Blog
2008/03/04のBlog
[ 05:45 ]
[ 声楽曲・オペラ ]
伊予路はひどい黄砂でした。
雨も一緒だったので、車が汚れて大変でした(僕のは車は白なのです)。
雨のあとも、空はどんより薄日状態で視界が悪いほどでありました。
黄砂といえば春の兆しなんですが、ここまで降るとちと困りますな。
さて、今日はオペラを聴いてます。
(僕は聴くのが主で、あまり観んのです)
ヴェルディの歌劇「椿姫」。
ロリン・マゼール指揮ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団、合唱団の演奏。
ピラール・ローレンガー (ソプラノ)、ジャコモ・アラガル(テノール)、ディートリッヒ=フィッシャー・ディースカウ(バリトン)らが出演。
1968年の録音、DECCA原盤。
マゼールの若々しい情熱と、強烈な表現意欲が前面に出てきて、劇的に盛り上がる演奏になっている。
歌手は素晴らしい。
ヒロインのヴィオレッタにスペインの名花、ピラール・ローレンガー。やや硬質で透明感のある歌声は、ゾクゾクするほど素晴らしい。高音の美しさは絶品。
あの有名なカヴァレッタにアリア、「ああ、そはかの人か~花から花へ」など最高。巧いし、綺麗だし、声に張りがあるし、もう云うことなし。
ヴィオレッタの輝かしいばかりの美しさと、その中に息づく可憐な乙女心・・・・見事に表現していると思う。ただ美しいだけではない、心の揺れ動く様を声で表出する歌手はあまりいないんじゃないか。
アルフレート役のアラガルも輝かしい声で、情熱的。ヴェルディの歌劇にふさわしいテノールと思う。
そして存在感が強いのは、フィッシャー・ディースカウ。声が綺麗すぎて、田舎紳士というより、都会の洗練された貴族のようなジェルモンなのだが、巧いことこの上なし。もう、めちゃくちゃ巧い。ヴィオレッタとのデュエット「紙は天使のような清らかな・・・・」は名唱。そして、名曲「プロヴァンスの海と陸」は、子を思う親心が切々と伝わってきて、ホロリとさせられる。
聴き手もトシを取りました。自分はアルフレートのつもりでいたのに、いつの間にか、ジェルモンになってしまっておりました・・・・・・。
ラストの、アルフレート帰ってくるところは涙なしには聴けません。
召使のアンニーナとの会話から、ヴィオレッタが「アルフレート!」と叫ぶところ・・・・たまりません。
録音は今も上々です。
さすがDECCA、今も瑞々しい声で、この歌劇を聴くことが出来ます。
昔はLPで聴いておりましたが、オペラはやはりCDが便利。LPをとっかえひっかえ・・・・は面倒くさくなってしまいました(^^ゞ
でも、演奏は、素晴らしい。今聴いても涙が出ます。
昔、庄司薫の「赤頭巾ちゃん」シリーズ、全部読みました。その中で、薫君が「椿姫」を読んで涙してしまう・・・という部分が出てきます。
それがきっかけで、デュマ・フィスの原作を読みました。これも泣けましたが、ヴェルディの歌劇の方が、感動的だった思い出があります。
原作を超える感動、ヴェルディはスゴイ作曲家だと思います。
雨も一緒だったので、車が汚れて大変でした(僕のは車は白なのです)。
雨のあとも、空はどんより薄日状態で視界が悪いほどでありました。
黄砂といえば春の兆しなんですが、ここまで降るとちと困りますな。
さて、今日はオペラを聴いてます。
(僕は聴くのが主で、あまり観んのです)
ヴェルディの歌劇「椿姫」。
ロリン・マゼール指揮ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団、合唱団の演奏。
ピラール・ローレンガー (ソプラノ)、ジャコモ・アラガル(テノール)、ディートリッヒ=フィッシャー・ディースカウ(バリトン)らが出演。
1968年の録音、DECCA原盤。
マゼールの若々しい情熱と、強烈な表現意欲が前面に出てきて、劇的に盛り上がる演奏になっている。
歌手は素晴らしい。
ヒロインのヴィオレッタにスペインの名花、ピラール・ローレンガー。やや硬質で透明感のある歌声は、ゾクゾクするほど素晴らしい。高音の美しさは絶品。
あの有名なカヴァレッタにアリア、「ああ、そはかの人か~花から花へ」など最高。巧いし、綺麗だし、声に張りがあるし、もう云うことなし。
ヴィオレッタの輝かしいばかりの美しさと、その中に息づく可憐な乙女心・・・・見事に表現していると思う。ただ美しいだけではない、心の揺れ動く様を声で表出する歌手はあまりいないんじゃないか。
アルフレート役のアラガルも輝かしい声で、情熱的。ヴェルディの歌劇にふさわしいテノールと思う。
そして存在感が強いのは、フィッシャー・ディースカウ。声が綺麗すぎて、田舎紳士というより、都会の洗練された貴族のようなジェルモンなのだが、巧いことこの上なし。もう、めちゃくちゃ巧い。ヴィオレッタとのデュエット「紙は天使のような清らかな・・・・」は名唱。そして、名曲「プロヴァンスの海と陸」は、子を思う親心が切々と伝わってきて、ホロリとさせられる。
聴き手もトシを取りました。自分はアルフレートのつもりでいたのに、いつの間にか、ジェルモンになってしまっておりました・・・・・・。
ラストの、アルフレート帰ってくるところは涙なしには聴けません。
召使のアンニーナとの会話から、ヴィオレッタが「アルフレート!」と叫ぶところ・・・・たまりません。
録音は今も上々です。
さすがDECCA、今も瑞々しい声で、この歌劇を聴くことが出来ます。
昔はLPで聴いておりましたが、オペラはやはりCDが便利。LPをとっかえひっかえ・・・・は面倒くさくなってしまいました(^^ゞ
でも、演奏は、素晴らしい。今聴いても涙が出ます。
昔、庄司薫の「赤頭巾ちゃん」シリーズ、全部読みました。その中で、薫君が「椿姫」を読んで涙してしまう・・・という部分が出てきます。
それがきっかけで、デュマ・フィスの原作を読みました。これも泣けましたが、ヴェルディの歌劇の方が、感動的だった思い出があります。
原作を超える感動、ヴェルディはスゴイ作曲家だと思います。
2008/03/03のBlog
[ 04:44 ]
[ 室内楽曲 ]
吉田秀和の名著『LP300選』を読み返してみると、実に面白い。
僕が読んでいるのは新潮文庫版、奥付には「昭和56年2月」とある。あのころ、新潮文庫は熱心に吉田秀和の著作を文庫化してくれて、ビンボー学生の僕には非常に有り難かった。なにせ、白水社の本は高かったから・・・・・・・。
その冒頭の音楽史の部分とラストの現代曲については、今読んでも難しいのだが、バッハ以降はとても面白い。自分が好きな時代、音楽家の話になると特に面白い。
ベートーヴェンでは、チェロ・ソナタが1曲採られておりました。そこで、今日は・・・・・・。
ベートーヴェンのチェロ・ソナタ第3番 イ長調 作品69。
ポール・トゥルトゥリエ(Vc)、エリック・ハイドシェック(Pf)の演奏。
全集は1971~72年、パリ、サル・ワグラムでの録音。EMI盤。
この曲はもちろんチェロがメインなのだが、この演奏に関しては、ピアノがずいぶん前に出てくる。実に雄弁。そして、音色が非常に美しく印象的。録音もピアノに関してはすごくイイ。弦楽器のピアノによるソナタの録音は、ピアノが奥に引っ込んでしまって、巧くバランスが取れていないものが多いのだが、この録音は上々だと思う。コンサート・プレゼンスに優れた録音と思う。
(EMIの録音にしては特に良い。・・・・って、この録音はフランスのパテ・マルコーニかな?)
トゥルトゥリエのチェロが真ん中に、ハイドシェックのピアノはその左手後方に控える。見事な臨場感と思う。音の粒だちも良い。
トゥルトゥリエはスケールはあまり大きくないが、きっちりとコンパクトに弾いている感じ。音楽の柄は、ソリストというより、室内楽向きのタイプなのかもしれない。
第1楽章はアレグロ・マ・ノン・タント。
チェロの深々とした響きと、ピアノはロマンティックな歌い回しが、微妙に重なり合って面白い感じ。
第2楽章はスケルツォ。快活なリズムで、いかにもベートーヴェンらしいスケルツォになっていて面白い。
第3楽章に入ると、両者ますます好調。特にアレグロ・ヴィヴァーチェのところが良い。ハイドシェックのピアノはさすがと言うべきか、速いところの目眩くような指の動きが、実にカッコイイ。これは彼のモーツァルトのピアノ協奏曲でも云えたことだが。
フィナーレなど、惚れ惚れする。
録音はそういうわけで、良好です。
アナログ時代・LP時代のEMIの録音は、イイものが多いんです。我が家の機器との相性がよいのかもしれませんが。
週末から大学を卒業する息子とのんびり温泉につかっておりました。
もう茹だってしまうほどであります。
仕事にもネットにも関係のない生活というのも、エエもんだなぁと思ったのでありました。
僕が読んでいるのは新潮文庫版、奥付には「昭和56年2月」とある。あのころ、新潮文庫は熱心に吉田秀和の著作を文庫化してくれて、ビンボー学生の僕には非常に有り難かった。なにせ、白水社の本は高かったから・・・・・・・。
その冒頭の音楽史の部分とラストの現代曲については、今読んでも難しいのだが、バッハ以降はとても面白い。自分が好きな時代、音楽家の話になると特に面白い。
ベートーヴェンでは、チェロ・ソナタが1曲採られておりました。そこで、今日は・・・・・・。
ベートーヴェンのチェロ・ソナタ第3番 イ長調 作品69。
ポール・トゥルトゥリエ(Vc)、エリック・ハイドシェック(Pf)の演奏。
全集は1971~72年、パリ、サル・ワグラムでの録音。EMI盤。
この曲はもちろんチェロがメインなのだが、この演奏に関しては、ピアノがずいぶん前に出てくる。実に雄弁。そして、音色が非常に美しく印象的。録音もピアノに関してはすごくイイ。弦楽器のピアノによるソナタの録音は、ピアノが奥に引っ込んでしまって、巧くバランスが取れていないものが多いのだが、この録音は上々だと思う。コンサート・プレゼンスに優れた録音と思う。
(EMIの録音にしては特に良い。・・・・って、この録音はフランスのパテ・マルコーニかな?)
