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2008/08/22のBlog
[ 04:59 ]
[ 声楽曲・オペラ ]
ヴェルディの歌劇「仮面舞踏会」全曲。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン・フィル、ウィーン国立歌劇場合唱団の演奏。
1989年1~2月、ウィーン・ムジークフェラインザールでの録音。DG盤。
出演は
プラシド・ドミンゴ(T;ボストン総督リッカルド、グスターヴォ3世)
レオ・ヌッチ(Br;レナート)
ジョゼフィン・バーストゥ(S;アメーリア)
フローレンス・クイヴァー(Ms;ウルリーカ)
スミ・ヨー(S;オスカル)。
カラヤン唯一の「仮面舞踏会」の録音にして、最後のオペラ録音になったもの。カラヤン最晩年、死の年に録音された名作。
ウィーン・フィルの響きが素晴らしく、鮮やかで匂うような弦楽セクションと、溌剌として、かつ高貴な響きを作り出す管楽器群が、絶妙のブレンドで目の前にあらわれる。素晴らしい管弦楽だと思う。
音楽の運びに無理がなく、呼吸も自然で聴いていて実に心地よい。歌手も伸び伸びと歌って気持ちいいのだが、これはあくまでもカラヤンが作り出した音楽の成果だろう。見事なもんだなぁ。老いてますます盛ん、としか云いようがない。この年7月に没するとはとても思えない。カラヤンには「死」はあっても、「老い」はなかったんじゃないか。
総督リッカルドとアメーリアの不倫に、女占い師ウルリーカ、リッカルドの部下レナート、そして小姓オスカルが絡んで物語が進行するのだが、第3幕がやはり聴きものかな。悲劇の進行とともに、見事なアリアが続くところはさすがヴェルディ、オペラの手練れ。
ドミンゴとスミ・ヨーの歌唱がイイ。生き生きとしていて明朗、見事なカンタービレと思う。ドミンゴはすでにベテランの域、スミ・ヨーは新人、デビュー間もない頃の録音だが、これが初々しくてなかなか良い味わい。
バーストゥの歌唱も盤石、愛に揺れ動く心・母として息子を思う心が反映した、素敵なアメーリアになっている。
録音は今も鮮やか、何の不満もありません。
声もオーケストラも美しく捉えられているし、定位・臨場感とも良好であります。
カラヤンのオペラは、オケがかぶり気味なのだが、これはいつものことでした。
このCD、今は輸入盤で2枚組廉価盤になってます。
HMVでは1,290円バーゲンセールをしてます。時の流れは早いもんですねえ。
昨晩は、家族揃ってソフトボール日本代表の応援をテレビ桟敷で。
金メダル、興奮しました。僕も細君も大学ではソフトボールをしてましたんで、(これでもインカレ・ベスト8までは行きました 笑)、技術的なことが少し分かるものだから、あーでもないこーでもないと云いつつ、ワクワクドキドキハラハラヤイノヤイノでありました。
上野投手、よく頑張りましたね。ソフトボールの世界では2日で3試合投げることはよくあることなんですが、何しろ世界最高峰の舞台での3試合。大したもんです。感動しました。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン・フィル、ウィーン国立歌劇場合唱団の演奏。
1989年1~2月、ウィーン・ムジークフェラインザールでの録音。DG盤。
出演は
プラシド・ドミンゴ(T;ボストン総督リッカルド、グスターヴォ3世)
レオ・ヌッチ(Br;レナート)
ジョゼフィン・バーストゥ(S;アメーリア)
フローレンス・クイヴァー(Ms;ウルリーカ)
スミ・ヨー(S;オスカル)。
カラヤン唯一の「仮面舞踏会」の録音にして、最後のオペラ録音になったもの。カラヤン最晩年、死の年に録音された名作。
ウィーン・フィルの響きが素晴らしく、鮮やかで匂うような弦楽セクションと、溌剌として、かつ高貴な響きを作り出す管楽器群が、絶妙のブレンドで目の前にあらわれる。素晴らしい管弦楽だと思う。
音楽の運びに無理がなく、呼吸も自然で聴いていて実に心地よい。歌手も伸び伸びと歌って気持ちいいのだが、これはあくまでもカラヤンが作り出した音楽の成果だろう。見事なもんだなぁ。老いてますます盛ん、としか云いようがない。この年7月に没するとはとても思えない。カラヤンには「死」はあっても、「老い」はなかったんじゃないか。
総督リッカルドとアメーリアの不倫に、女占い師ウルリーカ、リッカルドの部下レナート、そして小姓オスカルが絡んで物語が進行するのだが、第3幕がやはり聴きものかな。悲劇の進行とともに、見事なアリアが続くところはさすがヴェルディ、オペラの手練れ。
ドミンゴとスミ・ヨーの歌唱がイイ。生き生きとしていて明朗、見事なカンタービレと思う。ドミンゴはすでにベテランの域、スミ・ヨーは新人、デビュー間もない頃の録音だが、これが初々しくてなかなか良い味わい。
バーストゥの歌唱も盤石、愛に揺れ動く心・母として息子を思う心が反映した、素敵なアメーリアになっている。
録音は今も鮮やか、何の不満もありません。
声もオーケストラも美しく捉えられているし、定位・臨場感とも良好であります。
カラヤンのオペラは、オケがかぶり気味なのだが、これはいつものことでした。
このCD、今は輸入盤で2枚組廉価盤になってます。
HMVでは1,290円バーゲンセールをしてます。時の流れは早いもんですねえ。
昨晩は、家族揃ってソフトボール日本代表の応援をテレビ桟敷で。
金メダル、興奮しました。僕も細君も大学ではソフトボールをしてましたんで、(これでもインカレ・ベスト8までは行きました 笑)、技術的なことが少し分かるものだから、あーでもないこーでもないと云いつつ、ワクワクドキドキハラハラヤイノヤイノでありました。
上野投手、よく頑張りましたね。ソフトボールの世界では2日で3試合投げることはよくあることなんですが、何しろ世界最高峰の舞台での3試合。大したもんです。感動しました。
2008/08/21のBlog
[ 06:18 ]
[ 協奏曲 ]
今日は協奏曲を聴いてます。
古い、そして懐かしいLPであります。
モーツァルトのピアノ協奏曲第26番 ニ長調 K.537「戴冠式」。
ロベール・カサドシュのピアノ独奏、ジョージ・セル指揮コロンビア響の演奏。
1962年11月、クリーヴランドでの録音。CBSソニーの廉価盤LP。
コロンビア響といっても契約上の問題でそうなっただけのこと、実際はクリーヴランド管の演奏。
セル/クリーヴランド管の清潔なバックがまずは素晴らしい。
カサドシュのデリカシーに富んだピアノもまた素晴らしい。これぞモーツァルトを聴く喜びと言いたい。名演奏と思う。
カサドシュのピアノは大家の芸。練達のアルチザンとでも云おうか。貫禄十分なのだが、それをひけらかさず、純粋にモーツァルトに向かって、奉仕している感じが伝わってくるのが嬉しい。
そして、軽やかなタッチ。羽毛がフワッと浮くような軽やかさで、モーツァルトを弾いてゆく。この軽さ、この優美さはロココそのものじゃないか。
ああ、これぞ「戴冠式」にふさわしいスタイルだろう。
特に第2楽章が良い。
カサドシュの芸は、このラルゲットで一番輝く。静けさの中にクリスタルのように美しく輝く。クールなのにしっとりとした潤いのあるセル/クリーヴランドの伴奏を背景に、カサドシュのピアノが浮かび上がるような美しさ。
第3楽章も名演奏。アレグレットなのだが、聴いた感じはもっと速い。その快活さが楽しい。
セル/クリーヴランド管のアンサンブルが素晴らしく、オーケストラ部を聴く楽しみもあって、協奏曲を聴く楽しみが倍加する。
そしてカサドシュはイキでイナセなピアニズム。めくるめくような快速パッセージもまた美しいこと!
