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2008/09/16のBlog
[ 05:26 ]
[ 交響曲 ]
さて、マーラーも10番交響曲まで来ました。
この三連休はすべて出勤でありましたので、音楽を聴く時間があまり取れませんでした。残念。
今日もクック版で、と思ったのですが、時間がないのでアダージョだけにしましょう。
マーラーの交響曲第10番 変ホ長調 アダージョ。
クラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィルの演奏。
1978年5~10月、ロンドンのアビイロード・スタジオでの録音。EMI盤。
テンシュテットは憑かれたようなマーラーをやる人だった。
ロンドン・フィルとの全集盤は、宿痾の病に冒されたテンシュテットの、記念碑的な名盤であろうと思う。また、いくつかのライヴ盤は(シカゴ響との1番、LPOとの5・6・7番)、さらに凄絶な名演だった。憑かれたような名演だった。それこそ、マーラーが憑依したようなところもあって、その点ではバーンスタインのやるマーラーと双璧だろう。
このアダージョも、情念的で、うねり、叫び、悶えるような、いかにもテンシュテットらしいマーラーであって、しかも細部まで精緻に描かれている名演奏と思う。
テンポはタップリとしていて、実に思い入れが強い。また、繊細な美しさと豪放壮麗の美が同居していて、全体的には室内楽的な演奏になっている。
ロンドン・フィルは好演。弦楽のアンサンブルは良好で、とても美しい。
テンシュテットのマーラー全集は、アンサンブルがイマイチで、美しい音楽をやらせる人じゃないのだろうと思っていたので、このアダージョは特に美しく感じる。
時折出現するソロ・ヴァイオリンは妖しく、また聴きようによっては悪魔的。
管楽器は抑え気味で、あまり目立たないが、しっとりとした音を聴かせて好演と思う。
録音状態は良好であります。しっとりと落ち着いた音で聴かせてくれるマーラーです。
EMIにしては上々と思ったのですが、ひょっとして天候のせいかもしれません。
ここ数日、四国は雨模様、そのための湿度湿気が、我がタンノイに程よいしっとり感をもたらしたのかもしれません。
音とは摩訶不思議なもので、聴き手の体調によって印象が変わりますし、気候天候でも変わります。だから面白いんですが・・・・・。
今日のテンシュテットのマーラーは、エエ音がしました。
この三連休はすべて出勤でありましたので、音楽を聴く時間があまり取れませんでした。残念。
今日もクック版で、と思ったのですが、時間がないのでアダージョだけにしましょう。
マーラーの交響曲第10番 変ホ長調 アダージョ。
クラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィルの演奏。
1978年5~10月、ロンドンのアビイロード・スタジオでの録音。EMI盤。
テンシュテットは憑かれたようなマーラーをやる人だった。
ロンドン・フィルとの全集盤は、宿痾の病に冒されたテンシュテットの、記念碑的な名盤であろうと思う。また、いくつかのライヴ盤は(シカゴ響との1番、LPOとの5・6・7番)、さらに凄絶な名演だった。憑かれたような名演だった。それこそ、マーラーが憑依したようなところもあって、その点ではバーンスタインのやるマーラーと双璧だろう。
このアダージョも、情念的で、うねり、叫び、悶えるような、いかにもテンシュテットらしいマーラーであって、しかも細部まで精緻に描かれている名演奏と思う。
テンポはタップリとしていて、実に思い入れが強い。また、繊細な美しさと豪放壮麗の美が同居していて、全体的には室内楽的な演奏になっている。
ロンドン・フィルは好演。弦楽のアンサンブルは良好で、とても美しい。
テンシュテットのマーラー全集は、アンサンブルがイマイチで、美しい音楽をやらせる人じゃないのだろうと思っていたので、このアダージョは特に美しく感じる。
時折出現するソロ・ヴァイオリンは妖しく、また聴きようによっては悪魔的。
管楽器は抑え気味で、あまり目立たないが、しっとりとした音を聴かせて好演と思う。
録音状態は良好であります。しっとりと落ち着いた音で聴かせてくれるマーラーです。
EMIにしては上々と思ったのですが、ひょっとして天候のせいかもしれません。
ここ数日、四国は雨模様、そのための湿度湿気が、我がタンノイに程よいしっとり感をもたらしたのかもしれません。
音とは摩訶不思議なもので、聴き手の体調によって印象が変わりますし、気候天候でも変わります。だから面白いんですが・・・・・。
今日のテンシュテットのマーラーは、エエ音がしました。
2008/09/15のBlog
[ 03:53 ]
[ 交響曲 ]
ここのところ、仕事は忙しく(今日も出勤・・・・・(T.T)・・・)、しかし体調は良く、マーラーを聴き続けて疲れません。
こうなりゃ勢いで、「大地の歌」を聴きましょう。今日のは、カロリーの高い「大地の歌」でありますぞ。
マーラーの交響曲「大地の歌」。
レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィルの演奏。
歌唱はジェームズ・キング(T)、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)。
1966年4月、ウィーンのソフィエンザールでの録音。DECCA原盤、国内ではロンドン・レコード発売のLP。
当時、バーンスタインはCBS専属。VPOはDECCA専属。そこで専属両社が合意、バーンスタイン/VPOの組み合わせで、CBSにヴェルディの「ファルスタッフ」を録音するかわりに、DECCAにこの「大地の歌」とモーツァルトの「リンツ」・ピアノ協奏曲第15番を録音するというバーター契約が成立したのだった。このコンビは実に相性が良く、後年のDGでのバーンスタイン/VPOによる数々の名演奏が生まれることになった。
さて、「大地の歌」。
噎せ返るようなロマンが一杯。情熱的で血潮が滾り、やがて激流となってゆく演奏であって、バーンスタイン渾身の一枚。バーンスタインが遺した夥しいレコードの中でも、おそらく十指に入るのではないか?
第1楽章の冒頭からして、もう徹底的にバーンスタインの世界であって、熱い熱い、もうホンマに熱い演奏になっている。
そしてジェームズ・キングの歌唱が素晴らしい。彼の最良のパフォーマンスがここにあると思われる。情熱と孤独と虚無と。様々な情感が歌に込められている。
ウィーン・フィルも軋むような音を響かせる。優美なだけではない、スゴイ表現力。マーラーの複雑な思いと、バーンスタインの憑かれたような魂を、オーケストラが音にしてゆく。
第2楽章「秋に寂しき者」でもウィーン・フィルの音がスゴイ。管楽器がやるせない響きを紡ぎ出し、弦楽セクションは孤独感をひそやかに、時に妖しく描き出す。
そして・フィッシャー=ディースカウの歌!巧いなんてもんじゃない、巧さを越えた凄さ。声の美しさはもう格別だし、ゾクッとするほどの寂しさを漂わす歌唱は見事しか云いようがない。言葉も綺麗。発音、発声がいいんだろうなぁ。
全編を通じての聴きものは、やはり「告別」か。
30分にわたる長大な楽章が、手に汗握る緊張感で貫かれている。ウィーン・フィルは凄絶なまでの美しさ。特にウィンナ・オーボエにウィンナ・ホルンの響きは得も言われぬ寂しさ。弦のさざめきは寂寥感をいや増してゆく。
マーラーは、寂しがり屋だ。人間が恋しくて、こんな音楽を書いたのか。
録音は今も素晴らしいのです。
音の艶、輝き、響きの豊かさ、ピアニシモの青白いまでの美しさ・・・・・これぞ、ウィーン・フィルと云いたい名録音。
DECCAの録音はホンマに良い。この音、この響きで聴けるのなら、もう何も要りません。
僕にとってはエヴァーグリーン的な名盤であります。
LPがまた、ことのほか音が美しいのです。
<マーラー「大地の歌」の自己リンクであります>
■ジュリーニ/ベルリン・フィル
■ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
■クレンペラー/フィルハーモニア管
■カラヤン/ベルリン・フィル
こうなりゃ勢いで、「大地の歌」を聴きましょう。今日のは、カロリーの高い「大地の歌」でありますぞ。
マーラーの交響曲「大地の歌」。
レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィルの演奏。
歌唱はジェームズ・キング(T)、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)。
1966年4月、ウィーンのソフィエンザールでの録音。DECCA原盤、国内ではロンドン・レコード発売のLP。
当時、バーンスタインはCBS専属。VPOはDECCA専属。そこで専属両社が合意、バーンスタイン/VPOの組み合わせで、CBSにヴェルディの「ファルスタッフ」を録音するかわりに、DECCAにこの「大地の歌」とモーツァルトの「リンツ」・ピアノ協奏曲第15番を録音するというバーター契約が成立したのだった。このコンビは実に相性が良く、後年のDGでのバーンスタイン/VPOによる数々の名演奏が生まれることになった。
さて、「大地の歌」。
噎せ返るようなロマンが一杯。情熱的で血潮が滾り、やがて激流となってゆく演奏であって、バーンスタイン渾身の一枚。バーンスタインが遺した夥しいレコードの中でも、おそらく十指に入るのではないか?
