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2008/07/19のBlog
[ 03:06 ]
[ 交響曲 ]
週末です。大曲を聴きました。
ブルックナーの交響曲第8番 ハ短調(ハース版)。
ベルナルト・ハイティンク指揮ウィーン・フィルの演奏。
1995年1月の録音。フィリップス盤。
ハイティンク渾身の名演。
おそらくハイティンクの録音した夥しいディスクの中でも、十指に入るであろう名演。
(1、2を争う名演か)
と云いつつも、不思議なのはハイティンクが何もしていない感じで、つまり手練手管を使わずに、素直に(おそらくスコア通りに)タクトを振っていたら、ウィーン・フィルの美質が全部出てきて、滅多にないような名演奏になってしまった・・・・という感じなのだ。
そのくらい、この演奏は自然。
フレージングは深々としていて、アーティキュレーションも妙なところがなく自然で(というか、ふつう)、ダイナミックレンジは広大にして、表情づけは特になく、無色透明、澄み切った清流とでも云うべきか。
そして、聴き手の体調、心の状態にあわせるかのように、無限のイメージが膨らんでゆく・・・・。
第1楽章はスケール雄大。しかし、背伸びしすぎていないのが良い。
音楽が大げさにならず、オーケストラの鳴りっぷりが良く、過不足なく音楽が表出されている感じ。ブルックナーのイメージした音楽が、そのまま、僕の部屋で鳴っているんじゃないか、そう信じたくなるような、素晴らしい演奏。こけおどしのところが一つもないのもイイ。
第2楽章のスケルツォも、下手をすると収拾がつかなくなるところじゃないかと思うのだが、ハイティンクは丁寧に描き出してゆく。素直にして誠実。ウィーン・フィルの美しい響き、ブルックナー独特の緊張感のある響きが、ズッシリとした確かさ、重量感をもって再現されてゆく。トリオでのハープの安らかな音色は、天国的に美しい。
そして第3楽章。崇高に鳴り響くアダージョ。これはホンマに美しい。
彫琢の限りを尽くしたわけではなく、とても自然な演奏なのに、出てくる音楽はこんなにも美しい。
ハイティンクはスゴイ。このアダージョを初めて聴いた時、ハイティンクはホンマモンの巨匠になったと思った。この偉大さ、息の長さ、ゼクエンツの深さ、もう云うことなし。このアダージョだけでも、聴く値打ち有りと見た。
フィナーレも圧倒的な音楽。スケール大きく、楽器のバランスも絶妙。金管の咆吼も逞しく、腰砕けにならない。堂々とした音楽の歩み。ダイナミックレンジ大きく、オケの全合奏の音響は凄まじい。そして、ピアニシモは、天上の美しさ。光が差し込んでくるような瞬間が幾つもある。ハイティンクに後光が差しているのかも。
録音極上です。
ウィーン・フィルの弦も管も鮮やかに、そして自然な潤い、確かな質感を持って再現されます。音場も奥行き左右とも広々としていて、臨場感も最高です。
楽器の定位も抜群。
演奏・録音ともに超優秀ディスクと思います。
(この演奏、今はフィリップスのDUOシリーズ廉価盤で買えるようです。3番交響曲とセットで2,000円程度。いやはや、有り難い時代ですね)
と書きつつ、ボンヤリHMVのサイトを覗いていたら、例の「3枚買うたらお安くしまっせ」セールで、この3番8番2枚組がなんと1,290円で出ていました。これは「買い」でしょう。
※ ブルックナーの交響曲第8番の 自己リンクです ※
■シューリヒト/ウィーン・フィル
■ティーレマン/ウィーン・フィル(NHK-FM放送)
■マゼール/ベルリン・フィル
■シノーポリ/ドレスデン・シュターツカペレ
■カラヤン/ベルリン・フィル
■ベイヌム/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
■ジュリーニ/ウィーン・フィル
■スウィトナー/ベルリン・シュターツカペレ
■ベーム/ウィーン・フィル
ブルックナーの交響曲第8番 ハ短調(ハース版)。
ベルナルト・ハイティンク指揮ウィーン・フィルの演奏。
1995年1月の録音。フィリップス盤。
ハイティンク渾身の名演。
おそらくハイティンクの録音した夥しいディスクの中でも、十指に入るであろう名演。
(1、2を争う名演か)
と云いつつも、不思議なのはハイティンクが何もしていない感じで、つまり手練手管を使わずに、素直に(おそらくスコア通りに)タクトを振っていたら、ウィーン・フィルの美質が全部出てきて、滅多にないような名演奏になってしまった・・・・という感じなのだ。
そのくらい、この演奏は自然。
フレージングは深々としていて、アーティキュレーションも妙なところがなく自然で(というか、ふつう)、ダイナミックレンジは広大にして、表情づけは特になく、無色透明、澄み切った清流とでも云うべきか。
そして、聴き手の体調、心の状態にあわせるかのように、無限のイメージが膨らんでゆく・・・・。
第1楽章はスケール雄大。しかし、背伸びしすぎていないのが良い。
音楽が大げさにならず、オーケストラの鳴りっぷりが良く、過不足なく音楽が表出されている感じ。ブルックナーのイメージした音楽が、そのまま、僕の部屋で鳴っているんじゃないか、そう信じたくなるような、素晴らしい演奏。こけおどしのところが一つもないのもイイ。
第2楽章のスケルツォも、下手をすると収拾がつかなくなるところじゃないかと思うのだが、ハイティンクは丁寧に描き出してゆく。素直にして誠実。ウィーン・フィルの美しい響き、ブルックナー独特の緊張感のある響きが、ズッシリとした確かさ、重量感をもって再現されてゆく。トリオでのハープの安らかな音色は、天国的に美しい。
そして第3楽章。崇高に鳴り響くアダージョ。これはホンマに美しい。
彫琢の限りを尽くしたわけではなく、とても自然な演奏なのに、出てくる音楽はこんなにも美しい。
ハイティンクはスゴイ。このアダージョを初めて聴いた時、ハイティンクはホンマモンの巨匠になったと思った。この偉大さ、息の長さ、ゼクエンツの深さ、もう云うことなし。このアダージョだけでも、聴く値打ち有りと見た。
フィナーレも圧倒的な音楽。スケール大きく、楽器のバランスも絶妙。金管の咆吼も逞しく、腰砕けにならない。堂々とした音楽の歩み。ダイナミックレンジ大きく、オケの全合奏の音響は凄まじい。そして、ピアニシモは、天上の美しさ。光が差し込んでくるような瞬間が幾つもある。ハイティンクに後光が差しているのかも。
録音極上です。
ウィーン・フィルの弦も管も鮮やかに、そして自然な潤い、確かな質感を持って再現されます。音場も奥行き左右とも広々としていて、臨場感も最高です。
楽器の定位も抜群。
演奏・録音ともに超優秀ディスクと思います。
(この演奏、今はフィリップスのDUOシリーズ廉価盤で買えるようです。3番交響曲とセットで2,000円程度。いやはや、有り難い時代ですね)
と書きつつ、ボンヤリHMVのサイトを覗いていたら、例の「3枚買うたらお安くしまっせ」セールで、この3番8番2枚組がなんと1,290円で出ていました。これは「買い」でしょう。
※ ブルックナーの交響曲第8番の 自己リンクです ※
■シューリヒト/ウィーン・フィル
■ティーレマン/ウィーン・フィル(NHK-FM放送)
■マゼール/ベルリン・フィル
■シノーポリ/ドレスデン・シュターツカペレ
■カラヤン/ベルリン・フィル
■ベイヌム/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
■ジュリーニ/ウィーン・フィル
■スウィトナー/ベルリン・シュターツカペレ
■ベーム/ウィーン・フィル
2008/07/18のBlog
[ 03:30 ]
[ 管弦楽曲 ]
シャンドール・ヴェーグのモーツァルトは素晴らしい・・・・。
先日聴いたシフとのピアノ協奏曲集の伴奏は、目の覚めるような見事なものでありました。
