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クラシック音楽のひとりごと
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2008/09/03のBlog
秋めいてきましたので、ブラームスなんぞを取り出してみました。

昨日に続いて、クリーヴランド管で聴いてみましょう。

ブラームスの交響曲第3番 ヘ長調 作品90。
クリスト・フォン・ドホナーニ指揮クリーヴランド管の演奏。
1988年5月、マソニック・オーディトリウムでの録音。TELDEC盤。

サッパリと爽快、明快。
ドホナーニのつくる音楽には曖昧さがない。キッチリと輪郭が引かれ、中身がよく整理されて見通しがよいとともに、音楽が格調高く息づく。
旋律線よりも構造を、細部へのこだわりよりもますは様式的な美しさを、それぞれドホナーニは追求しているようだ。
このブラームスもその典型で、音楽はしっかりとした足取りで進んでゆき、全体的に男らしい。そう、ドホナーニのブラームスは女々しくない。男らしい強靱さがある。

第1楽章は途中からアッチェランドがかかって、グイグイとテンポが速くなる。その加速の様が、実にカッコイイ。切れ味鋭く、踏み込んでゆくところが全くイイ。
また、テンポが落ちるときの情感も味わい深い。男の抒情と云うべきか。
オーケストラは万全。ドホナーニとクリーヴランド管のコンビは、実にイイ組み合わせだったと思う。
ドヴォルザークの交響曲(第8も「新世界」も名演だった!)で聴かせてくれた硬骨ぶりが甦るようだ。

第2楽章はスマートな演奏。スッキリした味わいで、ソーダ水のような感じがする。弦楽合奏がとても美しく、大変気持ちよく聴ける。

第3楽章ポコ・アレグレットは比較的速めに進んでゆく。ブラームスの書いた最も哀愁漂うメロディだが、ドホナーニはその哀感に溺れず、淡々と進めてゆく。女々しくしないのがドホナーニ流なのだ。
クリーヴランド管の演奏がまた巧いこと。ドホナーニの意を汲んで、ズバッと割り切った音を出す。管楽器がしみじみと巧い。

フィナーレは完璧なアンサンブル。これは素晴らしい。
セル時代を思わせる、いや、セル時代そのものじゃないか。パーフェクトな合奏。そして、セル時代よりも音の鮮度が良いから、ウットリするほど美しく響く。ああ、ブラームスは良い。

録音は今も上々、大変美しい音であります。
特に弦楽合奏が美しく、オーケストラを聴く楽しみが一杯です。
ヴァイオリンのしなやかな感じ、細く消えてゆくその余韻は、ゾクッとするほど美しく録られています。
これは、1980年代の名録音になるんじゃないかとボクは密かに思っています。

2008/09/02のBlog
蒸し暑い一日でした。
残暑が戻りましたが、朝晩はやはり涼しいですね。

さて、今日はR・シュトラウスの交響詩集。
「ドン・ファン」、「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」、「死と変容」の3曲を所収。
ロリン・マゼール指揮クリーヴランド管の演奏。
1979年5月9日、クリーヴランドのメイソニック・オーディトリウムでの録音。CBSソニー盤。
データによれば、一日で録音してしまったようだ。さすがだな、マゼール。

マゼールがクリーヴランド管に着任したのが1972年。ジョージ・セルの死後、ピエール・ブーレーズが振っていた後を受けたものだった。
1982年にウィーン国立歌劇場の総監督に就任するまでの10年間は、それまでのアクの強い、ラジカルな音楽づくりから、成熟した大人の音楽を聴かせる指揮者に、マゼールが変貌した時期になるのだと思う。
このR・シュトラウスなどはその例だろう。

マゼールのR・シュトラウス作品集には、DECCA(ニュー・フィルハーモニア管)、CBS(クリーヴランド管)、BMG(バイエルン放送響)の3つのレーベルに録音があるのだが、このCBSでの演奏が、最も落ち着いた、ハッタリがない、耳当たりがよく聴きやすい音楽になっていると思う。

