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2007/10/24のBlog
[ 06:00 ]
[ 交響曲 ]
十三夜でした。
田舎の空は、実に綺麗な月夜でした。深まりゆく秋、旅立つ秋といった風情でした。
今日はシューマンの交響曲第3番変ホ長調 作品97 「ライン」。
秋になると聴きたくなる交響曲です。
この曲から、収穫の喜びを感じるからでしょうか。
さて、演奏はオトマール・スウィトナー指揮ベルリン・シュターツカペレで。
1986年8~9月、東ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。DENONの原盤で、独シャルプラッテンとの共同制作によるもの。
現在はDENONクレスト1000シリーズの廉価盤になっている。
教会録音の残響が大変美しい。間接音が多く、音の溶けあいがよく、まろやか。全体的に音は柔らかく、聴き疲れしない。実に心地よい聴感。
第1楽章「いきいきと」は冒頭から、スウィトナーらしい克明な表現。フレージングが自在で、スケール豊かな音楽を作り出している。ドイツの大地を流れるラインの大河を彷彿とさせる大きな音楽。身を任せて聴くのにふさわしい、滔々たる流れが続いてゆく。
ホルン4本のコクのある音が実にイイ。そして音が豊かに広がってゆく。
コーダなどは堂々たる表現。格別の味わいだ。
第2楽章は「きわめて穏やかに」とある楽章。
ライン流域の田園風景を眺めているような趣。のどかな表現で、テンポもゆったりとしている。ベルリン・シュターツカペレの響きも素晴らしい。木綿の肌触り、自然な質感が大変好ましい。こういう音で聴くシューマンは最高と思う。シューマンもこういう音での再現を望んでいたんじゃないかと思われてくる。素晴らしい。
楽章ラストのホルン、これまた迫力あって巧いこと。
第3楽章は「速くなく」。クラリネットと弦楽の会話が美しい。ティンパニも金管も休んでいるこの楽章のメインは、弦楽セクションだろう。アンサンブルが美しく、よく揃った時のストリングスを聴く幸福を体験できる。ベルリン・シュターツカペレは、ホンマに美しいオケだと思う。
第4楽章は「壮麗に」。
ここもやはり大河のように音楽が進む。つくりは確かに壮麗。
合奏は見事なもので、シューマンの濃厚なロマンが浮かび上がってくる(それでもそこは前期ロマン派の爽やかなロマンだが)。スケールも豊かで、この交響曲が天才の霊感だけで作曲されたのではない、というしっかりした構成感を伝える。
フィナーレは「いきいきと」。豊かな音楽が広がってゆく。
スウィトナーは、オケの自発性を十分に引き出して、気持ちよく演奏している感じ。金管がよく鳴り響いて、弦楽パートの素晴らしいアンサンブルがそれに花を添える名演。
久しぶりにシューマンの「ライン」を聴きました。
この交響曲は、やはり秋に聴くのがエエですね。
収穫の悦び、実りの秋を感じさせる音楽と思います。
田舎の空は、実に綺麗な月夜でした。深まりゆく秋、旅立つ秋といった風情でした。
今日はシューマンの交響曲第3番変ホ長調 作品97 「ライン」。
秋になると聴きたくなる交響曲です。
この曲から、収穫の喜びを感じるからでしょうか。
さて、演奏はオトマール・スウィトナー指揮ベルリン・シュターツカペレで。
1986年8~9月、東ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。DENONの原盤で、独シャルプラッテンとの共同制作によるもの。
現在はDENONクレスト1000シリーズの廉価盤になっている。
教会録音の残響が大変美しい。間接音が多く、音の溶けあいがよく、まろやか。全体的に音は柔らかく、聴き疲れしない。実に心地よい聴感。
第1楽章「いきいきと」は冒頭から、スウィトナーらしい克明な表現。フレージングが自在で、スケール豊かな音楽を作り出している。ドイツの大地を流れるラインの大河を彷彿とさせる大きな音楽。身を任せて聴くのにふさわしい、滔々たる流れが続いてゆく。
ホルン4本のコクのある音が実にイイ。そして音が豊かに広がってゆく。
コーダなどは堂々たる表現。格別の味わいだ。
第2楽章は「きわめて穏やかに」とある楽章。
ライン流域の田園風景を眺めているような趣。のどかな表現で、テンポもゆったりとしている。ベルリン・シュターツカペレの響きも素晴らしい。木綿の肌触り、自然な質感が大変好ましい。こういう音で聴くシューマンは最高と思う。シューマンもこういう音での再現を望んでいたんじゃないかと思われてくる。素晴らしい。
楽章ラストのホルン、これまた迫力あって巧いこと。
第3楽章は「速くなく」。クラリネットと弦楽の会話が美しい。ティンパニも金管も休んでいるこの楽章のメインは、弦楽セクションだろう。アンサンブルが美しく、よく揃った時のストリングスを聴く幸福を体験できる。ベルリン・シュターツカペレは、ホンマに美しいオケだと思う。
第4楽章は「壮麗に」。
ここもやはり大河のように音楽が進む。つくりは確かに壮麗。
合奏は見事なもので、シューマンの濃厚なロマンが浮かび上がってくる(それでもそこは前期ロマン派の爽やかなロマンだが)。スケールも豊かで、この交響曲が天才の霊感だけで作曲されたのではない、というしっかりした構成感を伝える。
フィナーレは「いきいきと」。豊かな音楽が広がってゆく。
スウィトナーは、オケの自発性を十分に引き出して、気持ちよく演奏している感じ。金管がよく鳴り響いて、弦楽パートの素晴らしいアンサンブルがそれに花を添える名演。
久しぶりにシューマンの「ライン」を聴きました。
この交響曲は、やはり秋に聴くのがエエですね。
収穫の悦び、実りの秋を感じさせる音楽と思います。
2007/10/23のBlog
[ 04:23 ]
[ 協奏曲 ]
気持ちのいい秋空が広がります。
空は青、雲一つない快晴、一年を通じても滅多にないような青空でありました。
今日は協奏曲を聴いています。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番 ハ長調 作品15。
マルタ・アルゲリッチのピアノ独奏、ジュゼッペ・シノーポリ指揮フィルハーモニア管の演奏。
1985年5月、ロンドンのウォルサムストウでの録音。DG盤。
カップリングは同じくベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番。
第1楽章はアレグロ・コンブリオ。
シノーポリの精力的な指揮で、活気あふれるベートーヴェンが現われる。序奏部から十分聴かせてくれる管弦楽だ。
アルゲリッチのピアノは、ため息が出るほど美しい。玲瓏玉を転がすとは、こういうピアノのことを云うんじゃないか。
そして、古典的な演奏の枠内で、思い切り跳ね回るピアノが楽しい。スピード感いっぱい、ピアノの響きや音色、ダイナミクスの変化に聴き惚れていると、あっという間に時間が過ぎてゆく感じ。アルゲリッチのピアノは、いつだって天馬空をゆく。ピアノを弾くのは喜びであり、楽しいことだと聴き手に伝わってくる演奏。アルゲリッチも楽しそうだが、こういう愉悦に満ちた演奏を聴くのは、実に幸福なことと思う。
カデンツァはベートーヴェンの作。天衣無縫の響きは、まるでアルゲリッチ自作のよう、彼女が完全に掌中に収めたカデンツァ。
第2楽章はラルゴ。
