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クラシック音楽のひとりごと
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2008/06/30のBlog
モーツァルトのピアノ協奏曲第9番 変ホ長調 K.271「ジュノーム」。
アルフレート・ブレンデルのピアノ独奏、ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管の演奏。(アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズと書くのはシンドイなぁ・・・・・ASMFと省略するべきかいな)
1978年7月の録音。フィリップス盤。

モーツァルト21歳、青春時代の傑作。

アカデミー室内管のふっくらと広がるサウンドに、ブレンデルの肌色のピアノが美しく映える。ああ、モーツァルトの幸福な気分が伝わってくるようだ。
オケが柔らかく暖かく、しかも、しなやかなサウンドを展開して、ブレンデルを優しく包み込む。反応も俊敏だ。

ブレンデルのピアノがイイ。
コロコロと転がるモーツァルト独特のパッセージは軽やかに弾きこなしてゆくし、スカッと抜けるような高音もイイ。気持ちいい。爽快。

マリナーとブレンデルの呼吸も見事。互いの個性を尊重しつつ、それぞれを引き立てるところは絶妙に受け渡ししてゆく。ピアノとオーケストラが、自己主張するところはしっかり主張しつつ、トータルで見事な作品に再現してゆく。これぞ協奏、協調、友愛の音楽と思う。

第1楽章はアレグロ。爽やかな風が頬を撫でてゆくような感触が、たまらなく気持ちいい。ブレンデルのピアニズムに酔ってしまう。

第2楽章はアンダンティーノ。悲痛な旋律なのだが、オケもピアノもベタベタしない。サラッとしているのがイイ。モーツァルトの哀しみは透明であって欲しいから。
そして、短調の中から顔を見せる長調は、天使のような微笑み。素晴らしい。

ロンド(プレスト)のフィナーレはピアノとオケが一体化して爽やかに駆け抜ける。アンサンブルも優秀。さすがアカデミー室内管と思う。
ブレンデルのピアノにはますます磨きがかかって、輝くばかり。その光は、やはり柔らかい肌色を帯びた白色。キレイ。

録音は今も素晴らしいです。
1978年といえば、もう30年も経過するんだなぁと改めて思った次第。
アナログ末期、全盛期のフィリップス録音であります。
最高です。
2008/06/29のBlog
ブログを始めてから、沢山のコメント・助言を頂戴して、僕のレパートリーは随分広がりました。刺激を頂いたんであります。特にフランス音楽を随分聴くようになったこと、ドビュッシーが聴けるようになったのは、大変有り難いことと思っています。
3年前は、あまり聴かなかったんです。何枚かLP・CDは持っていたんですが、得意ではなかったんです。過去に、そんなことを僕は書いてます

それが皆さんのアドバイスで、だいぶドビュッシーに慣れました。そして、何となく分かるようになりました。
ドビュッシーは天才であります。吉田秀和が『LP300選』の中で云ってます。「われわれの知るヨーロッパ音楽、千年の歴史を通じて、第一級の天才だった」と。

ドビュッシーの音楽は独特だと思います。その音、その響き、色彩・・・・ドビュッシーの音楽からは、それまで僕が聴いたことがないような音、色合い、光と影、ニュアンス、繊細な息づかい・・・・そういったものが聞こえてきます。

今日、聴いている「夜想曲」など、実はずっと何が何だか分からないまま聴いてきました。僕はようやく分かりました(と云うか、慣れました)。ドビュッシーはメロディを楽しむのではなく、その響き、色彩、陰影、和声、ニュアンスなどを楽しめばいいと。

というわけで、能書きが長くなりました・・・。

ドビュッシーの「夜想曲(ノクチュルヌ)」。
シャルル・デュトワ指揮モントリオール響の演奏。

デュトワのドビュッシーは大変美しい。また、楽しい。
デュトワほど、ドビュッシーの繊細な音楽をさらにデリケートに、精妙に、美麗に再現する人はいないんじゃないか・・・・・と思えるほど、この演奏は細やかで綺麗。

