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2007/12/19のBlog
[ 05:27 ]
[ 交響曲 ]
CD時代になって有り難かったのは、長時間録音が可能になったことであります。
LPだと2枚組のものが、CD1枚で、A面B面ひっくり返さずに通して聴けちゃう・・・・便利になったと実感したものです。
今日のCDもそんな1枚。演奏時間は約76分の長尺物。
マーラーの交響曲第2番 ハ短調「復活」。
ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団・バイエルン放送合唱団の演奏。
ソプラノ独唱はエディット・マティス、アルト独唱はノーマ・プロクター。
1969年2月、ミュンヘンでの録音。DG盤。
クーベリックのマーラーは、自然な質感がイイ。
草の匂いが漂うようなやさしいマーラー。ボヘミアの田舎の風景を想像させる素朴さがある。
バイエルン放送響は、やや明るめの響きでクーベリックの指揮に鋭敏に反応してゆく。フットワークの軽い、上手いオーケストラと思う。録音も1960年代とは思えない、自然で豊かな広がりを持っていて、素晴らしい音響を満喫できるもの。
第1楽章など、もっとハデハデしくやることもできるだろうに、クーベリックはあえてそれを避け、穏やかに演奏させている感じ。激情に駆られるマーラーもイイが、クーベリックのような、端正な表情のマーラーもイイものだ。豪快なところでも、阿鼻叫喚にならない。もっとも、自然の野趣あふれる響きはクーベリックの持ち味であって、打楽器の扱いなどは質朴であるとともに、迫力十分。
第2楽章は穏やかで暖かいマーラー。クーベリックの叙情性を垣間見るような趣あり。
オケの響きがしっとりとして、味わい深い。静謐なところの、暖かい感情がとても良い。
第3楽章は管楽器が活躍して楽しい。弦楽セクションもイイ音でこたえ、爽やかな響きがつくられてゆく。ヴァイオリンが両翼配置なので、掛け合いがはっきりと聴き取れる。効果満点。マーラーが意識的に作曲しているところと思う。包まれるような響きが素晴らしい。
そして感動的な第4楽章。プロクターの声は、美しいというより、冷涼で清澄な声。やや太めの声質と思うのだが、その響きはクリアで心地よい。
終楽章は、曲が進むにつれて迫力が増し、テンポも上がってゆく。力強い終曲。
クーベリックのマーラーは、聴き疲れしない。オケの息づかいが自然だからかな。この「復活」のような大曲、大げさな交響曲でも、疲れない、不思議な感じ。
録音良好であります。
演奏同様、自然な感じがエエです。
DGの、これは優秀録音の一つと云えるでしょう。
LPだと2枚組のものが、CD1枚で、A面B面ひっくり返さずに通して聴けちゃう・・・・便利になったと実感したものです。
今日のCDもそんな1枚。演奏時間は約76分の長尺物。
マーラーの交響曲第2番 ハ短調「復活」。
ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団・バイエルン放送合唱団の演奏。
ソプラノ独唱はエディット・マティス、アルト独唱はノーマ・プロクター。
1969年2月、ミュンヘンでの録音。DG盤。
クーベリックのマーラーは、自然な質感がイイ。
草の匂いが漂うようなやさしいマーラー。ボヘミアの田舎の風景を想像させる素朴さがある。
バイエルン放送響は、やや明るめの響きでクーベリックの指揮に鋭敏に反応してゆく。フットワークの軽い、上手いオーケストラと思う。録音も1960年代とは思えない、自然で豊かな広がりを持っていて、素晴らしい音響を満喫できるもの。
第1楽章など、もっとハデハデしくやることもできるだろうに、クーベリックはあえてそれを避け、穏やかに演奏させている感じ。激情に駆られるマーラーもイイが、クーベリックのような、端正な表情のマーラーもイイものだ。豪快なところでも、阿鼻叫喚にならない。もっとも、自然の野趣あふれる響きはクーベリックの持ち味であって、打楽器の扱いなどは質朴であるとともに、迫力十分。
第2楽章は穏やかで暖かいマーラー。クーベリックの叙情性を垣間見るような趣あり。
オケの響きがしっとりとして、味わい深い。静謐なところの、暖かい感情がとても良い。
第3楽章は管楽器が活躍して楽しい。弦楽セクションもイイ音でこたえ、爽やかな響きがつくられてゆく。ヴァイオリンが両翼配置なので、掛け合いがはっきりと聴き取れる。効果満点。マーラーが意識的に作曲しているところと思う。包まれるような響きが素晴らしい。
そして感動的な第4楽章。プロクターの声は、美しいというより、冷涼で清澄な声。やや太めの声質と思うのだが、その響きはクリアで心地よい。
終楽章は、曲が進むにつれて迫力が増し、テンポも上がってゆく。力強い終曲。
クーベリックのマーラーは、聴き疲れしない。オケの息づかいが自然だからかな。この「復活」のような大曲、大げさな交響曲でも、疲れない、不思議な感じ。
録音良好であります。
演奏同様、自然な感じがエエです。
DGの、これは優秀録音の一つと云えるでしょう。
2007/12/18のBlog
[ 04:45 ]
[ 協奏曲 ]
Doblog、またしても重いです・・・・。
さて、困ったもんです。やれやれ・・・・。
ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61。
イツァーク・パールマンのヴァイオリン独奏、カルロ・マリア・ジュリーニ指揮フィルハーモニア管の演奏。
1980年9月、ロンドンのアビーロード・スタジオでの録音。EMI盤。
パールマンの美音。時にパールマン35歳。すでに十分なキャリアを積んで(デビューは18歳だから、このとき17年め)、演奏会・レコード録音ともに経験豊富。満を持してのベートーヴェン録音だった。
しかも、当時絶好調のジュリーニとの共演。充実の棒とオーケストラを得て、パールマンは若々しく瑞々しい演奏を展開する。
ヴァイオリンの奔流が聴ける。
この曲の第1楽章は、寄せては返す波のようなオーケストラ・パートが特徴で、繰り返しが多いのだが、単調のようでいて実は聴感上、それが快感につながる。何度も何度も現れる旋律が、徐々に薬のように効いてくるのだろう。
その伴奏、ジュリーニ/フィルハーモニア管は実に格調高く、まさに古典、堂々と恰幅の良い演奏に仕上げてゆく。時に、気宇壮大なところもあって心地よい。
録音当時、ジュリーニはマーラーやシューベルト、ドヴォルザークのロマン派9番交響曲の名演を次々に録音していたが(オケはシカゴ響だった)、この曲ではそのロマン的な陰影から離れ、晴朗で美しく、様式美に満ちた古典的な演奏に徹している。そこがイイ。
力強さも十分で、推進力・迫力もある。
パールマンのヴァイオリンは全く美音。しかも自在な演奏。古典の様式にピタッと収まった格調とでも云うべきか。
カデンツァはクライスラーのもの。美しい音と、高貴な精神とが高い次元で融合した名演奏。
第2楽章の静謐の美しさ。ベートーヴェンの心の平安が聴ける。
ウットリするような美しい旋律がオケから紡ぎ出され、それをパールマンがヴァイオリンと一緒に織り上げてゆく風情もイイ。
フィナーレは幸福感、愉悦感に満ちたロンド。
パールマンのヴァイオリンは、闊達で胸のすくような技巧が素晴らしい。
オーケストラもよく合わせて、見事なアンサンブルでこたえてゆく。
名演と思う。
録音が古びてきましたが、まずまずの音と思います。
ヴァイオリンの音が少しきつく、やや乾き気味なのがチト惜しいかな。
オーケストラの音は柔らかくふくよか、実に心地よいです。
さて、困ったもんです。やれやれ・・・・。
ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61。
イツァーク・パールマンのヴァイオリン独奏、カルロ・マリア・ジュリーニ指揮フィルハーモニア管の演奏。
1980年9月、ロンドンのアビーロード・スタジオでの録音。EMI盤。
パールマンの美音。時にパールマン35歳。すでに十分なキャリアを積んで(デビューは18歳だから、このとき17年め)、演奏会・レコード録音ともに経験豊富。満を持してのベートーヴェン録音だった。