シノーポリ/フィルハーモニア管がつくり出すたっぷりとした響きの中で、アルゲリッチのピアノが硬質に輝く。この輝き、冴え冴えとして全く美しい。若きベートーヴェンの心の華やぎに通ずるものだろう。
あの、しんねりむっつりのベートーヴェンにも、こんな青春があったのだと思わせる演奏。若々しさと、その生命力の輝きは、聴いていて羨ましいくらい。
フィルハーモニア管は好演。たっぷりとした音で、ベートーヴェンの若き憧憬を歌い上げる。
フィナーレはロンド・アレグロ。
楽しく心弾む音楽。アルゲリッチのピアノはさらに奔放。思い切り飛び跳ねて、屈託なく明るい。その跳ね方が、ときにつんのめりそうなくらい。
オケもよくついていっていると、感心。シノーポリの棒捌きが光る瞬間でもある。
録音はホールトーンが十分に取り入れられて、大変美しい音響。
ピアノが前に出て、オケがバックにきれいに定位する。
臨場感あふれる見事な録音であります。
弦楽セクションの潤いは今ひとつでしょうか。艶が欲しいなとも思いますが、これは、フィルハーモニア管の音なのかもしれません。
空は青、雲一つない快晴、一年を通じても滅多にないような青空でありました。
今日は協奏曲を聴いています。
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番 ハ長調 作品15。
マルタ・アルゲリッチのピアノ独奏、ジュゼッペ・シノーポリ指揮フィルハーモニア管の演奏。
1985年5月、ロンドンのウォルサムストウでの録音。DG盤。
カップリングは同じくベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番。
第1楽章はアレグロ・コンブリオ。
シノーポリの精力的な指揮で、活気あふれるベートーヴェンが現われる。序奏部から十分聴かせてくれる管弦楽だ。
アルゲリッチのピアノは、ため息が出るほど美しい。玲瓏玉を転がすとは、こういうピアノのことを云うんじゃないか。
そして、古典的な演奏の枠内で、思い切り跳ね回るピアノが楽しい。スピード感いっぱい、ピアノの響きや音色、ダイナミクスの変化に聴き惚れていると、あっという間に時間が過ぎてゆく感じ。アルゲリッチのピアノは、いつだって天馬空をゆく。ピアノを弾くのは喜びであり、楽しいことだと聴き手に伝わってくる演奏。アルゲリッチも楽しそうだが、こういう愉悦に満ちた演奏を聴くのは、実に幸福なことと思う。
カデンツァはベートーヴェンの作。天衣無縫の響きは、まるでアルゲリッチ自作のよう、彼女が完全に掌中に収めたカデンツァ。
第2楽章はラルゴ。
シノーポリ/フィルハーモニア管がつくり出すたっぷりとした響きの中で、アルゲリッチのピアノが硬質に輝く。この輝き、冴え冴えとして全く美しい。若きベートーヴェンの心の華やぎに通ずるものだろう。
あの、しんねりむっつりのベートーヴェンにも、こんな青春があったのだと思わせる演奏。若々しさと、その生命力の輝きは、聴いていて羨ましいくらい。
フィルハーモニア管は好演。たっぷりとした音で、ベートーヴェンの若き憧憬を歌い上げる。
フィナーレはロンド・アレグロ。
楽しく心弾む音楽。アルゲリッチのピアノはさらに奔放。思い切り飛び跳ねて、屈託なく明るい。その跳ね方が、ときにつんのめりそうなくらい。
オケもよくついていっていると、感心。シノーポリの棒捌きが光る瞬間でもある。
録音はホールトーンが十分に取り入れられて、大変美しい音響。
ピアノが前に出て、オケがバックにきれいに定位する。
臨場感あふれる見事な録音であります。
弦楽セクションの潤いは今ひとつでしょうか。艶が欲しいなとも思いますが、これは、フィルハーモニア管の音なのかもしれません。
2007/10/22のBlog
[ 05:15 ]
[ 交響曲 ]
秋です。
朝のジョギングをしていますと、ヒンヤリした空気が鼻腔をくすぐる感じ。爽やかな空気が胸に入ってきます。この心地よさ、何物にも代え難い幸福かもしれません。
ジョギングの気持ちよい季節は、クラシック音楽にも心地よい季節です。
そして、秋はブラームス・・・・。
昨日に続いてケンペを取り出しました。LP盤です。国内盤ですが。
ブラームスの交響曲第1番 ハ短調 作品68。
ルドルフ・ケンペ指揮ミュンヘン・フィルの演奏。
1975年5月の録音、ACANTA原盤のLP。1980年頃、日本ではテイチクが販売権を持っており、「ケンペ1500シリーズ」の廉価盤として発売されていたもの。
1976年5月11日に死去したケンペ(享年65歳)、そのちょうど1年前の録音。ケンペとしては最晩年の演奏になる。
誠実で温かい人柄を思わせるブラームス。
長年にわたって、コツコツと積み上げてきた努力研鑽を感じさせる演奏でもある。
ケンペはイイ指揮者だった。実演では「燃えるケンペ」として有名であったらしいが、遺された録音で僕が聴くケンペは、温厚篤実で真面目勤勉、職人的な指揮者であって、オーケストラの持ち味を十全に引き出す名シェフという感じの指揮者。
この演奏でも、じっくり聴いていると、誠実で暖かく穏やかなブラームスが目の前に現れる。暖かいのはLPのせいでもあるかな?
無骨で不器用で、内面を人前にさらけ出すことができず(作品ではさらけ出すことができたが)、臆病な人柄・・・・そんなブラームスが、ようやく書いた第1交響曲。その「ようやく」さがよく出た演奏と思う。
ミュンヘン・フィルの響きは質朴。派手さや華やかさからは遠いが、指揮者同様、誠実さがよく出た演奏と思う。
特に第2楽章がイイ。独奏ヴァイオリンなど全く美しい。ため息が出る。これは、ホンマに柔らかく清らかなヴァイオリンと思う。
そして立派な第4楽章が聴きもの。
正々堂々と押し出してゆく姿勢の良さ、潔さ。音響は柔らかく、ふっくらとしているのもイイ。
ケンペ常套のヴァイオリン両翼配置が効いていて、包み込むようなサウンドが心地よい。フィナーレの盛り上がりも見事。熱く燃えるケンペが顔を出す。
録音状態良好で、今も十分に聴けます。
ゆったりした大らかな暖かさが特徴的、LP独特の質感がたまりません。
CDでは今、SCRIBENDUMレーベルから出ているようです。
朝のジョギングをしていますと、ヒンヤリした空気が鼻腔をくすぐる感じ。爽やかな空気が胸に入ってきます。この心地よさ、何物にも代え難い幸福かもしれません。
ジョギングの気持ちよい季節は、クラシック音楽にも心地よい季節です。
そして、秋はブラームス・・・・。
昨日に続いてケンペを取り出しました。LP盤です。国内盤ですが。
ブラームスの交響曲第1番 ハ短調 作品68。
ルドルフ・ケンペ指揮ミュンヘン・フィルの演奏。
1975年5月の録音、ACANTA原盤のLP。1980年頃、日本ではテイチクが販売権を持っており、「ケンペ1500シリーズ」の廉価盤として発売されていたもの。
1976年5月11日に死去したケンペ(享年65歳)、そのちょうど1年前の録音。ケンペとしては最晩年の演奏になる。
誠実で温かい人柄を思わせるブラームス。
長年にわたって、コツコツと積み上げてきた努力研鑽を感じさせる演奏でもある。
ケンペはイイ指揮者だった。実演では「燃えるケンペ」として有名であったらしいが、遺された録音で僕が聴くケンペは、温厚篤実で真面目勤勉、職人的な指揮者であって、オーケストラの持ち味を十全に引き出す名シェフという感じの指揮者。
この演奏でも、じっくり聴いていると、誠実で暖かく穏やかなブラームスが目の前に現れる。暖かいのはLPのせいでもあるかな?
