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2008/02/06のBlog
[ 06:06 ]
[ 交響曲 ]
ベートーヴェンの交響曲第5番 ハ短調 作品67「運命」。
ダニエル・バレンボイム指揮ベルリン・シュターツカペレの演奏。
1999年5~7月、ベルリンの旧東ドイツ放送局第1スタジオで収録された全集盤からのもの。TELDEC原盤。
純ドイツ風の重厚さで迫ってくる伝統のベートーヴェン。
古色蒼然たる響きで聴き手を包み込む重量感のあるオーケストラが素晴らしい。ベルリン・シュターツカペレの剛毅な音が前面に出てくる演奏。
ピリオド奏法や古楽器団体の演奏が全盛の時代にあって、これほど古いタイプのベートーヴェンをやるのだから、バレンボイムもスゴイ。フルトヴェングラーの時代に遡ったような感じ。カラヤンやベーム、バーンスタインでも、こんな重厚剛毅強靱な響きのベートーヴェンはやらなかった。とすると、やはりこれがバレンボイムが目指すフルトヴェングラーを意識しての演奏なのだろう。
第1楽章の強さ。もう堂々たる「運命」。その音が見事。そやそや、ベートーヴェンの「運命」だもの、こういう音でやらにゃ、感じが出んぞよ・・・と膝を叩く場面しきり。
テンポが中庸だが、音がとにかく強いので、もう王者の風格満点のベートーヴェンになっている。近来稀に見る(聴く)伝統スタイル。こういうの久しぶり。エエなぁと思う。
第2楽章は一転、たっぷりしたテンポで遅い。じっくりと旋律を歌わせつつ。対向旋律などにも配慮して、対位法的作風を明らかにしていこうとする感じ。昼間部のチェロの美しい歌は、悠久たる大河を思わせる名演奏と思う。
ティンパニの強打、トランペットの輝かしく強靱な響きも最高。弦楽合奏も充実、このトラック6分過ぎのトゥッティが減衰して消えゆくときの余韻余情は、いや全く絶美。たまらない美しさ。
第3楽章は緊張感で一杯。ホルンやトロンボーンは見事。ヴァイオリンが両翼配置なので、響きが左右に大きく広がってゆくのもイイ。聴いていて、オーケストラに包み込まれてゆく安心感、心地よさがある。演奏は緊張感で一杯なのに、聴いていると、その包容力に感動してしまう。
そして、フィナーレは勝利の大行進。凱歌。雄叫び。ベルリン・シュターツカペレが目一杯鳴り響いて、それこそ大爆発している。素晴らしい。
苦悩から歓喜へ。勝利の凱歌は、こうでなくちゃ。気持ちいいほど、オケが唸り、叫んでいる。
録音も素晴らしいです。
重厚な響きが広がり、左右・高低ともに音がよく伸びていきます。残響も大変美しいです。
ティンパニの音ヌケがもう少し良ければもっとカッコイイのになぁと思うんですが、もしかするとあえて目立たせないようにしたのかもしれません。
弱音でも音がやせず、生々しさが伝わります。その緊張感がまたエエんです。
バレンボイムのうなり声はご愛敬。臨場感に一役買っているかもしれません。
ネットの世界をボンヤリ眺めていると、バレンボイムはあまり評判よろしくないようです。
そんな気がします。
そこで、ちと、褒めてみました。
ダニエル・バレンボイム指揮ベルリン・シュターツカペレの演奏。
1999年5~7月、ベルリンの旧東ドイツ放送局第1スタジオで収録された全集盤からのもの。TELDEC原盤。
純ドイツ風の重厚さで迫ってくる伝統のベートーヴェン。
古色蒼然たる響きで聴き手を包み込む重量感のあるオーケストラが素晴らしい。ベルリン・シュターツカペレの剛毅な音が前面に出てくる演奏。
ピリオド奏法や古楽器団体の演奏が全盛の時代にあって、これほど古いタイプのベートーヴェンをやるのだから、バレンボイムもスゴイ。フルトヴェングラーの時代に遡ったような感じ。カラヤンやベーム、バーンスタインでも、こんな重厚剛毅強靱な響きのベートーヴェンはやらなかった。とすると、やはりこれがバレンボイムが目指すフルトヴェングラーを意識しての演奏なのだろう。
第1楽章の強さ。もう堂々たる「運命」。その音が見事。そやそや、ベートーヴェンの「運命」だもの、こういう音でやらにゃ、感じが出んぞよ・・・と膝を叩く場面しきり。
テンポが中庸だが、音がとにかく強いので、もう王者の風格満点のベートーヴェンになっている。近来稀に見る(聴く)伝統スタイル。こういうの久しぶり。エエなぁと思う。
第2楽章は一転、たっぷりしたテンポで遅い。じっくりと旋律を歌わせつつ。対向旋律などにも配慮して、対位法的作風を明らかにしていこうとする感じ。昼間部のチェロの美しい歌は、悠久たる大河を思わせる名演奏と思う。
ティンパニの強打、トランペットの輝かしく強靱な響きも最高。弦楽合奏も充実、このトラック6分過ぎのトゥッティが減衰して消えゆくときの余韻余情は、いや全く絶美。たまらない美しさ。
第3楽章は緊張感で一杯。ホルンやトロンボーンは見事。ヴァイオリンが両翼配置なので、響きが左右に大きく広がってゆくのもイイ。聴いていて、オーケストラに包み込まれてゆく安心感、心地よさがある。演奏は緊張感で一杯なのに、聴いていると、その包容力に感動してしまう。
そして、フィナーレは勝利の大行進。凱歌。雄叫び。ベルリン・シュターツカペレが目一杯鳴り響いて、それこそ大爆発している。素晴らしい。
苦悩から歓喜へ。勝利の凱歌は、こうでなくちゃ。気持ちいいほど、オケが唸り、叫んでいる。
録音も素晴らしいです。
重厚な響きが広がり、左右・高低ともに音がよく伸びていきます。残響も大変美しいです。
ティンパニの音ヌケがもう少し良ければもっとカッコイイのになぁと思うんですが、もしかするとあえて目立たせないようにしたのかもしれません。
弱音でも音がやせず、生々しさが伝わります。その緊張感がまたエエんです。
バレンボイムのうなり声はご愛敬。臨場感に一役買っているかもしれません。
ネットの世界をボンヤリ眺めていると、バレンボイムはあまり評判よろしくないようです。
そんな気がします。
そこで、ちと、褒めてみました。
2008/02/05のBlog
[ 05:46 ]
[ 交響曲 ]
回線を光にしてから、だいぶ速度が上がりました。
速度測定サイト(http://www.bspeedtest.jp/)で調べてみると、今朝などは49Mbpsという数値を叩きだしてます。
ADSL時代に比べて10倍ほど速くなっているんですが、体感的にはそこまでいきません。しかし、あのモデム時代、テレホーダイの時刻を待ちわびていた頃を思えば、便利な時代になったものです。
さて、今日もベートーヴェンです。
ベートーヴェンの交響曲第4番 変ロ長調。
カール・ベーム指揮ウィーン・フィルの演奏。
1971年の録音。DG盤。
短時日で録音されたベームのベートーヴェン全集からの1枚。アナログLP。
いつも厳格で、無骨なまでの構成感で迫ってくるベームにしては、大らかで明朗な演奏。肩の力が抜けて、ウィーン・フィルの美質を十分に発揮させた演奏と云うべきか。オケに任せていると点で、ベームにしては珍しい感じ。
一筆書きの流麗さも感じられる。楷書体を旨とするベームにしては、やはりこれも珍しい。全体的にテンポは中庸で、ガッシリした安定感が特徴。その歩みは堅実だ。
第1楽章は迫力・勢いとも十分で、格調高い。ウィーン・フィルの響きがとても美しく、特にウィンナ・ホルンとウィンナ・オーボエが綺麗。弦楽セクションはいつも通り輝かしく、鮮やかなサウンド。
ベームの指揮は厳めしさが薄れ、オーケストラを信頼して手綱を少し緩めた感じ。あまり指揮者の存在を感じさせない印象もある。アンサンブルはスッキリとまとまっていて、そこはさすが、ウィーン・フィルと思う。
第2楽章も同様、美麗なウィーン・フィルの響きを堪能できる。弦の厚みが十分で、木管の音色も実にイイ。
第3楽章は堂々と押し出しの強いスケルツォ。安定感十分。フワフワしない、腰の据わった演奏と云うべきか。ベームもオケも長年演奏してきた自信・確信に満ちた演奏と思う。
フィナーレはゆったりと進む。伝統的な演奏様式で、今の耳で聴くと、さすがに古くなったかなぁとも思うが、その美しいサウンドに身をゆだねるのは一種快感であって、ウィーン・フィルの響きに惚れ惚れとしてしまう。
ベームがオーケストラに任せきってしまった感じが、かえって新鮮で良い印象となった。
録音は標準的です。
第4交響曲1曲でLP1枚AB両面を使い切ってしまう贅沢さ。
