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2008/01/27のBlog
[ 06:09 ]
[ 協奏曲 ]
休日にはのんびりとLPを取り出すことが多いのです。
レコード・ラックを眺め、どれにしようかと物色し、ラックに立てているLPの背表紙を確認して(CDと違って、これは読みにくいですなぁ)、ジャケットを見てから(そうそう、こういうジャケットだったなぁと思い出に一瞬浸って)、中袋から取り出し、ターンテーブルに載せ、サッとクリーニング、カートリッジのスタイラスも一拭きして、さあ、いよいよ針を落とす・・・・・。
この手間のかけ方。これはもう、間違いなく趣味の世界ですな。
そして出てくる音はアナログらしい暖かい音。時には古ぼけた音も出ます。壮大なパチパチ・ノイズも。大きなホコリや少々キズがあると、「ガリッ」というフォルテが・・・・。
そんな儀式を楽しみながら、僕はもう20年以上も昔に買い集めたLPを聴き・・・・・・いや、20年以上昔の思い出、「過去」を聴いているのかもしれません。
さて、今日はラックから取り出したモーツァルト。懐かしい名演であります。
モーツァルトのピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K.467。
フリードリヒ・グルダのピアノ独奏、クラウディオ・アバド指揮ウィーン・フィルの演奏。
1974年9月、ウィーンのムジークフェラインザールでの録音。DG盤のLP。
グルダのピアノには芯があって、しっかりとした響きなのに、フワッと抜けるような透明感もある。そして程よい柔らかさも・・・・。見た目はクール、よく触ってみると暖かい質感のある陶器のような感じ。ピアノはベーゼンドルファー(と思う)。この音は他のピアニストからは聴かれないものだ。本当に音のきれいなピアニストと思う。
我が家のターンベリーから流れるグルダの音は、いつも純度が高く、そして豊かで暖かい。
もちろん、グルダのこと、才気にあふれたモーツァルトを聴かせてくれる。あまり装飾は施していないのだが、ふとしたパッセージに込められた響きなどには、ハッとする瞬間が多い。とても新鮮なのだ。
アバド/VPOは丁寧な伴奏。折り目正しい演奏で、響きはさすがにウィーン・フィル、本当に綺麗。
ただ、アバドの誠実で精緻な指揮とグルダの閃きに満ちたピアノとでは、少し方向が違うところもあったかな・・・。
第1楽章は全く晴朗。晴れ上がった青空。徐々に感興が盛り上がってゆくさまは見事。カデンツァはグルダの自作。楽しく溌剌としている。
第2楽章、ウィーン・フィルの伴奏は最高。静謐でニュアンス一杯の表現。もうすべてが美しい。至福の音。
グルダもゆったりとしたテンポで叙情的な歌を歌ってゆく。「みじかくも美しく燃え」で有名なこの楽章を、これほど美しく歌い上げた演奏は、そうはないんじゃないか。
グルダの装飾音、微妙なアクセントも全く楽しい。
第3楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェ。疾駆するモーツァルト。
グルダのピアノは明るく爽快、そして時に豪快さも聴かせてくれる。ウィーン・フィルも艶やかな響きで応える。見事な協奏。
カデンツァはこれもグルダ自作。鮮やかそのもの。
録音は今聴いても素晴らしいです。
録音から30年以上経過した今も、グルダのピアノは瑞々しく鮮度が高い音で聴けます。
アナログらしい、トロッとしたオケの響きもエエです。
今日、モーツァルトの誕生日でありました。
そして、ワタクシら夫婦、結婚して23年たちました。
<K.467の自己リンクです>
★ケンプ(Pf)・クレー/バイエルン放送響
★ラローチャ(Pf)・デイヴィス/イギリス室内管
★アンダ(Pfと指揮)/ウィーン響
★ブレンデル(Pf)・マリナー/アカデミー室内管
★バレンボイム(Pfと指揮)/ベルリン・フィル
★カサドシュ(Pf)・セル/クリーヴランド管
レコード・ラックを眺め、どれにしようかと物色し、ラックに立てているLPの背表紙を確認して(CDと違って、これは読みにくいですなぁ)、ジャケットを見てから(そうそう、こういうジャケットだったなぁと思い出に一瞬浸って)、中袋から取り出し、ターンテーブルに載せ、サッとクリーニング、カートリッジのスタイラスも一拭きして、さあ、いよいよ針を落とす・・・・・。
この手間のかけ方。これはもう、間違いなく趣味の世界ですな。
そして出てくる音はアナログらしい暖かい音。時には古ぼけた音も出ます。壮大なパチパチ・ノイズも。大きなホコリや少々キズがあると、「ガリッ」というフォルテが・・・・。
そんな儀式を楽しみながら、僕はもう20年以上も昔に買い集めたLPを聴き・・・・・・いや、20年以上昔の思い出、「過去」を聴いているのかもしれません。
さて、今日はラックから取り出したモーツァルト。懐かしい名演であります。
モーツァルトのピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K.467。
フリードリヒ・グルダのピアノ独奏、クラウディオ・アバド指揮ウィーン・フィルの演奏。
1974年9月、ウィーンのムジークフェラインザールでの録音。DG盤のLP。
グルダのピアノには芯があって、しっかりとした響きなのに、フワッと抜けるような透明感もある。そして程よい柔らかさも・・・・。見た目はクール、よく触ってみると暖かい質感のある陶器のような感じ。ピアノはベーゼンドルファー(と思う)。この音は他のピアニストからは聴かれないものだ。本当に音のきれいなピアニストと思う。
我が家のターンベリーから流れるグルダの音は、いつも純度が高く、そして豊かで暖かい。
もちろん、グルダのこと、才気にあふれたモーツァルトを聴かせてくれる。あまり装飾は施していないのだが、ふとしたパッセージに込められた響きなどには、ハッとする瞬間が多い。とても新鮮なのだ。
アバド/VPOは丁寧な伴奏。折り目正しい演奏で、響きはさすがにウィーン・フィル、本当に綺麗。
ただ、アバドの誠実で精緻な指揮とグルダの閃きに満ちたピアノとでは、少し方向が違うところもあったかな・・・。
第1楽章は全く晴朗。晴れ上がった青空。徐々に感興が盛り上がってゆくさまは見事。カデンツァはグルダの自作。楽しく溌剌としている。
第2楽章、ウィーン・フィルの伴奏は最高。静謐でニュアンス一杯の表現。もうすべてが美しい。至福の音。
グルダもゆったりとしたテンポで叙情的な歌を歌ってゆく。「みじかくも美しく燃え」で有名なこの楽章を、これほど美しく歌い上げた演奏は、そうはないんじゃないか。
グルダの装飾音、微妙なアクセントも全く楽しい。
第3楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェ。疾駆するモーツァルト。
グルダのピアノは明るく爽快、そして時に豪快さも聴かせてくれる。ウィーン・フィルも艶やかな響きで応える。見事な協奏。
カデンツァはこれもグルダ自作。鮮やかそのもの。
録音は今聴いても素晴らしいです。
録音から30年以上経過した今も、グルダのピアノは瑞々しく鮮度が高い音で聴けます。
アナログらしい、トロッとしたオケの響きもエエです。
今日、モーツァルトの誕生日でありました。
そして、ワタクシら夫婦、結婚して23年たちました。
<K.467の自己リンクです>
★ケンプ(Pf)・クレー/バイエルン放送響
★ラローチャ(Pf)・デイヴィス/イギリス室内管
★アンダ(Pfと指揮)/ウィーン響
★ブレンデル(Pf)・マリナー/アカデミー室内管
★バレンボイム(Pfと指揮)/ベルリン・フィル
★カサドシュ(Pf)・セル/クリーヴランド管
2008/01/26のBlog
[ 07:23 ]
[ 室内楽曲 ]
寒の週末。のんびりしようと思います。
さて、今日はモーツァルトのクラリネット五重奏曲 イ長調 K.581。
エドゥアルド・ブルンナーのクラリネット独奏、ハーゲン弦楽四重奏団の演奏。
1987年6月、ケルンでの録音。DG盤。
モーツァルト没後200年の企画シリーズ物からの1枚で、カップリングがハーゲンSQらによる弦楽五重奏曲K.516。
ハーゲンSQの若々しく爽快な演奏をバックに、ブルンナーのクラリネットがふくよかな響きで、しみじみとした歌を紡ぎ出す。非常に美しい演奏。
第1楽章アレグロは覇気に満ちた演奏。
生き生きと弾む演奏で、ヴァイオリンなど飛び跳ねているような軽やかさ。ブルンナーのクラリネットは豊かに旋律を歌って心地よい。
第2楽章は心洗われるラルゲット。この曲の白眉。
モーツァルトの諦観が聞こえてきそうな曲なのだが、ハーゲンSQらの演奏は彼岸の歌にせず、現世此岸の音楽にしている。爽やかな風が、リスニング・ルームを柔らかく吹き抜けてゆくような心地よさ。クラリネットは涙を流したり、微笑んだり、千変万化の美しさ。ああ、これぞモーツァルト。様々な表情が、音楽の進行とともに刻一刻と変化してゆく。その風情がたまらない。涙の中の微笑み、笑顔の奥の哀しみ、万華鏡のように変化し、季節や風のように移ろいゆくクラリネット。これこそ、モーツァルトの世界と思う。
第3楽章は軽やかなメヌエットだが、ここでも涙と微笑みが錯綜する。
伸びやかなクラリネットの歌がイイ。ハーゲンSQも巧いが、少し硬質な感じもする。もう少しゆったりと柔和な雰囲気があってもいいかな。
ラストは心弾むフィナーレ。ハーゲンSQの演奏はシャープに切れ込んでゆく。深く抉ってくるところもあって面白い。アンサンブルは緊密。引き締まった筋肉質の演奏と云うべきかな。スカッとする気持ちよい演奏。
録音は上々。
もう少しふっくらとした音が欲しい気もします。
ハーゲンSQの演奏同様、クールでシャープな響きが特徴と思いました。
定位は抜群によいので臨場感たっぷりであります。
今週、アクセス数が激動しました。妙に増えたこともありました。
多いとき4500。あれ、何なんでしょ?