無骨で不器用で、内面を人前にさらけ出すことができず(作品ではさらけ出すことができたが)、臆病な人柄・・・・そんなブラームスが、ようやく書いた第1交響曲。その「ようやく」さがよく出た演奏と思う。
ミュンヘン・フィルの響きは質朴。派手さや華やかさからは遠いが、指揮者同様、誠実さがよく出た演奏と思う。
特に第2楽章がイイ。独奏ヴァイオリンなど全く美しい。ため息が出る。これは、ホンマに柔らかく清らかなヴァイオリンと思う。
そして立派な第4楽章が聴きもの。
正々堂々と押し出してゆく姿勢の良さ、潔さ。音響は柔らかく、ふっくらとしているのもイイ。
ケンペ常套のヴァイオリン両翼配置が効いていて、包み込むようなサウンドが心地よい。フィナーレの盛り上がりも見事。熱く燃えるケンペが顔を出す。
録音状態良好で、今も十分に聴けます。
ゆったりした大らかな暖かさが特徴的、LP独特の質感がたまりません。
CDでは今、SCRIBENDUMレーベルから出ているようです。
2007/10/21のBlog
[ 06:01 ]
[ 交響曲 ]
空気が澄んできて、四国の山並みが美しいです。
特に霊峰石鎚が素晴らしい眺め。当地伊予西条の田園地帯から眺める西日本最高峰は、春夏秋冬を通じて、端然とした姿を見せます。
そこで、今日は大好きな山の交響曲を。
R・シュトラウスのアルプス交響曲。
ルドルフ・ケンペ指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
1971年9月、ドレスデンのルカ教会での録音。EMIのボックスセットからの1枚。
(このボックスは、1枚1枚全てがホンマに素晴らしい名演なので、まさに激安お買い得と云えるでしょう)
R・シュトラウスの音楽を完全に自分のものにし、掌中に収めた指揮者と、作曲家ゆかりの伝統を大切に育んできたオーケストラとの、幸福な出会い。
ケンペとドレスデン・シュターツカペレのボックスセットを聴き進めながら、そんなことを思っていた。
特にこのアルプス交響曲は、このコンビ屈指の名演。すべてが自信にあふれ、音楽は確信を持って鳴り渡る。
この曲こそ、R・シュトラウスの粋。彼の手練手管が施された完璧なオーケストレーションが全く素晴らしいのだが、ケンペはあざとくなく、誠実に、淡々と音楽を運んでゆく。無理な演出はない。だからこそR・シュトラウスの音楽が素直に、豪快に、スッキリと響く。
語り口は木訥で嫌みがなく、素朴な田舎料理風なのだが、だからこそ味わい深く、徐々に美味が口の中に広がるような感じの演奏。しかも、自然な感興の盛り上がりがあって、音楽の格調、品格は実に高い。そうそう、流行の「品格」という言葉、ケンペの演奏にはこの言葉が似合う。
もちろん、熱気は十分で、ふだん柔らかくふくよかな響きのドレスデン・シュターツカペレから、熱い音楽を引き出してゆく。
それにしても、ドレスデン・シュターツカペレは巧い。
いや、巧まずして普通に演奏したら、素晴らしい音楽になってしまった、という感じかな。素朴さの残る響きの美しさはもちろんイイし、金管のまろやかさ、弦の練りあげたシルクタッチの響きは天上のものかと思えるほど、美しい。
ホルン・セクションは最強と言っていいんじゃないか。その中心には名手ペーター・ダムが座っているのだろうが、もう、何とも云えない良い音で鳴り渡る。
ああ、名匠の名品。何度聴いても素晴らしいです。
録音は上々。「山の牧場」でのカウベルなど、心地よく捉えられています。
1970年代初頭のEMI録音は、なかなかよろしい。このケンペのR・シュトラウス作品集は、成功した部類の録音と思います。
まろやかでふっくらとしたドレスデン・シュターツカペレの音が十分に楽しめます。
もっとも、演奏が素晴らしいと、録音の良否など関係ないんですが。
特に霊峰石鎚が素晴らしい眺め。当地伊予西条の田園地帯から眺める西日本最高峰は、春夏秋冬を通じて、端然とした姿を見せます。
そこで、今日は大好きな山の交響曲を。
R・シュトラウスのアルプス交響曲。
ルドルフ・ケンペ指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
1971年9月、ドレスデンのルカ教会での録音。EMIのボックスセットからの1枚。
(このボックスは、1枚1枚全てがホンマに素晴らしい名演なので、まさに激安お買い得と云えるでしょう)
R・シュトラウスの音楽を完全に自分のものにし、掌中に収めた指揮者と、作曲家ゆかりの伝統を大切に育んできたオーケストラとの、幸福な出会い。
ケンペとドレスデン・シュターツカペレのボックスセットを聴き進めながら、そんなことを思っていた。
特にこのアルプス交響曲は、このコンビ屈指の名演。すべてが自信にあふれ、音楽は確信を持って鳴り渡る。
この曲こそ、R・シュトラウスの粋。彼の手練手管が施された完璧なオーケストレーションが全く素晴らしいのだが、ケンペはあざとくなく、誠実に、淡々と音楽を運んでゆく。無理な演出はない。だからこそR・シュトラウスの音楽が素直に、豪快に、スッキリと響く。
語り口は木訥で嫌みがなく、素朴な田舎料理風なのだが、だからこそ味わい深く、徐々に美味が口の中に広がるような感じの演奏。しかも、自然な感興の盛り上がりがあって、音楽の格調、品格は実に高い。そうそう、流行の「品格」という言葉、ケンペの演奏にはこの言葉が似合う。
もちろん、熱気は十分で、ふだん柔らかくふくよかな響きのドレスデン・シュターツカペレから、熱い音楽を引き出してゆく。
それにしても、ドレスデン・シュターツカペレは巧い。
いや、巧まずして普通に演奏したら、素晴らしい音楽になってしまった、という感じかな。素朴さの残る響きの美しさはもちろんイイし、金管のまろやかさ、弦の練りあげたシルクタッチの響きは天上のものかと思えるほど、美しい。
ホルン・セクションは最強と言っていいんじゃないか。その中心には名手ペーター・ダムが座っているのだろうが、もう、何とも云えない良い音で鳴り渡る。
ああ、名匠の名品。何度聴いても素晴らしいです。
録音は上々。「山の牧場」でのカウベルなど、心地よく捉えられています。
1970年代初頭のEMI録音は、なかなかよろしい。このケンペのR・シュトラウス作品集は、成功した部類の録音と思います。
まろやかでふっくらとしたドレスデン・シュターツカペレの音が十分に楽しめます。
もっとも、演奏が素晴らしいと、録音の良否など関係ないんですが。
2007/10/20のBlog
[ 05:17 ]
[ 協奏曲 ]
クラシック音楽を聴くのに実にエエ季節になりました。
暑くもなく寒くもなく、心地よく音楽に浸れます。
そして僕は今日も古いLPレコードを取り出してます。
シューマンのピアノ協奏曲 イ短調 作品16。
ディヌ・リパッティのピアノ独奏、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮フィルハーモニア管の演奏。
1948年9月の録音なのでもちろんモノラル。EMI盤。もう古いLPレコードになりました。
子供の頃、夢中になって見ていた「ウルトラセブン」の最終回に使われていた、シューマンのピアノ協奏曲こそ、このリパッティ盤であった。(とは後年知ったのだが。)
あの最終回は感動的だった。セブン最期の戦いが迫る中で、モロボシ・ダンがアンヌ隊員に、自分がウルトラセブンであることを告白する。まさに、その瞬間に、シューマンのピアノ協奏曲が流れ始める。・・・・・カッコ良かったなぁ。名曲と名場面やったなぁ。
放送は1968年のことだった。
僕は洟垂れ小僧であって、その音楽がシューマンであることを知ったのはずいぶん後のことだった。そしてその演奏が、今日のリパッティ盤であったことも。
もう40年も昔のことになった。月日の流れるのは速い。洟垂れ小僧は、白髪目立つオッサンになってしまった。
しかし、時が流れても名盤の命は失われない。今も輝くリパッティ、素晴らしい演奏であります。
第1楽章、リパッティのピアノの清潔なこと!
