ニックネーム:   パスワード:
| MyDoblogトップ | Doblogポータル | Doblogガイド | ユーザ登録 | 使い方 | よくある質問 | ツールバー | サポート |
クラシック音楽のひとりごと
Blog
[ 総Blog数:1202件 ] [ このMyDoblogをブックマークする ] [ RSS0.91   RSS1.0   RSS2.0 ] [ ATOM ]
2008/02/26のBlog
気温は低いものの、日中は春の陽光が柔らかく差し込んできます。
僕の仕事場は南の窓側、ポカポカと暖かくデスクワークをしておりました。

さて、今日はモーツァルト。

モーツァルトの交響曲第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」。
オットー・クレンペラー指揮ウィーン・フィルの演奏。
1968年5月19日、ウィーン芸術週間でのライヴ録音。テスタメント盤。

音は貧しいステレオ録音。雑音も盛大。でもクレンペラーの偉大な演奏は十分に伝わってくる1枚。
スケール大きく、いつもながら素っ気ない感じなのだが、よく聴いていると、ウィーン・フィルが実によく歌っている。クレンペラーの棒に(おそらく無骨な棒に)しなやかに反応し、柔和な表情をたたええながら、美しいアンサンブルを繰り広げてゆく。ああ、ウィーン・フィルはいつだって美しい。

クレンペラーの音楽作りは無骨なものなのだが、この実演盤では、聴き手の予想を裏切るような暖かい歌が(それはあたかもワルターのような!)、随所に出てきて楽しい。結構、ライヴでは優しいんじゃないの・・・と合いの手を入れたくなる。

そしてテンポの伸縮。第1楽章など、適度に伸びたり縮んだり、時にグッとタメをつくったりするところもあって、面白い。スゴイのは、ウィーン・フィルがそれにピタリとついてゆくところ。開始早々は、アンサンブルが怪しく、あれれ?と思うのだが、曲が進むにつれて指揮とオケがピタッと合ってくる。それとともに、音楽の感興が盛り上がってゆくし、僕はクレンペラーの偉大さに引き込まれてゆく。

演奏そのものは、今の耳で聴くと大層ロマンティック。往年のスタイルという印象が強い。しかし、この演奏には確かにモーツァルトがいる。

見事なのは第2楽章。ゆったりとしたテンポの中で、大きく広い心に包まれてゆくような感覚に陥る。そして静かな抒情が流れてゆく。ウィーン・フィルの弦楽セクションがまた絶品の味わい。貧しい録音の中から、潤いのある響きが聞こえてくる。

フィナーレはテンポが自在に変化して、実に面白い。楽章冒頭は激烈な速さ。それが急に遅くなって、堂々たるフーガを形成してゆく。さすがにクレンペラー、巨匠的な表現と思う。偉大なフーガだ。

というわけで、録音が貧しいのは致し方なしとして、クレンペラーの個性は十分に伝わってきます。
今から40年前のライヴ録音としては、上等でしょう。
スゴイ「ジュピター」でした。


スパム・コメント、相変わらず多いです。
ダミー記事も効果ありません。いやはや、困ったもんです。
2008/02/25のBlog
寒さが戻ってきました。土曜日は冬の嵐、日曜日の朝の冷え込みはきつかったです・・・。
少し早いのですが、亡父の一周忌をしました。祖母の十三回忌も一緒に。
法事となると、我が家は一族の宗家なので、親戚筋が沢山集まります。なかなか大変です。ちと疲れました。しかし、親族は寒い中、駆けつけてくれるわけで、有り難いことであります。

さて、今日は早春を思わせる爽やかな音楽を。

シューベルトの交響曲第5番 変ロ長調 D.485。
ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団の演奏。
1961年の録音。CBS盤。カップリングは「未完成」。(「未完成」のオケはニューヨーク・フィルハーモニック)

第1楽章の冒頭がとても遅く、アンダンテのよう。
ところがクレッシェンドとともにアッチェランドがかかって、急速になる。ワルターがテンポを自在に伸縮させるので、聴いていて楽しい。ロマンティックな解釈と思う。
そして、何より、ワルターの歌。音符の一つひとつが歌われているような感じ。しかも暖かい。適度なレガートも音楽に優しい表情与えてゆく。春の息吹のように、爽やかに、そして暖かく、風が吹き抜けてゆく。これぞ、ワルターの微笑みと思う。