アダルト系のコメントがいくつか続きましたので、その関係かな?
さて、今日はモーツァルトのクラリネット五重奏曲 イ長調 K.581。
エドゥアルド・ブルンナーのクラリネット独奏、ハーゲン弦楽四重奏団の演奏。
1987年6月、ケルンでの録音。DG盤。
モーツァルト没後200年の企画シリーズ物からの1枚で、カップリングがハーゲンSQらによる弦楽五重奏曲K.516。
ハーゲンSQの若々しく爽快な演奏をバックに、ブルンナーのクラリネットがふくよかな響きで、しみじみとした歌を紡ぎ出す。非常に美しい演奏。
第1楽章アレグロは覇気に満ちた演奏。
生き生きと弾む演奏で、ヴァイオリンなど飛び跳ねているような軽やかさ。ブルンナーのクラリネットは豊かに旋律を歌って心地よい。
第2楽章は心洗われるラルゲット。この曲の白眉。
モーツァルトの諦観が聞こえてきそうな曲なのだが、ハーゲンSQらの演奏は彼岸の歌にせず、現世此岸の音楽にしている。爽やかな風が、リスニング・ルームを柔らかく吹き抜けてゆくような心地よさ。クラリネットは涙を流したり、微笑んだり、千変万化の美しさ。ああ、これぞモーツァルト。様々な表情が、音楽の進行とともに刻一刻と変化してゆく。その風情がたまらない。涙の中の微笑み、笑顔の奥の哀しみ、万華鏡のように変化し、季節や風のように移ろいゆくクラリネット。これこそ、モーツァルトの世界と思う。
第3楽章は軽やかなメヌエットだが、ここでも涙と微笑みが錯綜する。
伸びやかなクラリネットの歌がイイ。ハーゲンSQも巧いが、少し硬質な感じもする。もう少しゆったりと柔和な雰囲気があってもいいかな。
ラストは心弾むフィナーレ。ハーゲンSQの演奏はシャープに切れ込んでゆく。深く抉ってくるところもあって面白い。アンサンブルは緊密。引き締まった筋肉質の演奏と云うべきかな。スカッとする気持ちよい演奏。
録音は上々。
もう少しふっくらとした音が欲しい気もします。
ハーゲンSQの演奏同様、クールでシャープな響きが特徴と思いました。
定位は抜群によいので臨場感たっぷりであります。
今週、アクセス数が激動しました。妙に増えたこともありました。
多いとき4500。あれ、何なんでしょ?
アダルト系のコメントがいくつか続きましたので、その関係かな?
2008/01/25のBlog
[ 05:27 ]
[ 管弦楽曲 ]
寒いです。毎日同じことを書いておりますが、伊予路は厳寒です。
さて、今日は懐かしいLPを取り出してます。
R・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」作品30。
ズービン・メータ指揮ニューヨーク・フィルハーモニックの演奏。
ヴァイオリン独奏はコンマスのグレン・ディクテロー。
1980年1月、ニューヨークのエイヴリー・フィッシャー・ホールでの録音。CBSソニー盤のLP。
R・シュトラウスのこの曲、冒頭はあまりに有名。
その雄大でカッコイイことといったら、ポピュラーのコンサートのオープニングに用いられるほど。確か、アメリカでプレスリーが使って有名だったはずだし、日本ではアリス(谷村新司にベーやん・キンちゃん・・・って古いな(^^ゞ・・・)の武道館コンサートで、この音楽が幕開けに使われたのだった。
(「2001年宇宙の旅」はもう別格ですね。今でも、この映画の音楽の一つと思っている人、多いんじゃないんでしょうか)
しかし、序奏部以降になると無名・・・・・。
勿体ないな。序奏以降の方が、音楽的には内容があるし、味わい深いのになぁ。聴かないなんて実に勿体ない。
もちろん、音楽そのものはニーチェの著作とはあまり関係がなく、聴いていて哲学をすることなんてない訳で、R・シュトラウスのアルプス交響曲で聴けるアルプスの風景描写のような、聴いていてワクワクするような感じはない。しかし、彼のオーケストレーションのすごさ、楽しさは十分に味わえる名曲。ホンマにR・シュトラウスは、スゴイ作曲家だと思う。
さて、演奏はメータ全盛期のもの。
ニューヨーク・フィルがゴリゴリと音を出してくるのだが、弱音部でのデリケートなところも良い。録音が素晴らしく、LP発売時には、オーディオ・チェック用のレコード用として評判だった。
メータは1960年代から1980年代半ば、ロサンゼルス・フィルからニューヨーク・フィル就任間もなくの頃までが、華だったろうか。日本のクラシックレコード・ジャーナリズムに頻繁に登場するのは、その頃だった。1980年代の終わりには登場機会が減って、最近はとんと聞かなくなってしまった。今も元気なのだろうが、往年の勢いはなくなってしまった。
特に1980年代末からは急速に新譜が減っていった。もともと大編成のオーケストラ音楽と現代曲には強かったが、独墺系の録音が少なかったことが痛かったのかな。ひととおり録音してしまうと、もう録音するレパートリーもなくなって、新譜が出ることがなくなったということか・・・。
DECCAでのロサンゼルス・フィル、CBSでのからニューヨーク・フィル、それぞれの録音には、当時の瑞々しく鮮やかで、肉感的な響きを前面に押し出すメータの、ホンマに素晴らしい、最良の姿を聞くことが出来る。
この「ツァラトゥストラはかく語りき」もそう。ニューヨーク・フィル盤はメータとしては再録音になる。指揮は巧妙。豊麗にオケを鳴らす。
ロサンゼルス・フィルとの旧録音に比べて、少しおとなしくなったところもあるのだが、全体的にニューヨーク・フィルは豪快、パワー十分の演奏を繰り広げてゆく。技量もスゴイ。さすがアメリカ屈指のオケだなぁと思う。
惜しいのは弦がザラつくところがあること。アンサンブルの精度がイマイチなのかな。
録音が良いだけに、ちと残念。
さて、今日は懐かしいLPを取り出してます。
R・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」作品30。
ズービン・メータ指揮ニューヨーク・フィルハーモニックの演奏。
ヴァイオリン独奏はコンマスのグレン・ディクテロー。
1980年1月、ニューヨークのエイヴリー・フィッシャー・ホールでの録音。CBSソニー盤のLP。
R・シュトラウスのこの曲、冒頭はあまりに有名。
その雄大でカッコイイことといったら、ポピュラーのコンサートのオープニングに用いられるほど。確か、アメリカでプレスリーが使って有名だったはずだし、日本ではアリス(谷村新司にベーやん・キンちゃん・・・って古いな(^^ゞ・・・)の武道館コンサートで、この音楽が幕開けに使われたのだった。
(「2001年宇宙の旅」はもう別格ですね。今でも、この映画の音楽の一つと思っている人、多いんじゃないんでしょうか)
しかし、序奏部以降になると無名・・・・・。
勿体ないな。序奏以降の方が、音楽的には内容があるし、味わい深いのになぁ。聴かないなんて実に勿体ない。
もちろん、音楽そのものはニーチェの著作とはあまり関係がなく、聴いていて哲学をすることなんてない訳で、R・シュトラウスのアルプス交響曲で聴けるアルプスの風景描写のような、聴いていてワクワクするような感じはない。しかし、彼のオーケストレーションのすごさ、楽しさは十分に味わえる名曲。ホンマにR・シュトラウスは、スゴイ作曲家だと思う。
さて、演奏はメータ全盛期のもの。
ニューヨーク・フィルがゴリゴリと音を出してくるのだが、弱音部でのデリケートなところも良い。録音が素晴らしく、LP発売時には、オーディオ・チェック用のレコード用として評判だった。
メータは1960年代から1980年代半ば、ロサンゼルス・フィルからニューヨーク・フィル就任間もなくの頃までが、華だったろうか。日本のクラシックレコード・ジャーナリズムに頻繁に登場するのは、その頃だった。1980年代の終わりには登場機会が減って、最近はとんと聞かなくなってしまった。今も元気なのだろうが、往年の勢いはなくなってしまった。
特に1980年代末からは急速に新譜が減っていった。もともと大編成のオーケストラ音楽と現代曲には強かったが、独墺系の録音が少なかったことが痛かったのかな。ひととおり録音してしまうと、もう録音するレパートリーもなくなって、新譜が出ることがなくなったということか・・・。
DECCAでのロサンゼルス・フィル、CBSでのからニューヨーク・フィル、それぞれの録音には、当時の瑞々しく鮮やかで、肉感的な響きを前面に押し出すメータの、ホンマに素晴らしい、最良の姿を聞くことが出来る。