カラヤンの伴奏も天才に触発されてこの上なく立派。流麗でありながら、心の中の戸惑い・胸を灼くような想いが噴出する。素晴らしきかなロマン。
第2楽章、この美しい旋律の静謐な表現が何と潔いことか。
リパッティ盤でしか聴けない美しさが、貧しいモノラル録音からこぼれてくる。
彼の天才はここに聴ける。
そしてフィナーレの見事なピアニズム。
カラヤンの伴奏もグッと熱くなって、シューマンのロマンが奔流となって流れてくる。鮮やかにして清潔精緻、しかも情熱的という、背反するようなものを高次元にまとめてしまうピアノが、何とも素晴らしい。
「諸君、脱帽したまえ、天才だ!」・・・・・・・。
録音はモノラルです。貧しいです。
しかし、名演の命は無限です。
素晴らしい演奏と思います。
暑くもなく寒くもなく、心地よく音楽に浸れます。
そして僕は今日も古いLPレコードを取り出してます。
シューマンのピアノ協奏曲 イ短調 作品16。
ディヌ・リパッティのピアノ独奏、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮フィルハーモニア管の演奏。
1948年9月の録音なのでもちろんモノラル。EMI盤。もう古いLPレコードになりました。
子供の頃、夢中になって見ていた「ウルトラセブン」の最終回に使われていた、シューマンのピアノ協奏曲こそ、このリパッティ盤であった。(とは後年知ったのだが。)
あの最終回は感動的だった。セブン最期の戦いが迫る中で、モロボシ・ダンがアンヌ隊員に、自分がウルトラセブンであることを告白する。まさに、その瞬間に、シューマンのピアノ協奏曲が流れ始める。・・・・・カッコ良かったなぁ。名曲と名場面やったなぁ。
放送は1968年のことだった。
僕は洟垂れ小僧であって、その音楽がシューマンであることを知ったのはずいぶん後のことだった。そしてその演奏が、今日のリパッティ盤であったことも。
もう40年も昔のことになった。月日の流れるのは速い。洟垂れ小僧は、白髪目立つオッサンになってしまった。
しかし、時が流れても名盤の命は失われない。今も輝くリパッティ、素晴らしい演奏であります。
第1楽章、リパッティのピアノの清潔なこと!
カラヤンの伴奏も天才に触発されてこの上なく立派。流麗でありながら、心の中の戸惑い・胸を灼くような想いが噴出する。素晴らしきかなロマン。
第2楽章、この美しい旋律の静謐な表現が何と潔いことか。
リパッティ盤でしか聴けない美しさが、貧しいモノラル録音からこぼれてくる。
彼の天才はここに聴ける。
そしてフィナーレの見事なピアニズム。
カラヤンの伴奏もグッと熱くなって、シューマンのロマンが奔流となって流れてくる。鮮やかにして清潔精緻、しかも情熱的という、背反するようなものを高次元にまとめてしまうピアノが、何とも素晴らしい。
「諸君、脱帽したまえ、天才だ!」・・・・・・・。
録音はモノラルです。貧しいです。
しかし、名演の命は無限です。
素晴らしい演奏と思います。
2007/10/19のBlog
[ 05:02 ]
[ 管弦楽曲 ]
深まりゆく秋。夜空が澄んできました。
田舎は、空気も澄んで、星が綺麗です。
星が降るような夜に、さて今日は・・・・・・。
ホルストの組曲「惑星」。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン・フィルの演奏。
1961年9月、ウィーンのソフィエンザールでの録音。DECCA盤。
昔懐かしいLPで。キングレコードの「ベリー・ベスト・クラシック」シリーズのものです。
カラヤンが録音したことで一躍有名になった音楽があるという。このホルストの「惑星」は、カラヤンによって名曲になった。・・・・・とは、昔本でよく読んだことである。
45年以上も昔の録音とはとても思えない鮮やかさ。DECCA盤の音の良さにはホトホト恐れ入る。この鮮烈な録音があってこそ、「惑星」はポピュラー音楽になりえたと思う。
「火星」の勢いの良さ。イキでオシャレで気っぷの良い江戸っ子の感じ。澄み切って潔ささえ感じさせる管弦楽。金管は雄弁で、ティンパニは強烈。リズムは弾み、推進力あふれる快速テンポ。いや、全くカッコイイ。聴いていて活力が湧いてくるスペクタクル。ウィーン・フィルのアンサンブルも非常に美しい。
「金星」の優美さはウィーン・フィルの独壇場。
弦のしなやかさ、ソロ・ヴァイオリンの脂粉の匂うような色気。これは美女の微笑み、ヴィーナスの音楽だ。その流し目に聴き手はノックアウト、メロメロにさせられてしまう。
他には木管がすばらしい。オーボエやフルートの艶やかさは何に例えようか。
「水星」のユーモラスな妖しさもイイ。カラヤンの見事な性格描写と思う。ウィーン・フィルの奏者の達者なソロも楽しめる。
「木星」は豪快にして芳醇。美しく、強く、逞しくて、なのにデリケートさもある・・・・矛盾するような美を高度に止揚した稀代の名演か。
あの中間部の名旋律、オケがよく揃い、よく歌い、そして徹底して磨き上げれた美しさを聴かせる・・・・感動的な演奏と思う。
「土星」も豪快。金管の鳴りっぷりは気持ちいいし、打楽器の迫力は抜群の効果をもたらす。
そしてウィーン・フィルの弦!何度でも僕は書くが、この艶やかな弦を聴くのは至高の悦び、最上の幸福。
「天王星」も面白い。強弱の見事なコントラスト、金管アンサンブルの逞しさ、ティンパニの迫力など、聴きどころ満載。<魔術師>の怪しさもよく出ている。
そして「海王星」の神秘とデリカシー。美しいという言葉は陳腐、表現するのにもう言葉が見つからないくらいの美しさ。
カラヤンはスゴイ。
「惑星」の細部に至るまで知り尽くして、見事な音のドラマをつくっています。
しかも、この曲の真価が知られる遙か昔に。
録音も抜群。
澄んだ秋空にふさわしい鮮やかさでありました。
田舎は、空気も澄んで、星が綺麗です。
星が降るような夜に、さて今日は・・・・・・。
ホルストの組曲「惑星」。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン・フィルの演奏。
1961年9月、ウィーンのソフィエンザールでの録音。DECCA盤。
昔懐かしいLPで。キングレコードの「ベリー・ベスト・クラシック」シリーズのものです。
カラヤンが録音したことで一躍有名になった音楽があるという。このホルストの「惑星」は、カラヤンによって名曲になった。・・・・・とは、昔本でよく読んだことである。
45年以上も昔の録音とはとても思えない鮮やかさ。DECCA盤の音の良さにはホトホト恐れ入る。この鮮烈な録音があってこそ、「惑星」はポピュラー音楽になりえたと思う。
「火星」の勢いの良さ。イキでオシャレで気っぷの良い江戸っ子の感じ。澄み切って潔ささえ感じさせる管弦楽。金管は雄弁で、ティンパニは強烈。リズムは弾み、推進力あふれる快速テンポ。いや、全くカッコイイ。聴いていて活力が湧いてくるスペクタクル。ウィーン・フィルのアンサンブルも非常に美しい。
「金星」の優美さはウィーン・フィルの独壇場。
弦のしなやかさ、ソロ・ヴァイオリンの脂粉の匂うような色気。これは美女の微笑み、ヴィーナスの音楽だ。その流し目に聴き手はノックアウト、メロメロにさせられてしまう。
他には木管がすばらしい。オーボエやフルートの艶やかさは何に例えようか。
「水星」のユーモラスな妖しさもイイ。カラヤンの見事な性格描写と思う。ウィーン・フィルの奏者の達者なソロも楽しめる。
「木星」は豪快にして芳醇。美しく、強く、逞しくて、なのにデリケートさもある・・・・矛盾するような美を高度に止揚した稀代の名演か。
あの中間部の名旋律、オケがよく揃い、よく歌い、そして徹底して磨き上げれた美しさを聴かせる・・・・感動的な演奏と思う。
「土星」も豪快。金管の鳴りっぷりは気持ちいいし、打楽器の迫力は抜群の効果をもたらす。
そしてウィーン・フィルの弦!何度でも僕は書くが、この艶やかな弦を聴くのは至高の悦び、最上の幸福。