その分、音質は上々であって、左右への広がりが心地よいです。
DGの録音らしく、空間的な広がりを重視している感じです。
あまり個々の楽器を鮮やかに捉えすぎないところ(例えばDECCAのように・・・)が、良いのかもしれません。
速度測定サイト(http://www.bspeedtest.jp/)で調べてみると、今朝などは49Mbpsという数値を叩きだしてます。
ADSL時代に比べて10倍ほど速くなっているんですが、体感的にはそこまでいきません。しかし、あのモデム時代、テレホーダイの時刻を待ちわびていた頃を思えば、便利な時代になったものです。
さて、今日もベートーヴェンです。
ベートーヴェンの交響曲第4番 変ロ長調。
カール・ベーム指揮ウィーン・フィルの演奏。
1971年の録音。DG盤。
短時日で録音されたベームのベートーヴェン全集からの1枚。アナログLP。
いつも厳格で、無骨なまでの構成感で迫ってくるベームにしては、大らかで明朗な演奏。肩の力が抜けて、ウィーン・フィルの美質を十分に発揮させた演奏と云うべきか。オケに任せていると点で、ベームにしては珍しい感じ。
一筆書きの流麗さも感じられる。楷書体を旨とするベームにしては、やはりこれも珍しい。全体的にテンポは中庸で、ガッシリした安定感が特徴。その歩みは堅実だ。
第1楽章は迫力・勢いとも十分で、格調高い。ウィーン・フィルの響きがとても美しく、特にウィンナ・ホルンとウィンナ・オーボエが綺麗。弦楽セクションはいつも通り輝かしく、鮮やかなサウンド。
ベームの指揮は厳めしさが薄れ、オーケストラを信頼して手綱を少し緩めた感じ。あまり指揮者の存在を感じさせない印象もある。アンサンブルはスッキリとまとまっていて、そこはさすが、ウィーン・フィルと思う。
第2楽章も同様、美麗なウィーン・フィルの響きを堪能できる。弦の厚みが十分で、木管の音色も実にイイ。
第3楽章は堂々と押し出しの強いスケルツォ。安定感十分。フワフワしない、腰の据わった演奏と云うべきか。ベームもオケも長年演奏してきた自信・確信に満ちた演奏と思う。
フィナーレはゆったりと進む。伝統的な演奏様式で、今の耳で聴くと、さすがに古くなったかなぁとも思うが、その美しいサウンドに身をゆだねるのは一種快感であって、ウィーン・フィルの響きに惚れ惚れとしてしまう。
ベームがオーケストラに任せきってしまった感じが、かえって新鮮で良い印象となった。
録音は標準的です。
第4交響曲1曲でLP1枚AB両面を使い切ってしまう贅沢さ。
その分、音質は上々であって、左右への広がりが心地よいです。
DGの録音らしく、空間的な広がりを重視している感じです。
あまり個々の楽器を鮮やかに捉えすぎないところ(例えばDECCAのように・・・)が、良いのかもしれません。
2008/02/04のBlog
[ 05:24 ]
[ 室内楽曲 ]
昨日は節分。今日は立春。
我が家は伝統行事をきちんと行います。そうです、「鬼は外、福は内」。
寒い中、窓を開けてまきました。良い春が来るように、きちんと声を出して。
鰯の頭を柊に刺して戸口にも置きました。
(太巻きを喰う行事は関西の慣習ですか?関東生まれの僕にはその習慣がないので、喰いません。だいたい、あれはコンビニの陰謀ではないかと思うんですが、どうなんでしょう・・・・)
さて、そこで今日は春立つ音楽を。
ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番 ヘ長調 作品24「春」。
ダヴィッド・オイストラフ(Vn)とレフ・オボーリン(Pf)の演奏。
1962年6月、パリでの録音。フィリップス原盤。
人口に膾炙した名盤と思う。
オイストラフの大らかでのびのびとしたヴァイオリンを、オボーリンのピアノが慎ましく柔らかく支えてゆく。互いの個性と役割を尊重しあった、美しいデュオ。
ああ、室内楽ってエエなぁ、アンサンブルって楽しいなぁ・・・・と云っているような演奏。聴いていて心の底から喜びがじんわりと湧いてくる。
オイストラフのヴァイオリンは、太めでたっぷりとした音色。それが良い。とても暖かく、「春」にふさわしい。聴いていてウットリするような心地よさ。心が朗らかになってくる。
(正直に告白すれば、僕はこの演奏を聴いていて、ホンマにウットリしてしまったのです。途中、うたた寝をしてしまったのです。しかし、それは、何と贅沢なうたた寝だったでしょう!)
テンポは中庸で、幸福な音楽がリスニング・ルームに広がる。そう、この曲の調性はヘ長調。あの「田園」と同じ。心伸びやかな幸福な曲になるわけだ。
録音はさすがに古びてきましたが、音場感はエエです。
特に定位がよろしい。
オイストラフが左手前に、オボーリンが右手奥にくっきり定位します。そして、オイストラフがすくっと立って、気持ちよく弾いている感じが伝わって来ます。
ピアノの音がもう少しクリアなら申し分ないんですが、録音から45年以上経過したことを考えれば欲張りすぎでしょう。
暦の上では、四国伊予路も「春」。
寒風の中、近所の桜の木にも着実に新芽が育っています。
心なしか、今朝の目覚めは、少し暖かかったように思います。
さあ、新しい気分で、新しい季節の始まり、一週間の始まりです。
我が家は伝統行事をきちんと行います。そうです、「鬼は外、福は内」。
寒い中、窓を開けてまきました。良い春が来るように、きちんと声を出して。
鰯の頭を柊に刺して戸口にも置きました。
(太巻きを喰う行事は関西の慣習ですか?関東生まれの僕にはその習慣がないので、喰いません。だいたい、あれはコンビニの陰謀ではないかと思うんですが、どうなんでしょう・・・・)
さて、そこで今日は春立つ音楽を。
ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番 ヘ長調 作品24「春」。
ダヴィッド・オイストラフ(Vn)とレフ・オボーリン(Pf)の演奏。
1962年6月、パリでの録音。フィリップス原盤。
人口に膾炙した名盤と思う。
オイストラフの大らかでのびのびとしたヴァイオリンを、オボーリンのピアノが慎ましく柔らかく支えてゆく。互いの個性と役割を尊重しあった、美しいデュオ。
ああ、室内楽ってエエなぁ、アンサンブルって楽しいなぁ・・・・と云っているような演奏。聴いていて心の底から喜びがじんわりと湧いてくる。
オイストラフのヴァイオリンは、太めでたっぷりとした音色。それが良い。とても暖かく、「春」にふさわしい。聴いていてウットリするような心地よさ。心が朗らかになってくる。
(正直に告白すれば、僕はこの演奏を聴いていて、ホンマにウットリしてしまったのです。途中、うたた寝をしてしまったのです。しかし、それは、何と贅沢なうたた寝だったでしょう!)
テンポは中庸で、幸福な音楽がリスニング・ルームに広がる。そう、この曲の調性はヘ長調。あの「田園」と同じ。心伸びやかな幸福な曲になるわけだ。
録音はさすがに古びてきましたが、音場感はエエです。
特に定位がよろしい。
オイストラフが左手前に、オボーリンが右手奥にくっきり定位します。そして、オイストラフがすくっと立って、気持ちよく弾いている感じが伝わって来ます。
ピアノの音がもう少しクリアなら申し分ないんですが、録音から45年以上経過したことを考えれば欲張りすぎでしょう。
暦の上では、四国伊予路も「春」。
寒風の中、近所の桜の木にも着実に新芽が育っています。
心なしか、今朝の目覚めは、少し暖かかったように思います。
さあ、新しい気分で、新しい季節の始まり、一週間の始まりです。
2008/02/03のBlog
[ 04:36 ]
[ 交響曲 ]
ベートーヴェンの交響曲は、やはりエエです。聴きながら、だいたい僕は感動してます。
どんな演奏でも、「やっぱり、ベートーヴェンはエエなぁ」と思います。
好きなんでしょうね。
そして、今日のエントリーのような演奏なら、もう、背筋がゾクゾクするほど興奮します。
ということで、「エロイカ」、行きます。
ベートーヴェンの交響曲第3番 変ホ長調 作品55「英雄」。
ジョン・エリオット・ガーディナー指揮オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティークの演奏。(いやはや、オケ名が長すぎてタイトルに入りません・・・・略称ORRでエエんでしょうか?)