尤も、だからこそ好みが分かれるところだろうと思うのだが、僕は、このクリーヴランド管の演奏は好きです。
同時期の「英雄の生涯」も不純物を取り去った純粋な姿の「英雄」で、実に素晴らしい演奏だったのだが、この作品集も、R・シュトラウスの、見事な、ため息が出そうになるほど見事なオーケストレーションを完璧に再現して、しかも作品自体に音楽を語らせるような演奏になっていて、「マゼール大したもんだわい」と思うのだ。

そうそう、「英雄の生涯」は驚くほど透明度の高い演奏として激賞され、レコード・アカデミー賞をとった名盤。カラヤン/BPOの濃厚なR・シュトラウスの対極にあるものだった。
このクリーヴランド管との作品集も、「英雄の生涯」と同じ路線上にある快演と思う。

アンサンブルはセル時代の伝統、ヴァイオリン群などは音が細く聞こえるくらいの、贅肉のない見事な合奏だし、音楽の進行がとても自然で聴きやすい。金管のふっくらした響き、甘い音色も大変美しいものだ。
「ドン・ファン」の出だしの快速テンポなど、鮮やか。そして、見事なアンサンブルを聴かせてくれる。

録音はヨーロッパ・トーンといった感じで、残響成分が多く、臨場感たっぷり。音も柔らかく、ふっくらとしていて聴きやすいものです。
同じCBSなのに、セル時代のクリーヴランド管の音と、明らかに傾向が違います。
これが本来のクリーヴランド管の響きなのかもしれません。
エエ音で聴けます。
2008/09/01のBlog
さて、9月であります。
我が家の高校生は新学期、大学生は今月いっぱいは休暇であります。

今日はシューベルトを聴いてます。

シューベルトのピアノ・ソナタ第4番 イ短調 D.537。
アルトゥール・ベネデッティ・ミケランジェリのピアノ独奏。
1981年2月の録音。DG原盤。カップリングはブラームスのバラード集。

全曲約22分のシューベルトの佳品。
ミケランジェリのピアノの音色が千変万化して、聴いているとクラクラしてしまうほど綺麗。ホンマに美しい。圧倒的。参ります。

そしてニュアンスの多彩なこと。一つの楽器から、かくも様々な音が出てくるものか。ピアノの音そのものが美しいのは勿論なのだが、それがキラキラ光ったり、墨絵のような渋い色調になったり、時には水彩画のようなパステルカラーで揺らめいたり・・・・まあ、その色彩感がスゴイ。色の移り変わりだけでも楽しめる演奏。

フォルティシモは逞しく、かつ美しいし、ピアニシモではため息が出るほど、これまた綺麗。

この音の美しさの魅力には抗いがたい。

演奏は、シューベルトにしては雄弁な感じ。ウィーンの内気な青年シューベルトの木訥さよりは、しっかりと自身の言葉で物語を綴ってゆくような感じの演奏と云えるかな。
テンポも全く正鵠、聴いていてしっくり来る感じの速度。造形も見事なプロポーションで、ヘレニズム文化のように柔らかく均整の取れた彫刻を想像させるような佇まい。

第1楽章アレグロ・マ・ノン・トロッポ、第2楽章はアレグレット・クワジ・アンダンティーノ、第3楽章アレグロ・ヴィヴァーチェ。

各楽章の描き分けも見事で、三双一幅の絵画を見ているような、聴感であった。

録音は今も十分に美しく、鑑賞に不備なし。
ミケランジェリの素晴らしいピアノは余すところなく伝えてくれます。
DGの初期デジタル録音なんですが、硬い響きにならず、しっとりとした音も聴かれます。
デジタル時代になって、ピアノの硬質な響きがなおいっそう美しく録れるようになったなぁと当時思ったもんですが、このミケランジェリの1枚は、その典型と思います。