トゥルトゥリエのチェロが真ん中に、ハイドシェックのピアノはその左手後方に控える。見事な臨場感と思う。音の粒だちも良い。
トゥルトゥリエはスケールはあまり大きくないが、きっちりとコンパクトに弾いている感じ。音楽の柄は、ソリストというより、室内楽向きのタイプなのかもしれない。
第1楽章はアレグロ・マ・ノン・タント。
チェロの深々とした響きと、ピアノはロマンティックな歌い回しが、微妙に重なり合って面白い感じ。
第2楽章はスケルツォ。快活なリズムで、いかにもベートーヴェンらしいスケルツォになっていて面白い。
第3楽章に入ると、両者ますます好調。特にアレグロ・ヴィヴァーチェのところが良い。ハイドシェックのピアノはさすがと言うべきか、速いところの目眩くような指の動きが、実にカッコイイ。これは彼のモーツァルトのピアノ協奏曲でも云えたことだが。
フィナーレなど、惚れ惚れする。
録音はそういうわけで、良好です。
アナログ時代・LP時代のEMIの録音は、イイものが多いんです。我が家の機器との相性がよいのかもしれませんが。
週末から大学を卒業する息子とのんびり温泉につかっておりました。
もう茹だってしまうほどであります。
仕事にもネットにも関係のない生活というのも、エエもんだなぁと思ったのでありました。
2008/02/28のBlog
[ 05:43 ]
[ 器楽曲 ]
伊予路に寒さが戻ってきました。
三月末頃までは、暖かくなったり、寒くなったり・・・・・・いわゆる三寒四温が続くんでしょう。
グリュミオーのヴァイオリン名曲集。
アルトゥール・グリュミオーのヴァイオリン、イシュトヴァン・ハイデュのピアノ。
1970年代中心の録音と思われる。フィリップス盤。
今日はその中の名演奏を幾つかピックアップしてみます
「ツィゴイネルワイゼン」
むせび泣くヴァイオリン。さすがにグリュミオー、その音が綺麗。品良く泣く。
ヴァイオリンが喚いているような演奏もあるが、グリュミオーのヴァイオリンはあくまでも美しく泣く。泣き方にもセンスがあるなぁ。ハイデュのピアノは楚々としてこれも美しい。息のあったいいコンビだと思う。
ああ、サラサーテの旋律とリズムは鮮やかだ。ジプシー音楽を芸術に昇華させた名品と思う。
ツィゴイネルワイゼンといえば、思い出すのは(情けないが)少女漫画・・・・(^^ゞ。
昔々、クラシック音楽を聴き始めた頃、友人が少女漫画を貸してくれまして(お恥ずかしい話だが)、「愛のアランフェス」というタイトル。この話は以前に書きました。
そのヒロインはフィギュアスケートの天才少女。彼女が登場する場面で、「ツィゴイネルワイゼン」をバックに滑るんですな。僕は、当時、この曲を聴いたことがなかったので、レコード屋に走ったものです。それがグリュミオー盤でありました。
「精霊の踊り」
これも見事な節回し。聴き手の情感を刺激して、ホロッとさせる美しさ。グリュミオーのヴァイオリンはどこまでも伸びて艶やか。響きが特に綺麗。レガート、そしてポルタメントが見事に決まっている。
「ユモレスク」
これは小学校以来慣れ親しんだ名曲。昔懐かしい音楽。
グリュミオーは、こんな通俗名曲を格調高く弾く。ヴァイオリンが好きでたまらないんだ、という風情が聴き手に伝わってくる。聴いていて嬉しくなる。
商売っ気が聞こえてくる演奏は、聴いていて気分が悪いが、奏者が好きで楽しんでいるのが分かる演奏は、ホンマに心地よく聴ける。
「タイスの瞑想曲」
これはホンマに名曲。心の琴線をくすぐる名曲。万人が感動する名曲。イヤ、ホンマに綺麗な旋律。
マスネの歌劇は確かに名曲だが、それらがなくても、この一曲でマスネの名は永遠だろうと、僕は密かに思っとります。(僕は「ウェルテル」好きです。アルフレート・クラウスの絶唱!)
グリュミオーの弾き方は、アッサリとした淡泊系。テンポも速い。これほどの名曲、手練手管は必要ないと云わんばかり。
録音は上々です。
ヴァイオリンとピアノの録音は難しいと、昔オーディオ雑誌で読んだことがあります。(確かシェリングとヘブラーによるベートーヴェン、ヴァイオリン・ソナタ全集がレコード・アカデミー賞録音賞をとったときの論評だった)
フィリップスの見事な録音は、ヴァイオリンもピアノも美しく捉えております。古い録音になるとヒスノイズが気になりますが、これは仕方ないでしょう。
三月末頃までは、暖かくなったり、寒くなったり・・・・・・いわゆる三寒四温が続くんでしょう。
グリュミオーのヴァイオリン名曲集。
アルトゥール・グリュミオーのヴァイオリン、イシュトヴァン・ハイデュのピアノ。
1970年代中心の録音と思われる。フィリップス盤。
今日はその中の名演奏を幾つかピックアップしてみます
「ツィゴイネルワイゼン」
むせび泣くヴァイオリン。さすがにグリュミオー、その音が綺麗。品良く泣く。
ヴァイオリンが喚いているような演奏もあるが、グリュミオーのヴァイオリンはあくまでも美しく泣く。泣き方にもセンスがあるなぁ。ハイデュのピアノは楚々としてこれも美しい。息のあったいいコンビだと思う。
ああ、サラサーテの旋律とリズムは鮮やかだ。ジプシー音楽を芸術に昇華させた名品と思う。
ツィゴイネルワイゼンといえば、思い出すのは(情けないが)少女漫画・・・・(^^ゞ。
昔々、クラシック音楽を聴き始めた頃、友人が少女漫画を貸してくれまして(お恥ずかしい話だが)、「愛のアランフェス」というタイトル。この話は以前に書きました。
そのヒロインはフィギュアスケートの天才少女。彼女が登場する場面で、「ツィゴイネルワイゼン」をバックに滑るんですな。僕は、当時、この曲を聴いたことがなかったので、レコード屋に走ったものです。それがグリュミオー盤でありました。
「精霊の踊り」
これも見事な節回し。聴き手の情感を刺激して、ホロッとさせる美しさ。グリュミオーのヴァイオリンはどこまでも伸びて艶やか。響きが特に綺麗。レガート、そしてポルタメントが見事に決まっている。
「ユモレスク」
これは小学校以来慣れ親しんだ名曲。昔懐かしい音楽。
グリュミオーは、こんな通俗名曲を格調高く弾く。ヴァイオリンが好きでたまらないんだ、という風情が聴き手に伝わってくる。聴いていて嬉しくなる。
商売っ気が聞こえてくる演奏は、聴いていて気分が悪いが、奏者が好きで楽しんでいるのが分かる演奏は、ホンマに心地よく聴ける。
「タイスの瞑想曲」
これはホンマに名曲。心の琴線をくすぐる名曲。万人が感動する名曲。イヤ、ホンマに綺麗な旋律。
マスネの歌劇は確かに名曲だが、それらがなくても、この一曲でマスネの名は永遠だろうと、僕は密かに思っとります。(僕は「ウェルテル」好きです。アルフレート・クラウスの絶唱!)