第1楽章の冒頭からして、もう徹底的にバーンスタインの世界であって、熱い熱い、もうホンマに熱い演奏になっている。
そしてジェームズ・キングの歌唱が素晴らしい。彼の最良のパフォーマンスがここにあると思われる。情熱と孤独と虚無と。様々な情感が歌に込められている。
ウィーン・フィルも軋むような音を響かせる。優美なだけではない、スゴイ表現力。マーラーの複雑な思いと、バーンスタインの憑かれたような魂を、オーケストラが音にしてゆく。
第2楽章「秋に寂しき者」でもウィーン・フィルの音がスゴイ。管楽器がやるせない響きを紡ぎ出し、弦楽セクションは孤独感をひそやかに、時に妖しく描き出す。
そして・フィッシャー=ディースカウの歌!巧いなんてもんじゃない、巧さを越えた凄さ。声の美しさはもう格別だし、ゾクッとするほどの寂しさを漂わす歌唱は見事しか云いようがない。言葉も綺麗。発音、発声がいいんだろうなぁ。
全編を通じての聴きものは、やはり「告別」か。
30分にわたる長大な楽章が、手に汗握る緊張感で貫かれている。ウィーン・フィルは凄絶なまでの美しさ。特にウィンナ・オーボエにウィンナ・ホルンの響きは得も言われぬ寂しさ。弦のさざめきは寂寥感をいや増してゆく。
マーラーは、寂しがり屋だ。人間が恋しくて、こんな音楽を書いたのか。
録音は今も素晴らしいのです。
音の艶、輝き、響きの豊かさ、ピアニシモの青白いまでの美しさ・・・・・これぞ、ウィーン・フィルと云いたい名録音。
DECCAの録音はホンマに良い。この音、この響きで聴けるのなら、もう何も要りません。
僕にとってはエヴァーグリーン的な名盤であります。
LPがまた、ことのほか音が美しいのです。
<マーラー「大地の歌」の自己リンクであります>
■ジュリーニ/ベルリン・フィル
■ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
■クレンペラー/フィルハーモニア管
■カラヤン/ベルリン・フィル
2008/09/14のBlog
[ 04:15 ]
[ 交響曲 ]
この週末3連休はすべて出勤であります。いやはや、忙しいことです。
しかしまあこのご時世、仕事があって、元気に楽しく音楽が聴けるということだけでも、有り難いのかもしれません。トホホ・・・・・・・(^^ゞ
音楽は、せっかくなので、マーラーの9番交響曲にしました。
マーラーの交響曲第9番 ニ長調。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏。
1979年11月~1980年2月の収録。DG盤。
カラヤンのマーラー、第9交響曲には二種類あるのだが、これは旧盤のスタジオ録音盤。LPであります。
カラヤンはマーラーを長いこと録音しなかった。初めて実演で取り上げたのは1960年頃、「大地の歌」だったそうだが、その後はまたブランクが続き、ようやく1973年のザルツブルク音楽祭で「大地の歌」から本格的な録音が始まったのだった。
そして、4・5・6番の録音が続き、その後、満を持して、この9番交響曲に向かったのだった。
この曲とベルリン・フィルといえば、バルビローリの歴史的名盤があっただけ。実演に感動したベルリン・フィルからバルビローリに録音を頼んだと云うくらい、この演奏は凄絶。
また、カラヤンのこの9番のセッション直前に、バーンスタインが伝説的なライヴを行っている。これは1982年にNHKがFMで放送して、センセーションを巻き起こし、エアチェックテープはマニアの間で珍重されていたものだった。やがてバーンスタイン死後、DGから正規盤として発売されて、売れに売れたことは周知の通り。
結局カラヤンも負けじとライヴ録音を果たし、これも凄まじい演奏となった。あまりに耽美的、しかも実演なのにキズがない超絶的名演だった。
(このバーンスタインのマーラー9番ライヴ、カラヤンのマーラー9番ライヴ、そしてカラヤン/VPOのブルックナー8番、この3盤はいつまでたっても廉価盤化されない。DGのドル箱なのだろう)
しかし、まあ、ふだん聴くときは、スタジオ録音盤の方が良いようで・・・・。
(カラヤンのライヴ盤はいつか書きたいと思いつつ、聴く集中力というか、書く気力というか・・・・なかなか湧いてこない。)
第1楽章は冒頭がやや遅め。弦楽がスリムでスタイリッシュ、非常に美しい。金色の光がこぼれてくるような見事な響き。そして完璧なアンサンブル。
長い楽章を聴き飽きさせないカラヤンの演出巧者ぶりも見事。ホンマ、カラヤンは役者やのう・・・・。そして実に美しい。
ああ、カラヤンは耽美派なのだ。こんなに美しいマーラー、そうそう聴けないんじゃないか。
第2楽章は曲の構造を明らかにしつつ、巧妙に聴き手に届ける演奏。ここでもカラヤンの巧さが際だつ。テンポもよく動くが、引き締まったアンサンブルに敵無し。見事なもんだ。
第3楽章はロンド・ブルレスケ。緊迫感溢れる演奏。アンサンブルが珍しくちと乱れるところがあって、リズムがやや重い。この辺が再録音を考えた理由だろうか。
尤も、リズムが重いのはカラヤン晩年の特徴だろう・・・・(というより、カラヤンはリズムの処理などあまり考慮しなかったの指揮者かもしれないの・・・・・)
フィナーレの磨き上げられた美しさは言語に絶する。ラストの弦楽合奏の熾烈さは、言葉を失うばかり。ベルリン・フィルがスゴイ。
そして、ここまでオーケストラを引き回すカラヤンは、きっと、もっとスゴイ。
録音は上々です。奥行きがあまり広くなく、平面的、ペタッとした感じなのは、いつものカラヤンの録音らしいところです。
カラヤンは音楽の再現に、残響や臨場感をあまり気にしなかったんじゃないかと思われます。楽器の鮮度は素晴らしいんです。
家庭で聴くレコードは、まず楽器の鮮度、音の輝きを重視して、立体感、ステレオ・プレゼンスは二の次だったのかもしれません、カラヤンにとっては。
<マーラーの9番交響曲 自己リンクです>
■バルビローリ/ベルリン・フィル
■シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管
■ウーヴェ・ムント/京都市響
■ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
■クーベリック/バイエルン放送響
■ノイマン/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管
■レヴァイン/フィラデルフィア管
■バーンスタイン/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
■アバド/ベルリン・フィル
■ジュリーニ/シカゴ響
■インバル/フランクフルト放送響
しかしまあこのご時世、仕事があって、元気に楽しく音楽が聴けるということだけでも、有り難いのかもしれません。トホホ・・・・・・・(^^ゞ
音楽は、せっかくなので、マーラーの9番交響曲にしました。
マーラーの交響曲第9番 ニ長調。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルの演奏。
1979年11月~1980年2月の収録。DG盤。
カラヤンのマーラー、第9交響曲には二種類あるのだが、これは旧盤のスタジオ録音盤。LPであります。
カラヤンはマーラーを長いこと録音しなかった。初めて実演で取り上げたのは1960年頃、「大地の歌」だったそうだが、その後はまたブランクが続き、ようやく1973年のザルツブルク音楽祭で「大地の歌」から本格的な録音が始まったのだった。
そして、4・5・6番の録音が続き、その後、満を持して、この9番交響曲に向かったのだった。
この曲とベルリン・フィルといえば、バルビローリの歴史的名盤があっただけ。実演に感動したベルリン・フィルからバルビローリに録音を頼んだと云うくらい、この演奏は凄絶。
また、カラヤンのこの9番のセッション直前に、バーンスタインが伝説的なライヴを行っている。これは1982年にNHKがFMで放送して、センセーションを巻き起こし、エアチェックテープはマニアの間で珍重されていたものだった。やがてバーンスタイン死後、DGから正規盤として発売されて、売れに売れたことは周知の通り。
結局カラヤンも負けじとライヴ録音を果たし、これも凄まじい演奏となった。あまりに耽美的、しかも実演なのにキズがない超絶的名演だった。
(このバーンスタインのマーラー9番ライヴ、カラヤンのマーラー9番ライヴ、そしてカラヤン/VPOのブルックナー8番、この3盤はいつまでたっても廉価盤化されない。DGのドル箱なのだろう)
しかし、まあ、ふだん聴くときは、スタジオ録音盤の方が良いようで・・・・。
(カラヤンのライヴ盤はいつか書きたいと思いつつ、聴く集中力というか、書く気力というか・・・・なかなか湧いてこない。)
第1楽章は冒頭がやや遅め。弦楽がスリムでスタイリッシュ、非常に美しい。金色の光がこぼれてくるような見事な響き。そして完璧なアンサンブル。