昨日は徳島に行ってきました。
四国合唱コンクール、三男坊の出場でありました。結果は金賞、しかし、いわゆる「ダメ金」、全国大会出場はなりませんでした。NHKコンクールも四国大会銅賞でしたので、息子もこれでひとまず部活動引退であります。受験生にならなくちゃいけません。
9月は季節の変わり目であります。
2008/08/31のBlog
本日8月末日、この数日は曇天雨天続き、気温も下がってすっかり秋めいてきました。
夏の終わりに夏っぽい音楽を聴いておきましょう。

リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェヘラザード」 作品35。
小澤征爾指揮シカゴ交響楽団の演奏。
1969年6月の録音。EMI原盤。
懐かしい東芝EMIのセラフィム盤LP。廉価盤だったので、昔は、随分助かったもんです・・・・・・・。安いのは有り難い。

若者が颯爽と指揮して、一気呵成にやってしまうと、こういう演奏になるのかな。
これは、小澤征爾若き日の素晴らしい演奏。豊潤で、勢いがあって、凛々しく、また初々しく、頬が火照ってくるような麗しさに満ちた名演と思う。
名人集団シカゴ響を存分に鳴らし、ドライブしきっているのが何より素晴らしい。小澤は若い頃からテクニック抜群だったんだろう。

第1楽章「海とシンドバッドの船」は元気一杯で迫力十分。押しまくる力がある。素直な直球勝負の爽快感がイイ。

第2楽章は「カランダール王子の物語」。抒情的な表現が印象的。小澤のしなやかな感性が良い方向に発揮されている感じ。音楽は新鮮で硬質、引き締まってスリムな感じ。筋肉質のオーケストラが展開する。潔い演奏、サムライ的な演奏と云うべきか。

第3楽章「若き王子と王女」は、青春のロマン。淡い着色の水彩画的表現だが、やや硬い感じもする。小澤は、ここでもストレートをどんどん放り込んでくるのだ。手練も手管もなし。精一杯の若さが横溢する。

第4楽章「バグダッドの祭り、海、青銅の騎士のある岩での難破、終曲」。
強烈な盛り上がり。意気盛んなフィナーレ。小澤は大編成のオーケストラを振らせるとホンマに上手い。もう、若い頃から巧かったんだなぁとつくづく思う。終曲まで息もつかせぬ迫力と、時に強引なまでの速球直球、これが聴いていて実に気持ちが良い。エエぞ、エエぞ、もっと盛り上げろ。

録音はヒス・ノイズが少し乗るものの、活気があって鮮やかな音がします。
40年も前の録音にしては素晴らしいと思われます。
特に管楽器が鮮やかで聴き応え十分。弦は少し硬いところがあります。
EMI録音、この時期のものはエエですねえ。

2008/08/30のBlog
1時間ほど激しい雷雨。久しぶりのまとまった雨でありました。
全国的には各地で大雨、被害も大きいようで、お見舞い申し上げます。四国ではこれで渇水が収まればよいのですが。
今日も前線停滞の由、天気はぐずつきます。

さて、今日はラフマニノフを聴いております。

ラフマニノフの交響曲第2番 ホ短調 作品27。
マリス・ヤンソンス指揮サンクト・ペテルブルク・フィルの演奏。
1993年9月の録音。EMIの7枚組激安BOXからの1枚。新宿のディスクユニオンで中古盤割引価格で2,100円。新品でも激安なのに、何という時代か。15年前の録音がこんなに激安価格で入手できてしまう(15年前なんて、僕に云わせりゃ「最新」に近い新しい録音としか思えない・・・・)、何に感謝すりゃエエんかいな。

全編にわたって、いかにもラフマニノフらしい哀愁漂うメロディで一杯。聴いていると悲しさや懐かしさがこみ上げてくる名曲。この曲には専門家筋からは通俗に過ぎると批判があるようだが、映画音楽だってこんなに美しくないぞい。僕らド素人には、ホンマに美しく儚い名曲と思う。