グリュミオーの弾き方は、アッサリとした淡泊系。テンポも速い。これほどの名曲、手練手管は必要ないと云わんばかり。
録音は上々です。
ヴァイオリンとピアノの録音は難しいと、昔オーディオ雑誌で読んだことがあります。(確かシェリングとヘブラーによるベートーヴェン、ヴァイオリン・ソナタ全集がレコード・アカデミー賞録音賞をとったときの論評だった)
フィリップスの見事な録音は、ヴァイオリンもピアノも美しく捉えております。古い録音になるとヒスノイズが気になりますが、これは仕方ないでしょう。
2008/02/27のBlog
[ 05:46 ]
[ 交響曲 ]
雨でした。
早春の雨でした。しとしと一日降りました。
雨が降るたびに、四国伊予路は暖かくなっていきます。春です。
さて、今日はマーラーを取り出しました。
1990年代の録音、粒ぞろいの演奏で、よく出来た全集からのものです。
マーラーの交響曲第5番 嬰ハ短調。
エド・デ・ワールト指揮オランダ放送フィルの演奏。
1992年10月17日、アムステルダム・コンセルトヘボウでのライヴ録音。RCA盤の全集からの1枚。
第1楽章はゆったりとしたテンポで始まる。深々としたテンポ。しかし、粘りは少なく、もたれない。音楽の足取りは着実で、丁寧な演奏振りは好感が持てる。録音は、残響豊かなコンセルトヘボウでの実演らしく、響きがふっくらとしてとても豊かなのもイイ。
デ・ワールトの指揮は、メリハリがきいている。遅いところでの引きずるような歩みは、マーラーらしい感じ。リズムが重くならないのは良い。
第2楽章もテンポはやや遅め。ゆったりとした気分で進んでゆくのは第1楽章と同じ。ダイナミクスは大きく、フォルティシモでの表現は激烈。ただ、あまり嘆いたり喚いたりしないので、音楽の表現はスタイリッシュ。ワールトは、フォルム重視でやろうとしているようで、遅いテンポの中から、マーラーの書いた音符が見えてくるような感じ。聴いていて結構面白い。ヴァイオリンのソロは匂うような美しさ。惚れ惚れする。
第3楽章のスケルツォはホルン協奏曲のよう。このホルンは巧い。太く明るく朗々と歌う。この甘やかな音色と安定した響きは大変素晴らしい。オランダ放送フィルも前の2楽章に比べて調子が上がってきた感じで、音に熱気が出てくる。トランペットもイイし、弦楽セクションのトゥッティは、想いが込められているような熱さ。
その弦楽セクションが活躍するのが第4楽章アダージェット。演奏は叙情的で、ゆっくりとしたテンポと、それに沿った静謐な響きが素晴らしい。いい音だなあと思う。
オランダ放送フィル、素晴らしいオケと思う。オランダでは何番手になるのかな。コンセルトヘボウ管にロッテルダム・フィル、その次くらいに来る実力なんじゃないかな・・・・と思われる。
フィナーレは迫力十分。管弦楽の爆発も心地よい。ラストに向かって、熱い気持ちが音符に乗り移ってくる。しかし、演奏全体はあくまでもスタイリッシュで、新鮮な感じ。
このマーラー全集、エド・デ・ワールトの盤歴でも、屈指の名演奏と思われる。
録音は上々。残響成分が少し多いような感じなんですが、雰囲気豊かな演奏に聞こえます。
音楽は左右に広がり、音場は深々としていて、スケール豊か。聴いていてまことに心地よい。個々の楽器の音も、自然に録られている。
演奏データを見ると、一日の一発録りのようです。エエ録音と思います。
<マーラーの交響曲第5番 自己リンクです>
■ショルティ/シカゴ響
■ラトル/ベルリン・フィル
■カラヤン/ベルリン・フィル
■インバル/フランクフルト放送響
■スウィトナー/ベルリン・シュターツカペレ
■シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管
■テンシュテット/ロンドン・フィル
■バルビローリ/ニュー・フィルハーモニア管
■アバド/シカゴ響
■テンシュテット/ロンドン・フィル(LIVE)
早春の雨でした。しとしと一日降りました。
雨が降るたびに、四国伊予路は暖かくなっていきます。春です。
さて、今日はマーラーを取り出しました。
1990年代の録音、粒ぞろいの演奏で、よく出来た全集からのものです。
マーラーの交響曲第5番 嬰ハ短調。
エド・デ・ワールト指揮オランダ放送フィルの演奏。
1992年10月17日、アムステルダム・コンセルトヘボウでのライヴ録音。RCA盤の全集からの1枚。
第1楽章はゆったりとしたテンポで始まる。深々としたテンポ。しかし、粘りは少なく、もたれない。音楽の足取りは着実で、丁寧な演奏振りは好感が持てる。録音は、残響豊かなコンセルトヘボウでの実演らしく、響きがふっくらとしてとても豊かなのもイイ。
デ・ワールトの指揮は、メリハリがきいている。遅いところでの引きずるような歩みは、マーラーらしい感じ。リズムが重くならないのは良い。
第2楽章もテンポはやや遅め。ゆったりとした気分で進んでゆくのは第1楽章と同じ。ダイナミクスは大きく、フォルティシモでの表現は激烈。ただ、あまり嘆いたり喚いたりしないので、音楽の表現はスタイリッシュ。ワールトは、フォルム重視でやろうとしているようで、遅いテンポの中から、マーラーの書いた音符が見えてくるような感じ。聴いていて結構面白い。ヴァイオリンのソロは匂うような美しさ。惚れ惚れする。
第3楽章のスケルツォはホルン協奏曲のよう。このホルンは巧い。太く明るく朗々と歌う。この甘やかな音色と安定した響きは大変素晴らしい。オランダ放送フィルも前の2楽章に比べて調子が上がってきた感じで、音に熱気が出てくる。トランペットもイイし、弦楽セクションのトゥッティは、想いが込められているような熱さ。
その弦楽セクションが活躍するのが第4楽章アダージェット。演奏は叙情的で、ゆっくりとしたテンポと、それに沿った静謐な響きが素晴らしい。いい音だなあと思う。
オランダ放送フィル、素晴らしいオケと思う。オランダでは何番手になるのかな。コンセルトヘボウ管にロッテルダム・フィル、その次くらいに来る実力なんじゃないかな・・・・と思われる。
フィナーレは迫力十分。管弦楽の爆発も心地よい。ラストに向かって、熱い気持ちが音符に乗り移ってくる。しかし、演奏全体はあくまでもスタイリッシュで、新鮮な感じ。
このマーラー全集、エド・デ・ワールトの盤歴でも、屈指の名演奏と思われる。
録音は上々。残響成分が少し多いような感じなんですが、雰囲気豊かな演奏に聞こえます。
音楽は左右に広がり、音場は深々としていて、スケール豊か。聴いていてまことに心地よい。個々の楽器の音も、自然に録られている。
演奏データを見ると、一日の一発録りのようです。エエ録音と思います。
<マーラーの交響曲第5番 自己リンクです>
■ショルティ/シカゴ響
■ラトル/ベルリン・フィル
■カラヤン/ベルリン・フィル
■インバル/フランクフルト放送響
■スウィトナー/ベルリン・シュターツカペレ
■シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管
■テンシュテット/ロンドン・フィル
■バルビローリ/ニュー・フィルハーモニア管
■アバド/シカゴ響
■テンシュテット/ロンドン・フィル(LIVE)
2008/02/26のBlog
[ 05:27 ]
[ 交響曲 ]
気温は低いものの、日中は春の陽光が柔らかく差し込んできます。
僕の仕事場は南の窓側、ポカポカと暖かくデスクワークをしておりました。
さて、今日はモーツァルト。
モーツァルトの交響曲第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」。
オットー・クレンペラー指揮ウィーン・フィルの演奏。
1968年5月19日、ウィーン芸術週間でのライヴ録音。テスタメント盤。
音は貧しいステレオ録音。雑音も盛大。でもクレンペラーの偉大な演奏は十分に伝わってくる1枚。
スケール大きく、いつもながら素っ気ない感じなのだが、よく聴いていると、ウィーン・フィルが実によく歌っている。クレンペラーの棒に(おそらく無骨な棒に)しなやかに反応し、柔和な表情をたたええながら、美しいアンサンブルを繰り広げてゆく。ああ、ウィーン・フィルはいつだって美しい。
クレンペラーの音楽作りは無骨なものなのだが、この実演盤では、聴き手の予想を裏切るような暖かい歌が(それはあたかもワルターのような!)、随所に出てきて楽しい。結構、ライヴでは優しいんじゃないの・・・と合いの手を入れたくなる。