1993年3月、スネイプ、モールティングス・コンサートホールでのライヴ録音。独アルヒーフ原盤。
録音に使用されたホールは、残響2秒という、アムステルダム・コンセルトヘボウと同じ残響時間を持つ、イギリス有数の名ホールらしい。煉瓦造りの建物と木造の室内というから、ざぞや美しい響きを持つのだろう。
さて、演奏は激しい勢い。奔流のような力強さ。表現したいという強い意欲が感じられる演奏。
古楽器の爽やかな響きにもかかわらず、演奏全体が熱く、力強く、そう、熱い血潮が通った演奏になっている。迫力も十分。ティンパニの強打など、胸のすく気持ちよさ。ブッ叩いている感じ。
テンポは快速。たたみかけるような迫力と力強い推進力に満ちている。特にその速さは、初めて聴いたときには尋常ならざるものに思えた。(今はもう慣れたが・・・)
その速さと強さの中から、怒りのベートーヴェン、ファイティング・ポーズのベートーヴェンが出現する。
そうか、この交響曲は戦いの音楽なのだ。伝統、因習、社会の古い仕組み、アンシャン・レジームか、それらとの戦い、そして自身の耳疾・・・・ベートーヴェンには戦う相手が沢山あったのだ。その闘争へ向かう魂がこの交響曲なのだ・・・・・ガーディナーとORRの演奏は、そういったことを意識させてくれる演奏と思う。
その点では、この演奏は美しくない。荒々しく、猛り狂うのであって、その表現のあり方は昔のフルトヴェングラーを思い出させる。50年以上昔の古い演奏と、現代のピリオド楽器の新しい演奏と、様式は全く違うのだが、不思議な共通点を聴く。
「憤怒のベートーヴェン」とでも云うべきか・・・・。
第1楽章は力強く逞しいアレグロ・コン・ブリオ。一途で、孤独、まさに男の戦いを思わせる。
第2楽章は孤独感・寂寥感一杯の演奏。崇高な悲しみが鳴り渡る葬送行進曲。木管のひなびた響きが、その侘びしさを増幅させる。
スケルツォは推進力に溢れる。オケも大変巧い。ホルンのアンサンブルなど、全く見事。間然とするところなし。
フィナーレは見事な変奏曲。個々の楽器の名人芸を楽しみながら、一気に終曲へ向かってゆく。その勢いや良し。素晴らしい。
録音も最高。残響も素晴らしく、これはホールがイイんでしょう。
ライヴのハンディなし。
古楽器が瑞々しく響き渡り、爽快な心地よさに包まれます。
どんな演奏でも、「やっぱり、ベートーヴェンはエエなぁ」と思います。
好きなんでしょうね。
そして、今日のエントリーのような演奏なら、もう、背筋がゾクゾクするほど興奮します。
ということで、「エロイカ」、行きます。
ベートーヴェンの交響曲第3番 変ホ長調 作品55「英雄」。
ジョン・エリオット・ガーディナー指揮オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティークの演奏。(いやはや、オケ名が長すぎてタイトルに入りません・・・・略称ORRでエエんでしょうか?)
1993年3月、スネイプ、モールティングス・コンサートホールでのライヴ録音。独アルヒーフ原盤。
録音に使用されたホールは、残響2秒という、アムステルダム・コンセルトヘボウと同じ残響時間を持つ、イギリス有数の名ホールらしい。煉瓦造りの建物と木造の室内というから、ざぞや美しい響きを持つのだろう。
さて、演奏は激しい勢い。奔流のような力強さ。表現したいという強い意欲が感じられる演奏。
古楽器の爽やかな響きにもかかわらず、演奏全体が熱く、力強く、そう、熱い血潮が通った演奏になっている。迫力も十分。ティンパニの強打など、胸のすく気持ちよさ。ブッ叩いている感じ。
テンポは快速。たたみかけるような迫力と力強い推進力に満ちている。特にその速さは、初めて聴いたときには尋常ならざるものに思えた。(今はもう慣れたが・・・)
その速さと強さの中から、怒りのベートーヴェン、ファイティング・ポーズのベートーヴェンが出現する。
そうか、この交響曲は戦いの音楽なのだ。伝統、因習、社会の古い仕組み、アンシャン・レジームか、それらとの戦い、そして自身の耳疾・・・・ベートーヴェンには戦う相手が沢山あったのだ。その闘争へ向かう魂がこの交響曲なのだ・・・・・ガーディナーとORRの演奏は、そういったことを意識させてくれる演奏と思う。
その点では、この演奏は美しくない。荒々しく、猛り狂うのであって、その表現のあり方は昔のフルトヴェングラーを思い出させる。50年以上昔の古い演奏と、現代のピリオド楽器の新しい演奏と、様式は全く違うのだが、不思議な共通点を聴く。
「憤怒のベートーヴェン」とでも云うべきか・・・・。
第1楽章は力強く逞しいアレグロ・コン・ブリオ。一途で、孤独、まさに男の戦いを思わせる。
第2楽章は孤独感・寂寥感一杯の演奏。崇高な悲しみが鳴り渡る葬送行進曲。木管のひなびた響きが、その侘びしさを増幅させる。
スケルツォは推進力に溢れる。オケも大変巧い。ホルンのアンサンブルなど、全く見事。間然とするところなし。
フィナーレは見事な変奏曲。個々の楽器の名人芸を楽しみながら、一気に終曲へ向かってゆく。その勢いや良し。素晴らしい。
録音も最高。残響も素晴らしく、これはホールがイイんでしょう。
ライヴのハンディなし。
古楽器が瑞々しく響き渡り、爽快な心地よさに包まれます。
2008/02/02のBlog
[ 05:21 ]
[ 交響曲 ]
さて、2月に入りました。少し日が延びてきた感じです。
仕事はいよいよ佳境に入りまして、これから4月中頃まで、1年で最も忙しい時期の始まりであります。
さて、今日もベートーヴェンを聴いてます。
ベートーヴェンの交響曲第2番 ニ長調 作品43。
ヘルベルト・ケーゲル指揮ドレスデン・フィルの演奏。
1982年、ドレスデンのルカ教会での録音。Deltaレーベルの激安廉価盤全集の1枚。
独シャルプラッテンとの共同制作で、カプリッチョ・レーベルから1984年頃国内発売されたもの。1枚3,000円のCDで、当時は4,000円前後がCD1枚の相場だったので、廉価盤扱いだったと思う。
今や、全集にブラームスのドイツ・レクイエムやアルビノーニのアダージョ等の小品集がついて3,000円ちょっと。いつも書いておりますが、全く隔世の感であります。
さて、その演奏。
暖かくまろやかで、室内楽的な響きのベートーヴェン。あまり厚ぼったくなく、見通しの良い音響。
オーケストラが暖色系の響きなのは、ドレスデンの土地柄か、ルカ教会の残響のなせるわざか。ティンパニなどはかなり強く叩いているのだが、ややこもり気味なのは惜しい。弦楽は実に雰囲気豊かに録れていると思う。
第1楽章アレグロ・コン・ブリオは、全く精力的な演奏。
序盤はクールでイマイチ盛り上がらない感じなのだが、楽章後半に行くほど熱気が出てくる。演奏の温度が変わってくるのが面白い。
第2楽章はラルゲット。これは美しく叙情的な演奏。ケーゲルには、こういう穏やかな曲想・テンポの方が合うのかな。
ドレスデン・フィルの柔らかい響きが効いていて、サラサラとした清冽な感情が流れてゆく。淡いロマンと云うべきか、聴いていて爽やかな印象を受ける。弦楽セクションの響きが特に美しく、後方で鳴るホルンの奥ゆかしい響きもなかなか良い。
第3楽章はスケルツォ。これも美しい演奏。
スケルツォの逞しさより、美しさに重点を置いた演奏という感じ。流線的で心地よく音楽が進んでゆく。金管や木管の響きは素朴で、手になじむ木製品の味わい、自然な感触がイイ。
フィナーレのアレグロ・モルトも同様で、ベートーヴェン特有の、挑みかかるところがなく、まとまりよく美しく仕上げられた音楽になっている。
録音は標準的です。
奥行き・定位まずまず。残響が良いので、臨場感が心地よいです。
演奏も穏やかで、ほのぼの聴ける1枚と思います。
一部、ケーゲル絶賛の評がありますので、じっくり聴いてみたんですが、云われるほど猟奇的なところはなかったかな・・・・・。
「猟奇的」なという評の意味が僕にはよく分からないこともあるんですが・・・・(^^ゞ
仕事はいよいよ佳境に入りまして、これから4月中頃まで、1年で最も忙しい時期の始まりであります。
さて、今日もベートーヴェンを聴いてます。
ベートーヴェンの交響曲第2番 ニ長調 作品43。
ヘルベルト・ケーゲル指揮ドレスデン・フィルの演奏。
1982年、ドレスデンのルカ教会での録音。Deltaレーベルの激安廉価盤全集の1枚。
独シャルプラッテンとの共同制作で、カプリッチョ・レーベルから1984年頃国内発売されたもの。1枚3,000円のCDで、当時は4,000円前後がCD1枚の相場だったので、廉価盤扱いだったと思う。