指揮は今をときめくマリス・ヤンソンス。
ロイヤル・コンセルトヘボウ管にバイエルン放送響、天下の銘器を2つも手に入れた名匠の、これは若かりし頃の名演。(・・・・と思ったらヤンソンスは今年でもう65歳。ということは録音当時50歳、そう若くはなかったのか・・・)
サンクト・ペテルブルク・フィル(旧レニングラードフィル)の機能的な演奏も相まって、素晴らしく聴き応えがある。

ヤンソンスの指揮は素晴らしい。
ただ、欲を言えば、この交響曲がカッコ良くなりすぎた感じで、もう少し女々しくやってくれてもエエかなぁと思う次第。均整の取れた古典芸術、ギリシア彫刻のようなフォルムの見事さ・・・・・そんな感じの演奏であって、カッコ良すぎるのだ。
ラフマニノフは、身を捩り、身もだえするように、また甘ったるく、そうそう、砂糖菓子のように甘く演奏して欲しいと思う。ラフマニノフには、市井に生きる庶民の喜怒哀楽が似合う・・・・と思うのだ。例えば、昼メロのような、男女のドロドロした愛情のもつれ、憎しみに嫉妬、さらにお涙頂戴的な筋立てで・・・・・そんなものが合いそうに思うのだが・・・。

そうは云っても、第3楽章の美しさ、情緒纏綿とした旋律は忘れがたく、尽きせぬ魅力がある。木管もホルンも涙なくしては聴けない。ああ、ラフマニノフは天性のメロディ・メーカーであったのだ。

録音はもちろんデジタル、標準的な音であります。
もう少し奥行き感が欲しい感じ。オケが平面的に並んで、ペタッとした感じの音に聞こえます。ステージの雰囲気は良く出ているんですが、もう少し音の鮮度があってもエエかなぁ・・・と思いつつも、EMIですからねえ・・・・・。
2008/08/29のBlog
ヘンリク・シェリングというヴァイオリニストには、多くのヴァイオリン曲の楽しみを教わりました。
いわゆるヴァイオリンの四大協奏曲にバッハの無伴奏や協奏曲、モーツァルトやベートーヴェンのソナタ・・・・・・・。
どれも、品格の高い演奏で、今聴いても感動的です。今年で没後20年、久しぶりに彼のLPを取り出してみました。

ヴィタリの「シャコンヌ」 ト短調(シャルリエ編)。
ヘンリク・シェリングのヴァイオリン、チャールズ・ライナーのピアノ。
1964年、ニューヨークでの録音。フィリップスの廉価盤LP(13PC-272)であります。

悲痛なメロディ、涙をしぼられる哀しみの旋律。まあ、とにかく美しい。
シェリングの情緒的なヴァイオリンが、その美しさを更に磨き上げる。ああ、これ美しいヴァイオリン曲。名曲の名演奏。

ヴィタリは17世紀末~18世紀前半にモデナで活躍した作曲家・室内楽奏者。その他の伝記はよく分からず、この曲は、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲の初演者として有名なフェルディナンド・ダヴィッドによるヴァイオリン教則本の中の教材として公刊されたもの。
僕がクラシック音楽を聴き始めた1980年頃には、沢山の録音があったと思うのだが、この頃はあまり見かけない感じ。CD時代になって大曲・長時間曲の録音は盛んになったが、ヴァイオリンやピアノの小品集などはホンマに少なくなったように思う。
この曲など、分かりやすくて、とてもエエ曲なんだがなぁ・・・・。

録音は今も十分に美しいです。
シェリングのヴァイオリンを余すところなく捉えております。40年以上も昔の録音とは思えない立派なものです。
ヴァイオリンはアナログLPらしく肉厚で、CDに比べると、こってりとしていて厚み・柔らかさ十分、」ジューシーなステーキといった感じ。ピアノはやや引き気味であります。

昔読んだオーディオ雑誌には、ヴァイオリンとピアノの録音はとても難しいと書いてありました。どちらかを立てようとすると、片方が上手く録れない・・・・・特にヴァイオリン・ソナタは難しいと。
このLPなどもその一つなんでしょう。