第2楽章はその点でワルターの本領かな。アンダンテ・コン・モートの、たっぷりとした歌がイイ。気品があって、心優しい演奏になってゆく。フルートの爽やかな歌などは、この演奏でしか聴けないんじゃないか。

第3楽章のメヌエットも、せわしくならずに、歌、歌、また歌。
弦楽セクションの歌が特に素晴らしい。木管の絡んだときの美しさは、まさにこれ絶美。
そしてフィナーレは音楽が徐々に盛り上がって、速度も上昇、感動的な終曲になっている。激しさもある。歌だけではない、微笑みだけではない、激しい感情を持った若者シューベルトが現れる。ワルターの指揮、設計はホンマに見事なもんだと思う。
ワルターのシューベルト、往年の名盤・定盤でありましょう。

録音は上々。1961年といえば、すでに45年以上も昔の録音ですが、鮮度十分で、リマスタリングが成功しているようです。
ワルターの匂うような美音、特にヴァイオリン群が薫り高く蘇っています。
ヒスノイズが多いのは時代相応でしょう。
素晴らしい音で鳴ってくれます。


と、書いていたら、今朝は早出であることを思い出しました。こりゃイカン(^^ゞ。
昨日コメントを頂戴した方々への返信遅れます。申し訳ありません。
2008/02/24のBlog
ブリリアントの激安ハイドン全集、ボツボツ聴いています。休日にのんびりと聴くのがエエです。柔らかな日差しがリスニング・ルームに入ってくるのを楽しみながら、ハイドンを聴きます。
そして、ハイドンは朝聴くのがエエです。出勤前のハイドンはなかなかエエでっせ。


ハイドンの交響曲第95番 ハ短調。
アダム・フィッシャー指揮オーストリア・ハンガリー・ハイドン管弦楽団の演奏。
1989年、オーストリア・アイゼンシュタットのエステルハージ宮殿、ハイドン・ザールでの録音。

ロンドン・セット唯一の短調の交響曲。
残響をふんだんに取り入れた録音が心地よい。癒し系の録音と云うべきか。
少し腰の据わりが悪いくらい、柔らかく雰囲気豊かな響きなのだが、ハイドンの典雅さにはふさわしいんじゃないかと思う。ハイドン・ザールは素晴らしいホールなのだろうと想像してしまう。行ってみたいな。

オーストリア・ハンガリー・ハイドン管のアンサンブルは、序盤はちと危なっかしいところがあるのだが、徐々に調子が上がってきて、緊密さが増してゆく。そういうのを聴くのも楽しいことだ。

第1楽章はアレグロ・モデラート。活力があってイイ演奏なのだが、リズムが変化するところで、アンサンブルが少し緩む感じもあった。音は良い。楽団員はオーストリアとハンガリーの腕っこきが集まったというから、さすがに音はとても綺麗。

第2楽章は、いかにもハイドンらしい優雅なアンダンテ。弦楽合奏がたいそう美しい。途中のチェロのソロは珍しいが、これも上品で清楚な美しさ。知性を感じさせる響きでもある。心洗われる響きと云うべきかな。

第3楽章、短調のメヌエットは珍しい。トリオではまたもチェロのソロ。やや細身の音なのだが、綺麗で巧い。チェロと第1ヴァイオリンの静かな会話は、とても優雅。

第4楽章は快活なフィナーレ。見事なヴィヴァーチェ。
アダム・フィッシャーのとるテンポがイイ。あまり速くなりすぎず、元気よく爽やかな中に、典雅さが顔を出してくる。もっとも、これもハイドンの美質かな。
総じて,A・フィッシャーのハイドン全集は、性急にならないのが良い。古楽器団体のハイドンはフィナーレが嵐のような気分で終わってしまうものが多いのだが(それはそれで悪くはないのだけれど)、フィッシャーのは無理せずに、穏やかさや優しさを感じさせながら交響曲を締めくくってゆく。そこがイイ。

残響が素晴らしく、ウットリしながら聴けます。
イイ録音と思います。幸福な気分になります。
それにしても素晴らしいのはエステルハージ宮。ハンガリーの貴族になった気分でも味わいますか・・・・・・・。
2008/02/23のBlog
暖かい一日でした。特に日中、職場の南側は日光がよく入って、大変暖かな一日でした。
こういう日は仕事がはかどる!
仕事の忙しさもいよいよピークでありますが、早春の気分の良い一日、バリバリこなせますね。

さて、今日はラヴェルです。

ラヴェルの「ボレロ」。
シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団の演奏。
1981年7月、モントリオールでの録音。DECCA原盤。日本のロンドン・レコード発売のLP盤から。