しかも、当時絶好調のジュリーニとの共演。充実の棒とオーケストラを得て、パールマンは若々しく瑞々しい演奏を展開する。
ヴァイオリンの奔流が聴ける。
この曲の第1楽章は、寄せては返す波のようなオーケストラ・パートが特徴で、繰り返しが多いのだが、単調のようでいて実は聴感上、それが快感につながる。何度も何度も現れる旋律が、徐々に薬のように効いてくるのだろう。
その伴奏、ジュリーニ/フィルハーモニア管は実に格調高く、まさに古典、堂々と恰幅の良い演奏に仕上げてゆく。時に、気宇壮大なところもあって心地よい。
録音当時、ジュリーニはマーラーやシューベルト、ドヴォルザークのロマン派9番交響曲の名演を次々に録音していたが(オケはシカゴ響だった)、この曲ではそのロマン的な陰影から離れ、晴朗で美しく、様式美に満ちた古典的な演奏に徹している。そこがイイ。
力強さも十分で、推進力・迫力もある。
パールマンのヴァイオリンは全く美音。しかも自在な演奏。古典の様式にピタッと収まった格調とでも云うべきか。
カデンツァはクライスラーのもの。美しい音と、高貴な精神とが高い次元で融合した名演奏。
第2楽章の静謐の美しさ。ベートーヴェンの心の平安が聴ける。
ウットリするような美しい旋律がオケから紡ぎ出され、それをパールマンがヴァイオリンと一緒に織り上げてゆく風情もイイ。
フィナーレは幸福感、愉悦感に満ちたロンド。
パールマンのヴァイオリンは、闊達で胸のすくような技巧が素晴らしい。
オーケストラもよく合わせて、見事なアンサンブルでこたえてゆく。
名演と思う。
録音が古びてきましたが、まずまずの音と思います。
ヴァイオリンの音が少しきつく、やや乾き気味なのがチト惜しいかな。
オーケストラの音は柔らかくふくよか、実に心地よいです。
2007/12/17のBlog
[ 06:04 ]
[ 交響曲 ]
年の瀬、寒くなりました。
寒くなると、チャイコフスキーやシベリウス、グリーグなど、寒冷地の作品を聴いてみたくなるものです。
そこで今日は・・・・。
チャイコフスキーの交響曲第5番 ホ短調 作品64。
エフゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルの演奏。
1960年11月、ウィーンへの楽旅中の録音。DG盤。
名盤中の名盤。(だろう・・・・)
録音も素晴らしく、この時期のDGのベスト・フォームと云っていいんじゃないか。特に弦が良い。ヴァイオリンなど実によく伸びて、ピンと張り詰めた緊張感が伝わってくる。全体的に音質も柔らかく、聴きやすい。CD化も成功しているのだろう。
大音量でもフォルムが崩れない優秀録音。音場も広大、云うことなし。
演奏は、もう第1楽章から、ムラヴィンスキーの指導力・統率力にもとに鍛えられたレニングラード・フィルの鉄の結束が聴ける。素晴らしい、というより、凄まじいアンサンブル。よく揃っているので、トゥッティのところでも、音がだぶつかず、スカッとヌケが良い。透明感のある音が聴ける凄さ。
第2楽章はホルンの名唱。やや明るめでゆったりしたテンポの歌。たっぷりとした弦楽セクションの歌も美しい。
響きの透明度が高く、時に爽快感さえ漂う。
第3楽章はワルツ。チャイコフスキーの第5は、ワルツが本格的に入った交響曲。彼のバレエ音楽を思わせる楽しさ。
木管が巧い。ファゴットやフルートの巧さは格別。レニングラード・フィルは名技集団。当時の冷戦下、西側諸国はソ連のオケの実力に肝を潰したことだろう。
フィナーレでは鉄壁のアンサンブルが聴きもの。水も漏らさぬ完璧さ。
しかも速い。目の回るようなパッセージも、ビシッと決まっている。
演奏は、男らしく強靱、メソメソしない感じ。チャイコフスキー独特の「泣き」が入らない演奏。カッコイイことこの上ない。
聴いていて、息詰まるところもあり、その凄まじさに少々疲れるかな・・・・。
優秀録音です。
50年近く経過したとは、とても思えないです。
寒くなると、チャイコフスキーやシベリウス、グリーグなど、寒冷地の作品を聴いてみたくなるものです。
そこで今日は・・・・。
チャイコフスキーの交響曲第5番 ホ短調 作品64。
エフゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルの演奏。
1960年11月、ウィーンへの楽旅中の録音。DG盤。
名盤中の名盤。(だろう・・・・)
録音も素晴らしく、この時期のDGのベスト・フォームと云っていいんじゃないか。特に弦が良い。ヴァイオリンなど実によく伸びて、ピンと張り詰めた緊張感が伝わってくる。全体的に音質も柔らかく、聴きやすい。CD化も成功しているのだろう。
大音量でもフォルムが崩れない優秀録音。音場も広大、云うことなし。
演奏は、もう第1楽章から、ムラヴィンスキーの指導力・統率力にもとに鍛えられたレニングラード・フィルの鉄の結束が聴ける。素晴らしい、というより、凄まじいアンサンブル。よく揃っているので、トゥッティのところでも、音がだぶつかず、スカッとヌケが良い。透明感のある音が聴ける凄さ。
第2楽章はホルンの名唱。やや明るめでゆったりしたテンポの歌。たっぷりとした弦楽セクションの歌も美しい。
響きの透明度が高く、時に爽快感さえ漂う。
第3楽章はワルツ。チャイコフスキーの第5は、ワルツが本格的に入った交響曲。彼のバレエ音楽を思わせる楽しさ。
木管が巧い。ファゴットやフルートの巧さは格別。レニングラード・フィルは名技集団。当時の冷戦下、西側諸国はソ連のオケの実力に肝を潰したことだろう。
フィナーレでは鉄壁のアンサンブルが聴きもの。水も漏らさぬ完璧さ。
しかも速い。目の回るようなパッセージも、ビシッと決まっている。
演奏は、男らしく強靱、メソメソしない感じ。チャイコフスキー独特の「泣き」が入らない演奏。カッコイイことこの上ない。
聴いていて、息詰まるところもあり、その凄まじさに少々疲れるかな・・・・。
優秀録音です。
50年近く経過したとは、とても思えないです。
2007/12/16のBlog
[ 05:41 ]
[ 声楽曲・オペラ ]
年末になるとワーグナーを聴きたくなる・・・・。
NHK-FMの年末特集・バイロイト音楽祭にかじりついていたせいでしょうか。ベートーヴェンの第九とともに、ワーグナーの楽劇をききたくなってしまうのであります。
これ、我々40代以上のクラシック音楽好きのオヤジたちのサガかもしれません(^^ゞ。
このごろは、CDが買える金銭的余裕が出来たことに加えて、CDが大変安価に購入できるようになったので、FM放送からとんと遠ざかってしまったんですが、若い頃は最も有り難いソースでありまして(だって、タダなんだもの)、必死に「エア・チェック」したものでした。
さて、今年は年末の休暇にゆっくりFM放送を聴いてみようかな。まだ、バイロイトなどの特集は放送しているんでしょうか・・・。
ということで、今日はワーグナー。
ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指輪」(抜粋盤)
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏。
1966~69年の録音。DGのレゾナンスシリーズの廉価輸入盤。購入して20年くらいになるので、さて、今は現役盤かどうか分からない。国内盤ではパノラマ・シリーズの2枚組で出ているんじゃないかと思う。
ワーグナーといえば、大作「ニーベルングの指環」。時間がない時は、もっぱら管弦楽曲集を聴くのだが、今日はカラヤン/BPOの全四部作からの抜粋盤。1枚で、「リング」のエエところが聴けてしまう徳用盤。
カラヤンの全曲盤は持っていないので(我が家にはショルティのLP、ヤノフスキ/SKDのCD盤、ノイホルトの激安ブリリアント盤がありますが)、歌手については何とも云えないのだが、これはカラヤンらしい精妙さとゴージャスさが融合した、素晴らしいワーグナーと思う。力作といっていいんじゃないか。
とにかく綺麗。サウンドは豪快無比。ベルリン・フィルはスゴイ。
威力満点の迫力ワーグナーを聴かせるかと思うと、一転、ゾクゾクするほど美しい繊細な響きをつくり出す。ハーモニーの繊細なこと、この上なし。
ああ、美しいワーグナー!