そしてテンポの伸縮。第1楽章など、適度に伸びたり縮んだり、時にグッとタメをつくったりするところもあって、面白い。スゴイのは、ウィーン・フィルがそれにピタリとついてゆくところ。開始早々は、アンサンブルが怪しく、あれれ?と思うのだが、曲が進むにつれて指揮とオケがピタッと合ってくる。それとともに、音楽の感興が盛り上がってゆくし、僕はクレンペラーの偉大さに引き込まれてゆく。
演奏そのものは、今の耳で聴くと大層ロマンティック。往年のスタイルという印象が強い。しかし、この演奏には確かにモーツァルトがいる。
見事なのは第2楽章。ゆったりとしたテンポの中で、大きく広い心に包まれてゆくような感覚に陥る。そして静かな抒情が流れてゆく。ウィーン・フィルの弦楽セクションがまた絶品の味わい。貧しい録音の中から、潤いのある響きが聞こえてくる。
フィナーレはテンポが自在に変化して、実に面白い。楽章冒頭は激烈な速さ。それが急に遅くなって、堂々たるフーガを形成してゆく。さすがにクレンペラー、巨匠的な表現と思う。偉大なフーガだ。
というわけで、録音が貧しいのは致し方なしとして、クレンペラーの個性は十分に伝わってきます。
今から40年前のライヴ録音としては、上等でしょう。
スゴイ「ジュピター」でした。
スパム・コメント、相変わらず多いです。
ダミー記事も効果ありません。いやはや、困ったもんです。
僕の仕事場は南の窓側、ポカポカと暖かくデスクワークをしておりました。
さて、今日はモーツァルト。
モーツァルトの交響曲第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」。
オットー・クレンペラー指揮ウィーン・フィルの演奏。
1968年5月19日、ウィーン芸術週間でのライヴ録音。テスタメント盤。
音は貧しいステレオ録音。雑音も盛大。でもクレンペラーの偉大な演奏は十分に伝わってくる1枚。
スケール大きく、いつもながら素っ気ない感じなのだが、よく聴いていると、ウィーン・フィルが実によく歌っている。クレンペラーの棒に(おそらく無骨な棒に)しなやかに反応し、柔和な表情をたたええながら、美しいアンサンブルを繰り広げてゆく。ああ、ウィーン・フィルはいつだって美しい。
クレンペラーの音楽作りは無骨なものなのだが、この実演盤では、聴き手の予想を裏切るような暖かい歌が(それはあたかもワルターのような!)、随所に出てきて楽しい。結構、ライヴでは優しいんじゃないの・・・と合いの手を入れたくなる。
そしてテンポの伸縮。第1楽章など、適度に伸びたり縮んだり、時にグッとタメをつくったりするところもあって、面白い。スゴイのは、ウィーン・フィルがそれにピタリとついてゆくところ。開始早々は、アンサンブルが怪しく、あれれ?と思うのだが、曲が進むにつれて指揮とオケがピタッと合ってくる。それとともに、音楽の感興が盛り上がってゆくし、僕はクレンペラーの偉大さに引き込まれてゆく。
演奏そのものは、今の耳で聴くと大層ロマンティック。往年のスタイルという印象が強い。しかし、この演奏には確かにモーツァルトがいる。
見事なのは第2楽章。ゆったりとしたテンポの中で、大きく広い心に包まれてゆくような感覚に陥る。そして静かな抒情が流れてゆく。ウィーン・フィルの弦楽セクションがまた絶品の味わい。貧しい録音の中から、潤いのある響きが聞こえてくる。
フィナーレはテンポが自在に変化して、実に面白い。楽章冒頭は激烈な速さ。それが急に遅くなって、堂々たるフーガを形成してゆく。さすがにクレンペラー、巨匠的な表現と思う。偉大なフーガだ。
というわけで、録音が貧しいのは致し方なしとして、クレンペラーの個性は十分に伝わってきます。
今から40年前のライヴ録音としては、上等でしょう。
スゴイ「ジュピター」でした。
スパム・コメント、相変わらず多いです。
ダミー記事も効果ありません。いやはや、困ったもんです。
2008/02/25のBlog
[ 06:01 ]
[ 交響曲 ]
寒さが戻ってきました。土曜日は冬の嵐、日曜日の朝の冷え込みはきつかったです・・・。
少し早いのですが、亡父の一周忌をしました。祖母の十三回忌も一緒に。
法事となると、我が家は一族の宗家なので、親戚筋が沢山集まります。なかなか大変です。ちと疲れました。しかし、親族は寒い中、駆けつけてくれるわけで、有り難いことであります。
さて、今日は早春を思わせる爽やかな音楽を。
シューベルトの交響曲第5番 変ロ長調 D.485。
ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団の演奏。
1961年の録音。CBS盤。カップリングは「未完成」。(「未完成」のオケはニューヨーク・フィルハーモニック)
第1楽章の冒頭がとても遅く、アンダンテのよう。
ところがクレッシェンドとともにアッチェランドがかかって、急速になる。ワルターがテンポを自在に伸縮させるので、聴いていて楽しい。ロマンティックな解釈と思う。
そして、何より、ワルターの歌。音符の一つひとつが歌われているような感じ。しかも暖かい。適度なレガートも音楽に優しい表情与えてゆく。春の息吹のように、爽やかに、そして暖かく、風が吹き抜けてゆく。これぞ、ワルターの微笑みと思う。
第2楽章はその点でワルターの本領かな。アンダンテ・コン・モートの、たっぷりとした歌がイイ。気品があって、心優しい演奏になってゆく。フルートの爽やかな歌などは、この演奏でしか聴けないんじゃないか。
第3楽章のメヌエットも、せわしくならずに、歌、歌、また歌。
弦楽セクションの歌が特に素晴らしい。木管の絡んだときの美しさは、まさにこれ絶美。
そしてフィナーレは音楽が徐々に盛り上がって、速度も上昇、感動的な終曲になっている。激しさもある。歌だけではない、微笑みだけではない、激しい感情を持った若者シューベルトが現れる。ワルターの指揮、設計はホンマに見事なもんだと思う。
ワルターのシューベルト、往年の名盤・定盤でありましょう。
録音は上々。1961年といえば、すでに45年以上も昔の録音ですが、鮮度十分で、リマスタリングが成功しているようです。
ワルターの匂うような美音、特にヴァイオリン群が薫り高く蘇っています。
ヒスノイズが多いのは時代相応でしょう。
素晴らしい音で鳴ってくれます。
と、書いていたら、今朝は早出であることを思い出しました。こりゃイカン(^^ゞ。
昨日コメントを頂戴した方々への返信遅れます。申し訳ありません。
少し早いのですが、亡父の一周忌をしました。祖母の十三回忌も一緒に。
法事となると、我が家は一族の宗家なので、親戚筋が沢山集まります。なかなか大変です。ちと疲れました。しかし、親族は寒い中、駆けつけてくれるわけで、有り難いことであります。
さて、今日は早春を思わせる爽やかな音楽を。
シューベルトの交響曲第5番 変ロ長調 D.485。
ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団の演奏。
1961年の録音。CBS盤。カップリングは「未完成」。(「未完成」のオケはニューヨーク・フィルハーモニック)
第1楽章の冒頭がとても遅く、アンダンテのよう。
ところがクレッシェンドとともにアッチェランドがかかって、急速になる。ワルターがテンポを自在に伸縮させるので、聴いていて楽しい。ロマンティックな解釈と思う。
そして、何より、ワルターの歌。音符の一つひとつが歌われているような感じ。しかも暖かい。適度なレガートも音楽に優しい表情与えてゆく。春の息吹のように、爽やかに、そして暖かく、風が吹き抜けてゆく。これぞ、ワルターの微笑みと思う。
第2楽章はその点でワルターの本領かな。アンダンテ・コン・モートの、たっぷりとした歌がイイ。気品があって、心優しい演奏になってゆく。フルートの爽やかな歌などは、この演奏でしか聴けないんじゃないか。
第3楽章のメヌエットも、せわしくならずに、歌、歌、また歌。
弦楽セクションの歌が特に素晴らしい。木管の絡んだときの美しさは、まさにこれ絶美。
そしてフィナーレは音楽が徐々に盛り上がって、速度も上昇、感動的な終曲になっている。激しさもある。歌だけではない、微笑みだけではない、激しい感情を持った若者シューベルトが現れる。ワルターの指揮、設計はホンマに見事なもんだと思う。