長い楽章を聴き飽きさせないカラヤンの演出巧者ぶりも見事。ホンマ、カラヤンは役者やのう・・・・。そして実に美しい。
ああ、カラヤンは耽美派なのだ。こんなに美しいマーラー、そうそう聴けないんじゃないか。
第2楽章は曲の構造を明らかにしつつ、巧妙に聴き手に届ける演奏。ここでもカラヤンの巧さが際だつ。テンポもよく動くが、引き締まったアンサンブルに敵無し。見事なもんだ。
第3楽章はロンド・ブルレスケ。緊迫感溢れる演奏。アンサンブルが珍しくちと乱れるところがあって、リズムがやや重い。この辺が再録音を考えた理由だろうか。
尤も、リズムが重いのはカラヤン晩年の特徴だろう・・・・(というより、カラヤンはリズムの処理などあまり考慮しなかったの指揮者かもしれないの・・・・・)
フィナーレの磨き上げられた美しさは言語に絶する。ラストの弦楽合奏の熾烈さは、言葉を失うばかり。ベルリン・フィルがスゴイ。
そして、ここまでオーケストラを引き回すカラヤンは、きっと、もっとスゴイ。
録音は上々です。奥行きがあまり広くなく、平面的、ペタッとした感じなのは、いつものカラヤンの録音らしいところです。
カラヤンは音楽の再現に、残響や臨場感をあまり気にしなかったんじゃないかと思われます。楽器の鮮度は素晴らしいんです。
家庭で聴くレコードは、まず楽器の鮮度、音の輝きを重視して、立体感、ステレオ・プレゼンスは二の次だったのかもしれません、カラヤンにとっては。
<マーラーの9番交響曲 自己リンクです>
■バルビローリ/ベルリン・フィル
■シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管
■ウーヴェ・ムント/京都市響
■ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
■クーベリック/バイエルン放送響
■ノイマン/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管
■レヴァイン/フィラデルフィア管
■バーンスタイン/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
■アバド/ベルリン・フィル
■ジュリーニ/シカゴ響
■インバル/フランクフルト放送響
2008/09/13のBlog
[ 03:48 ]
[ 交響曲 ]
マーラーの交響曲、1番まで下がってきました。
秋の夜長にマーラーを。さて今日は。
マーラーの交響曲第1番 ニ長調「巨人」。
ジュゼッペ・シノーポリ指揮フィルハーモニア管の演奏。
1989年2月、ロンドンのオール・セイント教会での録音。DGの全集盤からの1枚。
シノーポリ&フィルハーモニア管によるマーラー全集第4作だった。
シノーポリが急逝してはや7年。精神科医としてのキャリアもある異色の指揮者として登場してきたシノーポリは、まず、オペラで声望を高め、そしてオーケストラ指揮者としては、このマーラー全集でその評価を確固たるものにしたのだった。今聴き直しても、この全集は、フィルハーモニア管の好演もあって、素晴らしい成果だったと思う。いや全く、実にカッコイイ演奏だった。
都会的に洗練されているとともに、曲の構造を細部までクッキリと映し出して、隅々まで注意深く血を通わせた演奏だった。
そして何よりカッコイイ、ハンサムで見目麗しいマーラーだった。どこから見てもカッコイイ、容姿端麗、姿形が抜群で、今風の言葉で言えば「イケメン」そのもののマーラー。そこに、マーラー独特のうねり、感情の振幅が加わる。
この第1交響曲もそうであって、知的で洗練された響きと、情念の高まりとが聴き手に伝わってくる。知性と感性が高度な次元で同居する。そのバランスが良い。
音楽はよく整理されて、音響も素晴らしい。フィルハーモニア管のテクニックも実に安定していて、ソロなどは惚れ惚れする出来。
そして、溢れるような歌。シノーポリのマーラーからは歌がこぼれる。
そう、シノーポリはイタリア人、カンタービレは血のようなものか。
第1楽章から全くの安定感、そしてハンサムな音楽が続くのだが、特にスゴイと思ったのは終楽章。
テンポは揺れ、デュナーミクも大変大きい。爆発力もスゴイが、ピアニシモでの繊細さも聴いていてハッとするほど。
録音は今も抜群です。
今の耳で聴いても十分な優秀録音。立体感、楽器の鮮度、広がり、響きの美しさ、どれもホンマに素晴らしいと思います。
シノーポリは考古学にも凝って、エジプト象形文字を読み書きできるまでになっていたといいます。アタマ、良かったんでしょうねえ。
シノーポリのマーラーを聴いていると、「この人、賢いんだろうなぁ」と思われるところ、随所にあるんですが、このエピソードを知って、なるほどなぁと思ったものでした。
※マーラーの「巨人」、自己リンクです※
■テンシュテット/シカゴ響(LIVE)
■メータ/イスラエル・フィル
■レヴァイン/ロンドン響
■ヨンダーニ・バット/ロンドン響
■ワルター/コロンビア響
■オーマンディ/フィラデルフィア管
■ギーレン/南西ドイツ放送響
■アバド/シカゴ響
■ショルティ/シカゴ響
■ジュリーニ/シカゴ響
■ハイティンク/ベルリン・フィル
■若杉弘/ドレスデン・シュターツカペレ
■岡城千歳のピアノ編曲盤
■エド・デ・ワールト/オランダ放送フィル
秋の夜長にマーラーを。さて今日は。
マーラーの交響曲第1番 ニ長調「巨人」。
ジュゼッペ・シノーポリ指揮フィルハーモニア管の演奏。
1989年2月、ロンドンのオール・セイント教会での録音。DGの全集盤からの1枚。
シノーポリ&フィルハーモニア管によるマーラー全集第4作だった。
シノーポリが急逝してはや7年。精神科医としてのキャリアもある異色の指揮者として登場してきたシノーポリは、まず、オペラで声望を高め、そしてオーケストラ指揮者としては、このマーラー全集でその評価を確固たるものにしたのだった。今聴き直しても、この全集は、フィルハーモニア管の好演もあって、素晴らしい成果だったと思う。いや全く、実にカッコイイ演奏だった。
都会的に洗練されているとともに、曲の構造を細部までクッキリと映し出して、隅々まで注意深く血を通わせた演奏だった。
そして何よりカッコイイ、ハンサムで見目麗しいマーラーだった。どこから見てもカッコイイ、容姿端麗、姿形が抜群で、今風の言葉で言えば「イケメン」そのもののマーラー。そこに、マーラー独特のうねり、感情の振幅が加わる。
この第1交響曲もそうであって、知的で洗練された響きと、情念の高まりとが聴き手に伝わってくる。知性と感性が高度な次元で同居する。そのバランスが良い。
音楽はよく整理されて、音響も素晴らしい。フィルハーモニア管のテクニックも実に安定していて、ソロなどは惚れ惚れする出来。
そして、溢れるような歌。シノーポリのマーラーからは歌がこぼれる。
そう、シノーポリはイタリア人、カンタービレは血のようなものか。
第1楽章から全くの安定感、そしてハンサムな音楽が続くのだが、特にスゴイと思ったのは終楽章。
テンポは揺れ、デュナーミクも大変大きい。爆発力もスゴイが、ピアニシモでの繊細さも聴いていてハッとするほど。
録音は今も抜群です。
今の耳で聴いても十分な優秀録音。立体感、楽器の鮮度、広がり、響きの美しさ、どれもホンマに素晴らしいと思います。
シノーポリは考古学にも凝って、エジプト象形文字を読み書きできるまでになっていたといいます。アタマ、良かったんでしょうねえ。
シノーポリのマーラーを聴いていると、「この人、賢いんだろうなぁ」と思われるところ、随所にあるんですが、このエピソードを知って、なるほどなぁと思ったものでした。
※マーラーの「巨人」、自己リンクです※
■テンシュテット/シカゴ響(LIVE)
■メータ/イスラエル・フィル
■レヴァイン/ロンドン響
■ヨンダーニ・バット/ロンドン響
■ワルター/コロンビア響
■オーマンディ/フィラデルフィア管
■ギーレン/南西ドイツ放送響
■アバド/シカゴ響
■ショルティ/シカゴ響
■ジュリーニ/シカゴ響
■ハイティンク/ベルリン・フィル
■若杉弘/ドレスデン・シュターツカペレ
■岡城千歳のピアノ編曲盤
■エド・デ・ワールト/オランダ放送フィル
2008/09/12のBlog
[ 04:05 ]
[ 交響曲 ]
本日は職場の宴会。今年度、若い女性がさらに増えまして、大変華やかになりました。これがまた、いずれ菖蒲か杜若。そしてよく働き、よく笑い、よく飲む。元気いっぱいであります。
かくいうアタクシは鼻の下を伸ばしております。ウシシ・・・・・(と書くとイヤらしいので、ガハハにしておきまっしょい)。
さて、今日もまたマーラーでありまして・・・・・・・・。
マーラーの交響曲第2番 ハ短調「復活」。
小澤征爾指揮ボストン交響楽団、タングルウッド祝祭合唱団の演奏。
独唱はキリ・テ・カナワ(S)、マリリン・ホーン(Ms)。
1986年12月、ボストンのシンフォニー・ホールでの録音。フィリップス盤。