トマス・スチュアートのヴォータンは良い。「ラインの黄金」ではフィッシャー=ディースカウが歌っているが、これも素晴らしい美声のヴォータン。
ブリュンヒルデのヘルガ・デルネシュは、同じカラヤンの指揮する盤(EMI)でイゾルデを歌っていたが、当時絶好調、鋭敏で覇気のある歌唱と思う。
録音が抜群です。
約40年経過したとは思えない新鮮さ。耳を疑います。
DGにしては最高レベルの録音と思います。
スゴイ。生々しい。迫力十分。大音量では部屋が震えます。
「ニーベルングの指環」についてのエントリーがたまってきましたので、ここらで自己リンクを・・・・・。
■楽劇「ラインの黄金」 ヤノフスキ/ドレスデン・シュターツカペレ
■楽劇「ラインの黄金」 ベーム/バイロイト祝祭管
■「ニーベルングの指環」管弦楽曲集 オーマンディ/フィラデルフィア管
■「ニーベルングの指環」管弦楽曲集 テンシュテット/ベルリン・フィル
■「ニーベルングの指環」管弦楽曲集 セル/クリーヴランド管
■「ニーベルングの指環」管弦楽曲集 マゼール/ベルリン・フィル
■「ニーベルングの指環」管弦楽曲集 ショルティ/ウィーン・フィル
■「ニーベルングの指環」(ハイライト) ヤノフスキ/ドレスデン・シュターツカペレ
NHK-FMの年末特集・バイロイト音楽祭にかじりついていたせいでしょうか。ベートーヴェンの第九とともに、ワーグナーの楽劇をききたくなってしまうのであります。
これ、我々40代以上のクラシック音楽好きのオヤジたちのサガかもしれません(^^ゞ。
このごろは、CDが買える金銭的余裕が出来たことに加えて、CDが大変安価に購入できるようになったので、FM放送からとんと遠ざかってしまったんですが、若い頃は最も有り難いソースでありまして(だって、タダなんだもの)、必死に「エア・チェック」したものでした。
さて、今年は年末の休暇にゆっくりFM放送を聴いてみようかな。まだ、バイロイトなどの特集は放送しているんでしょうか・・・。
ということで、今日はワーグナー。
ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指輪」(抜粋盤)
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏。
1966~69年の録音。DGのレゾナンスシリーズの廉価輸入盤。購入して20年くらいになるので、さて、今は現役盤かどうか分からない。国内盤ではパノラマ・シリーズの2枚組で出ているんじゃないかと思う。
ワーグナーといえば、大作「ニーベルングの指環」。時間がない時は、もっぱら管弦楽曲集を聴くのだが、今日はカラヤン/BPOの全四部作からの抜粋盤。1枚で、「リング」のエエところが聴けてしまう徳用盤。
カラヤンの全曲盤は持っていないので(我が家にはショルティのLP、ヤノフスキ/SKDのCD盤、ノイホルトの激安ブリリアント盤がありますが)、歌手については何とも云えないのだが、これはカラヤンらしい精妙さとゴージャスさが融合した、素晴らしいワーグナーと思う。力作といっていいんじゃないか。
とにかく綺麗。サウンドは豪快無比。ベルリン・フィルはスゴイ。
威力満点の迫力ワーグナーを聴かせるかと思うと、一転、ゾクゾクするほど美しい繊細な響きをつくり出す。ハーモニーの繊細なこと、この上なし。
ああ、美しいワーグナー!
トマス・スチュアートのヴォータンは良い。「ラインの黄金」ではフィッシャー=ディースカウが歌っているが、これも素晴らしい美声のヴォータン。
ブリュンヒルデのヘルガ・デルネシュは、同じカラヤンの指揮する盤(EMI)でイゾルデを歌っていたが、当時絶好調、鋭敏で覇気のある歌唱と思う。
録音が抜群です。
約40年経過したとは思えない新鮮さ。耳を疑います。
DGにしては最高レベルの録音と思います。
スゴイ。生々しい。迫力十分。大音量では部屋が震えます。
「ニーベルングの指環」についてのエントリーがたまってきましたので、ここらで自己リンクを・・・・・。
■楽劇「ラインの黄金」 ヤノフスキ/ドレスデン・シュターツカペレ
■楽劇「ラインの黄金」 ベーム/バイロイト祝祭管
■「ニーベルングの指環」管弦楽曲集 オーマンディ/フィラデルフィア管
■「ニーベルングの指環」管弦楽曲集 テンシュテット/ベルリン・フィル
■「ニーベルングの指環」管弦楽曲集 セル/クリーヴランド管
■「ニーベルングの指環」管弦楽曲集 マゼール/ベルリン・フィル
■「ニーベルングの指環」管弦楽曲集 ショルティ/ウィーン・フィル
■「ニーベルングの指環」(ハイライト) ヤノフスキ/ドレスデン・シュターツカペレ
2007/12/15のBlog
[ 05:57 ]
[ 交響曲 ]
師走です。年末です。年の瀬です。
そして、忘年会が続きます。あと2週間。体重増加しそうです。こりゃアカン・・・。
さて、年末は第九です。
ベートーヴェンの交響曲第9番 ニ短調「合唱」。
ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏。
合唱はデュッセルドルフ市音楽協会合唱団。
1992年12月、コンセルトヘボウでのライヴ録音。EMI盤。
現在は2CD廉価盤シリーズで購入できるシリーズ(ブリリアントでは全集が激安で買えるようになっている)。
サヴァリッシュとしては、初めてのベートーヴェン全集だった。ついこの間のことと思っていたが、もう15年も前になる。惜しまれて引退したサヴァリッシュだが、日本での活躍も多く、第九を振ってもさすがに上手い。第九を振るのは、年中行事のように振り慣れている日本人の方が、欧米の指揮者より上手いと聞いたことがあるが、サヴァリッシュは日本での活躍が多かったのでその機会も多かったろう。
第1楽章から安定感抜群の演奏。様式は伝統的なもので、解釈もサヴァリッシュらしい中道路線。テンポも安定して、速くもなく遅くもなく、大変心地よい。
コンセルトヘボウ管の演奏も盤石。響きはあまり厚くなく、スッキリしたもの。音はほの暗い、暖かい木質感が良い。コンセルトヘボウという名ホ-ルの音なのだろうが、滋味だが独特の柔らかさが聴き手を包み込む。これは実に幸福。
惜しいのはEMIの録音。いつも不満に思うのだが、やはり、チト甘い。コンセルトヘボウなら、もう少し残響があってもイイし、奥行き感も欲しい。やや平板平面的な音で、もう一歩の出来。もっとも、これはデジタル以降のEMIの特徴でもあるのだが。
第2楽章は、ベートーヴェンの第九にあって欲しい要素は全て持っている万全、安心感。サヴァリッシュの音楽は徐々に熱気を帯びてくる。第1楽章より第2、より第3楽章へと、後へいくほど良いようだ。
絶品は第3楽章。ゆったりとしたアダージョは魂を浄化させてくれる。
今年もいろいろなことがあった。また一つトシをとった。あと何年生きるのか。これから何が起こるのか。想いはめぐる・・・・。そして響くは、ベートーヴェンのアダージョ。永遠の浄福か。
ああ、それにしても、コンセルトヘボウ管のアンサンブルは見事。しなやかにして緊密、そして暖かい。熱い。
終楽章は見事な独唱と合唱。
勇壮に歓喜の歌がとどろく。ああ、これぞベートーヴェン。前向いて生きなアカン。そう言われている感じ。
独唱陣、素晴らしい出来です。
マーガレット・プライス(S)、マルヤーナ・リポヴシェク(Ms)。
ペーター・ザイフェルト(T)、ヤン=ヘンドリック・ローテリング(Bs)。
以上のメンバーでありました。
そして、忘年会が続きます。あと2週間。体重増加しそうです。こりゃアカン・・・。
さて、年末は第九です。
ベートーヴェンの交響曲第9番 ニ短調「合唱」。
ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏。
合唱はデュッセルドルフ市音楽協会合唱団。
1992年12月、コンセルトヘボウでのライヴ録音。EMI盤。
現在は2CD廉価盤シリーズで購入できるシリーズ(ブリリアントでは全集が激安で買えるようになっている)。
サヴァリッシュとしては、初めてのベートーヴェン全集だった。ついこの間のことと思っていたが、もう15年も前になる。惜しまれて引退したサヴァリッシュだが、日本での活躍も多く、第九を振ってもさすがに上手い。第九を振るのは、年中行事のように振り慣れている日本人の方が、欧米の指揮者より上手いと聞いたことがあるが、サヴァリッシュは日本での活躍が多かったのでその機会も多かったろう。
第1楽章から安定感抜群の演奏。様式は伝統的なもので、解釈もサヴァリッシュらしい中道路線。テンポも安定して、速くもなく遅くもなく、大変心地よい。
コンセルトヘボウ管の演奏も盤石。響きはあまり厚くなく、スッキリしたもの。音はほの暗い、暖かい木質感が良い。コンセルトヘボウという名ホ-ルの音なのだろうが、滋味だが独特の柔らかさが聴き手を包み込む。これは実に幸福。
惜しいのはEMIの録音。いつも不満に思うのだが、やはり、チト甘い。コンセルトヘボウなら、もう少し残響があってもイイし、奥行き感も欲しい。やや平板平面的な音で、もう一歩の出来。もっとも、これはデジタル以降のEMIの特徴でもあるのだが。
第2楽章は、ベートーヴェンの第九にあって欲しい要素は全て持っている万全、安心感。サヴァリッシュの音楽は徐々に熱気を帯びてくる。第1楽章より第2、より第3楽章へと、後へいくほど良いようだ。
絶品は第3楽章。ゆったりとしたアダージョは魂を浄化させてくれる。
今年もいろいろなことがあった。また一つトシをとった。あと何年生きるのか。これから何が起こるのか。想いはめぐる・・・・。そして響くは、ベートーヴェンのアダージョ。永遠の浄福か。
ああ、それにしても、コンセルトヘボウ管のアンサンブルは見事。しなやかにして緊密、そして暖かい。熱い。
終楽章は見事な独唱と合唱。
勇壮に歓喜の歌がとどろく。ああ、これぞベートーヴェン。前向いて生きなアカン。そう言われている感じ。
独唱陣、素晴らしい出来です。
マーガレット・プライス(S)、マルヤーナ・リポヴシェク(Ms)。
ペーター・ザイフェルト(T)、ヤン=ヘンドリック・ローテリング(Bs)。
以上のメンバーでありました。
2007/12/14のBlog
[ 05:19 ]
[ 交響曲 ]
昨日はDoblog不調で、アップできませんでした。
今朝も少し重い感じなんですが、さて・・・・。
今日もモーツァルトであります。
モーツァルトの交響曲第38番 ニ長調 K.504「プラハ」。
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
1982年9月、ドレスデンのルカ教会での録音。DENON盤。クレスト1000シリーズの廉価盤で購入できるもの。
このコンビのモーツァルトはCD2枚分。38番から41番までの4曲で終わってしまった。
ああ、勿体ない!