第1曲「雲」の、はるかな響き。ヴェールのかかったような響き。
春霞の中にいるような、微妙な音の具合がたまらない。

第2曲「祭り」は活気あるリズムが面白いが、管弦楽の微妙な味わいは変わらない。すごい音楽と思う。

第3曲「シレーヌ」は女声合唱の響きが素晴らしい。デュトワ/モントリオール響の演奏はここでも精妙を極める。ドビュッシーの鋭さよりも、音楽の暖かみを再現しているかのよう。音や響きはクールな感じなのに、出てくる音楽は暖かく、甘い。素晴らしい再現と思う。

録音は今も極上です。最高です。
デュトワ/モントリオール響のDECCA録音は、どのディスクも素晴らしいんです。
フランスものをこれほど美しく、またフランス的なセンス・肌触りで演奏し、なおかつそれを見事に捉えきった録音・・・・DECCAはスゴイですね。
2008/06/28のBlog
週末であります。ちと、休みたいです・・・・(^^ゞ。

初めてコメントを頂いた方の言葉に、こうありました。
「私は昔1曲1CDだったのに、ある時、指揮、演奏でこんなに違うのかと感じてから、同曲を何枚も買ってます。家族からもったいないと言われてます。評判を聞くと買いたくなる、聞きたくなる。中毒ですかね。」(ジュリーニさん、有り難うございました。)

まさに同感!全く、その通りです。僕も中毒です、病気です。
「こんな演奏もエエぞぉ」なんて、コメントでご紹介されると、もう矢も楯もたまらず欲しくなってしまう・・・・・ああ、煩悩。「四十にして惑わず」なんて、ありゃ、嘘ですな。五十近いのに、惑いっぱなしです。そして、我が部屋に加速度的に増殖するCD群・・・・・・昔CDは高価だったので、今のような激安時代、もう小人のワタクシは嬉しくてたまらない・・・・ナンボでも買ってしまいます・・・・・・。

さて、今日は初めてエントリーする曲です。

サン=サーンスのピアノ協奏曲第5番「エジプト風」。
ジャン=フィリップ・コラールのピアノ独奏、アンドレ・プレヴィン指揮ロイヤル・フィルの演奏。
1986年9月、ロンドンのアビーロード・スタジオでの録音。

サン=サーンスがピアニストとしてパリにデビューしたのが1846年という。このとき僅か11歳。天才やなぁ。
そのサン=サーンスが1896年に楽壇生活50周年を記念する音楽会が開かれることになって、それに合わせて作曲された協奏曲がこの「エジプト風」。天才作曲家最後のピアノ協奏曲になった。

第1楽章はアレグロ・アニマート。
華やかな楽想に華やかな演奏。花屋の店先で匂い立つ花たち、その花が妍を競っているような感じの音楽。
ジャン=フィリップ・コラールのピアノは軽やかで爽やか。パリパリッとした舌触りのフランスパンのよう。おきゃんなパリ娘がはしゃいでいるようか感じでもある。いや、聴いていて全く楽しい。楽しい演奏というのは、概してエエもんです。
木管なども好演。品がよい。上品といえば、プレヴィン/ロイヤル・フィルのバックも実にエレガント。素晴らしい。

第2楽章は一転、エキゾチックな魅力にあふれる楽章。
東方の音楽というか、エジプト風から中央アジア的なメロディも出てくる。美しい旋律のオンパレード。そこをジャン=フィリップ・コラールは、大切に弾いてゆく。プレヴィンの棒も柔らかくサポートしてゆく。管楽器(ここでも木管がイイ)が素晴らしく、響きも良い。ロマンの薫りがムンムンするような音楽。

フィナーレはモルト・アレグロ。
またもパリの花屋の店先。音楽は実に華やかで、聴いているとリスニング・ルームがピンク色に染まってゆくような感じ。
ジャン=フィリップ・コラールの技巧も完璧。豪快に弾きまくるところもあれば、繊細にニュアンス豊かに弾きこんでゆくところもあって、変化にも富んでいる。実に楽しい。