この「ツァラトゥストラはかく語りき」もそう。ニューヨーク・フィル盤はメータとしては再録音になる。指揮は巧妙。豊麗にオケを鳴らす。
ロサンゼルス・フィルとの旧録音に比べて、少しおとなしくなったところもあるのだが、全体的にニューヨーク・フィルは豪快、パワー十分の演奏を繰り広げてゆく。技量もスゴイ。さすがアメリカ屈指のオケだなぁと思う。
惜しいのは弦がザラつくところがあること。アンサンブルの精度がイマイチなのかな。
録音が良いだけに、ちと残念。
2008/01/24のBlog
[ 04:05 ]
[ 交響曲 ]
暦どおりの寒さです。まさに大寒。
さて、今日は大曲を聴いてます。時間は60分を超える程度なんですが、この曲は大曲と思います。
ブルックナーの交響曲第9番 ニ短調 「原典版」。
朝比奈隆指揮大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏。
1995年4月23日、大阪、シンフォニーホールでのライヴ録音。
ポニー・キャニオン盤で、1,500円の廉価盤。
朝比奈隆の晩年の演奏は、神々しいばかり・・・。スゴイと思う。
朝比奈のCDは夥しい数があるので、どれが良いのか、僕は朝比奈マニアではないのでよく分からない。CDには当たり外れがあるとの世評もあるのだが、さて、たまたまなのか、僕が購入したCDは立派なもんだなぁと思えるものが殆どだった。
このCDのライナーノートによれば(書いているのは宇野功芳)、1992年に開始された朝比奈隆のブルックナー全集の、これは完結盤になるそうな。9番交響曲だけをとると、5回目の録音。スゴイ。ブルックナーの9番を(ブル9と略した方がエエですか?)5回も録音した指揮者は、世界広しといえど、朝比奈一人くらいだろう。
さて演奏。
第1楽章から悠然と音楽が進む。朝比奈は細部にこだわると云うより、大局的に音楽を捉えて、大づかみに演奏させてゆく感じ。悠久と河は行く・・・・といった風情の演奏と思う。
録音が素晴らしく、弦楽セクションなど抜群の音響を聞かせてくれる。大変にいい音でヴァイオリン群が鳴る。アンサンブルには少々キズがあって、縦の線が揃わないところもあるのだが、ライブだものね、「そんなの関係ねぇ」でしょ。ホルンやトランペットも朗々と輝くような音色を響かせ、聴いていて実に気持ちいい。これは素晴らしい音楽と思う。
第2楽章スケルツォも、急ぎすぎないで安定感十分の演奏。
中間部での弦楽アンサンブルの美しさには陶然、いやもう、快感としか云いようがない。神々しいばかりの美しさ。後光が差しているんじゃないか。
録音も素晴らしいのだろうが、この響きなら欧米のオケにも負けんゾイ。大阪フィル、立派やわぁ。
第3楽章アダージョは、朝比奈隆の自信が漲っている。
いや、自信というと何となく傲慢な感じがするな。そうではなく、もっと謙虚であって、確信、信仰、祈りに似た感じの演奏ぶり。
ああ、これがブルックナーの歌だ。
スケール雄大、高峰のような表現もあり、心から慈しんでいるような愛情豊かな表現もあり、ホンマに朝比奈のブルックナーは素晴らしいと思う。
感動的であります。
録音が素晴らしい。
ホール中央S席で聴いているような感じ。見事な臨場感です。
ライブならではの良さでしょう。
弦楽は柔らかく、スケール豊かに広がっていきます。
金管の炸裂も見事。つぶれたりなんかしません。
日本人の演奏を日本人が録る。そして、こんなにイイ音。
幸福であります。
日曜日からの大雪と氷結で、ゆっくり新聞・テレビのニュースを見ている間がなかったのですが、「違いがわかる男」江藤俊哉氏が亡くなったとのこと。僕はこの人のCMを見て、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を初めて聴き、レコード屋に走ったものでした・・・・・・。エエ音楽やなぁ・・・としみじみ思いました。我が青春の時でした。
合掌。
購ったのはジノ・フランチェスカッティ盤。CBSソニーの1300円廉価盤でありました。
さて、今日は大曲を聴いてます。時間は60分を超える程度なんですが、この曲は大曲と思います。
ブルックナーの交響曲第9番 ニ短調 「原典版」。
朝比奈隆指揮大阪フィルハーモニー交響楽団の演奏。
1995年4月23日、大阪、シンフォニーホールでのライヴ録音。
ポニー・キャニオン盤で、1,500円の廉価盤。
朝比奈隆の晩年の演奏は、神々しいばかり・・・。スゴイと思う。
朝比奈のCDは夥しい数があるので、どれが良いのか、僕は朝比奈マニアではないのでよく分からない。CDには当たり外れがあるとの世評もあるのだが、さて、たまたまなのか、僕が購入したCDは立派なもんだなぁと思えるものが殆どだった。
このCDのライナーノートによれば(書いているのは宇野功芳)、1992年に開始された朝比奈隆のブルックナー全集の、これは完結盤になるそうな。9番交響曲だけをとると、5回目の録音。スゴイ。ブルックナーの9番を(ブル9と略した方がエエですか?)5回も録音した指揮者は、世界広しといえど、朝比奈一人くらいだろう。
さて演奏。
第1楽章から悠然と音楽が進む。朝比奈は細部にこだわると云うより、大局的に音楽を捉えて、大づかみに演奏させてゆく感じ。悠久と河は行く・・・・といった風情の演奏と思う。
録音が素晴らしく、弦楽セクションなど抜群の音響を聞かせてくれる。大変にいい音でヴァイオリン群が鳴る。アンサンブルには少々キズがあって、縦の線が揃わないところもあるのだが、ライブだものね、「そんなの関係ねぇ」でしょ。ホルンやトランペットも朗々と輝くような音色を響かせ、聴いていて実に気持ちいい。これは素晴らしい音楽と思う。
第2楽章スケルツォも、急ぎすぎないで安定感十分の演奏。
中間部での弦楽アンサンブルの美しさには陶然、いやもう、快感としか云いようがない。神々しいばかりの美しさ。後光が差しているんじゃないか。
録音も素晴らしいのだろうが、この響きなら欧米のオケにも負けんゾイ。大阪フィル、立派やわぁ。
第3楽章アダージョは、朝比奈隆の自信が漲っている。
いや、自信というと何となく傲慢な感じがするな。そうではなく、もっと謙虚であって、確信、信仰、祈りに似た感じの演奏ぶり。
ああ、これがブルックナーの歌だ。
スケール雄大、高峰のような表現もあり、心から慈しんでいるような愛情豊かな表現もあり、ホンマに朝比奈のブルックナーは素晴らしいと思う。
感動的であります。
録音が素晴らしい。
ホール中央S席で聴いているような感じ。見事な臨場感です。
ライブならではの良さでしょう。
弦楽は柔らかく、スケール豊かに広がっていきます。
金管の炸裂も見事。つぶれたりなんかしません。
日本人の演奏を日本人が録る。そして、こんなにイイ音。
幸福であります。
日曜日からの大雪と氷結で、ゆっくり新聞・テレビのニュースを見ている間がなかったのですが、「違いがわかる男」江藤俊哉氏が亡くなったとのこと。僕はこの人のCMを見て、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を初めて聴き、レコード屋に走ったものでした・・・・・・。エエ音楽やなぁ・・・としみじみ思いました。我が青春の時でした。
合掌。
購ったのはジノ・フランチェスカッティ盤。CBSソニーの1300円廉価盤でありました。
2008/01/23のBlog
[ 05:36 ]
[ 室内楽曲 ]
今日は室内楽をエントリーしてみます。
シューベルトのピアノ三重奏曲第1番 変ロ長調 D.898。
ボザール・トリオの演奏。
1965年の録音。フィリップス盤。懐かしい録音です。
ピアノとヴァイオリン、チェロのアンサンブルの楽しみ。
室内楽は、楽器を合わせ、心を合わせる楽しみを聴き手に伝える音楽だ。ボザール・トリオの息のあったアンサンブルを聴いていると、心の中を暖かい感情が流れてゆく。心が豊かになったような気がしてくる。
この作品は、1828年、シューベルトの死の直前のもので、恐らくシューベルティアーデなどで演奏されていたものだろう。
第1楽章はアレグロ・モデラート。ボザール・トリオの緊密な合奏が楽しめる。曲想も、いかにもシューベルト。歌が横溢する。
第2楽章はアンダンテ・ウン・ポコ・モッソ。