今にして思えば、ドレスデン・シュターツカペレが絶好調の時代であり、ブロムシュテットとのコンビが最も幸福だったのではないかと思われる。
遺されたLP・CDはすべて味わい深いものばかり。声高に叫んで自己主張するような演奏では決してないのだが、聴けば聴くほど味が出てくる名品と思う。ベートーヴェンもシューベルトは最高だし、ブルックナーやR・シュトラウス・・・・名盤にはきりがない。そして、このモーツァルトもその一つ。何の変哲もないモーツァルトであって、スタイルは伝統的、いわば昔風のモーツァルトなのだが、様式がどうのこうのと云うよりも、もう出てくる音楽が素晴らしいの一語に尽きる。スタイルや楽器の種類(古楽器か現代楽器か)などはあまり関係がない。
ます、音の質が素晴らしい。ドレスデン・シュターツカペレならではの、練り絹のような弦。質朴な管。これらが程よくブレンドされたまろやかさ。そして、ルカ教会の、世界最高級の残響。
第1楽章、荘重な序奏を抜けると、モーツァルトの明るい華やぎが展開する。楽しい音楽なのだが、ドレスデン・シュターツカペレのしっとりと落ち着きのある音が、このモーツァルトを軽薄なものにしない。ヨーロッパの長い伝統を感じさせる深々とした音。この音を捉えきったDENONの録音技術も素晴らしいと思う。
第2楽章は心落ち着くアンダンテ。安定した音楽と云うべきか。
長年積み上げてきた伝統の重みがここでも息づいている感じ。音楽にスキがなく、そのフォルムは全く揺るぎない。見事な再現と思う。
ブロムシュテットのテンポが良いのだろう。聴いていて身体も心も軽やかになって行くテンポ。これ、リラクゼーション効果がありそう。
終楽章は心浮き立つプレスト。
快速な中で、素晴らしいアンサンブルが展開される。万全のフィナーレ。ドレスデン・シュターツカペレの見事な演奏。
弾むリズムがやがて大いなる喜びに変わってゆく、アポロン的な表現。感動的なフィナーレと思う。
録音は、先述したように、今も素晴らしい音で聴けます。
さすがDENON。
絶好調時の名録音でありました。
今朝も少し重い感じなんですが、さて・・・・。
今日もモーツァルトであります。
モーツァルトの交響曲第38番 ニ長調 K.504「プラハ」。
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
1982年9月、ドレスデンのルカ教会での録音。DENON盤。クレスト1000シリーズの廉価盤で購入できるもの。
このコンビのモーツァルトはCD2枚分。38番から41番までの4曲で終わってしまった。
ああ、勿体ない!
今にして思えば、ドレスデン・シュターツカペレが絶好調の時代であり、ブロムシュテットとのコンビが最も幸福だったのではないかと思われる。
遺されたLP・CDはすべて味わい深いものばかり。声高に叫んで自己主張するような演奏では決してないのだが、聴けば聴くほど味が出てくる名品と思う。ベートーヴェンもシューベルトは最高だし、ブルックナーやR・シュトラウス・・・・名盤にはきりがない。そして、このモーツァルトもその一つ。何の変哲もないモーツァルトであって、スタイルは伝統的、いわば昔風のモーツァルトなのだが、様式がどうのこうのと云うよりも、もう出てくる音楽が素晴らしいの一語に尽きる。スタイルや楽器の種類(古楽器か現代楽器か)などはあまり関係がない。
ます、音の質が素晴らしい。ドレスデン・シュターツカペレならではの、練り絹のような弦。質朴な管。これらが程よくブレンドされたまろやかさ。そして、ルカ教会の、世界最高級の残響。
第1楽章、荘重な序奏を抜けると、モーツァルトの明るい華やぎが展開する。楽しい音楽なのだが、ドレスデン・シュターツカペレのしっとりと落ち着きのある音が、このモーツァルトを軽薄なものにしない。ヨーロッパの長い伝統を感じさせる深々とした音。この音を捉えきったDENONの録音技術も素晴らしいと思う。
第2楽章は心落ち着くアンダンテ。安定した音楽と云うべきか。
長年積み上げてきた伝統の重みがここでも息づいている感じ。音楽にスキがなく、そのフォルムは全く揺るぎない。見事な再現と思う。
ブロムシュテットのテンポが良いのだろう。聴いていて身体も心も軽やかになって行くテンポ。これ、リラクゼーション効果がありそう。
終楽章は心浮き立つプレスト。
快速な中で、素晴らしいアンサンブルが展開される。万全のフィナーレ。ドレスデン・シュターツカペレの見事な演奏。
弾むリズムがやがて大いなる喜びに変わってゆく、アポロン的な表現。感動的なフィナーレと思う。
録音は、先述したように、今も素晴らしい音で聴けます。
さすがDENON。
絶好調時の名録音でありました。
2007/12/12のBlog
[ 05:26 ]
[ 協奏曲 ]
妻が言います。
「モーツァルトのヴィオラで、変ホ何とか・・・って曲名分かる?友達がテレビか何かで聴いて大好きになったらしいんだけれど、曲名が分からないって言うのよ。『アンタの旦那(つまりワタクシですな)だったら、分かるんじゃないの?家にあるなら貸してって言ってよ』って言うんだけれど・・・・」
さらに続けて、「『もっとも、それだけで分かるんだったらアンタの旦那(くどいですが、つまりワタクシ)はスゴイわよねぇ・・・』とも言ってたわよぉ・・・」
「そんなもん、モーツァルトでヴィオラが入って、変ホとゆうたら、協奏交響曲に決まってるやないかい」と僕はCDを渡してやりました。
「アンタ、それだけで分かるんやねぇ」と妻は驚異の目。尊敬というより、「この人はいったい何者なんだ」と目が言っておりました。
そうか、世間一般の人には、奇異な人間にワシは見えるのか・・・・(^^ゞ。
拙ブログをお読みいただいている方々にも、そういうことがありませんか・・・?