そこで、今日はヴェーグとカメラータ・アカデミカのセレナード&ディヴェルティメント集を取り出しました。10枚組の廉価盤、時々ふと聴くんですが、ホンマに素晴らしい選集でありまして・・・・・・。
モーツァルトのセレナーデ第13番 ト長調K.525「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」。
シャンドール・ヴェーグ指揮ザルツブルク・モーツァルテウム・カメラータ・アカミデカの演奏。
1986年10月、モーツァルテウムでの録音。カプリッチョ原盤。
高貴で真摯な演奏。
テンポは中庸で心地よく、リズムはキビキビとよく弾み。フレージングは新鮮で爽快。
モーツァルト時代に戻ったような清新の気に充ち満ちている演奏。
古楽器ではなく、現代楽器によるモーツァルトなのに、軽快でいて、しかもこの若々しさ。溌剌とした響き。これぞシャンドール・ヴェーグの指揮の賜だろう。素晴らしいことこの上なし。
現代最良のモーツァルトであり、聴き慣れた「アイネ・クライネ」が、今生まれたばかりの音楽のように響く。
そして何より、この演奏は音楽する喜びにあふれている。カメラータ・アカミデカのメンバーも、さぞや気持ちよかったのではあるまいか。僕ら聴き手以上に、彼らにとってはK.525は陳腐な音楽だろうが、おそらく、新鮮に響き渡ったに違いない。
第1楽章は、あの有名な冒頭部分からして、爽快な名演奏。清冽な水の旨さを想像してしまう。すがすがしい。
第2楽章は味わい深いロマンツェ。まるで緩徐楽章のように響く。
ヴェーグ盤を聴いていると、弦楽オーケストラによるシンフォニックな演奏のように聞こえてくる。
第3楽章のメヌエットはアンサンブルの楽しみ。
フィナーレは、またキビキビしたリズムが戻ってきて、音楽する喜びを満喫できる演奏になっている。
録音は上々です。
もう20年も昔の録音になるんですねえ。CD発売がこのあいだのことのように思えるのは、聴き手の加齢のせいでしょうか・・・・。
先日聴いたシフとのピアノ協奏曲集の伴奏は、目の覚めるような見事なものでありました。
そこで、今日はヴェーグとカメラータ・アカデミカのセレナード&ディヴェルティメント集を取り出しました。10枚組の廉価盤、時々ふと聴くんですが、ホンマに素晴らしい選集でありまして・・・・・・。
モーツァルトのセレナーデ第13番 ト長調K.525「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」。
シャンドール・ヴェーグ指揮ザルツブルク・モーツァルテウム・カメラータ・アカミデカの演奏。
1986年10月、モーツァルテウムでの録音。カプリッチョ原盤。
高貴で真摯な演奏。
テンポは中庸で心地よく、リズムはキビキビとよく弾み。フレージングは新鮮で爽快。
モーツァルト時代に戻ったような清新の気に充ち満ちている演奏。
古楽器ではなく、現代楽器によるモーツァルトなのに、軽快でいて、しかもこの若々しさ。溌剌とした響き。これぞシャンドール・ヴェーグの指揮の賜だろう。素晴らしいことこの上なし。
現代最良のモーツァルトであり、聴き慣れた「アイネ・クライネ」が、今生まれたばかりの音楽のように響く。
そして何より、この演奏は音楽する喜びにあふれている。カメラータ・アカミデカのメンバーも、さぞや気持ちよかったのではあるまいか。僕ら聴き手以上に、彼らにとってはK.525は陳腐な音楽だろうが、おそらく、新鮮に響き渡ったに違いない。
第1楽章は、あの有名な冒頭部分からして、爽快な名演奏。清冽な水の旨さを想像してしまう。すがすがしい。
第2楽章は味わい深いロマンツェ。まるで緩徐楽章のように響く。
ヴェーグ盤を聴いていると、弦楽オーケストラによるシンフォニックな演奏のように聞こえてくる。
第3楽章のメヌエットはアンサンブルの楽しみ。
フィナーレは、またキビキビしたリズムが戻ってきて、音楽する喜びを満喫できる演奏になっている。
録音は上々です。
もう20年も昔の録音になるんですねえ。CD発売がこのあいだのことのように思えるのは、聴き手の加齢のせいでしょうか・・・・。
2008/07/17のBlog
[ 04:53 ]
[ 器楽曲 ]
加齢進行中の身、このごろは特に早朝覚醒で困ります。
というより、睡眠時間が多く取れない、早くに目覚めてしまうのであります。
僕の就寝は夜10時頃、すると目覚めが午前3時頃・・・・・酷いときには2時頃に目覚めてしまいます。睡眠時間が4~5時間ではさすがにシンドイのです。
いったん目覚めてしまうと、すぐに二度寝が出来ないのが年寄りなのでありまして、ゴソゴソ本を読んだり、例えば今のように、記事の更新をしている訳ですが、どうも身体にはあまり良くないような感じです。まとめて6時間寝られれば体調はエエんですが、どうも「眠る体力」が衰えつつあるのかもしれません。いやはや・・・・・困ったもんです。
さて、今日は。
シューベルトのピアノ・ソナタ第20番 イ長調 D.959。
ラドゥ・ルプーのピアノ独奏。
1975年7月、ロンドンのキングズウェイホールでの録音。DECCA盤。
先日、ルプーの演奏が廉価盤で安く購入できそうだったので、早速クリック。またしても、HMVの巧妙な戦略に嵌められてしまいました(^^ゞ
で、届いたものを聴いております。ルプーのシューベルト・ソナタ集4枚組のCDから。
すでに30年も昔の録音なのに、なんと鮮明な音!
DECCAのアナログ録音の見事さを物語る音。ルプーの繊細で瑞々しい音を余すところなく捉えきっている。高音は鮮やかに輝いて、澄み渡るような爽快な音。低音は底光りするような渋く充実した音。これはイイ音だ。
鮮やかな録音なので、やや人工的な感じもする。好みが分かれるかもしれない。僕は好きだなぁ・・・。
さすが録音のDECCAだわい。上質なピアノの音に、まずはウットリ。
そして、シューベルトの歌。
ルプーのピアノは抒情派らしく、淡い感情が流れてゆく。それが美しい。
思いは込められているが、お涙頂戴という雰囲気ではなく、高貴で、少し澄まし顔で、志操が高い演奏と云うべきか。
ピアノのタッチはデリケートで、透明な響きが美しい。技巧も完璧・・・・・尤も、シューベルトのピアノ曲はあまり技巧を要求してはいないか。
印象に残るのは第2楽章の憂いを含んだ表情。
ああ、これぞシューベルトの哀しみ。このD.959を含むソナタ作品群を遺して、シューベルトは夭折する。聴いていて、涙がこぼれるようなアンダンティーノ。
ルプーはここで声を潜めるように、弾く。その抑制のきいた音がとても綺麗。
そして、フォルティシモでの鮮やかさ。それは対照的に輝き、光が零れてくるようだ。
フィナーレのロンドもイイ。
美しい歌が、サラサラと流れてゆく。この後口の爽やかさが、ルプーの持ち味だろう。ベタつかない抒情が、ここにはある。
ああ、ルプーはやはり「1000人に一人のリリシスト」でありました。
というより、睡眠時間が多く取れない、早くに目覚めてしまうのであります。
僕の就寝は夜10時頃、すると目覚めが午前3時頃・・・・・酷いときには2時頃に目覚めてしまいます。睡眠時間が4~5時間ではさすがにシンドイのです。
いったん目覚めてしまうと、すぐに二度寝が出来ないのが年寄りなのでありまして、ゴソゴソ本を読んだり、例えば今のように、記事の更新をしている訳ですが、どうも身体にはあまり良くないような感じです。まとめて6時間寝られれば体調はエエんですが、どうも「眠る体力」が衰えつつあるのかもしれません。いやはや・・・・・困ったもんです。
さて、今日は。
シューベルトのピアノ・ソナタ第20番 イ長調 D.959。
ラドゥ・ルプーのピアノ独奏。
1975年7月、ロンドンのキングズウェイホールでの録音。DECCA盤。
先日、ルプーの演奏が廉価盤で安く購入できそうだったので、早速クリック。またしても、HMVの巧妙な戦略に嵌められてしまいました(^^ゞ
で、届いたものを聴いております。ルプーのシューベルト・ソナタ集4枚組のCDから。
すでに30年も昔の録音なのに、なんと鮮明な音!
