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クラシック音楽のひとりごと
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2007/10/30のBlog
秋深し。
今日はしっとりとした音楽を聴きたい気分であります。

モーツァルトのクラリネット協奏曲 イ長調 K.622。
アルフレート・プリンツのクラリネット独奏、カール・ベーム指揮ウィーン・フィルの演奏。
1972年9月、ウィーンのムジークフェラインザールでの録音。DG盤
プリンツにはミュンヒンガー/VPOとの演奏もあった(DECCA)。

プリンツのクラリネットはウィーン風。エーラー管の音がふくよかで美しい。この音が聴きたくて、しばしば僕はプリンツ盤を取り出す。ミュンヒンガーとの共演も美しいが、今日はベームとのDG盤で。
これは、おそらく人口に膾炙した名盤。

この曲は、モーツァルト最後のコンチェルト。いわば、「白鳥の歌」だから、あまりゴテゴテと飾り立てる演奏では困る。華美に奔らず、着実堅実で淡々とした味わいの演奏の方が良い。プリンツのクラリネットは、まさにそういう演奏。

第1楽章アレグロは、しっとりと落ち着いた響きが素晴らしい。ベーム/VPOの伴奏は格調高く、背筋が伸びて端正そのもの。贅肉のない、引き締まった伴奏なのだが、音そのものはVPOの響きが柔らかく、雰囲気豊か。
プリンツのクラリネットもしっとりと濡れたような、暖かいソロで心地よい。一つひとつの音符を大切にしている感じが伝わってくる。

第2楽章はアダージョ。
これは美しい。全く美しい。この世のものではないような美しさ。モーツァルトは、最後にこんなに澄み切った彼岸の境地に達していた・・・・・・。
ゆっくりと穏やかに歌うクラリネットが感動的。涙なしには聴けない、モーツァルトの白鳥の歌だ。楽想は長調なのに、悲しい。「白鳥は 悲しからずや 空の青 海の青にも 染まずただよう」・・・とでも云っているか。この世への別れでも歌っているか。
プリンツのクラリネットの、低音のはかないまでの美しさは、滅びようとする美を象徴しているかのよう。素晴らしい。

VPOの伴奏も美しさの限りで、トゥッティの揃い方、その美は絶品。純白の響き。

第3楽章はロンド~アレグロ。
プリンツは、飾り気のない素直なアプローチで聴かせる。厳格なまでの古典的な美しさ。移ろいゆく旋律と和音の美しさは、格別と思う。
名品であります。

録音は、1970年代としては標準的なもの。
今の耳で聴くと、やや平板、ペタッとした感じの音響で、もう少し奥行きが欲しいかな。弦楽の潤いももう少しあればと思いますが、これ欲深ですかね。
2007/10/29のBlog
穏やかな秋の休日、のんびりとクラシック音楽を聴いておりました。
取り出したのは・・・・・

マーラーの交響曲「大地の歌」。
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮ベルリン・フィルの演奏。
フランシスコ・アライサ(T)、ブリギッテ・ファスベンダー(A)の独唱。
1984年2月、ベルリンでの録音。DG盤。

マーラーの東洋趣味に世紀末的な爛熟、厭世観が詰まった大傑作。
名盤には事欠かないが、今日はジュリーニで聴いてみよう。マーラーの「歌」を聴くのにはジュリーニがイイ。テノールもアルトも当時絶好調の二人だし、オーケストラもジュリーニの手綱捌きよろしく、実によく歌う。
この歌わせ方は、ジュリーニ練達の芸。もっとも、この指揮者の場合、「芸」と云うより人間性と言うべきかもしれない。技術や芸よりも、音楽性とか真摯な人柄が前に出てくる指揮者だった。

アライサの声は強靱。時々金属的に響くところもあるが、さすがにワーグナーもよくする強い声がイイ。「大地の歌」はこのくらい強い声の方が良い。
第1曲「大地の哀愁に寄せる酒の歌」など、見事な絶唱。魂の叫びになっている。絶品。
ファスベンダーの歌唱は、始めてこのCDを聴いた時の第一印象では、やや軽く明るいものだったが(だからモーツァルト的と思ったものだ)、声の美しさは全く素晴らしい。よく伸びて、透明感もある。プレーン・ヨーグルトのような味わいと云うべきか。美しいアルトと思う。
あとの曲になるほど調子が上がってゆく感じで、ラストの「告別」は感動的。声が消えてゆくときの余韻・余情は格別の美しさ。