というわけで、今日はモーツァルトの協奏交響曲 変ホ長調 K.364。
カール・ベーム指揮ベルリン・フィルの演奏。
独奏はトマス・ブランディス(Vn)、ジュスト・カッポーネ(Vla)。
1964年、西ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。DG盤。
ブランディスは、ベルリン・フィルのコンサートマスター。ミシェル・シュヴァルベ、レオン・シュピーラーと並んで、コンマス3人体制を支えた一人。ブランディスのヴァイオリンは端正でやや太めの音に特徴があり、ドイツ系の奏者ということになるのかな。ガッシリした体格のヴァイオリニストで、その体格そのままの肉太の中音域が聴いていて心地よかった。
カッポーネも長年ベルリン・フィルのトップを務めた名奏者。イタリア系の奏者で、音は柔らかく表情も豊か、説得力も大きかった。
この二人をトップにして、ベームは見事な「シンフォニア・コンチェルタント」を聴かせてくれる。
第1楽章はベームの中庸のテンポが良い。落ち着き払って、どっしりと重みがある感じ。最近の古楽器系の軽快爽快なモーツァルトに慣れた耳で聴くと、その重厚さが懐かしく、かえって新鮮に聞こえる。
着実なリズムの刻みも実にイイ。これ、やはり「ベームのモーツァルト」だなぁと思う。
第2楽章アンダンテはロマンティックな演奏。旋律も大変美しい。ヴァイオリンもヴィオラもよく歌い、かつよく息を合わせて、美しい二重奏を聴かせてくれる。
ウットリとする瞬間多し。
第3楽章は活気に満ちたフィナーレ。モーツァルトの協奏曲は、ホンマに終楽章が素晴らしい。聴いていて心弾み、軽快なリズムに身体も揺れてくる。
ブランディスもカッポーネも、生き生きと愉悦に満ちた歌を歌う。表情は晴れやか、音楽が弾んでいる。
ベーム/ベルリン・フィルのバックも万全。格調高く、しかも堅実な伴奏。やや厳しめのところもあるが、これこそベームのベームたるところでもありますな。
録音はさすがに古びてきました。
CDでは少し音が詰まり気味。
演奏が素晴らしいだけに惜しいです。
(ええと・・・・・・、この曲、分類は「協奏曲」でエエんですかいね?・・・・・)
「モーツァルトのヴィオラで、変ホ何とか・・・って曲名分かる?友達がテレビか何かで聴いて大好きになったらしいんだけれど、曲名が分からないって言うのよ。『アンタの旦那(つまりワタクシですな)だったら、分かるんじゃないの?家にあるなら貸してって言ってよ』って言うんだけれど・・・・」
さらに続けて、「『もっとも、それだけで分かるんだったらアンタの旦那(くどいですが、つまりワタクシ)はスゴイわよねぇ・・・』とも言ってたわよぉ・・・」
「そんなもん、モーツァルトでヴィオラが入って、変ホとゆうたら、協奏交響曲に決まってるやないかい」と僕はCDを渡してやりました。
「アンタ、それだけで分かるんやねぇ」と妻は驚異の目。尊敬というより、「この人はいったい何者なんだ」と目が言っておりました。
そうか、世間一般の人には、奇異な人間にワシは見えるのか・・・・(^^ゞ。
拙ブログをお読みいただいている方々にも、そういうことがありませんか・・・?
というわけで、今日はモーツァルトの協奏交響曲 変ホ長調 K.364。
カール・ベーム指揮ベルリン・フィルの演奏。
独奏はトマス・ブランディス(Vn)、ジュスト・カッポーネ(Vla)。
1964年、西ベルリンのイエス・キリスト教会での録音。DG盤。
ブランディスは、ベルリン・フィルのコンサートマスター。ミシェル・シュヴァルベ、レオン・シュピーラーと並んで、コンマス3人体制を支えた一人。ブランディスのヴァイオリンは端正でやや太めの音に特徴があり、ドイツ系の奏者ということになるのかな。ガッシリした体格のヴァイオリニストで、その体格そのままの肉太の中音域が聴いていて心地よかった。
カッポーネも長年ベルリン・フィルのトップを務めた名奏者。イタリア系の奏者で、音は柔らかく表情も豊か、説得力も大きかった。
この二人をトップにして、ベームは見事な「シンフォニア・コンチェルタント」を聴かせてくれる。
第1楽章はベームの中庸のテンポが良い。落ち着き払って、どっしりと重みがある感じ。最近の古楽器系の軽快爽快なモーツァルトに慣れた耳で聴くと、その重厚さが懐かしく、かえって新鮮に聞こえる。
着実なリズムの刻みも実にイイ。これ、やはり「ベームのモーツァルト」だなぁと思う。
第2楽章アンダンテはロマンティックな演奏。旋律も大変美しい。ヴァイオリンもヴィオラもよく歌い、かつよく息を合わせて、美しい二重奏を聴かせてくれる。
ウットリとする瞬間多し。
第3楽章は活気に満ちたフィナーレ。モーツァルトの協奏曲は、ホンマに終楽章が素晴らしい。聴いていて心弾み、軽快なリズムに身体も揺れてくる。
ブランディスもカッポーネも、生き生きと愉悦に満ちた歌を歌う。表情は晴れやか、音楽が弾んでいる。
ベーム/ベルリン・フィルのバックも万全。格調高く、しかも堅実な伴奏。やや厳しめのところもあるが、これこそベームのベームたるところでもありますな。
録音はさすがに古びてきました。
CDでは少し音が詰まり気味。
演奏が素晴らしいだけに惜しいです。
(ええと・・・・・・、この曲、分類は「協奏曲」でエエんですかいね?・・・・・)
2007/12/11のBlog
[ 06:08 ]
[ 器楽曲 ]
大阪は豊中在住の大学4年生の息子が、卒業を控えてそろそろ暇になったのか、週末は小旅行をしているとのこと。この週末は北陸路、兼六園と永平寺を楽しんだとの写メ来たり。さすがに北陸、四国育ちの息子には寒さがこたえたようでありますが、ワタクシからすれば、まあ学生時代というのは時間が沢山あって羨ましい限りです。
長男が大学を卒業するんですから、いやはや、自分もトシをとるわけです。
というと、今日の演奏も、学生時代に心ときめかせて聴いていた演奏家であるわけで、若い人から見れば、エラク古いものになるのかもしれません・・・・・(^^ゞ
ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」(オリジナル版)。
ウラディーミル・アシュケナージのピアノ独奏。
1982年6月、ロンドンのキングズウェイホールでの録音。DECCA原盤。
カップリングはアシュケナージ自身の編曲と指揮による管弦楽版「展覧会の絵」(オケはフィルハーモニア管)。
DECCAの録音は、ピアノ曲でもめざましい。艶があって、カツンというピアノの硬質な音が実によく捉えられている。特にアシュケナージのピアノ、蒼みがかったクリアな音を、さらに鮮やかに引き出してくれていると思う。
冒頭のプロムナードは、ゆったりとしたテンポで始まる。まず、ピアノの音が素晴らしい。とぎすまされた美しさとでも云おうか。
「古い城」は濃厚なロマンが漂う。暗鬱とした表情がイイ。曇った空のような音楽であって、アシュケナージのピアノも抑制がきいている。ピアノ独特の光沢・輝きを抑えて、鈍い光を放っている。
「テュイルリーの庭」は鮮やかなピアニズム。高音が透きとおるような美しさ。リズム感も抜群。
「ブイドロ」は重量感たっぷり。低音の伸びが気持ちいい。ズンと腹にこたえる響きも心地よいくらい。アシュケナージ、好調。
「卵の殻をつけたひなどりの踊り」は、ユーモラスで楽しい。めまぐるしいほどの高音パッセージ。僕はド素人なのでよく分からんが、これ、実際に弾くのは難しいんだろうなぁ。アシュケナージはさすがの技巧、一音一音がしっかり弾かれて、実に粒だちがよい。
「サミュエル・ゴールデンベルクとシュミュイレ」は低音と高音の対比が面白い。シュミュイレの情けない姿には、哀愁さえ漂う。
「リモージュの広場」は構成感がよろしい。「カタコンブ」は情感たっぷりの名演。
「バーバ・ヤーガの小屋」は緊迫感に富んで、圧倒的な名技が聴ける。
そして終曲の「キエフの大門」。華麗壮麗、華やぎに満ちたピアノが素晴らしい。強靱な音、突き抜けるような音、透明度が高くやさしい音・・・・様々な音色が聴けて、ワクワクしてくるような演奏と思う。
録音は今も鮮やかで、心地よく聴けます。
さすがDECCA。
カップリングの管弦楽版も好録音でありました。
長男が大学を卒業するんですから、いやはや、自分もトシをとるわけです。