「天王星」も面白い。強弱の見事なコントラスト、金管アンサンブルの逞しさ、ティンパニの迫力など、聴きどころ満載。<魔術師>の怪しさもよく出ている。
そして「海王星」の神秘とデリカシー。美しいという言葉は陳腐、表現するのにもう言葉が見つからないくらいの美しさ。
カラヤンはスゴイ。
「惑星」の細部に至るまで知り尽くして、見事な音のドラマをつくっています。
しかも、この曲の真価が知られる遙か昔に。
録音も抜群。
澄んだ秋空にふさわしい鮮やかさでありました。
2007/10/18のBlog
[ 06:08 ]
[ 交響曲 ]
ゆく秋の伊予の国の西条の屋台の上なるひとひらの雲・・・・・・・
とは佐々木大先生のパクリでありますが(^^ゞ、祭りの片付けも済んで、いよいよ伊予路は秋であります。夜も長くなりました。冷え込みも感じるようになりました。
そこで、今日はマーラーの交響曲第7番「夜の歌」。
サイモン・ラトル指揮バーミンガム市交響楽団の演奏。
1991年6月の録音。廉価盤で出たEMIの全集から。
第1楽章の冒頭、一歩一歩踏みしめながら進んでゆくような開始。一つの音、フレーズを大切にしつつ、じっくりと聴かせようとする感じ。ラトルのデリカシーに富んだ目配りだろう。
バーミンガム市響の反応も敏感で、指揮者との信頼関係を思わせる。
途中からテンポが上がってゆくが、それでも着実な進行という印象は変わらない。
木管と金管の細やかな動きが実によく聞こえる。ラトルが意識してやらせているのだと思うが、ふだん聴き逃してしまいそうな微妙な音たちが、耳に飛び込んでくる新鮮。
面白い表現が随所にある。
第2楽章は夜曲のⅠ。
冒頭、秋風のような涼やかさで始まるのだが、徐々に妖しい表現に変わってゆく。マーラーの分裂症的な傾向がよく出ていると思う。やはり、マーラーはこうでなくちゃね。
刻々と表情を変えてゆく音楽を、CBSOがフットワーク軽く反応してゆくのがイイ。このオケは鋭敏なオーケストラだと思う。イギリスの地方で、こういうオケを作っていたこと・・・・ラトル恐るべし。
第3楽章は、本来妖しさ一杯の楽章なのだが、ラトル盤はスッキリ系で、濃厚な味わいから遠い。脂身の少ない薄切りの肉のサッパリとした味わいという感じ。
時折前面に出てくるソロ・ヴァイオリンが絶妙の美しさ。コンマスの音なのだろうが、実にいい音で心地よい。
第4楽章の夜曲Ⅱ。速めのテンポでサラッと過ぎてゆく。ここでもヴァイオリンが美しく、ウットリする。
終楽章も阿鼻叫喚にならず、よく整理が行き届いた知的な演奏。
そして、響きはスッキリとしてモコモコしない。着ぶくれしていない爽快なサウンドが心地よい。一聴、淡泊な印象のマーラーなのだが、見通しがよいぶん、いろいろな音が聞こえてきて楽しい。新鮮で柔軟性に富んだマーラーと云うべきか。
そういえば、ラトルのマーラーは哀しくありません。
マーラーの音楽には、底の方に哀しみが流れているように思うんですが、ラトルにはそのあたりの哀愁とか感傷とかには関心がないのかもしれません。
純音楽的なマーラーと云うべきなんでしょう。
録音状態良好。
良い音で楽しめました。
とは佐々木大先生のパクリでありますが(^^ゞ、祭りの片付けも済んで、いよいよ伊予路は秋であります。夜も長くなりました。冷え込みも感じるようになりました。
そこで、今日はマーラーの交響曲第7番「夜の歌」。
サイモン・ラトル指揮バーミンガム市交響楽団の演奏。
1991年6月の録音。廉価盤で出たEMIの全集から。
第1楽章の冒頭、一歩一歩踏みしめながら進んでゆくような開始。一つの音、フレーズを大切にしつつ、じっくりと聴かせようとする感じ。ラトルのデリカシーに富んだ目配りだろう。
バーミンガム市響の反応も敏感で、指揮者との信頼関係を思わせる。
途中からテンポが上がってゆくが、それでも着実な進行という印象は変わらない。
木管と金管の細やかな動きが実によく聞こえる。ラトルが意識してやらせているのだと思うが、ふだん聴き逃してしまいそうな微妙な音たちが、耳に飛び込んでくる新鮮。
面白い表現が随所にある。
第2楽章は夜曲のⅠ。
冒頭、秋風のような涼やかさで始まるのだが、徐々に妖しい表現に変わってゆく。マーラーの分裂症的な傾向がよく出ていると思う。やはり、マーラーはこうでなくちゃね。
刻々と表情を変えてゆく音楽を、CBSOがフットワーク軽く反応してゆくのがイイ。このオケは鋭敏なオーケストラだと思う。イギリスの地方で、こういうオケを作っていたこと・・・・ラトル恐るべし。
第3楽章は、本来妖しさ一杯の楽章なのだが、ラトル盤はスッキリ系で、濃厚な味わいから遠い。脂身の少ない薄切りの肉のサッパリとした味わいという感じ。
時折前面に出てくるソロ・ヴァイオリンが絶妙の美しさ。コンマスの音なのだろうが、実にいい音で心地よい。
第4楽章の夜曲Ⅱ。速めのテンポでサラッと過ぎてゆく。ここでもヴァイオリンが美しく、ウットリする。
終楽章も阿鼻叫喚にならず、よく整理が行き届いた知的な演奏。
そして、響きはスッキリとしてモコモコしない。着ぶくれしていない爽快なサウンドが心地よい。一聴、淡泊な印象のマーラーなのだが、見通しがよいぶん、いろいろな音が聞こえてきて楽しい。新鮮で柔軟性に富んだマーラーと云うべきか。
そういえば、ラトルのマーラーは哀しくありません。
マーラーの音楽には、底の方に哀しみが流れているように思うんですが、ラトルにはそのあたりの哀愁とか感傷とかには関心がないのかもしれません。
純音楽的なマーラーと云うべきなんでしょう。
録音状態良好。
良い音で楽しめました。
2007/10/17のBlog
[ 05:31 ]
[ 交響曲 ]
西条祭りの期間、ブログを休んでおりました。
服喪の年ゆえ、だんじりを担ぐことはしませんが、ほとんどの西条人はこの2日間は仕事を休みます。(盆や正月よりも帰省の西条人が多い期間でもあります)
そこでブログを休んでおりました。失礼いたしました。エエお祭りでした。
祭りが済むと、田舎は晩秋、やがて冬であります。
さて、今日は田舎風の交響曲を。
ドヴォルザークの交響曲第8番 ト長調 作品88。
この曲の第3楽章以降は、ボヘミア人ドヴォルザークの田舎くささ丸出しで、僕は好きです。草の匂いのする交響曲だと思います。
イヴァン・アンゲロフ指揮スロヴァキア放送響の演奏で。
2001~2004年録音の激安廉価盤全集からの1枚。
スロヴァキアはチェコの東方に広がる国。ここもチェコ同様「弦の国」なのか、このドヴォルザークの8番交響曲は、大変に弦がイイ。
しっとりと濡れたような音で、決して派手な音ではないのだが、美しく、そして心に染みいるような穏やかな音で響く。
全体的にオケの健闘が光る。
アンゲロフの指揮はなかなか精力的で、正統的ドヴォルザークの解釈だと思うのだが、時には金管を浮き立たせて、「おお?」と思わせるところがある。なかなか面白い。
ティンパニの強打も目立つ感じ。スッキリと気持ちよい音で鳴る。
第1楽章は、序奏部の郷愁を誘うメロディが美しく響く。
主部に入ると迫力がどんどん増してゆく。スケールが大きく見事なもの。
第2楽章は透明度の高いアンサンブルと木管の精確さがイイ。音楽のうねりも適度にあって見事な構成と思う。
ドヴォルザークらしい旋律で一杯の第3楽章は、ボヘミアの田舎風の表現。素朴でひとなつこい表現がイイ。弦の美しさが際だっているが、木管の腕前も相当なものだ。
フィナーレは活気溢れる変奏曲。冒頭のトランペットはやや金属的だが、朗々と鳴り渡って気持ちよい。
金管ではホルンもバリバリと吹いて、絶好調と見た。
アンゲロフも気合い十分。オケを叱咤して、グイグイ引っ張っている感じ。
録音は上々。
各楽器の音がよく捉えられていて、音場感・融け合いも良い。
好録音と思います。
激安全集とはいえ、商品としてはなかなか素晴らしいです。
今年の西条祭りも、無事に終了しました。
わが屋台も安全運行、地域住民の手で、爽やかに気持ちよく奉納できました。