録音は標準的です。
この時期のEMIにしては、まずますと云うべきでしょうか。
(1980年代デジタル以降のEMI録音は、我が家のステレオとあまり相性が良くないんです)
2008/06/27のBlog
ブラームスが作曲した「ハイドンの主題による変奏曲」は名曲と思います。
変奏曲の大家ブラームスがらしく、とても精緻でしなやかな書法で書かれた名品。管楽器のソロなどは実に美しく、チェロやヴィオラなどの内声部も充実している。曲想は変化に富むし、旋律も美しいので、大変聴きごたえがある、
ブラームス若書きの作品、管弦楽作品としては第3作なのだが、よく出来ているなぁと感心する。

変奏は全部で8つ。

主題「聖アントニー・コラール」アンダンテ
第1変奏:ポコ・ピウ・アニマート
第2変奏:ピウ・ヴィヴァーチェ
第3変奏:コン・モート
第4変奏:アンダンテ・コン・モート
第5変奏:ヴィヴァーチェ
第6変奏:ヴィヴァーチェ
第7変奏:グラツィオーソ
第8変奏:プレスト・ノン・トロッポ
終曲 アンダンテ

今日はケルテス盤で聴こう。

ブラームスの「ハイドンの主題による変奏曲」 作品56a。
イシュトバン・ケルテス指揮ウィーン・フィルの演奏。
1973年3月の録音。DECCA盤。レコードはキング発売のLP全集からの1枚。

この演奏はケルテスが夭折した際の録音。ブラームスの交響曲全集はケルテスの白鳥の歌となった。特に、このハイドン変奏曲は、ラストのパッサカリアの収録が済んでいなかったので、ウィーン・フィルがケルテスの死を悼みつつ、自分たちだけでラストを録音したというもの。名演奏と思う。
(僕など、そんなエピソードだけでも涙がこぼれそうだ・・・・)

第7変奏の静謐感、心の平安。美しく盛り上がる弦楽器群。やがてフォルティシモに上り詰めてゆく時の美しさも格別。

フィナーレの荘厳さも素晴らしい。中庸で充実した演奏は、ケルテスの最期にふさわしいと云うべきか。あの主題が戻ってくるところなど、感動的。

ケルテスこのとき43歳。早すぎた死だった。
彼のブラームスやモーツァルト、シューベルト、ドヴォルザークなどを聴くたびに、彼こそ現代最高のシンフォニー指揮者になるべき人だったと、惜しまれてならない。

録音はさすがにDECCA、35年経過した今も十分に美しいです。
ウィーン・フィルの艶やかな響きを見事に再現しています。やはり。ウィーン・フィルは、DECCAで聴くと鮮やかだなぁと思います。迫力も十分、名録音と思います。
2008/06/26のBlog
今年の梅雨は、実に梅雨らしく、この数日は曇天つづき。
にわか雨も多く、ジョギングもこのところ出来てません。身体がちと弛んできたかいな・・・・。

そんな雨模様の中、ブラームスの室内楽を聴くのは、しかしなかなかエエもんです。

ブラームスの弦楽六重奏曲第1番 変ロ長調 作品18。
アルバーニ四重奏団にベスト(vla)、ウェルシュ(Vc)が参加した六重奏。
1978年の録音。CRD原盤。ブリリアント・クラシックスの「ブラームス室内楽曲集」からの1枚。

1860年の作品で、このときブラームス27歳。青年だった。
ピアノ三重奏曲につぐ、室内楽作品第2作になるもの。
楽想は平明にして晴朗、構造も明確なもので、ブラームスもさすがに若々しい。後年の晦渋さはなく、音楽は清新で瑞々しい。