というと、今日の演奏も、学生時代に心ときめかせて聴いていた演奏家であるわけで、若い人から見れば、エラク古いものになるのかもしれません・・・・・(^^ゞ
ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」(オリジナル版)。
ウラディーミル・アシュケナージのピアノ独奏。
1982年6月、ロンドンのキングズウェイホールでの録音。DECCA原盤。
カップリングはアシュケナージ自身の編曲と指揮による管弦楽版「展覧会の絵」(オケはフィルハーモニア管)。
DECCAの録音は、ピアノ曲でもめざましい。艶があって、カツンというピアノの硬質な音が実によく捉えられている。特にアシュケナージのピアノ、蒼みがかったクリアな音を、さらに鮮やかに引き出してくれていると思う。
冒頭のプロムナードは、ゆったりとしたテンポで始まる。まず、ピアノの音が素晴らしい。とぎすまされた美しさとでも云おうか。
「古い城」は濃厚なロマンが漂う。暗鬱とした表情がイイ。曇った空のような音楽であって、アシュケナージのピアノも抑制がきいている。ピアノ独特の光沢・輝きを抑えて、鈍い光を放っている。
「テュイルリーの庭」は鮮やかなピアニズム。高音が透きとおるような美しさ。リズム感も抜群。
「ブイドロ」は重量感たっぷり。低音の伸びが気持ちいい。ズンと腹にこたえる響きも心地よいくらい。アシュケナージ、好調。
「卵の殻をつけたひなどりの踊り」は、ユーモラスで楽しい。めまぐるしいほどの高音パッセージ。僕はド素人なのでよく分からんが、これ、実際に弾くのは難しいんだろうなぁ。アシュケナージはさすがの技巧、一音一音がしっかり弾かれて、実に粒だちがよい。
「サミュエル・ゴールデンベルクとシュミュイレ」は低音と高音の対比が面白い。シュミュイレの情けない姿には、哀愁さえ漂う。
「リモージュの広場」は構成感がよろしい。「カタコンブ」は情感たっぷりの名演。
「バーバ・ヤーガの小屋」は緊迫感に富んで、圧倒的な名技が聴ける。
そして終曲の「キエフの大門」。華麗壮麗、華やぎに満ちたピアノが素晴らしい。強靱な音、突き抜けるような音、透明度が高くやさしい音・・・・様々な音色が聴けて、ワクワクしてくるような演奏と思う。
録音は今も鮮やかで、心地よく聴けます。
さすがDECCA。
カップリングの管弦楽版も好録音でありました。
2007/12/10のBlog
[ 05:51 ]
[ 交響曲 ]
日曜日の朝はハイドンを聴いておりました。
爽やかなサッパリ系の室内管弦楽団で聴きたいなと思ったのです。
今では古楽器団体ばかり目立つようになりましたが、昔は、ヨーロッパそれぞれの国に著名なる室内管弦楽団があって、楽しく聴けたものです。
フランスにはまずパイヤール室内管弦楽団、バロックからハイドン、モーツァルトに見事な演奏を録音していた。あと、ルイ・オーリアコンブ指揮するトゥールーズ市室内管も佳演を聴かせてくれた。
ドイツではミュンヒンガー/シュトゥットガルト室内管かな。ガッチリしたバッハやヴィヴァルディだった。ヘルムート・ヴィンシャーマン/ドイツ・バッハゾリステンもガッチリとした演奏を聴かせてくれた。
リヒター/ミュンヘン・バッハ管弦楽団はちと別格かな。
イタリアではイ・ムジチ合奏団。レガートを多用した流麗な演奏は、ちょうどミュンヒンガー/シュトゥットガルト室内管と好対照だった。
イギリスではマリナー/アカデミー室内管とレパード/イギリス室内管。どちらも中庸の爽やかな演奏を聴かせれくれた。
就中、アカデミー室内管は、レコードが多く、廉価盤になることも多かったので、最も親しんだオケだった。マリナー指揮のものが最も多いのだが、女流ヴァイオリニストのアイオナ・ブラウン指揮するレコードも楽しかった。
今日は、そんな訳で、マリナー/アカデミー室内管のハイドンを聴こうと思ったのです。
ハイドンの交響曲第59番 イ長調「火事」。
ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管弦楽団の演奏。
1975年の録音。フィリップス原盤のLP。
「火事」のニックネームは、第1楽章プレストの勢いの良さから来ているらしい。ハイドンの疾風怒濤期の作品になる。約20分の可愛らしい曲。
第1楽章は軽快。リズムがよく弾んで爽快な気分になる。
アカデミー室内管の響きも爽やかそのもの。見通しよくスッキリ、透明度の高い響きで駆け抜けてゆく。弦楽アンサンブルが見事なので、あまり目立たないのだが、後方で鳴る管楽器も巧いもんだ。
第2楽章は典雅な音楽。ハイドン独特の暖かみと微笑がある。
こういう音楽をやらせると、マリナーは上手い。端正で上品。微温的な演奏だとは思うが、寛いで聴くには最高。ハイドンを聴くのに、眉間に皺を寄せて聴いても仕方ないしね。
第3楽章は見事なメヌエット。さすが、ハイドンはメヌエットの作曲だ、心弾むリズム、穏やかな表情、しみじみとした味わい深いメロディ、どれをとっても素晴らしい。
マリナーもその辺は心得ていて、テンポは中庸だし、仕上げは克明。
フィナーレは推進力溢れる快速さ。アレグロ/アッサイ。管楽器の活躍も目立ってくる終曲だ。
オランダ・フィリップスの輸入盤LPであります。
その昔、石丸電気のキズ物バーゲンで買いました。今聴くと、そのことも懐かしく思い出されます。そういえば、その頃の石丸の宣伝文句は「ヨーロッパに感激」でありました。奥行き・高さがあって、音場は広大。音はしっとりと落ち着きがあって、アナログLPらしい穏やかな音で楽しめます。
爽やかなハイドンでありました。
日曜日はお墓の掃除。亡父の供養もすませました。
四国伊予西条では、12月12日が今年亡くなった人のお正月。「巳午(みうま)}と称して、親類縁者が墓にしめ縄を飾りに行きます。
その準備をしておりました。
爽やかなサッパリ系の室内管弦楽団で聴きたいなと思ったのです。
今では古楽器団体ばかり目立つようになりましたが、昔は、ヨーロッパそれぞれの国に著名なる室内管弦楽団があって、楽しく聴けたものです。
フランスにはまずパイヤール室内管弦楽団、バロックからハイドン、モーツァルトに見事な演奏を録音していた。あと、ルイ・オーリアコンブ指揮するトゥールーズ市室内管も佳演を聴かせてくれた。
ドイツではミュンヒンガー/シュトゥットガルト室内管かな。ガッチリしたバッハやヴィヴァルディだった。ヘルムート・ヴィンシャーマン/ドイツ・バッハゾリステンもガッチリとした演奏を聴かせてくれた。
リヒター/ミュンヘン・バッハ管弦楽団はちと別格かな。
イタリアではイ・ムジチ合奏団。レガートを多用した流麗な演奏は、ちょうどミュンヒンガー/シュトゥットガルト室内管と好対照だった。
イギリスではマリナー/アカデミー室内管とレパード/イギリス室内管。どちらも中庸の爽やかな演奏を聴かせれくれた。
就中、アカデミー室内管は、レコードが多く、廉価盤になることも多かったので、最も親しんだオケだった。マリナー指揮のものが最も多いのだが、女流ヴァイオリニストのアイオナ・ブラウン指揮するレコードも楽しかった。
今日は、そんな訳で、マリナー/アカデミー室内管のハイドンを聴こうと思ったのです。
ハイドンの交響曲第59番 イ長調「火事」。
ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管弦楽団の演奏。
1975年の録音。フィリップス原盤のLP。
「火事」のニックネームは、第1楽章プレストの勢いの良さから来ているらしい。ハイドンの疾風怒濤期の作品になる。約20分の可愛らしい曲。
第1楽章は軽快。リズムがよく弾んで爽快な気分になる。
アカデミー室内管の響きも爽やかそのもの。見通しよくスッキリ、透明度の高い響きで駆け抜けてゆく。弦楽アンサンブルが見事なので、あまり目立たないのだが、後方で鳴る管楽器も巧いもんだ。
第2楽章は典雅な音楽。ハイドン独特の暖かみと微笑がある。
こういう音楽をやらせると、マリナーは上手い。端正で上品。微温的な演奏だとは思うが、寛いで聴くには最高。ハイドンを聴くのに、眉間に皺を寄せて聴いても仕方ないしね。
第3楽章は見事なメヌエット。さすが、ハイドンはメヌエットの作曲だ、心弾むリズム、穏やかな表情、しみじみとした味わい深いメロディ、どれをとっても素晴らしい。
マリナーもその辺は心得ていて、テンポは中庸だし、仕上げは克明。