日本発売は1987年12月。クリスマス~ボーナス商戦にあわせての発売であって、当時は録音から1年で発売されるのは早いほうだった。
時、まさにバブル経済の時代、そしてマーラー・ブームの時代であって、次々にマーラーのCDが発売され、やがて多くは全集になっていった。
これもその一つで、小澤/BSOのマーラー第3弾。のちに全集になってゆく。
演奏は小澤らしく、繊細で精緻なのだが、ふだん以上に力感が加わっていて、ラストまで一貫して強靱さが感じられるもの。
ボストン響の音がふっくらとしていて柔らかく、しなやかでしっとりとした落ち着きもあって、実にイイ音。気品漂う音と云ってもいいくらい、全くイイ音だ。
小澤はオーケストラのすみずみまで光を当てて、細やかな演奏をさせてゆくのだが、ボストン響がそれに柔軟に応じつつ、あまり派手にならず、渋い音でマーラーを響かせてゆく。そこが良い。
特に弦楽アンサンブルは絶品であって、上品で暖かいのが印象的。第2楽章の冒頭など、その好例だろう。まったくもって、暖かく柔らかい響き。フィリップス・トーン。
テンポは全体的に落ち着いていて好感が持てる。
フィナーレだけは少し速め、アッチェランドがかかるところもあって面白い。ライヴ的な感興の盛り上がりもあり、大いに楽しめる。
マリリン・ホーンの歌唱は見事。この人、アバドの旧盤(シカゴ響との演奏)でも歌っていたが、さすがにベテラン、貫禄もあって素敵。
キリ・テ・カナワは出番が少ないものの、これもさすがの歌唱。録音当時はキリの全盛期になると思うのだが、もう少しクリーミー・ヴォイスだったような記憶もある。この演奏では少し抑え気味かな。イマイチ高音が伸びてゆかないのが残念。
録音は今も素晴らしいです。
ボストンのシンフォニー・ホールが良いんでしょう、残響・余韻の美しさ、定位に奥行きは十分で文句なし。、このCD、いいシステムで聴けばさらに栄えるんでしょうね。
オーディオ的快感が得られます。こういう良い音のCD、その真価を発揮させてやりたいもんです。
<マーラー「復活」の自己リンクです>
■アバド/ウィーン・フィル
■クーベリック/バイエルン放送響
■ハイティンク/ベルリン・フィル
■テンシュテット/ロンドン・フィル
■キャプラン/ウィーン・フィル
■メータ/ウィーン・フィル
■ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管(クリスマス・マチネ盤)
■ノイマン/チェコ・フィル(1980年録音盤)
かくいうアタクシは鼻の下を伸ばしております。ウシシ・・・・・(と書くとイヤらしいので、ガハハにしておきまっしょい)。
さて、今日もまたマーラーでありまして・・・・・・・・。
マーラーの交響曲第2番 ハ短調「復活」。
小澤征爾指揮ボストン交響楽団、タングルウッド祝祭合唱団の演奏。
独唱はキリ・テ・カナワ(S)、マリリン・ホーン(Ms)。
1986年12月、ボストンのシンフォニー・ホールでの録音。フィリップス盤。
日本発売は1987年12月。クリスマス~ボーナス商戦にあわせての発売であって、当時は録音から1年で発売されるのは早いほうだった。
時、まさにバブル経済の時代、そしてマーラー・ブームの時代であって、次々にマーラーのCDが発売され、やがて多くは全集になっていった。
これもその一つで、小澤/BSOのマーラー第3弾。のちに全集になってゆく。
演奏は小澤らしく、繊細で精緻なのだが、ふだん以上に力感が加わっていて、ラストまで一貫して強靱さが感じられるもの。
ボストン響の音がふっくらとしていて柔らかく、しなやかでしっとりとした落ち着きもあって、実にイイ音。気品漂う音と云ってもいいくらい、全くイイ音だ。
小澤はオーケストラのすみずみまで光を当てて、細やかな演奏をさせてゆくのだが、ボストン響がそれに柔軟に応じつつ、あまり派手にならず、渋い音でマーラーを響かせてゆく。そこが良い。
特に弦楽アンサンブルは絶品であって、上品で暖かいのが印象的。第2楽章の冒頭など、その好例だろう。まったくもって、暖かく柔らかい響き。フィリップス・トーン。
テンポは全体的に落ち着いていて好感が持てる。
フィナーレだけは少し速め、アッチェランドがかかるところもあって面白い。ライヴ的な感興の盛り上がりもあり、大いに楽しめる。
マリリン・ホーンの歌唱は見事。この人、アバドの旧盤(シカゴ響との演奏)でも歌っていたが、さすがにベテラン、貫禄もあって素敵。
キリ・テ・カナワは出番が少ないものの、これもさすがの歌唱。録音当時はキリの全盛期になると思うのだが、もう少しクリーミー・ヴォイスだったような記憶もある。この演奏では少し抑え気味かな。イマイチ高音が伸びてゆかないのが残念。
録音は今も素晴らしいです。
ボストンのシンフォニー・ホールが良いんでしょう、残響・余韻の美しさ、定位に奥行きは十分で文句なし。、このCD、いいシステムで聴けばさらに栄えるんでしょうね。
オーディオ的快感が得られます。こういう良い音のCD、その真価を発揮させてやりたいもんです。
<マーラー「復活」の自己リンクです>
■アバド/ウィーン・フィル
■クーベリック/バイエルン放送響
■ハイティンク/ベルリン・フィル
■テンシュテット/ロンドン・フィル
■キャプラン/ウィーン・フィル
■メータ/ウィーン・フィル
■ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管(クリスマス・マチネ盤)
■ノイマン/チェコ・フィル(1980年録音盤)
2008/09/11のBlog
[ 05:19 ]
[ 交響曲 ]
今日は3番です。
マーラーの第3交響曲は、クラシック音楽を聴き始めて以来、ずっと苦手でありました。あまりにも長大で、捉えどころがない交響曲だなぁと思っておりました。聴いていて、その長さに辟易してしまうんですな。「所詮ド素人には分からんわい」と食わず嫌いを決め込んでいた時期もあります。
そこで、数年前に一念発起、なんとかものにしてやろうと毎日毎日聴き続けたのであります。車の中で、自宅で・・・・・10日間くらい毎日マーラーの第3。
さすがに慣れます。慣れると親しみが湧いてきます。メロディが体に染みつきます。冒頭のホルンの格好良さ、少年合唱の美しさ、フィナーレの魂の浄化・・・・・何となく、分かるようになっていきました。
結局、音楽を何とか自分のものにしようと思うときには、この手の鑑賞(訓練?)がエエようです。ノックを沢山受けないと、守備は上達せんのであります・・・・(^^ゞ
で、今日もマーラーです。
マーラーの交響曲第3番 ニ短調。
ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィル、プラハ室内合唱団、マルタ・ヴェニャチコヴァ(Ms)の演奏。
1994年8月~9月、プラハ芸術家の家、ドヴォルザーク・ホールでの収録。キャニオン原盤。
優秀録音。ホールが素晴らしいのだろう、大変臨場感があって、残響も美しい。
第1楽章に34分。ゆったりしたテンポで、スケール大きく、音楽は伸び伸びとして深い息づかい。ノイマンの晩年、こんなに雄大な音楽をやるようになっていたのか、と思う。勿論、細部の仕上げも丁寧で、職人指揮者の仕事ぶりでもある。
チェコ・フィルといえば「弦」だが、ここでも金管がイイ。ホルンとトロンボーンは特に雄壮で音もふくよか、実に良い。そして、その足取りは着実、この第1楽章の素材が、軍隊風音楽にあったことを教えてくれる。
第2楽章は弦が涼やかで気持ちいい。チェコ・フィルの本領発揮と云うべきか、実に美しい。繊細なソロ・ヴァイオリンの響きも印象的。木管の素朴な響きは牧歌風、中欧の穏やか風土を思わせる名演奏になっている。
ヴェニャチコヴァの歌唱も深々と落ち着いていてよろしい。やや暗めのヴォーカルが、バックのしなやかな弦とよく調和する。美しいなぁと思う。
少年合唱の素朴さもイイ。飾り気のない、洗いざらしの木綿のような質感で、初々しい。洗練されていないところが、かえって聴感としては良いようだ。
そして見事なフィナーレ。長大であるにもかかわらず、いつまでも続いて欲しい、終わって欲しくない、天上的な美しさの旋律が、しっとりと奏でられてゆく。
名演奏と思う。
録音は抜群、最優秀録音でしょう。演奏の素晴らしさを、さらに引き立たせる名録音と云えましょう。
結局ノイマンのマーラー新録音シリーズは完成しませんでしたが、録音されたものは、是非全部揃えてみたいもんです。しかし、ちと高いのが難点。このCD2枚組は近所のブックオフで1,350円でした。中古相場から云えば、まだ安い方でしょう。
廉価盤化は・・・・・キャニオンだけに無理かもしれません。
マーラーの交響曲第3番 自己リンクです
■シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管
■インバル/フランクフルト放送響
■マゼール/ウィーン・フィル
■メータ/ロサンゼルス・フィル
■ショルティ/シカゴ響
