどこまでも柔らかい。
第2楽章はアンダンテ・コン・モート。
弦と管のバランスが良く、音楽は実に格調高い。テンポは中庸そのもので、背筋がピンと伸びた品の良さを感じる。デイヴィス/SKDのコンビは、媚びを売るような音楽をしない。純音楽的な表現と思う。
第3楽章は柔らかさ漂うメヌエット。ウィーンの郷愁さえ聞こえくる。
そして終楽章は爽快なアレグロ・ヴィヴァーチェ。涼やかな風が部屋に吹き込んでくる感じ。SKDのクリーミーなまろやかサウンドは、どこまでも柔らかく、下卑た音が出ない。これが素晴らしい。
録音は上々です。
1990年代のRCA録音は素晴らしいものが多いんです。
このデイヴィスのシューベルトはその1枚と言えるでしょう。
午後から少し気温が下がって、いかにも秋の雨の日でありました。
(というのは、今年の秋は雨の日でも暑く、なかなか涼しくならないんです。)
さて、今日はシューベルトを。
シューベルトの交響曲第5番 変ロ長調 D.485。
コリン・デイヴィス指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
1994年2月、ドレスデンのルカ教会での録音。RCA盤。
C・デイヴィスはフィリップス・レーベルで、ボストン響と「未完成」と「グレート」を録音していたが、ドレスデン・シュターツカペレとRCAに全集録音したもの。
僕はデイヴィスの「グレート」がLP時代から大好きだったので、待望の全集であった。
この第5番は、ドレスデン・シュターツカペレの素晴らしい響きに酔わされる1枚。
深みがあって、コクがあって、時にハーフビターの味わい深さもあるし、衣擦れの少しエロティックな感触まである素晴らしい響き。
いつ聴いてもSKDはイイ。
デイヴィスの指揮は正攻法。正々堂々、奇を衒うことなく、精確精妙に演奏させることを心がけているようだ。精力的で血気盛んなに進めてゆくところもあるが、それもこの青春を思わせる交響曲にふさわしいと云うべきだろう。
ルカ教会の録音はホンマに素晴らしい。SKD録音の響きを支えているのは、この「ルカ・スタジオ」と称されるこの教会あってのものかな。特に弦楽セクションが柔らかくまろやかで、真綿のような温かい触感が最高にイイ。
第1楽章アレグロの躍動感に満ちた開始。この交響曲演奏の幸福な仕上がりを予感させる、暖かい始まり。アンサンブルは美しく、音楽はどこまでも柔らかい。
第2楽章はアンダンテ・コン・モート。
弦と管のバランスが良く、音楽は実に格調高い。テンポは中庸そのもので、背筋がピンと伸びた品の良さを感じる。デイヴィス/SKDのコンビは、媚びを売るような音楽をしない。純音楽的な表現と思う。
第3楽章は柔らかさ漂うメヌエット。ウィーンの郷愁さえ聞こえくる。
そして終楽章は爽快なアレグロ・ヴィヴァーチェ。涼やかな風が部屋に吹き込んでくる感じ。SKDのクリーミーなまろやかサウンドは、どこまでも柔らかく、下卑た音が出ない。これが素晴らしい。
録音は上々です。
1990年代のRCA録音は素晴らしいものが多いんです。
このデイヴィスのシューベルトはその1枚と言えるでしょう。
2007/10/09のBlog
[ 05:00 ]
[ 声楽曲・オペラ ]
3連休最終日、オペラを聴いておりました。
先日のフリッチャイの「運命」が素晴らしかったので、彼のオペラを取り出してみたんです。
モーツァルトの歌劇「魔笛」。
フェレンツ・フリッチャイ指揮ベルリン放送響。RIAS室内合唱団の演奏。
1955年6月ベルリンでのモノラル録音。DG盤。
モノラルだが十分に美しい音質、感傷に差し支えなし。
台詞の部分は歌手ではなく、ドイツの役者が担当している。
フリッチャイの指揮は、神秘性を重視するフリーメーソン風ではなく、娯楽性を打ち出したメルヘンチックなものでもなく、正攻法で誠実、格調高い演奏ぶり。テンポは中庸で、焦るようなところはなく、歌手が歌いやすいテンポ設定と思う。
主要なキャストは懐かしい名前のオンパレードで、またそれぞれが若き名演を展開している。
まずは、エルンスト・ヘフリガー。彼のタミーノの何と高貴なことか。まさにプリンス。高音の輝き、透明感が素晴らしい。実に上品な歌唱で、このフリッチャイ盤の格調の高さは、ヘフリガーによっていると云っても過言ではないと思う。
いくつかのアリアで聴かせる芯の強さ、パミーナやパパゲーノとのアンサンブルでの配慮などは、さすがと思う。
パミーナは、デビュー間もない頃のマリア・シュターダー。彼女が歌うパミーナは、清潔で可憐、心の中には強さを秘めるしっかり者のパミーナ。若いからこそ、妙な癖もなくアクも強くない、こういうプレーンな歌唱はエエなぁ。
パパゲーノに若きディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ!