第1楽章はアレグロ・マ・ノン・トロッポ。ブラームス若書きの作品を、爽やかに描き出してゆく。響きが新鮮で、少し薄く感じるくらい。しっかりと克明に演奏してゆく感じ。
第2楽章はアンダンテ・マ・モデラート。映画「恋人たち」に使われた有名な変奏曲。やはり、この楽章が一番の聴きものになるのかな。
ブラームスの若きロマンが溢れてくる。むせび泣くような第1ヴァイオリン。響きも痛切だ。チェロ2挺、ヴィオラ2挺の強い響きも良い。重層的なこの響きはブラームス特有のものだ。ああ、これロマン派の響きだなぁ。ブラームスは、時代の申し子だったのだ。

第3楽章のスケルツォは流麗で優美、フィナーレのロンドは爽やかな幕切れを演出する。

演奏者はよく知りません。無名の団体ですかな?
演奏は全体的に素直で明朗、イイ演奏と思いました。

録音はアナログらしい大らかさがエエです。
ふっくらとした響きはアナログの良さでしょう。今も十分に美しいです。
室内楽は一つひとつの楽器がクローズアップされるので、デジタルだとえてして鋭い音に聞こえてしまうんですが、アナログはふくよかに聞こえて、エエようです。
2008/06/25のBlog
さてさて、激務の間を縫って、未聴の山を整理しております。
今日のような箱物も丁寧に聴いていきたいもんです。

チャイコフスキーの交響曲第2番 ハ短調 作品17「小ロシア」。
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ指揮ロンドン・フィルの演奏。
1976年10月、キングズウェイ・ホールでの録音。
今春発売されたEMI盤の廉価盤全集BOXからの1枚。

ロストロポーヴィチが指揮を始めて、(同時にレコーディングを始めた)、1970年代中葉の名盤が全集で復活。ロンドン・フィルの演奏も好演で、LPで何枚か持っていたのだが、長いこと廃盤になっていたので、廉価盤での復活は喜ばしい。
このデビュー当時の録音では「シェエラザード」(オケはパリ管)も素晴らしかった。ロシアの血が濃厚に反映された演奏になっていて、強い共感で貫かれていた。
チャイコフスキーでは、初期の交響曲でも手を抜かない、全力投球の演奏で、熱血漢的な指揮振りが大変好ましいと思う。

第2交響曲でもロストロポーヴィチは一生懸命。
多用されるウクライナ民謡が、この演奏ほど熱く、懐かしく、共感を持って響くものはないだろう。他の演奏では聴けない、郷愁のようなものもある。

第1楽章の熱さ。主題がとても美しく、また熱い。
この懸命さが楽章全体を貫いてゆく。

第2楽章の行進曲も美しい。ファゴットなどの木管が活躍して、美しいソロを聴かせる。ロンドン・フィルは健闘、よくついて行っていると思う。味わい深い演奏で、しかもよく歌っている。楽章後半の盛り上がりは感動的。

第3楽章はスケルツォ。
トリオではまたも民謡風の曲想に変化して、ユーモラスな感じもある。木管もイイし、弦楽器のピチカートも楽しい。

フィナーレは豪快な演奏。大胆にして細心と言うべきか。
旋律は美しく、ロシア情緒満点。チャイコフスキーが無類のメロディ・メーカーであったことを示す楽章でもある。
そして、ロストロポーヴィチの熱い思い。
これがこの演奏をホンマに素晴らしいものにしているんだろうなぁ。

録音はまずまずです。可もなく不可もなし・・・・という感じでしょうか。
高音の伸びがもう少しあればいいなぁとも思います。
弦楽セクションの響きはGOOD。いい音で鳴ってます。
2008/06/24のBlog
さて、今週も忙しくしておりますが・・・・。

疲れて帰宅した夜にクラシック音楽をモゾモゾ聴くには、バッハがイイ。器楽曲が特に。チェンバロ曲などが良いのだが、弦楽器ならチェロ組曲。ヴァイオリンの例の無伴奏も良いのだが、ちと耳にキツイところがある。
ゆったりと心を静める(疲れた脳もついでに)のには、無伴奏のチェロ組曲がよろしい。ストレスがやわらぎ、体の緊張がほぐれてゆくようだ。
やがて、僕はソファに腰掛け、背もたれ深く、いつしか白河夜船・・・・。