録音はさすがに古びた感じ。高音の伸びがやや不足、音が詰まった感じがします。
まあ、いつものセルのレコードの音だなぁという感じです。
ただ、その貧しい録音の中からカサドシュとセルの至芸が聴き手に伝わります。
名演・名人芸は録音の良否を超えます。いつも云ってますが・・・。
古い、そして懐かしいLPであります。
モーツァルトのピアノ協奏曲第26番 ニ長調 K.537「戴冠式」。
ロベール・カサドシュのピアノ独奏、ジョージ・セル指揮コロンビア響の演奏。
1962年11月、クリーヴランドでの録音。CBSソニーの廉価盤LP。
コロンビア響といっても契約上の問題でそうなっただけのこと、実際はクリーヴランド管の演奏。
セル/クリーヴランド管の清潔なバックがまずは素晴らしい。
カサドシュのデリカシーに富んだピアノもまた素晴らしい。これぞモーツァルトを聴く喜びと言いたい。名演奏と思う。
カサドシュのピアノは大家の芸。練達のアルチザンとでも云おうか。貫禄十分なのだが、それをひけらかさず、純粋にモーツァルトに向かって、奉仕している感じが伝わってくるのが嬉しい。
そして、軽やかなタッチ。羽毛がフワッと浮くような軽やかさで、モーツァルトを弾いてゆく。この軽さ、この優美さはロココそのものじゃないか。
ああ、これぞ「戴冠式」にふさわしいスタイルだろう。
特に第2楽章が良い。
カサドシュの芸は、このラルゲットで一番輝く。静けさの中にクリスタルのように美しく輝く。クールなのにしっとりとした潤いのあるセル/クリーヴランドの伴奏を背景に、カサドシュのピアノが浮かび上がるような美しさ。
第3楽章も名演奏。アレグレットなのだが、聴いた感じはもっと速い。その快活さが楽しい。
セル/クリーヴランド管のアンサンブルが素晴らしく、オーケストラ部を聴く楽しみもあって、協奏曲を聴く楽しみが倍加する。
そしてカサドシュはイキでイナセなピアニズム。めくるめくような快速パッセージもまた美しいこと!
録音はさすがに古びた感じ。高音の伸びがやや不足、音が詰まった感じがします。
まあ、いつものセルのレコードの音だなぁという感じです。
ただ、その貧しい録音の中からカサドシュとセルの至芸が聴き手に伝わります。
名演・名人芸は録音の良否を超えます。いつも云ってますが・・・。
2008/08/20のBlog
[ 05:56 ]
[ 管弦楽曲 ]
暦の上では秋ですが、まだまだ暑いですねえ。
午前中はクマゼミ、日中はミンミンゼミにアブラゼミ、まだ盛大に鳴いております。
蒸し暑さも相変わらず、不快指数高いのであります。
こりゃ、「水上の音楽」でも聴いて、涼しくなりましょう。
ヘンデルの「水上の音楽」(ガーディナー編)。
ジョン・エリオット・ガーディナー指揮イギリス・バロック管弦楽団の演奏。
1980年7~8月、イギリス、モーデンでの録音。ERATO原盤。
ホルンが、音を割った奏法で斬新。荒々しく、生々しく、野太く、バロック時代の人々の活気を伝えてくれるかのよう。
このホルンに象徴されるように、ガーディナー盤は総じて活気があって、いわゆる「イキがいい」演奏。優美さよりも骨っぽさ、男性的な逞しさを感じさせる演奏になっている。フレージングは短めで、サッパリとしていて気持ちいい。デュナーミクも大きい。時にゴリゴリと音が出てくるのも良い。元気溌剌、荒削りのヘンデルと言ってもいいだろう。
コレギウム・アウレウム合奏団のような、柔らかく穏やかなヘンデルではなく、もっと力強く、不思議な生命力がある演奏になっている。
だからといって、演奏の出来が荒々しいことはなく、アンサンブルは緻密で、オケのやる気も伝わってくる、美しい仕上げになっている。
ガーディナー編曲盤とあるが、基本的には通常版(クリュザンダー版)から逸脱していない。時々、新鮮な編曲が出現して楽しい。装飾音もカッコイイ。
録音は聴きやすく上質であります。
1980年というデジタル録音初期なので、初期独特の硬さが残る感はあります。
管楽器のピッチが不安定なところありますが、これは録音のせいではなく、ピリオド楽器の演奏上の難しさなのでしょう。
当時の演奏団体の技量の限界だったのかもしれません。
午前中はクマゼミ、日中はミンミンゼミにアブラゼミ、まだ盛大に鳴いております。
蒸し暑さも相変わらず、不快指数高いのであります。
こりゃ、「水上の音楽」でも聴いて、涼しくなりましょう。
ヘンデルの「水上の音楽」(ガーディナー編)。
ジョン・エリオット・ガーディナー指揮イギリス・バロック管弦楽団の演奏。
1980年7~8月、イギリス、モーデンでの録音。ERATO原盤。
ホルンが、音を割った奏法で斬新。荒々しく、生々しく、野太く、バロック時代の人々の活気を伝えてくれるかのよう。
このホルンに象徴されるように、ガーディナー盤は総じて活気があって、いわゆる「イキがいい」演奏。優美さよりも骨っぽさ、男性的な逞しさを感じさせる演奏になっている。フレージングは短めで、サッパリとしていて気持ちいい。デュナーミクも大きい。時にゴリゴリと音が出てくるのも良い。元気溌剌、荒削りのヘンデルと言ってもいいだろう。