僕は、ラストの「川入り」でのお弁当当番でありました。自治会の地区ごとの分担で女性たちが作ったおにぎりにおかず、それを頬ばるかき夫の姿は美しいもんです。
そしてまた綺麗な川入りでした。夕映えの中のだんじりは、ことのほか美しいのであります。
西条の祭りが済むと、田舎には晩秋、冬がやってきます。気温も下がってきました。
服喪の年ゆえ、だんじりを担ぐことはしませんが、ほとんどの西条人はこの2日間は仕事を休みます。(盆や正月よりも帰省の西条人が多い期間でもあります)
そこでブログを休んでおりました。失礼いたしました。エエお祭りでした。
祭りが済むと、田舎は晩秋、やがて冬であります。
さて、今日は田舎風の交響曲を。
ドヴォルザークの交響曲第8番 ト長調 作品88。
この曲の第3楽章以降は、ボヘミア人ドヴォルザークの田舎くささ丸出しで、僕は好きです。草の匂いのする交響曲だと思います。
イヴァン・アンゲロフ指揮スロヴァキア放送響の演奏で。
2001~2004年録音の激安廉価盤全集からの1枚。
スロヴァキアはチェコの東方に広がる国。ここもチェコ同様「弦の国」なのか、このドヴォルザークの8番交響曲は、大変に弦がイイ。
しっとりと濡れたような音で、決して派手な音ではないのだが、美しく、そして心に染みいるような穏やかな音で響く。
全体的にオケの健闘が光る。
アンゲロフの指揮はなかなか精力的で、正統的ドヴォルザークの解釈だと思うのだが、時には金管を浮き立たせて、「おお?」と思わせるところがある。なかなか面白い。
ティンパニの強打も目立つ感じ。スッキリと気持ちよい音で鳴る。
第1楽章は、序奏部の郷愁を誘うメロディが美しく響く。
主部に入ると迫力がどんどん増してゆく。スケールが大きく見事なもの。
第2楽章は透明度の高いアンサンブルと木管の精確さがイイ。音楽のうねりも適度にあって見事な構成と思う。
ドヴォルザークらしい旋律で一杯の第3楽章は、ボヘミアの田舎風の表現。素朴でひとなつこい表現がイイ。弦の美しさが際だっているが、木管の腕前も相当なものだ。
フィナーレは活気溢れる変奏曲。冒頭のトランペットはやや金属的だが、朗々と鳴り渡って気持ちよい。
金管ではホルンもバリバリと吹いて、絶好調と見た。
アンゲロフも気合い十分。オケを叱咤して、グイグイ引っ張っている感じ。
録音は上々。
各楽器の音がよく捉えられていて、音場感・融け合いも良い。
好録音と思います。
激安全集とはいえ、商品としてはなかなか素晴らしいです。
今年の西条祭りも、無事に終了しました。
わが屋台も安全運行、地域住民の手で、爽やかに気持ちよく奉納できました。
僕は、ラストの「川入り」でのお弁当当番でありました。自治会の地区ごとの分担で女性たちが作ったおにぎりにおかず、それを頬ばるかき夫の姿は美しいもんです。
そしてまた綺麗な川入りでした。夕映えの中のだんじりは、ことのほか美しいのであります。
西条の祭りが済むと、田舎には晩秋、冬がやってきます。気温も下がってきました。
2007/10/14のBlog
[ 05:50 ]
[ 交響曲 ]
今日は休日につき大曲を。
マーラーの交響曲第9番 ニ長調。
リッカルド・シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管の演奏。
2004年6月、アムステルダム、コンセルトヘボウでのライヴ録音。DECCA盤。
素晴らしい録音であり、音響。
豊かな量感と、艶やかな響きで魅了される1枚。音場は広大で、全体的な迫力は十分だし、しかも個々の楽器も実に美しく捉えられている。
こんな良い音で聴けるシアワセ・・・・・・・・・エエ時代であります。
シャイーの指揮は、ゆったりとしたテンポで、粘り着くようなマーラーの旋律をよく歌わせた演奏。第1楽章の腰の据わった表現と豊かな歌、終楽章の精妙なアダージョが出色の出来ばえと思われる。
ロイヤル・コンセルトヘボウ管の響きは素晴らしいし、技術的にも世界最高峰ものであって、全くよく練られている。
シャイーがじっくりと年月をかけてロイヤル・コンセルトヘボウ管と築いてきた信頼関係と、自身のマーラー観と研究の発露がこの演奏にはある。自信がみなぎって、交響曲全体の隅々まで確信を持ってすすめているのがよく分かる。安定感抜群。
録音が素晴らしいので、そのあたりがよく伝わる。さすがDECCA、しかも最近の録音はどれも素晴らしい。
金管群の安定度も抜群。音は少しくすんだ感じで、これはロイヤル・コンセルトヘボウ管の弦楽セクションにも云えることだが、いたずらに煌びやかではないのがイイ。品がよろしい。
フィリップス録音での豊かなホールトーンを大きく録ったものに対して、DECCAの場合は、オンマイク気味で、響きが明るくなる感じはする。
技術的にも全く破綻なし。ライヴ録音と云うが、そのハンディを感じさせない美しい演奏。
(いや、それにしてもマーラーの第九交響曲は、ライヴ録音の名演が多いものだ。カラヤン/BPOに、バーンスタイン/BPO、古くは戦前のワルター/VPO、最近ではアバド/BPOが凄かった)
思えば、シャイーがコンセルトヘボウの音楽監督に選ばれたのが1988年だった。
メンゲルベルク、ベイヌム、ハイティンクと自国出身の指揮者が続いたロイヤル・コンセルトヘボウ管としては、初めての外国人指揮者だったこともあって、就任当時話題になったものだった。、
この演奏は、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管に移るシャイーの、ラストコンサート。コンセルトヘボウ管との別れの名演と云えるのでしょう。
秋の休日、のどかな一日でありました。
西条祭りのいよいよ始まり、どの屋台も準備に余念がありません。
我が家はこの春に父が死にましたので、服喪中。「だんじり」には触りません。祭りが例年の行事なら、服喪中のつつしみはこれも昔ながらの田舎の習慣です。文化の継承です。
ということで、今年は「かき夫」はせずに、自治会のお弁当当番であります。これも大切な仕事、文化の継承であります。
マーラーの交響曲第9番 ニ長調。
リッカルド・シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管の演奏。
2004年6月、アムステルダム、コンセルトヘボウでのライヴ録音。DECCA盤。
素晴らしい録音であり、音響。
豊かな量感と、艶やかな響きで魅了される1枚。音場は広大で、全体的な迫力は十分だし、しかも個々の楽器も実に美しく捉えられている。
こんな良い音で聴けるシアワセ・・・・・・・・・エエ時代であります。
シャイーの指揮は、ゆったりとしたテンポで、粘り着くようなマーラーの旋律をよく歌わせた演奏。第1楽章の腰の据わった表現と豊かな歌、終楽章の精妙なアダージョが出色の出来ばえと思われる。
ロイヤル・コンセルトヘボウ管の響きは素晴らしいし、技術的にも世界最高峰ものであって、全くよく練られている。
シャイーがじっくりと年月をかけてロイヤル・コンセルトヘボウ管と築いてきた信頼関係と、自身のマーラー観と研究の発露がこの演奏にはある。自信がみなぎって、交響曲全体の隅々まで確信を持ってすすめているのがよく分かる。安定感抜群。
録音が素晴らしいので、そのあたりがよく伝わる。さすがDECCA、しかも最近の録音はどれも素晴らしい。
金管群の安定度も抜群。音は少しくすんだ感じで、これはロイヤル・コンセルトヘボウ管の弦楽セクションにも云えることだが、いたずらに煌びやかではないのがイイ。品がよろしい。
フィリップス録音での豊かなホールトーンを大きく録ったものに対して、DECCAの場合は、オンマイク気味で、響きが明るくなる感じはする。
技術的にも全く破綻なし。ライヴ録音と云うが、そのハンディを感じさせない美しい演奏。
(いや、それにしてもマーラーの第九交響曲は、ライヴ録音の名演が多いものだ。カラヤン/BPOに、バーンスタイン/BPO、古くは戦前のワルター/VPO、最近ではアバド/BPOが凄かった)