ああ、それにしても美しいメロディ。月が射す夜、月光の射し込んでくる窓辺を思わせるような冴え冴えとしたヴァイオリンと、その悲愴美がたまりません。
女性にも人気がありそうな曲なんですが、さて、今はどうなんでしょうねえ。

<シェリングの演奏、過去のエントリーです>
■J・S・バッハの2つのヴァイオリンのための協奏曲
■J・S・バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番
■ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第2番 へブラー(Pf)
■ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲 ハイティンク/ACO
■メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲 ハイティンク/ACO
■ブラームスのヴァイオリン協奏曲 ハイティンク/ACO
2008/08/28のBlog
晩夏初秋の風が吹いています。この数日は曇天にわか雨であります。
8月末の過去3年の記事を振り返ると、暑い暑いと僕は書いていますので、今年は涼しくなるのが早かったようです。有り難いこと。
ただ、9月に入って残暑がぶり返すかもしれませんね。

さて、今日はモーツァルトの室内楽を。

モーツァルトの弦楽四重奏曲第14番 ト長調 K.387。
アルバン・ベルク弦楽四重奏団の演奏。
1987年12月の録音。EMIのクリスマスBOX、激安箱物の1枚。

引退を発表し、最後の来日公演を果たしたアルバン・ベルクSQの、これは全盛期の演奏。アルバン・ベルクSQが遺した録音はどれも名演と思うが、このモーツァルトのハイドン四重奏曲集はどれも素晴らしい演奏が揃っている。僕の持つ箱物は7枚入って3,000円ちょっとの激安物。何ともエエ時代になったもんです。昔は1枚の値ですもんねえ。

アンサンブルの精緻なこと、洗練に関してはこのSQ以上のものはないんじゃないかと思われるほど、アルバン・ベルクSQの合奏はスゴイ。キツく感じられるほど。
それが厳めしくないのは、ウィーンの伝統のなせる技か。
強い緊張と汲めども尽きぬモーツァルトの歌が高い次元で融合している超名演・・・・と云うとカッコイイが、演奏の精度はこれまで僕が聴いてきたアマデウスSQやイタリアSQとは一線を画すようなすごさだと思う。

第1楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェ・アッサイ。
キッチリしたアンサンブルを堪能できる。四人の心が一致する時の音楽の美しさよ。

第2楽章はメヌエット。美しさの極致。流麗な歌と、透きとおったアンサンブルと、どちらも素晴らしい。

第3楽章の滑らかな歌はいかにもモーツァルト。アンダンテ・カンタービレをアルバン・ベルクSQはやや速めに演奏してゆく。スッキリとした淡麗の味わい。爽やかな名演奏と思う。

フィナーレはモルト・アレグロ。精気に満ちて、溌剌とした活気の中で音楽が閉じられてゆく。ああ、モーツァルトってエエなぁ・・・・しみじみ思う。

録音は、教会でのものなので、余韻が特に美しく録られています。
オフマイク気味のとり方で、奏者4人の定位は少し甘くなるんですが、雰囲気はとても素晴らしいと思いました。
2008/08/27のBlog
いつも昔話で恐縮ですが、僕がクラシック音楽を聴き始めた1980年頃、ハイドンの交響曲といえば、C・デイヴィスとネヴィル・マリナーのレコードが「現代的感覚で新鮮」と云われて評判が良かったもんです。
いずれもフィリップス・レーベル。1970年代後半の、アナログ録音末期の名録音で、この両者は録音されました。まだまだ、ピリオド楽器でのハイドン演奏はふつうではない・・・・・そういう時代でありました。

今日は、そのマリナー/アカデミー・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズのLPを取り出してみました。
(ああっ!長い!やはり、往事のように、「アカデミー室内管」でいきまっせ 笑)

ハイドンの交響曲第101番 ニ長調「時計」。
ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管の演奏。
1977年10月の録音。フィリップス盤。