コレギウム・アウレウム合奏団のような、柔らかく穏やかなヘンデルではなく、もっと力強く、不思議な生命力がある演奏になっている。
だからといって、演奏の出来が荒々しいことはなく、アンサンブルは緻密で、オケのやる気も伝わってくる、美しい仕上げになっている。
ガーディナー編曲盤とあるが、基本的には通常版(クリュザンダー版)から逸脱していない。時々、新鮮な編曲が出現して楽しい。装飾音もカッコイイ。
録音は聴きやすく上質であります。
1980年というデジタル録音初期なので、初期独特の硬さが残る感はあります。
管楽器のピッチが不安定なところありますが、これは録音のせいではなく、ピリオド楽器の演奏上の難しさなのでしょう。
当時の演奏団体の技量の限界だったのかもしれません。
2008/08/19のBlog
[ 05:23 ]
[ 管弦楽曲 ]
朝晩は少し涼しくなりましたが、まだまだ残暑であります。
僕の部屋は夜でも32℃くらいありますので、そりゃあもうエアコンを入れないとクラシック音楽を聴けません。いやはや、夏はクラシック音楽を聴く季節ではないんですねえ。
で、今日は涼しそうな音楽を取り出しました。
メンデルスゾーンの「フィンガルの洞窟」序曲 作品26。
ジョージ・セル指揮クリーヴランド管の演奏。
セルの指揮で聴く安定感、安心感。
格調高く、いかにもスタンダード、奇を衒わずに、地面をしっかり踏みしめた演奏。そして、ヨーロッパの伝統を受け継いだ確かささえ感じさせる演奏。ああ、アメリカのオーケストラによるこの演奏は、実は文化の継承なのだ・・・・と思いを巡らせてしまう。
セルの演奏はいつもそうだ。
作曲家の意図を正しく反映させ、そのための鉄壁のアンサンブルであり、音楽はいつもスッキリと見通しが良く、現代的なスマートさも十分で、今の耳で聴いても全く新鮮に響く・・・・そういう演奏。そして、セルのバックボーンには、ウィーンを中心に根付いたヨーロッパ音楽の伝統がある・・。
メンデルスゾーンの「フィンガルの洞窟」序曲は、「音の風景画家」というニックネームよろしく、彼の描いた絵画的傑作と思う。スコットランドの荒涼たる風景が眼前に浮かんでくるようだ。
曲想はロマンティック。初期ロマン派らしく、淡い抒情が流れ、そして時に高貴な印象を与える。
残暑の中で聴くには、こういう音楽はクールで気持ちよい。しかもセルの演奏、部屋に涼風が吹き込んでくるようだ。
弦楽合奏が特にクール。クリーヴランド管のアンサンブルがビシッと決まっているので、爽快で気持ちいい。曖昧さのない、澄み切った味わいと云うべきか。
さすがにセル/クリーヴランド管でありますな。
録音は、セルのCBS盤にしては、まずます聴きやすいものです。
各楽器の音が鮮やかで、音色も美しく録られております。
高音が少し詰まり気味なのは、いつものことではあるんですが。
僕の部屋は夜でも32℃くらいありますので、そりゃあもうエアコンを入れないとクラシック音楽を聴けません。いやはや、夏はクラシック音楽を聴く季節ではないんですねえ。
で、今日は涼しそうな音楽を取り出しました。
メンデルスゾーンの「フィンガルの洞窟」序曲 作品26。
ジョージ・セル指揮クリーヴランド管の演奏。
セルの指揮で聴く安定感、安心感。
格調高く、いかにもスタンダード、奇を衒わずに、地面をしっかり踏みしめた演奏。そして、ヨーロッパの伝統を受け継いだ確かささえ感じさせる演奏。ああ、アメリカのオーケストラによるこの演奏は、実は文化の継承なのだ・・・・と思いを巡らせてしまう。
セルの演奏はいつもそうだ。
作曲家の意図を正しく反映させ、そのための鉄壁のアンサンブルであり、音楽はいつもスッキリと見通しが良く、現代的なスマートさも十分で、今の耳で聴いても全く新鮮に響く・・・・そういう演奏。そして、セルのバックボーンには、ウィーンを中心に根付いたヨーロッパ音楽の伝統がある・・。
メンデルスゾーンの「フィンガルの洞窟」序曲は、「音の風景画家」というニックネームよろしく、彼の描いた絵画的傑作と思う。スコットランドの荒涼たる風景が眼前に浮かんでくるようだ。
曲想はロマンティック。初期ロマン派らしく、淡い抒情が流れ、そして時に高貴な印象を与える。
残暑の中で聴くには、こういう音楽はクールで気持ちよい。しかもセルの演奏、部屋に涼風が吹き込んでくるようだ。
弦楽合奏が特にクール。クリーヴランド管のアンサンブルがビシッと決まっているので、爽快で気持ちいい。曖昧さのない、澄み切った味わいと云うべきか。
さすがにセル/クリーヴランド管でありますな。
録音は、セルのCBS盤にしては、まずます聴きやすいものです。
各楽器の音が鮮やかで、音色も美しく録られております。
高音が少し詰まり気味なのは、いつものことではあるんですが。
2008/08/18のBlog
[ 05:28 ]
[ 声楽曲・オペラ ]
リヒターの「マタイ」が録音されて50年になります・・・。
J・S・バッハの「マタイ受難曲」 BWV.244 全曲.