ジュリーニ/BPOの演奏は、随所に歌心が感じられて、弦楽セクションなどは特によく歌うし、管楽器(特に木管)のソロは朗々と、時に渺々たる風情で歌う。素晴らしい。
歌うせいか、全体的にテンポはやや遅め。
「青春について」などはふっくらと音楽が柔らかく弾んで、中国風の大らかさが伝わってくる。

録音は上々です。
歌手二人の定位も良く、全体的に鮮やかな音で捉えられてます。
DGがデジタル録音に慣れて、いよいよ好録音を連発してゆく時期と重なります。
心地よく、マーラーの音楽に浸れる録音と云えるでしょう。

行く秋の昼下がり、良いマーラーを聴けました。
2007/10/28のBlog
今日もケンペです。
(性懲りもなく・・・・・(^^ゞ でも今日までです・・・・・)

グリーグのピアノ協奏曲 イ短調 作品16。
ネルソン・フレイレのピアノ独奏、ルドルフ・ケンペ指揮ミュンヘン・フィルの演奏。
1968年5月22~27日の録音。独CBSの原盤。
先日エントリーしたシューベルトの「グレート」と同じ時期の録音。

リマスタリングが素晴らしく、録音状態は大変瑞々しい。最新録音と聴き違えてしまいそう。40年前の録音とはとても思えない。
LP時代は1300円盤の廉価盤であったし、今の時代のCD激安のことを思えば、このCD税抜き1,900円は高めの価格設定と感じるが、その値段に十分見合うリマスタリングと思う。
(ケンペ・ファンの皆さん、ソニーの復刻は素晴らしいです。シューベルトの「グレート」同様、安心して勧められる、これはCDです)

さて、今年はグリーグ没後100年。僕はピアノ協奏曲と「ペール・ギュント」、それに「抒情小曲集」程度しか知りませんが(^^ゞ・・・せっかくなので、今日はケンペの指揮するこのCDを聴いているのです。

さて、音も良いが演奏も素晴らしい。

フレイレのピアノが精力的でロマンティック。やや蒼味がかった音色で、グリーグのクールなリリシズムを見事に表現している。
ケンペ/ミュンヘン・フィルの伴奏も聴きもの。うねるような、ロマン溢れる伴奏で。力強く迫力も十分の管弦楽。音が厚く、力強く前に出てくる感じで、フレイレの強靱な打鍵とをさらに引き立たせてゆく。

とりわけ美しいのは第2楽章。美しい抒情。これは、冷たい水をすくって、頬に当てたときの爽やかさ、心地よさ。
グリーグはホンマに素晴らしい音楽を書いてくれたと思う。北欧の冷涼な風景と抒情が、綺麗なピアノとオーケストラの音になって、僕の部屋に響く。
フレイレもケンペも、この音、この旋律を、丹念に、心を込めて歌い抜く。その思いが美しい。

第1楽章の豊かな管弦楽とピアノ。
フィナーレの、独奏とオケが心通わせて、ダイナミックな演奏を繰り広げてゆくのも、感興たかまる。

名演と思います。イイ演奏です。音もイイですしね。
2007/10/27のBlog
突然派生した台風の影響でしょうか、四国は雨です。
秋雨の中、今日もケンペを聴いています。
今日へベートーヴェン。手兵ミュンヘン・フィルとの全集からです。

ベートーヴェン :の交響曲第9番 ニ短調 作品125「合唱」。
ルドルフ・ケンペ指揮ミュンヘン・フィルの演奏。
声楽はウルズラ・コジュート(S)、ブリギッテ・ファスベンダー(A)、ニコライ・ゲッダ(T)、ドナルド・マッキンタイア(Bs)。ミュンヘン・フィル合唱団とミュンヘン・モテット合唱団が参加している。
1973年5月~6月、ミュンヘンでの録音。EMI原盤だが、現在はDISKYが廉価盤で発売しているようです。