名唱であり名演技。後年の大歌手だが、若い頃の方が、パパゲーノに向いていると思う。この演奏でのフィッシャー=ディースカウは見事と思う。声の質も文句なし。コミカルさよりも誠実さが勝るパパゲーノと云うべきかな。
(後年のベーム盤でパパゲーノを歌ったフィッシャー=ディースカウは、僕にはピンと来なかった。弁者に向いていると思ったものだ。)
この三者が素晴らしいのに加えてザラストロ・夜の女王も文句なし。
ヨーゼフ・グラインドルはザラストロの声に相応しい。堂々とした歌唱には安定感十分。リタ・シュトライヒの夜の女王も巧い。もう少し声量があってもイイかなと思うのだが、これはモノラル録音のせいかもしれない。
三人の童子がソプラノ歌手によって歌われている。珍しいな・・・・というより初めて聴いた。この時代の特徴なのかな?詳しくは知りません。
モノスタトスやパミーナも達者なもんです。
1950年代中葉、誠実なモーツァルト録音です。
フリッチャイは素晴らしい指揮者であったこと、この「魔笛」を聴いて楽しみつつ、彼の偉大さを再認識しておりました。
先日のフリッチャイの「運命」が素晴らしかったので、彼のオペラを取り出してみたんです。
モーツァルトの歌劇「魔笛」。
フェレンツ・フリッチャイ指揮ベルリン放送響。RIAS室内合唱団の演奏。
1955年6月ベルリンでのモノラル録音。DG盤。
モノラルだが十分に美しい音質、感傷に差し支えなし。
台詞の部分は歌手ではなく、ドイツの役者が担当している。
フリッチャイの指揮は、神秘性を重視するフリーメーソン風ではなく、娯楽性を打ち出したメルヘンチックなものでもなく、正攻法で誠実、格調高い演奏ぶり。テンポは中庸で、焦るようなところはなく、歌手が歌いやすいテンポ設定と思う。
主要なキャストは懐かしい名前のオンパレードで、またそれぞれが若き名演を展開している。
まずは、エルンスト・ヘフリガー。彼のタミーノの何と高貴なことか。まさにプリンス。高音の輝き、透明感が素晴らしい。実に上品な歌唱で、このフリッチャイ盤の格調の高さは、ヘフリガーによっていると云っても過言ではないと思う。
いくつかのアリアで聴かせる芯の強さ、パミーナやパパゲーノとのアンサンブルでの配慮などは、さすがと思う。
パミーナは、デビュー間もない頃のマリア・シュターダー。彼女が歌うパミーナは、清潔で可憐、心の中には強さを秘めるしっかり者のパミーナ。若いからこそ、妙な癖もなくアクも強くない、こういうプレーンな歌唱はエエなぁ。
パパゲーノに若きディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ!