J・S・バッハの無伴奏チェロ組曲第1番 ト長調 BWV1007。
ミッシャ・マイスキーのチェロ独奏。
1984年10月~1985年3月、バンベルクのツェントラルザールでの録音。DG盤。

スケール大きくたっぷり歌われるバッハ。
演奏の柄が大きく雄々しい感じなのだが、時に、ひたすら内面に沈潜してゆくところもある。表現は非常にロマンティックで、実に個性的。
舞曲の描き分けなど見事なものだし、テクニックたるや素晴らしいの一言。
そして、紡ぎ出される音楽は逞しく男性的、そして情念的。バッハの演奏を聴きながら、マイスキーの情熱、諦観、感傷、郷愁が、スピーカーら流れ出してくる。
名演奏と思う。

この演奏は1980年代半ばに発売されて、大好評だったものだ。
当時、ロストロポーヴィチのステレオ録音は未だ発売されず、カザルスは太古盤、シュタルケルやフルニエの1960年代録音の名盤はやや古びてきていたし、アンドレ・ナヴァラやポール・トゥルトゥリエのはインパクトがやや弱く・・・・という状況ではなかったか。
そこに彗星のように出現したのがマイスキーだった。(そして、ヨー・ヨー・マも!)
新しい時代のチェリストが現れたなぁと歓迎ムードだったように思う。

マイスキーは苦労人。その半生は劇的なものだった(というのは、もうすでにクラシック音楽ファンには有名な話か)・・・・。
ユダヤ人としてソ連生まれ、迫害によって強制労働(チャイコフスキー・コンクールで入賞しているにもかかわらず)、やがて病院送り、その後アメリカに出国(脱出と云うべきか)・・・・・・・。

そんなことを思いながら、マイスキーのバッハを聴くと、慎ましく紳士的な楽器のチェロが、聴き手に迫ってくる強さを帯びてくる。

録音は上々です。
深々としたチェロの響きが素晴らしく、豊かに広がっていきます。
チェロは家庭用ステレオで、再生しやすい楽器の一つ。
エエ音で聴けます。

2008/06/23のBlog
今日は雑誌のお話と「幻想交響曲」です。

ベルリオーズの幻想交響曲 作品14。
コリン・デイヴィス指揮ウィーン・フィルの演奏。
1990年1月、ウィーンのムジークフェラインザールでの録音。フィリップス盤。

本屋に立ち寄って、ふと見つけた本。
『男の隠れ家』7月号。初めて知った雑誌。ふだん、こういうのを読まないからなぁ・・・。男性(というより、オジサンのための)趣味誌のようだが、今月号はクラシック音楽の特集。題して「大人のクラシックpart2」。(ということは、part1があったのか)。
で、パラパラ項を捲って、そこそこ楽しめそうなので買ってきたのであります。

特に面白かったのは、幻想交響曲のところ。
ベルリオーズの幻想交響曲はストーカー殺人事件を扱ったもので、その殺人は第3楽章に行われる・・・・という新説(珍説と云うべきか)。これは面白かった。確かにこの交響曲は、「夢・情熱」、「舞踏会」と続く中で、女優ハリエット・スミッソンへの憧れが描かれ、第4楽章「断頭台への行進」で、女性を殺した罪で処刑されることになっている。となると、殺人は第3楽章で行われているというのだ。

なるほど、そんなものかと思いつつ第3楽章を聴いていくと、確かに、これは面白い。筆者の樋口裕一はこの説を知って第3楽章を聴くのが退屈でなくなったと書くのだが、そういえば、この楽章はウトウトしやすいところだわいなぁ。僕も、よう寝てしまいますもん・・・(^^ゞ