第1楽章は、風格十分、盤石の安定感と言えそう。テンポは中庸で、表面の仕上げは実に端正。演奏は集中力が高く、一気に聴かせてしまう感じ。
内面の充実と云うべきか、出てくる音楽は熱い。燃えさかる情熱が噴出してくる。
ヴァイオリンの響きが、時々アクセントを持つ感じ。それも、音楽が熱さを伝えてくる。
第2楽章はテンポが心地よく、じっくりと聴かせる。
金管が時に激しい音を出し、ティンパニも堂々たる響きで迫ってくるので。スケール大きい音楽になってゆく。
ケンペは先を急ぎすぎず、このスケルツォ楽章をふっくらとしたものにしてゆく。
ベートーヴェンが本格的に交響曲に用いてきたスケルツォが、ここまで大きく広がりを持つ音楽になってきていることを示す演奏と云うべきか。

第3楽章アダージョは聴きもの。テンポはかなり遅めのアダージョで、切々と情感を伝える。底を流れるは、ベートーヴェンの諦念か、淡き抒情か、弦楽セクションの響きの美しさは、無限のイメージを誘う。木管の素朴な響きも美しいし、ホルンの音もコクがある。
ケンペの指揮は堅実真摯で、ベートーヴェンの最高傑作に対して、心から敬意を表しつつ、作品に奉仕するかのよう。自然なフレージングが、このアダージョには全くふさわしい。

第4楽章は、この演奏の核心。
ケンペは劇的に盛り上げる。前の3楽章に比べてかなり派手にやっている。もともとドンチャン騒ぎに近いところがある音楽なのだが、ケンペは、歌唱も含めて、劇性豊かに演奏させてゆく。前の3つの楽章は明らかに異質と思われるが、ケンペの燃える表現が聴けるのは嬉しい。
合唱は巧い。ソロも上手。

安定感十分で、自身と貫禄に満ちた名演と云えるでしょう。

録音は、もう一歩でしょうか。
EMIのリマスタリングが良くないのか、EMIのもともとの録音状態が良くないのか・・・・。
少し残念ですが、一般的な鑑賞に差し支えると云うことではありません。
もっとエエ音で聴きたいな・・・・という妄執であります。
2007/10/26のBlog
小雨の後、四国は晩秋の趣になりました。
行く秋の中で、さて拙ブログはルドルフ・ケンペ特集の様相であります。
今日はケンペの「グレート」です。

シューベルトの交響曲第9番 ハ長調 D.944「グレート」。
ルドルフ・ケンペ指揮ミュンヘン・フィルの演奏。
1968年5月、ミュンヘンでの録音。独CBSの原盤で、僕がクラシック音楽を聴き始めた頃、LPは1300円の廉価盤だったのだが、僕は買い漏らしてしまい、数年前にようやく復刻された2,000円盤CDで聴いております。

スケール雄大で堂々と進んでゆく「グレート」。
逞しく、よく歌い、若々しい憧憬に満ちた名演。

ケンペはいい意味で職人指揮者であって、録音で聴くと音楽がよく整理されて誠実に鳴り響く特徴があったが、この「グレート」は別格。熱く燃えて実によく歌い、胸一杯のロマンがこぼれてくるような演奏。これは、「燃えるケンペ」だ。


第1楽章冒頭の大らかさがイイ。ゆったりと風格に満ちた序奏部だ。
主部に入っての強烈なアッチェランドとクレッシェンドがスゴイ。血が出るような熱さ。近頃、こんなに熱い演奏はあまり聴かんぞい・・・・。テンポがどんどん速くなる快感、スゴイ盛り上がり。
ヴァイオリンの両翼配置も効果抜群。今まで聴いてきたスタンダードな配置とは、まるで響きが違う。素晴らしいステレオ効果と思う。左右のスピーカーの外へ音が広がってゆく感じ。スケール感も抜群と思う。
ミュンヘン・フィルは、めざましいオーケストラと思う。健闘している。