フィナーレは推進力溢れる快速さ。アレグロ/アッサイ。管楽器の活躍も目立ってくる終曲だ。
オランダ・フィリップスの輸入盤LPであります。
その昔、石丸電気のキズ物バーゲンで買いました。今聴くと、そのことも懐かしく思い出されます。そういえば、その頃の石丸の宣伝文句は「ヨーロッパに感激」でありました。奥行き・高さがあって、音場は広大。音はしっとりと落ち着きがあって、アナログLPらしい穏やかな音で楽しめます。
爽やかなハイドンでありました。
日曜日はお墓の掃除。亡父の供養もすませました。
四国伊予西条では、12月12日が今年亡くなった人のお正月。「巳午(みうま)}と称して、親類縁者が墓にしめ縄を飾りに行きます。
その準備をしておりました。
2007/12/09のBlog
[ 06:30 ]
[ 声楽曲・オペラ ]
休日にはのんびりとオペラを。
時間があるので、LPをターンテーブルに載せました。
CD普及以降、A面、B面をひっくり返すのが億劫になってますが、休日にはそれも楽しみになりますな・・・・・。
モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」全曲。
カール・ベーム指揮プラハ国立劇場管弦楽団とプラハ・チェコ合唱団の演奏。
1967年2~3月、プラハにあるチェコ・スプラフォン・スタジオでの録音。スプラフォンの協力を得て制作されたもの。DG原盤のLP。
クラシック音楽を聴き始めたころに購入した懐かしいLPでありまして、キャスティングがなかなか個性的。
■ドン・ジョヴァンニ; ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
■レポレロ; エツィオ・フランジェッロ(バス)
■ドンナ・アンナ; ビルギット・ニルソン(ソプラノ)
■ドン・オッターヴィオ; ペーター・シュライアー(テノール)
■騎士長; マルティ・タルヴェラ(バス)
■ドンナ・エルヴィラ; マーティナ・アーロヨ(ソプラノ)
■マゼト; アルフレード・マリオッティ(バス)
■ツェルリーナ; レイ・グリスト(ソプラノ)
ベームの厳格な指揮。一点一画もおろそかにしない、キッチリとした指揮で、オーケストラと歌手陣を統率する。その姿勢は真摯で、実に格調高い。そして、生まれてくる音楽は非常に劇的。
「ドン・ジョヴァンニ」というオペラが持つドラマティックな要素が、そのまま引き出されて、聴き手の前にグイッと示される感じ。暖かさとか柔らかさとか、あるいはロココ趣味とか・・・・・モーツァルトを彩る華麗なものからは、この演奏は遠いのだが、確かにモーツァルトの真実があると思う。素晴らしい演奏。
フィッシャー=ディースカウは、2度目のドン・ジョヴァンニ。かつて、フリッチャイ盤でも歌っていた。彼の声の柔らかさは、よく言われたように、まさにビロードのよう。ホンマに美しい。ヒロイックなところも十分にあって、タイトルロールにふさわしい。ツェルリーナを口説くところなど、甘い声が女心を震わせる感じ。
ただし、もう少しイヤらしいところがあっても良いかな。アホ臭いところも欲しい感じ。フィッシャー=ディースカウは大変理知的な賢いドン・ジョヴァンニだ。こういうやり方もあるのかと、一種独特の主役と思う。
レポレロは好演。端正で渋い歌いぶりだが、時に主役を食うこともあり。声に張りがあって実にイイ。
シュライアーも若々しく美しい声。透き通るようなテノールを聴かせる。少し弱気なところがまたこの役にはふさわしい。
騎士長のタルヴェラは存在感十分。峻厳で力強い歌唱を聴かせる。フィッシャー=ディースカウの柔らかい美声と対照的な強靱さ。ラストの迫力はさすが。
女声陣も充実。ニルソンのドンナ・アンナは強い女性。ちと強すぎるかなと思ってしまうのは、ニルソンのワーグナーを聴いてしまったせいかな?ブリュンヒルデやイゾルデのイメージが強すぎるのかな。
レイ・グリストは可憐な乙女を好演。ドン・ジョヴァンニとの二重唱など、とても可愛らしく、また揺れ動く乙女心を美しく表出する。声がイイ。透明感があって、やや細身のコロラトゥーラ・ソプラノ。
LPレコードなので音は柔らかくふっくらとして楽しめます。
40年前の録音であって、少々古びた感じがします。
購入当時は、録音が良くないと思ったものですが、再生装置が変わったせいか、CDの音に慣れた耳がLPを新鮮に感じるようになったせいなのか、よく分かりませんが、今も十分に良い音で聴けます。
解説が素晴らしいんです。海老沢敏に黒田恭一の文章がエエです。読み応えあります。
3枚組ボックス入りのLPオペラ。昔は、大判の解説書も充実しておりました。
時間があるので、LPをターンテーブルに載せました。
CD普及以降、A面、B面をひっくり返すのが億劫になってますが、休日にはそれも楽しみになりますな・・・・・。
モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」全曲。
カール・ベーム指揮プラハ国立劇場管弦楽団とプラハ・チェコ合唱団の演奏。
1967年2~3月、プラハにあるチェコ・スプラフォン・スタジオでの録音。スプラフォンの協力を得て制作されたもの。DG原盤のLP。
クラシック音楽を聴き始めたころに購入した懐かしいLPでありまして、キャスティングがなかなか個性的。
■ドン・ジョヴァンニ; ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
■レポレロ; エツィオ・フランジェッロ(バス)
■ドンナ・アンナ; ビルギット・ニルソン(ソプラノ)
■ドン・オッターヴィオ; ペーター・シュライアー(テノール)
■騎士長; マルティ・タルヴェラ(バス)
■ドンナ・エルヴィラ; マーティナ・アーロヨ(ソプラノ)
■マゼト; アルフレード・マリオッティ(バス)
■ツェルリーナ; レイ・グリスト(ソプラノ)
ベームの厳格な指揮。一点一画もおろそかにしない、キッチリとした指揮で、オーケストラと歌手陣を統率する。その姿勢は真摯で、実に格調高い。そして、生まれてくる音楽は非常に劇的。
「ドン・ジョヴァンニ」というオペラが持つドラマティックな要素が、そのまま引き出されて、聴き手の前にグイッと示される感じ。暖かさとか柔らかさとか、あるいはロココ趣味とか・・・・・モーツァルトを彩る華麗なものからは、この演奏は遠いのだが、確かにモーツァルトの真実があると思う。素晴らしい演奏。
フィッシャー=ディースカウは、2度目のドン・ジョヴァンニ。かつて、フリッチャイ盤でも歌っていた。彼の声の柔らかさは、よく言われたように、まさにビロードのよう。ホンマに美しい。ヒロイックなところも十分にあって、タイトルロールにふさわしい。ツェルリーナを口説くところなど、甘い声が女心を震わせる感じ。
ただし、もう少しイヤらしいところがあっても良いかな。アホ臭いところも欲しい感じ。フィッシャー=ディースカウは大変理知的な賢いドン・ジョヴァンニだ。こういうやり方もあるのかと、一種独特の主役と思う。
レポレロは好演。端正で渋い歌いぶりだが、時に主役を食うこともあり。声に張りがあって実にイイ。
シュライアーも若々しく美しい声。透き通るようなテノールを聴かせる。少し弱気なところがまたこの役にはふさわしい。
騎士長のタルヴェラは存在感十分。峻厳で力強い歌唱を聴かせる。フィッシャー=ディースカウの柔らかい美声と対照的な強靱さ。ラストの迫力はさすが。
女声陣も充実。ニルソンのドンナ・アンナは強い女性。ちと強すぎるかなと思ってしまうのは、ニルソンのワーグナーを聴いてしまったせいかな?ブリュンヒルデやイゾルデのイメージが強すぎるのかな。
レイ・グリストは可憐な乙女を好演。ドン・ジョヴァンニとの二重唱など、とても可愛らしく、また揺れ動く乙女心を美しく表出する。声がイイ。透明感があって、やや細身のコロラトゥーラ・ソプラノ。
LPレコードなので音は柔らかくふっくらとして楽しめます。
40年前の録音であって、少々古びた感じがします。
購入当時は、録音が良くないと思ったものですが、再生装置が変わったせいか、CDの音に慣れた耳がLPを新鮮に感じるようになったせいなのか、よく分かりませんが、今も十分に良い音で聴けます。
解説が素晴らしいんです。海老沢敏に黒田恭一の文章がエエです。読み応えあります。