今や、全集にブラームスのドイツ・レクイエムやアルビノーニのアダージョ等の小品集がついて3,000円ちょっと。いつも書いておりますが、全く隔世の感であります。
さて、その演奏。
暖かくまろやかで、室内楽的な響きのベートーヴェン。あまり厚ぼったくなく、見通しの良い音響。
オーケストラが暖色系の響きなのは、ドレスデンの土地柄か、ルカ教会の残響のなせるわざか。ティンパニなどはかなり強く叩いているのだが、ややこもり気味なのは惜しい。弦楽は実に雰囲気豊かに録れていると思う。
第1楽章アレグロ・コン・ブリオは、全く精力的な演奏。
序盤はクールでイマイチ盛り上がらない感じなのだが、楽章後半に行くほど熱気が出てくる。演奏の温度が変わってくるのが面白い。
第2楽章はラルゲット。これは美しく叙情的な演奏。ケーゲルには、こういう穏やかな曲想・テンポの方が合うのかな。
ドレスデン・フィルの柔らかい響きが効いていて、サラサラとした清冽な感情が流れてゆく。淡いロマンと云うべきか、聴いていて爽やかな印象を受ける。弦楽セクションの響きが特に美しく、後方で鳴るホルンの奥ゆかしい響きもなかなか良い。
第3楽章はスケルツォ。これも美しい演奏。
スケルツォの逞しさより、美しさに重点を置いた演奏という感じ。流線的で心地よく音楽が進んでゆく。金管や木管の響きは素朴で、手になじむ木製品の味わい、自然な感触がイイ。
フィナーレのアレグロ・モルトも同様で、ベートーヴェン特有の、挑みかかるところがなく、まとまりよく美しく仕上げられた音楽になっている。
録音は標準的です。
奥行き・定位まずまず。残響が良いので、臨場感が心地よいです。
演奏も穏やかで、ほのぼの聴ける1枚と思います。
一部、ケーゲル絶賛の評がありますので、じっくり聴いてみたんですが、云われるほど猟奇的なところはなかったかな・・・・・。
「猟奇的」なという評の意味が僕にはよく分からないこともあるんですが・・・・(^^ゞ
2008/01/31のBlog
[ 06:01 ]
[ 交響曲 ]
相変わらず寒い日が続きます。1月も末。日が暮れるのは少し遅くなったかなと思うんですが、まだまだ寒そうです。
中国の大寒波が日本に来るんじゃないか・・・・と聞いて、2月にまた大雪が来るんかいな、と職場の同僚らはスタッドレスタイヤを購入しております。
さて、どうなりますやら・・・・・・。
さて、今日はベートーヴェンです。
ベートーヴェンの交響曲第1番 ハ長調 作品21。
ギュンター・ヴァント指揮北ドイツ放送交響楽団の演奏。
1986年の録音。RCA盤。
ヴァントらしい堅実で真面目な演奏。謹厳実直、学者風の怜悧な表情が印象的。
ひたすらベートーヴェンに忠誠を尽くし、己れの信ずる芸術の再生に誠実に取り組んでいる感じがイイ。聴いていて、襟を正したくなる演奏。耳を澄まして、正座して・・・・アグラなんぞかいたら失礼かい。
少し堅苦しいところもあり、もう少しゆったりと構えてもいいんじゃないかと思いつつも、その真剣な演奏ぶりには敬意を表したい。
響きはスッキリと見通しがよく、楽譜が透けて見えるような感じ。テンポは快適でやや速め。演奏全体が若々しく、実に溌剌としているベートーヴェン。ああ、これは青春の交響曲。若さと意気に満ちた音楽なのだ、と再認識させてくれる。
北ドイツ放送響の技術の高さは、このスッキリとした響きで証明されるだろうなぁ。
アンサンブルの克明さは特筆もの。ソロは巧いし、合奏はよく揃っているので、聴いていて爽快感がある。その響きは、無機的にただ磨き上げたという感じではなく、手づくりのぬくもりを漂わせながら、おそらく試行錯誤を繰り返しながらじっくりと彫り込んでいった感じ・・・・と云うべきかな。イイ音だと思う。
スカッと爽やか、それでいて手工業品の味わいがある音。
特にイイのは第1楽章。アレグロ・コン・ブリオ。
これを聴くと、ベートーヴェンという人は、つくづく、アレグロ・コン・ブリオの作曲家だなぁと思う。覇気があって颯爽とした心地よさ。
そして第3楽章のメヌエット。これはもうメヌエットではなく、スケルツォだろう。後年のベートーヴェンの完成度を思わせる立派さ。そしてそう思わせるヴァント/北ドイツ放送響の演奏が素晴らしい。迫力十分で、スッキリと押し切る。
録音も十分に美しいです。
艶のある響きはさすがに新鮮。
パートごとに何をしているのか見えるような臨場感がたまりません。
スッキリしたエエ音でした。
中国の大寒波が日本に来るんじゃないか・・・・と聞いて、2月にまた大雪が来るんかいな、と職場の同僚らはスタッドレスタイヤを購入しております。
さて、どうなりますやら・・・・・・。
さて、今日はベートーヴェンです。
ベートーヴェンの交響曲第1番 ハ長調 作品21。
ギュンター・ヴァント指揮北ドイツ放送交響楽団の演奏。
1986年の録音。RCA盤。
ヴァントらしい堅実で真面目な演奏。謹厳実直、学者風の怜悧な表情が印象的。
ひたすらベートーヴェンに忠誠を尽くし、己れの信ずる芸術の再生に誠実に取り組んでいる感じがイイ。聴いていて、襟を正したくなる演奏。耳を澄まして、正座して・・・・アグラなんぞかいたら失礼かい。
少し堅苦しいところもあり、もう少しゆったりと構えてもいいんじゃないかと思いつつも、その真剣な演奏ぶりには敬意を表したい。
響きはスッキリと見通しがよく、楽譜が透けて見えるような感じ。テンポは快適でやや速め。演奏全体が若々しく、実に溌剌としているベートーヴェン。ああ、これは青春の交響曲。若さと意気に満ちた音楽なのだ、と再認識させてくれる。
北ドイツ放送響の技術の高さは、このスッキリとした響きで証明されるだろうなぁ。
アンサンブルの克明さは特筆もの。ソロは巧いし、合奏はよく揃っているので、聴いていて爽快感がある。その響きは、無機的にただ磨き上げたという感じではなく、手づくりのぬくもりを漂わせながら、おそらく試行錯誤を繰り返しながらじっくりと彫り込んでいった感じ・・・・と云うべきかな。イイ音だと思う。
スカッと爽やか、それでいて手工業品の味わいがある音。
特にイイのは第1楽章。アレグロ・コン・ブリオ。
これを聴くと、ベートーヴェンという人は、つくづく、アレグロ・コン・ブリオの作曲家だなぁと思う。覇気があって颯爽とした心地よさ。
そして第3楽章のメヌエット。これはもうメヌエットではなく、スケルツォだろう。後年のベートーヴェンの完成度を思わせる立派さ。そしてそう思わせるヴァント/北ドイツ放送響の演奏が素晴らしい。迫力十分で、スッキリと押し切る。
録音も十分に美しいです。
艶のある響きはさすがに新鮮。
パートごとに何をしているのか見えるような臨場感がたまりません。
スッキリしたエエ音でした。
2008/01/30のBlog
[ 05:46 ]
[ 交響曲 ]
この2週間、伊予路はどんよりとした天気が続いております。
スカッと晴れない、曇り空、雪空、そして降る氷雨・・・・・。気温も上がらず、寒い日々です。
音楽だけは、気分良く行きたいものです。と思って取り出したのは「イタリア」であります。
メンデルスゾーンの交響曲第4番 イ長調「イタリア」。
ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管弦楽団の演奏。
1993年7月、ロンドンでの録音。フィリップス盤。
マリナー&アカデミー室内管のコンビは、1979年にDECCAにも録音しているので、これは再録音盤ということになる。
テンポは快速で、スッキリとまとまりの良い演奏。指揮は堅実で手慣れたもの、アカデミー室内管のアンサンブルも良好で、爽快な響きを堪能できる1枚。
第1楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェ。初めからワクワクするような音楽の運び。
特に開始6分くらいの、クレッシェンドしてゆくところはは、いつ聴いても心が弾む。「イタリア」の、ここが最も好きなところだなぁ。エエなぁ。ワクワクするなぁ。
第2楽章はアンダンテ・コン・モート。
ここは美しい弦楽アンサンブルが聴きもの。大編成のオーケストラの重量感もイイのだが、マリナー&アカデミーのような小編成の室内オケの方が、その快感が伝わる感じ。響きは第1楽章に比べて、柔らかくほの暗い感じに聞こえる。曲想に合わせて響きが変わるのは、さすが職人マリナーと思う。