マーラーの第3交響曲は、クラシック音楽を聴き始めて以来、ずっと苦手でありました。あまりにも長大で、捉えどころがない交響曲だなぁと思っておりました。聴いていて、その長さに辟易してしまうんですな。「所詮ド素人には分からんわい」と食わず嫌いを決め込んでいた時期もあります。
そこで、数年前に一念発起、なんとかものにしてやろうと毎日毎日聴き続けたのであります。車の中で、自宅で・・・・・10日間くらい毎日マーラーの第3。
さすがに慣れます。慣れると親しみが湧いてきます。メロディが体に染みつきます。冒頭のホルンの格好良さ、少年合唱の美しさ、フィナーレの魂の浄化・・・・・何となく、分かるようになっていきました。
結局、音楽を何とか自分のものにしようと思うときには、この手の鑑賞(訓練?)がエエようです。ノックを沢山受けないと、守備は上達せんのであります・・・・(^^ゞ
で、今日もマーラーです。
マーラーの交響曲第3番 ニ短調。
ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィル、プラハ室内合唱団、マルタ・ヴェニャチコヴァ(Ms)の演奏。
1994年8月~9月、プラハ芸術家の家、ドヴォルザーク・ホールでの収録。キャニオン原盤。
優秀録音。ホールが素晴らしいのだろう、大変臨場感があって、残響も美しい。
第1楽章に34分。ゆったりしたテンポで、スケール大きく、音楽は伸び伸びとして深い息づかい。ノイマンの晩年、こんなに雄大な音楽をやるようになっていたのか、と思う。勿論、細部の仕上げも丁寧で、職人指揮者の仕事ぶりでもある。
チェコ・フィルといえば「弦」だが、ここでも金管がイイ。ホルンとトロンボーンは特に雄壮で音もふくよか、実に良い。そして、その足取りは着実、この第1楽章の素材が、軍隊風音楽にあったことを教えてくれる。
第2楽章は弦が涼やかで気持ちいい。チェコ・フィルの本領発揮と云うべきか、実に美しい。繊細なソロ・ヴァイオリンの響きも印象的。木管の素朴な響きは牧歌風、中欧の穏やか風土を思わせる名演奏になっている。
ヴェニャチコヴァの歌唱も深々と落ち着いていてよろしい。やや暗めのヴォーカルが、バックのしなやかな弦とよく調和する。美しいなぁと思う。
少年合唱の素朴さもイイ。飾り気のない、洗いざらしの木綿のような質感で、初々しい。洗練されていないところが、かえって聴感としては良いようだ。
そして見事なフィナーレ。長大であるにもかかわらず、いつまでも続いて欲しい、終わって欲しくない、天上的な美しさの旋律が、しっとりと奏でられてゆく。
名演奏と思う。
録音は抜群、最優秀録音でしょう。演奏の素晴らしさを、さらに引き立たせる名録音と云えましょう。
結局ノイマンのマーラー新録音シリーズは完成しませんでしたが、録音されたものは、是非全部揃えてみたいもんです。しかし、ちと高いのが難点。このCD2枚組は近所のブックオフで1,350円でした。中古相場から云えば、まだ安い方でしょう。
廉価盤化は・・・・・キャニオンだけに無理かもしれません。
マーラーの交響曲第3番 自己リンクです
■シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管
■インバル/フランクフルト放送響
■マゼール/ウィーン・フィル
■メータ/ロサンゼルス・フィル
■ショルティ/シカゴ響
2008/09/10のBlog
[ 04:46 ]
[ 交響曲 ]
朝のジョギングには良い季節になりました。気持ちよく走れます。
この一年、怠ける日もあって体重増加しつつあるので、もう少しマジメに走らにゃアカンのですが、寄る年波、距離を増やすと膝が痛くなってきます(^^ゞ。無理せずトコトコ、しんどいときには休む・・・・・このペースがエエようです。しかし、基礎代謝が減ったのか、体重が巧いこと落ちません。油断するとすぐズボンがきつくなって・・・・・・・ガハハ。
さて、連日のマーラーであります。
マーラーの交響曲第4番 ト長調。
オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管の演奏。
ソプラノ独唱はエリーザベト・シュヴァルツコップ。
1961年4月、ロンドンのキングズウェイ・ホールでの録音。EMI盤。
一聴、頑固一徹、硬い表情、巨大なスケール、ガッシリした構築感などを感じさせる演奏。大河小説風の演奏でもあって、表現は孤高のものと思う。
マーラーの演奏というと、この4番交響曲などは特にそうかと思うのだが、私小説風に、優しく繊細に演奏させていく傾向が多いと思うのだが(我が家にあるCDやLPは大体そんな感じなのだが)、クレンペラーの表現はその対極にある。気骨ある男の指揮と云うべきか。時に無表情、優しさなんぞクソ喰らえ・・・・という感じさえする。
第1楽章の半ば、例のフルートのユニゾンなど、ふつう高原を渡る風のような感じで澄み切った美しさを感じさせる演奏が多いのだが、 クレンペラー盤で聴くと、ズッシリ重く響く。重量級のフルートだ。真実味というか、一種独特の凄みが出てくる。
テンポも遅い。先を急がない、堂々たる歩み。無愛想な巨人が、ノッシノッシと歩いてゆくような印象。大変面白い。
いや、ホンマに、これ聴き慣れたマーラーの4番かいな?
第2楽章もテンポゆったり、巨大な表現。
第3楽章は逆に速めの体感速度。この楽章こそゆっくりやる指揮者が多いのに、クレンペラーは全く逆だ。サラサラと進めてゆく。
ただ、そのサラサラ感の中に、ゾクッとするほど淋しい表情が見える。ニヒリズムとでも云うべきか。寂寥感のようなもの、孤独感のようなものが、この演奏から伝わってくる。クレンペラー独特の表現と思う。厳しい表情だからこそ、この孤独感ありか。これを聴いてしまうと、他の演奏はフォーカスの甘い感じがしてくるから不思議。
第4楽章はシュヴァルツコップの美声を聴こう。
コケティッシュに、妖艶に、時に清楚に・・・・・この歌唱も変化に富んで、味わい深い。巧いだけでなく、ハッとするような美しさが連続するのだから、これこそ名唱と云うべきなんだろうな。さすが、往年の名歌手、素晴らしい。
録音はさすがに古くなりました。
弦楽セクションは干からびた感じもありますし、ステレオ感もイマイチかな。奥行きなどの立体感がもう少し欲しい感じです。
しかし、フィルハーモニア管が巧いのでヨシとしましょう。このオーケストラの技量は素晴らしいです。アンサンブルも上々。
ああ、さすがにウォルター・レッグ。そしてカラヤンの楽器だっただけのことはありますな。
<マーラーの交響曲第4番の自己リンクです>
●バーンスタイン/ニューヨーク・フィル
●レヴァイン/シカゴ響
●ショルティ/シカゴ響
●シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管
●ノイマン/チェコ・フィル
●マゼール/ウィーン・フィル
●インバル/フランクフルト放送響
●タバコフ/ソフィア・フィル
●ベルティーニ/ケルン放送響
●シノーポリ/フィルハーモニア管
●ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
●クーベリック/バイエルン放送響
●カラヤン/ベルリン・フィル
この一年、怠ける日もあって体重増加しつつあるので、もう少しマジメに走らにゃアカンのですが、寄る年波、距離を増やすと膝が痛くなってきます(^^ゞ。無理せずトコトコ、しんどいときには休む・・・・・このペースがエエようです。しかし、基礎代謝が減ったのか、体重が巧いこと落ちません。油断するとすぐズボンがきつくなって・・・・・・・ガハハ。
さて、連日のマーラーであります。
マーラーの交響曲第4番 ト長調。
オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管の演奏。
ソプラノ独唱はエリーザベト・シュヴァルツコップ。
1961年4月、ロンドンのキングズウェイ・ホールでの録音。EMI盤。
一聴、頑固一徹、硬い表情、巨大なスケール、ガッシリした構築感などを感じさせる演奏。大河小説風の演奏でもあって、表現は孤高のものと思う。
マーラーの演奏というと、この4番交響曲などは特にそうかと思うのだが、私小説風に、優しく繊細に演奏させていく傾向が多いと思うのだが(我が家にあるCDやLPは大体そんな感じなのだが)、クレンペラーの表現はその対極にある。気骨ある男の指揮と云うべきか。時に無表情、優しさなんぞクソ喰らえ・・・・という感じさえする。
第1楽章の半ば、例のフルートのユニゾンなど、ふつう高原を渡る風のような感じで澄み切った美しさを感じさせる演奏が多いのだが、 クレンペラー盤で聴くと、ズッシリ重く響く。重量級のフルートだ。真実味というか、一種独特の凄みが出てくる。
テンポも遅い。先を急がない、堂々たる歩み。無愛想な巨人が、ノッシノッシと歩いてゆくような印象。大変面白い。
いや、ホンマに、これ聴き慣れたマーラーの4番かいな?