DECCAのアナログ録音の見事さを物語る音。ルプーの繊細で瑞々しい音を余すところなく捉えきっている。高音は鮮やかに輝いて、澄み渡るような爽快な音。低音は底光りするような渋く充実した音。これはイイ音だ。
鮮やかな録音なので、やや人工的な感じもする。好みが分かれるかもしれない。僕は好きだなぁ・・・。
さすが録音のDECCAだわい。上質なピアノの音に、まずはウットリ。
そして、シューベルトの歌。
ルプーのピアノは抒情派らしく、淡い感情が流れてゆく。それが美しい。
思いは込められているが、お涙頂戴という雰囲気ではなく、高貴で、少し澄まし顔で、志操が高い演奏と云うべきか。
ピアノのタッチはデリケートで、透明な響きが美しい。技巧も完璧・・・・・尤も、シューベルトのピアノ曲はあまり技巧を要求してはいないか。
印象に残るのは第2楽章の憂いを含んだ表情。
ああ、これぞシューベルトの哀しみ。このD.959を含むソナタ作品群を遺して、シューベルトは夭折する。聴いていて、涙がこぼれるようなアンダンティーノ。
ルプーはここで声を潜めるように、弾く。その抑制のきいた音がとても綺麗。
そして、フォルティシモでの鮮やかさ。それは対照的に輝き、光が零れてくるようだ。
フィナーレのロンドもイイ。
美しい歌が、サラサラと流れてゆく。この後口の爽やかさが、ルプーの持ち味だろう。ベタつかない抒情が、ここにはある。
ああ、ルプーはやはり「1000人に一人のリリシスト」でありました。
2008/07/16のBlog
[ 03:13 ]
[ 協奏曲 ]
ブリテンの指揮するバッハ・ブランデンブルク協奏曲を入手しました。
これはクラシック音楽を聴き始めた頃、欲しかった演奏でありました。廉価盤でした。当時2枚組3,000円。
ブランデンブルク協奏曲を知ったのはまずはバウムガルトナー盤。国内盤はキング発売のオイロディスク廉価盤2枚組でした。この演奏でバッハを知ったのは良かったと思います。今聴いても素晴らしい。
ついで、テイチクから出ていたコレギウム・アウレウム合奏団のLP。これも良かった。古楽器の響きが実に新鮮、コレギウム・アウレウム合奏団の指揮者を置かない自由闊達な演奏もエエなぁと思いました。何より録音がグッド。フッガー城糸杉の間は今も最高のロケーションでしょう。
その後、アーノンクール盤かブリテン盤か、レコード屋で悩みつつ(高田馬場ムトウだったはず)、結局アーノンクール盤にしたんですな。アーノンクールは古楽器の鋭い演奏が好評、ブリテンは作曲家の視線での指揮と演奏の格調の高さが好評でありました。
やがて、この曲への興味がやや薄れ、放っておいたんであります。
爾来二十年有余、オーストラリア・ELOQUENCE盤が随分安価に入手できそうなので、先日ようやくこの演奏を聴いたのであります。
(豪ELOQUENCE盤は、往年のDG・DECCA・フィリップスの名盤が廉価盤になっていて、2枚組1,200円程度で買える優れものでありますぞ)
いやぁ、良かった。当時読んでいた評のままでありました。
というわけで、今日はJ・S・バッハのブランデンブルク協奏曲。
ベンジャミン・ブリテン指揮イギリス室内管弦楽団の演奏。
1968年12月、英国スネイプのモルティングスホールでの録音。DECCA原盤。
特に良かったのは第4番。
リコーダーのかわりにフルートを使っているのだ。響きがふっくらで豊かに、そして暖かい音、豊満な音になっている。
ブリテンの指揮はシャープで誠実、格調高くまさに正調。素晴らしい構成感であるだけに、この第4番でフルートを使用しているのが楽しい。
リコーダーだと素朴な響きになるのだが、フルートだと色っぽく、妖艶な感じも出てきて実に面白い。
第2楽章など、ロマンティックな味わい。フルートのヴィヴラートが粋でイナセ、非常に美しい。同時に爽やかで、時に色気タップリ。
両端楽章が格調高く、リズムも精確で几帳面な感じが強いだけに、余計に印象的。
そして、普段はリコーダーで聴き慣れているだけに、いやぁ、面白い。
(最近の演奏は殆どリコーダーですもんね)
録音は今も美しいです。
モルティングスホールはブリテンが愛してやまなかったホールとのこと、さすがに美しい音響で、特に余情のある響きがイイ。
エエ音で聴けます。40年前の録音とは、ちと信じられません。
これはクラシック音楽を聴き始めた頃、欲しかった演奏でありました。廉価盤でした。当時2枚組3,000円。
ブランデンブルク協奏曲を知ったのはまずはバウムガルトナー盤。国内盤はキング発売のオイロディスク廉価盤2枚組でした。この演奏でバッハを知ったのは良かったと思います。今聴いても素晴らしい。
ついで、テイチクから出ていたコレギウム・アウレウム合奏団のLP。これも良かった。古楽器の響きが実に新鮮、コレギウム・アウレウム合奏団の指揮者を置かない自由闊達な演奏もエエなぁと思いました。何より録音がグッド。フッガー城糸杉の間は今も最高のロケーションでしょう。
その後、アーノンクール盤かブリテン盤か、レコード屋で悩みつつ(高田馬場ムトウだったはず)、結局アーノンクール盤にしたんですな。アーノンクールは古楽器の鋭い演奏が好評、ブリテンは作曲家の視線での指揮と演奏の格調の高さが好評でありました。
やがて、この曲への興味がやや薄れ、放っておいたんであります。
爾来二十年有余、オーストラリア・ELOQUENCE盤が随分安価に入手できそうなので、先日ようやくこの演奏を聴いたのであります。
(豪ELOQUENCE盤は、往年のDG・DECCA・フィリップスの名盤が廉価盤になっていて、2枚組1,200円程度で買える優れものでありますぞ)
いやぁ、良かった。当時読んでいた評のままでありました。
というわけで、今日はJ・S・バッハのブランデンブルク協奏曲。
ベンジャミン・ブリテン指揮イギリス室内管弦楽団の演奏。
1968年12月、英国スネイプのモルティングスホールでの録音。DECCA原盤。
特に良かったのは第4番。
リコーダーのかわりにフルートを使っているのだ。響きがふっくらで豊かに、そして暖かい音、豊満な音になっている。
ブリテンの指揮はシャープで誠実、格調高くまさに正調。素晴らしい構成感であるだけに、この第4番でフルートを使用しているのが楽しい。
リコーダーだと素朴な響きになるのだが、フルートだと色っぽく、妖艶な感じも出てきて実に面白い。
第2楽章など、ロマンティックな味わい。フルートのヴィヴラートが粋でイナセ、非常に美しい。同時に爽やかで、時に色気タップリ。
両端楽章が格調高く、リズムも精確で几帳面な感じが強いだけに、余計に印象的。
そして、普段はリコーダーで聴き慣れているだけに、いやぁ、面白い。
(最近の演奏は殆どリコーダーですもんね)
録音は今も美しいです。
モルティングスホールはブリテンが愛してやまなかったホールとのこと、さすがに美しい音響で、特に余情のある響きがイイ。
エエ音で聴けます。40年前の録音とは、ちと信じられません。
2008/07/15のBlog
[ 06:24 ]
[ 協奏曲 ]
今日はモーツァルトを聴いてます。
モーツァルトのピアノ協奏曲第25番ハ長調K.503。