3枚組ボックス入りのLPオペラ。昔は、大判の解説書も充実しておりました。
2007/12/08のBlog
[ 05:16 ]
[ 交響曲 ]
冬枯れの季節です。
早朝のジョギング道は、今、枯れ葉で一杯。四国は日の出が遅いので、まだ真っ暗の舗道をカサカサと落ち葉を踏みつけて走るのもエエもんです。
季節は冬。ますます寒くなっていきます。
さて、今日はLPです。いつも古いLPでスミマセン。
このごろ懐かしい演奏ばかりですねぇ・・・・・・(^^ゞ
モーツァルトの交響曲第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」。
ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団の演奏。
1960年2月25日の録音(1日でのテイク)。CBS原盤。
懐かしいソニーのLPであります。
第1楽章、ワルターの自在なテンポが印象的。ロマンティックといってもいいくらいのルバートがかかって、たまらない魅力。
音楽はとても優美で、表情は柔和で暖かい。そして、ワルターの「歌」。じつによく歌うモーツァルト。巨匠ワルターの、モーツァルトへの限りない愛情を感じさせる暖かい表現。慈愛に満ちたモーツァルトと云うべきだろう。
懐かしさもあって、胸に熱いものがこみ上げてくる。
第2楽章は、大変穏やか、円満なモーツァルトであって、しみじみとした情感が伝わってくる。コロンビア響のアンサンブルは少し緩めなのだが、その緩さが、聴けば聴くほど味わい深い表現となって胸に響いてくる。
木管がとても良い。ヴァイオリンは響きが薄いのだが、それが音の細さとなって、しなやかによく伸びる感じ。
そして、ここでも「歌」。ワルターの歌わせ方は、巨匠の芸・大家の表現であって、心憎いばかり。
第3楽章はメヌエット。この楽章は立派な表現で、堅牢な建築を想起させるもの。大柄で健康的、そして響くはアポロン的な歌。
さんさんと輝く陽光の輝き、空の青、雲の白・・・・・明朗な感情が漂う。
そして堂々たるフィナーレ。ロマンの香りさえ漂う。
フーガが美しい。モーツァルトが書いた至高の音楽と思う。
テンポはゆったりとして決して急がず、ワルターの歌があふれる終曲となっている。明朗快活な演奏で、コーダはスケールも大きく感動的。
録音状態良好であります。
さすがに50年近く昔の録音、しかもLPなので、ヒスノイズが目立ちますが、音の鮮度は上々。
生々しい音で鳴っているのが気持ちエエです。
早朝のジョギング道は、今、枯れ葉で一杯。四国は日の出が遅いので、まだ真っ暗の舗道をカサカサと落ち葉を踏みつけて走るのもエエもんです。
季節は冬。ますます寒くなっていきます。
さて、今日はLPです。いつも古いLPでスミマセン。
このごろ懐かしい演奏ばかりですねぇ・・・・・・(^^ゞ
モーツァルトの交響曲第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」。
ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団の演奏。
1960年2月25日の録音(1日でのテイク)。CBS原盤。
懐かしいソニーのLPであります。
第1楽章、ワルターの自在なテンポが印象的。ロマンティックといってもいいくらいのルバートがかかって、たまらない魅力。
音楽はとても優美で、表情は柔和で暖かい。そして、ワルターの「歌」。じつによく歌うモーツァルト。巨匠ワルターの、モーツァルトへの限りない愛情を感じさせる暖かい表現。慈愛に満ちたモーツァルトと云うべきだろう。
懐かしさもあって、胸に熱いものがこみ上げてくる。
第2楽章は、大変穏やか、円満なモーツァルトであって、しみじみとした情感が伝わってくる。コロンビア響のアンサンブルは少し緩めなのだが、その緩さが、聴けば聴くほど味わい深い表現となって胸に響いてくる。
木管がとても良い。ヴァイオリンは響きが薄いのだが、それが音の細さとなって、しなやかによく伸びる感じ。
そして、ここでも「歌」。ワルターの歌わせ方は、巨匠の芸・大家の表現であって、心憎いばかり。
第3楽章はメヌエット。この楽章は立派な表現で、堅牢な建築を想起させるもの。大柄で健康的、そして響くはアポロン的な歌。
さんさんと輝く陽光の輝き、空の青、雲の白・・・・・明朗な感情が漂う。
そして堂々たるフィナーレ。ロマンの香りさえ漂う。
フーガが美しい。モーツァルトが書いた至高の音楽と思う。
テンポはゆったりとして決して急がず、ワルターの歌があふれる終曲となっている。明朗快活な演奏で、コーダはスケールも大きく感動的。
録音状態良好であります。
さすがに50年近く昔の録音、しかもLPなので、ヒスノイズが目立ちますが、音の鮮度は上々。
生々しい音で鳴っているのが気持ちエエです。
2007/12/07のBlog
[ 05:39 ]
[ 器楽曲 ]
今日はバッハを聴いてます。
J・S・バッハの無伴奏チェロ組曲第1番 ト長調 BWV1007。
ピエール・フルニエのチェロ独奏。
1976年12月、スイス・ジュネーヴの聖ボニフェイス(ボニファティウス?)教会での録音。フィリップス盤の2枚組から。
ピエール・フルニエは「チェロの貴公子」。フランス生まれ、9歳で小児麻痺になってピアノを断念してチェロに転向。しかし、ステージ姿は、ホンマに凛としてカッコイイ。1976年、録音当時70歳のベテラン。この2枚組は再録音になるのかな。1960年代のDG盤が名盤として誉れ高いが、この演奏も大変素晴らしい。
上品で端正、穏やかで紳士的。そして何より、バッハに対する真摯な想いが伝わってくるのがイイ。
チェロの響きは凛々しく美しい。物腰穏やかに、落ち着いたテンポでバッハを歌ってゆく。
大声を出すわけでもなく、派手に着飾るわけでもなく、ただ真面目にバッハに対峙し、ひたむきにその音楽に打ち込んできた・・・・・そんなことを思わせる演奏。人生の深さ、豊かさというのは、こういう演奏を聴いた時に感じるものかもしれない。
それにしても、チェロの深々とした響きは感動的。
心落ち着く音。フルニエの技巧は少々衰えているのかもしれないが、音楽は衰えるどころか、かえって若々しく、瑞々しい。汲めども尽きぬ味わいがある。
心を開いて、耳を傾けて、その響き、その音を聴きたい。
プレリュードの大らかさ、伸びやかさが良い。
アルマンドの軽快さの中から響いてくる渋い音には、心洗われる。
メヌエットは懐の深さがイイ。
録音は上々であります。
チェロの音は再生しやすいんでしょうか。
バッハの無伴奏を聴いた時、あまり不満がありません。
イイ音で鳴ってくれます。
J・S・バッハの無伴奏チェロ組曲第1番 ト長調 BWV1007。
ピエール・フルニエのチェロ独奏。
1976年12月、スイス・ジュネーヴの聖ボニフェイス(ボニファティウス?)教会での録音。フィリップス盤の2枚組から。
ピエール・フルニエは「チェロの貴公子」。フランス生まれ、9歳で小児麻痺になってピアノを断念してチェロに転向。しかし、ステージ姿は、ホンマに凛としてカッコイイ。1976年、録音当時70歳のベテラン。この2枚組は再録音になるのかな。1960年代のDG盤が名盤として誉れ高いが、この演奏も大変素晴らしい。
上品で端正、穏やかで紳士的。そして何より、バッハに対する真摯な想いが伝わってくるのがイイ。
チェロの響きは凛々しく美しい。物腰穏やかに、落ち着いたテンポでバッハを歌ってゆく。
大声を出すわけでもなく、派手に着飾るわけでもなく、ただ真面目にバッハに対峙し、ひたむきにその音楽に打ち込んできた・・・・・そんなことを思わせる演奏。人生の深さ、豊かさというのは、こういう演奏を聴いた時に感じるものかもしれない。
それにしても、チェロの深々とした響きは感動的。
心落ち着く音。フルニエの技巧は少々衰えているのかもしれないが、音楽は衰えるどころか、かえって若々しく、瑞々しい。汲めども尽きぬ味わいがある。
心を開いて、耳を傾けて、その響き、その音を聴きたい。
プレリュードの大らかさ、伸びやかさが良い。
アルマンドの軽快さの中から響いてくる渋い音には、心洗われる。
メヌエットは懐の深さがイイ。
録音は上々であります。
チェロの音は再生しやすいんでしょうか。
バッハの無伴奏を聴いた時、あまり不満がありません。
イイ音で鳴ってくれます。