第2楽章もたっぷりとした歌がよい。テンポは速めで、ケンペは精力的にオケを鳴らしてゆく。ミュンヘン・フィルのアンサンブルもスッキリとして美しい。
チェロの合奏など美しさの限り。爽やかな風が吹いてくるようだ。

第3楽章もスケール豊かな演奏。
「もう歌はやめた。これからは交響曲とオペラだけにする」とシューベルトが友人に語った言葉が思い出される。まさに、シューベルトが決意を持って書き上げた堂々たる交響曲であり、実に大きなスケルツォ楽章と思う。ベートーヴェンのそれより、遥に肥大化している。

そして、圧倒的なフィナーレ。
「天国的な長さ」だが、僕はグレート大好きなので、全く気にならない(もっと長くても聴いていたい・・・・(^^ゞ)。
ケンペの指揮は、やや速めのテンポで、リズムが良く、メリハリのある演奏になっている。
オケも精力的で、ケンペの棒にピタリとついて、両者の麗しい信頼関係が伝わってくる。ケンペは素晴らしい指揮者であり、オーケストラ・トレーナーであったことを証明する名演と思う。

録音からすでに40年経過するのだが、その月日を感じさせない素晴らしい音であります。
鮮明でスッキリ。2002年、待望の復刻でありました。リマスタリングが素晴らしいのでしょう。
2007/10/25のBlog
ルドルフ・ケンペについては、コメントを沢山頂戴します。
有り難うございます。
皆さん、ケンペのような渋い指揮者がお好き・・・嬉しいです。

ということで、秋はブラームス・・・・・今日もケンペ盤です。

ブラームスの交響曲第2番 ニ長調 作品73。
ルドルフ・ケンペ指揮ミュンヘン・フィルの演奏。
1975年12月、ミュンヘンでの録音。原盤はACANTAで、国内ではテイチクが発売していたLPレコード。
ケンペ/ミュンヘン・フィルによるブラームス交響曲全集の最後の録音で、この半年後にケンペは亡くなった。

第1楽章はゆったりとしたテンポと自然なフレージングが心地よい。無理なく聴き手の心に滑り込んでくる優しさがある。「ブラームスの田園交響曲」とも云われるこの2番を、ケンペは暖かく慈愛に満ちた作品に仕上げてゆく。
一聴、素朴で飾り立てのない演奏。民芸品の味わいのようでもあるが、じっくり聴いているとケンペの誠実な人間性、暖かい想いが伝わってくる。そして、音楽の運びの堅実さ。何の変哲もない音楽の進み方なのに、そこから、確かな充実感がこみ上げてくる。
弦楽セクションは全く安定。その上で鄙びた音色で応える木管群がイイ。特にフルートの美しさが印象的。まさに絶品と思う。

第2楽章も暖かいストリングスの響きが素晴らしい。優しく、穏やかに、自然な音楽。息づかいもひっそりとしていて、荒々しくないのが良い。秋の田園を思わせる侘びしさもイイ。
ああ、ブラームス。内に秘めた想いの(彼は表にそれを出さないのだが)、浪漫的なこと!背を向ける人を呼び止めることもなく、歩き去る人の気を引くこともせず、ひっそりと咲く野辺の花のような音楽。その臆病ささえ感じさせる響きと旋律の、何と美しいこと。ケンペの誠実な指揮で聴く、ブラームスのメロディは最高と思う。

第3楽章はアレグレット・グラツィオーソ(クワジ・アンダンティーノ)。
いくぶん速めのテンポで活気ある表現。前2つの楽章とは対照的。
クワジ・アンダンティーノのところでは、穏やかな気分に戻る。ケンペの棒がその性格を丁寧に描き分けてゆく。巧いもんだなぁ。

フィナーレは明るい陽光が差し込んでくる感じ。
晩秋の日中の風が、優しく肌を打つ・・・・そんな爽やかさを漂わせながら、ナチュラルな音楽が展開する。

ケンペはイイ指揮者でした。早い死が惜しまれます。毎度同じことを言っていますが。

録音はアナログ的な、そしてLPらしい暖かさに溢れて、聴きやすいものです。
LP全盛期の録音であります。
2007/10/24のBlog
十三夜でした。
田舎の空は、実に綺麗な月夜でした。深まりゆく秋、旅立つ秋といった風情でした。