思えば、シャイーがコンセルトヘボウの音楽監督に選ばれたのが1988年だった。
メンゲルベルク、ベイヌム、ハイティンクと自国出身の指揮者が続いたロイヤル・コンセルトヘボウ管としては、初めての外国人指揮者だったこともあって、就任当時話題になったものだった。、
この演奏は、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管に移るシャイーの、ラストコンサート。コンセルトヘボウ管との別れの名演と云えるのでしょう。
秋の休日、のどかな一日でありました。
西条祭りのいよいよ始まり、どの屋台も準備に余念がありません。
我が家はこの春に父が死にましたので、服喪中。「だんじり」には触りません。祭りが例年の行事なら、服喪中のつつしみはこれも昔ながらの田舎の習慣です。文化の継承です。
ということで、今年は「かき夫」はせずに、自治会のお弁当当番であります。これも大切な仕事、文化の継承であります。
2007/10/13のBlog
[ 06:55 ]
[ 管弦楽曲 ]
空が澄んできました。
四国の田舎の空は高いです。そして青いです。秋です。
さて、今日はワーグナーの序曲・前奏曲集。
ロリン・マゼール指揮フィルハーモニア管の演奏。
1977年頃の録音。CBS盤。
マゼール会心の当たり、左中間を深々と破る二塁打。
・・・・とでも云おうか。気持ちよく、スパッと抜けのよいワーグナー。
音がキリリと立って鋭い。刺激的なほどとんがって聴き手に迫ってくる。
(録音状態は上々であります。カサカサ・トゲトゲしい音はないし、刺激音が多い劣悪録音という意味ではないので念のため)
まず、「さまよえるオランダ人」序曲。
トランペットの爽快な音が聴きもの。実に気持ちよい。
後方ではティンパニがスコーンと改心の鳴りっぷり。
やがて金管が鋭く切れ込んでくる。それに応える弦楽もシャープ。
テンポは速めで、要所をグイッと締めてゆく演奏。ワーグナーの様々なモティーフを鮮やかに描ききった名演と思う。
「リエンツィ」序曲。
メリハリがきいて、覇気に富んだ演奏。元気いっぱいにオケが鳴っている。演奏者も実に気持ちよさそうに弾いている感じ。
金管がここでもシャープ。弦楽セクションは落ち着いた響きで応じる。
後半では精力的な演奏になって、一気呵成の突進。オーケストラが燃え上がる。テンポは快速、マゼール会心のドライブ。
「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲。
これも活気あふれる演奏。迫力・推進力とも十分で、マゼールのやる気が伝わってくる演奏。
ラストの壮大さがスゴイ。大げさなくらいの盛り上げで、聴いていてニヤリとしてしまう。
そしてテンポの落とし方のエグイこと。マゼールはこうでなくちゃイケマセン。
「タンホイザー」序曲。
起伏に富んだこの曲を存分にドライブするマゼールこそ素晴らしい。アンサンブルはイマイチなのだが、あまり気にならない。マゼール・ワールドを堪能すべき演奏と思う。
録音状態は上々であります。
やや乾き気味の音なので、高音の瑞々しさがもう少し欲しいかなとも思うんですが、1970年代のCBSソニーというと、こんな感じの録音が多かったように思います。
四国の田舎の空は高いです。そして青いです。秋です。
さて、今日はワーグナーの序曲・前奏曲集。
ロリン・マゼール指揮フィルハーモニア管の演奏。
1977年頃の録音。CBS盤。
マゼール会心の当たり、左中間を深々と破る二塁打。
・・・・とでも云おうか。気持ちよく、スパッと抜けのよいワーグナー。
音がキリリと立って鋭い。刺激的なほどとんがって聴き手に迫ってくる。
(録音状態は上々であります。カサカサ・トゲトゲしい音はないし、刺激音が多い劣悪録音という意味ではないので念のため)
まず、「さまよえるオランダ人」序曲。
トランペットの爽快な音が聴きもの。実に気持ちよい。
後方ではティンパニがスコーンと改心の鳴りっぷり。
やがて金管が鋭く切れ込んでくる。それに応える弦楽もシャープ。
テンポは速めで、要所をグイッと締めてゆく演奏。ワーグナーの様々なモティーフを鮮やかに描ききった名演と思う。
「リエンツィ」序曲。
メリハリがきいて、覇気に富んだ演奏。元気いっぱいにオケが鳴っている。演奏者も実に気持ちよさそうに弾いている感じ。
金管がここでもシャープ。弦楽セクションは落ち着いた響きで応じる。
後半では精力的な演奏になって、一気呵成の突進。オーケストラが燃え上がる。テンポは快速、マゼール会心のドライブ。
「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲。
これも活気あふれる演奏。迫力・推進力とも十分で、マゼールのやる気が伝わってくる演奏。
ラストの壮大さがスゴイ。大げさなくらいの盛り上げで、聴いていてニヤリとしてしまう。
そしてテンポの落とし方のエグイこと。マゼールはこうでなくちゃイケマセン。
「タンホイザー」序曲。
起伏に富んだこの曲を存分にドライブするマゼールこそ素晴らしい。アンサンブルはイマイチなのだが、あまり気にならない。マゼール・ワールドを堪能すべき演奏と思う。
録音状態は上々であります。
やや乾き気味の音なので、高音の瑞々しさがもう少し欲しいかなとも思うんですが、1970年代のCBSソニーというと、こんな感じの録音が多かったように思います。
2007/10/12のBlog
[ 06:22 ]
[ 協奏曲 ]
ensembleさんとの共催「秋はブラームス」第2弾・・・・・であります。
と格好つけて書いてますが・・・・、今日の演奏、聴き終わってみると、秋よりも春の方が似合うかな・・・・という感じでした。
明るく爽やかで輝かしく・・・・・ちとブラームスっぽくない感じなんですが・・。では。
ブラームスのピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 作品83。
アルトゥール・ルービンシュタインのピアノ独奏、ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団の演奏。
1971年11月の録音。RCA原盤。
ルービンシュタインのグランドマナーが心地よい演奏。
大らかで風格十分。そしてピアノを弾くことを心から楽しんでいる様子が伝わってくる演奏。
オーケストラも雄弁。オーマンディ/フィラデルフィア管が持ち前の明るく華麗なサウンドを惜しげもなく披露し、ピアノに負けず劣らず煌びやかな伴奏を展開する。かなり派手な色彩なのだが、ピアノも含めて、これぞアメリカン・サウンドという気もする。
技術的にはもう完璧で、申し分ない伴奏と思われる。
ルービンシュタインのピアノは、ヴィルトォーゾ風のピアノであって、音は粒立ち良く、キラキラと輝くばかりで、たいそう美しい。光を受けて、万華鏡のように様々に変化する音色がまた素晴らしい。虹色に輝く・・・という表現は、こういうピアノのためにあるんじゃないか。
ブラームスにしては少し派手すぎるかなとも思うが(ドイツ風とは全く違う・・)、ルービンシュタインのように堂々と、臆面もなく弾いてくれると、かえって、こっちのやり方が本道のように思えてくるから不思議なもんだ。
達人の芸というのは、こういうものなのだろう。
第1楽章は豪華絢爛。
第2楽章も華麗なピアニズムが楽しい。
第3楽章はチェロの響きが素晴らしい。深い音というよりは、ベルベットのような感触で明るめの音。これもフィラデルフィア管の特徴なのかな。
テンポは遅くゆったり、大人の風格。
そしてフィナーレは、未来へ向かう明るいロンド。
そう、ルービンシュタインもオーマンディも、明るいんです。ブラームス的な翳りとか感情の襞とか、そういうものとは遠いんです。
でも、楽しい。聴いていて気持ちが明るくなる演奏です。
そういう演奏は、名演と僕は思います。
録音は少し古びてきました。
もう少し高音も低音も伸びて欲しいところです。