ワルターのシューベルト、往年の名盤・定盤でありましょう。
録音は上々。1961年といえば、すでに45年以上も昔の録音ですが、鮮度十分で、リマスタリングが成功しているようです。
ワルターの匂うような美音、特にヴァイオリン群が薫り高く蘇っています。
ヒスノイズが多いのは時代相応でしょう。
素晴らしい音で鳴ってくれます。
と、書いていたら、今朝は早出であることを思い出しました。こりゃイカン(^^ゞ。
昨日コメントを頂戴した方々への返信遅れます。申し訳ありません。
2008/02/24のBlog
[ 07:26 ]
[ 交響曲 ]
ブリリアントの激安ハイドン全集、ボツボツ聴いています。休日にのんびりと聴くのがエエです。柔らかな日差しがリスニング・ルームに入ってくるのを楽しみながら、ハイドンを聴きます。
そして、ハイドンは朝聴くのがエエです。出勤前のハイドンはなかなかエエでっせ。
ハイドンの交響曲第95番 ハ短調。
アダム・フィッシャー指揮オーストリア・ハンガリー・ハイドン管弦楽団の演奏。
1989年、オーストリア・アイゼンシュタットのエステルハージ宮殿、ハイドン・ザールでの録音。
ロンドン・セット唯一の短調の交響曲。
残響をふんだんに取り入れた録音が心地よい。癒し系の録音と云うべきか。
少し腰の据わりが悪いくらい、柔らかく雰囲気豊かな響きなのだが、ハイドンの典雅さにはふさわしいんじゃないかと思う。ハイドン・ザールは素晴らしいホールなのだろうと想像してしまう。行ってみたいな。
オーストリア・ハンガリー・ハイドン管のアンサンブルは、序盤はちと危なっかしいところがあるのだが、徐々に調子が上がってきて、緊密さが増してゆく。そういうのを聴くのも楽しいことだ。
第1楽章はアレグロ・モデラート。活力があってイイ演奏なのだが、リズムが変化するところで、アンサンブルが少し緩む感じもあった。音は良い。楽団員はオーストリアとハンガリーの腕っこきが集まったというから、さすがに音はとても綺麗。
第2楽章は、いかにもハイドンらしい優雅なアンダンテ。弦楽合奏がたいそう美しい。途中のチェロのソロは珍しいが、これも上品で清楚な美しさ。知性を感じさせる響きでもある。心洗われる響きと云うべきかな。
第3楽章、短調のメヌエットは珍しい。トリオではまたもチェロのソロ。やや細身の音なのだが、綺麗で巧い。チェロと第1ヴァイオリンの静かな会話は、とても優雅。
第4楽章は快活なフィナーレ。見事なヴィヴァーチェ。
アダム・フィッシャーのとるテンポがイイ。あまり速くなりすぎず、元気よく爽やかな中に、典雅さが顔を出してくる。もっとも、これもハイドンの美質かな。
総じて,A・フィッシャーのハイドン全集は、性急にならないのが良い。古楽器団体のハイドンはフィナーレが嵐のような気分で終わってしまうものが多いのだが(それはそれで悪くはないのだけれど)、フィッシャーのは無理せずに、穏やかさや優しさを感じさせながら交響曲を締めくくってゆく。そこがイイ。
残響が素晴らしく、ウットリしながら聴けます。
イイ録音と思います。幸福な気分になります。
それにしても素晴らしいのはエステルハージ宮。ハンガリーの貴族になった気分でも味わいますか・・・・・・・。
そして、ハイドンは朝聴くのがエエです。出勤前のハイドンはなかなかエエでっせ。
ハイドンの交響曲第95番 ハ短調。
アダム・フィッシャー指揮オーストリア・ハンガリー・ハイドン管弦楽団の演奏。
1989年、オーストリア・アイゼンシュタットのエステルハージ宮殿、ハイドン・ザールでの録音。
ロンドン・セット唯一の短調の交響曲。
残響をふんだんに取り入れた録音が心地よい。癒し系の録音と云うべきか。
少し腰の据わりが悪いくらい、柔らかく雰囲気豊かな響きなのだが、ハイドンの典雅さにはふさわしいんじゃないかと思う。ハイドン・ザールは素晴らしいホールなのだろうと想像してしまう。行ってみたいな。
オーストリア・ハンガリー・ハイドン管のアンサンブルは、序盤はちと危なっかしいところがあるのだが、徐々に調子が上がってきて、緊密さが増してゆく。そういうのを聴くのも楽しいことだ。
第1楽章はアレグロ・モデラート。活力があってイイ演奏なのだが、リズムが変化するところで、アンサンブルが少し緩む感じもあった。音は良い。楽団員はオーストリアとハンガリーの腕っこきが集まったというから、さすがに音はとても綺麗。
第2楽章は、いかにもハイドンらしい優雅なアンダンテ。弦楽合奏がたいそう美しい。途中のチェロのソロは珍しいが、これも上品で清楚な美しさ。知性を感じさせる響きでもある。心洗われる響きと云うべきかな。
第3楽章、短調のメヌエットは珍しい。トリオではまたもチェロのソロ。やや細身の音なのだが、綺麗で巧い。チェロと第1ヴァイオリンの静かな会話は、とても優雅。
第4楽章は快活なフィナーレ。見事なヴィヴァーチェ。
アダム・フィッシャーのとるテンポがイイ。あまり速くなりすぎず、元気よく爽やかな中に、典雅さが顔を出してくる。もっとも、これもハイドンの美質かな。
総じて,A・フィッシャーのハイドン全集は、性急にならないのが良い。古楽器団体のハイドンはフィナーレが嵐のような気分で終わってしまうものが多いのだが(それはそれで悪くはないのだけれど)、フィッシャーのは無理せずに、穏やかさや優しさを感じさせながら交響曲を締めくくってゆく。そこがイイ。
残響が素晴らしく、ウットリしながら聴けます。
イイ録音と思います。幸福な気分になります。
それにしても素晴らしいのはエステルハージ宮。ハンガリーの貴族になった気分でも味わいますか・・・・・・・。
2008/02/23のBlog
[ 05:25 ]
[ 管弦楽曲 ]
暖かい一日でした。特に日中、職場の南側は日光がよく入って、大変暖かな一日でした。
こういう日は仕事がはかどる!
仕事の忙しさもいよいよピークでありますが、早春の気分の良い一日、バリバリこなせますね。
さて、今日はラヴェルです。
ラヴェルの「ボレロ」。
シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団の演奏。
1981年7月、モントリオールでの録音。DECCA原盤。日本のロンドン・レコード発売のLP盤から。
小太鼓が叩き続けるリズムに乗って、次々に楽器が飛び出てくる実に楽しい音楽。管楽器のファッション・ショーのような曲。次々にスタイルの良い美人が出てきて(そう、ラヴェルのオーケストレーションだと、楽器はみんなオシャレでキュートでカッコイイ・・・・ノダ)、聴き手をウットリさせる名曲。僕は蕩けてしまうなぁ・・・。
冒頭のフルートは清楚な美人、クラリネットは上品な美女、ファゴットはふだんはしっかり者なのに、この曲だとセクシー度が増してくる。
Esクラリネットは色白の美人で、オーボエ・ダモーレは歌の上手な若奥さん。
続けて出てくるテナーとソプラノのサクソフォンは、色気たっぷり、妖艶な微笑みが印象的。
ピッコロ2本とホルンが奏でる不思議な音色。初めて聴いたときは、何の音か見当もつかなかった僕はド素人だが、あとでその組み合わせを知ったとき、心底ラヴェルは音の画家やわい・・・と思ったものだ。同時に、クラシック音楽には、「音色」を聴く楽しみもあることを、僕は知ったのだった。昔々・・・・。
お待ちかねトロンボーンも巧いこと!待たされたあげくに、強い音で吹かなくちゃならんのだから、実演では緊張するんだろうなぁ・・・。
などと思いつつ、デュトワ盤を聴いておりました。
いつ聴いても、デュトワ/OSMのラヴェルはエレガントでオシャレ。
フランス人のエスプリを、今この人ほど上手に聴かせる人はいないんじゃないかな。
オーケストラも抜群に上手い。音も綺麗。アンサンブルも素晴らしい。
録音も最高レベルであります。
音場は深く広く、定位も良く、音は大変鮮やか。少し人工的かなという気もしますが、そこはDECCA的なものでしょう。音の鮮度はまったく瑞々しく、残響も美しい、色で云えばピンク色。
ダイナミック・レンジも広大で、ラストの大爆発では部屋が震えました。
<ラヴェルの「ボレロ」もいくつか聴いてきました♪>
■クリュイタンス/パリ音楽院管
■ミュンシュ/ボストン響
■マゼール/ウイーン・フィル
こういう日は仕事がはかどる!