今日はシューマンの交響曲第3番変ホ長調 作品97 「ライン」。
秋になると聴きたくなる交響曲です。
この曲から、収穫の喜びを感じるからでしょうか。

さて、演奏はオトマール・スウィトナー指揮ベルリン・シュターツカペレで。

1986年8~9月、東ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。DENONの原盤で、独シャルプラッテンとの共同制作によるもの。
現在はDENONクレスト1000シリーズの廉価盤になっている。

教会録音の残響が大変美しい。間接音が多く、音の溶けあいがよく、まろやか。全体的に音は柔らかく、聴き疲れしない。実に心地よい聴感。

第1楽章「いきいきと」は冒頭から、スウィトナーらしい克明な表現。フレージングが自在で、スケール豊かな音楽を作り出している。ドイツの大地を流れるラインの大河を彷彿とさせる大きな音楽。身を任せて聴くのにふさわしい、滔々たる流れが続いてゆく。
ホルン4本のコクのある音が実にイイ。そして音が豊かに広がってゆく。
コーダなどは堂々たる表現。格別の味わいだ。

第2楽章は「きわめて穏やかに」とある楽章。
ライン流域の田園風景を眺めているような趣。のどかな表現で、テンポもゆったりとしている。ベルリン・シュターツカペレの響きも素晴らしい。木綿の肌触り、自然な質感が大変好ましい。こういう音で聴くシューマンは最高と思う。シューマンもこういう音での再現を望んでいたんじゃないかと思われてくる。素晴らしい。
楽章ラストのホルン、これまた迫力あって巧いこと。

第3楽章は「速くなく」。クラリネットと弦楽の会話が美しい。ティンパニも金管も休んでいるこの楽章のメインは、弦楽セクションだろう。アンサンブルが美しく、よく揃った時のストリングスを聴く幸福を体験できる。ベルリン・シュターツカペレは、ホンマに美しいオケだと思う。

第4楽章は「壮麗に」。
ここもやはり大河のように音楽が進む。つくりは確かに壮麗。
合奏は見事なもので、シューマンの濃厚なロマンが浮かび上がってくる(それでもそこは前期ロマン派の爽やかなロマンだが)。スケールも豊かで、この交響曲が天才の霊感だけで作曲されたのではない、というしっかりした構成感を伝える。

フィナーレは「いきいきと」。豊かな音楽が広がってゆく。
スウィトナーは、オケの自発性を十分に引き出して、気持ちよく演奏している感じ。金管がよく鳴り響いて、弦楽パートの素晴らしいアンサンブルがそれに花を添える名演。


久しぶりにシューマンの「ライン」を聴きました。
この交響曲は、やはり秋に聴くのがエエですね。
収穫の悦び、実りの秋を感じさせる音楽と思います。
2007/10/23のBlog
気持ちのいい秋空が広がります。
空は青、雲一つない快晴、一年を通じても滅多にないような青空でありました。

今日は協奏曲を聴いています。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番 ハ長調 作品15。
マルタ・アルゲリッチのピアノ独奏、ジュゼッペ・シノーポリ指揮フィルハーモニア管の演奏。
1985年5月、ロンドンのウォルサムストウでの録音。DG盤。
カップリングは同じくベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番

第1楽章はアレグロ・コンブリオ。
シノーポリの精力的な指揮で、活気あふれるベートーヴェンが現われる。序奏部から十分聴かせてくれる管弦楽だ。
アルゲリッチのピアノは、ため息が出るほど美しい。玲瓏玉を転がすとは、こういうピアノのことを云うんじゃないか。
そして、古典的な演奏の枠内で、思い切り跳ね回るピアノが楽しい。スピード感いっぱい、ピアノの響きや音色、ダイナミクスの変化に聴き惚れていると、あっという間に時間が過ぎてゆく感じ。アルゲリッチのピアノは、いつだって天馬空をゆく。ピアノを弾くのは喜びであり、楽しいことだと聴き手に伝わってくる演奏。アルゲリッチも楽しそうだが、こういう愉悦に満ちた演奏を聴くのは、実に幸福なことと思う。
カデンツァはベートーヴェンの作。天衣無縫の響きは、まるでアルゲリッチ自作のよう、彼女が完全に掌中に収めたカデンツァ。