ここでも、シューベルトらしい歌が楽しめる。穏やかな歌。
中間部でチェロが歌う主題がことのほか美しい。深々とした音色は大層きれいだし、やがて、それは真摯な祈りの表情に変化してゆく。
第3楽章はウキウキしてくるスケルツォ。シューベルティアーデの仲間たちの笑顔が想像されるような音楽。移ろいゆく抒情も流れている。
フィナーレはロンド。音楽する喜びにあふれている。ボザール・トリオの見事なアンサンブルは、シューベルティアーデの喜びを彷彿とさせる。音楽はラストに向けてますます盛り上がり、聴き手を幸福な気分にさせてくれる。
録音状態良好であります。
ピアノの音が特に綺麗。ヴァイオリンやチェロの響きも艶やかで、残響も美しく、くつろいで聴くのに申し分ない録音です。
昨日は道路の氷結で、交通渋滞でした。僕はふだんより30分早く家を出ましたので、渋滞にはかからずに済みましたが、いやはや、この冷え込みには困ったものです。
暖地の伊予路が震えております。
一昨日は大雪、昨日は氷・・・・・。今朝は氷雨です。
ただ、昨日来の雨のおかげで、雪は溶けております。今朝は氷も張っていないようです。ようやく普通に戻りましたかな・・・・・。
シューベルトのピアノ三重奏曲第1番 変ロ長調 D.898。
ボザール・トリオの演奏。
1965年の録音。フィリップス盤。懐かしい録音です。
ピアノとヴァイオリン、チェロのアンサンブルの楽しみ。
室内楽は、楽器を合わせ、心を合わせる楽しみを聴き手に伝える音楽だ。ボザール・トリオの息のあったアンサンブルを聴いていると、心の中を暖かい感情が流れてゆく。心が豊かになったような気がしてくる。
この作品は、1828年、シューベルトの死の直前のもので、恐らくシューベルティアーデなどで演奏されていたものだろう。
第1楽章はアレグロ・モデラート。ボザール・トリオの緊密な合奏が楽しめる。曲想も、いかにもシューベルト。歌が横溢する。
第2楽章はアンダンテ・ウン・ポコ・モッソ。
ここでも、シューベルトらしい歌が楽しめる。穏やかな歌。
中間部でチェロが歌う主題がことのほか美しい。深々とした音色は大層きれいだし、やがて、それは真摯な祈りの表情に変化してゆく。
第3楽章はウキウキしてくるスケルツォ。シューベルティアーデの仲間たちの笑顔が想像されるような音楽。移ろいゆく抒情も流れている。
フィナーレはロンド。音楽する喜びにあふれている。ボザール・トリオの見事なアンサンブルは、シューベルティアーデの喜びを彷彿とさせる。音楽はラストに向けてますます盛り上がり、聴き手を幸福な気分にさせてくれる。
録音状態良好であります。
ピアノの音が特に綺麗。ヴァイオリンやチェロの響きも艶やかで、残響も美しく、くつろいで聴くのに申し分ない録音です。
昨日は道路の氷結で、交通渋滞でした。僕はふだんより30分早く家を出ましたので、渋滞にはかからずに済みましたが、いやはや、この冷え込みには困ったものです。
暖地の伊予路が震えております。
一昨日は大雪、昨日は氷・・・・・。今朝は氷雨です。
ただ、昨日来の雨のおかげで、雪は溶けております。今朝は氷も張っていないようです。ようやく普通に戻りましたかな・・・・・。
2008/01/22のBlog
[ 05:35 ]
[ 管弦楽曲 ]
今日はストラヴィンスキーです。
バレエ音楽「ペトルーシュカ」(1911年版)
クラウディオ・アバド指揮ロンドン交響楽団の演奏。ピアノはレスリー・ハワード。
1980年9月、ロンドンでのデジタル録音。DG盤のLP。
久しぶりに取り出した1枚。DGのデジタル録音初期の頃のLP。この時代は、まだまだデジタル録音が目新しいものだった。この後間もなくCD発売、そしてあっという間にLPを駆逐してゆく。
アバドのスマートで理性的な指揮によって、「ペトルーシュカ」がクールな輝きを伴って眼前に展開する。
響きがたいそうクリアで新鮮。清々しく爽やかなオーケストラが広がってゆく感じ。
モコモコとせず、スッキリとして見通しの良い音楽をアバドは求め、ロンドン響が大変機能的に、俊敏に、反応してゆく。見事な演奏と思う。
打楽器が各種登場して、鮮烈な効果を上げてゆく。アバドはその処理が巧く、もたれずに、鮮やかに叩かせる。
金管・木管はとても色彩的。各楽器を適確にちりばめ、一体化した響きをつくり出すのは、アバドにとっては朝飯前かな。「これぞワシの本領」と云わんばかりに、鮮烈な演奏になっている。
「ロシアの踊り」など実にカラフル。キラキラと輝く原色系のオーケストレーションなのだが、どぎつくなりすぎないのが、アバドの品格。決して下卑たりしないのは、やはり、この人、イタリアのエエとこで生まれ育ったせいかしらん。
ラスト「第4景」も素晴らしい出来。オケが一位となって進んでゆくのだが、仕上げが非常にスッキリとしてスタイリッシュ。
エキゾチックなバレエ音楽であるにもかかわらず、知性的な響きさえ出てくる。アバド会心の演奏と思う。
録音も上々であります。
LPらしくホンワカしたところもあるんですが、全体的には演奏同様、クールな感じ。スッキリ、ライト・ブルー系の音と云えそうです。
この時期のアバドの充実を思い出させる懐かしい1枚でありました。
この後、アバドは上昇を続け、ウィーンからベルリンまで手中に収めてゆくわけなんですが、そんなことを想いながら聴いていると、「やっぱりアバドは凄かったんやなぁ・・・」と思ったことでした。
四国は大雪でありました。月曜日は道路が大渋滞。チェーンを持っていない車が多く、日曜の晩に動きが取れずにそのまま乗り捨ててあったり、側溝に片側が落ち込んでいたりで、渋滞を引き起こしておりました。ただでさえ、ノロノロ運転。いや全く南国は雪には弱いものです。
僕は自動車通勤をやめて、自転車・電車・徒歩で職場まで。特に新居浜駅から長靴で50分歩きました。駅にタクシーなど、いやしない。
日頃、ジョギングとウォーキングを楽しんでいる脚力が、ひょんなことで生きました(^^)V
バレエ音楽「ペトルーシュカ」(1911年版)
クラウディオ・アバド指揮ロンドン交響楽団の演奏。ピアノはレスリー・ハワード。
1980年9月、ロンドンでのデジタル録音。DG盤のLP。
久しぶりに取り出した1枚。DGのデジタル録音初期の頃のLP。この時代は、まだまだデジタル録音が目新しいものだった。この後間もなくCD発売、そしてあっという間にLPを駆逐してゆく。
アバドのスマートで理性的な指揮によって、「ペトルーシュカ」がクールな輝きを伴って眼前に展開する。
響きがたいそうクリアで新鮮。清々しく爽やかなオーケストラが広がってゆく感じ。
モコモコとせず、スッキリとして見通しの良い音楽をアバドは求め、ロンドン響が大変機能的に、俊敏に、反応してゆく。見事な演奏と思う。
打楽器が各種登場して、鮮烈な効果を上げてゆく。アバドはその処理が巧く、もたれずに、鮮やかに叩かせる。
金管・木管はとても色彩的。各楽器を適確にちりばめ、一体化した響きをつくり出すのは、アバドにとっては朝飯前かな。「これぞワシの本領」と云わんばかりに、鮮烈な演奏になっている。
「ロシアの踊り」など実にカラフル。キラキラと輝く原色系のオーケストレーションなのだが、どぎつくなりすぎないのが、アバドの品格。決して下卑たりしないのは、やはり、この人、イタリアのエエとこで生まれ育ったせいかしらん。
ラスト「第4景」も素晴らしい出来。オケが一位となって進んでゆくのだが、仕上げが非常にスッキリとしてスタイリッシュ。
エキゾチックなバレエ音楽であるにもかかわらず、知性的な響きさえ出てくる。アバド会心の演奏と思う。
録音も上々であります。
LPらしくホンワカしたところもあるんですが、全体的には演奏同様、クールな感じ。スッキリ、ライト・ブルー系の音と云えそうです。
この時期のアバドの充実を思い出させる懐かしい1枚でありました。
この後、アバドは上昇を続け、ウィーンからベルリンまで手中に収めてゆくわけなんですが、そんなことを想いながら聴いていると、「やっぱりアバドは凄かったんやなぁ・・・」と思ったことでした。
四国は大雪でありました。月曜日は道路が大渋滞。チェーンを持っていない車が多く、日曜の晩に動きが取れずにそのまま乗り捨ててあったり、側溝に片側が落ち込んでいたりで、渋滞を引き起こしておりました。ただでさえ、ノロノロ運転。いや全く南国は雪には弱いものです。