ピアノの音はまずまず。もう一歩、艶があればさらに良かったんでしょうが。
と格好つけて書いてますが・・・・、今日の演奏、聴き終わってみると、秋よりも春の方が似合うかな・・・・という感じでした。
明るく爽やかで輝かしく・・・・・ちとブラームスっぽくない感じなんですが・・。では。
ブラームスのピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 作品83。
アルトゥール・ルービンシュタインのピアノ独奏、ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団の演奏。
1971年11月の録音。RCA原盤。
ルービンシュタインのグランドマナーが心地よい演奏。
大らかで風格十分。そしてピアノを弾くことを心から楽しんでいる様子が伝わってくる演奏。
オーケストラも雄弁。オーマンディ/フィラデルフィア管が持ち前の明るく華麗なサウンドを惜しげもなく披露し、ピアノに負けず劣らず煌びやかな伴奏を展開する。かなり派手な色彩なのだが、ピアノも含めて、これぞアメリカン・サウンドという気もする。
技術的にはもう完璧で、申し分ない伴奏と思われる。
ルービンシュタインのピアノは、ヴィルトォーゾ風のピアノであって、音は粒立ち良く、キラキラと輝くばかりで、たいそう美しい。光を受けて、万華鏡のように様々に変化する音色がまた素晴らしい。虹色に輝く・・・という表現は、こういうピアノのためにあるんじゃないか。
ブラームスにしては少し派手すぎるかなとも思うが(ドイツ風とは全く違う・・)、ルービンシュタインのように堂々と、臆面もなく弾いてくれると、かえって、こっちのやり方が本道のように思えてくるから不思議なもんだ。
達人の芸というのは、こういうものなのだろう。
第1楽章は豪華絢爛。
第2楽章も華麗なピアニズムが楽しい。
第3楽章はチェロの響きが素晴らしい。深い音というよりは、ベルベットのような感触で明るめの音。これもフィラデルフィア管の特徴なのかな。
テンポは遅くゆったり、大人の風格。
そしてフィナーレは、未来へ向かう明るいロンド。
そう、ルービンシュタインもオーマンディも、明るいんです。ブラームス的な翳りとか感情の襞とか、そういうものとは遠いんです。
でも、楽しい。聴いていて気持ちが明るくなる演奏です。
そういう演奏は、名演と僕は思います。
録音は少し古びてきました。
もう少し高音も低音も伸びて欲しいところです。
ピアノの音はまずまず。もう一歩、艶があればさらに良かったんでしょうが。
2007/10/11のBlog
[ 05:23 ]
[ 交響曲 ]
ジョギングしていると、ようやく秋を肌で感じられるようになりました。
この涼しい風、朝露に濡れた草むら、刈り取りが進むたんぼ道・・・・・ああ、秋です。
そして、「秋はブラームス」。
信州の頑固店主ensembleさんと一緒に、秋はブラームスを聴きましょう。
どうぞ、ご覧いただいている皆さんも、ブラームスをお聴きになりませんか?
秋のこの風、この匂い、この空にきっと似合うと思います。
で、今日は夭折の指揮者・ケルテス最晩年の名品を。
ブラームスの交響曲第3番 ヘ長調 作品90。
イシュトバン・ケルテス指揮ウィーン・フィルの演奏。
1973年2月、ウィーンのソフィエンザールでの録音。DECCA盤。
ウィーン・フィルの管楽器がたまらない。ウィンナ・オーボエ、ウィンナ・ホルン・・・エエ音やなぁ。
DECCA録音がまた素晴らしく、30数年を経過した今も色褪せない、美しい録音。ウィーン・フィルの素晴らしい響きを堪能できる。やはり、ウィーン・フィルを聴くなら、DECCAの艶やかさがエエなぁと思う。
演奏はケルテスの覇気がウィーン・フィルのメンバーを触発したか、元気よく溌剌としたブラームスになっている。暗く沈み込むような旋律のところでも、爽快な趣が感じられるのは独特。ケルテスは端倪すべからざる指揮者だった。
第1楽章のヴァイオリン群の色気ある響きがたまらない。そして断片的に出てくる管楽器のソロがまた最高によろしい。ケルテスの音楽の運びはイン・テンポ。快活に進んでゆく。
そういえば、この楽章はアレグロ・コン・ブリオだった。でも、ベートーヴェン的なそれではなく(例えば「運命」のような)、やはりブラームス的な感じ。つまり、ためらい、立ち止まり、振り返り・・・・言い回しは婉曲的なものになっているという・・・いかにもブラームス的な音楽だと思う。
第2・3楽章は、ウィーン・フィルの管楽器を楽しみたい。
ウィンナ・オーボエのややきつめの音、そしてよく歌うところなどは絶品。クラリネットやフルートの優しい響きも良い。そして、後方ではホルンが秘やかに鳴っている・・・・その美しさときたら!
もちろん弦楽セクションのアンサンブルは、もう云うことなしであって、美しさの極致。第3楽章でのチェロの合奏などは、しみじみ、涙が出るほど美しい。
アンサンブルが良いのも特筆もので、さすがにウィーン・フィル。第3楽章のコーダなど、弦がうねるように響きながら、むせび泣くよう。
フィナーレは第1楽章のドライブ感が戻ってくる。
ケルテスの指揮は切れ味良く、スッキリと心地よい。フレーズは短めに切って、それを積み重ねながら音楽をつくってゆく。
覇気と活力、これがケルテスのブラームスなんでしょう。
イイ指揮者でした。
この涼しい風、朝露に濡れた草むら、刈り取りが進むたんぼ道・・・・・ああ、秋です。
そして、「秋はブラームス」。
信州の頑固店主ensembleさんと一緒に、秋はブラームスを聴きましょう。
どうぞ、ご覧いただいている皆さんも、ブラームスをお聴きになりませんか?
秋のこの風、この匂い、この空にきっと似合うと思います。
で、今日は夭折の指揮者・ケルテス最晩年の名品を。
ブラームスの交響曲第3番 ヘ長調 作品90。
イシュトバン・ケルテス指揮ウィーン・フィルの演奏。
1973年2月、ウィーンのソフィエンザールでの録音。DECCA盤。
ウィーン・フィルの管楽器がたまらない。ウィンナ・オーボエ、ウィンナ・ホルン・・・エエ音やなぁ。
DECCA録音がまた素晴らしく、30数年を経過した今も色褪せない、美しい録音。ウィーン・フィルの素晴らしい響きを堪能できる。やはり、ウィーン・フィルを聴くなら、DECCAの艶やかさがエエなぁと思う。
演奏はケルテスの覇気がウィーン・フィルのメンバーを触発したか、元気よく溌剌としたブラームスになっている。暗く沈み込むような旋律のところでも、爽快な趣が感じられるのは独特。ケルテスは端倪すべからざる指揮者だった。
第1楽章のヴァイオリン群の色気ある響きがたまらない。そして断片的に出てくる管楽器のソロがまた最高によろしい。ケルテスの音楽の運びはイン・テンポ。快活に進んでゆく。
そういえば、この楽章はアレグロ・コン・ブリオだった。でも、ベートーヴェン的なそれではなく(例えば「運命」のような)、やはりブラームス的な感じ。つまり、ためらい、立ち止まり、振り返り・・・・言い回しは婉曲的なものになっているという・・・いかにもブラームス的な音楽だと思う。
第2・3楽章は、ウィーン・フィルの管楽器を楽しみたい。
ウィンナ・オーボエのややきつめの音、そしてよく歌うところなどは絶品。クラリネットやフルートの優しい響きも良い。そして、後方ではホルンが秘やかに鳴っている・・・・その美しさときたら!
もちろん弦楽セクションのアンサンブルは、もう云うことなしであって、美しさの極致。第3楽章でのチェロの合奏などは、しみじみ、涙が出るほど美しい。
アンサンブルが良いのも特筆もので、さすがにウィーン・フィル。第3楽章のコーダなど、弦がうねるように響きながら、むせび泣くよう。
フィナーレは第1楽章のドライブ感が戻ってくる。
ケルテスの指揮は切れ味良く、スッキリと心地よい。フレーズは短めに切って、それを積み重ねながら音楽をつくってゆく。
覇気と活力、これがケルテスのブラームスなんでしょう。
イイ指揮者でした。