小太鼓が叩き続けるリズムに乗って、次々に楽器が飛び出てくる実に楽しい音楽。管楽器のファッション・ショーのような曲。次々にスタイルの良い美人が出てきて(そう、ラヴェルのオーケストレーションだと、楽器はみんなオシャレでキュートでカッコイイ・・・・ノダ)、聴き手をウットリさせる名曲。僕は蕩けてしまうなぁ・・・。

冒頭のフルートは清楚な美人、クラリネットは上品な美女、ファゴットはふだんはしっかり者なのに、この曲だとセクシー度が増してくる。
Esクラリネットは色白の美人で、オーボエ・ダモーレは歌の上手な若奥さん。
続けて出てくるテナーとソプラノのサクソフォンは、色気たっぷり、妖艶な微笑みが印象的。

ピッコロ2本とホルンが奏でる不思議な音色。初めて聴いたときは、何の音か見当もつかなかった僕はド素人だが、あとでその組み合わせを知ったとき、心底ラヴェルは音の画家やわい・・・と思ったものだ。同時に、クラシック音楽には、「音色」を聴く楽しみもあることを、僕は知ったのだった。昔々・・・・。

お待ちかねトロンボーンも巧いこと!待たされたあげくに、強い音で吹かなくちゃならんのだから、実演では緊張するんだろうなぁ・・・。

などと思いつつ、デュトワ盤を聴いておりました。
いつ聴いても、デュトワ/OSMのラヴェルはエレガントでオシャレ。
フランス人のエスプリを、今この人ほど上手に聴かせる人はいないんじゃないかな。
オーケストラも抜群に上手い。音も綺麗。アンサンブルも素晴らしい。

録音も最高レベルであります。
音場は深く広く、定位も良く、音は大変鮮やか。少し人工的かなという気もしますが、そこはDECCA的なものでしょう。音の鮮度はまったく瑞々しく、残響も美しい、色で云えばピンク色。
ダイナミック・レンジも広大で、ラストの大爆発では部屋が震えました。

<ラヴェルの「ボレロ」もいくつか聴いてきました♪>
■クリュイタンス/パリ音楽院管
■ミュンシュ/ボストン響
■マゼール/ウイーン・フィル
2008/02/22のBlog
暖かくなりました。日中は13度まで上がりました。
春を感じる陽気、今日まで続きそうです。次男坊が帰省して、家族が揃いました。3月末まで賑やかさを楽しめそうです。

さて、最近聴くことが多いバレンボイムの演奏であります。

シューベルトの交響曲第9番 ハ長調 D.944「グレート」。
ダニエル・バレンボイム指揮ベルリン・フィルの演奏。
1985年10月、フィルハーモニーでの録音。CBSソニー原盤。
バレンボイムは、1984年~85年にベルリン・フィルとシューベルトの交響曲全集を完成させていた。
当時、ポスト・カラヤンは誰かと話題になっていたが、バレンボイムもいよいよベルリン・フィルと録音を始めたので(このシューベルトの前には「幻想交響曲」などがあった)、若手の候補者の一人と目されていたのだった。

第1楽章の序奏が遅い。大変遅く、ゆったり堂々と始まる。スケールはまさに「グレート」。もったいぶった感じもある。
主部にはいるところでアッチェランド、テンポはどんどん速くなって、シューベルトの美しい旋律が顔を出す。メランコリックな感じもする。
ベルリン・フィルの弦がイイ。細く、しなやかな響きで、よく伸びてゆく。音色も透明感があって、色に例えれば薄緑色。若葉が爽やかな風に揺れている風景を思わせるような、美しい音が部屋に広がってゆく。特にヴァイオリン群がイイ。絶好調と思う。
楽章後半になると、オケ全体がこなれてきて、楽器の溶け合いが良くなってくる。渾然一体となった美しいオーケストラが出現、ああ、ベルリン・フィルは素晴らしいオケだなぁと思う。弦も管も上手いし、音はまろやかで、しかも芯が靱い。

第2楽章は強弱の差が大きく、実にダイナミック。フォルティシモは激しく、ピアニシモは優しくデリケート。バレンボイムの指揮の手本はフルトヴェングラーというが、この辺はそのことを彷彿とさせる。
ただ、テンポは揺らさない。伸縮も少ない。その点では、ロマンティックに行くのではなく、格調高く古典的にやりたいと思っているようだ。仕上げはスタイリッシュでカッコイイ音楽になってゆく。