僕は自動車通勤をやめて、自転車・電車・徒歩で職場まで。特に新居浜駅から長靴で50分歩きました。駅にタクシーなど、いやしない。
日頃、ジョギングとウォーキングを楽しんでいる脚力が、ひょんなことで生きました(^^)V
2008/01/21のBlog
[ 05:53 ]
[ 管弦楽曲 ]
四国は雪でありました。久しぶりの大雪でありました。
午前中からみぞれで、午後からは本格的に降り始め、夜半まで降り続きました。
当地伊予西条で積もったのは3年ぶりのことでした。
降りしきる雪の中聴いていたのはバッハであります。
冷え込む中でストーブをつけて、モゾモゾとバッハを聴く。ああ、慰めの音楽。心温まる和声。
J・S・バッハの管弦楽組曲第1番 ハ長調 BWV.1066。
ルドルフ・バウムガルトナー指揮ルツェルン祝祭弦楽合奏団の演奏。
通奏低音はエドゥアルト・カウフマン(cem)、
モーリス・ブールグ(ob)、マンフレート・ザックス(fg)らが参加している。
1978年9月、スイスのアルト・テアタザールでの録音。独オイロディスク原盤を日本ではDENONが発売していた。
LPで親しんできたこの演奏も、再発を続けながら、今や組曲全曲がCD2枚で1,500円。クレスト1000シリーズでの発売だが。これは安い買い物と思う。
この曲集を初めて聴いたのは、二十歳を過ぎたばかりの、冬の日だった。
こんな雪の日だった。
その日埼玉でも珍しい大雪で、20センチくらいは積もっただろうか。外出もままならない日曜日だった。もっとも、あれは2月。大学の後期試験も終えて、のんびりと春休みに入っている頃だった。
誰にもあるだろう青春の、謂わば疾風怒濤の時期だったので、余計にこの音楽が身にしみた。クラシック音楽っていいなぁとしみじみ思ったものだった。多分バッハはこの曲集を機会音楽・世俗音楽として作曲したのだろうが、そんなことは、当時クラシック音楽に無縁だった僕には知るよしもなく、ただこの曲の旋律と和声、楽器のバランスや息づかい、そしてホールトーンの美しさ、特に弦楽の柔らかさにウットリしつつ、心慰められたのだった。
バウムガルトナーのアーティキュレーションは、コレギウム・アウレウム合奏団やリヒター/ミュンヘン・バッハ管のものとは少し違って、歯切れ良く、時にぶつ切りのところがあるのだが、それがとても新鮮に耳に届く。清新で若々しいリズムもイイ。
弦楽は爽やかで、オーボエが(名手ブールグだろう)見事な演奏を聴かせてくれる。
ああ、いつ聴いても、バッハはバッハ。
ホンマに心洗われる音楽と思う。
録音はやや平面的ですが、響きは澄み切った感じで、大変綺麗です。
特に弦楽器がエエです。透明感のある音で、高音がよく伸びます。
暖かいアナログ録音、今も十分に美しいです。
<J・S・バッハの管弦楽組曲第1番 ハ長調 BWV.1066>
■ラ・ストラヴァガンツァ・ケルン
■ヘルムート・コッホ/ベルリン室内管弦楽団
午前中からみぞれで、午後からは本格的に降り始め、夜半まで降り続きました。
当地伊予西条で積もったのは3年ぶりのことでした。
降りしきる雪の中聴いていたのはバッハであります。
冷え込む中でストーブをつけて、モゾモゾとバッハを聴く。ああ、慰めの音楽。心温まる和声。
J・S・バッハの管弦楽組曲第1番 ハ長調 BWV.1066。
ルドルフ・バウムガルトナー指揮ルツェルン祝祭弦楽合奏団の演奏。
通奏低音はエドゥアルト・カウフマン(cem)、
モーリス・ブールグ(ob)、マンフレート・ザックス(fg)らが参加している。
1978年9月、スイスのアルト・テアタザールでの録音。独オイロディスク原盤を日本ではDENONが発売していた。
LPで親しんできたこの演奏も、再発を続けながら、今や組曲全曲がCD2枚で1,500円。クレスト1000シリーズでの発売だが。これは安い買い物と思う。
この曲集を初めて聴いたのは、二十歳を過ぎたばかりの、冬の日だった。
こんな雪の日だった。
その日埼玉でも珍しい大雪で、20センチくらいは積もっただろうか。外出もままならない日曜日だった。もっとも、あれは2月。大学の後期試験も終えて、のんびりと春休みに入っている頃だった。
誰にもあるだろう青春の、謂わば疾風怒濤の時期だったので、余計にこの音楽が身にしみた。クラシック音楽っていいなぁとしみじみ思ったものだった。多分バッハはこの曲集を機会音楽・世俗音楽として作曲したのだろうが、そんなことは、当時クラシック音楽に無縁だった僕には知るよしもなく、ただこの曲の旋律と和声、楽器のバランスや息づかい、そしてホールトーンの美しさ、特に弦楽の柔らかさにウットリしつつ、心慰められたのだった。
バウムガルトナーのアーティキュレーションは、コレギウム・アウレウム合奏団やリヒター/ミュンヘン・バッハ管のものとは少し違って、歯切れ良く、時にぶつ切りのところがあるのだが、それがとても新鮮に耳に届く。清新で若々しいリズムもイイ。
弦楽は爽やかで、オーボエが(名手ブールグだろう)見事な演奏を聴かせてくれる。
ああ、いつ聴いても、バッハはバッハ。
ホンマに心洗われる音楽と思う。
録音はやや平面的ですが、響きは澄み切った感じで、大変綺麗です。
特に弦楽器がエエです。透明感のある音で、高音がよく伸びます。
暖かいアナログ録音、今も十分に美しいです。
<J・S・バッハの管弦楽組曲第1番 ハ長調 BWV.1066>
■ラ・ストラヴァガンツァ・ケルン
■ヘルムート・コッホ/ベルリン室内管弦楽団
2008/01/20のBlog
[ 05:31 ]
[ 管弦楽曲 ]
休日はのんびりとLPレコードを取り出しては、ゴソゴソ聴いておりました。
あ、そういえば今日もエントリーはフランス音楽になってしまいました。
ドビュッシーの交響詩「海」。
ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏。
1976年1月、コンセルトヘボウでの録音。蘭フィリップス輸入盤LP3枚組のボックス。
ハイティンク/ACOによるフランス音楽。ラヴェルも良かったが、ドビュッシーの方が更にその上を行く名演と思われる。
まずは「海の夜明けから真昼まで」。
アムステルダム・コンセルトヘボウ管の音が素晴らしい。響きや音色は少しずつ微妙に変化してゆく。何とも美しく、時に詩的な感じさえする。ややくすんだ色調の音で、キラキラする派手さはないのだが、ドビュッシーが意識しただろう繊細な音色を、ハイティンクは誠実に描き出そうとする。その色彩は極彩色のものではなく、淡い色遣いの水彩画、パステル画のような感じ。筆のタッチもデリケートそのもの。しかし、いや、だからというべきか、音楽から無限のイメージが誘われる。
ことに弦楽セクションの響きはまこと繊細で微妙。ニュアンスに富んでいる。木管は質朴な音を出したり、時に濡れたような色っぽさを醸し出したりで、これも多彩な響き。金管はしっとりと落ち着いている。高音がキャンつかないのがイイ。
ああ、コンセルトヘボウ管。つくづくエエ音やなぁ。
2曲目は「波の戯れ」。
ここでもコンセルトヘボウ管の巧さが際だつ。一人ひとりがうまいだけでなく、アンサンブルがとても良いので、響きがスッキリしている。もたれない。少し霞がかかったような感じで、柔らかく、暖かい響きで心落ち着く音になっている。
「風と海との対話」。
徐々にスケールが大きくなって、聴いていると想像が膨らんで、大海原を彷彿とさせる演奏。ハイティンクの指揮は誠実にして成熟した感じ。無理せず、オーケストラの美質を信頼して、穏やかなドビュッシーを描き出す。決して鋭くはないのだが、繊細に、そして淡く上品なドビュッシーにしている。素晴らしい演奏と思う。
録音は極上です。
アナログ全盛期で、フィリップスらしい名録音であります。
コンセルトヘボウ・ホールの、自然で繊細な響きに品の良い残響。そして独特のACOのサウンド。音場は広大で、奥行きも十分。
録音から30年経過しても、いっこうに古びない優秀録音と思います。
CDも良い音ですが、LPの方が柔らかさと豊麗さがあって、上かなとも思います。
さて、今日は雨模様、ひょっとしたら雪が降るかもしれないとの予報です。
早朝更新しつつ、今、ジョギングに出ようかどうか思案中であります。まぁ、こういう日は無理をしない・・・・というのが加齢生活の鉄則ですかね?