名唱であり名演技。後年の大歌手だが、若い頃の方が、パパゲーノに向いていると思う。この演奏でのフィッシャー=ディースカウは見事と思う。声の質も文句なし。コミカルさよりも誠実さが勝るパパゲーノと云うべきかな。
(後年のベーム盤でパパゲーノを歌ったフィッシャー=ディースカウは、僕にはピンと来なかった。弁者に向いていると思ったものだ。)
この三者が素晴らしいのに加えてザラストロ・夜の女王も文句なし。
ヨーゼフ・グラインドルはザラストロの声に相応しい。堂々とした歌唱には安定感十分。リタ・シュトライヒの夜の女王も巧い。もう少し声量があってもイイかなと思うのだが、これはモノラル録音のせいかもしれない。
三人の童子がソプラノ歌手によって歌われている。珍しいな・・・・というより初めて聴いた。この時代の特徴なのかな?詳しくは知りません。
モノスタトスやパミーナも達者なもんです。
1950年代中葉、誠実なモーツァルト録音です。
フリッチャイは素晴らしい指揮者であったこと、この「魔笛」を聴いて楽しみつつ、彼の偉大さを再認識しておりました。
2007/10/08のBlog
[ 06:27 ]
[ 協奏曲 ]
3連休を満喫しております。
お祭り前恒例、西条市内の一斉清掃もすんで、街が綺麗になりました。
ワタクシは渦井川土手の草刈り。スッキリした道を、間もなくだんじりが行きます。
さて、今日はモーツァルトです。
モーツァルトのホルン協奏曲第1番 ニ長調 K.412。
ギュンター・ヘーグナー(Hrn)、カール・ベーム指揮ウィーン・フィルの演奏。
ベームのゆったりしたテンポと、ウィーン・フィルの明るく輝かしい響きとが印象的な演奏。弦楽を中心として、オーケストラが実によく歌う。アンサンブルも極上で、心にしみいる名演奏と思う。
ヘーグナーのホルンは伸びやかで、心安らぐような音色で全く美しい。
ホルンの音に包容力がある感じ。遙か遠くまでこだまするような自然な響きが特にイイ。これに応えるウィーン・フィルの弦楽セクションの、練り絹のようなしっとりした響きは何に例えよう。
これぞ聴き手を至福の境地に誘う、媚薬のような美しさと云うべきか。
第1楽章は、幸福のホルン。休日の昼下がりなどに聴いていると、心休まるとともに、生の充実を感じさせてくれる。ベームの指揮は大人、巨匠の風格。長年の積み重ねを示す安定感。
第2楽章は狩のロンドとでも云うべきかな。
ヘーグナーのホルンは、楽しく朗らかで、その自在な演奏から、モーツァルトの天才がこぼれてくる。
オケのリズムの刻みは克明。これはいかにもベームらしいところ。歌うことはもちろんなのだが、それ以上に精確なリズム、堅牢な構成が大切なのだ、と言っているかのよう。
続けて、第2番以降も楽しさの限り。
第2番変ホ長調 K.417
第3番変ホ長調 K.447
第4番変ホ長調 K.495
以上のカップリングであります。
録音はさすがに古びた感じ。ウィーン・フィルは明るく録られているのだが、やや響きが薄いのが残念。編成が小さい響きではなく、録音が少し軽い感じ。
もう少し深い音が欲しい気もします。
欲を言えばきりがありませんが。
実を申せば、この連休、クラシック音楽をまともに聴いていません。
パチンコばかりしています。
13年ぶりにビョーキになりました。狂っております。お恥ずかしい。
今日も多分、「エヴァンゲリオン発進!」であります・・・・グフフ(^^ゞ
ギャンブルと云うより、遊びです。1円パチンコ。散在せずに遊べます。
そのうちに飽きるんでしょうが・・・・・。
お祭り前恒例、西条市内の一斉清掃もすんで、街が綺麗になりました。
ワタクシは渦井川土手の草刈り。スッキリした道を、間もなくだんじりが行きます。
さて、今日はモーツァルトです。
モーツァルトのホルン協奏曲第1番 ニ長調 K.412。
ギュンター・ヘーグナー(Hrn)、カール・ベーム指揮ウィーン・フィルの演奏。