仕事の忙しさもいよいよピークでありますが、早春の気分の良い一日、バリバリこなせますね。
さて、今日はラヴェルです。
ラヴェルの「ボレロ」。
シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団の演奏。
1981年7月、モントリオールでの録音。DECCA原盤。日本のロンドン・レコード発売のLP盤から。
小太鼓が叩き続けるリズムに乗って、次々に楽器が飛び出てくる実に楽しい音楽。管楽器のファッション・ショーのような曲。次々にスタイルの良い美人が出てきて(そう、ラヴェルのオーケストレーションだと、楽器はみんなオシャレでキュートでカッコイイ・・・・ノダ)、聴き手をウットリさせる名曲。僕は蕩けてしまうなぁ・・・。
冒頭のフルートは清楚な美人、クラリネットは上品な美女、ファゴットはふだんはしっかり者なのに、この曲だとセクシー度が増してくる。
Esクラリネットは色白の美人で、オーボエ・ダモーレは歌の上手な若奥さん。
続けて出てくるテナーとソプラノのサクソフォンは、色気たっぷり、妖艶な微笑みが印象的。
ピッコロ2本とホルンが奏でる不思議な音色。初めて聴いたときは、何の音か見当もつかなかった僕はド素人だが、あとでその組み合わせを知ったとき、心底ラヴェルは音の画家やわい・・・と思ったものだ。同時に、クラシック音楽には、「音色」を聴く楽しみもあることを、僕は知ったのだった。昔々・・・・。
お待ちかねトロンボーンも巧いこと!待たされたあげくに、強い音で吹かなくちゃならんのだから、実演では緊張するんだろうなぁ・・・。
などと思いつつ、デュトワ盤を聴いておりました。
いつ聴いても、デュトワ/OSMのラヴェルはエレガントでオシャレ。
フランス人のエスプリを、今この人ほど上手に聴かせる人はいないんじゃないかな。
オーケストラも抜群に上手い。音も綺麗。アンサンブルも素晴らしい。
録音も最高レベルであります。
音場は深く広く、定位も良く、音は大変鮮やか。少し人工的かなという気もしますが、そこはDECCA的なものでしょう。音の鮮度はまったく瑞々しく、残響も美しい、色で云えばピンク色。
ダイナミック・レンジも広大で、ラストの大爆発では部屋が震えました。
<ラヴェルの「ボレロ」もいくつか聴いてきました♪>
■クリュイタンス/パリ音楽院管
■ミュンシュ/ボストン響
■マゼール/ウイーン・フィル
2008/02/22のBlog
[ 02:20 ]
[ 交響曲 ]
暖かくなりました。日中は13度まで上がりました。
春を感じる陽気、今日まで続きそうです。次男坊が帰省して、家族が揃いました。3月末まで賑やかさを楽しめそうです。
さて、最近聴くことが多いバレンボイムの演奏であります。
シューベルトの交響曲第9番 ハ長調 D.944「グレート」。
ダニエル・バレンボイム指揮ベルリン・フィルの演奏。
1985年10月、フィルハーモニーでの録音。CBSソニー原盤。
バレンボイムは、1984年~85年にベルリン・フィルとシューベルトの交響曲全集を完成させていた。
当時、ポスト・カラヤンは誰かと話題になっていたが、バレンボイムもいよいよベルリン・フィルと録音を始めたので(このシューベルトの前には「幻想交響曲」などがあった)、若手の候補者の一人と目されていたのだった。
第1楽章の序奏が遅い。大変遅く、ゆったり堂々と始まる。スケールはまさに「グレート」。もったいぶった感じもある。
主部にはいるところでアッチェランド、テンポはどんどん速くなって、シューベルトの美しい旋律が顔を出す。メランコリックな感じもする。
ベルリン・フィルの弦がイイ。細く、しなやかな響きで、よく伸びてゆく。音色も透明感があって、色に例えれば薄緑色。若葉が爽やかな風に揺れている風景を思わせるような、美しい音が部屋に広がってゆく。特にヴァイオリン群がイイ。絶好調と思う。
楽章後半になると、オケ全体がこなれてきて、楽器の溶け合いが良くなってくる。渾然一体となった美しいオーケストラが出現、ああ、ベルリン・フィルは素晴らしいオケだなぁと思う。弦も管も上手いし、音はまろやかで、しかも芯が靱い。
第2楽章は強弱の差が大きく、実にダイナミック。フォルティシモは激しく、ピアニシモは優しくデリケート。バレンボイムの指揮の手本はフルトヴェングラーというが、この辺はそのことを彷彿とさせる。
ただ、テンポは揺らさない。伸縮も少ない。その点では、ロマンティックに行くのではなく、格調高く古典的にやりたいと思っているようだ。仕上げはスタイリッシュでカッコイイ音楽になってゆく。
第3楽章は流麗な演奏のスケルツォ。シューベルトの歌が溢れる。音楽はゴツゴツしていないので、都会的で洗練されている感じ。木管セクションが非常に良い。特にフルートは絶品。これ、誰のフルートかな。
フィナーレは、凄まじい盛り上がり。しかも快速。速い、速い、めくるめく音響。
ここではテンポも自在に伸縮して面白い。反復もある。巨大なオーケストラの渦の中に放り込まれたような錯覚に陥る。さすがにこの曲は「グレート」、天国的に長いのだ。
録音は上々であります。
音色はとても美しく、響きも良いです。奥行き感がもう少し欲しい感じもします。
ステージに並ぶオーケストラが、やや平面的で、ペタッとした感じです。
ヴァイオリン群の響きは最高で、大音量で聴いていると、ベルリン・フィルのしなやかで張りのある弦楽アンサンブル、その美しさが部屋一杯に広がります。これは、快感です。
<シューベルトの「グレート」は、9番の方がしっくり来ます・・・・>
◆ケンペ/ミュンヘン・フィル
◆ジュリーニ/バイエルン放送響
◆レヴァイン/シカゴ響
◆レーグナー/ベルリン放送響
◆スウィトナー/ベルリン・シュターツカペレ
◆ワルター/コロンビア響
◆デイヴィス/ボストン響
◆ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
◆ジュリーニ/シカゴ響
春を感じる陽気、今日まで続きそうです。次男坊が帰省して、家族が揃いました。3月末まで賑やかさを楽しめそうです。
さて、最近聴くことが多いバレンボイムの演奏であります。
シューベルトの交響曲第9番 ハ長調 D.944「グレート」。
ダニエル・バレンボイム指揮ベルリン・フィルの演奏。
1985年10月、フィルハーモニーでの録音。CBSソニー原盤。
バレンボイムは、1984年~85年にベルリン・フィルとシューベルトの交響曲全集を完成させていた。
当時、ポスト・カラヤンは誰かと話題になっていたが、バレンボイムもいよいよベルリン・フィルと録音を始めたので(このシューベルトの前には「幻想交響曲」などがあった)、若手の候補者の一人と目されていたのだった。
第1楽章の序奏が遅い。大変遅く、ゆったり堂々と始まる。スケールはまさに「グレート」。もったいぶった感じもある。
主部にはいるところでアッチェランド、テンポはどんどん速くなって、シューベルトの美しい旋律が顔を出す。メランコリックな感じもする。
ベルリン・フィルの弦がイイ。細く、しなやかな響きで、よく伸びてゆく。音色も透明感があって、色に例えれば薄緑色。若葉が爽やかな風に揺れている風景を思わせるような、美しい音が部屋に広がってゆく。特にヴァイオリン群がイイ。絶好調と思う。
楽章後半になると、オケ全体がこなれてきて、楽器の溶け合いが良くなってくる。渾然一体となった美しいオーケストラが出現、ああ、ベルリン・フィルは素晴らしいオケだなぁと思う。弦も管も上手いし、音はまろやかで、しかも芯が靱い。
第2楽章は強弱の差が大きく、実にダイナミック。フォルティシモは激しく、ピアニシモは優しくデリケート。バレンボイムの指揮の手本はフルトヴェングラーというが、この辺はそのことを彷彿とさせる。
ただ、テンポは揺らさない。伸縮も少ない。その点では、ロマンティックに行くのではなく、格調高く古典的にやりたいと思っているようだ。仕上げはスタイリッシュでカッコイイ音楽になってゆく。
第3楽章は流麗な演奏のスケルツォ。シューベルトの歌が溢れる。音楽はゴツゴツしていないので、都会的で洗練されている感じ。木管セクションが非常に良い。特にフルートは絶品。これ、誰のフルートかな。
フィナーレは、凄まじい盛り上がり。しかも快速。速い、速い、めくるめく音響。
ここではテンポも自在に伸縮して面白い。反復もある。巨大なオーケストラの渦の中に放り込まれたような錯覚に陥る。さすがにこの曲は「グレート」、天国的に長いのだ。
録音は上々であります。
音色はとても美しく、響きも良いです。奥行き感がもう少し欲しい感じもします。
ステージに並ぶオーケストラが、やや平面的で、ペタッとした感じです。
ヴァイオリン群の響きは最高で、大音量で聴いていると、ベルリン・フィルのしなやかで張りのある弦楽アンサンブル、その美しさが部屋一杯に広がります。これは、快感です。
<シューベルトの「グレート」は、9番の方がしっくり来ます・・・・>
◆ケンペ/ミュンヘン・フィル
◆ジュリーニ/バイエルン放送響
◆レヴァイン/シカゴ響
◆レーグナー/ベルリン放送響
◆スウィトナー/ベルリン・シュターツカペレ
◆ワルター/コロンビア響
◆デイヴィス/ボストン響
◆ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
◆ジュリーニ/シカゴ響
2008/02/21のBlog
[ 04:47 ]
[ 交響曲 ]
暖かい一日でした。伊予路に早春到来であります。