第1楽章序奏部の美しさ、爽やかさが印象的。荘重さの中に漂う清潔感が何とも云えない。
主部に入れば生き生きと弾むハイドンが満面の笑みで登場する。陽性で楽天的、スカッと抜けるような明るいハイドンだ。オーケストラも楽しんで演奏している感じで、「ハイドンは我ら英国の音楽だ」とでも云っているかのよう。聴いていると、こちらも体が揺れてしまうように楽しい。まったく、共感がある演奏はエエもんだと思う。
テンポはちょうどよいもの。速度指定はプレストだが、あまり速すぎないのは英国紳士の嗜みと云うべきかな。

第2楽章アンダンテはこの交響曲を有名にしたあの「時計」のところ。穏健な表情でゆったりと進められてゆく。先を急がない穏やかさ、大らかさがイイ。
アンサンブルは美しく、室内オケらしいスッキリとした響きも耳に心地よい。管では木管。味わい深い名演だ。

第3楽章はメヌエット。ここも穏やかなテンポで、昔の室内オーケストラのハイドンらしい演奏。(今のピリオド楽器の演奏だと、もっと劇的激越にやるだろうなぁ。)
その分、この演奏はヴァイオリンの響きが美しく、余韻残響もたっぷりで実に心地よい。きょうび、こういう演奏は流行らないのかもしれんなぁ・・・・と思いつつ、僕らド素人には、やっぱりこういうハイドンがエエんだよなぁとひとりごち。
この演奏は、しみじみ穏やか、ダンディなパパ・ハイドンであります。

フィナーレは快活で元気いっぱい。躍動するリズムがイイ。オーケストラも軽快で、機能的。サクサクっとした軽やかさがたまらない。
といいつつも、上品さを失わないのはイギリスの室内管だから・・・・ですかね。


録音状態は、今も全く古さを感じさせない新鮮なもの。
左右奥行きとも広く、聴感は大変気持ちいいものです。
さすがフィリップス、品良く、美しくハイドンを聴かせてくれます。
2008/08/26のBlog
「処暑」を過ぎてから、当地四国は幾分涼しくなりました。
この数年は9月半ば過ぎまで猛暑が続いていましたので、今年は涼しくなるのが早いかなと思います。・・・・・・って、8月末の気温としては、これが本来なんでしょう。やはり、ここ数年、とにかく暑すぎた。

涼しくなれば、こっちのもの。さあ皆さん、クラシック音楽を聴きましょう!


サン=サーンスのピアノ協奏曲第1番 ニ長調 作品17。
パスカル・ロジェのピアノ独奏、シャルル・デュトワ指揮フィルハーモニア管の演奏。
1979年、ロンドンのキングズウェイホールでの録音。DECCA原盤。

天才作曲家若書きの、大変華やかなピアノ協奏曲。お花畑で遊んでいるような明るさと、屈託ない朗らかさが何とも魅力的な協奏曲。こういう音楽をサラッと書いてしまうサン=サーンス、やっぱり天才やなぁ・・・・・とつくづく思います。

第1楽章序奏アンダンテでのホルン。ワクワクするような響きがたまらない。
アレグロ・アッサイに入ると、スピーカーの間からキラキラと光がこぼれてくる感じ。目映いばかりの輝きが、聴いていて「見える」ようだ。ああ、これは天才作曲家の煌めき、天賦の才能がこぼれているんだ。
そして、いかにもフランス的な洗練された明るさ。鮮やかでニュアンスに富んでいて、しかもオシャレな音楽。
ロジェのピアノは、これも輝かしく美しい。鮮やかなピアニズム。見事な指さばき。難しいところもあるのだろうが、難なく弾ききってしまうメカニック。さすがやなぁ。
明るくスカッとした響きに、しなやかなリズム。これは、名演奏と思う。

第2楽章は一転、グッと内面に沈み込んでゆくような音楽。やや単調なのだが、美しい抒情が流れるアンダンテ・ソステヌート。
ロジェのソロも抑え気味。穏やかな表情でゆったりと弾いてゆく。
バックのオケもイイ。木管の穏やかな響きはしっとりと濡れるような美しさ。心地よいくらいに優美な伴奏は、これ、さすがデュトワと云うべきか。