第2楽章もテンポゆったり、巨大な表現。
第3楽章は逆に速めの体感速度。この楽章こそゆっくりやる指揮者が多いのに、クレンペラーは全く逆だ。サラサラと進めてゆく。
ただ、そのサラサラ感の中に、ゾクッとするほど淋しい表情が見える。ニヒリズムとでも云うべきか。寂寥感のようなもの、孤独感のようなものが、この演奏から伝わってくる。クレンペラー独特の表現と思う。厳しい表情だからこそ、この孤独感ありか。これを聴いてしまうと、他の演奏はフォーカスの甘い感じがしてくるから不思議。
第4楽章はシュヴァルツコップの美声を聴こう。
コケティッシュに、妖艶に、時に清楚に・・・・・この歌唱も変化に富んで、味わい深い。巧いだけでなく、ハッとするような美しさが連続するのだから、これこそ名唱と云うべきなんだろうな。さすが、往年の名歌手、素晴らしい。
録音はさすがに古くなりました。
弦楽セクションは干からびた感じもありますし、ステレオ感もイマイチかな。奥行きなどの立体感がもう少し欲しい感じです。
しかし、フィルハーモニア管が巧いのでヨシとしましょう。このオーケストラの技量は素晴らしいです。アンサンブルも上々。
ああ、さすがにウォルター・レッグ。そしてカラヤンの楽器だっただけのことはありますな。
<マーラーの交響曲第4番の自己リンクです>
●バーンスタイン/ニューヨーク・フィル
●レヴァイン/シカゴ響
●ショルティ/シカゴ響
●シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管
●ノイマン/チェコ・フィル
●マゼール/ウィーン・フィル
●インバル/フランクフルト放送響
●タバコフ/ソフィア・フィル
●ベルティーニ/ケルン放送響
●シノーポリ/フィルハーモニア管
●ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
●クーベリック/バイエルン放送響
●カラヤン/ベルリン・フィル
2008/09/09のBlog
[ 03:39 ]
[ 交響曲 ]
秋の夜長にマーラーを。
今日は5番を聴いております。この夏、新宿のディスクユニオンで入手したノイマンの旧盤全集からの1枚であります。
すでにノイマン/チェコ・フィルのマーラーは2番と4番を記事にしているんですが、これらは1枚物で持っていたのです。この全集でダブりました。確信的ダブり買い・・・・・こういうダブりもこの数年のボックス物激安化で我が家には増殖しつつあり、処分していかなくちゃアカンなぁと思うこのごろです。「コンパクト・ディスク」とはいえ、置き場所に困ってきました・・・・・・・(^^ゞ。オークションにでも出そうか知らん。
さて、マーラーの交響曲第5番 嬰ハ短調。
ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィルの演奏。
1977年、プラハ芸術家の家での録音。スプラフォン原盤。発売は日本DENONの全集から。
何とも素朴で飾り気のないマーラー。田舎風の味付けといったらいいか。
野暮というのではない。
いたずらに洗練を追わない・表面をことさらに磨き上げない・・・・と云ったらいいか。アッサリした感じで、淡彩画風のマーラー。
これは、ノイマンの目指す方向がそうであって、また応えるチェコ・フィルの持ち味でもあるのだろうが、極彩色のマーラーが続々と録音されてゆく中にあって、またマーラーのCDがあふれかえるような状況にあって、これはまた、何と素朴であることか。このマーラーは、野に咲く花だ。
第1楽章など、活躍するトランペットからして、派手ではない。ただし、音はイイ。実に心地よい。
弦楽セクションも穏やか。ザラつくところがあるのは、スプラフォンの録音の加減かな。(アンサンブルに問題があるのかも知れん)
ホルンなども太めの音で、質朴な響きを作り出してゆく。テンポも中庸からやや速めで、基本はインテンポ。マーラーの粘着質的なところ、分裂症気味のところは、あまり伝わってこない。メロディは粘らず、さらさらと進行してゆく。
こういったマーラー、僕は若い頃はあまり好きではなかった。劇的で、迫力があって、うねるような演奏こそマーラーと思っていたから。このノイマンのような演奏は、受けつけんかったろうなぁ。
しかし人間トシを取ると好みが変わります。こういう淡泊なマーラーもエエんじゃないかと思うようになった。瀬戸内の白身魚のようなものだ。ジワジワと旨味が広がってゆくような感じ。玄妙な味わい。旨味がしっとりと長続きしてゆく。それがイイ。
面白かったのは第3楽章。ここはスケルツォなのだが、今まで聴いてきたどの演奏と比べても、スケルツォ的ではない。克明に、しっかりと進んでゆく感じであって、揺れるリズム・感情、諧謔味などとは無縁。真面目で几帳面な演奏で、誠実さ十分。ただ、踊るような面白みがまるでない。面白さがないという点で、面白い演奏・・・という、いやはやパラドックスだが。
アダージェットは淡々と美しく、これも誠実。
フィナーレは名演奏。ラスト10分はチェコ・フィルの真価発揮、素晴らしいと思う。
録音から30年。
奥行きがやや不足気味の録音で、オケが平面的に並ぶのが惜しいです。
音は素朴で、あまりいじっていないんだろうなぁと思われます。その自然さはエエです。弦楽器群はすこしザラつくのがちと残念でした。
<マーラーの交響曲第5番 自己リンクです>
■エド・デ・ワールト/オランダ放送フィル
■ショルティ/シカゴ響
■ラトル/ベルリン・フィル
■カラヤン/ベルリン・フィル
■インバル/フランクフルト放送響
■スウィトナー/ベルリン・シュターツカペレ
■シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管
■テンシュテット/ロンドン・フィル
■バルビローリ/ニュー・フィルハーモニア管
■アバド/シカゴ響
■テンシュテット/ロンドン・フィル(LIVE)
今日は5番を聴いております。この夏、新宿のディスクユニオンで入手したノイマンの旧盤全集からの1枚であります。
すでにノイマン/チェコ・フィルのマーラーは2番と4番を記事にしているんですが、これらは1枚物で持っていたのです。この全集でダブりました。確信的ダブり買い・・・・・こういうダブりもこの数年のボックス物激安化で我が家には増殖しつつあり、処分していかなくちゃアカンなぁと思うこのごろです。「コンパクト・ディスク」とはいえ、置き場所に困ってきました・・・・・・・(^^ゞ。オークションにでも出そうか知らん。
さて、マーラーの交響曲第5番 嬰ハ短調。
ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィルの演奏。
1977年、プラハ芸術家の家での録音。スプラフォン原盤。発売は日本DENONの全集から。
何とも素朴で飾り気のないマーラー。田舎風の味付けといったらいいか。
野暮というのではない。
いたずらに洗練を追わない・表面をことさらに磨き上げない・・・・と云ったらいいか。アッサリした感じで、淡彩画風のマーラー。
これは、ノイマンの目指す方向がそうであって、また応えるチェコ・フィルの持ち味でもあるのだろうが、極彩色のマーラーが続々と録音されてゆく中にあって、またマーラーのCDがあふれかえるような状況にあって、これはまた、何と素朴であることか。このマーラーは、野に咲く花だ。
第1楽章など、活躍するトランペットからして、派手ではない。ただし、音はイイ。実に心地よい。
弦楽セクションも穏やか。ザラつくところがあるのは、スプラフォンの録音の加減かな。(アンサンブルに問題があるのかも知れん)
ホルンなども太めの音で、質朴な響きを作り出してゆく。テンポも中庸からやや速めで、基本はインテンポ。マーラーの粘着質的なところ、分裂症気味のところは、あまり伝わってこない。メロディは粘らず、さらさらと進行してゆく。
こういったマーラー、僕は若い頃はあまり好きではなかった。劇的で、迫力があって、うねるような演奏こそマーラーと思っていたから。このノイマンのような演奏は、受けつけんかったろうなぁ。