で、午前中に光ファイバーの工事があります。
いよいよ、我が家でもADSLから「光」になります。四国の草深い田舎にも「光」が届きます。さてさて、結果や如何。
あ、そういえば今日もエントリーはフランス音楽になってしまいました。
ドビュッシーの交響詩「海」。
ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏。
1976年1月、コンセルトヘボウでの録音。蘭フィリップス輸入盤LP3枚組のボックス。
ハイティンク/ACOによるフランス音楽。ラヴェルも良かったが、ドビュッシーの方が更にその上を行く名演と思われる。
まずは「海の夜明けから真昼まで」。
アムステルダム・コンセルトヘボウ管の音が素晴らしい。響きや音色は少しずつ微妙に変化してゆく。何とも美しく、時に詩的な感じさえする。ややくすんだ色調の音で、キラキラする派手さはないのだが、ドビュッシーが意識しただろう繊細な音色を、ハイティンクは誠実に描き出そうとする。その色彩は極彩色のものではなく、淡い色遣いの水彩画、パステル画のような感じ。筆のタッチもデリケートそのもの。しかし、いや、だからというべきか、音楽から無限のイメージが誘われる。
ことに弦楽セクションの響きはまこと繊細で微妙。ニュアンスに富んでいる。木管は質朴な音を出したり、時に濡れたような色っぽさを醸し出したりで、これも多彩な響き。金管はしっとりと落ち着いている。高音がキャンつかないのがイイ。
ああ、コンセルトヘボウ管。つくづくエエ音やなぁ。
2曲目は「波の戯れ」。
ここでもコンセルトヘボウ管の巧さが際だつ。一人ひとりがうまいだけでなく、アンサンブルがとても良いので、響きがスッキリしている。もたれない。少し霞がかかったような感じで、柔らかく、暖かい響きで心落ち着く音になっている。
「風と海との対話」。
徐々にスケールが大きくなって、聴いていると想像が膨らんで、大海原を彷彿とさせる演奏。ハイティンクの指揮は誠実にして成熟した感じ。無理せず、オーケストラの美質を信頼して、穏やかなドビュッシーを描き出す。決して鋭くはないのだが、繊細に、そして淡く上品なドビュッシーにしている。素晴らしい演奏と思う。
録音は極上です。
アナログ全盛期で、フィリップスらしい名録音であります。
コンセルトヘボウ・ホールの、自然で繊細な響きに品の良い残響。そして独特のACOのサウンド。音場は広大で、奥行きも十分。
録音から30年経過しても、いっこうに古びない優秀録音と思います。
CDも良い音ですが、LPの方が柔らかさと豊麗さがあって、上かなとも思います。
さて、今日は雨模様、ひょっとしたら雪が降るかもしれないとの予報です。
早朝更新しつつ、今、ジョギングに出ようかどうか思案中であります。まぁ、こういう日は無理をしない・・・・というのが加齢生活の鉄則ですかね?
で、午前中に光ファイバーの工事があります。
いよいよ、我が家でもADSLから「光」になります。四国の草深い田舎にも「光」が届きます。さてさて、結果や如何。
2008/01/19のBlog
[ 05:28 ]
[ 交響曲 ]
昨日はフランスのオーケストラを聴き、今日はフランス生まれの交響曲を。
いや、いつ聴いても破天荒な交響曲。
僕はベルリオーズについて詳しくないんですが、この人、若書きのこの一発だけでも音楽史に永遠に名を残したですね。
ベルリオーズの幻想交響曲。
マイケル・ティルソン・トーマス指揮サンフランシスコ交響楽団の演奏。
1997年7月、サンフランシスコのルイス・エム・デービス・シンフォニー・ホールでの録音。RCA輸入盤。
廉価盤で購入できるようであります。
サンフランシスコ響の弦楽セクションが腰の据わった、芯のある、いい音を響かせている。ドイツ風の重厚さではなく、やはりアメリカ的なのだろう、鋼(はがね)のような強さと筋肉質のしなやかさを併せ持った感じの音。いい音だと思うし、素晴らしい弦楽セクションと思う。
第1楽章では、この音を基調に、MTTは新鮮で瑞々しいベルリオーズを展開してゆく。リズムがよく弾み、旋律線がとても生き生きとしている。それが颯爽と流れてゆくさまは、実にカッコイイ。クールでかつシャープ。
恋に悩む青年のドロドロした感情の表現ではなく、恋と未来とを夢見る若者の(そして、彼は恐らくハンサムなのだ)、心意気、気持ちの昂揚を表現してゆく演奏だと思う。MTTのつくる音楽は、そういう音楽なのだろう。
聴いていて、実に新鮮、響きも鮮やかで色彩的、引きこまれてしまう。
第2楽章のワルツも好演。心に不安を抱えたまま踊っている感じで、明と暗の微妙な交錯をMTTは実に巧く描き出してゆく。
ハープの音は細身でシャープな美しさ、絶品と思う。金管群も、とても綺麗な音を響かせる。
第3楽章はコーラングレ。緊張感のある締まった響きが印象的。弦楽も同様で、芯のある音が実にイイ。
録音のせいか、響きがブヨブヨしない。引き締まった響きで、音が拡散しないのが良い。「野の風景」がどこまでも広がってしまっては困る。凝集力の強い演奏と云うべきかな。
やがて来るだろう破滅への不安、現実への焦燥といった雰囲気がよく出ている演奏思う。
第4楽章と終楽章では、ダイナミック・レンジが一気に拡大して、もの凄い音量になってゆく。フォルティシモの爆発がスゴイ。
(再生には要注意であります。第3楽章まで大音量で聴いていると、第4楽章以降、腰が抜けまっせ・・・・)
ティンパニの音が良い。グランカッサも強烈。部屋が震える。金管も満を持しての大音量。チューバと鐘は、不気味さをよく表出している。
サンフランシスコ響が、実は今まで力を抑えていて、ここに来て一気にそれを解放している感じ。
いやはや、巧い、スゴイ、デカイ。サンフランシスコ響の実力、端倪すべからざるものなり。
録音は万全であります。
細身の弦と金管の締まった響きが印象的で、ステージの奥まで見えてきそうな録音。
MTTの鮮烈なベルリオーズ再現を、瑞々しく捉えた好録音と思います。
ダイナミック・レンジ広大、第4楽章以降リスニングルームが激震。たまげました。
家人から、うるさいとの苦情。これ久しぶりでした。
<幻想交響曲の自己リンクです>
■ミュンシュ/パリ管
■デイヴィス/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
■ハイティンク/ウィーン・フィル
■チョン・ミュンフン/パリ・バスティーユ管
■カラヤン/ベルリン・フィル(1964年盤)
■アバド/シカゴ響
■ブーレーズ/クリーヴランド管
■デュトワ/モントリオール響
いや、いつ聴いても破天荒な交響曲。
僕はベルリオーズについて詳しくないんですが、この人、若書きのこの一発だけでも音楽史に永遠に名を残したですね。
ベルリオーズの幻想交響曲。
マイケル・ティルソン・トーマス指揮サンフランシスコ交響楽団の演奏。
1997年7月、サンフランシスコのルイス・エム・デービス・シンフォニー・ホールでの録音。RCA輸入盤。
廉価盤で購入できるようであります。
サンフランシスコ響の弦楽セクションが腰の据わった、芯のある、いい音を響かせている。ドイツ風の重厚さではなく、やはりアメリカ的なのだろう、鋼(はがね)のような強さと筋肉質のしなやかさを併せ持った感じの音。いい音だと思うし、素晴らしい弦楽セクションと思う。
第1楽章では、この音を基調に、MTTは新鮮で瑞々しいベルリオーズを展開してゆく。リズムがよく弾み、旋律線がとても生き生きとしている。それが颯爽と流れてゆくさまは、実にカッコイイ。クールでかつシャープ。
恋に悩む青年のドロドロした感情の表現ではなく、恋と未来とを夢見る若者の(そして、彼は恐らくハンサムなのだ)、心意気、気持ちの昂揚を表現してゆく演奏だと思う。MTTのつくる音楽は、そういう音楽なのだろう。
聴いていて、実に新鮮、響きも鮮やかで色彩的、引きこまれてしまう。
第2楽章のワルツも好演。心に不安を抱えたまま踊っている感じで、明と暗の微妙な交錯をMTTは実に巧く描き出してゆく。
ハープの音は細身でシャープな美しさ、絶品と思う。金管群も、とても綺麗な音を響かせる。
第3楽章はコーラングレ。緊張感のある締まった響きが印象的。弦楽も同様で、芯のある音が実にイイ。
録音のせいか、響きがブヨブヨしない。引き締まった響きで、音が拡散しないのが良い。「野の風景」がどこまでも広がってしまっては困る。凝集力の強い演奏と云うべきかな。
やがて来るだろう破滅への不安、現実への焦燥といった雰囲気がよく出ている演奏思う。
第4楽章と終楽章では、ダイナミック・レンジが一気に拡大して、もの凄い音量になってゆく。フォルティシモの爆発がスゴイ。
(再生には要注意であります。第3楽章まで大音量で聴いていると、第4楽章以降、腰が抜けまっせ・・・・)
ティンパニの音が良い。グランカッサも強烈。部屋が震える。金管も満を持しての大音量。チューバと鐘は、不気味さをよく表出している。
サンフランシスコ響が、実は今まで力を抑えていて、ここに来て一気にそれを解放している感じ。
いやはや、巧い、スゴイ、デカイ。サンフランシスコ響の実力、端倪すべからざるものなり。
録音は万全であります。
細身の弦と金管の締まった響きが印象的で、ステージの奥まで見えてきそうな録音。
MTTの鮮烈なベルリオーズ再現を、瑞々しく捉えた好録音と思います。
ダイナミック・レンジ広大、第4楽章以降リスニングルームが激震。たまげました。
家人から、うるさいとの苦情。これ久しぶりでした。
<幻想交響曲の自己リンクです>
■ミュンシュ/パリ管
■デイヴィス/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
■ハイティンク/ウィーン・フィル
■チョン・ミュンフン/パリ・バスティーユ管
■カラヤン/ベルリン・フィル(1964年盤)
■アバド/シカゴ響
■ブーレーズ/クリーヴランド管
■デュトワ/モントリオール響
2008/01/18のBlog
[ 05:24 ]
[ 管弦楽曲 ]
寒い日が続きます。四国伊予路は、2月上旬までこの寒さが例年続きます。
立春過ぎたころ、ちょうど建国記念日くらいから春がやってくるんですが、今は寒さを辛抱する時期です。
さて、今日は鮮烈な演奏を。
ストラヴィンスキーのバレエ組曲「火の鳥」(1919年版)。
チョン・ミュンフン指揮パリ・バスティーユ管の演奏。
1992年9月、パリでの録音。DG盤。
(カップリングは、R・コルサコフの「シェエラザード」。名演!)