アンドラーシュ・シフのピアノ独奏、シャンドール・ヴェーグ指揮ザルツブルク・モーツァルテウム・カメラータ・アカミデカの演奏。
1988年12月、モーツァルテウムでの録音。DECCA原盤。
協奏曲はソロのプレイを聴くのが楽しいのだが、伴奏が良いとさらに演奏全体が素晴らしくなる。
モーツァルトのピアノ協奏曲は20番以降が特に好きで、いろいろ聴いてきたが、こと伴奏に関しては、このディスク、シャンドール・ヴェーグが指揮するカメラータ・アカミデカが最高ではなかろうか。
オーケストラが全体的に力強く、また輝かしく、ティンパニの強打などは胸がすくほどカッコよく、金管などもグッと前に出てきて気持ちいい。
第1楽章などは、序奏部を聴いているだけでもワクワクしてくる。
第2楽章の静謐な伴奏も美しい。ニュアンス豊かで、デリケートな管弦楽は、まるでピアノに寄り添うかのようだ。ヴェーグの指揮はホンマに雄弁。そして優しい。音楽を愛する慈愛の瞳が感じられる、素晴らしい伴奏と思う。
見事な伴奏を得て、シフのピアノはまさに水を得た魚のよう。自由に飛翔する感じ。
第1楽章の輝かしいピアにズムは聴いていて心地よいし、愉悦に満ちたモーツァルトになっている。心が弾んでくる。
モーツァルトは楽しく弾かなくちゃ・・・そして、聴き手は楽しく聴かなくちゃね。
特に、カデンツァはもう最高。「フィガロの結婚」のフレーズも登場して、たいそう楽しい。
第2楽章での安らぎ、フィナーレでの躍動も、見事なもんだ。
録音は最高レベルであります。
ピアノもオーケストラも大変美しく録られています。
DECCA、さすがであります。
このCDは20番~27番が入った4枚組。輸入廉価盤であります。
どの伴奏も美しく、品格のある優秀なもの。
満足できる4枚組でありました。
昨晩、NHKのニュース9を観ていたら、「迷惑ブログ」について報道されておりました。
要するに金儲けのためのブログが横行して、ブログ総数の3割は「迷惑ブログ」だということでした。
なるほどなぁ・・・・ランキングだのアフィリエイトだので小金を稼ごうとしているブログはナンボでもあるし(あれは眺めていて気分が良いもんじゃないですなぁ。「クリックしてくれ、クリックしてくれ」と田舎の選挙カーの運動みたい、浅ましいような気がしましてね・・・・)、出会い系の広告が載っている、いやそればかりのブログに出会ったこともあるからなぁ・・・・・この世は資本主義、仕方ないとはいえ、検索してもなかなか目指すブログに到達できないとしたら、それは困りますなぁ・・・・・・。
モーツァルトのピアノ協奏曲第25番ハ長調K.503。
アンドラーシュ・シフのピアノ独奏、シャンドール・ヴェーグ指揮ザルツブルク・モーツァルテウム・カメラータ・アカミデカの演奏。
1988年12月、モーツァルテウムでの録音。DECCA原盤。
協奏曲はソロのプレイを聴くのが楽しいのだが、伴奏が良いとさらに演奏全体が素晴らしくなる。
モーツァルトのピアノ協奏曲は20番以降が特に好きで、いろいろ聴いてきたが、こと伴奏に関しては、このディスク、シャンドール・ヴェーグが指揮するカメラータ・アカミデカが最高ではなかろうか。
オーケストラが全体的に力強く、また輝かしく、ティンパニの強打などは胸がすくほどカッコよく、金管などもグッと前に出てきて気持ちいい。
第1楽章などは、序奏部を聴いているだけでもワクワクしてくる。
第2楽章の静謐な伴奏も美しい。ニュアンス豊かで、デリケートな管弦楽は、まるでピアノに寄り添うかのようだ。ヴェーグの指揮はホンマに雄弁。そして優しい。音楽を愛する慈愛の瞳が感じられる、素晴らしい伴奏と思う。
見事な伴奏を得て、シフのピアノはまさに水を得た魚のよう。自由に飛翔する感じ。
第1楽章の輝かしいピアにズムは聴いていて心地よいし、愉悦に満ちたモーツァルトになっている。心が弾んでくる。
モーツァルトは楽しく弾かなくちゃ・・・そして、聴き手は楽しく聴かなくちゃね。
特に、カデンツァはもう最高。「フィガロの結婚」のフレーズも登場して、たいそう楽しい。
第2楽章での安らぎ、フィナーレでの躍動も、見事なもんだ。
録音は最高レベルであります。
ピアノもオーケストラも大変美しく録られています。
DECCA、さすがであります。
このCDは20番~27番が入った4枚組。輸入廉価盤であります。
どの伴奏も美しく、品格のある優秀なもの。
満足できる4枚組でありました。
昨晩、NHKのニュース9を観ていたら、「迷惑ブログ」について報道されておりました。
要するに金儲けのためのブログが横行して、ブログ総数の3割は「迷惑ブログ」だということでした。
なるほどなぁ・・・・ランキングだのアフィリエイトだので小金を稼ごうとしているブログはナンボでもあるし(あれは眺めていて気分が良いもんじゃないですなぁ。「クリックしてくれ、クリックしてくれ」と田舎の選挙カーの運動みたい、浅ましいような気がしましてね・・・・)、出会い系の広告が載っている、いやそればかりのブログに出会ったこともあるからなぁ・・・・・この世は資本主義、仕方ないとはいえ、検索してもなかなか目指すブログに到達できないとしたら、それは困りますなぁ・・・・・・。
2008/07/14のBlog
[ 06:19 ]
[ 器楽曲 ]
今日はモーツァルトのピアノソナタ第11番 イ長調 K.331。
グレン・グールドのピアノ独奏。
レコード雑誌やブログ等で読んではいたのだが、実際に聴いてビックリ。
グールドのモーツァルトは面白い。異形のモーツァルトだ。
第1楽章の何という遅さ。そしてスタッカート。
遅いからロマンティック・情緒的というわけではなく、即物的で、しかも乾いた感じの響きが特徴と思う。
アーティキュレーションはブツ切りで、一つひとつの音はとても短い。テンポは遅く音は短い・・・・といった感じの演奏。
しかし、聴き進めてゆくと、あら不思議、体がグールドのテンポに馴染んでくる。初めの違和感がどこかに行ってしまい、グールドの術中にはまってしまう・・・と云うべきか。これがグールド芸術のスゴイところかもしれない。
そして盛大なグールドの唸り声、鼻歌・・・・・。
ピアノの音はとてもキレイ。都会的な洗練、人工的な美しさ、計算された彫刻・・・・といった感じのピアノの音。ステンレスの光彩を見ているような音色。
変奏曲なので、いろいろ曲想が変わるのだが、ラストの変奏は今度は無茶苦茶速い。
第2楽章は、まるで我が家の息子たちが演奏しているような感じで(つまり下手くそ)、ブツ切りの音でたどたどしい感じさえする。有り余るテクニックの持ち主が、わざと下手くそに弾いている・・・まるで初心者、子供の演奏だ。
しかし、面白い。どんな演奏が続くのか、聴いていてワクワクする楽しさ。この、有名なソナタで胸躍ることなどそうはないのだが、グールドの演奏は別格だ。不思議な演奏。このドキドキ感は、他のピアニストの演奏では味わえない。
フィナーレのトルコ行進曲も大変遅い。訥々とした語り口。しかし、その中に異様な緊張感もある。この緊迫感はいったい何なのか。
そして、演奏はとにかく美しい。センス溢れる演奏と云うべきか。
装飾などもさすがグールド、天才の閃き。
録音は今も十分に美しいもの。