カール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団、ミュンヘン・バッハ合唱団、ミュンヘン少年合唱団の演奏。
1958年6~8月、ミュンヘンのヘルクレスザールでのステレオ録音。アルヒーフ原盤のLP4枚組国内盤、1981年の購入当時は1万円もした。懐かしいLPであります。
歌手は以下の面々。
エルンスト・ヘフリガー(福音史家:テノール)、キース・エンゲン(イエス:バス)、イルムガルト・ゼーフリート(ソプラノ)、ヘルタ・テッパー(第2の女、アルト)、マックス・プレープストル(ユダ、ペテロ、ピラト、司祭の長:バス)、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バス)、アントニー・ファーベルク(第1の女、ピラトの妻:ソプラノ)。
人口に膾炙した大名盤。各誌各評論家大絶賛、「名曲名盤なんとか」という本には必ず載る(掲載せざるを得ない?)名演奏。もう僕が何を書くことも、実はないんです。
お盆の休暇後半、僕はこのリヒター盤を聴いていたのです。
だいたい、「マタイ受難曲」を僕は今まで、何度も聴いてきた訳ではない。リヒターの新盤やクレンペラー、ガーディナー盤も聴くのだが、それにしたってこの音楽は頻繁に聴くものではない。なにしろ、内容が重い。聴くのには決断が要る。おいそれと、気楽に聴けるもんじゃない。だから、休暇が十分にあるときではないと、聴けないなぁ。
さて、リヒターの旧盤。圧倒的な名演とか云いようがない。
リヒターの指揮の素晴らしさはもう語り尽くされた。厳格な精神と確信に満ちた音楽の運び。後半での劇的な盛り上がり、遅めのテンポによる感情の高まり、合唱の美しさと感情の豊かさ。指揮も管弦楽も全く素晴らしい。バッハが意図したところを、そしてバッハが持っていた作曲技法の素晴らしさを、これほど厳しく、美しく、しかもイキイキと再現した演奏はなかなかないんじゃないか。
歌手もいまだに最高だろう。
ヘフリガーの福音史家の、実に高貴で品格の高い歌唱。ホンマもんの美しい歌唱。淡々としているようで、実は深い共感と感動とによって歌われたエヴァンゲリスト。終盤の劇的なところなど、涙が出るほど感動的。
キート・エンゲンのイエスの、落ち着いた歌唱。我々衆生を包み込むような歌唱。訴えかける力が大変に強い。(あ、キリスト教の世界では衆生ではなく大衆か。)
女声もとても美しく、背筋が伸びて端正だし、F=ディースカウの巧さは当時から最高だったのだ。
録音は今も素晴らしいです。
半世紀昔の録音とはとても思えない、当時としては最高レベルのものと思われます。鮮度が褪せません。
何より合唱が美しい。マタイは合唱の美しさが聴きどころでもあります。
僕は仏教徒です。真言門徒です。南無大師遍照金剛です。
当地四国は八十八カ所の本場でもあります。
キリスト教のことは分かりません。しかし、このリヒターの演奏からは、キリスト教の何たるか、その一端が、東洋の島国の、そのまた島国の住人にも、伝わってきます。
凄い演奏と思います。今さら僕が言うことでもないんですが。
J・S・バッハの「マタイ受難曲」 BWV.244 全曲.
カール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団、ミュンヘン・バッハ合唱団、ミュンヘン少年合唱団の演奏。
1958年6~8月、ミュンヘンのヘルクレスザールでのステレオ録音。アルヒーフ原盤のLP4枚組国内盤、1981年の購入当時は1万円もした。懐かしいLPであります。
歌手は以下の面々。
エルンスト・ヘフリガー(福音史家:テノール)、キース・エンゲン(イエス:バス)、イルムガルト・ゼーフリート(ソプラノ)、ヘルタ・テッパー(第2の女、アルト)、マックス・プレープストル(ユダ、ペテロ、ピラト、司祭の長:バス)、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バス)、アントニー・ファーベルク(第1の女、ピラトの妻:ソプラノ)。
人口に膾炙した大名盤。各誌各評論家大絶賛、「名曲名盤なんとか」という本には必ず載る(掲載せざるを得ない?)名演奏。もう僕が何を書くことも、実はないんです。
お盆の休暇後半、僕はこのリヒター盤を聴いていたのです。
だいたい、「マタイ受難曲」を僕は今まで、何度も聴いてきた訳ではない。リヒターの新盤やクレンペラー、ガーディナー盤も聴くのだが、それにしたってこの音楽は頻繁に聴くものではない。なにしろ、内容が重い。聴くのには決断が要る。おいそれと、気楽に聴けるもんじゃない。だから、休暇が十分にあるときではないと、聴けないなぁ。
さて、リヒターの旧盤。圧倒的な名演とか云いようがない。
リヒターの指揮の素晴らしさはもう語り尽くされた。厳格な精神と確信に満ちた音楽の運び。後半での劇的な盛り上がり、遅めのテンポによる感情の高まり、合唱の美しさと感情の豊かさ。指揮も管弦楽も全く素晴らしい。バッハが意図したところを、そしてバッハが持っていた作曲技法の素晴らしさを、これほど厳しく、美しく、しかもイキイキと再現した演奏はなかなかないんじゃないか。
歌手もいまだに最高だろう。
ヘフリガーの福音史家の、実に高貴で品格の高い歌唱。ホンマもんの美しい歌唱。淡々としているようで、実は深い共感と感動とによって歌われたエヴァンゲリスト。終盤の劇的なところなど、涙が出るほど感動的。
キート・エンゲンのイエスの、落ち着いた歌唱。我々衆生を包み込むような歌唱。訴えかける力が大変に強い。(あ、キリスト教の世界では衆生ではなく大衆か。)
女声もとても美しく、背筋が伸びて端正だし、F=ディースカウの巧さは当時から最高だったのだ。
録音は今も素晴らしいです。
半世紀昔の録音とはとても思えない、当時としては最高レベルのものと思われます。鮮度が褪せません。
何より合唱が美しい。マタイは合唱の美しさが聴きどころでもあります。
僕は仏教徒です。真言門徒です。南無大師遍照金剛です。
当地四国は八十八カ所の本場でもあります。
キリスト教のことは分かりません。しかし、このリヒターの演奏からは、キリスト教の何たるか、その一端が、東洋の島国の、そのまた島国の住人にも、伝わってきます。
凄い演奏と思います。今さら僕が言うことでもないんですが。
2008/08/17のBlog
[ 05:38 ]
[ 交響曲 ]
東京で中古盤店めぐりを楽しみました。
ディスクユニオンは御茶ノ水と新宿へ。品揃えと見やすさでは、新宿店の方が面白かったですねえ。今後、贔屓にしたいと僕は思います。
そこで買い込んだ箱物はまとめて四国に送り、それが先日届きました。いやあ、大量、大人買い。気分エエですなぁ。物欲煩悩はホンマに尽きません。そして散財。僕はアホウであります。
その箱物の一つから。
今日は飯守泰次郎のベートーヴェン全集を聴いてます。
ベートーヴェンの交響曲第5番ハ短調 Op.67「運命」。
同じく交響曲第6番ヘ長調 Op.68「田園」。
飯守泰次郎指揮東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の演奏。