第2楽章はラルゴ。
シノーポリ/フィルハーモニア管がつくり出すたっぷりとした響きの中で、アルゲリッチのピアノが硬質に輝く。この輝き、冴え冴えとして全く美しい。若きベートーヴェンの心の華やぎに通ずるものだろう。
あの、しんねりむっつりのベートーヴェンにも、こんな青春があったのだと思わせる演奏。若々しさと、その生命力の輝きは、聴いていて羨ましいくらい。
フィルハーモニア管は好演。たっぷりとした音で、ベートーヴェンの若き憧憬を歌い上げる。

フィナーレはロンド・アレグロ。
楽しく心弾む音楽。アルゲリッチのピアノはさらに奔放。思い切り飛び跳ねて、屈託なく明るい。その跳ね方が、ときにつんのめりそうなくらい。
オケもよくついていっていると、感心。シノーポリの棒捌きが光る瞬間でもある。

録音はホールトーンが十分に取り入れられて、大変美しい音響。
ピアノが前に出て、オケがバックにきれいに定位する。
臨場感あふれる見事な録音であります。
弦楽セクションの潤いは今ひとつでしょうか。艶が欲しいなとも思いますが、これは、フィルハーモニア管の音なのかもしれません。
2007/10/22のBlog
秋です。
朝のジョギングをしていますと、ヒンヤリした空気が鼻腔をくすぐる感じ。爽やかな空気が胸に入ってきます。この心地よさ、何物にも代え難い幸福かもしれません。

ジョギングの気持ちよい季節は、クラシック音楽にも心地よい季節です。
そして、秋はブラームス・・・・。
昨日に続いてケンペを取り出しました。LP盤です。国内盤ですが。


ブラームスの交響曲第1番 ハ短調 作品68。
ルドルフ・ケンペ指揮ミュンヘン・フィルの演奏。
1975年5月の録音、ACANTA原盤のLP。1980年頃、日本ではテイチクが販売権を持っており、「ケンペ1500シリーズ」の廉価盤として発売されていたもの。
1976年5月11日に死去したケンペ(享年65歳)、そのちょうど1年前の録音。ケンペとしては最晩年の演奏になる。

誠実で温かい人柄を思わせるブラームス。
長年にわたって、コツコツと積み上げてきた努力研鑽を感じさせる演奏でもある。

ケンペはイイ指揮者だった。実演では「燃えるケンペ」として有名であったらしいが、遺された録音で僕が聴くケンペは、温厚篤実で真面目勤勉、職人的な指揮者であって、オーケストラの持ち味を十全に引き出す名シェフという感じの指揮者。
この演奏でも、じっくり聴いていると、誠実で暖かく穏やかなブラームスが目の前に現れる。暖かいのはLPのせいでもあるかな?
無骨で不器用で、内面を人前にさらけ出すことができず(作品ではさらけ出すことができたが)、臆病な人柄・・・・そんなブラームスが、ようやく書いた第1交響曲。その「ようやく」さがよく出た演奏と思う。

ミュンヘン・フィルの響きは質朴。派手さや華やかさからは遠いが、指揮者同様、誠実さがよく出た演奏と思う。
特に第2楽章がイイ。独奏ヴァイオリンなど全く美しい。ため息が出る。これは、ホンマに柔らかく清らかなヴァイオリンと思う。
そして立派な第4楽章が聴きもの。
正々堂々と押し出してゆく姿勢の良さ、潔さ。音響は柔らかく、ふっくらとしているのもイイ。
ケンペ常套のヴァイオリン両翼配置が効いていて、包み込むようなサウンドが心地よい。フィナーレの盛り上がりも見事。熱く燃えるケンペが顔を出す。

録音状態良好で、今も十分に聴けます。
ゆったりした大らかな暖かさが特徴的、LP独特の質感がたまりません。
CDでは今、SCRIBENDUMレーベルから出ているようです。