グールドのピアノの特徴が(そして鼻歌も!)、実によく捉えられている録音と云えるでしょう。
いやはや、スゴイ演奏でした。
これは異様、異形の演奏です。でも、スゴイと感じました。
土日出勤の激務でありました。
猛暑の中、へばりました。このトシではさすがにこたえます(^^ゞ
ちと休みが欲しくなりました。
グレン・グールドのピアノ独奏。
レコード雑誌やブログ等で読んではいたのだが、実際に聴いてビックリ。
グールドのモーツァルトは面白い。異形のモーツァルトだ。
第1楽章の何という遅さ。そしてスタッカート。
遅いからロマンティック・情緒的というわけではなく、即物的で、しかも乾いた感じの響きが特徴と思う。
アーティキュレーションはブツ切りで、一つひとつの音はとても短い。テンポは遅く音は短い・・・・といった感じの演奏。
しかし、聴き進めてゆくと、あら不思議、体がグールドのテンポに馴染んでくる。初めの違和感がどこかに行ってしまい、グールドの術中にはまってしまう・・・と云うべきか。これがグールド芸術のスゴイところかもしれない。
そして盛大なグールドの唸り声、鼻歌・・・・・。
ピアノの音はとてもキレイ。都会的な洗練、人工的な美しさ、計算された彫刻・・・・といった感じのピアノの音。ステンレスの光彩を見ているような音色。
変奏曲なので、いろいろ曲想が変わるのだが、ラストの変奏は今度は無茶苦茶速い。
第2楽章は、まるで我が家の息子たちが演奏しているような感じで(つまり下手くそ)、ブツ切りの音でたどたどしい感じさえする。有り余るテクニックの持ち主が、わざと下手くそに弾いている・・・まるで初心者、子供の演奏だ。
しかし、面白い。どんな演奏が続くのか、聴いていてワクワクする楽しさ。この、有名なソナタで胸躍ることなどそうはないのだが、グールドの演奏は別格だ。不思議な演奏。このドキドキ感は、他のピアニストの演奏では味わえない。
フィナーレのトルコ行進曲も大変遅い。訥々とした語り口。しかし、その中に異様な緊張感もある。この緊迫感はいったい何なのか。
そして、演奏はとにかく美しい。センス溢れる演奏と云うべきか。
装飾などもさすがグールド、天才の閃き。
録音は今も十分に美しいもの。
グールドのピアノの特徴が(そして鼻歌も!)、実によく捉えられている録音と云えるでしょう。
いやはや、スゴイ演奏でした。
これは異様、異形の演奏です。でも、スゴイと感じました。
土日出勤の激務でありました。
猛暑の中、へばりました。このトシではさすがにこたえます(^^ゞ
ちと休みが欲しくなりました。
2008/07/12のBlog
[ 05:30 ]
[ 交響曲 ]
毎日暑いです・・・・・・。って、毎日書いてますが(^^ゞ
モーツァルトの交響曲第39番 変ホ長調 K.543。
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
1981年、ドレスデンのルカ教会での録音。DENON盤。
ドレスデン・シュターツカペレの演奏でモーツァルトを聴く喜び。
指揮は自然体のブロムシュテット。一聴、何の変哲もないモーツァルトなのだが、長年聴き続けてくるともうスルメのような味わいであって、噛めば噛むほど滲み出てくる味わいがたまらない。愛惜おくあたわざる演奏であります。
本ブログにて、もう百万遍くらいは云ったが(大嘘)、ブロムシュテットがSKDと組んでDENONに録音した演奏は、まさにSKDの全盛期であるとボクは信じておりまして、その演奏はすべて手元に置いておいて良いのではないかと思っております。
このモーツァルトを始め、ブルックナー、R・シュトラウスなど、DENONが当時世界最高レベルを誇ったPCM録音によって、ルカ教会の美しい残響とともにSKDのまろやかな響きを捉えきっていて、もう間然とするところがない。いや、陶然としてしまう。
オーケストラの音だけで、至福の境地になれる。この、木目調の音!これほど金属音がしないのはSKD特有のものと思う。(あのくすんだ柔らかさのコンセルトヘボウ管でも、ディスクからは少しキツイところが出てくるものなぁ・・・)
弦楽セクションの響きも素晴らしい。練り絹のようにしっとりとしたアンサンブル。このまろやかな響きは他のオケではまず聴けないものだ。
すべての楽器が渾然一体となって、しかし、個々の楽器はやはり美しく、全体としては得も言われぬ渋く暖かい響きとなってゆく。見事としか云いようがない。
この39番交響曲も、まろやかな響きで、聴いていて酔ってしまうほど。
何と美しい!
ブロムシュテットの指揮は背筋が伸びて、とても真摯。しかし堅苦しくならず、肩の力は抜けていて、いかにも自然体。克明で几帳面な演奏なのだが、シャカリキになってはいない。ふと軟らかい表情が見えるのがイイ。
そして高貴なこと。モーツァルトの最高のメヌエットが、これほどノーブルに鳴り渡る演奏、他にはちと思いつかない。
ありゃりゃ。褒めすぎて、DENONのクレスト1000シリーズの広告のようになってしまいました・・・(^^ゞ。
ワタクシ、回し者ではアリマヘン。リンクもはってません。
アフィリ云々もランキング云々も、なぁんもアリマヘン。(これがDoblogのシンプルでエエところなんです。少々重くてもエエんです。)
田舎暮らしのお恥ずかしいクラシック音楽絵日記であります。
モーツァルトの交響曲第39番 変ホ長調 K.543。
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ドレスデン・シュターツカペレの演奏。
1981年、ドレスデンのルカ教会での録音。DENON盤。
ドレスデン・シュターツカペレの演奏でモーツァルトを聴く喜び。
指揮は自然体のブロムシュテット。一聴、何の変哲もないモーツァルトなのだが、長年聴き続けてくるともうスルメのような味わいであって、噛めば噛むほど滲み出てくる味わいがたまらない。愛惜おくあたわざる演奏であります。
本ブログにて、もう百万遍くらいは云ったが(大嘘)、ブロムシュテットがSKDと組んでDENONに録音した演奏は、まさにSKDの全盛期であるとボクは信じておりまして、その演奏はすべて手元に置いておいて良いのではないかと思っております。
このモーツァルトを始め、ブルックナー、R・シュトラウスなど、DENONが当時世界最高レベルを誇ったPCM録音によって、ルカ教会の美しい残響とともにSKDのまろやかな響きを捉えきっていて、もう間然とするところがない。いや、陶然としてしまう。
オーケストラの音だけで、至福の境地になれる。この、木目調の音!これほど金属音がしないのはSKD特有のものと思う。(あのくすんだ柔らかさのコンセルトヘボウ管でも、ディスクからは少しキツイところが出てくるものなぁ・・・)
弦楽セクションの響きも素晴らしい。練り絹のようにしっとりとしたアンサンブル。このまろやかな響きは他のオケではまず聴けないものだ。
すべての楽器が渾然一体となって、しかし、個々の楽器はやはり美しく、全体としては得も言われぬ渋く暖かい響きとなってゆく。見事としか云いようがない。
この39番交響曲も、まろやかな響きで、聴いていて酔ってしまうほど。
何と美しい!