職場の紅梅が満開、これがエエ匂いなんです。桜木の芽もふくらんできたような気もします。早春です。若者の季節です。長男も間もなく大学卒業、次男も春休みに入って豊中から戻りました。若いってのはええなぁ・・・。
そこで、今日はマーラーの交響曲第1番 ニ長調「巨人」。
ズービン・メータ指揮イスラエル・フィルの演奏。
1974年の録音、DECCA盤。
マーラーの「巨人」は青春の交響曲。ブルーノ・ワルターはこの曲を「マーラーのウェルテル」と云ったそうな。僕は、この交響曲を聴くと、自分の若かった頃を思い出す。青葉繁れるような音楽と思う。
マーラーにいたく親しむようになったのは、この十数年のことで、それまでよく聴くのははこの「巨人」と4番交響曲くらいのものだった。二つとも旋律が親しみやすかったからと思う。
他の交響曲は、ただ長く、聴き通すことが出来なかった。ショルティやクーベリック、テンシュテットの全集を持ってはいたが、時々取り出す程度。難しかったんだなぁ、マーラーは。
ところがブログ全盛の昨今、方々のブログを拝見すると、小学生の頃からマーラーを聴いている、なんて文章がある。スゴイもんだなぁ。早熟というか、音楽的な才能が豊かなんだろうなぁ。
僕は分からなんだなぁ・・・・長くて飽きてしまったなぁ・・・・。
でも、「巨人」は分かった(・・・・・分かったような気がした、と云うべきか)。
メロディが綺麗だったし、マーラーの想いがストレートに反映している感じだったし、第3楽章の旋律などは聴き慣れていたし・・・二十歳過ぎにクラシック音楽に目覚めた僕にも、理解できた(その点では僕は晩稲(おくて)だったと思います)。それまで、クラシック音楽の素養もなく、クラシック音楽を聴く環境にも育たず・・・・・そんな自分にも分かった。
だから、この曲を聴くと、想いは過去に遡ります。大学正門からのぼってゆくスロープ、まだ残っていた木造の校舎、記念会堂裏の小さなグラウンドでの練習(ワタクシはソフトボール部でありました。当時はまだ同好会だったが)、古本屋街の匂い、アバコ裏の雀荘、三品食堂の玉牛・・・・・。
前書きが長くなりました。
さて、メータの「巨人」です。
これは大変精力的で元気が良い「巨人」。
クドクドしない、直截的なマーラー。ズバッと切れ込んでくる感じ。
踏み込み十分で熱気一杯。テンポは伸縮自在で、速いところでは一気呵成に畳み込んでくる。盛り上がることしきり。
ああ、メータも若い。そして上手い。聴かせどころで、ガーッと煽ってくる。
オケも立派。イスラエル・フィルといえば弦。このしっとりしたシルクタッチの弦楽セクションの美しさは特筆に値すると思う。
DECCAの録音は今も鮮烈。大変カッコよく、メータのマーラーを捉えています。
弦も管も大変美しく、鮮やか。瑞々しいです。
今から30年以上も昔の録音とはとても思えないです。
あ、グランカッサの強烈な一発もスゴイです。ボリューム注意であります。
※マーラーの「巨人」、自己リンクです※
■レヴァイン/ロンドン響
■ヨンダーニ・バット/ロンドン響
■ワルター/コロンビア響
■オーマンディ/フィラデルフィア管
■ギーレン/南西ドイツ放送響
■アバド/シカゴ響
■ショルティ/シカゴ響
■ジュリーニ/シカゴ響
■ハイティンク/ベルリン・フィル
■若杉弘/ドレスデン・シュターツカペレ
■岡城千歳のピアノ編曲盤
■エド・デ・ワールト/オランダ放送フィル
職場の紅梅が満開、これがエエ匂いなんです。桜木の芽もふくらんできたような気もします。早春です。若者の季節です。長男も間もなく大学卒業、次男も春休みに入って豊中から戻りました。若いってのはええなぁ・・・。
そこで、今日はマーラーの交響曲第1番 ニ長調「巨人」。
ズービン・メータ指揮イスラエル・フィルの演奏。
1974年の録音、DECCA盤。
マーラーの「巨人」は青春の交響曲。ブルーノ・ワルターはこの曲を「マーラーのウェルテル」と云ったそうな。僕は、この交響曲を聴くと、自分の若かった頃を思い出す。青葉繁れるような音楽と思う。
マーラーにいたく親しむようになったのは、この十数年のことで、それまでよく聴くのははこの「巨人」と4番交響曲くらいのものだった。二つとも旋律が親しみやすかったからと思う。
他の交響曲は、ただ長く、聴き通すことが出来なかった。ショルティやクーベリック、テンシュテットの全集を持ってはいたが、時々取り出す程度。難しかったんだなぁ、マーラーは。
ところがブログ全盛の昨今、方々のブログを拝見すると、小学生の頃からマーラーを聴いている、なんて文章がある。スゴイもんだなぁ。早熟というか、音楽的な才能が豊かなんだろうなぁ。
僕は分からなんだなぁ・・・・長くて飽きてしまったなぁ・・・・。
でも、「巨人」は分かった(・・・・・分かったような気がした、と云うべきか)。
メロディが綺麗だったし、マーラーの想いがストレートに反映している感じだったし、第3楽章の旋律などは聴き慣れていたし・・・二十歳過ぎにクラシック音楽に目覚めた僕にも、理解できた(その点では僕は晩稲(おくて)だったと思います)。それまで、クラシック音楽の素養もなく、クラシック音楽を聴く環境にも育たず・・・・・そんな自分にも分かった。
だから、この曲を聴くと、想いは過去に遡ります。大学正門からのぼってゆくスロープ、まだ残っていた木造の校舎、記念会堂裏の小さなグラウンドでの練習(ワタクシはソフトボール部でありました。当時はまだ同好会だったが)、古本屋街の匂い、アバコ裏の雀荘、三品食堂の玉牛・・・・・。
前書きが長くなりました。
さて、メータの「巨人」です。
これは大変精力的で元気が良い「巨人」。
クドクドしない、直截的なマーラー。ズバッと切れ込んでくる感じ。
踏み込み十分で熱気一杯。テンポは伸縮自在で、速いところでは一気呵成に畳み込んでくる。盛り上がることしきり。
ああ、メータも若い。そして上手い。聴かせどころで、ガーッと煽ってくる。
オケも立派。イスラエル・フィルといえば弦。このしっとりしたシルクタッチの弦楽セクションの美しさは特筆に値すると思う。
DECCAの録音は今も鮮烈。大変カッコよく、メータのマーラーを捉えています。
弦も管も大変美しく、鮮やか。瑞々しいです。
今から30年以上も昔の録音とはとても思えないです。
あ、グランカッサの強烈な一発もスゴイです。ボリューム注意であります。
※マーラーの「巨人」、自己リンクです※
■レヴァイン/ロンドン響
■ヨンダーニ・バット/ロンドン響
■ワルター/コロンビア響
■オーマンディ/フィラデルフィア管
■ギーレン/南西ドイツ放送響
■アバド/シカゴ響
■ショルティ/シカゴ響
■ジュリーニ/シカゴ響
■ハイティンク/ベルリン・フィル
■若杉弘/ドレスデン・シュターツカペレ
■岡城千歳のピアノ編曲盤
■エド・デ・ワールト/オランダ放送フィル
2008/02/20のBlog
[ 02:17 ]
[ 交響曲 ]
昨日は「雨水」でした。雪が溶けて雨に、氷が溶けて水に・・・・・。春は近いです。
四国伊予路も暖かな陽気でした。次に来るのは「啓蟄」。冬も終わります。
と気づいて、お、今のうちにチャイコフスキーを聴いておこうと思ったのです・・・。
チャイコフスキーの交響曲第6番 ロ短調 作品74「悲愴」。
ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1978年10月、コンセルトヘボウでの録音。フィリップス盤。
ロシアの名曲を西欧のオケが演奏した、最もスタンダードな名演奏。
指揮は誠実実直、オケは機能抜群で、特に互いを聴き合わせるアンサンブルに優れ、録音ホールは名にし負うアムステルダム・コンセルトヘボウ。何度聴いても飽きない、聴けば聴くほど味が出てくる演奏、そしてジンワリと感動が湧いてくる名演奏と思う。
第1楽章など、真面目にきちんとやっているだけなのに、豊かに音楽が広がってゆく。序奏部のゆったりとしたフレージングなどは、大変気持ちよい。展開部も迫力十分。楽器のバランスも完璧で、過不足なく鳴っている。そして、大音量の中で、個々の楽器が「則を越えない」誠実さ、確かさで迫ってくる。これこそ、ハイティンクの美質と思う。確かな手応えがある演奏だと思う。
第2楽章は、コンセルトヘボウ管の弦楽セクションのほの暗い、柔らかい響きを楽しめる。チェロの深々とした音が実に美しく、そして清潔。ハイティンクのテンポもイイ。慌てず、急がず、そしてドロドロせず、聴いていて全く心地よいテンポ。そして、聴きながら、弦楽合奏に身を委ねる快感。何物にも代え難い喜びでもある。
第3楽章は迫力満点だが、バカ騒ぎにならず、あくまでも端正まとめられてゆく。力業グイグイなら、いとも簡単に出来そうなオケなのに、あえて強さより美しさを追求するハイティンクや、良し。
フィナーレの弦楽合奏も大変美しい。ハイティンクは妙に深刻ぶらず、スタイリッシュに仕上げてゆく。もともと深刻な音楽だから、慟哭・号泣にしてしまったら、聴いていて胃がもたれてしまう。淡々とやってくれるからこそ、感動も深まる。ハイティンクの「悲愴」は静かに感興が盛り上がってゆく。そういう演奏なのだと思う。
(もっと泣きたければ、バーンスタイン盤とかフリッチャイ盤があるでしょ。)
アナログ全盛期の録音が素晴らしいです。
空間の広がり、楽器の定位、高さなどもよく出ていて、ステージを彷彿とさせる仕上がりです。そして、コンセルトヘボウに溶けてゆく残響がまた美しく、実に柔らかい音なのもイイです。
何度聴いても素晴らしい、自然な音だと思います。さすがフィリップス、名録音でしょう。
今日はCDで聴いておりました。LPも良いんですが、CD化も成功していると思います。今日のはいわゆるCD初期盤というんでしょうか。