でどこで殺人が行われたのかを探そうと、第3楽章を真剣に僕は聴いたのであります。

確信を持って「ここだ」というのは分かりませんでした(^^ゞ。
でも、第3楽章後半、曲想が変わっていくところ、怪しいムードが漂い始め(これは主人公の心の動揺だろう、そして愛と憧れゆえの殺意が目覚め・・・・おお、恐ろしい!)・・・・。
楽章の始まりは、イングリッシュ・ホルンとオーボエ。二人の羊飼いの歌は同時にベルリオーズとスミッソンの愛の語らいの象徴かな。主人公の勝手な思いではあるのだろうけれど、幸福な、穏やかな心情を歌い上げる。
しかし、楽章中盤にスミッソンが現れると、主人公の心は千々に乱れ、彼女の心が離れるのを恐れ・・ついに。おお、恐ろしい。

さて、演奏であります。
そんなことを思いながら、このC・デイヴィスの新盤を聴いていたのであります。
これはオケがウィーン・フィル。フィリップスの素晴らしい録音もあって、聴き応え十分。旧盤のアムステルダム・コンセルトヘボウ管との演奏も素晴らしかったのだが、しなやかさではウィーン・フィルが一枚上かも。

第1楽章はしっとり感あり、第2楽章の舞踏会は全く見事、ホンマのエレガンスを感じさせるワルツ。
そして第3楽章は、すでに書いたとおり、ドキドキしながら聴いてしまいました。木管が抜群。
第4楽章以降の迫力も素晴らしい。ウィーン・フィルは、エレガントだけではない。パワーも素晴らしい。
ストーカー殺人事件のことを考えつつ聴いていたので、ラストの鐘の音が大変不気味に聞こえました。他の演奏より、なおいっそう不気味だったのは、こちらの感情のせいかもしれません・・・・。


<幻想交響曲の自己リンクです>
■マイケル・ティルソン・トーマス/サンフランシスコ響
■ミュンシュ/パリ管
■デイヴィス/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
■ハイティンク/ウィーン・フィル
■チョン・ミュンフン/パリ・バスティーユ管
■カラヤン/ベルリン・フィル(1964年盤)
■アバド/シカゴ響
■ブーレーズ/クリーヴランド管
■デュトワ/モントリオール響
2008/06/22のBlog
本日も雨、そして本日も仕事。雨と激務は続きます。

シューベルトのピアノ・ソナタ第16番 イ短調 D.845。
ウィルヘルム・ケンプのピアノ独奏。
1965年2月、ハノーヴァーのベートーヴェン・ザールでの録音。DG盤。
ケンプによるシューベルト・ピアノ作品集からの1枚。
(先頃、iTunes Storeで激安1,500円ダウンロードが出来たようですが、僕はCDですでに持っていました・・・・・買うのをもう少し待てば良かったかな・・・?今度また、激安セールがありましたら、「安物買い」大好きなワタクシに、教えて下さい(銭失いは嫌いですが))

このシューベルトはケンプの代表盤と称される作品集。詩的でファンタジーに富んだ演奏だが、その基盤にはケンプの誠実さ、几帳面さがある。その真摯な演奏態度が良い。そして、時折聴かれる感性の瑞々しさも(老大家なのに!)、特筆すべきだろうと思う。

このソナタはテレビドラマ「のだめカンタービレ」で一躍有名になったものだが、このマイナー作品を僕は若い頃から好きで、よく聴いてきた。グルダやブレンデル、ルプーのLPを聴き比べながら楽しんできたものだ。そして今日はケンプで。
録音当時、ケンプはすでに70歳(彼は1995年の生まれ)。ピアノに向かっている姿勢というか、感覚というか、とても若々しく、老人のそれではないと感じる。