「運命」は2000年6月、「田園は」2000年3月、いずれも東京文化会館でのライヴ録音。FONTEC原盤。5枚組で中古盤2,500円だった。
ベーレンライター版を使用した日本初のベートーヴェン交響曲全集。
ヴァイオリンは左右両翼配置で、第1ヴァイオリンの隣がチェロ、第2ヴァイオリンの左にヴィオラが置かれ、後方に管楽器群。
音のブレンド感はとても良いのだが、録音のせいか、左右の広がり感がイマイチ。少人数編成での演奏だからでもあるのだろうが、もう少しスケールが広がる音づくりで聴いてみたかったという気がする。
演奏は精力的で真摯なもの。実演らしい、情熱も感じられて好ましい。
ベーレンライター版特有の、解釈が演奏家に委ねられているところも聴かれるし。管楽器などの装飾音、即興プレイも面白い。
オーケストラも健闘していて、実に巧いもんだなぁと感心しきり。
僕はコンサートゴーアーではないので、都会のオケ事情などはよく分からないのだが、(田舎住まいゆえ、なかなか都会のプロのオーケストラを聴けません)、このCDで聴く限り、東京シティ・フィルは上手なオケだと思う。もう少し音量と豊満さ・艶やかさがあればエエなぁと思いつつも、指揮者飯守がスッキリした響きを要求したのだろう、この音が目指す方向だったのかなぁとも感じる。
今やベーレンライター版の演奏が当たり前、ラトルもアバドもジンマンも面白かったし、今後もこういうベートーヴェンが「ふつう」になってゆくんでしょう。
この全集のライヴ録音は、思えば、すでに8年前。こんなことを書いている僕の感覚がもう古くなっているんでしょう。
録音状態は、ライヴのハンディを考慮しても、もう一歩かな。
音の艶やかさがイマイチで、墨絵のような渋い音がします。
実演では、そういえば、こういう音なのかなぁとも思いますが、もう少し鳴ってくれてもエエんじゃないかという気がしますね。
ディスクユニオンは御茶ノ水と新宿へ。品揃えと見やすさでは、新宿店の方が面白かったですねえ。今後、贔屓にしたいと僕は思います。
そこで買い込んだ箱物はまとめて四国に送り、それが先日届きました。いやあ、大量、大人買い。気分エエですなぁ。物欲煩悩はホンマに尽きません。そして散財。僕はアホウであります。
その箱物の一つから。
今日は飯守泰次郎のベートーヴェン全集を聴いてます。
ベートーヴェンの交響曲第5番ハ短調 Op.67「運命」。
同じく交響曲第6番ヘ長調 Op.68「田園」。
飯守泰次郎指揮東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の演奏。
「運命」は2000年6月、「田園は」2000年3月、いずれも東京文化会館でのライヴ録音。FONTEC原盤。5枚組で中古盤2,500円だった。
ベーレンライター版を使用した日本初のベートーヴェン交響曲全集。
ヴァイオリンは左右両翼配置で、第1ヴァイオリンの隣がチェロ、第2ヴァイオリンの左にヴィオラが置かれ、後方に管楽器群。
音のブレンド感はとても良いのだが、録音のせいか、左右の広がり感がイマイチ。少人数編成での演奏だからでもあるのだろうが、もう少しスケールが広がる音づくりで聴いてみたかったという気がする。
演奏は精力的で真摯なもの。実演らしい、情熱も感じられて好ましい。
ベーレンライター版特有の、解釈が演奏家に委ねられているところも聴かれるし。管楽器などの装飾音、即興プレイも面白い。
オーケストラも健闘していて、実に巧いもんだなぁと感心しきり。
僕はコンサートゴーアーではないので、都会のオケ事情などはよく分からないのだが、(田舎住まいゆえ、なかなか都会のプロのオーケストラを聴けません)、このCDで聴く限り、東京シティ・フィルは上手なオケだと思う。もう少し音量と豊満さ・艶やかさがあればエエなぁと思いつつも、指揮者飯守がスッキリした響きを要求したのだろう、この音が目指す方向だったのかなぁとも感じる。
今やベーレンライター版の演奏が当たり前、ラトルもアバドもジンマンも面白かったし、今後もこういうベートーヴェンが「ふつう」になってゆくんでしょう。
この全集のライヴ録音は、思えば、すでに8年前。こんなことを書いている僕の感覚がもう古くなっているんでしょう。
録音状態は、ライヴのハンディを考慮しても、もう一歩かな。
音の艶やかさがイマイチで、墨絵のような渋い音がします。
実演では、そういえば、こういう音なのかなぁとも思いますが、もう少し鳴ってくれてもエエんじゃないかという気がしますね。
2008/08/16のBlog
[ 05:37 ]
[ 交響曲 ]
お盆になっても暑いのです。猛暑は続きます。
雨も降りません。渇水の心配もあります。いやはや、涼秋到来は、いつのこと・・・。
せめて涼しい音楽を聴きまっしょい。北欧の冷涼な空気が届くかな?
シベリウスの交響曲第2番 ニ長調 作品43。
ジョン・バルビローリ指揮ハレ管弦楽団の演奏。
1966年7月、キングズウェイホールでの録音。EMIの輸入全集盤。
男のやさしさとか、目に涙をたたえた微笑みとか、そういったものを聴くならバルビローリだ。
この人のやる音楽には抒情、愛情が一杯。特に弦楽の響きに哀愁・愛情が漂うのが独特で、いわゆる「バルビローリ節」になってゆく・・・・。
第1楽章の冒頭部分、ホルンの歌い回しなど、もう情緒纏綿、バルビローリ節丸出し。これぞ男の涙、男のやさしさ。一つひとつのフレーズの延ばし方や歌い方など、独特の指揮。歌ったり、泣いたり、そして内面に沈潜したり・・・・・。
その意を汲んだハレ管もまた素晴らしい。決して上等のオケではないだろうし、技術的なものも一流ではないと思うのだが(アンサンブルなどはちと粗い)、ここには指揮者を全面的に信頼した、幸福な結びつきがある。こういうオーケストラ音楽を聴くのは楽しい。聴き手まで幸せになってくる。名演と云うよりは佳演と云うべきか。しかし、これは愛すべき、慈しむべき佳演である。
第2楽章は木管の響き。これが涙が出るほど美しい。ファゴットの深い響きを聴いていると、バルビローリの愛情溢れる節回しにウットリとしてしまう。甘い、甘い音楽。包み込む甘さ一杯の音楽だ。
第3楽章は弦楽合奏がイイ。燻し銀の輝きとでも云おうか。
弦と木管の対話も楽しい。中間部の木管の美しさも実に良い。特にオーボエ。テンポがグッと落ちて、よく歌う。
楽章後半は精力的。スケルツォ的な弾みがイイ。
フィナーレは遙かな広がりを持った演奏。スケールを大きくしようとしているわけではないのだろうが、聴いている印象は草原を渡る涼風、森林から飛んでくる涼やかさのような感じ。しっとりとしたイイ演奏と思う。
録音は標準的。やや古びた感じもしますが、時代相応でしょう。
ステレオ的な広がりは十分で、各楽器の鮮度も上々でありました。
<シベリウスの交響曲第2番>自己リンクであります
■カラヤン/ベルリン・フィル
■マゼール/ウィーン・フィル
■ベルグルンド/ヨーロッパ室内管
■セル/クリーヴランド管
■C・デイヴィス/ボストン響
雨も降りません。渇水の心配もあります。いやはや、涼秋到来は、いつのこと・・・。
せめて涼しい音楽を聴きまっしょい。北欧の冷涼な空気が届くかな?