熱っぽく生き生きとした響き。色彩豊かで鮮烈な音。そして何より瑞々しい音楽。
ストラヴィンスキーの天才もさることながら、それを見事に再創造してみせたチョン・ミュンフンこそ、素晴らしい指揮者と思う。
(なぜ、この人を、バスティーユ管は手放してしまったのだろう・・・・。DGでのこのコンビでの録音を聴くたびに、そう思う。あの素晴らしい「幻想交響曲」!)
全編聴きどころと思うのだが、特に「王女たちのロンド」など究極の美しさ。言葉を失う。表現不能。胸の中に懐かしさがこみ上げてくるような音楽であって、不覚にも涙がこぼれた。「火の鳥」を聴いて、泣かせてくれたのは、チョン・ミュンフンしかいない。
コーラングレなど、惚れ惚れする美しさ。それに絡む弦楽のデリケートなこと。触ったら壊れてしまうほど、はかない美しさ。
「カスチェイ王の魔の踊り」の凶暴さもスゴイ。迫力十分で狂騒痴態、浅ましい姿さえ想像させる演奏。「切れば血が出る」なんていう表現は、こういう演奏にこそ相応しいんじゃないか。生々しく、聴いていてゾクゾクさせる、昂奮させる音楽になっている。
「子守歌」も洗練された表現。響きは繊細で、神経が身体の隅々まで行き届いている感じ。毛細血管まで気持ちが込められている演奏とでも云おうかな。
バスティーユ管の技術も大変高い。アンサンブルも見事。(フランスのオケなのに・・・)
そして、フランスのオケらしく、軽快で明晰な響きが印象的。おきゃんなパリ娘、フランスパンのはじける旨さ、といった感じ。見事なもんだと思う。
録音は抜群です。素晴らしい録音です。
15年も前になってしまいましたが、今も最新録音状態です。
鮮烈で爽快、大変心地よく聴けます。DG録音の最高レベルかなとも思います。
(この時期くらいから、録音技術は進歩していないんじゃないかな・・・・進歩したのはSACDなどの媒体だけで・・・)
先日、西条のブックオフで、このCD(TRINTATという丸善名曲シリーズのものらしいんですが、ジャケット違いで中身は一緒)を見つけました。
値付け250円。この名録音名演奏盤が250円かい?・・・
いやはや、何と申しましょうか・・・・・。
立春過ぎたころ、ちょうど建国記念日くらいから春がやってくるんですが、今は寒さを辛抱する時期です。
さて、今日は鮮烈な演奏を。
ストラヴィンスキーのバレエ組曲「火の鳥」(1919年版)。
チョン・ミュンフン指揮パリ・バスティーユ管の演奏。
1992年9月、パリでの録音。DG盤。
(カップリングは、R・コルサコフの「シェエラザード」。名演!)
熱っぽく生き生きとした響き。色彩豊かで鮮烈な音。そして何より瑞々しい音楽。
ストラヴィンスキーの天才もさることながら、それを見事に再創造してみせたチョン・ミュンフンこそ、素晴らしい指揮者と思う。
(なぜ、この人を、バスティーユ管は手放してしまったのだろう・・・・。DGでのこのコンビでの録音を聴くたびに、そう思う。あの素晴らしい「幻想交響曲」!)
全編聴きどころと思うのだが、特に「王女たちのロンド」など究極の美しさ。言葉を失う。表現不能。胸の中に懐かしさがこみ上げてくるような音楽であって、不覚にも涙がこぼれた。「火の鳥」を聴いて、泣かせてくれたのは、チョン・ミュンフンしかいない。
コーラングレなど、惚れ惚れする美しさ。それに絡む弦楽のデリケートなこと。触ったら壊れてしまうほど、はかない美しさ。
「カスチェイ王の魔の踊り」の凶暴さもスゴイ。迫力十分で狂騒痴態、浅ましい姿さえ想像させる演奏。「切れば血が出る」なんていう表現は、こういう演奏にこそ相応しいんじゃないか。生々しく、聴いていてゾクゾクさせる、昂奮させる音楽になっている。
「子守歌」も洗練された表現。響きは繊細で、神経が身体の隅々まで行き届いている感じ。毛細血管まで気持ちが込められている演奏とでも云おうかな。
バスティーユ管の技術も大変高い。アンサンブルも見事。(フランスのオケなのに・・・)
そして、フランスのオケらしく、軽快で明晰な響きが印象的。おきゃんなパリ娘、フランスパンのはじける旨さ、といった感じ。見事なもんだと思う。
録音は抜群です。素晴らしい録音です。
15年も前になってしまいましたが、今も最新録音状態です。
鮮烈で爽快、大変心地よく聴けます。DG録音の最高レベルかなとも思います。
(この時期くらいから、録音技術は進歩していないんじゃないかな・・・・進歩したのはSACDなどの媒体だけで・・・)
先日、西条のブックオフで、このCD(TRINTATという丸善名曲シリーズのものらしいんですが、ジャケット違いで中身は一緒)を見つけました。
値付け250円。この名録音名演奏盤が250円かい?・・・
いやはや、何と申しましょうか・・・・・。
2008/01/17のBlog
[ 05:01 ]
[ 室内楽曲 ]
お寒うございます。
部屋が寒いので、少し華やかな明るい曲を今日は聴きましょう。
モーツァルトのフルート四重奏曲(全曲)。
ジャン・ピエール・ランパル(fl)、アイザック・スターン(Vn)、サルヴァトーレ・アッカルド(Vla)、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(Vc)による演奏。
1986年3月、パリでの録音。CBSソニー盤。
何とも幸福な曲集。全部で4曲からなっていて、マンハイムで作曲したK.285としてくくられる3曲と、ウィーンでのK.298。このうち断然面白いのは3楽章で出来ているK.285ニ長調とK.298イ長調。ハ長調K.285bも変奏曲があって楽しめる。
K.285の3曲の受け渡しには金銭トラブルも絡んでいるらしいのだが、曲想は華やか、フルートの明るい音色が楽しめる名曲と思う。未来を開くような輝く音、春を呼ぶような燦めく音などが、次々にこぼれてくる。ああ、心地よい。
変奏曲などは、全くモーツァルトの天才としか云いようがない素晴らしさ。明るく屈託なく笑いつつ、時に哀しみの涙を見せる・・・・涙の中の微笑・笑顔の中の涙・・・・ああ、これぞ、モーツァルト!
さて、CD。演奏はもう大変華やかでスケールが大きい。
名手大家4人が揃って、時に豪快なまでの演奏を展開する。いずれも美音の持ち主で、4つの音が揃った時の響きは、言語に絶する美しさ。演奏している姿に後光が差しているんじゃないかと思えるほど圧倒的で、貫禄十分。
ヴィオラにアッカルドを配したことが大きいんじゃないか。美しく、強く、中音域を締めるので、ランパルのフルートとスターンのヴァイオリンが華やかに、そして大いに生きる感じ。
ランパルのフルートは伸びやかで、輝かしい。自在に演奏しつつ、時に飛翔するような勢いもある。巧いもんだなぁと感嘆しきり。
スターンのヴァイオリンも同様。明るく艶やかな響きに魅了される。そして実に流麗。
ロストロポーヴィチのチェロはガッシリと低域を支えつつ、雄弁。力強いだけでなく、よく歌う演奏。
録音は、オンマイク気味で、直接音が多く、ステレオ的な広がりがやや乏しい感じであります。
音そのものは鮮度が高く、4人の息づかいが聞こえてくるような臨場感も十分なんですが、観賞用にはもう少しホールトーンが欲しいところ。
音の余韻がもう少しあればなぁ・・・・というのは欲深ですか・・・。
さて、その音なんですが、どうも我が家のアンプは電源投入時では乾いた感じの音になります。アンプが暖まってくると、徐々にしっとりとした音に変わってきます。
今日は部屋が寒かったせいか、初めのうちは、どうしたんだ?と思うような音でした。
LuxmanのL509Sです。いいアンプだと思うんですが、スイッチを入れるとすぐにダッシュが効くタイプではないようです・・・・。
オーディオというのは難しいもんです。
部屋が寒いので、少し華やかな明るい曲を今日は聴きましょう。
モーツァルトのフルート四重奏曲(全曲)。
ジャン・ピエール・ランパル(fl)、アイザック・スターン(Vn)、サルヴァトーレ・アッカルド(Vla)、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(Vc)による演奏。
1986年3月、パリでの録音。CBSソニー盤。
何とも幸福な曲集。全部で4曲からなっていて、マンハイムで作曲したK.285としてくくられる3曲と、ウィーンでのK.298。このうち断然面白いのは3楽章で出来ているK.285ニ長調とK.298イ長調。ハ長調K.285bも変奏曲があって楽しめる。
K.285の3曲の受け渡しには金銭トラブルも絡んでいるらしいのだが、曲想は華やか、フルートの明るい音色が楽しめる名曲と思う。未来を開くような輝く音、春を呼ぶような燦めく音などが、次々にこぼれてくる。ああ、心地よい。
変奏曲などは、全くモーツァルトの天才としか云いようがない素晴らしさ。明るく屈託なく笑いつつ、時に哀しみの涙を見せる・・・・涙の中の微笑・笑顔の中の涙・・・・ああ、これぞ、モーツァルト!