ベームのゆったりしたテンポと、ウィーン・フィルの明るく輝かしい響きとが印象的な演奏。弦楽を中心として、オーケストラが実によく歌う。アンサンブルも極上で、心にしみいる名演奏と思う。
ヘーグナーのホルンは伸びやかで、心安らぐような音色で全く美しい。
ホルンの音に包容力がある感じ。遙か遠くまでこだまするような自然な響きが特にイイ。これに応えるウィーン・フィルの弦楽セクションの、練り絹のようなしっとりした響きは何に例えよう。
これぞ聴き手を至福の境地に誘う、媚薬のような美しさと云うべきか。
第1楽章は、幸福のホルン。休日の昼下がりなどに聴いていると、心休まるとともに、生の充実を感じさせてくれる。ベームの指揮は大人、巨匠の風格。長年の積み重ねを示す安定感。
第2楽章は狩のロンドとでも云うべきかな。
ヘーグナーのホルンは、楽しく朗らかで、その自在な演奏から、モーツァルトの天才がこぼれてくる。
オケのリズムの刻みは克明。これはいかにもベームらしいところ。歌うことはもちろんなのだが、それ以上に精確なリズム、堅牢な構成が大切なのだ、と言っているかのよう。
続けて、第2番以降も楽しさの限り。
第2番変ホ長調 K.417
第3番変ホ長調 K.447
第4番変ホ長調 K.495
以上のカップリングであります。
録音はさすがに古びた感じ。ウィーン・フィルは明るく録られているのだが、やや響きが薄いのが残念。編成が小さい響きではなく、録音が少し軽い感じ。
もう少し深い音が欲しい気もします。
欲を言えばきりがありませんが。
実を申せば、この連休、クラシック音楽をまともに聴いていません。
パチンコばかりしています。
13年ぶりにビョーキになりました。狂っております。お恥ずかしい。
今日も多分、「エヴァンゲリオン発進!」であります・・・・グフフ(^^ゞ
ギャンブルと云うより、遊びです。1円パチンコ。散在せずに遊べます。
そのうちに飽きるんでしょうが・・・・・。
2007/10/07のBlog
[ 06:17 ]
[ 交響曲 ]
秋風は涼しいものの、日差しは強い一日でした。
10月になっても、紫外線は強力です。気温も30度近くまで上がります。
さて、今日も泰西名曲を聴いております。
ベートーヴェンの交響曲第5番 ハ短調 作品67「運命」。
フェレンツ・フリッチャイ指揮ベルリン・フィルの演奏。
1961年9月、ベルリンでの録音。DG盤。
1961年12月、宿痾の病によって指揮活動を断念したフリッチャイの最晩年の録音。
ハンガリー出身のフリッチャイが、これ以上ドイツ的な演奏が出来ようかと思えるほど、素晴らしい伝統の(そして、実にフリッチャイ的な!)名演を聴かせてくれる。賭が家のない1枚。
第1楽章、腰の据わった、堂々たる開始。「運命」がゆっくりと戸を叩いている。その音の重心が低く、浮ついたところがない。
響きは全く伝統的なドイツ風。表面的な輝きとは無縁、内実を聴けとばかりに、丹誠込めて作り上げた職人技のような演奏。いや、「技」と言うより、内面の発露か。こうとしか表現できないという切羽詰まった迫力がある。
リズムの刻みは精確で、ゴツゴツした感じの進行。流麗感はあまりなく、無骨で野暮ったい感じさえするが、ああ、ベートーヴェンかの人も姿格好は野暮ったい人だった。
上っ面など関係ない、中身で勝負よ・・・・この演奏はそう語っている。
そう思うと、第2楽章のアンダンテ・コン・モートのスケールの大きさ、堂々とした歩みにも合点がいく。テンポはさらに遅くなって、だからこそ、緊迫感がスゴイ。ゆったりとしたテンポでも、全くだれるところがないのが素晴らしい。
そして、聞こえくるはベートーヴェンの歌。精神の高貴な美しさが伝わってくるような歌。
第3楽章。低音部の弦楽が、不気味なほど深い。そしてコクのあるホルンの響きが実にイイ。フワフワしたところがない、ガッチリしたドイツのベートーヴェン。
そして第4楽章への移る部分のテンポの遅さ。恐ろしささえ感じさせる遅さ。