第3楽章コン・モート・モデラート。音のヌケが良く、音楽の構成は引き締まったスマート体型。涼やかな風が吹き抜けてゆく。ああ、イタリアの風はこんな風に吹くのだろう。メンデルスゾーンが感じた、イタリアの陽光、サラッとした空気の肌触りが、音楽に息づいている。「音の風景画家」とはよくぞ云ったもの。マリナー羽、その辺りを十分に表出して、耳当たりの良い音楽をつくり出す。
アカデミー室内管は好演。弦楽アンサンブルはもちろんイイが、ホルンの合奏も素晴らしい。エエ音だなぁと思う。
フィナーレはサルタレルロ。明朗で軽快、徐々に盛り上がって昂奮してゆく舞曲になっている。ラストは熱狂。ラテン気質のノリが聴ける。
マリナーはそんな音楽をシャープに、冷静に演出してゆく感じ。音楽は熱狂してゆくのだが、アンサンブルはしっかりと決まっている。さすが職人、そつなくコツコツと単打を続けて打率を上げてゆくバッターのような、見事な芸と思う。この人、ホンマに何でも出来る、器用な人なんやなぁ・・・と感心。
録音良好ですが、フィリップスにしてはやや不満もあります。
弦の音が少し乾き気味。しっとり感が足りない感じ。
ホールトーンも、もう少し濡れたような感覚が欲しいかな・・・という気もします。
「イタリア」なので、カラッとした音の方がいいのかもしれませんが、カップリングの「スコットランド」も乾燥した音でありました。
フィリップスに期待しているのは、柔らかく濡れたような響き。
ちと不満でありました。
ただ、アンプ電源投入間もなく聴いておりますので、これが5時間後に聴いてみたら変化しているかもしれないんですが・・・・・。
<メンデルスゾーンの「イタリア」自己リンクです>
■アバド/ロンドン響(DECCA盤 1967録音)
■ストコフスキー/ナショナル・フィル
■ドホナーニ/VPO
■ショルティ/CSO
■セル/クリーヴランド管
■デイヴィス/BSO
スカッと晴れない、曇り空、雪空、そして降る氷雨・・・・・。気温も上がらず、寒い日々です。
音楽だけは、気分良く行きたいものです。と思って取り出したのは「イタリア」であります。
メンデルスゾーンの交響曲第4番 イ長調「イタリア」。
ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管弦楽団の演奏。
1993年7月、ロンドンでの録音。フィリップス盤。
マリナー&アカデミー室内管のコンビは、1979年にDECCAにも録音しているので、これは再録音盤ということになる。
テンポは快速で、スッキリとまとまりの良い演奏。指揮は堅実で手慣れたもの、アカデミー室内管のアンサンブルも良好で、爽快な響きを堪能できる1枚。
第1楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェ。初めからワクワクするような音楽の運び。
特に開始6分くらいの、クレッシェンドしてゆくところはは、いつ聴いても心が弾む。「イタリア」の、ここが最も好きなところだなぁ。エエなぁ。ワクワクするなぁ。
第2楽章はアンダンテ・コン・モート。
ここは美しい弦楽アンサンブルが聴きもの。大編成のオーケストラの重量感もイイのだが、マリナー&アカデミーのような小編成の室内オケの方が、その快感が伝わる感じ。響きは第1楽章に比べて、柔らかくほの暗い感じに聞こえる。曲想に合わせて響きが変わるのは、さすが職人マリナーと思う。
第3楽章コン・モート・モデラート。音のヌケが良く、音楽の構成は引き締まったスマート体型。涼やかな風が吹き抜けてゆく。ああ、イタリアの風はこんな風に吹くのだろう。メンデルスゾーンが感じた、イタリアの陽光、サラッとした空気の肌触りが、音楽に息づいている。「音の風景画家」とはよくぞ云ったもの。マリナー羽、その辺りを十分に表出して、耳当たりの良い音楽をつくり出す。
アカデミー室内管は好演。弦楽アンサンブルはもちろんイイが、ホルンの合奏も素晴らしい。エエ音だなぁと思う。
フィナーレはサルタレルロ。明朗で軽快、徐々に盛り上がって昂奮してゆく舞曲になっている。ラストは熱狂。ラテン気質のノリが聴ける。
マリナーはそんな音楽をシャープに、冷静に演出してゆく感じ。音楽は熱狂してゆくのだが、アンサンブルはしっかりと決まっている。さすが職人、そつなくコツコツと単打を続けて打率を上げてゆくバッターのような、見事な芸と思う。この人、ホンマに何でも出来る、器用な人なんやなぁ・・・と感心。
録音良好ですが、フィリップスにしてはやや不満もあります。
弦の音が少し乾き気味。しっとり感が足りない感じ。
ホールトーンも、もう少し濡れたような感覚が欲しいかな・・・という気もします。
「イタリア」なので、カラッとした音の方がいいのかもしれませんが、カップリングの「スコットランド」も乾燥した音でありました。
フィリップスに期待しているのは、柔らかく濡れたような響き。
ちと不満でありました。
ただ、アンプ電源投入間もなく聴いておりますので、これが5時間後に聴いてみたら変化しているかもしれないんですが・・・・・。
<メンデルスゾーンの「イタリア」自己リンクです>
■アバド/ロンドン響(DECCA盤 1967録音)
■ストコフスキー/ナショナル・フィル
■ドホナーニ/VPO
■ショルティ/CSO
■セル/クリーヴランド管
■デイヴィス/BSO
2008/01/29のBlog
[ 04:25 ]
[ 交響曲 ]
寒い日が続きます。先日の大雪以来、チト体調不良、土曜日から喉がイガイガしております。
久しぶりに風邪の症状なので、さて、誰かにうつされたかな?
イガイガしているだけで熱はないので、インフルエンザではなく、ただの風邪なんでしょうが、気分は良くないですなぁ。「大寒」以降、あまりの寒さにジョグもウォークもサボっているので、身体が緩んでしまったせいかな?・・・・アカンアカン、気合いを入れ直さなくちゃ。
こういうときは、気分スッキリ、待ち遠しい「春」を聴こう!
・・・・と思ったら「春」が来ない・・・・・(^^ゞ
先日、HMVにシャイー&ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管のシューマン交響曲全集をオーダーしたんですが(すでにHMVでは発売済み)、まだ届かない。「マーラー編」ということで期待しているのに、「春」が来ない。
それもそのはず、同時に注文したのがカラヤン生誕100年記念のEMI激安ボックス2つ。HMVの「3点で買うたらかなり割り引きまっせ」セールでオーダーしたので、2月上旬にカラヤンBOXが発売にならんと、来んのです・・・・。
やっぱり、立春過ぎんと、「春」は来んのですかいなぁ・・・・・。
しゃあない、シャイーの旧盤でも取りだそう・・・・とゴソゴソしたのであります。
前置きが長くなりました。
今日はシューマンの交響曲第1番 変ロ長調 作品28「春」。
リッカルド・シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管の演奏。
1988年9月、コンセルトヘボウでの録音。DECCA原盤。
ロイヤル・コンセルトヘボウ管の響きが明るい。DECCA録音の特徴とも思うが、フィリップス録音に比べて、近接音が多く、キラキラと鮮やかな感じがする。ホールトーンはさすがにコンセルトヘボウ、素晴らしい残響で、これはいつ聴いても気持ちがよい。
第1楽章、シャイーの指揮は一気呵成のカンタービレ。よく歌うし、実に精力的。シューマンのロマンに満ちたこの曲を、若々しい青春交響曲に仕上げてゆく。
ああ、時は春。やがて樹木が芽吹く春が来る。
第2楽章も旋律を十分に歌わせてゆく。シューマンの夢見るような想いが伝わる。コンセルトヘボウ管の響きが美しい。アンサンブルが良いのだろう、透明感さえ漂ってくる。金管や木管の少しくすんだ感じの音も、味わい深い。
第3楽章はスケルツォ。弾むと云うより、ここでも歌う演奏。
シャイーのシューマンはカンタービレなのだ。
フィナーレは春たけなわ。サウンドは暖かく、鮮やか。こぼれるような春の日差しを思わせる。ラストは一気。春の勢い。若者の勢いを感じさせる演奏。
ああ、部屋に春が来ました。外はみぞれ模様、氷雨の冬です。
しかし、間もなく「春」は来るでしょう(^^)V
久しぶりに風邪の症状なので、さて、誰かにうつされたかな?
イガイガしているだけで熱はないので、インフルエンザではなく、ただの風邪なんでしょうが、気分は良くないですなぁ。「大寒」以降、あまりの寒さにジョグもウォークもサボっているので、身体が緩んでしまったせいかな?・・・・アカンアカン、気合いを入れ直さなくちゃ。
こういうときは、気分スッキリ、待ち遠しい「春」を聴こう!