シベリウスの交響曲第2番 ニ長調 作品43。
ジョン・バルビローリ指揮ハレ管弦楽団の演奏。
1966年7月、キングズウェイホールでの録音。EMIの輸入全集盤。
男のやさしさとか、目に涙をたたえた微笑みとか、そういったものを聴くならバルビローリだ。
この人のやる音楽には抒情、愛情が一杯。特に弦楽の響きに哀愁・愛情が漂うのが独特で、いわゆる「バルビローリ節」になってゆく・・・・。
第1楽章の冒頭部分、ホルンの歌い回しなど、もう情緒纏綿、バルビローリ節丸出し。これぞ男の涙、男のやさしさ。一つひとつのフレーズの延ばし方や歌い方など、独特の指揮。歌ったり、泣いたり、そして内面に沈潜したり・・・・・。
その意を汲んだハレ管もまた素晴らしい。決して上等のオケではないだろうし、技術的なものも一流ではないと思うのだが(アンサンブルなどはちと粗い)、ここには指揮者を全面的に信頼した、幸福な結びつきがある。こういうオーケストラ音楽を聴くのは楽しい。聴き手まで幸せになってくる。名演と云うよりは佳演と云うべきか。しかし、これは愛すべき、慈しむべき佳演である。
第2楽章は木管の響き。これが涙が出るほど美しい。ファゴットの深い響きを聴いていると、バルビローリの愛情溢れる節回しにウットリとしてしまう。甘い、甘い音楽。包み込む甘さ一杯の音楽だ。
第3楽章は弦楽合奏がイイ。燻し銀の輝きとでも云おうか。
弦と木管の対話も楽しい。中間部の木管の美しさも実に良い。特にオーボエ。テンポがグッと落ちて、よく歌う。
楽章後半は精力的。スケルツォ的な弾みがイイ。
フィナーレは遙かな広がりを持った演奏。スケールを大きくしようとしているわけではないのだろうが、聴いている印象は草原を渡る涼風、森林から飛んでくる涼やかさのような感じ。しっとりとしたイイ演奏と思う。
録音は標準的。やや古びた感じもしますが、時代相応でしょう。
ステレオ的な広がりは十分で、各楽器の鮮度も上々でありました。
<シベリウスの交響曲第2番>自己リンクであります
■カラヤン/ベルリン・フィル
■マゼール/ウィーン・フィル
■ベルグルンド/ヨーロッパ室内管
■セル/クリーヴランド管
■C・デイヴィス/ボストン響
2008/08/15のBlog
[ 06:05 ]
[ 協奏曲 ]
四国に帰ってきました。エエ夏休みでした。
武蔵は秩父で昔の職場の仲間と語らいました。川越では高校の仲間たちと久しぶりに家族まじえて逢いました。そして、東京新宿ではディスクユニオン。これも良かった。しこたま買い込みました。物欲煩悩は尽きません。
帰ってきますと、まあ四国の暑いこと。東京や埼玉と気温が5℃くらい違う感じ。南国なんですなあ。
というわけで久しぶりの更新であります。
モーツァルトのピアノ協奏曲第27番 変ロ長調 K.595。
アンドラーシュ・シフのピアノ独奏、シャンドール・ヴェーグ指揮ザルツブルク・モーツァルテウム・カメラータ・アカミデカの演奏。
1988年12月、モーツァルテウムでの録音。DECCA原盤。
ヴェーグの作り出す音楽は例によってふっくらと豊かで、しかも自然で無理なく響く。いや、大いなる作為であるにもかかわらず、息づかいが自然なので、聴き手には理にかなって聞こえる、と云うべきか。
シフのピアノも見事。これも無理なく、そしてよく歌う。洗練されて、繊細なタッチは非常に美しく、ニュアンスも多彩。特に弱音のデリカシーはたまらない。
第1楽章からして美しさの極み
テンポは中庸、やや遅めになるかな。一つひとつの音がたっぷりとしていて、歌うべきところはよく歌う。楽器のバランスも完璧と思う。フガート風のところで聴ける重層的な美しさは比類がない。シフのピアノも大変に綺麗。いわば、真っ白なカンバスに淡い色彩で品良く描いた絵画のような美しさ。
その淡さの中に、無限のニュアンスが浮遊するかのよう。味わい深い演奏と思う。
第2楽章の淋しさは、これぞ彼岸の境地。
こんな音楽を書いてしまったら、もうモーツァルトは死ぬしかなったのかな、と聴きながらふと思った。これ以上のピアノ協奏曲は書けなかったろうなあ。
シフのピアノも美しいが、ヴェーグ/カメラータ・アカデミカの伴奏は絶美としか云いようがない。
この伴奏を聴いてしまうと、他のモーツァルトのピアノ協奏曲での伴奏が凡庸に聞こえてしまってアカンです。
フィナーレは、純白のロンド。シフのピアノもヴェーグの伴奏も、言葉を失うほどの完成度。見事としか云いようがない。あとは演奏にひたすら酔うだけでありました・・・・。
録音状態は今も美しく、最良の部類と思います。
DECCAの録音は、オケの美しさからロケーションの余韻まで、鮮やかに伝えます。
武蔵は秩父で昔の職場の仲間と語らいました。川越では高校の仲間たちと久しぶりに家族まじえて逢いました。そして、東京新宿ではディスクユニオン。これも良かった。しこたま買い込みました。物欲煩悩は尽きません。
帰ってきますと、まあ四国の暑いこと。東京や埼玉と気温が5℃くらい違う感じ。南国なんですなあ。
というわけで久しぶりの更新であります。
モーツァルトのピアノ協奏曲第27番 変ロ長調 K.595。
アンドラーシュ・シフのピアノ独奏、シャンドール・ヴェーグ指揮ザルツブルク・モーツァルテウム・カメラータ・アカミデカの演奏。
1988年12月、モーツァルテウムでの録音。DECCA原盤。
ヴェーグの作り出す音楽は例によってふっくらと豊かで、しかも自然で無理なく響く。いや、大いなる作為であるにもかかわらず、息づかいが自然なので、聴き手には理にかなって聞こえる、と云うべきか。
シフのピアノも見事。これも無理なく、そしてよく歌う。洗練されて、繊細なタッチは非常に美しく、ニュアンスも多彩。特に弱音のデリカシーはたまらない。
第1楽章からして美しさの極み
テンポは中庸、やや遅めになるかな。一つひとつの音がたっぷりとしていて、歌うべきところはよく歌う。楽器のバランスも完璧と思う。フガート風のところで聴ける重層的な美しさは比類がない。シフのピアノも大変に綺麗。いわば、真っ白なカンバスに淡い色彩で品良く描いた絵画のような美しさ。
その淡さの中に、無限のニュアンスが浮遊するかのよう。味わい深い演奏と思う。
第2楽章の淋しさは、これぞ彼岸の境地。
こんな音楽を書いてしまったら、もうモーツァルトは死ぬしかなったのかな、と聴きながらふと思った。これ以上のピアノ協奏曲は書けなかったろうなあ。
シフのピアノも美しいが、ヴェーグ/カメラータ・アカデミカの伴奏は絶美としか云いようがない。
この伴奏を聴いてしまうと、他のモーツァルトのピアノ協奏曲での伴奏が凡庸に聞こえてしまってアカンです。