第3楽章は流麗な演奏のスケルツォ。シューベルトの歌が溢れる。音楽はゴツゴツしていないので、都会的で洗練されている感じ。木管セクションが非常に良い。特にフルートは絶品。これ、誰のフルートかな。

フィナーレは、凄まじい盛り上がり。しかも快速。速い、速い、めくるめく音響。
ここではテンポも自在に伸縮して面白い。反復もある。巨大なオーケストラの渦の中に放り込まれたような錯覚に陥る。さすがにこの曲は「グレート」、天国的に長いのだ。

録音は上々であります。
音色はとても美しく、響きも良いです。奥行き感がもう少し欲しい感じもします。
ステージに並ぶオーケストラが、やや平面的で、ペタッとした感じです。
ヴァイオリン群の響きは最高で、大音量で聴いていると、ベルリン・フィルのしなやかで張りのある弦楽アンサンブル、その美しさが部屋一杯に広がります。これは、快感です。

<シューベルトの「グレート」は、9番の方がしっくり来ます・・・・>
◆ケンペ/ミュンヘン・フィル
◆ジュリーニ/バイエルン放送響
◆レヴァイン/シカゴ響
◆レーグナー/ベルリン放送響
◆スウィトナー/ベルリン・シュターツカペレ
◆ワルター/コロンビア響
◆デイヴィス/ボストン響
◆ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
◆ジュリーニ/シカゴ響
2008/02/21のBlog
暖かい一日でした。伊予路に早春到来であります。
職場の紅梅が満開、これがエエ匂いなんです。桜木の芽もふくらんできたような気もします。早春です。若者の季節です。長男も間もなく大学卒業、次男も春休みに入って豊中から戻りました。若いってのはええなぁ・・・。

そこで、今日はマーラーの交響曲第1番 ニ長調「巨人」。
ズービン・メータ指揮イスラエル・フィルの演奏。
1974年の録音、DECCA盤。

マーラーの「巨人」は青春の交響曲。ブルーノ・ワルターはこの曲を「マーラーのウェルテル」と云ったそうな。僕は、この交響曲を聴くと、自分の若かった頃を思い出す。青葉繁れるような音楽と思う。

マーラーにいたく親しむようになったのは、この十数年のことで、それまでよく聴くのははこの「巨人」と4番交響曲くらいのものだった。二つとも旋律が親しみやすかったからと思う。
他の交響曲は、ただ長く、聴き通すことが出来なかった。ショルティやクーベリック、テンシュテットの全集を持ってはいたが、時々取り出す程度。難しかったんだなぁ、マーラーは。

ところがブログ全盛の昨今、方々のブログを拝見すると、小学生の頃からマーラーを聴いている、なんて文章がある。スゴイもんだなぁ。早熟というか、音楽的な才能が豊かなんだろうなぁ。
僕は分からなんだなぁ・・・・長くて飽きてしまったなぁ・・・・。

でも、「巨人」は分かった(・・・・・分かったような気がした、と云うべきか)。
メロディが綺麗だったし、マーラーの想いがストレートに反映している感じだったし、第3楽章の旋律などは聴き慣れていたし・・・二十歳過ぎにクラシック音楽に目覚めた僕にも、理解できた(その点では僕は晩稲(おくて)だったと思います)。それまで、クラシック音楽の素養もなく、クラシック音楽を聴く環境にも育たず・・・・・そんな自分にも分かった。

だから、この曲を聴くと、想いは過去に遡ります。大学正門からのぼってゆくスロープ、まだ残っていた木造の校舎、記念会堂裏の小さなグラウンドでの練習(ワタクシはソフトボール部でありました。当時はまだ同好会だったが)、古本屋街の匂い、アバコ裏の雀荘、三品食堂の玉牛・・・・・。

前書きが長くなりました。
さて、メータの「巨人」です。

これは大変精力的で元気が良い「巨人」。
クドクドしない、直截的なマーラー。ズバッと切れ込んでくる感じ。
踏み込み十分で熱気一杯。テンポは伸縮自在で、速いところでは一気呵成に畳み込んでくる。盛り上がることしきり。
ああ、メータも若い。そして上手い。聴かせどころで、ガーッと煽ってくる。

オケも立派。イスラエル・フィルといえば弦。このしっとりしたシルクタッチの弦楽セクションの美しさは特筆に値すると思う。

DECCAの録音は今も鮮烈。大変カッコよく、メータのマーラーを捉えています。
弦も管も大変美しく、鮮やか。瑞々しいです。
今から30年以上も昔の録音とはとても思えないです。