2007/10/21のBlog
空気が澄んできて、四国の山並みが美しいです。
特に霊峰石鎚が素晴らしい眺め。当地伊予西条の田園地帯から眺める西日本最高峰は、春夏秋冬を通じて、端然とした姿を見せます。

そこで、今日は大好きな山の交響曲を。

R・シュトラウスのアルプス交響曲。
ルドルフ・ケンペ指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
1971年9月、ドレスデンのルカ教会での録音。EMIのボックスセットからの1枚。
(このボックスは、1枚1枚全てがホンマに素晴らしい名演なので、まさに激安お買い得と云えるでしょう)

R・シュトラウスの音楽を完全に自分のものにし、掌中に収めた指揮者と、作曲家ゆかりの伝統を大切に育んできたオーケストラとの、幸福な出会い。
ケンペとドレスデン・シュターツカペレのボックスセットを聴き進めながら、そんなことを思っていた。

特にこのアルプス交響曲は、このコンビ屈指の名演。すべてが自信にあふれ、音楽は確信を持って鳴り渡る。
この曲こそ、R・シュトラウスの粋。彼の手練手管が施された完璧なオーケストレーションが全く素晴らしいのだが、ケンペはあざとくなく、誠実に、淡々と音楽を運んでゆく。無理な演出はない。だからこそR・シュトラウスの音楽が素直に、豪快に、スッキリと響く。
語り口は木訥で嫌みがなく、素朴な田舎料理風なのだが、だからこそ味わい深く、徐々に美味が口の中に広がるような感じの演奏。しかも、自然な感興の盛り上がりがあって、音楽の格調、品格は実に高い。そうそう、流行の「品格」という言葉、ケンペの演奏にはこの言葉が似合う。

もちろん、熱気は十分で、ふだん柔らかくふくよかな響きのドレスデン・シュターツカペレから、熱い音楽を引き出してゆく。

それにしても、ドレスデン・シュターツカペレは巧い。
いや、巧まずして普通に演奏したら、素晴らしい音楽になってしまった、という感じかな。素朴さの残る響きの美しさはもちろんイイし、金管のまろやかさ、弦の練りあげたシルクタッチの響きは天上のものかと思えるほど、美しい。
ホルン・セクションは最強と言っていいんじゃないか。その中心には名手ペーター・ダムが座っているのだろうが、もう、何とも云えない良い音で鳴り渡る。

ああ、名匠の名品。何度聴いても素晴らしいです。

録音は上々。「山の牧場」でのカウベルなど、心地よく捉えられています。
1970年代初頭のEMI録音は、なかなかよろしい。このケンペのR・シュトラウス作品集は、成功した部類の録音と思います。
まろやかでふっくらとしたドレスデン・シュターツカペレの音が十分に楽しめます。
もっとも、演奏が素晴らしいと、録音の良否など関係ないんですが。
2007/10/20のBlog
クラシック音楽を聴くのに実にエエ季節になりました。
暑くもなく寒くもなく、心地よく音楽に浸れます。

そして僕は今日も古いLPレコードを取り出してます。

シューマンのピアノ協奏曲 イ短調 作品16。
ディヌ・リパッティのピアノ独奏、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮フィルハーモニア管の演奏。
1948年9月の録音なのでもちろんモノラル。EMI盤。もう古いLPレコードになりました。

子供の頃、夢中になって見ていた「ウルトラセブン」の最終回に使われていた、シューマンのピアノ協奏曲こそ、このリパッティ盤であった。(とは後年知ったのだが。)
あの最終回は感動的だった。セブン最期の戦いが迫る中で、モロボシ・ダンがアンヌ隊員に、自分がウルトラセブンであることを告白する。まさに、その瞬間に、シューマンのピアノ協奏曲が流れ始める。・・・・・カッコ良かったなぁ。名曲と名場面やったなぁ。

放送は1968年のことだった。
僕は洟垂れ小僧であって、その音楽がシューマンであることを知ったのはずいぶん後のことだった。そしてその演奏が、今日のリパッティ盤であったことも。