さて、CD。演奏はもう大変華やかでスケールが大きい。
名手大家4人が揃って、時に豪快なまでの演奏を展開する。いずれも美音の持ち主で、4つの音が揃った時の響きは、言語に絶する美しさ。演奏している姿に後光が差しているんじゃないかと思えるほど圧倒的で、貫禄十分。
ヴィオラにアッカルドを配したことが大きいんじゃないか。美しく、強く、中音域を締めるので、ランパルのフルートとスターンのヴァイオリンが華やかに、そして大いに生きる感じ。
ランパルのフルートは伸びやかで、輝かしい。自在に演奏しつつ、時に飛翔するような勢いもある。巧いもんだなぁと感嘆しきり。
スターンのヴァイオリンも同様。明るく艶やかな響きに魅了される。そして実に流麗。
ロストロポーヴィチのチェロはガッシリと低域を支えつつ、雄弁。力強いだけでなく、よく歌う演奏。
録音は、オンマイク気味で、直接音が多く、ステレオ的な広がりがやや乏しい感じであります。
音そのものは鮮度が高く、4人の息づかいが聞こえてくるような臨場感も十分なんですが、観賞用にはもう少しホールトーンが欲しいところ。
音の余韻がもう少しあればなぁ・・・・というのは欲深ですか・・・。
さて、その音なんですが、どうも我が家のアンプは電源投入時では乾いた感じの音になります。アンプが暖まってくると、徐々にしっとりとした音に変わってきます。
今日は部屋が寒かったせいか、初めのうちは、どうしたんだ?と思うような音でした。
LuxmanのL509Sです。いいアンプだと思うんですが、スイッチを入れるとすぐにダッシュが効くタイプではないようです・・・・。
オーディオというのは難しいもんです。
2008/01/16のBlog
[ 05:35 ]
[ 交響曲 ]
四国伊予路も、冷え込みが厳しくなりました。寒であります。
皆様、寒中お見舞い申し上げます。
さて、今日は大曲です。
マーラーの交響曲第6番 イ短調「悲劇的」。
エリアフ・インバル指揮フランクフルト放送交響楽団の演奏。
1986年4月、フランクフルトのアルテオパーでの録音。DENON盤(ヘッセン放送との共同制作)。
インバルのマーラー全集から20年経過した。
当時はマーラー・ブーム絶頂だった(ついでにバブル経済も絶頂だった)。
インバルのマーラーは、実に見通しの良い演奏で一世を風靡したものだった。演奏が素晴らしいのでレコード評論家は絶賛、DENONの録音も最高であってオーディオ評論家からも絶賛だった。
今聴いても、ホンマに録音は素晴らしい。超優秀録音だった。B&K社のマイクを使用するなどDENONが意欲的に海外録音に取り組んでいた頃でもあった。
ホールトーンも十分で残響が美しく、定位はビシッと決まっている。個々の楽器も実在感十分で、しかも鮮やかな音で捉えられている。家庭で聴くのに十分すぎるくらいの贅沢な録音と云うべきか。
第4楽章のハンマーも強烈。部屋が震える。ハンマーの音が大音量で収録されているから再生には気をつけろ、とジャケットにご丁寧にも注意書きが記されているほど。
オーディオ的快感が一杯のこの演奏も、今や廉価盤、クレスト1000シリーズで1,500円。エエ時代になったものです。
(ブリリアントの激安全集BOXだともっと割安になりそうです)
さて、演奏。
第1楽章は立派な構成で感嘆。フランクフルト放送響が巧い。特に金管が安定していて、音色も良い。金管群のアンサンブルも完璧、実に達者な演奏。
弦楽セクションにもう少し色気・艶があればいいのになぁと思うのだが、独特の細身の音は、インバルがつくり出すシャープなマーラーに、よく合っているとも思う。この弦の音が、インバルの基本なのかな。
第2楽章は充実した演奏。独特の粘りもある。
インバルはユダヤ人。バーンスタインなどに通ずる「粘り」がこの楽章では聴ける。
ベトベト感はないのだが、フレーズのそこかしこ、特に遅い部分での粘り・タップリ感は、インバルの特徴と思う。僕は好きだなぁ、この粘りの質は。淡泊なようでいて、実は十分に粘着するマーラーと云えるかも。
第3楽章はアンダンテ。この順番がインバルの録音当時は普通だったと思う。今は第2楽章にアンダンテを持ってくるやりかたが増えたようだが、聴き慣れているせいか、僕には第3楽章がアンダンテである方がしっくり来る。
演奏は実にクール。瑞々しく濡れたような抒情が、静かに響き渡る。粘りも少し。
ホルンがイイ。これ最高に巧い。甘い音が良く、響きもウットリするほど美しい。それを包み込む細身の弦楽セクションがまたよろしい。ヴァイオリンなど涙が出る。
フィナーレはフランクフルト放送響の実力発揮。
インバルの指揮も堂に入ったもので、聴かせ上手。30分にわたる長大な楽章を全く飽きさせずに持ってゆく。
ハンマーは確かに強烈。
再生には、ホンマにご注意ください。
<マーラーの交響曲第6番「悲劇的」 自己リンクです>
■小澤征爾/ボストン響
■マゼール/ウィーン・フィル
■アバド/シカゴ響
皆様、寒中お見舞い申し上げます。
さて、今日は大曲です。
マーラーの交響曲第6番 イ短調「悲劇的」。
エリアフ・インバル指揮フランクフルト放送交響楽団の演奏。
1986年4月、フランクフルトのアルテオパーでの録音。DENON盤(ヘッセン放送との共同制作)。
インバルのマーラー全集から20年経過した。
当時はマーラー・ブーム絶頂だった(ついでにバブル経済も絶頂だった)。
インバルのマーラーは、実に見通しの良い演奏で一世を風靡したものだった。演奏が素晴らしいのでレコード評論家は絶賛、DENONの録音も最高であってオーディオ評論家からも絶賛だった。
今聴いても、ホンマに録音は素晴らしい。超優秀録音だった。B&K社のマイクを使用するなどDENONが意欲的に海外録音に取り組んでいた頃でもあった。
ホールトーンも十分で残響が美しく、定位はビシッと決まっている。個々の楽器も実在感十分で、しかも鮮やかな音で捉えられている。家庭で聴くのに十分すぎるくらいの贅沢な録音と云うべきか。
第4楽章のハンマーも強烈。部屋が震える。ハンマーの音が大音量で収録されているから再生には気をつけろ、とジャケットにご丁寧にも注意書きが記されているほど。
オーディオ的快感が一杯のこの演奏も、今や廉価盤、クレスト1000シリーズで1,500円。エエ時代になったものです。
(ブリリアントの激安全集BOXだともっと割安になりそうです)
さて、演奏。
第1楽章は立派な構成で感嘆。フランクフルト放送響が巧い。特に金管が安定していて、音色も良い。金管群のアンサンブルも完璧、実に達者な演奏。
弦楽セクションにもう少し色気・艶があればいいのになぁと思うのだが、独特の細身の音は、インバルがつくり出すシャープなマーラーに、よく合っているとも思う。この弦の音が、インバルの基本なのかな。
第2楽章は充実した演奏。独特の粘りもある。
インバルはユダヤ人。バーンスタインなどに通ずる「粘り」がこの楽章では聴ける。
ベトベト感はないのだが、フレーズのそこかしこ、特に遅い部分での粘り・タップリ感は、インバルの特徴と思う。僕は好きだなぁ、この粘りの質は。淡泊なようでいて、実は十分に粘着するマーラーと云えるかも。
第3楽章はアンダンテ。この順番がインバルの録音当時は普通だったと思う。今は第2楽章にアンダンテを持ってくるやりかたが増えたようだが、聴き慣れているせいか、僕には第3楽章がアンダンテである方がしっくり来る。
演奏は実にクール。瑞々しく濡れたような抒情が、静かに響き渡る。粘りも少し。
ホルンがイイ。これ最高に巧い。甘い音が良く、響きもウットリするほど美しい。それを包み込む細身の弦楽セクションがまたよろしい。ヴァイオリンなど涙が出る。
フィナーレはフランクフルト放送響の実力発揮。
インバルの指揮も堂に入ったもので、聴かせ上手。30分にわたる長大な楽章を全く飽きさせずに持ってゆく。
ハンマーは確かに強烈。
再生には、ホンマにご注意ください。
<マーラーの交響曲第6番「悲劇的」 自己リンクです>
■小澤征爾/ボストン響
■マゼール/ウィーン・フィル
■アバド/シカゴ響