あ、グランカッサの強烈な一発もスゴイです。ボリューム注意であります。


※マーラーの「巨人」、自己リンクです※
■レヴァイン/ロンドン響
■ヨンダーニ・バット/ロンドン響
■ワルター/コロンビア響
■オーマンディ/フィラデルフィア管
■ギーレン/南西ドイツ放送響
■アバド/シカゴ響
■ショルティ/シカゴ響
■ジュリーニ/シカゴ響
■ハイティンク/ベルリン・フィル
■若杉弘/ドレスデン・シュターツカペレ
■岡城千歳のピアノ編曲盤
■エド・デ・ワールト/オランダ放送フィル
2008/02/20のBlog
昨日は「雨水」でした。雪が溶けて雨に、氷が溶けて水に・・・・・。春は近いです。
四国伊予路も暖かな陽気でした。次に来るのは「啓蟄」。冬も終わります。

と気づいて、お、今のうちにチャイコフスキーを聴いておこうと思ったのです・・・。

チャイコフスキーの交響曲第6番 ロ短調 作品74「悲愴」。
ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1978年10月、コンセルトヘボウでの録音。フィリップス盤。

ロシアの名曲を西欧のオケが演奏した、最もスタンダードな名演奏。
指揮は誠実実直、オケは機能抜群で、特に互いを聴き合わせるアンサンブルに優れ、録音ホールは名にし負うアムステルダム・コンセルトヘボウ。何度聴いても飽きない、聴けば聴くほど味が出てくる演奏、そしてジンワリと感動が湧いてくる名演奏と思う。

第1楽章など、真面目にきちんとやっているだけなのに、豊かに音楽が広がってゆく。序奏部のゆったりとしたフレージングなどは、大変気持ちよい。展開部も迫力十分。楽器のバランスも完璧で、過不足なく鳴っている。そして、大音量の中で、個々の楽器が「則を越えない」誠実さ、確かさで迫ってくる。これこそ、ハイティンクの美質と思う。確かな手応えがある演奏だと思う。

第2楽章は、コンセルトヘボウ管の弦楽セクションのほの暗い、柔らかい響きを楽しめる。チェロの深々とした音が実に美しく、そして清潔。ハイティンクのテンポもイイ。慌てず、急がず、そしてドロドロせず、聴いていて全く心地よいテンポ。そして、聴きながら、弦楽合奏に身を委ねる快感。何物にも代え難い喜びでもある。

第3楽章は迫力満点だが、バカ騒ぎにならず、あくまでも端正まとめられてゆく。力業グイグイなら、いとも簡単に出来そうなオケなのに、あえて強さより美しさを追求するハイティンクや、良し。

フィナーレの弦楽合奏も大変美しい。ハイティンクは妙に深刻ぶらず、スタイリッシュに仕上げてゆく。もともと深刻な音楽だから、慟哭・号泣にしてしまったら、聴いていて胃がもたれてしまう。淡々とやってくれるからこそ、感動も深まる。ハイティンクの「悲愴」は静かに感興が盛り上がってゆく。そういう演奏なのだと思う。
(もっと泣きたければ、バーンスタイン盤とかフリッチャイ盤があるでしょ。)

アナログ全盛期の録音が素晴らしいです。
空間の広がり、楽器の定位、高さなどもよく出ていて、ステージを彷彿とさせる仕上がりです。そして、コンセルトヘボウに溶けてゆく残響がまた美しく、実に柔らかい音なのもイイです。
何度聴いても素晴らしい、自然な音だと思います。さすがフィリップス、名録音でしょう。
今日はCDで聴いておりました。LPも良いんですが、CD化も成功していると思います。今日のはいわゆるCD初期盤というんでしょうか。


『200CD オーケストラの秘密』(立風書房)によれば(P183)、ハイティンクは第1楽章の展開部直前、クラリネットのあとに出てくるファゴット(pが6つ!)の弱音を、きちんとファゴットを使って吹かせてます。殆どのオケでは、ここをバス・クラリネットで吹かせるそうです。ファゴットでは非常に難しいんでしょう。
それを、ハイティンクは、楽譜通りにファゴットに吹かせる・・・・そういう誠実な話を読むと、いっそう、ハイティンクが好きになります。

<チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」の自己リンクです>
■小沢征爾/パリ管
■カラヤン/ベルリン・フィル(1971年 EMI)
■ベーム/ロンドン響
■ザンデルリンク/ベルリン響
■オーマンディ/フィラデルフィア管
■ムラヴィンスキー/レニングラード・フィル
■ジュリーニ/ロサンゼルス・フィル
■ロストロポーヴィチ/ロンドン・フィル
2008/02/19のBlog
夕暮れが少し遅くなってきました。日が延びてきたのは、春の兆しでしょう。
さて、今日はLPを取り出しております。

ブルックナーの交響曲第5番 変ロ長調 <原典版>。
ダニエル・バレンボイム指揮シカゴ交響楽団の演奏。
1977年12月、シカゴのオーケストラホールでの録音。DG原盤のLP2枚組。

バレンボイムは全集魔かな。
ベートーヴェンにシューベルト、ブラームス、ブルックナー、シューマンなど、独墺系の交響曲全集を次々に完成させた。マーラーは、これから全集として完成するのだろう。

ブルックナーの交響曲全集などは2度録音している。今日取り上げたLPは、1回目、シカゴ響との全集からのもの。彼は後にベルリン・フィルと再録音している。

ブルックナーの交響曲全集を2度も録音したのは、朝比奈隆にオイゲン・ヨッフムくらい、さて他にもいるのかな。バレンボイムは立派なブルックナー指揮者だろう。彼はフルトヴェングラーの信奉者でもある。このシカゴ響とのブルックナー全集では、フルトヴェングラーもかくやと思われるほど、激烈な表現やテンポの伸縮、豪快なアッチェランドなどが随所に聴けて大変面白い(トータルでは、端正で格調高いブルックナーなのだが)。

第1楽章は豪快な表現。逞しく、筋肉隆々のブルックナーが現れる。中世の城塞を思わせる交響曲なのだが、バレンボイムはテンポやダイナミクスをいろいろ変化させて、飽きさせない。

第2楽章は静謐さの中に様々なニュアンスを込めた表現がイイ。侘びしさや古めかしさ、特に望郷の心のような懐かしさ、或いは過去に思いをはせる感傷的な気分もある。全体的には厳粛で敬虔な表現と思うのだが、やはりここも聴いていて飽きない。面白い。

第3楽章スケルツォは、集中力に富んで、一気に聴かせてしまう感じ。バレンボイムの並々ならぬ力量は、ともすれば平面的で単純になりやすいスケルツォを、力強く、集中して作り上げてゆくところにあるのではないか。
内面から湧き上がってくる力が素晴らしい。オケのパワーも凄まじい。

第4楽章も素晴らしいフィナーレ。音楽が力強く盛り上がり、腰砕けにならない威容。音楽はますます充実し、オケの圧倒的な技量も披瀝される感じ。
スゴイ。これ、バレンボイムの傑作ではなかろうか。


1970年代のシカゴ響のDG録音には素晴らしいものが多いんです。
このLPも実にいい音がします。緻密にして豪快な音、弦の繊細さに加えて、金管がバリバリ鳴る心地よさ。ブルックナーはこういう音で聴きたいもの。ちとアメリカンな明るさが強い録音ですが、シカゴ響にヨーロッパ的なくすんだ響きを要求しても仕方ないでしょ。
ところで、この演奏、今は廃盤ですか?
CD化された全集、あまり見かけなくなりました。単品でも再発して欲しいところです。
2008/02/18のBlog
今日はホルストの組曲「惑星」。
冨田勲(シンセサイザー)の演奏。1976年録音、国内発売1977年のLP盤。
原盤はRCA。
懐かしいLPであります。

クラシック音楽を聴くようになる前は、「髪を伸ばし、ギターを弾き、ベルボトムをはいて」フォークソングやニュー・ミュージック(当時の呼称ですな。もはや死語だが)を聴く少年でありました。そういう格好であれば、女のコにもてるんではないかと錯覚していた時代でもありましたな。ちっとももてなかったが・・・・ガハハ。
洋楽ポップス、ロックなども聴いておりまして、当時の少年としては当然のごとくビートルズを聴き、ツェッペリンを聴き、ディープ・パープルを聴き、イギリス系のいわゆるブリティッシュ・ロックなどはよく聴いたもんです。そしてプログレッシブ・ロック。ピンク・フロイドやイエス、タンジェリン・ドリーム、特に、EL&Pは格好良かったなぁ。ELTじゃないですよ(僕は持田香織も嫌いじゃないが・・)。ELPです。エマーソン・レイク・アンド・パーマー。
そのELPの「展覧会の絵」は凄かった。見事なシンセサイザー。今聴いても、素晴らしいアレンジ。最高やなぁと思います。