しかし人間トシを取ると好みが変わります。こういう淡泊なマーラーもエエんじゃないかと思うようになった。瀬戸内の白身魚のようなものだ。ジワジワと旨味が広がってゆくような感じ。玄妙な味わい。旨味がしっとりと長続きしてゆく。それがイイ。
面白かったのは第3楽章。ここはスケルツォなのだが、今まで聴いてきたどの演奏と比べても、スケルツォ的ではない。克明に、しっかりと進んでゆく感じであって、揺れるリズム・感情、諧謔味などとは無縁。真面目で几帳面な演奏で、誠実さ十分。ただ、踊るような面白みがまるでない。面白さがないという点で、面白い演奏・・・という、いやはやパラドックスだが。
アダージェットは淡々と美しく、これも誠実。
フィナーレは名演奏。ラスト10分はチェコ・フィルの真価発揮、素晴らしいと思う。
録音から30年。
奥行きがやや不足気味の録音で、オケが平面的に並ぶのが惜しいです。
音は素朴で、あまりいじっていないんだろうなぁと思われます。その自然さはエエです。弦楽器群はすこしザラつくのがちと残念でした。
<マーラーの交響曲第5番 自己リンクです>
■エド・デ・ワールト/オランダ放送フィル
■ショルティ/シカゴ響
■ラトル/ベルリン・フィル
■カラヤン/ベルリン・フィル
■インバル/フランクフルト放送響
■スウィトナー/ベルリン・シュターツカペレ
■シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管
■テンシュテット/ロンドン・フィル
■バルビローリ/ニュー・フィルハーモニア管
■アバド/シカゴ響
■テンシュテット/ロンドン・フィル(LIVE)
2008/09/08のBlog
[ 05:53 ]
[ 交響曲 ]
四国は蒸し暑い休日でした。東日本では局地的な雷雨が降っているようなんですが、当地では雨が降りません。水不足は続いています。
そういえば、今年は台風も来ません。さて、しばらくはこの状態でしょうか。
で、今日もマーラーを聴いておりました。
マーラーの交響曲第6番 イ短調「悲劇的」。
ベルナルト・ハイティンク指揮ベルリン・フィルの演奏。
1989年4月、ベルリンのフィルハーモニーでの録音。フィリップス盤。
某オークションにて、ようやく入手した、渇望の1枚(というか2枚組)。
カップリングは「さすらう若人の歌」(S;ジェシー・ノーマン)。
巨匠への道をひたひたと進んでいたハイティンクの1980年代の、素晴らしい演奏。カラヤンの後継者とも云われた時期であり、ハイティンクは自信に満ちた、そして風格と確信に満ちたマーラー演奏を繰り広げている。
ベルリン・フィルも充実しきって、見事な演奏。世界最高のオーケストラの面目躍如、技量の確かさ、アンサンブルの精緻さ、響きの充実、描写の巧みさ、どれも超一級のスーパー・オーケストラと思う。そして、この長大な交響曲を、全くだれずに最後まで聴かせてしまうその技術たるやスゴイと思う。
ハイティンクがベルリン・フィルとマーラー全集に取り組んだこのころ、(結局全集は7番までしか進まず未完に終わったのだが)、当のベルリン・フィルによるマーラー録音は決して多くなかった。バルビローリの9番の他には、カラヤンが4・5・6番と9番を録音したくらいだったろう。カラヤンがマーラーをレパートリーにしたのは1970年代以降、いわば晩年に近い頃だったので、ベルリン・フィルのマーラーも少なかったわけだろう。ようやくアバド時代になってベルリン・フィルのマーラーを存分に聴けるようになったが、その点を思うと、ハイティンクのこの全集は貴重だろうと思う。・・・・となると、ますます未完に終わったことが残念だなぁ・・・・・このコンビで9番や「大地の歌」を聴いてみたかったもんだ。
さて、演奏は全く素晴らしい。
第1楽章の冒頭の、ザッザッザッという弦楽セクションの強奏からもう凄まじい音楽。
音が強く、アンサンブルに破綻なし。強烈。しなやかでピンと張り詰めた強さを誇る弦楽に、七色に音が変化する管楽器のバランスがまた素晴らしい。
ハイティンクのテンポは中庸で(これは全編にわたって中庸だ)、端然とした感じの指揮ぶり。確信を持ってマーラーを振っているのが伝わる。ひとたび自信を持った指揮者が振る演奏というのはエエもんだ。感動が徐々に高まってゆく、それを聴く喜び。
第2楽章はスケルツォ。第3楽章にはアンダンテ・モデラートを配置。この録音当時はこれがふつうだった。逆配置はバルビローリくらいだったかな?
スケルツォは強靱な演奏、第3楽章はホンマに美しい。ストリングスの美しさはもちろんのこと、管楽器がまた良い。ホルンなどたまらない。絶美やなぁ。
フィナーレも圧倒的な音響。昂奮しそうなオーケストラをハイティンクがきりっと引き締める。ハンマーも強烈。
ラスト、大団円のハンマーだけは、心臓に悪い。いつ聴いてもどっきりビックリ。
胸を押さえつつ聴きました(笑)
録音は今も素晴らしいです。音の鮮度、輝き、強さ、そして響きの美しさ等、文句ありません。さすがにフィリップスと思います。
ただ、これはホールの特性なのか、奥行き感はイマイチであります。
残響の美しさは、コンセルトヘボウ管時代のマーラーの方がややエエです。
しかし、演奏も素晴らしく録音も良いとなると、現在の廃盤状態はとても勿体ない・・・。フィリップスには2枚組DUOシリーズで、一刻も早く再発して欲しいもんです。
<マーラーの交響曲第6番「悲劇的」 自己リンクです>
■ショルティ/シカゴ響
■インバル/フランクフルト放送響
■小澤征爾/ボストン響
■マゼール/ウィーン・フィル
■アバド/シカゴ響
■ブーレーズ/ウィーン・フィル
■ヤンソンス/ロンドン響
■テンシュテット/ロンドン・フィル(EMIライヴ盤)
そういえば、今年は台風も来ません。さて、しばらくはこの状態でしょうか。
で、今日もマーラーを聴いておりました。
マーラーの交響曲第6番 イ短調「悲劇的」。
ベルナルト・ハイティンク指揮ベルリン・フィルの演奏。
1989年4月、ベルリンのフィルハーモニーでの録音。フィリップス盤。
某オークションにて、ようやく入手した、渇望の1枚(というか2枚組)。
カップリングは「さすらう若人の歌」(S;ジェシー・ノーマン)。
巨匠への道をひたひたと進んでいたハイティンクの1980年代の、素晴らしい演奏。カラヤンの後継者とも云われた時期であり、ハイティンクは自信に満ちた、そして風格と確信に満ちたマーラー演奏を繰り広げている。
ベルリン・フィルも充実しきって、見事な演奏。世界最高のオーケストラの面目躍如、技量の確かさ、アンサンブルの精緻さ、響きの充実、描写の巧みさ、どれも超一級のスーパー・オーケストラと思う。そして、この長大な交響曲を、全くだれずに最後まで聴かせてしまうその技術たるやスゴイと思う。
ハイティンクがベルリン・フィルとマーラー全集に取り組んだこのころ、(結局全集は7番までしか進まず未完に終わったのだが)、当のベルリン・フィルによるマーラー録音は決して多くなかった。バルビローリの9番の他には、カラヤンが4・5・6番と9番を録音したくらいだったろう。カラヤンがマーラーをレパートリーにしたのは1970年代以降、いわば晩年に近い頃だったので、ベルリン・フィルのマーラーも少なかったわけだろう。ようやくアバド時代になってベルリン・フィルのマーラーを存分に聴けるようになったが、その点を思うと、ハイティンクのこの全集は貴重だろうと思う。・・・・となると、ますます未完に終わったことが残念だなぁ・・・・・このコンビで9番や「大地の歌」を聴いてみたかったもんだ。
さて、演奏は全く素晴らしい。
第1楽章の冒頭の、ザッザッザッという弦楽セクションの強奏からもう凄まじい音楽。
音が強く、アンサンブルに破綻なし。強烈。しなやかでピンと張り詰めた強さを誇る弦楽に、七色に音が変化する管楽器のバランスがまた素晴らしい。
ハイティンクのテンポは中庸で(これは全編にわたって中庸だ)、端然とした感じの指揮ぶり。確信を持ってマーラーを振っているのが伝わる。ひとたび自信を持った指揮者が振る演奏というのはエエもんだ。感動が徐々に高まってゆく、それを聴く喜び。
第2楽章はスケルツォ。第3楽章にはアンダンテ・モデラートを配置。この録音当時はこれがふつうだった。逆配置はバルビローリくらいだったかな?