・・・・と思ったら「春」が来ない・・・・・(^^ゞ
先日、HMVにシャイー&ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管のシューマン交響曲全集をオーダーしたんですが(すでにHMVでは発売済み)、まだ届かない。「マーラー編」ということで期待しているのに、「春」が来ない。
それもそのはず、同時に注文したのがカラヤン生誕100年記念のEMI激安ボックス2つ。HMVの「3点で買うたらかなり割り引きまっせ」セールでオーダーしたので、2月上旬にカラヤンBOXが発売にならんと、来んのです・・・・。
やっぱり、立春過ぎんと、「春」は来んのですかいなぁ・・・・・。
しゃあない、シャイーの旧盤でも取りだそう・・・・とゴソゴソしたのであります。
前置きが長くなりました。
今日はシューマンの交響曲第1番 変ロ長調 作品28「春」。
リッカルド・シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管の演奏。
1988年9月、コンセルトヘボウでの録音。DECCA原盤。
ロイヤル・コンセルトヘボウ管の響きが明るい。DECCA録音の特徴とも思うが、フィリップス録音に比べて、近接音が多く、キラキラと鮮やかな感じがする。ホールトーンはさすがにコンセルトヘボウ、素晴らしい残響で、これはいつ聴いても気持ちがよい。
第1楽章、シャイーの指揮は一気呵成のカンタービレ。よく歌うし、実に精力的。シューマンのロマンに満ちたこの曲を、若々しい青春交響曲に仕上げてゆく。
ああ、時は春。やがて樹木が芽吹く春が来る。
第2楽章も旋律を十分に歌わせてゆく。シューマンの夢見るような想いが伝わる。コンセルトヘボウ管の響きが美しい。アンサンブルが良いのだろう、透明感さえ漂ってくる。金管や木管の少しくすんだ感じの音も、味わい深い。
第3楽章はスケルツォ。弾むと云うより、ここでも歌う演奏。
シャイーのシューマンはカンタービレなのだ。
フィナーレは春たけなわ。サウンドは暖かく、鮮やか。こぼれるような春の日差しを思わせる。ラストは一気。春の勢い。若者の勢いを感じさせる演奏。
ああ、部屋に春が来ました。外はみぞれ模様、氷雨の冬です。
しかし、間もなく「春」は来るでしょう(^^)V
2008/01/28のBlog
[ 05:49 ]
[ 管弦楽曲 ]
日曜日は上々の天気。
三男坊の合唱アンサンブルコンテストを聴きに、松山に行っておりました。
ついでに、吉村作治のエジプト展も観てきました。最終日でものすごい人出。いやはや、十分に観ることもままなりませんでした。
さて、今日は季節外れの選曲で恐縮であります。
メンデルスゾーンの劇音楽「真夏の夜の夢」。
アンドレ・プレヴィン指揮ウィーン・フィルの演奏。
ソプラノはエヴァ・リンド、メゾ・ソプラノはクリスティーン・ケアーンズ。
合唱はウィーン・ジュネス合唱団。
1985年2月、ウィーンのムジークフェラインでの録音。フィリップス盤。
序曲が鳴りだした途端、初期ロマン派の世界、メンデルスゾーンの清新で瑞々しい抒情の中に引き込まれてゆく。
ウィーン・フィルの響きが大変すがすがしく、しかも艶と潤いがあって、実に美しい。耳当たりが心地よく、これ至福の境地。DECCA録音のような鮮烈さはないものの、フィリップス独特の、しっとりと落ち着いた、渋めのトーンが部屋に満ちてゆく。
プレヴィンのテンポは全く中庸で、速くもなく、淀むこともない。フレージングは自然だし、実に爽やかな感じ。聴いていて、無理なところがないのがイイ。柔軟そのもの。
そして、ソーダ水のような、若々しく青みがかった響きが何とも云えず心地よい。
プレヴィンは1980年代の半ば、ウィーン・フィルと盛んに録音したが、それらを聴くと、このコンビはとても相性が良かったようで、オーケストラが気持ちよさそうに鳴っていたのが印象的だった。R・シュトラウスのいくつかの録音は、今聴いても実にフレキシブル、素晴らしい演奏と思う。
この「真夏の夜の夢」でも、エヴァ・リンドのソプラノは大変美しいし、第7曲「夜想曲」のホルンなどは、それこそ夢見るような美しさ。
「葬送行進曲」の木管アンサンブルは、さすがに見事。総じて、この演奏では、木管の良さが印象的。ストリングスの響きがイイのは勿論なのだが、この木管の滋味溢れる響きは格別で、メンデルスゾーンをこれほど美しく再現した演奏は、そうはないんじゃないか、と思う。
録音は素晴らしいものです。
フィリップスらしく、ホールトーンが大変きれい。落ち着いた、品の良い音でウィーン・フィルを楽しめる名録音と思います。
キラキラした音ではなく、自然な、時に渋い(こういう音を「燻し銀」って云うんかいな?)のがエエんです。
作為がない自然さ、とでも云いましょうか。
(もっとも、録音という行為そのものが、大変な作為なんでしょうが・・・)
ホルンやトランペット、ティンパニの音など、実に美しく、定位・奥行とも十分な音場が再現されます。
ということで、昨日は「結婚行進曲」を聴いたのであります。妻と一緒に聴くのは、少し恥ずかしい感じもしましたが(^^ゞ
末っ子三男坊のグループは、愛媛県合唱アンサンブルコンテストでグランプリ。全国大会は3月、福島県だそうです。
結婚記念日に、良いお祝いをもらいました。
三男坊の合唱アンサンブルコンテストを聴きに、松山に行っておりました。
ついでに、吉村作治のエジプト展も観てきました。最終日でものすごい人出。いやはや、十分に観ることもままなりませんでした。
さて、今日は季節外れの選曲で恐縮であります。
メンデルスゾーンの劇音楽「真夏の夜の夢」。
アンドレ・プレヴィン指揮ウィーン・フィルの演奏。
ソプラノはエヴァ・リンド、メゾ・ソプラノはクリスティーン・ケアーンズ。
合唱はウィーン・ジュネス合唱団。
1985年2月、ウィーンのムジークフェラインでの録音。フィリップス盤。
序曲が鳴りだした途端、初期ロマン派の世界、メンデルスゾーンの清新で瑞々しい抒情の中に引き込まれてゆく。
ウィーン・フィルの響きが大変すがすがしく、しかも艶と潤いがあって、実に美しい。耳当たりが心地よく、これ至福の境地。DECCA録音のような鮮烈さはないものの、フィリップス独特の、しっとりと落ち着いた、渋めのトーンが部屋に満ちてゆく。
プレヴィンのテンポは全く中庸で、速くもなく、淀むこともない。フレージングは自然だし、実に爽やかな感じ。聴いていて、無理なところがないのがイイ。柔軟そのもの。
そして、ソーダ水のような、若々しく青みがかった響きが何とも云えず心地よい。
プレヴィンは1980年代の半ば、ウィーン・フィルと盛んに録音したが、それらを聴くと、このコンビはとても相性が良かったようで、オーケストラが気持ちよさそうに鳴っていたのが印象的だった。R・シュトラウスのいくつかの録音は、今聴いても実にフレキシブル、素晴らしい演奏と思う。
この「真夏の夜の夢」でも、エヴァ・リンドのソプラノは大変美しいし、第7曲「夜想曲」のホルンなどは、それこそ夢見るような美しさ。
「葬送行進曲」の木管アンサンブルは、さすがに見事。総じて、この演奏では、木管の良さが印象的。ストリングスの響きがイイのは勿論なのだが、この木管の滋味溢れる響きは格別で、メンデルスゾーンをこれほど美しく再現した演奏は、そうはないんじゃないか、と思う。
録音は素晴らしいものです。
フィリップスらしく、ホールトーンが大変きれい。落ち着いた、品の良い音でウィーン・フィルを楽しめる名録音と思います。
キラキラした音ではなく、自然な、時に渋い(こういう音を「燻し銀」って云うんかいな?)のがエエんです。
作為がない自然さ、とでも云いましょうか。
(もっとも、録音という行為そのものが、大変な作為なんでしょうが・・・)
ホルンやトランペット、ティンパニの音など、実に美しく、定位・奥行とも十分な音場が再現されます。
ということで、昨日は「結婚行進曲」を聴いたのであります。妻と一緒に聴くのは、少し恥ずかしい感じもしましたが(^^ゞ
末っ子三男坊のグループは、愛媛県合唱アンサンブルコンテストでグランプリ。全国大会は3月、福島県だそうです。
結婚記念日に、良いお祝いをもらいました。
2008/01/27のBlog
[ 06:09 ]
[ 協奏曲 ]
休日にはのんびりとLPを取り出すことが多いのです。
レコード・ラックを眺め、どれにしようかと物色し、ラックに立てているLPの背表紙を確認して(CDと違って、これは読みにくいですなぁ)、ジャケットを見てから(そうそう、こういうジャケットだったなぁと思い出に一瞬浸って)、中袋から取り出し、ターンテーブルに載せ、サッとクリーニング、カートリッジのスタイラスも一拭きして、さあ、いよいよ針を落とす・・・・・。
この手間のかけ方。これはもう、間違いなく趣味の世界ですな。
そして出てくる音はアナログらしい暖かい音。時には古ぼけた音も出ます。壮大なパチパチ・ノイズも。大きなホコリや少々キズがあると、「ガリッ」というフォルテが・・・・。