シンセサイザーがブームになりつつある頃でありました。
そして我が日本には冨田勲。彼の「展覧会の絵」も素晴らしかった。シンセサイザーの、今まで聴いたことがないような新しい音に衝撃を受けたもんです。

冨田勲といえば、「新日本紀行」や大河ドラマの「天と地と」や「新平家物語」、「勝海舟」などの作曲家としか知らなかったが(後年には「徳川家康」も作曲した)、1970年代半ば、クラシック音楽のシンセサイザー・アレンジ版で一気に時代の寵児となっていた。(僕は大河ドラマの音楽大好きです。「勝海舟」は今も最高の傑作と思うとります)

その冨田勲アレンジのホルスト「惑星」。
まさに宇宙幻想。ロケットの出発のところ(火星)から、宇宙旅行(金星と水星)、目的地への到達と喜び(木星)、異次元空間(土星)そしてまた宇宙幻想へ(天王星・海王星)。特に最初と最後のオルゴール(のような音)が印象的。それに「木星」での盛り上がりは大変に感動的。
初めて聴いたときは、原曲を知らなかったので(僕はまだクラシック音楽には無縁の高校生でありました)、シンセサイザーの音色にドキドキ、ワクワクしておりました。

今聴くと、これホンマによく出来ている編曲版と思います。
これまで沢山の「惑星」を聴いてきました。このブログにもそのうちに何枚かをエントリーしてきました。そんな耳で聴いても、この冨田勲盤は素晴らしい。

何しろカッコイイ。30年以上も昔の音楽とはとても思えないカッコ良さ。
「火星」や「金星」は、「そうか、そういうことだったか」と膝を叩く瞬間が沢山あります。「木星」のあのテーマのところなど、涙が出るほど感動的。宇宙の感動があります。ちと大げさかもしれませんが。

冨田勲は凄いなぁと思います。
録音は今も素晴らしいもの。
これこそ、僕が初めて聴いた「惑星」でありました。大好きな「惑星」の原点であります。


<「惑星」の過去のエントリーです>
●オーマンディ/フィラデルフィア管
●カラヤン/ウィーン・フィル
●ハイティンク/ロンドン・フィル
●カラヤン/ベルリン・フィル
●レヴァイン/シカゴ響
●ラトル/ベルリン・フィル
●ボールト/ロンドン・フィル
●佐渡裕/N響
●マゼール/フランス国立管
●マリナー/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
2008/02/17のBlog
アルフレート・ブレンデルが今年で引退だそうです
僕はブレンデルに、バッハモーツァルトやベートーヴェン、シューベルトのピアノ曲の楽しみを教わってきたので、感慨深いものがあります。シューベルトの即興曲をはじめ、ピアノ曲集は良かったなぁ・・・・。
それにベートーヴェンの協奏曲はハイティンクと組んだのも、レヴァインと再録音したのも良かったし(3番「皇帝」は名演)、ピアノ・ソナタ「月光」は思い出深いものがあります。モーツァルトの協奏曲集も廉価盤で買えるまとまったものはブレンデルのしかなくて、これは今も愛聴するところであります。

そのブレンデルが引退。月日がたったことを感じさせます。寂しいなぁ・・・・・。

そこで今日は彼の名演を。これ、昔『レコード芸術』(音楽之友社というべきか)のレコード・アカデミー賞だったものと思う・・・・・・。

ブラームスのピアノ協奏曲第1番 ニ短調 作品15。
アルフレート・ブレンデルのピアノ独奏、クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルの演奏。
1986年9月、ベルリン・フィルハーモニーでの録音。フィリップス盤。

ブレンデルの重心の低い音が印象的。
モーツァルトやベートーヴェンで聴かせたクリアで輝く音に比べて、ブレンデルはブラームスに対しては重く強い音で一貫している。また、響きは美しいのだが、それに頼ることなく、ガッチリした構成力で勝負しているような感じも受ける。

ブラームスの若いロマンが一杯詰まったこの曲を、ブレンデルは力強く弾ききる。ブラームスにとっては云いたいことが沢山あったのだろう、このピアノ協奏曲第1番には、音符が多い。それをブレンデルは汲み取りながら、堂々と弾いてゆく。作曲家に忠実、そして作曲家の心に思いをはせながら、ひたすら真摯に懸命に。
その演奏姿勢こそ、ブレンデルが知性派と称される由縁だろう。だから、この演奏は、聴いていてとても清々しい。