ブロムシュテットの指揮は背筋が伸びて、とても真摯。しかし堅苦しくならず、肩の力は抜けていて、いかにも自然体。克明で几帳面な演奏なのだが、シャカリキになってはいない。ふと軟らかい表情が見えるのがイイ。
そして高貴なこと。モーツァルトの最高のメヌエットが、これほどノーブルに鳴り渡る演奏、他にはちと思いつかない。
ありゃりゃ。褒めすぎて、DENONのクレスト1000シリーズの広告のようになってしまいました・・・(^^ゞ。
ワタクシ、回し者ではアリマヘン。リンクもはってません。
アフィリ云々もランキング云々も、なぁんもアリマヘン。(これがDoblogのシンプルでエエところなんです。少々重くてもエエんです。)
田舎暮らしのお恥ずかしいクラシック音楽絵日記であります。
2008/07/11のBlog
[ 05:58 ]
[ 室内楽曲 ]
この数日の暑さにげんなりしております。
今日はシューベルトの室内楽でも聴きまっしょい。
弦楽器の響きで、ちと、涼しい気分になるかいなぁ・・・・・。
シューベルトの弦楽四重奏曲第15番 ト長調 D.887。
メロス弦楽四重奏団の演奏。
1974年12月、シュトゥットガルトのモーツァルト・ザールでの録音。DG盤の全集から。
メロスSQの演奏は、ドイツ的な重厚さに加えて、現代的なシャープさを押し出してくるところに特徴があると思う。その中から、シューベルトの若々しい歌が湧き上がってくる。
4人のバランスがとても良いし、時にハッとするようなパッセージが浮かび上がる。そして、ゾクッとするような深淵も。シューベルトの「未完成」交響曲にも出てくる、シューベルトの恐さ、人生の深い闇というか、芸術のコワさとでもいうか・・・そういったものが、この弦楽四重奏からも聞こえてきた。
それが最もよく出ているのが第2楽章。シューベルト的な歌が続く、美しい楽章。ゆったりとしたアンダンテ・ウン・ポコ・モートから、ゾッとするほどの美しいフレーズが浮かぶ。トレモロが作る悲痛な恐ろしさ、音が震えて、常に危うさがつきまとう。
そのあたりをメロスSQは完璧なアンサンブルで表出する。素晴らしい演奏、そして鋭い演奏と思う。
第3楽章もイイ。音が震える。32分音符が多いらしい。
トレモロのように奏でられながら、何かに追われているような切迫感がある。それが、シューベルトの哀感となって、聴き手の胸を締め付けるのかな。
録音がやや乾き気味なのが残念。
第1ヴァイオリンの高音が、金切り声的に響くことあり。
シューベルトの悲哀がよく出ているとは思うのだが、時に耳に痛く、もう少しフワッとした音で聴いてみたい気がします。
この数日、Doblogが重くて更新しかねるような状態でした。
どうかしたんかいな。
コメントも書き込めない時もありました。ご迷惑をおかけしました。
今日はシューベルトの室内楽でも聴きまっしょい。
弦楽器の響きで、ちと、涼しい気分になるかいなぁ・・・・・。
シューベルトの弦楽四重奏曲第15番 ト長調 D.887。
メロス弦楽四重奏団の演奏。
1974年12月、シュトゥットガルトのモーツァルト・ザールでの録音。DG盤の全集から。
メロスSQの演奏は、ドイツ的な重厚さに加えて、現代的なシャープさを押し出してくるところに特徴があると思う。その中から、シューベルトの若々しい歌が湧き上がってくる。
4人のバランスがとても良いし、時にハッとするようなパッセージが浮かび上がる。そして、ゾクッとするような深淵も。シューベルトの「未完成」交響曲にも出てくる、シューベルトの恐さ、人生の深い闇というか、芸術のコワさとでもいうか・・・そういったものが、この弦楽四重奏からも聞こえてきた。
それが最もよく出ているのが第2楽章。シューベルト的な歌が続く、美しい楽章。ゆったりとしたアンダンテ・ウン・ポコ・モートから、ゾッとするほどの美しいフレーズが浮かぶ。トレモロが作る悲痛な恐ろしさ、音が震えて、常に危うさがつきまとう。
そのあたりをメロスSQは完璧なアンサンブルで表出する。素晴らしい演奏、そして鋭い演奏と思う。
第3楽章もイイ。音が震える。32分音符が多いらしい。
トレモロのように奏でられながら、何かに追われているような切迫感がある。それが、シューベルトの哀感となって、聴き手の胸を締め付けるのかな。
録音がやや乾き気味なのが残念。
第1ヴァイオリンの高音が、金切り声的に響くことあり。
シューベルトの悲哀がよく出ているとは思うのだが、時に耳に痛く、もう少しフワッとした音で聴いてみたい気がします。
この数日、Doblogが重くて更新しかねるような状態でした。
どうかしたんかいな。
コメントも書き込めない時もありました。ご迷惑をおかけしました。
2008/07/10のBlog
[ 05:40 ]
[ 管弦楽曲 ]
梅雨明け後、暑い日が続きます。
みなさま、暑中お見舞い申し上げます。
ジョギングも早朝でないと、こたえます。朝露の中をトコトコ走るのは気持ちいいもんですが、すでに日は昇っていて、この日差しは朝からキツイです。この数日でだいぶ日焼けしました。
こんな音楽でも聴いて、それこそ昼寝出来ればエエんですが・・・・。
ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」。
ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1976年の録音。蘭フィリップスの輸入盤LPボックスからの1枚。
知る人ぞ知るハイティンク/コンセルトヘボウ管の名盤。
LPは名録音と誉れ高いもの。かの長岡鉄男が絶賛していたもので、僕は石丸電気の年末キズものバーゲンで購入した。もう25年も前の話、懐かしいLPであります。
コンセルトヘボウ管の管楽器が素晴らしい。
ソロのフルートだけでなく、クラリネットやオーボエは大変に巧いし、何より響きがイイ。そしてそれを包み込む弦楽器のユニゾンもまた、美しいこと。
ヴァイオリン群の繊細でニュアンスに富んだ音色は格別。「虹色」と云いたいくらい、刻々と音色が変化して、いや全く色彩的。そして、デリカシー一杯の響き。
聴いていて、こんなに楽しいことはない。
ハイティンクの指揮は自然で誠実。作為的なところがちっともなく、ひたすら真面目に棒を振っている感じ。匠気がない。そういう演奏はあまり面白くないことが多いのだが、これは、その自然さが良い方に作用して、コンセルトヘボウ管の美しい響きが前面に出てきて、たまらない魅力を放つ演奏になっている。
指揮者の存在感が殆どないのにもかかわらず、非常な名演奏になってしまったという、これは稀有の演奏ではなかろうか。
11分11秒の短い演奏時間に、ドビュッシーの天才も、近代フランス音楽の繊細なオーケストレーションの精華も、そしてコンセルトヘボウ管のたぐいまれな響きも、すべて詰め込んでしまった名演奏と思う。
録音は初めに書いたように、今も最高級。
アナログ録音の最良の姿と思います。
しかも、このLPは蘭フィリップスの輸入盤。プレスも最高であります。
この演奏はCDでも出ています。フィリップスのDUOシリーズ。CDでもエエ音のようです。
みなさま、暑中お見舞い申し上げます。
ジョギングも早朝でないと、こたえます。朝露の中をトコトコ走るのは気持ちいいもんですが、すでに日は昇っていて、この日差しは朝からキツイです。この数日でだいぶ日焼けしました。
こんな音楽でも聴いて、それこそ昼寝出来ればエエんですが・・・・。
ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」。
ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1976年の録音。蘭フィリップスの輸入盤LPボックスからの1枚。
知る人ぞ知るハイティンク/コンセルトヘボウ管の名盤。
LPは名録音と誉れ高いもの。かの長岡鉄男が絶賛していたもので、僕は石丸電気の年末キズものバーゲンで購入した。もう25年も前の話、懐かしいLPであります。
コンセルトヘボウ管の管楽器が素晴らしい。