そんな儀式を楽しみながら、僕はもう20年以上も昔に買い集めたLPを聴き・・・・・・いや、20年以上昔の思い出、「過去」を聴いているのかもしれません。
さて、今日はラックから取り出したモーツァルト。懐かしい名演であります。
モーツァルトのピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K.467。
フリードリヒ・グルダのピアノ独奏、クラウディオ・アバド指揮ウィーン・フィルの演奏。
1974年9月、ウィーンのムジークフェラインザールでの録音。DG盤のLP。
グルダのピアノには芯があって、しっかりとした響きなのに、フワッと抜けるような透明感もある。そして程よい柔らかさも・・・・。見た目はクール、よく触ってみると暖かい質感のある陶器のような感じ。ピアノはベーゼンドルファー(と思う)。この音は他のピアニストからは聴かれないものだ。本当に音のきれいなピアニストと思う。
我が家のターンベリーから流れるグルダの音は、いつも純度が高く、そして豊かで暖かい。
もちろん、グルダのこと、才気にあふれたモーツァルトを聴かせてくれる。あまり装飾は施していないのだが、ふとしたパッセージに込められた響きなどには、ハッとする瞬間が多い。とても新鮮なのだ。
アバド/VPOは丁寧な伴奏。折り目正しい演奏で、響きはさすがにウィーン・フィル、本当に綺麗。
ただ、アバドの誠実で精緻な指揮とグルダの閃きに満ちたピアノとでは、少し方向が違うところもあったかな・・・。
第1楽章は全く晴朗。晴れ上がった青空。徐々に感興が盛り上がってゆくさまは見事。カデンツァはグルダの自作。楽しく溌剌としている。
第2楽章、ウィーン・フィルの伴奏は最高。静謐でニュアンス一杯の表現。もうすべてが美しい。至福の音。
グルダもゆったりとしたテンポで叙情的な歌を歌ってゆく。「みじかくも美しく燃え」で有名なこの楽章を、これほど美しく歌い上げた演奏は、そうはないんじゃないか。
グルダの装飾音、微妙なアクセントも全く楽しい。
第3楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェ。疾駆するモーツァルト。
グルダのピアノは明るく爽快、そして時に豪快さも聴かせてくれる。ウィーン・フィルも艶やかな響きで応える。見事な協奏。
カデンツァはこれもグルダ自作。鮮やかそのもの。
録音は今聴いても素晴らしいです。
録音から30年以上経過した今も、グルダのピアノは瑞々しく鮮度が高い音で聴けます。
アナログらしい、トロッとしたオケの響きもエエです。
今日、モーツァルトの誕生日でありました。
そして、ワタクシら夫婦、結婚して23年たちました。
<K.467の自己リンクです>
★ケンプ(Pf)・クレー/バイエルン放送響
★ラローチャ(Pf)・デイヴィス/イギリス室内管
★アンダ(Pfと指揮)/ウィーン響
★ブレンデル(Pf)・マリナー/アカデミー室内管
★バレンボイム(Pfと指揮)/ベルリン・フィル
★カサドシュ(Pf)・セル/クリーヴランド管
レコード・ラックを眺め、どれにしようかと物色し、ラックに立てているLPの背表紙を確認して(CDと違って、これは読みにくいですなぁ)、ジャケットを見てから(そうそう、こういうジャケットだったなぁと思い出に一瞬浸って)、中袋から取り出し、ターンテーブルに載せ、サッとクリーニング、カートリッジのスタイラスも一拭きして、さあ、いよいよ針を落とす・・・・・。
この手間のかけ方。これはもう、間違いなく趣味の世界ですな。
そして出てくる音はアナログらしい暖かい音。時には古ぼけた音も出ます。壮大なパチパチ・ノイズも。大きなホコリや少々キズがあると、「ガリッ」というフォルテが・・・・。
そんな儀式を楽しみながら、僕はもう20年以上も昔に買い集めたLPを聴き・・・・・・いや、20年以上昔の思い出、「過去」を聴いているのかもしれません。
さて、今日はラックから取り出したモーツァルト。懐かしい名演であります。
モーツァルトのピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K.467。
フリードリヒ・グルダのピアノ独奏、クラウディオ・アバド指揮ウィーン・フィルの演奏。
1974年9月、ウィーンのムジークフェラインザールでの録音。DG盤のLP。
グルダのピアノには芯があって、しっかりとした響きなのに、フワッと抜けるような透明感もある。そして程よい柔らかさも・・・・。見た目はクール、よく触ってみると暖かい質感のある陶器のような感じ。ピアノはベーゼンドルファー(と思う)。この音は他のピアニストからは聴かれないものだ。本当に音のきれいなピアニストと思う。
我が家のターンベリーから流れるグルダの音は、いつも純度が高く、そして豊かで暖かい。
もちろん、グルダのこと、才気にあふれたモーツァルトを聴かせてくれる。あまり装飾は施していないのだが、ふとしたパッセージに込められた響きなどには、ハッとする瞬間が多い。とても新鮮なのだ。
アバド/VPOは丁寧な伴奏。折り目正しい演奏で、響きはさすがにウィーン・フィル、本当に綺麗。
ただ、アバドの誠実で精緻な指揮とグルダの閃きに満ちたピアノとでは、少し方向が違うところもあったかな・・・。
第1楽章は全く晴朗。晴れ上がった青空。徐々に感興が盛り上がってゆくさまは見事。カデンツァはグルダの自作。楽しく溌剌としている。
第2楽章、ウィーン・フィルの伴奏は最高。静謐でニュアンス一杯の表現。もうすべてが美しい。至福の音。
グルダもゆったりとしたテンポで叙情的な歌を歌ってゆく。「みじかくも美しく燃え」で有名なこの楽章を、これほど美しく歌い上げた演奏は、そうはないんじゃないか。
グルダの装飾音、微妙なアクセントも全く楽しい。
第3楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェ。疾駆するモーツァルト。
グルダのピアノは明るく爽快、そして時に豪快さも聴かせてくれる。ウィーン・フィルも艶やかな響きで応える。見事な協奏。
カデンツァはこれもグルダ自作。鮮やかそのもの。
録音は今聴いても素晴らしいです。
録音から30年以上経過した今も、グルダのピアノは瑞々しく鮮度が高い音で聴けます。
アナログらしい、トロッとしたオケの響きもエエです。
今日、モーツァルトの誕生日でありました。
そして、ワタクシら夫婦、結婚して23年たちました。
<K.467の自己リンクです>
★ケンプ(Pf)・クレー/バイエルン放送響
★ラローチャ(Pf)・デイヴィス/イギリス室内管
★アンダ(Pfと指揮)/ウィーン響
★ブレンデル(Pf)・マリナー/アカデミー室内管
★バレンボイム(Pfと指揮)/ベルリン・フィル
★カサドシュ(Pf)・セル/クリーヴランド管
2008/01/26のBlog
[ 07:23 ]
[ 室内楽曲 ]
寒の週末。のんびりしようと思います。
さて、今日はモーツァルトのクラリネット五重奏曲 イ長調 K.581。
エドゥアルド・ブルンナーのクラリネット独奏、ハーゲン弦楽四重奏団の演奏。
1987年6月、ケルンでの録音。DG盤。
モーツァルト没後200年の企画シリーズ物からの1枚で、カップリングがハーゲンSQらによる弦楽五重奏曲K.516。
ハーゲンSQの若々しく爽快な演奏をバックに、ブルンナーのクラリネットがふくよかな響きで、しみじみとした歌を紡ぎ出す。非常に美しい演奏。
第1楽章アレグロは覇気に満ちた演奏。
生き生きと弾む演奏で、ヴァイオリンなど飛び跳ねているような軽やかさ。ブルンナーのクラリネットは豊かに旋律を歌って心地よい。
第2楽章は心洗われるラルゲット。この曲の白眉。
モーツァルトの諦観が聞こえてきそうな曲なのだが、ハーゲンSQらの演奏は彼岸の歌にせず、現世此岸の音楽にしている。爽やかな風が、リスニング・ルームを柔らかく吹き抜けてゆくような心地よさ。クラリネットは涙を流したり、微笑んだり、千変万化の美しさ。ああ、これぞモーツァルト。様々な表情が、音楽の進行とともに刻一刻と変化してゆく。その風情がたまらない。涙の中の微笑み、笑顔の奥の哀しみ、万華鏡のように変化し、季節や風のように移ろいゆくクラリネット。これこそ、モーツァルトの世界と思う。
第3楽章は軽やかなメヌエットだが、ここでも涙と微笑みが錯綜する。
伸びやかなクラリネットの歌がイイ。ハーゲンSQも巧いが、少し硬質な感じもする。もう少しゆったりと柔和な雰囲気があってもいいかな。
ラストは心弾むフィナーレ。ハーゲンSQの演奏はシャープに切れ込んでゆく。深く抉ってくるところもあって面白い。アンサンブルは緊密。引き締まった筋肉質の演奏と云うべきかな。スカッとする気持ちよい演奏。
録音は上々。
もう少しふっくらとした音が欲しい気もします。
ハーゲンSQの演奏同様、クールでシャープな響きが特徴と思いました。
定位は抜群によいので臨場感たっぷりであります。
今週、アクセス数が激動しました。妙に増えたこともありました。
多いとき4500。あれ、何なんでしょ?
アダルト系のコメントがいくつか続きましたので、その関係かな?