第4楽章は堂々たる王者の行進。勝利の凱歌。ベルリン・フィルのフルパワーが凄まじい。一気に音量が上がって、リスニング・ルームが震える。
金管の野趣溢れる響きは、後年のベルリン・フィルからは聞こえないものだ。まるで奔馬。「運命」のフィナーレはこのくらい荒れ狂って欲しい。未曾有の爆発だ。これぞドイツ精神の勝利。乾杯。
録音がまた素晴らしい。1961年といえば45年も昔の録音なのに、実に鮮明。素晴らしいです。
質実剛健、強靱なベルリン・フィルの響きが見事に蘇ります。
所要時間約39分。大変に長く遅い「運命」ですが、聴感上は、その長さを感じさせません。素晴らしい演奏であり、録音でした。
ありゃ、チト褒めすぎましたか?(^^ゞ
10月になっても、紫外線は強力です。気温も30度近くまで上がります。
さて、今日も泰西名曲を聴いております。
ベートーヴェンの交響曲第5番 ハ短調 作品67「運命」。
フェレンツ・フリッチャイ指揮ベルリン・フィルの演奏。
1961年9月、ベルリンでの録音。DG盤。
1961年12月、宿痾の病によって指揮活動を断念したフリッチャイの最晩年の録音。
ハンガリー出身のフリッチャイが、これ以上ドイツ的な演奏が出来ようかと思えるほど、素晴らしい伝統の(そして、実にフリッチャイ的な!)名演を聴かせてくれる。賭が家のない1枚。
第1楽章、腰の据わった、堂々たる開始。「運命」がゆっくりと戸を叩いている。その音の重心が低く、浮ついたところがない。
響きは全く伝統的なドイツ風。表面的な輝きとは無縁、内実を聴けとばかりに、丹誠込めて作り上げた職人技のような演奏。いや、「技」と言うより、内面の発露か。こうとしか表現できないという切羽詰まった迫力がある。
リズムの刻みは精確で、ゴツゴツした感じの進行。流麗感はあまりなく、無骨で野暮ったい感じさえするが、ああ、ベートーヴェンかの人も姿格好は野暮ったい人だった。
上っ面など関係ない、中身で勝負よ・・・・この演奏はそう語っている。
そう思うと、第2楽章のアンダンテ・コン・モートのスケールの大きさ、堂々とした歩みにも合点がいく。テンポはさらに遅くなって、だからこそ、緊迫感がスゴイ。ゆったりとしたテンポでも、全くだれるところがないのが素晴らしい。
そして、聞こえくるはベートーヴェンの歌。精神の高貴な美しさが伝わってくるような歌。
第3楽章。低音部の弦楽が、不気味なほど深い。そしてコクのあるホルンの響きが実にイイ。フワフワしたところがない、ガッチリしたドイツのベートーヴェン。
そして第4楽章への移る部分のテンポの遅さ。恐ろしささえ感じさせる遅さ。
第4楽章は堂々たる王者の行進。勝利の凱歌。ベルリン・フィルのフルパワーが凄まじい。一気に音量が上がって、リスニング・ルームが震える。
金管の野趣溢れる響きは、後年のベルリン・フィルからは聞こえないものだ。まるで奔馬。「運命」のフィナーレはこのくらい荒れ狂って欲しい。未曾有の爆発だ。これぞドイツ精神の勝利。乾杯。
録音がまた素晴らしい。1961年といえば45年も昔の録音なのに、実に鮮明。素晴らしいです。
質実剛健、強靱なベルリン・フィルの響きが見事に蘇ります。
所要時間約39分。大変に長く遅い「運命」ですが、聴感上は、その長さを感じさせません。素晴らしい演奏であり、録音でした。
ありゃ、チト褒めすぎましたか?(^^ゞ
2007/10/06のBlog
[ 04:52 ]
[ 協奏曲 ]
秋の日のブラームス。
今日は懐かしいレコードを聴いてます。
ブラームスのピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 作品83。
ウィルヘルム・バックハウスのピアノ独奏、カール・ベーム指揮ウィーン・フィルの演奏。
1967年4月、ウィーンのソフィエンザールでの録音。DECCA盤。