フィナーレはまた華やかで快活な音楽。
ピアノもオーケストラも、ノーテンキなほどの明るさ。スッカラカンと晴れ上がった空のよう。このくらい、臆面もなく明るくやってくれると、かえって気持ちが良い。
ロジェのピアノは相変わらず見事だし、デュトワ/フィルハーモニア管の演奏も精妙でよろしい。協奏曲を聴く楽しさを満喫できる。

録音も上々です。
さすがDECCA、今も鮮やかな音で聴けます。1970年代末期はアナログ録音末期でもあって、大変美しい録音が多いんです。中でもDECCAの録音は見事なもんでした。
このCDは、それを思い起こさせてくれる見事な演奏であり、録音でした。
2008/08/25のBlog
8月も末、田舎道ではコオロギが盛んに鳴くようになりました。
いつの間にか、涼しい夜風、朝風が吹くようになりました。
そういえば、日が暮れるのも早くなりました。つい、この間まで、随分夜が来るのが遅かったのに。

秋が来ているようです。
こういう季節になるとしみじみショパンでも聴きたくなりますねえ。

ショパンの夜想曲集。
マリア・ジョアン・ピリスのピアノ独奏。
1995~96年、ミュンヘンのグローバーザール、ロンドンのヘンリーウッド・ホールでの録音。

残響が夢見るように広がってゆく。美しいショパン。
同時にピリスよって考え抜かれ、磨き上げられたショパンとも云える。知性と感性の絶妙なバランス。情に溺れすぎず、勿論、理屈だけのショパンでもなく、その辺がうまく均衡して、大変に美しいショパンになっている。何より、心に訴えかけてくるものが強い。

ピリスの知情意のバランスの取れた演奏は、DENON時代のモーツァルトでも聴けたのだが、腕の故障から復帰した後は、更にそれに自身が加わった感じ、自身のスタイルに確信を持って演奏しているのがうかがえる。

一曲一曲が珠玉の美しさ。高貴と言ってもいいほどの見事な出来。

録音は実に雰囲気豊か。
間接音が多いので、ピアノの音がふっくらして、暖かい感じがする。
音場感はやや人工的なところもあるのだが、何しろピアノの音が美音なので、聴いていて心地よくなってしまう。

こういう音楽を聴いていると、ショパンはやはりサロンの人だったと思う。
小さな世界の、小さな宇宙。しかし、その宇宙の、何と個性的で何と広いこと。

ピリスのショパンを聴いていて、そんなことを思っておりました。
2008/08/24のBlog
夕方からのんびりオペラを聴いておりました。
ロッシーニのオペラはいつ聴いても楽しいです。胸躍ります。身体は揺れます。聴きながら鼻歌が出そうです。

ロッシーニの歌劇「シンデレラ(チェネレントラ)」全曲。

チェチーリア・バルトリ(Ms)
フェルナンダ・コスタ(S)
ウィリアム・マッテウッチ(T)
エンツォ・グーラ(Br)
アレクサンドロ・コルベリ(Bs)他
リッカルド・シャイー指揮ボローニャ歌劇場管・合唱団の演奏。
1992年6~7月の録音。DECCA盤。

素晴らしい音。鮮度・臨場感とも最高。声の伸び、余韻も良い。見事な録音と思う。映像がついていない、CDなのだが、音だけで十分に舞台が見えてくるような録音。
特に声が生々しく強いのは、イタリア・オペラにふさわしいだろう。さすがにDECCA、我が家の装置との相性も最高なのであります。

歌手ではまずバルトリ。容貌も美しいが声も綺麗。シンデレラにピッタリ。過去の様々な「シンデレラ」と比べても最高の歌唱ではあるまいか。
女声2人も良い。クロリンダにはフェルナンダ・コスタ、ティズペにはグロリア・バレディテルリ。見事なアンサンブルを聴かせてくれる。