フィナーレは、純白のロンド。シフのピアノもヴェーグの伴奏も、言葉を失うほどの完成度。見事としか云いようがない。あとは演奏にひたすら酔うだけでありました・・・・。
録音状態は今も美しく、最良の部類と思います。
DECCAの録音は、オケの美しさからロケーションの余韻まで、鮮やかに伝えます。
2008/08/09のBlog
[ 04:53 ]
[ 近況や季節の話題 ]
2008/08/08のBlog
[ 05:52 ]
[ 交響曲 ]
ペーター・マークはメンデルスゾーンとモーツァルトのスペシャリストとして名高い指揮者だった。特に1960年頃にDECCAに録音したメンデルスゾーンの「スコットランド」は名盤の誉れ高いものだった。
その人生は求道者。メジャー路線に敢えて背を向け、ドロップアウトして、修行の道に入った指揮者。ギリシャのアトス山の修道院で、また香港の禅寺で。
こんな経歴の指揮者はそうはいないだろう。
いつかマークをじっくり聴いてみたいなぁと思っていたところ、数年前に、BOXもので廉価に購うことが出来た。ベートーヴェンやモーツァルト、メンデルスゾーンなどが、まとまって聴けたのは好都合だった。
モーツァルトの交響曲第40番 ト短調 K.550。
ペーター・マーク指揮パドヴァ・ヴェネト管弦楽団の演奏。
録音は1996年2月、Artsレーベル。
往年のスタイルのモーツァルト。
編成は大きく、演奏はロマンティックで暖かい。テンポはゆったりとして、遅め。
旧態依然とした感じなのだが、しみじみと穏やかで優しく、聴き手の心に訴えかけてくる。老人がポツポツと先を急がずに昔語りをする・・・・といった感じの演奏。
第1楽章の冒頭などは、アンサンブルがモコモコとしていて、あまり揃っていない。オヤオヤ・・・・と思いつつ聴いていると、第2楽章くらいからオーケストラの調子が上がってくる。そんなに巧いオーケストラではないのかな。イタリアの地方都市の、小さなオケなんだろうな。
弦が少しざらつくのが惜しい。
マークのフレージングは独特。ダイナミクスも大きく、うねるように音楽が進んでゆく部分がある。面白い。古典的なスタイルの中に、ロマンティックな思いが込められている感じ。
フィナーレまで、しっとりとしたモーツァルトが続きます。
録音は標準的。可もなく不可もなし、と言うべきでしょう。
演奏が大人風で穏やか、録音もおっとりとした感じで、細かなところまでシャープに録ろうという感じではありません。
その人生は求道者。メジャー路線に敢えて背を向け、ドロップアウトして、修行の道に入った指揮者。ギリシャのアトス山の修道院で、また香港の禅寺で。
こんな経歴の指揮者はそうはいないだろう。
いつかマークをじっくり聴いてみたいなぁと思っていたところ、数年前に、BOXもので廉価に購うことが出来た。ベートーヴェンやモーツァルト、メンデルスゾーンなどが、まとまって聴けたのは好都合だった。
モーツァルトの交響曲第40番 ト短調 K.550。
ペーター・マーク指揮パドヴァ・ヴェネト管弦楽団の演奏。
録音は1996年2月、Artsレーベル。
往年のスタイルのモーツァルト。
編成は大きく、演奏はロマンティックで暖かい。テンポはゆったりとして、遅め。
旧態依然とした感じなのだが、しみじみと穏やかで優しく、聴き手の心に訴えかけてくる。老人がポツポツと先を急がずに昔語りをする・・・・といった感じの演奏。
第1楽章の冒頭などは、アンサンブルがモコモコとしていて、あまり揃っていない。オヤオヤ・・・・と思いつつ聴いていると、第2楽章くらいからオーケストラの調子が上がってくる。そんなに巧いオーケストラではないのかな。イタリアの地方都市の、小さなオケなんだろうな。
弦が少しざらつくのが惜しい。
マークのフレージングは独特。ダイナミクスも大きく、うねるように音楽が進んでゆく部分がある。面白い。古典的なスタイルの中に、ロマンティックな思いが込められている感じ。
フィナーレまで、しっとりとしたモーツァルトが続きます。
録音は標準的。可もなく不可もなし、と言うべきでしょう。
演奏が大人風で穏やか、録音もおっとりとした感じで、細かなところまでシャープに録ろうという感じではありません。
2008/08/07のBlog
[ 05:53 ]
[ 器楽曲 ]
雷とともに激しい夕立。
久しぶりの降水で、夜が過ごしやすかったです。今朝も涼しく、快適な目覚め。
さあ、ジョギングに行きまっしょい!
さて、今日はシューベルトのピアノ曲。
僕は、歌曲の王・シューベルトの歌を殆ど聴きません。歌詞が分からないので、ついつい敬遠してしまいます。
しかし、ピアノ曲は大好き。ソナタもエエですし、即興曲や幻想曲など、名品が沢山あります。どうも僕にとってのシューベルトは、交響曲作曲家でありピアノ曲の作曲家であるようです。
で・・・・・シューベルトのピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D.960。
内田光子のピアノ独奏。
1997年5月、ウィーンのムジークフェラインザールでの録音。フィリップス盤。
残響が多く、夢見るような録音。ムジークフェラインの余韻が美しい。
ダイナミックレンジも大きいが、内田光子のピアノの音のエッジが丸いので、あまり鋭く刺激的なところがないのがイイ。
シューベルトの心情が漂っていくような感じの演奏。
シューベルトのピアノ・ソナタは歌に溢れ、美しいメロディが次々に現れてくるので、ボクは大好き。ただ、音楽が(いや、歌が)行ったり来たりで、なかなか元に戻らないというか、前に進まないというか、結論が出てこないので、ソナタらしくない。だから、しっかり聴こうとするよりは、ピアノの響きに身を委ねて、音楽に浸る感じで聴くのが良いようだ。
その点で、内田の演奏は情感豊かで、思いが一杯、ハッとするようなフレーズや音色が曲の進行とともにあちらこちらで聴ける感じで楽しい。また、飽きない。
シューベルトのピアノ曲は演奏如何で冗長に感じる時があるから、内田のような演奏が良い。
内田のピアノは、音が柔らかく、ソフトなタッチでしっとりと聴かせてくれる。
そして彼女のピアノは、没入する。彼女は「死ぬ時には、シューベルトを弾いていたい」と云っていたと思う。なるほど、この演奏は彼岸の境地にでも至ったかのようでもある。詩的で、時に霊的、霊感に打たれたような内田のピアノがスゴイ。第2楽章など、特にそう感じる。
シューベルトのピアノ曲の中でも、最も美しいものの一つだろうと思います。
夭折したシューベルト、その死の年の作品でした。
久しぶりの降水で、夜が過ごしやすかったです。今朝も涼しく、快適な目覚め。
さあ、ジョギングに行きまっしょい!