ソロのフルートだけでなく、クラリネットやオーボエは大変に巧いし、何より響きがイイ。そしてそれを包み込む弦楽器のユニゾンもまた、美しいこと。
ヴァイオリン群の繊細でニュアンスに富んだ音色は格別。「虹色」と云いたいくらい、刻々と音色が変化して、いや全く色彩的。そして、デリカシー一杯の響き。
聴いていて、こんなに楽しいことはない。
ハイティンクの指揮は自然で誠実。作為的なところがちっともなく、ひたすら真面目に棒を振っている感じ。匠気がない。そういう演奏はあまり面白くないことが多いのだが、これは、その自然さが良い方に作用して、コンセルトヘボウ管の美しい響きが前面に出てきて、たまらない魅力を放つ演奏になっている。
指揮者の存在感が殆どないのにもかかわらず、非常な名演奏になってしまったという、これは稀有の演奏ではなかろうか。
11分11秒の短い演奏時間に、ドビュッシーの天才も、近代フランス音楽の繊細なオーケストレーションの精華も、そしてコンセルトヘボウ管のたぐいまれな響きも、すべて詰め込んでしまった名演奏と思う。
録音は初めに書いたように、今も最高級。
アナログ録音の最良の姿と思います。
しかも、このLPは蘭フィリップスの輸入盤。プレスも最高であります。
この演奏はCDでも出ています。フィリップスのDUOシリーズ。CDでもエエ音のようです。
2008/07/09のBlog
[ 05:34 ]
[ 交響曲 ]
昨日の朝は、久しぶりにこのDoblogが重く、更新もままなりませんでした。
アクセス数が異様に多かったこともあるので、なんか、サーバーに負担がかかったんでしょうか。検索ロボットのせいかな・・・・・う~む・・・・。
そして猛暑が続きます。夜は激しい夕立。四国は本格的な、真夏であります。
ただ、夕立の後の夜風は涼しかったですな。自然の冷気というのはyはりエエもんです。
さて、今日はハイドン。
ハイドンの交響曲第94番 ト長調「驚愕」。
オイゲン・ヨッフム指揮ロンドン・フィルの演奏。
1972年4月、ロンドンのアッセンブリー・ホールでの録音。DG盤。
第1楽章はアダージョ~ヴィヴァーチェ・アッサイ。
堂々として恰幅がよい演奏。テンポは速く、精力的なのだが、出てくる音楽には風格があって、スケール豊かな広がりがある。安定度抜群。
色気や艶っぽさがない、男性的なハイドンなのだが、整然とした流れの中に、ふと優美な表情が見えてくるのは、大家ヨッフムの余裕かな。
素っ気ないというか、飾りだてしないというか、そんな感じなのだが、それが誠実さ・堅実さになっていて、好感が持てる。こういうハイドン、好きやなぁ。
第2楽章のアンダンテは、おなじみのびっくりシンフォニー。
ヨッフムの指揮はここでも大らか。伸び伸びとロンドン・フィルに演奏させてゆく。音も良い。アンサンブルが良いのだろう、響きも爽やかで実に心地よい。
そして楽章の終わりに、ヨッフムのオリジナルの面白さ。これは知る人ぞ知る面白さ。さすが芸が細かい。こら、ホンマにビックリや。
第3楽章とフィナーレは勢いがある。精力的だが、ハイドンらしく優美で、しなやか。汗だくで演奏しているわけではない。上品で、美しさも十分に備わった名演奏と思う。
録音は少々古くなってきた感あり。
ヴァイオリンの高音が少し硬い感じもあります。(これはCDだからかもしれません)
残響がやや少なく、音の広がりがイマイチかな。
1970年代前半のDG録音。マルチマイク録音ですので、こういう感じになるのかもしれません。
アクセス数が異様に多かったこともあるので、なんか、サーバーに負担がかかったんでしょうか。検索ロボットのせいかな・・・・・う~む・・・・。
そして猛暑が続きます。夜は激しい夕立。四国は本格的な、真夏であります。
ただ、夕立の後の夜風は涼しかったですな。自然の冷気というのはyはりエエもんです。
さて、今日はハイドン。
ハイドンの交響曲第94番 ト長調「驚愕」。
オイゲン・ヨッフム指揮ロンドン・フィルの演奏。
1972年4月、ロンドンのアッセンブリー・ホールでの録音。DG盤。
第1楽章はアダージョ~ヴィヴァーチェ・アッサイ。
堂々として恰幅がよい演奏。テンポは速く、精力的なのだが、出てくる音楽には風格があって、スケール豊かな広がりがある。安定度抜群。
色気や艶っぽさがない、男性的なハイドンなのだが、整然とした流れの中に、ふと優美な表情が見えてくるのは、大家ヨッフムの余裕かな。
素っ気ないというか、飾りだてしないというか、そんな感じなのだが、それが誠実さ・堅実さになっていて、好感が持てる。こういうハイドン、好きやなぁ。
第2楽章のアンダンテは、おなじみのびっくりシンフォニー。
ヨッフムの指揮はここでも大らか。伸び伸びとロンドン・フィルに演奏させてゆく。音も良い。アンサンブルが良いのだろう、響きも爽やかで実に心地よい。
そして楽章の終わりに、ヨッフムのオリジナルの面白さ。これは知る人ぞ知る面白さ。さすが芸が細かい。こら、ホンマにビックリや。
第3楽章とフィナーレは勢いがある。精力的だが、ハイドンらしく優美で、しなやか。汗だくで演奏しているわけではない。上品で、美しさも十分に備わった名演奏と思う。
録音は少々古くなってきた感あり。
ヴァイオリンの高音が少し硬い感じもあります。(これはCDだからかもしれません)
残響がやや少なく、音の広がりがイマイチかな。
1970年代前半のDG録音。マルチマイク録音ですので、こういう感じになるのかもしれません。
2008/07/08のBlog
巷間話題のプッチーニの20枚組ボックスが届きました。
早速、「ボエーム」から聴き始めましたが、まあなんとCDが取り出しにくいこと!
2つ折りの紙パックジャケットはイケマセン。大変出しづらい。2枚組LPのように外から出せるようにすればいいのに・・・・、内側から引き出すのはシンドイぞい。ワタクシは手先が不器用なので、ツライですわなぁ。
さて、プッチーニの「ボエーム」です。
ゲオルク・ショルティ指揮ロンドン・フィルの演奏。
1973年7月、ロンドンのウォルサムストウ・タウン・ホールでの録音。RCA原盤。
(ショルティのRCA録音は珍しいんじゃないかしらん)
キャストはなかなかの豪華版。
モンセラ・カバリエ(ミミ)、プラシド・ドミンゴ(ロドルフォ)、ジュディス・ブレゲン(ムゼッタ)、シェリル・ミルンズ(マルチェッロ)、そしてルッジェーロ・ライモンディ(コルリーネ)など。
ショルティの指揮がイキイキとしていて、実にシャープ。フレーズの切り口が鋭く、すぱっと切れ味よく音楽が進んでゆく感じ。音がモコモコしていないのもショルティ流。いつもの筋肉質で体育会系の音楽が耳に飛び込んでくる。その音の勢いの良さには圧倒されそう。
プッチーニの音楽特有の叙情性からはは少し離れているのかもしれないのだが、これ、サード・チョイスくらいの「ボエーム」だとしたら、とてもイイんじゃないか。僕はプッチーニ・ファン、特に「ボエーム」大好きなので、大変面白く聴けました。
それにしても音楽は大層立派。姿勢の人々の哀感を謳いあげたオペラが、大変格調高い、普遍的な悲哀に高められているような印象もあり。さすが、ショルティと云うべきかな。
ドミンゴの歌唱が若々しくて良い。蒼さが残っている感じなのだが、それもロドルフォには必要な要素だろう。アリアなどは若さがはじける名唱。高音の輝かしさ、強さは、この人ならでは。
カバリエの声は可憐で美しい。お針子ミミの若さをよく表出していると思う。特に弱音が綺麗。語りかけるようなピアニシモは、大変可愛らしく、また、儚い。そしてこの人も高音が綺麗。クリーミーで柔らかい高音が実にイイ。(聴き手の耳を突き刺すようなソプラノは苦手です)
脇役も充実。ラストまで飽きさせずに楽しめます。ショルティの指揮がキビキビしているのも功を奏しているのかも。
録音は今も十分に美しいものです。
ちと音が硬い感じがするのは、ショルティの作る音楽のせいでしょう。
オンマイク気味の録音で、艶やかな音を楽しめます。
早速、「ボエーム」から聴き始めましたが、まあなんとCDが取り出しにくいこと!