もう40年も昔のことになった。月日の流れるのは速い。洟垂れ小僧は、白髪目立つオッサンになってしまった。
しかし、時が流れても名盤の命は失われない。今も輝くリパッティ、素晴らしい演奏であります。


第1楽章、リパッティのピアノの清潔なこと!
カラヤンの伴奏も天才に触発されてこの上なく立派。流麗でありながら、心の中の戸惑い・胸を灼くような想いが噴出する。素晴らしきかなロマン。

第2楽章、この美しい旋律の静謐な表現が何と潔いことか。
リパッティ盤でしか聴けない美しさが、貧しいモノラル録音からこぼれてくる。
彼の天才はここに聴ける。

そしてフィナーレの見事なピアニズム。
カラヤンの伴奏もグッと熱くなって、シューマンのロマンが奔流となって流れてくる。鮮やかにして清潔精緻、しかも情熱的という、背反するようなものを高次元にまとめてしまうピアノが、何とも素晴らしい。
「諸君、脱帽したまえ、天才だ!」・・・・・・・。


録音はモノラルです。貧しいです。
しかし、名演の命は無限です。
素晴らしい演奏と思います。
2007/10/19のBlog
深まりゆく秋。夜空が澄んできました。
田舎は、空気も澄んで、星が綺麗です。

星が降るような夜に、さて今日は・・・・・・。

ホルストの組曲「惑星」。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン・フィルの演奏。
1961年9月、ウィーンのソフィエンザールでの録音。DECCA盤。
昔懐かしいLPで。キングレコードの「ベリー・ベスト・クラシック」シリーズのものです。

カラヤンが録音したことで一躍有名になった音楽があるという。このホルストの「惑星」は、カラヤンによって名曲になった。・・・・・とは、昔本でよく読んだことである。

45年以上も昔の録音とはとても思えない鮮やかさ。DECCA盤の音の良さにはホトホト恐れ入る。この鮮烈な録音があってこそ、「惑星」はポピュラー音楽になりえたと思う。

「火星」の勢いの良さ。イキでオシャレで気っぷの良い江戸っ子の感じ。澄み切って潔ささえ感じさせる管弦楽。金管は雄弁で、ティンパニは強烈。リズムは弾み、推進力あふれる快速テンポ。いや、全くカッコイイ。聴いていて活力が湧いてくるスペクタクル。ウィーン・フィルのアンサンブルも非常に美しい。

「金星」の優美さはウィーン・フィルの独壇場。
弦のしなやかさ、ソロ・ヴァイオリンの脂粉の匂うような色気。これは美女の微笑み、ヴィーナスの音楽だ。その流し目に聴き手はノックアウト、メロメロにさせられてしまう。
他には木管がすばらしい。オーボエやフルートの艶やかさは何に例えようか。

「水星」のユーモラスな妖しさもイイ。カラヤンの見事な性格描写と思う。ウィーン・フィルの奏者の達者なソロも楽しめる。

「木星」は豪快にして芳醇。美しく、強く、逞しくて、なのにデリケートさもある・・・・矛盾するような美を高度に止揚した稀代の名演か。
あの中間部の名旋律、オケがよく揃い、よく歌い、そして徹底して磨き上げれた美しさを聴かせる・・・・感動的な演奏と思う。

「土星」も豪快。金管の鳴りっぷりは気持ちいいし、打楽器の迫力は抜群の効果をもたらす。
そしてウィーン・フィルの弦!何度でも僕は書くが、この艶やかな弦を聴くのは至高の悦び、最上の幸福。

「天王星」も面白い。強弱の見事なコントラスト、金管アンサンブルの逞しさ、ティンパニの迫力など、聴きどころ満載。<魔術師>の怪しさもよく出ている。
そして「海王星」の神秘とデリカシー。美しいという言葉は陳腐、表現するのにもう言葉が見つからないくらいの美しさ。

カラヤンはスゴイ。
「惑星」の細部に至るまで知り尽くして、見事な音のドラマをつくっています。
しかも、この曲の真価が知られる遙か昔に。
録音も抜群。
澄んだ秋空にふさわしい鮮やかさでありました。