さて、今日はシューベルトのピアノ曲。
僕は、歌曲の王・シューベルトの歌を殆ど聴きません。歌詞が分からないので、ついつい敬遠してしまいます。
しかし、ピアノ曲は大好き。ソナタもエエですし、即興曲や幻想曲など、名品が沢山あります。どうも僕にとってのシューベルトは、交響曲作曲家でありピアノ曲の作曲家であるようです。
で・・・・・シューベルトのピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D.960。
内田光子のピアノ独奏。
1997年5月、ウィーンのムジークフェラインザールでの録音。フィリップス盤。
残響が多く、夢見るような録音。ムジークフェラインの余韻が美しい。
ダイナミックレンジも大きいが、内田光子のピアノの音のエッジが丸いので、あまり鋭く刺激的なところがないのがイイ。
シューベルトの心情が漂っていくような感じの演奏。
シューベルトのピアノ・ソナタは歌に溢れ、美しいメロディが次々に現れてくるので、ボクは大好き。ただ、音楽が(いや、歌が)行ったり来たりで、なかなか元に戻らないというか、前に進まないというか、結論が出てこないので、ソナタらしくない。だから、しっかり聴こうとするよりは、ピアノの響きに身を委ねて、音楽に浸る感じで聴くのが良いようだ。
その点で、内田の演奏は情感豊かで、思いが一杯、ハッとするようなフレーズや音色が曲の進行とともにあちらこちらで聴ける感じで楽しい。また、飽きない。
シューベルトのピアノ曲は演奏如何で冗長に感じる時があるから、内田のような演奏が良い。
内田のピアノは、音が柔らかく、ソフトなタッチでしっとりと聴かせてくれる。
そして彼女のピアノは、没入する。彼女は「死ぬ時には、シューベルトを弾いていたい」と云っていたと思う。なるほど、この演奏は彼岸の境地にでも至ったかのようでもある。詩的で、時に霊的、霊感に打たれたような内田のピアノがスゴイ。第2楽章など、特にそう感じる。
シューベルトのピアノ曲の中でも、最も美しいものの一つだろうと思います。
夭折したシューベルト、その死の年の作品でした。
2008/08/06のBlog
[ 05:28 ]
[ 声楽曲・オペラ ]
独ハルモニア・ムンディの50枚組BOX、ミチョランマ(未聴の山)にならぬよう、ポツポツ聴いております。つまみ聴きであります。
これが結構楽しく、しかもこのBOXは録音も素晴らしいので楽しみは倍加します。
今日聴いているペルゴレージはこのBOXの中でも古い部類の録音で、1968年。しかし、録音状態はいつものコレギウム・アウレウムのものらしく、実に素晴らしい。声の余韻が美しく、ウットリするくらい。清冽にして爽快、聴いていて大変心地よい。こういう音で聴くバロックは気持ちいいもんです。
というわけで。
ペルゴレージの歌劇「奥様女中」。
マッダレーナ・ボニファッチョ(ソプラノ)、ジークムント・ニムスゲルン(バス)の独唱にコレギウム・アウレウム合奏団の演奏。
1968年の録音、ロケーションはフッガー城糸杉の間。
ペルゴレージの「奥様女中」はとても楽しいオペラ。モーツァルトの「フィガロの結婚」に通ずる楽しさがある。登場人物は2人だけなのに、音楽は変化に富んでおり、レチタティーヴォもアリアも心から楽しめる。夭折の天才、ペルゴレージの傑作だろう。
主人ニムスゲルンと女中ボニファッチョの掛け合いが実に楽しい。
そして、ニムスゲルンの声が良い。深々としていて、甘く、時に切ないくらいに美しい。ボニファッチョは可愛らしい女中を好演、可憐で清潔、ときにコミカルな感じもあって良い。軽やかな歌声には魅了されてしまう。
コレギウム・アウレウム合奏団のボス抜きセッションも、アンサンブル良好で、その響きは懐かしいくらいにほのぼのしていて、うん、やはり僕はこの合奏団が好きなんだなぁと再認識した次第であります。
さて、早朝ジョギングであります。
やはり朝に走るのは涼しいですな。この数日は黄昏時に走っていたんですが、たまらない暑さでした。
田舎の畦道や草むらでは、コオロギが鳴き始めています。間もなく立秋。
これが結構楽しく、しかもこのBOXは録音も素晴らしいので楽しみは倍加します。
今日聴いているペルゴレージはこのBOXの中でも古い部類の録音で、1968年。しかし、録音状態はいつものコレギウム・アウレウムのものらしく、実に素晴らしい。声の余韻が美しく、ウットリするくらい。清冽にして爽快、聴いていて大変心地よい。こういう音で聴くバロックは気持ちいいもんです。
というわけで。
ペルゴレージの歌劇「奥様女中」。
マッダレーナ・ボニファッチョ(ソプラノ)、ジークムント・ニムスゲルン(バス)の独唱にコレギウム・アウレウム合奏団の演奏。
1968年の録音、ロケーションはフッガー城糸杉の間。
ペルゴレージの「奥様女中」はとても楽しいオペラ。モーツァルトの「フィガロの結婚」に通ずる楽しさがある。登場人物は2人だけなのに、音楽は変化に富んでおり、レチタティーヴォもアリアも心から楽しめる。夭折の天才、ペルゴレージの傑作だろう。
主人ニムスゲルンと女中ボニファッチョの掛け合いが実に楽しい。
そして、ニムスゲルンの声が良い。深々としていて、甘く、時に切ないくらいに美しい。ボニファッチョは可愛らしい女中を好演、可憐で清潔、ときにコミカルな感じもあって良い。軽やかな歌声には魅了されてしまう。
コレギウム・アウレウム合奏団のボス抜きセッションも、アンサンブル良好で、その響きは懐かしいくらいにほのぼのしていて、うん、やはり僕はこの合奏団が好きなんだなぁと再認識した次第であります。
さて、早朝ジョギングであります。
やはり朝に走るのは涼しいですな。この数日は黄昏時に走っていたんですが、たまらない暑さでした。
田舎の畦道や草むらでは、コオロギが鳴き始めています。間もなく立秋。