2つ折りの紙パックジャケットはイケマセン。大変出しづらい。2枚組LPのように外から出せるようにすればいいのに・・・・、内側から引き出すのはシンドイぞい。ワタクシは手先が不器用なので、ツライですわなぁ。
さて、プッチーニの「ボエーム」です。
ゲオルク・ショルティ指揮ロンドン・フィルの演奏。
1973年7月、ロンドンのウォルサムストウ・タウン・ホールでの録音。RCA原盤。
(ショルティのRCA録音は珍しいんじゃないかしらん)
キャストはなかなかの豪華版。
モンセラ・カバリエ(ミミ)、プラシド・ドミンゴ(ロドルフォ)、ジュディス・ブレゲン(ムゼッタ)、シェリル・ミルンズ(マルチェッロ)、そしてルッジェーロ・ライモンディ(コルリーネ)など。
ショルティの指揮がイキイキとしていて、実にシャープ。フレーズの切り口が鋭く、すぱっと切れ味よく音楽が進んでゆく感じ。音がモコモコしていないのもショルティ流。いつもの筋肉質で体育会系の音楽が耳に飛び込んでくる。その音の勢いの良さには圧倒されそう。
プッチーニの音楽特有の叙情性からはは少し離れているのかもしれないのだが、これ、サード・チョイスくらいの「ボエーム」だとしたら、とてもイイんじゃないか。僕はプッチーニ・ファン、特に「ボエーム」大好きなので、大変面白く聴けました。
それにしても音楽は大層立派。姿勢の人々の哀感を謳いあげたオペラが、大変格調高い、普遍的な悲哀に高められているような印象もあり。さすが、ショルティと云うべきかな。
ドミンゴの歌唱が若々しくて良い。蒼さが残っている感じなのだが、それもロドルフォには必要な要素だろう。アリアなどは若さがはじける名唱。高音の輝かしさ、強さは、この人ならでは。
カバリエの声は可憐で美しい。お針子ミミの若さをよく表出していると思う。特に弱音が綺麗。語りかけるようなピアニシモは、大変可愛らしく、また、儚い。そしてこの人も高音が綺麗。クリーミーで柔らかい高音が実にイイ。(聴き手の耳を突き刺すようなソプラノは苦手です)
脇役も充実。ラストまで飽きさせずに楽しめます。ショルティの指揮がキビキビしているのも功を奏しているのかも。
録音は今も十分に美しいものです。
ちと音が硬い感じがするのは、ショルティの作る音楽のせいでしょう。
オンマイク気味の録音で、艶やかな音を楽しめます。
2008/07/07のBlog
[ 03:14 ]
[ 協奏曲 ]
USBオーディオプロセッサを楽しんでます。
モーツァルトのピアノ協奏曲第22番 変ホ長調 K.482。
ゲザ・アンダ(ピアノ・指揮)とザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団の演奏。
1961~69年録音のDG全集盤から。iTunes Storeのダウンロード版であります。
第1楽章の序奏、響きがとても柔らかく、穏やかなモーツァルトが始まる。ほんのり、ほんわか、無理のない自然なモーツァルトで、心やすまる感じ。
そこに、アンダのピアノが滑り込んでくるのだが、その音がとても清潔。エッジが丸みを帯びていて、コロコロとよく転がる。柔和な表情で歌われるモーツァルト。テンポは速めなのだが、あまり速く感じさせないのは、その穏やかさのせいか。
アンダは指揮も兼ねているのだが、時折忙しそうなところがある。指揮者を別に立てて、ピアノに専念した方が良かったかも・・・・・まぁ、この曲の場合には。
カデンツァはアンダ自身のものかな。品の良さ、慎ましさを感じさせる名品。
第2楽章は、モーツァルトのピアノ協奏曲中、最も悲痛な楽想をたたえた緩徐楽章。オーケストラのしっとりとした響きが涙を誘う。木管の響きが特にイイ。
アンダのピアノはここでも清潔、とても美しい。ことさら磨き上げているわけでもなく、光り輝いていることもないのだが、心に染みいる美しさと思う。乳白色の美しさとでも云おうか。感動的。
フィナーレのロンドも、やや雲のある青空といった感じ。底抜けの、スッカラカンとした青空でないのが、イイ。渋く、落ち着きのあるロンドになっている。ピアノの技巧は素晴らしく、スッキリとした味わいもある。
伴奏はここでもしっとりとして心地よい。クラリネットが活躍するせいか、どこか侘びしく、陰影のある響きが印象的。
録音は標準的。
経年を考えれば、少々古ぼけてきているのは致し方ないでしょう。
音楽のきめの細かさ、落ち着いた雰囲気、ロケーションの空気感などはよく伝わってきます。奥行きなどの音場感もまずまずであります。
ダウンロード版~USBプロセッサ再生を思えば上々と思います。
今日の画像は我が家の菜園。ダウンロード版なので、ジャケットないんです(^^ゞ
4月末に植えた野菜の苗がよく育ちました。キュウリ、茄子、プチトマトにサラダ菜。
この夏、我が家の食卓の野菜は全部自家製であります。
間もなく、ピーマンにゴーヤが収穫できそうです。
ささやかな幸福であります。
モーツァルトのピアノ協奏曲第22番 変ホ長調 K.482。
ゲザ・アンダ(ピアノ・指揮)とザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団の演奏。
1961~69年録音のDG全集盤から。iTunes Storeのダウンロード版であります。
第1楽章の序奏、響きがとても柔らかく、穏やかなモーツァルトが始まる。ほんのり、ほんわか、無理のない自然なモーツァルトで、心やすまる感じ。
そこに、アンダのピアノが滑り込んでくるのだが、その音がとても清潔。エッジが丸みを帯びていて、コロコロとよく転がる。柔和な表情で歌われるモーツァルト。テンポは速めなのだが、あまり速く感じさせないのは、その穏やかさのせいか。
アンダは指揮も兼ねているのだが、時折忙しそうなところがある。指揮者を別に立てて、ピアノに専念した方が良かったかも・・・・・まぁ、この曲の場合には。
カデンツァはアンダ自身のものかな。品の良さ、慎ましさを感じさせる名品。
第2楽章は、モーツァルトのピアノ協奏曲中、最も悲痛な楽想をたたえた緩徐楽章。オーケストラのしっとりとした響きが涙を誘う。木管の響きが特にイイ。
アンダのピアノはここでも清潔、とても美しい。ことさら磨き上げているわけでもなく、光り輝いていることもないのだが、心に染みいる美しさと思う。乳白色の美しさとでも云おうか。感動的。
フィナーレのロンドも、やや雲のある青空といった感じ。底抜けの、スッカラカンとした青空でないのが、イイ。渋く、落ち着きのあるロンドになっている。ピアノの技巧は素晴らしく、スッキリとした味わいもある。
伴奏はここでもしっとりとして心地よい。クラリネットが活躍するせいか、どこか侘びしく、陰影のある響きが印象的。
録音は標準的。
経年を考えれば、少々古ぼけてきているのは致し方ないでしょう。
音楽のきめの細かさ、落ち着いた雰囲気、ロケーションの空気感などはよく伝わってきます。奥行きなどの音場感もまずまずであります。
ダウンロード版~USBプロセッサ再生を思えば上々と思います。
今日の画像は我が家の菜園。ダウンロード版なので、ジャケットないんです(^^ゞ
4月末に植えた野菜の苗がよく育ちました。キュウリ、茄子、プチトマトにサラダ菜。
この夏、我が家の食卓の野菜は全部自家製であります。
間もなく、ピーマンにゴーヤが収穫できそうです。
ささやかな幸福であります。