バックハウスとベーム、20世紀を代表する巨匠の幸福な組み合わせで聴くブラームスは、いや全く最高。しかもこのレコードは、1960年代のウィーン・フィルの美しさを最高度に発揮した名盤でもある。何度聴いても感動が新たになる、エヴァーグリーン的な名演奏。この演奏に関しては今まで多く語られてきたし、、そしてまた人口に膾炙した名盤だろう。
第1楽章冒頭のホルンからして、もう涙が出るほど美しい。これぞ、ウィンナ・ホルン!朗々と輝かしく、また懐かしくロマンティックに響くホルン。素晴らしい。
(ローラント・ベルガーのホルンかな?それとも別の奏者かしら)
そして、バックハウスのグランドマナー。堂々とした安定感溢れるピアニズム、かつて「鍵盤の獅子王」とならした貫禄十分の演奏。男性的で、質実剛健、ドイツの良き伝統を無骨なまでに示す豪快なピアノ。いやはや、スゴイ。もう息を呑むしかない。
ベーム/ウィーン・フィルの充実も目を見張るべきもの。これは、ベームが最高に充実した時代の録音になるんじゃないか。スケールが雄大で、アルプスの後方を仰ぎ見るような威容。ブラームスのピアノ協奏曲はシンフォニックな曲。だから伴奏は、こういうものでなくちゃ!バックハウスのピアノに負けじと、ベームの気迫がビンビン伝わってくる。
ああ、それにしてもバックハウスの強靱な打鍵がスゴイ。雄々しく、堂々と、男らしく潔く痛快。聴き手の心の奥にグイッと食い込んでくるような迫力もある。ブラームスのピアノ協奏曲には、このくらい男臭いのが似合う。
第2楽章では噎せ返るようなロマンが聴ける。
ピアノとオケが一体となって火の出るような熱いロマンが展開する。胸が焦がれるような思い、とでも云うべきか。この楽章のバックハウスは、熱い。
そして第3楽章の優美。
美しすぎるチェロを弾くのは、名手エマヌエル・ブラベッツだろうか。その後を受ける弦楽セクションでは、きっとコンサートマスターのウイリー・ボスコフスキーがリードしているのだろう。この弦楽のアンサンブルはたまらない。ウィーン・フィルは、かくも美しいオケなのかと再確認させられる。
そこに滑り込むバックハウスのピアノが、前の2つの楽章から一転、優美極まりないピアノを聴かせる。この美しい旋律を弾くバックハウスは、慈愛に満ちた表現で、聴き手を泣かせる。
そして、喜びのフィナーレ。歓喜の爆発。
ピアニストと指揮者、オケが一つになって、見事な終曲をつくってゆく。
ああ、名演奏。
そして、録音がまた素晴らしい。バックハウスの太くて強靱なピアノと、輝かしく優しいウィーン・フィルの響きが見事に融合しております。
1960年代のDECCA、さすがです。名演奏だけでなく、錦上花を添える、名録音。
今日は懐かしいレコードを聴いてます。
ブラームスのピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 作品83。
ウィルヘルム・バックハウスのピアノ独奏、カール・ベーム指揮ウィーン・フィルの演奏。
1967年4月、ウィーンのソフィエンザールでの録音。DECCA盤。
バックハウスとベーム、20世紀を代表する巨匠の幸福な組み合わせで聴くブラームスは、いや全く最高。しかもこのレコードは、1960年代のウィーン・フィルの美しさを最高度に発揮した名盤でもある。何度聴いても感動が新たになる、エヴァーグリーン的な名演奏。この演奏に関しては今まで多く語られてきたし、、そしてまた人口に膾炙した名盤だろう。
第1楽章冒頭のホルンからして、もう涙が出るほど美しい。これぞ、ウィンナ・ホルン!朗々と輝かしく、また懐かしくロマンティックに響くホルン。素晴らしい。
(ローラント・ベルガーのホルンかな?それとも別の奏者かしら)
そして、バックハウスのグランドマナー。堂々とした安定感溢れるピアニズム、かつて「鍵盤の獅子王」とならした貫禄十分の演奏。男性的で、質実剛健、ドイツの良き伝統を無骨なまでに示す豪快なピアノ。いやはや、スゴイ。もう息を呑むしかない。