特に第2楽章の、主題の静謐な抒情はケンプならではのものだろう。実に美しい。
柔らかく慎ましいまでのシューベルトで、朴訥なまでの純情が歌われてゆく。
その美しさは、派手ではないし、自己主張もそう強いわけでなく、野に咲く花のような素朴さなのだが、聴いていてたまらない魅力と思う。
ピアノの響きはとても綺麗。音もイイ。金属的な響きが一切なく、柔らかいベルベットのような音。音が消えてゆくときの清澄さもイイ。
このソナタの第2楽章は主題と5つの変奏から成っているのだが、その変奏も見事なものであって、シューベルトの天才を、ケンプは余すところなく伝えてくれていると思う。

第3楽章のスケルツォのダイナミズム、フィナーレの柔らかいタッチは聴きもの。
フワッとした高音が美しい。

録音は上々です。
40年も昔の録音なのに、あまり古びていません。
ダウンロード版でもきっとエエ音しているんでしょう。
2008/06/21のBlog
ジメジメと蒸し暑い日々が続きます。夕方は大雨でした。
もうしばらく、梅雨の日々を過ごさねばならんようです。

さて、今日はバーンスタインを聴いてます。
録音の時期は、昨日のワルターと同じ頃、そして同じCBSです。

マーラーの交響曲第4番 ト長調。
レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルの演奏。
ソプラノ独唱はレリ・グリスト。
1960年2月の録音。CBS盤。

若々しく精気に満ちた演奏。朝露に濡れたような趣きもある。
バーンスタインの感性瑞々しく、解釈も平易で分かりやすい。解説的なマーラーなのだが、今聴いても実に新鮮でフレッシュな感じがする。

第1楽章はゆったりとした開始。噛んで含めるようなところがあるのは、マーラーの伝道師たるバーンスタインの面目躍如か。
途中からテンポは速まるのだが、演奏は通して屈託がなく明るい。
フルートのユニゾンがとてもキレイ。この部分は高原を渡る風のよう、いつ聴いても全く爽やかだ。
この楽章ラストはゆったりと音楽が広がってゆく。あの世ではない、現世の幸福が一杯詰まっている感じ。

第2楽章もゆったりと大らか。木管の響きなどは、微笑んでいるかのようでチャーミング。時に懐かしささえ漂う。弦楽セクションのビブラート・ポルタメントも効果的。とてもロマンティック。夢見るような美しさになっている。

第3楽章は、静かに穏やかな感情が流れてゆく。心の平安、静寂、ああ、マーラーが書いた最も心安まる音楽の一つだろう。
バーンスタインは、ここでは身を任せる(身を浸している)感じ。ニューヨーク・フィルの演奏も実に自然で、息長いフレージングは見事と思う。美しさが際だつ。

そして第4楽章。レリ・グリストの歌唱!
こんなに可愛らしく、美しく、花が沢山こぼれてくるような歌声はあまりないんじゃないか。ホンマに可愛い。そして、クールな爽やかさもある。蒼い色気とでも云おうか。胸がスーッとするような感じ。高原の空気を胸一杯に吸い込んだような爽やかさが、イイ。

この演奏が素晴らしく感じられ、時折取り出すのは、グリストの歌を聴きたいからなのであります。

録音は上々と思います。
1960年と云うことを思えば、好録音と思います。今の耳で聴いても、さほど古びていません。ニューヨーク・フィルのアンサンブルもまずまず。そんなに緩くないです。
楽器のバランスよく、定位も良好、奥行きもまずまずあって、十分に聴きやすい録音と思います。
2008/06/20のBlog
今年の梅雨は梅雨らしい梅雨です。
雨がよく降りますし、空はどんより。そして、この数日、蒸し暑いこと!
不快指数が高まります。

さて、今日はワルターのモーツァルトを聴いてます。
最晩年のモーツァルト6大交響曲集からのものです。人口に膾炙した往年の名盤、古典的演奏。懐かしい演奏であります。
古いなぁ・・・・・と思いつつも、しかし、ときどきワルターのモーツァルトを聴きたくなるのは、どうしてでしょう?