さて、今日はモーツァルトのクラリネット五重奏曲 イ長調 K.581。
エドゥアルド・ブルンナーのクラリネット独奏、ハーゲン弦楽四重奏団の演奏。
1987年6月、ケルンでの録音。DG盤。
モーツァルト没後200年の企画シリーズ物からの1枚で、カップリングがハーゲンSQらによる弦楽五重奏曲K.516。
ハーゲンSQの若々しく爽快な演奏をバックに、ブルンナーのクラリネットがふくよかな響きで、しみじみとした歌を紡ぎ出す。非常に美しい演奏。
第1楽章アレグロは覇気に満ちた演奏。
生き生きと弾む演奏で、ヴァイオリンなど飛び跳ねているような軽やかさ。ブルンナーのクラリネットは豊かに旋律を歌って心地よい。
第2楽章は心洗われるラルゲット。この曲の白眉。
モーツァルトの諦観が聞こえてきそうな曲なのだが、ハーゲンSQらの演奏は彼岸の歌にせず、現世此岸の音楽にしている。爽やかな風が、リスニング・ルームを柔らかく吹き抜けてゆくような心地よさ。クラリネットは涙を流したり、微笑んだり、千変万化の美しさ。ああ、これぞモーツァルト。様々な表情が、音楽の進行とともに刻一刻と変化してゆく。その風情がたまらない。涙の中の微笑み、笑顔の奥の哀しみ、万華鏡のように変化し、季節や風のように移ろいゆくクラリネット。これこそ、モーツァルトの世界と思う。
第3楽章は軽やかなメヌエットだが、ここでも涙と微笑みが錯綜する。
伸びやかなクラリネットの歌がイイ。ハーゲンSQも巧いが、少し硬質な感じもする。もう少しゆったりと柔和な雰囲気があってもいいかな。
ラストは心弾むフィナーレ。ハーゲンSQの演奏はシャープに切れ込んでゆく。深く抉ってくるところもあって面白い。アンサンブルは緊密。引き締まった筋肉質の演奏と云うべきかな。スカッとする気持ちよい演奏。
録音は上々。
もう少しふっくらとした音が欲しい気もします。
ハーゲンSQの演奏同様、クールでシャープな響きが特徴と思いました。
定位は抜群によいので臨場感たっぷりであります。
今週、アクセス数が激動しました。妙に増えたこともありました。
多いとき4500。あれ、何なんでしょ?
アダルト系のコメントがいくつか続きましたので、その関係かな?
2008/01/25のBlog
[ 05:27 ]
[ 管弦楽曲 ]
寒いです。毎日同じことを書いておりますが、伊予路は厳寒です。
さて、今日は懐かしいLPを取り出してます。
R・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」作品30。
ズービン・メータ指揮ニューヨーク・フィルハーモニックの演奏。
ヴァイオリン独奏はコンマスのグレン・ディクテロー。
1980年1月、ニューヨークのエイヴリー・フィッシャー・ホールでの録音。CBSソニー盤のLP。
R・シュトラウスのこの曲、冒頭はあまりに有名。
その雄大でカッコイイことといったら、ポピュラーのコンサートのオープニングに用いられるほど。確か、アメリカでプレスリーが使って有名だったはずだし、日本ではアリス(谷村新司にベーやん・キンちゃん・・・って古いな(^^ゞ・・・)の武道館コンサートで、この音楽が幕開けに使われたのだった。
(「2001年宇宙の旅」はもう別格ですね。今でも、この映画の音楽の一つと思っている人、多いんじゃないんでしょうか)
しかし、序奏部以降になると無名・・・・・。
勿体ないな。序奏以降の方が、音楽的には内容があるし、味わい深いのになぁ。聴かないなんて実に勿体ない。
もちろん、音楽そのものはニーチェの著作とはあまり関係がなく、聴いていて哲学をすることなんてない訳で、R・シュトラウスのアルプス交響曲で聴けるアルプスの風景描写のような、聴いていてワクワクするような感じはない。しかし、彼のオーケストレーションのすごさ、楽しさは十分に味わえる名曲。ホンマにR・シュトラウスは、スゴイ作曲家だと思う。
さて、演奏はメータ全盛期のもの。
ニューヨーク・フィルがゴリゴリと音を出してくるのだが、弱音部でのデリケートなところも良い。録音が素晴らしく、LP発売時には、オーディオ・チェック用のレコード用として評判だった。
メータは1960年代から1980年代半ば、ロサンゼルス・フィルからニューヨーク・フィル就任間もなくの頃までが、華だったろうか。日本のクラシックレコード・ジャーナリズムに頻繁に登場するのは、その頃だった。1980年代の終わりには登場機会が減って、最近はとんと聞かなくなってしまった。今も元気なのだろうが、往年の勢いはなくなってしまった。
特に1980年代末からは急速に新譜が減っていった。もともと大編成のオーケストラ音楽と現代曲には強かったが、独墺系の録音が少なかったことが痛かったのかな。ひととおり録音してしまうと、もう録音するレパートリーもなくなって、新譜が出ることがなくなったということか・・・。
DECCAでのロサンゼルス・フィル、CBSでのからニューヨーク・フィル、それぞれの録音には、当時の瑞々しく鮮やかで、肉感的な響きを前面に押し出すメータの、ホンマに素晴らしい、最良の姿を聞くことが出来る。
この「ツァラトゥストラはかく語りき」もそう。ニューヨーク・フィル盤はメータとしては再録音になる。指揮は巧妙。豊麗にオケを鳴らす。
ロサンゼルス・フィルとの旧録音に比べて、少しおとなしくなったところもあるのだが、全体的にニューヨーク・フィルは豪快、パワー十分の演奏を繰り広げてゆく。技量もスゴイ。さすがアメリカ屈指のオケだなぁと思う。
惜しいのは弦がザラつくところがあること。アンサンブルの精度がイマイチなのかな。
録音が良いだけに、ちと残念。
さて、今日は懐かしいLPを取り出してます。
R・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」作品30。
ズービン・メータ指揮ニューヨーク・フィルハーモニックの演奏。
ヴァイオリン独奏はコンマスのグレン・ディクテロー。
1980年1月、ニューヨークのエイヴリー・フィッシャー・ホールでの録音。CBSソニー盤のLP。
R・シュトラウスのこの曲、冒頭はあまりに有名。
その雄大でカッコイイことといったら、ポピュラーのコンサートのオープニングに用いられるほど。確か、アメリカでプレスリーが使って有名だったはずだし、日本ではアリス(谷村新司にベーやん・キンちゃん・・・って古いな(^^ゞ・・・)の武道館コンサートで、この音楽が幕開けに使われたのだった。
(「2001年宇宙の旅」はもう別格ですね。今でも、この映画の音楽の一つと思っている人、多いんじゃないんでしょうか)
しかし、序奏部以降になると無名・・・・・。
勿体ないな。序奏以降の方が、音楽的には内容があるし、味わい深いのになぁ。聴かないなんて実に勿体ない。
もちろん、音楽そのものはニーチェの著作とはあまり関係がなく、聴いていて哲学をすることなんてない訳で、R・シュトラウスのアルプス交響曲で聴けるアルプスの風景描写のような、聴いていてワクワクするような感じはない。しかし、彼のオーケストレーションのすごさ、楽しさは十分に味わえる名曲。ホンマにR・シュトラウスは、スゴイ作曲家だと思う。
さて、演奏はメータ全盛期のもの。
ニューヨーク・フィルがゴリゴリと音を出してくるのだが、弱音部でのデリケートなところも良い。録音が素晴らしく、LP発売時には、オーディオ・チェック用のレコード用として評判だった。
メータは1960年代から1980年代半ば、ロサンゼルス・フィルからニューヨーク・フィル就任間もなくの頃までが、華だったろうか。日本のクラシックレコード・ジャーナリズムに頻繁に登場するのは、その頃だった。1980年代の終わりには登場機会が減って、最近はとんと聞かなくなってしまった。今も元気なのだろうが、往年の勢いはなくなってしまった。
特に1980年代末からは急速に新譜が減っていった。もともと大編成のオーケストラ音楽と現代曲には強かったが、独墺系の録音が少なかったことが痛かったのかな。ひととおり録音してしまうと、もう録音するレパートリーもなくなって、新譜が出ることがなくなったということか・・・。
DECCAでのロサンゼルス・フィル、CBSでのからニューヨーク・フィル、それぞれの録音には、当時の瑞々しく鮮やかで、肉感的な響きを前面に押し出すメータの、ホンマに素晴らしい、最良の姿を聞くことが出来る。
この「ツァラトゥストラはかく語りき」もそう。ニューヨーク・フィル盤はメータとしては再録音になる。指揮は巧妙。豊麗にオケを鳴らす。
ロサンゼルス・フィルとの旧録音に比べて、少しおとなしくなったところもあるのだが、全体的にニューヨーク・フィルは豪快、パワー十分の演奏を繰り広げてゆく。技量もスゴイ。さすがアメリカ屈指のオケだなぁと思う。
惜しいのは弦がザラつくところがあること。アンサンブルの精度がイマイチなのかな。
録音が良いだけに、ちと残念。