ベーム/ウィーン・フィルの充実も目を見張るべきもの。これは、ベームが最高に充実した時代の録音になるんじゃないか。スケールが雄大で、アルプスの後方を仰ぎ見るような威容。ブラームスのピアノ協奏曲はシンフォニックな曲。だから伴奏は、こういうものでなくちゃ!バックハウスのピアノに負けじと、ベームの気迫がビンビン伝わってくる。
ああ、それにしてもバックハウスの強靱な打鍵がスゴイ。雄々しく、堂々と、男らしく潔く痛快。聴き手の心の奥にグイッと食い込んでくるような迫力もある。ブラームスのピアノ協奏曲には、このくらい男臭いのが似合う。
第2楽章では噎せ返るようなロマンが聴ける。
ピアノとオケが一体となって火の出るような熱いロマンが展開する。胸が焦がれるような思い、とでも云うべきか。この楽章のバックハウスは、熱い。
そして第3楽章の優美。
美しすぎるチェロを弾くのは、名手エマヌエル・ブラベッツだろうか。その後を受ける弦楽セクションでは、きっとコンサートマスターのウイリー・ボスコフスキーがリードしているのだろう。この弦楽のアンサンブルはたまらない。ウィーン・フィルは、かくも美しいオケなのかと再確認させられる。
そこに滑り込むバックハウスのピアノが、前の2つの楽章から一転、優美極まりないピアノを聴かせる。この美しい旋律を弾くバックハウスは、慈愛に満ちた表現で、聴き手を泣かせる。
そして、喜びのフィナーレ。歓喜の爆発。
ピアニストと指揮者、オケが一つになって、見事な終曲をつくってゆく。
ああ、名演奏。
そして、録音がまた素晴らしい。バックハウスの太くて強靱なピアノと、輝かしく優しいウィーン・フィルの響きが見事に融合しております。
1960年代のDECCA、さすがです。名演奏だけでなく、錦上花を添える、名録音。
2007/10/05のBlog
[ 05:43 ]
[ 交響曲 ]
日中の蒸し暑さには参りました。いやはや、10月にして半袖。
やはり、これ、異常気象なんでしょうな。たまらん一日でありました。
さて、今日はマーラーであります。
マーラーの交響曲第5番 嬰ハ短調。
サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルの演奏。
2002年9月7~10日、ベルリンのフィルハーモニーホールでのライヴ録音。
この秋に廉価盤で発売されたラトルのマーラー全集からの1枚。EMI盤。
ラトルがベルリン・フィルの首席に就任して、初の定期演奏会をライヴ収録したもの。
テンポが自在に伸縮し、ルバートが随所でかかる面白い演奏。全体的には瑞々しい表情が印象的で、べとつかないマーラーになっている。
第1楽章はテンポがよく変化して、ラトルが自在な解釈を見せる。
本来粘り強いマーラーの旋律を、ラトルは巧妙に処理してゆく。ゆったりとした感じなのだが、足取りが重くなることはない。
音楽の表情は一貫して爽やか。ベルリン・フィルのアンサンブルは良好で、音楽が淀みなく流れてゆく。ラトルの棒に敏感に反応して、テンポや響きが自然に変化してゆくのはさすがと思う。ピアニシモの部分では、ゾッとするほど美しい響きを聴かせてくれる。
第2楽章は、慟哭の歌・軋む音楽になるところなのだが(バーンスタインやテンシュテットで聴くときなど特に・・・・)、ラトルの棒で聴くと、滑らかで爽快な音楽になる。幾分素っ気ない感じもある。
これぞ現代のマーラー演奏、古典になったマーラーと云うべきなんだろうか。「マーラーの苦悩」からは遠い感じの演奏に聞こえる。
第3楽章は、なんといってもオブリガート・ホルン。指揮者の脇に立って、あたかもホルン協奏曲のように鳴る。音響的にも面白い試みと思う。とにかく、ホルンが前に出てきて朗々と鳴るのがイイ。
管楽器も全体的に好調で、トランペットやフルートなどは非常に美しいし、巧い。
響きは明晰でサラサラ系のマーラー。そして、どこまでも瑞々しいサウンド。清冽で澄み切ったサウンドは、聴いていて快感。