迫力満点で説得力が強い第1楽章もイイのだが、より、ブレンデルに向いているのは第2楽章か。心洗われるようなアダージョ。
永遠の浄福を祈る敬虔さから、青春特有の頬が火照るような情感の高まりまで、まさにロマン一杯のアダージョになっている。そして、音楽のフォルムは高貴なまでにスタイリッシュ。ああ、これぞ知性派ブレンデル。

アバド/BPOの伴奏は清新で美しい。ブレンデルのピアノの変化に合わせて、響きが変わってゆく。しなやかな反応と思う。そして、シンフォニックでスケールも大きい。
ブラームスもこのくらい上手いオーケストラ伴奏で、この第1協奏曲をやってくれたら本望だろう。
静謐なところも抜群の美しさ。アバドのフレキシブルな指揮が光る。

録音は上々です。
フィリップスらしく、落ち着いた渋い音づくり。豪華さや鮮烈さはないものの、楽器の定位は良く、実際のステージではこんな風に聞こえるんだろうなぁと思いました。

今日はリンクの多いエントリーになりました。煩雑でスンマセン。
2008/02/16のBlog
寒い日が続きます。そして、仕事は1月下旬から激務であります。
それでも、家に帰ればクラシック音楽を聴ける。
有り難いことと思います。

さて、今日はモーツァルトです。

モーツァルトの交響曲第40番 ト短調 K.550。
ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響の演奏。
1980年9月、ミュンヘンのヘルクレスザールでの録音。CBSソニーのLP盤。
ベスト・クラシック100という、ソニーの2000円盤だった。

クーベリックのK.550は、高貴な哀しみを歌う。
女々しくなく、安っぽくなく、お涙頂戴の浪花節でもなく、淡々と演奏する中に崇高な悲哀が宿る、そんな演奏。精神の気高さとでも云いたいほど、格調高く、惻々とした哀しみが伝わってくる。

第1楽章は、ゆったりとして先を急ぐことなく、着実に歩んでゆく。
堂々とした歩みだが、ことさら威容を見せつけるわけでもなく、スケールを大きくしようともしていない。ただ哀しみの感情が語られてゆくだけだ。
一聴、淡々。しかし、そこにはモーツァルトが見ただろう人生の深淵のようなもの、ゾッとするような恐ろしい感情が流れている。
演奏はあくまでも端正で上品。嘆き節はないし、感情むき出しでもない。デモーニッシュなところを聴かせようとしてもいない。おそらくスコアそのものの演奏。でも、それだけで音楽の深さを聴かせてくれるクーベリックを、僕はスゴイと思う。

第2楽章はセピア色の心象風景。モノクロ写真のような味わい深さ。演奏は質実剛健で、妙な飾り立て・演出はない。淡々としてるだけに、音楽の格調が高くなる。
ヴァイオリンの両翼配置も良い。音楽が大きく広がってゆく。歩みはゆったりとして、克明な演奏であって、クーベリック貫禄のバトンと云うべきか。

第3楽章のメヌエットも落ち着いたテンポが心地よい。ホルンの音にもコクがあって、心地よい響きを作り出している。

そしてフィナーレ。様々な思いが一杯詰まった感じの演奏。
バイエルン放送響のアンサンブルがよいのだろう、スッキリと爽快なアレグロ・アッサイになっている。ヴァイオリンの両翼配置がここでも生きていて。弦楽セクションがなにをしているのかがよく見える感じ。

録音は上々。録音当時は、モーツァルトの交響曲として最高レベルの音だったと思います。
しっとりとして、実に聴きやすい音です。
ヴァイオリン・セクションなど、潤いがあって、落ち着いた響き。やや渋めのモーツァルトと言えるかもしれません。
国内盤ですが、今も十分通用する音と思います。

<クーベリック/バイエルン放送響のモーツァルトです>
■交響曲第36番「リンツ」
■交響曲第39番
■交響曲第41番「ジュピター」

残すは「ハフナー」と「プラハ」2つになりました。
2008/02/15のBlog
寒い日が続きます。来週後半からは春めくとの予報もありますが、ここ数日は我慢のようです。特に北国は大変そうです。雪国からコメントを下さる方もおいでます。お見舞い申し上げます。

温暖な伊予西条でも薄氷が張ります。ああ、もっと凍ると滑れそうやなぁ・・・・