シャイーの作り出す音楽は生き生きと精気に満ちて、明るく爽やか。
ロッシーニらしい、さんさんと光を浴びたような朗らかな音楽が進行してゆく。この心地よさ、ワクワク感、胸躍るような楽しさはロッシーニ特有のものなのだが、それを従前に引き出したシャイーの指揮こそ讃えられるべきだろう。

レチタティーヴォの伴奏で用いられているフォルテピアノも効果的。装飾音も楽しく、これも聴き手の胸が弾んで幸福な気持ちになって行く理由の一つ。

「シンデレラ」はCD2枚組。そう長い歌劇じゃありません。
マーラーの長大な交響曲より短いくらい。
聴いていて心和む、楽しい時間が過ごせます。
2008/08/23のBlog
秋めいてきました。
朝晩はだいぶ涼しいですし、日中も四国山地から吹き下ろす風が心地よいので、職場の冷房を一時止めたくらいでした。

そこで一足早いんですが、ブラームスを聴いてみたくなったのです。
今日もカラヤンの指揮なんですが。

ブラームスの交響曲第4番 ホ短調 作品98。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏。
1986年の録音。DG盤。

カラヤンが何度も録音したブラームスの交響曲。その最後の全集のラスト・レコーディングとなった演奏。
カラヤンの自信と、彫琢の限りを尽くしたベルリン・フィルの美しいサウンドが、終始一貫して聴ける演奏。カラヤン生誕100年、死してすでに19年、今もなおCDが売れ続ける稀代の指揮者。怪物。
同時代にカラヤンと覇を競ったカール・ベームのCDはホンマに見かけなくなった。あれほどの威力を誇ったショルティ/シカゴ響のことも、若い人たちは知らんのではないかいな。レコード・CDの数ではカラヤンと双璧の大スターだったバーンスタインも、さて、今のカラヤンほど売れているかどうか疑問だなぁ。結局、レコード屋で生き残ったのはカラヤンだったんじゃないか。

出すレコードの出来は常に優秀、100点満点のテストならコンスタントに80点以上の好成績。また、それがよく売れるからレコード会社としてはこれほど上手に稼いでくれる指揮者もいなかったろう。資本主義・商業主義の時代の大指揮者、権化とでも云えるかな。

だから、ついついカラヤンのことを色メガネで見てしまうのだが、虚心坦懐、その演奏に静かに耳を傾けると、実に素晴らしいものが多い。
今日の演奏、最晩年のブラームスなど、ホンマに良くできていると思う。全集としても、充実した出来、カラヤン渾身の名作と密かに僕は思っている。
それは、万年青年カラヤンの熱い意思と、壮麗な音楽作りが聴けるから。そして、その中に、確実に忍び寄っている「老い」が聴けるから。

第4交響曲もそうで、カラヤンの気宇壮大な演奏はいつものことだが、ホ短調の曲想もあって、ここでは老いの辛さ、誰もが避け得ない老・病・死の苦しみが滲み出てくる。滅び行くものの美しさ、それに抵抗するかのようにスケールを大きくするカラヤン、時に痛ましささえ感じさせるが、だからこその名演奏と思う。

第2楽章が、ことのほか美しい。
しみじみとした語らいが、カラヤンから聴けるのは珍しいんじゃないか。ベルリン・フィルも大変美しい音で応じている。さて、オケの面々、カラヤンの滅びを感じていたか。

録音は、デジタル時代のDGでのカラヤン録音の特徴で、少し音がかぶり気味なのが惜しい。ホールトーンは豊かで臨場感は良好であります。
個々の楽器は美しいのに、それがかぶってしまってやや混濁気味なのが残念ですが、大きなキズではなさそうです。

今年はカラヤン生誕100年でしたね。
こうしてみると、僕はカラヤンが好きだったんだなぁと、つくづく思います。棚にあるカラヤンのLP、CD・・・・・・何と多いこと!(^^ゞ