スケルツォは強靱な演奏、第3楽章はホンマに美しい。ストリングスの美しさはもちろんのこと、管楽器がまた良い。ホルンなどたまらない。絶美やなぁ。
フィナーレも圧倒的な音響。昂奮しそうなオーケストラをハイティンクがきりっと引き締める。ハンマーも強烈。
ラスト、大団円のハンマーだけは、心臓に悪い。いつ聴いてもどっきりビックリ。
胸を押さえつつ聴きました(笑)
録音は今も素晴らしいです。音の鮮度、輝き、強さ、そして響きの美しさ等、文句ありません。さすがにフィリップスと思います。
ただ、これはホールの特性なのか、奥行き感はイマイチであります。
残響の美しさは、コンセルトヘボウ管時代のマーラーの方がややエエです。
しかし、演奏も素晴らしく録音も良いとなると、現在の廃盤状態はとても勿体ない・・・。フィリップスには2枚組DUOシリーズで、一刻も早く再発して欲しいもんです。
<マーラーの交響曲第6番「悲劇的」 自己リンクです>
■ショルティ/シカゴ響
■インバル/フランクフルト放送響
■小澤征爾/ボストン響
■マゼール/ウィーン・フィル
■アバド/シカゴ響
■ブーレーズ/ウィーン・フィル
■ヤンソンス/ロンドン響
■テンシュテット/ロンドン・フィル(EMIライヴ盤)
2008/09/07のBlog
[ 05:34 ]
[ 交響曲 ]
今日もマーラーを聴いております。
秋の夜長といえば、やはり第7交響曲でしょうか。
第2楽章と4楽章の「夜曲」は、秋の夜長に似合います。・・・・田舎路に盛大に響く虫の音を聞きつつ・・・・・・。
マーラーの交響曲第7番 ホ短調「夜の歌」。
クルト・マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管の演奏。
1982~83年、ライプツィヒの新ゲヴァントハウスでの録音。独シャルプラッテン原盤で日本発売は徳間音工。発売当初は3,200円。それでもメジャー系では安い方だった。
マーラーの交響曲では、この頃最も好んで聴いているのが、この第7番。
初めは何が何だか分からず、取っつきにくく、しかもどこが面白いのかちっとも分からん・・・・・そんな交響曲だったのだが、慣れてしまうとこの曲は実に楽しい。最もマーラー的な諧謔・暗喩・自嘲・肥大化がよく出ている交響曲ではないかな。
各楽章とも丹念に描きこまれて個性的、各所にちりばめられた美しい旋律、そしてマーラー特有の民謡・軍隊風の音楽・・・・・じつにマーラーらしい音楽だろう。
さて、マズア盤の演奏は、オーケストラが全く素晴らしい。
特に弦楽セクションの柔らかさ、落ち着いた、渋く地味なくらいの音が、聴いていて大変心地よい。鮮烈なことはないのだが、心に染みいるような音。これがたまらない。
新しくなったゲヴァントハウスのロケーションも良いのだろう。適度な残響が嬉しいし、楽器の定位も良く、臨場感十分。1982年と云えば、東独がだいぶ傾いていた頃なのだろうが、シャルプラッテンの録音は、これは見事なもんだと思う。誠実な仕事と云うべきだろう。
マズアの指揮はやや無骨ながら克明、四角四面な感じの指揮振り。ドイツ風の重厚マーラーという感じ。やや面白味に欠けるかな。テンポは速めの設定。
第2楽章と第4楽章の「夜曲」はサラサラっと指揮している感じで、あまりおどろおどろしくないし、魑魅魍魎は出てこない。怪しい雰囲気にはやや不足か。音はしっとりと落ち着いていて実にイイ。
フィナーレのカンカン照りの明るさは見事。アッケラカンとした単純さがイイみたい。
第3楽章のスケルツォは、もう少しひねりというかアイロニーというか、そんなものがあってもいいかなぁ。
録音は上々で、鑑賞に差し支えなし。
ゲヴァントハウス管の美しさが際だちます。
<マーラーの第7交響曲「夜の歌」 自己リンクです>
■ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
■ラトル/バームンガム市響
■バーンスタイン/ニューヨーク・フィル
■アバド/シカゴ響
■クーベリック/バイエルン放送響
■ベルティーニ/ケルン放送響
■小澤征爾/ボストン響
■マゼール/ウィーン・フィル
■テンシュテット/ロンドン・フィル
秋の夜長といえば、やはり第7交響曲でしょうか。
第2楽章と4楽章の「夜曲」は、秋の夜長に似合います。・・・・田舎路に盛大に響く虫の音を聞きつつ・・・・・・。
マーラーの交響曲第7番 ホ短調「夜の歌」。
クルト・マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管の演奏。
1982~83年、ライプツィヒの新ゲヴァントハウスでの録音。独シャルプラッテン原盤で日本発売は徳間音工。発売当初は3,200円。それでもメジャー系では安い方だった。
マーラーの交響曲では、この頃最も好んで聴いているのが、この第7番。
初めは何が何だか分からず、取っつきにくく、しかもどこが面白いのかちっとも分からん・・・・・そんな交響曲だったのだが、慣れてしまうとこの曲は実に楽しい。最もマーラー的な諧謔・暗喩・自嘲・肥大化がよく出ている交響曲ではないかな。
各楽章とも丹念に描きこまれて個性的、各所にちりばめられた美しい旋律、そしてマーラー特有の民謡・軍隊風の音楽・・・・・じつにマーラーらしい音楽だろう。
さて、マズア盤の演奏は、オーケストラが全く素晴らしい。
特に弦楽セクションの柔らかさ、落ち着いた、渋く地味なくらいの音が、聴いていて大変心地よい。鮮烈なことはないのだが、心に染みいるような音。これがたまらない。
新しくなったゲヴァントハウスのロケーションも良いのだろう。適度な残響が嬉しいし、楽器の定位も良く、臨場感十分。1982年と云えば、東独がだいぶ傾いていた頃なのだろうが、シャルプラッテンの録音は、これは見事なもんだと思う。誠実な仕事と云うべきだろう。
マズアの指揮はやや無骨ながら克明、四角四面な感じの指揮振り。ドイツ風の重厚マーラーという感じ。やや面白味に欠けるかな。テンポは速めの設定。
第2楽章と第4楽章の「夜曲」はサラサラっと指揮している感じで、あまりおどろおどろしくないし、魑魅魍魎は出てこない。怪しい雰囲気にはやや不足か。音はしっとりと落ち着いていて実にイイ。
フィナーレのカンカン照りの明るさは見事。アッケラカンとした単純さがイイみたい。
第3楽章のスケルツォは、もう少しひねりというかアイロニーというか、そんなものがあってもいいかなぁ。
録音は上々で、鑑賞に差し支えなし。
ゲヴァントハウス管の美しさが際だちます。
<マーラーの第7交響曲「夜の歌」 自己リンクです>
■ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管
■ラトル/バームンガム市響
■バーンスタイン/ニューヨーク・フィル
■アバド/シカゴ響
■クーベリック/バイエルン放送響
■ベルティーニ/ケルン放送響
■小澤征爾/ボストン響
■マゼール/ウィーン・フィル
■テンシュテット/ロンドン・フィル
2008/09/06のBlog
[ 06:02 ]
[ 交響曲 ]
日が暮れるのが早くなってきました。夜が長くなってきました。
秋です。秋の夜長です。いよいよクラシック音楽の季節ですね。
そこで、マーラーを取り出してみました。
マーラーの交響曲第8番 変ホ長調「千人の交響曲」。
ゲオルク・ショルティ指揮シカゴ響、ウィーン国立歌劇場合唱団の演奏。
独唱はルチア・ポップ(S)、ルネ・コロ(T)、シャーリー=カーク(Br)ほか。
1971年8~9月、ウィーンでの録音。DECCA原盤。
ショルティ&シカゴ響のヨーロッパ楽旅の際に、ウィーンで録音された往年の名盤。
僕がクラシック音楽を聴き始めた頃、「千人の交響曲」のLPは少なく、このショルティ盤以外では、バーンスタイン/NYP、ハイティンク/ACO、それにクーベリック/バイエルン放送響盤くらいだったように思う。
中でも評価が高かったのは、演奏・録音とも鮮やかなショルティのDECCA録音であって、当時はLPでこの大合唱の迫力を捉え、再生することは大変難しいとされていたものだった。ということで、ショルティ/シカゴ響の新しいLP全集が出たときは、早速購入したものだった。16枚組25,000円。それにしても高価な時代だった。
一聴、よく分からなかった(◎-◎)。二度聴いても、なんだかなぁという感じ。これ、交響曲かいな。ワイワイ、ガーガーと歌っているだけの
秋です。秋の夜長です。いよいよクラシック音楽の季節ですね。
そこで、マーラーを取り出してみました。
マーラーの交響曲第8番 変ホ長調「千人の交響曲」。
ゲオルク・ショルティ指揮シカゴ響、ウィーン国立歌劇場合唱団の演奏。
独唱はルチア・ポップ(S)、ルネ・コロ(T)、シャーリー=カーク(Br)ほか。
1971年8~9月、ウィーンでの録音。DECCA原盤。
ショルティ&シカゴ響のヨーロッパ楽旅の際に、ウィーンで録音された往年の名盤。
僕がクラシック音楽を聴き始めた頃、「千人の交響曲」のLPは少なく、このショルティ盤以外では、バーンスタイン/NYP、ハイティンク/ACO、それにクーベリック/バイエルン放送響盤くらいだったように思う。
中でも評価が高かったのは、演奏・録音とも鮮やかなショルティのDECCA録音であって、当時はLPでこの大合唱の迫力を捉え、再生することは大変難しいとされていたものだった。ということで、ショルティ/シカゴ響の新しいLP全集が出たときは、早速購入したものだった。16枚組25,000円。それにしても高価な時代だった。
一聴、よく分からなかった(◎-◎)。二度聴いても、なんだかなぁという感じ。これ、交響曲かいな。ワイワイ、ガーガーと歌っているだけの