モーツァルトの交響曲第36番 ハ長調 K.425「リンツ」。
ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団の演奏。
1960年2月の録音。CBS盤。

第1楽章のゆったりとした序奏からして、もう歌が一杯。柔らかく暖かい歌が広がってゆく。これぞ、ワルターのモーツァルト。
主部にはいると、リズムはよく弾んで快速テンポ。実に気持ちよい。テンポの伸縮は自在なもので、さすがにワルターと思わせる。
そして、レガート(テヌートと云うのかな?)が随所に現れて、音楽を優美なものにしてゆく。畳みかける急速部分もあり、変化に富む。大家の至芸と云うべきか。

第2楽章ポコ・アダージョは柔らかい演奏。ここでも音が良く伸ばされて、ぶつ切りにしない独特のアーティキュレーション。優美な表情はここから来るのだろう。
大らかで朗らかな歌もイイ。微笑を浮かべたようなその歌は、ワルター以外ではなかなか聴けないところ。

第3楽章メヌエットは堂々たるテンポでスケールも大きい。表情も多彩で、音楽の色合い・陰影が微妙に変化してゆく。
コロンビア響も好演だが、匂うような音色にはやや不足している感じ。ワルターの意図するところを完全に表現し切れていないかなぁ・・・・とも感じる。十分に健闘しているんだが。

フィナーレは快速テンポ。若々しく溌剌としていて、リズムもよく弾む。音楽全体に活気があって素晴らしい。
これ、ホンマに老人の音楽かいな?
録音当時ワルター83歳。最晩年のはずだが、演奏はとても若々しい。これ、老人のつくり出す音楽ではないぞい。瑞々しく精気に濡れて・・・・。

録音はさすがに古くなりました。
間もなく録音から50年、致し方ありませんな。
しかし、演奏の素晴らしさは、いつも書いてますが、録音の良否を超えます。
良い演奏でした。
2008/06/19のBlog
四国は梅雨空が続きます。
朝晩はそうでもないんですが、日中は梅雨時らしい蒸し暑さであります。
ジョギング中も、何となく汗がへばりつく感じ。緑は濃くなって来ました。田んぼでは盛大なカエルの合唱です。
真夏前、もう少し走り込んでおきましょう。

さて、今日はグールドを聴いてます。
(消化しています、と云うべきか)

ブラームスの間奏曲集。
グレン・グールドのピアノ独奏。
1960年9~11月、ニューヨークの30番街スタジオでの録音。CBS盤。

ブラームス晩年の名作。
いわゆる性格的小品を集めたもの。それを、グールドが丁寧に弾いてゆく。
グールドのブラームスは珍しいが、彼のLPとしてはデビューのゴルトベルク変奏曲から数えて10枚目、キャリアのかなり早い時期にブラームスを録音していたのだった。

ブラームスということで意識したのか、バッハなどで聴かせるいつものグールドの透明な音ではなく、ややくすんで、渋い音で弾いてゆく。
テンポも全体的に遅く、しみじみとした味わいとともに、しっとりとした趣がイイ。ブラームス晩年の作風にふさわしいとおもう。ブラームスこのとき60歳近く。曇り空の、今にも雨が降り出しそうな感じの雰囲気が、スピーカーから漂ってくる。
これはブラームス内面の吐露か、グールドの心情の告白か・・・・いずれにせよ、傾聴に値する、これはグールドの名演だろう。

素晴らしいのは有名な第1曲、作品117の1か。第5番ホ長調も味わい深い名品。
枯淡の境地がじわじわと伝わってくる。

ああ、バッハであれだけの革新的な演奏を行った天才ピアニストが、淡々と、しかし心の奥底まで響くような音で、詩情を綴ってゆく・・・。

録音は、やや古びた感じ。乾いた音がグールドらしいといえば云えるかも。
名演だけに、もう少し良い音で聴いてみたい気もします。
もっとも、名演奏の常、聴いているうちに録音の良し悪しはあまり気にならなくなります。