第4楽章は静謐そのもののアダージェット。これは大変美しい。
水面でキラキラと反射する光が少し柔らかくなって目に飛び込んでくるような、そんな輝きがこの楽章にはある。旋律は粘らず、淡々とした感じ。
所要時間は9分33秒。ネットリやらないのがラトル流なのだ。
フィナーレは、管楽器や弦楽器に現れるソロの響きが実に新鮮。フルートやオーボエがとても若々しく響いて、耳をそばだててしまった。今まで聴いたことがない音が、聞こえてくる。これ、ラトルの独特のバランス感覚のなせる技かな。
終曲に至るまで、フレッシュなサウンドが展開する快演。実に爽快なマーラーと思う。
録音が今一歩かなという気がします。
2002年の録音といえば、我が家では最新録音のCDになりますが、もうひとつヌケがスッキリしない感じ。
上々の録音なんですが、最新ならもう少し良くてもいいかな・・・というのはEMIでは無理なんでしょうかね。
やはり、これ、異常気象なんでしょうな。たまらん一日でありました。
さて、今日はマーラーであります。
マーラーの交響曲第5番 嬰ハ短調。
サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルの演奏。
2002年9月7~10日、ベルリンのフィルハーモニーホールでのライヴ録音。
この秋に廉価盤で発売されたラトルのマーラー全集からの1枚。EMI盤。
ラトルがベルリン・フィルの首席に就任して、初の定期演奏会をライヴ収録したもの。
テンポが自在に伸縮し、ルバートが随所でかかる面白い演奏。全体的には瑞々しい表情が印象的で、べとつかないマーラーになっている。
第1楽章はテンポがよく変化して、ラトルが自在な解釈を見せる。
本来粘り強いマーラーの旋律を、ラトルは巧妙に処理してゆく。ゆったりとした感じなのだが、足取りが重くなることはない。
音楽の表情は一貫して爽やか。ベルリン・フィルのアンサンブルは良好で、音楽が淀みなく流れてゆく。ラトルの棒に敏感に反応して、テンポや響きが自然に変化してゆくのはさすがと思う。ピアニシモの部分では、ゾッとするほど美しい響きを聴かせてくれる。
第2楽章は、慟哭の歌・軋む音楽になるところなのだが(バーンスタインやテンシュテットで聴くときなど特に・・・・)、ラトルの棒で聴くと、滑らかで爽快な音楽になる。幾分素っ気ない感じもある。
これぞ現代のマーラー演奏、古典になったマーラーと云うべきなんだろうか。「マーラーの苦悩」からは遠い感じの演奏に聞こえる。
第3楽章は、なんといってもオブリガート・ホルン。指揮者の脇に立って、あたかもホルン協奏曲のように鳴る。音響的にも面白い試みと思う。とにかく、ホルンが前に出てきて朗々と鳴るのがイイ。
管楽器も全体的に好調で、トランペットやフルートなどは非常に美しいし、巧い。
響きは明晰でサラサラ系のマーラー。そして、どこまでも瑞々しいサウンド。清冽で澄み切ったサウンドは、聴いていて快感。
第4楽章は静謐そのもののアダージェット。これは大変美しい。
水面でキラキラと反射する光が少し柔らかくなって目に飛び込んでくるような、そんな輝きがこの楽章にはある。旋律は粘らず、淡々とした感じ。
所要時間は9分33秒。ネットリやらないのがラトル流なのだ。
フィナーレは、管楽器や弦楽器に現れるソロの響きが実に新鮮。フルートやオーボエがとても若々しく響いて、耳をそばだててしまった。今まで聴いたことがない音が、聞こえてくる。これ、ラトルの独特のバランス感覚のなせる技かな。
終曲に至るまで、フレッシュなサウンドが展開する快演。実に爽快なマーラーと思う。
録音が今一歩かなという気がします。
2002年の録音といえば、我が家では最新録音のCDになりますが、もうひとつヌケがスッキリしない感じ。
上々の録音なんですが、最新ならもう少し良くてもいいかな・・・というのはEMIでは無理なんでしょうかね。