『200CD オーケストラの秘密』(立風書房)によれば(P183)、ハイティンクは第1楽章の展開部直前、クラリネットのあとに出てくるファゴット(pが6つ!)の弱音を、きちんとファゴットを使って吹かせてます。殆どのオケでは、ここをバス・クラリネットで吹かせるそうです。ファゴットでは非常に難しいんでしょう。
それを、ハイティンクは、楽譜通りにファゴットに吹かせる・・・・そういう誠実な話を読むと、いっそう、ハイティンクが好きになります。
<チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」の自己リンクです>
■小沢征爾/パリ管
■カラヤン/ベルリン・フィル(1971年 EMI)
■ベーム/ロンドン響
■ザンデルリンク/ベルリン響
■オーマンディ/フィラデルフィア管
■ムラヴィンスキー/レニングラード・フィル
■ジュリーニ/ロサンゼルス・フィル
■ロストロポーヴィチ/ロンドン・フィル
四国伊予路も暖かな陽気でした。次に来るのは「啓蟄」。冬も終わります。
と気づいて、お、今のうちにチャイコフスキーを聴いておこうと思ったのです・・・。
チャイコフスキーの交響曲第6番 ロ短調 作品74「悲愴」。
ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1978年10月、コンセルトヘボウでの録音。フィリップス盤。
ロシアの名曲を西欧のオケが演奏した、最もスタンダードな名演奏。
指揮は誠実実直、オケは機能抜群で、特に互いを聴き合わせるアンサンブルに優れ、録音ホールは名にし負うアムステルダム・コンセルトヘボウ。何度聴いても飽きない、聴けば聴くほど味が出てくる演奏、そしてジンワリと感動が湧いてくる名演奏と思う。
第1楽章など、真面目にきちんとやっているだけなのに、豊かに音楽が広がってゆく。序奏部のゆったりとしたフレージングなどは、大変気持ちよい。展開部も迫力十分。楽器のバランスも完璧で、過不足なく鳴っている。そして、大音量の中で、個々の楽器が「則を越えない」誠実さ、確かさで迫ってくる。これこそ、ハイティンクの美質と思う。確かな手応えがある演奏だと思う。
第2楽章は、コンセルトヘボウ管の弦楽セクションのほの暗い、柔らかい響きを楽しめる。チェロの深々とした音が実に美しく、そして清潔。ハイティンクのテンポもイイ。慌てず、急がず、そしてドロドロせず、聴いていて全く心地よいテンポ。そして、聴きながら、弦楽合奏に身を委ねる快感。何物にも代え難い喜びでもある。
第3楽章は迫力満点だが、バカ騒ぎにならず、あくまでも端正まとめられてゆく。力業グイグイなら、いとも簡単に出来そうなオケなのに、あえて強さより美しさを追求するハイティンクや、良し。
フィナーレの弦楽合奏も大変美しい。ハイティンクは妙に深刻ぶらず、スタイリッシュに仕上げてゆく。もともと深刻な音楽だから、慟哭・号泣にしてしまったら、聴いていて胃がもたれてしまう。淡々とやってくれるからこそ、感動も深まる。ハイティンクの「悲愴」は静かに感興が盛り上がってゆく。そういう演奏なのだと思う。
(もっと泣きたければ、バーンスタイン盤とかフリッチャイ盤があるでしょ。)
アナログ全盛期の録音が素晴らしいです。
空間の広がり、楽器の定位、高さなどもよく出ていて、ステージを彷彿とさせる仕上がりです。そして、コンセルトヘボウに溶けてゆく残響がまた美しく、実に柔らかい音なのもイイです。
何度聴いても素晴らしい、自然な音だと思います。さすがフィリップス、名録音でしょう。
今日はCDで聴いておりました。LPも良いんですが、CD化も成功していると思います。今日のはいわゆるCD初期盤というんでしょうか。
『200CD オーケストラの秘密』(立風書房)によれば(P183)、ハイティンクは第1楽章の展開部直前、クラリネットのあとに出てくるファゴット(pが6つ!)の弱音を、きちんとファゴットを使って吹かせてます。殆どのオケでは、ここをバス・クラリネットで吹かせるそうです。ファゴットでは非常に難しいんでしょう。
それを、ハイティンクは、楽譜通りにファゴットに吹かせる・・・・そういう誠実な話を読むと、いっそう、ハイティンクが好きになります。
<チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」の自己リンクです>
■小沢征爾/パリ管
■カラヤン/ベルリン・フィル(1971年 EMI)
■ベーム/ロンドン響
■ザンデルリンク/ベルリン響
■オーマンディ/フィラデルフィア管
■ムラヴィンスキー/レニングラード・フィル
■ジュリーニ/ロサンゼルス・フィル
■ロストロポーヴィチ/ロンドン・フィル
2008/02/19のBlog
[ 05:28 ]
[ 交響曲 ]
夕暮れが少し遅くなってきました。日が延びてきたのは、春の兆しでしょう。
さて、今日はLPを取り出しております。
ブルックナーの交響曲第5番 変ロ長調 <原典版>。
ダニエル・バレンボイム指揮シカゴ交響楽団の演奏。
1977年12月、シカゴのオーケストラホールでの録音。DG原盤のLP2枚組。
バレンボイムは全集魔かな。
ベートーヴェンにシューベルト、ブラームス、ブルックナー、シューマンなど、独墺系の交響曲全集を次々に完成させた。マーラーは、これから全集として完成するのだろう。
ブルックナーの交響曲全集などは2度録音している。今日取り上げたLPは、1回目、シカゴ響との全集からのもの。彼は後にベルリン・フィルと再録音している。
ブルックナーの交響曲全集を2度も録音したのは、朝比奈隆にオイゲン・ヨッフムくらい、さて他にもいるのかな。バレンボイムは立派なブルックナー指揮者だろう。彼はフルトヴェングラーの信奉者でもある。このシカゴ響とのブルックナー全集では、フルトヴェングラーもかくやと思われるほど、激烈な表現やテンポの伸縮、豪快なアッチェランドなどが随所に聴けて大変面白い(トータルでは、端正で格調高いブルックナーなのだが)。
第1楽章は豪快な表現。逞しく、筋肉隆々のブルックナーが現れる。中世の城塞を思わせる交響曲なのだが、バレンボイムはテンポやダイナミクスをいろいろ変化させて、飽きさせない。
第2楽章は静謐さの中に様々なニュアンスを込めた表現がイイ。侘びしさや古めかしさ、特に望郷の心のような懐かしさ、或いは過去に思いをはせる感傷的な気分もある。全体的には厳粛で敬虔な表現と思うのだが、やはりここも聴いていて飽きない。面白い。
第3楽章スケルツォは、集中力に富んで、一気に聴かせてしまう感じ。バレンボイムの並々ならぬ力量は、ともすれば平面的で単純になりやすいスケルツォを、力強く、集中して作り上げてゆくところにあるのではないか。
内面から湧き上がってくる力が素晴らしい。オケのパワーも凄まじい。
第4楽章も素晴らしいフィナーレ。音楽が力強く盛り上がり、腰砕けにならない威容。音楽はますます充実し、オケの圧倒的な技量も披瀝される感じ。
スゴイ。これ、バレンボイムの傑作ではなかろうか。
1970年代のシカゴ響のDG録音には素晴らしいものが多いんです。
このLPも実にいい音がします。緻密にして豪快な音、弦の繊細さに加えて、金管がバリバリ鳴る心地よ
さて、今日はLPを取り出しております。
ブルックナーの交響曲第5番 変ロ長調 <原典版>。
ダニエル・バレンボイム指揮シカゴ交響楽団の演奏。
1977年12月、シカゴのオーケストラホールでの録音。DG原盤のLP2枚組。
バレンボイムは全集魔かな。
ベートーヴェンにシューベルト、ブラームス、ブルックナー、シューマンなど、独墺系の交響曲全集を次々に完成させた。マーラーは、これから全集として完成するのだろう。
ブルックナーの交響曲全集などは2度録音している。今日取り上げたLPは、1回目、シカゴ響との全集からのもの。彼は後にベルリン・フィルと再録音している。
ブルックナーの交響曲全集を2度も録音したのは、朝比奈隆にオイゲン・ヨッフムくらい、さて他にもいるのかな。バレンボイムは立派なブルックナー指揮者だろう。彼はフルトヴェングラーの信奉者でもある。このシカゴ響とのブルックナー全集では、フルトヴェングラーもかくやと思われるほど、激烈な表現やテンポの伸縮、豪快なアッチェランドなどが随所に聴けて大変面白い(トータルでは、端正で格調高いブルックナーなのだが)。
第1楽章は豪快な表現。逞しく、筋肉隆々のブルックナーが現れる。中世の城塞を思わせる交響曲なのだが、バレンボイムはテンポやダイナミクスをいろいろ変化させて、飽きさせない。
第2楽章は静謐さの中に様々なニュアンスを込めた表現がイイ。侘びしさや古めかしさ、特に望郷の心のような懐かしさ、或いは過去に思いをはせる感傷的な気分もある。全体的には厳粛で敬虔な表現と思うのだが、やはりここも聴いていて飽きない。面白い。
第3楽章スケルツォは、集中力に富んで、一気に聴かせてしまう感じ。バレンボイムの並々ならぬ力量は、ともすれば平面的で単純になりやすいスケルツォを、力強く、集中して作り上げてゆくところにあるのではないか。
内面から湧き上がってくる力が素晴らしい。オケのパワーも凄まじい。
第4楽章も素晴らしいフィナーレ。音楽が力強く盛り上がり、腰砕けにならない威容。音楽はますます充実し、オケの圧倒的な技量も披瀝される感じ。
スゴイ。これ、バレンボイムの傑作ではなかろうか。
1970年代のシカゴ響のDG録音には素晴らしいものが多いんです。
このLPも実にいい音がします。緻密にして豪快な音、弦の繊細さに加えて、金管がバリバリ鳴る心地よ